平成23年     平成22年  花のお江戸猫旅館    J.D.A.
マリカ日記 

ここは平成24年  平成25年

関係ない方は読まないで下さい!

これは人に読ませるためではなく、単に個人の記録として
書いているので、奥深く、わからないような場所にある。
にもかかわらず、ここへ到達できる人がいるとは。
一体どうやってたどり着いたの。
 
  明日からこちら
12月31日 日曜日 

なぜ、このように年末が忙しいかというと、さまざまな事情で、洗濯ばかりしないといけないから。
しかし、どうにかして、夕方母親のところへ行き、年越しそばを食べる。
あれだけ、行事やしきたりにこだわっていたあの母が、これほど無頓着になってしまったとは。
12月30日 土曜日

昨日の雨と打って変わり、素晴らしい晴れ。
神様、太陽をありがとう。
これで、洗濯物がよく乾く。
ロシア生まれのアシュケナージ・ユダヤ人が、お昼ご飯の時に、意外なことを言っていた。
この人は、お父さんがイスラエルで事業をしている人だから、完璧なアシュケナージなのだけれど、
本人は、オリジナル・ユダヤだと言い張る割には、スファディとアシュケナージの区別を明確に
理解していない。
プーチンが当選したのは、不正選挙だというのだ。
「だって、嬉し泣きで涙まで流していたじゃない」と言うと、
「あんなの演技に決まっている、だって、不正じゃないのならどうして、投票者より投票された用紙が
46%多いの」と怒っていた。
日本のネット社会では、プーチンは英雄扱いされていると言ったら、びっくりしていた。
ともかく、米国の敵は日本の友達だから、とりあえず、日本にとって、大切なのだと思う。
12月29日 土曜日 

午後から雨が降り始めたから、洗濯物を中に入れる。
25組の布団をフル回転。
太陽さえ照っていれば、どんなことにも対応できる。
1日三冊を謹呈で送付しようと思っていたのに、昨日も今日もやっていない。
昨日は多忙で、今日は雨だから。
ということは、明日送るのが9冊になってしまう。重いからn9冊も手に持てないかも。

宇都宮けんじ先生が都知事にならないと、東京とは大変なことになる。
不正選挙だと裁判を起こしたい。
夢中で、家業に明け暮れた日々。何という、年の瀬。 
泣き暮らした日々。
立ち上がれない日々が続いたから、細かいことが書けない。
12月16日 日曜日 

さて、投票日。
ガーン。
 
なぜ、ここらへんの記載がなにもないのかというと、東京1区日本未来の党のサポーターで
連日昼から夜中まで、出ていたから。
ったくもう、選挙は忙しい。ここらへんのことは、猫のアナスタシア姫の記録参照 
12月10日 月曜日 

フランス語圏スイス人二人に、欧州国名首都名試験をしてもらったが、一人が70で、もう一人が60。
かなりいい線いっている。
野沢てつおのポスターを選挙管理委員会の公式掲示板に貼った。
まさか、自分がこういうことをするようになるとは、夢にも思っていなかった。
しかも、東京1区の未来の党の候補者のポスターを。
人手不足にもほどがある。
急いで帰って来て、レッスンを担当。『エポールマン』を最後までやりたい。
夜、田村さんが来て、ホームページビルダーのアップロードの仕方を教えてもらった。
新しいビルダーは使い勝手がよくわからず、前の版の方が簡単でよかった。
最近買ったバイオのラップトップ、windows8はあまりに使いにくいため、企画した人は、発売直後に
やめさせられたとのこと。
苦情が多かったのだろう。
私も電源を切るために、苦労した。
最初の一週間は、電源を切ることもできず、思い余って、ソニーに電話をして、やっと教えてもらった
くらいだったから、これは本当に使いにくい。
でもともかく、HPの更新ができるようになったことは、大きな収穫。
夜中までこの使いにくいビルダー12と格闘してくれた田村さんに、感謝。 
12月9日 日曜日 

レッスンと、フランス語圏スイス人のお世話で午前中使ってしまったから、教会へは、行かれず。
お昼を食べたらすでに4時過ぎ。
東京1区野沢てつおのポスターを貼ろうと思い、一生懸命に連絡を取ろうと、ここ数日、日本未来の党と
野沢事務所に電話、ファックス、メールなどあらゆる手段を数回づつ使ってメッセージを送っていた。
やっと連絡が来た。
選挙は組織的に動かないとだめなのに、この人、わかってるのかな。
東大出て、野村證券に入った人にはわからないことでも、私学出の、自営業にはわかる。
結局、夜の10時に浜松町にタクシーで駆けつけた。
野沢てつお候補は、文化放送二階のデニーズにいた。
四ツ谷の若葉町にあった文化放送がそんなに遠くになってしまい、本当に不便。
東京一区に小沢一郎氏から推薦されるということは、相当に期待されている証拠。
12月8日 土曜日

競艇ボート屋の息子が選挙カーの上から演説した時、新宿西口でそれを聞いている人は、小田急
デパート前の喫煙コーナーでタバコを吸っている人だけだった。
その後、私たちがすぐに『人生一路』をやった。
客寄せパンダに人がどんどん集まり、踊り終わった時、盛大な拍手が沸いた。
人の数は数百人になっていた。
当初の役目は果たしたから、赤獅子の格好のまま職安通りまで歩いて、タクシーに乗った。
頭に般若面をつけたままで、よくタクシーが止まってくれたものだ。
それにしても、東京1区野沢てつおには、頑張ってほしいから、応援しないと。
この激戦区で日本未来の党が取れればすごい。
どれくらい経費をかけられるかが、選挙戦では大きい。
ボート屋の息子など、揃いのユニフォームを着た、オーデションで選ばれたであろう美女軍団5名と
登場した。
本塩町から戻って来たので、猫たちが喜んでいる。
井上ひさしの『それからのブンとフン』は、おもしろいすぎ。
有名文学者がずらっと出てきて、そこに自分を入れてしまうところなんか、すごくいい。
12月7日 金曜日

やっと今日から、更新ができる。
ホームページビルダーをインストールしてから、すでに2日が経過してしまった。 
最近は、本塩町に3泊しているため、データの入ったドライブをあっちへ持って行ったり、こっちへ
持って帰って来たと思ったら、忘れてしまい、また、のちほど取りに行こうと思ったら、別の作業を
始めてしまったりで、落ち着いて開始できなかった。
今日から、抜けた部分を頑張って埋めていく。
明日の宇都宮けんじ先生の新宿西口広場での演説会の前座で、『人生一路』をやるからその稽古を
フラワーが来たらする。
倉庫に衣装を取りに行かないと。
12月6日 木曜日

本塩町の家は広いのに、広い2部屋を使わずに、畳敷きの台所に布団を敷いて、ちゃぶ台に
パソコンを載せて、本塩町合宿。
このくらい狭いと、すぐに暖まって、暖房効率がいい。
合宿をするなら、布団とちゃぶ台、台所とお風呂だけあればいいから、この生活様式が非常に
気に入った。
ハプスブルクの人々は、ホフブルクや、シェーンブルク、夏はヴェルヴェデーレと、
住居を変えたのだから私が坂町ロフト、坂町裏庭邸、本塩町と、めまぐるしく居を変えてもいい。
常に、日々旅に暮らしているようで、無駄な物が一切なくなる。
そのかわり、事務所とスタジオに溜まってしまうだけかもしれないけれど。
買ったものは一応すべてそこに一度運ぶから、そこは物がたまる。
花柳先生の朝のお稽古までに、お稽古場の下手部分どうにかしようと思ったのに、気持ちだけで
結局できなかった。 
宇都宮けんじ先生の選挙事務所で、大久保さんと土曜日の打ち合わせをする。
結局5分取って下さったみたいだが、2分で済ませる。
下駄で赤獅子踊ると、足袋と違って、いろいろなことできないから、短くていい。
12月5日 水曜日


 
12月4日 火曜日 
 
 
 11月16日 金曜日

事務所のバイオが、インターネットに通じなくなってしまった。
ラップトップの東芝でなんとかインターネットに通じながら、どうにかメールだけは返すようにしている。
これでは、ホームページの更新ができない。
11月15日 木曜日

リトルガリバーが送ってくるメルマガにこんなのが載っていた。
これでは、ストーカーなど、取り締まれるわけがないのだと実感。
しつこくメールを何度も繰り返し送って来る人に対して、堪忍袋の緒が切れて、警察の
生活安全課に相談に行ったことがあった。
しかし、話だけ聞いてくれたものの、特に何かしてくれたわけではなかったので、
腹立たしく思っていたら、以下の例くらい極端なケースでも、頭の足りない警察官によって
無罪放免になってしまっているという現実を目の当たりにして、これでは緩すぎる、
もっと厳しくしないと、治安が守れないと実感。
または、犯罪者はみな、国外追放。
本邦領土に生涯、足を踏み入れられないという法律をつくればよい。
私が法務大臣ならそうする。
網走や府中から出てきた人が、再び娑婆の道路を闊歩するということはない。
そうすると、政治家なんか、全員この国から追放されてしまうかも。
で、海外でどうするかというと、その人たちは、どこの国で不法滞在者になるか、ひっかりそうな
男か女を騙くらかして、婚姻ビザを取得して、労働するか、自殺するか、あまり多くの選択肢はない。

◆◇ 市源小次郎の岡目八目 ◇◆
------------------------------------------------------------------

「杓子定規」、「お役所仕事」、「職業意識の欠如」、「責任感の欠如」、
「能天気」、「イマジネーション不足」・・・神奈川県逗子市であったス
トーカーによる殺人事件の記事を読んで思ったことだ。

犯人は、2週間に千通を超えるメールを被害者に送っていたが、神奈川県
警逗子署は、「電話やファクスでの嫌がらせは規制法に明記されているが、
連続メールの規制はない」とした上に、「メールの内容は、慰謝料を要求
しますなど2種類だけで、文言が丁寧で脅迫的ではない」として、被害者
のたっての申請にもかかわらず、取り締まらなかった。

文章が丁寧で脅迫的でないからストーカーに当らない???・・・・とい
うことは、「今日は」というメールを一日に一万回送っても、ストーカー
行為にならないということだ。こんな馬鹿な法解釈があるだろうか。
そもそも、ストーカー行為とは、男女間だけのことではないし、何もせず
に、単に付きまとうだけでもストーカー行為だ。そういういうことが分かっ
ていない杓子定規な警察官は、制服を着た案山子より性質が悪い。案山子
は何もしないが、頭が硬直した警官は、殺人者に加担するからだ。

犯人が被害者の住所と結婚後の姓を知ったのは、昨年6月、被害者からの
告発で逮捕されるときに、警察官が逮捕状の添付書類(被疑事項の要旨)
にあったそれらを読み上げたからだ。
警察官吏は、「刑事訴訟法では、逮捕状を示してこの要旨を告げるよう定
めている。公権力を行使する以上、要旨を被疑者に告げないのは難しい」
と言うが、ストーカーという犯罪の性格上、被害者を旧姓にするなど気配
りをし、再犯を防止するのが、警察の務めだ。「住所と名前を教えないで」
という被害者の必死な要請を無視したことへの反省もないのに唖然とする。

さらに恐ろしいのは、昨年6月、「刺し殺す」などと記したメールを送っ
たとして脅迫容疑で犯人を逮捕した後、7月にはストーカー規制法で禁止
されている乱暴な言動を使ったとして警告を出した際に、「同法に規定さ
れた禁止事項」を文書で犯人に提示していたこと、すなわち、警察が、犯
人に「どういう内容のメールならストーカーとして認定されない」という
ことを教えていたということだ。「こんどやるなら、こういう方法でやれ。
そうすれば捕まえられない」と法の抜け穴を、懇切丁寧に教えた警察官。
開いた口がふさがらないとは、まさに、このことだ。 
11月14日 土曜日 
11月13日 土曜日 
 11月12日 土曜日
11月11日 日曜日

ルーテル教会のバザー。
子供の遊び場に、ものすごくつまらない機械が置いてあった。
たかが10秒遊ぶごとに、子供は50円支払わなければならない。
そんなもの置くより、ボールや綿菓子機、トランポリンかなにかの方がいいのに。
今年は、出そうと思って用意しておいたCDが実は倉庫の奥深くにあり、出せなかったのが心残り。
洋服は東北大震災直後にタイへ行ったきり、その後新しい物を作っていないので、出せる物が
少なかった。
理論的には、今週4日間くらいなら、バンコクへ行って、絹の洋服や、新しいブーツを作って、木彫りの
壁掛けやお面をたくさん買って、エステしてということも、可能なのだが、
 
11月10日 土曜日

新宿文化センターで本番。
公益法人がやっている運営は、毎度のことながら本当にひどいけれど、ものすごく上手い団体の
踊りを見たから、これで、すべての苦労や嫌なことは吹き飛んだ。
5拍子のテイクファイブのジャズで、日本舞踊を踊っている3人組があった。
明らかにクロウトさん。
多分日本中を興行して回ったのだろう。
これをオフブロードウェイでやっても、十分いけると思った。
私が裕福なプロデューサーなら、この人たちを世界の観客の目の前に、特に、ジャズの本場の人に
見せてあげたい。
しかも、その音も、テイクファイブをそのまま使うのではなくて、最後の方で、尺八とコラボしていた。 
手放しで、素晴らしい。
自分の本番なんかどうでもよくなってしまいそうな、良いものを見て、今日は満足。
11月9日 金曜日

今までしていた買い物は、日本の主権を失うことに協力していたのだと実感。
ちなみに、朝鮮半島系企業はこんな感じで、これらを避けて買い物をするのは、難しくなっている。
これまで、百円ショップは、チャイナの監獄で囚人が無料で作っているから安いのだと信じていたが、
半島系企業の商品を安くできるのは、なにも、正社員を雇用せず、臨時雇用ばかりだということだけ
ではなく、商品の生産そのものを、北朝鮮国民が奴隷労働で、タダで生産しているからだということに
気がついた。
ピョンヤンには、常に数千人の日本人がいるという。
北朝鮮奴隷に、粗悪品を生産させるため、監視役をしているのだろう。
百円ショップを日本からなくす。
目先の金額で買い物をしない。
百円ショップで買うなと、まわりのみんなに告げる。
百円ショップ反対運動をする。
1円でも安い物を買いたがる、もののわからないB層の反対に遭うだろう。
しかし、めげてはいけない。
ユニクロで買わない。大体、あんな変な衣類、共産圏の人が着るみたいに機能性だけで、装飾が
まったくないではないか。
お光ものや、かっこいいロゴが入っていない粗悪品は、みっともなくて身につけたくないという
確固たる信念を持って、ユニクロで安易に衣類を買う人々を心底軽蔑しないといけない。
新宿三越が、半島企業に乗っ取られたのは本当に悲しい。
天下の新宿通り、江戸時代からの高級呉服問屋の歴史があったのに、今では中でユニクロなんか
売っている。
あんなもの目の前につくられたら、向かいの伊勢丹だってさぞ困っているだろう。
11月8日 木曜日

超メタボの金日恩が、横田めぐみさんの息子だという本があり、これでは、めぐみさんは、
帰国するわけないと思った。
でも、どうして、すでに帰国した拉致5名は、めぐみさんがジョンイルとの子供を出産した事実を
公表しなかったのだろう。
もしかしたら、公安とかには話しているのかもしれないけれど、もみ消されているのかも。 
とすると、格闘技やってる人の娘で、在日の女性が日恩の母と騒がれたのは、横田めぐみさんのことを
隠蔽するためのスケープゴートだったのかも。
そういえば、めぐみさんのあの、ふっくらしたほっぺた、娘もそうだけれど、日恩も、完璧に遺伝。
だから日恩は、特別に可愛がられたのかも。
ジョンイル自身が、日本人帝国軍人の息子だということなので、日恩は、両親が日本人なのに、
北朝鮮の大王。
模範とするところは、日本の皇室で、皇室アルバムの番組が好きだったというのは、なるほど。
しかし、赤坂のコルドンブルーのダンサー見て、喜び組を作ったのには笑える。

Youtubeを開くと、なぜか毎回必ず一番上のところに、イランのアフメドネジャル大統領のビデオが
出ているのだけれど、その下は、ユダヤの『シオンの議定書』とかイスラエル建国とか、そんなのが
いつも出てきてしまう。
何度やっても。どうしてだろう。パソコンが、ハザ金に乗っ取られているとしか思えない。
試に、もう一台のパソコンでやってみても、やはりアフメドネジャル大統領が再び登場。
11月7日 水曜日

<中国人韓国人留学生に1年で262万円の血税支給>というタイトルの、コシミズ・ブログに、以下の
コメントを貼ろうとしたら、800字以下なのにもかかわらず、「800字以内にして下さい」という
メッセージが出て、ぜんぜん貼り付けられない。
しかも、独立党のHPもコシミズブログも、なかなかつながらない。
ハザ金は、人々にこの人から来る情報だけはどうしても、見せたくないのだろう。
「ロシア人の修士課程の学生は、そのくらいの金額を貰っていたと言っている。
航空運賃は、モスクワまで往復30万円が税金で支給され、旅行代理店の東急観光がその30万円を
受け取り、実際にはモスクワまで、安い時なら5万で行かれるのに、その差額は、東急の儲け。
留学生が直接航空券を自分で安く買うことはできないしくみで、すべて、東急観光を通すので、
東急は儲かる。
ベトナム人など、1年に何度か帰国し、そのたびに交通費は日本政府持ち。
休暇でベトナムに帰国している時でも、日本で毎月18万円至急される。
だって、その人のベトナムでのお給料は1万円もないくらいですから。
日本にいない夏季休暇などは、本国で安く暮らし、日本政府からお金を貰えるので、大学院で
修士博士をすると、お蔵が建つ。
常任理事国になるように、国連で投票してほしいから、日本のファンをつくりたいから、お金をばらまく。
極め付きは、研修のため、その学生が合衆国へ行って、例えば、IMFとかで働くと、合衆国か
ら研修費が支給され、その間、日本政府は、合衆国での研修に関係なく、血税からその学生に
毎月18万円払ってあげるので、そのベトナム人にしてみれば、ダブル・インカム、棚からぼた餅、
左団扇。
夫人同伴で来日している人など、奥さんに、日本企業で、アルバイトをさせて、月額30万円くらい
稼がせる。旦那の奨学金と合わせると50万円近い収入。
本国では、夫婦二人で1万円そこそこの収入で暮らしていたのに。
第三世界からの国費留学生は夫人を同伴させる。
勉強するための来日なら、一人で来い。
第三世界からの留学生は、いらない。
自費留学生で、学費自腹で払い、日本経済に貢献してくれる人しか、いらない。
新宿区から港区に引越した政策研究大学院なんか、税金を湯水のように使う。
学生みんなを、箱根の温泉や、京都旅行に税金で連れて行ってあげる必要はあるのか」 
11月6日 火曜日

朝から雨。
昨日から空がおかしかったから、ちょうどいい雨。
庭が点在しているから、水遣りはこうして一気に雨が解決してくれるから嬉しい。
昨夜から再び畳屋敷に住んでいるが、朝の明りで読書をするのは、楽しい。
「最初から大事業なんてものはこの世にあったためしがないってことなの。
どんな大事業もはじめはごくごく些細なことの中に芽生えるものなのよ。
ただ、その些細なことに人が命をかけると、それが次第に育って行って、
やがて大事業というものに仕上がって行く
のさ。わかるかい。
このニッポン統一運動もそうなのだよ。
いまのところ、動機は些細。
でもこの仕事にわたしたちが命を賭けてごらんよ。
わたしたちの生命を吸って、運動はきっと大きなものに育つにちがいないんだから」    
こういういい箇所があったので、やはり読書に付箋は欠かせない。
ベルリンが四分割されたように、日本も戦後4分割されてしまったとしたら、私は合衆国占領下の
中央ニッポンの住民ということになる。井上ひさし『一分の一』(上)
こういうせりふまわし、実に歌舞伎っぽい。
これを上手い役者に喋らせて見栄を切れば、掛け声がかかり、拍手が沸く。
11月5日 月曜日

神楽坂の鳥茶屋別館で、スコットとお昼。
福島原発爆発以来、原発関係の海外向け文書を専属で英訳している人が、どうして、水素爆弾に
よる、イスラエルのマグナ社が仕組んだ爆破だということを、知らないのだろう。
それを知らなくて、どうやって翻訳をするのだろう。
でも、知らないからできるのかもしれない。
嘘の文章が出て来ても、右から左へと機械的に訳すから。
東日本大震災などという言葉を、日本人は使ってはいけない。
あれは、限定地域のものであり、東日本一帯がすべて破壊されたのではなく、まして、日本の東側
半分が機能不全に陥ったわけでもない。
日本がもはや半分だめになったという印象を、海外に植え付けたい人々が、その言葉を使うように
マスコミ媒体を通じて、拡散し、日本の人々の心の中に、日本はもう半分だめになってしまったという
心理作戦で、日本人を洗脳しようとしたけれど、私たちはそれに騙されない。
日本人が、その忌まわしい言葉を使わなくならないと、日本は精神的に復興できない。
スコットには、英語で書かれた情報を教えた。
その代りに、市ヶ谷で一番おいしい、行列のできるラーメン屋を教えてくれた。
私の情報の方が数段勝ってる。
ラーメンごときものを食べるために、私は並んだりしたくない。 
11月4日 日曜日

朝、小田急線の遅れで、来られなかったインストラクターの代わりに10時からのお稽古を
担当したから、教会に遅刻。
それでも、参加して良かった。
ヘタすぎるパウロの文章が、今まで残ってきたのは不思議。
日本語で読んでヘタなのだから、外国語で読んでも、同じくらい変なのだろう。
一度、誰かが、きちんとした日本語に書き変えてほしい。
語順がおかしい、ああいう文章は読めない。
来週はバザーがあるということも、わかった。
倉庫に入れたCD100くらい持って行きたいけれど、倉庫のどこにあるのやら。
11月3日 土曜日

「あれ、どうして最近、コシミズ・ブログに全然、コメントが書き込まれていないのだろう。
ここ数日、ニコチンさんのコメントしかない。
こんなことは、あり得ない。
書いても、書き込めないのかもしれない。
だから、これを試しに送ってみる。
送れていれば、システムが復旧した証拠」
というコメントを送ったけれど、案の定、「ただいま、大規模な緊急メンテナンスを実施しております。
ご迷惑をおかけして申し訳ごさいません」というメッセージが出て、これで3日目。
あり得ない。
ハザ金が、どれだけコシミズ・ブログを恐れているのかが、よくわかる。
人手不足だから、棺桶に片足突っ込んだような、80歳のオーム信者父兄の珍太郎や、サラ金の
弁護士やってた部落出身の橋ゲーや、オムツが手放せない統一教会の元総理阿部心臓みたいな
賞味期限の切れたのを使っている。
10月31日 水曜日

「アウシュビッツに本当はガス室なんかなかった。ガス室は、戦後、連合国側が作った」という真実を
述べるだけで、ドイツでは犯罪になってしまうようだが、ハザ金が完全に支配して法律を作っている
国は恐い。
若きドイツの弁護士(法科で博士課程をやった)は、ヒットラーが90歳の時の写真も見たことがない
とのことなので、覚醒させるために、リンクを送る。
仰天して、ひっくり返っていることだろう。
ドイツ国内にいると、作られた偽の歴史の中でしか生きていないから、ホロコースト博物館まで
建造させられ、未来永劫悪いイメージの元で生きていかないといけないから、たまったものではない。
憲法改正しないといけないけれど、これがまた、改正できないようになっているのだろう。
改正を口にできないような憲法というのは、監獄と同じ。 
10月30日 火曜日

オランダが350年植民地にしていたインドネシアを、日本が9日で解放した感動のビデオを見て、
インドの人が日本のお蔭で独立できたことを感謝していたように、やはり、日本は素晴らしいことを
したのだと、実感した。
有色人種が、はじめて白人支配を覆したというのは、すごいこと。
このビデオは、学校の社会の時間にみんなで見ていいと思う。
---------------------------------------
日付: 2012年10月31日 20:46
件名: Re: 感動的

先生、
動画ありがとうございました。
オランダの植民地時代はインドネシアの人達はボロボロの服を着てかわいそうでした。
やっぱり、搾取するどころか自己犠牲もいとわない日本人の道徳心は素晴らしいと思いました。

先生、今日ビックリ!統一教会のハガキがうちのポストに入ってました。
文鮮明の写真が貼ってあって、世界平和とか書いてありました!!
怖いです?。・゜・(ノД`)・゜・。 
10月29日 月曜日

都庁から回答が来た。
私が数日前に都庁のご意見箱に送った質問に対して。
石原銀行や、尖閣で集めた寄付金、オリンピック誘致に使った経費、自分のお財布のように、都民の
血税を使ったことに対しての、詐欺罪を追及するのは、どうしたらいいのかという質問だ。
世界で一番豊かな税源を持つ東京都なのだから、都民税安くしたっていいのに、しっかり取って、
チン太郎のポケットに入り、オウム真理教の息子のところに行き、結局、北チョウや、
ハザ金のロック爺のところへ行ってしまった都民のお金を、都民はどうやって返還要求できるのだろう。
チン太郎は、訴追を免れるために、いきなり、知事を辞めてしまった。
ずるいこと、この上なし。
---------------------------------------------------
 From: <S9000052@section.metro.tokyo.jp>
日付: 2012年10月29日 13:36
件名: お問合せの件について

丸子睦美 様

平成24年10月24日付けで丸子様からのメールを拝受いたしました。
さて、メールを頂戴しました都監査事務局は、
都の事務の執行等につきまして監査する機関である監査委員の事務局であり、
ご照会の件につきまして適切にお答えすることはいたしかねます

よろしくお願い申し上げます。

東京都監査事務局総務課
S9000052@section.metro.tokyo.jp
---------------------------------------------------
この人たちがやらないのなら、では、誰が、チン太郎が使った怪しいお金の流れを監査できるのか。

16歳の少女とやって、逮捕されたお笑いタレントが、また都知事選に出馬するようだ。
下半身問題のないまともな人はいないのか。
宮崎県知事時代も、知事室でやっていたようだから、お笑いタレントには任せられない。 
まあ、栗キントンも同じようなことをしていたようだけれど。
10月28日 日曜日 

東京入国管理局は、あまりに甘すぎ。
これじゃ、なめられる。
誰も保証してくれない、臨時雇いの外国人は、法律では就労ビザ交付最低賃金の月額25万円の
収入を納税証明書や、銀行通帳などで証明すると、自営業者という扱いで、保証人がいなくても、
就労資格が取れる。
オーストラリア人で、そういう人がいたけれど、今日会ったイギリス人など、25万円に満たないのに、
自営資格で、就労ビザが取れてしまったとのこと。
白人、金髪、短髪、髭なし、身体に無駄な贅肉なしだと、そういうことがあり得るようだ。
これが、肌が浅黒く、国籍がいまいちだったら、絶対に無理だろう。
イギリス人でも、月25万円稼げない貧乏人は帰国していただく方針なのですと、はっきり言って、
自主帰国をうながすような行動は起こせないのか。
相手がイギリス人だと、怖くてできないのか。
もう日英同盟なんて、ないのよ、今は。
腰抜け公務員め。
英語難民じゃぱゆきは、いらない。
もう、掃いて捨てるほどいる。
10月27日 土曜日

東北のない日本地図が、3.11の前からすでに出回っていたなんて、信じられない。 
東北を地震と津波と原発爆破で破壊しようとした人たちの間では、すでに、東北のない日本地図が
配布されていたようだ。
10月26日 金曜日

「リトル・ガリバー」さんが送ってきたメルマガにおもしろい記事があったので、掲載:
--------------------------------------------------------------
 ◆◇ 市源小次郎の岡目八目 ◇◆
------------------------------------------------------------------

どうやら、我々は、嘘をつくことを恥と思わない、困った隣人を持ったようだ。
一人の隣人は、竹島を自分たちのものだと言い、従軍慰安婦があったと主張し、日本との併合は、
国庫が空になった李王朝が、日本の提案に妥協した結果だという新資料がでてきたにもかかわらず
、国権の強奪だったと主張して止まず、史実でない対日独立戦争を、あたかもあったかのように
言い張り、大統領自らが反日を煽る。
尖閣諸島の所有権を主張し、南京で30万人の虐殺があったと言い張るもう一人は、
日本軍と戦ったのは、主に蒋介石の国民軍だったにもかかわらず、抗日戦争が
自分たちの歴史であるかのように言い、民衆の反日感情を政治に利用する。

話は飛ぶが、その昔、ワシントン州の労働省から労従業員を不当に首にしたかどで訴えられ、
ジャッジ・ヒアリング(通常の裁判様式で行われる裁判官による査問)の被告席に立たされたことが
あった。
メカニックのボブの働きが、目に見えて悪くなったので、再三、口頭で注意したが、改善の兆しがない。
ボブを私のオフィスに呼び入れ、警告書を渡したら、目の前でそれを破り、出て行ったので、
労務専門の弁護士と相談し、翌朝、解雇通知を手渡したのを不当解雇とされたのだ。

ヒアリングが始まると、労働省の女性役人は弁護士に早変わりし、私を不当労働行為の悪者に
仕上げるために証人を呼ぶ。
ボブと親しい連中が四人ほど、それぞれ、聖書に手をのせ「真実以外は述べない」と宣誓した
その舌の根の乾かぬ内に、「無いこと無いこと」を証言するのに驚かされたのはもちろんだが、
翌朝、会社で会うと、悪びれもせず、「ハーイ! セイヤ」ですませるメンタリティーに
唖然とさせられた。

裁判の過程で嘘の証言もあり得る、と予想していたので、その程度はまだ辛抱できたが、
そのうちに、鍵が掛かっていた私のオフィスの、鍵の掛かっていた机の引き出しに保管しておいた
弁護士との打ち合わせメモのコピーが「匿名で送られてきた書類」として労働省から提出された。
それを見た瞬間「この役人の関心は、事実の解明ではなく、不当労働行為と判断した自分が
裁判に勝つことなのだ」と気付き、ヒアリングの終了を待たず、示談にした。

裁判には、事実上負け、示談金もとられたが、「アメリカ人にとっての正義とは、
自分が信じるものが正義である」ことを知った。
証言者は、「裁判で事実が明らかになるのが正義だ」などとは、つめの垢ほども信じおらず、
「自分が信じるものが裁判に勝つのが正義」であり「その正義のためには、たとえ、
事実しか述べないと神に誓っても、嘘は正当化される」と思っている
のだ。

嘘を恥としないのは、ファーイーストの非文明国家だけではないという話。
-------------------------------------------------------------
最後の一行、好きだなあ。

ところで、「2009年にあなたと一緒に、東京の北の方にある温泉に行ったことがある」という
メッセージをドイツ人の男が書いてきたので、一瞬、ウッとなったが、顔も覚えていない。
日本を訪問する外国人にとっては、出会ってドイツ語喋った唯一の人だったかもしれないけれど、
私にとっては何百人も出会ううちの一人だから、一緒にごはん食べたくらいでは覚えていない。
でも、温泉ときた。嘘つけ。
そんなこと、記憶にございません。
最近のヒット作はなんといっても、オーストリア人の理学療法士と、ブラジル人の最高裁判事。
この二人は好きなタイプだし、お喋りするととても楽しかったけれど、たいていの人はどんどん記憶から
遠のいていく。
そうそう、もうすぐ、シカゴ大学で博士課程取って、今、カリフォルニアの大学で教授やっている
ジョーが、戻って来る。
前回の来日では、東北へボランティアへ行って、働いてくれた。
しかも、2度も来日してボランティアしてくれた。
こういう外国人がいることを、嬉しく思う。
この人は、日本の部落問題についての、アメリカでは少ない専門家の一人。
東大でも以前、リサーチしたり、上智で講演したりしてたのを思い出した。
でも、私たちにしてみれば、上手な運転で鍾乳洞まで連れて行ってくれた楽しいお遊び仲間。
編み物仲間を募り、山手線で、編み物をして、ぐるぐる回って、「ニット・ヤマノテ」運動をした人。
でも、猫の世話をすると言って、鍵を貸したら、私が海外渡航中にダンス・スタジオで、
変な人たち集めてパーティーして、翌日、インストラクターがお稽古を始めようとして入ったら、
床中に男の人たちが寝ていて仰天、なんてこともあった楽しいお友達。
まあ、私としては、なにをしようが、猫の世話さえちゃんとやってくれたら、それでいい。
当時の猫さんは、にゃんぐさん。
10月25日 木曜日
 
信じられないことに、「東京都の石原慎太郎知事は25日、都知事を辞職する意向を表明する」という
記事をヤフーで見た。
どうやったらあの横柄な男を都庁から追い出せるかと、昨日日記に書いたばかりだったのに。
大勢の人が同じ瞬間に同じことを願ったから、通じだのだと思う。
息子がオウム真理教の人が、どうやって「国政に復帰」するのか。

京都の睦仁殿下は、結局殺されてしまったので、そこで長かった天皇家の歴史は終わるけれど、
実際には、高句麗の高官だか、王子だったのに天武天皇として即位してしまい、日本書紀と古事記で
自分の正当性を表した天武のところでも、天皇家は切れているし、そんなことを言えば、もっと前には
継体天皇で無理につなげたけれど、実際には切れているだろうから、天皇家は繋がっていない。
明治天皇からつながったのは、大正天皇までだけで、そこから先は繋がっていないから、大室寅之助
王朝は2代でおしまい。好ましからず遺伝子を止めたから、まずは、めでたし。
昭和天皇の父親は、生涯侍従として昭和天皇の世話をした西園寺だとのこと。
絶対、大正天皇の子ではないとは思っていたけれど、やっぱり。
ヒロヒト天皇は、やたらに兄弟姉妹が多いけれど、大正天皇の子供は誰もいない。
秩父宮と東久迩は親子だそうな。
入り乱れる天皇家。
だから皇后の良いイメージを作り上げなければいけなかったから、保健衛生にやっきになった
ゼスチャーをしたのかも。以前は、何も知らなかったから、単純に偉いな、すごいなと思っていた。
本当は皇室のイメージづくりだった演技だった可能性も。
ヒロヒト天皇の妹が、住友の代表と結婚したから、天皇家と住友はいとこになった。
だから、外濠通りのあんな一等地に住友村なんかつくれるほど、元忍者地域本塩町の土地を
確保できたのは、そういうことだったからということがやっとわかった。
天皇家と親戚関係でもなければ、旗本地区忍者省跡地を譲り受けられるわけがない。
今となっては、一軒また、一軒、別々にどんどん勝手に自分の家を売りに出すから、残っている住友は
わずか住友生命ビルだけになってしまっている。
ヒロヒト天皇から始まった新たな天皇家は、しかし、これも3代で終わってしまうのだろう。
ところで、秋篠宮の父親は誰なのだろう。
この人は本当によく調べているから、勉強になる。
10月24日 水曜日 

【NEWS!】都知事リコール署名チームメンバー募集!
と書いてあったので、喜び勇んでそのページへ行ったら、なんと、「同性愛差別発言に反対する」
変な人たちの集まりのだった。
もっとまともな署名運動の頁を捜さないと。
強欲爺が都知事をやったら、いくらでも歳入があるから、楽しくてたまらないと思う。
スズキのじいさんも、都庁のビル建てたし。
ちゃんとした人が、都知事をやったことがあるのだろうか。

「20歳以上の東京都民から3分の1の署名が有効ならリコールできる」

ということを知ったので、誰かが署名を言いださないといけない。
署名開始後から二か月間しか有効でないとのことなので、署名を開始する前の、前準備を周到に
しないと、二か月間で3分の1の人数を集められないかもしれない。
言い出しっぺの人の死体は、神田川に浮かぶのだろうか。
10月23日 火曜日

典型的な、人工気象兵器による、集中豪雨だった。
あれは、充電式の電気製品と同じだから、スイッチを入れると、いきなり作動して、電気がなくなると、
すぐに終わってしまう。
自然の雨のように、だんだんに降って来たり、ゆっくり引き上げたりということがなく、あまりにも、
急に変わるので、すぐに人工豪雨とバレてしまう。

ところで、若い女性たちが腐れおじんの吹き溜まりの国会で質問するのは、本当にすがすがしくて
かっこいい。
盛大な拍手を送りたい。

昨日もメキシコだったけれど、今日もメキシコで、ずっと前に上智の外語のスペ語科を卒業したRさんが
久々に帰国した。
銀行預金を全部ドル建てにしていると言うので、びっくりして、「もうすぐ、トイレット・ペーパーになる
ドルで持っていたら、ある朝突然、トイレット・ペーパーになったらどうするの」と言った。
日本人が日頃ペソなんかで生活していると、割安感があるから、つい、米ドルを基軸通貨のように
考える思考が定着してしまっているだろうけれど、私はコシミズ先生のブログを日々読んで勉強して
いるから、外貨預金もやめて日本円に戻した。
結局、数年の間に目減りして、ドルでもユーロでも損してしまったけれど、トイレット・ペーパーになって
しまうよりはいいから、二週間ほど前にやっておいてよかった。
米ドルは日々、実質的な価値が落ちているから、もしも1ドルでも米ドルを持っている人がいたら、
すぐに円にした方がいい。
1ドルが20円とか、10円になってから泣いても、知らない。
10月22日 月曜日

メキシコ大使館や、グアダラハラ文化庁で私のメキシコ行のお世話をしてくれたクリストバルが、今
メキシコの大学で、国際関係を教えているそうだけれど、修士論文やっと出したくらいでもう2カ所の
大学から教職の口がかかっているという。
博士課程は日本で奨学金もらいながら、30歳になってからやると言っているけれど、海外は、
ストレートで一気に学業をすませたりしないで、社会人としていろいろやりながら、ゆっくりゆっくり
進むので、終わると結構、年いってしまうけれど、その分、分別のある人になるのだろう。
ドイツ人たちも、平気で半年や1年、企業研修なんかしながら、ゆっくりすごしている。
日本はストレートで終わると27歳だから、まだ、青くて、あまりいろいろわかっていない。
私は踊りが忙しくて、時間がなかったら、早く終わらせたかったので、27歳で終わってほっとした。
ところで、私たちが普段使っている「アメリカ人」という言葉は、今後使うべきではないようだ。
私たち日本人は、無意識にこれまで使っていたことを、反省しないといけない。
クリストバルたち、中南米の人は、「unitedstatians」人という言葉を使っているようだ。
アメリカ人というのは、南北アメリカ大陸に居住しているすべての人を指すから、かならずしも、
合衆国人というわけではない。
だから私も、書くものには、つとめて、アメリカではなく合衆国という表現にしているけれど、世界全体が
いとも簡単にアメリカ人という言葉を使うと、語弊がある。
今後、気をつけようと思う。
外国人と英語で話す時は、ユナイテッドステシアンで、ドイツ語だとフェアアイニクテスターテル、
仏語だとゼタチュニイェになるのだと思う。
これは、自分からどんどん使わないと定着しない。
合衆国在住以外の南北アメリカ大陸の方に配慮する、正確な表記、良い習慣を世界的に広めて
いかないと。
これを読んだ人は、みんなそうするだろうから、慣習に惑わされず、地道にやっていく。.  
10月21日 日曜日

朝一番で大工さんが来て、勝手口の扉取り替えのために採寸。
あと2個追加で勝った、アイヌコタンの木彫りの熊も、無事に壁に掛けてもらう。
教会の後、原宿でミカエラと待ち合わせをして、食事。
「この間はご馳走になったから、今回は私が払わせて」と、そのドイツ人、さっと
伝票を持って立ち上がった。
この間のベルリンのレオンもそうした。
さすがドイツ人。
これがメキシコ人だと、いつも私が払わないといけない。
浮世絵美術館の、最後の浮世絵師、月岡芳年の作品展で、非常にすごかった。
報道写真の代わりに、浮世絵師が画いた絵が、新聞の記事と一緒に掲載される。
なんという時代。
これでは、新聞を簡単に捨てることもできない。 
10月20日 土曜日 

ハシシタや、ケケ中が被差別部落出身ということで、さんざんネットでやられているけれど、
元はと言えば、古代天皇に仕える民だったわけだから、簡単にはいかない。
この人たちは、弥生の系統で、縄文人のDNAは保持していないはず。
西の方で行われていたことなんか、縄文人は関知しなかった。
10月19日 金曜日 

急いで税務署へ行く。
本当は先月の終わりに行こうと思っていたのに、ずるずると今日になってしまった。
遅れた分だけ追徴金を徴収すると、本来の予定税額より税収が多くなってしまうから、
税収というのは、みんなが日にちまでにぴったり払ったりしたら、税収自体が減ってしまう。
だから、本当はみんなに遅れて払ってほしくて、合計徴収額を多くしたいのだと思う。
金融業と同じなのだ。
法定金利の5%取ってるし、というか盗ってる。
最近、ドンキホーテで大量に物を買うことが多いけれど、新しい家を一軒開く時は、揃える物が
あるから仕方ない。
でも、ヤカンは、もう必要ない。
3カ所だけ、電気湯沸かし器に変えたけれど、この方がずっと便利だから、全部本当は変えた方が
エネルギー効率がいいかも。
10月18日 木曜日

トキの飼育にもっと予算を割けないのか。
アメリカに献上する何兆円ものお金のほんの一部があれば、かわいそうな鳥を救えるのに。
夏の間は餌不足
秋には、栄養偏りで倒れる
私がこの国の女王だったら、動植物や野山や、海岸そして人間にお金をたくさんかけるのに。
あのブーじゃほんとにダメ。
でも、今解散すると、国民全員が覚醒して、国民の生活が第一の小沢さんに投票してしまうから、
それを恐れて、解散の時期を遅らせているとのこと。
あの人たち、みんな弥生西国天皇派だから、いっそのこと東国縄文王国を独立させて、この国を
共和制にするという手もある。
関ヶ原より向こうは、もういらないから、捨ててもいい。
チェコスロバキアがそうだった。
京都がプラハになって、東京はスロバキアのブラティスラバみたいになればいい。 

沖縄でまた米兵による強姦事件。
千代田区には条例で、歩行禁煙は罰金というのがある。
東京都には、未成年者相手にやると犯罪というのがあり、ブレイカーの友人はそれでやられた。
だから、沖縄には沖縄の条例を作ればいい。
強姦犯は、日本式に(アベサダ方式)刑を執行するか、死刑(どちらかを選べる自由を与える寛大さを
示すのがいい)。
沖縄と聞いただけで、ビビる米兵が後を絶たず、結局、誰も赴任する者がいない。
地方自治体が自由に条例を作って、その地域に応じた対応をするのがいい。
10月17日 水曜日

少しの空いた時間をリチャード・コシミズのブログを見て、社会情勢を学ぶことにしていて、今日は、
おもしろくアヘン人脈を再度見ていた。
フランス語は毎日メールを書く時に使っているので、以前より楽に書けるようになっていると勘違い
していたが、「踊りは毎日客相手に踊っているので、以前より楽に踊れるようになっていると勘違い
しているダンサー」を見るにつけ、自分のフランス語も、基礎をきちんとやらないといけないのでは
ないかと思い、以前使っていた、フランス語書き取りCD(久松健一著)をやってみた。
半年ぶりだろうか。
簡単に書けると思っていたら、なんと、以前完璧なスペルで書けた文章、わずか5問10行のうち、
ミスが23個もあった。
アクサンテイギュやアクサングレヴを抜かすことは当たり前になっていて、綴りそのものさえ、書けなく
なっている。信じられない。
何という退化。
踊りも語学も、日々きちんと基礎をやっていないと、どんどんできなくなる。
ドイツ語や英語はできなくなることはないと思うけれど、フランス語のように、片手間でやった語学は
消失も早いから、たとえ10分でも、時間を見つけては、聞きながら書いて、自分で綴りを訂正するという
地味な勉強、踊りで言えばエクササイズをやっていないと、まともな文章が書けない。
基礎をやらずに、とりあえず通じればいいというところで止まっている言語、例えば、フィリピン人元
ホステスの日本語のように、聞くと不快感を与えるようなことは決してしてはいけない。
不動産は随分失ったものもありけれど、正しく書けるということは、銀行に持って行かれたりしない、
本当の財産だから、こういうことは大切にしないといけない。
頭の中、身体に蓄えたもの、これしか本当の財産なんかない。 
10月16日 火曜日

「12日、ノーベル文学賞を受賞した作家・莫言氏は記者会見を開き、尖閣問題に言及した。
尖閣問題は棚上げにし、誰も立ち入れない土地、魚たちの天国にするべきだと話した。」
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=65492

(ちなみに、RKは尖閣は日中で領有を争うのではなく、天然記念物、アホウドリの所有とし、
アホウドリが統治するアホウドリ天国にすべき
との意見も持っている。w)
コシミズさんのこの意見を読んだら、涙が出てきた。
こういう発想ができる人が、世界を平和にする。
すごいの一言。 
10月15日 月曜日

フランシス・ローチが”Catch Me If You Can"にルイジの教え子が出ていると一斉メールを送ってきた
のだけれど、結局どのブロードウェイ・ミュージカル・ショーにだってルイジの教え子は出ているのだ。
それにしても、顔が悪い人がずいぶんいるキャスティングで、びっくりしてしまう。
歌と踊りだけ上手ければ、顔が悪くてもいいのだろうか。
本人に写真を持って来させたりしないで、プロデューサーがプロのカメラマンとスタイリストを用意して、
プロモ用の写真を撮るべき。
そうしないと、変な写真を平気で持って来てしまうから。
そういう私なんか、今度の本に使う写真、30年前のだけれど、許されるかしら。
夜と朝、ゆっくり湯船に浸かり、久々にたっぷり眠ったから、身体が調子いい。
今のライフ・スタイルが合っている。
1週間のうちに寝る場所が3カ所も変わるような、松尾芭蕉風生活は、なかなかいい。
夜どこで寝ようが、翌日、何事もなかったかのように事務所に登場しているから、仕事のペースは
崩していない。
思うに、以前は、新宿御苑の宮廷マンションにしても、曙橋の信川ハイツにしても、10年にもわかり
ずっと住んでいたから、余計な物が増えたり、ごちゃごちゃして、引越す時大変だったけれど、今の
やり方だと、数日分の引越しだけだから、自転車で2往復するとできてしまう。
それでも、5月の頃は、ロフトからの引越しに猫が4匹いたりしたため、原付バイクで何度も往復
しないといけない大変さだったけれど、猫なしで、タオル類も、必要最小限のものをすでに洗濯した
状態で持って行くと、旅行と同じだからすごく楽。
お茶のテーバッグさえ、箱から出して、中身を数個しか持って行かないから、荷物が軽い。 
10月14日 日曜日

明日から3晩スタジオ住まいになるから、今夜は最後の本塩町の夜。
思いきり読書しよう。
あそこは住んでみると、通りの足音や街路灯の灯りが気になることがわかった。
前回は、裏庭側の部屋に寝たので、わからなかった。
やはり、すべての部屋に寝てみないと、気づかないことがある。
裏庭側の部屋は、隣のこわいおばさん宅の真ん前だから、落ち着かないけれど、そこから出入り
できるのは便利だから、これはこれでよい。
個人的には、やはり先週契約した50平米の家が住みやすい。
でも、寝室ふたつはいらないし、大きなダイニングキッチンも不要。
理想の住まいは、お風呂と洗面所が思い切り大きくて、収納がたくさんあり、部屋はロフト庵くらいで
よく、ベランダがあり、解放部分が多くて、日当たりが良いこと。
部屋が小さいと、まず犠牲になるのは水回りだから、これは、考えないといけないこと。
部屋が小さくても、水回りを大きく作れないものなのか。
ユニットバスなんて、使いたくない。 
10月13日 土曜日 

イターニュースにこんなのがあったが、これは正しくない。
---------------------
2001年にノーベル物理学賞を共同受賞した米国人物理学者のエリック・コーネル氏は、チョコレート消費量は国の富に関連し、質の高い研究も国の富に関連すると指摘。ゆえに、「チョコレート消費量と質の高い研究に関連性があると言えるだろう。ただし、直接的な因果関係はないが」と付け加えた。 
---------------------
単にネッスレなどの国際企業を儲けさせるため、また、チョコレート消費により肥満や糖尿病患者を
増やして、医療業界がその恩恵を受けたいというだけのことなのだと思う。
国が富むと、通常は知的水準が上がるから、食品の質も良くなり、したがって自然に、西洋式の
食品から遠ざかり、日本食になるのだと思う。
だから、米国の東海岸の人がスシ・バーに腰かけている時でも、中央ヨーロッパの人は、肉と
じゃがいもしか食べない。

ところで、フランシス・ローチから、誰か亡くなったという知らせが来ると、一瞬身構えてしまう。
ついに来たるべき時が来たのかと。
しかし、そのような心配は危惧に終わったので、ほっとした。
『ジャズ・ダンス、誰が踊りをつないだか』の中で、フランシスの章の中に出てくる、フランシスに最初に
ルイジ・スタイルを教えたという、サンドラ・リトル先生が亡くなったとのこと。
この先生がフランシスにルイジ・スタイルを指導しなければ、ルイジはフランシスと
出会うことがなかった。
フランシスと出会わなかったら、ルイジには別のフランシスのような人がいた可能性もあるけれど、
ロニーと別れた後、お酒に溺れて身を滅ぼしてしまっていたかもしれない。
どうにかこうにか、これまでやってこられたのは、かいがいしく働く、妻のような、マネージャーのような、
何でも屋のお世話係フランシスがいるからこそ。
だからサンドラ・リトル先生は、ダンスの歴史で大きな仕事をしたと言える。

Francis J. Roach 13 October 23:19
SAD NEWS>>>In Erie, PA. a smart, nice dance teacher and, more importantly, a terrific woman
Sandra Little Barnett passed away from breast cancer.
''Miss Sandy'' was a fervent promoter of Luigi's jazz technique and one of my Luigi's Style
teachers growing up.
She and her mother who started their dance school, Catherine Little, were pivotal in the artistic
culture of Erie and its surrounding communities. They shared their love of dance and music
for over six decades, teaching and inspiring countless numbers of people in the arts.
Sandy just sponsored two of her dancers, as she has before, to attend last summers
Luigi workshop. Her family has always sent people to study with Luigi, as they sent me
many years ago.
Luigi and I send our deepest condolences to the 'Little Family of Dancers', which is huge,
but more so to the artists and future artists in the Erie area.
Sandra and Catherine Little were special human beings to know.
They are dancing in heaven now.
''Never Stop Moving''
10月12日 金曜日 

中国ではトヨタをはじめとする日本企業が狙われたりしているというのに、四ツ谷のしんみち通りでは、
いつもの通り、中華屋がにぎわっていて、今日のお昼は満席だった。
中国内の日本料理屋は閑散としているどころか、打ちこわしに遭ったりして、大変なのだろう。
日本人は、政治とごはんを一緒くたにしたりしないから、好きなお店は、好きなお店で、尖閣問題で
急に中華料理食べるのやめたり、まして、中華屋襲う人なんて、誰もいない。
成熟した、高い民意の国民なのだと思う。
レオンが明日ドイツへ帰るので、レオンがご馳走してくれた。
帰るとまた、マックス先生のところで来週から練習がはじまる。
京都へ行くと騒いでいたけれど、結局日光に行ったみたいで、よかった。
湖の側で、お風呂にも入ったそうだ。
安かったと喜んでいた。
全員が京都へ行く必要もない。
時が来たら、自然と行かれるようになるのだから。
まず、関東地方見て、それから余裕がある人が京都へ行けばいい。
多くの観光客が東京の後、いきなり京都へ行き、それで日本は全部見たような気持ちになって帰国
するけれど、そのやり方、間違っている。
伊香保も、箱根も、伊豆七島もおもしろいから、いろいろ見て、それから遠くへ行けばよいのでは。
10月11日 木曜日  

先日、本塩町の家に一晩泊まってわかったことは、浴室にはシャワーカーテンをしないとだめ。
シャワーカーテンをするには、つっぱり棒をしないといけないということ。
そこに泊まってみないとわからない。
だから、今夜は台所付一部屋のタウンハウスに泊まる。
すでにお昼ご飯をそこで作って食べた時に、なんて暗いのだろうと感じた。
電球が2つ入るべきところに、ひとつしかついていない。
自分がそこの住民となって、はじめてわかることがある。
猫姫は、「わかるためには、まず、自分がそのホテルの客になって泊まることだから」と言っていたのは
まさに正解。
あの人は見かけによらず、すごい。
こうやって、何カ所に泊まることで、何が必要かいっぺんにわかる。
ドンキホーテへ行って、すぐにまな板を調達してきた。
休息は今夜までにして、明日から、また『今さら人に聞けない ダンスの秘密』を書かないと。
ずっと間が空いてしまったから、もう、どこまでやったかも忘れてしまった。
10月10日 水曜日

弟子がこんなビデオを送ってきたけれど、こんなこと、21世紀の現代にあり得るのだろうか。
日本のTOTOだったら、台所に便器を据え付けて欲しいと頼んでも、衛生上の理由からできないと
断るだろう。
80年代にすでにオリンピックを開催しているような国で、このような前近代的と言うか、文明が
まだ行き届いていないようなことがらが、可能なのだろうか。
ヨン様もこのような状況で育ったということだろうか。
それとも、この国が大嫌いな日本人が悪意でつくったビデオなのだろうか。  
10月9日 火曜日 

やっと昨日一段落ついたから、今日は朝からドイツ人レオンと、原宿の浮世絵美術館へ。
レオンは熊の漫画『ペッツィ』で育った世代で、私も十代の後半はドイツ語をその漫画で学んだから、
一緒にパンケーキというかパンクーヒェンを食べながらペッツィをなつかしみながら、ドイツや日本の
文化の話をするのはとても楽しい。
前回はマセドニア人のアンナも一緒だったけれど、もう帰国したから、今回は二人だけ。
日本に来るくらいの意識があるドイツ語圏の人は、ちゃんとしていることこの上ない。
もっと近くに、日本の物価の半分以下のタイがあるというのに、それを飛び越えて、敢えて物価の高い
日本に来るくらいだから、ある意味、タイがあることで、それがふるいになっていると思う。
変な人はみんなそこどまりで、タイより東へは行かない。
売春王国タイなど目にない人だけが、日本まで来るわけだから、ちゃんとしていて当たり前。
昨日、変な場所で踊ったから、節々が痛くてだめ。
今日のお稽古の後、三輪治療院で指圧をしてもらおう。

信じられない。
昨日が祝祭日だから、替わりに火曜日の今日が休みになるなんて考えもしなかった。
レオンと一緒に落胆して、明治神宮の宝物館へ行ったら、そこも同じだった。
神社なんだから年中無休で解放しろと言いたい。
特に日本の歴史に著しい汚点を残した最悪操り人形天皇だったのだから、罪滅ぼしで休日営業しろ。
レオンは明日から京都へ行くから、今回の来日の間には、もう浮世絵美術館へ行く時間がない。
私は近いうちに誰か他の人と一緒に行こうっと。
誰と行くかで面白味が増したり半減したりするから、よく人選しないと。
フィリップと行きたかった。
でも、今回の展示が開始したちょうどその日が帰国日だったから、ままならなかった。
しんみち通りの中華屋でお昼ごはんしている暇があったら、行くべきだったのかも。
10月7日 日曜日 

今日の午後1時にビジンさんのお稽古が終わった時点で、『ジャズ・ダンス、誰が踊りをつないだか』の
最終校正を提出しないといけないから、朝3時半に起きて開始した。
もう、間に合わないから、教会はパスすることにした。
母の所へ先日訪ねて下さった前山さんへのマロングラッセをメキシコに頼んで、私は事務所に籠って
ひたすら頁とにらめっこ。
1時15分前に終わった。やった。
どっと疲れが出てしまったけれど、明日は本番だ。
ソロの『『エポールマン』を練習する暇もない。
前回は、何度も稽古して、目をつぶっていても絶対に自動的に身体が動くようになるまでやったけれど、
今回は数回イメトレをやっただけ。
隣の家の二階へ引越すのも今日だったから、あまりに過密スケジュール。
10月6日 土曜日 

ここのところ、毎晩寝る場所が変わって慌ただしいけれど、サダム・フセインも、ニコライ・
チャウシェスクも、二晩と続けて同じところに寝なかったとのことだから、似ているのが笑える。
一番大きな違いは、私が国家元首でないということ。
今夜はできるところまで、校正をやって、とりあえず事務所で眠り、明日は、隣の家へ引越しだから、
そこの畳の部屋で寝ることになる。
楽しみ。
10月5日 金曜日 

今夜がロフト庵最後の夜となる。
また、しばらくここへは戻って来られない。
これでもかと、きれいにかわいくしてあげたくなるような、このロフト庵は、ゲイシャ庵という名の方が
ふさわしいかも。
10月4日 木曜日 

6時に起きて、校正の続き。
午前中から美容院。
かなり切ってしまった。
髪の毛が目に入らなくなって、助かった。
帰りに代々木のヒグチへ行って、タップシューズを履いてみる。
21,5だとあまりにぱつぱつなので、結局22センチにした。
急な雨で、予定していた夜の外出がだめになったので、いろいろなことができて助かる。 
10月3日 水曜日 

朝から首までお風呂に浸かり、ごはんを食べてから校正。
ふうっと眠くなってしまうけれど、午前11時までやる。
日曜日に渡せるかな。読んでいて、自分で泣いてしまう。
思いきり笑ってしまうところもある。 

防衛庁前のガソリンスタンドで、「丸子さん」と声をかけられた。
泉君だった。近所で泉音楽事務所をやっている。
この人も四ツ谷が好き。
「この間、あの人に会ってさ」
なんて泉君が言うものだから、
「源之助」(劇団東少ペガサスの相羽君)なんて聞いたら、
青島広志さんにラジオ番組手伝ってもらった」なんて言っていた。
玉川学園の時のお友達は、泉君も青島さんも、みんな好きなことが仕事になっている。
10月2日 火曜日 

ロフト庵にこもり、最終校正。
信じられないことに、この段階になって、まだ、文字の間違いが見つかる。
あんなに校正したのに。
しかし、ロフト庵はいい。
この狭さが、効率よく仕事をするのにちょうどいい。
以前、ここに(=^・^=)ちゃんたちを置いていたなんて、信じられない。
10月1日 月曜日 

「ドイツのパンは置いておくと、すぐにカビが生えるのに、日本のパンはどうして1週間経ってもカビが
生えないのか」
と質問されたことがあった。
日本製のくだものはすぐに悪くなるのに、外国製のくだものはどうして持ちが良いのだろうと思っていたら
そうか、異常なまでの防腐剤だったのかと、納得。
今まで平気で買っていた物ばかり。
それにしても、やきとりは気持ち悪いから、食べない方がいい。
鳥の間にイヌの肉が一つ混じっていても、タレや薬味がついているから、わからないかも。
まさか、チャイナ製の食品買う人なんて、日本にいないはずなのに、どうしてお店に売っているのだろう。
誰か、今でも買う人いるのだろうか。 
ところで、「32年テーゼ」というのを知って驚愕。
反日日本人を作り出し、あらゆる半日活動、日本国家解体の原点となる悪魔の経典とのこと。

ところで、日本政府がウガンダのツチ族の人を難民認定して受け入れたから、これからは、どんどん
アフリカ人が入国して、難民認定申請をするようになるかも。
こんな遠くの東の果ての日本に来なくても、もっと近場で難民認定してもらうことはできないのか。
一番いいのは、自分の国が平和で良い場所であり、祖国で生きること。
アフリカ人が悪いというより、そういう事情をつくったフランスが悪い。
フランスが一度でも関わったら、人種差別主義政策により、植民地は骨の髄までしゃぶられるから、
二度と立ち上がれない永久貧困国になる。
ケベックが例外なのは、民族大移動の移民地であって、植民地ではないから。
9月30日 日曜日

教会のお昼ご飯のお茶汲みで、80代後半の、しかし頭がしっかりしている女性が、戦争の時は、
学校で傷痍軍人さんたちの、白い着物を縫っていたと話してくれた。
小さかった母もパラシュートを造っていたくらいだから、女子供もみんな勤労奉仕させられて、たまった
ものではなかっただろう。
ヒロヒトの個人財産を増やす「朕の戦争」、イスラエル建国計画。
当時、リチャード・コシミズ・ブログを日本国民が見られれば、事態は劇的に変わった。
このビデオを見ると、日本軍は大変良いことをした。だから、まともなアジアの国からは感謝される。
午後から台風なので、教会の帰り、急いで矢来と弁天町に寄り、用事を済ませ、食料も買い整えて
夕方からのお稽古をした。
台風だから美容院がすいているだろうと思い、明日の予約を取ろうとしたら、朝からいっぱいとのこと。
台風なのに、よく出かけようなんて考える人がいるものだ。
結局予約は木曜日の朝になってしまった。
もうこうなったら、1日2日延びても仕方がない。
このような台風も、人工気象兵器なのだろうか。 
9月29日 土曜日
 
それにしても新宿区は、ろくなことをしていない。
区長を呼んで「にゃんにゃんセミナー」を開く暇があったら、区内の人間の生活についての仕事をしろ。
浮浪者が徘徊しているのが、23区内でも1,2を争う裕福な区である新宿区内にそういう人が一人でも
いるという現実に向かい合う方が、猫ちゃん対策などやるより、ずっと重要なのではないか。
私が新宿区長だったら、
1)煙草ぽい捨てに罰金を課し税収とする 
2)煙草罰金分の区民税を減らす
3)無機質な区民施設を、木と紙と美術工芸品等の装飾で美しく作り変える 
4)区民に無料で舞踊・
音楽など芸術作品を鑑賞させる 
5)区内の不法滞在者、不法就労者を摘発し、東京入国管理局にすみやかに引き渡すまでの拘束権を
行使する
9月28日 金曜日

信じられない。
母が家の外へ出て、新宿駅まで来ることになった。
知っている限りここ数か月、母が家から外へ出て、階下のローソンか、一区画先の銀行か、医者以外の
場所へ行ったというのをまったく聞いていないから、これは朗報。
新宿京王デパートの時計売り場で待ち合わせをすることにした。
デパートで時計を買う人など、いまだにいるのだ。
母は、もう何十年も京王デパートの時計屋でしか、時計を買ったり修理したりしない。
こういうわずかな固定客以外、足を踏み入れるはずのないデパートの時計売り場は、さぞ苦しいだろう。
本当は、いつものように何かを買って母の家を尋ねる予定にしていたけれど、急遽予定を変更して
京王デパートで待ち合わせることにした。
これでうまくいけば、近いうちに一緒にどこかへ行く相談だってできる。
私の最終目的は、母を樺太へ連れて行くこと。
そして、旧豊原の街中を、ここが家、教会、小学校というように、案内してもらうこと。
もしかして母は、最期の力をふりしぼって、元気な様子を私の誕生日のために演じてくれているのかも。 
9月27日 木曜日 

信濃町カルト地区を、半分に切った竹竿を原付バイクの足のところにはさんで横切り、
クッション床材を届けに行った。
暖簾を吊るすのだから、竹竿を持っていて当たり前。
最初、全部ピンで直接壁に安易にとめたものだから、後になって、竹竿に変えるのは、それなりに
手間がかかること、この上なし。
北朝鮮宗教S蚊の首領ソン・テチャクがホルマリン漬けになっているのは、薄緑に塗られた角の建物
なのだろうか、と思いながら通り過ぎる。
次に来る時は、小型のテレビを運ぶつもりだから、ますます信濃町自警団に敬遠されるだろう。
私が何を運ぼうが、放っておいてほしい。
9月26日 水曜日 

オーストリア人とドイツ人と三人で、神楽坂の鳥茶屋別館でお昼。
ここへ連れて来ると、外国人はみんな喜ぶ。
食べきれないくらいの量で、1500円、しかも、着物のお姉さんが運んでくれるから、こんないいところは
ないだろう。
芸者の検番に、ありとあらゆる国籍の外国人約30名くらいの御一行が、どんどん入って行く。
貸切で、芸者ショーがあるようだ。
そのようなかたちで、どんどん神楽坂芸者を宣伝するのはいい。
品川の吉原や、浅草と違い、神楽坂は天下の将軍のお堀の前だから、下半身接待がない、
本物の芸者なのだろう。
9月25日 火曜日 

ドイツ人は、研修でも研修ビザにしないで、文化ビザで入国させるようだ。
そうすれば、研修ビザ発給条件の月額15万円の研修費を払わなくてすむから、企業側にとっては
非常に都合がいい。
文化ビザを取るのに、アジア人や南米人は非常に苦労して、アフリカ人なんか、銀行の残高200万円
見せても取れないのに、ドイツ人だと、そんなもの見せなくても、しかも、日本の何の文化を
「学ぶ」ために来日するのか、まったく明確にしなくても、自然に文化ビザが取れるというのがわかった。
まあ、ドイツ人の修士課程の人はどんどん来させても問題ない。
学部生でもOK。
問題なのは、学部在学中の人の入国。
文化ビザはそれでも、多少は人を選ぶかもしれないけれど、ワーキングホリデイ・ビザのような安易な
ものは、野放しにすると、経済格差のある国から悪用されるので、あくまで観光を主眼において、
日本国内で外貨を使わせるということを主眼に置かないと、単なるじゃぱゆきビザになる。
9月24日 月曜日

素晴らしい日本晴れ。
完璧にして、最高に美しい朝。
気温も、太陽の光もこれ以上良くすることなど、もはやとてもできない、というくらいに完全。
他の国でも、コリア晴れとか、チャイナ晴れなんていう言葉があるのだろうか。

関裕二の『卑弥呼はふたりいた』は、おもしろすぎ。
『魏志倭人伝』を書いた魏の官吏が、実際には邪馬台国へ行っていないのに、倭の国の官吏に
聞いたことだけをまとめて『魏志倭人伝』を書いたというのは、目から鱗。
書かれた水行、陸行を真に受けて、一生懸命に地図とにらめっこをして、とんちんかんな答えを多々
出した先人たちの仕事はなんだったのか。
飛鳥など、日本列島が90度現在と異なった方向にあったなんていう結果を出しているほどだから、
どの説も、話としては全部おもしろい。
パソコンの立ち上げの時など、寸暇や寝る前に読んでいるだけだから、なかなか終わらない。
9月23日 日曜日

今日は教会にメキシコ人のカミロを連れて行った。
インドネシアのルーテル教会が、イスラム教徒の被害に遭っているそうだが、キリスト教徒もかつて、
世界各地で地元の宗教を破壊したのだから、自分が被害に遭った時だけ騒いでも、世界はシラーっと
スルーするだろう。
原子力発電所を1基つくるのに5000億円かかって、それの5%が、CIA組員中曽根爺と
正力松太郎ゴミ売り新聞・煮呆TV社長のところに行くからくりになっているそうだ。 
そんなにたくさんお金があったら、私ならまず、スタジオの内装工事ローンを一括で払い、
まだ返済終了していない日本育英会の奨学金を返し、その他小さな支払いを済ませ、
スタジオをはじめとする家賃を数年分まとめて払い、母を連れて樺太と沖縄へビジネスクラスで行き、
北海道のアイヌコタン木彫り村でタンチョウ鶴やフクロウ、熊などの木彫りを買い漁り、
母の家の襖を貼りかえ、今度借りる家の物干し台へ行く階段を新品同様に塗装して、かっこいい装丁の
本を自費出版して、みなさまにお配りして、それでも、たくさん余ってしまうだろう。
そうしたら、四ツ谷に土地を買って、ヤギを飼い、リスを放し飼いにして、くだもののなる木をたくさん
植えて、都会に酸素を供給する。
ベアトリス・ポッターが土地をどんどん買ったように、私は、大都会の中の土地を自然保護地帯にして、
東京を見違えるように変革する。
商業施設をつくらせないようにして、白金自然教育園のような、山あり谷ありの大自然をつくる。
それで、原付バイクをやめて、ロバの背中に乗って移動して、植物の手入れをしたりする。
中曽根爺は、どのように使ったのだろう。
9月22日 土曜日

100元(1239円)の日当を配って、プー太郎たちを反日デモに参加させたのか。 
そんなことだろうと思っていた。
タイの道路占拠、建物放火デモも、タクシンが農閑期の農民に日当を払ってやらせていた。
今時、自腹で活動するお金に余裕のある暇人は少ないから、日当払うのは一番最適な方法なのだろう。
そういえば、昨日、「永田町の首相官邸前でデモしている人たちがいた」と、メキシコ大使館の人が
言っていたけれど、自分のところの大使館の前にいつも人が集まっているのを見るのは不安だろうから
状況をより良く理解する方法を教えてあげた。
デモで奇声を上げている人を見たら、"Excuse me, Sir, may I have your passport, please?"と言う。
相手は一瞬ひるみ、メキシコ人相手に罵声を浴びせるわけにもいかないだろう。
そこでひるまず、"How long have you been in Japan? Where were you born?"とたたみかければいい。
相手が大阪とか神戸と答えたら、"Thank you for your great information"と言って、立ち去る。
でも、相手が全然英語を理解しない場合もあるから、うまくいかない可能性が高い。
9月21日 金曜日 

「第三神殿の落成式を見る為の世界中に分散するユダヤ人による9月23日に行なわれる同時の
祈りへの招待から、イスラエル及び米国は、近い内にこの神殿がメッカとなる大イスラエルの建国に
拍車を掛けると考えられます」
という記事をコシミズのサイトで見つけ、そうか、そういうわけなのかと納得。
日本の休日がある日は、必ず古代イスラエルの休日に当たるから、そういうこともあるのだろう。
ところで、毛多悪党というのが、おもしろすぎ。
チロルの山奥から、アルプスの少女のペーターのような人がやって来たから、さっそくしんみち通りの
中華屋でお昼をした。
池袋に交通違反料金払いに行かないといけないのに、今日は雨が降ったから出そびれた。
今日の雷(防衛庁の避雷針に落ちたと思う)は、かなり急で、イヌおちゃんが、跳び上がっていた。
そして急激な雨。
天気予報にはそんなこと書いていなかったから、多分これは、また米軍による人工気象操作。
9月20日 木曜日 

文化村でバレエ映画『バレエに生きる、オペラ座の二人』を見た。
ピエール・ラコットとギレーヌ・テスマーの人生。
すごい、のひとこと。
「私は役を選ばない。どの役でもその人の人生を楽しみながら踊る」
「バレエは人生を賭ける価値がある」
午前10時40分開演の映画に来れる人は、さすがに全員女性。
暇とお金と意識、この三つ揃わないと文化芸術鑑賞はできない。
大抵の場合、どれかが欠けている。
9月19日 水曜日 

ロフト庵からスタジオへねぐらを変えて、様々な雑用をこなすだけで、1日が終わり、
原稿を書くどころではない。
ここしばらくスタジオに暮らし、また、来週、ロフトに戻ろうと思う。
スタジオにいると、さすがに今まで無視してきたいろいろなことが目について、結局、設備向上に
役に立つ。
 9月18日 火曜日

今日というか、昨日はユダヤ教のなにかの祝日のようだ。 
ルイジのところのフランシスは、絶対にアシュケナージュ。
ハヌカの祭りの時にも、一斉メールでおめでとうと言ってきた。
敬老の日が祝日だということと、ユダヤの祝日と日が同じということは、理由があると思う。
多分、古代イスラエル人が日本へ来た時から、この日は、祝日だったのだろう。
それを近年、敬老の日にしただけで、日本の祝日はすべて古代ユダヤと関係があるはず。
雨が上がったから、今がチャンスと、洗濯物を干さないと。
東日本大震災以来、乾燥機を捨てたし、洗濯機の乾燥機能も使用しないで、ひたすら太陽に
頼っているから、太陽が照っているかどうかがとても気になる。
これでいいと思う。
天気に関係なく、乾燥機を使用して、無駄な電気を使うの生活はもうしない。

ところで、オランダは南米にスリナムなんて植民地を造ったから、あとからあとからインド系がオランダ
旅券で世界を闊歩して、多分、相当後悔していると思う。
私がこれまで出会ったスリナム人は3名だが、その3人目が今日。
それにしても、前者の二人の女性(大使館員夫人、オランダ語の録音の仕事をしてもらった)、ロイヤル・
ダッチの航空会社勤務のものすごくちゃんとした人と比べて、今度のはひどい。
ずんぐりデブ、ひげもじゃら、髪伸ばし放題、靴ではなくてサンダルで成田に到着、寝間着みたいな
へろへろの服装、ミュージシャン、しかも、おかまチックな目つきで、貧乏、不平タラタラの喫煙者。
うちはドレス・コードがあるから、こういうのは、受け入れられない。
 9月17日 月曜日 

浴衣を着て原付バイクに乗るという離れ業をやったけれど、どうにかなるものだ。
母の日だから、お寿司とお花を買って、頼まれた洗濯物の入った包みを籠に乗せて走ったけれど、
風で裾が開かないように、ずっと膝を閉じて押さえているのは本当に大変。
しかも、間が悪いことに、新宿駅東口の大ガードをくぐる時に、雨が降ってきた。
仕方ないから、濡れながら走った。
九州の方は、台風で大荒れと聞く。
今度も人工気象兵器だろうか。
先日もわざとらしい地震があったばかりだから、油断ができない。
廣末ビルのまわりには、少なくとも100匹のコオロギがいると推定できる。
 9月16日 日曜日 

リトアニア人の合気道の先生が到着。
口の達者な太めの金髪は、実はリトアニア人ではなくて、ロシア人だったと判明。
今夜からしばらくお稽古場に住む。
久しぶりだから、なんだかわくわくする。
同じところに長くいるより、このように数週間ごとにこっちへ行ったりあっちへ行ったりした方が、
無駄な物が増えなくていい。
冷蔵庫もそのたびに、完璧に空にするので、清潔に保てる。
入国管理局の人から電話がかかってきたので、何事かと思ったら、ウルグアイ人のことだった。
そのウルグアイ人は、目が青かった。
ドイツ系だと言っていた。
まさか、アルゼンチンに亡命した、ナチの残党の中に、おじいさんか、おとうさんがいませんか
などとは聞けなかったけれど、以前いた、コスタリカ人の生徒も、完璧なまでなドイツ系だったから、
もしかして、南米の完璧白人というのは、もしかしたら、多かれ少なかれ、その系統が主流派なのかも。
ナチの残党が大勢引き連れて来た(1名の高官軍人につき白人女性10名)女性たちの孫だろう。
植物に水を遣りたくて仕方がなかったけれど、午後雨が降ると知っていたから、遣らずに我慢した。
クラシアンの人2名が、電気工事のスイッチ付けと、洗濯物干しの取付に来てくれた。
壁に釘も打ってもらったから、これで、以前のようにポトスや花を飾れる。
 9月15日 土曜日 

マケドニア人たち3名と、しんみち通りの中華屋へ行き、晩御飯。
この人たちは、朝から晩までわき目もふらず、本部道場にひたりきりで合気道の稽古をしている他の
合気道家たちとは違って、訓練はそこそこにして、けっこう、観光を楽しんでいる。
これでいいのだと思う。
美術館へ行ったり、博物館に足を延ばしたり、はたまた、仙台まで夜行バスで津波の被害状況を
視察に行ったり。
訓練だけして日本のことを何も見ないで帰る人たちよりはずっと心が開けると思う。
踊りもしかり。見るべきものを何も見ないで、稽古だけしている人の踊りは奥が浅い。
 9月14日 金曜日 

国民の生活が第一党が、マスゴミに潰されてしまわないように応援していかなければならない。
-------------------------------
「NHKの偏向報道はキチガイの域に達していますね。 40%超えは確実なのに、0.6%とは、嘘にも程がある。 植草さんもおっしゃっておられますが、NHKは解体するしかないですね。草加TBS、ユダ米日テレ読売と並ぶゴミです」 という意見がネットで出ています。 NHKが、国民の生活が第一党を、ひどく恐れて、支持政党アンケート調査でわざと低い数字を出したからです。 本当の数字を出すこともあるのですか。
-------------------------------
という意見をNHKに送っておいた。
 9月13日 木曜日 

尖閣諸島問題について、「神が地球を創り人類を住まわせているので,どの国のものでもない」という
意見をネットで読み、これを言った人はすごいと思った。
これは縄文人の考え方。
日本にはまだ、縄文人がいたのだと知り、嬉しい。
 9月12日 水曜日 

一か月弱にわたるロフト庵生活もそろそろ終わりに近づいてきた。
前回で猫さんたちとの同伴を最後にしたから、引越しが楽。
とは言っても、物がだんだんたまるから、それをしないためにも、日々旅を住処とするのはよいかも。
松尾芭蕉は、風呂敷包みひとつで、あちこち行ったのだろう。
1つの用途にひとつの商品で十分。
違う種類の歯磨きや石鹸、ボディシャンプー類を数種類を同時に使う癖などをなくして、物の数を
減らさないと。
 9月11日 火曜日

マケドニアには『マリカ』という歌があると、マケドニア人が教えてくれた。
わー、嬉しい。
マケドニア人と出会わなかったら、そういう歌とも出会えなかった。 

ところで、ルイジ・ジャズ・センターのフランシスが、9.11の日のことを振り返った一斉メールくれた
のだけれど、少し気になることが。
「振付家で監督のモリー・モーロイは、9月11日にワールド・トレードセンターのモールで自分の振付を
ダンサーたちに踊らせることになっていたけれど、本番のほんの数日前にそのイベントがキャンセルに
なった旨の連絡が来た」というのだ。
9.11で死んだハザール人は一人もいないく、ハザール人たちは、あらかじめ、その日は出勤
して来ないようにとか、避難訓練があるから、ビルの外へ出ろとか、または多分真実を告げられて、
誰もその日はワールド・トレードセンターに来なかった。
ということは、このおばさんは、ハザ人なのだろうか。
パリのストリップ劇場「クレイジー・ホース」で振付をしているということは、あ、一か月前に見たあの
映画『クレイジー・ホース』に登場してきた、あのおばさんのことだ。
そうか、あの人、メトロポリタン・オペラ劇場付属バレエ学校で10年習って、ルイジのお稽古も受けて
いたのか。
その後、パリでストリップの振付師になったのか。
そういえば、映画の中でも、「ルティレ」やれとか、なにか細かい指示していた。
でも、勝手に動かしているだけで、与える振付が足りないと思った。
この人、絶対にハザ人だ。
そうでなかったら、あの日あの場所でこの世とおさらばしたはず。
ということは、世界中の観光客が「一生のうちにたった1回見られるかどうかわからない、世界一の
ストリップ」に対して支払われる多額のお金は、もちろんハザ人の懐へいくのか。
だんだん、見えてきた。

ところで、見積もりに来た建具やが、「ドアを襖にするには、50万円はかかる」と言っていたけれど、
それって、ふっかけ過ぎではないのか。
もっと安いならやろうと思っていた。よそへも見積もり聞いてみるか。
ドアにすると、畳のところに引っかかり、開閉できないから、非常に不便。
かっこいい民芸風茶箪笥を起きたくても、ドアにぶつかってしまう。
やはり、引戸にしないと、和風インテリアができない。
 9月10日 月曜日 

1日に2回もドンキホーテへ行き、すのこを買って、原付バイクで運ぶ。
それも、表玄関をきれいにしたいから。
すのこは、買った翌日からどんどん劣化していく。安いものだから、仕方がないのだけれど。

ところで、昨日教会で聞いたことがどうしても胸につかえている。
母が私に隠していたことは、統一教会の若い男にお金をせびられ、預金を下ろすために、一緒に
銀行へ行き、外へ出たところで、若い男からお金を受け取ることになっていた、別の男(中年)が、
若い男がお金を持って来なかったので、二人で路上で話していたので、母はその場を去らされたという。
銀行員が気を効かせて、「人に貸すための二百万円はおろせない」と言ってくれたおかげで、犯罪を
食い止めることができた。
この二人の男は、両方とも統一か創価の子分だから、これは、明らかな詐欺事件。
母は私や叔母にこういう大切なことを言わずに、どうして教会のお友達に電話で言ったのだろう。
若い男に言いくるめられて、お金を貸そうとしたことが発覚したのが恥ずかしいのか。
あの年で恥ずかしいもないものだ。
代々木警察の生活安全課に相談した方がいいのだろうか。
でも、警察内にはたくさんの統一創価奴隷が、もぐりこんでいると聞く。
この被害届を聞くやいなや、再度、あの若い男に母のところへ行かせるような算段をしたら、私の目の
届かないところだから、とんでもない結果になってしまう。
母を無理やり四ツ谷へ引越しさせたい。
 9月9日 日曜日
 
朝、これから教会へ行くのだが、こちらの家具をあちらへ、あちらのものをこちらへという作業を、
今日の午後、軽トラを借りてやってしまったらいいのではという気がしてきた。
変な家具、猫がひっかいた跡の残る籐の家具は、粗大ゴミに出してしまおう。
籐の家具は、所詮、猫の爪とぎくらいの役割しか果たさなかった、惜しくないと思えばよい。
家具は踊りの出演者と同じで、その出演者がいることで、作品全体の質が上がるか下がるかで、その
人の価値が決まるわけで、ものすごいプロの作品だと、全員が作品の価値を上げる人ばかりだから、
自動的に良い作品しかできあがらないわけだが、実力の差がある人の登場する作品の場合、当然
その人がいることで質を下げる人がいるわけだから、そういうダンサーは削って、もっと上手な人と
交換すればよい。
しかし、プロの仕事としてのプロダクションだとそれが可能だけれど、お稽古場の発表会くらいだと、
それができないから、多少のことは目をつぶって、後ろの方で踊ってもらったり、ポーズで待っている
ところを多くして、被害を最小限度に食い止める。
動きのある踊りだとそれも可能だけれど、家具となるとそうはいかない。
動かないでそこにあるだけに、非常に邪魔。
そうか、思い立った日が吉日。今日すぐに、やろう。
そうしたら、明日は淀んでいた空間にさわやかな風が吹き抜けるから、もっと素敵になるはず。
信濃町カルト地区の戸棚と、坂町のマリカ秋以降の家の戸棚を交換、矢来町のパソコンテーブルと
椅子を秋の家へ。
ロフトの木彫りなどをまとめて、秋の家とスタジオへ。
これですっきりするけれど、軽トラを借りるほどではないかも。

結局、マケドニア人が来たので、踊りを見せたりしているうちに、軽トラどころではなくなってしまった。
 9月8日 土曜日
 
夜中の1時から朝の5時まで昨日の原稿を直したり、メール返信の業務をしたりして、また眠り、8時半に
起きて1日を開始。
お稽古とリハーサルの合間に、雨がやんだのをいいことに、原付バイクで敷布団を運んだ。
『ニューヨークタップストーリー』をアマゾンで1円で売りに出しているが、あと8冊ですべて完売。
これは内容を全部、『ジャズ・ダンス、誰が踊りをつないだか』に移したから、もう、抜け殻。
夜、倉庫まで本を取りに行った。
 9月7日 金曜日 

朝、スリランカの巻を終える。
やった。
お昼食べて、シャワーして、午後ダンスのレッスン1時間だけ担当して、その後、いろいろやていると
もう8時半になってしまう。
急いで庵ロフトに戻った。
夜10時半に寝て夜中の1時に起きた。
 9月6日 木曜日

昨夜はあまりに集中して仕事をしていたため、はっと気がつくと11時で、帰ってごはんを食べようと
したけれど、シャワーに入るだけでエネルギーが切れて、何も食べずにソファで横になり、1時にはっと
気がついて起きて、ロフトベッドに登って眠った。
また晩御飯を食べ忘れてしまった。
こういうことが続くと良くないから、今日は絶対に晩ごはんを8時前までに食べようとして、時計を見たら
あと15分で9時。
もう、これでやめて、帰らないと。
でも、朝と昼食べているから、別にお腹はすかない。
なんで、こんなに時間が制約されるかというと、今は、午前中の時間は全部、ロフト庵で執筆しているから。
ここのところ、スリランカの巻。早く終わればいい。
すでに大変した人生を、再度体験するのは、楽しいけれど、もう過ぎたことだから、人ごとみたい。
 9月5日 水曜日

 英国王室のヌード王子が再びアフガニスタンに派遣され、タリバン掃討作戦に期用されたのは、
事故と見せかけて、王子を始末するためではないかと勘ぐりたくなる。
ヌード王子の父親は、多分、別の人なので、おにいちゃんとは性格が似ていない。
ダイアナ妃の血統を徹底的に根絶するために、そのような戦地に送られたのではないかと思うから、
あのようにすがすがしい青年なので、不憫でならない。
最近のチャールズ皇太子の人気が上昇したというアンケート調査だって、相当に疑わしい。
あれを飛ばして、長男に譲れくらいの意見だって多かったことを考えると、
ダイアナ殺しの真相を握るあの男には王位を継承してほしくない。
90歳のエジンバラにしても、あそこまで長生きなのは、他の90歳代のハザール人なんかと同様に、
生きた胎児を食べているからかもしれない。
ヌード王子、頑張れ。
絶対に殺されてはいけない。
  9月4日 火曜日

カナダは6,500人、日韓は1万人、日仏は1,500人、日英は1,000人、日・アイルランドは400人、
日台は2,000人、日・香港は250人。
これはワーキングホリデーの枠。
桁違いに多い国があるけれど、公平を期すために、ある程度、他の国と足並みを揃えるべき。
そうしないと、単に、日本に就労に来る「ホリデー」を装った特定の国からの経済難民を支援するだけ。
ほんの15年前に、この国からの観光ビザは二週間期限だったことを考えれば、飛躍的な変化。
なぜ二週間しか与えなかったかということを考えれば、いかに日本が経済難民の襲来を
恐れていたかが理解できるはず。
アジアの国をとりあえず、各国10名程度に少なくして(ゼロにすると、文句を言う国があるので)、
その分、スイスやオーストリア、ベネルクスなど、西欧をもっと優遇すべき。
ただし、旧ワルシャワ条約機構の国は省く。
自国から日本にお金を持ってきて、日本でたくさん使ってくれる人は入国させて、日本のお金を
当てにしたり、国外に持ち出す人にはビザ発給しなければ、世の中のほとんどの問題は解決する。
この意見を外務省に送っておいたから、反映されるといい。
私以外にも、多くの日本の納税者から、同じ意見がどんどん来たら、外務省
これ以上放置できないから、どうにかするはず。
9月3日 月曜日

選挙の投票に行かない人がいるのは、投票場に一面に貼ってある顔写真のポスターだけでは、
わかりにくくて、誰に入れたらいいのか、わからないから、とりあえず、名前を知っている、タレント
議員や、運動選手なんかに入れてしまう。
ものすごく、わかりづらいから、もっと、簡単にしてもらえたら助かる。
例えば、
消費税を増税したい候補者一覧、
消費税増税に反対の候補者一覧、
TPP推進候補者一覧、
TPP反対候補者一覧、
宗教課税反対は誰、賛成は誰、
などが一目でわかる、一覧表を作っていただければ、見た人が一目瞭然にわかる。
選挙民が自分の大切な一票をどうするかを、名前や顔ではなく、政策できちんと決められる。

多くの人が知りたがっているはず。
9月2日 日曜日

今日は、教会へ行く暇もない。
というのは、猫の引越しがあるから。
母の家でふうばと待ち合わせをして、お寿司のお昼ご飯を食べた後、母に預けてある介護猫の
ふうこちゃんを、ふうばの家へ連れて行く。
湘南線に乗り、戸塚までは遠いが、仕方がない。
ふうこちゃんは、静かに育ったので、多くの人の姿を見たことがない。
不安で何度も叫び声を上げている。
容器の隙間から手を入れて、ふうこちゃんの身体を撫でてあげると、落ち着いて、鳴かなくなった。
かわいそうに。
母はふうこちゃんのお蔭で、かなり活動的になったと思ったのに、持て余してしまったとは。
ふうばのおうちは、広く、お庭も大自然だから、ふうこちゃん、幸せに育って欲しい。
 9月1日 土曜日

朝鮮進駐軍 笹川財団 海底掘削船 (人工津波地震兵器船)「ちきゅう号」、
一番深く下北半島近くの海底に穴を掘り、世界記録を樹立したそうだ!!!
イルミナティ爬虫類人レプティリアン達は、日本を沈没させるため、日々たゆまぬ努力をしていて、
東日本大震災の時も、 (人工津波地震兵器船)「ちきゅう号」は、まさにわが意を得たりと大活躍を
したけれど、こんなのおかしいと、みんなが言いださないと。
浜松の競艇場にダンス・ショーを仕込んだことがあったな。
競艇や、競馬、競輪のハーフタイムショーを何本かやったけれど、あのようなものはやはり、
ガラの悪い、最下層の人から瞬間最大収入を集金するためのしかけなのだ。
でも、同時に、税務署も最大の課税ができるから、持ちつ持たれつ。
 8月31日 金曜日

昼ごはんをアルゼンチン、ブラジル、ドイツの合気道家が例の中華屋でご馳走してくれた。
みんなの気持ちがとても嬉しい。
それにしても、アルゼンチンの治安はひどいようだ。
イタリア・マフィアと、ナチス軍団と、強欲怠惰スペインだから、最悪の組み合わせでそうなったのだろう。
そんな国で、よくもちゃんとした人たちが育っているので、感心する。
私は日本の警察から、「違反、見逃してやるから、賄賂よこせ」なんて言われたことは、まだないから、
日本はアルゼンチンと比べると、それでもいいのかも。
日本の10倍の国土で、地下資源もたくさんあるのに、どうして貧乏なの。
もし日本が10倍の国土で、地下資源持っていたら、世界を支配してる。
 8月30日 木曜日

四ツ谷のうきょうは、農協のようだが、脳狂と書くので、本物の農協からなにか言われても大丈夫。
この人、危ない人だから、放っておこうと思われたら、もう、こっちの勝ち。 
外苑東通りの園芸屋さんに頼んで、竹を10本、半分に切ってもらい、20本を原付バイクで持って
帰ろうと思ったら、なんと、防衛庁の前で、ひもでしばったはずの竹がバラバラになってしまい、数本
バイクから落ちてしまい、おや、大変。
どうして、よりにもよって、防衛庁のおまわりさんがいるところでそんなふうになってしまうの。
ともかく、そんなにたくさん竹を頼んだのは、暖簾を下げたいから。
今、何枚かの暖簾はちゃんと竹に掛けているのだけれど、ほとんどすべての暖簾は、壁にそのまま
鋲でブスッ。本当はこういうの邪道。
1軒に少なくとも5枚の浮世絵暖簾があるから、結局20本あっても、足りないかも。
西洋絵画を見たら、あ、これシャガール、これはドガ、これアンリ・ルソー、ピカソとすぐに
言い当てられるのは、西洋人として当然の教養だけれど、日本人はそれプラス、日本の浮世絵を見て、
歌麿だ、北斎だ、写楽、鳥文斎だと言えないといけないから、西洋人の二倍勉強しないといけない。
 8月29日 水曜日

アルゼンチンの合気道家から、耳寄りな情報を得る。
やはり、アドルフ・ヒットラーとナチス高官数十名が、一人につき10名づつの金髪女性を連れて
アルゼンチンにUボートで亡命したのは、本当のことで、アルゼンチンにある、ドイツ村へその人は
行ったことがあるという。
ドイツ人たちは、自分たちだけでひっそりと暮らしていて、結婚もその中で行っていて、ドイツ人は
子供の数が少ないので(プロテスタント系なのだろう)、ドイツ村の人口はどんどん減っているという。
ドイツ風の素敵な建物は、古くなり、朽ち果てたものもあるが、修繕して、リゾート用の宿泊施設として
解放しているものもあるという。
この人は私に言われるまで、ヒットラーたちナチスが大挙してアルゼンチンに来たことは知らなかった
そうで、相当ショックを受けていた。
「世界中が知っているのに、アルゼンチン人だけ知らなかったのよ、情報統制とかあるんでしょうね」
と言った。
 8月28日 火曜日

『踊る海外公演珍道中』を書くため、なるべくロフトで過ごす。
お稽古場へ来てしまうと、いろいろやることができてしまい、集中して書けないから。
かわいい猫ちゃんたちがいるのも、嬉しいけれど、困る原因のひとつ。
ここは、心を鬼にして、お稽古の時以外、あまりお稽古場に寄りつかないようにしなければ。
 8月27日 月曜日 

ディエゴと神楽坂のカイゼル・ド・パリのパン屋で、朝ご飯。
自転車屋さんに運んでもらったら、そのくらいしないと。
すぐに千駄ヶ谷の美容院へ行く。
そういう時しか、リチャード・コシミズを読めないから、時間が長くかかっても気にならなかった。
急いで帰って来ると、案の定、ドイツ人の合気道家、レオンが待っていた。
ベルリンのマックス師匠の弟子。
待たせて悪かったから、しんみち通りの中華屋へ行き、お豆腐屋さんで豆乳を飲ませて、
お豆腐屋さんの宣伝。
このお豆腐屋さんが、長く続きますように。坂町のお豆腐屋さんは、廃業してしまったから。
やはり、しんみち通りのお豆腐屋さんのように、ビルを建てて、飲食店などのテントを入れて、大家業を
同時にやらないと、本業のお豆腐屋さんだけでは、やっていかれない。
確固たる収入元があり、本業はそこからの上がりをあまり期待しなくてもよいくらいの感じでやらないと
専門貧乏になってしまう。
だから、ハインリッヒ・シュリーマンのやり方は正しかった。
あの人、40歳でギリシア発掘したけれど、普通は、それ以降ぜんぜん仕事しないで、趣味だけやって
いればいいような財産は、40歳までにつくれない。
 8月26日 日曜日 

教会へ行き、昼食をいただかないで、すぐに戻って来た。
アルゼンチン人が到着するから。
合気道家。
合気道が日本経済に対して行っている貢献は素晴らしい。
全世界から、合気道家が集まり、数日から、数か月の間稽古をして、家を借り、三食日本で食事をし、
武道着など、衣類やおみやげを買って帰る。
日本舞踊はそこまでやっていない。
これは由々しき問題。
日本の芸能が、日本経済に貢献できることがあるはず。
  8月25日 土曜日

今朝4時過ぎまで仕事をしていたから、それから6時半まで寝て起きて、食べて、石田種生先生の本を
読みながら、午前中ゆっくり過ごす。
同時に3冊、いや4冊本を本でいるものだから、どれもなかなか進まない。
私のやり方は、ロフトにバレエの本、事務所にこれもバレエ関係だけれど、ウクライナのバレエ学校で
育った人の本と、パソコンの立ち上げで待つ時のための『卑弥呼はふたりいた』と、出かけた先で
読むためのコシミズの本がファイラーのバッグに入っている。
そんなわけで、デスクの右側に、時間があったら読もうと思って数日というか、数週間前から準備している
『ライシャワー大使日録』など、とても手が回らない。
私はライシャワー大使が、日本聾唖学校の生徒たちを毎年クリスマスに、大使館へ招待して、みんなで
クリスマスを祝ったあたりのことを読みたいのだけれど、今は無理。
そこらへんのことは、元聾唖学校の生徒で、アメリカ大使館のクリスマス・パーティーに招待された
子供だった人が書いたものが、クレーマー女史の伝記に入っていたし、孫娘をインタビューしたものにも
出ていたし、他ならないエドウィン自身が書いた回想記やハル女史のものから、かなりわかって
いるけれど、どうしても見ておきたい。
本は心を白にして読むのと、ここで、来るぞ、来るぞ、さあ、もうすぐだぞ、ほら、ここだみたいに読むの
とでは、かなり違う。
  8月24日 金曜日

朝起きたら、ロフトの上の方の窓の内側に、足長バチが5匹いて、外の景色を眺めていた。
夜中に誰も私を刺さなかった。
2メートルしか離れていないから、刺そうと思えばいつだって刺せたのに。
蜂と友達関係ができているのを感じる。
どうやって入って来たのだろう。
網戸をこじ開けて外に出したら、喜んで飛んで行った。
普通の人なら、「きゃー、蜂が!あんなにたくさん窓のところに!」と叫んで、殺虫剤を片手に、いきなり
シューとかけて、大騒ぎして殺すのだろう。
ダニエルは、ライオンのいる穴に放り込まれても、ライオンに食べられることはなかった。
私はいつも蜂を励ましているから、蜂も私のことを仲間だと思っていてくれる。
こういう信頼関係は嬉しい。

石田種生先生が書かれた『バレエに食われる日本人』を夢中になって読んで、良い午前中を過ごした。
午前中に構成や執筆をしない、初めての朝だった。
平多先生のところの『アンクルトムの小屋』での石田先生のトム役はすごかった。
子供心にも、素晴らしい踊り手を目の前で見れば、身体がビビる感覚がわかった。
平多先生のところで、地方の幼稚園の先生たちにお遊戯教えているヘラヘラしている男の踊り手とは
全然違うレベルだと、子供でもわかった。
すごい人は身体から発している空気が違う。
明日からはまた、書こう。そうしないと『今さら人に聞けないダンスの秘密』が終わらなくなる。
 8月23日 木曜日 

やった。
ついに『ジャズ・ダンス、誰が踊りをつなげたか』の最終校正を終えて、出版社へ送った。
結構長くかかってしまったけれど、それは、前頁一行づつ丁寧に見ていったから。
てにをはの間違え等、結構直すところがあった。
結局全部で30カ所くらいは直しが出たと思うけれど、これでやっと終わり。
雑事が多く、実際には昼間の時間は原稿以外のことをしていたため、朝しかできなかったから時間が
かかった。
夜は、頭が使えなくなっているから、そういうことはできない。
コシミズのブログ読むくらいしかできなく、読書でさえ、寝てしまいそうになるから、頭を使う仕事は朝だけ。
このペースがわからないと、効率の悪い仕事の仕方をすることになる。
身体が疲れていても、できる作業と、頭を使う仕事は別の次元。
この解放感。
 8月22日 水曜日 

昼ごはんの前に、神楽坂へ行って、片づけをする。
どうしても鉄パイプの脚の椅子に我慢がならない。
自分の事務所は仕方ないとしても、神楽坂の家にはいらない。
捨てよう。
そうすると、パソコン・テーブルも捨ててしまえばいいのかな。
数年前は、ネットでパソコン・テーブルをいくつも注文してしまったけれど、結局こういうもの、いらない。
布団に寝そべってパソコンすればいいのだから、家具はつとめてなくした方がいい。
ソー可カルト地区のワンルームの猫のひっかき傷だらけのチェストも捨てて、かっこいい民俗調家具に
替えたい。
 8月21日 火曜日

母のお誕生日なので、ヒマワリ、スイカ、ぶどう、梨、お寿司などを持って行く。
ふうばも横浜から来てくれた。
昨年のお誕生日は、伊勢丹で待ち合わせをして、三丁目の隠れ家的なフランス料理でご飯を食べてから
白金の庭園美術館へ行って展示品を見てきたというのに、今年は、一歩も外へ出るのがおっくうだ
とのことで、家でやった。
せめてお誕生日の日くらい、理由をつけて、外に出したかった。
これまでもお誕生日だといっては、小田急デパートの上の方の階のレストランや、住友三角ビルの
料理屋へ連れ出したのに、もう、最近は一切何もしなくなってしまった。
こうやって、少しづつ生命が消えていくかんじ。
だから、念願の樺太へ行こうと誘ったのに。
6歳の時に住んでいたから、強烈な印象を持っているので、どう変わったか、見せたい。
北方領土だって、船で行かれるのだから、連れて行きたい。
新宿駅西口までさえ行かれなくなってしまったから、遠出は無理。どうすればいいのだろう。 
 8月20日 月曜日

統一教会がなぜあんなに潤沢な資金を持っているのか不思議だったけれど、武器製造会社として
スタートしていたということを知り、納得。
渋谷の文化村へ行く時、自転車だから、犬HKの横の道を通って行くけれど、その右側に統一教会
日本本部があるから、横目で気持ち悪い思いをしながら、それでもしっかりあの教祖のおじいちゃんと
チマチョゴリ着たおばさんの写真を見ながら通りすぎたのだが、そういうことだったのかと納得。
リチャードのブログを読むと、これまでバラバラに思えていたことが、一歩に繋がり、大変勉強になる。
これ知ってからの世界の見方はまったく違うものになった。
 8月19日 日曜日

今日、ルーテル教会の礼拝の後、昼食でたまたま隣に座った70代の女性が、
「昨日は雨に降られて、まあ、びっしょり。困ったものだわ、最近は、気象変更兵器が使われてるから」
とこともなげに言ったので、思わず嬉しくなった。
わかっている、この人は。単なる白髪のおばあさんではない。
「アメリカのどこにあるのでしょうね、その兵器。急に雨降ったり、寒くなったりしてから、また急に
暑くなるから、すぐわかるわ」
なんて言ってる。
これをこの年齢の人から聞くだけでも、今日、教会へ行った甲斐は十分にあった。
本当は、原稿の最終校正がなかなか仕上がらないので、教会はパスして、1日中ロフト庵で
校正していようと思っていたくらいだったのに。
こういう口の軽いおばあさんが、どんどん自分の仲間に「アメリカが使っている気象変更兵器」のことを
どんどん広めてくれると、B層が一気に目覚める。
 8月18日 土曜日

知事は石原しんだろうと呼ばれるようになった。
それまでは、チン太郎とか、チxx太郎だったけれど、今日から新しい名前になった。
よく考える人がいて、すごい。
それにしても、「自分は親戚は少ない」などと発言してしまったから、それが決定的な決め手になって
しまった。
通常、親戚はたくさんいるものなのだ。
しかし、神戸の須磨区出身で、出身を隠しながらここまで上り詰めたのは、本当にストレスだったと思う。
上から目線は、自分の劣等感の裏返しだから、幼少の頃はかなりいじめにあったのだろう。
でも、お父さんにある程度のお金があって、本当によかった。
そうでなければ、ここまでこられなかった。
昔は済州島出身ということを隠すだけでよかったけれど、息子がオウム信者だったから、それも
隠さないといけなく、国会議員を辞職することで隠し通したと思ったのに、なぜかばれて、どんどん
ネットで拡散してしまうから、今や、オウムが宗教法人格を取ったのは、しんだろう爺のせいだと
日本中が知ることとなってしまった。
なんでバレるわけと、本人、かなり焦っているはず。
そういうのって、老人の血圧にはとても良くないから、この人、誰かが手を下さなくても、高血圧とか
ストレス過多で自然死してしまうかもしれない。
裕次郎の手術をしたのが、オウムの林医師というのも、国民的スターを失った日本国民としては
納得できない。
このまま都知事を続けるのだろうか。
恥ずかしいから、もう隠居して、小説家に戻って、恋愛小説でも書いていた方がいい。
亡くなった劇団四季の女優とのことなんかおもしろいから、みんな読むだろう。
 8月17日 金曜日

昨日の手紙が功を奏したのか、今日はほとんど泣き声が聞こえない。
ということは、キレた馬鹿親が、泣き叫ぶ子供の顔を布団に押し付け、窒息死させた可能性も
否定できない。
ビートたけしの『鬼畜』の映画ではそういう場面があった。
もし、こんごまったく泣き声が聞こえないようであれば、かえって不自然な犯罪が行われた証拠だから
目が離せない。
母親は、地味で頭の弱そうな、ショートカットの、推定年齢30歳くらいの人。
 8月16日 木曜日

「おかあさまへ、

ここのところ、毎日、日がな1日、乳幼児の泣き叫ぶ声が聞こえており、近所の家では皆、
大変危惧しております。
断末魔のような叫び声が長時間にわたり響き渡り、多分、折檻や虐待などが行われているとしか
考えられない、異常な事態です。
しばらく前から、母親がヒステリックに子供を怒鳴り飛ばす声が聞こえてきています。
普通に叱るのではなく、異常な金切り声を上げ、普通では考えられないような口調で幼い子供に対して
接しているのです。
このような状態が連日続いているにもかかわらず、警察や新宿区の民生委員に適切な連絡もせず、
見て見ぬふりをすることにより、事態が乳幼児殺害などの事件に発展する可能性があります。
乳幼児殺害事件が起きてから、もっと早くそれを防ぐこともできたのにしかるべき措置をとらなかったと
近隣の住民が、コミュニティの構成員としての義務を怠ったことを後悔しても、とりかえしがつきません。
地域全体の無関心の結果が悲劇につながることをひどく心配します。
ミルクを欲しがるとか、おむつを替えてもらいないなどの通常の乳幼児の泣き声ではなく、
断末魔のような苦痛に満ちた叫び声が長時間にわたり続き、年齢から考えて、このままでは、
体力尽きて死亡するのではないかと想像します。
万一、明日もこの叫び声が続くようであれば、警察に通報し、保護者義務違反などがないかどうか
調査してもらいます。取り急ぎ、ご連絡まで。
事態を危惧する近所の住民より」
ワープロで打った、このような手紙を、稽古場隣の、拷問家屋の玄関に置いてきた。
その家は終始扉を開けたままなので、中の様子が手に取るようにわかるし、手紙を置いてくるのも
簡単だった。
この1枚の手紙が、この幼い命を救うことになりますように。
  8月15日 水曜日

今夜から庵ロフトに住む。
今回からは猫なしで。
猫の毛が食べ物や、パソコンのキーボードにかからないという生活は素晴らしい。
畳を壁に立てかけておかなくても、畳を敷いたままでその上に座れるなんていう生活はなかなかいい。
猫がいると、畳で爪をとぐから、ロフトではいつも畳を壁に立てかけ、フローリング状態にしていた。
そして、神経質に5分に一度くらい掃除機のスイッチを入れた。
かわいいけれど、あれから解放される時間も必要だ。
明日の朝、また会えばいいのだから。
  8月14日 火曜日

「局地的な雨が降る」という天気予報自体、「人工気象変更兵器が使用されている」と
言っているようなもの。
今朝、母の家から戻って来たら、猫が3匹しかいなかった
「昨夜は4匹いたよ、でも僕は知らない」とドイツ人2人と南米人ども。
マルクを送り出す。
「今回の旅は、友達ができたから嬉しかった。運命的な出会いだったね」
と言ってくれた。
夢のように楽しい日々だった。
さあ、あとは、私が書き上げるだけ。
『今さら人に聞けない、ここが知りたかった踊りの秘密』。
  8月13日 月曜日

マルクは、昨夜新宿ゴールデン街に東京バレエ団の元プリマ、井脇幸枝にごはん連れて行って
もらったと言っていた。
納豆を食べたと自慢していた。
ちゃんと丁寧に指導している様子がプログで伺えた。よかった。
ここから3分のところだから、マルクは運が良かった。
そこで最後の教えを終えたので、マルクを神楽坂の回転寿司に連れて行く。
すごく喜んでくれた。
ジェレミーも神楽坂へ連れて行きたかったけれど、連日の上演でいつも
死にそうだったから、結局いつも四ツ谷しんみち通りの中華屋だった。
トワイラの無理な振付のため、ジェレミーは身体を壊してしまったから、本当に
気の毒。トワイラはサーカスでなくて、舞踊作品をつくればよかったのに。 
 8月12日 日曜日

先週は撮影だったから教会へ行かなかったので、今日ひさしぶりに教会へ登場。
私は夜中の2時に起きて、空が白みはじめるのを窓から見ながら、原稿を
書いているから、教会ではずっと寝ていた。
讃美歌の時だけ慌てて立つのだけれど、起き抜けで声が出なくて歌うこともままならなかった。
マルクがロフトを片付けて、洗濯までしてくれたから、何もしないで、ブラジルの最高裁判所判事に
来てもらった。
レオナルドの友人で、別の判事が数年前に来たけれど、ブラジルでは、そういう職業の人たちも
合気道にいそしんでいて素敵だなと思う。
日本の最高裁判所の判事たちも、武道で黒帯なんか取ってるのだろうか。
平成24年8月11日 土曜日
 
石田種生先生の本、『バレエに食われる日本人』が届いた。
平多正於先生のところで参加させていただいた芸術祭参加公演『アンクルトム』がなつかしい。
石田先生がアンクルトムで、奴隷商人はテアトルエコーの熊倉一雄さんだった。
小学生のうちから、当時日本の最高のキャスティングと、スタッフ(振付:平多正於先生、音楽:山下毅雄
先生、台本:吉永淳一先生、装置:有賀次郎先生)を目の前にすることができたのは、なんという幸せ。
やはり、日本で最高の先生についていたからだ。
最高の人は最高の人としか仕事をしないから、そこの一番端っこにしがみついて、つながっていると、
自分もなんとか、その最高の場面を垣間見ることがでいる。
それを見るのがいかに人生の早い時期かどうかが、問題なのだと思う。
なんという贅沢をさせてもらっていたのだろう。
文化の贅沢以上の贅沢なんて、この世にないのだろう。
池田先生や、リチャードさんの本を早く読みたいけれど、マルクの出発までに、技術編の原稿を
仕上げないといけないから、それもままならない。
明るいロフトに寝転がって、何も仕事をしないで、読書をしていられたらどんなに楽しいことか。
   平成24年8月10日 金曜日

昨日に引き続き、今日も真昼間から文化村へ。
『クレイジー・ホース』の映画を見た。
本物は座席が取れなくて結局見られなかったけれど、私はあのような狭いところでこそこそやる出し物
よりは、リドやムーラン・ルージュのように、大勢人を使って堂々とやるものの方が好き。
それに、ショーは男女両方のダンサーがいないと、いいものはつくれないというのが持論。
女性だけでやろうとしても、変なものになってしまう。
ところで、午後、ブラジル人の前で、フラワーと一緒に『サンバ』を踊って見せることになるとは、
おやおや。
こういうジョークもたまには、あり。
矢来町まで自転車で往復したから、もう、疲れた。
防衛庁より向こうは、原付で行きたい。
  平成24年8月9日 木曜日

「世界の科学技術二大大国である日本とロシアに出来んことを
おんぼろ三等国家の駄目リカごときが出来るわけない」
というのを、リチャードのブログで読んで、そうか、世界の二大科学技術大国というのは、日本と
ロシアなのかと改めて認識する。
ロシアは遅れていると長らく信じ切っていたけれど、ピョートル君が以前、ロシアの医療技術は世界一だ
と言っているのを聞いて、こういうのは、あながちウソではないと思うようになっていた。
ロシアの水準を低く見積もりたくなるのは、アエロフロートのあの粗雑な機内食とか、スーパーで
売っている気色悪いタラコ(私が絶対に買わない。国粋主義者は北海道産しか買わない)のせい。

ところで、晩御飯は、タップおじさんと渋谷で鯨を食べた。
普段、油で揚げたものは一切食べないことにしているけれど、鯨の唐揚げは、特別なのでOK。
こんなにおいしいものは、世界の人々に教えてあげたい。
グリーンピースのボートに乗っている人たちに、何の食材か言わないで食べさせて、「あー、おいしい、
もっと食べたい」と言わせたら、こちらの勝ち。
  平成24年8月8日 水曜日

明け方3時に起きて、原稿など仕事をして、5時に寝て、再度8時に起きた。
このほうが、頭が休まって効率がいい。
本塩町の2階の人が引越したから、白い大きな車の置いてあったところが庭になって、気分がいい。
広々としたこの感じ、2月の終わりに引越して来て以来、初めてのこと。
クンシランを真ん中に置く。
これまで雨が当たらない、外階段の下のコンクリートに置いて、肩身の狭い思いをさせたから、
これからは、あんたが主役。
よくよく見ると、椿の実生が15センチくらい育っている。
よくこんなところで育ってくれていた。
早速、土をもっと入れないと。
  平成24年8月7日 火曜日

野ブタはこれほど嫌われ、いつも命の危険を感じているから、首相官邸を出る時は警護をたくさん
つけないと、なにもできないだろう。
だから野ブタは、どこかにごはんを食べに行ったり、ぶらっと街を歩いて何かを買ったりもできない。
恰幅がいいけれど、背広を脱ぐと、お腹にパッチドを腹巻で隠しているはず。
首相になるのと引き換えに、ハザ金にパッチドされたのだと思う。
日本の政治家、銀行家でパッチドされた人は何人くらいいるのだろう。
あれはアメリカだけの話ではないはず。
日本人もすでにされている人がいると思う。
ただし、すごく恥ずかしいことだから、極秘にしている。
むろん、温泉なんか行かれないから、自分の部屋についている小さな露天風呂にでも入っている
のだろう。
マッサージを頼むとすぐにわかってしまうから、ロバの耳が生えていた王様の専任理髪師のように、
こちら側に抱え込んで、秘密を共有させるか、それとも、マッサージなんか頼まないのかもしれない。
 平成24年8月6日 月曜日

無理をしない。
自然の流れに任せる。
困った時は、こまつなで、対応する。
力を抜いていると、ちゃんと道が示される。
リチャード・コシミズのこまつなは、最初読んだ時は、あれ、と思ったけれど、それを心の隅に置いて
おくと、不思議と効果があることに気づく。
スゴイな、小松菜は。
困った時は、待っていると、なされるそうだ。

だから、人工気象兵器で、連日の夏日の後、急な雨に見舞われても、お陰様で今日はお花の
水遣りしなくて済んだくらいに受け止めれば、問題ない。
縄文人の女の人は空の模様を見極めるのが仕事だったけれど、私はその感覚が鈍っているから、
今朝のような湿気が高い時に、じょうろで水遣りしたのは、本当に愚か。
どうして、わからなかったのか。
やまない雨はない。

私はハザ金オリンピックに興味がないから、全然注目していないけれど、
谷亮子が、小沢氏に賛同
しているから、テレビのオリンピックの解説にぜんぜん出してもらえない
というのを知り、あの連中は
なんてひどいことをするのだと思う反面、国民的ヒーローである谷亮子元選手にそのような
仕打ちをするマスゴミに対して、
国民が怒りの声を上げるきっかけを、マスゴミ自身がつくって
しまって
いるから、かえって、こちら側のためになっている、ハハハ、ご馳走様という感じ。
ったくもう、ウマさんシカさんの集まりなんだから、マスゴミは。
  平成24年8月5日 日曜日

ジェレミー&マルコスが言うには、ヨーロッパでは今、「日本」という名前の帰化植物があり、竹のように
見えて、きれいな花が咲くけれど、それがパンとはじけると、種が飛んで、そこにそれが生えはじめ、
どんどん増えて行き、在来植物を駆逐しているので、見つけ次第、切り捨てているということ。
その植物、絶対に日本の植物じゃない。
もしそうなら、日本中、その植物だらけになっているだろうし、私自身、竹の花が咲いているのなんて
見たことない。
日本を悪者に仕立てたいと思っている勢力が、その植物を人工的に造り、「日本」という名称を与えて、
ヨーロッパの在来植物を駆逐する悪者に仕立て上げる作戦のひとつだと分析。
かわいそうな日本。
かわいそうなヨーロッパの在来植物。
植物まで武器にするとは。

ともかく、ここ数日間の準備の成果が出た。
『ジャズ・ダンス・ブック』を撮った時より楽しかったのは、撮影が池上直哉先生だったから。
あとは、書く仕事が残されている。
今日はひさびさにゆっくり休もう。
最近、毎日シーツを洗濯しているので、気持ちがいい。
  平成24年8月4日 土曜日

ルイジ・ジャズ・センターからフランシスがよく一斉メールで好きな動画を送ってきてくれる。
それがとても良く役に立つことが多かった。
今回は"I Got a Gal in Kalamazoo"で、演奏者は少なく数えても20名以上はいる。
それに歌が5名で、ソロ・キャラクターがいるから、たった4分17秒の曲を演奏するのに、30名近い
人数を使っていることになる。
一体どうやって経済的に成り立っていたのかと思う。
ビッグ・バンドは大勢いるからおもしろい。
2カウントづつ、右左に45度向いて演奏したり、それもまた間違う人がいないのがすごくて、自分が
演奏する番になると、曲調によって勢いよく、ある時はゆっくりと立ち上がって演奏する。
ピアニストでさえ、演技をしていて、それがまたすごく自然。
ビートルズの頃から、4名で十分ステージを成り立たせることが可能だと判明したから、
同じ経済効果を上げるのに数十名などという頭数は無駄だということがわかってしまった。
音楽も踊りも、うしろにずらっといる頭数が効果を高めるのに。
少ない人数で行われる安づくりのものは見たくない。
だから私はKammermusikが嫌いで、フル・オーケストラでないとつまらない。
 平成24年8月3日 金曜日
 
毎日のように大蔵省官舎跡地に行っては、猫じゃらしを根っこからがさっと数十本まとめて採って来る。
どうせあそこは、バカ・プロジェクトにより、六本木みたいなる場所だから、草ぼうぼう生えている今が
一番いい時。
四ツ谷にそんなもの建てるなど、誰が決めたのだろう。
それで大儲けできる人なわけだから、ハザ金に決まっている。
四ツ谷は歴史的な町だから、米軍兵ご用達赤線六本木みたいな雰囲気はごめんなわけ。
四ツ谷に高層ビルを建てるなと言いたい。
  平成24年8月2日 木曜日

フランス人3人組には悪いことをした。
私が2日間違えたから、1部屋しか用意できなかった。
これが、用意できたのがロフトだったら問題なかった。
下に布団を敷くことだってできた。
しかし、用意できたのは3畳ほどの狭い和室だったから、お稽古場に布団を敷くと提案したのだけれど、
狭くてもここで3人でいるというものだから、そうしてもらった。ごめんさい。
これからは、こういうことがないようにしたい。
 平成24年8月1日 水曜日

夜中の1時に起きて、6時まで原稿を直したり、次の企画の仕事をしたりして、朝7時から9時まで
眠り、税務署へ。
本当は7月末日までに行きたかった。あそこは1日でも送れると年間5%の遅延金を取る。
もし国民全員が期日までに払わないで、みんなが遅れて支払ったら、国は利息で大儲けする。
だから、むしろ期日までに払わないでいてくれた方がいいと思っているはず。
課税などはほんの手始め。
本当の商売は、支払期日の翌日から始まると思っているだろうし、増えた分はみんなで分配だろう。

一番暑い時間帯に自転車でマークと一緒にチャコットへ行った。
あそこにチャコットがあることは最初から知っていたけれど、あえて行かなかったから、初めて足を
踏み入れたことになる。
トップスは小さめの方がしわができなくていいので、Sにしてよかった。
背が高いからとLのタイツなんかにしなくてよかった。Mで十分。
チャコットの店員は、とても育ちが良さそうな感じのするお嬢さんたちで、もしかしたら、社長さんの
娘が学習院へ行っていたから、みんな学習院の後輩なのかもしれない。
 平成24年7月31日 火曜日

マークとジェレミーと一緒にチャコットへダンス・ウェア買いに行く約束をしていて、チャコットにも
あらかじめ朝から伝えておいたら、「有名ダンサーがお腰になるので二割引きで結構です」と言って
くれたのに、あの二人、ここに迎えに来て、私が事務所の扉を閉めて中にいたのに、お稽古場の
電気がついていなかったら、誰もいないと勘違いをして、そのままどこかへ行ってしまった。
一方私は、待てど暮らせど二人が来ないので、あの家まで迎えに行ったら、どこかへ行ってしまった
あとだった。そんなわけで、二人には今日は今日会えなかった。
お稽古場横の駐輪場に自転車が一気に増えたのは私のせい。
少し分散させないと。
1台づつ自分で四ツ谷の新宿通り沿いの自転車屋に運んで修理したから、結局今日は3台直すことに。
でもこれで、全部完璧状態。
大蔵省官舎跡の草ぼうぼうの敷地から、猫じゃらしの茎部分をたくさん持って来て、コンクリートの
上に置いた。
猫じゃらしの茎はどうも、上の猫じゃらしの部分を取ると、下は生きる張り合いを失って、一気に
衰えるようだ。
猫じゃらしがなくても、凛として俳句でもひねりながら、清貧に負けず健康に生きるなんてことは
できないように思える。
それはそうだろう、あんなにふわふわしたかわいい部分がなくなってしまったら、それこそもう、
張り合いを失くしてしおれてしまうのかもしれない。
平成24年7月30日 月曜日

今日からお稽古場の隣の建物の一階を借りる。
軽トラを借りて、牛込柳町から家具を運び込む。
4月末から神楽坂と矢来町に放置していた自転車も持って来られてよかった。
自転車は13台、そのうち1台緑が紛失で、全部で12台。
自分が使う電動を別にして、11台をフル回転させたい。
痛んだらさっさと手放して、新しいものに替えないと。
白は直さないで、粗大ゴミにしようかな。
でも、そうすると新潟から怪しい船で、ピョンヤンへ持って行かれるだけかも。
あ、あの人たち、24インチしか乗らないのか、だから27インチなんか不要だろう。
ともかく、最期の引越しができたのは嬉しい。


ところで、ショーペンハウアーが言った、
「凡人は天才を見分けて、それを避ける本能を持っている」
という言葉は正しいと今更ながら納得。
そういう人は、「私はまだ益子焼のレベルに至っていませんから」と、毎日プラスチックの茶わんで
ご飯を食べて、「まだ絹のレベルに至ったいませんから」と、100円ショップのタンクトップなんか
着て暮らしているのだろう。
それで「まだ高島屋のレベルではありませんから」と、必需品をドンキホーテで
あらかた揃えているのが目に浮かぶ。 

語学を学びに外国の大学へ行く代わりに、駅前留学で英会話なんか習ったり、築地にお寿司を
食べに行く代わりに、コンビニ寿司ですませたりしてるのだろう。
自分はそのレベルに至っていなくても、プラスチックではなく、本物の焼き物の茶わんでご飯を
食べていれば、それに近づけるけれど、プラスチックの茶わんで食べている人は、永遠にそのレベル。
だから、自分がどのレベルを目指すか次第なのであって、今どのレベルにいるかなどはどうでも
いいこと。
もし23歳のあの夏の日の私が、「私はまだ世界で一番有名なルイジ先生に習うレベルではない」と
思い、世界一の人を自分から避けていたら今の私はない。
当時の私のレベルはともかく、一番の人についた私は正しかった。
私はその業界で一番の人が好き。

この話には続きがあり、舞踊写真業界で一番の先生がお電話下さった。
25年ぶりにお話ししたけれど、お声がぜんぜん変わっていなかった。嬉しい。
平成24年7月29日 日曜日

実は朝というか夜中というか、1時に起きて水のシャワーを浴びてからずっとパソコンで仕事をしている。
こういう時間は冷たいお茶を飲むだけにして、物は食べない。
頭は働いていても、消化器官はまだ寝ているかもしれないから。
思うに、消化器官というのは、太陽が昇っている時間しか働かないものなのではないだろうか。
それを、太陽が照っていない時に酷使すると、本来的でない使われ方をしているので、弱ったり
病気になるのではないかという気がしてきた。
縄文人は多分、日が暮れたらもう、飲み食いはしなかったかもしれない。 

1時、8時、14時そして20時の1日4回水のシャワー。
昨日と回数同じ。決して多いとは思わない。
冷房の効いた部屋にいる人は、新陳代謝がないから、シャワーも1日1回か2回ですませるのだろう。
だから、老化が早まる。
身体が硬い、老化及び冷房が完璧に相関関係にある。
アマゾンで『ジャズ・ダンス・ブック』を1冊買った。
どうして著者がこんな価格で買わないといけないの。
平成24年7月28日 土曜日 

ロフトからお稽古場へ2週間ほどの予定で引越してきた。
大変なようだけれど、これをたまにすると、余計な物が増えないし、清掃も楽。
何年も同じところに住んだ後の清掃たるや、一筋縄ではいかないけれど、数週間単位だと、どうにか
新品のように回復する。
庵ロフトと稽古場との間の式年遷宮だと思えば、新鮮な気持ちになってものごとに取り組める。
庵ロフトには基本的に最低限必要な物しか置かないから、まあ、あちらが別荘というところなのだが
食べる、眠る、お風呂、洗濯をするから自宅のようでもなる。
平成24年7月27日 金曜日 

アナスタシア以外の猫と砂を昼間、フラワーが庵ロフトからお稽古場へ運んでくれたので、猫なしで
眠る3ヶ月以来初めてのことなので、さぞかしリチャード・コシミズが読めることかと楽しみにしていたのに
結局、なんのことはない、ここ数日の疲労がたまり、たいして読むことなしに寝てしまった。
そのうちロフトの道側の窓を2枚とも透明にしようかなと考えている。
窓辺のきれいな植物が見えるのと見えないのでは、気分が大きく違う。
ただし、冬はどうするのか。
熱が失われてしまう。
カーテンは原則的に嫌いなので、ロールをつけることになるけれど、あのようなすかすかの壁には
ネジが止まらないから、他の手を考えないといけなくなるかも。
平成24年7月26日 木曜日 

昨日もそうだけれど、朝8時に朝食を作りに本塩町の家へ行き、9時から12時まで指導、昼もまた
本塩町で作って食べさせてから午後1,2時間担当して、インストラクターが来るからやっと解放され
急いで様々な業務をやったかと思うと、夕方にはまた子供たちを連れてしんみち通りの中華料理屋へ
行き、はっと気がつくともう夜。
いろいろなことができないまま1日が終わってしまう。
思うに、私はあまりたくさんレッスンを担当しない方がいい。
本来の仕事がなにもできなくなってしまう。
平成24年7月25日 水曜日 

嬉しいことが起きる時、それがかたちになるまで、口にしないのが私の流儀。
確定してからしか言わない。
そうしないと、失われてしまうから。
平成24年7月24日 火曜日 

『天皇のロザリオ』はかなり衝撃的な内容だったから、二年ほど前に夢中で読んだ。
その本に関係したビデオを見つけた。
「あ、そう」という、あのひょうひょうとした態度は、演技だったか。
皇室が株主になって儲けるなどということは、今でも法的に可能なのだろうか。
赤十字だけでそうやっているのだろうか。
人工地震で多くの被災者を出し、日赤にお金が集まっているのに、どうして被災者に支援が届かないのか
怪しいと思っていたけれど、やっぱりねという感じ。
日赤の口座へ入ったら最後、支援が届くわけがない。
平成24年7月23日 月曜日

非常にアブナイ広告を見た。
----------------------------------
「定期借地権付住宅」。それは「時間を所有する」という住まい方。
「パークホームズ南麻布ザ レジデンス」は、50年にわたり、
「南麻布で暮らす」という時間を所有する新しい住まいです。
<定期借地権付住宅のメリット>
■土地を購入しない分、初期の購入予算をおさえられます。
■同じ予算で、より広い面積に住むことができます。
■土地の固定資産税がかかりません。
■購入時に地代の一部をまとめて支払うので、月々に支払う地代が軽減されます。
※「パークホームズ南麻布ザ レジデンス」は「前払い地代方式」を採用しています。
※前払い地代は、販売価格に含みます。解体積立金が発生します。
-----------------------------------
三井は先祖が徒歩で中近東から古代に日本にやって来て以来、あの手この手でいろいろなトリックを
用いて商売をしている。
東国縄文人なら考えもしないような犯罪的な手法。
そもそも定期借款なるものは、貸主に一方的にメリットがあっても、借り手にはなんのメリットもない。
占有面積でわずかに得したように見せかけて、実は満期終了後に訴訟沙汰なしに追い出せる権利を
貸主が得るということ。
この麻布の物件は、賃貸ではなく、一見分譲マンション購入。
しかし、これは、結局購入ではなくて、賃貸に等しい。
しかも、住民は解体積立金なるものを毎月支払わせられる。
これは、捕虜に地面に穴を掘らせて、掘った穴にその人たちを生き埋めにする処刑法となんら変わりが
ない。
よくこんなものが、不動産取引法に抵触しないと感心してしまう。
たぶん、違法のぎりぎりの線のところなのだろう。
定期借地なら、上物も定期借款と同じことだから、それなら偽分譲のこんなものを買うより、地上権付の
通常の物件にした方がずっと後が楽。
私も借地権付物件で、随分悩まされた。
一見、面積が広くていいと思って購入したら、毎月の地代、売却する時に地代をまたがっぽりと取られ、
結局、なんのことはない、普通の物件の方が安くついたのではないかと後悔した。
高い勉強代を払わされたから、[借地」という文字を見ると、構えてしまい、売り手や貸し手の心の汚さが
一瞬にして感じられる。
東国縄文人にとって、土地は神様のものだから、人が所有するものではなく、そこから得られるものは、
神様の贈り物だから、みんなで感謝して分け合うから、まして、期限を定めて土地を人に貸し付ける
なんてもってのほか。 
平成24年7月22日 日曜日

「コンポストは 穴が空いて使えなくなったタライと
水はけを好くするために植木鉢の底に入れる砕いた椰子ガラと
ワンワンが年中庭の穴堀しますので そこに撒く土と これだけで出来ますので
買い揃えた物は何もありません。
これだけでも 良いそうですが 私は米ぬかが家にありましたので 入れてみましたら
より分解が活発になったような気がします。
土地の中の微生物がゴミを分解してくれるのでしょうね。
その微生物が過ごしやすい環境を作るのに 椰子ガラがいいのだと思います。
ただ 生ゴミを入れた後 よくかき混ぜる必要があります。
毎日混ぜていると 分解しやすい物 しにくい物がわかってきます。
魚の骨 ご飯粒 お茶ガラなどは すぐに分解され 翌日には見あたりません。
野菜くずは2.3日かかります。
ハエも虫も発生しませんし 臭いもありません。
これをやったからといって 今は自己満足でしかありませんが、
みんながやれば ゴミの少量化につながると思うんです。
そのために実験しているところです」
と、タイの由美子さんからメールが来た。
椰子ガラどこに売っているのだろう。
そういうの欲しい。
着物送ってもらう時に一緒に入れてもらおうかな。
椰子の実は、中身を取った後、いろいろな使い方がある便利な材料だと思う。
家を作るのにも使えそう。
私の裏庭に蠅が多いのは、かきまぜていなく、どんどん置くだけだから。
とてもあんなもの、かき混ぜる気になれないから、逃げるように置いてその場を離れている。

本の最終校正をやっている最中に、『二人で踊るスタイルの確立』という、ダンス史でもとても大切な
章がなんと歴史編から抜けていたのを発見!
今さら入れると、全体及び、苦労の結果の索引の頁数が狂う。
というわけで、補てんとして、付録に入れることになった。おやおや。
 平成24年7月21日 土曜日

アメリカ国防省が帰国前に、私の手伝いをしようとして、布団カバーやバスタオルなどを洗ってくれた
のはいいのだが、なんとセミダブルの敷布団まで、お風呂場の湯船の中につけて、「手洗いしておいた」
なんて言っている。
綿を水に漬けてはだめなのよ、ったくもう。
すぐにクリーニング屋に持って行ったけれど、「中の綿が縮んで元のかたちに戻れないからできない。
これは廃棄するしかないからすぐに取りに来るように」
と言われ、おやおや、なんてこと。
親切心からやってくれたのだろうけれど、そんなことやらなくていいの。
綿の敷布団を、湯船の中で手洗いするか。
布団がダメになったら、お金は請求してくれて構わないとのこと。
だから、私を困らせようとしてやったのではないことは確か。
この人の職業がなんであれ、私にとっては、気の弱い、親切で世間知らずな人だった。

お昼はエジプト系ドイツ人(今後この人のことを托鉢と呼ぶ)と新道通りの中華屋で昼ごはん。
  平成24年7月20日 金曜日

リチャード・コシミズの新著読みたいのに、ぜんぜん時間がない。
ほんの少し読んだだけですごくおもしろいから、一気に読みたいのに、雑事が山のように襲ってきて
最近は晩御飯を食べる時間もない。
夜8時までに食べ終わるなんていう芸当は、結局、今週1回しかできなかった。
本当は毎日やらないといけないけれど、あっという間に時間が経ってしまう。
 平成24年7月19日 木曜日 

ミュンヒェンに住んでいる「ロマノフ」と名乗る人から連絡があった。
だからドイツ語で返事をしたら、ドイツ語で返って来た。
「ロマノフ」はブランド名だから、そういう名前を使いたがるのだろうけれど、ドイツにいるのだろう。
パリやニューヨークにいるというのは聞いたことがあるけれど。
ニコライ二世はじめ、子供たち全員殺されたのだから、その名字を名乗る人は、直径ではない。
  平成24年7月18日 水曜日
 平成24年7月17日 火曜日

「国民の生活が第一」という政党名はすごい。
選挙の前に、候補者についての一覧表が欲しい。
増税賛成か反対か。
原発賛成か反対か。
統一教会から無料の秘書を派遣されているか、いないか。
この3つだけでいいから、候補者全員の名前の下に書いてくれると、選びやすい。

ところで、
人生の最大幸福は職業の道楽化にある。
富も、名誉も、美衣美食も、職業道楽の愉快さには比すべくもない
」という文章を見つけ、これは
仕事を楽しむ多くの人が、うまく言葉にできないながらも、感じていたことを的確に言っている。
職業を収入の手段と考えている人とはぜんぜん違うレベルのこと。

お昼、鰻だったから、夕方になってもぜんぜんお腹がすかない。
私に残された時間はわずか40分。
8時までに食べるという行為を終えないといけない。
菊池村から今日届いたくだものと野菜でも食べよう。
九州は先週、人工気象変更兵器による水害がひどかったのに、なんとか野菜を送ってくれた。
ハザール人が阿蘇山を爆発させて、被害をもたらそうとしているから、その情報を阿蘇一帯で拡散
するようになるみさんに言ったら、「ハザール人て誰」と来たから、説明した。
地道でもいいから、どんどん情報を拡散して食い止めないと。
平成24年7月16日 月曜日  

米国防省の人が私の白自転車で街を走っていたら、何度もおまわりさんに止められて気の毒なので
「この自転車の持ち主丸子睦美は登録番号新宿xxxx版の自転車を米国籍なんとか某氏にお使い
いただいてなんら問題はありません。住所、電話、署名」の書類を作って持たせた。
ヒッピー旅行者か、英語難民くらいに思って掴まえた警察は、この人が米国防省の人だと知ったら
驚くだろう。
4人で『上を向いて歩こう』の下駄タップを見せたら、とても喜んでいた。
この人の職業がこれでなければ、明日一緒に江戸博物館へ行きましょうとか言ってもいいくらい、
すぐに頬が赤くなる、弱々しい感じのいい人。
新宿国際踊りの祭典の申込日。これが去年の東京演舞隊
平成24年7月15日 日曜日

教会の後、三越だったビッグ・カメラへ、「陽の庵」(ロフトの部屋の新しい名前)用の小型掃除機を
買いに行く。
かつてサクラヤが新宿通りに何軒も店舗を出して、結局倒産撤退してしまったが、ビッグ・カメラはあまり
派手にしない方がいい。
サクラヤと同じになってしまう。
新宿は伊勢丹の街で、南口は高島屋の街。
西口の電鉄系のデパートは誰も相手にしないから、そのうちなくなるだろう。
新宿三越の場所はすごくいいのに、ブランド屋をテナントとして入れたり、その前など一時マクドナルド
だったこともあり、あれは品位を著しく貶めた。
店舗が広すぎて、商品がありすぎるから、まるでデパートみたいで、もう電気屋ではない。
石鹸なんかビッグ・カメラで買う物なのだろうか。
ところで、気になることがひとつ。
アロマ売り場のアロマ蝋燭が全部イスラエル製。
そんなものボイコットすべき。
ハザール人が、イスラエル商品を入れるように圧力をかけている。
日本は蝋燭さえ作れない国ではないのだから、蝋燭くらい日本製でいいではないか。
シリアのアレッポ石鹸が置いてあっても、何も文句は言わない私だけれど、イスラエル製の商品だけは
徹底的にボイコットしたい。
三越は三井の持ち物で、三井はスファディ・ユダヤ系の渡来人。
スファディ・ユダヤは本物のユダヤだけれど、イスラエルはアシュケナージュで人種的にまったくユダヤでは
ない。
しかし、天下の新宿通りの老舗デパートのビルそのまま借りるとなると、それなりに大手ハザール銀行
とか、いろいろしがらみがあるのだろう。
ともかく、イスラエル製の蝋燭、絶対反対。
そんなもの燃えるゴミで廃棄処理。  
平成24年7月14日 土曜日 

米国防省の人がうちに泊まりに来た。
個人的な休暇だとのこと。
相模原から来ると言っていたので、私立学校の英語教師でもしているのかと思ったら、
ペンタゴンの人だった。
若いし、軽いし、意思が弱そうで、身体も細く、自転車漕ぎも遅く、日に焼けるとすぐに
ピンク色になる肌の人で、顔のつくりがレプティリアン・タイプだった。
こんなひ弱な人ばかりがあの国の制服組だったら、さぞかし弱くていいなと思った。
現在は身体が丈夫で、大きく、強くて、武道の黒帯なんていう昔のタイプの人はあまりいないのかも。
情報戦だし、プラズマ兵器のスイッチを押すだけだから筋肉なんて必要ないのだろう。
なんでうちになんか来たのだろう。
市ヶ谷の防衛省前だからかな。
今回の任務は3週間だけだったとのこと。
この人、何をしに日本に来たのだろう。
今回の西日本の暴風雨と関係があるのだろうか。
考え過ぎかな。
もう任務が終わったから、帰国までの間、楽しむとのこと。
私がリチャード・コシミズの著書を全部読んで、友人や弟子たちにも送って読ませて
情報拡散しているから、偵察に来たのかな。
リチャード・コシミズの著書を読んでいる人なら私以外にもたくさんいるけれど、
たまたま市ヶ谷の防衛省前でシロウト下宿をしている人は私だけだからかな。
畳の部屋に靴で上がったから、すかさず叱りつけたら、恐縮していた。
この人拳銃の使い方とかすごく上手いだろうに、日本の自転車の鍵の掛け方、開け方も
わからないので、よく指導した。
数日間うちに泊まって観光をすると言っている。
皇居はすでに行ったから知っていると言っていた。
相模原の基地の人がどうやって皇居に、なにしに行ったのだろう。
まあともかく、米国防省の仕事だなんて喋ってしまうくらいだから大した仕事していないのかもしれない。
本当にやばい任務に関わっていたら、ビジネスマンですとか、英語教師ですなど適当に答えて
本当の仕事を隠すだろう。
「帰りたくないよう」と言っていた。
日本が好きなようで、畳の部屋にいたく感動していた。
平成24年7月13日 金曜日 
 
 平成24年7月12日 木曜日 

平成24年7月11日 水曜日 
 
 平成24年7月10日 火曜日

水のシャワーを日に3回浴びるようになってから、身体が丈夫になった気がする。
毎年夏の2カ月半やっていることだけれど、合気道のセバスチャンなんかは、一年を通してやっているから
向こうの勝ち。
あの20代の男の子には勝てないけれど、夏でもお湯のシャワー浴びて、クーラーの部屋に暮らしている
ほとんどの日本人よりは私の方が健康的だと思う。
シャワーを終えると、寒いどころか、身体が温かくというより、熱く感じる。
これはどういうことなのだろう。
心が弱い人、頭の弱い人、第三世界の人は水のシャワーや水のお風呂及びサウナに入れない。
平成24年7月9日 月曜日

「石油の代わりになる藻」の研究についてyoutubeで動画を開始しようとすると、自動的にyoutubeが
終了する。
そこでyoutubeにつなげようとすると、そのようなサイトはないというメッセージが出る。
藻が石油の代わりになるのなら、もう産油国の原油に頼らなくていいし、つまり、国際ハザール人石油
企業から独立できるということだから、日本にとって画期的事実。
この動画をなんとしてでも阻止しようとして、あの人たち世界のパソコンに目を光らせているのだろう。
残念ながら、「石油の代わりになる藻」の動画は見られなかったが、代わりに情報を提供してくれる
サイトがいくつか見つかった。
茨城県の筑波大学でそんなことやっているのか。
マツダの車はそうやって走れるのか。
筑波大学は日本で一番、学者の自殺率が高い大学として有名だったけれど、本当は自殺に見せかけた
他殺である可能性が大きい。
とんでもない素晴らしい研究をしている人たちを殺そうとする組織はいくらでもいるわけだから。
頭脳明晰で、人類のために有益な研究をしている人がそう簡単に自殺などするわけがないから、非常に
怪しい。
誰か、過去の筑波大学構内での自殺者の一覧表と背後関係のHPでもつくってくれないかな。
私は1983年当時、山口恵子先生のお稽古場の皆さんにルイジの『炎のランナー』のお稽古をして
いただくために何度か筑波へ通ったことがあった。
多分当時は東京駅からの高速バスなどなかったので、上野から乗っていたけれど、あまりの遠さに、
筑波大学出身の直人君に代わりに行ってもらっていた。
直人君は無論、母校の場所だから喜んで行ってくれた。

ともかく理学博士の渡邉信先生(1948年宮城県に生まれ。1977年北海道大学大学院理学研究科
博士課程修了。現在、筑波大学大学院生命環境科学研究科教授)、今後の日本と世界のために
頑張ってほしい。
先生の周辺の警備を徹底すべき。顔写真なんかサイトに出しては危ない。

さてyoutubeに話を戻すと、ハザ金奴隷日本畜豚政権のことを調べるため、民主党で誰がハザ金の
奴隷風のタイトルをいろいろ見ていたりすると、急にアクセスできなくなる。
その動画にアクセスできないというより、youtubeそのものにアクセスできなくなるので、変だなと思って
いたのが2日前。
今朝、石油に代わる藻についての情報にアクセスできない事実を体験し、やはり、そういうことだったのかと
納得した。
世界石油勢力がいくら情報を封じようとしても、インターネットが世界中にこの情報を流すから、無駄。

ところでチン太郎のことを、「公人でありながら幼稚な発言を連呼する都知事」と形容している人がいて
上手な表現があるものだと感心した。
 平成24年7月8日 日曜日

パソコンのどこに西川純代先生からお借りしたすべての良いお写真や連載された福井新聞の記事が
入っているか忘れてしまった。
途方に暮れていたが、福井テレビの人にそれらをまとめてメール添付で送ったことを思い出した。
それですべてダウンロードしたから一件落着。
大切なものは一度メールで送っておくに限る。
それ自体がファイル・フォルダーと同じになる。

教会へ行ったけれど、食後すぐに戻って来る。
いなくなったアナスタシア姫のことや、自分の手の傷が心配だったから、アメリカから来た牧師の長い
話が始まる前に退散した。
私はマッカーサーの政策で日本に宣教に来た宗教占領軍に興味はない。
2世紀に原始キリスト教をひっさげてユーラシアアジア大陸を東に徒歩で来た宣教師になら興味が
あるけれど。
牛や羊を殺して焼き尽くすことを強要する神を崇めるレプティリアン宗教も興味ない。

ところでエイリアン4事件に遭遇後、初めて朝起きて、傷が乾き始めているのを感じた。
直径二センチ、手の皮が剥けてしまっていて、生肌が見えているけれど、もう中から水が出てくるという
ことはない。
塗り薬をべったりつけて、今日は早く休もう。

母のところへお寿司を持って行ったけれど、母はお寿司になにも手をつけず、水ようかんしか食べなかった。
昨日銀行から電話がかかってきて、「おかさんが百万円下ろそうとしていますから、拒否しました。使途を
聞くと人に貸すためと言っていましたので」と聞き、驚愕したけれど、今日会ってみると、そのようなことは
なにもなかったかのごとく、何も言わないので私も何も聞かなかった。
統一教会か創価学会の人に洗脳されて、おろして来いと命令されたに違いない。
以前は簡単に下ろせたから、被害を出してしまったけれど、今度は銀行が簡単に下ろさせないで、ここへ
連絡してきてくれるから、本当に助かる。
大変気のきく、良心的な銀行だと思う。
本来はそこまでやる義務などないのに、自分の判断でやってくれている。
担当者がある程度の人生経験者だからそこまでやるのだろうが、これが若い銀行員だったら、まるで
気が利かないかもしれない。
警察に相談した方がいいのだろうか。
誰に貸すつもりだったのか聞き出せれば、その人物がどの教団の信者か確定できる。
私は母を救うために大変な組織を相手にしているようだ。
  平成24年7月7日 土曜日

数日前に左手の親指のつけねあたりを、昆虫に食われた。
蚊ではなく、なんなのかその時はまったくわからなかった。
直径1ミリくらいの小さな穴。
ものすごく痒かったので、どんどん掻いてしまった。
良く洗ったので、翌日には引くかと思ったら、翌日倍くらいに腫れていた。
これはおかしいと思いながら、ここ数日暮らしていたけれど、今日はすでに直径2センチくらいに拡がり、
真ん中の皮が破れている。
まるで乾かなくて、食われた翌日から常に刺されたところから体液が出てしめっている。
虫刺されだからキンカンを塗ったら、天井に跳び上がるほど浸みて痛かった。
中に昆虫が侵入して、その中で生きているということはあるだろうか。
まるでアマゾンとか、タンザニアのジャングルのようだけれど、四ツ谷のこの場所でそのようなことが
果たして可能なのだろうか。
シュルレアリズム文学ではあるまいし、人間の手の皮膚の中に入り込んで、人間の体液や肉を養分にして
昆虫が生きるなどということはあるのだろうか。
異星から襲来したエイリアンが、そんなかんじで人間の体内に入り込んだのは、『エイリアン4』だった。
引越してきて以来、特に最近、植物とたくさん関わる時間が増えてきた。
その時になにかの未確認昆虫と遭遇したということはあるだろうか。
明日はとりあえず、バンドエイドをして教会へ行こう。
今は痛くも痒くもない。
 平成24年7月6日 金曜日

普段夜明けと共に起きるのに、昨夜遅かったから今日は普通人みたいな時間に起きてしまった。
ロフトに素焼きの大きめのプランターを原付で運んだ。
運転している時はいいのだけれど、それを2階まで階段で運ぶのがちょっと。
外から見て、赤いゼラニウムが咲いているいい感じの、チロル・アルプスの窓辺みたいなものを
演出したいと思って。
雨が降っているから出そびれてしまい、土も買いにいかなかった。
明日こそ買わないと。
それにしても、石原珍太郎がパンダの名前を尖閣諸島にするとは愚かなこと。
ヨットで海に沈んで欲しいと思っている人が多いことだろう。

昨夜の西川純代女王から伺った貴重なお話をすぐに書かないとと思っているうちに、すでに夜になって
しまった。
なんともたくさん雑事があることだろう。
 平成24年7月5日 木曜日

タップおじさんのコラムに、私がそのうち書きたいと思っている大好きな偉大な舞踊家のお名前を書いたが、
そうしたら、私の気持ちが通じたのか、西川純代先生からいきなりお電話がかかってきた。
『誰が踊りをつなげたか』のハマ・クリ先生の項目を書く時、日劇ダンシング・チームの大先輩の情報
ということで、西川先生にはいろいろ教えていただいた。
私は15歳の頃、どれほど日劇ダンシング・チームの真ん中でさっそうと踊る女王様、西川純代さんに
憧れたことだろう。
学校の鞄を持ったまま有楽町へ行って、一番前にかぶりつきで見ていたものだ。
その後、テレビのお仕事でまさか西川先生に踊っていただくことになるなど、想像もしなかった。
西川先生のお宅へは何度かお伺いしたけれど、決してお家の中には入れて下さらなくて、いつも、廊下の
階段のところで立ち話をした。
衣装類が物が散乱しているから入る場所がないとのことだけれど、冬の最中でも決して中へ入れて
下さらなかった。
その女王様が四ツ谷にいらして下さることになったから、夢のよう。
新道通りで例の中華屋さんにご招待させていただこう。
日劇時代、西川先生は四ツ谷に住んでいらしたから、四ツ谷はなつかしいだろう。
平成24年7月4日 水曜日

 「小沢一郎応援団へのお申し込みありがとうございました」という自動返信メールが届いた。
そう、この人の応援団になった。
消費税増税に反対してくれる人を応援しなかったらどうなる。
この期に及んでいまだに消費税増税を唱えている議員がいるけれど、早いところ東京湾にでも浮かんで
ほしい。
日本は本来、消費税なしてやってきた。ゼロパーセントでやってこられた。
しかも経済は良かった。
消費税はなしでも国が運営できる。私はそれが自慢だった。
  平成24年7月3日 火曜日

こういう日は必要なのだと思う。
調整の日。
数日分たまってしまったスタジオ日誌
もこれでクリアできた。
趣味の園芸も満喫した。
私は農業はできないけれど、マリー・アントワネットのプティ・トリアノンは十分理解できる。
あれはおもしろい。
お金と時間と広い場所(これもつまりお金か)がないとあの規模ではできないけれど、今、私が四ツ谷で
やっているのが結局、平成四ツ谷版プティ・トリアノン風の行為なのだと思う。
偽園芸農家とでもいうのだろうか。
借りている場所だし、都心で成約がありすぎるから、これで十分。
 平成24年7月2日 月曜日

徳川家の葵のご紋ののれんを買って、サイズを直してもらったら、なんと片方しか直っていない。
のれんは下がふたつに分かれているのだから、両方直すに決まっているのに、右と左のサイズが違う。
どうしてプロなのにそういうことがあるのだろう。
面倒だけれど再度依頼しに行かないといけない。
こうして、ひとつ、またひとつとクリアしていくことで、生活空間が芸術の展示場になる。
自分のいる場所を芸術空間にするのが芸術家の仕事。
キャンバスなんて小さな面積にこだわるのではなくて、全部がキャンバス。
  平成24年7月1日 日曜日

教会で沖縄の讃美歌を習った。
あまりの歌詞に、涙ぐんで結局歌えなかった。
スキャンしてイヨンちゃんに送ったら、
「メロディーも歌詞もとても胸に染み入ります
となりに座ってたおばあさんも、涙ぐんでいました」
という返事が来た。
やはり教会へ行くといいことがある。
この歌を知らずに人生を送ることになってしまってはいけない。
知って送る生きかたは違うものになる。

あとで時間のある時に歌詞をアップロードしないと。

ところで、廣末さんの弟さんがやっているタウン・ハウスの1階を内見させていただく。
女郎屋の格子の後ろから、うらめしげに通りを見ているような感じ。
昼なお暗き杉の並木ではなく、窓が小さい。
どうして南側に押し入れと台所があるわけ。
私なら、がーと大きな透明ガラスを入れた窓をつけるのに。
目の前の崖に苔を生やして、蔓植物を育てて、目の前の天然の緑のカーテンにするのに。
太陽より価値のあるものがこの世にあるのか。
平成24年6月30日 土曜日

お昼をしっかり食べると、シエスタを取らないと起き上がれない。
事務所にロフトベッドがあるのは正解。
ゲーテ研究の相良守男先生の書斎にも執筆の合間に横になれる低い寝台が置いてあった。
職場で横になる、それはとても自然なことなのだと思う。
家へ帰るまで横に慣れないというのは、かえって労働効率が悪い。
曙橋の合羽坂のところに、サラリーマンが1時間とか2時間、完全にベッドで横になって眠れる休憩用ホテル
があるけれど、それは正しい。
私は4時間睡眠で、疲れるまで働いたりいろいろして、また身体が欲した時に眠るけれど、それは長時間の
睡眠よりはるかに効果的だから、このライフ・スタイルにしてから、格段に効率が良くなった。 
 平成24年6月29日 金曜日

引越は結構大変だけれど、今度は最低必要な物しかロフトへ運ばなかった。
ところが、せっかく買った大きなスクリーンがノートパソコンにつなげなくて、結局、テーブルの上に置いただけ。
思いきり邪魔。本当は、ロフトの明るい光の中で執筆をしようと意気込んで買ったのに。
平成24年6月28日 木曜日 

朝からお稽古。絶対そのうち、しんみち通りのお豆腐屋さんのホームページを作るぞ。
あのおばあさん、大好き。本塩町の生まれ。
 平成24年6月27日 水曜日 

朝からお稽古。後から書こうとすると忘れる。
 平成24年6月26日 火曜日

ここに書いていない日は、スタジオ日誌か、タップおじさんコラム
平成24年6月25日 月曜日

リチャード・コシミズのブログを読んでいたら、なかなかいい意見があった。
 「国民が直接選挙で首相を選びたい。
そうすれば、養豚畜産業ホモが首相になるなどという最悪のシナリオは避けられた。
間接選挙に悪魔支配のカラクリがある。
ここをどうにかしなくては」
私もそう思うと納得した途端、ハッと気がついた。
これは私が投稿したものだった。そうか。どうりで大賛成なわけだ。
 平成24年6月24日 日曜日

教会へ行ったら、前山さんから、「おかあさんがあなたと連絡がまったくつかなくなったととても心配して
いるから、すぐに訪ねてあげて」と言われた。
おやおや、そのようなところへ電話していたとは。
箱根へ行くと言っておいたのに。
そんなわけで夕方、くだものや、お寿司を持って訪ねると、グレートヒェン猫とうだうだ楽しそうにしている。
介護猫はよく働いてくれて助かる。
人間の介護の人を断ったけれど、ぜんぜん困らない。
 平成24年6月23日 土曜日

四ツ谷の昭和銭湯塩湯に入る。
祖母が通っていたこの銭湯の高い天井を見上げると、当時のままであろう、禿げかかったペンキが
「あんたのおばあさんを知ってるよ」と言わんばかりに笑いかける。
人がいない。極度の都会過疎の銭湯。
この時間帯に私たち以外1名しかいない。
経費が大変だろう。どうやって経営しているのだろう。
 平成24年6月22日 金曜日

台風で朝まだひどく雨が降っていたので、予定していた箱根町資料館や、小田原城、二宮神社などへ
行くのをやめてロマンスカーに乗る。
車のついたカートではなくバッグだったので、かまぼこなどの一気買いもせず、そのまま読んだり眠ったり
しながら新宿へ。
また行けばいい。
一度に全部見るともうそこへは行かないから、残しておくのがいい。
帰ってみると、なんのことはない、雨はやんでいた。
 平成24年6月21日 木曜日

不肖の弟子、かつての人間の盾でイラクの浄水場にへばりついていた猫姫が箱根の5つ★ホテルに
招待してくれた。なんという親孝行。
私は昨年の人工地震で経営が非常に悪化し、1年かなり苦労した。
多分当分旅行に行かれないかもしれないからと、バンコクへ行ったのが昨年の3月の終わりころだから、
もうずっと旅行をしていなかった。
解決しないといけない、現実の問題がいろいろあり、それどころではなかった。
物件探し、引越、工事、仮住まいと毎日が目まぐるしく展開し、工事もあらかた終了したので、本当に最高の
タイミングだった。
猫姫とは原付バイクで数々の珍道中をやらかして、海外でも人に言えないような楽しい物語を一緒に
たくさんつくったから、久しぶりに一緒に旅行できるなんて嬉しい。
山へ行くのに、猫姫はバンケット・パーティーに参加するようなハイヒールで登場したので、さっそく疲れない
靴に履きかえてもらう。
二宮金次郎資料館ではビデオにより尊徳の人生を年代順に垣間見られる。
感動して涙。
来てよかった。すごい人がいた。
今の時代にもそのような少年はいるのだろうか、本を読みたくて仕方ないような子が。
なたね油を自分で作って灯りを灯したのはすごい。
その後、関所へ。出女を取り締まることで、支配体制が成り立っていたなんてすごい。
それにしても当時の手形旅券のすごさ。
入管法を変えて今もそのくらいにすればいい。
江戸は出女、その後の日本は入り女のじゃぱゆきを取り締まるわけだから、事情が変わったものだ。
新しくできた美術館へ行く。
平山郁夫の作品がが客寄せパンダのようにあったが、おもしろかったのは平山洋彦。
東と西の手法がこの人の中でひとつになった。
日本がを見ているようなのに、ルネサンスの巨匠の絵画を見ているようで、文化を混ぜるとこんなにも
素晴らしいものになる。
天成園のお風呂、全体のコンセプトはすごい。
夜はホテルでフレンチ。猫姫ありがとう。
平成24年6月20日 水曜日

やはりロフトの時と違い、朝日が入らないところで寝ていると何時かわからなくて、7時8時まで寝てしまう。
縄文人は障子やカーテンの後ろで寝ていたわけではなく、笹の葉の間から明けていく空を見て
起き出したのだろう。
先日見つけた、津ノ森坂でパンを焼いて売っている店で、バゲットを1日に何本焼くのか聞いて、思わず
気絶しそうになった。4,5本。
自分の耳を疑った。そんなことがあるなんて。
これが神楽坂ならその10倍か20倍だろう。
まず、フランス料理やにどんどん出すだろうし。
ここの店は、ハワイアンの「真珠貝の歌」を延々とかけていて、頭がおかしくなりそう。
ウクレレみたいな単純楽器の演奏を聞いていると、カルト宗教の洗脳のようで気持ち悪い。
曲を変えろと言いたい。ジャンルも変えてほしい。
夕方前を通ったら、もう閉まっていた。
朝と昼しかやっていない、ったくもう。
神楽坂ではなく津ノ森坂だから、まあ許そう。
森は守で、松平の屋敷があったようで、守っていたようだ。
江戸時代のサムライ町はどんなにか面白かったことだろう。
サムライ町にもお店はあったのだろうか。
それともわざわざ庶民の経営する商い町まで買いに行ったのだろうか。

明日の準備完了。
昨年の地震の後、もう当分旅行することもままならないからとマイレッジを使って行ったバンコク行きが
最後の旅行。その後は法廷での闘いに結局10カ月を費やしたことになる。
その間は日々の仕事と雑事に必死で、旅行もできなかったから、とても嬉しい。
でも、坂町ロフトに庵みたいなものを組んで別荘生活みたいなことも先月やっていたから、まあどこへも
行かなかったわけではないけれど、山の手線の輪から外へ出たことがないのでこれは楽しみ。

中曽根の家の敷地に隠してあったロシア製の盗難核弾頭が、東北大震災に使われたなんてこと、どんどん
世界に知らせないと。
特に日本人はみんな知らないと。 
平成24年6月19日 火曜日

朝、ゲリラ的に神楽坂へ行き、赤いゼラニウムを3本植えた。
水はあとで神様がたっぷり下さるから大丈夫。
この間、エケヴェリアをその隣の植木鉢に2個植えたのがまだちゃんとそこにあった。
そのうちきれいなピンクの花が咲くといい。
でも、肥料をあげないと。土だけではだめ。

ビッグカメラから電話があり、注文した商品ビッグカメラが閉店する前に取りに来るように言われてびっくり。
三越の建物に入るのだとのこと。
天下の三越がライバルの伊勢丹に吸収され、三越新館は早々と家具屋に変わり、本体の方が電気屋に。
かつて新宿三越で買い物をしていたから、その変化の速さには驚かされる。
伊太利屋が店舗で入っていた時は、よく足を運んだ。
上の方の和服の階で大喪の礼の直後に買った着物は2着あれ以来ずっと着用している。
地下の食品売り場が良かった。
広すぎなくて、こだわりの物が置いてあって。
祖父は毎日通っていた。なつかしいな。
伊勢丹になってからはひどかった。
誰が旧三越に洋装の買い物に来るのだろう。
案の定、だめになった。
西口の小田急ハルクもビッグカメラがテナントとして入っているけれど、ハルクだけではデパートとして
なりたたなかったのだろう。

夕方から台風になった。
今夜の街は閑散としていることだろう。
平成24年6月18日 月曜日

数年ぶりで髪を短く切った。
今日から違う人生を始める。
新しい生き方。

群馬県産の最高に高級なさくらんぼが静子さんから届いた。
年金暮らしなのだからそんな無理をしなくていいのに。
つぶが揃ってなんてきれいな。
それとお寿司などを持って、夕方母のところを訪ねる。
「丸子静子さんからよ」と言うと、それが誰だかわからない。
「亘さんが結婚した人よ」と説明しても、わざとわからないふりをしているのか、別れた男の再婚相手だから
無視しているのかこちらにはわからない。
だから、「あなたと離婚した後、亘さんと結婚した静子さんよ」と説明した。
思えば私が20歳の時、血相を変えて私に電話をしてきて、
「あの人ったら、籍を入れているわ、向こうに家族がいるのよ、知らなかかった」とまくしたてた時と
なんという違い。
「なんて素晴らしいさくらんぼなのかしら」と嬉しそうに食べている母の姿を見て、時の流れを感じるだけ
ではなく、統一教会のキャッチにより、毒を盛って母の脳を弱くしたあの教団に怒りがこみ上げてくる。
お世話役の目の前で毒入り昼食を何度も食べさせられてこのような症状になった被害者の家族の会
といったものはないのだろうか。

結局、私が帰る時、グレートヒェンが警戒してベランダあたりへ逃げてしまったため、持ち帰れず、そのまま
母の所へ置いてきた。
それが一番良いのだと思う。
猫の世話をすることで、かなりボケ防止に役立っているだろう。 
 平成24年6月17日 日曜日

教会の後、さとみさんが来てくれた。
中庭にテーブルと椅子を出し、地中海風オリープ油漬けシェーブル・チーズをおみやげにいただき、
おいしいデザートと洒落こんだ。
中庭でこんなことができるのだ。
晴れた日の午後、ここにパソコンを出して、仕事をしたり、読書、日光浴、いろいろできる。
あり得ないほど広い中庭をプレゼントして下さったのは神様。
父の日だから、蝶々の姿になった父が訪ねてくれた。
先日、ゼラニウムについてた毛虫の命を救ったから、喜んでいた。

あまりに早く起きて活動するため、午後疲労困憊してしまう。
眠かったので、昼寝をした。本当に地中海文化。
 平成24年6月13日 水曜日

「日中国交回復40周年記念ふかひれ料理」というメニューを書いた本人、プッと吹き出さなかったのか。
ある5つ★ホテルの中華レストランのお品書き。
それでは北京にある日本料理屋のお品書きには、「中日国交回復40周年記念寿司天ぷら」なんて
書いてあるのか。

朝から日系ハワイ人一家が着て、娘に着物を着つけて日系人のおとうさんがカメラに収めていた。
このおとうさん、サムライの家系で、ハワイの家には、家宝の刀があったとのこと。
ところが戦争の時、アメリカ兵が来て、日系人から刀を奪い、戦後も返してくれなかった。
きっと骨董屋とかに売ったり、自分の家の応接間に飾ったりしているのだろう。
アメリカ人は泥棒。日本は刀も日本画も伝統もみんな取られた。
だからこそ、伝統にしがみつくのが良い。
私は父から本物の刀(短刀)をもらい、使う機会がないまま、箪笥の中に大切に保管してある。
持つところがサメの肌でできている。
侍の家の娘は父親から刀を貰い受け、いざという時のために保管したようだ。
私の場合、受け取ったのは両親が離婚した私が二十歳の時だけど、刀を使う時は全然なかった。
 平成24年6月12日 火曜日

ここに1日住んでみて、以外にいい感じ。
真理ちゃんが宮古島から持って来てくれたパッション・プルーツを食べた。
おいしいけれど、苦労が多い。
1個食べるのに膨大な時間がかかる。究極のダイエットだと思った。
ただし、陽が沈んでから。
思うに、陽が出ている時はロフトにいて、沈んでからこちらに来るような生活パターンにしようかな。
パソコンはやはりパソコンデスクに向かった方が、ソファに座ったり、床に座布団を敷いたりするより
はるかに効率がいい。
パソコンを運んできたのだから、もう、ここにずっと置いて仕事をする。
ロフト用には現在の小さなラップトップに加えて、キーボードと画面を買うことで向こうも仕事場として
使えるようにするという計画を立てている。
早速、電気湯沸かし器を買ってきた。ピンクのセラミック包丁やまな板も。
平成24年6月11日 月曜日

さあ、これからいよいよ一族郎党を引き連れて、ロフトからスタジオへ引越し。
これを機会にパソコンも事務所に置くことにする。
たった3泊の引越しだけど、運ぶ荷物の量は全部だから、大変。
こういうことをしないと、部屋はきれいにならない。
全部さらう。それが美しさを保つ基本。 
平成24年6月10日 日曜日

教会へ行ったら、いつも眉間に皺を寄せて、お湯の沸かし方、お茶の入れ方に文句を言っている
おばあさんが、ものすごいニコニコ顔で近づいてきて、「今年の1日教会祭は全体的に地味な内容の
演目が多かったから、あなたたちがやった踊りが唯一、明るく、楽しく、花が咲いたようで、おまつり気分で
本当におもしろかった」と言ってくれた。
やってよかったと思った瞬間。
準備には膨大な時間がかかり、大変なことも多いけれど、そういう意見を聞くと本当に嬉しい。
 平成24年6月9日 土曜日

雨降り。
気象兵器を使っているのが見え見え。
日本の農業を根幹から破壊しようとしている。
今年の秋、どんなに収穫が減っても、輸入作物を買わないように国民に告知するのが政府の役割なのに
馬さん、鹿さんしかいない永田町は、「今年は不作なので外国から食料を輸入する」と言うに決まっている。
だから、天気予報も、人工雨とか、人工気象兵器による寒波とかコメントをつけるのが好ましい。
 平成24年6月8日 金曜日

お稽古関係日誌へ。
平成24年6月7日 木曜日 

真夜中にドンキホーテへ行って買い物をしていた習慣を改めよう。
昼間の時間に、坂町薬局へ行き、シャンプーやトイレットペーパーなどを買えばいい。
白檀の香りやお茶の葉入りのものはないかもしれないけれど、でも、どうせ使ってしまうものだから、
坂町薬局でたくさん。
そこの通りの人がそこの通りの店で消費生活を賄えば、坂町の多くの店が潰れることはなかった。
都会過疎は恐ろしい。首都の一番繁栄を極めているはずの場所が、反対に落ちぶれて行く。
その零落たるや、郊外の比ではない。
固定資産税が高い分、出費が多いから都心貧困を生み出す。
店が閉まっていたら、翌朝まで待ってでも、そこで買うことでこの通りにお金を落とそう。
本塩町は不幸にも商業が外濠通りに限られて、そこはすでに国際大手資本の餌食になってしまった。
坂町は私たちが守ろう。
大金な資本はいらない。個々の小さな商店の営みが町を活性化して、住民の幸せを作る。
平成24年6月6日 水曜日 

ドリーヴの『コッペリア』の前奏曲は、自信なさそうにこっそりと人に気づかれないように、ドゥヴォジャーク
(英語でドヴォルザーク)の旋律を使っている。
マズルカのところであんなに堂々としていられるのは盗んでいないオリジナルだから。
そこに至るまでのあの申しわけなさそうな出だしは何なのだと言いたい。
明らかに盗作。年齢もほとんど同じで同時代に活躍したから、そういうこともあるかも。
引越をして、ロフト生活を始め、とりあえず衛星放送を解約したから、今までのようにBGMにBBCや
CNNをかけてず、音楽にしている。
ハザール人の牛耳る国際メディアは嘘を並べ立てているから、その嘘を見抜くために眉に唾をつけて
あの人たちのニュースと称するものを見ていた。
シアターチャンネルが見られなくなるのは残念だけれど、今、そのような時間もないから、ロシア・オペラや
シネフィル等は、ともかくスタジオのちゃぶ台の前に座り、テレビを見られる環境になってからでいい。
平成24年6月5日 火曜日 

お稽古関係日誌へ。
平成24年6月4日 月曜日

「信濃町駅近辺で評判の悪い牙城会と云う名前の創価学会私設警備団も、それなりに存在理由が
有るのです。彼等の言い分は、池田先生をお守りする」 のだそうだが(リチャード・コシミズ・ブログによる)
私がそこを原付で通り過ぎるたびに、慌てて無線で本部に知らせているようなそぶりをするのは
気持ちが悪い。
どのような時間帯に通っても必ず数人そこに立っている。
本番が終わったから、かねてから楽しみにしていたゴーヤと朝顔の緑のカーテンづくりを、中庭で行う。
これがやりたかった。
平成24年6月3日 日曜日
 
朝、4時半起床。猫姫と外濠通りのお店で朝ご飯をする。
そんなことをしているうちにオーストラリアのラコステが登場し、信濃町カルト地区のワンルームへバタバタと
送り届け、猫姫、修君と教会へ。
教会へ行く前は通常、着替えくらいしかしないのに、こんなにいろいろの活動をすることは珍しい。
ルーテル市ヶ谷中央線沿線1日教会祭に市ヶ谷教会からの出品として参加させていただく。
教会員でもない私にこのような場を下さることに本当に感謝している。
終わってから猫姫、修君といつも同じ新道通りの中華へ。
猫姫は最終までここにいてくれて、積もる話に花を咲かせた。
8年ぶりか10年ぶりかくらいだったけれど、イラク戦争の時のこととか、グリーンゾーンでマッサージ屋を
経営していたことなど、疑問に思っていたことが少しわかった。
平成24年6月2日 土曜日

夜明け前の数時間かかり、神楽坂のマンションの装飾終わり。
予算の天井がなければ、内装なんてどんなふうにだってできるのに。
さあ、これから最後の通し稽古。
明日本番なのに明け方、一人で引越し騒ぎをしていたから、修君と中華でご飯を食べた後、力尽きて
早く休んでしまう。
夜中にスタジオに猫姫が登場したと電話が入ったけれど、ほとんど答えられないまま爆睡。
平成24年6月1日 金曜日

 震源地がいつも震度10キロだと人工地震だと怪しまれるので、頑張って50キロにして頑張って起したのが
先ほどの震度5,2の地震。
平成24年5月29日 火曜日

真夜中の震度4(東京)の人工地震で飛び起きた人が多いと思う。
余震がなくていきなり本震になり、その後、ずっとわざとらしいユラユラが続くから、人工地震だとすぐに
バレるということを日本人がみんな知っているということを、ダメリカは理解しているのか。
「アメリカがヤケクソになって世界を相手に戦争を起こさせないよう、各国が完全包囲したら、
一気に世界は変わります。
その時、輿水先生は天皇陛下から表彰されるかも知れません」
というリチャードさんに寄せられた投稿を呼んで思わずにんまりする。
皇太子とか皇室関係者は、リチャード・コシミズの著書やブログを読んだのだろうか。
今、明け方前の3時半。
これから荷物を取りに出かけてくる。すごく寒いのでズボンの上に巻きスカートしよう。 
平成24年5月28日 月曜日

毎週1回九州の農家から直接お任せ箱を取り寄せることで、買い物の手間がなくなり、おいしいものを
食べている。野菜だけではなく、お米、はちみつ、お茶、竹炭、竹酢も来るから本当に助かる。
トルストイが「農民」と「神」を同義語で扱っていたのがわかるようなメッセージが届いた。

「日付: 2012年5月28日 8:29

良かったです。野菜食べて体調良くなられて。
季節、季節の旬なものには、薬の役目もあるみたいです。民間療法。
わたしも、バタバタしてても元気になりました。
マリカさんたちに美味しい野菜をと探すうちに、勉強になりあらためて、野菜に興味深くなりました、
自然のありがたさに、に感謝させられます。これからも宜しくお願いいたします」

私は夜中の1時に起きて、それから日が出てもずっと働き、神楽坂や信濃町カルト地区へ行き、朝の
7時に寝て、2時間後の9時には起きてまた動いている。
こいうことをすると、午後持たないかも。
ところでS学会カルト地区は朝の7時前だというのに、すでに、教団施設の前に警備員を配して厳重に
警備をしている。
何をおそれているのだろうか。
独立党のTシャツを着た人々がわっと押し寄せて、ソンテチャクがどうたらこうたらと騒ぐのが恐い
のだろうけれど、独立党はそんな効率の悪い方法は取らない。
家から一歩も外へ出なくても、ネットを使って十分に情報を拡散する。

高島屋へ行った帰り、ひどい雨に降られ、ずぶ濡れ。
今は耐乏の時なので、大好きな高島屋10階は完璧無視し、売り場をぐるっとまわることもしないで、
目的地のユザワヤまで行った。
ここは最初の頃はひどかったが、だんだんオカダヤのようになってきた。
まだ弱いかもしれないけれど、売り場面積が大きいから追いつくだろう。
高島屋の建物だからテナント料さぞかし高いだろう。
オカダヤの方が数段便利。1階に売り場があるから。ちょっとそこまで感覚でことが足りる。
 平成24年5月27日 日曜日

教会の舞台の幅は16名が並んでも問題ないことをフラワーと確認。
上手の奥はパイプオルガンだから、奥行きが十分に使えない。それは仕方がないこと。
かねてから気になっていたロフトベッドを買った。しかも2台。
1台だけ弟に組み立ててもらう。
これはすごい。180センチの高さがあるから、余計なものが全部下に入る。
箪笥も冷蔵庫もこれで片付くから、部屋が広くなる。
それにしても、冷蔵庫は小さくても、ライフスタイルを変えると生活できるということがこの1カ月の
合宿生活でよく理解できた。
冷蔵庫をたまに、空にして中を拭く。
それから再度新しい食べ物を買う。
食べ物を無駄にしないで生活できるようになった。
あるのを忘れてバターやマヨネーズを2個買うこともなくなった。
太陽の恩恵を受けて、洗濯物がよく乾くから、どんどん洗濯をする。
今日は何色を着ようと、虹色の衣服の前にたたずむ必要もない、手元にあるそれを着ればいいだけ。
あとは頻繁にクリーニング屋へ出す。
イヤリングもどの服にも合う透明クリスタルをしていれば、それで事足りる。
平成24年5月26日 土曜日

美容院へ行った。髪の毛が少し良くなってきている。
引越の最中に行った時はすごかったけれど、その後2回来ているから、そのたびに改善されている。
はちみつのトリートメントはいいようだ。
昔の人は、染めたり、パーマをかけたりしなかったから、髪が痛まなかったそうだ。
だから椿油で十分だったようだけれど、現代人の髪の毛は人工加工するからすごく痛んでいるとのこと。 
平成24年5月22日 火曜日

北方領土や沖ノ鳥島に本籍地を移すことが可能なようだ。
沖ノ鳥島は小笠原管轄で東京都だから、東京都民には違いない。
新宿区本塩町の本籍地はとても好きだけれど、あちこち近隣を移転後、最後にここの地に戻って来て
今後大きな引越しをすることもないだろうから、本籍地を沖ノ鳥島にすることで、日本国の領土権の
主張をしようかな。
もし1億人の人がみんなでこれをしたら、一つの大きな政治的パワーになるかも。
本塩町を出た後、初台、代々木5丁目、大久保1丁目、大田区雪谷、新宿御苑、市谷台町と点々とした。
まあ、遠出をしたのは大田区の時くらいだけれど、あれはあれでよし。
のんびり広々とした地域はいいけれど、私のライフスタイルではない。
通勤時間がもったいなかった。もっともったいなかったのは体力。
踊りはこれが命だから。
これが一番大切だから、なるべく身体が疲労しない距離を移動するのがベスト。
平成24年5月21日 月曜日

オーストラリア人のカンガルー殺しをやめさせる方法はないものだろうか。
その人がカンガルーを殺したのと同じ方法でその人が死ぬようなそういう方法を神様ならご存知のはず。
ディンゴもしかり。
犯罪者の流刑地アメリカのあとがまだったから、アジアのどこぞやと同様、ひどく民意の低い国のため、
あらゆる悪がはびこるようだ。
教育制度や文学とかあるのだろうか。 
平成24年5月20日 日曜日

ここのところ、引越やお稽古担当で日曜の午前中も働いていたから、久しぶりに教会へ行った。
朝3時に起きたため、礼拝そのものはずっと寝てしまったが、たまに行くと教会もいいものだ。
午後、修君が胡蝶蘭を2鉢持って来てくれた。
その後、新道通りの中華へ行く。
普段食べないようなものを注文した。
しらすと南京豆の炒めものや、タケノコ新芽揚げ青のりまぶしなど。
 
平成24年5月19日 土曜日

『マジック・バード』の10名版をステージングする。
70%は8名で踊っているが、最後に2名加わるから10名版。
すごく上手い人が15名いたら、おもしろいものができるのに。
まあ、それはそのうち。
ルーテルは舞台が長方形や正方形ではなく、パイプオルガンやグランドピアノの分が斜めになって使えない
ので、これくらいの人数でもぎりぎりかも。
 
平成24年5月18日 金曜日

お稽古している元美術教師で若いおかあさんのすみさんの坊やちゃんが最初から最後まで泣いていたので
すみさんは気が散ってお稽古できなかったかもしれない。
小さい子は少しでも睡眠が足りないと、泣くことで睡眠不足を非難するようだ。

 
平成24年5月14日 月曜日

最近晩御飯を食べない日が1日おきくらいにある。
雑事に忙殺されて、単純に食べるのを忘れて、はっと気がつくともう8時になっているから口にできない
という場合もあるけれど、今日は、5時半頃からの午睡の後、市ヶ谷航空自衛隊のヘリコプター音で
起されたらなんと9時だったから。
まるで地中海へ行った時のように、太陽の熱の作用で身体の機能が止まり、夕方横になってしまった。
頭を使う仕事は、少しでも頭がもうろうとしているとできないから、疲労した頭で頑張るより、思いきって
寝てしまう方が効率がいい。
最近わかったことだが、朝、日の出と共に自然光の中で読んだり書いたりすると、夜、電燈の元でするより
はるかに効率がいい。
だからというわけではないが、縄文人は日没と共に眠ったので、私もそうなってしまったのかもしれない。
ただし、縄文人が日の出まで寝ているのに対して、私は体力を回復できる最短睡眠で起きて、いろいろと
やらなければならない。
つくづく思う。自宅というのはいるのだろうか。
踊るところさえあれば、眠るところ、読み書きする最低の場所だけで十分だと思う。
素敵な台所なんかなくても、四ツ谷の新道通りへ行けば、世界中のおいしい食事が待っている。
最低の物だけで暮らすロフト合宿にも慣れてきた今日この頃。 
平成24年5月13日 日曜日 

今日はみんながフレンチ・カンカンなどをやっている間、私はお稽古担当だったから、今週もまた
教会へ行かれなかった。
神様にはお礼を言わないといけないことが山ほどある。
まず、スタジオのこと。
毎日工事が進んでいるのに自分のスタジオだという意識がなかなか持てない。
まるで人ごとみたいな気がしてならない。
本来なら手に入らないはずのものだから。
あの場所、あの広さ、この時期。
人生のこの時期に期せずしてスタジオの方から私のところへ来てくれたと考えるのがいい。
自分で無理になにかを手に入れようとしている時には手に入らないものでも、来たものに心を開くと、
気がついた時にはごく自然にそれがすでに手の中にある。
すでに手の中にあるのに気づかない時もある。
だから、手の中にあるものに心を配り、大切にしないといけない。
このことはゲーテが言っている。
「手に入れることはたやすい。
難しいのはそれを持ち続けることだ」
ヘレナを手に入れた時の言葉だけれど、私はゲーテのこの言葉を肝に銘じよう。

午後、伊勢丹へ寄ってから、母の日を祝うため、母の所へ行く。
それにしても今日の伊勢丹は混んでいた。
あんなに並んでまで伊勢丹の駐車場へ車を入れようとする人の気が知れない。
あの人たちがやっと車を入れるまでの間に原付の私はとっくに買い物を終えて、もう新宿を後にして
いるかも。
それにしても伊勢丹は自動二輪置き場が4台分しかないけれど、それで困ったことはない。
高島屋には20台くらい置けるけれど、それでもほとんどいつも満車だ。
多分伊勢丹に来る人は自動二輪なんて乗らないのかもしれない。
高島屋ではなくて東急ハンズに来る人が乗って来ると考えれば辻褄が合う。

飛鳥昭雄の『失われた日本ユダヤ王国 大邪馬台国の謎』と『失われた空飛ぶ円盤 ナチスUFOの謎』が
アマゾンから届いたけれど、当分読むひまがないだろう。
今、『天皇家誕生の謎』(関裕二著)を読んでいるけれど、時間がなくてぜんぜん進まないから、当分先に
なるだろう。
平成24年5月12日 土曜日

昭和10年の東京の街のビデオがフラワーから届く。すごくきれいな街、東京。
今よりずっとかっこいい。
ちゃんとしている。
待ち行く人が、きちんとした良いものを着ている。
和装でも洋装でも実にきちんとしたよそ行きをなにげなく着こなしている。
選び抜かれたハイセンスなおシャレなすごい首都だったと判明。
誇りが持てる。
変な格好している人が一人もいないとはどういうことなのだろう。
このように素晴らしい場所が東京大空襲で瓦礫となり、戦後の雑多な安普請の東京となった。

ところで、身長2メートル60センチの人たちが気になる。
アヌンナキ人なのだろうか。 
聖書が書かれた時代にいたけれど、やはり昔は重力が軽かったから楽だったのだろう。
恐竜も大きかったし。
せっかくパソコン屋さんに来てもらったのに、ルーターを用意しなかったから神楽坂のWiFiができなかった。
平成24年5月11日 金曜日

明日届くようにお花屋さんに注文する。
カーネーションは赤だけではなく、ピンクやオレンジ、いろいろ取り混ぜてもらえるようだ。
一緒に食事をするのは日曜日だけれど、お花だけは1日早く届いた方が嬉しいだろう。
大きなショッピングセンターではなくて、個人商店からなるべく物を買うべき。
だから抜け弁天の前の店で障子紙やカッター、障子張り用の糊を買った。
こういう小さな店が閉まってしまうと、街が閑散とする。
坂町は以前八百屋や床や、お菓子屋だったりした形跡は見えるけれど、あとは全部商売をやめて
住居になってしまった。
自分の住んでいる町で物を買わないと。しかも一番小さな店で。 

今週末の本番のお稽古をしている女の子たちを横目で見ながら、スタジオの障子張りをする。
プロがやるとピンと貼れるのに、どうして私がやるとぶわーと空気が入り、ぴっしりいかないのだろう。
結局市ヶ谷防衛庁前スタジオには障子が12枚使われていることになる。
江戸時代みたいでいい感じ。
平成24年5月10日 木曜日

廣末ビルはグーグルの航空地図で見るとかなり三角形、というか台形になっている。
1階はずっと空室だったことがあり、今月私が入居するまで多分政治活動用事務所区議(団体)
番号087新宿区選挙管理委員会が使用していたようだ。今月から私が入居して、ダンス教室と、レンタル
・スタジオを始めるので、そこに自分の看板を掲げたいから、選挙の看板を至急取り外してほしいと
新宿区選挙管理委員会にメールを送った。
一応、勝手にはずさないようにし今はそのままになっている。
選挙が終わっても党の宣伝のためにずっと掲げておくのだろうか。
終わったらすぐにはがせばいいのに。
在日から献金貰っている人ばかりの議員がずらりの党だから、ちょっとね。
かといって、ろくな党はないからそこが日本の今一番困るところ。
小沢さん、亀井さん、宗男さんの三人でこの日本をどうにかしてほしい。
流し目の野ブタソーリには早いところ退散してほしい。

『ルイジ・ブック、誰がおどりをつなげたか』最終校正の原稿、引越が一段落した今、ここ数日、
朝から晩まで取り組んでいる。
スタジオ工事でレッスンがないし、他のマンション2カ所へ運んだ荷物もスタジオが完成しないと
動かせないので、ロフトのワンルームで合宿というか、リゾート感覚で作業。
駿河台の有名旅館にこもって執筆する作家より私の方が数段自由で、猫4匹と、お気に入りの
木彫り民族工芸品の数々に囲まれているので不便さなんてなんのその、非常に新鮮な時間と空間。
『ルイジ・ブック』と歴史を終え、あとは技術編とエッセイだが、歴史のところを読むと、
1ページごとに涙ぐんでしまい、鼻をかんでいるので、あまり早く進まない。
涙もろいので、すぐ感極まってしまう。
書いた本人が感動するだけで、一般読者が感動しなかったらなんにもならないけれど。
平成24年5月9日 水曜日

信濃町のカルト地区を通ると、そこにいる人たちはみな申し合わせたように首からなにか下げている。
所属とか書いてあるのだろう。あの人たちのパスポート。
耳にイヤホンつけている人も多い。
本部から指令が常に来るのだろう。
教団外の人が自分たちの領域を原付バイクで走り抜けるのをどのように感じているのだろう。
できることなら、その地域を封鎖して自分たちの治外法権独立地域を構築してしまいたいくらいだろう。
南元町というところは、東宮御所が近くにあるから本当は自然に恵まれた穴場的な都会のオアシスだった
のだろう。
それがいつの頃からか、一軒、また一軒とカルトビルが建っていったから、あのように開発されて
いったけれど、一番奥の谷間の一軒家など、元々は、大自然の中に住んでいたのかもしれない。
土地が不自然に分筆されていてどうもおかしい。
相続でそうなったのかもしれない。
一軒のビルにしたいところに、五軒くらいに分けて建っていて、実に効率が悪い。
ここの内装には頭が痛い。
いっそのこと畳の部屋にしてしまおうかと考えているほど。
家具から解放された方がすっきりする。 
平成24年5月8日 火曜日

 隣の坂町ビルの持ち主の方とお話ししていたら、三栄町にまだ銭湯があるとのこと。
これか、祖母がよく通っていたのは。
私は外へ行くのが面倒なので、狭くても寒くても我慢して、内風呂へ入っていた。
お風呂の底がぬるっとしていて、気仙沼のカッパが住む様なお風呂だったので、ある日浴槽の内側を
洗ったら、「せっかくいい具合にお湯が軟らかくなってきたというのに、睦美が洗ったから、お湯が硬く
なって困る」と祖父に叱られた。
このお風呂へ行こう。
天下の新宿通りからわずか1分ほどのところだから、駐輪できる場所があるとも思えないから、自転車で
行こう。
校正が全部終わったら塩湯へ行く。
終わらなかったら行かない。
こうやって決めておけば、仕事をしっかりやるだろう。
あ、だけど、ヘチマや泡立てタオルなどのお風呂セットはまだ牛込柳町の百はある箱の中のどこかに
しかも2カ所に分けておいてあるから、それを捜すのが一苦労だろう。
1日一箱をモットーにしていたけれど、結構それは不可能で、箱を開けても置く場所がないから、結局
開けずにそのまま放置することになってしまう。

ところで本日も夕方闇が迫った頃に、軍用ヘリコプターのうるさい音に悩まされる。
昔本塩町に住んでいた頃は、自衛隊のラッパが鳴るくらいで、ヘリコプターの音で様々なことが中断
されるようなことはなかった。
昼間どこかへ出かけていたヘリが夕方どんどん防衛省の屋上に着陸している感じ。
商業ヘリコプターが透明の機体なのと違い、軍用ヘリコプターは実にそっけないデザイン。
こんなの1機ハザ金の兵器会社から買うために、多額の血税をほいほい使っているのだ。
そんなもの買うな。税金を外国軍事兵器会社に投入するな。

ところで、熊本県菊池村からとうもろこしを送って来た。
こんなに早く食べられるとは本当に嬉しい。
茹でたら、甘い。まだ若い。
昨年、菊池の農家はとうもろこし泥棒の被害に遭ったと聞いている。
長く置いておくと泥棒の獲物になってしまうから、早く収穫してしまうに限る。
初物で身体に大地の元気をいただいた。
 平成24年5月7日 月曜日

みんな隠し子だという一覧表があった。リチャード・コシミズ独立党の東京講演会ビデオ。
ビル・ロックフェラー・クリントン、
ヨシフ・ロスチャイルド・スターリン、
アドルフ・ロスチャイルド・ヒットラー、
アンゲラ・ヒットラー・メルケル、
池田名誉会長ソンテチャクの息子前原某。

アシュケナージ・ユダヤの歴史を知らないと世界の歴史はわからないのに、ここをあえて教えないように
しているのが学校教育。
歴史の教師も自分が東京湾に浮いていたりしたくないために、ここを避けて通るから、あとは、ネットと
家庭で町で自分の生活している場で人々に口コミで広めないと。
「後ろから前原」さんを是が非でもソーリにしたいだろうから、なんとしてでも阻止しないと。
ところで誰か野ブタを暗殺するような人はいないのだろうか。
若くてきれいな男の子軍団を送り込みその中に刺客がいれば不可能なことではない。
この戦術はヤマトタケルが女装して敵の大将相手にすでに用いて成功している。

午後3時過ぎ、ロフトの隠れ家で『ルイジ・ブック』の最終校正をしていたら、突如轟音と共になにかが
低空飛行しているのを感じて窓から見ると、変なかたちの軍用ヘリが民家すれすれのところを飛んで
防衛省内へ向かっていった。
それで着陸するのかと思ったらそうではなく、ぜんぜん着陸せずに相変わらずうるさい音を
撒き散らしながら四ツ谷牛込千代田区一帯を低空飛行している模様。
エンジン音がまったく遠のかないのはどうしてだろう。
田中土建工業のビルがあるため、防衛庁の敷地が見えないけれど、同じところに留まって飛行している
と思ったら、突如、後ろ向きにこちらへ向かってきた。
方向転換をしたのではない。
いきなり後ろ方向へ進んできたのだ。
私との距離はわずか民家が2軒だけ。
それもこれも私がリチャード・コシミズのHPをしょっちゅう見て、日本政府の悪徳政治家リストを頭に
叩き込んだから、私を狙っているのだろうと思い、窓から顔を引っ込め、床に伏せた。
本気で命の危険を感じた。
と、その時急にエンジン音が止んだ。
一環の終わり、私の命ももうこれまでと思った瞬間、その軍用ヘリが視界から消えていた。
防衛省内に着陸(不時着?)したのだろう。
白昼堂々、しかもこれほど民家が密集した場所に低空飛行でゆっくり偵察しながら移動し、しかも、
ある地点から急に後ろ向きに進むなどということを一般市民に見せてよいものなのか。
それとも、これは見せるためにわざとやったデモストレーションなのか。
戦争でも始まったのだろうかと不安に思った私は、これから原付バイクで防衛省のまわりをぐるっと
まわってくることにする。
平成24年5月6日 日曜日

 美しい日曜日。
久しぶりに落ち着いた時間を迎えた。
エケヴェリアが増えたので、3つほど株を分けて移植する準備。
まだちいさいからいいけれど、これでゴーヤが大きく伸びて来たら、どうやってつるを処理しよう。
どこかに紐を結ばないと。建物の電線を利用したら叱られるかな。
2階の窓から紐をおろせれば一番いいのだけれど。
午前中、教会へ行かずに私がお稽古を担当する。
と言ってもまだスタジオの中ではなく、近辺の空いている部屋。
午後は榎の庭のトマトに支柱を立てる。
東急ハンズに行って障子紙を買って来ようかなと思っているうちに、人口気象改変武器による襲撃を
受けて、東京は突如雹が降った。
ゴールデンウィーク最後の日の日本人を不幸に陥れてやろうというハザ金たちの邪な魂胆が
見え見えだったので、わざと無視して寝っころがって読書。
ピクニックや洗濯物干していなかったら、被害なんかなかった。
ハザ金さん、残念でしたね。
最近植物の水遣りをしなくて済むので、水道代が助かる。
日本人に嫌がらせしようとしても、反対に私たち助かっているから、全然被害なんかない。
だからハザ金さん、無駄なことやめた方がいい。
気象改変武器を使用する費用考えたら、割が合わないのではないか。
ハザ金が先月メキシコで起した人工地震だって死亡者ゼロだから、大量殺りくを目論んだって、まったく
効果がなかったようだし。
パンパースのロック爺なんて、ネットでさんざんこけにされて、お笑いキャラになっているから、もう先は
長くない。
キッシンジャー、ブレジン好きー、ロック爺の誰が一番になんていう賭けしている人だっているかも。
平成24年5月5日 土曜日

皆様のお蔭でこの日を迎えたことを大変嬉しく思う。
本当ならとてもできなかったこと。
ハマ先生タップおじさん祐子さんそして私たちが同じ時と場所を共有するということは人生でこれが
最初で最後。
すごい密度の空間。
『エポールマン』をしようと思ったけれど、完成度が低く、とてもハマ先生の前で見せられないので、
『サマー42』だけにした。
それとて靴も衣装も何もない。洋服はすべて失われたから、他の物を百個くらいある箱の中から捜し
出さないと。
考えただけで気が遠くなるから後回し。
最低必要なものだけを使って非日常の別荘生活も結構いいもの。
市ヶ谷防衛庁前スタジオ日誌』なるものをスタート。こうしておけば経緯がわかる。 
平成24年5月4日 金曜日

職人さんたちは休みの日なのに、クラシアンのスタッフが夜まで頑張ってくれている。
流し台を取り付けてくれた。
まだガスはないけれど、これで水道がつながったから、手を洗える。
トイレに鍵がないのは不思議だけれど、INAXのウォッシュレットもついた。
さあ、明日は自分の人生で数回起きるハレの日だというのに、 全て失われたから何も着るものがない。
20年前から人前には絹でしか登場しないことにしているのになんたること。
幸い救われたイブニングドレスがあったので、それの横を割いて、足を上げられるようにしようと思い
洋服直しの店へ行ったが、連休で閉まっている。
明日は何を着て踊るのか。
着るものどうこうより、稽古をしていなくて踊りはどうするのか。
先週の土曜日からほとんど眠らずに連日強行軍でスタジオとアパート2軒の引越しをしたけれど、
ここ数日でやっと通常の睡眠を取り戻し、身体が回復した。
平成24年5月3日 木曜日

 放心状態。
はじめて信川ハイツから解放された。
なんと長い間あの場所に関わっていたのだろう。
人工雨がしつこく降るので、なるべく外出を控えるが、美容院だけは午後出かける。
ゴールデンウィークを楽しみにしている日本人を困らせようとして不自然な人工雨を
降らせているのだろうけれど、こちらにしてみれば、夏の水不足を一気に解決してもらい、かえって
感謝しているくらいだ。
ゴールデンウィークに雨を降らせて日本人に嫌がらせをしようとした馬さん鹿さんのレベルの低いこと。
私たち日本人は、物事を肯定的に取るから、あの人たちの攻撃さえも栄養にして栄えてしまうのだ。
平成24年5月2日 水曜日

午前中、市谷台町に最後の荷物を取りに行く。
本だけなのだが、踊りの本がたくさん。
バツラフ・ニジンスキー、ローラン・プティ、アルヴィン・エイリー、モダン・ダンスやラヴァノテーションなど
スタジオ内の図書として置いておきたいものばかり。
昔見たブロートウェイ・ミュージカルージカルのパンフレットしかり。
このようなものが入っている戸棚を忘れてしまっていたなんて本当に驚き。
本来なら先月末退出の取り決めなのに、昨日日引き続き、忘れ物を取らせて下さった信川ハイツの
対応に感謝。

スタジオは職人さんの数が7人といつになく多い。
早く終わらせるために努力して下さっている。
ペンキを塗り終えたところへ差し入れを持って行ったのだけれど、案の定、洋服につけて帰ってきた。
あー、自分が情けない。
せっかくきれいに塗って下さった方に申しわけない。
でも自分の事務所部分の壁だから、お稽古場部分でないのでなにも言わなかった。
家具を置いてしまえばわからなくなるのだから。

四ツ谷出張所で新宿区坂町へ住所変更。
新宿警察で免許証の住所書き変え。
新宿1郵便局で郵便物転送の手続き。これは移転前にやっておけばよかった。
今、インターネットは坂町のロフトでやっていて、電話はスタジオにあるから、そこが不便。
早くインターネットがつかないと。これだからヤフーはあてにならない。
10本契約していたヤフーを1本に減らし後は解約かOCNに変更して、最期の1本が会社用とは、本当に
間違った選択。
ヤフーはどんどん契約者数を減らしていることだろう。
ともかく不便で遅くて、要領が悪いからOCNに負けるのだ。

「大体3.11以降もう慣れてしまって、自然の雨と気象兵器による雨と、
感覚的に区?がつくようになってしまいました。風の吹き方、雨の降り方が全然違います
感覚を研ぎ澄ませて下さった裏社会の皆様、ありがとうございます」
なんていうスレがあり、ああそうか、他の人も人工雨はすぐにわかるのだなと思いました。
日本人がみんな楽しみにしているゴールデンウィークを大雨で台無しにしてやろうというハザ金たちの
目論見はミエミエなのですが、こちらは困るどころか、豊かな水資源を確保できお礼が言いたいくらい。
お蔭で貯水槽にたくさん水が溜まり、関東地方は水不足になることはない。
ありがとうと言ったら、あの人たち歯ぎしりするだろう。
やることなすこと、あの人たちの思惑と異なり、かえって相手を利することになるように神様がよくして
下さっていることを知らないのだろうか。
 平成24年5月1日 火曜日

朝の5時頃、二回に分けて、一度に2匹づつ容器に入れて猫ちゃんたちを運ぶ。
そして、最期にパソコン。
すでに朝の8時になっていた。一度車を返却して2時間だけ眠る。
原付バイクで積み残しの物を取りに行こうとしたら、なんと、畳と、それと同じ大きさの鏡や植物などが
まだ残っていたことに気づいた。
おやおや。そこで、再度ニッポンレンタカーを借りて、それらを積み込む。
その時たまたまクリストバルが来てくれて、一緒に矢来まで荷物を運んでくれた。
鍵を引き渡したのち、まだ戸棚にたくさん物が入っていることを信川ハイツが発見し、明日の朝、
再度取りに来てもいいことにしてくれた。
本来なら大家は残留物として廃棄することだってできるのに。
ありがたいこと。
平成24年4月30日 月曜日
 
朝の8時にレンタカーの軽トラを借りていよんちゃんに手伝ってもらいながら運ぶ。
城北台マンションの1室を一時期倉庫代わりにして、スタジオ完成までの間、荷物を置く。
途中でイエティも来てくれて本当に助かった。
布団が30枚くらいある一番下にあるベッドの部品を宝探しのように見つけてよく組み立てたものだ。
感謝感激。
二人が帰った後、あかりさんに真夜中まで手伝ってもらい、その後は一人で運び続ける。
平成24年4月29日 日曜日

少し寝て起きてまた荷造りをする。
汚い濁った水から美しい蓮の花が咲く。
これを言い聞かせながらひたすら荷造り。
考えてみると、余計なものを捨てる良い機会。
ローマ帝国がローマからコンスタンチノープルへ引越した時、引越しはどれほど大変だったのだろうと
思いを巡らしたりしているから、なかなか仕事が運ばない。
羊皮紙やパピルスに記した書類などを大量に運んだのだろうか。
奴隷や馬やロバを使ったのだろうけれど、けっこう置いて行ったものも多かったのではないか。
 
 平成24年4月28日 土曜日

朝の8時にオーストラリアのダニーとメキシコのクリストバルに手伝ってもらい、引越し開始。
信川ハイツ204,207,301号室のものがどんどん積み込まれる。
まず洋服タンスなど大きなもの。
ダイニング・テーブルは置いて行くし、ベッドは先週運んでしまったから、考えていたより楽。
もう、生活にダイニング・テーブルはいらない。
狭くなるだけだし、床の掃除が大変だから。
途中で人を帰すも、結局私はその後も一人で朝の6時まで運転して運んでいた。
身体は疲れを感じないのは、アドナリンが出ているせいだと思う。
矢来のマンションで非現実的な生活。

結局、うしろの扉がきちんと閉まっていなくて、私の洋服の大半が失われてしまった。
それには白いミンクと、パープルのミンクと、ほとんどのタイシルクのオーダーメイドの洋服が含まれる。
私は日頃絹しか着ないから、したがって何も着るものがない。
 平成24年4月27日 金曜日

いよんちゃんに手伝ってもらって箱詰めをするけれど、入れても入れてもまだ全然減らない。
私はこういうことがとても不得意。
次にやることだけが大切だから、今までやったことの後始末ができない。
「後始末は全部お父様がやりますから、むっちゃんは、どうぞ、自由に好きなことをどんどんやりなさい」
と言われて育つとこうなるのだろう。
亘さん、あなたの教育方針すごく好きだったけれど、こんな変な人になってしまった。
平成24年4月26日 木曜日

外国人が外国で日本の伝統文化を広めてくれている。
合気道の海外波及には目を見張るものがある。
自費で来日しては稽古を積み、本国へ帰ってそれを指導する。
ドイツ、フランスはもちろん、リトアニアでさえ、合気道指導で生計を立てている人がいるとは驚きだ。
かつて日本政府は海外領土の国民に日本語と日本文化を強制したが、政府のやることはことごとく
反発を食らっても、外国人が日本文化に魅了され、自主的にそれを自国で広めることでこそ、日本の
文化が海外進出をする一番大きな力になることを時の政府は理解しなかった。
日本政府から勲章をもらってもおかしくないほど日本の文化を普及させてくれている人々がいることを
本当に嬉しく思う。
武道が素晴らしいのは、同時に礼儀作法を指導すること。
その点ボクシングやレスリングなどの格闘技は野蛮。
その中心に神がない格闘技は単なる残虐行為。
さて、ペルー人の合気道家が、以前日本の業界で踊っていたダンサー、カルロス・バイロンの名前を
国のテレビでよく見かけると言っていた。
国立バレエ団の人だったから、きっと成功しているのだろうとなつかしく思う。
こんなふうにも付け加えている:
「多くのペルー人が外国で踊りを教えながら生活していると聞いている。僕の合気道の先生も、
デンマークでサルサを教えているけれどね。だけど、先生はオカマじゃない、マッチョだよ、JAJAJAJA 」
平成24年4月25日 水曜日

朝の5時に寝たのに、7時に起きた。
やることが多いから寝ていられないのだろう。
その間に
人工地震があった。
横揺れが長く、不自然だから、人工地震だとすぐわかる。
日本がすぐにTPPに入らなかったから、ハザ金が怒って脅しをかけているのだろう。
よその国に人工地震をしかけた人の国に、自然の地震が起きますように!
ルイジのことを知りたい人の頁をルイジ関連のサイトにつくった。
これまでの情報を入れないといけないのだけれど、今は引越しで忙しいから何もできない。

わーい!
バンザーイ!
ハマ先生からお電話がかかってきた。信じられない。
現在日本にいらしているとのこと。
90歳のおにいさんをお見舞いに日本滞在。
伝説のハマ先生にまさかお目にかかれることがあるなど、到底考えていなかったから、本当に嬉しい。
きっとルイジ関連サイトを充実させようとしてタップおじさんコラムページをつくったことを踊りの神様が
喜んで下さっているとしか思えない。
嬉しいからハマ先生ファンサイトもつくってしまった。
平成24年4月24日 火曜日

スタジオの工事の1日目。
 缶ジュースを30缶ほど現場のみなさんに届けた。
木の香りが心地よい。
クッション性のある木製の床材に感動。
23歳の時にお稽古場をしたいと思った時からいつもスタジオが欲しいと思っていた。
様々なところを借り歩いた。
多くの失敗もあった。
スタジオ遍歴記を述べれば、それだけで本になってしまう。
新宿2丁目のおかま街に自分のスタジオを持ったことも数年間だけあったが後はレンタルスタジオだった。
今回初めてスタジオを呼べるところを持つことになる。
2丁目の地下スタジオと違い、4方に窓がある。
持とうとして持つに至ったのではない。
追い出されたから持つようになっただけ。
川の流れのように、流れに身を任せていると自然にできることもあるようだ。
自分が踊らない時間は市ヶ谷防衛庁前スタジオとして他の方にお使いいただこうと思う。
平成24年4月23日 月曜日

朝まだ早いうちから神楽坂へ行き、積み残した小さいものを原付バイクに乗せて、3,4回弁天町の
城北台マンションまで運ぶ。
シタールやアラブ太鼓、タブラーなどの楽器類は、あとで使うことがあるだろうから、持って来てた。
シタールはここのところ長らく聞いていない。
以前は私のためにシタールのプライベート・コンサートをしてくれる人の弾くシタールの音をBGMに
暮らしていたことを考えると、ここまでシタール離れをしたのはその時の反動。
21日に車を借りて大きなものを運んだのに、障子を取り外す業者が来たのが昨日だから、運べなかった。
自分が取り付けた障子だから、引越す時も持って行くに限る。
置いて行ったら放棄と見なされ、破棄されても文句は言えないから、隣人に頼んで明日まで置かせてもらう。
快く引き受けてもらって嬉しい。
かくして、無事物件は引き渡し、6年に渡る神楽坂戸建生活は滞りなく(?)終了。
もう古い家は嫌。四ツ谷の家は明治家屋だから本当に古かったけれど、あれは自分のところだからまだ
我慢ができても、借りた家が古かったらもう我慢のしようがない。
部屋のたくさんある家もだめ。
埃と共に悪い気が充満する。
だから1部屋か多くても2部屋がベスト。
20年毎に新たに場所を移す伊勢神宮が常に新鮮でいられるのは新しいから。
ただ新しいのではだめで、古くて新しければ尚よい。
明日からいよいよ工事に入る。
 
平成24年4月22日 日曜日

ツバメがいなくなった。
というのも、先日ツバメに言い聞かせたのだ、もうここの建物で卵をかえさないようにと。
私がいなくなったら、誰もツバメの子育てを応援しないから、雛が死んでしまうだろうから、別の場所に
巣をつくるように説明した。
ツバメは頭がいいからすぐに理解した。
ツバメがいる間、私がツバメ係になり、この建物にいるX国人とあらゆる暴挙に対して闘ってきた。
この人たちは、大人も子供も一様に非常識極まり、自然保護や自然理解に対しての意識が極端に
低いため、ツバメに対しての愛情がないから、ツバメを不快にさせることを平気で行う。
どれだけ私はこの人たちと闘いを展開しなくてはならなかったことか。
誰がこの嫌われ者の役目を引き受けてくれるというのか。
X国人に面と向かって、「ツバメのためです、それをやめなさい」とことごとく注意してまわるきとくな人が
いるとは思えない。
愛情があれば強くなれるのに、みんなX国人の暴挙を見て見ぬふりをして、陰で眉をしかめるだけ。
そんな弱いことではツバメは育てられない。
毎年ここへ来てくれて、卵を孵し、雛を育て、巣立ちさせる。
その自然の営みを見せてくれたツバメたちにだけれど、この建物には常識のない人々が多すぎる。
私がいなくなったら、ツバメは雛を孵せない。
先日も、車の扉を開けっ放しでなにかしているX国人がいて、鍵をつけたまま扉を開けるとうるさいので
注意すると、「大丈夫だ」と言っている。
なにが大丈夫だ、その音がツバメの安眠を妨げるではないか。
ツバメは耳がいいから、人間が感じるのの何百倍もの不快感を感じるはずだから、早速やめさせたが、
理解できたのだかどうだか。
あの人たちはみんな日本語がわかるふりをしているだけで、本当のところはわかっていない。
今夜もツバメの巣の真下で煙草を吸っているX国人がいたので、「煙がまっすぐ巣に上がって行くような
ことをするからおかげでツバメが寄り付かなくなった」と言ったら、
「ツバメがいなくなったのは放射能のせい。政府に文句を言え」と言われた。
どうして一言、「すみません、以降気をつけます」と言えないのだろう、この人たちは。
ツバメはきっと、安全な場所を見つけたはず。
私とツバメは心が通じているから、テレパシーで連絡を取り合っている。
 
平成24年4月21日 土曜日

朝8時から夜中の1時まで運転をしていた。
こんなことは自分の人生ではじめて。
距離はたいしたことない。曙橋から神楽坂、そこから四ツ谷、そして再び曙橋で、今度は矢来町といった
近場ばかり。
徳川は本当に牛込一帯を全部要塞化してしまったのだと感じる。
道がお互いにまったく通じていなくて、人の行き来ができなく、ブロックごとにまとまった地域を
形成するように巧みに作られている。
無理に行こうとすると自然に行き止まりになったり、知らず知らずのうちに曲線を描いてぐるっとまわり
外に出されてしまう。
一体どのような人が江戸の街の無数の小路を作ったのだろう。
自然発生的ではない。実によく(為政者側から見て)つくられている。 

クリストバルを8時で解放した後は、自分一人でこつこつと荷物を運んだ。
安い家具や、鉄のパイプがついているような物は、惜しげもなく置いていかれる。
ダイニングテーブルはどうしようかと思ったけれど、もうそういうものはいらない。
邪魔なだけ。家具は煩雑になるだけ。
江戸時代くらいシンプルでいいのだと思う。
だからちゃぶ台という発想はすごい。
 平成24年4月20日 金曜日 

明日の引越し第一弾に備えてクリストバルにバルコニーのゴムの処理をしてもらう。
かわいそうに。昨年の夏にあれほど生命力をみなぎらせていたのに。
根を切ったからこんなことになった。
思いきり根を張らせてあげたい。
命を繋げる、植物でも動物でも人間でも。
この世にこれ以上大切なことはあるのだろうか。
枝や幹を切っても根さえ無事ならまた再生する。
28日の引越しまで持つだろうか。
 平成24年4月19日 木曜日 

お昼ご飯はガブリエルたちと神楽坂の別邸鳥茶屋で。
ここは、アメリカ人に紹介してもらって以来、ここ6年間で何度来たことか。
フランス、スイス、オーストリア、タイ、思い出せないくらいいろいろな人を連れて来た。
みんな喜んでくれた。
お昼のメニューは実に良心的。

さて、夕方敷き布団2枚と、掛け布団とまくら1個を一度に原付バイクで神楽坂から矢来町へ運んだ。
日本広と言えども、これをした人は私以外にはいないだろう。
街行く人が笑っている声が聞こえたが、ぜんぜん恥ずかしくなかった。
ちゃんと洋服も着て、免許も携帯してきれいなピンクのバイクに乗っているのだから、
恥ずかしいことなんてひとつもない。
平成24年4月18日 水曜日 

市ヶ谷防衛庁前貸スタジオのHPをつくった。  
平成24年4月15日 日曜日  

鍾乳洞へ行った。
女王、田中ゆきさんは健在。
ものすごくたくさん元気をいただいた。
メンバーはスイス、メキシコ、オーストラリアで、すごくおもしろい人たち。
それとタイだけど、これはだめ。
あきる野の小学校が廃校になってしまったとは。
東京都の過疎化がひどい。
田舎でも都心でも。
平成24年4月13日 金曜日 

久しぶりに東京乗馬倶楽部の坂道を自転車で勢いよく下って行った。
銀杏の木の生命力はすごい。
人間のかぶせた邪魔臭いアスファルトなんか剥がしてもいいから、元気に育て!
私は銀杏の成長に期待している。
銀杏がかわいそうだから、年増女郎の化粧みたいに、何重もアスファルトの上塗りするな。
私はいつだって自然の味方。

渋谷区の社会福祉協議会で成年後見についての指導を受ける。
そうしないと母は、カルト宗教の人から新しい保険に誘われたり、お布施を請求されたりして、どんどん
被害者になっていくだろう。
ただし、面倒な事務処理が多いから専門家に任せないと私は自分の仕事に没頭できない。

広末ビルのオーナーに偶然出会った。ご挨拶できてよかった。
夜中の2時に寝たのに、朝6時に起きたから眠い。
今日は早く休もう。
平成24年4月12日 木曜日  

朝の10時半に羽田に着くと思ったガブリエルの飛行機が夜の10時半だと判明したのは午後になってから。
ここに着いたのが結局真夜中過ぎてしまった。
それにしても弟の寿司マンと顔が同じ。
世界の海を熱帯魚が集まる美しい海にするためにサンゴ礁を養殖する会社をしていて、相当頭が良く、
地球への愛で心が燃えている。
 平成24年4月11日 水曜日 

先日榎の庭に植えた人参の葉がしっかり立っている。
よかった。
2つ植えて、直射日光のかからない方は葉が上を向いていたのに、陽を浴びる方の側のはしんなりしていた。
雨が根に活力を与えた。
人間のおかあさんからもらう水道の水より、地球を管理する神様からいただく雨の方がおいしいのだろう。
207号室のベランダの枯れた植木鉢の土など集めて榎木へ運ぶ。
突風のため、プラスチックのバケツが風にあおられて飛びそうになる。
『エポールマン』かなりうしろの方までやろうとした。
この調子でいけばあと1,2回で最後までいかれる。
 平成24年4月10日 火曜日 

ここのところ毎日のように本塩町へ行く。
なにかとやることがある。
隣の家は庭をきれいにつくっている。
その方曰く、本塩町14番地のお宅は「とても味わい深いお家でしたね」。
あからさまにボロ家と言わないところが奥ゆかしい。
いつもお庭のお世話をしていたご主人が「今度、引越すからお好きな植物をなんでも差し上げます。
どうぞ、お持ち下さい」と言っていたとのこと。
そうやって明おじさんは、ご近所の方に植物を差し上げていたのだ。
私もサンゴジュの実生でもいただけばよかった。
そうしたらそれを四ツ谷の記念に鉢植えしたのに。
本塩町は丸子一家を知っている人が多く住んでいるからほっとする。
坂町の元お肉屋さんで現在お弁当屋さんのご主人は、本塩町14番地に住んでいた
「おじいさんを知っている」と言っていた。
そういう会話をしながらお買い物をするのは本当に嬉しい。
本塩町の家のコンクリート部分を隠すのに、今度すのこを持って行こう。
多分6枚くらいかな、もっとかな。コンクリートむき出しよりずっといい。
鉢植えを飾るのは5月に入ってからしかできない。
  平成24年4月6日 月曜日

『エポールマン』を最後まで伝えないと。
最後まで踊る体力が持たないくらい長い。
途中の相手方のソロ部分を待っていたとしてもまだ長い。
どんなに長いと思った踊りでも、最期までやってしまうと、なんだ、結構短いじゃないと感じられるようになる。
『マジック・バード』がいい例。
この踊りを知らない人はなんて長い踊りなのだろうと思うだろうけれど、踊れるようになると、短い構成だ
ということに気づく。
『愛でブラジル』しかり。
わかるまでの道のりは遠い。
だから、早くわからないと、それがずっと遠いままで終わってしまう。
結局シロウトさんというのは、対象が遠いままだから、距離を縮められない。
それができるのは自分の稽古しかないのに、誰かが距離を縮めてくれるかのように勘違いしている。
  平成24年4月6日 日曜日

復活祭おめでとうございます。
食事の写真撮ったのにまだアップしていない。
  平成24年4月6日 土曜日

お稽古の時、ダニーさんがニュージーランドの原住民が闘いに挑む時の踊りをやってくれた。
すごい迫力でおもしろい。
これを群舞でやったら、本当に見ごたえがある。
千鳥ヶ淵へお花見に。
通路の所に敷物を敷いて宴会させないように、アヤメが植えられていた。
あれ、それっていつやったのだろう。
ここ数年来ていなかったから気がつかなかった。
酔った客が、皇居のお堀にカップ大関でも空けたり、食べ残しのおでんを白鳥さんの餌になんて
あげたりしたら、大事だ。
多分そのようなことがすでに何件も起きたから、そのような措置を取ったのだと思う。
  平成24年4月6日 金曜日

ツバメさんがちゃんと育つように気配りをしないといけない。
神様から鳥や植物の世話を任されているから、この季節忙しい。
今朝も、ツバメの巣の真下で携帯電話に向かって大声で喋っている外国人女性を発見。
さっそく、通話を中断していただき、説明する。
英語も日本語もわからないようで、「日本語わかりません」という日本語しか理解しないようだ。
片言英語でネパールから来たと言った。
どうやってこんなに
 平成24年4月5日 木曜日

4日ほど前からツバメさんが戻って来ている。
本当によく遠い東シナ海くんだりから飛んで来てくれた。
私のことが好きだから来てくれたのだ。
ここは本当に心地よい場所だと思っていてくれるその気持ちが嬉しい。
夜になるとちゃんと巣の中で寝ている。
毎晩、言葉を交わしている。
あのツバメさんと再び出会えるとは本当に嬉しい。
この子たちのために私は毎年巣立つまでの間、どれだけ闘ったことだろう。
私はこの家にあと3週間しかいない。
だから今年はこの子たちの巣立ちを見届けられない。
この子たちは私が引越すことを知らないのだろう。
得意げに羽ばたいたり、それを褒めてもらったりして喜んだり、最期に巣立った時に思い切り泣いてくれる
人間がいないなんて、かわいそう。
本当は巣立ちの日までここにいて、励ましながら手を振ってお別れをしたかったのに。
ここのビルは本当に危険がいっぱいある。
一部の住民(というより、どんどんその割合が増えているのだが)があまりに自然に対する愛情がない。
ツバメが巣を造っているところで、平気でボール遊びなどするだろうか。
それを止めない、叱らない親というのは、本国でどういう教育を受けてきたのか。
X国人は、注意しても謝らないし、また翌日同じことをする。
そんな人が多く住むこのビルで、ツバメたちははたして子育てを無事終えられるのだろうか。
ツバメさんのことを考えると気が気ではない。
ここには多くの鳥が来てくれる。
ツバメ、すずめ、メジロそして、昨日など、みほちゃんのお稽古の時に、大きな身体のオナガドリまで
来てくれて、可愛い姿を惜しげもなく見せてくれた。
オナガドリは、すこしアナスタシアに似ている。
もしもアナスタシアが鳥になったら、オナガドリなのだろうと思う。
もっちり、むっちりしているのは鳥でも猫でも本当にかわいらしい。
 平成24年4月4日 水曜日

表紙こんなのをリンクさせた。
東北が大嵐だという。
これは気象変動器械を使っている人がいるからだと思う。
アメリカで起こっている激しい竜巻も多分ハープ。
ハリケーンカトリーナを起こして自国人(といっても黒人層)をたくさん殺したのだから、貧しい人が住む地帯に
竜巻を起こしたり、まして日本の東北に嵐を起こすくらいわけないのだろう。
思うに、先日の地震を起こす際に、核爆弾をあまりに使用しすぎてしまったから、日本国内、特に東北の
放射能濃度が異様に高くて怪しまれるのが嫌だから、嵐を起こして、放射能濃度を低くしようとしたのでは
ないかと私は想像する。
内陸部から吹いているということは、放射能を海へ吹き出してしまいたいのだろう。

ところで今日は坂町のスタジオへ行き、内装会社の人といろいろ話し合った。
まだスタジオという実感がないけれど、そのうち天井をここと同じにピンクにしてなどいろいろやりたい。
それにしても、どうしてあそこまでレトロに内装ができるのだろうか。
まるで昭和30年頃の感じ。
電気温水器を内蔵した、混合水栓の蛇口というのを始めて見た。
ガスなしでそんなことができるのだ。
だけど、以前印刷屋さんだったということだけれど、どうやってお茶を沸かしていたのだろう。
排水管の入っている扉を開けたら、黄泉の国へ通じているのではないかと思えるほど、ものすごく
グロテスクな水道の太い昔のパイプがあったので、思わずびっくり。
古い地域だからこういうピルがまだあるのだろう。
このビルの2階なんか和式便所。
ひさびさにそういうのを見た。
以前エパタ教会で見て以来。 
 平成24年4月3日 火曜日

Yahoo BBを解約しようとしたら、なんだかんだつべこべ言って全然解約させてくれない。
前など一本解約したら、解約を頼んだ方の回線ではなく、全然別の継続して使っている会社の回線を
切ったものだから、1か月間仕事がはかどらず苦労した。
しかも、移転しても1カ月かかる。
OCNなら3日でやってくれる。
Yahooはプロバイダーとしてどんどん下り坂なのではないだろうか。
OCNならまとめて会社に送ってくれるモデムもYahooだと設置場所の住所限定の一点張りだから、
受け取りにすごく不便で、郵便物もしかりだから、その不便さが災いしてどんどん他へ乗り換える人が
多いのではないだろうか。

 坂町の足袋屋さんの前の印刷屋さんだったところが空いていたのは本当に運がいい。
本塩町の細かい部分を歩けば歩くほどここが忍者屋敷の砦だったことを実感。
昨夜坂町の近道を見つけようと、細い路地を何も考えずにどんどん入って行ったら、なにやら怪しい
場所に着いてしまった。
そこは、通りからは決して見えないけれど、広大な敷地で、今は草がぼうぼうと生い茂っている。
どこからもアクセスがなく、周りには道がない。
どうやってそこへたどりつけるかといったら、人の敷地内の通路を道なりに辿って行くと、突如現れる空間。
ここはもしかして、忍者村の中で、一番隠したい場所だったのかもしれない、子供たちの住居とか、
敵を捕獲しておく監獄とか。
いつからこのように大きな土地が放置されているのだろう。
これだけの敷地面積なら、さぞかし固定資産税は高いだろう。
しかし、公道に1メートルも面していなく、私道にも面していない。
私道に面していないということは、人の敷地の通路とかにわずかに接しているところから、行き来していた
としか思えない。
まさにここは忍者村だったのだろう。
大本営の前の市ヶ谷自衛隊駐屯地の前の、大本営の前は現在の防衛庁はなんだったのだろう。
軍事施設の目の前に忍者村があったということは、なにか関係があったはず。
坂町商店街は忍者村のカムフラージュのための店屋だったのだろう。
 平成24年4月2日 月曜日
 
明治天皇に殺された人々を供養する青峰観音で昨日、教会へ行きがけに撮った写真をアップしないと。
雑事に忙殺されてできない。
先週の日曜日の本番の踊りの写真だってアップしていないというのに。
絞首観音は戦時中に供出させられたというから、大日本帝国時代は恐ろしい時代だ。
明治天皇の一派が繰り広げた暗殺劇の中心が曙橋の台町坂なのだから、これを一度きちんとHPにして
日本人としての責任を果たさなくては。
ところで、孝明天皇と睦人殿下が殺されたため、天皇家がトラさんにより、新たにスタートしたように
世間では思われているけれど、もっとすごく早いうちに、天皇家が乗っ取られているということを
三種の神器の勾玉を手にした「小野寺天皇様」がおっしゃっているのだから、興味深い。
写真を見ると、実に良い顔をしている。
このニュースを提供してくれたのは、カナダ人のダスティン。
フルフォードが提供したネタのようだ。
そうか、雅子様の婚約者はイラクで殺されたあの大使館員だったのか。

さあ、これから本塩町へ出発。
あそこへ行くのは、ぜんぜん仕事とか辛いとか思わないから不思議。
あの一帯には不思議な力が満ちている。
私は敏感だからそれを感じる。
しかも、強いエネルギーを発しているのは、本塩町18番地の前の敷地あたりからなのだ。
あそこらへんが絶対に忍者屋敷の本丸だったはず。
私は負のエネルギーも敏感にわかるから、新宿7丁目あたりのすさんだ商店街(のようなところ、または、
だったところ)のようなマイナスの暗い気がたちこめているところもすぐにわかる。
本塩町を忍者屋敷に選んだのは正しかった。
江戸時代はそのようなインスピレーションが強い人が将軍の側にいて、ロケーションを決定する時など
常に指示していたのだろう。
 平成24年4月1日 日曜日

久しぶりに教会へ行った。
サタンのところを読んでいて、あれを知っていないと『ファウスト』でメフィストが出て来てもわからないわけで
聖書をとことん読んでから出ないと西洋文学などやっても仕方ない。
私は高校生の時に教会へ通っていればよかった。
週に1回玉川学園でやっていた礼拝は、教科ではないから特に重要でないと思い、ほとんど出席して
いなかった。
大学に入ってからも、礼拝は時間の無駄な気がして、礼拝が終わってからの授業だけ出席していたから、
いくらドイツ文学を読んでも結局わからなかったのではないかと思う。
聖書は文学を始める前に読むもの。
だから北欧神話やギリシア神話に小学生の頃から親しんでいたのは本当によかった。
それらの知識がなかったらヨーロッパ文化など理解できないのだから。
昨日からお泊りでお稽古した子が見違えるほど成長したようでよかった。
ほんの一晩でもこれだけ変化するのだから、それだけしかしない集中合宿とはすごいもの。
リトアニア人5名が来たけれど、英語がわかる人が一人しかいない。
ソ連の教育を受けた人は本当に気の毒だ。
ところでエクアドル人のホセのおとうさんは、音楽教育に貢献した業績で、エクアドル政府から
勲章をもらったとのこと。
弁護士でしかも音楽家などということは可能なのだろうか。
私の弁護士の先生は多忙を極めていて、音楽家を同時にやるなどという時間的余裕は一切ないだろう。
エクアドルだとそれが可能なのか。
平成24年3月31日 土曜日 

 平成24年3月30日 金曜日

平成24年3月29日 木曜日 

朝歯医者で先日のところを詰めてもらい、これで歯は完璧。
イタリア人3名に3台自転車を買う。
みかん色、紺、金で、前回一昨年だか、やはりイタリア人にショッキングピンクと黄色の自転車を買った。
自転車はサビがつきはじめたら、やすりで磨いたりしないで、そういう面倒なことはやらず、誰かに譲って
自分は新しいきれいなものを手にした方がいい。
江戸時代のお殿様は、自分が手をつけたのを家来に回し、家来はそれをありがたく頂戴し、お殿様は
新しいピカピカのを手に入れたのだろうから、私の自転車と同じこと。
これで自転車が13色になった。
あと必要なのは緑と水色。
現在は、紫、ローズ、黄色、金、ベージュ、紺、灰、黒、白、赤。
もしかしたら、足袋屋さんの向かいで踊ることになるかもしれない。
あそこに印刷屋さんがあったとは知らなかった。
当然坂町商店街(そんな言葉があったのだろうか)は江戸時代栄えていたのだろう。
栄えているふりをしていないと、本塩町の忍者要塞が目立ってしまうから、カムフラージュのために、
あの道一本は商業通りにしていたのだと思う。
牛込は道が互いにつながっていなく、一体がすべて要塞だった。
江戸に都をつくろうとした人は実に頭がいい。
平成24年3月28日 水曜日 

1923年に生まれたキッシンジャーがまだ生きているなんて。
ロック爺にいたっては、1915年生まれだから、なんとも怪しい。
だって今年2012年。あと3年で1世紀。
ほぼお化け状態。
一体何を食べているのか。
胎児か幼児か、はたまた秘密の食品か。
ベンジャミン・フルフォードが封印された技術について書いていて、実におもしろい。
平成24年3月27日 火曜日 

ここのところ不動産を15軒くらい見た。
父兄の紹介の業者におんぶに抱っこで、全部お任せしてある。
今までは、その物件ごとに違う不動産会社を自分が直接連絡して内見したり、契約したりしていたから、
後になっていろいろ無理が出てきてしまう。
だから、全部お任せというのは精神的にとても楽。
どれほど手を入れても、これではだめだなという物件もあるし、こんな場所にあったら手を入れる以前の問題
というのもある。
いいのは、イヤシロ地に建つちゃんとしたプロの物件。
上級サムライが暮らした場所は江戸でも限られていて、そこは本当にイヤシロ地で、気持ちが晴れて、ますます
気分が良くなるような場所。
加賀町や、百騎町や、箪笥町、細工町、名前を聞くだけでうきうきする。
赤城下町だって悪くない。
赤城神社も新築したことだし。でもどうして、赤城元町と赤城下町との間に矢来町が入っているのだろう。
矢が来る町というのは、どういうことだったのだろう。
河原乞食や遊芸民やサンカがいたのは、川のほどりで、だから、神田川一体は汚らしく、馬のお世話をした
そういう場所だから、馬関係の人々が住んでいたり、ずっと今に至るまでケガレ地のまま来てしまったのだ。
いくら有名な大学を建てようが、やはり、江戸の中心地から外れてしまったから、だめなのだ。
イヤシロ地、ケガレ地をはっきり意識するようになってからというもの、早稲田鶴巻あたりに足を踏み入れる
こともできなくなってしまった。
縄文人は、土地がたくさんあったから、いつも素敵なイヤシロ地に住んでいて、ケガレ地など、忌み嫌い
足を踏み入れなかったのだろう。
今の世の中は、ケガレ地に対する感覚が麻痺しているから、平気で踏み入れられるのだろう。
平成24年3月26日 月曜日

実は今の私は楽しく踊っているような時ではない。
数年前のリーマンショックの時にもそういうことがあった。
自分のマンションが消えてなくなるかもしれないというその時に、箱根で外国人のダンスショーをやっていた。
温泉にも入って、とても楽しかった。
一番大変な時になぜか踊りの本番があるから、本当ならパニックになってしまうところ、踊りで和まされて
いるから、まあいい気なもの。
平成24年3月25日 日曜日

四ツ谷区民センターでルイジ(『マジック・バード』、『サマー42』、『サテン・ドール』、『エポールマン』)と
フレンチ・カンカン、和風メドレー(『川の流れのように』、『南京玉すだれ』、『下駄タップ上の向いて歩こう』)、
それにフラメンコをやった。
1日にやるには、しかも朝の11時から踊るにはいささか密度の濃いプログラム編成。
ナタリアがコスタリカから帰って来て、その娘がソロでも踊るのかと高をくくっていたら、 結局自分が
『サマー42』と『エポールマン』をソロでするはめになってしまった。
しかも『エポールマン』は1983年以来一度もやっていない。
おやおや、こんなことになるとは。
でも、良い機会だった。 
平成24年3月20日 水曜日

昨夜から母の家へ泊ったら、今朝も聖教新聞が来ていてぞっとした。
ったくもう。
まだ、つながっている。
「お金を払っているの」と聞くと、
「頼まないのに送って来る」とのこと。
朝鮮人ソンテチャクなる人物が名誉会長をやっているあの教団の新聞は、猫の砂などのゴミを捨てる時に使うために
とりあえず、持って帰った。
創価学会の人が近所にいるようで、幡ヶ谷に住む元教員というところまで判明。
先週も母の所へ来たとのこと。
来るなと言いたい。
どこの誰なのか聞いても、母は教えてくれない。
判明したら、私が直談判をしたい。
統一教会では、「病気が治る薬」を飲まされていたようだ。
「お薬飲みましょう」と言って、西日暮里の統一教会の洗脳アジトで食事の時に母に飲ましたあの薬は
人間を痴呆にする薬だ。
その時から母は、ボケがひどくなった。
その薬を飲むまでは、公演や演奏会に出かけていた。
統一と創価は組織が同じ朝鮮半島系だから、さもありなん。
どうして、そのような人たちと関わるのかまったくもって不明だが、やはり、新宿西口で声をかけてきたという中年女の
工作員が悪い。
相当洗脳に訪れているようだ。
どうにかして「幡ヶ谷に住む監視役の中年女」の手を逃れる方法はないのか。 
 平成24年3月14日 水曜日

花粉症にならなくなった。
鼻の上を柔道治療院でマッサージしてもらうと、鼻が出ない。
お風呂に入り、竹酢のお風呂に長く浸かり、髪も洗うと、全身から花粉がとれるので、症状が出ない。
部屋にも竹酢に浸した竹炭を何カ所か置いてあるから、これで万全。
製薬会社を儲けさせないと思うだけで嬉しい。

ところであの人たち、再度人工地震を起こそうとしたけれど、今回は失敗したみたい。
津波警報も解除されたし。
東京に震度3くらいのわざとらしい人工地震が来たけれど、今ではみんな、人工地震だとわかっているし、
誰がなぜ起しているのかも知っているから、おやおやという感じで冷めている。
あの人たちが一気に消えたら地球は平和なところになるだろう。 
平成24年3月13日 火曜日 

あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、雑用だらけ。
緑の絨毯が神楽坂にあったとは。さっそく南元町に持って行く。
本当は、207の玄関のペルシャを坂町に持って行きたいところ。
浮世絵のれんが届いたらそうしよう。
なにしろ浮世絵のれんを20種類まとめて買ってしまった。
写楽、ビードロ、富嶽36景、波裏、鳥文斎、助六、白波、赤富士、いろいろあっておもしろい。
これの中で一番いいのを玄関にして、あとは、数か所で壁にかける。
それにしても、なぜ同じシリーズで3倍も価格が違うのだろう。
浅草へ行って買えばいいのだけれど、時間がないからネットで手に入れる。
自分の一生の中でこんなにたくさん浮世絵のれんを買ったのは初めて。
先月すでに12枚買っている。
 平成24年3月12日 月曜日

『花嫁の父』市川昆監督
渥美清がやった『花嫁の父』はいこじな父親だったけれど、こちらは、大人。
市川監督作品は当たり外れがないから、安心して見ていられる。 
 平成24年3月11日 日曜日

朝5時半に起きて、ベンジャミン・フルフォードの『イルミナティだけが知っている』を読む。
教会へ行く前に読むには最適な場所。 
 平成24年3月10日 土曜日

ハザ金資本の海外ニュースメディアが「日本の津波被害から1年目のアニヴァーサリー」と言っているのは
正しくない。
本来は「メモリアル」と言うべきなのではないか。
しかし、人工地震や津波を起こした側の人が伝えるニュースだから、「人工地震起こしたぞ、大成功だ」
という思いがあるものだから、つい、嬉しくてアニバーサリーと言ってしまうのだろう。
人が亡くなった場合はメモリアルなのだ。
ハザ金に雇われた馬鹿アナウンサーは、まるで戴冠何年記念とか、金婚式銀婚式といった楽しい
感じでにこやかに言っていたのが気に入らない。
文句のコメントをBBCに出しておこう。

ところで、叔父の7回忌(こちらは本当のメモリアル)に築地本願寺へ行く。
今は仮本堂なのだけれど、まあ、なんとも金ぴかなこと。
仏教が最初に日本に入って来た時に、地味な自然色の古代神道を見慣れた目に、キンキラ豪華な
仏教は非常に美しく魅力的に映ったに違いない。
日々の日常とかけ離れた、絢爛豪華な世界に圧倒されたことだろう。
まるでバチカンが信者を騙しているのと同じやり方だけれど、そうやって仏教は派手好きの上流階級を
中心にだんだん浸透していったのだろう。
仏教を水際で止めておけば、その後のほとんどの戦は避けられたかもしれない。
日本の歴史で仏教が必要だったことなど、一度としてあったのだろうか。
平成24年3月9日 金曜日

柏葉洋子先生のインタビューを読んだ。
被災地作家がアメリカで開催された児童文学イベントに参加するのは意義深い。
「米軍が太平洋の海底で核爆破を起し、地震を誘発して津波を起こし、
その放射能を隠すための福島原発爆破で、日本中が困っている」
とおっしゃって下さったらもっとよかった。
そのことが、日本人が世界に向けて言いたい一番のメッセージだから。 
大活躍の葉子先生と比べて、私は雑事に忙殺されてまったく書く時間がない。
夜やっといろいろ終わってやりはじめようとすると、急いで返事を出さないといけないメールが何通も
ヨーロッパから届いたりする。
それに返事を出して、ほんの少しリチャード・コシミズのサイトを見ていたり、そこにコメント出したり
すると、おやおや、もうこんな時間というわけで、結局なにもできないまま読書をして寝るわけだけれど
最近ベッドを20センチくらい低くしたから、照明までの距離が遠くなったためか、よく読めなくない。
やはり、以前のようにバルコニーに面した部屋に寝て、朝の自然光のなかで読むようにした方が
いいかも。
バルコニーに面した部屋は寒いので、冬の間は避けて、外に面していない部屋で寝るようにしている。
だから、本塩町の祖父の家の一階が、縁側は玄関とお風呂と廊下だけで、どの部屋も縁側に
面していないように造ってあるのも納得がいく。
明治の木造家屋は本当に寒い。大学3年生から使い始めた当時の私の部屋は、廊下、女中部屋、
裏の別の廊下、昔の叔母の部屋、台所、祖父の寝室に囲まれた、家の中で一番内側にある部屋
だったけれど、今考えれば、あの寒い家の中で私は一番暖かい場所を与えられていたのではないか。
祖母の2階の部屋は三方が窓だったから、どれだけ寒かったことやら。
しかもあの家はこたつとガスストーブしかなかった。
あのような家に住んでいたことが、その後の人生観に非常に役に立った。
修士2年の時に、代々木消防署の隣の、冬でも半袖でアイスクリームを食べられるようなマンションに
引越したが、四ツ谷での極寒生活があったからこそそのありがたみがわかった。
二階にあやしい宗教団体が入居(彼らは自分たち専用の外階段のみを使っていた)していたことは
別として、今考えると、あのマンションはとてもよかったと思う。
お風呂も大きな西洋バスタブで、最近よく見るような小さなユニットバスではなかった。
とてもなつかしい。
いろいろな犠牲を払ってでも、あそこへ私を住まわせる決心をしてくれた父に心から感謝する。

合衆国沈没』(2004年)。合衆国が沈んで、最期に自由の女神が手に持ったたいまつが静かに
大西洋の海に消えて行き、アメリカ人の大半が死に絶えて、かろうじて残った金持ちたちが全世界へ
離散していくといったおもしろい映画かと思ったら、邦題に騙された。
どこも沈まないし、合衆国も消えてなくならない。
なんだ、つまらない映画。B級どころかC級以下。
平成24年3月8日 木曜日

『原爆による人工地震をにおわすB29散布ビラ発見 』
という記事をリチャード・コシミズのサイトに発見。
2011/10/4(火) 午後 8:18対日地震攻撃被害が生じた
「NO.2048(右上。製造番号)
1923年諸君の国に大損害を及ぼした、かの大地震を記憶しているか。
米国はこれに千倍する損害を生ぜしめる地震をつくり得る
かくのごとき地震は、二トン半ないし四トンの包みにして持ってこられる。
これらの包みはいずれも数年間をかけた苦心さんたんの賜物を二、三秒間内に破壊しうるのである。
米国式地震を注目して、この威力が放たれた際に大地の震動を感知せよ。
諸君の家屋は崩壊し、工場は消失し、諸君の家族は死滅するのである。
米国式地震を注目せよ―諸君はそれが発生するときを知るであろう。

当時は人工地震であることを隠していなかったのに、どうして昨年の東北や富士山近辺の人工地震は
ひた隠しにしたのだろう。
当時、平気で人工地震であることを公表していたのなら、昨年だって同じように公表すべきだった。
人工地震だとバレるとまずいことでもあるのだろうか。
月面着陸をしていないことや、ワールド・トレード・センター崩壊がブッシュ一味の内部犯行だと
すでに世界にバレているのと同じくらいに、昨年日本で起こした数々の地震は人工地震だと
わかってしまっているのに、どうして日本人のジャーナリストの中にもいまだに「自然の猛威」だと
わけのわからないことを言っている人がいるのか。
「私は頭が悪いです」または「私はあちら側の人間です」と表明しているようなもの。
大部分は前者で、少数の後者もいるのだろう。大手メディアとか、政治家とか。

ところで、今日も聖教新聞社の横を抜けて来た。
南元町から外苑東通りのイタリアン・アイスクリーム屋ナポリへ行くにはそれが近道。
7時に閉店してしまうから、セルジオと天ぷら食べた後のお口直しにはそれが絶対必要だった。
信者しか通らない道にずらりと並んだカルト教団関係施設に、必ず警備員がへばりついて看視している。
毎日のように毛皮を来た女がピンクのバイクで通り過ぎて行くので、アヤシイと通報されてたりして。
一般人の住民もいるのだろうか。
いても嫌がらせなどされて、退去せざるを得ないようにして、そこの地所を教団が買って教団施設を
建設するのだろうか。
こうやって1軒、また1軒と買い占めていくと、日本の首都の真ん中だって自分たちで占拠できるという
激しい見本。
中華街や職安通り一帯の韓国地域もそうだが、それらは一般人からの収入を当てにしている商業
店舗だから、観光化して一般人の往来が多い。
それに引き替え信濃町のカルト地域は、自分たちだけしか来られないようにしているところが大きな
違い。
多分怖いのだろう、一般人が来たりすると。
日曜日に掲げてあった朝鮮色カルト三色旗が見えなかったけれど、日曜しか掲揚しないのだろうか。
平成24年3月7日 水曜日

クリストバルが東京に住むアイヌのビデオを送ってくれた。
知らなかった、東京にそんなにたくさんのアイヌの人たちがいるなんて。
しかも、多くのアイヌが日本政府により無理やり東京へ連れて来られて洗脳するための学校へ
入れられたなんていう事実を知り、愕然となった。
なんてひどいことをしたのだろう。
伊能忠敬も蝦夷の地で、松前藩がアイヌに対して非人道的な扱いをしていたことを見てきたことが
井上ひさしの『四千万歩の男』に描かれている。
井上ひさしが長生きしていたら、アイヌものの戯曲を書いたことだろう。
アイヌが集められた仮学校跡を見に行ってみたい。
私は断然、縄文東国文化圏の人だから、アイヌの味方で、あの価値観に賛同する。
江戸の将軍の政策も、新日本の政府のアイヌ政策も不平等。
頂点に立つ人がいつも西国天皇文化圏の人だからそうなる。
福島の原発施設がアメリカ軍により破壊され、東北の東海岸が津波の被災地に選ばれたのは、
ひとえに東北がアイヌ縄文文化を持っているからだと思う。
頑張れ、縄文東国文化圏。 
平成24年3月6日 火曜日 

南元町の家の中に鍋釜を運び、少し家らしくなった。
ダニーが手伝ってくれたので感謝する。
メルボルン出身の人なのだけれど、その人によると、メルボルン・オリンピックの時、選手村が
なかったから、選手たちはメルボルン市民の家庭でホームステイをしたとのこと。
ダニーのおじいさんの家には、ソ連の陸上選手が泊まって、金メダルを取ったとのこと。
寝具の世話をしたり、食事を出したり、早く休んでもらうために、家族がテレビを見たりしないで、
そっと選手を見守ったりしていたのだろう。
メルボルンのあとのローマはどうだったのだろうか。
東京オリンピックの時には、参宮橋の代々木公園というか元ワシントン・ハイツの中に、選手村を
作って隔離した。
ローマ大会がどうだったか、誰かに聞いてみたいものだ。
当時はアフリカの大半は独立していなかったし、アジアもたいして出場していなかっただろうから、
有色人種が極端に少ない大会だったのだろう。
今、ホームステイなんてしたら、一体どうなってしまうのだろう。
勝たせたくない選手に毒を入れたり、なにかとんでもない事件が起きそうな気がする。
メルボルン・オリンピックは昔のオリンピックだったのだ。

ところで、公立学校で英語の授業を補佐する外国人教師、地方自治体が一人50万円税金から
支出
しているのに、あの人たちが月額25万円(そこから源泉徴収される)しかもらっていないことは
有名だけれど、さらに経費を安くあげるため、インテラックやシェインという芸者の置屋まがいの
外国人教師派遣会社は、なんと今ではフィリピンとか使って、19万円しか支払っていないとのこと。
どうやって就労ビザを延長するのだろう。
あ、そうか、就労ビザを延長させるより、ビザが切れたら、そこで切って、新しいのをまた来させて、
19万円で使うから、月額31万円の儲けなのか。
これだから、日本の公立学校の生徒の英語力はひどくても当たり前。
寄生虫会社が設けるためだけに英語教育が利用されているから、このシステムを見直す必要が
あるだろう。
航空運賃を支払わなくても、自分で支払ってでも、BLと呼ばれるバックホーム・ルーザーという
人たちが、本国で就職できないから大挙して日本に押し寄せるから、人手不足になることはない。
いつもでいくらでも補充がきくから、「もっとくれ」とか「やり方おかしい」など文句を言う外国人は、
さっさとポイして再契約しないようだ。
日本の子供たちの語学能力の発達を著しく阻止しているこのシステムが障害になっているから、
「ディス・イス・ア・ペン」みたいな馬さん鹿さんがたくさん育つのだが、一度確立してしまった利権が
あるし、そこでおいしい思いをしている人が山といるだろうから、これを壊すのは大変。
一番いいのは、公立に行かなければいいのだけれど、そうもいかないだろうから、ここはなんとか、
フィリピンが19万円で日本の学校で英語を教えて搾取されているという事実、子供が寄生虫会社の
お金儲けのダシに使われている
ということを、みんなが知って、自治体に文句を言う必要がある。
このような税金の使われ方をされているなら、もう、税金は払いたくないとか。
平成24年3月5日 月曜日

雨の中、新宿一丁目のニッポンレンタカーへ。
再び軽トラを借りて、セバスチャンの助けで、テレビ、鏡、籐の食器戸棚、引き出し、木彫りのテープル
などを3軒の家に運ぶ。
前回ベッドや洋服ダンスなど大きい物を運んでおいたので、今回は楽。
タイやフィリピンで集めた大好きな木彫りなど、マリカサロンに所狭しと置かれた楽しいものを
一気に数か所に撒くと、今度はそこがマリカサロンになる。
まるで、ヨーグルト菌を増殖させて別容器に移して、新たにヨーグルトを作るのと同じ。
今度はもうあまり東南アジアで買わないで、日本の伝統的な木製の物を買おう。
木や竹など自然素材が大好きだから、これからもおもしろいものどんどん集めたい。
だからそれらを置く場所に何軒もの家が必要。
父も思い切り木彫りが好きだった。
ネパールやインドの木彫りを見ながら、「これを作った人の工賃を考えると本当に気の毒だ」と
言っていた。
安くてかわいそうなのだけれど、買わなかったらもっとかわいそうなのではないか。
時給計算して高く買ってあげればいいのだ。 
平成24年3月4日 日曜日 

教会の帰りに外濠を通ったら、先週見たカモの子供が心なしか大きくなっている。
数日で育つのだ。早い。
外濠の野球場の近くでは、カモのつがいが何組もじゃれあっている。
それが実にかわいい。
夜の夜中にX国人が、北京ダックをつくる材料確保にこのカモを捕獲に来たらどうしよう。
この子たちは誰が守っているのだろう。
東京都か、新宿区か、千代田区か。
泳いでいるのは思い切り新宿区寄りだ。
区民の税金で餌をやってほしいけれど、外濠の清掃は誰が担当なのか。
X国人にしてみれば、無料で捕獲できる食材が水の上に浮いているとしか思わないだろうから、
この子たちが巣立つまでは、警察が守ってやってほしい。
そして万一、土手を降りて、カモを捕獲しようという輩が現れたら、器物破損の名目で現行犯逮捕。
それにしても、外濠の野球場のところは、埋め立てたために、水が濁り、ヘドロ状態となっている。
あのままでいいのか。
あそこは、引き込み線が、山から持って来た土で埋め立てて、戦後は東京大空襲で爆破された家の
瓦礫をそこへ捨てたと叔父から聞いている。
水は流れていないと腐るから、あの一帯をどうにかすべきだ。

ところで、ソンテチャクが名誉会長をしているカルト教団の建物が並ぶ信濃町のアイスクリーム屋
ナポリに入る時、クリストバルが目ざとくカルトの三色旗を見つけて、「あれ、ブルガリアの大使館」
なんて、とんでもない発言をした。
ったく、もう、なんにもわかってないんだから。
こんなところに大使館なんかあるものか。
あるのはカルト施設だけ。
若葉町の商店街の方へ抜けようとして、無理に左側の坂を下って行こうものなら、聖狂新聞本社や
その他たくさんのあやしい建物が乱立して、部外者が通り過ぎるのを警備員がじっと見つめたり
しているので、気持ち悪い限り。
あまりに人通りが少なくて、空気がピリピリしている。
痴呆症になる粉薬でも、空気中に散布しているのだろうか。
あの人たち以外、通らないのだろうな、あそこらへんは。
でも、新宿区の土地で、公道なのだから、誰がどういう目的で通過しようがこちらの勝手。
 平成24年3月3日 土曜日

メキシコからKが戻って来た。
乗り換えの時、ロサンゼルスで
平成24年3月2日 金曜日

一雨ごとに暖かくなるから、この雨が上がったらきっと一斉に植物が新芽をふくだろう。

ところで、2月28日火曜日にさわやか信用金庫の人からかけていただいた電話で判明した、母の
アリコ保険事件。
母のような年齢の人は骨までしゃぶられてしまうのだろう。
担当者に以下のような質問状をメールした。
----------------------------------
日付: 2012年3月2日15:41
件名: アリコ保険 ご質問
To: 伊藤XX

伊藤XX??様、

この歳になって新規の保険契約のためにハンコが必要だということで、
アリコの方が家中をひっかきまわしてハンコを捜した旨を銀行の担当の方から伺いました。
銀行の方も大変心配していました。
なぜ、この年齢になって新たな保険契約をしなければならないのか。
なぜ、ボケが進んだ母がそのように言いくるめられたのか。
これは犯罪的ではないのか。
それほどハンコを押させたい理由は何なのか。
それを押させることでアリコにはどのような利益があるのか。
このようなことは、まず、親族に連絡すべきではないのか。
それを、ボケ老人相手に、コソコソと行うこと自体問題ではないのか。
以上のような内容を銀行の方とお話ししました。
アリコの会社の利益だけを考えて、都合のよいようにやらずに、情報を逐一知らせる義務が
あるのではないか。
一度、当方の弁護士を通じてご質問させていただきたいので、
上記の当方の懸念事項について、詳細に説明をして下さい。
母は、なぜ、新規保険にするのか、依頼した覚えも、理由もなにもわからないと言っています。

ボケ老人を言いくるめるのはおやめ下さい。
一体これまでに何回行き、なんの加入を要請したのですか。
ご回答お待ちいたしております。

大XXXX長女
丸子睦美
------------------------------
そうしたら、担当者から以下のような返事が来た:

日付: 2012年3月2日18:48
件名: ご返答


丸子 睦美??様
?
ご心配おかけしてしまったことをお詫びいたします。
簡潔にご説明いたします。
?
@2月17日に大前様よりご相談の依頼がございました。

私見:嘘つけ、母はなぜ来たのかよくわからないと言っていた。
?

Aご相談内容は保険の整理をご希望されました。

私見:そのようなことをちゃんと本人が理路整然と考えて、保険会社に連絡するとは到底思えない。
?
B2月20日、21日、24日にご訪問いたしました。(それぞれ1時間弱。)

私見:そんなにしょっちゅう保険屋が家に来ているなどとは知らなかった。
母も私にそのようなことは言わなかった。
どうしてそんなに何度も来たのか。
保険程度のことで3回も訪問が必要か。
別の目的があるのではないか。
飲み物に痴呆を増進させる薬品でも入れて、有利に話を運ぶためではないのか。

1日目にお茶に入れた薬品の効果を見るために2日目に来たのか。
保険契約に関しての完璧に記憶を失っていることを確かめるために、3日目に来たのだと思う。

> 整理の過程で、弊社および他社保険会社の契約の一部を解約することを
大前様がご希望されました。

私見:他社の保険をアリコが解約させるのはおかしいのではないか。
他の保険屋が来たらまず最初にアリコを解約するだろう。


>同時に弊社保険を追加し、保険の整理は完了いたしました。

私見:アリコのなんの保険を追加したのか。
結局もっと保険料を払わせるための策として、他社を解除し、自分の所への支払いを多くさせるために
3日も通い詰めてあれこれ画策したのだろう。
そうしたら、なんのことはない、母がその旨を銀行の人に話してしまったから、まずいことに
娘の耳に入ることとなった。

?
C大前様のご意向通りにするためご印鑑のご準備をいただきました。
?
?私見:なにもよく理解できない母をしつこく言いくるめたのではないか。
印鑑の準備をということは、印鑑を押させたということか。
銀行の人の話では、印鑑がなくなったので、アリコにハンコが押せなかったとのことだった。?


私自身業界および弊社のルールに遵守したご対応をしており、?
ご印鑑をご用意いただく旨はアドバイスいたしましたが、

私見:保険会社の新規保険契約勧誘マニュアルは相当あくどいと聞いている。
?
いただいたメールにあるような家中をひっかきまわしてご印鑑を探すような行為は
一切いたしておりません。

私見:それならなぜ、銀行の人が私にアリコが家中の戸棚や引出しを開けて、ハンコを捜しまわったと
報告してくるのか。
それは、実際にアリコがやって、それを見ていた母が銀行に言ったからではないのか。

?
結果として事実と異なる形で丸子様に今回のようなご心配をおかけしたことは大変残念です。

私見:他社契約を破棄し、自分の所に有利になるように3日かけて訪問し新規加入させるというのは
やはり悪質商法。

?
大前様もご高齢でありますので、今回の経緯をご親族の方に連絡するために
?丸子様のお電話番号を聞いてこちらからお電話をかけておりました。
ご返信遅くなり申し訳ございません。

メットライフアリコ
東京みらいAO
千代田区一番町20-5AIビル4F
TEL?? 03-5211-1971
FAX?? 03-5211-1997
携帯 090-8004-6515
伊藤XX
--------------------
こんな返事が来たけれど、上記の返事を受け取るのに数時間を要したというのは、
核心を突いた質問だったから、どう答えていいものか、上司に相談したのだろう。
新宿西口法律事務所の相磯弁護士は90歳のご高齢だというのに、毎日事務所へ電車でご出勤
なさるとのこと。
すごい。まさに法曹界の女王。
それに比べて母は、家から一歩も出ないからだめになってきた。
というか、その前に、統一教会で食事に毒を盛られてから痴呆状態が現れるようになった。
あの組織の魔の手(アリコも多分仲間だろう、ハザ金につながっているはず)から母を守るためにも
一人では置いておけない。
平成24年3月1日 木曜日
 
四ツ谷と市ヶ谷見附の間の外濠に、無数のカモのあかちゃんたちが泳いでいる。
そのかわいらしいことといったら。
暖かい太陽の微笑みに守られて嬉しそうに泳いだり、ひなたぼっこをしたり。
昨日は震えていたことだろう。
小さなカモたちが、こうしてどんどん成長する。
ところで、外濠の木が何十本と切り倒されているのに衝撃を覚えた。
どうしてこんな暴挙が許されるのか。
江戸時代から枝を伸ばしていたのではないのか。
大木がたくさん生えているから外濠は素敵なのに。
佐藤博士の『ハンタイ機』があれば、あの木を切った人と、切るように命令した人(つまり都知事か)の
胴体を『ハンタイ機』が切ってくれるのに。
平成24年2月29日 水曜日

以前から気づいていたが、防衛庁のあたりは実にカラスが多い。
防衛庁の正門前の信号機の上にカラスがいたりしたから、これは本物のカラスではなく、カラスに
見えるように造られた精密な偵察機で、北朝鮮のスパイかCIAに遠隔操作されていると思う。
本物のカラスなら、外濠公園の木々の中にいればいいものを、どうして防衛庁のまわり、しかも、
交通量の多い、靖国通りの信号機の上にいるのか。
夜中に坂町の家で縫い物をしていたら、大勢のカラスが一斉に鳴いているのが聞こえた。
鳥が夜中に集団で鳴くものなのだろうか。
鳥は暗いと目が見えないから、寝ているのではないか。
坂町にカラスがいるのではなく、やはり、防衛庁なのだと思う。

本日の雪は気象兵器によるものだという噂がある。
かなり前からこの日にその兵器を使うということがわかっていたようで、ウェブに出ていたから私も
知っていた。
わざとらしいほどの、これでもか、これでもかという人工的に冷やした結果の雪だ。
 
映画は石原慎太郎作『太陽の季節』。
日本人の顔は一人一人区別がつきにくいので、結局どの人が石原裕次郎かよくわからなかった。
主役の人かと思ったら、そうではなかったようだ。
どうしてこの作品で芥川賞になったのだろう。
  平成24年2月28日 火曜日

朝からさわやか信用金庫の人から電話がかかってくる。
「おかあさんが、こちらへ来て、ハンコをなくしたと言っている。先週こちらへ来た時は確かにハンコを
持っていて、それでお金をおろした」とのこと。
先週の土曜日は通帳全部がなくなったと大騒ぎをして、警察官4名が家探しをして、全然別の
戸棚から(なぜあのような高い所へ入れられたのか疑問)なんとか通帳数冊を見つけ出した。
しかし、ハンコはないまま。
銀行の人が電話で説明するには、
「昨日アリコの人が来て、保険を解約して、新たに保険に入るのにハンコが必要なのに、ないから
アリコの人に家中を捜してもらったと言っていますよ」とのころ。
その年齢の人が一体なんの保険に入るわけ。
どこかのアヤシイ宗教団体が受け取人になっているのではと勘ぐってしまいたくなる。
どうやったら80歳の人が新規の保険に入れるのか。
ハンコがなくてよかった。
大体、アリコの人が、人の家の箪笥や戸棚をすべて開けてハンコを捜すというのも信じられない。
その人は本当にアリコだったのだろうか。
それとも、アリコを語る、どこかのアヤシイ宗教の人なのか。
あそこの家へ行くと、不用意に聖教新聞なんかが置いてあったりするので、私は毎回すかさず、
「なに、これ。こんなもの、猫のおしっこの砂を包むくらいしか役にたたないわね」と言う。
そして「名誉会長をやっている北朝鮮系のソンテチャクの両親が、大田区の海岸で海苔を獲っていた
海の民である」ことも毎回説明している。
「そんなこと、信じられないわね。みんな、知らないんじゃないの」と来るから、
「今ではみんな知っているわよ、だって、ネットに出ている有名なホームページだから」と説明している。
一人でテレビでも見ているのかと思ったら、保険屋を呼んでなにかやっているし、この間は、株屋や
不動産屋が出入りしていたようだし、この人、一人で置いておくとろくなことをしない。
心配だから、「一緒に住みましょう」と言うと、100回くらい拒否された。
これまでに拒否された回数を足したら1万回くらいになるだろう。
おやおや、なぜでしょう。
このままでは、カルトの格好の餌食になってしまう。
 平成24年2月27日 月曜日

夜ナタリアに電話をしたら、「電波の届かないところにいるか電源が切れているためつながらない」旨の
メッセージが流れ、一安心。
ということは、すでに機内の人。
なんという人生なのだろう、この人は。
私は自分が「アヴェントゥラ、アヴェントゥラ」だと思っていたけれど、もっとその上を行く人がいる。
コスタリカの法律が変わったのは今年になってからとのこと。
これまでは子供だけが飛行機に乗って海外へ行くことが可能だったようだが、今年から両親または、
片親が同伴でないと国外へ出られなくなった。
これは臓器販売や、売春を防止するためだろうとすぐにわかった。
多分、子供を売りに出してしまう親がいるのだろう。
何人も子供を産んで、海外の臓器販売業者に高額でどんどん引き渡したら、「臓器成金」で御殿が建つ。
そんな親がいたらコワイ。
日本にも借金をした相手から臓器を取る人がいて、新宿御苑の前の宮廷22マンションの11階に
住んでいたけれど、もう亡くなったし、私は近所の親切な老紳士くらいにしか思っていなかった。
愛想がよかったし、ショッキング・ピンクに模様替えしたきれいな家の中を見せてくれたりして、
ぜんぜん危ない人ではなかった。
そのマンションの管理組合法人の理事長の方がはるかに犯罪的で危なかった。
11階の老紳士のミンクのロングのコートは素敵だった。
私のまわりには、ミンクのロング・コートを着る男性がいないから、その人は目立っていた。
ニューヨークだと男性の毛皮のコート姿をよく見かけたけれど、どうして日本人の男性は毛皮を着ない
のだろう。
50歳年下の奥さんとの間に赤ちゃんがいたけれど、その子はちゃんと学校に行っているだろうか。

オーソン・ウェルズ『フェイク』(1974年)。以前見た『市民ケーン』もそうだけれど、この人は本物の
天才だから、ひとつひとつの場面が濃い。
平成24年2月26日 日曜日

嫌な予感がしたので、もしやと思い、すでにチェックインしたはずのナタリアに真夜中に電話をしてみると、
なんのことはない、まだ日本にいる。
一体どうしたの。
ほんの数時間前に私がプリントアウトした予約確認の便は、あれはなんだったのか。
アエロメキシコはそんなに適当な航空会社なのだろうか。
かもしれない、ありえる。 
平成24年2月25日 土曜日 

昨夜から母の家へ泊まったのはいいけれど、
「ヘルパーさんが来て、部屋の襖を閉めて、掃除をしているふりをして、引き出しを開けて、
ごっそりいろいろな物を持って行ったものだから、通帳が一冊もない」
などと母が言うものだから、
「何銀行の通帳がないの」
と聞くと、
「どこの銀行かわからない」とくる。
「だって、自分の口座がある銀行の名前がわからないなんてありえないでしょ」と言うと、
「あそこの角にあって、ここから一番近くて、受付にいつもおねえさんが座っている」などと言う。
それで、仕方ないから、代々木警察に連絡をしたら、朝っぱらからなんと4名もの警察官が登場。
「引出しを開けては、毎回こそこそと物を持っていくから、引き出しが軽くなってしまった」
という母の言うことをどれくらい信じていいのか。
貴金属類もなくなっているというけれど、どの指輪がなくなったかもわからないようだ。
でも、本当に指輪用の入れ物に指輪がひとつも入っていない。

統X教会や創X学会などのカルト犯罪組織がヘルパー派遣会社を装った、老人相手の窃盗団を
経営していたとしよう。
70代、80代のボケが始まった人をターゲットにして、ヘルパーを家へ送り込む。
掃除をしているふりをして、通帳、印鑑、有価証券、貴金属などを窃盗させて、ヘルパー派遣会社の
社長、つまり窃盗団のボスに上納金を出させる。
そうやって教団運営の費用にして、結局は北朝鮮に送金する。
考え過ぎだろうか。
なにか取られてもぜんぜん気がつかないような人のところへ堂々と出入りできるこの仕事は、ある意味
犯罪組織にしてみればおいしくて仕方がないだろう。
区から依頼されて派遣を行っている会社の中には、そのようなところを関係している会社も当然
あるだろう。
警察などは、それらの二カ所と関わっていないと、出世も遅くなるとのこと。
だから幹部にはその二カ所の信者とか、婦人が信者という人が非常い多いそうだ。
平成24年2月24日 金曜日 

南元町の家をクラウン・プリンスと呼んでいるのだけれど、私道の奥のひどい所に建っている。
本来なら新規の建築は許可されないような場所だ。
しかも、そのもっと奥の坂の下に一軒家がある。
一体どうなっているのだ、ここら辺は。
東宮御所に配慮してか、店舗や飲食店は一軒もない。
商業施設があると、不特定多数の人間が出入りするから、安全上の懸念があるというのが理由だろう。
したがって、ここらへんを歩く人の顔ぶれは毎日決まっていて、住民しか歩いていないから至って安心。
ただ、すぐ鼻の先に聖教新聞本社なんていうのが建っているから、安心するのはまだ早い。
あそこらへん一帯をすべて買い占めている。
自分たちの自治地域をつくっている感じ。
でも、固定票しか持たない公明党は、浮動票が一切期待できないから、固定票以上になることはない。
しかもそれすら減っているから、そのうち信濃町の不動産を一軒また一軒と売りに出すようになる
のだろうか。
リチャード・コシミズがさんざん、名誉会長はソンテチャクという北朝鮮系在日という事実を大々的に
著書やウェブで公表しているから、信者の耳にも当然入っているはず。

映画『太平洋ひとりぼっち』堀江健一の日記原作、市川昆監督、石原裕次郎主演
平成24年2月23日 木曜日

皇居のあたりに行くことは、今日、明日と2日続くけれど、その後は当分ないかもしれない。
帰りには半蔵門の新宿通りではなく、いつも麹町の商店街の裏道を通る。
マラソン愛好家ご用達の銭湯「バンドゥーシュ」がまだちゃんと営業しているかどうか見たいから。
信号待ちで見ていたら、男性が一人出て来たから、よかった、まだ無事だということがわかった。
何年も前にたった1回だけモノ好きにも来たことがあったけれど、当時は原付の駐輪が割と甘かったから
麹町に駐輪しても、お風呂を楽しんでいられたから、気軽にどこへでも行かれた。
だから当時は銭湯地図をつくったり、お気に入り健康ランドリストをみんなに配ったりしていたのに、
道路交通法が変わってからというものは、そのような呑気なことはしていられない。
生活の楽しみが少しづつ奪われていっている気がする。
新宿通りや南口で楽しめたペルー音楽の生演奏もご無沙汰。
規制が厳しくなり、文化を奪っている。 
平成24年2月22日 水曜日 

日本人の夫に毒を持っているコロンビア人妻の話には続きがある。
昨日は天ぷら屋だけれど、今夜は中華を食べながら更に事情を聞いてみるとこんなことが判明。
1)コロンビア人娼婦の価格は1回2時間30万円。
2)ママさんとやると1回100万円とか200万円。(本当だろうか)
3)コロンビア人はホテルへ行くと、男の飲み物に薬を入れて、男を熟睡させてしまう。そして、なにも
やらないで、支払いだけ男にさせる。起きた時、男はぼうっとしているため、やったかやらなかったか
なんてよく覚えていないから問題ない。そうやって簡単に男は30万円をドブに捨てるが、自分では
被害者意識がないから問題ないとのこと。
やってないのに30万円取られた、詐欺だ、商法違反だと警察に通報できない。
4)偽装結婚している日本人配偶者に月々貢がないといけないコロンビア人配偶者は、それなりに
稼ぐから、かっこいいマンションに住んでいる。
日本人の男たちがお金を持っていなくなったから、日本は良い稼ぎ場ではないのでは。

ところで本塩町の家に内扉がついた。
1階の家はやはり夜は寒い。
室温が最初7度だった。ストーブをつけて、だんだん11度まで上がった。
そこで退散したけれど、しばらくするともっと上がるはず。
それにはまず、窓をどうにかしないと。

映画『アンナ・パブロワ』(1983年)を見ると、チェケッティとマリンスキーのロシア・バレエ、そして
ディアギレフ死亡後に空中分解したロシア・バレエの面々が次々に米国を訪れ、結局西海岸が
ロシア・バレエの継承地になり、それを継いだ一人がルイジ、ということを考えると、本当に興味が
尽きない。
このディアギレフは、映画『赤い靴』に出て来たディアギレフ風の男より太っている。
この役は細くては務まらないと思う。
おいしいものをふんだんに食べている貴族の体型が必要。
それにしても、パブロワもディアギレフもルイジも子供を残していないから、一代で終わる。
平成24年2月21日 火曜日 

結局、1日に4回も本塩町へ行ってしまった。
大好きな場所だからぜんぜん苦にならない。

ところで、コスタリカ人によると、
「コロンビア人妻は、全員、日本人の夫に毎日少しづつ食べ物に毒を盛っている」
というのだ。
私は思わず、かじりかけの天ぷらのエビを噛まずに飲んでしまった。
コロンビア人のじゃぱゆきを多く知っているその人によると、その手口は非常に巧妙で、
毎日欠かさず少しづつだから、相手は気がつかないとのこと。
これが昨年逮捕された中国人妻のように、日本人の夫にいきなり熱湯をかけて殺すような手荒な真似を
すると、すぐに発覚して逮捕されてしまう。
コロンビア人妻のケースは、これまでバレたことがないとのこと。
入管法が厳しくなったら、もうそれほどコロンビア人ホステスはいないのだと思うけれど、当時ホステス
だった人たちが現在ほとんど皆、日本人の配偶者になっているから、そのやり方でどんどん
日本人の夫殺しを遂行しているとのこと。
コロンビア人妻の日本人配偶者で病気がちになった人はまわりにいないかと思いめぐらしていると、
なんと、盛岡人の古い友人にコロンビア人妻がいる、というより、いた。
東日本人工地震の際に、盛岡にいた他のじゃぱゆき妻たちと同様、逃げるように国に帰ってしまった。
昨年夏にその友人に会った時はまだ生きていたから、まあ、それほど心配するほどのことも
ないのかもしれない。
それより、そのコロンビア人妻の毒入り手料理を食べなくて済んだことの方を喜ぶべきだろう。
なにしろ私が気になるのは、
「コロンビア人妻で、日本人の夫に毒を持っていない人は一人も知らない」という一言。
平成24年2月20日 月曜日 

四ツ谷の地下の元麻雀屋は、なんのことはない、17か18歳の頃、青島広志さんと牡蠣ソース和えの
料理を食べに行ったあの中華料理屋の隣の建物。 
平成24年2月19日 日曜日 

まことちゃんのお世話
平成24年2月18日 土曜日 

皆さま、毎度お馴染みの「土曜の昼間の人工地震」でございます。
ご不用の現金、貴金属、証券、銀行預金通帳と印鑑などございましたら、
無料にてお引き取りいたします。
というメッセージを拡声器で流しながら軽トラで近所をまわるアヤシゲな男がいたら、それは、ずばり
ロック爺の手先。
毎週土曜日の朝から昼にかけて人工地震起こせ、東京が滅びるまで毎週欠かさずやるんだぞと、
きつく言い含められているのだろう。

リハーサルの後、まことちゃんを新宿動物病院へ連れて行く。
明日はいよいよ手術。
平成24年2月17日 金曜日 

新宿区のお役所仕事にはがっかりさせられる。
文化や芸術に対する理解がない人が職員をしているからとんでもないことが起きる。
文化理解度の試験をさせて、一定以下の点数の人は解雇するなどできないものなのだろうか。
私が試験問題を作成してもよい。
公務員の人数が多すぎる。
碌な仕事をしていない。
人数を減らして税金の無駄使いをやめよう。
平成24年2月16日 木曜日 

いつもは皇居の白鳥の様子を観察しながら坂を下りるのに、今日はどうしたことか考えごとをしていて
白鳥の存在を確認しなかったのは一生の不覚。
この寒さの中、白鳥はどのように過ごしていたのだろう。

一昨年の10月以来初めて車の運転をした。
昨年はなぜか一度もしなかったので、忘れていることも多かった。
荷物を運ぶので軽トラを借りたのはよかったのだが、赤くてちかちかしているのがどのようにしたら
止まるのかとか、鍵の引き抜き方とか、走り出す前にサイドブレーキを下ろさないといけないとか、
窓の開け方とか、バックミラーを合わせてから出発するとか、忘れていることがたくさんあったのので
ニッポンレンタカーのおじさんに親切に教えてもらった。
自動車教習所の先生より丁寧だった。
私が通っていた大崎の国際自動車学校は結構面積は広かったのに、消滅してしまったので、いい時に
通ってよかったと思う。
多くの職員たちは、国際タクシーで運転手として拾われていればいいのだけれど。
今頃どうしているのだろう。
こっちのものをあっちに、あっちのものをこっちに運び、フランス人とコスタリカ人たち4名で中華を
食べて、みんなを帰し、ガソリン満タンにして車を返したらもう夜中の2時。
疲れた1日だった。
平成24年2月15日 水曜日 

まゆみさんは、統一教会によってすでに廃人になっているのだと思う。
あそこでもらった食べ物を定期的に食べたのが致命傷だったのではないか。
財産をすべて寄進しますという書類に署名したのだろうか。
だから、暴漢に襲われたのだろうか。
教団を受取人に、保険をかけられ殺さル予定の多くの信者のうちの一人だったのだろうか。
そのことをカリフォルニアに伝えたら、こんなお返事が来た:

「 メールを拝見して、まゆみさんのことがとても心配になりました。
統一教会との係わりは何時頃のことだったのですか?・・・今は、ご縁が切れているのですか?
・・・・会員になっていたことを和則君もあなたも御存じなかったのですか?
・・・ こんなに矢継ぎ早に質問をしてゴメンナサイ。
ちょっとビックリいたしましたので・・・・統一教会は、宗教ではありませんし、無論キリスト教でも
ありません。そうしたものを被った悪の集団だと思います。 
甘い言葉や囁きで、人の心の隙間に入り込んで来、洗脳し、巧妙にコントロールをする集団です。
 沢山の方が、悲しい結果になり、そこから抜け出すのに大変な思いをしておられるのを知っています。
セブンスデーアドベンチストの牧師さんに、和賀 真也と言うお方が居られますが、この方は、
お若いときから、長いあいだ統一教会に入り惑わされておられる方達を親御さんなどの御希望で
脱会をお助けしておられる方を知っています。
統一教会についての御本も数冊出版されておられます。
?
現在は、エクレシア会、と言う会を作られ、脱会された方達が、普通の生活に復帰なされるように
お助けするお働きをしておられます。
御夫妻で、寝食をともにされ、時に命の危険を感じるようなこともおありのようですが・・・・
もし、必要ならば、
 住所、千葉県袖ヶ浦市奈良輪1531−1 299−0263
 電話、0438−63−4716
waga1018@yahoo.co.jp? (このような情報が必要でないことを願っていますが・・・」

多分すでに切れているはず。でもあの家へ行くと、聖教新聞とか置いてあって非常に気色悪い。
 平成24年2月14日 火曜日

まゆみさんのところへ泊りに行く。
何枚も布団のようなものを敷いて、本当に効率が悪い。
今度あそこへ行く時は布団をバイクに積んで行こう。
あんなに体の不調を訴えるのはおかしい。
平成24年2月13日 月曜日 

新宿区南元町は、東宮御所の真ん前で、学習院初等科があり、わりとちゃんとした建物があるのだが、
聖教新聞があったり、池田ソンテチャクのやっている宗教施設の真ん中を通らないと外苑東通りに
出られないので、良い不動産が建ち並んでいても、そのお金の出所が気持ち悪いから、あんなに
閑散とした雰囲気なのだろうか。
お店が一軒もないし、コンビニもないというのは、はっきり言って驚き。
私道に面して無理に建ててしまったようなへぼ建築は、いざという時にどうするのだろう。
エレベーターもつけない安普請にしてしまって、後で困るのではないか。
平成24年2月12日 日曜日 

日付: 2012年2月12日0:10
件名: 注文

菊池村ファンの会の皆様、

明日の朝市で手に入れてもらうものを注文なさいましたか。
私は以下のものを注文しました。
ご参考までに。
どんなに少量でもなにか注文してあげて下さいね。
日本の農業は私たちが守りましょう。
菊池村には長く農業を続けてもらいましょう。
このような地味な活動が、バカな野田豚を永田町から追い出す闘いの一環なのですから。
マリカ
-----------------------
というメッセージをつけて、菊池村から野菜を買う友の会の皆さんに以下の情報を。
---------- 転送メッセージ ----------
日付: 2012年2月12日0:06
件名: 注文

人参、山芋、里芋、ほうれん草、トマト、キュウリ、いんげん、えんどうまめ、以上全部1、
ゆず2、トマト2、柿、みかん、なます4、甘酢漬け:ゴボウ1、赤カブ1
お餅白、よもぎ餅、竹炭農法白米・、竹酢ポリ容器に、
竹炭パン(ブルーベリーパン、2色あんぱん、黒糖パン、りんごパン、各1)
竹炭(猫の砂に入れるので細かいもの)
------------------------------------
こんな少し買ってもあまり助けにならないけれど、でも毎週からなず買う。
数千円の時もあれば、2万円以上の時もある。
多少の上下はあってもなにしろ、長く続いている、むこうがこちらをあてにできる。
農家の方とこのような関係をつくるのはとても素敵なこと。
平成24年2月11日 土曜日

本日、9名編成の『マジック・バード』のステージングをした。
最後の2名は最終部分だけしか出て来ないので、全編にわたりほぼ7名。
平塚で昨年の夏やった時は、あの1曲つくるのに、なんと3時間くらいかかったが、あれはいささか
勇み足。
もっと簡単にしたら、わずか1時間弱でできてしまった。
もっとも昨年暮れの3名編成の『マジック・バード』を30分くらいでやってしまったので、単純化する
方法はある。
単純明快で、見栄えがするようにつくれるものだ。
眞理子さんやみゆき入りで、また一緒に『マジック・バード』やりたい。
6月には、11名の『マジック・バード』になるかな。
平成24年2月10日 金曜日

1日になんと四ツ谷区民センターへ3回足を運んでしまった。
私は忘れ物が多い。
次にやることしか考えていないから。
坂町は車で行こうとすると防衛庁の切れたところを右折できないから行かれない。
あまり早く右折してしまうと、道なりに戻ってしまうことになるし。
やはり、人を寄せ付けない隠密の地域だと思う。
忍者道は絶対に外部者は知らない。知る術もない。
私は本塩町と坂町の境の忍者道がタイムトンネルの入り口なのだと確信する。 
平成24年2月9日 木曜日

正義猫ブログへ。 
平成24年2月8日 水曜日 

ひさしぶりにおしるこを作った。
やはり、ぜんざいより、つぶつぶの入った田舎汁粉の方がいい。
でもお餅がいいから、すごくおいしくなった。
数カ月ぶりで蒸し器を使ってイヨンちゃんが茶わん蒸しを作った。
干し貝柱を水に戻してダシにしたから、すごくおいしかった。
今週は菊池村からまだ野菜が届いていないので、お茶もお餅も果物もみんななくなってしまった。
待ち遠しい。絶対に東京の店では買うまいと思ったけれど、あまりに何もないので仕方なく
アスパラだけ買った。そのくらいは許される。
久々にジーン・ケリーとフランク・シナトラの『錨を上げて』(1945年7月、ポツダム宣言前に公開)。
シナトラと比べるとジーン・ケリーの踊りはものすごく上手過ぎだけれど、シナトラもよく頑張っていた。
ちゃんと同じステップをやっていたから褒めてあげたいけれど、腕の使い方でバレる。
ジーン・ケリーの体力、脚力はともかくすごい。
多分、ハマも最盛期はそういうダンサーだったのだろう。
完璧なハザール人の映画。
名前も似非ユダヤ名だし。メトロ・ゴールドウィン・マイヤー制作。
これを見て、海軍って楽しいのだなと勘違いして入退する馬さん鹿さんを募るための映画だと見ていい。
大事に世界大戦が終わり、朝鮮戦争、ベトナム戦争と続くから、常に新兵を募集しないといけないから、
こういうドタバタのラブ・コメディ・ミュージカルはまさに格好の宣伝媒体。
非常に政治的な意図を感じる映画。
結局、私の尊敬するケリーやその他の素晴らしいダンサーやシンガーたちはみんなハザール人の
ブナイ・ブリスに利用されてきただけなのだと納得する。

ところでジェット・スターなる格安航空会社が参入してきて、東京からマニラまで2万円で往復とのこと。
まあ、本当はそのくらいしかかからないのだろう。
私が政治家なら、日本の航空会社を保護するためにそのようなあやしげなオセアニア、シンガポール、
ベトナムの格安軍団を日本の空港に乗り入れさせないか、法外な空港使用料金を請求する。
こういうのが出てくると同じ路線を飛んでいる他の正規料金の航空会社が痛手を受ける。
消費者の利益になるために国の将来が危うくなるくらいなら、消費者の利益は犠牲にしてでも、国内
資本を守るべき。
国内線はビーチ・アビエーションとエアアジア・ジャパンが就航するそうだから、それができたら、もう
お誕生日割引なんていうものの価値もなくなるのだろう。
しかし、それらは日本企業を装ったXXX系の会社なのではないだろうか。
エアアジアは気持ち悪い。
どこへ行くのもクアラルンプールを通らないと行かれない。
バンコクでもバリでも、行きたくもないクアラ経由となる。直通便がない。
クアラだけに直行できる。
こんなの怪しすぎるからみんな乗らないだろう。
だいたいからして、バンコクなど11時間35分もかけて行くところかと言いたい。
いくら大阪へ行くのと同じ料金でも、時間がもったいないから、直通便で行きたい。
まあ、私の場合はマイレッジがたまっていて、何度でもどこかへ行かれるから、それを使えばいいけど。
平成24年2月7日 火曜日
 
もしかして坂町もう一軒あるみたい。
嬉しい。
本塩町、坂町のあのおどろおどろした忍者通路のスリリングな感じは、実際にそこを通った人しか
わからない。
あんなところ、山の手一帯を捜しても、まずないだろう。
本塩町の旗本屋敷の裏口から、隠密がの忍者通路を通って、坂町へ下って行ったに違いない。
よくもあんなことを考えたものだ。
しかも、時代が下ってもぜんぜんそれを変える気配はなく、ずっと日々使い続けているというこの事実。
行政はここへは入って来られないのだ。
ここにはここだけの時間が流れている。
本塩町の18番地はすごくおもしろい。
平成24年2月6日 月曜日

映画『時代屋の女房』(1982年)の夏目雅子のなんというすがすがしいこと。
こんなにきれいな人が早く亡くなるなんて。
それにしても、何も質問しないということがあり得るなど信じられない。
変装して東北弁で登場したのに、気づかないというのもおもしろい。
同じ階で改装工事をしているため、昼間工事の音がうるさい。
大した広さではないから明日はもう音がしないはず。 
平成24年2月5日 日曜日 

教会のあと、戻って来て、オカダヤで衣裳材料、それから、ビックカメラで洗濯機を買った。
少し余計に出しても国産メーカー。
店で一番安い製品をmade in Chinaにするのはよくない。
金額だけが一番大切な人は、それを買ってしまうだろう。
なぜ、チャイナ製品の価格を高めに設定しないのだろうか。
ビックカメラの社長はチャイナ筋から贈答品でも受けているのだろうか。
私なら絶対に国産メーカーの商品が売れるように目玉商品のコーナーに国産を置いて、どんどん売り、
日本の国を元気にする。
チャイナものはどうせすぐに壊れるだろうし、そういうもの置くと客筋が悪くなるから置かない。
チャイナものはドンキとかに任せればよい。
職安通りなら許される三流品でも、新宿通りではそれなりの商品置かないとひんしゅくを買う。
まわりは高野に中村屋、紀伊国屋と老舗揃い。
ビックカメラもそれなりの商品置かないと。
乾燥機が内蔵されたタイプになっているので、単独の乾燥機は商品展示さえなくなっている。
あれはあれで、雨の日に便利だからあってもいいと思う。
内臓品だとやたらと時間がかかるから、単独商品の方がはるかに乾燥が早い。
でも、一番大切なのは天然の太陽光で乾かすこと。
太陽光でよく乾いた洗濯物を取り入れる時のあのいい匂い。
2月4日 土曜日

国産レモンとゆずを薄く切って、菊池村産のみかん蜂蜜に漬けた。
本当は1日置いてからの方がいいかもしれないけれど、漬けるはしからどんどん食べてしまった。
これはおいしい。
サンキストは皮に何が塗ってあるかわからないから(例えば、日本人をじわじわと痴呆症にするための
特殊な薬品など)危険で買わないので、安全な国産レモンに頑張ってほしい。
ひとつひとつがしっかりしている。
一緒にお寿司を食べた子が、カニと、イカと、すじこと、うにと、アナゴとエビが食べられないので、
結局私がそれらを食べ、その人はカッパとまぐろとシャケと玉子しか食べなくて、それでも「お寿司
おいしかった」と言っていたのが不憫だ。 
2月3日 金曜日 

あと布団と障子、畳と洗濯機とインターネットが揃えば坂町完成。
でも結構時間がかかる。
コスタリカ人2人を連れて、気持ちが悪くなるほど夜中華を食べた。
もうこういう食べ方はやめようと思う。
胃が重くて眠れない。
2月2日 木曜日 

本塩町と坂町はもしかしたら、都心で一番江戸時代なのではないかと思う。
大体からして、本塩町と坂町の境にある、忍者がささっと逃げるための細い秘密めいた長い路地が
非常にアヤシイ。
こちらかも、あちらからも両方の小路から出入りできるつくりというのも、意味ありげ。
もし、こちら側を敵に囲まれても、まだ、裏口の方の扉からそっと逃げることができる。
そういう意味なのだろうか。
この不便さがなんとも人間的でいい。
こういう地域は決して区画整理すべきではない。
させないと思う。
本塩町や坂町がすごく好きだから、このまま江戸時代のままでいることがこの地域に対しての最高の
対策だと思う。
絶対にコンビニなどつくるな。
横文字のいかなるコーヒー屋もいらない。
2月1日 水曜日 

竹中直人『無能の人』はすごすぎ。
どうしてこんな映画が外国で評価されたのだろう。
石をオークションするようなそんな世界があるのだ。
普段覗けない世界を垣間見られるから映画はやめられない。
1月31日 火曜日

武蔵屋足袋屋でピンク色の花模様の足袋を取りに行った。
本塩町の秘密の小路は今でも健在。
これはすごい。
車1台入れない道は、昔のお侍が足早に通り過ぎた道。
姿三四郎』は柔道の話だからおもしろくない。
野菊の墓』の方がはるかにいい。 
それにしてもあんな終わり方はどうにかしている。
どうして、手紙を出すなり、直接話したりができなかったのだ。
はがゆい。
坂町に机を運ぼうかな。遅いから明日にしよう。
明日、畳屋さんに以前注文した畳を運んでもらおう。
1月30日 月曜日 

映画『回転木馬』は、すごい踊りの場面がふたつある。
他の所がストーリー自体を含めて全部つまらないけれど、そこの踊りは非常におもしろい。
大勢の働く男女の踊りは、『略奪された7人の花嫁』によく似ている。
後半の踊りは非常に幻想的でおもしろい。
この二つを際立たせたいから、他を抑えたのだろう。
芥川隆行『花と龍』はなんとか組の話だからあまりおもしろくない。
1月29日 日曜日
 
朝の四時まで『佐藤博士の大発明』のアウトラインを書いていた。
1月28日 土曜日

才能のある子供の踊りを見るのはとても楽しい。
さて、フラメンコは6名編成でやる。
以前は8名でやっていた。こういうものは、スカートが派手だから、人数が多い方が映える。
毎日お稽古できる人がいたら、短期でどんどん作品がつくれるのに。
だから昔やっていた週5日制のジャパン・ダンス・アートはこちらとしてはしんどかったけれど、
結果的には大きな成果を出せたのだと思う。
あのような母体がなければ、到底海外公演など打てなかった。
チケット制のレッスンでは海外公演に行かれるような人は育てられない。
だからすでに育ってしまっていて時間がある人が理想。 
1月27日 金曜日 

障子を取り付けるだけで温度が逃げなくて、とても暖かくなるということを知らなかったから、随分
長い間、無駄な暖房費を使ってきた。
クリーニング屋や、洋服お直し屋でも、大きなガラス窓から熱が逃げてとても無駄をしている。
映画:『赤い靴』(1948年、ロバート・ヘルプマン、レオニード・マシーン)。
子供の頃見た時には大雑把な筋しかわからなかった。
大人になってから見て大いに泣いた。
登場人物のロシア名を瞬時に関知したり、ディアギレフのバレエ・リュス知ってから見ないとこの話は
ぜんぜん面白味がわからない。
それにしてもこの若い作曲家の男は大人げない。
この人が自分が指揮振る初日をキャンセルしなかったら、ヴィクトリアだって自殺しなくて済んだ。
だからこれは悲劇というより、避けられた死だから納得がいかない。
途中の劇中劇が素晴らしい。
1月26日 木曜日 

お稽古の後、美容院へ行って気分転換。
1月25日 水曜日 

朝から晴れ。
昨日と打って変わって、たくさん食べた。
食べて私が元気でいることが、にゃんぐさんを喜ばせること。
空気の中ににゃんぐさんが漂っているから、あの子が喜ぶだろうことをたくさんしよう。
ところで、「ママ、もしママが死んでしまっても、幽霊でもいいからいつもそばにいて」と言った
小学生の女の子がいるという話を聞いて、思わず涙ぐんでしまった。
そう、それはまさに私が思っていることと同じ。
幽霊でもお化けでも妖怪でもいい。
一緒にいられたらそれで嬉しい。
マリー・アントワネット』[デビッド・グルービン監督(2006年)のドキュメンタリー。
「恋する王妃」なんていう副題がついているけれど、必ずしも内容はそうではない。
宝塚や池田利代子の劇画と違って、スウェーデンのフェルゼンとのロマンスの描きかたが、さほど
既成事実になっていない。
それにしても、どうしてみすみすとあのようなことになってしまったのだろう。
もっと早く気づいて農民の衣装かなにかでひっそりとオーストリア国境まで行って、ハプルブルクに
助けてもらうことはできなかったのか。
ユダヤ人が将来イスラエルを建国したかったからフランス革命を起こしたのだけれど、アントワネットは
みごとに貧乏くじを引かされたことになる。
ルイ王家などへ行かずに、近隣の小国の貴族の所へでも行っていればあのような死に方をしなくて
済んだのに。
ところで馬油は本当にいい。
今までバニラ風味を使っていたけれど、注文していた別のが今日届いた。
ジャスミンとひのき。
さっそくジャズミンを使い始めたけれど、バニラの方が香りがいいかな。
『スーパー歌舞伎ヤマトタケル』の後半を見た。
思うに、大陸から来た天皇家に対して国つ神側としては反感を持っているから、結局、縄文人の
怨念が西方から来た王家の親王を病で倒してしまったのか。
ヤマトタケルの本を読むと東方との繋がりが見えるけれど、歌舞伎ではあくまで征服者になっている。

一番大切なことふたつ、原稿の校正と、新規作品の執筆、これをしたいと思うのに、すでに3時になって
しまった。どうしてこんな真夜中になるまで、他のどうでもいいことばかりで、本質的なことに手が
まわらないのだろう。
1月24日 火曜日

数年ぶりの大雪。
にゃんぐさんとお別れの日になった。
悲しくて何も食べられなかったら、いよんちゃんが来て食事を作ってくれたので嬉しかった。
いよんちゃんは、生前のにゃんぐさんに何度もかじられたとのこと。おやおや。
そんなことをする子だったなんて。
 1月23日 月曜日

小雨。
フラメンコは衣装を着ると結構いい感じになる。
信じられない、8着のうち1着しかなくなっていなかった。スカートは7着、トップは8人分あった。
にゃんぐさんの具合がすごく悪い。
明日を迎えられるか。
 1月22日 日曜日

教会にひどく遅れて行ってしまった。
こんなにおシャレにしていたことがあったのに、最近の荒れ模様はひどすぎる。
 1月21日 土曜日

みぞれ混じりの天気。
このくらい水分が確保できた方が、地面のためには良い。
天才少女二名はルイジ組に。
小学生の妹はわずか40分くらいで『マジック・バード』を半分覚えた。
しかもそのレベルたるやちゃんとしたルイジ・ダンサーと言える出来。
大した天才ちゃんたちだ。
今度の3月の『マジック・バード』はいつになく平均年齢が低くなることだろう。 
夕方、フラメンコの初リハーサル。
これは結構いける感じ。
私はこの踊りが好きだった。
何人編成でも大丈夫な、実によくできた踊り。
 1月20日 金曜日 

この冬初めての雪がちらほら。
すぐに雨に変わる。
久々にフラメンコの『バイラモス』をフラワーにお稽古でやってもらい、やはりこれは我々の
レパートリーとして大切にしていこうと思いを新たに。
10年くらい前はよく上演して、おまつりでも、ホテル・ショーでも『バイラモス』は大活躍だった。
上演しなくなった理由は、難しいから。
当時は外国人ダンサーばかりでショーをやっていたため、それを踊れる実力のある人がいなく、いつも
その場限りのやり捨てショーをして、結局、衣装は使っても踊りが失われてしまった。
振付を覚えて上手に踊れる日本人より、その衣裳でそれ風にウソフラメンコができる金髪が求められたから
そういうことになった。
ここで再び『バイラモス』を上演するようになることは大切なこと。
踊りの振付は踊られている限りこの世に存在するから、3月25日は是非、フラメンコしよう。
 1月19日 木曜日

お寿司と季節感のあるお菓子を持ってお昼ご飯に母のところへ。
今日はお昼のお稽古がなかったからこういうことが可能だった。
芥川賞を受賞した田中慎弥さんは、「4歳で父を亡くし、今も母親と2人で暮らす。アルバイトも含め
一度も職に就いたことがなく、20歳のころから小説を書き始めた」そうだ。
信じられない。
そんなことが可能とは、一体どのようなお家なのだろう。
私も仕事をしないで踊りと文学だけやっていたい。 
 1月18日 水曜日

フレンチ・カンカンのスカートを作ろうと思い立ち、フリルを縫い始めた。
本体を作ったら13号サイズで作ったにもかかわらず、なぜかパツパツではちきれそうだったから、
6枚はぎのところに前後1枚づつ入れてやりなおし。
試作品だからまあいい。2着目は最初からもう少し幅広に布を裁とう。
なんとか工房みたいなことをするのは楽しい。
以前フラメンコの衣装を作った時もすごく楽しかった。
あの衣装お蔵入りになっているけれど、そのうち陽の目を見せてあげるのもいいかも。
でも今はとりあえずカンカンに集中。
映画はスーパー歌舞伎、市川猿之助一座の『ヤマトタケル』(梅原猛作)。
学ぶところがたくさんある。衣装も素晴らしものがたくさん登場。
ただし、海の民であった縄文人を武力で制定していった大陸天皇家西国のやり方は正しいだろうか。
人数的には圧倒的に多かった縄文人を恭順させて、「ヤマトの国」として無理やり成立させてしまった
のだから、ある意味、イスラエル建国と似ていないだろうか。
後に生きる私たちはこれが日本だと思わされているけれど、本物の縄文文化はどこへ行ってしまったのか。
できれば、もっと縄文色が濃い文化を私たちは望んでいないだろうか。
九州の熊襲が海産物の描かれた(縫い付けられた?)衣裳、相模の蝦夷はタヌキを思わせる衣装、
それぞれまさに農業をしないで漁業を含む狩猟採集で生きてきた民を象徴して素晴らしい。
この日はその後お稽古があり、半分だけ見る。
1月17日 火曜日

ふるさと四ツ谷の本塩町のサイトをつくってしまった。
本当はこうなる前の姿を撮影しておかなければいけなかったのに、なんという不覚。
あの頃の姿の写真はあるのだろうか。
そういえば、若き母が2歳くらいの私の手を引いて、四ツ谷の丸子邸の一段のところにいる
白黒写真を見た記憶がある。
本塩町は旗本の居住地。
石段や坂道を下ると坂町があり、足軽の居住地。
いずれも武士のなわばり。
昭和の頃はそれでも、こんなにさびれていたわけではない。
祥平館の旅館は引越したようだ。
ブラジル・バーはなくなった。
何も考えないと自然に足がそこへ行ってしまう。
動物の帰省本当というか。 
1月16日 月曜日 

富久町の急な坂を削って作った人工的な地面に建てた家は、次の地震で埋まってしまうのではないか。
そもそも丘を削るのは邪道ではないか。
斜面があったら不動産価値が失われるかの如く、平地をつくろうとするから無理がある。
90度にする必要などあるのか。
生態系が失われる。
2階から入るような変な玄関をつけたら、1階の窓は目の前が土だかコンクリートの壁になってしまうから
風が通らずさぞかし湿気がひどいのではないだろうか。
山の手は坂が多いから高地で、本当はとても気持ちの良いイヤシロチなのだと思う。
それを、どうにかして削って平地にしようとするから無理がある。
曙橋、神楽坂、富久町、余丁町など牛込地区を歩くと、土が泣いているような場所に出くわす。

午後ゆいちゃんのお宅へ伺う。ワンちゃんたちにさんざん吠えられた。
1月15日 日曜日 

着物で教会へ行く。白の小紋。
教会の中がすごく暑い。
倒れてしまったおじさんもいたくらい。
以前は礼拝の途中で暖房を切っていたから、そのようなことは起きなかった。
礼拝は寒いくらいがいい。
本来礼拝とはそういうものではないか。
1月14日 土曜日 

やはりできあがったダンサーは手がかからない。
かたちを直さなくていいし、順番を何度も説明しなくていいから、どんどん進む。
本当は子供なら誰でもそうなるのだ、ただし、決してお稽古をやめさせないで、ともかくなにがなんでも
続けされられる親がいればの話。
これが一番難しい。
踊りの技術など、親のことに比べればなんでもない。
1月13日 金曜日 

フレンチ・カンカン』(1954年、ジャン・ルノワール監督)。
ハリウッド版『ムーラン・ルージュ』より数段おもしろい。
やはり言語の要素は大切。
「エディットピアフをあんなちょっと出で使うなんて、すごい映画だ!」とイヨンちゃんも言っていた。
ピアフは2分も出ていなかったかもしれない。
信じられないほどの贅沢な使い方。
声も同じ、顔も同じ、でも、絶対にありえないわよねと言いながら見ていたのに、あり得た。
ムーラン・ルージュのオープニングの演目がエカテリーナ女帝というのが思い切り笑えた。
パリに遊びに来ていたアレキサンドルは孫に当たる。薔薇がどうたらこうたらの農業国の皇太子は
ブルガリアかなにかだろうか。
ニニは、その皇太子の国へ行って、レビューを仕切ればよかったのだ。
ムーラン・ルージュにいたら、ジャン・ジャバン演じるアンリの行動に一喜一憂しないといけない。
あの男の商売には妻は不要だ日々変わっていく相手を得ることで自分の作品を良くしていくのだから
女は何も言えない。そこにパラドックスがある。
英語だと十分に表現できないけれど、ヨーロッパの映画を見たような気持ちにさせられて実は
ユダヤのプロパガンダだった作品は多いのかもしれない。
たとえば何も疑うことなしに見ていた『サウンド・オブ・ミュージック』とか。あれは思い切り政治的な
映画だけれど、小学校の頃から何度となく見ていた。今思うと、あの映画で楽しい歌や踊りの陰で
ナチ糾弾をしながら、実はそのナチはユダヤがやっていた自作自演という国際政治の複雑さ。
1月11日 木曜日

ドイツ人、スイス人を呼んで「トリアのローマ橋2000年記念」という永谷音楽事務所から昨年暮れに
いただいたワインで「ドイツの夕べをする。
本当はオーストリア入学をしていた合気道君も来ることになっていたけれど、負傷のため来られず。
幸い二人ともお寿司が食べられる人だったので助かった。
ローマ帝国がドイツにつくった初めての町がトリアなわけだけれど、今日来たドイツ人もスイス人も
トリアへ行ったことがないとのこと。
ふーん、そんなものなのかもしれない。日本だとどうなのだろう、最初の首都、飛鳥へ行っていない
人というのは結構多いのだろうか。
トリアは至る所、観光客だらけだった。
10メートルごとにアイスクリーム屋があるのでびっくりしたけれど、東京の街にはあまりにも少なくて
日本人はアイスクリームが好きではないのだろうか。
31アイスなんかどうでもいいから、ナポリ・アイスが信濃町だけで満足しないで、支店をたくさん
出せばいいのに。新宿駅の真ん前とか。
いちいち伊勢丹や高島屋の地下へ行って食べるのは面倒で、知らない人は知らないから1階に
つくるべき。
ところでスイス人がいささかシロウト臭い質問をしていたので、合気道師範のドイツ人が切れていた。
「すでにドイツで合気道を教えるほど上手いのにどうして日本に習いに来たのか」
「まだいくらでも学ぶことがあるから」
「だって技の順番とか手順を知っているんだよね、日本で習うのも同じものじゃないのか」
「知っているけれど、でも学ぶ。毎回同じことをする」
「どうして同じことを習うのか」
「学ぶたびに上手くなっていき、少しの力で同じことができるようになる。身体の制御がわかってくる」
この二人のやりとりを聞いていて、踊りも同じと思った。
1月11日 水曜日

坂町から本塩町を通り、思い出に浸る。
何枚か写真を撮って来た。
そのうち、思い出の本塩町なる頁を作ってみようと思う。 
お受験』(滝田監督)を見たけれど、こんなことは本当の教育でないから馬鹿らしい。
だめだ、このおかあさんは。
後日、最期のマラソン場面だけを見たら、非常に感動的で、特に、娘のせりふ「おとうさんは一等賞です」
は、この映画のハイライト。
ところで、こんなかたいカトリック系の有名校に子供を入学させる必要があるのだろうか。
規律規律でろくな子供に育たないだろうから、やはり子供は自由にのびのび育つ玉川学園に
入れればよい。
1月10日 火曜日

日本の東大を出て、スイスの製薬会社勤務のドイツ語系スイス人が来た。 
レニ・リーフェンシュタールにわだかまりを持っているようだけれど、政治的背景なしに純粋にこの
並はずれて才能のある女王を讃えるのは問題ないと思う。
多分この人はリチャード・コシミズの言う、ヒットラーはユダヤ人で、イスラエル建国の恩人だとは
露程も思ったことなどないだろう。
1月9日 月曜日 

朝、ナタリアと一緒に母の家へ行った。
KDDIのモデムをはずしたら電話の回線が切れてしまってびっくり。
引越すならNTTに戻した方がいい。DVDの設置、田村さんにご登場願ってしまった。かたじけない。
エーリッヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』を久々に見る。
15分ごとに涙ぐんでしまう。
『ふたりのロッテ』も素晴らしいけれど、これも実によくできた作品だ。
子供たちもみんな実に個性的で才能に溢れている。
ドイツ語ラップはおもしろい。
ものすごく高尚な芸術文化をたしなんでいる子供たちのまあなんと素晴らしいこと。
そこまでハイ・カルチャーに接していなく、ポップ・カルチャーとしか接していない日本の子供たちは
多いのだと思うけれど、それは親がどれほど文化的かに関わってくる。
1月8日 日曜日 

朝時間がなくて結局着物は着られなかった。
本当は冬の間は毎週礼拝に着物で行くつもりだった。
昨年それが中断されたのはひとえに、椅子から落ちて足を怪我して足袋が履けなくなったから。
1月7日 土曜日

朝から子供を病院へ連れて行くためバタバタした。
一昨夜(つまり昨夜)から『樺太の海水浴』を書きはじめ、少しづつ書き足そうと思っても、すぐに
セピア色の写真を見てしまい、写真の説明を読んでしまい、なかなか進まない。
当時の樺太の人は、豊原からわざわざ汽車で大泊や、真岡へ行って泳いだのだ。
豊原に一番近い海では水温が低かったのだろう。
それに泳ぐには内海の方が安心感があったのかもしれない。
それにしても間宮林蔵は間宮海峡を発見する快挙を成し遂げたものだ。
性格は嫌いだけれど、あの性格だから大きな仕事をし得たのだろう。 
1月6日 金曜日

昔の四ツ谷公会堂と違い今の四ツ谷文化センターはかっこよくなってしまったけれど、私はこことか、
赤坂公会堂のようなおどろおどろした昔の区立の建物が結構好きだった。
洗練された建物を建てるより、その建築費分、区民税を安くした方が住民は喜ぶと思うのだが。

伊藤道郎が好きなら息子のためきちジェラルドもということで、ジェリー伊藤の出た映画中段くらいに
注意)を意識して見るようにしているのだが、『舶来仁義カポネの舎弟』も変な映画で、ためきちは
あまり重要でない役割をさせられているに過ぎない。
『モスラ』の時思い切り活躍させてもらったのに、この人は日本語が変だから役を貰えなかったのだろうか。
この喋り方がためきちの魅力なのに。 
1月5日 木曜日  

樺太丼なるおいしそうなものを発見。
夜母の家へ行くと、樺太の西の方で海水浴をしたと言っていた。
祖母が海水浴の生徒を引率したのは同じ樺太でも大泊
地図でいろいろ調べてみるが、多分、真岡のことなのだと思う。
冬でも凍らないほど温暖だということで多分良い海水浴場があったのだろうということと、王子製紙の
工場がそこにあったからだ。
母の足がまだ大丈夫なうちに樺太へ連れて行くことはできないだろうか。
新宿駅西口までも行くのがおっくうになった人を、どうやって樺太まで連れて行かれるのだろう。
日本人の樺太訪問客を当て込んだ中1日しかない、とんでもないぼったくりツアーがあるのを発見。
これでは夜着いて、翌日1日だけで、翌朝は午前中しかなくてもう帰国と云う慌ただしさ。
しかも、中一日のオプショナルツアーでぼろ儲けをするというけしからん企画で、以前、モスクワの
飛行場で日本で100円で買えるウーロン茶の缶ドリンクが5百円で売られてたみたいなかんじ。
1月4日 水曜日 

小田急ハルクだったところが、目いっぱいビッグカメラになってから、品揃えが徹底していい。
自転車関連用品も充実していたので予備の充電電池や前かごのカバーを買ったけれど、案の定
傘立て部品はなかった。
これがあれば、雨の日に両腕が使えて楽なのに。
ドンキホーテにもなかった。
久々の映画会。
今年の映画は『喜劇 急行列車』(瀬川昌治監督)でスタート。
渥美清が『新年特急』の時の同様、妻子ある、サラリーマン、JRに勤め、歯車のひとつとして社会に
貢献するまじめな人間として描かれている。
仕事が好きで、それに誇りを持っていて、きまじめな性格。
ぐっと泣かせる場面も何カ所かあった。
それが寅さんになるとそこから飛び出てまったく反対側へ行ってしまうのがなんともおもしろい。
それにしても昔の女優は化粧が濃い。
エリザベス・テイラーを意識しているのか、ヘアもメイクもそのものずばりを真似しているからびっくり。
1月3日 火曜日  

今日からお稽古開始。
さて、夜、「スパニッシュ・ナイト」なるものを開催したのだけれど、案内を出すのもその返答も
すべてスペイン語だけという念の入れよう。
「返事を書くのにすごくたくさん時間がかかってしまったよ、でも楽しい」という返事が来て、その英国人は
2時間も前から英西・西英辞書持参で登場。
イギリス人と話すのに二倍も時間をかけてスペイン語を使うもどかしさがあるけれど、「スパニッシュ・
ナイト」と銘打った以上主催者としては厳格に守らないといけない。
最後の方は、もう、疲れ果てて、何も言わずに食べ物を口に運ぶだけの私であった。
結局どの言語もそうなのだが、スペイン語のできる外国人の話すスペイン語の方が私にははるかに
理解しやすく、その人の使う単語を聞きながら、ああそうか、過去形はこういう語尾変化にすればいいのか
なんて、聞くだけでも結構勉強になった。
そのうちフランス語やイタリア語でも開催したい。
フルフォードの『イルミナティだけが知っている闇の支配者絶対構造の超カラクリ洗脳工学編』は、
まるでグラハム・ハンコックの『タリズマン 秘められた知識の系譜』の解説書のようで、しかも、
ハンコックのその本のことを紹介していない。
だからハンコックを読んでいる人はフルフォードのこなれていない日本語のこの著書から得られるこの
件に関しての情報はさほど意味はないが、フルフォードが裏の世界を暴露したために、とことん社会から
抹殺されてしまった様子がコラムからよく理解できた。
とはいえ、まだこの人の本を出してくれるところがあるのだから、自費出版をしなければならない
リチャード・コシミズよりはずっとましだと思う。
この二人がスクラムを組んで、それを人々が応援していかなければいけない。
ともかくフルフォードはこれ以降に書いた本はもっと日本語がこなれて上手になっているのか、ゴースト・
ライターが書いているから問題はない。
かわいそうなのは、ケン・ジョセフだろう。
自分の書いた日本語が日本人に通じるだろうと思って数十年に渡ってその文章で書き続けてきた
ものだから、あの表現にはみんな引いてしまって、結局自分で製本したような情けない本しか出せなかった。
ほとんど同じ内容を違う出版社で違う題名で出したものだから、もう出してくれるところがなくって、
1度しか会ったことのない私にまでXX出版のXXさんに是非連絡してくれとメールしてきたのにはびっくり。
その点、ホセ・シバサキ先生はすごかった。
日々英語やスペイン語の聖書を書き写していたものだから、書く英語やスペイン語が高貴で文語っぽくて
非常に格調高かったから外国で詩作することも可能だった。
やはり良い栄養を頭と心に入れておいた人の文章は違う。
1月2日 月曜日 

再び良いお天気。
昨日と帯を替えて、築地本願寺へ。
京都の本願寺でなにか催事があるらしく、築地本願寺のお宝をみんな運び出してしまったようだ。
それで苦肉の策に白べニアで背景を塞いで、垂れ幕で急場を凌いでいる。
おやおや、こんな状況とは。
それにしても築地本願寺の正面に立って見ると、なんとも爬虫類的、サタニックで、旧約聖書的な
おどろおどろした建物
だと思う。
数年前だかに横手の階段の手すりに、四獣を見つけた時には思わず声を上げてしまった記憶がある。
正面の扉の上は、明らかにコブラが鎌首を持ち上げている姿だ。
それ以外に何に見えるというのか。
この建物を設計・建造した人は、古今東西のオカルティックでサタニックな知識を豊富に持った人で、
ここかしこにさりげなく、しかし、これでもかと日本に到来した危険な外来宗教のシンボリックな印を
建造物のあちこちに散らして悪魔教をうまく表現した。
信者はこのことに気づかないのだろうか。
丸子家は過去半世紀以上毎年1月2日に一族の集まりをしているようで、そのようなことを几帳面に
持続している家族はあまりないかもしれないから、家族の伝統は未来永劫行ってほしいものだ。
今年は28名参加だったが、時にはもっと多いこともある。
それにしてもお正月の晴れの日にセーターを着ている人が何人もいるとはどういうことなのだろう。
ハレとケをはっきりさせるのが、日本文化及び芸能の基本。
普段、肥やしにまみれたもんぺで辛い労働をしていても、お正月や祭りには晴着を着て、「ハレ」の
時間を過ごすことで、通常の「ケ」を帳消しにする。
それなのに、「ハレ」の日に「ケ」のものを平気で着ていたら、日本の美学や精神文化は今後
どうなってしまうのか。
セーターはGパンやTシャツ、野良着やもんぺなどと同様の作業着か部屋着であって、決して
晴れの場に着て行くものではあり得ないということを理解できないのだろうか。
私がセーターを着ないのは猫の爪が引っかかって糸が伸びるのが困るからだけではない。
セーターを着たらそこにいる相手に失礼になるからだ。

ところで帰って来てからベンジャミン・フルフォードの
『イルミナティだけが知っている闇の支配者絶対構造の超カラクリ洗脳工学編
』を少し読んで横になる。
お風呂と休息をセットにしていれば良い肌の状態を保てる。
しかし普段はそうはいかないからなるべく午前中の予定を入れないで1日を正午から始めるのが得策。
ベンジャミンの文章はこの本では日本語としてこなれていないけれど、言いたいことは十分伝わる。
ナグハマディの死海書の異端と呼ばれたグノーシス派のような解説が続くが、この人はゆるキャラ的な
書き方をしていて、「ナグハマディ」とか「死海文書」とか「グノーシス派」という固有名詞は書いていないから、
それを知っている人が読まないと具体的には何が書いてあるかよくわからないことになるけれど、まあ
いい、難しいことを簡単に書くことでB層を啓蒙できるのだから、わかりやすく書くことには賛成。 
1月1日 日曜日

良いお天気。さあ、今年も楽しく元気にやっていこう。
朝ルーテル教会へ着物で元日礼拝。
今年は元日礼拝と主日礼拝が同じ日に重なったため、かなり人数が多い。
これまでの元日礼拝にはわずか20名くらいしか昼食に参加しなかったからお雑煮だったけれど、
今年はお赤飯とお吸い物。
今年の着物は浅野牧師夫人を含めて4名。
それにしても、不毛の地、砂漠の宗教旧約聖書の神はサタンなのだろうか。
一体どこの誰が「吠え炊ける、声を轟かせる、叫び声を上げ」て、「激しい怒り」によって「人を刺し抜き」、
「地の面に撒き散らして肥やし」とするのだろうか。
単なる野獣か狂った宇宙人ではないのか。

帰って『ジャズ・ダンス、誰が踊りをつなげたか』の人名索引の最終校正。
夕方母の家へ行ってお正月の会食。
数年前までは母が私の所へ来てここでお正月の食事ができたのに、暴漢に襲われてからは、
ひどく出不精になってしまった。
元旦の朝ご飯のお雑煮は弟一家がやってくれたようでよかった。
以前の活発な母には戻れないけれど、昔の記憶ははっきりしているから、樺太のこといろいろ
聞いておいた方がいい。

夕方一時雨、すぐやんだ。
乾燥した空気には待ち望まれたお湿り。

早々に戻って来て今度は事柄索引項目が列挙されたものが届いていたので、さっそく着手。
寝る前までに終わらせる。
今日できることを明日にまわさない。
あれなんといったかな、vershieb nicht zu morgen, was man heute machen kannだったか。  
 
マリカ日記平成23年     平成22年