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 【署名のお願い】自然エネルギー100%と原発の段階的廃止を実現するため「エネルギー基本計画」を変えよう!
 つづけようと思ってもなかなか続けられない。
ずっと間があいてしまって、数日後に業務日誌を見ながら書くことも多々ある。
映画など見たものだけを記録するページをつくっていたこともあるけれど、どうしても
抜けてしまうので、日記と一緒にした方がはるかに楽。
自分の記録だから、なんとか続けたい。
 
 平成23年12月31日 土曜日

大晦日にまでお稽古に来る人がいるのはすごい。
通常、年末年始でヘタになるから、このような日にもちゃんと踊るのはいいこと。

美容院へ原付で行ったのは失敗。
今度は丸首かぶりではない服装をして、自転車で行こう。
そうしないと夜会巻ができない。
仕方ないから明日は自分で頭をしよう。

明日のおせちの用意や、天ぷら屋さんに頼んでおいた年越しそばのセット、洗濯物などを持って母の家へ。
すでに弟とお蕎麦屋さんで済ませたとのこと。おやおや、でもよかった。
明日朝から着物を着るので急家戻る。
平成23年12月30日 金曜日

劇団「風の子」時代の恩師、関谷幸雄先生についてグーグルしていたら、関谷先生の息子さんの
花輪充さんが偉くなって、幼児教育とドラマについてのプロデューサーになっていることを知った。
そして哲学者の和辻哲郎のすごくよい言葉をHPで紹介していた。
「幸せとは、そこに存在する者の数に比例した質量をもち、そこに存在する者が一人たりとも油断したり、
手を抜いたりすることはできない

幼少より関谷幸雄先生の作品に親しみ、玉川大学の文学部を出て、幼児関係のお仕事を経てその方向に
進まれた充さんは、本当に心が美しい人なのだと思う。
あの学校で育ったら誰でも心が美しくなるけれど、まして関谷先生の『アニメイム』をはじめとする数々の作品、
それから芸術祭奨励賞を受賞した『山ふところ』のようなドラマチックな作品を見て育ったらどれほど素晴らし
感性を育んだことだろう。
踊りを習いに来る人たちが、幼少期や子供時代に良い本に接していなかったと感じることが多い。
スウェーデンのリンドグレーンやドイツのエーリッヒ・ケストナー、子供が読んで当たり前のアンデルセンや
グリム、イソップ、北欧神話、ギリシア神話、日本の神話や昔話、子供風に翻案されたシェークスピアなど

まったく読んでいなくて、文学に十分接することなしに成人してしまった人がいる。
すぐれた物語を読むことなしに育った人は、文化的背景に対する理解や教養に欠け、それが
あらゆる場面で露呈してしまうから、なるべく早い時期に子供に良い読書をさせることが大切。
しかし、親が子供時代に豊かな読書をせずに育つと、子供にも読む喜びを与えられない。
文学に無関係な生活をしている人は心が殺伐としてしまうし、文学なし人種だけでは社会がすさんでしまう。
たとえ児童文学でもいいから、人々が物語に親しむ習慣を持てば、社会の犯罪の半分以上はなくなる。
平成23年12月29日 木曜日 

永谷音楽事務所の銀座の事務所での忘年会へ行く。
エレベーターなしの古いビルの5階。
一体どうやってあそこまでハープを運んだのだろう、びっくりした。
ドイツ語でみんなで歌を歌うあの雰囲気はとても素敵。
永谷さんがやっていることは、つきつめた文化の追求と紹介だから、本当にすごい。
チロル名誉市民万歳。
永谷さんのお蔭でチロルの文化が日本人の目に耳に入ったことは素晴らしい。
"Wien, Wien, nur Du allein"を初めて習ったのは18歳の時にウィーン大学の課外授業。
あの歌を当時習っておいたことで、私の人生はあの歌を知っていることで楽しいことが多かったことか。
さわり以前の歌詞もちゃんと覚えておこう。
今年はドイツの踊りを2名編成でご披露。1時間半くらいで退散。
母の家へ行くとパソコンができないから、食事の後することといったら寝るか読むしかない。
明日はゆっくり出かけられるので、読んでは寝て、寝ては読んで朝四時までリチャード・コシミズ
続・世界の闇を語る』を読む。
自分はなんて世の中のことがわかっていなかったのだろう。
日本の企業の多くがユダヤ資本に買い取られた事実を知って愕然とした。
もう半分以上ユダヤ化してしまった有名企業もあり、本当にライオン丸の頃私たちはバカなことをしたものだ。
当時私は個人的なことに没頭していて、世界が見えていなかった。
平成23年12月28日 水曜日

暖房器具を買いに行く。
やはりガスがいいけれど、最近の部屋にはガスの元栓がついていなかったりするから結局つけられない。
各部屋にガスの栓をつけるのは流行らないのだろう。

都庁西側への宿泊が今日で3晩目。
神楽坂から来ると近いようで結構時間がかかる。結局マンションのフロントドアが締められてしまう時間。
 
平成23年12月27日 火曜日

坂町の足袋屋がある通りのお弁当屋が頑張っているのを発見。
防衛庁の人たちが買いに来てくれるのだろうか。
それとも人目につかないからもう店を閉める直前なのだろうか。
けっこう店構えが広いから昔からやっていたはず。
こういう人には長く店を守ってもらいたい。この道にコンビニなんかが来たら困る。
コンビニが来るとその町に昔からある調和が乱されるからいらない。
今度大量にお弁当を注文する時などこの業者を使おう。
ところでロフトというのは非常に効率がいいかも。上に寝れば下を有効活用できる。
ただし、高いところに上がれないほど具合の良くない日はどうするのだろう。

松本清張作『鬼畜』ビートたけし主演。こんな親がいるとは信じ難いがこういうこともあるのかもしれない。
印刷業はパソコンに乗り遅れた職人堅気の人には辛い業種。
本来なら生みの親が児童福祉相談所へ行くべきだった。
個人間で解決を見ようとせず、行政を通せばこのようなことにならなかったかも。 
平成23年12月26日 月曜日 

今夜から3晩続けて都庁西側で宿泊。
母が渋谷区本町へ引越してからというものここ30年のうちで3晩連続で泊まるのははじめてかも。
だからこういうこともいいかもしれない。
平成23年12月25日 日曜日

今年最後のルーテル教会の礼拝。
マルコ第10章43節「あなたがたの中で偉くなりたいものは皆に使える者になり、一番上になりたい者は
すべての人の僕になりなさい
」という言葉を世界のトップにいるハイエナたちに聞かせたいものだが、
湯駄屋教だから、キリスト教の新約聖書に書いてあることなど痛くも痒くもないだろう。

その部分は本日の聖書朗読の所ではないのだが、たまたま拾い読みをしている時に見つけた。 
平成23年12月24日 土曜日

朝4時に寝て、6時に人が来て起きて、6時半に寝たけれど7時にまた人が来て、再度寝たのに8時に人と
待ち合わせをしていて起きたため、1日中頭がもうろうとしてしまった。
恒例のクリスマス・プチ本番をここでやり、そのあと母の所へふーこちゃんを連れて行き再度クリスマス
・ディナーをしたため、もう体力的に限界で深夜礼拝に参加できなかった。
だから絶対に明日の主日礼拝には参加したい。
平成23年12月23日 金曜日

サンタの仕事で渋谷へ。
あのような所に住んでいたら自然から隔離されてしまうだろう。
とても素敵なマンションだけれど、私は四ツ谷の子だから、やはり庭付き一戸建てがいいな。 
ところで、帰り道は明治通りでなく表参道から外苑西通りを通ったのだが、昔あったどうしようもなく古い
崩れ去りそうなあそこの都営住宅に住んでいた人はとても得したと思う。
都心に都営住宅など不要だ。どうして一等地に住まわせるのに都民の血税を使わないといけないのか。
安く住みたいのなら都下やゼロメートル地帯、工場・倉庫地区など不便な所に住まわせるのならわかる。
多分既得権者がそうさせないのだろう。
ところで、同じ日に死亡した二人だけれど、クリントン夫妻も(ヒラリーがチェコユダヤ)やオルブライト(チェコ
生れ)、サルコジなどはもちろんバツラフ・ハベルのお葬式に行ったようだ。
北チョウのあの人のお葬式に行く要人はいるのだろうか。
平成23年12月22日 木曜日 

缶詰の減り方がすごい。
朝5個開けても足りない。
それではっと気がつくと夕方すでに10個は開けていることになる。
衛星放送の朝日ニュースがどうしても鼻につく。
リチャード・コシミズか、ベンジャミン・フルフォードをゲストに呼んで下さいとリクエスト・メールを何通も
送ったのだが、無視され続けて、どうでもいい、変な御用学者みたいなとんでもないことを言いだす馬鹿
ばかり出て来るのでなさけない。
有料放送なのになんだこれは。
平成23年12月21日 水曜日

郵便局やクリーニング屋へ行くなどの雑事に追われ、結局お豆腐屋さんへ行かれなかった。
松本清張『霧の旗』(1977年、山口百恵、三浦友和、三船敏郎)。
山田洋次版(1965年)を見れば倍賞千恵子だったが、残念ながら貸出中だった。 
平成23年12月20日 火曜日

イタリアのロック・シンガーが戻ってきた。アメリカのベース弾きを紹介することにした。
東京のライブハウスで演奏の機会が持てればいい。
渥美清が妻子ある普通の家庭の父親でサラリーマンをしている役というのはこれだけかもしれない。
喜劇初詣列車』(1968年)。
もうVHSなんか見ることもないと思い、ビデオデッキを捨ててしまったので、古い映画が見られない。
最近は小さなテレビデオで見ているけれど、すごく不便なので、思いきってネットでビデオデッキを
注文してしまった。
ジェリー伊藤や渥美清などの作品でDVD化されていないものが何作かあり、それらはビデオで見るしかない。
平成23年12月19日 月曜日

ジョンイルが69歳で死去。こんなことあり得るだろうか。
誰かに毒でも盛られたのではないだろうか。
独裁者がこのような年齢で死亡することがあるのだろうか。
 
どうにも怪しい。しかも死後50時間経ってようやく死亡が報告された。
やはりロック爺の手下に殺害されたと見るのが妥当だろう。
坂町の足袋屋「むさしや」に先月注文したひも付き足袋を取りに行く。
このようなお店にもっと早く行けばよかったけれど、四ツ谷に住んでいた頃はまだ足袋にまで気持ちが
まわらなかった。
ローズ色を基本とした足袋を注文した。
平成23年12月18日 日曜日 

仕事前に在来線神戸駅前にある湊川神社に寄ることができたことを嬉しく思う。
言葉はアマテラスや天岩戸がどうたらこうたら言っているのに、様式は完全に仏教風。
衣裳は白い神道式で、建築様式は仏教、しかし、名前は神社だ。
これはどういうことなのだろう。
仕事の後、三宮から車で北野へ行く。
以前行ったのは昼間だったから、今回とはまったく違うイメージ。
ともかく人が少ないということを感じた。
極めつけはオリエンタル・ホテル。
かつてショーをやった時は人であふれかえっていたけれど、閑散としている。
平成23年12月17日 土曜日

夜の2時に寝て4時に目覚ましで起きて、タクシーを呼び、途中でサンタを拾って東京駅へ。
今回は西明石からさらに各駅で行ったところなので、宿泊は神戸にした。
仕事が5時で終わったのでポート・タワーに上ったが、床面積が非常に狭く、なにかとてもちゃちな感じがして
早く降りたくてしかたなかった。
エレベーターも今にも落ちそうな貧相なもので、東京タワーと比べるとおもちゃのようなもので、このような
タワーにもし修学旅行の人たちが団体で来たら、重さで倒れるのではないだろうか。
中華街は道1本しかないので非常に規模が小さいから、横浜の中華街を見慣れていると物足りない。
ちゃんとした中華料理屋がないようだ。
有名なチーズケーキの店へ行った。
飛鳥昭雄の『MIBの謎』を読んでわかったことは、エイリアンは実は空中に浮かぶピラミッドの住民である
エリアの民であるということ。
どうやって空中のピラミッドで数千年来暮らしているのだろう。 
平成23年12月16日 金曜日

高倉健さんの自作童話『南極のペンギン』朗読CDの中の母親に対して語りかける章があり、感動した私は
いろいろな人にファイルを送ったら、今日、こんな感想がきた。
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日付: 2011年12月16日22:42

昨日、けんさんの朗読聴きました
ペディキュア塗りながら聴いてたら、涙で震えでうまく塗れなくなってしまった
不器用だけど、愛情深い、映画の役柄そのままの人なのですかね 
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本当に感動的な作品。上手い声優が読んでいるというのではなくて、自分の心の中を正直に書いたものを
自分がそのまま読んでいるから、感動するのだ。

渥美清『泣いてたまるか』山田洋次監督。白黒だし、テレビ作品だから短い。
でもここを経て『男はつらいよ』へ行くのだなというのがわかる。
なんとさくらの亭主の前田吟が、ものすごく若い顔をして渥美清の運転するトラックの隣に座って魅力を
振りまいている。
そうか、このような役をやっていたのか、それで山田ファミリーの常連になったのだ。
後にも先にも渥美清が車を運転する場面を見たのはそれが最初で最後。
はっきり言ってびっくりした。
もしかしたら、本当には運転していないかもしれない。
危ないから以後一切運転させないようにしたのかもしれない。
そういえば、この人がバイクに乗っているのも見たことがない。運転には無縁の人というイメージが強い。
植木等が原チャリに乗っているのは見たことがあるけれど。
平成23年12月15日 木曜日

昔の頭巾サイトに登場するほとんどすべての主要人物にイラクで会ったという人とスタバで1時間くらい話した。
いやあ、これでいろいろなことがつながってきた。
当時わからなかったことも見えてきた。おもしろい。
平成23年12月14日 水曜日

渥美清『花嫁の父』(山田洋次監督、1981年)。涙なしには見られない。
タコ社長も出ていて楽しい。
これと似たような父親像を『キネマの天地』でも見せている。
平成23年12月13日 火曜日

新宿区の江戸時代の町名は素晴らしい。
箪笥町、細工町、袋町、払方町、市谷加賀町、 市谷砂土原町、市谷薬王寺町、市谷山伏町、神楽坂、
神楽河岸、市谷鷹匠町、市谷長延寺町、市谷船河原町、市谷佐内町、築土八幡、榎木町、矢来町などで、
絶対に住所新表示にしたくない。
新宿区役所に勤務している人で親の代から新宿生まれでない人々は、新宿に対する思いが足りないから
碌でもないことを考える。
住所変更には断固として反対して江戸時代の地名を守るべきだ。
平成23年12月12日 月曜日

ブログ。 富士山爆破はすでに2000年から極秘に準備されていた。 
平成23年12月11日 日曜日  

ブログ。新国民党。不正選挙だというのが今わかった。
平成23年12月10日 土曜日
 
昔の『頭巾サイト』の唯一のフランス語頁を再アップロード。
infoseekやaacafeがなくなったから、かなり失われたページもあるが、すべて元は残っているから、そのうち
暇を見てアップしたい。
こういうことは記録として残した方がいい。
風化してしまうから。 
平成23年12月9日 金曜日 

イラク人で政治亡命した人は、日本のメディアのために通訳をして、そのために米軍の刑務所に2年入れられ
出所して日本に亡命したのに、かつて自分が世話をした日本のXXテレビなどの放送局の担当者は、
この人など知らないと言ったのだそうだ。
使うだけ使って、あとは知らんぷりというのは日本人として本当に恥ずかしい。
日本のために働いたイラク人の政治亡命を受け入れた日本政府に感謝する。

大好きなためきち(ジェリー伊藤)が出ているとのことなので『江分利満氏の優雅な生活』の映画を見たけれど、
どこにどう出ていたのか、いまいちためきちをきちんと使い切っていないので、半端。
もっとこの人の良さを全面的に出してあげないと。『モスラ』のように。
 平成23年12月8日 木曜日

ブログ
 平成23年12月7日 水曜日

ブログ
平成23年12月6日 火曜日

松本清張『点と線』の映画。非常に重い。
たけしがいい味出している。
それにしても、警察というところはこんなに無力なのだと知って愕然とした。
政治家が悪すぎる。
 
平成23年12月5日 月曜日
 
白昼堂々』(1968年野村芳太郎監督)。『寅さん』シリーズの一作目が1969年だからその1年前。
渥美清の異色作、渥美清がなんと賠償千恵子と結婚して夫婦として登場する映画など他にあるのだろうか。
ところで舞台になった筑豊というところは本当に泥棒部落があったあそうだ。
定住したサンカもいたようだ。しかし仲間内で相互扶助の精神を発揮して仲間を助けるというのは、すごい。
映画では綺麗に描き過ぎているかもしれないけれど、今まで知らなかった世界を知ったことは大変勉強に
なった。
 平成23年12月4日 日曜日

昨夜から読み始めたリチャード・コシミズの『2010年アセンションはやってこない』を朝の光の中で読む。
非常におもしろい。そのまま教会へ行ったらなんと偶然に同じところ、今日は『第二ペトロ』3章8節から。
これについてはリチャード・コシミズ関連頁に書く。
十数年ぶりで新宿区の公立図書館でCDを借りる。ツタヤで有料で借りるより良いかも。
もっと早くやっておけばよかった。
そういえば昔はよくビデオなんかも借りた記憶がある。
 平成23年12月3日 土曜日

朝ベンジャミン・フルフォード『闇の権力と闘う男』を読み終える。2009年に書かれた本だが今でも十分
すごい。改めてすごい人がいるものだと尊敬してしまう。
読むだけではだめなのだ。読んで、それでどうするかが問題。
巻末の資料も充実している。
ロックフェラー一世の父親がニセ薬で財を成した旨を知り、そうか、メディスン・ショーとして私が一章を割いた
あの部分に実はスタンダード・オイルの創始者の父親が関わっていたのかと改めて驚愕した。
むろん情報として本文に組み入れた。
大きな収穫だった。
  平成23年12月2日 金曜日

松本清張『ゼロの焦点』の映画。絶対に人に知られくない過去というのは、この人の別の作品『砂の器』でも
らい病がらみであった。
 平成23年12月1日 木曜日

船崎光治郎の画集サイト、まだつくりかけ。
樺太は自分の家族の歴史とそんなにたくさん関わっている場所だったのだ。
ナタリアたちが韓国から帰って来た。おめでとう。
 平成23年11月30日 水曜日 

アメリカ人の社会学者の先生が東京に帰って来た。
『福島の自然災害』という本を出版するのだと、執筆に余念がない。
これが人工地震による災害なのだということを知らないのだろうか。
そんなことあり得ない。
ハーバード大学の人たちはみんなそれを熟知しているからこそ、自然災害という言葉を題名に使って、
無学な一般大衆にニセの情報を流すのだろうか。
一緒に中華料理を食べてとてもいい人で楽しかったのだけれど。
 平成23年11月29日 火曜日

大洪水でタイで足止めになっていたEMSを今日ようやく出したとの連絡が来た。
やれやれ、水に浸かってしまわなくてよかった。
郵便物が水に濡れないような努力だけはしたようだ。
中身が無事なら遅れても問題ない。(後日談:結局12月3日土曜日に届いた、万歳!)
 平成23年11月28日 月曜日

久しぶりに飛鳥昭雄読む。『UFO特務機関MIBの謎』。
かたや飛鳥は学研からどんどん出してもらっているのに、リチャード・コシミズは自費出版でお気の毒。
飛鳥の情報も本当に危ないものだけれど、この人は漫画家です、サイエンス・エンターテナーですと、敵の
目をくらませるタイトルで上手く立ち回っているから、アメリカの軍産複合体の内部事情や最新兵器などを
思いきり暴露しているけれど、たかが漫画と相手がたかをくくって寄ってこないようにしているのだと思う。
リチャード・コシミズも最初の4,5頁だけは漫画にして一瞬敵の目をくらませて、6頁目くらいからおもむろに
はじめたらどうなのだろうか。
コシミズも一生懸命に親父ギャグを入れたりして、お砂糖をかけようとしているのだけれど、そんなものでは
とてもとても相手の目をくらませることはできない。
あまりにストレートだから。いつ命を奪われるのか心配してしまう。

江戸川乱歩作映画『黄金仮面Ⅱ』。伊藤道郎の息子ジェラルド・ためきち伊藤が出ていたから第一作の方が
はるかにおもしろい。
やはり大月
ウルフでは日本語が上手すぎておもしろくない。でもこの人の一家はすごい。
父、スウェーデン人建築家、母、姉(フジ子・ヘミング)ピアニスト。 
 平成23年11月28日 月曜日

 母校玉川大学が太陽光を使った車のレースで優勝していたのを発見。
デザインもすごくかっこいい。
そういえば、昔から工学部の方の道で変な乗り物の実験をしていた。
あの頃のは中学部生でも笑ってしまうようなデザインだったけれど、すごく洗練された。
石油に頼らなくてもこんなにできるのだというサイトを見つけてとても嬉しい。
国際石油資本を儲けさせなくても車は走る。
 平成23年11月27日 日曜日 

シロウト臭い素朴な行動でもやらないよりはまし。
東京湾で核爆発させないで!』の字数がいっぱいになったので、『なぜ日本全土で核爆破するの』に続ける。
サルでもわかるTPPを読んで、やはりあの人たちが、というのがわかった。
3.11同時多発人工テロをしかけた人たちと同じだ。

新樺太市のHPを見たら涙が出て来た。
あそこは北緯50度線まで日本だ。
なぜ4島以外を放棄するのかわからない。
樺太も千島列島もみんな日本人が管理した方が自然が守れるし、アジア人同士だから先住民とうまくやれる。
平成23年11月26日 土曜日

船崎光次郎が昭和22年9月15日に富岳本社から発行した『高山花譜』を母から借りてくる。
夢中で前頁カメラに収めた。あとがきは新憲法施行の同年5月3日に書かれている。
あのような混乱の時代に、よく花の木版画集など出したものだ。
それは今思うに、ひとえに第二の故郷となった失われた日本領への強い愛ではなかっただろうか。
平和な樺太で千島桔梗や、色丹草、利尻ヒナゲシをはじめとする北方地域にしか見られない植物を
日々描いていた光次郎は、北方の植物を木版画にしてこの一冊に閉じ込めることで樺太において
展開された自分の人生の大きな部分を封印したのだと思う。  
 平成23年11月25日 金曜日

赤い自転車が下の駐車場で昨夜紛失したので富久交番へ届ける。
もう古いからなくなっても構わない。
映画、江戸川乱歩原作『屋根裏の散歩者』(1994年実相寺昭雄監督)。
殺人を犯したことを明智に見破られたにもかかわらず、逮捕もされず、警察も来ないで変な終わり方だった。
 平成23年11月24日 木曜日 

以前やった『フラメンコ入門』(マリカ・カルメン)にロルカの詩をたくさん散りばめた。
当時はむろんこの詩人の生涯について知らず、ただ、この詩人の美しい言葉だけを抽出して本の至る所に
引用させてもらったが、ガルシア・ロルカがどのように殺されたか知って本当にショックを受けた。
映画『ロルカ 暗殺の丘』(1997年)
38歳で銃殺され、あのような素晴らしい作品を残した。私は何をしているのだ。
 平成23年11月23日 水曜日

勤労感謝の日。飛鳥時代皇極天皇の時にに始まった新嘗祭。
高向王と結婚して子供もいたが、その後二度も女帝に担ぎ上げられてしまう。
高向王が実は聖徳太子で同時に蘇我入鹿その人と同一人物だったというようなものを読み過ぎたため、
皇極天皇になるまでのこの人の人生はタイムマシンでないとわからなく、しかも日本史最大の謎を秘めている。
江戸川乱歩作映画『盲獣VS一寸法師』石井輝夫監督・2004年)。
今まで見た明智探偵もので一番変な映画だった。複雑怪奇でゲテモノ趣味。
 平成23年11月22日 火曜日

ナタリアのお誕生会の後、カルロス・サウラ監督のフラメンコ映画『イベリア』(2005年)を見る。
ベネチア音楽の弦楽器を入れたようなイタリア音楽で踊るフラメンコとか、フラメンコの中にストリート・
ダンサーが登場して、まるで『ウェスト・サイド・ストーリー』のジェット団とシャーク団の対立のような場面を
作っているすごさ。
最後の方の場面で大きなビニールを上手く使って、光を当てて海の底にいるように見せたのも実験的で
良かった。
照明で影をうまくつかったこの手法は、本当は伊藤道郎の『ピチカート』から影響を受けているのではないかと
思った。
以前見たこの監督の『カルメン』も素晴らしかったが、この監督の作品を全部見たい。
 平成23年11月21日 月曜日

以前シルクロード・コンサートをお手伝いていたウズ演奏の第一人者、大平清氏からライブのご連絡がきた。
考えてみれば、純粋にオリエントの民族音楽をめざしている大平氏に、日本テレビのなんとかというすごいう
低俗なお笑い番組でサズを演奏していただいたりして、しかもそのロケが朝速いからと前の夜から日本テレビ
横のなんとかホテルに外タレと一緒に缶詰めにするなど、なんという失礼なことをしてしまったのだろうと
今更ながら思い出すと赤面しそうになる。
しかも、私のつくった変な衣装を着て演奏していただいたりして、どれだけご本人は我慢をしていたことだろう。
ちなみに紫の衣装で魚の皮を貼ったアラブ太鼓を叩いているのが大平氏。
何本かお仕事をご一緒するにあたり、私の知らない音楽をいろいろ教えていただき、大変勉強になった。
その時に教えていただいた『ウシュクダラ』の音楽をトルコやイラクの人の前で歌ったら、とても感動してくれた。
それらの国々の人にとってこの歌が共通の歌謡財産であることがわかった。
ちなみに江利チエミもこれを歌っていたのだと知りびっくり。

:   『砂漠に咲く赤いタマリスク~ウイグルの音楽』
  アブド・セミ/ラワプ演奏と歌 大平 清/ドタール演奏と歌

 東京藝術大学の博士課程を修了した実力派ラワプ奏者アブド・セミ氏がゲストです♪
ウルムチの新疆芸術学院の音楽の先生です。セミ氏はウイグルの12ムカーム研究の第一人者でもあり、
藝大でウイグル音楽の講座等やコンサートなどで活躍されています。

  会場/奇聞屋(JR西荻窪南口すぐ) 杉並区西荻南 3-8-8-B1 03-3332-7724
  2011年11月27日(日) 19時開場19時半開演 2500\/1drink
  お問合せ (大平) 大平氏HP  090-4439-6298

浅草へ行く。捜しているものが見つかればよいのだけれど。                          
 平成23年11月20日 日曜日

教会へ行ったら今日はフィンランド人の牧師先生だったが、浅野先生のお書きになられた「後から来た人が
先になり
」という聖書のあの難解な個所の説明が実にお上手で、感動して涙が出てきてしまった。
世界のどこに聖書のその箇所を「たこさんウィンナー」を使って説明する人がいるのだろう。 
とても素晴らしい先生だと改めて感心させられた。

私はお好み焼き屋で出すようなソース焼きそばなどというものはここ数十年くらい食べたことがなかったけれど、
今日久しぶりに昔行っていた店へ行き、ソース焼きそばをオムレツで包んだのを食べてみて、これはおいしいと
感動した。
江戸時代にもやきそばなるものはあったと思うのだが、このメニューはなかったに違いない。
多分ソースとか、オムレツというコンセプトがなかったのではないか。
玉子といえば、厚焼き玉子とか、極端に薄くして、ちらし寿司に乗せたりする錦玉子であり、いわゆるオムレツ
というのは、明治になってからの西洋料理なのではないだろうか。

同時多発人工地震の不当性を被害者である日本国民としてを世界に訴えかけなければいけないのに、
食べ物のことなど書いている場合か。
スペイン語で概略を書いて誰かに添削してもらおう。

「日本へ密入国したいと考える中国人は数多く存在するが、中国へ密入国したいと考える日本人がいるだろうか?
中国に不法滞在している日本人がどれだけ存在するだろう?」
こんなにおもしろいことが書かれた中国ブログを見つけた。
誰がつくっているのだろう。
平成23年11月19日 土曜日 

朝から雨。お稽古とその他の仕事で一歩も外へ出なかった。
東京湾で核爆発をさせないで!』というブログを書いた。
どんどん書き足して行こうと思う。
平成23年11月18日 金曜日 

『なにも知らない大衆は、なにも考えずにニュースを鵜呑みにする。脳細胞は利用される機会を失い、
ますます休眠状態に入る。どんどん劣化し、お笑い芸人の瞬間芸にしか反応しなくなる。
大衆は愚民化実験のもっとも忠実なモルモットと化す』(リチャード・コシミズ)。
また、竹島問題で大変勉強になる良い資料を見つけた。
江戸時代の地図が竹島の位置と形を正確に描いているの、あちらの国ではその位置関係を描いている地図が
存在しない。感情論にならないで純粋に古資料調査の結果得られた結果を尊ぶべきではないか。

「『安全保障理事会拡大の必要性だけでなく、日本がその中で指導的な役割を果たさなければならない』と
日本の常任理事国入りを支持する考えを改めて示した」(時事ドットコム)という来日中のブータン国王の
衆議院本会議場での演説を知って嬉しくなった
他にどこの国が常任理事国入りを賛成してくれているのだろう。

万歳、ついにやった!
アロヨが逮捕された。
海外へ高飛びしようとした空港で。よくやった、アキノ政権の警察。
本当に嬉しい。この人はどう考えても悪人だと思っていた。
とっくの昔に弾劾されていいくらいだった。
アロヨの弁護団70名の中の一人が友人だったから、話はいろいろ聞いていた。
弁護団はやれパリだラスベガスだと、アロヨからボーナスを貰って喜んでいたから、弁護士資格を取るほどの
エリートといってもなんといういう貧乏根性の馬鹿集団だろうと思っていた。
アロヨの夫が所有するあの弁護士ビルにも何度か足を運んだけれど、今やっと逮捕されて、私も数年の
肩の荷が下りたような気分。
あの人は明らかに国際ユXXの仲間だった。
フィリピンをアメリカに売り渡したマルコスの系統。
アロヨから解雇された友人はフィリピン人ホステスを今度は看護婦に仕立て上げて介護人として日本に送る
という準備をしていたけれど、実際に軌道に乗せているのだろうか。
あの人たち、まず東京を狙わずに、若い女性不足の地方に少しづつ送り出すから都内にいるとあまり
気がつかないけれど、看護婦で来た人が当然、日本人男性と結婚して配偶者ビザを得て日本に居住し、
フィリピン人との混血を生むから、だんだんに地方のジャパユキ受け入れ地帯から日本語や日本の伝統
文化が失われてくる。
ともかく、アキノの息子が今大統領をやっていることを私は大変高く評価している。
あの人が大統領になった時は感動して泣きだしたくらいだった。
フィリピンでイフガオ族を見てしまったから、なにか他人とは思えない。
イスラムにもキリスト教にも影響されないで山の奥地で伝統的な生活をするイフガオ族は、いわば、フィリピン版
縄文人だと思う。
私はいつだって原住民の味方。長いモノに巻かれない生き方こそ素晴らしい人生。

再び江戸川乱歩の映画。『黒い仮面の女』北大路欣也の明智探偵。
乱歩のものは明智小五郎シリーズを何本かと、『黒蜥蜴』、『人間椅子』、『双生児』を見たが、レトロで
独特な世界観が非常におもしろいので、全部見てしまいたい。
山田洋次監督の作品、渥美清出演映画をほとんど全部見たので、ひとつまたひとつとクリアしていきたい。
平成23年11月17日 木曜日 

久しぶりに朝ゆっくり読書をした。
朝の6時半に目を覚ましてそれから読むのは本当に楽しい。
リチャード・コシミズの『3.11同時多発人工地震テロ』をやっと読み始めた。
すごい、この人の感性と洞察力。
命がいくつあっても足りないような鋭い内容を書いて、世界の平和のためにペンで戦う戦士。
それにしても、複数の潜水艦でやってきて、日本海溝に核爆弾を多数仕込んで人工的に地震を起こした
あの人たちはどうして国際裁判所で裁かれないのか。
その秘密作戦を実行した人の中で口を割って情報を提供してくれた人は今でも生きているのだろうか。
物部氏はユダヤ教で、秦氏は原始キリスト教で共にユダヤ人だけれど、古代日本に多くのユダヤ人が渡来
したから、日本はかなりユダヤになってしまっているのでいわば、民族的にはスファディー・ユダヤ的なのだ。
それなのに日本をこのようなかたちで攻撃するのは理解できない。
まあ、70億人を60億人殺して10億人にしようとしている人たちだから、効率が良く、しかも儲かる方法で
殺人行為を行っているけれど、どうして告発されないのか。
ニュースでこういうのを流すべき。
平成23年11月16日 水曜日

今日は結局九段から皇居のまわりを一周してしまった。
気になるのは、皇居外苑のところに何人も浮浪者が寝そべっていること。
浮浪者は上野みたいな汚れ町へ行け。
恐れ多くも皇居の前に居座るな、目障り。

四ツ谷須賀町のお豆腐屋さんでいつものように店頭で豆乳を飲んでから豆乳4個を買って、そのまま本塩町
の方へまわったついでに、坂町の誂え足袋の店「武蔵屋」へ行った。
三上の幸枝叔母は「子供の頃、近所のお友達と武蔵屋さんへ行き、足袋を作るところを見せてもらった」と
話しているとかおりちゃんがメールで知らせてくれた。
お店の中はまるで江戸時代。
涙が溢れてきてしまった。
今時、このようなお店をやっているのだ。
防衛庁からわずか1分の距離、固定資産税がさぞ高かろう。
1日に何足売れるのだろう。
誂えの手間を考えたら、1足でたいして利益などでないはず。
足袋が好きなのだ、このご主人は。
足袋を誇りに思っていて、足袋を愛してやまないから、こういうことをやっていられるのだ。
ひとつのことに打ちこんでいる人はなんと輝いていることだろう。
江戸時代中期までは金具のコハゼが登場せず、紐で結わえたと聞き、早速、江戸時代の人みたいに紐で
結わえるタイプの柄物足袋を注文。
足袋の柄たるやなんと百種類くらいあって、もう目移りしてしまいそう。
素晴らしい。伝統的な服飾文化がすたれてはいけない。
日本人なのに足袋一足、着物一枚持っていない人がいるのではないだろうか。
和に徹しないと。だから私は最近、コートの代わりに21歳の時に祖母が日本橋三越で買ってくれた道行を
着ている。
これが便利で、下に絹のジャケットを着た上から羽織ると中に空気の層ができてすごく暖かい。
こんないい重ね着方法は今まで気がつかなかった。 
伊藤道郎にこだわっているから、映画はジェリー伊藤の出ている『黄金仮面』にした。
平成23年11月15日 火曜日 

熊本の菊池村の竹炭農家からおいしいものがたくさん届く。
このシーズンはじめてのお餅も入っていて嬉しい。
白菜もある。おなますは前回あまりのおいしさに10個頼んだが7個しか来なかった。
次回は15個頼んでしまおう。
毎食1個でも食べられる。
平成23年11月14日 月曜日

昨日『樺太 1945年夏氷雪の門』を 一緒に見たイヨンちゃんに、間宮海峡のことを伝えたら、

日付: 2011年11月15日3:19
間宮海峡なるものがあるのですね!
しらなかった(´⊙д⊙屮)屮

という返事が返ってきた。
間宮林蔵については井上ひさしの飯野忠孝の長編『四千万歩の男』」に非常におもしろい記述があり、
私の考えていた「偉い人、地味な努力をする人」という間宮林蔵像とは大いに異なったが、きっと、
井上ひさしの『四千万歩の男』が真実を述べているのだと思う。
飯野忠孝を殺そうとするくらい悪魔的に頭の切れる、危険な人物だったからこそ、自分の名前を地名に
残したのだろうから。
これは大変な長編だからよほどのモノ好きでないと読破できないけれど、日本政府がロシア帝国との間で
蝦夷地や樺太、千島列島についてどのような経緯をもったかを知ることは大切だ。
もともとそれらの地域はロシア帝国でも日本でもなく、アイヌの土地だったのだから。
先住民の意思を尊重することなく近世、近代史を築いてきた両国は悪い。
破壊の規模に置いてソ連はもっと悪い。
これを風化させてはいけない。
そのためには、みんなが日々しつこくこの問題を口にすることしかない。
 
 平成23年11月14日 月曜日

ベンジャミン・フルフォード『勃発!第3次世界大戦 World War Ver.3.0』(2011年)をやっと読み終えた。
本当に日本語が上手くなった。または、それを書いた日本人がちゃんとしていたのか。
今迄みたいに変な尻切れとんぼな文章がなくなって、言葉の数が充実し、文章が上手くなっているから、
本人ではなく誰かまともな人が代わりに書いているのだろう。
非常に頭の切れる人物だ。
世界情勢解析が素晴らしい。
称賛ばかりしていられない。
読んだからには行動をおこさなくては。

今日の映画は『樺太 1945年夏氷雪の門』。
ポスダム条約で敗戦を受け入れ武装放棄したというのに、ソ連はまだ軍事行動をやめず、言ったせりふは
「敗戦国には国際法などいらない」とのたまtって、ソ連兵は白旗を上げて終結交渉に来た代表団を殺してしまう。
だからソ連は自分の非を十分に理解しているからこそ、この映画を上映禁止にしていた。
なぜこのような映画をまだ見ていなかったのか自分でも信じらないけれど、神様が11月9日に聾唖画家
大前静の樺太時代についてのお問合せメールを送って下さったことで、急に私は樺太に目が開いた。
昨日大前静樺太サイトを作ったのだが、なんと調べると船崎光次郎についての情報が意外と多いことに
気がついた。
カラー写真のなかったあの時代、樺太の高山植物を精密に模写して出版していた船崎光次郎の文化的、
教育的貢献
はなんと大きなものだったのだろうと思ったら涙ぐみたくなった。
母の一家はとても良い時代に樺太に住んでいたのだと思う。
母が話す樺太は美しく平和そのものだから。
『樺太 1945年夏氷雪の門』の映画を世界に公開して、日本は世界の世論を味方につけるのが今、
日本の政府がやらなければならないことなのではないか。
北方4島ならぬ、樺太を含む旧日本領を取り戻すべきだ。
高校など学校教育の場での映画鑑賞会で取り上げるのにふさわしい作品。
馬鹿ハリウッドものを見せるよりこのようなものこそ生徒たちに見てほしい。
平成23年11月13日 日曜日
 
教会のバザーから帰って来て、夜は画家大前静と版画家船崎光治郎のサイトを作った。
もっと早くやっていればよかった。
調べようと思ったらいくらでも資料が出てくる人だったのに今になってしまったとは。
平成23年11月12日 土曜日

明日はルーテル教会のバザーなので献品するCDをひたすらパソコンにダウンロードする。
前のパソコンにやったのに、なぜかWMPだったため、うまく今のパソコンに音が写っていなくて、失われた曲も
多いから、良い機会。
これまでに100枚くらいCDを出したが、ダウンロードしたと思ってできていなかったのが多いため、 結局
手元に音楽が残っていないものが多く少し残念。
これからはMP3にしないといけないということがわかったから、録音の時気をつければよい。
今日は小さい子供を連れて母を訪ねた。
「あら、かわいい子ね」と結構気に入ったようだったので、猫缶と炭入り砂を置いて戻って来た。
はじめての一人でのお泊り、夜寂しがらないでちゃんと寝るだろうか。
平成23年11月11日 金曜日 

霞が関の帰り、新宿通りを須賀神社方面に左折(一方通行の出口だから実際には原付を降りて豆腐屋の
前へ立てかけた)し、例の操業130年というお豆腐屋で毎度のことながらしつこく豆乳その他を買い、
なぜか三栄町から坂町を通ったら、昔あった誂え足袋の店武蔵屋がまだ営業していた。
すごい。江戸時代からそこで続けている。
もうすっかりなくなってしまったとばかり思っていた。
来週の月曜日にさっそく行って足袋を注文してこよう。
江戸時代、本塩町の旗本や、坂町の足軽サムライたちは坂町の武蔵屋で足袋を注文し、それを履いて
江戸城へご出勤と相成ったのだろう。
うわあ、身体が震える!
もっと早くここへ来るべきだった。
新宿高島屋なんかで足袋を買わなければよかった。

坂本九の映画「上を向いて歩こう」(1962年、監督:桝田利雄、企画:水の江龍子)には、みんな出ている。
吉永小百合、浜田光夫、高橋秀樹。ターキーさんって柳家金五郎さんと一緒にNHK『ジェスチャー』にでていた
宝塚の男役の人だ。
みんなのかわいらしいこと。若い時の顔の美しさをそのまま大人になった吉永小百合はすごい。
それにしても九ちゃんの歌の上手いこと。
平成23年11月10日 木曜日 

明日の朝はお稽古でお豆腐屋さんへ行かれないので、明日の夕方行くので豆乳5個を予約。
皆勤賞で毎日、伝統の味、創業130年の栗原豆腐店へ出向く。
ベルルスコーニがやめる。
そんな時代になったのか。
ベンジャミン・フルフォードは以前と比べて格段に文章が良くなった。
誰かが日本語をゴーストライトしているのだろう。
この人がここまで自然で説得力のある日本語を書くわけないというところから想像しているだけ。
『マジック・バード』3名版をつくった。
このくらいすっきりしているのでもいい。
歌舞伎町まつりの時は全員がうるさく動きすぎた。
隠さないといけないくらい変な人が出ている時にはともかく動かさない、それが鉄則にもかかわらず、やたらと
フォーメイションが多かった。
平成23年11月9日 水曜日 

新宿歴史博物館へ行った。
四ツ谷の家のすぐ近く。
このすぐ近所で土器が出たと思うだけで気分がいい。
奈良時代になると、実用性や大陸からの変な常識に捉われて、この国に住む人が本来持っていたおおらかさや、
思いきりがいいところ、天真爛漫さ、芸術は爆発してしまうエネルギーなどが失われて、本当につまらない土器に
なっていたのが興味深い。
とても良い美術館なのだけれど、いかんせん人が来ていない。
建物もいいし、人も親切。
それなのに、お客は私たち二人で係員は4名。
入場料収入だけでは到底やっていかれない。
展示の仕方、能書きどうこうばかりが先行するところがマイナス要素なのかもしれない。
イベント性も弱い。
真剣に客を呼んでいない。
特別展などは、情報量が多すぎて、よほど下準備の勉強でもしてから行かないと消化不良を起こしてしまう。
大江戸博物館にあれだけたくさんの人が訪れるのに、ここは本当に物悲しい。
昭和のサラリーマンのポケットの中など展示する必要があるのか。
昭和の家の洋室もなにかおかしい。
そんなもの模型でたくさん。
日本間をもう一つ見せた方がいい。床の間ありとかの。
余りにマイナーな博物館を見たせいか、ナポリのアイスクリームがおいしかった。
ナポリは伝統的な2色アイスの販売をやめたようだ。
なぜだろう。あれが一番イタリア的でおもしろかったのに。

祖母の樺太時代に関するメールをいただいた。
 平成23年11月8日 火曜日

私がつくるおでんがおいしいのは、隠し味にお砂糖を入れるから。
それに、大根人参、揚げ物、そしてささみを煮た汁やホルモンなど、いい出しが出るため。
やはり料理は出しが大切。それがないとただのお醤油。
税務署へ行った帰りにまた四ツ谷須賀町のお豆腐屋さんで揚げやがんもどきなどを買う。
豆乳は慣れてしまってこれを飲まないと調子が悪い。
お稽古の時にお茶の代わりにガブガブ飲む。
私は毎日続ける極端なことが好きなので、四ツ谷須賀町は生涯つづけようと思う。
これならできる。
そのうち、お豆腐屋さんのホームページもつくろうかな。
熊本の菊池村への野菜の注文もすでに1年、ただの1週もかかさずやっている。
規則的に行うことで強くなる。
不定期にやることはやらなかったことと同じくらい弱い。
母は毎日何か(新劇、バレエ、コンサート、ミュージカル、映画などなんでも)を見ていたけれど、無理やり私を
連れて行ったことが今に役に立っている。
毎日何かを見ることをしないで育つと文化のない人になるから、鬼のようにしつこく毎日何かを見ていた母のような
そういう母親がどんどん増えれば日本はもっと面白くなる。
平成23年11月7日 月曜日

アナスタシアのことで朝一番で動物病院へ行った後、お稽古。
夕方久しぶりに映画を見たが見ない方がいいくらいの思い切りC級ユダヤ・プロパガンダもの。
ドイツ好きにはバカらしくて見ていられないような内容。
ベルギー映画、仏語”Suivre avec les loups".邦題:『ミーシャ/ホロコーストと白い狼』。
このように低級なユダヤ迫害ものを乱発しては、世界の人々に「ユダヤ人は被害者」という画一的な価値観を
煽ってきたのだということを強く感じる非常に作為的で政治的な映画だと思う。
そうか、やつらこんなことをしていたのだ。
このような映画を上映するシネフィル・イマジカもあの人たちの手先だということがよくわかる。
この部類に入るものの数は多く、アカデミー賞を受賞した多くのユダヤ映画や、チャップリンの『独裁者』なども
これらの仲間。
ハリウッド自体がその目的で設立されたわけだから、こんなことは自明の事実なのだ。
映画はその作品が好きだから見るのではなくて、嫌いでも下らなくても、敵の情報収集のために見るという
目的もあるわけでから、大抵のものは無駄にはならない。
ホロコーストを強調しないと、イスラエル国家樹立は不可能だったことを考えると、ヨーロッパでユダヤ人を
画策したのは実はユダヤ人そのものだったことがよく理解できる。
2500万人しかいないのに、70億人の地球を支配して、そのうち60億人を減らして10億にしようそうなどとは
いい根性をしている。
あの人たちならやりかねないけれど、こちらには愛と勇気と知性と寛容と調和と喜びと、平和を尊ぶこころなど、
およそあの人たちが持っていないすべてがある。
平成23年11月6日 日曜日

タイからの荷物がなかなか届かなくて、待てど暮らせど来ないので、EMS番号を先方に知らせたらこんな
お返事が来た。
-------------------------
「さて EMSの追跡をしましたら まだタイで保管ということになっています。
それは 戻している間は保管という扱いということなのか よくわかりません。
郵便局へ行って調べる必要がありそうですね。
ところが 運の悪いことに この郵便局が 洪水で先月末から停止しています。
郵便局の建物も浸水していますが 前の道路が通行禁止になっています。
そして 昨日(4日)の朝から 私の家にも浸水が始まり 今は床上20センチになりました。
しかも まだ上昇中です。
この写真は 今日(5日)の朝10時の家の前です。
この時点で 表は40センチありましたが 今は50センチ以上になっています。
もう外出が出来なくなりました。
水が引くのにどれくらいかかるかわかりませんが 水が引き次第に行きますね」
-----------------
うわあ、これでは、当分日本に来ないかも。
一番心配なのは、その荷物が汚い水の中に浸かってしまっていないかということ。
どうして郵便物を安全なところへ移動しなかったのだろう。
行方は神のみぞ知る。

さて、今日はこれから教会へ。
平成23年11月5日 土曜日

新宿文化センターで新宿区主催世界の踊りの祭典。
写真が集まったらHPをつくる。 
平成23年11月4日 金曜日

リチャード・コシミズがヒトラー90歳の写真を使った講演会をしたビデオをyoutubeで見たので、
日本ナチス党の党首からこんなお返事が来た。
-------------------------------------------------------------------------------
日付 2011年11月4日0:57
件名 Re:ヒットラー90歳の写真

なかなか面白いですね。間違いをひとつ。ヒトラーが死んだのは52歳ではなく、56歳です。
シオニストがナチスを利用していたのは、本当です。アイヒマンは戦前パレスチナに招待され、
観光旅行をしています。当時欧州のユダヤ人はパレスチナに移住したがらなかったので、
それを促進するために、ナチスを応援していたのです。 
----------------------------------------
だろうな、わかる気がする。
ヨーロッパに住んでいる人がどうして砂漠に住みたがるだろうか。
命の危険にさらさない限り住み慣れたヨーロッパを去らないだろう。
アルゼンチンは南米でありながら白人国家で、まるでヨーロッパだから、多分ペロンとの間で
取り決めがあったのだろう。
『エヴィータ』のミュージカルを見てアルゼンチンがわかった気でいると危険だ。
あのミュージカルはとりもなおさずハリウッドの産物で、エヴィータという女性の魅力に注目させることで、
ペロン政権が親ナチスで庇護者であった事実を隠蔽するためにつくったのではないかとも勘ぐれる。
エヴィータとかチェ・ゲバラというとびきり魅力的なアイコンをつくりだすことで、他の部分を見えなくして
あの件を葬ろうとしたのだろう。
ハリウッドの存在自体が「あの人たち」の目的遂行のための洗脳道具であることを鑑みて、眉唾で映画を
見るといろいろ見えてくる。
BBCやCNNのニュースを聞く時も、これらのニュースを流している「あの人たち」が言いたいこと、隠したいこと
捻じ曲げたこと、だから見えてくるまったく逆の本当のことなどを探り出しながらニュースの真実に迫る味方の
訓練を日々行っているから、だんだん感覚が鋭くなってきた。
10年前には見えなかったことも今では見えているから、やはりこの10年間の読書や映画鑑賞や情報収集は
間違っていなかった。

新宿文化センターで明日の本番の舞台稽古。
平成23年11月3日 木曜日

「日本にいる福建省の人でビザを持っている人はみんな不法滞在」、「日本にいる下請けチャイナ人大工は
多くが福建省出身者」ということを数年前にチャイナ人から直々に聞いた。
当時はビザを持っていなかったのだろう。
ところが今はこうなっているようだ。ビザは持っている、しかし。
------------------------------------------
 13都府県で936件、約6億3200万円相当の被害が確認されている中国人マフィア窃盗団、
51人が逮捕された。

夕暮れ時に電気の点いていない住宅に窓ガラスを割って侵入し、1人に見張りをさせながら、
2人で室内を徹底的に物色するのが手口だ。
「実行犯役」、「盗品買い取り役」、「地下銀行役」に分かれた本格的な窃盗団で、51人、
全員が中国・福建省福清市出身という地縁で、そのうち36人が日本語学校への就学ヴィザで入国

中略
語学などというものは、わざわざ当該国の語学学校に通わなくとも、マスターできる
泥棒に日本へ来る口実を与えている日本語学校を、すべて閉鎖するとい荒業は素人政治家集団、
民主党には無理な注文だろうが、せめて、日本人の防犯意識を向上させるような
手を打ってもらいたいものだ」

と、リトル・バリバー社のメルマガに書いてあった。
新宿区内には多くの日本語学校があるが、チャイナ人の比率が多いようだ。
福建省出身の男性にビザを発行しないことで防げると思うから、日本語学校を閉鎖するという極端な
ことをしなくてもよい。
確かに語学は自国でも勉強できる。
私も本当に語彙の力が伸びていた時は日本で勉強した時で、現地だと会話をするだけで、読み書きの
時間がほとんどないから、確かにリトル・バリバーは正しい。
語学ができない人というのは、地道な積み重ねの勉強が嫌いな人だから、
他のことも同じくらいできないのだと思う。
平成23年11月2日 水曜日

 ボースの頁をつくらないと。
写真がたくさんあるから、そのうち折を見てアップしよう。
平成23年11月1日 火曜日

 「人間は言葉を使って考えるので自分の知っている単語が少なければ少ないほど考える力がなくなるという」
  リチャード・コシミズ

この言葉をYxxxさんに送ったら、
--------------------------------------------
「先生、本当にその通りだと思います。単語知らなければ自分の云いたい事をちゃんと伝えられないです。

私もまた本を読むことを始めました。
先生のメールを読んで、再認識しました。ただだらだらと読むだけでなく、
「この言葉おもしろい!」
「この言葉知らない!」
「これはこうして表現するんだなぁ!」
と、意識していくとおもしろくなってきました」

という返事が来た。
この人は今後どんどん言葉を増やしていく人になるだろう
この人の子供や生徒さんたちもこの人からこれを聞いて実行するだろう。

ところで、友人で本を出版した人が、印刷が安いからとチャイナのなんとかという町の印刷やで大量に本を作り、本国へ持ち帰った。
ところが、その印刷屋が版下を使ってその人の本をチャイナ語で著者に無断で出版してしまった。
 そんなわけで友人は、チャイナへの航空券、チャイナでの宿泊、裁判費用、弁護士を使って裁判を起こすことになった。
裁判をしてもチャイナ相手では全然なにもとれないことは十分承知しているようだ。
でも、チャイナで『ハリー・ポッター』をはじめとする様々な本が、チャイナ語に訳されて野放図に道端で販売されているのが
我慢がならないようだ。
それは当然だろう。
私は幸いなことにチャイナ人が興味を持つような内容の本ではないから、チャイナで海賊版が出るなどということはないから
そのような心配はしなくてよいと思う。

南米人の友人がナイジェリアへ行って商売をすると言っているが、あの国でなにかやることなどあるのだろうか。
アブナイ、汚い、魅力ないの三重苦の国だけれれど、一体どうするのだろう。
平成23年10月31日 月曜日 

朝から四ツ谷須賀町のお豆腐屋さんで豆乳5個買ってしまい、1日で全部飲んだ。
肌が変わる感じがする。

ついにあの本が到着した。
3,11 同時多発人工地震テロ』(リチャード・コシミズ)。
リチャード・コシミズは1955年生まれ。青山学院大学出身。
命を狙われたりしないのだろうか。
だって、こんなことを言っている:
「安倍元総理親子(朝鮮人)、ジョージ・ブッシュ親子(ユダヤ人)、ビル・クリントン(ユダヤ人であり、
ロックフェラーの隠し子)、ヒラリー(ローゼンベルト)クリントン(ユダヤ人)、小渕恵三(中国人)、
小泉純一郎(朝鮮人)、池田大作(朝鮮人)、小沢一郎(朝鮮人)、田中角栄(中国人)、麻生太郎(朝鮮人)、
菅直人(朝鮮人)、麻原彰晃(朝鮮人)、バラク・オバマ(ユダヤ人)、桜井誠(朝鮮人)、西村修平(中国人)」
だそうだ。
多分そうなのだろう。
『3,11 同時多発人工地震テロ』の本はとりあえず、玲子ちゃんに持って帰ってもらった。
実際に現場でそれを体験した人が読んだ方がいいだろうから。
それにしても、昨日来たエクアドル人のホセも人工地震機械ハープの存在を知らなかった。
どうしてハイチ地震とかの時点で怪しいと思わなかったのだろう。
みんな呑気すぎる。
差し迫っている危険にまったく気づいていないから始末に悪い。
 平成23年10月30日 日曜日 

教会の前にセバスチャンとカイゼル・ド・パリでフランス風朝ご飯をしてから礼拝へ。
アナスタシアちゃんと劇的な交流を体験する。
  平成23年10月29日 土曜日

いい踊りは練習しすぎると本番つまらなくなるから、あまりやらない方がいいくらい。
その方が本番の音に感動できる。
新しい感動を感じるためには、逆説的だけれど、やらないに限る。
何度も上演の曲で踊ると退屈してしまうから、最低必要回数だけやるのがいい。
 平成23年10月28日 金曜日

3日続けて四ツ谷須賀町のお豆腐屋さんに豆乳を買いに出かけた。
朝買うとまだ温かいから、いい感じで、5個買ってしまった。
土日は休みだというから、また月曜日に行こう。
朝7時半からやっているという。私は凝り性だから、気に入ったらもうそればっかり。
操業130年のこのお豆腐屋さんがもっと長く商売ができるように、微力ながら協力したい。
新宿通りからわずか数メートルのこの一等地でお豆腐売って、固定資産税をどうやって支払っているのだろう。
お豆腐は趣味で作って、本当の収入はビルを貸して家賃収入から得ているのかもしれない。
そうでないと、この地でお豆腐屋をやるなどそんな道楽は許されない。
こういう店があるのは本当に嬉しい。
本塩町の丸子だと名乗った。そうしたら、坂町の畳屋や誂え足袋屋の話になって一気にタイムマシンに
乗ってしまったかのようだった。
四ツ谷の昔を知っている人がどんどん少なくなるから私は四ツ谷を語っていきたい。

お稽古の後、降旗康男監督『赤い月』(2004年)。
関東軍が登場し残酷な場面も多いから、私的にはこういうの困る。
この人の作品は『ホタル』や『鉄道員』の方がずっとよかった。
一人の監督の成長の過程を見るのも勉強。
『ホタル』は朝鮮半島、『赤い月』は満州。戦争にこだわる。あとはやくざ映画作っている人みたい。
平成23年10月27日 木曜日

「泥棒博物館と呼ばれる大英博物館は、ロゼッタストーン、パルテノン神殿の彫刻群、ミイラなどを
エジプトやギリシャに返還していたら、展示するものが無くなってしまうからなのか、
返還するつもりなど毛頭ない」というリトル・ガリバーの富樫氏の言葉はもっともだと思う。
ハプスブルク家は、英国と比べて物の収拾に熱心でなかったと見えて、ホフブルクにある博物館は、ルーブル
に比べて大したことないのは、非道な方法を用いてまでありったけの物を集めて来ようとしなかったのだと
解釈すればよいのだと思う。

「アングロサクソンは非常だ」という『巴里に死す』(芹沢光治良)の登場人物たちが語ることはまとを
外していない。

東日本大震災の時に福島の現場で核爆発を起こしたのはやはり米軍だというベンジャミン・フルフォードの
本を注文した。9.11と同じように小細工をいろいろしたようだ。
日本はやはりなんといってもいまだにかなり縄文文化で、あの人たちとは価値観が合わないから、もう
いい加減にあの人たちに我が物顔で「支援」なんかしてほしくない。
民間人以外入国禁止という法律はつくれないものなのか。
軍服着た人いらないわけよ、結局。

お稽古の後、
急いで伊勢丹に行って、母の好きそうなものを買い、母の家へ行く。
洋食デリカでいろいろ買ったけれど、どうして味がこんなにおいしくないのだろう。
テイクアウトの洋食だからなのだろう。
次回買う時は、おいしいと思えるものにしよう。
となると限られる。押し寿司とか魚の味噌漬けとか。
やはり出来上がったものより、これから手を加えるようなものでないとおいしくは食べられない。
結局私が持っていったよく煮込んだおでんの方が数段おいしかった。
平成23年10月26日 水曜日  

「シャル・ウィ・ダンス」周防正行監督1996年、草刈民代)。ジェニファー・ロペスのもそうだのだが、最期が編。
どうしてこの男の人は家庭に普通に戻れるのだろうか。
踊りの魔法、楽しさ、魅力を知ってしまうと、そう簡単に単調な生活には戻れるはずはない。
だから、最期がどうもおかしい。
それに、ラスト・ダンスのところで、主人公がサラリーマンの背広を着たままというのもよくない。
どうしてタクシードを着なかったのか。
踊りはもう終えて、普通の人生に戻るなどと言うことはあり得ない。
退屈でこの人はやっていられないと思う。
奥さんは探偵を使って人のことを詮索する暇があったら、自分もなにか打ちこめるような素晴らしいものと
出会って自分の魅力を高めるべき。
平成23年10月25日 火曜日  

『ルイジ・エッセイ』に使用する写真を選んだ。
頁数がどんどん増えてしまうから、もうこれ以上写真を増やせないとのこと。
すでにかなり厚い本になっているようだ。
載せたい写真はたくさんあるのに。
技術編も断腸の思いで写真をどんどん削ってページ数を少なくするようにした。
必要な写真もなくなり、文章だけというようになってしまったところがきついといえばきつい。
10月24日 月曜日

 インターネットのニュースでスズメバチの記事を読み、あ、と思った。
もしや、小野正人先生とは私が中学部在学時代に「小野丸」と呼ばれていた労作の先生ではないか。
当時中学部には、森先生という労作の先生がいらして、私たちは「森ブタマンション」なるものをつくるため
夏の間、塾で合宿をして汗を流した。
学園内に宿泊をする労作合宿は毎年楽しみだった。
コンクリートに砂や石を混ぜることで強くすることや、一輪車をバランスを保ちながら押すコツ、堆肥小屋にいる
みみずの掴まえ方などを小野丸に教えられた。
当時小野丸は、甲子園の野球青年のような頭に丸いメガネ、いたずら好きの中学部生たちは、「小野丸は
頭が良すぎて人間離れしたんだ」と話していた。
そう、小野丸は、変わっていた。
ギリシア風野外劇場ができる前、三角点はなだらかな丘で、そこに汚い羊がいた。
小野丸先生はいつもその羊と親しく話していた。小野丸が人間と話している姿はまったく記憶にない。
羊とかけっこをしている姿を見たこともあり、子供心にもあの人は変わっていると思った。
今日久しぶりに小野丸のお名前を見て、そうか、あの人はこんなに偉くなられたのだ、自然が大好きで、
自然といつも向き合って研究を進めていた小野丸はついに農学部の教授となり、新聞のインタビューに
専門家としてお答え、ご自分の知識で社会に貢献している、これこそまさに小野丸のやりになりたかったことで
小野丸はとても素晴らしい人生を送っていると思い、感動して記事を読むなり泣いてしっまった。
小野正人教授のことを当時「小野丸」と呼び捨てにしてタメ語で話していた私たち中学部の悪ガキをお許し下さい。
玉川学園中学部アンデス組、ロッキーに在籍していたけれど、2年の時は何組だったか記憶にない。
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相次ぐスズメバチ被害 「女王」出産期で敏感、警戒を
産経新聞 10月24日(月)7時55分配信
 児童ら6人がスズメバチに刺された福岡県では、18日にも中学生ら57人が被害にあったばかり。
こうしたスズメバチの被害が、全国各地で相次いでいる。秋に女王バチを出産するため警戒が高まって
いるためだが、刺されて死亡するケースの多くがこの時期に起きている。今年は大人数が被害にあう事例が
多く報告されており、専門家は「例年より巣が大きくなっている可能性がある」として注意を呼びかけている。

 ◆捕獲数4倍に急増

 福岡県では18日、岡垣町の山林で清掃活動に参加していた町立岡垣東中学校の生徒と教諭ら57人が
次々とスズメバチに襲われた。4日には、兵庫県篠山市で農作業中の男性(83)がスズメバチに刺されて
死亡している。9月22日には北海道石狩市の防風林で保育園児ら25人が、同28日には富山県立山町の
来拝山で小学生ら19人が刺されて軽傷を負うなど、全国各地で被害が出ている。

 玉川大学農学部の小野正人教授は9月から10月にかけては「スズメバチの巣が最も大きくなり、個体数も
多い時期」と指摘する。「来年の女王バチを産む作業に入っているため、外部からの刺激に非常に
敏感になっている」と警鐘を鳴らす。

 スズメバチの定期的な捕獲調査を実施している名古屋市生活衛生センターでも、市内10区の8月の
捕獲数は688匹だったが、9月は約4倍の2525匹に急増した。「9月はオスバチの数も増えており、
巣の付近では交尾が始まっている。巣に近づかないよう十分に注意してほしい」と呼びかける。

 秋のスズメバチに注意するのは例年通りだが、小野教授は「今年は大人数が被害にあう事例が多い」と
話す。気象庁によると9月の平均気温は平年より高く、上旬は北日本で、中旬は東・西日本で顕著な高温と
なった。このような気象条件から「ハチの活動が弱まる寒い日が少ないことで、(各地で)スズメバチの巣が
大きく成長している可能性がある」(小野教授)。岡垣町の被害についても「状況から見て200匹ぐらいの
スズメバチに襲われており、巣の中の総数は1千匹程度と比較的大きな巣。温暖な気候が続いた年は
スズメバチの巣が大きくなることに加え、活動期間が長くなることもある」と話している。

 ◆刺す前に“警告音”

 小野教授によると、スズメバチは「いきなり刺すことはない」という。種類にもよるが、巣から5メートル程度の
距離まで近づくと、2~3匹が身の回りをまとわりついて「警戒」し、その後、アゴをこすり「カチッ、カチッ」
という音を出して「警告」を行う。この時点で巣からゆっくりと遠ざかれば刺されるリスクは減るという。

 だが、手で払ったりさらに近づいたりすると、毒液をかけられて「攻撃対象」と見なされ、巣から出てきた
スズメバチに一斉に襲われるという。

 小野教授は「クマに襲われて死亡するのは年間10人前後だが、スズメバチは年間20~30人が死亡している。
スズメバチは人間と生活圏が重複しており、クマ以上に危険な生き物と思って常に注意を払ってほしい」と話している。
 10月23日 日曜日

夜とんでもないことが起きた。
すばらしいことと言った方がよいのだろう。
生きていた、あの子が生きていた
私はこの目で見た!
娘の生存を決して疑わない、この姿勢を横田めぐみさんのご両親から教えられた。
 10月22日 土曜日

最近江戸の町では夜な夜な赤獅子が出没しては、女を襲うと云う。
今宵もどこかの小路で、女が赤獅子に遭遇したようだ。
赤獅子に睨まれると女は催眠術にかかったようになってしまい、自分から赤獅子の方へ歩いて行き、
自ら身を任せる。
赤獅子の魔法から被害者の女を救うため、今宵も「御用だ!」の掛け声とともに、奉行所の同心が出動する。
みんなが帰ってから、そんなおもしろい場面をピンキーたちとつくった。
  10月21日 金曜日

カダフィのことは本当にがっかりした。
ああ、またかという感じ。
これでアメリカに堂々と反対意見を行ける元首がいる国がまた一つ失われた。
今現在、地球上に何カ国残っているのだろう。
その数少ない国の一つがリビアだったのに。
本当に残念と言うかなんというか。
ひとつ、またひとつとあちら側に組み入れられていくのを見るのは本当に辛い。
特に自国内に米軍基地を持つ日本としては、言いたいことも言えず辛い思いをしてきたから、サダムや
カダフィ、リー・クアンユー、マハティール、チャベス、カストロ、アアファトのような、アメリカに対して
堂々と言いたいことを言っていた独裁者の発言は胸のすくような快感だった。
そのような人たちがいたことで、世界はバランスを保っていた。
片方の側だけではだめなので、両方の側がいる多様性が公正さの証拠なのだ。
一方側の人だけの世界になってしまうことは本当に恐ろしい。
カダフィがどんなに変人だったとしてもその被害は直接国民に行くだけで外の世界の私たちには全然
関係なかったから、恐ろしいなど思ったこともなかった。
私たちが本当に恐ろしいのはハザール人集団のアシュケナージ・ユダヤ人。
ロスチャイルドやロックフェラー。
ある朝起きたら、アメリカが突如としてネパール並みの小国に変わっていたなんていうカフカまがいのことが
起きたらすごい。
しかも海に面していないものだから、海軍もない、ハ、ハ、ハ。
  10月20日 木曜日

外苑東通り四ツ谷三丁目の交差点を少し行ったところを左折して、須賀町へ行く。
江戸時代にタイムスリップしたような気持ち。
固定資産税が支払えないから、どんどん敷地を分割して売却しているから、とんでもないごちゃごちゃした
場所になってしまった。
江戸の武士たちが居住した場所なのだから、歴史的な遺産として地域ごと残せるように東京都が配慮
できなかったのだろうか。
徳川将軍が見たら、さぞかしショックを受けるだろう。
その中でたった一軒、凛として建っている伝統的な木造建築物があった。
二階建ての仕舞屋。
東京大空襲の後、建てなおしたのだろうが、当時の面影そのままで今に至っている。
固定資産税が大変だろう。
壊して等価交換で中高層集合住宅でも建てて家賃を稼ごうなどと思わないところが本当にすごい。
そのそばに建築事務所があった。
狭い空間ながら、実に上手く使っている。
広い土地を分筆登記してたまたま奥の敷地を購入(又は借地?)したものだから、公道に出るまでに
ゆうに10メートルは歩かないといけないけれど、そこに納屋を置いたり駐車したりしないで、そこも見せる
ための美しい空間になっていて、植物が植わっている。
建物もコンクリートではなく、自然に優しい素材を使っている。
この建築事務所は海外でも有名だそうで、フランス人に教えてもらった。
タコ部屋労働で有名な牛込の藤本建築事務所の外観はまだ見たことがないけれど、そこもこんなに
きれいなのだろうか。
須賀町をゆっくり散策してみたいものだ。
帰りに新宿通りへ出る前に、お豆腐屋さんがあった。
今つくったばかりのお豆腐から出た豆乳を買った。
これまで豆乳はまずくて、きなくさいものだと信じていたけれど、全然そんなことない。
一口飲んだらあまりのおいしさに2つ目も買ってしまった。
思うに、ここで江戸時代にみんな豆乳を買っていたのではないだろうか。
そして新宿通りをまっすぐ歩いて半蔵門から江戸城へ入って仕事をする。
すごく江戸時代なのだ、この場所は。
須賀神社をはじめとするこの地域を一度ゆっくり巡ってみたい。
このような魅力的な場所がすぐ近くにあったのにまったく気づかず今まできてしまった。
須賀の地を紹介してくれたフランス人に感謝したい。
 10月19日 水曜日

そのフランス人はなんと漢字を3千知っているという。
私はフランス語で話し、クロエが日本語で話したらお互いに勉強になるけれど、クロエは恥ずかしがって
たまにしか日本語を使わない。
 10月18日 火曜日

仕事が終わって休もうとしたらすでに朝の5時半。
お肌に良くないから、なるべく長い時間休まないといけない。
竹酢をたくさん使っているからそれほど肌が痛まない。
 10月17日 月曜日

真夜中に元米兵が登場。
宮城大学の教職が決まっていたのに、地震津波で就労以前に解雇されたという。
1カ月分の手当てを支給され、ボランティアとしてがれきの除去作業に3週間ほどかかわったとのこと。
軍隊にいたから、撤去作業のような力仕事はお手のものだったと言っていた。
当時は交通網がマヒしていたので、以前の米軍兵士の身分証明書を使って、現地にいた米兵の軍用車に
乗せてもらって毎日県外から仙台に通っていたとのこと。
その後、大阪へ行った時にはすでに東北から多くの外国人教師が大阪にたまっていたので、なかなか
職にありつけず困難を極めたと言っている。
そうか、この人たちも東日本大震災の被害者なのだ。
あまりに気の毒だから新宿区長室特命プロジェクト推進課にこの件、連絡しようと思う。
多分、震災を機に一気に転落した外国人は多いのではないだろうか。
まあ、ほとんどは国外脱出したのだろうけれど。
 10月16日 日曜日

教会の後、神楽坂、城北台、榎を回る。
榎木の庭から3個ゴーヤを収穫してくる。
今年最後の収穫だろう。
本当はすごく上の方に大きなのがなっている。
30センチくらいのおばけサイズ。
でもベランダの外側で変な位置にあるから丁度取れないような場所だ。
とても残念だけれど、道行く人の目を十分に楽しませているはず。

夜の映画会は、男女が逆転した『大奥』(金子文紀監督、2010年)。
みんなで大笑い。これはすごい風刺。
質素倹約、無駄を省く、公務員の回顧実行。
現在の政府要人みんなに見てほしいものだ。
お犬様ではなく、お猫様というのが笑える。
でもこの映画だと、女将軍の家系はここで終わってしまうから、徳川が続いていかない。

「オキュパイ東京」は世界中の格差反対デモと同様、昨日だったようだけれど、そうすると金曜日に私が
聞いたあの騒音は何だったのだろう。
明らかに革命勃発かなにかの音だったように聞こえた。
 10月15日 土曜日 

ヴェネゼイラの人に言わせると、現在、ヴェネゼイラはキューバの革命分子により、共産化しているとのこと。
そんなこと信じられないけれど、本当だとのこと。
チャベスは長い間留守にしている家をどんどん没収しているそうだ。
だから国外へ旅行する時は危なくて留守にできないから、必ず誰かに住んでいてもらい、普段もいると
いうことを強調するために、夜は照明をつけるように指示しているという。
石油が出るのだからさぞかし国庫収入は豊かかと思うのだが、その潤沢な資金は南米各国の革命分子に
配分しているそうだ。
あれ、この人何時代の人なのだろう。
キューバはどんどん共産主義から遠ざかっているのかと思ったら、革命を輸出しているだけとは。
半世紀前のことがいまでも現在進行形で継続中などと考えたこともなかったけれど、その国から来た人の
口から出た言葉なのだから本当なのだろう。
毎朝6時には起きているから、夜は遅くまで起きていられない。
  10月14日 金曜日

シュプレヒコールや、多くに人々が集まって奇声を上げているのがバルコニーにいた私の耳に聞こえた。
まるで革命が勃発したような感じの騒ぎだ。
何が起きたのだろう。
防衛庁のところだろうか。
新宿アルタ前広場の声がここまで聞こえるはずはないから、一番可能性があるのは防衛庁のあたりだろう。
しかし、人々が市ヶ谷に集まることなどあるのだろうか。
集まるとすれば新宿なのではないか。
結局、警察に散らされたのか、騒音は聞こえなくなった。
リハーサルがなければ、音のする方角へちょっと自転車を走らせることも可能だったけれど、
みんな集まっていたからそんなことできなかった。

今日見たのは西田敏行が厄病神で雨傘と共に登場する「憑神」(降旗康男監督)。
降旗監督のものは『鉄道屋』や『ホタル』でさんざん感動したから、間違いないだろうと思って見たのだが、
あらすじが緩慢なため、途中で寝てしまい、最後まで見られなかった。
私のようにこの監督の作品が好きだからとあえて選んで見たにもかかわらず寝てしまっとは、この映画が
あまり面白くなかったということなのだろう。
山田監督の手にかかると、西田敏行はとても泣かせるいい役をするのに。
 10月13日 木曜日

カルヤンさんと妹さんを連れて自転車3台で国際交流基金へ行く。
日本軍のインパール作戦のお蔭でインドは独立することができたとお礼を言われると、歴史というのは
何が幸いするかわからないとつくづく感じる。
カルヤンさんは話がうまい。
何度も涙ぐんでしまった。
ラシュビアリ・ボースは結局幸せな男だったと思う。
カルヤンさんのようなスポークスマンを得たのだから。
カルヤンさんが来日中、ボースの娘、樋口哲子さんに会えなかったのは本当に悔やまれる。
現在86歳でお病気がちとのことだけれど、あきるの市の鍾乳洞の女王が96歳でまだ毎日仕事を
していることを考えたら、86歳はさほど高齢ではない。
カルヤンさんのアドベンチャー映画祭が国際交流基金の援助で成功することを祈る。 

しばらく休んでいた映画研究を再開。
毎日1本づつ見ていたから、見ないのは本当に辛かったけれど、本を書き上げてしまうまでは、他の
余計なことに神経や時間を使わずともかく集中しようと思ったので心を鬼にしてそうした。
何度、こっそり1本くらい見てしまおうという誘惑が脳裏をかすめただろうか。
1本が2本になってその分、本当にやらないといけないことが遅くなるだけだから、これでよかった。
山田洋次監督『おとうと』(2010年)、吉永小百合。その他山田映画おなじみの顔ぶれがそこここに現れ
それもとても楽しい。
娘の設定年齢が若干若すぎるかなという
10月12日 水曜日 

朝、鍾乳洞の女王から電話がかかってくる。
今96歳だという。
世界広といえども、96歳にして現役で毎日仕事をしている女性はゆきさんしかいないのではないだろうか。
私のホームページをご覧になって鍾乳洞を訪れるお客様がたくさんいらっしゃるとのこと。
ああ、よかった。
日本国在中の人でまだ鍾乳洞の女王を拝んでいない人は、今年か来年のうちに全員一度あそこへ
行くべきだ。
いくら元気でもあと何年鍾乳洞の女王のお仕事できるかという保証はないから。
あそこへ行くと心が洗われる。
 10月11日 火曜日

朝から新宿中村屋へカルヤン氏とその妹を連れて行く。
カルヤンさんにとって、ボースが匿われていた新宿中村屋は聖地だから、気分が高ぶっていたのだろう。
何度も涙ぐみながら話をしていた。
インドの20の学校の子供たちがボースの生涯を綴る演劇をしていることを大変嬉しく思った。
日本のお蔭で今の自分たちの独立があると思っていただけるなど、本望だ。
日本軍はインド人のためにやっていたのではなかったけれどく、結局それはインドのためになった。
ボースの名前を冠したビルは南国酒家の横を入っていったところにあった。
コープオリンピアのスーパーマーケットはなくなってしまったのだろうか。
それの前にあった、明治維新で活躍した人の記念碑がある古い仕舞屋のようなのある庭はすでに
なくなって、新しいビルになっていた。
中学三年生の時にオリンピックプールの帰りに小美田君に連れられて良くそこへ行って遊んだものだ。
おじいさんだかそのまたおとうさんだかが、明治維新で活躍したと言っていたが、多分そうなのだろう。
イギリスだかどこか西洋へ行った人でないと、西洋人の女性と結婚したりということは考えられない
時代だったから、あの人の顔が白人のような端正な顔立ちだったということは十分納得できる。
午後は霞が関。
夕方サンバをひとつ倉庫へ持って行くついでに当分行かなくてもいいように、ドンキホーテで大量に
缶詰を買った。どのくらいもつのだろう。
 10月10日 月曜日

地の果ての江戸川へ行き、おみやげを持って帰って来る。
はたして、喜んでくれる人はいるだろうか。
自分の考えが甘かったことを知らされる。
10月9日 日曜日

新宿歌舞伎町まつり。
忙しかったけれど、あー、楽しかった。
おまつりの写真募集中。 
ピンキーさんの赤鬼よかった。
とりあえず『マジック・バード』をやった。踊がわからない人は褒めてくれるけれど、
つくった当事者である私はこれで満足しているわけではない。
とりあえず、9人編成を踊るという当初の目的は果たした。
ルイジにお見舞い代わりに送ろう。
これで、よかった、十分と思った時点がその人のレベル。
更に先へ行こうとする人だけに芸術の神様は微笑む。
いやはや、ミスが多かった。
さあ、これから11月5日の新宿国際おどりの祭典に向かって頑張る。
10月6日 木曜日

エルフマンの『ミッション・インパッシブル』は5拍子でも踊れるけれど、フランス人の暗くて汚い5拍子 の
音楽はあまりに変すぎて歌えないし、踊れない。
こんな5拍子つくるくらいなら、まともな8ビートをやれと言いたい。
奇をてらいすぎて変になってしまうくらいなら、基本に帰った方がいい。
美容院の後、税務署。帰る時いつも、一方通行の表示を無視してお滝橋通りに出て靖国通りから帰っていたが、
今日はここへ足を踏み入れた時から初めて表示に従って線路わきの道を通って職安通りから帰った。
山の手線の線路の際の外側の道はなぜかどこも汚れ道で、本能的に避けたくなる。
原宿以外で山の手線の線路の外側の道がイヤシロチになっているところがあるのなら、見てみたいものだ。
アムステルダム駅やパリの北駅もすさんでいるから、結局鉄道のすぐ際というのは必然的にケガレチに
なってしまうという運命にあるのかもしれない。
長距離を大量に人や物を運ぶなど、縄文人が一番やらなかったことだから、鉄道の存在は縄文的生活環と
大きく矛盾する。

ところで、11月5日の新宿文化センターのサンバの1曲目『カルナヴァル』をつくった。あと最後の6x8
くらいで終わるけれど、これはものすごく曲がいいから、抜群に個性が強くて上手い人が踊れば、
スピーディーに展開していっておもしろいかも。
位置の移動があるということはとても大切。シロウトを入れると移動している姿を見せたくないから、どうしても
移動の動きがなくなってしまう。
私は群舞の踊りの決め手は移動だと思う。
それがあまりないと、私は退屈して寝てしまう。だから西崎流の『黒田節』が1番の間全然動かなかったりすると
そういうのに耐えられない。
多くの人が複雑な移動をすることは芸術であり、それの極みがハプスブルクのウイーンのホッフブルクにある、
スペイン乗馬学校ではないかと思う。
ここの8名というか8匹の繰り広げる上演には、およそなるものが上演が要求するすべてが揃っている。
10月5日 水曜日

多分リハーサルとかやっていたのだと思うけれど、後で書こうと思ったから何をしたのか忘れた。 
10月4日 火曜日

昨日の日記に、世界で一番美しかった男の人の31歳の時と、70代の今のリンクをつけておいたのだが、
予期せぬコメントが来てびっくり。
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 日付 2011年10月4日11:09
先生、わたしは、
おじいさんの方がタイプです。
いぶし銀の魅力 (Nxxx)
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なんて書いてきた人がいた。
かわいい顔しているのにそんなこと考えているのだ。
うーん、いろいろな価値観があるものだ。
これを敬老館か何かに知らせたら、おじいさんたち一気に元気になるだろう。
「若い娘はわしらを選ぶのじゃ、わっはっは!」
人を喜ばせるための労力を惜しんではいけない。
それが、私を喜ばせることに労力を惜しまなかった人へのお礼。
そうやって、みんなが自分が受けたことへのお礼を人にまわせば、どんどん世の中がよくなっていく。

若い男より、じいさんを選ぶ女の人がいるということを中年の男に知らせたら、力づけられたようだ。
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日付 2011年10月4日14:21

マリカ先生
おもしろいですねえ。
しかし、若い頃のアランドロンは本当に男前だったんですねえ。
すごいきれい!
70歳ドロンを選ぶような女性がいるのは我々に
夢と希望を…。
と書いたところで、我に返る。

ぼくはアラン・ドロンではなかった…。
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ハプスブルクの皇后エリザベートの夫、皇帝フランツヨーゼフをやった、カールハインツ・ベームは、
シシー(エリザベート)と結婚する映画では若くて素敵なのに
10月3日 月曜日

最近、朝の読書をせずにすぐに1日を始めてしまっているのだが、夜の読書は黒柳徹子さんの「チャックより
愛をこめて」
を数章づつ読み直している。
ルイジのことが書かれているというだけではなく、この方の素晴らしい感性に、ただただ敬服している。
どうしてこんなに穢れない子供のような感性のままで大人になれたのだろう。
環境なのだろう。
愛が早いうちに、一番近いところにあると、その人は一生心がきれいなままで大人になるのだろう。

そしてもうひとつ心に愛を与えてくれたことがある。

朝メールが届いた。
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> 本当にあっという間に本番ですね。お父さんともこれから一週間一緒に朝練をしようと話していました!
> ドイツのフォーメーションも教わりました!お父さんに負けないぐらい可愛いく踊ります☆☆
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読んでいて、思わず涙ぐみそうになってしまった!
文章で人を感動させるのは、技術も訓練もなにもいらず、ただただ美しい心と愛があれば
それがすべてだという気がした。
ここには、お父さんに死に別れた、お父さんは生きているけれど事情で会えない、
遠い郷里にいるからほとんど顔を見ないなど、いろいろな理由で父親と離れている人がいる、私を含めて。
だから、ライオンちゃんがおとうさんと踊るのを見て、みんなすごく心がなごむ。
自分の姿をライオンちゃんに投影して、自分の父親に甘えるというか。
アナスタシアちゃんがいた頃、アナスタシアちゃんがイヌおちゃんに心の底から信頼して、寄り添って、
ぐだぐだしながら甘えているのを見て、みんな、すごく微笑ましく思っていた。
愛し合っている同士がかもしだす愛は、そこにいるすべての人をも包み込む。
ふと思うのだ、自然というのはつまり、植物も鳥も虫も動物も心の底から信頼して、寄り添って、
ぐだぐだしながら甘えているから、「愛し合っている同士がかもしだす愛」を世界にもたらし、
そこにいる私たちすべての人を愛で包み込んでしまうのだろう。
それを知覚する感受性がある人ばかりなら、世界は平和になる。

ところで私はグーグル・マップが嫌いだ。見づらいから。
国境線がどこにあるのかわからない。
幹線道路を描いているつもりなのか、やたらと太い線があり、あれ、ここ国境かなと思うと、細く見逃して
しまいそうな、不安げな点々が国境だったりして、よくわからない。
それに比べると、ヤフー・マップははるかに見やすい。
アフリカの国境線を見たかったから、ヤフー・マップがいい。
今はパレスチナのロード・マップのことで忙しいが、そのうち将来的にはアフリカの国境線見直しを迫る運動が
出てくると思う。
もし、アフリカに自分の権利意識をきちんと持つインテリが多く生まれればの話だけれど。
欧米に留学すると、それらの国の価値観を刷り込まれるから、本当はその国で基本的な高等教育を受け、
その後おまけくらいの感覚で外国に留学させるのがいい。
最初から留学させるとその国の理想の人に育ってしまい、それは必ずしも母国の利害関係とは一致しない。
アフリカの国境線を見直そうなんて、直接当事国でない日本人だから老婆心で言えるのであって、そこに
絶大な利害関係を持つ国は決してそのことを口にできないだろう。
だからこそ、日本はアフリカの人たちの代弁者となってあげないといけないのだけれど、日本の政府は
アフリカを植民地にした国々のけらいだから、国境線のことなど絶対に口に出さないだろう。
日本の政府の人がみんな腰抜けなのは、もしかしたら、あの人たちもすでに、「パッチド」されているのかも。
そうだとしたら、気の毒なこと。
常に72時間分の体液が入った袋しか渡されていないから、それを埋め込み手術をした人の言うことを
聞くしかない。
アメリカには「パッチド」された科学者が随分いるようだけれど、日本の政界にもすでにいるのではないかと
前々から思っていた。
これはアメリカのことや絵空事ではなくて、現実のことだと考える方が妥当だ。
技術的には十分可能なのだから。

美しい男も女も老いてから肌の美しさを保たないといけない。
世界で一番美しかったあの男があのようなおじいさんになったのはびっくり。
アラン・ドロンはほっぺたのところが、ぼこぼこになっているけれど、顔の皮膚を引っ張ったりしたのだろうか。
美しすぎる男は誰のものにもならないから美しいのだというパラドックスがある。
この人の美しさと比べたら、ディカプリオやブラピもかなわない。
昔売っていたアラン・ドロン化粧品を父の日にあげたのはなつかしい思い出。
 10月2日 日曜日

穂の蘭菜、マジック婆と、茶店ドール、シング寝具信愚、餌保留饅、漏裸、指命不可能、これ全部ルイジの
振付作品なのだけれど、わからないだろうな。まあ、いい。
こういうジョークはルイジの踊りを知っている日本人だけしかわからないから、非常に限られた人を対象と
している。
昨夜というか、厳密には今日の夜中の1時半くらいだったのだけれど、急に思い立って、『愛燦々』で
ルイジの『さらばわが愛』をやってみた。
なんと1番に振りがはまる。もちろん、繰り返しのところは省いたのと、最期の振付、ジャズ・バレエとして
踊れば一番お気に入りのターンをするところは抜かさなければならなかった。
着物を着たら、パドブレターンのようなものは裾が開いてしまうので避けるべきで、しかも、振袖の空気抵抗が
あるため、びゅんびゅんしてひどい状態になるから、極めて押さえて、抑制しながらやらないと、ショーパブの
嘘日本舞踊になってしまう。
ルイジを日本舞踊として踊ろうとしたら、ある程度の我慢は仕方がない。

教会から帰って来てみんなが集まったところで、ドイツを作った。これは11月5日用。
9人編成でも不自然ではない。きっちり8名にするよりおもしろいかも。
村祭りなら8名だろうが、劇場用だから9名で問題ない。

何度見ても涙が出てくるビデオを日本人のために作ってくれた人が来る。
この人本当に日本が好きなのだ。
もし、大好きなドイツが災害に遭ったら私はこんなビデオを作ってyoutubeにアップできるだろうか。
人を喜ばせることに自分の時間やエネルギーをたくさん使う人は本当に素晴らしい。
 10月1日 土曜日

オサマ・ビン・ラディンがアフガニスタンで軍事訓練施設をつくり、人々を集めてトレーニングしていたのが
許されなかったのなら、どうしてイスラエル人の特殊部隊の経験のある(モサドかこの人は?)人が
日本の千葉県で軍事訓練を施すのは日本で合法なのか。
軍事訓練を「レッスン」と呼び、訓練兵を「お客さん」と呼んでいるのが笑える。
ユダヤ人に借金をして日露戦争をした負い目があるから、この軍事施設を黙認するしかないのだろうか。
イスラエル政府は秘密機関モサドの工作員を多数日本に送り込んで、日本各地の神社の下働きなどを
の傍ら情報収取巣をさせ、伊勢神宮の地下にあるお宝の秘密を探ろうとしているけれど、私に言わせれば
アシュケナージ・ユダヤ人は中近東から出て行って、ハザール王国へ帰れと言いたい。
または、現在のハザール王国であるアメリカへ行ってほしい。
イスラエルはハザール国の中東出先機関だから、とりあえず広い面積があるアメリカへ行った方がいい。
ともかく私はイスラエルの特殊部隊の人が日本で軍事訓練施設を運営するのが気に入らない。
宝石屋をやろうが、エステをやろうが文句は言わないが、こと軍事施設となるとただごとではない。
多分、千葉県の議員とかはこういう事実を知らないか、知っていても地元にお金を落としてくれるありがたい
存在くらいにしか考えていないのかもしれない。
どのような人がここに訓練を受けに来ているのだろうか。
  9月30日 金曜日

午前中は顔も手も、蜘蛛の巣だらけにして、大密林の中で孤軍奮闘した。
行く手を阻む、信じられないほどの大きさの女郎蜘蛛の巣がいたるところに立ちはだかり、私は密林の中で
遭難してしまいそうだった。
それでも猫の鳴きまねをしたり、「アナスタシアちゃーん」と声を大にして叫び、一般客が誰も来ないあたりの
それこそ縄文の森のような地帯をさまよっていた。
こんなことならサンダル履きではなかくて、スニーカーにすればよかった。
昆虫の襲撃から守るために、首までくるタートルネックとかを着ればよかったのに、大きく胸や肩の開いた
トップなんて着て行ったものだから、あちこち刺されて大変なことになってしまった。
しかし、横田めぐみさんのお母さんだったら、これくらいなんのこれしきと、強く前進するだろうことを
考えるとここでひるんではいけない。
そこらへん一帯は、地盤がゆるいのか、人が通らず踏み固められていないからか、一歩踏み出すごとに
足が沈む。
アマゾン流域だとそこでワニやピラニアが登場するけれど、ここではそのような心配はないものの、お花見で
シロウトさんたちがシート敷いて座ってお弁当を食べるあの芝生とは比較できないくらい深い森だ。
ここなら人知れずサバイバルできる可能性がある。
迷彩色のテントを持ちこめば、東京のど真ん中で縄文森林生活を送ることだって可能なのだ。
200円払って苑内に入ったら、一般人が行く、薔薇園や食堂、エコハウス、茶室、台湾館などの当たり前の
場所はさっさと無視して通り過ぎ、この秘密の一角にひっそりと息づく原始の森まで到達したらもうそこは
自分しかいない大自然の世界なのだ。
しかし、ここでアウトドアをするのは、大変な勇気がいるから私はやらないけれど、仁徳天皇御陵で
複数の日本兵が半世紀もの間、サバイバルをしていたという小説があるのだから、新宿御苑の中で
サバイバルというもの理論的には可能かもしれない。
呼べど、叫べどもアナスタシアちゃんは出て来ない。
アナスタシアちゃんと遭遇したらあげようと思って持って来たかつおのパックは結局開けずじまいだった。
一体どこにいるのだろう。
昼は木の上に寝そべっているのだろうか。
だいたい、猫が靖国通りと新宿通りという大通りを二本渡って、御苑へ行くだろうか。
新宿区の保健所からの電話というのは、実は幻覚だったということはあるだろうか。
目撃情報があればいいなという心がつくりだした虚構だったのだろうか。
いや、私は確かに男性の職員が説明してくれたのを聞いた。
傷心のまま、新宿御苑を出て、猫の食べ物を買って家路についた。
空しい。
本日の探検は徒労に終わった。
なんということだ。
掴まえたら入れて帰ろうと思って、鞄も用意していったのに。
バイクのエンジンの音がうるさいだろうと思い、自転車で行ったのに。
あんなにかわいい子を守れなかった私が悪かった。
かわいい子がいたら、いつも扉を閉じておかなければならない。
外へ行かないだろうと信用して、扉を開けておいた私が馬鹿だった。

今日の救いは、佑飛君の踊る『海賊』の写真が届いたこと。
この人に『マジック・バード』のタイトル・ロールを踊ってもらおう。帰国したら。
いつのことになるか、わからないけれど。
 9月29日 木曜日

「夢は夢で終わってはいけない。
実現してこそ夢だ」

という言葉をある野球選手の言葉と言うことで、大橋弘枝の著書紹介のところでたまたま見つけた。
世の中の流れが手話になってしまっている時に、日本聾話学校がやっている口話法を選択した大橋さんの
ご両親は正しかった。
ライシャワー元駐日米国大使の妹、フェリシア・ライシャワーさんがそれを日本に持って来て、当時宣教師だった
大使のお父さんとクレイマー女史が口話法運動を展開したから、画家大前静がいて、その孫の私が
言霊のなんたるかを幼少時に自然に学ぶことができた。
伝えようとする心を表すのが口話法で、それは踊りをする時に大変役に立つ。
伝えるものがなくて、技術や振付の順番を踊っている人の踊りは、無機質でロボットのよう。
踊りは心と動きが一緒になったものだということが分かった人しか上手にならない。
大橋さんという人を通して、口話法が世の中で見直されていることを大変嬉しく思った。

ところで、西田敏行が北島三郎の『与作』をシャンソンとしてフランス語で歌うのは、私たちが着物で
扇子を手にルイジの踊りを日本舞踊として踊るのと同じだと思う。

ところで、新宿区保健所が、新宿御苑の千駄ヶ谷門のところで、右足を怪我したロシア猫に門の外から
餌をやっている人を見たという目撃情報があると連絡してきてくれた。
千駄ヶ谷門といえば、渋谷区の所轄。保健所というのは猫一匹のことでも、区の枠を超えて繋がっているのか。
門の外から餌をやるということは、猫は門の内側にいるということ。
ということは、アナスタシアは靖国通りと新宿通りを超えて、足を怪我しながら新宿御苑に行き、あの広い
苑内を、入った方と逆の端の千駄ヶ谷門まで行ったというのだろうか。
そんなことはあり得るのだろうか。
ともかく明日行ってみることにする。
 9月28日 水曜日

いよんちゃんが、またゴーヤチャンプルを作ってくれたので、セバスチャン、ナタリア、アドランが来て
みんなでシャンペンを開ける。ジャイロンさんがフランスから持って来てくれたものだ。
私は2日続けて豚肉を食べるなど考えたこともなかったけれど、食べてみるとおいしいから気にならない。
みんな帰ったあとでジョナサンが来たので、食べてもらう。
ALTから解放されて私立学校の教師になって喜んでいる。
そうだろう。公立学校のALTが日本の英語教育を悪くしている。
碌な人材が来ないし、52歳になってもまだALTをしているおじさんもいると聞いて驚愕した。
外国人教師一人につき月額50万円を税金から負担しているのに、どうして教師が25万円(というより
実質23万円)しかもらっていなく、半分企業に消えているのに納税者は文句を言わないのだろう。
多分このからくりを納税者は知らないのではないだろうか。
自分の払った税金が教育に使われていると単純に喜んでいるのだとしたら、大きな間違い。
税金を湯水のように使わなくてももっと効率よく使う方法があるのだ。
増税もする必要はない。
全国のALT派遣会社に支払われる財源を復興支援に回せないのだろうか。
地方自治体が直接外国人教師を雇えば、就労ビザ取得の最低賃金25万円で可能になり、半分の価格で
すむから、税のALT支払費用が半分になる。
しかし、そこで黙っていないのが、既得権を持つ寄生虫、パラサイト企業だ。
英語圏のとびきり頭の悪い人たちを集めて教育の場に送り込んでくるから、公立学校で英語を習って
ちゃんとできる人がいなくて当たり前。
パラサイト企業の人は尖閣諸島へ行き、飯盒炊爨でもしながら日本人の居住実績をつくりながら、釣りを
していてくれた方が日本の国のためにはずっといい。
 9月27日 火曜日

榎木の庭で採れたゴーヤを使っていよんちゃんがゴーヤチャンプルを作ってくれたので、玲子ちゃんも
一緒に食べる。
玲子ちゃんのことについて、新宿区の区長室特命プロジェクト推進課の人が連絡を下さったので、写真を
送った。
新宿区の広報に玲子ちゃんのことが載ればいい。
東北の新聞社3社と東京の1社にも情報を送った。
こういう元気な人のことはどんどん取り上げて、みんなを元気づけるようにすべき。

罹災証明書を持った人には、新宿歌舞伎町振興組合からお弁当と映画券とサウナ券と喫茶券でも出して
あげて下さいと理事長の下村さんに手紙を書こうと思う。
多分、嫌だと言うわけがない。まともな人格の人なら。
私は最近、まともでない人格の人に何人も会ったから、世のなかには実にいろいろな人がいるものだと
びっくりしている。
神様に愛されるのは、とびきり心の優しい人。地球を大切にする人。
神様がある日、「地球環境を大切にしていない人をいますぐ滅ぼす」と決めたら、地面に地雷を埋めている人や
自国の砂漠や、地下や、自国から遠く離れた太平洋で核実験をしている人や、木材を伐採する人や、
動物を密猟する人や、地面を更地にしてしまう人や、川をせき止めたり、川の上にコンクリートのふたを
してしまう人などが一気にこの世から排除される。
動物園や動物サーカス関係者も一気に命を失うから、動物たちは救われる。
トキやパンダやエゾオオカミは、人間の数が増えなければ、大手を振って生きていられたのだ。
いらないのは、悪い人間、余計な人間、地球のためにならない人間。
笹の根を切って、更地に植えたい。
縄文風の竹藪が都内にたくさんできたらいい。
 9月26日 月曜日

法務局へ行ってから、榎の庭で手入れをする。
この庭は小さいけれど、本当に落ち着く。
石原都知事が都心に雑木林をつくると言ったら私はいつでも手伝う気持ちがある。
セバスチャンがかなり高いところになっているゴーヤを採ってくれた。6本もある。しかも大きい。
今年は土がいいから、こんなに収穫がいい。土がいいのは秘密がある。
写真を1枚づつサイズを縮小してアップロードして、フランシスの踊りのサイトをようやく3頁くらいつくった。
アナスタシアちゃんのことを考えると何も手につかないから、写真の編集をするくらいしかやれることはない。
頭が使えないから仕事はできない。だから作業だけやる。
それにしても、アナスタシアちゃんのようなかわいい子は慣れるまでに7年かかったから、普通の人の手には
余るだろう。
私はイヌおちゃんが手伝ってくれたからどうにかなったけれど、イヌおちゃんのような助っ人なしには
アナスタシアちゃんは誰にも心を開かないからただ単に反抗して、野生のようにふるまうだろう。
私が悪かった。
一度手にした大切なものを持ちこたえられなかったのだろう。
ゲーテはそのことについて言っていた。
素晴らしいものを手にするのはいい。しかしもっと大切なのは持ち続けることだと。
9月25日 日曜日

今日は教会の後、防衛省の人が踊りを見に来てくれたから、何曲かやった。
私は膝下のワンピースのままだったから足が上がらなくて、大好きな『ミッション・インパッシブル』などは
やらなかった。
そういうのは、また来てもらった時にしよう。

新宿歌舞伎町まつりでマリカ軍団が踊る前に、玲子ちゃんにスピーチしてもらう原稿が本人から届いた。
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はじめまして。

私は3月11日東日本大震災が起きた日、宮城県仙台市で被災し、母と犬と住んでいたお家が住めなくなり、
東京に出てきました。
ニュースや特別番組などで沢山報道してるので、皆さんも知っていると思いますが、大震災は
沢山の被害をもたらし、沢山の命が奪われました。
私の住んでいた家は津波の被害はなかったものの、崖の上に建っていた為、いつ崩れても
おかしくないとゆう状態までなってしまいました。
地震が起きてから、電気は丸2日以上、水は2週間、ガスに関しては1ヶ月以上使えないお家が周りには
いっぱいでした。
お店などは、1日数時間しか開かず、何時間も並んで買えたのが、カップ麺1つ…なんて事もありました。
ガソリンが無かったので、やっているお店まで1時間かけて歩いたり、給水車もなかなかこなかったので、
私が住んでいたお家の裏山には、かろうじて飲めるさわ水が流れていたので、バケツで何回も汲みに行ったり…
今まで、どれだけ恵まれた環境だったのかと、重い知らされました。

今現在の状態ですが、私の母の実家は、宮城県の沿岸部にある、気仙沼とゆう場所にあります。
つい先日、5月に行った以来、初めて行ってきました。

あれから半年経って、見る光景は、あまりにもひどい状態でした。
母の実家や叔母の家があった場所は津波と火災の被害が大きく、5月の時は自衛隊の方が封鎖していて、
行けなかった場所でした。
それが、先日初めて行ってみて、言葉が出ませんでした。

道をふさいでいたガレキこそ片付けられてるものの、海から流れてきた、タンカー船がそのままだったり、
漁船が何隻も、住宅があったであろう場所に、倒れていたり、崩れて流された家が、そのままだったり。
母の実家の場所も、かろうじて、向かえにあったアパートが流されていなかった為、おそらくあそこだろうと、
そんな程度にしか解らないほどでした。


そんな状態ではありますが、大きな被害にあった親戚は、それぞれ新しい場所で、不安を抱えながらも、
前に進み始めてました。

お店やを営んでいた、母の実家は気仙沼からは少し、離れたものの、新たにお店を再建し、
毎日沢山のお客さんが来てくれるようで、慌ただしくしていました。
叔母は同じ気仙沼でも少し山側に引っ越し、洋裁の仕事を再開していました。
訪ねていったこちらが、もっと頑張らなきゃ!!とゆう気持ちになる程に、前に進み初めてました。

でも、元は持ち家に住んでいた親戚達。
そのお家やお店が流されてしまい、再建したものの、これからの不安はとても大きいと話してくれました。

私が、元お家があった場所には今も行くの?と尋ねたところ、『最初の頃は、何か思い出の品がないかと、
行ったけど、今は行ってないと。やっと新しい場所にも慣れてきて前に進み始めてるのに、あの状態をみると、
3月11日を思いだし、辛く悲しい気持ちになり、足を止めてしまうから』と答えてくれました。

半年経って私も思う事があります。
大震災の1日前、3月10日に、母と犬を車に乗せ、気仙沼に行ってました。
地震が起きた時刻、ちょうど沿岸部を走っていました。
もし、1日違っていたら、私と母は犬も一緒に車ごと津波に巻き込まれてしまい、助かることはなかったとおもいます。

今までに大きな地震が起きても、あんな大きな津波が来る事がなかったので、
そのまま車を走らせていたと思うので。

地震が起きてすぐは、今を生きる為に必死でした。
それが、半年経ち、少しずつ落ち着いてくると共に、恐怖心が増して行く事も沢山あります。

東京に出てきた私は、1ヶ月に一度、母に会いに仙台に帰るのですが、住めなくなってしまった
家からすぐ近くに母の引っ越し先があるため、元の家を見る度に、恐怖心が増すだけではなく、
あの震災がなければ、今も変わらずあの家に家族一緒に住めていたのかな…と辛い気持ちになります。

時間が経つにつれ、落ち着いて考えることができるようになり、更に深い悲しみに覆われている人達は
沢山います。

東京に出てきた今、私もそうですが、何1つ変わらない場所にいると、普段の日常に慣れていきます。
でも、復興への協力を止めないで欲しいです。
大きな事をしなくていい、もし、スーパーで東北産地の物が売られていたら、買ってみよう!それだけでも、
復興への道になります。
もし皆さんの周りに、被災地からきた方がいらしたら、近所の買い物する場所を教えるなど、
1日でも早く環境に慣れるように協力してほしいと私はおもいます。

私自身も、東京にきて新しい職場に入り、職場の方々にはとても良くしてもらい、少しずつですが
環境にも慣れてきて、楽しい!と思える事も増えてきました。

そんな中、今回、お話する機会を下さったマリカ先生に出会いました。
東京で数あるダンススクールの中から、マリカ先生に出会えた事、すごい事だと思っています。
楽しく、時に厳しく教えて下さり、東京にきて初めて趣味と言える物に出会えました。
ダンスはまったくの未経験なので、少しだけではありますが、踊らせて頂ける事になりました。
素晴らしいダンスになっているので、ぜひ、楽しんで見て下さい。

今回、この場を下さったマリカ先生、実行委員会の方々、聞いて下さった皆様、本当にありがとうございます。
被災地の生の声をお話するとゆう事に、何からどう話せばと、すごく悩みましたが、少しでも伝われば幸いです。
玲子
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身近に知っている人の本物の話はすごい。
公共のニュースとかでは伝わらないものがある。
実際にそれを経験した人の語る言葉の力に圧倒された。
玲子ちゃんのためにも、私たちは一人ひとり、一生懸命に踊らないといけない。
玲子ちゃんが今回おまつりに参加してくれて、スピーチと「人生一路」のペアダンス部分を踊ってくれることは
すごいことなのだと思う。
家を失い、半年後に新宿で踊りを踊る人がどこにいますか。
玲子ちゃんが踊る姿を東北から避難して来た味の素スタジアムの皆さんや、全国に散った被災者避難所で、
やることもなく悲しみに沈む方たちにお見せすべき。

アナスタシアちゃんが先週の今日いなくなって私はとても悲しいけれど、玲子ちゃんのような強くて
かわいくて明るい宮城県人がスピーチ原稿を書いてくれたことで、すごく励まされた。
猫がいなくなったことよりもっとつらい思いをしている方があるのだから、いつまでも泣いていてはだめ。
文章で人を泣かすのは言葉に力があるから。
玲子ちゃんはすごい。ありがとう。
9月24日 土曜日 

ゴーヤを1日で3本収穫した。
台風なのにちゃんとツルにぶらさがって私を待っていてくれた。
なんてかわいい子たちだろう。
セバスチャンに頼んで、トケイソウやゴーヤの伸びた蔓をマニラ麻で縛ってもらった。
背が高い人だから、かなり上の方にまとめてくれたから、これでやっと入り口の扉の開閉ができる。
伸びすぎたゴムの木も枝をしばったから、邪魔にならなくなった。
このようないい人に出会ったのもレオナルドのお蔭。
レオナルドに出会ったのはニコラのお蔭。
私はいい人たちの輪の中にいる。

メドヴェージェフのツイッター・アドレスに「我らの島を返せ」と英語でメッセージ送っておいた。
ここに我ら一億人が1日2回送れば効果がある。こんなことでもやらないよりは、まし。
メドはきれいな島だなど、たわけたことを言っているが、それを見過ごしてよいのか。
北方の島々の自然は本当に美しかったと、小学校時代を樺太で1年過ごした母が言っていた。
らっこが岩でひなたぼっこをしているのどかな写真をたくさん見せてもらったが、ソ連はそれらを皆殺しにして、
西側に売って外貨に換えたのだろう。
アイヌが1万年以上にわたり大切に守ってきた自然を破壊するロシアは許せない。

アナスタシアちゃんがいなくなってすでに1週間。
生きているのだろうか。
かわいそうで何も手につかない。
9月23日 金曜日

坂本九の『ともだち』を聞きながら昭和の映像を見ていたら涙ぐんでしまった。
昭和の九ちゃんの時代は貧しかったけれど美しかった。
アナスタシアがいないから、人が帰ると涙が出る。
あんなに可愛い子はいない。

ディスニーランドで働いていた人(ダンサー、事務系、衣装部)やディズニーのオーデションに受かった人、
ディズニーの現役ダンサーなど、多くのディズニー関係の人のお稽古をしてきたけれど、どうしても言わなければ
ならないことがある。
親しい友人の高三になる娘がディズニーランドのオーデション結果を首を長くして待っているということを
聞いてやれやれと思った。

ディズニーで踊るのが子供の頃からの夢だという若くて頭の足りない女の子たちに聞いてほしい。
 
ディズニーくらいが夢でどうするの。
将来スケールの大きなことはできない。
大学行かずにディズニーに行くくらいの人たちだから、権利意識が低く、ディズニーで勤務中に負傷し、
労災が降りなくても平気で自費治療などして、回復するとまたディズニー奴隷になるだけ。
ディズニーが欲しいのはまさにそのタイプ、地方出身の高卒。
大企業の思惑にはまってはいけない。
親は子供に、必ず大学へ行くことを念書に書かせてからディズニーへ行かせた方が良い。

テーマパーク・ジプシーというのがいて、シーガイヤ、ディズニー、ユニバーサルなどを転々として
そこで知り合った同じく高卒の男と結婚してコンビニのパートなんかやりながらつまらない人生を送っている人が大勢いる。

踊りが好きなら踊りのことを勉強しに大学へいらしたどうなのか。
ヒップホップが好きなら、民俗学でも専攻してルーツを調査しにアフリカへ行ったらいい。
ヒップホップのことを調べる文献を読むに足る語学力はあるのか。
踊りが好きなら勉強しろ。
勉強した方が踊りは上手くなる。

好きなことをつきつめて学ぶ姿勢がなくて、すぐに小金を稼ぐことを考えると自分自身の成長はそこで止まる。

どこかの近場の大学か短大へでもいいからともかく大学教育を受けろ。
ディズニーなどなくならないのだから、大学を出てからだっていい。
出るころにはそんなものゴミにしか見えなくなる。

頭の訓練は十代のうちにしておかないと、あとになるともう、脳細胞が老化してものを学べなくなる。
その時期を逃してどうするのか。
20歳前に勉強した人としなかった人はあとで違ってくる。
交友関係も社会的な信用も違ってくる。

だから、私に言わせれば、なにがディズニーなのというかんじ。
受かったところで、自分にそのくらいの力はあるのだと確認するだけでそれでいい。
受かったからといってわざわざ就労する必要などない。

ディズニーは占領軍が日本人の伝統文化や歴史に対する気持ちを削ぎ、日本を精神的に米国化し、
国力を弱めるための占領政策のひとつとして設置されたもの。
ディズニーの設置後、関東地方にある日本の伝統的な遊園地がいくつも倒産に追いやられた。
それは地元の経済に大きな打撃を与え、菊人形展などが開催されていたそれらの施設が閉鎖することで、
我が国古来の伝統文化を鑑賞する場も消失し、その代りにミッキーマウスを見せられている。
それが文化と言えるのか。

幼少のうちからサブリミナル的にディズニーに対する憧れを植えつけることで、
じわじわと日本を占領していく道具としてディズニーランドが機能していることがどうして理解できないのか。
ユーロディズニーしかり。
長いものに巻かれない、日本人としての自意識をはっきり持って、
明日の日本のためになる人材となり得るように自分を高める、それが日本に生まれ、
18歳の人に課せられた大きな課題なのではないか。
日本は今、歴史的に見て大変な時。
その事実を真剣に受け止めているのか。
他の馬鹿な女の子たちに混じって、ふらふら、ひらひらするのはおやめなさい。

私はディズニーなるものに1度だけ行った。
あれはソウル・オリンピックの年だからかなり前のこと。
一度でこりごり。
そのようなところへ複数回足を運ぶ人の気が知れない。
私はアメリカ資本主義の臭いのするところは縄文人の本能で、瞬時に不快感を感じるから、精神に
悪い影響を受ける場所は極力避けたい。
遊園地でも、ウィーンのプラーターのような伝統的なものは構わない。
だから、あのおどろおどろした小山遊園地とか、二子玉川園遊園地、花屋敷なんていうのがなつかしい。
人間や精霊が入り込める余地のあるあいまいな空間が必要で、そこに安らぎを見出す。
あまりに機械産業の産物になると、縄文人の精神は拒否反応を示してしまう。
関裕二「消えた蝦夷たちの謎」は実におもしろい。
蝦夷が千頭もの馬を朝貢したなどと知りびっくりした。
街道は延々と馬の列が続いたのだろう。
東北で被災した方々がこれを読むと、縄文人としての誇りと勇気が湧いてくること間違いなし。
これを東北の中高学校での選定図書にしてもいいくらい。
あ、するわけないか、文部科学省は西国倭人政府だった。
あくまで『古事記』、『日本書紀』にしがみついていたいだろう。
しかし、もう本物の歴史の頁が開かれてしまったから、これからは包み隠さず、人々が皆、その2冊以外の
禁断の歴史書に触れ、教師も失職を心配せずに、教育の場が正しい知識を学ぶ場になることを望む。
今日の日記を書いたことで私はCIAと公安警察の両方から狙われることになってしまった。
9月22日 木曜日

『ジャズ・ダンス、誰が踊りをつなげたか』本日脱稿。
長かった。2009年の1月に書き始めてから今になってしまった。
途中、様々な理由で原稿が進まず、数か月放っておいたこともあったから、このくらいかかって当然かも。
どっと解放された。
もう私の手を離れたから、あとは出版社の仕事。

アナスタシアちゃんは、本当に大きな心配事から私の気持ちをそらすために、小さくてかわいい心配事を
演出してくれたのではないかと思う。
本当におかあさん想いのかわいい猫だと心から感謝する。
みんなが心配しているのに、どこで何をしているのだろう。
または、コスタリカ人が指摘したように、すでにこの世の人ではなくなっているのかもしれない。
猫を集めてどんどん処分している人がいるようだ。
その人の裁判記録を読んでびっくりした。
そんなことがこの日本であるとは。
結局多くの猫たちはどうなってしまったのか。
肉と毛皮に分けられて、その筋に処分されたのだと思う。 

ところで、倒れない電動三輪バイクは二人乗りが可能とのことで、重宝しそう。
荷物がたくさん載せられるなら、使える。
でも、充電がどのくらいもつのだろう。
電動バイクの充電時間はどんどん短くなる。
その昔は王子まで往復できたけれど、今は直線距離で恵比寿までの片道。
代々木公園までだったこともある。
2人乗ったら重くなるからその分、たくさん電池を消費するのだろう。
9月21日 水曜日

午前中江戸川区へ行く。
嵐の中を原付バイクでいくつも橋を越えて行くなど、狂気の沙汰だが、80歳の女性と約束したのだから
守るしかない。
靖国通りをまっすぐ行くだけで篠崎街道に出た。
東京都にはこのようなところがあるのだと今更ながら感動した。
江戸時代とは言わずとも、つい最近まで農業地帯だったということがわかる。
東京都23区内とは言っても、千葉文化圏。
豪農だっただろう人の家もぽつぽつ残っていて、善養寺という大きなお寺があった。
今度時間があったらゆっくり見てみたい。
猫の世話の女王的存在のこの人は捨て猫撲滅のために生涯を捧げた素晴らしい女性。
80歳とは思えない。世話をしないといけない可愛い猫たちがたくさんいるから。 
一人で二回へ1日に何度も上がり、たくさんの猫の世話をしている。
江戸川の河原には、箱に入れられた子猫が春先にたくさん置き去りにされるとのこと。
しかも江戸川区は23区の中で唯一、猫の避妊手術に助成金を出さない区とのこと。
区民の意識も甚だしく低いそうだ。
ちなみに捨て猫数ナンバーワンは江戸川区で、一番少ないのが千代田区だとのこと。
新宿区は少ない方から4番目くらいだったようだ。
猫の世話女王の家は大邸宅で、平米数がすごい。70平米。
清掃が大変そうだ。人のことを心配している場合ではない。
私のところの最近の荒れようはなんだ。
ところで、うちのかわいいお姫様は、すでに肉は食べられて、きれいな毛皮はがまぐち、キーホルダーに
されている可能性がある。
ふさふさの上等な毛皮だから見る人が見たら、その商品価値にすぐに目をつけるはず。
すでに解体されて骨などが捨てられていたとすれば、それは日曜日の夜か月曜日のこと。
その頃、一階のゴミ捨て場で血だらけの、とても臭い生ごみを捨てている人がいたという証言を得ている。
それがアナスタシアだということはあるのだろうか。
誰がそのゴミを捨てたか、目撃した人に頼んで人物を特定してもらわなくてはならない。
9月20日 火曜日 

動物捕獲情報
なるものがあるそうだ。
その日に捕獲された犬猫の情報がわかるが、そこに捕獲されるのは、怪我をした動物のみとのこと。
それ以外のところに捕獲された情報もここに電話をするとわかるそうだ。
動物を拾って警察に届ける人などいるのだろうか。
交番にそのような場所があるのか。
誰が世話をするのか。

ところで上智の大学院へ行く合気道家が来たけれど、やはりきちんと高等教育を受けていて、3か国語が
自由にでき、武道を幼少の頃からやっている人は、なにも核がなくALTなんかやっている馬鹿なアメリカ人と
比べるとまったく違う。
やはりメキシコ人のクリストバルもそうだったが、中南米から来る人(じゃぱゆきは別として)はある程度の
エリートだから、それなりにきちんとした家庭から来ているのを感じる。
こういう日本シンパが育ってその国の政府機関で働くのが日本の将来に一番いい。
 9月19日 月曜日 

結局アナスタシアは朝になっても帰って来なかった。
保健所に捕獲されているかと思い、問い合わせたが、今日は祝日だから捕獲した動物はいないという。
よかった、アナスタシハはまだこの界隈にいる可能性がある。
コスタリカ人が言うには、 この建物にはX国人が多いから、すでに料理されてしまっている可能性があるとのこと。
X国人の捨てるゴミは血がついているものが多く、とても臭いと建物1階のゴミ捨て場の報告を受ける。
あんなにかわいい子を料理するなどもっての他。
食べる部分などほとんどない。
でも、きれいな毛皮だからがまぐちとキーホルダーが作れる。
ネズミや猫の肉を一緒に料理しているからと言うけれど、それはチャイニーズではないのか。
多分ごっちゃになっている。
外へ行って、猫の鳴きまねをしながら歩くが、あの子は姿を見せない。
お腹がすかないだろうか。
アスファルトの上で寝られるような子ではない。
イヌおちゃんが恋しくないのだろうか。
写真を使ってお尋ね猫のチラシを近所の電信柱に貼り付ける。
電話番号を書いておいたけれど、本当に誰かが連絡してくれるのだろうか。
あの子は足が速いから、普通の人は掴まえられない。
イヌおちゃんと一緒だと、でれでれして、おかあさんと一緒の時もへそ天なんかして、きれいな白いお腹を
触らせてくれるけれど、人がいる時は警戒してそんなそぶりは見せない。
6歳にもなってまだ人間に慣れない猫なのだ。
アナスタシアが悪いのではない。
人間が悪い。どんな場合であっても、動物は絶対に悪くない。
私はどんな時でも常に動物の味方だ。
だから米軍基地をつくろうとしている馬毛島の滑走路ように整地されたところにたたずむ野生の鹿を見ると、
哀れを誘う。
鹿はこれまで静かで美しい自然の恵みを満喫してきたのだから、米軍基地により鹿の生活がおびやかされては
ならない。
鹿の命の方が基地より大切なのがどうしてわかないのだろう。
縄文人ならこれくらいの常識があるが、西国倭人政府にはそれがわからない。
 9月18日 日曜日

いつもは、猫の幅より細い化粧品のプラスチック容器をを扉にはさんでいたのに、合わせ練習で、
小道具のショールが入った大きなスーツケースを扉にはさんでいた。
まさか、その上の飛び越えて逃亡する人などいないと思ったから。
朝から多くの人が出入りしていたが、午後1時半くらいまでは、アナスタシアはスピーカーの下の棚に
横たわって踊りを見ていたが、ぱっとしない踊りに飽きたのか、そこを立ってどこかへ行った。
その後、練習だの、フィンランド大使館の人(以前うちにいたことがある金髪のかっこいい男の子)が
来たりで、アナスタシアに構う暇がなかった。
私は外へ行き、戻って来た時に、イヌおちゃんが、1階と2階の間の階段にいたの発見。
私の姿を見ると、イヌおちゃんは慌てて2階へ走って上がり、扉のところにはさんでおいたスーツケースを
飛び越えて部屋の中へ入り、なにくわぬ顔で毛づくろい。
にゃんぐさんは定位置にいたので問題ないのだが、アナスタシア姫の姿が見えない!
イヌおちゃんが1階の階段にいたということは、アナスタシアは外。
以前も、アナスタシアがそそのかして、イヌおを連れ出したから同じストーリー。
これの原型は旧約聖書の昔からあり、好奇心にかられた女がいつも率先して行動して、気の弱い男は
それに従う。
アナスタシアは自己顕示欲が強く、美しく、運動神経に恵まれ、さまざまな家で生活し今に至るから、
ここしか知らない世間知らずのイヌおちゃんなどとはまったく異なるタイプ。
外を捜しましたがいない。
地下や屋上まで行ったがいない。
夜中になっても帰って来ない。 
9月17日 土曜日 

ヨーロッパの出張から帰って来てそのまま広島へ仕事で行き、そこから直接お稽古に来た人にはびっくり。
私だったら2日くらい寝ているだろう。
ヨーロッパから戻ると、日本から行くよりずっと身体が疲れる。
時間を戻るのは人間の生命にとって良くないのだろう。
9月16日 金曜日 

朝から霞が関へ。
こういう時しか白い絹のワンピースは着ない。
青い帽子を失くした。でも構わない。もう古かったから。
九段を二回往復してしまった。
千代田区内の道はすべて知っていると思っていたけれど、初めて通った道があったのでびっくり。
9月15日 木曜日 

信じられないくらいほとんどの原稿が校正されて戻ってきた。
それをさらにもう一度読むのが私の仕事。
でも、頭が冴えている時にしかそれができない。
疲れていると、作業はできても、仕事はできないから、一番状態のいい朝になるまで、大切なことはやらない。
それに限る。
無理に書いたりすると変な文章になるから、読むくらいにとどめるのがコツ。
9月14日 水曜日 

新宿歌舞伎町まつりで踊る時、足袋ではなくてその上に下駄や草履を履いた方がいい。
盆踊りの団体は足袋で踊っているようだけれど、うちのメンバーにはなにか履かせる。
幸い、草履がたくさん余っているから問題ない。
9月13日 火曜日 

お稽古の後、急いで新宿文化センターの出演者会議に行く。
床が危ない。このまま放置すると裸足の人などひっかけて、怪我をする可能性がある。
シューズを履いていても、そこにひっかけてしまうかもしれない。足袋しかり。
どうにかするように担当者にメッセージを送ったけれど、ちゃんと処理するだろうか。
予め警告したのだから、それを無視したことで怪我人を出したら、主催者の責任義務違反になる。
9月12日 月曜日

『私の愛した東京電力』(ジャズ・ヒケシ Jazz_HIKESHI vol.11)北朝鮮拉致問題の中心的人物、蓮池透氏の
新しい著作の題名はすごい。
この人がもし本当に自分で考えてつけたのなら、まさにコピーライターだ。
東京電力に30年勤務して、福島第一の保守管理も担当し、退職時は原子燃料リサイクルの要職に就いていた
という蓮池さんは北朝鮮拉致問題と取り組むうちに、知らず知らずのうちにコピーライターの才能を身に
つけることで、社会に問いかけて行ったのだと思う。
蓮池透さん(元東京電力原子燃料サイクル部部長、北朝鮮による拉致被害者家族連絡会 元副代表
をゲストに迎え、ライブを行うライブハウスは、非常に社会派であり、評価できる。
OPEN18:00 / START19:00 
予約¥2,000 / 当日¥2,300(共に飲食代別)
予約はネイキッドロフトにて電話&WEBにて受付中!
電話予約 TEL 03-3205-1556(16:30~24:00)
ネイキッドWEB予約→
http://www.loft-prj.co.jp/naked/reservation/ 
9月11日 日曜日 

毎日新聞 9月10日(土)19時58分配信によると、「事件とアフガン人は無関係で、我々は米側に公正な
調査を求めてきたが、米国と同盟諸国は返答の代わりに巡航ミサイルや劣化ウラン弾を含んだ武器を
送りつけてきた。米国が歴史のくず箱に放り込まれるまで、アフガン人は長い戦争を続ける」とアルカイダが
述べていると書いてあった。
現在のアフガニスタン政府は米国が送り込んだハリバートンの社員だったアフガニスタンの言語もおぼつかない
カルザイを大統領に据えた傀儡政権だから、一般のアフガニスタン人に受け入れられないのは当然のこと。
自分の国が侵略されている時に祖国を思い外国勢力と闘う愛国心に溢れた人がフランスではレジスタンス
と呼ばれ戦後も尊敬の念を持って回顧されるのに、どうしてアフガニスタンではレジスタンスではなく、
テロリストと呼ばれるのだろう。
カルザイ政権は、ナチスドイツのつくったビシー政権と同じ占領国による傀儡。
国民の民意を代表していない。
「米国が歴史のくず箱に放り込まれるまで」というのは、すごくいい表現で、これを言った人がアフガニスタン
の人なのだとしたら、素晴らしい文学的センスのある人だと思う。
私は「米国がその役割を終了して消滅する日が来るとしても」くらいに抑えた書き方をしたのだが。
「くず箱に放り込まれる」と言った人に「役割を終了して消滅」という文章を読ませてみたいものだ。

朝方『失われた天空のピラミッド「ラピュタ」の謎』を読み終えた。
飛鳥昭雄の書く内容はどんどん新しい秘密の資料に基づいているから、新しい本が出るたびに、もっと
内容が濃く、真実に近くなっていく。
これが数年前のものだと、伊勢神宮の天照大神がイエス・キリストなのはいいとしても豊受大神の正体を
女性でマグダナのマリアだなんて言っていた。
それを読んだ当時はそんなものなのだろうと思っていたが、『失われた天空のピラミッド「ラピュタ」の謎』
ではマグダラのマも出て来なくて、もっと研ぎ澄まされている。
それは物部氏と、徐福の正体がわかったからだろう。
だからこの人の本は、古いものは読むべきではなく、一番新しいものを読むべき。
似たような内容のことが書かれていても、刊が新しくなるごとに情報内容も更新されているから、前に
書かれたものの内容を上書きして理解した方がいい。
43巻のうち40巻くらい買ったけれど、最初の35巻くらいはアマゾンで手放してしまってもいいかなと思う。
私は情報として価値があるものしか興味がないので。

さて、午後、原発反対のデモにイヨンちゃんを誘って参加した。
サンバの衣装で参加したので、人目を引いただろう。
もっともビキニは着ないで、スパッツと派手なデザインのトップにして、羽根の帽子と、背負子で登場した。
前は、こういう衣装で参加すれば、デモが盛り上がるのにと思っていたけれど、どこで着替えるのだろう、
貴重品は誰に預けるのだろう、どうやって衣裳を運ぼうなど、つまらないことを考えていて、デモに協力
できなかった。
今日は、自転車で袋に入ったサンバを新宿1丁目まで運び、そこに駐輪して、サンバの羽根を背負い、
帽子をかぶり、会場まで歩いて行った。
途中多くの人にすれ違ったけれど、恥ずかしくなかった。
ダンサーにできること、参加して、目立って、原発反対を主張する人々のお手伝いをすること。
サンバの人が一人いるだけで、10名人がいるくらいアピールする。
原発反対という意思がはっきりしていれば、恥ずかしいなんて意識はなくなってしまう。
本来の場所、アルタ前から警察により直前に集合場所が変更させられたようだ。
伊勢丹前でやっていた原発推進派と集会とかち合わないためだろう。
推進派の集会は悲壮感に満ち、シュプレヒコールを繰り返していたが、20名弱しかいなかった。
警察官に、原発反対派のデモは、あちらだと言われ、明治通りを渡ろうとしたら、なんと千人くらいいた。
これこそ日本人の民意を反映している。
これをしないと政府ではないのに、反対派の管さんが辞めたあと、手ぐすね引いて待っていた原発推進派が
すぐに政権を運営している。
菅さんは原発に反対したから、無能というレッテルを貼って辞めさせられた。
犠牲になったのだ。たぶん、辞めないと命を狙うとその筋から脅されたのだろうと十分に想像できる。
気の毒な人だ。
政府が民意を表す機関なのだとしたら、原発反対の姿勢を貫くはずだが、実際には、一部の人の利益しか
代表していない政府であることがわかる。
次回はもっと大勢に声をかけて、手に、「原発反対」うちわを持ち、「原発いらない」たすきをかけて、完全武装で
臨みたいと思う。
踊りの衣装がこのように役に立つなら、どんどん使いたい。
どうせ、テレビの馬鹿番組や地方の結婚式、自分たちのたまにやる本番でしか使っていないのだから。
9月10日 土曜日

新宿歌舞伎町まつりのリハーサルは、短い時間だからダメなのではなくて、各ダンサーが振付を完全に
覚えていない状態でリハーサルに参加しているから。
完璧に覚えた状態で参加してくれたら、場所のことだけ決めればいいのだから、もっと効率よく進められる。

インドのガンジーがこう言っていると、「はじめてのデモ」のなかの「デモの心得」に書いてあった。
「あなたの行う行動が、ほとんど無意味だとしても、
それでもあなたは、それをやらなければなりません。
それは世界を変えるためでにではなく、
あなたが世界によって変えられないようにするためにです」
実にいい言葉。
新宿原発反対デモがアルタ前で明日あるそうだけれど、参加してみるのもいい。
本当はサンバの羽根など使うとすごく目立つのだけれど、どこで着替えるの。
着て行った服や靴はどこに置くのなど。
マネージャー付きでないと、デモに参加するのは不可能。
おまつりのパレードだと着替えの場所とか用意されるけれど。
本当は町がそのような場所を提供するのでもないと、デモ参加は、理論的には可能でも、
実際には難しい。
石原は原発推進なんていう変な奴だから、都庁の一角を更衣室に提供するなんて不可能だろうけれど、
新宿区長のおばさんはどうなのだろう。 
9月9日 金曜日 

ぐったり疲れてしまった。
たまには休息が必要。
母のところへくだものを持って行く。
加減が良くなさそう。
いつもなら、マンションの下まで送りに来てくれるのに、今日は、寝たままだった。
着物をくれた。
もう自分が着ることがないことを知っているかのようだったから、「また着る時はいつでも言って。持って
来るから」と言った。
母は着物を着る機会があまりなかった。
仲良しだった前田さんが頻繁に着物を着ていたから、それに感化されていくつか作ったという感じだろう。
私は着物で出かけたいから、車の免許を取った。着物で原付は乗れないから。
でも、車がない。
9月8日 木曜日 

原発廃止のバナーを貼った。
みんながここから署名してくれるといいのだけれど。
こんなことをしても、本当に総理大臣の元に届くのだろうか。
一人で違うメールアドレスで何人分も署名しようと思う。
こうして一人が10名分づつくらいの署名をしたら、すぐに百万人くらいの署名は集まるはず。
こんなしち面倒臭いことをしないで、もっと簡単に「原発はもう廃止。いかなる問答も無用」と
言えないものなのだろうか。
私はまどろっこしいことが嫌いだから署名なんて嫌だけれど、でも日本の安全に協力したい。
この日記を読んでいる人は必ず署名するはず。
結局、今日は4名分の名前で行った。
自分、母親、父、母方の祖母。もっとも最後の二名はすでに天国にいるが、原発のような大切な問題の
時には、生きている死んでいる関係なくみんなで一致団結しないといけないから、ご登場願った。
死んでまでもまた地球のために役に立っていることを知って、この二人は喜んでいるはず。
そのようにして明日は、冥土を中心にブッキングしてみるつもり。
あの世の方はみな、この世がどうなっていくかを毎日はらはらしながら見つめているだろうから、少しでも
このようなかたちでこの世のことに関われるのは、思ってもみなかった機会だと思う。
亡くなった人たちもきっと私と同じ気持ちのはず。脱原発。
だから私がそれを代表して投票しないといけない。

『ルイジ・ブック』の最終校正に目を通しているけれど、涙ぐんでしまってなかなか読めない。
何度も削りに削って文章を研ぎ澄ましてきたから、前よりシャープになっている。
私は自分が自分の読者になってしまうから、感情移入してなかなか仕事が進まない。

ところで鳥取県の空気中の放射能量が多いのはどうしてだろう。
福島からすごく離れているのに。地中にある鉱石が放射能を発しているのだろうか。
東京の放射能量は北部の足立区より南の新宿の方がはるかに少ない。
0,005は少ないから、北に住むのは危険。都内でもこれだけ差があるということは、埼玉県などはもっと多い
のだろう。
北部は不動産価格が下がり、安全な南が上がるのか。
でも今は不動産を買える人が少なくなっているから下がることはあってもあがることはないのだろう。
9月7日 水曜日
 
認知男から電話がかかってきた。
ったくもう、あと10分でダンスのお稽古始まる時間だというのに。
私に電話をかけないでほしい。
用事があるならメールを送れ。
自分がその女の子と出会ったのより、認知の対象となっている子供の年の方が多い。
だからその子は自分の子ではないから認知しないと言ってきた。
四ツ谷の法律会館で入れ知恵されてきたようだ。
そういうところで働いている弁護士は1回こっきりのことだから、よく調べもしないでその場限りの適当を
言うから始末に悪い。
お稽古を終えてから女の子に根ほり葉ほり聞くと、新しい事実がどんどん発覚した。
女の子は事情で子供を出産していた。
それから2004年に日本に来てその男と出会った。
2005年に一時帰国する直前に女の子は妊娠した。
飛行機の長旅が災いしたのか、女の子は本国で流産した。
しばらく休養して女の子は2005年に再び日本にやってきて、男が借りた赤坂の豪華マンションで生活を
始めた。
男は港区の不動産の帝王の一人と呼ばれるやり手の不動産会社社長だったから、ありとあらゆる贅沢をして
ある時は沖縄、ある時は北海道、日本海側、いろいろな場所へ旅行したり、女の子の父親を本国から
招いて日本でレーシックの手術を受けさせたりするなど、湯水のようにお金を使い女の子を喜ばせた。
しかし女の子が国の家族に送金することは許さなかったので、女の子は小さなアルバイトなどをしていた。
女の子が2006年に本国へ帰ると、男は女の子を追って南米へ行った。
そして女の子が2004年に出産した父親の名前のない子供を見て不憫に思い、早速市役所へ行き、
その子の父親であることを公式に登録して、認知番号xxx番という証明書を受け取った。
晴れてその子供は父親の名前を名乗ることができるようになった。
男は多分、軽い気持ちでその生物学的になんの関係もない子供に対して認知を行ったのだろう。
変なヒロイズムによって、自分がスーパーマンであるかのごとくふるまったのかもしれない。
男はわずか10日間その国に留まり、日本へ帰国した。
しばらくして女の子は自分が妊娠していることに気がついた。
その事実を知らせるために何度も男にメールをしたり電話をかけたりしたが、なしのつぶてだった。
女の子は男児を出産し、明らかに日本人の特徴が刻まれた顔の写真を何枚も男に送った。
ある日のこと、待ちに待った男からの連絡があった。
内容は期せずして「もう連絡をするな。写真も送るな。自分には今、日本人の恋人がいるから」との内容だった。
悲しみに打ちひしがれた女の子は、幼馴染の同国人と結婚した。
原住民の血が半分入っているな風貌の若い夫は、日本人男性との間にできた妻の子供を自分の
子供として認知した。
よくよくできた男である。心の広い素晴らしい男だ。
しばらくしてこの夫婦には子供が生まれた。
この夫婦は三人の子供がいる平和な家庭を築いている。
貧しいけれど愛のある楽しい家庭であることがうかがえる。
さて、ところで日本人男性の認知した一番上の子供。
この子は日本人に認知されているから、日本人の旅券が取得できる。
そのためには、現地の市役所だけではなく、日本国内の区役所にて、男が認知承諾書を出さないといけない。
男が拒否する場合には、裁判に訴えて、強制認知を強いることになる。
そのようないきさつだということが、今日初めて判明した。
私も今日まで理解していなかった。
三人いる子供についての説明がいまいち不足していたことが誤解の原因だった。
不動産会社社長からタクシー運転手に転落した元スーパーマン男は、金銭を要求されるのではないかと
びくびくしている様子だったが、若い母親はお金はいらない、認知だけして欲しいと言っている。
思うに、自分の子供でもないのに、一時のかっこいい男を気取るために認知をしたのは、浅はかというか、
向こう見ずというか、具の骨頂。
認知をしたのなら、生物学的に自分の子供かどうかなどもう関係ない。
法律的には親子なのだから責任がつきまとう。
男が日本で認知して区役所に届けないと子供は本国で認知されただけでは日本旅券の取得ができない。
国際法とはそういうものなのだ。
そこで日本旅券乱発を多少食い止める歯止めになっているもの事実だから。
国はそれぞれ別に業務をしているから、この国で登録しても、それが自動的に別の国の資料にも反映される
わけではない。
それがいいところでもあり、今回のように不具合な点でもある。
男が認知しさえすれば、その母親は自動的に家族ビザが取得でき、永住権も取れるので、日本滞在が
可能になる。
だからなんとしてでも男に認知をさせなければならない。
女の子は現在29歳。
人生の一番いい時をその日本人の男に捧げた。
自分の経済力では決して手に入れられないものを手に入れ、見られないものを見た。
だから、その女ことはその男を心から憎んでいるわけではない。
素晴らしい夢の生活をさせてもらって嬉しかったのだ。
しかし、今は別の人とささやかな平和な人生を歩んでいるのだから、もう、元不動産王にして現在は
携帯電話も持たないタクシーの運転手には惑わされないでほしい。
頑張ってほしい。
9月6日 火曜日 

その女の子を朝9時に家を出させて、荒川警察へ行かせる。
私は原稿の直しが忙しいから、ついて行かなかった。
牛込警察あたりだと、英語のみならず、ポル語の警察官もいるというのに、荒川警察は英語ができる警察官でさえ
いないようだ。
一体どのような採用の仕方をしているのだろう。
採用してから訓練をほどこすことだってできるだろうに。
武道や射撃教えるより、頭の訓練もさせなさいと言いたい。
7年前のことだというのに、女の子は男の家をちゃんと覚えていた。
たとえ警察の生活安全課がこのような事件に関してなにもしてくれなくても、「今、警察に行ってきたところ」と
女の子に言わせるだけで男は相当ビビる。
私が榎木の庭の手入れをしていた時にその男から私の携帯に連絡が入る。
女の子は携帯を持っていなかったからだ。
赤坂にある不動産会社を経営する裕福な男は、東日本大震災の後、タクシーの運転手に転落していて、
朝の時まで働いているという。
当時、女の子の言動から男が湯水のように浪費している様を聞いていたから、いささか驚いた。
区役所での明日の認知を来週の水曜日に延期してきた。
女の子の短期滞在ビザが切れるのを知っていて引き伸ばし作戦をしているのではないかという疑いが
一瞬脳裏をよぎったので、来週の水曜日午後3時半に新宿区役所の戸籍課の前を指定した。
確認のための書簡を送った方がいいかもしれない。
私は自分もたくさん問題を抱えているのに、日本語が碌にできない女の子が日本人の男によって不幸に
なったのを見ていられない。
でもこの男は全財産を失ったことで十分に罰せられたのだと思う。
自分が認知する子供の教育費だって支払えないだろう。
9月5日 月曜日

ショールを使った踊りは華やかでいい。数色増えたから、13名くらいまで大丈夫。
首の周りにショールを巻くとぐっとショーアップするから、今回12色で登場するとかっこいい。

ところで、男が自分の子供を認知せず、携帯に出ないなど、のらりくらりと逃げている場合は、簡裁で、
強制認知裁判を起こすことができると新宿区役所が教えてくれた。
男の住んでいるのは荒川区町屋とのこと。
さっそく荒川警察の生活安全課と話す。
明日その女の子を荒川警察へ行かせ、事情を説明させることにした。
どこの警察の生活安全課でもよいとのことだが、男の家の目と鼻の先にある警察署の方が良いと判断。
私のまわりの女の子を不幸にした男には落とし前をつけてもらう。 
9月4日 日曜日  

教会へは早めに行って、聖書を読むようにしているのは、信仰心があるからというよりも、超古代を扱った
歴史解説書に書かれた内容が聖書の記述と比較してどのくらい正しいかを確認するため。
今朝方3時半からずっと飛鳥昭雄の『失われた天空のピラミッド、ラピュタの謎』を読んでいたので、新エルサレム、
つまり、空飛ぶピラミッド、天の浮船について、『ヨハネ黙示録』で確かめるのは妥当というもの。
どうしても気になるのは13章にあるマイクロチップ埋め込みについて。
「また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、
その右の手あるいは額に刻印を押させ、この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。
この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである。
ここに、知恵が必要である。思慮ある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。
そして、その数字は六百六十六である」
ロックフェラーだから六だなんていう日本語の語呂合わせはあり得るのだろうか。
あり得るかもしれない。
世界における唯一の「隠れキリスト教国」日本の言語を上手く使ったとか。
ロックフェラーは全世界の人にチップを埋め込むことをもくろんでいるけれど、そうは問屋が卸さない。
チップを埋め込むのは合衆国人とユーラシアの人たちだけにしたらいい。
日本人は放っておいてほしい。
世界人口を半分に減らしたいのなら、チャイナをどうにかしなさい。
鳥インフルエンザは本当に効果がなかった。

それから18章もおもしろい。
「もはや、彼らの商品を買う者が、ひとりもないからである。
その商品は、金、銀、宝石、真珠、麻布、紫布、絹、緋布、各種の香木、各種の象牙細工、高価な木材、
銅、鉄、大理石などの器、 肉桂、香料、香、におい油、乳香、ぶどう酒、オリブ油、麦粉、麦、牛、羊、馬、
車、奴隷、そして人身などである。
おまえの心の喜びであったくだものはなくなり、あらゆるはでな、はなやかな物はおまえから消え去った。
それらのものはもはや見られない」
こうして商品を見ると、縄文日本には関係のないものばかり。
ことごとく悪魔のユーラシアの物産ばかりだから、縄文王国には関係ない。
農業や商業、製鉄などやらず、1万2千年間竹炭に守られ、平和な生活をしていてよかった。
ところで、アイヌと沖縄の人が同じ人種なのは、当時北海道や東北がとんでもなく南にあり、フィリピンの
すぐ横にあり、フィリピンの現地人のイフガオ族も縄文人の仲間だ。
あの人たちの高床式の家は妙に東北の縄文復元家屋に似ているがそれもそのはず、同じ人たち。
まかりまちがって、隣の島に住んでいたらフィリピン人になっていた人もいたのだ。
学校で東日本島と西日本島の事実を教えないのはなぜだろう。
どんな不都合があるというのだろう。
日本がムー大陸の中心だったということがわかってしまうからだろうか。
日本の島はすべて他の大陸の縮小形だということがわかり本当におもしろい。
九州はアフリカ、北海道は南米、四国はオーストラリア、ユーラシアと北米が本州。
世界中の人に知らせたい。

『キューバ外務省は声明で「外国政府や北大西洋条約機構(NATO)の介入によらず、リビア国民の自由意思で
選ばれた政府だけを承認する」と説明した。また、NATOの空爆を「無実の市民を殺し、
平和的解決を妨げている」と批判、空爆の即時停止を求めた』というのを知り、アメリカに支配されていない国の
なんとも小気味よい自由な行動。
このような国は世界にいくつあるのだろう。
アメリカにノーと言える国が日々少なくなっていく今日この頃。
独裁者たちは堂々と反アメリカを主張して、自分の身体を張って頑張ってくれた。
20世紀の終わりがなつかしい。
9月3日 土曜日  

朝から夕方までずっとお稽古で慌ただしい。
短縮版『サンバ』もつくったから、あとは人をはめて踊りこむだけ。
来月の新宿歌舞伎町まつりでは分数が短いから、11月の新宿文化センターの時にもっと時間を取り、
原曲そのままやればよい。それでも6分しかかからない。
同じ衣裳で登場したら、6分が限度だ。

ナタリアとアドランのサルサは実にいい。
日本舞踊を踊っている時の二人からは想像できないほど、生き生きとしている。
アフリカを感じる動きがたくさん確認でき、つくった振付を踊るのではなく、民族の血の中から自然に湧きだす
動きに釘付けになった。
民族舞踊は芸術舞踊と違うから、ルックスとかプロポーションとか関係なく、このくらい太った人が生き生き
踊れる踊りは微笑ましい限り。
明日はこの二人を連れてルーテル教会へ行く。
イグナチオ教会のスペイン語礼拝は午後だから、そのあと行ってもらえばいい。
9月2日 金曜日 

「ガリバー旅行記」にある日本についての記述を読まないといけない。
フリーメイソンで、聖職者だったアイルランド人のスィフトが知っていた知識は、グラハム・ハンコックの
『秘められた知識の系譜』の類で、アカデミズムが無視する超古代オカルト、でも隠された真実である例の
一番好きなジャンルだ。

夜中にたくさんの雨が降ったようで、朝、良く晴れていたから、これでようやく台風が終わったのだと思ったら、
今日の午後から台風になるようだ。
この日本晴れは一体なんだというのだ。
急いで神楽坂へ行って来よう。 
9月1日 木曜日

朝日ニュースターで、原爆投下後の5百メートル上空を布張りの粗末な飛行機で飛行した元日本空軍の
操縦士が被爆して60年間原爆症に悩まされてきたのに、国から被爆者手帳がもらえないと嘆いていた。
被爆資格があるかどうか検査するのは、自治体の若い職員で、目撃者がいないからだめ、飛行命令書類が
ないからだめ、飛行命令書類があっても日付が記載されていないからだめと、はねのける。
わずか30代くらいの若い職員が、戦争のなにを知っているというのだ。
自分を何様だと思っているのだ。
国という権力の片隅にいる公務員は最悪。戦時中も今も変わらないのだと思う。
生涯のほとんどの期間を被爆に苦しんで生きてきたこの老人がどうして、青二才の地方公務員にそのような
扱いを受けなければならないのか。
本来は国が、「お役目ご苦労様でした。お辛かったでしょう。遅ればせながら、国として補償させていただきます。
ご不便をかけ申しわけございませんでした」と謝罪して即刻補償すべきではないか。
その方の同僚たちは、みな放射能による癌でなくなったそうだ。 

夜、藤本設計事務所を辞めて英国に帰国するアイヴォ君の送別会を兼ねて玲子ちゃんとごはんにする。
当初6名を予定して食料を買ったので結局3名になって、すごく余った。
藤本ではアイヴォ君のような犠牲者があとからあとから来るそうで、まるで建築界の教祖的存在。
私も少なくとも10名と出会った。
ベルギー人ナディーネ以外は数か月しかもたない。
アイヴォ君のように1カ月もたずにやめる人もいる。
当たり前だ。どこの世の中に高学歴の優秀な外国人若手建築家を無料で昼夜働かせられる会社があるというのか。
労働基準法違反だし、入国管理法違反でもある。
当局が立ち入らないのは怠慢と言うべきか。
行政はやるべきことはやらないで、保身ばかり考えているから納税者の負担が大きくなる。
8月31日 水曜日  

お稽古の後、ナタリアが来た。
すごい人生を歩んで来ている。27歳。
私が「ルイジ・オン・ステージ」をやった歳だ。
ナタリアの明るさに私は何度励まされたことだろう。
まさに天使そのもの。
好きなジャンルの本を何冊か買ったけれど、「龍蛇族直系の日本人よ」(浅川嘉富)の次の、「世界に散った龍蛇族よ!」
にしようか、それとも飛鳥昭雄の「失われた天空のピラミッド、ラピュタの謎」にしようか、関裕二の古代史謎解き紀行
東北編
「消えた蝦夷たちの謎」にしようか、迷ってしまう。
関連書籍をまとめて数冊買ってしまうので、どれも興味があり、どれから読もうか目移りしてしまう。
ついでだから、また
龍蛇族にしようという気もしたが、ここは思いきって、ラピュタにしよう。
旧約聖書のエノクはそこへ行ったのか。
こんなこと、教会の浅野牧師には聞けやしない。
8月30日 火曜日  

自転車で浅草へ行く時に、上野を通らないで、ギザギザに曲がりながら浅草通りへ出ようとしたら、なんと
自然に鳥越へ来てしまった。
鳥越商店街を抜けて、ああ、ここが若き井上ひさし先生が、かもじ屋の娘と一緒になって住んでいた地域だな
と思いながら通りを見わたす。
商店街とは名ばかりで、1軒、また1軒と消えているのがわかる。
そこに消費生活がない。
台東区の人たちというのは浅草や上野など一部の地域を除いて、一体どうやって暮らしているのだろうと思う。
やっているのだかやっていないのだかわからないようなお店というか、仕舞屋といか、何屋だかも不明。
道路にぴたりと建ててしまったから、6メートルのセットバックもあったものではない、いきなりアルミ扉の家々。
こんな素敵な布地屋さんが新宿にあったら、みんな買いに来るのにと思われるような舞踊衣裳専門の
布地屋があった。
かつては、浅草国際劇場のレビューショーの衣装などここの布地でつくっていたのだろう。
間口が広く、布が日に焼けてしまいそう。
お客は来るのだろうか。新宿東口の岡田屋や高島屋の上の湯沢屋はここの数百倍以上の人が足を
運んでいることだろう、しかし、売っているものは同じ。ここの方が上かも。
結局何を売るかではないのだ。
どこで売るか。
帰りも浅草通りからギザギザに曲がるようにして行ったら、なんと、万世橋の交差点に出た。すごい。
一方通行が多いから、原付バイクだとこのような芸当はできないけれど、自転車だとこんなことができる。
お稽古の後、今年最初の栗ご飯を炊いて、母に持って行く。
とても喜んでくれた。
帰りすごい雨に降られて大変だった。
帰ったら、なんとナタリアが到着していた。当時ここで踊っていた時の4倍くらいの太さになっている。
コスタリカからメキシコ、パリ経由で東京に着いたとのこと。
パリというのは、一体どこから出て来るのかと言いたい。
夜遅いのでとりあえず、休んでもらった。
8月29日 月曜日 

新宿歌舞伎町まつりの会議へ行って、楽屋に姿見ないのですかと言ったら、「この十年間そのようなものを
要求する人はいませんでした」と言われたので、びっくり。
「鏡くらい私のところにたくさんありますから、ご提供しますから、取りにいらして」と言ったら、自分で持って来て
自分で持って帰って下さい」と言われた。
私が新宿歌舞伎町まつりやめてからというもの、こんな人が仕切るようになってしまったのだ。
なぜ「ご提供して下さるとのこと、ありがとうございます。いつお受け取りに伺いましょうか」と言わないのだろうか。
心の汚い人はみな、オリオン座から来た宇宙人のDNAが入っているから、縄文人の私としては歯が立たない。
ステージ上で下駄タップを練習しようとしたけれど、あそこらへん一帯が公衆便所の臭いになっていて、
近づくこともできない。
なぜあのように荒れてしまったのだろう。
歌舞伎町祭りを愛していた柴田さんが実行委員長をしていた頃の歌舞伎町は今のようにすさんでいなかった。
帰って来たら、フラワーから嬉しいメッセージが届いていた:
「日付 2011年8月29日14:52
マリカ先生の踊りをみると別世界を旅しているような気分になりびっくりです。
本来、芸術とはそういうものなんだなあと思いました」
昔、私の踊りに一番似ているのは武藤さゆりちゃんだった。
平塚の人たちはフラワーが一番似ていると言っていたとのこと。

ところで、ユダヤ系のメディアが「(行方不明の)カダフィは依然として、リビアだけなく世界にとっても脅威だ」と
強調しているけれど、また、始まったという感じ。
サダムの時も同じようなことを言っていた。
カダフィのどこが世界にとって脅威なのか。
脅威なのは、イスラエルと米国とチャイナとロシアではないのか。
その他の国で脅威になり得るような国がひとつでもあったら教えてほしい。

それから、BBCのニュースでは、米国民は9,11が自国政府のやらせだという陰謀説を信じている人が
25%いるという統計を伝えていたけれど、信じていない人が25%の間違いではないのか。
数字がおかしい。
まともな判断能力がある人ならたやすくカラクリが見えるはず。
8月28日 日曜日 

教会から帰り、美容院へ行く。
真理子さんから素敵なメッセージが到着していた:
「マリカ先生のルイジスタイルをあらためて見て、ルイジスタイルはなんて美しいんだろうと、思いました。
昨年ルイジスタジオに行った時はそのような感動は無かったです。
こんなにきれいにルイジスタイルを踊るのは、日本でマリカ先生しかいません。
マリカ先生は、一番良い時期に、ご自分がルイジスタジオにかかわっていたとおっしゃいました。
そして、それを崩さずキープしているのも凄いことです。
これは後世に残さなくては、、、、、マリカ先生が私に言われた通りです。
このジャズバレエを残さなくては、、、、、この形が崩れないように」
とても嬉しけれど、私よりルイジ・スタイルを上手の踊れる人は日本にいくらでもいると思う。
例えば京都の今中先生。この方は30年前から素晴らしいダンサーだった。
80年代のはじめに渋谷のジャンジャンでやった公演を見に行ったが、すごかった。
当時の真理子さん自身や、大滝先生のバレエ・アートのところの大塚先生や、保延さおり。
こういう人たちは、本当にルイジ・スタイルが上手で私は見ていてほれぼれしたものだ。
高橋直人、福井あき、武藤さゆり、千島一代などやはりすごくルイジ・ジャズが上手かった。
自分が育てたわけではないけれど、山田美和子や黒江乃理子はすごくよかった。
第二世代も悪くないと思う。
フラワーやあかりさんもちゃんとルイジになっている。
今、第二世代が第三世代のルイジ・ダンサーを育てているけれど、原点に戻りながらも、常に、「ユーロ・
ジャズ・バレエ」を意識していれば、ルイジの踊りは伝わると思う。
アポロ的な「ユーロ・ジャズ・バレエ」を意識しないと、型が崩れていくと実感した。
8月27日 土曜日 

爬虫類族は、イギリスやベルギーの王家の特徴だと思っていたら、なにやら日本こそ、爬虫類宇宙人との
混血の最たる例らしい。
「龍蛇族直系の日本人よ」(浅川嘉富)は、デイヴィッド・アイクと口調が違う。
16弁菊花紋は16の地方を表し、その中心から世界天皇が天の浮き船に乗り、巡行していたという、あの
「竹内文書」やムー大陸に繋がる。
そうか、古代歴史は総括的に見ないと理解できない。
海水が今より少なく、地球自体の質量も少なかったから、距離感はどこへ行くのも今よりはるかに近かった。
神武天皇の顔が龍で、応神天皇までは爬虫類の特徴を残しているというのは、日本政府としては必死で
隠したいことだろう。
科学的にこれを実証したら、皇室不敬罪になり社会から抹殺されてしまうのだろうか。
これまでは、木版を焼却して、著者を離島へ島送りにしてしまえばすんだだろうけれど、こうインターネットが
発達すると、もう隠しきれないのではないだろうか。

真理子さんが静岡から来て合わせのリハーサルに参加してくれた。
 8月26日 金曜日

お誕生日だからと修君と例のフランス料理へ行く。
今夜は大雨の後だから、お客は私たち二人だけだった。
よく考えたら、お誕生日は来月なのに、今月だと勘違いしてごめんなさいと言ったら、かわいいプレゼントを
くれた。
来月開けるからと言ったけれど、早く見て喜んでほしいようだったので、目の前で開けた。
こういう女の人が好きそうなものを選んで買ってくる優しい子に良く育った。
修君は表情が父にそっくりで、亘さんは若いころこういう顔をしていたのだな、そういう顔の亘さんに母は
恋して結婚したのだと納得するのは楽しい。
8月25日 木曜日 

小豆島におもしろい店を見つけたからさっそく注文してみる。
自然に徹しているお店をネットで捜すのは楽しい。
自分の肌に効果がありそうなものは試してみたい。
現在使っているクリニックと、山田養蜂場と、バイオスイスと竹酢で十分なのだけれど、どうしても
なにか新しいことを試してみたくなる。
食品同様、化粧品ももう外国産のものを買うのやめようかな。
国産の小さな、しかし真面目な商品を助ける方がいい。
8月24日 水曜日

10時間寝たから本当に気持ちよく目覚めた。
やはりたまには長い時間眠るのがいい。
 今日お稽古へいらしたRさん、よくよく話を聞くと、仙台の津波で被災後、東京の親戚の家へ引っ越して
きたとのこと。
津波で家は流されたから、もうないとぽつりと言った。
私は一瞬、言葉が出なかった。
ご家族はと伺うと、年老いた犬と一緒に避難所に入れないから、お母さんは宮城県内にイヌと一緒に
入居できるアパートを借り、Rさんは一人で東京の親戚を頼って出て来たという。
どんなにかおかあさんやイヌに会いたいだろう。
だからここの猫に話しかけていた。
いよんちゃんと私はさっそく下駄タップを見せて、「がんばれ東北」ののぼり旗と、復興のシンボルの稲穂を
手にして踊るのだと言ったら、お稽古の間中、ずっと涙ぐんでいた。
私も涙ぐみそうになったけれど、ディズニーランドに合格したいとのことだから、ばっちり、びしびしと
お稽古した。
「がんばれ東北」とつぶやいていた私たちは実際に被災した人を具体的に知らなかった。
盛岡のタップおじさんやお米屋さんも3日間電気が消えただけ。
だから、Rちゃんの生々しいお話しには本当にびっくり。
Rちゃんが帰った後、いよんちゃんが、
「頑張れ東北ののぼり旗、つくりましょう」と言った。
そうだ、Rちゃんのためにつくろうと思う。
だから、今度のおまつりでは、具体的にRちゃんのために下駄タップで頑張れ東北を踊ろうと思う。

私たちの踊りに檄を飛ばすために、踊りの神様が天使を送ってきたと思うことにする。
私のまわりは、頻繁に天使が現れ、私を励ましたり叱咤したりする。
多分、今日来たRちゃんも天使軍団の中の一人なのだろう。
  8月23日 火曜日

日曜日は母のお誕生日だったけれど、平塚で『マジック・バード』のリハーサルが一日がかりだったため、
母の上の妹の戸塚のふーばと共に本日のお昼に伊勢丹で集合することに前から決めてあった。
本当に来られるのか心配でほとんど毎日のように電話をかけていたが、「体調がすぐれないからね、行かないかも」
みたいな消極的な返事ばかりで本当にまいったが、今朝電話をすると、ちゃんと来る気になっているようだったので
一安心。
本当は、なつかしの樺太へ連れて行きたいくらい。
樺太をソ連に取られたのは本当に痛手。
ソ連になる前のロシア帝国の頃から常に艦隊を送りこんで来ていたから、混乱に乗じて、当然のように
奪取されてしまった。
豊原をユジノサハリンスクなどという名前で呼んだらだめ。
母は豊原を大変なつかしがっている。
目白で生れて都会で育った母にとって樺太での数年間は唯一、大自然の中で過ごした素晴らしい時間だったのだろう。
樺太にはもう日系人がいないのかもしれない。
いても日本語や日本文化が失われてしまい、あちらに同化している可能性が大。
顔かたちよりも、心の中、頭の中から日本を消し去れば征服したことになるから、樺太では徹底した日本文化撲滅が
行われたことだろう。
もうなんの形跡も残っていないかもしれない。
でもあそこは本来、アイヌの土地。
自然の中で神様の恵みを謳歌してきた縄文アイヌの天国だから、あそこはアイヌの自治区として
独立させてしまえばよい。
アリューシャン列島もどうにかならないものか。
全部アイヌの島々。
どの島でもアイヌが暮らしていた。
ソ連が崩壊した時に領土をすべてロシアが引き継いだが、これは国際法で適正なのだろうか。
日本は朝鮮半島の領土を放棄した時、日本にいる日本国籍を取得した朝鮮人にも元の朝鮮国籍を返し、
日本国籍を破棄した。
つまり大日本帝国から日本国へ変わる時に、大日本帝国が持っていた領土も臣民も元の国に返したということだ。
その朝鮮人が日本国籍を求めて裁判を起こしたそうだが、日本の裁判所は、領土も臣民もお返しするという
姿勢を変えなかったということ。
ということはつまり、ソビエト社会主義共和国連邦が解体しからロシアに移行した時、ソビエト社会主義共和国連邦
時代に国際法違反で取得した領土を放棄させ、もっと完璧に解体し、国境線を引き直すべきだった。
あの時ならあるいはできたかもしれない。
日本はバルト三国やポーランド、ドイツともっと提携していかなければならない。
あちら側とこちら側から少しづつ削って、元の国境線に戻せる可能性を模索すべきだ。
ゴルバチョフさん、もう一度壁を作って!」という歌があるけれどあれはおもしろい。

さてこれから、フランス料理カナール[アヒル)に出発する。母のお誕生日
ビジンさんにこのお店を教えていただいて感謝している。
魚料理も肉料理もとてもおいしかった。
普段私はお肉を食べないけれど、今日は特別。
さて、ここでコースを食べたら、最後に日本人の従業員んがフランス語で「お誕生日の歌」を歌いながら
灯した蝋燭と共にクレーム・ブリュレを持って登場し、最後に母の名前を言ってくれた。
あくまでフランス語にこだわるところにとても好感が持てた。
母は気分が良いらしく、食事の後、東京都庭園美術館へ行って、ロマノフ王朝のガラスコレクションを見ようとという
誘いにもうまく乗って来てくれた。
ここ数か月、家から新宿駅へさえ行かなかった母にとって今日は初めて新宿、しかも伊勢丹の靖国通り側に来て、
その後美術館へ行く。
これはすごいこと。ふうばがいたのも成功した理由。
このようにして、なんとか母を外へ連れ出したい。
 8月22日 月曜日

結局ツバメは子育てを放棄して、南へ旅立ってしまった。
毎年、第一陣が巣立った後、第二陣が来て新たに産卵、子育て、巣立ちをするのを見送るのを楽しみに
していたけれど、今年はできなかったようだ。
ほんの数日前、肩たたきにあって、会社を辞めさせられたようなおやじみたいな雰囲気で、ツバメのオスが
どこへ行くでもなく、昼間から自宅でうだうだしている姿を見て、どうして餌を捜しに行かないの、お仕事はどうしたのと
聞きたくなるほどだった。
そうか、あのツバメのオスはすでに餌探しを放棄してしまっていたのだろう、そして、産卵に失敗したメスを連れて、
フィリピンへ飛んで行ってしまったのだと思う。
しかし、土曜日の夜の時点で、駐車場内に残っている糞の状態を見ると、わりと新しいものがあったので、
飛び立ってからまだ2日しか経過していないということがわかった。
同じ建物に住む日本人の住民が、「随分前からいない」と言っていたけれど、そんなことはない。
金曜日の勤務時間には管理人が駐車場内の床を掃除するから、その時点できれいになっていたのに、
糞がついていたということは、金曜日の夜か土曜の昼間にツバメがここへ来た証拠。
私にさようならを言いに来たのだと思う。
そして、糞を残すことで、この日のこの時間帯まで自分は確かにここにいたということを私に示してくれたのだと思う。
自然がさりげなく示してくれるサインを決して見逃してはいけない。
こまかい観察眼があれば、自然界の生き物や神様と心を交わせられる。
この子たちは来年戻って来る。
その時私はいつものように笑顔で迎えられるように、私自身が頑張ってここにいないと。
ツバメは出かける時に、これから留守にしますというしるしに、巣の縁に羽を一本立てて飛び立つ。
誰もいないツバメの巣の縁で羽がひらひら風になびいているのを見て何度悲しい思いをしたことだろう。
なぜ羽を立てて行くのだろう。
その心はなんだろう。
ツバメの気持ちになって考えるとなんとなくわかる気がする。
自分がそこに住んでいる時は、目立たないように暮らす。
そこにいる気配をなるべく見せないようにする。
でも自分がそこにいない時は、誰かがそこを覗こうが自分はいないのだから全然平気。
覗いた人や天敵は、なんだ、いると思ったらいないのかとあきらめる。
そうすると、いるのかいないのかわからないような状態を自分でつくることにより、留守中の期間を上手く使って、
天敵にどうせあそこはいないのだからと学習させておけば、今度自分が戻って来た時に、まわりはみんな、
どうせあそこは留守だからと思って、興味を持たないから、安心して暮らせる。
以下にも留守ですよという場所にいきなり引越してきたら目立つけれど、いつもいるような状態を見せて実は
留守で、いつも留守だと刷り込んだ方が安全が保てる。
私はどの生き物の気持ちもわかるから多分ツバメはそう考えているはず。

「マリカ先生の人生の一部をお聞きして、楽しくて、面白くて、小説にしてもいいのではないかと思いました。
暗い病気の小説で皆が耐えているのはあまり読みたくありません。
先生のように突拍子もないような人生が、そんな楽しい小説があったら読みたいと思います。
先生がお話ししてくださることは、全部的を得ていて、聞いていてすっきりします。
自分が思っていても言えないことも、はっきりとおっしゃるので、スーとして、そうなんだよなぁ!と、納得します」
というメッセージが長年のお友達から来て、そうか、私の人生は当たり前の地味なものだと思っていたのに、
突拍子もないと思う人もいるのかと知り、正直言ってびっくりした。
私は作文しか書けず、小説は苦手だから、踊りの記録ということでいよいよ「珍道中、踊る海外公演奮闘記」に
早く着手しないと。
  8月21日 日曜日 

待ちに待った平塚行き。
真理子さんと待ち合わせて、平塚駅ビル内5階にある馬屋原正朗君のお店に行く。
ご本人がいなかったので、おみやげに本を預けた。
「社長さんは昨日ご家族でおいでになられたのですよ、お孫さんもご一緒に」とのこと。
わあ、あの人、おじいちゃんになっている、信じられない。
ともかく、おいしくて、安かった。
全然気取っていないお店で、これは大衆的に人気があるだろうと思った。

祐子さんのお稽古場へ行くまでの道の両側に植えられた街路樹の松が実に良く手入れされている。
植木屋さんが入って、かたちよくハサミを入れているのだ。
すごくかっこよくて、絵になり、昔のなんとか街道みたいないい雰囲気で、絵になる。
防砂林としてはこんなに刈り込んだらだめなのではないかと思う。
ともかく平塚市は植木の手入れにたくさん予算が割けるのだということがわかった。
それと比べて新宿区の街路樹の情けないこと。
植えたら植えっぱなし。
排気ガスなどの有害物質を吸わせるために、なるべくたくさんの木を植えるべきだ。
都庁の石原都知事への意見として送るか、国政レベルの場合は管総理に直接送るのがいい。

さて、「マジックバード」だが、メンバーが良ければもう少し良いものになる。
紀子さんとか、マーティー君、その他新宿文化センターやたたらまつりに出た人たちがやれば、今度の
フォーメイションでかなりの良い作品にできる。
やはり、型があまい人が一人ならず何人もいると、もう、踊りがガサガサで汚くなってしまうから、元の振付が
わからなくなる。
自分の生徒なら5ミリ違っても、うるさく言って直せるけれど、人の生徒はめちゃくちゃ踊りをしていても直せないから、
はがゆい。
基礎をやらないで長年にわたり振付だけ踊っていると河原乞食みたいになってしまう。
何年も前に、上野公園で桜の季節に見た、大道芸遊芸民たちの踊る変なくねくね踊りもそうだったけれど、
動いているだけで型がないとこんなふうになってしまう。
私は自分がやってきたことが正しかったと確信できてよかった。
ルイジ・ジャズは正しく踊れば美しい踊りになる。
踊りはヴァナキュラーから始まるけれど、段階が上がっていくと「動き」だけではなく「型」の意識が生まれ、
「型」が確立した時、流派が誕生し、「型」を踏襲することで芸術として定着する。
上手い人と言われるためには、「型」を極めないといけない。
そのためには、踊りが「心」と「動き」できていることをいつも意識していることが大切で、前者がなくて後者だけだと
心の連鎖がないから、踊りもぶつ切りになる。
真理子さんが今週の土曜日に静岡から上京するとのことなので、六本木の「金魚」に行く前にここに寄って
練習していくとのこと。
よかった。
「金魚」で店長をしている優子さんはうちでお稽古していた当時からとても上手だったから、こういう人が
「マジックバード」にいたら、もっと作品がしまるだろう。
優子さんのもっと大先輩の真理子さんが見に行くということを優子さんに知らせておこう。
いい人材とたくさ出会えたことを感謝する。
それらの人が同じ時期に来たのではなく、それぞれ違う時期に私のところを通り過ぎたから、一緒に踊る
機会がなかっただけで、もしそれらの人が一堂に会して「マジックバード」踊ったらすごいスペクタクル作品になる。

さて、祐子さんは、昔の資料を実によくとっていて、私がすでに忘却の彼方に忘れ去ったようなパンフレットなどを
貸して下さったので、スキャンしてお返しすることにした。
「レキシントン通り」という踊りを祐子さんとあきちゃんと三人で日本青年館で踊ったというのは
いったいなんだったのだろう。
ビデオを見てみたいけれど、あるはずがない。
「レキシントン通り」というのが「いい女のためのダンス・コンサート」公演パンフレットにも書いてあり、
あの踊りは一体どういう踊りだったのか知りたいところ。
ニューヨークのレキシントン通りは、きどったレストランなんかがあってちょっと素敵。
いい男にエスコートされてお食事に行く素敵な夕方の雰囲気のする音楽を使っていたのだと思う。
けれどそれも思い出せない。
メロディ・ラインのきれいな、軽やかな曲だったのではないかと想像する。
今となっては、霧の彼方。
よく昔の資料を持っていた。祐子さんに感謝。
コピーしてあきちゃんにも送ろうかしら。
タイムマシンに乗ったみたい。
夜遅く帰って来たら、鍵がなくて入れなかった。
いろいろな所に鍵を置いたり、複数の人に預けておかないといけない。
  8月20日 土曜日

「サテンドール」のフォーメイションを決めた。
こういうものは、一人でも欠けるとできない。
金正日のマスゲーム練習など、出演者が何百人、何千人いようが、一人として欠けたりしないで、全員が集まって
毎回練習をするのだろうな。
私は正日ではないから、二人も欠けた状態で踊りを作らなければならなくて本当にまいった。

明日は平塚で久しぶりに真理子さんとお会いしてリハーサルの前にお昼をご一緒できるので、うきうきして
ぐるナビを捜していた。
確か、玉川学園中学部の一年アンデス組にいた演劇舞踊少年、馬屋原正朗君の家が、平塚でお寿司屋さんを
やっていると言っていた。
本人が言うには、厚生大臣賞を取ったこともあるという老舗だという。
是非そこへ行ってみようという気になり、グーグルしていると、なんと、平塚駅ビルのラーメン石狩というお店の
店長のようだ。
しかも、『ラグビーの最高峰トップリーグ。
2010年にトップリーグに昇格、来季は上位を窺うNTTコミュニケーションズシャイニングアークス。
そのチームの日本人最長身選手が馬屋原誠選手(35才)です。
身長196cm、体重102kgのため息が出るような体躯、彼のお父さんが経営するのが此処「らーめん石狩」』という
紹介文を読み、二度びっくり。
馬屋原君はスポーツ選手のおとうさんになっているのだ。
この人はみんなからマヤと呼ばれていて、いわば、レオナルド・ディカプリオの日本版のような人だった。
後光が差していて、天使のようで、この人を見た人は誰でもみんな大ファンになるような、そういった特別の人だった。
だから、当時の玉川学園中学部の学部長、岡田陽先生はマヤをとても大切にしていて、マヤは、「26人聖人」の
子供役をするために玉川大学の海外公演にも中学一年生の時点ですでに一人だけ連れて行ってもらっていた。
全身から溢れるエンターテナーの魔性を発するマヤはその後どうしたのだろうと私はずっと気になっていた。
多分1970年代の半ばくらいに、青島広志さんや、前田聖子さんや、宮本亮二君(現在の宮本亜門さん)らと一緒に
お会いしたのが最後で、その後は、前田聖子さんのお母様が平塚へお寿司を食べに行ったというようなことを、
うちの母を経由して聞いたくらいだった。
お寿司屋さんになるより、全世界に通用する日本の大スター俳優になることだってできた人だと思う。
踊りも、玉川学園の趣味の悪い学校舞踊ではなく、ちゃんとしたものを習っていたら、その世界でも十分通用する
逸材になっていたはず。
しかし、信じられないことに、マヤがラーメン屋の店長になっているというのを知り、なぜ、という気がした。
私はマヤ以上に生まれながらに才能を持った人を知らない。
努力して身につけたのではない。
神様からもともといただいた輝きなのだ。
誰もが手にできるものではない。
本当に限られた人しか持っていないそれをマヤは無意識のうちにすでに持っていた。
どうしてそれを生かした仕事をしなかったのだろう。
当時付き合っていた髪の長いきれいなXX子さんはどうしたのだろう。
ラーメン屋さんで成功して、息子さんもスポーツのスター選手に育てたのだから、マヤは
良い人生を送っているのだろう。
でも、どうしても私には日本版レオナルド・ディカプリオが業界に出なかったことが残念でならない。
  8月19日 金曜日

今朝イサクが来た。
それも朝の7時に。早すぎる!
「イサクさん、おはよう」と言ったら、「アイザックです」と言われ、おやおや。
私は英語の名前が発音できない。
英語読みの名前は響きが嘘くさいから苦手で、どうしてもドイツ語読みになってしまう。
その方が自然だから。それで、「ミヒャエル」と1年間呼び続けていた人が「マイケル」と英語読みすると
なんだかその方が気持ちが悪い。
だからベルギー人の「ナディーネ」をずっとそう呼び続けて、本人がたまに「ネイディーン」なんて言うと、
英語使うなと言いたくなる。
英語圏でない人の名前は英語式に言う必要はなく、英語に媚びる必要もない。
私は英語圏でない人が、自分の名前をわざと英語で言うのを聞くのが堪えられない。
「ピョートル」でよいではないか。素敵な響きなのだから。
それをわざわざ「ピーター」なんて安っぽい響きのする英語式に言う必要はない。
世界の人々が英語をありがたがって、英語を使うべきではない。
そういう植民地根性があの人たちをつけあがらせる。
あれほど簡略化された単純言語は便利ではあっても英語で言えることなど、所詮たかが知れているから、
あんなものは必要悪くらいに思って、どっしりと構えていればよい。
私は日に一番たくさん使う外国語が英語だけれど、好き嫌いと実務は違うから、嫌いでも仕事には使う。
ヨーロッパには美しい言語が多いから、英語はあまり出番がない。
結局名詞の性や動詞の語尾変化を消失させてしまった言語は、情緒的な表現ができないから、やたらと
単語の数が増やしてそれで対応しようとするけれど、まともな言語を使っている民族はもっと的確な語がある。
だからイタリア語は素晴らしいと思う。
今度生れてきたら、イタリア語をやろう。
あの言語を20歳までにマスターしたら、人生観がまったく変わるだろう。

靖国神社のあたりで雨が降り出し、牛込柳町でパンを買っている間に、ひどいどしゃぶりになった。
かまわず濡れながら原付を飛ばす。
ノースリーブだから、当たる雨が痛かったが、ようやくたどり着く。
嬉しい、これだけの雨。
ここ2日間、庭の水やりをしないで我慢していた甲斐があった。
あと3日は雨降りだから、来週の火曜日まで水遣りをしなくてすむ。
昨日東急ハンズで水遣り用の新しいホースのつなぎ部品も買ってきたから、来週これを使うのが楽しみ。
ところで、皇居の清水門に入っていく親子連れを見た。
あそこはどうなっているのだろう。
暇な時に一度中に入ってみたいと思っていたけれど、どうしてもその機会がなかった、というより、つくらなかった
という方が正しい。
法務局の駐車場にバイクを置かせてもらったままで、今度清水門の内側に入ってみたい。

涼しくて気持ちがいい午後を、物部氏と秦氏、徐福との関係について読んで過ごす。
八咫烏からの情報があるから、飛鳥昭雄氏のものはまゆつばではなくて、本物の情報として読んでよいのだと思う。
八咫烏がついていなかったら、この人の言っていることなど、アカデミズムは見向きもしない。
こういう門外漢に頑張ってほしい。
この人はなんらアカデミズムとは関係ない。
どこかの大学の史学科を卒業したわけでもない。
その業界の外にいる人の意見だからむしろ本当なのだと思う。
  8月18日 木曜日

自転車で浅草へ行く。
5時過ぎるとバタバタとお店が閉まり始めるのに、いつも行っているお店は8時まで開店ということで助かった。
喪服用の黒い帯を注文した。
母の帯を譲り受けようとしたのだが、どこにしまったかわからないようで、誰かにあげたような気がしないでもなく、
記憶がぼんやりかすんでいるため、こうなったら自分で買った方が早いと判断した。
浅草を歩いていると江戸を感じる。
神楽坂も江戸なのだが、浅草は神楽坂の気取った感じと違い、汚れた印象があり、このおどろおどろした感じが
魅力の原因。
ところで、浅草寿司通りにあるパチンコ屋どうにかならないのか。
あんなところにパチンコ屋いらない。江戸時代になかったものは、置かないでほしい。
それから、大きな店舗を構えるマクドナルド。
浅草へ来てマクドナルドへ入る人の気がしれない。
外国人客かなと思ってよく見ると、東洋人の顔ばかり。
多分おおかたが日本人なのだろう。
日本人が日本の伝統的な食文化を守り伝えていかなかったら、誰がやるのか。
マクドナルドなど日本人が一生懸命に守らなくても、世界中にあるからそんなところへお金を落とす必要はない。
浅草の伝統的な店にお金を落とすことで浅草の伝統文化を守る、この気持ちがないとこの街はすたれてしまう。
新仲見世のわりと新しい部分のアーケード(普通はここまで来る人がいない)ができたから、かなり遠くまで店が続く。
そこの「えんそう」という民芸品屋が、観光客が少ないと嘆いていた。
表参道のオリエンタルバザールの2階に店を出していたというから、この業界一番の人だったようだ。
航路交通法が変わり、表参道に観光バスが停車できなくなってから、オリエンタルバザールから観光客の足が
遠のいたとのこと。
道路交通法をあまりに厳しくすると、経済活動をはじめ、さまざまな活動に支障が出る。
少しゆるくしておかないと、様々な方面に悪い影響を与えると言うことを実感した。
思うに、入国管理法と道路交通法、この二つだけ少し緩めにして、あと他のことはきちんと厳しくしていたら、
例えば吸殻やゴミのポイ捨て罰金二十万円とか、殺人罪は即刻死刑とか、麻薬は保持しているだけで死刑とか、
そうすれば、私が考える良い世の中になる。
重要なところが甘く、どうでもいいところを厳しくしているから、法律を作る人の頭がおかしいか、それを作る人を
選ぶ人の判断力がないかだ。
ところでその「えんそう」なのだが、二階でフリードリンクをしているから、今度行ったらコーヒーでも飲んで来よう。
ただし、浅草はやはりみんな雷門を通って仲見世から入ってくるから、寿司通りのもっと先に店を出しても集客は
あまり期待できないと思う。
おみやげもの屋はひとえに立地。
いかに仲見世に近いかが勝負だと思う。
私はたまたま自転車で来るから、寿司通りの向こうから入って来て、雷門など見ずに帰るのだが。
伝統文化を商売にしている店はおもしろいから、新宿をふらついている人たちも、浅草へ行って見ると価値観が
変わるはず。
ちなみにここの女主人は、元日本代表卓球選手で、国体はもちろん、海外遠征の試合でも日本代表チームの
メンバーとして活躍したようだ。
どうりで、愛ちゃんと隣に写っている写真が飾ってあった。
たまに店をパートに任せて、卓球の指導に出かけるそうだ。
ただのお商売屋さんではない、素晴らしい人生を送っている人だと思った。
このお店のHPはない。パソコンを持っていないと言うから、一番安いのでいいから、買いなさいと言った。
  8月17日 水曜日

私は神様に愛されていると思う。
今朝、ロールスロイスと朝9時に牛込柳町の家で待ち合わせをした。
普通そのような時間に人と待ち合わせをしたりしない。
ところがその日はどういうわけだかその時間、その場所だった。
突き当りのお寺を曲がると喪服の老婦人が歩いていた。
お葬式なのかと思った。次の瞬間、石田家葬式、その下になんとエパタ教会という看板を見たものだから
原付でひっくり返りそうになった。
これはいけない。
一方通行なので、引き返せない。
ロールスロイスととりあえず会って、私はお葬式に行きたいからと15分くらいで切り上げ、ぐるっと大回りし、
矢来町の坂の上から降りていくと、なんと、エパタ教会の前に大きく「石田英一葬儀式場」と書かれた看板が
たっているではないか。
受付に人も見える。
大変なことになった。
何も考えられなくなった。急いで戻り、喪服に着替え、母に知らせ、お香典を用意して、バイクに飛び乗る。
あまり急いでいたために喪服のワンピースの後ろのファスナーを半分上げるのを忘れてしまったほどだった。
敗戦し、インドネシアに捕虜として2年間捕えられた時も、キリスト牧師だからということで命を救われたとのこと。
石田先生がお亡くなりになったら、ロイス・クレーマー女史や祖母大前静や、ライシャワー大使を知っている人が
いなくなってしまう。
日本の聾話者にとっての素晴らしい理解者だった。
惜しむらくは、内助の功がいなかったこと。
牧師はその伴侶によってどのようにでもなるのだということを感じた。
路津子さんのワンピース姿初めて見た。いつもはズボンしか履かないから。
そばについていてあげたいと思う。
このお葬式についてのことはホームページをつくって写真をアップしたいと思う。
エパタ教会はクレーマー女史の日本における収入のすべてで、石田先生の人生だった。
それを今は教会が変なかたちで乗っ取られてしまい、本当に悲しく思う。
そのようなことが可能なのだと今頃気がついても遅い。
このお葬式、菊の花を一本づつお棺に入れたが、祖母の時はマーガレットだった。
小学校2年生の時だったけれどよく覚えている。結城牧師が新宿区のどこかの教会で行った。
多分落合の辺だったかもしれない。
石田先生にゆかりのある方たちと一堂に会して先生のお話しをしたいと思う。
それにしても、あの時間、あの場所へ行かなければ、決して知り得なかった石田牧師のお葬式。
神様は必要な時に私を的確な場所へを行かせて下さった。
私に石田先生とのお別れをさせて下さった。
神様が私をお心にかけて下さっているおしるしを示して下さった。
こういう日は何もできないから、ダンスのお稽古をあかりさんに頼んでおいてよかった。
普段、水曜日は自分で教える日なのになぜか、頼んでおいたのも神様のご計画。
熊本県から届いた国産マンゴや梨、葡萄、そしてヒレカツやお寿司を持って母のところへ行き、石田先生の
お話をしながら夕食にした。
思えば母と一緒に石田先生のお宅まで伺って1時間ほどお話をしたのが3年前くらい。
それが先生との最後のお別れになった。
あの時お伺いしておいて本当によかった。
日本聾話学校や口話法のことなど、いろいろお話に花が咲いた。
矢来町に根を生やした本物の地元牧師だった。
ルーテル教会のような派遣牧師制度では決して現れないタイプの牧師だ。
短い期間とはいえ、エパタ教会で石田英一牧師と時間を過ごせたことを本当に幸せだと思う。
 8月16日 火曜日

最近朝の読書をしていないから、読書量が少なくていけない。
情報収集ができない。
夜する読書だと、身体が疲れていて、頭に入りにくい。
疲れた時はすぐに休んで回復する方が、数段学習効率がいい。
朝の光が入りにくい部屋で寝ると、朝一番の光で読書ができないからどうしてもやらずに済ませてしまう。
明日から寝る部屋を元に戻そう。

自民党本部の食堂で昼定食400円で、東北支援のための材料を東北から取り寄せたランチをしているようなので、
一度食べて来ようと思う。
民主党の食堂情報を捜したけれど出てこない。
8月15日 月曜日

今日は朝ご飯客もいないし、お稽古がないから、「物部氏の正体」を読みながらうだうだとしていたら、いきなり
リトアニア人が入ってきてびっくり。
そうか、朝10時の待ち合わせをしていたことを忘れていた。
この人のお蔭で多くのリトアニア人と知り合えて本当に嬉しい。
リトアニア語のチョコレート、ジェマイティアのジェが読めたので褒められたけれど、これはチェコ語によく出てきた
ジェだから問題ない。
同じバルト語でも、エストニア語はほとんどフィンランドと同じフン族の言葉だし、顔もアジア系だけれど、
リトアニア語とラトヴィア語だけはかろうじてインド・ゲルマン語に属しているから、スラブ語と共通の部分がある。
世界の人々はほとんど基本的に超大国の存在に反対だから、リトアニアのような国には頑張ってほしい。
私の友達もそうだけれど、ソ連の共和国にあったから、国際語が話せない。
これは致命的。英語、ドイツ語、仏語全部だめ。
ひとつ幸いなことは、この人はスペインに出稼ぎに行っていたから、スペイン語だけはできる。
だから、私はこの人にはスペイン語でメールを出す。
今時、母国語とロシア語では世界で通用しない。ワルシャワ条約機構は解体したのだから。
ロシア語ははっとするくらい美しい言葉で、その子音の美しさは格別で、ピョートル君にはよくなんでもいいから、
ロシア語で話をしていてもらったことがある。
とりわけ人の名前が美しい。
睦美・ワタロヴナ・マルコ・コレスニコヴォヴァも美しかった。
誰も言えなかったけれど。 
美しさはまったくなく、つまらない言葉ではあるが英語は必要悪と目をつぶって若い世代に叩きこまないと
この国の人に未来はない。

ところで、昨年一緒に踊ったメキシコ人の生徒たちは、その後、J-ポップなんかやっているようで、ビデオを見て、
びっくりした。こんなこと やっていたのだ。
ルイジ踊ると思いきりヘタくそでも、自分の好きなジャンルの踊りを踊ると、変に見えない。
完全にアメリカ文化奴隷になってしまったかのごとき日本のJ-ポップの信奉者に、メキシコ人の若者が
狂うのはどうなのだろう。
それこそアメリカ帝国主義の思うつぼ、あの国の勝利ではないか。
メキシコにいてアメリカと国境を接しているのなら、もっと研ぎ澄まされた生き方をして欲しいものだ。
メキシコの原住民、日本に住んでいた縄文人と同じDNAを持った彼らに大きな共感を覚えるだけに、その末裔が
自発的にどんどん合衆国化していくのを見るのはなんとも悲しい。
あの子たちは、ラテン・アメリカが収奪されてきた歴史のプロセスを学んだのだろうか。
それとも本を読んだこともないような子たちなのだろうか。

母のところへお寿司を持って行き、一緒に敗戦記念日の夕食をとる。
たまたまNHKで米国の日系人強制収容の特集をしていた。
補償されたのはなんと1988年レーガン大統領によってだという。
そんな遅かったらもう意味はない。伊藤道郎は亡くなったのは1961年だから。
アメリカの馬鹿文化に首までどっぷりと浸かっている少年少女たちはこの番組を見たのだろうか。
日本人が原爆や強制収容の事実を忘れてアメリカ文化の信奉者になっている様を
一番喜んでいるのはアメリカだ。
この番組について友人に見ましたかとメールをしたら、
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日付 2011年8月17日21:26
マリカ様
今年になってテレビのない生活をしておりますのでNHKの番組は見ていないのです。
66年経って ようやく 明らかにされてきた事実がたくさんあるようですね。
その時代を生きた方が 「今 語っておかねば」と思われているのだと思います。
言うにも言えなかった それほど辛く苦しい体験をされたのでしょう.。
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というお返事が来た。
8月14日 日曜日 

朝、原付バイクを出そうとしたら、向かいの駐輪場にセミの死骸が落ちていた。
これはうちのセミだ。
二日前に大きな声でうちのベランダのゴムの木で大きな声で鳴いていたから知っている。
自分の全人生をかけて、思いきり季節を感じさせて私たち人間が夏の日を楽しむようにしてくれた。
車に轢かれるとかわいそうだから、拾い上げて、ベランダに持って来て、ゼラニウムの根元に置いた。
自然は自然に返す。
姿を見ていたいから、そのまま置く。
この子が死んでからセミの声を聞かない。
私の今年のセミをこの子が引き受けてくれたのだ。
昨年鳴いていたのは、この子のおかあさんだったのだろう。
毎年このこの家族が私に夏を届けてくれる。
私は決して殺虫剤をベランダで使わないから、来てくれたのだと思う。
ツバメが来るからそんなもの使えない。

クレヨンしんちゃんと教会へ行った。
アパレルを首になったので職探し中。職種を選ばなければなんだってある。
でも四年生の大学を卒業してどうしてこんなに英語ができないのだろう。
日本の語学教育は間違っている。
高校から全員にドイツ語をやらせるべき。
そうすれば構造が単純な英語など目をつぶっていてもできるようになる。

教会から帰って来たら、駐車場で煙草を吸っている運転手がいたので、「ツバメがたまごをあたためていますから、
煙草は道に出て吸うようにお願いします」と言ったら、その人は日本人の男の人で、私に言い返したり、
悪態をついたりせずに、素直に従ったのでびっくりしてしまった。
煙草を注意すると「日本人はそんなに偉いのかよ」と文句を言われることに慣れていたので、不思議な気分。

「マジック・バード」で着る衣装を選んだら、ここにある白だけで、なんとか11着になった。
実際には9名分でいいので、2着余る。
半袖、フルサポートのレオタードは思い切りダサいので、受講生のレオタードおじさんなどが着るぶんには
何も文句は言わないが、自分のダンサーには絶対に着せない方針だけれど、もしかして、Tバック嫌だという人が
いることを想定して、一応用意した。
だいたいからして、日本のショーパブや宝塚の衣装がダサいのは、フルサポートのバックだから。
ムーランルージュやリドでそんなもの着るかい。
思いきり足が短く見えるあの田舎風の衣装は、学校舞踊だけにしたい。
そういえば、昔フジテレビで郷ひろみの「お嫁サンバ」をした時のバック・ダンサー十数名のうち、一人だけ
やれTバックがいやだのなんだのとごちゃごちゃ文句言うから、遊び人のフランス人を急遽お台場へ呼び寄せて、
その文句屋を本番1時間前に帰したことがあったのを思い出した。
衣裳の文句を言う人は本当に使いにくい。
オフィス・マリカの方針として、「足を見せたくない、おなかを隠したい、Tバックは嫌だ、ブラが小さい」など
衣装の文句を言うダンサーは二度とキャスティングしないことにしている。
上手くても指定衣装を着られない人は商品価値がない。
この業界、多少技術が落ちてでも指定した衣装を着る人しか出番がないということを覚えておくべき。
芸術と娯楽を一体型にしたものをやっているから、私の場合は上手くて何着ても踊る人だけと一緒に仕事したい。
 8月13日 土曜日

ツバメは夏中ここで過ごすのだろうか。
暖かいうちに南へ飛ばないと、子供たちは寒さで死んでしまうのではないだろうか。
もう卵がかえらないのかもしれない。
昨年も、本体が4羽の雛をかえしたあと遅れてやって来たツバメの夫婦は雛が1羽だけだった。
春の一番いい時期を逃すと、たまごの数が少ないのかもしれない。
今回のツバメはもうかれこれ3週間くらい経つのに、まったく音沙汰がない。
本宅の城壁が高くなって以来、中の様子がわからず、別宅のオスの存在しか確認できないから、まだ二羽揃って
滞在しているのだろうということしか言えない。
オスは巣にいる時は、巣の縁に足をかけて、顔を壁に向けて寝ているから、横顔か後姿しか見たことがない。

午後フラワーが来て、ショールの場面の振付を終える。
踊れる人がいるとその人に合わせてつくるから、難度の高いいい踊りになる。
踊れない人を目の前にすると、ボロがでないそれ相応の動きにしかならない。
アラベスク・パンシェで180度いく人がダンサーなのであり、それに満たない人はまだダンサーとは呼ばない。
クラスアクトの感覚だと、かたちがきれいな人がダンサー。
これはある意味正しい。

洗濯機を買いに行く。
あまり聞いたことのないようなチャイナ製のちゃちなものが端に置いてあった。
恥ずかしいからあのようなものは展示すべきではない。
チャイナの内陸部の公団団地用といった感じ。
安いし、翌日配達。でも、日本のメーカーを救うために、サンヨーを買った私は正しい行動をした。
他の日本人もみな、国産企業を助けてほしい。
値段が高い上に、配達には1週間かかる。
でもかまわない。
私がビッグカメラの店主なら、チャイナ製のものは置かない。
チャイナ国の思想刑務所所属の機械工場の囚人より、日本の工場労働者を救う方が大切。
そういう価値観を植え付けるのが教育と家庭。
この二つが機能していないとまともな人が育たない。
8月12日 金曜日 

お稽古の後、友人と例のフランス家庭料理屋へ行く。
前回は慌ただしく出てきてしまったので心残りだったので、今回はじっくりと味わう。
ここのエスカルゴは若干塩がきついと思う。
ここまで辛くしなくてもいい。
それにしても週7日で昼夜両方やるのは、すごく大変だと思う。
今夜は2組しかお客がいなく、しかも私はその日に予約を入れたくらい。
いい味なのだからもっと人が来ればいいのに。
つめれば12人は座れるだろう。
でもつくる人が少ない(二名)から混むとこないだのように遅くなる。
8月11日 木曜日

フランス語版「地球の歩き方」の「Petit Fute」執筆者のいとこがやってきた。
この暑いのにフランス人はどうしてブーツなんか履いてくるの。
サンダルにすればいいのに。しかもそのブーツで部屋に入って来るから、ったくもう!
この人はアルチュールのいとこだけれど、その前の「Petit Fute」の営業は、「25時間テレビ」でサンバを踊った
オリヴィエ。
なにかみんなどこかでつながっていておもしろい。
ところで、今日来た二人は、パリからの直行便ではなく、大阪経由だからとても疲れただろう。
そうやって来ると安いのだろうか。
でも、時間のロスを考えると、絶対に成田直行便の方がいいに決まっている。

茨城県で不当に解雇されたALTの英語教師があたふたと東京へ来たことを見て思ったことがある。
そうか、裁判は被告の土地でしか起こせないから、解雇したら「東京へ行くと職が見つけやすい、
運転してやる」などと
上手いことを言って、茨城県の外へ出してしまったのではないか。
親切だから車で荷物を運んでくれたと勘違いしてはいけない。
代わりに水戸の労働監督署に電話をした。
普通の業界は解雇予告は最低1カ月前にしないといけないらしい。
知らないで泣き寝入りする外国人も多いのではないだろうか。
私のいる業界など、電話一本で平気でキャンセルされるから、労働監督署もなにもあったものではない。

南榎の庭に、6センチくらいの大きなカマキリがいた。
抜いた草や切った羽を土の上に置いていたので、いい具合に土が湿ってカマキリが生息しやすいのだろう。
昨年のように土がそのまま太陽に当たっていた時には、ぱさぱさ、さらさらの乾燥土というより、
ほとんど砂のようで
水を含んでいなかったので生物は生きられなかった。
だからどんどん土の上に切ったトケイソウの葉などを重ねている。
農家の人に習ったやり方だから絶対に土がよくなる。
江戸時代はイワシを肥やしにしたようだけれど、今そんなことしたら臭くて大変なことになるだろう。
でも、ミミズがうまく処理してくれたりして。
ミミズが欲しい。この庭ではこの2年半で一度も見たことがない。
いないのだろうか。殺虫剤なんか大量に撒いたら土の中の微生物も全部死んでしまうから、
ここの庭は自然のままにしておきたいと思う。
蚊取り線香を使ってどうにかしのいでいるけれど、蚊取り線香をものともしない強いのがいて、
毎回数か所食われるのが
辛いところ。
鳥たちの餌を生産しているのだと思えばよい。

鳥といえば、うちのツバメは、まだ滞在している。
こんなに長くいて、まだ産卵しないのだろうか。メスの姿が隠されて一切見えないので何とも言えない。
雛がいるともいないとも、なんとも言えない。
ただ、夜中にオスのツバメがいつものように別宅の巣に足をかけて、立ったまま寝ていたので、
本宅にはメスがいるはず。
時期を逃してしまうと、たまごをかえせないまま南へ飛ぶことになるのだろうか。
日本は寒いから秋、冬はフィリピンまで行かないといけないのだろう。
8月10日 水曜日

なんの国際親善試合か知らないけれど、エジプトと日本が2011年8月10日に札幌ドームで
試合をして
日本が勝ったようだ。サッカーかなにかなのだろう。
イスラムの断食月期間中で、エジプト選手は飲まず食わずで参加したようだ。
イスラム教国が戒律をきちんと守ると日本など他の国が得をするので、イスラム教国はこれからも自国の
宗教文化を大切に保持してほしい。

さて、朝ご飯を炊いたら、お水を入れるのを忘れて、炊きあがったと思って蓋を開けたら、お米のままだった。
またやってしまった。
仕方がないから、マンゴやブドウの他、パンや米麺を食べた。
後にそれに水を入れて普通に炊いたら、普段の数倍おいしくなっていた。
お米がきらきら光り、いよんちゃんも大感激。
やはり私は正しかったのだ。
素晴らしいレシピはレシピをつくろうという意図を持たない心清らかな人に神様が偶然に見せかけて、
贈るものなのだ。

菊池村から毎週国産マンゴを買っているけれど、今回も2万円。毎週こんなにたくさん必ず買う人が
東京にいると
思うだけで菊池村の人は農業をやっていることに喜びを感じるだろうから、多少無理をしてでもたくさん買うに限る。
あの人たちが農業をやめたりしたら困る。トルストイが「農民」と「神」を同義語として捉えていたように、私たちも
今の時代はトルストイのような農民感を持つのが正しい。
パッションフルーツは、そのままでは酸っぱいので、カナダのシュガーバターをかけて食べたら本当にサッパリして
おいしかった。
これを毎日食べている沖縄の人が長生きなのがわかる気がする。
私もこういうものを毎日食べてみたいものだ。
来週たくさん注文しよう。
昨日話に出たじょっぱ汁という、魚の頭を入れたお味噌汁をつくったらイヨンちゃんに大受け。
鯛の頭は食べるところがたくさんあるけれど、あまりに時間がかかるから、これが最後。
お殿様やひばり姫はカマのところの照り焼きなんかを食べていたのだろうから、私もそれでいい。
時間がある人に任せよう。

それにしても、セブンイレブンの店員は礼儀が正しい。
声が大きく、ATMを使うだけのために入店した私にも丁寧に挨拶するので、悪くなって切手を
買ってしまった。
こういうものは、どうせ使うものだから、そこで買っておいてもいい。
これは曙橋のファミリーマートと大きく違う。
ファミマのX国人店員はお客が店内にいるのに、X国語で話をしているし、髪の毛も、
男の茶髪ロング毛なんていうのがいる。

リトアニア人が夜チョコレートなどを持って来てくれた。私はなにもおみやげを用意していなくて
悪いことをしてしまった。
ソ連の下で教育を受けた世代の人は、国際語がなにもできずに本当に気の毒。
でも若い世代が大学で英語を学ぶから、これからは大丈夫、とはいっても、ロシア語しかできない世代が
終わってから。
8月9日 火曜日

花園神社で出版社、編集者、著者が初顔合わせ。記念すべき日。
幅90センチの階段を降りて行くような穴倉のフランス料理屋をビジン氏はどのようにして発掘したのだろう。
きれいな金髪のフランス人の男の子が料理をしていたからまた行きたいと思うけれど、急いでいる時はだめ。
働いている人が二人しかいないから、すごくゆっくり。
いよんちゃんにあとを任せ、私は早々に失礼して、次の待ち合わせへ。
水族館の中に いる感じがするのが涼しい雰囲気。
冬は寒々しい感じになるけれど、どうするのだろう。
器はプラスティック、料理はたいしたことないけれど、従業員は男も女もかわいい子がいて、ルックスを重視したことを
高く評価する。
見せるための自分をつくれない人は、コンビニの店員や、飲食店のお皿洗いをすべきで、人の前に出るべきではない。
8月8日 月曜日

日本ペンクラブの福島放射能汚染についての講演会に行く。
内部被ばくが心配だから、食品は九州などの遠隔地から買うことが正しいようだ。
福島産を買うことで地元を支える運動は、見てきれいだけれど、蓄積して内部被ばくするようだ。
これを知らされていないし、基準値を思い切り高くしたから、安全なような錯覚を起こして人々は買って食べる。 
基準値を高くするなどという行動は許されるのだろうか。
高山学校のスタッフが今日の話をテレビでしたら、電波が切られてしまうのではないだろうか。
はっと気がついたら、浴衣の上に帯だけして、帯のリボンをしていなかった。
信じられない。
急いでいたから、帯リボンなして来てしまったのだ。おやおや。
舞台の上に帯なしで登場したわけではないから、別にいいやと思うことにした。
踊り以外のことは多少なにか不都合なことが起きてもぜんぜん構わない。
踊りと比べたらどうせ大したことではないのだから。

六本木へ行き、「かぐわ」でタップおじさんと初顔合わせ。
いつも原稿の編集で1日に何通もメールでやりとりしているから、初めてという感じはしない。
「かぐわ」は音がうるさく、人と話もできない。しかも、録音がすごく悪くてびっくり。
闘いのものが非常に多く、踊りの種類が1種類。
「コンパル」ではタップをやり、「ギャルソン」では狐の場面で男性店長による上手な日本舞踊が登場し、
「金魚」ではアイルランドのジッグダンスが出てくる。
どうして「かぐわ」では、踊りの種類が一種類なのだろう。
多分、踊りを作った人が一種類しか学ばなかったのだろう。
昨年来た時の方が、今回よりまだよかった。
今回は、安っぽい場面が多すぎて、せっかくいい装置があるというのにもったいない。
装置が泣いている。
最後の喋りも余計。
たらたらと出演者紹介をしていると、シロウトの素性もバレルから、フィナーレですっきり終わりにすればいいのに、
延々と記念写真まで付き合わされてこちらの神経が持たない。
支配人がなんと、17年前にうちでお稽古をしていた鈴木バンシュウ君だった。
あの人、岐阜県から原付バイクで2日がかりで上京して来た。
好きなことを仕事にしていて幸せな人だと思う。
家でお稽古した人は、それなりに自分の好きな道に進んだようだ。
日本で一番の装置を備えているのだから、内容を良くして頑張ってほしい。
外国人のお客様を連れて行くお店がないので困っている。
ムーランルージュみたいなものがあればいいのに。
だから昔の赤坂のミカドやクリスタル・バレスや、コルドンはよかった。
今はレビューを知らないストリート・ジャズやヒップホップをかじった人がつくっているから、こんな変なものに
なってしまうのだろうと思う。
8月7日 日曜日 

朝4時に起きて204号室の冷蔵庫を掃除した。
お蔭で教会に遅れてしまったほど。
こんなに一生懸命に掃除をしたのは初めて。
良い機会を得た。

久しぶりに猫たちと寝たから、落ち着かなかった。4カ所くらい蚊に刺されて、寝不足のため、教会では熟睡して
しまった、かたじけない。
指揮者の先生がソロのパートを歌いながら指揮をしてすごかった。
ルーテルは音楽協会だから、プログラムがおもしろい。
8月6日 土曜日

10年ぶりでフラワーが来た。
やはり踊りがきれい。
ルイジで育った人の踊りはしなやかでいい。マルチダンサーだから何でもこなせる。
ふらわーとは本当にたくさんテレビやショーを一緒にやった。
当時の「マジックバード」の主役は、新宿文化が紀子さん、たたらまつりがマー君。
マー君、チリにいるのだろうか。
神戸のチリ料理屋も亡くなってしまって、今、あのご一家はどうしているのだろう。
日本における民間チリ大使館みたいな役割をしていたと思う。
チリの民族衣装で踊ったりして。
私もマー君に教わって一度だけ踊らせてもらったけれど、あんなに緊張したことはなかった。
大きなつばに風がまともに当たり、帽子が吹き飛ばされそうになって、帽子が落ちないようにばかり、
気をつけて踊ったから、多分変な踊りになっていたと思う。
フラワーを得たことで、今回の「マジックバード」は数段いいレベルになるはず。 
フラワーはあかりさんと同様どこに出しても恥ずかしくないルイジ・ダンサー。
8月5日 金曜日

午後お稽古中に信じられないことが起きた。
あまりのことなため、ここに書くのは控えるが、納得がいかない。 
8月4日 木曜日

ジャマイカ人の男の子の声の録音で水天宮のスタジオへ行く。
仕事でこのような江戸情緒の残る地域へ行く機会を得たのは嬉しい。
録音の質はともかく、今回は、このような下町へ来られたことを感謝すべきだろう。
びっくりしたのは、幅がわずか1メートルしかないような長屋が並ぶような細道がいまだに健在だということ。
しかも、道幅を広げることなしに、その道幅のまま敷地ぎりぎりいっぱいまで建物を建てている。
こんなこと許されるのだろうか。
私道の場合は、数メートル(数字を忘れた)のセットバックが義務づけられていると聞いていたけれど
、下町では全然 守っている気配がない。
それでいいのだろうか。
消防車も入れないこのような道の奥でなにか起きたら、担架で運び出すのも容易ではないだろうし、だいたい
ポンプ車が入れないから、全焼してしまうだろう。
明治座のお稲荷さんの写真を撮った。
8月3日 水曜日

いつも4時、5時に起きられるのに、昨夜遅かったから、今朝はスタートが7時と少し遅い。
昨日熊本の菊池村からたくさん果物が届いたので、朝から桃を2個とぶどう、竹炭パン、そして熟したマンゴを
食べて、くだもの三昧。
糖分を果物から摂るこの食生活は正しい。
ちなみに私は砂糖なるものをここ数年一度も買ったことがない。
菊池村直送の野菜くだものを中心にした食生活をするという習慣ができたのは本当によいこと。
買い物など余計なことに時間を使わなくてすむ。
「フランスでキムチが有毒食品に認定され、輸入禁止。
カプサイシンが大脳を破壊するらしい」。
カプサイシンというのを調べてみると、単体では問題ないが、他の物質と同時に摂取すると癌発生を促進する機能
を備えていることが、建国大学校の研究によって発覚したとのこと。
キムチを何年も食べなかった私は正しかった。
今年に入ってもわずか2回くらいしか食べていないから大丈夫。
毒性の強いものは極力避けて、縄文人のような、あいまいでおおらかな味の食べ物で生きていれば
平和な世の中になるのだろう。
蓬莱山の仙人は刺激物など食べないはず。 

吉永小百合さんが原発反対を訴えたのは尊い。
日本はベトナムやトルコに原発を輸出すべきではない。
ひとつ話がまとまれば大きな金額が動くから効率の良いビジネスではあるけれど、日本は危険を孕む原発を
他国へ輸出してはいけない。
他に売るものがあるはず。
世界から皆様においでいただける価値のある文化があるのだから、それを益々伸ばすべきだ。
緑にしても、半端じゃない森林文化がある。これはユーラシア大陸にはないもの。
木を切って焼いてきた文化圏にはない森林を基礎に1万5千年はぐくんできた縄文文化がここにはあるから、
目をそこへ向け、縄文人のお知恵を拝借すべし。
方向転換しないと。でもだめだろうな、政府は縄文人の比率が少ないから。
8月2日 火曜日

税務署の後、母にマンゴや葡萄を届ける。元気にしていた。
20日に横浜へ泊まりに行こうかなんて話が出るくらいでよかった。

南榎町の2軒目のお隣さん、以前九段会館の隣に住んでいらした方のお庭の木の剪定をする。
これで2度目だけれど、脚立や塀の上に乗ってハサミをふるうのは気持ちがいい。
渋柿の緑色の実がたくさんなっているけれど、熟れて落ちて汚くなるから切ってしまうとのこと。
酸素を供給しているのだから、樹木はなるべくそのままにしていた方がいいのに。
漆塗の食器ををつくり、一流デパートに卸していたようだ。
九段会館のこちら側の隣は、すでに皇居だから、隣といっても裏隣りか。
一体全体どうやってあのような場所に居住することなど可能だったのだろう。
当時は九段の辺にもたくさん空き地があったなんて言っている。
そういう実際の話を聞くのが好きなのだ。
前回おみやげをたくさん下さったので申しわけないので、今回は葡萄を持って行ったら、さらにたくさん
おみやげをいただいてしまい、 かえってお気を使わせてしまった。
私は好きでハサミを入れているので、お礼なんかいらないのに。

3時半くらいに戻ったのに、すでにツバメのオスは巣にとまっていた。
メスは本宅の巣の中にいるのかどうか、巣が大きすぎてすっぽり入ってしまっているのか、雛がいるのかまったく
わからない。
それでも夕方レッスンをしている時間に、ということは6時から7時の間に、すでに夕闇が立ち込めている中で、
ツバメのジリジリジリという声がした。
この声は一説には、オスがメスを求めている声だとのこと。
ということは、このオスはメスを失くしたのだろうか。
心配なのは、今日は一度もメスの姿を見ていないこと。

緊急の郵便物を夜中に投函しに行く際、ツバメの巣を見上げたら、オスだけは壁に顔を向けて、巣に立ったまま
いつもの格好で眠っている。
ふと、足を踏み外すことはないのだろうか。
足を突っ張っていて、膝の関節など痛くならないのだろうか。
足を折って休めばもっと休息がとれるだろうに。
メスは完璧に巣の中に潜っている(または留守か)ため、まったく姿が確認できない。
天井に鏡を貼り付けたい気持ち。中の様子が気になる。
このツバメの夫婦はもう産卵ができないのではないだろうか。
または、産卵しても孵化できないとか。
あまりにも時間がかかりすぎる。
季節的に遅いのではないだろうか。
8月1日 月曜日

朝お稽古をしてから美容院。
巣を見たら、ツバメがいない。ごはんでも捜しに行ったのだろうか。
帰って来てまたお稽古をしたら、税務署へ行く時間がなくなった。明日行けばいい。
ところで、6個入りの産地直送の桃の箱の中で、桃を敷布団にして寝ているかわいい女の子がいて本当に迷惑。
ももを足で踏むものだから、黒い跡がついてしまい、しかも、ピンクの皮に無数の爪跡がついている。
ももの上で寝ると、桃のアロマで癒されていい気持ちなのかもしれない。
ということは、いい匂いが好きなのだ、人間でなくても。
相手がかわいすぎると怒ることもできず、私はまた泣き寝入りだけど、相手はどこ吹く風という顔をしている。
本当に良い性格をしている。
強いことは美しいこと。実感させられる。
自然界だったら身体や精神が弱かったら種の存続に関わるから、強いことが美しいことなのかもしれない。
それにしてもアナスタシアのあの態度は。
 7月31日 日曜日

明け方すごい地震で起きたけれど、しばらくするとやんだので、「中村屋のボース」を読み進む。
昨夜から寝る部屋を変えたから、朝の読書のためにわざわざ塩枕を持って移動する必要がなくなった。
今までは、夜寝る部屋と、朝の読書の部屋を分けていたから、竹炭竹酢、時計、本とペン、付箋、塩枕、これら一式を
持っての移動が面倒だった。
それにしても29歳でよくこれだけの資料を集めて書いたと感心する。
新宿中村屋で木曜日に伺ったところによると、この著者はすでに京都大学にはいなく、現在は北海道で
教鞭をとっているとのこと。
今朝読んだのは丁度孫文が死亡したところ。病気の孫文が入院治療したのが、ロックフェラー病院だということは、
やはりあの人たちが中国共産革命に資金提供していたということだ。
用がなくなったから消されたのか、本当に病死だったのかあやしいところ。
孫文が日本にいた時ボースは孫文にお金を借りに行ったこともあったようだが、孫文の滞在費用は、
日本の右翼がというよりは、もともとユダヤ人が出していたということか。
ところで、「犯行の動機は『西欧社会をイスラムが乗っ取るのを救いたかったからだ』と述べた」とあるノルウェーの
 アンネシュ・ブレイビクの発言は、「そうだ、その通りだ」、「我々は西欧社会を守らなくてはならない」、
「よくやってくれた」、「あんたは英雄だ」、「俺たちの気持ちを代弁してくれた」などという反応を起こしかねない。
すでに起こっているのだろう。

夜ツバメはちゃんと巣にいた。
オスのツバメはメスの巣に入らないで、常に自分のボロ家にいるのが涙ぐましい。
あの子たちは、このツバメの夫婦の姪や甥に当たるのだろう。
 7月27日 土曜日

「ちょっと畑へ行って来る」とインストラクターに行って出かける。
これが新宿区の住民の言うせりふとは、素敵なこと。
インストラクターも、当たり前のように「行ってらっしゃい」と言う。
まるで角のコンビニに送り出す感じ。

リハーサルの後、みんなが帰ろうとした時に、 精密道具細工人の杉並のしげがドミニカ生まれを連れて来たので
4人で「川の流れのように」を見せる。私たちはこうして外国人に踊りを見せるプチ本番がたくさんあるから
大変勉強になっている。向こうも喜ぶ。だから両方嬉しい。
 7月29日 金曜日

思うにボースのサイトをつくるべきかもしれない。
特にインドの子供たちがみんなで「ボースの伝記」の学校劇をしている写真や、カラヤン氏がヒンズー語で
書き降ろした「ボース伝」の表紙などは日本人に公開すべき内容だと思う。
インド人の生徒5万人に「ボース伝」を読ませたのがすごい。
私は最近疲労が激しく、ボースのことが止まってしまっている。
インド側が待っているだろう。
 7月28日 木曜日

新宿中村屋の広報と会う。
そういえば、この方は昔私が「たあみなる」に「新宿のおいしいお店ベスト10」を書いた時の取材の際、
いろいろ教えて下さったご担当の方と同じだ。
あの時は、ボースの話を聞き、泣きながらメモを取った記憶がある。
猫男がまだ日本にいた頃だから、多分18年くらい前のことだろうか。
ボースの意思を受けついて今インドで一番活動しているのが、チャンダラナガールのカラヤンなのではないか。
「中村屋のボース」をかいつまんでヒンドゥー語版を書き、すでに5万人のインド人生徒たちに読ませたのはすごい。
ボースの生涯を学校劇にしている写真をご遺族の哲子さんに見せたらきっと喜んでもらえると思う。
ボースが始めたことが、百年後にこのような展開を見せている。 
 7月27日 水曜日

今日、新宿1丁目のスーパーの魚売り場を見たら、ほとんど外国産。
海に囲まれている国なのにどうして、国産の魚介類がこんなに少ないのか。
私が店主なら、外国産なんかさっさと無視して仕入れないのに。
しめサバやシラス、そして、一部の鮭は国産だったけれど、地球の反対側から持ってきたような魚が多い。
本来魚介類は水揚げしたその地で消費するものなのではないのか。
外国産食品を規制する方法はないのだろうか。
消費者がはっきりと意思表示をして拒否するしかないのだろう。
ともかく毎週必ず、九州の農家から直接購入する、それをみんなで行う、少し多めに農家から買ったものを
人にあげるなどして、なるべくたくさん農家から買い、農家から当てにしてもらうということが大切。
私は世間知らずだから、九州の農家がぶどうや、もも、スイカを作っているなど知らなかった。
タイではあるまいし、お米の細うどんのような麺があるのも今日まで知らなかった。
減産させたらかわいそうだから、どんどんお米を作っていただき、商品を開発してお米の乾麺も販売すればいい。
小麦粉を外国から買わなくてすむ。
ところで、信州安曇野荒切りわさびの国産大豆100%おぼろ豆腐を買った。
10種類以上のお豆腐が売られている中で、迷わず選んだ理由は、わさびとお醤油のたれが一緒についてくるから。
わざわざお醤油を自分で用意する必要がない。
これなら、出先とかでも食べられるし、チューブ入りのわさびと違って、もっととろみのあるわさびを使っているので、
おいしいし、国産というのがいい。
他のお豆腐だと、お豆腐本体しか入っていないから、自分でお醤油やタレやワサビを用意しないといけない。
付加価値をつけて売ったのは、とてもよかったと思う。
北アルプス山系伏流水使用というのも、長野ブランドをアピールしていて魅力的。
北安曇郡池田町大字池田の朝日食品工業という工場。
この商品は、曙橋や牛込柳町の店では売っていないので、明日また新宿1丁目へ行かないと。
私は気に入るとそればっかりこだわるので、当分はしぶとく買い続けるはず。

ところで、最近ツバメは、昼間でも巣にいる。
以前は、日中どこかへ行き、夕方5時に1階の管理人さんがいなくなる時間人戻って来るのだった。
メスはまだ卵を抱えているのだろう。かなり長くかかるようだ。
巣の本宅を補修工事して、壁を高くしてしまったから、中の様子がまるでわからない。
もしかしたら、もう小さなツバメの赤ちゃんがいるのかもしれないけれど、以前のように顔を並べてという姿は
見えないのだろう。
 どうして日中どこかへ行かないのだろう。マンションの1階の駐車場は人の出入りが多くてさぞ落ち着かない
ことだろうと思うといじらしい。
卵を抱いている奥さんツバメのことが心配で、おちおち外出もしていられないのかもしれない。
子供たちの巣立ちまで、立会い、見守っていきたい。
今年二度目の巣立ちはいつだろう。楽しみではない。お別れだから。
おめでとうと言いながら送り出すけれど、いつも泣いてしまう。
 7月26日 火曜日

オフィス・マリカはレンタル衣装もしており、レンタル先は以前は番組、ショー・パブなどプロを相手にしていたが、
ここ数年、一般の方がおまつりや、結婚式で自分たちが着て楽しむというようになってきた。
レンタル業は、送り先、着数、男女衣装の別などを聞いてさっさと事務的に処理すればいいのに、私は
事務的なことができず、送付先の住所を見るとそれにいちいち感動してしまい、コメントを書いてしまう。
今朝来た長野県からの衣装レンタル申込みメールには、思わず、このように返事を書いてしまった:
「安曇野というところは、海辺であったと聞いております。
東日本島と端にあったのですよね、西日本島とぶつかって、山になる前は。
長野県では3千メートル級の山からアンモナイトが発掘されていますね。
父が考古学者でしたため、毎年夏には戸隠へ行き、父が発掘隊の指導をしている間、
私たちはおソバ(おばあさんが手で切っているお店があり、感動的だった)を食べたり、
湖へ行ってボートに乗ったり、長い道のりを奥社まで歩いたりして過ごしていました。
旅館には、皇太子ご夫妻(今上天皇皇后)が宿泊なさったと書いてありましたので、
多分あのおいしいおソバを召し上がったのだと思います。
当時は養蚕農家が多かったようで、クワを栽培している畑を多く見ました。
安いチャイナ、ベトナム産の絹が入ってくると、国産絹の農家は衰退するのではないでしょうか。
東京都あきるの市の農家も高地のため米作ができず、大戦までは、ほとんど養蚕農家だったと聞いています。
地史学的に大変興味深い土地に生活なさっていますね。
学校でも他の地域の生徒たちが知らないそのようなことを教えているのでしょうか」
そして、肝心の衣装については、最期に3行くらい付け足すだけ。
どこかのレンタル衣装屋の事務員だったら、効率が悪いとか、余計なことをするなとか言われて、即刻首だけれど、
自分の会社だから首にならないのは実にありがたい。
よその組織に勤めるのは不得意だから、自分のところで一国一城の主をやるのが一番合っている。
それにしても、安曇野が海岸だったことは、非常に興味がある。
なぜ私たちは、学校で、東日本島と西日本島の存在のことを学ばなかったのだろう。
高山などというものは、地殻変動で土地と土地がぶつかりあうことなしにはできない産物だから、3千メートルの
山があったら、当然それには衝撃で盛り上がったという事実があったはず。
伊豆半島しかり、ヒマラヤ山脈しかり。
しかも、安曇野周辺のことは、地名に海の名前がついていて、人の記憶の中に、まだあの辺が海だったことが
言い伝えで残っているのにもかかわらず、本州が2つの島からできたことを学校で教えないのはなぜなのだろう。
政治的な意図が働いているのだろうか。 
 7月25日 月曜日

学校の歴史の授業内容を見直すには、8世紀の持統天皇の時に書き変えられ、そのまま黙認されて今日に至る
日本史を変更しなければならない。
「神戸市西区王塚台の吉田王塚古墳(全長約100メートル)で、周濠(しゅうごう)(池)に囲まれた墳丘の
外周付近が燃えて-------(中略)--------ロケット花火を持っていた同市内の中学3年の
男子生徒2人(いずれも14歳)------(中略)--------「古墳に花火を打っていたら火がつき、
怖くなって逃げた」と認めたため、軽犯罪法違反の非行事実で2人を補導した。
同古墳は古墳時代中期(5世紀頃)の前方後円墳。宮内庁が管理する陵墓参考地で、立ち入りは禁じられており、
池の周りには鉄柵が巡らされている」 
5世紀の古墳が封鎖されているのは、出土品の内容が白日の下にさらされることで、現在の天皇の
正当性が
問われるのを防ぐため。
すでに宮内庁は未公開古墳に入って独自の調査をしているはず。少なくとも米軍は占領時代に
それを行った。
8世紀以前の古墳が公開されれば、これまで隠されていた真実が現れ、現在の天皇在位の正当性が否定され、
系統を是正し、新たな系統の天皇を立てることになる。
これは大きな問題であり、8世紀から21世紀までの系統を一気に洗うわけだから、煩雑な作業が伴う。
しかし日本国民としては、間違った系統できてしまった天皇制を一度訂正すべきだと思う。
今回5世紀の古墳が燃えたことで、とりあえずとか、まあなんとなくとか、これまできてしまったタブーを
直視する機会を得たのではないだろうか。
常識に欠け、頭の弱い子供たちが今後も花火その他で故意・無意識のうちに古墳破壊をする可能性がある。
そうなる前に、全国の考古学者に調査の機会を与え、その調査結果を国民に公開すべきだ。
20歳の頃奈良から飛鳥への道の右手側に無数の古墳が広がり、それが同和地区だったことを今も強烈に
目に焼き付いている。
8世紀以前の天皇の民が被差別部落民に貶められたその事実こそ、日本国民が立ち向かって
いかなければならない
重要な課題なのだと思う。
新しい道路も、宅地もいらないし、ロケットや大型プロジェクトもいらない。
過去を封鎖しないで、過去に目を向けることこそ、この国のやるべきこと。
この日記を戦時中に書いたとしたら、特高警察に連行され、拷問の末、殺されたかもしれない。
天皇制に反対しているのではない。
在位の正当性に疑問を抱いているだけ。
とくに、寅之助が明治天皇にすり替わったフリーメイソンの介入のまま現在に至るその系図がおかしいと
感じている。
それを口にし、書いた人々が曙橋の市ヶ谷監獄で多数処刑され、それにより、日本から
反骨精神のある人々が消えて、「イエスマン」だけが残り、その後の恥ずべき歴史に突入して、
原爆を二発落とされて今日に至る。
処刑地であったまさにその場に生活していることは、偶然ではない。
このことについて折あるごとに書きなさいという神様がご計画なさったことなのかもしれない。
命の危険を顧みず、正当な疑問を口にした先人たちの死を無駄にしてはいけない。
 7月24日 日曜日

教会でいつも思うことは、パオロの文章はわざとらしく、訳文がしっくりこなくて、読んだ後が気持ち悪いということ。
本当にパオロが書いたのだろうか。
こういう変な文章を書く人、本当は誰かダミーなのではないだろうか。
あまりにも意味が変で、語順も語彙もおかしい。
2千年経った今もこんな日本語訳が掲載されているのでは、福音書と文体が違い過ぎる。
こなれていない、変な訳の文章読めない。だれかちゃんとした人、例えば梅原猛先生とか、万葉集婆さんとかに
にリライトしてもらえばいいのに。

教会の帰りに、榎の庭へ行き、トマトをいくつか収穫。
今年はすでにこれで20粒は収穫しているはず。すごい!
3階のベランダからエケヴェリアを持って行って植えた。
ベランダのプランターはだんだん手狭になってきたので、榎の地面に直植えした方がいい。
しかも、多肉植物だから、さほど水遣りの心配をしなくてすむし、直植えだから、生き生きどんどん大きくなる。
おなじエケヴェリアを北向きの窓の外に置いておいたら、まったくだめになってしまったから、やはり、直射日光が
ギラギラと照りつけるところがいいみたい。
今日は編集者から編集済完成原稿がぜんぜん届かない。
どうしたのだろう。
これでは、ここ2週間で出版するなど無理。困った。

フラワーから嬉しいメールが届く。みんなの声7月24日。
やはり、ルイジの踊り好きな人は「マジックバード」の良さがわかって嬉しい。
世の中にはこういういい踊りやらないで、平気でヒップホップなんかやっている人もいるわけだから、人の価値観は
本当にわからない。
7月23日 土曜日 

夜中の2時に寝たのに、朝は4時44分に起きた。
朝の読書は井上ひさしの「ロマンス」のチェーホフのきめせりふを台本執筆のための準備に著者がつくった
台本の前段階部分。
著者のコメントが興味深い。
ところで、チェーホフが樺太へ行っていたのは、おもしろい。
当時その島には、学校も、病院も、道徳も秩序もなにもなく、未開状態だったという。
しかし、そこにはアイヌが住んでいた。
母が小学生時代の1年間を過ごした頃は、学校もなんでもあって、人々は肖像画に描かれることがクールだった
時代を過ごしていた。
樺太は日本が支配していた時の方が、よほどましだったのだから、間宮林蔵の名前の間宮海峡もあるのだから、
北方4島などと言わずに、樺太はどう考えても日本の領土なのではないだろうか。
井上ひさし「四千万歩の男」によると、間宮林蔵のことはあまりよく書いていない。
平気で虚偽の発言はするし、殺人をしようとするし、態度が大きかった。
でもあの性格でないと、大きな仕事はできなかったのだろう。
7月22日 金曜日 

嬉しい!「いい女のためのダンス・コンサート」のプログラムが手に入った!1982年ぶり!
「フランシスンに会った盛岡人」が届けてくれた。
1983年のセクシーフォーカスまであって、本当にびっくり。当時の歌舞伎町祭りは、その手のカメラ小僧が
出没していたのだ。
アントニオ猪木の店は貸切だったから、1階の和食で、後は上のクリストンカフェ。
猪木の店になる前は、しゃぶしゃぶ食べ放題だったけれど、ひどい質だった。
その前はお昼ご飯の食べ放題にたまに行ったけれど、やはりおいしくないことで有名だった。
その前は多分、中華料理の店舗だったのだろう。
以前は一階から上まですべて中華料理だったのに、今では、中華は3階だけになって、すべて貸し飲食店になってしまった。
中華の昼ごはんまたやり始めたようだから、今度来てみよう。
以前やっていた、昼ごはん中華屋は、一時期なくなってしまっていたから、それが復活しただけでも良い。
7月21日 木曜日

ここ数か月、3,4時間しか眠ったことがなかったけれど、途中に30分くらいの読書を含めて初めて8時間寝た。
涼しかったので、7月に入って初めてお湯のシャワーにした。これまでは水だったから。
いろいろな温度の時があっていいのだと思う。
同じ温度だと人間ダメになるから。暑くても寒くても。
特に毎日同じように暑かったら思考回路が単純化するから、涼しいのは大歓迎。
CHINAがベンガル湾へ出ようとしているのはまずい傾向。
阻止しないと大変なことになる。
その前にまず、西側地域に独立運動を起させて、チベットと東トルクメニスタンを独立させ、CHINAの面積を
小さくしないことには今後の世界は不安定になる。
猿の脳みそやハクビシンを食べるくらいの人は、人間の胎児だって食べているだろうし、そのうち世界中の
食物をイナゴの大群のようにすべて食べつくし、地下資源を使い尽くすだろう。
あのような国をつくり、陰で共産革命を援助したXXXは悪い。
毛沢東の時代のような鎖国をしていた貧乏国に戻ってほしいものだけれど、今となっては手がつけられない。
世界はどう対処すればよいのだろう。あそこを市場と見る人が世界をより破滅へと導いていくことになる。
政治と教育が悪すぎるから、あんなふうになってしまう。

法務局へ行きたいけれど、途中で雨が降るといやだから、出られずにいる。
月曜から行こうと思っているのに、1日伸ばしにして、今日になってしまったけれど、明日でもいい。
7月20日 水曜日 

かつぶしのおにぎりを作り、国産マンゴと一緒に母のところへ持って行く。
思ったほど悪くなく、ちゃんと洋服を着ていたからよかった。
えぱた教会がどうなってしまったのか、心配していた。
あそこは、もう、なくなると思う。
クレイマー女史が、戦前から日本で働き、戦争中の一番大変な時期を日本人と一緒に日本で東京大空襲という
体験を共にして下さり、自分の国の戦闘機で自分が住んでいた場所を焼かれ、凄惨を極めた中で貯めた
血のにじむようなお金を、えぱた教会のライシャワー、クレイマー記念会堂のために気持ちよく出して下さった
その過去の重さを知っていたら、あのえぱた教会を今のようにひどい状態にはできなかったはず。
私もあそこへは2年近く行っていたから、とても心が痛む。
歴史がその内容を知られないまま閉じてはいけないと思う。
クレイマー女史のことは、ライシャワー博士の著作には出て来るけれど、クレイマー女史だけのことを書いた本は
多分立正大学の先生が書いた伝記一冊だろう。
そこは父のいた大学。しかも佛教の大学。
なんという偶然だろう。私もクレイマー女史のことはなるべく活字にしたい。

ところで、以前、宮城の被災地にイスラエル救援隊が早くから入り、多分半月近く作業(?)をしていたと
ニュースで聞いた時に、とっさに、あの人たち、何をたくらんでいるのだろう、人名救助のはずがないと思っていた。
今日、ニュージーランドで2月に発生した大規模地震のニュースを読んだ時に、合点がいった。
日本人を含む181人が死亡した大規模地震で、地元紙プレスは20日、イスラエル人犠牲者が複数の旅券を
所持していたことなど、複数の不審点が浮上したことから「イスラエルにスパイ疑惑」などと報じたとのこと。
 報道では、イスラエル人犠牲者の1人が複数の旅券を所持。一方、当時一緒にいた3人のイスラエル人は
地震発生から半日もたたないうちに出国したという。
 認可を受けていないイスラエルの救助隊が被害の甚大な立ち入り禁止区域で活動したり、現地に派遣された
法医学専門家チームが地元警察のデータベースへ不正にアクセスしたりした疑いも出ていると伝えた。
と共同通信が伝えているけれど、そうか、宮城でもイスラエル人は亡くなった日本人の身分証明書類が
欲しかったのだろう。
それさえあれば、なりすましができて公的書類の発行も受けられ、諜報活動に多大な効果をもたらす。
また、日本人の身分証明書類であれば北朝やチャイナに売ることもできる。
あの国は自然発生的にできた普通の国ではなく、無理やり人為的につくった占領地域だから、注意しないと
いけない。
歴史上かつて、永遠に占領した国などないのだから、あそこだってずっと占領し続けるなどということは
多分
できないだろうことを、あの人たちが一番よく知っているのだろう。
7月19日 火曜日

ルイジの「マジック・バード」を新宿歌舞伎町まつりでやることにしたので、当時の上手のダンサーで
誰かいないかと考えて、黒江乃理子さんにお電話をする。28年の歳月が一挙に吹っ飛んだ。
川崎という街は東北からの労働者で成り立っているとは知らなかった。それで震災以来大変なのだという。
私は本当に世間知らずだ。
乃理子さんは勉強家だ。今年はお休みの年にして勉強するという。すごい。
ベルリンの合気道の先生のマックスもそういえば、今年は1年間お休みの年にして、世界一周旅行をするから
と言っていた。
私なんか、1年働かないなどということは到底できない。 
昔の弟子フラワーとも連絡が取れて、新宿歌舞伎町まつりを手伝ってもらうことにした。
ルイジの踊りというのは魔法のように人を結びつける。
この踊りで身体を作ってきたダンサーは、干しシイタケのように水につけると、柔らかく戻って、料理のなかで
活躍できる。
7月18日 月曜日

あさって撮影の再現ドラマ、ビル・クリントン役は結局、D氏の都合がつかずだめだった。
いつも思うことは、再現ドラマは、人もいないのに、先に台本を作ってしまって、あとで、ぎりぎりになってから
急に人を捜そうとするから非常に無理がある。
だいたいからして、欧米白人の大人の男性で、平日の真昼間に何時間も撮影に付き合える暇人が日本に
ゴロゴロいると思っていること自体が、時代錯誤。
昔は、この業界だけで食べているような人もいたけれど、安定しない業種だし、先日の非常時みたいなときには
2カ月くらいなにも撮影がなくなってしまったりするから、本当に明日が知れない不確実な仕事。
以前、サダム・フセイン役を仕込んだときは、たまたまその人がイラク人だから無理に頼んでやってくれたけれど、
くり金とんのような年齢の人は、会社の重役とかだから、よほどのもの好きでもない限り、平日の大切な業務時間に、
わずかの出演料で撮影に参加させるのは無理。
そして、再現ドラマでは、プロの俳優を使うわけではなく、その場その場で外見だけでたまたま選んだ人材だから、
演技力はゼロで、したがって出来上がる映像も知れている。
せりふもテロップで下に出るから、能力がまったく問われず、安易な撮影だ。
こういうものをつくるから、テレビ番組の質がどんどん悪くなっていく。
多分、昔は再現ドラマなんてなかったのだと思う。 
7月17日 日曜日

榎木の庭のトマト、たったひとつぶだけど、真っ赤に熟れていたからそのまま口に入れる。
おいしい。教会へ行く前のビタミン補給。  

兵庫県で羊を飼っている人が私の「新宿牛込産野菜」づくりにアドバイスをして下さった。
「土の中にビルを見て下さい、
そうすれば、ある程度は、わかると思います、、
スイカの皮以外は、それほど水分が高くないので、そのまま土の上に置くだけでもいいと思いますよ、
(問題は、飛んできた虫の餌になりやすく、そこで繁殖しやすいということなので、、)
もちろん、土に混ぜる方が、分解能力が高く、より土を作るという観点からすると良いですが、
暑いですし、いちいち、そういった作業をすることによって、周囲の土を踏み固めることにもなりますし、、
そのようなことを総合的に考えると、、そのポイポイ放置作戦がもっとも適しているのではないかと
感じられますので、それを続けて下さい、、(あまり水分が増えたなと思うと、、乾燥しているもので
調節するのがいいですが、、腐葉土をまぜるなど、))
それから、貝殻のことですが、、厳密に言うならば、栄養分が溶けだしやすいように、細かく砕き、
まんべんなく散布するのがいいですが、、それも、、まだ、残ってるんだ、、程度の気楽さで
、いいと思いますよ、、、
土に直射日光を当てることが土の表土の機能性を奪ってしまうので、そのお洋服だと考えると、
それは悪いものでもないですし、なにせ、そういった形のあるものは、土を作る作業員の方々(見える虫とか、
見えない虫とか、)のお家になりますので、、気にせずに、適当に、続けるのがいいと思います」
とのこと。
そうか、私がやっていることは、間違っていなかった。
これまでいろいろな種類の肥料や土を買ったけれど、くだものや野菜のくず、ステビアの粉、竹炭と竹酢、
これだけで私は縄文農業を新宿で展開する自信ができた。
今日は背の高いリトアニア人の合気道家に、トケイソウの上の方の枯れた花を切ってもらった。
どうしようもなくからんだ蔓も、きちんと麻縄でしばってくれると言ってくれたので本当に嬉しい。
庭師がいるからこの庭は安泰。
7月16日 土曜日  

あっちの洗濯物をこっちの家へ、こっちのなにかをあっちの家へ、運んでは家事に明け暮れ、原稿の仕事が
はかどらない。
それにしても、洗濯物がかちっと完全に乾くのは気持ちがいい。
ところで、衛星放送の朝日ニュースの馬鹿番組どうにかしてほしい。無料放送と勘違いしている。
私は朝日ニュースでは、原発関係のこれまでの導入のいきさつや、他のやわな放送局のニュースで
やらないような固い鋭いものだけ見たい。
情報収集の役に立たないものは即刻辞めるように苦情メールを出すことにする。
7月15日 金曜日  

昔の写真たくさん出てきたので、アップしてしまった。「いい女のためのダンスコンサート」というのを
やったようだ。
信じられない、あの顔ぶれ。「ルイジ・オン・ステージ」に出ていた人で、20代(あきちゃんだけ18歳)
の人だけが、新たな20代の美しく、上手で仲の良いメンバーを加えてこういうことになったようだ。
そのメンバーがそのまま今度は翌年1983年の「フランシス・ダンス・ダンサー」となっていくというようだ。
そんなふうにしていたのだ、当時は。
それにしても、おもしろいことしていた。
一番びっくりしたのは、「62丁目のあなたへ」をすでにやっていたこと。
どうしてそんなことがあるのだろう。どんな踊りだったのだろう。
私は、あれは、1979年の「モンテローザの詩」を1982年に焼き直して、東京12チャンネルの
「第1回ジャズ・ダンス・フェスティバル」のためにつくったのだと思っていた。
顔ぶれを見ると、千代田学園芸術ミュージカル学科の第1期生、2期生から、あきちゃん、さゆりちゃん、
タモリに、只木、荒木君、遠藤君とこんなに連れて来てしまい、使える人材を全部こちらで使っている。
こんな引き抜き許されない。
でも、当時の私には作品を作る時の鬼のような執念と磁力があったから、目をつけた人材は必ず
自分の作品に出演させていたのだろう。
学校やめちゃう子なんかも3人くらいいて、本当に悪い講師だったと今実感する。
あの学校、どうなってしまったのだろう。
ミームとかがやたら多くて、退屈なカリキュラムだなと思っていた。
千代田学園は2004年に最後の卒業生を送り出して今はないようだ。そうか。
ということは、私は一番いい時期にそこの学校に第一期生からかかわることができ、そこの一番素晴らし
人材を私の舞踊活動のために使わせていただいたことになる。
本当にありがとうございました。
千代田学園がなければ、決して出会うことのなかった才能ある若きダンサーのたまごに出会いました。
7月14日 木曜日  

私は見てしまった。昼間だというのに、オスのツバメが別宅にいて、そこで、メスだか、飛翔の稽古に
反対側の壁の巣から飛んできた子供のツバメと一緒に練習をしている姿を。
通常だと、オスが別宅にいるのは、陽がくれてから。
日が高いうちは来ない。
7月13日 水曜日 

以前だと夜中干しておいたものは、朝見るとかなり湿っていたのに、今では、夜中に干したものも朝には
ぱりっと乾いている。
ということは、地面も乾くから、頻繁に水をやらないといけない。 
7月12日 火曜日  

昨日の出演者にすぐに連絡。トルコは歌手だそうたが、歌い方少し力みすぎ。
チリ人のマー君やそのお父さんを思い出してしまった。
ビング・クロスビーが編み出したと言われるクルーニー唱法と呼ばれる、のどに力を入れず、優しい声で、
自然にマイクに向かう歌い方をして欲しいとお願いする。
新宿歌舞伎町まつりで『サテン・ドール』を踊る時に歌ってもらってもいい。本人もやる気。
7月11日 月曜日 

午後から日本テレビで撮影。自転車で汐留まで行く。お堀の緑藻どうにかすべし。
水が腐っている。天下の皇居の内濠の水が濁るなど、徳川家なら決して許さなかっただろう。
放水しろ。東京都民は、皇居の内掘の水不足のためなら、洗濯機を回す回数を減らしたって協力するはず。
「ぱくぱくぱーく」に8カ国の人を仕込んだ。局が急に内容を変更したので、ジャマイカだけ料理紹介場面でなく、
バツゲームでタレントを叩く役目にさせられてしまった。かわいそうなことをした。
外国人EXILEのバック・シンガーの人だから業界で大切にされているのに、お笑いに使われてしまった。
7月10日 日曜日 

来月コスタリカのナタリアが戻って来るようだ。嬉しい。
一緒に踊れる。
エスニックをやらせると、ラテンでもはハワイアンでも、熱い血がみなぎってすごくいい味を出す。
日本人は小さい時から技術優先の稽古だから、こういういい味出せる人が育たない。
ナタリアには頑張ってほしい。
7月9日 土曜日 

藤本建築事務所に新たな犠牲者が加わる。
どうしてこうも若くて才能のある外国人建築家のたまごが藤本でタダ働きをしたいのか。
ポル・ポト政権下で強制労働をさせられた人と同じくらいの扱いで、唯一の違いは、これらの建築家が
自主的に祖国から日本に自費で渡航し、自費で宿泊しながら、無休で労働している点か。
雇用契約ではないから、労働基準法でも規制できないのだろう。
僕たちマゾヒスト軍団ですから、好きでやってるんですと言われたら取り締まりもできない。
恐ろしい業界があるものだ。
7月8日 金曜日

 イギリス人のジェフが素晴らしいビデオをつくって送ってくれた。
泣いてしまった。しかし、途中から大笑い。芸者が後ろ向きで座っているところはいいのだけれど、振り向くと、
わー、出たー!
この演出すごくいい、シロウトとは思えない。
日本のことをこんなに思ってくれる人がイギリスにいるなんて知らなかった。
 7月7日 木曜日

下駄タップはかたちがものすごく上手い人がやらないとみっともなくなる。
音は、鳴らないように下駄ではなく、裏にゴムかフェルトでもついた音のしない草履でも履かせればいいけれど、
かたちはごまかせないから自分で見せるしかない。

フランス人のテレビ・プロデューサーが来た。フランスのなんとか大臣が、「テレビとコカコーラで国民を
中毒にさせればまともにものを考えることをしなくなるから、国を運営する立場には非常に都合がいい」と
はっきり言ったそうだ。
日本でも、日本テレビやフジテレビは、日本国民を低能に保つために占領軍によって設立されたのに、
そのことが理解できていない人々がテレビを見てますますその作戦にはまっていくのを見るのは、日本人として
忍び難いこと。
特に年配者がテレビ漬けになって、完全に骨抜きにされるのは実質的には殺されたのと同じ。

ルイジの写真が2百枚ほど見つかった!信じられない。フランシスの写真も百枚くらいある。
もっと信じられないことに、「いい女のためのダンス・コンサート」というどこでやったかわからないような
本番の写真が大量に出てきたこと。1982年にはこんなことをしていたようだ。
当時のアメリカ大使館の文化担当官の娘がルイジの弟子で、ヘンリー・マイズナー・メソードの演技を指導して
くれていたので、勉強になったことを思い出した。細かい一点に集中する演技について学んだ。
キャリーさんといっただろうか。その人の住むアメリカ大使館員住宅にパーティーで伺ったが、住居は
ソ連大使館の裏隣にあり、耳を澄ませばソ連大使館員の喋っていることが聞こえる距離なのがびっくりした。
多分お互いに情報を盗み合っていたに違いないが、それにしてもどうしてそのような立地にしたのだろうか。
アメリカ大使館は虎ノ門にあるのに、職員宿舎はあえてソ連大使館の隣というのはあまりにもわざとらしい。
しかしなぜ、今日急にそんなにたくさん重要な写真が見つかったかと言えば、障子張りをしたからだ。
数か月ぶりに障子を何枚か貼りかえて、余った障子紙を保管する場所を捜して、普段絶対に開けない戸棚を開けたら、
なんとお宝写真がたくさん出てきたのだ。
イラク公演やドミニカ共和国公演の写真もどっさり。
普段は障子紙や障子糊、カッターナイフ、ハサミの4点セットは袋に入れて、バイクのうしろのボックスに
入れてある。他にしまうところがないからなんとなくそのようにしていた。
今回そのようなところではなく、ちゃんと戸棚に入れようとしたことが幸いした。
今日も「サマー42」を一生懸命踊ったから、踊りの神様はいつも見守っていて下さる。 
  7月6日 水曜日


朝4時半に起きて、井上ひさしの「紙屋町さくらホテル」を読む。
戦局を芝居言葉に変えて語っているのが非常におもしろい。
番頭さん(閣下)、海の一座の実力(海軍の戦力)、陸の方の興行の準備(陸軍戦闘準備)、消え物倉庫(火薬庫)、
本土水際立ち回り(本土決戦)、ガヤだけは無尽蔵にいる(帝国臣民が無尽蔵にいる)、二千六百年の
伝統を誇る名門劇団の金看板を下ろさずにすむ(ハ、ハ、ハ、すごく笑える!)そして、「一座の保持、
一座の安泰にこだわることなく、一日も早く相手方とシャンシャン手打ちをなさるようお勧めしたい」と
長谷川のせりふを結ぶ。
築地小劇場の小山内薫、土方与志、青山杉作のことがたくさん出て来るから、非常に勉強になる。

インド建国のヒーロー、新宿中村屋社長宅に匿われ、そのお礼に中村屋に「インドカリー」を伝授したという
亡命インド人ボースのことを小冊子にしてインド人学生5000人に読ませたというインド人が来ることになった。
なんという奇遇。
今から10数年前、まだ新宿御苑の目の前に住んでいた時に、新宿のタウン誌多分、「たあみなる新宿」か、
「新宿TODAY」だと思うのだが、そのどちらかに、「マリカの選んだ新宿のお勧めレストラン10」というのを
なぜか書かせていただいたことがあった。多分、新宿歌舞伎町まつりをやっていたから、それで、柴田氏に
その編集長をご紹介していただいたのかもしれない。
そこで私はカメラマンを連れて、とんかつ、アフリカ料理、スペイン料理、フルーツパーラー、西口のシズラー、
あとどこかよく覚えていないが中村屋を入れた気がする。柿伝は高飛車だからやめた記憶がある。
中村屋で亡命インド人ボース氏の話を伺い、胸がいっぱいになり、泣いてしまった。
原稿を書きながらも涙ぐんでしまい、それからもことあるごとに、そこらへんの店とは全然違う、企業姿勢が違う、
新宿中村屋はこういういわれのある素晴らしいレストランなのだから、新宿ではここでカレーを食べなくては
インテリとは言われないのだと、多くの人に説明してきた。
発行されたその雑誌はなぜか、どこかへ行ってしまい、私はその後見た記憶がない。
それから早、16年は経過しているはず。
なんとボースの伝記の著者がうちに来る。偶然!
ボースが結婚した中村屋社長の娘の生んだ子供は二人どうなったのかと気になっていたが、息子は兵役で出兵し、
娘の方は日本で暮らしたとのこと。ではそのまた子供はどうなったのだろう。
日本人がインドの独立革命を助けたとは本当に勇気のある行動。
しかも、一介の食べ物屋が。どれだけ日本政府から嫌がらせを受けたことか。
インドのために自分の命を賭けてでもボースを守った日本人はすごい。
みんな新宿中村屋のカレーを食べるべきだ。


フランス人のコンテンポラリー・ダンサーが来て、ソロ・ダンスを見せてくれた。すごい才能。
すごくちゃんとした基礎を学んだうえで踊るコンテンポラリーはおもしろい。
最悪なのは、基礎をしていない人が踊るコンテンポラリー。そんなものは最後にやるものなのに、ダンスの
歴史がわかっていないものだから、最初に習ってしまう。最初にモダンを習うのも愚の骨頂。
ああいうものを最初からやったところで上手くならないのだ。
社交ダンス、タップ、シンクロ、ポールなんでも同じ。基礎やってからやらないと。
でも世間の人はわからない。
 7月5日 火曜日

なぜか過去の数枚の歌舞伎町まつりの写真が出て来たので、アップする。
もっとどこからか見つかればいいのに。確かにどこかで見た記憶がある。

ツバメが昼間からジジジジと鳴いている。
これまで、曙橋でも牛込柳町でも、シジミを買うと北海道産と表示がしてあった。
東京から北海道までの間にいくつも県があるのに、どうしてわざわざ北海道からシジミを持って来るのだろう、
それが疑問だった。
東日本の太平洋側から持って来たと書けないため、いっそのこと北海道を表示したのだろうか。
本日の産地表示は北海道ではない。なんと、東京都産。
胸がいっぱいになり、涙がこみ上げてきた。
東京、捨てたものではない。シジミを取っている業者がいる。
江戸時代ならどこでも取れたから、シジミ売りが道を歩きながら売っていた。
シジミ採りは貧しい家の小さな子供もやらされていたようだ。
子供にはかなりかなり重かっただろう。
さて、その東京都産であるが、どこから来たのか。
しじみが取れる川があるのか。
昔は隅田川だろうが、今ははたしてどこだろう。
どうしても気になるので、店に電話をして聞くつもり。
それにしても、魚介売場から、チャイナ産鰻を排除してほしい。
できればアイスランドの金目鯛も。
そんなもの神奈川県で採れたものを売ればいいではないか。
ノルウェー産の鮭もいらない。
豊かな海に囲まれた海産物王国日本がどうして海外から魚介類を輸入しなければならないのか。
北方領土を取り戻し、20カイリを厳密に主張していけば、魚介類の輸入なんて不要なのだ。
7月4日 月曜日

アマゾンの書評の真島茂樹の著書「踊り子魂」に感想を書いた。
「 私は高校生の時に学校の帰りに鞄を持ったまま日劇に通っていたファンであります。 
ショーを見て、映画(「美空ひばりのすべて」など)を見て、それからまたショーを見るくらい日劇が好きでした。 
いつも前の方の席で真剣に見ていました。 
トップ・ダンサーはそのころ何度見に行っても神崎一人さんと西川純代さんでした。 
この二人が出てきて踊ると、もうかっこよくて、本当に感動したものです。 
ですから、真島さんの本を拝見して、そのトップ・スターお二人のお名前がいつ出て来るか、いつ出て来るかと楽しみにして 
読み進んでおりましたら、結局、かんざきの「か」、西川の「に」も出て来ないうちに、 
最後まで終わってしまったのです。 
あれ、と思って、こけてしまいました。 
あの時期、春の踊り、夏の踊り、秋の踊りと毎回熱心に通っていた私は、誰が真ん中で踊っていたトップ・スターが 
よく覚えております。 
ですから、正直申し上げて、この本を読んで本当にびっくりいたしました。 
日劇の一番いい時代の時にことを書くのに、このお二人のお名前を出さずにどのようにして書くのだろうと思いました。 
日本の歴史を書くのに天皇陛下に一言もふれずに、侍や政治家しか出てこなかったら、やはりおかしいですよね。 
その時その場にいた人が納得できるように書かないと、ほんの情報は嘘になります。 
あのお二人は正真正銘のトップ・スターでしたから、本の中で無理に隠さなくても、観客席にいた人はみんな知っています。 
公明正大であることは大変重要なことだと思います。 
実力のあるお二人のお名前を出すことで、真島さんの本の価値も上がったでしょうに。 
もの書きは情報を提供しますから、人に情報を与えることも、役に立つことも、洗脳することも、いずれも可能な、 
大変重要な仕事をするわけです。 
踊りを愛していたら、自分を育てて導いてくれた先輩を尊敬して感謝しないと。 
人々は見ています。お人柄を疑われるような書き方はしてはいけないと感じました」

ちゃんと掲載されるかな。

新宿歌舞伎町まつりのことで、12年ぶりに歌舞伎町振興組合を訪ねる。
おやおや、こんな状態になってしまっていたのか。
演出、舞台監督、プロデューサーそのいずれもいなく、全体を見渡せる目を持った人がいないとこんなふうに
なってしまうという。
お客様に喜んでいただけるような内容で組み立てないといけないのに、退屈がられるようなやり方。
あの頃は、柴田氏と私とラジオ短波がスクラムを組んでやっていたから、おもしろいものがつくれた。
全体に一貫して流れる演出家のセンスがないと、のんべんだらりとした、緩慢なものになってしまう。
なんてなさけないことになってしまったのだろう。
1991年までで、歌舞伎町祭りの黄金期は終わったのだと確信したら、泣けてきてしまい、靖国通りを
自転車で走りながら泣いていた。
あのころのプログラムにはスキがなかった。
様々なジャンルがまんべんなく網羅されているように、上手く私がキャスティングをしたり、事情が許せば
つくったりしていた。
7月3日 日曜日 

井上ひさし「紙屋町さくらホテル」を読み始める。実におもしろいせりふがたくさん出て来る。
権威をふりかざす政府の役人を笑い飛ばすところが、実に江戸時代の戯作者。
大日本帝国についての興味深い生活の細部を井上作品で多く学んだ。
この人はその時、東北の少年だから何も知らなかったのに、多読と調査によってすべて自分の中に情報を
蓄えたのはすごい。
7月2日 土曜日 

信じられないことに、また朝、ツバメが私の枕元へ迎えに来て起こした。
ツバメは私の姿をガラス戸越しに見ていた。絶対に人間を識別する能力がある。
毎朝私と言葉を交わすことを日常としているとしか思えない。
身体がすっとしているこのツバメの、まあ、なんと美しいこと。
人間だったら、よく鍛えたダンサーか運動選手。
身体に無駄な脂肪がない。
筋肉を動かして運動することでしか、手に入れられない美。
私は職業柄、街で肥満体を見るとこうすれば治せる、この人はこいうことをしないといけないと、いろいろ
改善プログラムが頭に咄嗟に浮かんでしまうけれど、そういう人に限って、身体の線の美しさを手に
いれることより、大切なことが他にあるのだろう、多分一生そのまま肥満で終わるのだろう。 

井上ひさしの黙阿弥オペラ」を読み終える。
あれあれ、お金がなくなってみんな大変なことになってしまったという事態になったけれど、それでも、
最後の場面で捨て子をみんなで育てようということになり、そこにまた希望が生まれた。
思わず涙ぐんでしまった。
ルシル・ボールの「メイム」を思い出した。
育てることは投資すること。戻って来ない投資かもしれない。でも、希望を託して投資する。
井上ひさしの描くこのお仲間の結束がすばらしい。
おみつがいつのまにか、愛すべき「とらおばあちゃん」のようなもの言いになっているところも本当に
感動的。「とら」が「みつ」の中に生きていて、捨て子の赤ちゃんがみんなの生きる希望になる。
素晴らしい結末。まさに観客が観たいと思った結末を見せてくれた。
7月1日 金曜日 

朝6時15分くらいにベランダへ出ると、なんとツバメの一家全員が上空を飛び交っている。
今年生まれた子供4羽及び、昨年ここで生れた兄弟たち一族郎党なのだろう。
年長のツバメはスーと滑空し、身体が固定しているけれど、今年生まれたばかりの子供たちだろうか、
一生懸命に羽をばたつかせているのもいる。
私に「おはよう、今日は頑張って」と声援を送り、健在ぶりを見せてくれるために、こうして、
姿を現してくれたに違いない。
それにしても、どうして私がベランダへ行く瞬間がわかるのだろう。
行くたびに、ツバメが非常に近くから声をかけて私に知らせる。
多分、長年の信頼関係の間に築かれた、特別なテレパシーなのかもしれない。
縄文時代の人は、みなそのようなものを持っていたのだと思う。
しかし、文明の中で人間が本来持っていた「気」の力が弱められ、退化して次第に使えなくなり、ついには
なんでもものに頼らないとなにもできなくなったのだが、自然界の生き物は文明という毒と無関係に
生きているから、今でもその能力を失わない。
私もそのお仲間に入れてもらえるように、日頃から耳をすませている。
朝の時間は実に様々な鳥の鳴き声が聞こえる。
数種類いる。ここは森の中だろうか。
表にはまだ誰もいないから、鳥たちと私だけの空間。
よくよく思うに、私がベランダへ行くたびに、ツバメが目の前にいて、待っている。
これはもしかしたら、ツバメが、私に会いたいために、私を呼んでベランダへ来させているのではないだろうか。
だから、ベランダへ行くたびにツバメに会えるのは、私の意思ではなくて、ツバメが私をベランダへ
行かせているだけなのかもしれない。
ツバメの体は小さいけれど、極限までにエコノマイズされた研ぎ澄まされた飛行術と判断能力を兼ね備えた
明晰な頭脳を持っている。
だから、人間に働きかけるなどわけないことなのかもしれない。
今日は疲れて原稿の仕事がはかどらない。
身体が疲れていると書く仕事はできない。身体が疲れていても、踊りなら踊れる。これは不思議。
火事場の馬鹿力というか、身体は、蜜を運ぶ蜜蜂が、巣へたどり着くまでと同じで、最後の力を
ふりしぼって自分に蓄えた栄養をよりどころになんとか飛びきってしまうのと同じことだと思う。

夜見たら、ツバメが駐車場の巣にいた。そうか、今夜からここで寝るようにするのか。
卵を温め始めたのだ。2回目の産卵をするのは昨年から。それまでは、毎年1回だけだった。
地球の環境悪化にもかかわらず、新宿区市谷台町ではツバメの個体が増えているようだ。
頑張れ、ツバメ、頑張、地球!
  6月30日 木曜日

朝の6時頃ベランダに行くと、私を待っていたかのように、ズルルルルと鳴いて、ベランダから一番近い
電線に停まって私の話の相手をしてくれた。
そこへもう一羽が、一階の駐車場からスーと出てくる。明らかに巣に草や土を運んでいる。
でも昨夜も巣の中にはいなかった。産卵するまでは、巣以外のところで寝ているのだろうか。
でも、例えばどんなところ。このへんでそんな安全な寝心地の良いところがあるのだろうか。
公園といっても芝生ばかりでろくに停まる木もないようなところではよく休まらないだろうし。
ツバメは人間のうるさい営みが嫌いだから、9時にこのビルに働きに来る人や配達の業者が出入りしたり、
向かいの家で電気ドリルを使う音などが我慢できないのだ。私だって耐えられない。
向かいの家はどうにかならないのだろうか。何やなのだろう、あのような商売は。
台東区あたりでやればいい仕事だと思う。ここらへんには似合わない。

あまりに日差しが強く、植物に水を遣りたかったが、夕方から降るという。
にわかに信じがたいが、我慢して水を遣らずに赤くなったトマトを2つ切って持ち帰った。
よくこんな庭でトマトが育ってくれた。
今年あまり赤くならないのは、昨年と比べて、日当たりが悪いからの他ならなない。
天気予報は当たった。
植物は天からの水が一番嬉しい。
今朝、ヤモリも見た。虫をたくさん食べてくれて助かる。
カエルもいる。ここに食物連鎖がある。ただしこれより上がない。
結局、降ってよかった。あの庭があと10倍くらい広かったら、この食物連鎖がもっと次の段階へ
行くようななにかも生息できるのに。
東京の真ん中に本物の自然が息づく場所をつくりたい。
都庁が命令してくれたら、私は手弁当でもやるだろう。
新宿御苑のような、見せるためのちゃらちゃらした庭はだめ。
私がつくるのなら、庭ではなくて、雑木林というか、原生林で、一度迷ったら子供など出て来れないような
すごいのがいい。
お弁当など持ってピクニックに来る人は歓迎せず、ほとんど誰も来ないようなおどろおどろした感じがいい。
 6月29日 水曜日

黙阿弥オペラ」の中の井上ひさしのオペラに対する見解は正しい。
そのオペラというものを、どんなことをしてでも観たいと願っている御見物衆はどこにいるんです
    中略
年に一度の芝居見物のために、あとの364日、ダシジャコの振りかけだけでおまんまを食べて木戸銭を
ためる方がいる
。  中略
上っ面を西洋風に取り繕った小刀細工のオペラが観たくて、そんな苦心をなさるのではない。
      中略
そしてどなたも、いい科白が聞きたいんだ、耳にこころよい言葉で心の按摩にかかりたいんです
なんて気持ちのいいせりふ。
こういうのを聞きたい。

ツウィーク、ツウィークとツバメが鳴いて、ベランダの私に挨拶してくれた。
ツバメは絶対に人間を識別する。これは確かなこと。
さて、榎の庭にはトマトが一つ赤くなっていたけれど、明日までおいた方がもっと赤くなるだろうから
今日は我慢した。
あとは10個くらい全部まだ緑色。
不思議なことに、トマトはトマトの葉や笹などにさえぎられて、直射日光が当たらなくても、ちゃんと赤くなる。
太陽に当たるから赤くなるのではないようだ。
あまりにトマトの葉が多すぎるので、少し切って、他の植物の根元に置いて、土が乾燥しないようにした。
こうして植物に第二のお仕事をしてもらっているから、どんどん庭の土の量が増えてきた気がする。
土が増えたというよりは、なにか庭全体がボリュームを増してきたという感じだ。
カエルが隣家との境の塀のあたりから、トケイソウやリンゴの木が植わっているあたりまで行き来しているから、
だくさん昆虫を採ってカエルにとっては大自然の中で生きているようだ。
よりにもよって、私の庭に住んでいてくれるというのが嬉しい。
左隣の庭は、コンクリートで固めてしまい、植木鉢でサボテンの栽培なんかしているが、なんという心の汚い人
なのだろうとカエルは見ているだろう。
右隣の家は私のところより数メートル崖の下にあるのだけれど、そんなに低いところにある土地が、
もともとの牛込の地形なのだとしたら、一番高いところは、牛込柳町と神楽坂の間にある矢来能楽堂の辺
だろう。
そうか、そこの前に、秋葉神社がある。
神社は必ず標高が一番高いところにつくるから、そこらあたりがここら辺で一番高いのは納得できる。
昔は雨が降りでもしたら、家の中にじっとしているしかない、雑木林の中のひどく寂しいところだったようだが、
今でもなんとなくそれがわかるような形跡が見える。
しかし、古くて素敵な平屋建てで、庭が広い一軒家に限って、一軒、また一軒と取り壊され、2つか3つに
分筆登記され、安普請の庭なしタウンハウスが建っているのを見ると、がっかりする。
相続税が高くてそうするのだろうけれど、お屋敷がどんどん庶民的な地域になってきているのは問題だ。
そのうち都内には、庭付きの平屋や二階家がなくなってしまうのではないか。
税務署へ行った。あの建物、もっと内装したらきれいになるのに。
どうして法務局や税務署はさえない建物なのだろう。昭和の都営住宅しかり。
この国には公共の建物を素敵なセンスでつくるまともな建築家はいないのか。
それに比べると、ウィーンのフンデルトヴァッサーは本当にかっこいい。
日本にもあのような人の和風版がいたらいいのに。
  6月28日 火曜日

お稽古の後、外へ出ると、待ち構えていたようにツバメが私と一緒に道へ出て、一番近くの電線に停まった。
おや、キミ、南へ行かなかったの。
忘れ物をしたので、上へ取りに行き、戻って来ると、ツバメがもう1羽すぐ近くの電線に飛んで来て停まった。
この子たち、完全に私の存在を知っている。私が外へ出るのを今か今かと待っていてくれたのだ。
なんという感激!
もしかしたら、この二人は夫婦で、これから巣づくりをするのかもしれない。
昨年も2回したから。身体がすっと細いから、以前生れた兄弟なのだろう。
この間ここで生れた子たちは、身体がとてんとして赤ちゃんっぽい体型をしていたから、この2羽とは違う。
フィリピンまで飛んで行ったから、余計な脂肪が落ちて、飛ぶのに最低必要な機能だけを残した、
とぎすまされた身体になったのだと思う。
これからまたツバメとのお付き合いが始まると思うと嬉しい。
この子たちがここの駐車場を飛んでいたのはすぐにわかる。
白い糞が何カ所にも落ちているから。
帰って来てくれてありがとう。
  6月27日 月曜日

井上ひさしの「黙阿弥オペラ」かなり進む。
そうか、そのような人が日本にいたのか。
黒船に乗って、パリの万国博覧会へ行ったのか。凄いスケール。
井上ひさしのヒューマニズム、お礼のお返しを他の人にすることでみんなが嬉しい。
まわすことに意義がある、こういうことが一番大切なことで、これをしないと滞る。
気持ちの流れ、お金の流れが滞るから争いが起きる。
まわす、渡す、次の人へ、そうすることによって、世のなかは潤滑に動く。
当たり前だけれどすごいことで、基本的なこと。

日劇の元トップ・スター西川純代先生から、ハマ・クリ・コンビのことを伺う。
このような機会が持てて本当によかった。
ハマさんにしても、西川先生、神崎先生にしても、ご自分を売り込むことが本当に苦手で、言いたいことは
すべて踊りでお話しなさるという方たちは、本物の舞踊家だから、ちゃらちゃら自叙伝を書いたりできない。
私はこの素晴らしい先生方のスポークスマンとして語らなければいけないと使命感を感じた。
今回は、日劇のお二方に関しては、トップダンサーだったということをはっきり書いたけれど、別の
機会を近いうちに是非つくって、本当のことを書かなければ浮かばれないと思う。
名誉回復のために私はペンで立ち向かなければならない。
  6月26日 日曜日

朝、ツバメが戻ってきた!
教会の昼食会で「さらば、わが愛」をジャズ・ダンスとして踊る。これが本来の方法。
今度、これを日本舞踊で踊る時は、日本の曲でやろう。まだ決めていないけれど。
榎木の庭からトケイソウを切って持ってくる。
テクニック編の「アフロ・アメリカ編」がすべてなくなってしまっていたので、びっくり。
どうしてこんなことがあるのだろう。多分私がなにも考えずに、削除してしまったのだと思う。
どうして最初にバックアップを取っておかなかったのだろう。信じられない。
 6月25日 土曜日

朝方寝転がって真島茂樹の「踊り子魂」を読んだが、どうやると日劇のトップ・スター、西川純代と
神崎一人の名前や業績を一切挙げずに日劇のことが書けるのだろうか。
私が高校1年生の頃、学校の帰りに鞄を持って日劇の春の踊りや、夏の踊り、秋の踊りを見に行くと、
必ず上記二人の素晴らしいダンサーが踊っていて、私の目は西川さんの卓越した踊りの技術に
釘付けになっていた。
レビューを見て、映画「美空ひばりのすべて」などを見て、それからまたレビューを見てというようなことも
したことがあった。
当時の日劇は入れ替え制ではなかったから、一度入場すると、何度でも見られた。
そんなことをしていたから、大赤字を出してしまっていたのかもしれない。
当時の舞台写真を見ると、美しい西川さんの踊りを支える若い男性の踊り手が当時新米だった
真島さんで、しかも、完璧な技の西川さんと対照的に、技術が甘く、型を外しているなと思えたから、
なにかこの本は、当時の日劇を知っている人が読むと変な感じがする。
まるで、フレッド・アステアとジュディ・ガーラントを語らないでミュージカルの話をするようなもの。
ルイジやアルビン・エイリーを無視してアメリカのダンス史を語るようなもの。
出版する前に、誰かに見せて意見を求めなかったのか。
この人が書かなかったのなら、私が西川純代と神崎一人の名前を自分の本の中に登場させよう。
ものごとはフェアでないといけない。

修君が釣りに行ってイワシ、キス、ヒイラギ?、胸が底に平らになったような魚など小さいのをたくさん
釣っと、お稽古のあと登場したので、塩焼きにする。
骨が多くて大変だったけれど、今朝釣って、同じ日の夜に食べるなんて、魚屋さんを通したら絶対に
できないことだから、ありがたくいただいた。
それにしても、神奈川県の海にいるイワシはそんなに小さいものなのか。
お魚やさんのイワシはどうしてそんなに太っているのだろう。いったいどこから獲って来るのか。
キスはビニールパックみたいな皮がついているから、ナイフで上手くとったけれど、天ぷらなど造る時は
どうしているのだろう。
ともかく、おいしくいただき、ごちそうさまでした。
6月24日 金曜日 

今年初めて咲いた朝顔
今朝の強風で、はなびらが少し破けたけれど、季節を運んでくれた。
昨日ツバメがいなくなって寂しかったから、朝顔が今朝慰めてくれたのだ。
多分、ツバメたちから、「ぼくたちのおかあさんを喜ばせて。頼むよ」なんて言われていたのだろう。
この世で一番価値があるのは、四季なのだろう。
縄文人は四季の価値を知っていて、四季が生きるすべてだったと思う。 
四季は支配できないし、永遠だ。
つばめは今頃どうしているだろう。考えるだけで、涙が出てくる。
いよんちゃんが本の整理を完成してくれた。よくやってくれた。
これで何がどこにあるかわかる。作家別に並べてくれたから、わかりやすい。
蔵書目録もつくってくれたから一目でわかる。すごい、こんなこと考えるなんて。
これまでは、捜したい本が捜せなかった。
母が新宿中央図書館や渋谷図書館の副館長だったというのに、私は全然本を整理したことがなかった。
多分父親に似たのだろう。
あの人の本箱は雑然としていてひどかった。

ところで、うちに泊まった人が家に羊を飼っていると言っていた。
日本でそんな人がいるのは驚き。
多分庭が広いのだろう。
カエルがいると昆虫を食べるからカエルを大切にするようにと言われた。
私が思うに、かなり大きなガマガエルが2匹住んでいるように思う。
カエルは、身体が乾くのが嫌だろうから真昼間に出てくることはない。
ミミズも欲しいと言ったら、羊飼いが、ハーブの苗を買うと、鉢に少なくとも3匹は入っているからと言う。
絶対その人からハーブを買いたい。30種類もあるとのこと。
ハーブは長ネギなんかと一緒で、料理をするすぐ横に置いておかないと意味がない。
笹が伸びてきたので、その葉を食べたがる子もいるので、毎回30センチくらいの長さのものを6本切って
持ち帰ることにしている。
それから301号室のエケヴェリアに小さなアブラムシがついたのは、たくさん茂りすぎて、風通しが悪いからとのこと。
そうか、少し減らさないといけないかも。とくにあの自生種のお米のような(そんなはずはない)草。
または、発泡スチロールでいいから、もっと植える場所を増やす必要がある。
6月23日 木曜日 

朝、つばめが巣立った
私に挨拶をしに来てくれたのが嬉しかった。
ツバメに1時間もかけて別れの挨拶をしてもらっている人間がこの世にいるだろうかと思うと本当に
幸せを感じる。
私たちは本当の家族だというのをわかっているから、ツバメは頭がいい。

南榎の庭から今年初めてのトマトを収穫。
やった!3つぶ。直径2センチか。
垣根を隔てた隣のおばあさんに1つぶ差し上げ、2つぶを持って帰りイヨンちゃんと試食。
かわいくて、口に入れられない。ちゃんとしたトマトの味。すごい。
お命下さってありがとうございますという気持ちになる。
まだ緑色のがたくさんあるから、それが赤くなるまで待って収穫するのが楽しみ。 
かわいそうだけれど、あまりに茂ってしまったシダを少し切って、ミョウガに光がいくようにした。
切ったシダは、肥料にする。どんな草でも落ちたトケイソウの花でも、すべて土に戻すから、捨てるものがない。
6月22日 水曜日 

ルイジ写真館を作った。
ただし横長写真だけ。ミルトン・オレアガはルイジだけを撮ろうとするから、どうしても縦長写真が
多くなる。
昨日スイカの小玉を4個買ったけれど、今日の朝ご飯までにすでに1個食べてしまった。
のどが渇いた時にはゴクゴクなにか飲むよりはスイカがいい。
熊本から手作りのお味噌が届き、インゲンでお味噌汁をしたら、すごくおいしい。
工場でつくるものとは全然違い、色も味もまろやかで、大量生産しないで、自分たち一族だけが
おいしく楽しむために作っているからまったく別物。
こういうの食べたら、もう工場で詰めたお味噌は受け付けない。
食パンも竹炭粉入りパンだから、いたって健康的。470円。
保存料を使っていないから、一週間以内に食べないとカビが生える。
らっきょうのたまり漬けあまりのおいしさに、全部食べてしまった。
来週また注文したい。
猫旅館は、別ページにコピーした。日記の中だと捜せないから。
ハマ先生の章を書き直した。
6月21日 火曜日

ツバメの子供たちが大きくなってきた。やんちゃな子が巣の縁に足をかけて、羽ばたく練習をしている。
落ちたら危ないから気が気ではない。また、いつぞやのように、向かいの黒猫の獲物になってしまう。
反対側の巣までの距離は3メートルくらいだろうか、すでに飛べるようになっている。
夜、誰もいない時をみはからって練習をしている。
以前は、反対側の巣は、胸の白い面積が大きなおとうさんだけが寝ている場所だったが、子供が大きくなり、
お母さんのいる場所がなくなったため、両親は反対側の巣で夜寝ている。
子供たちは、まるまると太って、以前ねずみ色だったあごのあたりがオレンジ色に変色してきて、これが
だんだん黒っぽくなると、一人前のツバメとして飛び立って行く。
毎年、巣立ちの日には、自分の育てた子供が遠くへ行くのを見る親の気持ちになって泣いてしまうが、
今年はいつなのだろう。
育つのを見るのが楽しみだけれど、この子たちが見られなくなる日を迎えるのがこわい親の心境。
でも、この子たちはまた戻ってきてくれる。毎年春になると、ここへ帰ってくる。
それはここがこの子たちにとっての一番安心できる家だから。
スイスのハインツが、ヨーロッパのツバメはアフリカまで行くけれど、日本のツバメはどこまで行くのかと
先日聞いていたけれど、南へ行くというのは、どこを指しているのだろう。
海の上を飛んで、フィリピンくんだりまで行くのだろうか。
せっかく過ごしやすい南にいるのに、どうして、わざわざ肌寒いくらいの季節に日本に毎年戻って来てくれのか。
チャイナには行かないようにしてほしい。ツバメの巣を狙っている危ない人たちがいるから。
巣を取られたら卵までやられてしまうから、固体数が減ってしまう。
ツバメの巣や、猿の脳みそや、ハクビシンやイヌ・猫を食べるのをやめてほしい。
6月20日 月曜日 

井上ひさしの「夢のかさぶた」は東京裁判三部作のうちのひとつとは知らなかった。
芝居の中で劇中劇の天皇陛下役の人に、戦争責任を謝罪させ、しかも、退位までさせている。
世が世なら、非国民として特高警察にとっつかまって、刑務所入りだっただろう。
やはり「人生一路」はスタジオ録音盤より、ライブ版の方が数段いい。
それはそうだろう。
ライブは観客の存在の魔法があるから、演者の魅力をもっと引き出すから。
ダンサーも同じ。自分一人で鏡の前で踊っている時より、観客を目の前にするとはるかに良い踊りをする。
猫の物語を書く人が登場して思い切り笑わせてもらった。
すごい才能だと思う。
6月19日 日曜日 

教会。スイス人の東大生、ハインツを連れて行く。
ハインツのサイトを作った。ぱっとしない。実物はすごくいいのに。
どんな人とっても私は実物よりはるかに良く、それなりに見えるように撮る魔法があるけれど、この人は
顔の筋肉の使い方が不自然だから、よく見えない。もう一度やってみれば、よくなるかもしれない。
朝、新宿国連マリカ組のジョーがシカゴから、午後は1日早くフランス人が到着。
これで神楽が楽しくなる。
6月18日 土曜日

嬉しい!
ロサンゼルスのハマ先生からお電話をいただいた。
「ルイジ・ジャズ・バレエの系譜」という章を「ルイジ・ブック」の中に入れようと思い、叩き台として書いたものを
先方にお送りして、同時に質問事項などもお伺いしたいというお願いをしたのが数日前。
まさか、先生ご自身から直接お話を伺えるとは思っていなかった。
ハマ先生のお話を伺ってわかったことは、今までいろいろバラバラな現象として見て来たものが、
ハマ先生という存在を通してひとつに完結したことだ。
そうか、パズルの最期のひとつを真ん中に置くと完成するのだ。
私は自分が自由にどこへでも行かれた時期にハマ先生にお稽古をつけていただけばよかった。
人生は、無駄をしている時にはわからないけれど、あとのなってあの時間が無駄だったとわかることもある。
ハマ先生に直接ご指導を受ける機会があれば、私の踊りはもっと違うものになっていたかもしれない。
しかし、ダンス史作家として、ハマ先生の存在をここに紹介できることを本当に嬉しく思う。

「全国の都道府県の中でも何かと『存在感が薄い、47番目の県』」と揶揄(やゆ)される島根県」 だそうだが、
これは古代出雲王国の存在と重要性を徹底的に無視し、貶めようとする西国弥生政権が行ってきた政策の
結果が今に続いているのだと思う。
出雲は偉大だ、出雲こそ縄文王国の「ヤ」のふるさとだと認めたくない西国弥生政権は島根県を
貶めてきたが、私たちは市民レベルで徹底的に島根県を持ち上げる必要がある。
島根県、頑張れ、私がついている。
しかし、何番目の県などという発想自体おかしいのではないか。
どの県も大切で、何番目に大切だなどという場所はないのだ。
47県どころか、失った千島列島だって、宗谷岬の向こう側の母が少女時代に滞在した樺太だって
全部大切なのだ。
この国にというより、この地球に大切でない場所などあるだろうか。
 6月17日 金曜日
 
猫に着物を着せて写真を撮るほど大変なことはない。
すぐに逃げようとするし、顔をそむけるから写真にならない。
光沢のあるきれいな絹の着物を着ているのに、顔が不機嫌。
今日菊池村から届いたスイカは本当に甘くておいしい。
来週は4個注文する。
ウリみたいなメロンを食べるよりは、スイカの方がはるかに当たりはずれがなくていい。
「人生一路」をつくりはじめた。おもしろくなりそう。
 6月16日 木曜日

私は坂本九という名前を聞くだけで涙ぐんでしまうほど、この方には思い入れがある。
九ちゃんがNHKで司会をしていた「歌は友達」(「回れ歌のメリーゴーランド」の後がまの
番組だったと記憶している。メリーゴーランドの時はいつも西六郷少年合唱団が出ていた)
のもう一人の司会者が伊藤愛子で、三人目の司会者は、我が平多正於舞踊研究所の
スター、坂本信子先輩がブレザーを着て、微笑みながらマイクを持っていた。
私たち後輩たちは、司会をする信子先輩のまわりで踊るのが本当に嬉しかったし、信子先輩が
自慢だった。
信子先輩は、私たちの憧れの的だった。上手で美人で性格が優しかった。
お母様はお医者様だったと記憶している。
九ちゃんは、楽屋で私のような小さな子供にもお話をして下さった。
私の差し出したお菓子も召し上がった。
今では、タレントとその他大勢の子供ダンサーが直接話す機会がないような個室楽屋だから
このようなことは起きないが、当時のNHKではそんなことがあったのは、本当に驚き。
それで、YouTubuの九ちゃんの歌に聞きほれてしまい、ついコメントなんか残したら、こんな
お返事が来た。
九ちゃんのことをよく覚えている人がたくさんいることが本当に嬉しい。
「 私の記憶では、九ちゃんの方が岸洋子よりも早く、こちらがオリジナルです。
九ちゃん主演のテレビドラマの中で歌われました。
それから大分経ってから岸洋子盤がヒットし、レコード大賞の歌唱賞をとり、私もこのレコードは買った記憶があります。
ドラマの中では、バンドボーイの九ちゃんが作曲して普段歌っていたのを、友人の長谷川明夫が取ってしまって、
それが大ヒットするという筋で、九ちゃんの恋人役はデビューしたての加賀まり子で、加賀まり子のデビューも
それなりに話題になり、私は「ねずみに似てるけど、いい女だと思いました。」
私が高校生のときで、今から45年ほど前のことです。
なお、私は九ちゃんがこの曲をレコード化していたことは知りませんでした。
多分、テレビでもステージでも歌ったことはないものと思います。
この音源は、何からでしょうか?」
そういえば、今朝、何気なく見た「徹子の部屋」(ケーブルテレビの朝日ニュースター)
で、
水沢アキのものすごくきれいな息子が、九ちゃんの「スキヤキ
 6月15日 水曜日

井上ひさしの「円生と志ん生」を読み始める。
関東軍が満州を闊歩していた頃の大連の雰囲気がわかって興味深い。
遠藤周作や、山田洋次が大連出身ということを考え合わせると、これは大変文化的なにおいのする
都市だったと
言えるのだろう。
  6月14日 火曜日

朝「國語元年」を読み終わる。
登場人物すべての死について最後に書いてあるが、これはすごい。
途中でお金で言葉を売り渡す場面が出て来るが、非常におもしろい。そしてみんな後悔する。
「何にもしないでおけ。言葉もてあそぶから、悶着が起きたのだ。言葉をいじくってはだめだ。
成り行きに任せるのが一番だ」と会津藩の虎三郎が言っている。
後に虎三郎が書いた手紙の中にこういう箇所がある:
「万人の使用する言葉を個人の力で改革せんとするはもともと不可能なこと。万人のものは万人の力を集めて
行くほか、手段は一切ない。
そのためには一人一人が己の言葉の質を僅かでも高めて行く他、手段は一切ない。
己が言葉の質を僅かでも高めたる日本人が千人寄り、万人集えば、やがてそこに理想の全国統一話し言葉が
自然に誕生するのは理の当然だ」
井上ひさしは自分の言いたいことを、新政府に盾突いて賊軍となった虎三郎に語らせ、東北弁を一切切り捨てた
西国弥生人政府に対して、東国人である自分を含めて、縄文人の末裔である東北人に対する深い愛情を表している。
だからこの本のごく初期の部分に、「奥羽征討戦で、東北土人を二十名斬った」とある主人公の父の「功績」が、
新政府がどのような人たちで構成され、この国がどのような方向へ進んでいくかを暗示している。
そう、この国は今でもまぎれない西国弥生人の政府なのだ。
だから、関東、東北、北海道の縄文人である我々はことごとく違和感を覚えるのだ。

”Fly Mi to the Moon"のボサノバ版にタップの振りを当てはめると、最期のところがボサノバの方が
少し長いので、ターンを加えて上手く処理して仕上がった。
この曲だと制約があるから、延々とターンを繰り返すことができないけれど、別の曲で、ターンをたくさん使った
タップを作ってみたい。
やはり、ヴェラ・エレンやアン・ミラーがすごいのは、ともかく回数をたくさん回っていること。
これはバレエの基礎がある人にしかできないことだから、にわかタップには手の出ないすごいタップにするには、
ともかくターンを入れれば、本格的なバレエ・タップになって、古のタップを楽しめるし、なによりも、踊れば踊るほど
タップもバレエも上手くなるから一石二鳥。

夜母のところへ行き、一緒に食事をする。
母の日にあげた鉢植えのカーネーションがみじめな姿で置いてあったので、持って帰って来る。
地面に直植えしておけば、根がつくかもしれないからやってみよう。
  6月13日 月曜日

震災以来初めてのCM撮影。ああ、長かった3カ月。
最初の2か月は自粛ムードで本当にまいった。
次の1カ月はボツボツいろいろ始まったけれど、誰かがくしゃみをすれば飛んでしまうような小さな
規模のものばかり。
6月に入ってようやく世の中が動き出したことを実感した。
ロケ場所は、目黒区のハウススタジオ、ヴィーナスで、以前おもちゃのトミーの撮影をしたところ。
百平米の大きな庭付きのこの大邸宅は、多分ローンが支払切れなくて、泣く泣く手放した物件を競売で落札し、
内装して撮影用の貸スタジオにしているのだと思う。
これだとテレビ局がいろいろ自分のところでセットを組まなくていいから、楽。
昔はこういうものがなかったから、家具だの鉢植えだのをごっそり自分の敷地内に置いておかないと
いけなかったから、非常に効率が悪かっただろうけれど、私たち子供には良い遊び場になっていて、
撮影の待ち時間に小道具置き場でよくかくれんぼなどをした。
古めかしくおどろおどろした感じがあって、私はあの雰囲気がたまらなく好きだった。
でも一人でいるとあまりに怖かった。
ロシア人のモデルは3週間前にやっと日本に戻って来た。
地震が起きたその途端、外国人が国外脱出をし始めて、Aさんはともかく東京は福島の放射能で
汚染されていると思い込み、新幹線に飛び乗り大阪に行ったという。
そして旅行会社に電話するとウラジオストック行の最後の1枚があったので、それを予約するために、郵便局へ走り、
振込をしたという。
予約の電話から20分以内に振りこまないと、その座席は確保できないと言われたのだ。
普段の倍の金額だったが、日本から脱出できるなら安いものと振込み、翌朝の始発の新幹線で
東京へ戻り、そのまま成田飛行場へ向かい、無事脱出成功。
そうやって8週間もロシアにいたという。
日本人のご主人を放り出して。日本人だから、別に地震に動じず、変わらず仕事へ行く生活をしていて、
全然脱出どころではなかったとのことだが、当たり前だ。
ロシア政府はまず大使館関係者と、ロシア人観光客を優先的に帰国させたので、ロシア大使館は
誰もいなくなって、電話番一人しか残っていなかったとのこと。
ロシア人で日本に在住している配偶者ビザなどの人には救済便がすぐに出ず、やっと1機用意されたのは、
震災の10日後だったという。
その間にほとんどのロシア人はすでに自費で出発してしまった。
ロシア政府としては、ロシアの国に納税していない人を助けてもはじまらないと思ったのだろうと、私はAに説明した。
今日の撮影は、スピードラーニングで、これは石川遼選手がやっていたけれど、道路交通法違反を起こしたから、
多分、CMから降ろされてしまり、急遽新しいバージョンを撮らないといけなくなったのだろう。
あの人は忙しいから、いちいち自動車教習所へ通っている時間などないのだと思う。
本日の男性モデルはスポーツマンで長身、栗色の髪、青い目、整った顔立ち、日本の業界が望むすべてを
持っているから、これから大きく伸びるモデルだ。
写真をチラ見した生徒が、「のわー!なんつー男前!ブラピみたいだ」
と騒いでいたから、このモデルならどんどん仕事が取れるはず。
今までいたドイツ人があまりに筋肉質になり、悪役ばかりやるようになったうえ、原発騒ぎで帰国してしまったから、
事実上、現在の日本のこの業界で二の線で行かれるモデルはこの人くらいになってしまった。
外国人が少ないので貴重な存在。ヤパノロギーをやって、浮世絵を勉強したと言うからおもしろい。
でも自慢のマイセン焼きを、有田焼伊万里のコピーだと私が言ったからむかついているかも。
でもこれは本当、ドイツが日本の焼き物を真似した。
だから、おのぼりさんの日本人がドイツへ行って、ありがたがって大枚はたいてマイセン焼きを買うのもおかしい。
もっと日本の焼き物の価値に目を向けるべき。

ところで、目黒区の鷹番は、将軍の鷹を飼育していた鷹匠等が住んでいた地域だから、当時は思い切り
森や雑木林だったのだと想像する。
鷹匠の居住地域は鷹を飼育する自然林や広野だろうから、田んぼや畑などはなかったに違いない。
こうした住居表示はその地がどのような歴史的な役割を果たしてきたかが一目瞭然だから、絶対に安易な
何丁目何番何号という便利一辺倒の新住所にすべきではない。

ビジンさんが石垣島で買って来たパイナップルをいただき、甘くて美味しかった。
このような素晴らしいものが国産であるのだから、もう大手アメリカ資本のパイナップルをフィリピンや南米から
買う必要がないと、日本の消費者がアメリカに「ノー」と言わないと。
アメリカ資本のパイナップル農場は奴隷制度の別の形態だから、バナナやパイナップル栽培を通じて、
第三世界は世界の農作物を支配するユダヤ資本の有名果実会社から搾取されているだけで、日本は
購入することでその制度温存に貢献していることを恥ずかしく思わなくてはいけない。
石垣島産の方がフィリピン産より高くても、国産を買うことで日本の農家を助け、国際農作物支配会社に
打撃を与え、第三世界の農民の自立・独立を助けることになるから、国産品を買うことに大きな意味がある。
私た日本人は石垣島パインを核にして、世界の奴隷制度に反対していかなくてはらない。
サンキストを買わずに、広島産レモンを買う。
宮崎産マンゴを買う。和歌山産や福岡産のキウイを買う。
これが大切。
ただし福岡産の物は地元で作っていなく、あっちから輸入した可能性もある。
ともかく輸入品のキウイは防腐剤をたくさん使用しているのかなかなか腐らないから、これが危ない。
野菜果物、生きているのだから、腐って当然。
腐らないものを食べるのは危険だと思う。
 6月12日 日曜日

教会へ行く前に、畳屋さんからいただいたお花の写真を手紙を添えて持って行った。
そうしたら連絡があって、昨年1枚頼んでいたのを預かっているという。
海外へ行く直前に依頼したようだ。昨年は4回行ったからどの旅行かわからない。
おやおや、長いこと忘れていたようで、本当に申しわけない。
今置けるとしたら、204の窓際部屋しかない。
または、牛込柳町という手もある。どしらにしよう。
フローリングに畳を置くのはかっこいいけれど、気をつけて空気にさらしていないとカビが生える。

信じられないほどたくさんのメールを色々な人に送りつけ、電話をかけまくり、オフィス・マリカ業務。
明日の撮影のキャスティングがなかなか決まらず難儀をしたけれど、これでやっと決定。
 6月11日 土曜日

管が辞めさせられたら、途端に原発賛成派が力をつけるから、管はしぶとく長くやるべき。
自民党は原発利権でおいしい汁をさんざん吸ったから、その続きをやりたくて仕方ない。
福島を見て、メルケルは潔く原発をやめた。
どうして原発被害者を出している日本がそれをしないのか。
メルケルを見習えばいいのに。
原発やめると言ったら「あの人たち」に殺されてしまうから、それが怖くてみんな原発は安全だなんて言って、
太鼓持ちやっているのだと思う。
日本国民全員に対して、原発賛成か反対かの直接投票をして欲しい。
絶対に反対が多いはず。票の操作などされなければ。
でも第三世界や合衆国では操作は当たり前だから、日本でもそんな国民投票したら、雇われたプロが
証拠も残さずに票を操作するかもしれないから怖い。
原発反対の市民集会やデモが今週末新宿駅であったようだ。
昔のベ平連のフォーク集会みたいなことをして人目を引くのは良いと思う。
電動でない自転車で牛込柳町の坂を上ったけれど、いくらギヤがついていても負担だから、やはり、
電動自転車か原付バイクでないと乗りたくない。
  6月10日 金曜日

毎日井上ひさしの「國語元年」をおもしろく読んでいる。
これほど方言が豊富なのは、日本に到着した渡来人の出身国の言語がまちまちだったからだと
説明していたのは、景教オタクのケニー・ジョセフの息子の本「隠された十字架」だったかな、だけれど、
東北がズーズー弁に訛っているのは、絶対に寒い空だけではなくテンプル騎士団のフランス人たちの影響がある。
今週は、熊本から野菜が届いたのが今だから、すぐに次の野菜を注文することになってしまう。
スジナシインゲンなる長さ20センチもの豆があるとは今日の今日まで知らなかった。
農家から直接買うと、新しい野菜と出会えて嬉しい。
ごぼうの甘酢漬けなど、この農家と出会わなかったら、一生口にすることもなかったかもしれない。
先週の日曜日のルーテル中央線沿線7教会祭の時のサイトをつくる。
ジャパン・ダンス・アートのリンクはひどくて、どこへ飛ぶのかわからない。どうにかしたい。
  6月9日 木曜日

美しい洗足池。
日蓮上人が足を洗ったから洗足池だと話には聞いていたけれど、本当なのだろう。
ここから池上の本願寺へ向かう途中だったとこのこと。
ということは、中原街道という道は非常に古い道だということが言える。
せっかく行ったのに、カメラの中にメモリースティックを忘れてしまい、仕方なく携帯で撮った写真だから、
いまいちぱっとしないホームページになってしまった。
次回行く機会があれば、今度はちゃんとしたカメラで撮影したい。
都内とは思えないようなところだ。上野の不忍池とは大違いの静けさ。
昔はここのお寺で鹿を飼っていたようだけれど、もういないのだろう。
そういえば、名古屋城でも昔、鹿がいたけれど、今でもいるのだろうか。
鹿は一番最初にお釈迦様の講和を聞いた動物だから、欠かせない動物なのだろうけれど、飼育が面倒
なのだろう。
洗足池のまわりを歩かせればいいのに。
ここが大池で釣り堀のあった小池と対になっているとのこと。
それにしても両方の池が、いまだに湧水が沸いているというのは素晴らしいこと。
川が流れこまなくても自然にきれいな水で常に池が安定している。
ボートなんか漕ぐと水が汚れるから、見るだけにした方がいい。
今度ゆっくり袈裟掛けの松とかいろいろな歴史的なものをじっくり見たい。
  6月8日 水曜日

私は芸術と社会生活を同時進行できないから破滅型というのだろう。
ゲーテはそれをちゃんと両立させていた。高橋健二先生しかり。
久しぶりに太鼓屋さんに会ったら、ハーゲンダッツを買って来てくれた。
いただきものの場合は外国資本のものを口にするが、自分で買う時には国産品しか買わない。
全日本国民がそれを実行したら、日本の第一次産業従事者は楽になるだろう。
自分の国の食料生産者を苦しめるようなことはしてはいけない。
夜、日本テレビの「SCOOPER」がサンバ衣裳を借りに来た。
東日本大震災以来、サンバの依頼はまったくなかった。これが最初だから嬉しい。
最後の使用したのは3月8日だから、3か月間サンバを一度も使わなかったことになる。
けばくて、きれいで楽しいことをたくさんしないと人間は嬉しくないから、衣装だけではなく、ダンサーも
セットでどんどん使ってほしい。
  6月7日 火曜日

初めて琵琶の実が生った。何年経っただろう。
琵琶を食べて植えて、芽が出て、プランターで数年育てて、神楽坂の庭に植え替えて更に数年。
他の家の庭のたわわに生る琵琶の木を見るたびに、どうしてうちのまだなんだろう、一度も実が生ったことがない、
まだ若すぎるのだろうか。
もも栗3年、柿8年だけれど、琵琶については言及していない、もっとかかるのだろうか。
琵琶は、プランターに何年植えておいてもだめで、地面に植えてはじめて正式に成長するのだと思う。
神様の恵みと大地の栄養をたくさん受け取り、琵琶は直植えされて本当に嬉しかったはず。
私は植物のために庭付きの家を借りているようなもので、考えればすごい道楽。
本当は広い畑が近所にほしい。
そしてさくらんぼなんかも植えたい。

新宿法務局へ登記簿謄本を取りに行ったら、印鑑証明のカードだけで登記簿が取れるような機械が設置されていた。
その機械にお金を入れるところがないから捜したらない。
なんのことはない、その機械はどんな書類が何枚ほしいですよということを知らせるだけのもの。
その後、いつものように窓口でお金を支払って収入印紙を購入。
なんだ、それでは以前と同じではないか。
完全雇用しないといけないから、そこに職員2名置いておかないと。
だから、あまり機械化しない方がいいかも。

日が暮れてベランダに一歩足を踏み出した途端、靴下の下が濡れてしまった。
今日は雨が降っていなかったのに、オヤ、と思った途端、アッと叫びそうになる。
足をどけてみると、やはり..........半分ペチャンコになったナメクジが。
もういなくなったものとばかり思っていたのに、どこかに隠れ住んでいたのだろうか。
でも、ナメクジにしてみればいい迷惑。
気持ちよく涼んでいたのに、いきなり踏みつけられた。命がけの夕涼みだった。
以前よく、ナメクジやダンゴ虫を私の枕の傍に戦利品の貢物として持って来てくれる心優しい息子のことを
褒めてあげたけれど、今はベランダに出していない。
落ちたら22歳だからもう命はない。それでも家の中で平気でテーブルの上に乗ってこちらをひやひやさせる。
  6月6日 月曜日

「ハイヒールは仙台では全く売れない」。三越伊勢丹ホールディングスの石塚邦雄社長、というのを読んで納得。
当たり前だ。私も最近、楽なものしか履かない。
フランスのハイエナ、アルバ社の装置を福島原発の汚染水処理に今日から入れて作業を開始するとニュースに書いてあった。
とすると、日本のナントカ大学の先生の研究とか、日本ポリグラムのことはどうなってしまったのだろう。
日本企業なら1トン5万円でできる。どうして、日本の企業が原発処理に一役買っていることを何も言わないのだろう。
日本の企業が1トン5万円で処理していることが知れたらまずいことがあるのだろうか。きっとそうだ。
アルバ社だと2億円。日本企業だと5万円。
本当はアルバ社を使ったことにして、実際は日本企業のなんとかという汚染水処理薬を使用して5万円しかかかっていなく、
国民には1トンの処理料2億円だから、法人税も、消費税もなんでもアップしますよと納得させる。
そしてその差額を関係者で分ける。
そんな非常識なことが本当に起きるだろうか。
国民は、被災者の姿を毎日見せられているから、サブリミナル効果で、あの津波の映像、避難所の人々の生活の映像、
川で洗濯をするおばあさん、さまよっている牛やイヌ、破壊された原発の建物、それらのものが脳の中で一緒になってそして、
どんな増税でも受け入れる脳の準備ができていってしまうとしたら怖い。
今は、政府にとっては増税するまたのない良い機会なのだ、今を逃したら、増税のきっかけがなかなか作れない。
どうして消費税が増税されるのにみんな平気なのだろう。
私は困る。
私の他にも困る人がいるのだろうか。
仕方がないと我慢する人ばかりなのだろうか。
年貢をお上に差しだしていた江戸時代の農民時代と気質が変わっていないのだろうか。
私は江戸時代なら口封じのために、外濠に沈められたかもしれない。

和歌山県でイルカが死んだ。
ショーの訓練で跳び上がった途端、着水に失敗してコンクリートに叩きつけられて即死だったという。
どんなにか痛かったことだろう。どれほど海へ帰りたかったことだろう。
もう、ここらへんで、イルカのショーはやめにしないか。
自由な生き物であるイルカを海から連れて来て、狭いプールで買うだけでも十分に虐待なのに、それに芸を教え込んで
人間のお金儲けのお先棒を担がせるとはなにごとか。
動物は人間のためにいるのではなく、人間は動物を守るように神様から仰せつかっているから、大切に守らなくてはなんらない。
イルカが見たければ海へ行けばいいではないか。
海で見られなかったら、映像で見ればいいではないか。
見たい動物の場所へ行けばいいのであって、お金に任せて見たい動物を人間のところへ連れて来るのは間違っている。
私は自然党(本部:新宿区猫旅館内)の党首だから、動物が苦しむことは絶対に許さない。
イルカにそのような苦しい思いをさせた人間をイルカが死んだのと同じやり方で処刑する。
そうでもしないと、動物虐待は際限がない。
福島原発20キロ圏内の動物放置も許せない。かわいそうな動物たち。
国内にいる悪人を掴まえてあの中に放置するというのはどうだろう。
犯罪率低下につながるだろう。
  6月5日 日曜日

ルーテル市ヶ谷で恒例の中央線沿線ルーテル7教会祭。
ことしは「川の流れのように」とルイジの「さらばわが愛」、「シング、シング、シング」。
「さらばわが愛」は伊藤道郎みたいに2枚扇で振袖でやったのだけれど、曲をもう少し遅くするべきだった。
または、ボール・チェンジを正直にしなければよかった。
後悔している。ルイジの振付をその通りにやらなければよかった。
振袖でパ・ド・ブレ・ターンをすると、袖が風を含んで速度が鈍り、扇が2枚あると、見栄えがいい反面、
処理に難しい。
ターンを端折ったりした箇所もあったけれど、ほぼ正確に振付を踊ったため、落ち着いて見ていられない。
マレーシアで「上を向いて踊ろう」でサテン・ドールをした時くらい、スローに徹すればよかった。
  6月4日 土曜日

今日は朝からあたふたと明日の準備。練習。
  6月3日 金曜日

恐れていることが起きてしまった。井上ひさしの「黄金の騎士団」の最期の頁まできたのに、
物語が終了していなく、未完のままだった。
しかも、あとがきも、解説もなく、いきなり放り出された気持ちになった。
「黄金の騎士団」は若葉町や、新道通りや、上智の土手や外濠公園がそのまま私のふるさと生活圏だから、
ある意味、これまでに読んだ最高の郷土文学だったので、やるせない気持ち。
下町ではない、山の手の江戸っ子気質や、上方に対しての江戸(東京)のアイデンティティとこだわり、そういうもの
すべてが自分の血の中にあるから、わくわくして読んでいたのに本当に井上ひさし先生の早すぎる死は
この国の文化にとって大きな損失。
それにしても「少年の町」はすばらしい発想だ。
「群集劇のプロデュースをお願いしたい」というくだりでは、涙が出てきた。そんな表現の仕方がある、すごい。
多分、文夫君の遺言とも言える先物相場で大きな利益を得た孤児たちは、政治家の献金集めパーティーで
保安林指定を解かせる方向へ持って行き、「モスラ」に出てきたジェリー伊藤みたいな人物、ここでは、
国際ユダヤの
象徴ともいえる人物ブレンジャーはなにかつまらないことでドジをして日本の警察につかまってしまい、
咲花村に土地を買い、子供の理想の王国を建設し、新宿区若葉町の常設劇場では、子供歌舞伎を上演する、
そして福祉に頼らないで、自分の人生を自分で切り開いていく強さ、どんな生まれだろうが、孤児だろうが関係ない、
そのあとに受けた教育が正しければ子供は強く賢い人に育ち、これは青葉孤児院の物語ではなく、日本の物語、
この国の未来に託した井上ひさし氏の夢なのだということが感じられる。
年老いた院長先生夫妻を大切に扱う子供たちの健気さ、違う世代の人たちが一緒に活動することで学ぶことがある。
大好きな人たちがまわりにいる、それは必ずしも血の通った家族である必要はない、心がつながっていればいい。
お金は貰う側ではなく、出す側になったとき俄然その威力を発揮する。
青葉孤児院の例にならい、日本のそして世界の子供たちが自分たちの足で着実に歩み始める。
心の美しい人々がその国の中心にいて発言権を持っていれば、国は誤った方向へ暴走することがない。
世界は正しい方向へと進んでいく。必要なのはやさしさだ。
というような結末を誰かが続きで書いてくれないのだろうか。
井上先生のご遺族か弟子がでいいから、書いてほしい。私は最後まで読みたい。
読む楽しみは映画とはまた違う。
私は付箋を貼ったり、赤い線を引いたりして、好きなところは再度読んだりする。
だから好きな長編小説を途中で終わるのは本当に辛い。「グロウブ号の冒険」がそうだったけれど、ひさし氏は、
未完の作品が多くあったのだろう。
ひとつひとつ順番に書いていくのではなく、同時進行でいくつも書き進めていくだろうから、そのようなことになるのだろう。
若葉ホームで育った子供たちは、素直で、拾い親や名付けを愛し、尊敬し、親のいる子供よりよほど愛情豊かに
育てられ、結束が強く、正義感に溢れ、頭がきれて、なによりも心がきれいで感動させられる。
日本中の子供が若葉ホームの子どもだったら日本の未来は明るいだろう。
お米の自由化問題、文化や演劇が国に対してできることなど、井上ひさしのこの国の未来にたいしての
愛と希望に満ちた素晴らしい作品だ。なんどか涙が出てきた。
「このドラマは演じようとしてはいけない。みなさんにはそれぞれ訳が与えられている。
その役に生きるという気持ちでやってみて下さい。役を演じちゃいけない、役を生きるのです」
これはすごい。
「悪い子などというものはいない」とか「重くなんかない、ぼくの弟だもの」も泣かせる。
ひさし氏の「あにおとうと」を読み始めた。これは以前紀伊国屋で上演を見て、笑い泣かせてもらったけれど、
もうかれこれ数年前のことだから、読んでみて、ああこういう場面もあったなといろいろ再発見している。
氏の他の作品も再度読んでみる必要がある。
 6月2日 木曜日

3階に滞在しているフランス人が、来週の5泊も予約してくれた。本当に嬉しい。
丁度作っていたところだったので、ご一緒にどうぞと朝ご飯をごちそうした。
そうしたら、かぼちゃと茄子のお味噌汁に感動して、これらの野菜を食べたのは生まれて初めてだと言っていた。
かぼちゃは見たことはあるけれど食べたことがない。茄子は、そういうものがあるということは知ってはいたけれど、
今日まで食べる機会がなかったという。
いつも何を食べているのと聞くと、ピザとコカコーラだという。なんということ。
フランスの国営放送では、日本は放射能だらけで危ない日本へ行くな、仕方なく日本へ行く人は、
日本のものを食べるな、飲むなと言っているとのこと。
日本の放射能汚染を強調することで、フランスのアルバ社の行動を正義のために、人助けのためにという
大義名分をつけるのだろうということは見え透いている。
フランスは純粋にお金のためにやっているのであり、国家予算の4分の1の収入を今回の福島ビジネスで
確保しようとしているからもう必死だ。
外国に依存しない、日本の技術で解決してほしいから、日本ポリグラムに期待している。
金沢大学の先生の放射能水を浄化する費用が1トン5万円という先生の技術ももとは、日本ポリグラムのようだ。
こういうちゃんとした日本の会社が活躍することでアルバ社を日本から追い出したい。
フランスは儲けたければ、原発ビジネスのようなキワモノ業ではなく、お得意の文化を売るようなことに徹するべき。
 6月1日 水曜日

野菜がたくさんありすぎて、早く食べないといけない。
こういう強迫概念はいい。
菊池村から直接買うまで、野菜は本当に食べなかった。
くだものしか買わなかった。
野菜は面倒だから無視して、果物と肉魚、果物と炭水化物というような組み合わせで長い間過ごしてしまった。
その私が野菜を毎週届けてもらっている。今回は、ごぼうの甘酢漬けや、たけのこの水煮も入っていて、
面倒臭がり屋の私たちのためになるみさんが手をかけて下さっている。
本当にありがたい。
それでも、葉物は面倒だからなるべく入れないでと頼んである。
そら豆はいい。剥いて茹でるだけ。
皮は捨てずに榎の庭の肥料にする。
今週は台風で雨が多いから水遣りに行かなくてすんで、助かっている。
  5月31日 火曜日

今日は本当に記念すべき日。
東日本大震災以来誰も来なかったサイトからはじめて人が来てくれた。
フランス人で本当に感じの良い人で、日本が大好きだから観光旅行に来たという。
前回は竹橋の辺に泊まったけれど(ということは4つか5つ★だ)今度はここに来たとのこと。
こういう人がどんどん来てくれれば日本の観光産業にどんなに助かるか。
3月から夏にかけてどんどん人が増え始めるはずの今年は一番いい時期にがら空きになってしまったから、
これからどんどん取り戻さないと。でも最低の料金に設定しているから満杯にならないと利益は出ない。
利益でなくてもとりあえず、人が出入りしている状態にしないとお化け屋敷になってしまう。

ところで、私はアメリカのアカデミックなダンス史のパイオニア時代で3名特出すべき人物がいると思っている。
1)ディアギレフ・ロシアバレエ軍団(みんなそこから来ているので個人の名はいいとして、
グループとして。ロシア、西欧)
2)伊藤道郎 (ドイツ、日本)
3)イサドラ・ダンカン(アメリカ本国)
1と2は外国人だから、アメリカ本国出身者は3しかいなく、アメリカ人は、この人を
モダン・ダンスの母と解釈している。
それなのに、編集者が私の書いた原稿からその名前をその前後の文章と一緒にばっさり削ってしまったことを
昨夜発見し、唖然としてしまった。
アメリカが文化的に遅れた地帯であることを強調するために、アメリカ人がアメリカのダンス史に
名前を残すことを意図的に排斥しようとしているのか、モダン・ダンスそのものを憎んでいるのか
理由はわからないが、
もう校正するのが嫌になって昨夜は仕事をやめて、井上ひさしの「黄金の騎士団」の読書をした。
本塩町の目の前が坂町だから、坂町マンションなんていうのが出てきたりすると、もう他人事とは思えなくなって
しまうから、真剣になってしまう。坂町は昔は商店街らしきものがあったけれど、今ではお店はない。
四ツ谷駅のところに寂れたひなびた個人商店を寄せ集めた四ツ谷市場があったけれど、今では
駅ビルになって洗練されてつまらない。
とにかく、イサドラ・ダンカンについては、大学院生時代に舞踊学会(筑波大学)で発表したことがあり、
イサドラの業績と行動力を高く評価している。
多くのアメリカ人舞踊家たちにとっても、この人は女神のような存在で、日本にもファンが多く、
「裸足のイサドラ」の本は舞踊関係者なら必読書として読んでいる。
編集者がイサドラ・ダンカンの箇所をあのようなかたちで削除したからにはなにか大きな原因が
あるに違いない。

原発の放射能汚染水だけれど、日本ポリグル株式会社というところができそうだということが
ネットでわかったので、そこの会社にお便りをしたら、なんと社長さん自らお返事を下さった。
それによると、XX大学のXX先生の技術は数年前に日本ポリグル株式会社が開発した技術だとのこと。
フランスアルバ社に1トン2億円の支払いをするために日本政府は消費税率を倍額に上げるけれど
、そんなことされたら私たちは生きていかれないから、なんとしてでも世論の力で、フランスアルバ社ではなく、
日本の会社にこの業務を委託するような方向へ持っていかないと、日本は経済破綻だ。
日本ポリグル株式会社や、XX大学のことを知らないから、日本人はみな仕方がないという顔でフランスの
内政干渉のニュースを渋い顔をして見ているのだと思う。
行動を起こさないと。
  5月30日 月曜日

うわあ、楽しい、井上ひさしの「黄金の騎士団」の舞台は私にとってはまさに郷土文学といったところ。
四ツ谷、外濠通り、坂町、若葉町、新道通り、牛込柳町、イグナチオ教会、半蔵門、ひとつひとつの場所が
自分にとっていろいろな思い出を持つ特別な場所だから、もう夢中で読んでしまう。
「あんたも聖母の騎士の一人なのですよ。早くよくなって、そして早く大きくなって、マリア様のお役に立つような
立派な騎士にならなくちゃいけませんよ」という若葉ホームのおばあちゃんの言葉には泣かされる。
ただし、心を鬼にして起きないと一日が始まらない。
楽しむための読書は夜寝る前に寝室で、そして早朝はベランダ側の部屋で太陽光を使ってと決めているから、
それ以外の時間は通常は業務があるから読書ができない。
この決まりをつくっておかないと、私は業務を放ったらかして読書三昧に耽るだろう。

フランス人のルイスと神楽坂芸者検番の近くの鳥茶屋でお昼を食べる。
外国人と行く時は、広い広間で着物のおねえさんたちがきちんとした立ち振る舞いで行き交う二階の畳の方が
いいから通常は一階には座らないで、下駄番の番頭さんに履物を預けて二階へ上がる。
こういうことも良い勉強になるだろう。
昨年ジェラルドさんと来た時は2時を回ってしまったので食べられなくてお寿司にしたけれど、今日は、ルイスが、
魚は自由に海を泳ぎまわるから、福島の海へ泳いで行った魚かもしれないから、お寿司は食べないというので、
苦肉の策でここにした。
まるで江戸時代のような内装と、男女従業員全員が昼ごはんからすでに和服という強烈な和風ポリシーが
この街にぴったりくる。
私は神楽坂にはファミレスとかパチンコとかいらないと思う。コンビニも邪魔。
天下の牛込見附の御門の前に、カタカナの店はいらない。
雨が止んで急に強烈な太陽が照ったので、私はノースリーブの夏のワンピースで行ったのに、食べ終わった頃、
急に寒くなってまいった。ジャケットでも持って行けばよかった。
南榎の庭へ行くと、なんと、インゲン豆6本、枝豆2個、緑のトマト6個、さやえんどう4個を確認した。
東京産とは言わない。あきるの市みたいな山や桧原村だって思い切り農業をしているのだから。
新宿産でも甘い。新宿区は山の手線の外側の神田川に沿ったあたりはもうダサダサで田舎っぽく、有り余る土地に
なにか植えている可能性もあるから、ここは敢えて新宿牛込産とした方がより正確。
そのうち新宿牛込産野菜のホームページをつくる。
そして、え、そんなところで野菜ができるのという人々に写真入りで紹介したい。
今はとりあえず、植物サイトに写真を掲載するくらいしかできない。
東京都民は国会議事堂の前の広場だって、外濠公園だって耕して野菜を作って命をつないだ経験があるから、
牛込の民家の庭で作るなどなんでもない。

ところでかまいたちではなく、ヤフーモデムによる低温やけどで首のうしろの毛をごそっと失ったアナスタシアは
治りかけてきて、痒くて仕方がないから自分の後ろの足の爪で蹴っ飛ばして掻くから、せっかく治りかけたところが
また開いてしまいなかなか治らないと思っていたけれど、今日よく見ると、薄いねずみ色の綺麗な毛皮が
すでに1センチくらい生えてきている。
回復する速度の方が悪くなる速度より数段早いから、あと数日で治るはず。
痒いとかわいそうだから、傷のまわりをやさしく掻いてあげたら、グルグルと言いながら、背中を床につけて、
きれいな白いお腹を見せてへそ天をしてくれた。
大切にされていることを本人がよく理解しているから、治りも早いのだと思う。
そういう私も治りかけた足に昨日一日ストッキングを履いていて、それが傷に直接触れたものだから、
ストッキングを脱いだらせっかく膜が張って治ってきたかなと思われた傷口が引っ張られて開いてしまい、
血が出てしまったのがおやおやと思ったのが昨夜だが、やはり、生き物は回復する速度が速いから、
今朝になったら完全にかさぶたになっている。
 5月29日 日曜日

教会のお昼ご飯の時に、来週の中央線沿線教会合同市ヶ谷まつりで、最期のプログラムに東日本大震災の
被災者に捧げるために、最期に市ヶ谷教会として宮澤賢治の「雨にも負けず」の朗読をするとのことで
一緒にやりたい人を募っていたので、まっさきに申しこんだ。
この詩に最初に出会ったのは玉川学園中学部演劇部のセリフ練習用教本の中だった。
当時の演劇部は管先生というとても良い先生が指導していた。
高等部の時に劇団風の子養成所の第一期研究生になった時、演出家の関谷幸雄がこの詩に動きをつけて、
斬新な振付で朗読をさせて下さった。
共産党系の劇団なのでこういう東北の農民のための詩はまさにうってつけの題材だった。
銀河鉄道の夜」(劇団民芸)や「風の又三郎、ガラスのマント」(伊藤俊也監督)などの賢治作品に触れる機会が
あったが、後に井上ひさしの「宮澤賢治に聞く」を読んで、賢治の実像が目の前に賢治がいるかのように
ひろがっていった。
今回の「雨にも負けず」のほとんどは、十代の子供たちがやるそうで、大人はほんの少しの部分しか朗読させて
もらえないようだが、それでも構わない。
どんなかたちであれ、宮澤賢治の作品に直に触れることができるなら、とても幸せだ。

教会の帰りに南榎の庭へ行ってみたら、なんと、さやいんげんが4本なっていた。
さやえんどうも、2つ!
すごい!生まれて初めて。
トマトは直径2センチくらいで、相変わらず緑色。
ほんの1週間でこんなに変わったとは、やはり雨のお蔭。
毎日雨だと根腐れを起こすから、明日晴れたら最高なのに。
でも多分無理だろう。
明日カメラを用意して行こう。植物サイトは最初につくった日以来全然進んでいない。
スイカやメロンの皮を肥料にしようと思って土に置いたけれど、本当はスコップで穴を掘って埋めないといけない。
でも面倒なのでただ土の上に置いた。竹酢を撒かないと、虫が発生するだろう。
隣の家から苦情が来ないとよいのだけれど。

アマゾンのマーケットプレイスで井上ひさしの「黙阿弥オペラ」を買ったら、出品者から、このようなメッセージが
届いた:
 はじめまして。このたびは本書をお求めいただきましてありがとうございました。
 早速、クロネコメール便にてお送りします。
 私見では井上さんは昭和が生んだ最高の戯作者のおひとりだと思われます。
お亡くなりになる前に最後に観た舞台が一昨年の紀伊國屋サザンシアター での「太鼓たたいて笛ふいて」でしたが、
これからも機会あるたびに井上さんのすぐれた作品に接したいと思っています。
----------------------------------
普通の本屋のサイトだったらこんなメッセージは来ないけれど、個人でしかも井上作品が好きな人だから、
このように書いてくれた。そうか、井上作品好きな人は、読むだけでは物足りず、実際に劇場に足を運んで
作品を楽しむ。
これこそ故人が私たち観客・読者に求めたこと。単なる娯楽にしてしまわずに、もう一歩踏み込んで、
井上ひさし流のやり方で世界を良くしていくことを自分にできるやりかたで実行していくこと、そうすれば
この井上ひさしが遣り残したことを残された私たちが肩代わりしていかれるかもしれない。
5月28日 土曜日

朝からずっと雨。
植物がいい具合に育って嬉しい。
根から3センチのところを水曜日に植えておいた細い長ネギ6ほんのうち、すでに1センチ5ミリ伸びているのがある。
これは1日5ミリということになる。
このまま放っておけば、20センチくらいはすぐに伸びる。
この生命力はすごい。
お稽古の合間のお昼ご飯との時にテンコさんが、タラの芽を摘むときは二つ一緒に積んではだめで、
1本だけ摘み、もう片方は来年芽を出す時のために残しておかないといけないと聞いていると言っていた。 
わかる、わかる。再生速度以上に収穫してしまうと、その植物の勢いがなくなり、生命力が弱くなって
もう再生能力を失う(私のクレソンやパセリのように)から、縄文人の知恵としては、なるべく最小限その時に
必要なだけ採ってあとは、放っておくようにしないといけない。
だから以前に植えた方の長ネギは、もう採らずにそのままにしてあるので、だんだん勢いを盛り返してきた。
最近カラスが多い。
5月27日 金曜日 

柏葉幸子の「気積み村」、「ザクロの木の下で」、「『信用堂』の信用」、「父さんのお助け神さん」を
読んだが、ザクロが一番面白い。とても良い話で、涙ぐんでしまいそう。
だから、そこで終わりたくない。
違うシチュエイションでどんどん別の話が展開しているのが残念。もっとひとつをつっこんで、じっくり読みたい。
私はドイツ文学を遊びでかじってしまったため、同じテーマでずっと長く展開して、主人公が何年も年月を
経ていくのが好きなので、短編は物足りなくて。何日にもわたって同じ本を読み続けるようなのが好き。

夕方お稽古の後、いよんちゃんと一緒に階下に降りてツバメを捜したけれどいなかった。
昨日はあの騒ぎがあったから、ツバメはストレスで帰って来なかったのだろうか。
30分後に再び階下へ行ったら、私のツバメが戻って来ていた。
どこへ行っていたの昨夜はと聞くと、バドミントン騒ぎでうるさかったから、東京監獄市ヶ谷刑務所
処刑場近くの大きな木にスズメたちと一緒に夜を明かしたとのこと。
この子が戻って来なかったら私はどれほど破廉恥な行動に出ていたかわからない。
無事に帰って来てくれて涙が出てきた。
私のことをおかあさんだと思っている。人と一緒だから姿を見せなかったのだろう。
ツバメのために泣く人間を見てツバメはどれほど嬉しいことだろう。
自分のために心をかけて泣いてくれる人間のおかあさんがいることを、このツバメはとても誇りに
思っていることだろう。
だから、毎年戻って来てくれる。または、この子は昨年来たこの子供なのかもしれない。あそこの建物に
巣をつくれば守ってくれる人がいるから安全なのよと教えられて来ているのだろう。

台風が来ると思っていたら、まだ来ない。太陽が消えてしまったような変な天気の一日。

信じられないことだけれど、いろいろ見たけれど、昨日朝日ニュースターで言っていた、1トン5万円で
原発汚染水を処理する薬のことをどこも言っていない。
この薬を使用したら、日本は早く助かるからすぐに始めてほしいのに。
しかし多くの人々がこの薬によって莫大な損をするから、いろいろと邪魔が入っているのだろう。
フランスから仰々しくいろいろ運搬することになっている船会社は、すでに輸送を開始しているわけだし、
船舶のキャンセル料は莫大なのだと思う。
ジョン・F・ケネディを殺したのは、ユダヤ人がフランス秘密警察のスナイパーを使ってやったという本を
読んだが、フランスは暗殺技術に優れているから、この薬を製造している場所を開示したら、すぐに
爆撃かなんかされてしまうから、むしろ反対に仏大使館や日仏会館の隣の民家とかで密かに製造する方が
いいかも。
この民家が爆撃されたら、必然的に仏大使館や日仏会館もとばっちりを食うから、こういう時にはむしろ
敵の隣でことを行う方が得策かも。
世界の国々が原発離れをして、フランスのアルバ社は今後の傾向として儲からなくなっていくから、最後に
どかんと一発福島で儲けようという算段だったけれど、それを食い止めるのが日本人みんなの使命。
早くこの問題を終わらせて元の姿に戻りたい。
ところで村山とんちゃん爺の時にはどうして誰もとんちゃん爺の悪口を言わなかったのだろう。
やはりあの村長さんみたいなところと、社会党だったというのがよかったのかもしれない。
  5月26日 木曜日
 柏葉幸子「ミラクルファミリー」の「たぬき親父」と「春に会う」おもしろい。
設定がおもしろいから、もっと長ければいいのにと思う。

 1トン5万円で放射能除去できる技術を日本のなんとか大学の先生が開発した。
フリーメイソン王国仏国は日本の悲劇をビジネス・チャンスと見て、国家予算の4分の1の財源を日本から
確保できると、福島の原発事故以来笑いが止まらない。
だから早い時期にアルバ社の女社長がさっそく乗り込んで来て商談をしていたのを、日本国民は皆、
マッカーサーがやって来たのと同じくらい嫌な気持ちで見ていた。
アルバ社は、1トン1千万円だか1億円だか数字が大きすぎて忘れたが、信じられないような価格で
放射能を除去する装置をすでに福島に運び込んでいる。
日本はいいカモにされているから、仏国の強引な営業をただちに断るべき
なんとか大学のなんとか先生の、1トン5万円の薬でこの一件を日本人の手で解決しよう。
フランスは出て行け。
なんとか先生の所属大学や顔写真まで朝日ニュースターで公開したのは大きな間違い。
その筋の人に殺されないように、朝日は責任が持てるのか。
身辺警備をつけ、また万一の場合に備えて、その技術を複数個所に保管、またはネットで公開し、
不測の事態に備えて欲しい。

今年の初物のスイカを食べた。X国のスイカは爆発するようだが、日本のスイカは安全でいい。
昨日菊池村から箱が届いたばかりだから、メロンや他の野菜もたくさんあるから、週の後半はいつも
健康的な食生活ができる。先週のメロンの方がおいしい。
黄色いメロンはメロンではなく、ウリの一種と考えた方がいい。
思うに、メロンと呼べるのは夕張やアンデス、肥後であって、みかん色のつるっとした皮の物は
あれは、メロンではない。ニューヨークにそいうのたくさん売っていた。
安いから惜しげもなく2個くらい切って、茹でた鶏肉とじゃがいもと一緒にマヨネーズで和えたりして。
私はやはり表面が緑で編み張っているようなのがいい。

お稽古の後、出版社の社長と編集者との会議で私に無断で削除した箇所を元に戻してもらうことにした。
5時間かかってしまったけれど、やってよかった。

11時頃、下に降りたら、ツバメの巣のすぐそばでX国人が二人、しかも大人、がバドミントンをしている。
ツバメの巣のそばで大きな音を出して驚かせないで下さいと注意したら、うるさいとか、ここに住んで
いるのだから権利があるとか、早く家へ帰れとか大きな声で私に食ってかかってきた。
ツバメは日本人にとって大切な鳥ですから、ツバメが巣をつくったら卵がかえって巣立つまで、みんなで
大切にします。X国にはツバメはいないのですかと質問すると、よくわからないと言う。
日本では都会の真ん中でも鳥を大切に思う心を持てば、ここのように毎年来てくれる。
日本人は自然をとても大切にするのですと諭したら、二人が切れて私に怒鳴り始めたので、どうぞ、
静かにして下さい、この通りの皆さん、お休みですからとひそひそ声で言った。
すると、ますます怒りはじめたので、日本の法律には騒音防止条例と動物愛護法がありますと言ったら、
頭に血がのぼって道路の真ん中で怒鳴り散らした。
X国では夜中の11時に住宅地の道でバドミントンをしたり、大声で怒鳴り続けることが常識に外れていると、
教えるような道徳教育がされていないのだろうか。
日本の水際で、X国人が入国する時に、日本では夜中の11時に住宅地の道で球技などのスポーツを
しません、違反の場合は国外退去になっても異議申し立てしませんという念書に署名捺印させてから、
入国審査官が旅券に入国スタンプを押すようにしたらどうだろうか。
相手がキレて怒鳴り始めたら、こちらはつとめて冷静に、小声で、とびきりきれいな言葉づかいで
話すことが大切。
ツバメが一羽いなくなっていることが私には気がかりだ。
ツバメはとても繊細な生き物だから、すぐ近くでX国語を話す二人が夜中の11時にバドミントンをしているなど、
到底耐えられない細い神経をしているから、どこかへ行ってしまったのだ。
管理人がいなくなる夕方5時以降はツバメはいつも2羽揃って翌朝、人が出入りする時間になるまで
駐車場の壁の上の方でゆっくり休んでいる。
私はツバメ当番を数年前から買って出ているが、やっとあのX国人のおやじ(ツバメの巣の真下で
煙草を吸いながら夜中に大声で携帯で話す)が出て行ったと思ったら、その部屋に別のX国人が
引越してきたからプラスマイナスゼロ。
数千年前から鉄器文化が発達した国では、鉄を製造するために多くの森林を燃やし、禿山だらけになって
しまったから、土地や空気が乾燥し、緑が少ないから、きっと、鳥の種類もそれに比例して極端に
少ないのだろう。
だからツバメも知らないのだろう。日本は森林文化で、関東は落葉樹と常緑樹の両方が茂る豊かな
森に育まれた生活様式を持つから、都心でもおのずと鳥と友達になる。
毎日見る鳥は今はツバメがいるから6種類。皇居のお堀を通る日は1日8種類見ることになる。
郊外や地方へ行けば、1日に見る鳥の種類はもっと多いだろう。
X国人も日本に来て、豊かな自然の中で植物や鳥を見て生活しているときっと心が豊かになるだろう。
そうなることを願う。そうなれば、決して謝らないあの攻撃的な性格も変わるだろう。
日本の自然を大切に思う心を持ては、日本人の社会でも受け入れられる。
ツバメのことがとても心配だったので、真夜中の12時に再度階下へ行ったが、白の分量が多いい方の
ツバメの姿が見えない。
ストレスでどこかへ行ってしまったのか。
もう一羽は卵を抱いているから、その白ちゃんがいないとおかあさんツバメは餌を食べられない。
どうしよう。外はもう雨が降り始めてきた。台風が始まると聞いている。
これから二日は大雨だ。いなくなったツバメは生きているのだろうか。
生きていてもいったいどうやって台風の中を過ごすのか。
おかあさんツバメは生き延びられるのか。
心配事がつきない。
私はツバメを守るためならX国人から嫌われてもいい。
私には今年も無事にツバメの子供たちを広い大空へ旅立たせると言う使命がある。
 5月25日 水曜日 

黒柳徹子の「とっとちゃんの欠落帖」で思い切り笑わせてもらう。

伊能忠敬の師、浅草先生こと高橋至時(よしとき)がいた現在の気象庁というか浅草蔵前片町司天台の
写真をいよんちゃんが撮ってきてくれた。
自宅からわずか2分のところだという。
感無量。
井上しさしの小説「四千万歩の男」の中のことではなくて、現実にそこで生きて研究していた人々が
確かにいて、その形跡を今日まだ記念碑の中に見ることができるということのすごさ。
徳川政府が終わり、東京大空襲で東京が一面の焼け野原になり、それでもそこにまぎれもなく、あの
浅草蔵前片町司天台があったということを今に伝えるその写真。
今度は自分で行かなければ。
 5月24日 火曜日

井上ひさしの「恋川春町」で、親友春町のことを同じく筆を折った戯作者の朋誠堂喜三二が独白している。
松平定信がやった改革は、現代の自粛や自主規制に当たるから、気をつけなければならない。
ところでオバマがアイルランドで行った演説は、煽動であり、無数の魅力的な言葉を数多く、なんら
脈絡なく羅列することで、人々の心を話術のうまさで煽り立てる。
演説原稿を書いているのはブレジンスキー爺だというが、なんて頭のいいというか悪賢い人だろう。
古代ギリシアやローマ、第一次大戦後のドイツでは口の巧みな人が天下を取ったが、ヒトラーの解説、
「ヒトラーの弁舌は聴衆をひきつけ、興奮すると弁舌がますます冴えるという優れたプロパガンダの才能を
見せた。
その扇動的な演説によって多くの党員を獲得し、」というところを読むと、あれ、オバマのことかと錯覚してしまう。
縄文人は言葉を無駄にしないで、それを自分の中にためておき、ここぞという時に出すことを本能的に
知っていたから一万年以上という長い間にわたり自然と会話することが可能だったのかもしれない。
これがちょっと小利口な大陸あたりの人たちだと、すぐに言葉を書き留めたりしたから、書いた文学は
発展したかもしれないけれど、それと引き換えに話し言葉の持つ「ことだま」を失ってしまったのだろう。
縄文人は最低必要なことだけを言霊で自然に語りかけたから、すべてのひとこと、ひとことが必然の
言葉だったから、ひとことづつに価値があったのだろう。
縄文時代には多分、泡のように消えていく無駄な言葉がなかったと思われる。
政治や経済や戦争がなかったから、演説など無用で、多くの人を説き伏せる必要もなかった。
今、グリーンランドの利権をめぐって大国がしのぎを削っているが、そこで先住民が「ちょっと待った、
ここは、私たちの場所です。皆様、お引き取りを。私たちは太古の昔から同じライフスタイルを続けています。
どうぞ、私たちに構わないで下さい。盗まないで下さい。殺さないで下さい」
と全世界に向かって言葉少なくしかし要点だけ強調したらどうだろう。
うさん臭い政治家に限って演説が長い。
グリーンランドの土地は我々縄文人の仲間の生存圏だから、他人事とは思えない。

信じられないことだけれど、先日せっかく衣裳倉庫まで行ったのに、振袖4枚入った一番大きな鞄を
持って来るのを忘れてしまったので、今日、お稽古の後、いよんちゃんに手伝ってもらい持って来る。
その際、今から30年以上も前に母が家で着ていた絣などという地味な着物まで倉庫から一緒に
持って着てしまった。
倉庫に寝かせておくよりも、外国人に着付けの練習をさせたり、お稽古の時に着せて足の幅の勘を
掴ませたりという時に活用した方がいい。ジャズ・ダンスの感覚で今日も、思い切り1メートルくらい
足を開いて日本舞踊を踊っている人がいたから。
30年間使わなかったから、着物は泣いていたことだろう。本当にかわいそうなことをした。
これからは、活躍してもらおう。
着物は人間と同じだから、暇だとああ得したとは思わないで、気が抜けてしまうもの。
活動している時が一番いきいきとして嬉しいと着物が言っている。
私は絣を着る時がまったくない。
江戸時代に生まれて、長屋で井戸水を汲むのならその時着ればよいのだけれど、平成の今、一体
絣など
登場の場面があるのだろうか。
5月23日 月曜日 

井上ひさしのお蔭で江戸時代の様々な戯作者のことが学べてありがたい。
それも調べに調べて本物のように蘇るから現実感がある。
今日は「唐来参和」。
詰めた指を人工的に造る商売が江戸時代にあったということはおもしろい。
マリア新野先生がやっているシリコンでつくるあれより250年古いことになる。
しかし江戸時代は自分が長崎で和蘭語を学ぶ費用をつくるために、女郎屋へ妻を
売りとばす夫がいたから、あぶなくておちおち人の妻などやっていられなかっただろう。

植物サイトを充実させるためにはあと30種類くらい写真を撮らなければならない。
晴れた日にやらないといけない。
それに撮る時期というのがあるから、いつでも構わないわけではない。
「ケ」を耐えて一瞬の「ハレ」を楽しむことを植物は本能で知っているのだと思うけれど、一番
美しい時というのは、その植物ごとに異なるし、ある日2時間時間を撮って全部済まそうということはできない。
おやおや、大変なことになった、一体いつやればいいのだろう。
エケヴェリアは今日見たらもっとたくさん花が咲いていて、今の方がずっといい。
写真を替えないといけない。
君子蘭は花がひとつもう終わりそうなのがあるけれど、季節が終わってしまったから
来年撮りなおすしかない。
あくまで自分の庭とベランダの植物だけを掲載するから、世のなかにどんなに豪華な
植物があっても関係ない。
自分のところにないものはもういい。あるものだけを掲載する。
一番いい時を捉えておけば、仮にそれが枯れてしまっても、一番美しかった時の思い出が残る。

石の巻動物避難所に捕獲されている青い目の白猫を見た時、一瞬目が点になった。
なんてかわいい猫ちゃん。
きっとかわいがられていたのだろう。
2か月経っても飼い主が現れないということは、ご不幸があったとか、引き取れないやむにやまれぬ理由が
あるのかもしれない。
引き取りたい。もし、元の飼い主が登場したら黙ってお返しするけれど、そうでない限り、
うちの子供として責任を持って育てよう。
そして、ウェブ上のフォームに名前や住所を入力しながら、いや、ちょっと待て、今は一番集中して
仕事をしないといけない時なのではないのか。
本が出版されるまで好きな映画も我慢して、最後の真剣勝負をしているではないかという最後の理性が
語り始める。
そう、私は意思が弱いから、次々に余計なことをやってそちらへのめりこんでしまう。
ふと気がつくと本来やらなければならないことがぜんぜん終わっていない。
新しい猫のことより、どうして執筆に集中できないのかという叱咤の声が聞こえてくるけれど、
あの青い目の白猫が気になって仕方がない。
あんなにかわいいのに、毎晩檻の中で寂しく過ごしているのだろう。
かわいがってくれたおかあさんのことを考えながら、放心状態なのではないか。
うちに来れば、イヌおちゃんという世話好きな番頭をはじめ、芸者、隠居など、おもしろキャラが
待っていて、私をはじめ、ここへ出入りする人たちがみな、かわるがわる撫でたり抱っこしたりして
かわいがるから、甘えん坊な子供たちに育った楽しいお仲間がいる。
子供は子供同士でいないと。
檻の中ではかわいそう過ぎる。
どうしようと思いながら、はっと時計を見るとすでに夜の9時過ぎ。
今夜はこれから何時間仕事しよう。
猫は、本が出来た時のご褒美にすればいい。
でも、誰かに引き取られてしまったらどうしよう。
それはそれで構わないくらいの気持ちにならないと。
今は、カマイタチにやられて首のうしろを擦りむいた(というより熱くなったモデムで低温火傷を負った)
アナスタシアを大切にしないといけないのだから、新しい子のことを考えるなんてそもそもおかしい。
まず、アナスタシアを完全に回復させることが先決で、次の子のことはまた後。
うーん、現実は厳しい。
今は新しいことにはなるべく目を向けないで、ともかくやるべきことをしよう。
 5月22日 日曜日

朝4時前に起きて井上ひさしの「式亭三馬」を読む。
ここに出てくる四ツ谷塩町薬湯というのは、なにを隠そう実家の四ツ谷本塩町のことではないかと
ほぼ確信する。
あのあたりに銭湯があったのだろう。
銭湯の客は武士や町人が混じっていたとのことだから、本塩町というよりは、坂町の方にあった
のではいかと想像する。
ときに、かつて外濠通り沿いにあった旅館祥平館が怪しい。
あそこの旅館と本塩町のすぐ左手にあった看板のない黒塗りの門の政界人ご用達密談用割烹。
あの怪しさは多分江戸時代からなのだと思う。
今では新しい建物が建ってしまったけれど、70年代中期頃はまだやっていた。
あんなところに平屋の木造家屋のまるで武家屋敷のような構えで、1日に一組しか客をとらない
というから気になって学校の帰りに見たのだが、なにぶん明るいうちはただの閉ざされた黒い扉
だからおもしろくもなんともなかった。
顔を見られたくない政界人が出入りする時だけ、さっと一瞬門を開けたのだろう。
長いので引用しないが、飯炊き男も、僧侶も、戯作者も、侍も、お湯に入れば身分の上下なく
皆裸で、四ツ谷塩町の薬湯の同じ湯船の中に浸かっている。
江戸時代の根本である身分社会が湯屋の中ではなくなり、万人平等となっているところの表現が
実にいい。

教会へ行く前に南榎の庭に竹酢入りの水を撒く。
午後から雨が降るのでたくさんはやらないが、昨日やっていないので。
竹の伸びるのが非常に早く、すでに1メートル50を越しているのもある。
3週間前には1センチだったというのに。
トマトは相変わらず緑のままで、でも、直径は1センチ5ミリになっている。
トマトの苗を植えなかった場所にまでトマトとおぼしきものが生えている。
昨年トマトを植えていたところなので、多分トマトは、根だけ残っていれば翌年またそこから
生えるのだろう。
ステビアも同じようだ。
これまでは毎年ステビアの苗を通信販売で買っていたのに、今年は、昨年の根っこが残っていて
2カ所のステビアの細い茎がすでに15センチくらい出てきている。
オシロイバナしかり。
根だけ残っていたから、種を撒かなくても芽を出す。
都会の真ん中でもこうして自然は人間を楽しませてくれる。

教会の帰りに牛込警察へ寄って、盗難に遭い、防犯登録票が剥がされてしまった銀の自転車の
ことで防犯課に顔を出す。
日曜で暇なのか、係員が2名で出てきて対応してくれた。
牛込管轄内ではなにも重要な事件が起きていないと見える。
もう一度お店で登録票をつければ、これで大丈夫とのこと。
今度はもう剥がされないように、防犯登録票の上に透明テープをぐるぐる巻きにしておくに限る。

昨日つくった草履の鼻緒擦れが痛み、足の甲を思い切り伸ばせない。
普段着物を着る時に履く草履がそれほどいたくないのは、足袋で守られているからだ。
ところで昔、平多先生のところの公演で、いくどとなく村の子供の役をやり、絣のつんつるてんの
着物に裸足でわらじを履いて、裏にまつやにをつけて踊っていたけれど、あの頃はぜんぜん痛く
なかった。
きっと鼻緒が良い材質だったのだろう。綿が入っていたとか。

雨がひどくなったので、予定していた衣装倉庫行きは中止。

7時頃から11時まで一度横になり再び起きる。
竹酢を枕元に置くと、睡眠時間が少なくてすむばかりではなく、寝なくても寝たのと同じに身体が
回復しているから不思議。
これに味を占めたので、先週買った竹酢をすでに1リットル使ってしまった。
5月21日 土曜日

井上ひさしの「松亭金水」はすごい。
瞬時にしてルイジのダンス・レッスンと共通していると思った。
私はこれまでただの一人も病人を治してはいない。
治すべき病人は天が治す、自分はただ学問を積み、それに基づいた転機でもって、
その病人を天が治したくなるように仕向ける、そのために微力をつくす

これには感動した。

政府はことあるごとに財源がないとか新税導入とか言うけれど、こんなにたくさんのお金が
ドブに捨てられていることを知ってびっくり。国民みんなが知るべきと思って国立大学の学生たちが
やっているサイトから引用。

【チャイナ人留学生一人に使われる税金】
日本の大学の学部に留学する場合(大学院だともっと多い)
1)奨学金/月額142,500円(年171万円)
2)授業料/国立大学は免除、公立・私立大学は文部省が負担(年52万800円:現時点)
3)渡航旅費/航空券支給 東京-北京 (111,100円)ちなみに露西亜人学生は30万円
実際のモスクワ往復航空料金7万円くらいであとは東急観光新宿支店の取り分。ちなみに、
東京教育旅行支店などというもっともらしい名前をつけているが、東急の出店。
つまり日本国が特定の観光会社に贈りものをしているのと同じ。
4)帰国旅費/奨学金支給期間終了後所定の期日までに帰国する場合は航空券を支給 
(111,100円)
5)渡日一時金/25,000円
6)宿舎費補助/月額9,000円または12,000円 (年144万円)
7)医療費補助/実費の80%

上記 1) +2)+3)+4)+5)=380万円!年間:380万円。
全て日本国民の税金。380万円x 10万人(多すぎ!)=3800億円

「3800億円を東北の復興に回したいから、
復興するまでとりあえずチャイナ人学生は受け入れない」となぜはっきり言わないのか。
特定の国だけを拒否していると思われるといけないから、
サハラ以南のアフリカ以外(貧乏だから例外)すべての国に適応すると言えばよい。
日本が日本国民のために税金を使えば、国民はもっと豊かで楽しい生活を送れる。
米軍の思いやり予算も無駄。
グアムと韓国に基地があるのだから日本にはなくてもいい。
というか、いらない。

さて、才能あふれるデンマーク人の映画監督が、国際ユダヤの陰謀で映画人としてのキャリアを
潰された。
誰が誰に興味を持とうがその人の自由。
気の毒なトリアー監督。
正直な人だから嘘がつけなかった。
ユダヤ万歳と言わないといさせてもらえない世界の映画界の現実を勇気を持って全世界の人に
見せてくれたその功績は大きい。
この監督があの人たちに毒を盛られたりして消されないことを願うが、映画会から追放したことで
殺したも同じこと。
本当に気の毒なこと。この監督の映画を是非見てみたい。 

ところで「一度履いたらもう病みつき」とか「もう他のものは履けない」とのキャッチコピーにつられて
先日買った草履を今日いよいよ試してみるべく、職安通りの衣装倉庫まで行こうとしたら、
抜け弁天に至る前にすでに足が痛みだした。
ここで引き返しては時間が無駄になると、頑張って現地まで行ったのだが、鼻緒で足が擦れて
片足に二カ所づつ鼻緒擦れをつくってしまい、帰りはまあタクシーだったからよかったものの、
擦れたところから水が溢れて靴下が履けないのでその後のお稽古を裸足で通す。
石鹸で足を洗ったらまあ、しみること。
どうしてこんな痛いものが一度履いたらやめられないのか。
他の人は鼻緒を緩めて履いているのだろうか。
江戸時代の人は草履を履いてよく日本橋から京都まで行ったものだ。
5月20日 金曜日

 朝ご飯のタルタルソースには、ベランダからとった長ネギとパセリを刻んで混ぜている。
生産する以上に採らないようにするその加減が難しい。
通常は生産が間に合わなくなるから、結局植物をだめにしてしまう。
ベランダを整理して、もっとパセリの株を多く植えればよいのだけれど、多肉植物や朝顔など
すでにいろいろ植わっていて面積が限られているからこれが限度。
ベランダに直に置いているすべての植木鉢の下からゴムの木の根が入り込み、それぞれの鉢から
養分を吸い取っているため、ベランダのすべての植木鉢がゴムの木の植民地のようになって
しまった。
ゴムは貪欲でどんどん養分を吸うものだから、プランターや植木鉢はすべて土がすかすかの、
粉のようになってしまった。
園芸用の土をまた買ってこないといけない。
ゴムの根がベランダの床上にすべて這い回っているものだから、普段あまり出入りしない方の
左側の網戸が根によって固定されてしまい、もう開かない。
昨年はこちらからもベランダへ出入りしていたわけだから、冬の間にじわじわとやったのだ。
まあいい。開閉可能な方のテレビの反対側の網戸を開けて出入りすればよいのだから。
「朝顔につるべとられてもらい水」と言って、自分の不便を顧みず、植物の命を大切にした先人が
いるのだから、私も「ゴムの木に網戸閉められ監禁だ」にはならないとしても、もう一方の開閉部分
から出入りするようにして、ゴムの木の生長の邪魔をしないようにしよう。
BBCを見ていたら、福島の原発の放射能漏れは来年の一月まで続くと言っていたけれど、それは
世界のニュースで言ってほしくない。
そうしたら、外国人は今年いっぱい来ないではないか。
それより、日本は楽しい、江戸時代から欠かさず毎年行われている隅田川の花火も例年通り
行うし、幕張メッセでは国際ゲーム祭があるから世界のゲーム・オタク集まれとか、楽しい話題で
人寄せをしないと日本の火が消える。
特に首都は混んでいることが繁栄の証で、それらの人、ひとりひとりが飲んで食べて遊んで観て
買って学んで生きて大量の支出をすることで成り立っているから、人がいないと話にならない。
日本のためにならない情報は聞かれれば答える、見に来れば見せる、だから断じて隠しては
いないが、自分から積極的には意味なく出さないという基本姿勢をとるべきだ。

エリザベスおばあさんがアイルランドへ来てから今日で3日目。
よくしゃあしゃあと来られるものだ。
もうろくしているから、出されたお酒に酔っぱらって、つい間違えて、心にもないことを、たとえば、
北アイルランドは返しますなんて口走っていたらおもしろかったのに。
何にもおみやげなしで行ったなんて、どういう恥知らず。
世界のスター、ダイアナ妃を殺した側の人だから、このおばあさん嫌いという人は多い。
なにしろ爬虫類人だからね。
この人も、耳の大きな頬の赤い息子も飛ばして、早くウイリアムが王位についてほしい。
ところでテレビショッピングで髪の毛がどんどん生える魔法のなんとかを売っているようだけれど
BBCでも同じ広告やっているのだろうか。ウイリアムにそれあげて。
この広告見られるの日本だけなのか。
5月19日 木曜日 

朝6時前に起きて、「平秩東作」を竹塩枕をして読んだら、身体全体が冷えて、読んでいられなく
竹塩枕をはずす。これは真夏向きなのだと納得。早く買い過ぎた。

南榎の庭に竹酢を撒くために行ったら、一軒おいたお隣の品の良い年配のご婦人が、落葉を
掃いている。
大きな木ですね、いつもメジロがその木にいますねと声をかけたら、葉が伸びすぎて、つまって
風通しが悪くて暗くて困っていると言う。
それなら、私が枝や葉を切りましょうと、榎の庭の玄関に置いてある鋏を持って登場。
お忙しのに悪いわと止めるのをいいの、いいのとお節介に植木屋を始める。
葉同士が重なり合うと、虫が発生する元だからと言いながら、どんどん切っていく。
すみません、脚立ありませんかなんて言ったら、持ってきてくれたので、その上に乗って切る。
エパタ教会の庭は神様のお庭で私は神様のお庭番だったから当時はしょっちゅう枝を切ったり
していたけれど、あそこへ行かなくなってから、本格的に切ったことはないから嬉しかった。
塀の上へあがっていいですかなんて、聞きながらすでに上がってしまい、葉が互いに触れ合わない
ように整えた。
この木によくメジロが来ていたのは、もしかしたら、毛虫がたくさんいるので食べ物があったから
なのかもしれないのに、風通しをよくしてしまい、毛虫の発生しにくくなると、鳥にとっては無用な
木となってしまう。
たとえ毛虫が出ても、鳥さん死んでしまうと困るから、絶対に殺虫剤撒かないで下さいねとお願い
した。
鈴木さんとおっしゃるこの方は、戦前九段にお住まいだったという。
しかも、「隣の九段会館が米軍に接収されましたから」なんて言っているということは、武士のお家
だろう。
あそこらへんは、江戸城の真ん前だから、武家屋敷しかなかったはず。
今は日本中、世界中どこに住もうがカラスの勝手だけれど、戦前に九段に住んでいたなんて、
これはすごすぎ。
小さなお庭だけれど、苔のむすまでという感じで、脚立を置くのもはばかれるほど。
苔は乾燥するとだめだから、いつも湿らせておかないといけないから結構大変だろう。
牛込は昔と人は変わったけれど、本質的にはトントントンカラカッタ隣組の意識は同じなのだろう。
これが港区や内藤新宿なんかだとマンションばかりで横のつながりがないから、こうはいかない。
一軒家がざわっと並んだ牛込地区は、本当に最後の山の手の隣組地域だ。
これが四ツ谷の本塩町あたりになると、どんどんマンションに代わってしまったから、もうこのような
人間同士のつきあいはない。
区画整理されていないとか、道が狭いとかいうのがあっても、行政はここへ入ってこれないし、
絶対にここらへんは変えられないと思う。
手を入れようなどというものなら、住民がこぞって反対するから、ここらへんは、いわば自治区と
いうところか。
人の家の植え木の手入れの後は、自分の庭の手入れ。
トケイソウの葉が込み入っていたから、どんどん切っているうちに、結局50枚以上切ってしまった
かもしれない。
それを庭の隅に置いて、土をかけて地面にしてしまう計画。
こまめに竹酢を撒いて、虫が発生しないようにしないと。
レベルの違う人を一緒に教えるのは、どちらの人のためにもならないから、やはりお稽古は
まがりなりにも一人で踊れるようになるまで個人でやるべき。
5月18日 水曜日

昨夜から読み始めた井上ひさしの「三文舎自楽」を朝読書で終える。
短編は夜読み始めて、一晩ゆっくり寝て、朝、頭がすがすがしい時に話の結論が出るからいいが、
一人の人物との関連で次に展開する様式、アルトゥール・シュニッツラーの「輪舞」式とでもいう
ものよりは、ひとりの登場人物が最初から最後まで登場する方式の方がいい。
「輪舞」式は最後の出演者と最初の出演者が輪で繋がって、ぐるっとひとまわりする人間模様なの
だけれど、この方式だと到底世界文学には入れないから、やはり一個人、または、その直系の
血なり意思などによる系列式がぐっとくる。

そうか、あの名前のわからない、長く伸びた植物は トケイソウだったのか。
昨年春くらいに植えて、夏中紫のびっくりするような形の花を咲かせ、冬でも枯れなく、弱い
ブーゲンビリアなど枯れてしまったのにおかまいなく、どんどん伸びて、先週の土曜日に今年最初の
花をつけて楽しませてくれたあのお調子者。
国産だったらあのようなデリカシーのない花は咲かせないはずで、これはきっと熱帯性と睨んで
いたけれど、調べたらやはり原産国ブラジル。
冬でも青々としているから、幹線道路の際に植えて、フィルター代わりに二酸化炭素を吸わせたら
いいかも。

浅草蔵前からお稽古に来ている生徒に、そこに天文台があったけれど、どこかわかりますかと
聞いたのが先週。そうしたら、こんなお返事が来た。
>今日、天文台跡地みつけました~
>知らずに何度も通ってたところでした
>もう何も残ってなくて、小さい立て看板だけが立っていて、見逃していた…

感無量。
そこでどれほど大きな知識や技術を求め当時の日本で選びに選ばれた人々が人間ドラマを
繰り広げたことか。
和蘭語で書かれたケプラーの天文学書そこで高橋至時により日本語訳されてたとか、伊能忠敬が
日に一度は訪れて師の一家と尊敬を持って温かい交流を行うそれらの「四千万歩の男」の中の
場面の多くがその浅草暦方天文所で展開した。
井上ひさしの江戸時代物は、同じ材料でこちら側から見たり、あちら側から見たりして、つくられて
いるが、分量の多さはなんといっても伊能忠敬の話だから、この5巻本が他の人を主人公に
したものを読むときの基本になる。
さっそくお写真を撮って来るように頼んだ。
そのものの写真、まわり、そのあたりの広さとかなどと指示することも忘れなかった。
百人くらいは常時いたようですから、かなり広かったようだが、今は店屋や飲食店になっていたら
幻滅だ。
伊能忠敬はそこから神楽坂のお屋敷町までよく歩いていたようだが、きっと外濠通りを行かずに、
湯島天神の裏あたり、今の文京区のへんからななめに行って近道したのだろうなと思う。

以前うちに住んでいたハンガリー人のダンサーが祖国ですごいことをやっていると連絡をくれた。
10年経っても覚えていてくれて嬉しい。ビデオ1 
ディミアさん、本当に才能がある。
新国立劇場のロシア人のバレリーノと一緒に舞台を盛り上げてくれた。
今はもうそういうフリーランスのプロダンサーは日本にいない。
5月17日 火曜日

6時前に起きて、昨夜から読み始めた井上ひさしの十返舎一九の娘の独白小説「半返舎一朱
を読み終える。
四千万歩の男」の中で伊能忠敬がつくった蝦夷地地図を提出する際に、十返舎一九が来て、
地図に膠を塗ってくれた場面が出て来たけれど、この人は本当に器用で才能に溢れ、多作だった
からこそプロの物書きになったということがわかる。
しかし、健康に恵まれなかった。画家でもあったから多分膠や絵具のせいではなかったかと
想像する。
私の祖母も画家だったから、膠でやられて死期が早まったと思う。
健康指数(私の造語)が低い人は、避けられない生活環境による場合が多く、その人が悪い
のではないことが、今は十返舎一九や明治生まれの祖母の時代とは違うから、往々にして、
自分のせいであることが多いと思う。
私のまわりにも健康指数が低い人はたくさんいる。
健康指数が低い人は、まず自分でそれを気づかないし、指摘しても聞こえないふりをするか、
うるさがるだけなので、私は言わないことにした。
健康は人からわいわい言われて手にするものではなく、その人の生命力が自分から必要な分だけ
欲するものなのだから、少ししかいらないという人は、仕方がない、それだけでいいのだと思う。
それを、こうしなさい、ああしなさいと指示するのは余計なお節介というもの。

菊池村から竹酢が2リットル届いたから、惜しげもなく思う存分使える。
しかし今日は午後から雨が降るようなので、南榎の庭には行かない。 
空を見るだけで数時間後には雨になるだろうと予測ができるようになってきた。
便利なヤフー天気予報を見ずに、直接空と向き合う姿勢をつくることで、失われた感覚を
取り戻すことが大切。
「草は取って根元においとくと、乾燥をふせぎ、また肥やしにもなります。お試しください」との
プロの農業従事者からの指示をいただいたから、これからはそうしよう。
その場に置いておくと、見栄えが良くないから私はわざわざ拾って、別の場所へ捨てていた。
そうか、そんなことをする必要はないのかと納得。
さて、これからの日本が目指していかないといけない縄文人の末裔としての生活の基本姿勢が
あると思われるお店を発見。
こういう店に頑張ってほしい。さっそく草履や枕を注文。
今あるスチール製のつまらない扉を二軒の家から撤去して、本当は竹製の門構えもこの店から
買いたいくらいだけど、そんなことしたら家主から損害賠償の裁判を起こされることだろう。
かっこいいなあ、竹製の門構え、昔の家みたいでいい感じ。
神楽坂牛込地区は全戸江戸時代風の門構えにしないといけないというような東京都条例が
出たらいい。
なぜそれができないのだろう。
ローテンブルクにできることがどうして東京にできないのだろう。
武家屋敷の雰囲気を残すことは意味があると思うのだが。
外濠通りから上がってくるところにまだ多少かつての武家屋敷の雰囲気が残っているけれど、
相続税が大変だからどんどん敷地面積が小さくなっていく。
そうすると、ただの小規模建売住宅群になってしまい、本来の江戸の町の姿が失われる。
銀座地区はすでにあのようになってしまっているからもう今更無理で、あと残せるといったら、
江戸城より高台の牛込地区しかない。
住民はみな江戸の町の末裔を自負しているからあくまで江戸時代の地名を死守して行政に
立ち向かった記憶があり、結束している。
私道を多くして外敵やよそ者を入れない地域づくりをしてきたから、知られていない地域がまだ
たくさん残っている。
 5月16日 月曜日

朝6時から8時まで井上ひさしの「京伝店の煙草入れ」を読んだが、これが後に
「四千万歩の男」の中で京伝先生が登場し、大きな役割を果たしている。
そして花火職人幸吉に「三尺玉が炸裂すれば、両国端の夜は昼になりますよ。暗い夜を真昼間に
してみせる。つまり、この手でお天道様を拵える、それが出来たら死んでもいい......」と言わせる。
張りつめた、ぎりぎりのところで自分の芸術的表現をしている男。
数秒の花火に命をかけている。
「行くところのねえやつは、どんなことがあっても黙って辛抱し通すしか外に手がねえんだ」
という人生を送ってきた幸吉は「寒い夜への仕返し」を花火でやってのけた。
しかもそれに命を賭けた。失うものが何もないから命を賭けられた。
一瞬の「ハレ」の瞬間のために全人生を賭けた。
現代人はそこそこのハレの瞬間がたくさんあるから、そこまで真剣に自分のハレを演出できずに、
ただなんとなく、のんべんだらりと、どうでもいいことをして、無意味に長い人生を送ってしまうが、
この幸吉の行動は直情型で、花火と共に終わり、そのことは、京伝の人生の終わりも暗示している。
花火職人幸吉のスポンサーであったのだから、責任を問われるのは必須であろう。
私は短編というのが嫌で、その後どうなったかが気になって仕方ない。

8時少し過ぎに、大岳山の鍾乳洞の女王、田中ユキさんからお電話があった。
私に何度もお電話をして下さっていたようだけれど、私は電話やパソコンがない別宅で
寝ているから仕事場へ来るまでの数時間は誰からの連絡も受けないから、知らなかった。
3月11日のあれほどの地震で鍾乳洞が崩れてしまったのではないかと、心配したが、あそこは
山で、木の根っこがしっかり張っているから、ほとんど何も起こらなかったようだ。
中の岩が人の頭の上に落ちてということもなかったそうだ。
本当によかった。
昨年11月にフランス人たちと行ったのが最後だから、また行きたい気持ちはやまやまだけれど
今は1日全部使わないと行かれないような遠くへ行く時間がない。

さて、歌舞伎について少し調べていたら、なんと、今日の1時半からの回がシネマ歌舞伎の
わが心の歌舞伎座」の最終回であることが判明した。
なんということ。お稽古はあかりさんに頼んであるから、執筆を犠牲にすれば外出可能。
12時半をまわったところで自転車に乗る。
ところで、以前四ツ谷に住んでいたころたまに買ったことのある麹町ストアーはいまだに健全で
まだ野菜やなにか細々と商いをしている。
天下の麹町、皇居からわずか5分という距離で戦後すぐの掘立市場のような姿で生鮮食料品を
売っているその根性はすごい。
しかし、新宿通りを隔てたところにハナマサなどというがさつなスーパーができてしまっているから
千代田区で一番マイナーな麹町ストアーははたしていつまで持つだろうか。
地価が高いこの道路に面しているのに、半世紀前と同じ一階建て。
野菜売ってどうやって家賃を支払っているのだろう。
半世紀前の同じ家賃なのか、大金持ちが趣味でやっているのかわからない。
こういう店に頑張ってもらいたい。
今日は風が強かったから、あごのところにゴムをしていても帽子が飛んでしまう
から、銀座まではほとんどの区間片手で帽子を押さえていた。
これからは、帽子の上からスカーフを被ってしまおう。
東銀座の東芸シネマ歌舞伎には、「大江戸りびんぐでっど」以来。
今日は急なことだったので人を誘う時間がなかった。
昼の1時半から歌舞伎の映画を見に来られる暇人の多いこと。
このような人々の熱心な支えがあるから伝統文化が生き延びられる。
「伝統を受け継ぐということは、コピーすることではない。
基本を受け継ぎ、基本を完全にこなし、それをますます発展させること」とか、
「新歌舞伎座ができるまでの3年の間に、自分の芸を精進させてそれに備える」とか
今の私にたいへん勉強になる言葉がポンポン飛び出して泣かせてくれた。

行きは急いでいたから道路を通っていたので、内堀の中をよく見なかったのだが、帰りは、
舗道を通ったのでよく見えた。
半蔵門の前のお堀の中はどうしてあんなにヘドロが溜まっているのだろう。
なにかで掻き出したりしなくてよいのだろうか。
宮内庁はなにをやっているのか。
右翼団体会員のご婦人連がかっぽう前掛けで勤労ご奉仕とか言って、あのヘドロを始末すべき。
白鳥に餌をやるためのボートがあるから、それを使えばいい。
私はお堀の中にゴミが溜まっていると本当に気になって、以前、桜田門の前のお堀の中に、
紙屑やいろいろなものが落ちていた時は、警官に「清掃するように担当に伝えて下さい」と言った
ことがある。
内堀の清掃は誰が責任を持っているのか。
宮内庁の仕事ではないのか。
千代田区民で暇な婦人連がやるのもよし。
皇居から100メートル以内に住所がある人に義務付けるという手もある。
東京を訪れる人が必ず行くのが皇居だから、半蔵門前のヘドロを見せるのは忍びない。
外国人などあれを見たら、すぐにyoutubに載せて天皇制を笑いものにするだろう。
左翼しかり。あのヘドロは社会問題、政治問題に発展する可能性だってある。
今夜、千代田区と宮内庁にご提案メールを書くことにする。
 5月15日 日曜日

教会の帰りに南榎の庭に寄って、トマトの顔を見る。
1センチくらいのが3つ。
朝顔は先日植えたのが3つだけれど、昨年の朝顔の種が落ちて自分で育ったのがいくつかある
ようだ。
じっと見ると少なくとも4本は確認できた。
しばらくすれば、もっと出てくるかもしれない。
庭のダンゴ虫やアリをどうしようかと思って、熊本県の菊池村の竹炭屋さんにに問い合わせたら、
「消毒薬の代わりに竹酢を薄めてて水がわりにかけたらいいです。カエルは虫を食べるので、竹酢と炭で良いです。
土が元気になれぼ作物は育ちます」
というお返事をいただいた。
そうか、やはり、殺虫剤など使ってはいけないのだ。
明日あたりもう一度庭に竹酢を行っていかなければならない。
1リットル入りのプラスチック容器に、あらかじめ水で割った薄い竹酢液をつくっておいて、現地に
撒くのだ。
今日はあかりさんにお稽古を任せて自分は庭でぼうっと過ごしたので、楽しみのために踊る、
適量だけ食べる、そして原稿を書きはせず、うちにある多肉植物6種類の名前を調べるために、
何百という多肉植物の画像を見ていた。
みんなすごくきれいな花を咲かせているのだということに気づき、軽い衝撃を覚えた。
私は今までアロエの花しか咲かせたことがなかったけれど、昨日エケヴェリアが咲いたからこれで
2種目。
それにしても、温度や水分が足りないと、多肉植物は緑色ではなくなり、紫と茶色が混ざったような
悲惨な色になって、とりあえず辛い時を過ごしてしまうようだ。
どんどん水をやると、かなり緑色が濃くなる。
北向きの窓の外に先日エケヴェリアの子供を2鉢置いたけれど、あともう2鉢くらいつくって並べて
置こうと思う。
多肉植物は悪い空気を吸うようだ。
結局、どの植物にしても私たちを助けてくれる。
 5月14日 土曜日

301号室のベランダのエケベリアに花が咲いた。
昨年畳屋さんから小さな株をほんのひとついただいて、大切に育てた。
花の写真を撮って、畳屋さんに持って行き、ありがとうございましたと、見せて来よう。
この畳屋さんは本当に気品のある人で、おじいさんなのに、首にスカーフなんか巻いて畳を作って
いて、なにかいい感じのダンディズムを感じる。
近所の小学校の子供たちに伝統技術を見せる見学授業をさせているとのこと。
今時の子供は、フローリングやリノリウムしかない猫の額のような家に住んでいる可能性もあるから、
畳を作っているところを見せたり、畳の良さを話して聞かせるのは大切なこと。
私は植物を人に分けたりいただいたりということは、とても大切だと思う。
それを育てるたびに、下さった方のことを思い出す。
さて、南榎の庭は初夏の雰囲気。
2日で1メートルくらい伸びた竹(というか笹かな、この太さは)がある。
とにかく早い。
地面が固くなっている。
そこらへん一帯に根をはりめぐらした。
竹を千葉県や東京のゼロメートル地帯に植えれば、地盤が固くなる。
同時に竹林になるし、自然のフィルターだから、空気清浄器の役割も果たしてくれる。
日本全国に竹を植えよう運動をしたいものだけれど、どこに言えばいいのだろう。
ノコギリを買ったから、根を切って、別の場所へ持って行って植えることもできる。
でもこれは、狭いところに植えると、家の畳を突き破って出てくると聞いているから、植える場所を
選ばないといけない。
マダガスカル生まれで南ア住まいのフランス人に振り回された1日だった。疲れた。
グロウブ号の冒険」のうしろに一緒に掲載されていた「ユートピア諸島航海記」を読むと、井上
ひさしがグロウブ号を書くにあたって、どのような構想を抱いていたのかわかる。
しかし、残念なのはグロウブ号が未完であること。
この先、世界から集まった欲の塊のような船団は一体どうなってしまうのだろう。
そして、山本山の運命は。
だれかがこの先を書くべきだと思う。
「グロウブ号のその後、完結編」とかいう題名で。
それも、 一種類のストーリーでは「井上ひさしなら絶対にそんなこと書くわけがない」と読者が騒ぐ
だろうから、いくつかの可能性を残すために、数名が違う結末を書く。
私としては、突如として、海が荒れ、各国の船団は沖に流され、海の底深くに呑みこまれ、心の
汚れた人々全員をきれいさっぱりと死亡させてしまいたい。
特に日本の丸福証券の船を一番最初に。
船の残骸だけが、たまにカリブ海の様々な海岸に流れ着いたりするが、人間が全滅しているので
この島の秘密は漏れない。
さて、山本山と4名の老人たちは、島で暮らすことになる。
もっとも二人の少年たちは、両親の待つサン・バルテルミー島へ帰るが、たまに島へ遊びに来る
ことで、長く秘密のメッセンジャー役を果たすことになる。
山本山は日本の角界へカリブ海から力士候補など連れて帰る必要はない。
食べ物の保存をしない。
必要なだけしか採らない。
魚を1匹採ったらもう大漁。
この生活様式こそ縄文人が長くやっていたことだし、地球人がやらなければいけないことだから、
せめてこの小さな島の人々だけでもその生活様式をずっと続けて欲しいという現代人の願いを
こめてこの物語を終わらせる。
 5月13日 金曜日

朝4時前に起きて、読書をする。
「生産物の余るところにかならず権力が芽生える。なによりもおそろしいのは、たべものを
たくさん余らせることに長じた人間が、『たべものを与えよう。そのかわりに自分の云うことを
守りなさい』と云い出すことだ」
「権力の発生することをおそれているのだ。たべものを余計につくらぬように一生懸命に怠けて
いるのも権力を生まぬようにするため
なのだ」
と「グロウブ号の冒険」というより「ユートピア諸島航海記」の登場人物に言わせているところに
井上ひさしの強烈なメッセージがある。 
  5月12日 木曜日

私はもしかしたら人生の中で本当は一番いろいろなことができる時なのではないかと思う。
アパート経営の雑事がないからだ。
今日、マレーシア人の暗黒舞踏家が帰国した。
5月に入って来日した外国人はわずかに2名。
4月のゼロ人に比べたらいいけれど、以前は常時18部屋が埋まっていた。
福島が毎日燃料棒がどうたらこうたらというニュースを出すから、海外から観光客が来ない。
悪いけれどもう、福島原発ニュースは出さないでほしい。
知りたい時はこちらから福島原発サイトかなにかへ直接アクセスして調べるから、色々なメディアが
あっちもこっちも一緒になって、福島ものを大々的に報道しないようにしてもらいたい。
調べにきた人には、サイト上で情報は隠ぺいしない。
しかし、自分からどんどん世界に向かって汚染水がどうの、作業員が死んだの、そういうのを
もう言わないでほしい。
疲れた。聞きたくない。
  5月11日 水曜日

お天道様の光で読書をするあの部屋は、毎朝2時間くらいしか使わないけれど、一日のうちで
一番清らかな時間を過ごせる。
その日の太陽の強さによって障子を開け閉めしながら、顔が日焼けしないように調節するのがコツ。
もっとも今日のような雨降りの日には障子の開閉は必要ない。
組曲虐殺」で小林多喜二が時の政府にどのような凄惨な殺され方をしたのか、そして、命を
賭けてまで書こうとしたその正義感と勇気を思い、読みながら布団から出られずに泣いていた。
小林多喜二は言った:
世の中にモノを書く人はたくさんいますね。
でも、そのたいていが、手の先か、体のどこか一部分で書いている。
体だけはちゃんと大事にしまっておいて、頭だけちょっと突っ込んで書く。
それではいけない。体ぜんたいでぶつかっていかなきゃねえ

「体全体でぶつかると............どうなるのでしょうか」という特高警察の刑事の問いに多喜二はこう答える:
「(左手を胸に当てて)カタカタカタカタ.........
体ごとぶつかって行くと、このあたりにある映写機のようなものが、カタカタと動き出して、
そのひとにとって、かけがえのない光景を、原稿用紙の上に、銀のように燃え上がらせるんです。
ぼくはそのようにしてしか書けない。モノを考えることさえできません。
そのときそのときに体全体で吸い取った光景のことかな。ぼくはその光景を裏切ることはできない。
その光景に導かれて前へ前へと進むだけです

小林多喜二の無念さと偉大さが、井上ひさしを通して蘇り、私たちは井上ひさしを足掛かりにして
小林多喜二をより身近に知るようになる。
井上ひさしは宮澤賢治、柳田國男、伊能忠孝、太宰治、樋口一葉、江戸の戯作者たちなどへの
門戸を開いてその人生を紹介してくれる。
かつて高橋健二先生を通して、ケストナーやゲーテ、アンデルセン、グリムやヘッセを学んだが
私たちは正しい船頭によって、知るべき正しい場所へ連れて行ってもらえる。
世の人々がみな、正しい船頭に従えば、良い結果となるのに、ショーペンハウアーの言うように、
実際には「羊どもはついて行く。ついて行くのはロバのうしろだ」。
  5月10日 火曜日

昨夜から井上ひさしの「組曲虐殺」を読み始め、今朝も午前中の光の中で足の関節の柔軟運動を
しながら読んでいた。
その中のせりふに「小林先生がお書きになるものは、この暗い夜を照らす灯火ですもの、
わたしたちの聖書ですわ。読み返すたびに、こんな闇夜でも元気にいきようという勇気がわいて
きますもの」というせりふがある。
私にとっては井上ひさし先生が憲法第九条や、農業問題について語る言葉が、それに当たるかも。
先生のこの言葉をまず自分が実行し、人々に知ってもらおうという気持ちにさせられる。

朝から一歩も外へ出ずに、読んだり調べたり原稿を書いたり。
何度も書き変えてしまって、本当に出版社に申しわけないけれど、自分が日々読んで学んで
情報量が増えているのだから、良くなるためには最後の最期まで変えて構わない。
それにしても、昔の出版社は校正で言葉を変える時は、字数が同じになるようにして下さいとか
言っていたので、数えながらやるので大変だったけれど、ここの出版社はいくら増やそうが減らそうが
ぜんぜん文句を言わないのでその分、助かる。
 5月9日 月曜日

今朝、ついに「四千万歩の男」の第五巻を最後まで読み終えた。
思えば、3月28日にバンコクから帰国する機内で第一巻を読み始め、毎日少しづつ進めて、また、
途中他の本を浮気して読んだりもしながら、今日までかかった。
実を言うと、蝦夷へ到着したのが一巻の終わりで、そんなことをしているうちに、あれよあれよと
という間に次の年の蝦夷行が再び決まり、どうやったら、残り少ない1冊で行って帰って来るのか、
この本が終わらなければよいと願いながら読んでいた。
ところが、なかなか出発しそうもなく、出発前にいろいろと事件が起きる。
そんなこんなで、結局、これから旅立つというところで、第五巻が終わっている。
付き合いが長かったから、伊能忠敬が、なんだか実に近い存在になってしまい、また、伊豆で
加わった8歳の夢太郎ちゃんもかわいく、この子に知っている技や知識をたくそうと、孫のような
この子を可愛がる忠敬の姿がいい。
それがだんだん、井上ひさし自身と次の奥さんとの間の男の子との姿にだぶってくる。
一か月と1週間以上にわたり、江戸時代を満喫させてもらった。
それにしても日本地図を作るという執念で日本各地を歩いた伊能忠敬はすごい人生を送った。
しかも、55歳を過ぎてから。
そして、好きなことができる時間とお金を得てからの人生こそ本当に生きたと言える人生だった。
おせっかいで、人情もろくて、真面目だけれど、人間臭く、非常に魅力的なキャラクター。
フィクションもたくさんあるのだろうけれど、歴史的な事実や資料が実にきちんとしているから、すべて
本当に起きたことのように錯覚してしまう。

独ソ不可侵条約を一方的に破り、ドイツに参戦した当時のソ連は交際法違反。
それなのに今日、戦勝記念パレードをやっている。
こんなことがどうしてまかりとおるのか。
千島列島、クリル諸島はずっとカムチャッカ半島まで続いているから、占守島、阿頼度島までは
アイヌの居住地域だから、日本領でいいはずだ。
歴史的にはアイヌは、カムチャッカ半島のずっと奥までいて、島から島へと漁をしながら動いて
いたわけだから、アイヌを日本人と定義した明治政府の製作ではそれらの島は自動的に日本領
になる。
最初からいた人が一番その土地に対する権利を持つというような国際法ができたらおもしろい。
黄色人種の管轄地が世界の大半を占めてしまう。

さて、今日はミョウガを植えて、白い玉砂利を掘り出した。
100個以上はゆうに掘り出したはずだ。
どうしてこんななんの役にも立たないものを敷き詰めたのだろう。
これでは植物の根が張れない。
玉砂利は邪魔なので、隣家との間の通路に置いた。
枯草しかり。
布団のようになるまで、たくさん枯草を置いてしまおう。
そしてここでガマガエルを冬眠させる。
ただし、どこへ水を求めて行っているのだろう。
ここは高台だから、崖の下に行くのだろうか。
そこしかない。
ただし、崖下の隣家が池を作っているようには見えないから、植物の陰に潜んでいるのだろう。
カエルは直射日光が嫌いだから、日陰で湿ったような場所がないと生きていかれない。
さやえんどうをゴムの木のすぐそばに植えたので、ゴムにからみつくことができる。
ゴムの頂上に届いたら、今度は、ひもを伝って行かれるように、二階のベランダから紐を降ろして
ゴムの枝に結び付けた。
それにしても竹は伸びるのが早い。すでに地上から15センチくらいに伸びている。
一昨日の雨も効いているはず。
明日は雨が降るという。
ますますお庭の状況が楽しみ。
 5月8日 日曜日

かおりちゃんが着物で教会に登場。
襟、袖、裾よけをタイシルクで揃えて誂えたので本当にきれい。
かおりちゃんが、薄いオレンジ系のタイシルク帯をくれたので、「川の流れ」の時に誰か使える。
私は自転車で行ったのでワンピース。
昼食後、靖国神社の前の「昭和館」で戦中戦後のポスターや、戦時中のさまざまな展示品を見る。
千人針はすごい。5円玉が縫いこんであったりする。
空襲警報が鳴って、防空壕に入り、爆撃の振動を身体で知る体験コーナーがあった。
父があんなに目が悪く、牛乳瓶の蓋のようなメガネをかけていたのは、照明統制下の暗いところで
書物を読んだからではないのか。
この博物館は以前スイス人と行ってシラケたけれど、それは日本語が読めなかったから。
カナダ人のダスティンは以前行って感銘を受けたと言っていた。
多少読めるとかなりわかる。
しかし、わかる度合いはその人の日本語能力と歴史の知識によるから、これは外国人と行くには
難しい博物館。
帰りに靖国神社側の舗道を自転車で通ったのだけれど、軍楽隊が数人でものすごく下手な
演奏をしながら神社を背に向けて、神社の敷地内を靖国通りと平行に行進していた。
なんだ、あれは。
音が合っていない人もいる。
ちゃんと演奏できる人はいないのだろうか。
もっとも、ちゃんと音楽ができるような人は、自衛隊に入らずに、民間の音大を出てオペラをやったり
「千の風になって」を歌ったりしているわけだから、成績が悪くて普通の会社に就職できないし、
上の大学や大学院にも行かれない、しかも次男や三男で親の試算も当にできないという人が
自衛隊に入るわけだけれど、その中で片手間に音楽を教えるのだろうから、大して期待はできない。
地方から上京した人は、人にもよるけれど、家族から戦死者を出した家の場合、まず、靖国神社へ
行くだろうから、そこでへたくそ楽団が音をはずして行進しているのを見たら、一大決心をして
首都までやってきて、お堀の前にある靖国神社であんなもの見たら、相当がっくりくるはずだ。
昔、平多先生のお稽古場へ行っていた時、芸術祭の「不思議の国のアリス」のために、夏休みに
市ヶ谷自衛隊の女の人が来て、バトンの回し方を教えてくれた。
講習は一回だけだったけれど、秋には6人か8人で踊りながらバトンを回した記憶がある。

フランス人の弁護士ルイス、カナダのダスティンを呼んで、あいちゃんと私が踊りを見せた。
レパートリーは、タップ、「サマー42」、「フェアウェオ・マイ・ラブ」、「川の流れのように」、「千の風に
なって」(イタリア語版)。これまでと少しレパートリーが違うけれど新しくていい。
川の流れのぺあはダスティン、あいちゃん組で、ルイスはいたく感動していた。
ルイスのボルドーワイン、ダスティンの大鉢サラダ(ハーブはすべてダスティンのベランダ栽培)と
こまごまと用意したいろいろなもので早い夕食。
こういうのをたまにやるのはいいものだ。
萩原葉子先生は、練習した踊りを披露する時、自宅に食事の用意をして、皆さんを招いて踊った
というようなことが先生の本に書いてあり、私はあれを読んで随分泣いたものだ。
すごい時間の使い方をしていて、葉子先生と比べると私など本当に甘い。
動物や植物相手に随分余計な時間を過ごしている。
 5月7日 土曜日

 新井満の「千の風になって」は自分が作曲したのだからオリジナルなのだけれど、どうしても
和音が二カ所くらい納得いかないところがあるので、秋川正史の方が伴奏の和音にそつがなく
安心していられる。歌い方も上手だし。お父さんも上手でびっくり。
やはり芸事は早く始めてずっと続けないとだめ。
イタリア語で歌っている大村昆の奥さん(だった?)は、多分今はイタリア人の年下の男の人と
結婚していると思うのだけれど、同じ歌を歌っても、人生が時ワーッと出ていて、すごいの一言。
やはり、若い王子様みたいな人が上手に歌っても、ようこさんのようにはならない。
大村昆の奥さんだったわけだから若いはずはなく、でも、イタリアで自分を見つけて、本当に幸せ
そうな表情を見せている。
これが歌だなと思わせる。美空ひばりで言えば、「愛燦々」というところか。
この曲を50回くらいかけてそれでも足りなく、ルイジの「愛でブラジル」をそれにはめて踊ったら、
原曲では早くて息が切れるのに、ようこさんのイタリア語版では、気持ちよく踊れる。
夜の夜中にこの曲でなんどもブラジルを踊ってしまった。
無理に原曲で踊らなくても、ようこさんの「千の風になって」でゆったり踊ればいいのか。
ブラジルは疲れるから嫌いなどと言う必要もない。
オリジナルを知らずに最初から違った曲で踊るのは邪道だけれど、オリジナルをさんざん踊った
後は思い残すことなく別の曲で踊ればいい。
バリー・マニローの曲でも踊りが合うけれど、英語よりイタリア語の方が断然きれいだから、これが
いい。英語は便利だけれど、それで表現できることなど所詮限られているのだと思う。
たいしたことでないことや、情報伝達なら、英語で十分に足りるけれど、イタリア語や日本語、
ロシア語、ポル語などの本当に美しい言葉の前には、まるで敗れたチリ紙のように情けない。
だから私は仕事の伝達くらいしか役に立たない英語は毎日一番たくさん使う言葉ではあるけれど
心は別のところにある。

ところで、「千の風になって」は、「賤の風邪になって」でも、「洗のガーゼになって」でも通じる。
「選の可是になって」で通じないことはないし、「鋭の過勢になって」もいいかな。
一番困るのは「戦の課税になって」なのは言うまでもない。

お稽古が終わり、みんながいなくなったところで、自分の踊りを踊る。
息が切れるような踊りをやる必要はなく、自分のペースで踊れるこのカンツオーネ版がとても
気に入ったから、「愛でブラジル」を全部はめて、残りのところに4x8「火の鳥」を入れて、何度
踊っても同じになるように仕上げる。
何度踊っても同じになるように作り上げないと、踊りこめない。
毎回違った踊りはその都度新鮮だけれど、出来不出来に格差がでるから、百発百中に仕上げる
のが気持ちがいい。
コンクール・ダンサーを最初の10年間やったから、そういうのが好きになった。
辻褄合わせたやりっぱなしが気持ち悪いから、どうしても、整然と仕上げないとだめ。

ところで、夜はツバメは自分の巣に戻るしかいる場所がな、くいわば、駐車場内はツバメのお城。
今夜のツバメは、申しわけなさそうに巣に足を引っ掛けているだけで、巣の中に身体を沈めようと
しない。
人間は大きな態度をとってはいけない。
私はツバメの母を自称していて、ツバメからも数年に渡りそれと認められているので、今日、
さっそく初仕事となる。
ツバメの巣のしたで、煙草を吸っている無神経な三人組の男を叱りつけ、以後、ツバメが巣立つ
まで、決して駐車場内で喫煙しないことを誓ってもらった。
話があるなら、部屋の中ですればいいことで、ツバメの安眠を妨げるような行動は慎んで欲しい。
駐車場内にあるずっと空室だった場所が1か月前に埋まり、わけのわからない会社が入居した。
私が母の日の晩御飯から帰って来ると、土曜の夜だというのに、扉を開けっ放しにしているので、
明るすぎてツバメが眠りにつけないので、出入り以外は扉を閉めるように、また、社員の人は
夜は静かにすみやかに駐車場を通り過ぎるように注意した。
うーん、1日で2件もあった。
これからも毎日ツバメのために無神経な人間と闘わなくてはならないだろう。
ツバメは弱いから、私の助けを必要としている。
この建物の中にはツバメの保護者を買って出るようなお人よしは他にいないから、巣立ちの日まで
私が一切の責任を負う。
毎年のことだから慣れているとはいえ、数週間はそれこそ1日に何度となく階下へ行き、様子を見て
目に余る行動があれば住民や訪問者を注意し、ツバメの生態の説明をし、協力をお願いをする。
一階の会社の扉を閉めさせたところで、ツバメに話しかけ、お母さんが必ず守ってあげるから、
安心して産卵して子育てをするように言い聞かせる。
本当に2軒一緒に使っての子育ては今年初めてのことだから、非常に興味がある。
これまでは、狭くても一軒の家にみんなで入っていて、二軒目の家は目の前にあっても使わなかった
から、これは、一軒目の家が老朽化して、重さに耐えられなくなっているのか、他に理由があるのか
わからない。
しかし、ひとつ言えるのは、毎年、ツバメは、材料を持って来ては、巣を作ったり大きくしたりして
最初の頃は昼でも家づくりに時間を割いていたのに、今年のツバメは、家づくりを一切しない。
昨年の巣をそのまま拝借しているだけ。どうしてだろう。
 5月6日 金曜日

縄文時代の女性は自然観察者だったから、ヤフーの天気予報など見なくても、空を見て、空気の
臭いを嗅いで、今日はこれから空がどうなるということを予測したから、私もなるべくそれを真似
するようにしている。
5月3日に雨が降ったから畑(6種類の野菜が1本づつ植わっているだけだが、嬉しいから 
とりあえずそう呼んでいる)に水を撒いていない。
4日は、まだ土が湿っているだろうからやらなかった。
5日はずるをしていたのではなくて、多分翌日雨が降るのではないかという予感がしたので、畑へ
行かなかった。
そして今日6日。よほど朝、原付バイクを飛ばして水遣りに行こうと思ったけれど、もし万一、今日
遅くに雨が降ったら、水分が多過ぎてしまうことで根腐れを起こすことが怖いから、行かなかった。
とりあえずは晴れていても、これは本物の晴れではなく、遅くにきっと雨になる可能性のある晴れ
だろうと予測がついたので、あえて、出かけなかった。
それでいいのだと思う。
以前は、律儀に毎日水遣りをしたものだから、ゼラニウムや、多肉植物などが根腐れしてしまった。
人間と同じで、愛情過多だと生き物は腐るから、必要な量だけもらうに限る。
欲しいなと思う時にもらうからありがたく吸収できるのだから。
縄文の女性たちが雲行きを眺めて、いつ来るとも知れぬ自分の男が獲物を担いで山道を歩いて
来るのを待ちながら、干した布地を畳んで家の中にしまった頃は、海を越えて黄色い砂など
飛んで来なかったに違いない。
私はベランダに黒い合成革の椅子を出しているけれど、黄色い砂がうっすらとかぶっている。
毎回拭いてもきりがないから、もう拭かないことにしている。
そして、1センチくらい積もったところで証拠写真としてネットで公開しようと思っている。
ここ1年くらいは清掃のスタッフがいないけれど、それまでジャパン・ダンス・アートは10年以上に
わたり、清掃のアルバイトを雇っていた。
時給千円で、雇った人の国籍は、スリランカ、フィリピン、チャイナで、大使館の清掃夫から、勤労
学生まで、いろいろ。人数にしたら、かれこれ10名を超すだろう。
これらの人の最大の仕事は、網戸の隙間を通って入ってくる床に侵入
原付バイク等、ほんの2,3日乗らないだけで、シートがうっすら黄色い砂で汚れているので、
そのたびにタオルでよく拭いてから乗るようにしている。
私は大抵、ロングのスカートだから、バイクが汚いとスカートが汚れてたまらない。
しかも、絹しか着ないから、クリーニングはドライで出さないといけない。
ドライクリーニングの費用をX国政府に請求することが可能なのだろうか。
太平洋側でこうなのだから、日本海側は一体どのくらいひどい被害なのだろう。
もし日本全国の黄砂被害者が一斉に損害賠償を請求したらどうなるのだろうか。
これは昨日今日始まったことではないので、あの国の国家予算に匹敵するくらいの金額になる。
問題しか起こしてこなかったあの国を起こしたのは本当に失敗だった。
鎖国させて寝かせておけばよかった。
ニクソンだの、パンダ、卓球、「フォレスト・ガンプフ」などとやったのがこの結果。
国土を分割するのが一番いい。
X国内の朝鮮族が一斉蜂起して南北朝鮮と一緒になって、朝鮮大共和国の独立を宣言する。
バンが国連トップの座にいる間にやるべき、だから時間はあまりない。
東トルクメニスタンが世界のイスラム諸国の援助を得て、独立を果たし、トルクメニスタンと一緒に
なり、大トルクメニスタンとなる。
チベットが独立する。
台湾はもちろん独立した一国のまま。
そうなると、X国はもう力がない。
さて、デイヴィット・ロックXXXどう反応するか。
この人は幼児の生き血を飲んでいるから、年齢より20歳は元気だから、頭もぼけていない。
したがって、心臓麻痺でショック死することもない。
こんな途方もないことを考えている暇があったら、仕事をしなければ。

お稽古の後で、マテオ君が来たので、鍵を受け取り、敷金を受け取った。
マテオ君は2月10日に来日した。
1カ月日本語学校で勉強し、1カ月旅行し、1カ月また日本語学校の勉強。
ミラノの大学でかなり日本語を学んでいたから、よく話せる。
宝石商をやってお金を貯めて勉強したようだ。
宝石を売りに行く時は、最高のアルマーニのスーツに宝石が5億円分ほど入った鞄を持って、
高いものが入っていることを悟られないように、リラックスして、なんでもない笑顔を絶やさないように
というような、宝石商としての経験を話してくれた時から一か月後に日本では東日本大震災。
多くの外国人が日本を去った。
マテオ君の両親も何度も電話をしてきて、息子に帰国を迫った。
イタリア政府は一週間にわたる無料飛行機を用意して自国民を日本から脱出させていたその時、
マテオ君は自分の予定を変えず、1カ月JR周遊券を使って、旅をしていた。
朝5時の新幹線に乗り、京都で夕方まで神社仏閣の見物、それから東京へ戻り、神楽坂の
自分の部屋で眠る。
それから、翌日また5時の始発で京都へ行く。
京都は見るものが多いから一週間通わないと、全部回りきれないよねと、マテオ君。
名古屋、大阪、広島、岡山、日光、あとどこだったかな、なにしろ、一か月毎日朝5時台の新幹線で
観光旅行へ行くのだ。
JRはまさかこんなお客がいると思わなかっただろうから5万円くらいで周遊券を売ったけれど、
マテオ君は数十万円分乗車しているから、十分に元を取った。
私の外国人下宿からは、この人もあの人も逃げるように帰国してしまい、空室が目立つようになった。
到着予定の人も、到着延期やキャンセルを申し出た。
毎日小さな余震があり、私は船酔いのようになり、地震で揺れているのか自分の身体が揺れて
いるのかわからず、何度も天井のシャンデリアを見た。
首都が問題なく機能していて、そこに住んでいる日本人はパニックに陥ることもなく、毎日元気で
今までどおり普通に生活している態度を被災地の方にそして、世界に示さなくてはいけなかった。
だから、買いだめをしている愚かな人を横目で見ながら、あえて必要な量しか買わず、行く回数も
最低回数で、冷蔵庫の物を食べずに無駄にすることもなく、ミネラル・ウォーターは結局一本も
買わなかった。
毎日お稽古や執筆をしていたけれど、それしか仕事がなかった。
すべての番組が報道番組に代わってしまったから、撮影もなかったし、新規に到着する下宿人も
来なかったから、バンコクへ出かけたりした。
普段だったら、5日間空けるだけでもその間に到着する人がいるため、インターネットの自動宿泊
予約サイトを閉じたり、人を頼んだり、苦労していたが、今回はお稽古と猫の世話だけを人に
頼むだけで問題なく出かけられた。
現地でも、日本は全然平気よ、こんなに元気で私が海外旅行しているじゃないのという態度で、
空元気を装い、日本の首都東京は問題ない、普通であることを誇示していた。
帰って来てからも絹しか着ないスタイルを崩さず、劇場へ行き、ダンスのお稽古をし、教会も
欠かさず通っていた。
そして、お稽古に来る人には、普通にしてるって、すごく素敵なことよね、元気な私たちを見て
元気になる人がいるからと、私たちは人のために元気にしていた。
マテオ君が私にくれるメール、今どこにいるよとか、昨日は何を見たよとか、宮島の山に登ったよ
とかという日々更新される情報がどれほど私を力づけてくれただろう。
こんな元気な外国人が、毎日観光三昧で、日本中を訪れて、違う町で見物したり、なにか食べたり、
おみやげを買ったり、得意な日本語で、現地の人々と言葉を交わしていてくれる。
5人しか人が来なかった日の日光東照宮で、マテオ君が、誰も来なくても僕は来たよと言って、
お店でお昼を食べた時、お店の人はどれだけ嬉しかっただろう。
マテオ君が帰る時、玄関で、私は、日本人が一番辛かった時にマテオ君が元気に毎日日本中を
旅行してくれてありがとうと言った。
あれは旅行したくてしていたというより、今考えると、マテオ君は私たち日本人を励ますために
わざわざ朝の5時台の新幹線でいろいろなところへ行き、イタリア人の男がこうして旅行していますよ、
足を棒にして、神社仏閣を訪ね歩いています、日本は見るところがたくさんある素晴らしい国ですね
というメッセージを身体全体で表現し、元気でクレージーなイタリア人の役を演じていてくれた
のではないか。
あちこちでヨーロッパ人男性旅行者の姿を見せることで、日本人に自信と勇気を与えているという
自分の役割に気づき、最期までその役を演じてくれていたのだろう。
自分が今、日本のためにできることは、その役を演じ切ること、過酷なまでのスケジュールは、
自分のために旅行していたのではこなせないけれど、日本人のために毎日旅行するぞという強い
信念があったから、できたのだと思う。
いくら二十代後半の若い身体だとはいえ、毎日5時起きはやはりきついだろう。
見事なまでに地方の宿泊施設に泊まらず、律儀に東京へ戻ってくるところが、ジョークであり、
ものすごく素敵なことでもあるのだけれど、車中で会う日本人に、自分がそのようなやり方で
旅をしていることを見せることが、マテオ君のできる日本人への貢献だったのだと思う。
マテオ君の存在、歩く元気マシン、この人がいたから、喜んだ多くの人が日本にいた。
強いマテオ君はみんなの希望で、私はいろいろな人々にマテオ君の自慢をすることで、他の人を
元気にしていた。
どんな人でも、マテオ君のことを聞いてみんなびっくりして励まされていた。
でも、この3か月の日本滞在を終え、一番大変だったのは、実はマテオ君だったのではないだろうか。
強いマテオ君は日本人みんなのヒーローだったと言って私がマテオ君の目の前で大泣きしたら、
マテオ君もこれまで演じてきた強いマテオ君が一気に崩れ去って、大声で泣き出した。
今までマテオ君は泣けなかった。
そんなこと許されなかった。
マテオ君の役は日本人を勇気づける役だったから。
元気を演じるのは疲れるのだ。
出国を目の前にして、今、これまで耐えてきたことが一気に噴き出した。
マテオ君と私は抱き合って思い切り泣いた。
素晴らしい涙だった。
ひとしきり泣いた後、マテオ君はさわやかな笑顔で玄関を出て行った。
アリヴェデルチ、ア・ラ・プロッシマ・ヴォルタ(また逢いましょう、次回まで!)。
良い夕方を過ごした。
5月5日 木曜日

ベランダの花を見て気がついた。
色がいい。はっきりとしたピンクやローズ色、赤。
葉も生き生きしている。
まさか、1日前に水に少しだけ混ぜた竹酢の威力がすでに効いたということなのだろうか。
でも、昨日塗って、翌日すでにほっぺたのところにできたしみが取れたので、多分竹酢は何でも
すぐに結果が出るのだろう。
10時頃カナダ人が朝ご飯を食べに来て、竹酢の話をする。
この人も私以上に竹酢ファンで、枕に竹酢をつけて寝ると言っていた。
多分良い効果が出るだろう。
私は竹酢に竹炭を浸したものを置くだけだが、やはり、8時間寝るところを3,4時間で同じ質の
睡眠になるので、時間が節約できてとても良い。
米国は囚人を使ってアリゾナの砂漠に竹でも植えたらいいのにという話をしていた。
本日は、にゃんぐ殿さまの22歳のお誕生日。
日本の全国民が日章旗を出して盛大にお祝いして下さっているが、殿は特に喜んでいるとも
思えない。
母などは「猫ちゃま」などと呼び、私は「子供ちゃん」、「ねかこちゃん」とか「赤ちゃん子さん」とか、
思い切り変な名前で呼んでいる。
多分日本で最長寿猫で金さん銀さんより上だから、今年の園遊会には多分招待が来るだろう。
ツバメは朝は巣にいなかったが、私がベランダに出たら、ジジジジと鳴いて私を呼んだ。
そちらを見ると、電線の上のツバメと目が合って、そのまま数十秒お互いに見つめ合った。
すると、ツバメは私にわざとを見せるようにして飛んで、一階の駐車場の中へ入っていった。
私があまりにも、朝はいない、昼もいないと、天敵に襲われていないかと、つばめのことを心配して
うるさく日記に書いているのを知っていて、私を安心させるかのように、このような行動をとった
としか思えない。
本当になんという頭の良い生き物なのだろう。

今日はインストラクターが来なくて私が一人で4レッスンやったので、他のことがなにもできなかった。

ところで、「大規模地すべり住宅地”視察 枝野長官」というニュースを読んだけれど、仙台に多くの
竹を植えれば地滑りなんかにならないのに。
植物が根を張っているところは絶対に地滑りにならないし、縄文人はそれをよく知っていたから、
竹の根に守られるような場所にいたのだろう。
海抜の低いゴミを埋め立て土地に表面だけアスファルトを被せたようなところに本来人間は
住めないし、私はそういう変な場所へ行くと足がすくむ。
だから江戸の下町には住めない。
 5月4日 水曜日

震災以来初めて茨城の小学生がお稽古に来た。
2か月間が空いたのに、ちゃんとシングル・タイム・ステップを覚えていたからすごい。
これはこの子がすごいというよりは、一度到達したレベルから下がらないように技術を保ち続ける
ための練習をうるさく、しつこく家で繰り返しさせていた親の根気がすごいのだ。
半月来ないだけで、全部忘れてしまう子供もいるけれど、忘れるような二週間を過ごさせた
親が悪い。
ことダンスに関しては、子供の才能はまったく関係ない。
どういう親がいるかだけが問題だから。

違う色のカーネーションの鉢植えを2鉢買って、母のところへ行く。
椎茸の炊き込みご飯を作って行ったのに、炊くときにお塩を入れるのを忘れてしまい、味がなくて
おいしくない。信じられない、こんなもの作ってしまったなんて。
塩が多いと年配者の身体には良くないと思っていたから、結局入れ忘れてしまったのだ。
まあ、行っただけいい。
「あら、きれいな顔ね。本当になんて、整っているのかしら。
いいわねえ、こういう人って」
これ、ビンラディンの顔写真がどアップになってテレビに映し出されたのを見て母が言ったこと。
美しい男は世界中のどの年代の女にも好感を持たれるから、醜く嫉妬深い男たちに憎まれる。
9.11を米国政府が自作自演として仕組もうと、最初に言い出しした人のことは特殊部隊の人、
殺さないようだけれど、そちらの方がもっとアブナイ人たちだから早く始末してほうがいい。

原稿を直していると、きりがなくて、ここもあそこもと、どんどんプチ修正してしまう。
そのたびに「最新版」を送られる出版社は怒っているだろう。
 5月3日 火曜日

ひどい雨が降った。
だから南榎に水遣りに行かない。
ベランダの落ち葉や枯れた蔓などを集めて紙袋に入れたら、2袋にもなった。
これらを持って行ってガマガエルの家になるように、隣家との間の通路に撒いておこう。
地球のものは地面にかえるから、土になるように上にたまに土をかけておこう。 
  5月2日 月曜日

昼見たら、やはりツバメはいない。
明るい時間は一体どこで過ごしているのだろう。
駐車場に人の出入りが多いから、落ち着かないのだろう。

震災以来初めてヨーロッパ人のお客様がいらした。
フランス人の弁護士でこれから1カ月日本で休暇を過ごすとのこと。
ありがたい。
来日を遅らせたりしないで、以前から予定していた通り、今日到着した。
ボルドーのワインをおみやげに持ってきて下さった。

ビンラディンTシャツ、最後の4枚を売りに出そう。
そうか、ついにこういう日がきたのだ。
実は今日、写真週刊誌「フラッシュ」のXXさんが電話をかけてきて、「あなた以前にビンラディンと
会ったことがありますね、あの人、米軍に今日殺されましたよ」とまくしたてる。
サダムの弟だったらツーショットしたことあるけれど、多分そのことと勘違いしているようだ。
だいたい私がアフガニスタンへ行くわけがない。
父はバーミヤンの調査で行ったけれど私は行っていない。
一昨年アフガニスタンの医師二名がうちに下宿していたけれど、信じられないほど国際性がなく、
他の国の誰ともお友達にならず、常にその二人でだけ話していて、それ以外にアフガニスタンと
直接関わったことがない。
あんな人気者殺したら、さぞかし世界中がそれを根に持ち、米国が今以上に憎まれることだろう。
ビンラディンが殺した数より、ブッシュ親子が殺した数の方がずっと多く範囲も広いのだから、
ビンラディン殺したら、ブッシュ親子だって生かしておくべきじゃないわけだから、あの親子、誰か
どうにかしてくれないだろうか。
チェ・ゲバラ、怪傑ゾロ、ヤセル・アラファト、オサマ・ビンラディン、フィデル・カストロ、etc.ヒーローと
呼ばれ慕われる人にはひとつの共通したパターンがある。
ゾロを殺したらまたいつか、次のゾロが現れて先代の意思と人々の期待を引き継いだわけだから、
ビンラディンを殺害したら、第2、第3のビンラディンが現れる。
その根本的な原因を解決しない限り、米国は永遠に次のカリスマ的なヒーローに悩まされるだけ。
ユーラシア大陸の国をひとつ、またひとつと自分の陣地にすることをやめない限り、米国はChina
と並んで永遠に世界の嫌われ者だろう。
日本としては、あの国に貢献するだろうと思われることを一切しないことで、微力ながら抵抗する
しかないのだろう。
ハリウッド映画を見ないとか、あの国の音楽のCDを買わないとか、デルモンテのケチャップや、
チキータのバナナを食べない、ディズニーランドへ行かない、持っているドルを売りに出すなど、
どんな小さな行動でも、世界の人がみんなでやれば大きなパワーになるだろう。
ビンラディンは今日、伝説になったのだ。
それにしても、あの一家はどうなるのだろう。
スイスに住んでいる顔のいいお兄さんはこれまでどおり、暮らしていくのだろうか。
スイスに住んでいるせいか、肌の色の白いおにいさんだと思った。
どこでお葬式をするのだろう、サウジだろうか。遺体は家族に引き渡すのだろうか。
それとも、首をホワイトハウスのどこかに戦利品として飾っておくのだろうか。
復讐を誓った人々が立ち上がるから、米国は自分で自分の首を絞めたようなものだ。

夜見たら、ツバメは1羽は巣の中に深々ともぐって熟睡して、もう一羽は反対側の巣のところに、
緊張した面持ちでとまっている。中に入ればいいのに。
特にこの1羽は、身体の色が白い部分が多く、黒が少ないので、自然界では目立ってしまうので
危険だ。普通のツバメはもっと黒い部分が多い。
 5月1日 日曜日

朝教会へ行く前と、午後教会から帰って来た時に巣を見たけれど、両方とも空だった。
この子たちが留守だととても気になる。
私がツバメの餌の蠅を心配していたら、Kさんからこのようなコメントが届いた:

「釣餌を売ってる店(釣具店など)に行くと餌として虫が売られています。
ちなみにハエの幼虫は「サシ」という名称でおが屑などと一緒に売られていて、買ってきて
霧吹きで水でもかけておけば勝手に蝿になりますよ。
その他、そのままでも鳥が好んで食べるような幼虫もいろいろあります。
昔、鳥を飼ってたときにときどき与えていました。
おが屑から蛆が沸くわけではなく、別に養殖してさなぎ寸前の蛆をおが屑と一緒に
売ってるんですよ。
あとペットショップでミールワームという虫を売っています。小鳥やハムスターの好物ですので、
ツバメにもいいかもしれません」
そして世にも気持ちの悪い蛆虫の写真入りの説明リンクがあった。
ありがたい情報だけれど、あの茶色の
のそっとした胴体の写真を見ただけで、今夜は何も食べられなくなってしまいそう。

今日は雨が降ったから嬉しい。
南榎の庭に水を撒きに行かなくてすむ。

BBCを見ると飽きもせず、こりずにウェストミンスター寺院の結婚式を流している。
ひっかかったことがふたつ。まず、新郎から。
ウイリアムズがアイルランド軍の大佐の軍服を着ていたことがひっかっかる。
英国の北アイルランド占領を既成事実として、自国の領土として世界に宣言する良い場に
結婚式を政治利用した。
自国の領土を奪われて、自由のために闘う人々をテロリストと呼んでいるニュースを同時に流し
自由の戦士を悪者扱いしているが、私は断然アイルランドの味方。
英国は悪い。北アイルランドを返還しろと言いたい。
そうやって、パレスチナも北方領土も米国本土もハワイもチベットも東トルクメニスタンも次々と
本来所有すべき人の手に返されたら、現在の地球上の問題のほとんどは解決される。
それから、新婦の黒髪。
これは一体どの世代でそういうことになったのか。
3代前は炭鉱で働いていただのどうのという話を聞くが、もしかして、大陸から来た南欧の人の
血がどこかで入ったのではないかと想像できる。
北のサーメ人や東のモンゴルが入った顔ではないから、絶対に南欧系がどこかで入ったに
違いない。
そこのところに興味があるから、新婦の顔写真入りの系図を見たいものだ。
英国本来の庶民であれば、金髪を通り越して赤系の髪になってもよいくらいなのにあの人は黒い。

ところで、電気予報という頁があるのを知った。
最大の節電は早起きして天の恵みを無料で使わせていただくということだから、地震以来早く
起きるようになった。

夜中にマレーシア人の舞踏ダンサーが到着した。
今回の大震災以来、初めてのお客様。本当に嬉しい。
踊りを見せっこする約束をしていたから楽しみ。
大震災のため、1カ月到着を延期しての来日。
キャンセルした人だって多かったのだから、遅れてでもいらしただけ嬉しい。

ツバメは夜はちゃんと自分の巣に戻っていて、一羽につきひとつの巣で休んでいた。
  4月30日 土曜日

前の本で1行で済ませた、クロッグやジッグからタップへ移るその中間のプレ・タップのバックの
ことを今回は前回の校正でその1行さえも削ってしまったのだが、それから3日経ち、どうしても
そのことが気になっていてもたってもいられず、結局、はしょらずに数十行を使って新たに別の
一章をそのことのためだけに書くことにした。
面倒だとか、自分の好き嫌いなど関係ない。
手を抜こうとした自分が本当に恥ずかしい。
どうでもいい余計なことはやる暇がある癖に、本当に大切なことをないがしろにしていたことを
心底恥ずかしく思う。
ここ数日できちんとかたちにしよう。

朝見たら巣にいなかった。どうしたのだろう。
餌を捜しに行ったのならいいけれど、カラスにやられていないだろうか。
夜見たら、二つの巣の中に一羽づつ別れて入っていた。
これまで数年ツバメの習性を見て来たけれど、このようなことは一度もなかった。
いつも道路に近い方の巣、つまり壁によって、道路から隔てられているから、道路を低く徘徊する
カラスや鳩の目からは死角になる方の巣で産卵、子育てをして、飛び立って行く。
すると次に、道路から離れてはいるけれど、低い位置から斜めに見上げる道路から見えてしまう
方の巣で次の子育てが始まる。
昨年は、後者の巣ではわずか1羽しか育たなかった。
前者の方は、4羽いて、1羽猫にやられて、残り3羽が巣立った。
今年は、両方の巣に別れて寝ている。両方の巣を同時に使用するなどというのは前代未聞。
今までに巣立った多くの子供たちがいるだろうから、同時進行しないとだめなのだろうか。
ツバメがこの界隈で十分な昆虫を得られますように。
できることなら私が蠅をたくさん提供したいくらい。
ツバメは生きた昆虫しか食べないだろうから、蠅が発生するような場をつくるしかない。
そうか、イワシを買ってきて、土の上に置けばいい。
蠅が出るだろうから、それをツバメが掴まえられる。
遠出をしなくても、2階まで羽を伸ばせば、食べ物にありつける。
この手でいこうか。
しかし、ベランダが蠅だらけになってしまうかもしれない。
いや、そうなる前にツバメが片付けてくれるだろう。
どうしよう、やるかやらないか。
野菜よりは魚の方が、はるかに強烈だと思うし、土に戻るにしても肥料になるから、レタスよりは、
イワシがいいに決まっている。
私は動物、植物たちのためならなんでもできる。
明日教会の帰りにイワシを手に入れて決行しよう。
 4月29日 金曜日

今日は歴史前半原稿の校正を終わらせないと。
次々と鬼のように雑用が舞い込んできて、それを阻むから、もう闘いのありさまを呈している。

菊池村から届いた野菜で身体が蘇る。
竹炭栽培で野菜の精神状態が良いままで出荷されると、野菜のお命がみなぎっているから、それを
いただくことでこちらも元気になるけれど、ハウスで人工的な環境で嫌々育った野菜は精神が
しらけているから、生命力がなく、結局おいしくない。
人間だけではなく、生物全てには生命力の濃度があり、それがみなぎっている人やものは美しい。
その力がぐるぐるまわって、生命体であるこの地球を支えている。

ところで、もし、日本の皇位継承権のある人物が防衛庁の航空自衛隊の人で、いつも基地で
任務をしていたら、一国民としてすごく許せないことだけれど、イギリス人はそこらへんのところ
無神経でなにも感じないのだろうか。
テムズ河やナマズ、稲の研究といった差し障りのないことに懸命になっている人を見た方が
はるかに安心できる。
空軍で戦闘機に乗ったりするより、地上で麦の研究とか、バグパイプの演奏とか、木靴の踊りなど、
戦争に直接関係ないことに没頭した方がいいに決まっているのに。
チャールズはカミラのためにダイアナを殺させたりして、ひどく不人気だから、あの人を飛び越えて
エリザベスおばあさんから、いきなりウイリアムズにできないものだろうか。
ところで、カミラの前夫、パーカーはなにをしているのだろうか。
まさか、まだ宮殿の近くで皇太子の用事なんかしていないだろう。
カミラとの離婚には相当王室からお手当てが出たのではないかと想像できる。
ブレアが招待されなくて思い切り笑ってしまった。
ブレアは恥ずかしくて、みじめったらしくて、毎日うじうじ暮らしていたに違いない。
所詮、ブッシュのポチ犬とか言われた程度の男だから、そういう扱いされても仕方ない。
4月28日 木曜日 

午前中恵比寿で撮影に付き合ってよかった。
通常はお笑い番組の収録には行かないのだけれど、今日は衣装を届けないといけないのと、
気のきかないスタッフがオフィス・マリカのタレントにお弁当を用意していないといけないから
虫が知らせて、おいしそうなものをあれこれ買って自転車で行った。
案の定、モデルがノーブラで来ていて、ドレスが薄くて透ける素材だったので丸見えになってしまう。
私のヌーブラをはずして使ってもらいどうにか切り抜ける。
胸の小さな人で助かった。
白人にもたまにそのような人はいるようだ。
午後は南榎の庭に竿を2本ベランダから出して、つるが
巻きつけられるようにした。
すでに3本用意してあるけれど、足りないような気がして足した。
マニラ麻のひもを竿の先に結び付けて庭にたらし、固定物に結び付ける。
信じられないことだけれど、昨日の雨のせいか、この2日で植物がすでに数センチ伸びている。
早い。
向かいの家に、ご隠居さんのようなおじいさんがいて、いつも日曜大工をしている。
いつも作っているわけだから、日曜大工ではない。
なにを作っているのか、一度聞いたことがあるけれど、戸棚だと言っていた。
でも、数十回できかないくらいの回数、大工道具を出して板とにらめっこをしている。
この人は作っているのではなくて、板や、大工道具が好きなだけなのかなとも思う。
今日は、何を思ったか、竹竿をあげると言って、物干し竿のような直径4センチくらいの長い竿を
くれたので、ありがたくいただいた。
太すぎるので植物を撒きつかせるのには使えないけれど、洗濯用の竿には最高だ。
絨毯を買ったら、竿の巻ついていたのでその芯だと言っていた。

戻って来てお稽古をしてからパン屋へ行ったら、どれも最後の1個。
早くお見せを閉められるように、これもあれも買う。

九州の菊池村から竹酢がたくさん届いたので、惜しげもなく使うようにしたら、不思議なことに、
日焼けのシミが取れてしまった。
竹酢のことをもっと早く知っていたら、レーザーなんかやらなかった。
1回のレーザー治療で竹酢が何リットルも買えてしまう。
しかも、顔に塗るのはほんの少しだから、何リットルもあったら数年分。
私は化粧水に混ぜたりしないで、竹酢の原液をそのまま顔や肌や髪につけてしまう。
思うに、竹酢が流行らないのは、病院や美容院、化粧品会社、その他大きな資本がらみの
心の汚い人々が、結託して竹酢を流行らないようにしているに違いない。
こんなものが世に出まわったら、誰もリンスや化粧水、うがい薬、入浴剤、消毒液、花粉症の薬、
その他ありとあらゆる商品を買わなくなるから、竹酢はある意味、縄文人の爆弾的な存在なの
ではないだろうか。
そんな危険なもの世に出すなと奴らは結託して阻止してくるに違いない。
竹酢や竹、炭に目覚めた人は結局、素朴な縄文人的心情の持ち主だから、それで儲けてやろうとか
商品にして全世界を市場にしようなどという野望はなく、自分やそのまわりの少数の人に
使ってもらえればそれで十分に嬉しいですなんていうある意味、一見負け組みたいな人なので
今のところ、どうにか平穏を保っている。
そのうち竹酢がどんどん流行り出して、その結果、人々が消費をしなくなり、経済活動が停滞すると
「竹酢職人殺人事件」とか、「竹藪焼けた」みたいなことになりかねない。
これが単に危惧で終わればよい。
一番良いのは、竹酢を世界に輸出すること。
そうすると、世界的に有名なブランドの化粧品や製薬会社もばたばたとつぶれることになる。
縄文竹文化の勝ち。

日曜日にこの界隈に戻ってきたつばめが今日から古巣の作業を始める。
4月27日 水曜日

夜中に洗濯機にかけておいた洗濯物を朝一番で陽に干す、これは本当に省エネ。
どうして、こういうことができなかったのだろう。
一体何台乾燥機を買ったことだろう。なんという無駄。
日の本のこの国で一番の資源はなんといっても太陽だから、これを使わなかったらバチが当たる。

「 東京が止まったら日本が止まる」、「まさに国難。しっかり立ち上がろう。肩を組み直して
みんなでやろう」と言って当選した石原都知事が言うように、行動のすべてがこの国の発展に
多少なりとも寄与するかたちにならないといけない。
「ほとんど無駄に近い電力消費を抑制しなければ。パチンコやる人も我慢なさい。
自動販売機なんてなくても生きていけるじゃない」に一言つけ加えるなら、パチンコ店に多大なる
節電を強いると同時に、パチンコ店の税金を上げるのがいい。
普通一般の善人男女から消費税増額を取るより、ある一定のカテゴリーの人々から吸い上げた方が
一般人から文句が来ない。

ところで昨夜校正が終わって一晩寝たら、また、直すところがいっぱい出てきてしまって、最初から
やり直す。
文章はその時の文章力で書かれるので、一晩前に書かれたものでも、翌朝読むと幼稚に見えるから
結局プチ修正を入れることになる。

お寿司屋について一言。
江戸前寿司は本来、江戸の前の海で採れた魚介類を握ったから江戸前寿司なので、北海や、
南氷洋、東南アジアやインド洋から持って来た材料で握ったら、もはや江戸前寿司ではない。
今のお寿司屋さんはそのような輸入材料を使っている。
チリ産のあわびや、モーリタニアのタコを食べずに、国産の食物しか口にしないようにするには、
結局、材料を自分で買わないといけない。
国産の海産物は健在で、銚子や沼津、長崎からの海産物がたくさん売られているから、それらを
買って産地を助けることでこの国をよくしていけばよい。
どうしたら外国産の食べ物を水際で止められるのだろう。
私が農林大臣ならX国産の鰻や、プーチンとこの鮭なんか一番最初に輸入禁止にするのだけれど。
そんな、埋め立ての材料にも使えないような物にお金を払ってどうする。

先週撮ったフジテレビ「さんま&くりぃむの芸能界(秘)個人情報グランプリ」の1ネタの再録が
急に明日になってしまい、オルガさんは、そんな急に予定が立たない。
それで、ルーマニア人をキャスティングするが、衣装は同じでないといけないので、午後経堂の
オルガさんの家へ取りに行く。
原付バイクで甲州街道を下り、なつかしさのあまり、つい、下高井戸を左折してしまう。
あの商店街、うーん、こういうところでおかずを買ったらさぞかしおいしいだろう、一軒一軒の小さな
お店が一生懸命に自己主張をしていて、大きな資本のスーパーなんか来ない、なにか、御徒町
というか、戸越銀座というか、ともかく、庶民の消費生活が息づいていて、いたく感動。
新宿区にはこういう場所はない。お店が冷たい。新宿1丁目商店街と比べたら下高井戸は天国。
右手に高校、そして、左手には5年間通った日大文理学部が。
玉川学園は母校という気がして、卒業後何度も足を運ぶ機会があったけれど、日大はなぜか、
そのような機会がなかった。
こうやって正門の前を通り過ぎて、桜上水方面へ通り過ぎて、おやおや、松原一帯をうろうろ。
実にのどかな生活空間。
思い出に浸っていたら、なんのことはない、いつのまにか、なぜか再び甲州街道へ出てしまった。
今度は、少し先の八幡山を左折すると、なつかしの東京都精神衛生研究所。
ここで6年間ダンス・セラピーとして講師をしていたことがあるが、その経験は実に貴重なものだった。
知能指数が高すぎる人と、足りない人と、東京都の職員をみんな一緒くたにしての踊りのレッスンは
最初はたまげたけれど、やっているうちに、だんだん、知能指数が高すぎて入所している人が
私のアシスタントとして、東京都の職員にステップを教え始めたのは本当におもしろかった。
受講者は、一家全員東大で、自分ももちろん東大とか、北大、一ツ橋、中には大妻の教授なんて
いう人もいて、私に「ニーチェ」なんて呼ばれていた髭の天才青年もいた。
こんなにすぐに踊りを覚えて、私の手伝いをしてくれるこのような人がどうしてここに来るのだろうと
不思議な気がしたけれど、あの6年間で私は教えるふりをしながら、学ばせてもらったと思っている。
精神病院まつりの「マイケル・ジャクソン、スリラー」は絶品だったと自負している。
あんなに真に迫ったドラキュラや、フランケン、狼男などの演技(というか素のまま)は練習して
できるものではない。
叫ぶところなんか迫力があって実に素晴らしかった。
さて、そんなことを思い出しながらトロトロと運転していたら、羽根木公園に出た。
そうか、話には聞いていたけれど、こういうところだったのか。
これは都内ではない。地方都市だ。
経堂へ着くまでにかなり畑を見た。
趣味で植えているという感じではなく、ちゃんと農地として登録して作付している感じだった。
出荷しているのだろうか。まさか。
あんなところで畑やられたら、税金とれないから、家でも建てて固定資産税がっぽり払えと
世田谷区税務署は思っているだろう。
あの畑の持ち主、実にいい根性している。
都内の人の多くが農地登録して畑作なんかしたら、税収ガタ落ちで、役所は渋いというか青い顔、
でも、緑が広がり、東京のイメージが変わるだろう。
そう言えば、私が高校生の時でもまだ原宿の竹下通りから少し入った小路のところに、渋谷区
最後の畑が残っていたのを思い出す。
旅のハイライトはお豆腐屋さんでお豆腐と油揚げを買ったこと。
なんという感動。
神楽坂にあるような、フランス料理やの前にある、ガイドブックに載っているちょっと洒落た
お豆腐屋さんなんかではなく、なんというか、素朴そのものという、時代から取り残された環七沿いの
究極のお豆腐屋さん。
まだいるのだ、こいう人たち。
山の手線の輪の外へ出るのは何か月ぶりだろう。
オルガさんの衣装を取りに行くお蔭でいい経験をした。
しがないテレビ番組だから私が自分で取りに行くのだけれど、これがCMとかちゃんとした予算の
ある番組なら、バイク便なのに。でも、今日の午後は楽しかった。
4月26日 火曜日 

南榎の庭の隣家との境のところに、小さなアロエを植えようとして土を掘っていたら、ガマガエルが
いた。
おやおや、こんなところで眠っていたのか。
昨年は、時々、夕方姿を見かけた。
陽が照っている時は、身体が乾燥してしまうから、土の中にいるのだ。
それとも、まだ冬眠から目覚めていないのだろうか。
ものすごく動作が鈍かったから、多分まだ冬眠の最中なのだろう。
寝かせておいてあげよう。
かわいそうだから、上にたくさん土をかけて、その上から水もかけた。
そのうちツユクサなどが出てくるだろうから、それらを抜いてガマさんのお部屋あたりにたくさん
積み重ねておけば、そこで快適に暮らすだろう。
そもそも小さなアロエを植えようとしたのは、本来それがあった場所に、昨日母のところから
貰ってきた大きな鉢に入ったアロエを植えようとしたからだ。
あまりに大きいので、壁によっかからせないと自分では立っていられない。
直植えすれば、きっと深く根を下ろして、花が咲くだろう。
母のところは何度もアロエの花を咲かせているようだ。
うちは今、神楽坂の玄関のアロエが花を咲かせている。
アロエはある一定以上の大きさにならないと花が咲かない。
アロエを植えた後の土はすべて養分が吸い取られて、土がすかすかになってしまうとなにかで
読んだことがあったから、たくさん養分を与えないと、まわりの他の植物に悪い影響を与えるだろう。
土は直射日光が当たるとカラカラに乾いてしまうから、ドクダミでも、ハコベでもなんでもいいから、
ともかく土を覆うものがあった方がいいというのを私は経験から学んだ。
だから、昨年も清掃の高橋さんがあまりに草をすべて抜くので注意したことがある。
雑草だから抜きましたと言われても、雑草というものは自然界では存在しなく、すべて必要なもの、
水遣りだけやって下さい、草を抜くのは私がやりますなんて言ったこともあったほど。
雑草と見えるけれど、それらはすべて働いていて、それらの植物が根を張っていてくれるから、
地面が乾かなくてすむ。
しっとりと湿った感じになっているから、それが温度を下げるし、ほこりもまき散らさないし、
他の植物のためにもなり、全体が緑色になり、酸素を多く供給してくれる、いいことづくめ。
要らない人間はこの世に多いけれど、こと自然界に関して、なくてもいい植物や動物はない。
一番いらないのが自然界の敵である人間。

今週撮影のフジテレビの番組の連絡が入った。よかった。
こうやって、どんどん回復していってほしい。
オフィス・マリカがきれいどころを出せなかったら、番組に華がなくなる。
世の中は喧嘩腰のニュース報道や原発解説番組ばかりより、たまにはとびきりきれいな外タレも
見たいのだ。
4月25日 月曜日

さやえんどうを植える。
そばに竹の支えを立てる。
ゴーヤが育つとこんな竿一本ではとてもだめだということがこの2年間で証明されている。
これまでは、2メートル半もあるゴムの木があったのでそれに巻つくこともできたけれど、もう
ないから、竿を増やして、2階のベランダから紐を引っ張らないといけない。
それは今度時間がある時にやる。

高島屋へ行き、おみやげを買ってから、母のところへ持って行く。
昨日、教会の復活祭に来なかったから様子を見に行ったら、選挙は行ったとのこと。
そのくらいは歩けるようでよかった。

「ジャズ・ダンスの歴史」の校正がどっと届いた。
これが一番面倒なところ。全部データだから、気分で書くこともできないし。
他の部分はすべて「である」体に直したのに、ここだけ「ですます」体で、なにか歯切れが悪い。
どうしようかな、「である」体に全部直してしまおうかな。
4月24日 日曜日

朝の5時にツバメのジジジジという声で目を覚ます。
そうか、今年も来てくれたのか。
私に一番に挨拶してくれたのが嬉しい。
この子たちは、昨年ここで生れた子だろうか。
過去数年に渡ってここの駐車場の天井で子育てをして巣立っていくのを、見せてもらって、まるで
一緒に子育てをしているくらいいつもはらはらのしどうし。
赤ちゃんツバメが巣から落ちて、向かいの雌の黒猫に獲物として持ち去られたことを黒猫の
飼い主から聞いた時など、自分の子供が誘拐されて死亡確認をしたようで、
心臓が止まるほどだった。
ツバメのために市ヶ谷台町一帯では除虫剤を絶対に使ってはいけない条例でも出してほしい。
ツバメの餌になるような昆虫がいなければ、ツバメは生きていかれない。
子育てができない。
東京の真ん中で毎年子育てをするこのツバメの一家を応援したい。
思うに、新宿御苑では、天敵のハトやカラスがいて、落ち着いていられないのだろう。
昨年も、ツバメが子育てをしている最中、カラスが気配を嗅ぎつけて何羽も集まって、駅前の
右翼の拡声器による演説のような大合唱をして、ツバメに嫌がらせをしようとしていたけれど、
そのような時、私はすかさず、中に入って、カラスを追い払い、ツバメを守った。
カラスは執念深く、しかも攻撃してくる習性があるから、むろんサングラスや帽子を欠かさない。
カラスは私がツバメ派だということを熟知しているので、ベランダに来て、私のプランターの
植物をくちばしで引き抜いてしまう。
ゼラニウム、日日草、ステビアなど、しょっちゅう被害に遭った。
今年もツバメを守るため、私はカラスとの闘いを覚悟しなくてはならない。

 復活祭
  4月23日 土曜日
やった、雨降り。
榎木の庭に水遣りに行かなくても済む。
今日は世田谷豪徳寺のプラネアールというハウススタジオでフジテレビの撮影があり、
それの立ち会いに行こうと思って、夕方に予定していたルイジ・ダンス勉強会を
わざわざキャンセルしたくらいなのだが、結局、立ち会いも行かず、ここに残って、
「外濠通り産トマト」の原稿を書くことにする。
ざあっと書いたのは、先月、成田空港の出発便待ちのソファの上なのだが、その後、
叔父叔母など3名の証言を受けるにつけ、自分の情報の甘さが目に つき、
加筆しなければならない。
それにしても、この一家の証言は非常におもしろい。
映画などで見るのは、一般的な体験、いわば悲惨な疎開・被災体験なのだが、この人たちは、
2百坪のお屋敷で女中をつけて疎開していただの、麻布の洋食屋へお米持参で
外食に行っただの(食堂はおかずしか材料がない)など、知らない世界の話をしている。
こういうのは、多分特殊な例だったのではないだろうか。
長原の静子さんから缶ジュースをたくさん送っていただいた。
カステラでも送っておこう。
明日の復活祭に着物を着て行こうと思っていたけれど、雨だったらだめだから
その時は普通の絹ドレスにする。
母を誘ったけれど、どこへも出られないの一点張りで、断られてしまった。
昨年の復活祭は教会を二軒掛け持ちしたのに。
  4月22日 金曜日

朝一番でステビア肥料を撒きに榎木の家へ行く。
塀のところに掛けたプラスチック製の容器には、枯れたパンジーの代わりに小さなアロエを植える。
多肉植物だから、草花と違ってそう簡単に枯れたりしない。
昨年は日日草などを灼熱の太陽でかなり痛めてしまったから、多肉植物は便利。
301号室のベランダでもしぶとく1年以上生きている。
毎日手入れをする必要もない。
地面に根を張った植物と違い、掛ける容器の場合は土が限られるからなるべく
手がかからないことが大切。
ところで、トウモロコシは1本から1本しかできないのだろうか。
地球外生物が持って来て、奴隷としての地球人が餓死しないようにしたというが
その節は説得力がある。

ルイジの「ミッション・インパッシブル」の短縮版を毎日1度踊ることにしている。
それをずっとしなかったら、数か月前にできた踊りが踊れなくなっていてびっくりしたから
毎日踊ることでこの踊りを死ぬまで身体の中に維持したい。
1分強だから、あまりにも短いとも思うけれど、長くして不完全になるより 、
ソロだから短くても確実にできた方がいい。

ところで、産経にこんな記事があった:
「米地方紙は、事故と原爆投下を同一視し、先月15日に3つのキノコ雲に「ヒロシマ」「ナガサキ」
「フクシマ」と書いた風刺画を掲載していた」
原爆落としたその本国でこういう風刺画が出ていること、そのような思考をするように人が
育つ教育を授けていることが問題なのだ。
  4月21日 木曜日

昨夜から読み始めた「四千万歩の男」第三巻を午前中ずっと読み、朝昼一緒に食べる。
それにしても、江戸時代の伊達藩のなんという藩費の無駄遣い。
不要な個所に武士の過剰な雇用。
それをマネージメントを託された大阪商人がどんどん無駄を切り捨てていく 。
井上ひさしは江戸時代の姿を借りて現代の行政機構の肥大化を描いている。
ひとつひとつの場面の情報量がすごい。
想像だけでは書けない。
フィクションであってフィクションでない。
外苑東通りの苗木屋でトマト、トウモロコシ、さやえんどう、ゴーヤ、きゅうりを買って植えた。
もしかしたらきゅうりではなかったかもしれない。
生ってみないとわからない。
葉を見ただけでは識別できない。
トマトは棒を立てないとだめなようだ。
昨年は、そこのところがよくわからなかったから、かなり後になってから棒を立てたけれど、
それでも15や20個は収穫できた。
そのうちトマト用、えんどう用の棒を立てないと。
ゴーヤは昨年一昨年と二年連続で収穫しているから、勝手がわかっている。
朝顔の棒を伝わり、ベランダの手すりまで伸びて行ったから、今年もそのつもりで、
ベランダからすでに4本の竹竿を出して、その先にひもを結んで下に垂らして
手すりに結び付けてあるから、大丈夫。
冬の間も一番元気だったのはハマナスで、暖かくなると紫の花を咲かせる。
ブーゲンビリアは見事ダメになったのに、ハマナスは枯れないところがすごい。
りんごはまあ、ぼちぼちといったところ。
なにしろ、種から育てたから、数年たってもまだ小さい。
枝を切りながら育てているから、幹はかなり太くなっている。
実生の朝顔がどのくらい咲くか。
朝顔は毎年苗を買わないとだめなようだ。
実生はあまり育たない。
そうでなければ、苗木業者は儲からない。
東京のどまんなかで野菜をつくる。
代稽古を頼んでその間に行って肥料をやったり、ツユクサを抜いたりしてく る。
昨年は年金受給者で暇をしているおじさんに夏の間の水遣りを時給で頼んでいたから、
できあがったゴーヤは値段がつけられないほど高いものになった。
数個できたけれど、すべて人にあげてしまって私はぜんぜん食べていない。
こんな高級品、自分で食べるにはもったいない。
でも、お店でゴーヤの値段を見て、あまりの安さにびっくりした。
ゼロが2個くらい違っているのかと思った。

再現ドラマの写真審査にオルガが受かって明後日撮影。
自粛ムードが終わってやっと業界が少し動き出した。
この一か月以上オフィス・マリカは開店休業だったから本当に嬉しい。
これが機能していないと、国内にいる外国人たちに仕事が出せなかったから 助かった。
それにしてもロシア人たちは配偶者が日本人だから子供が日本で育つ日本人のメンタリティを
持った子供に育つ。
仮にだ、ロシアで原因不明の男性の不妊症が発生し、ロシア人を父とする子供の
出生率が見込めず、全ロシアの未婚女性が日本人男性と結婚して、日本で子供を出産し、
育て、 その子供たちが日本人のメンタリティを持って成人した場合を考えよう。
投票権を持つ年齢になり、その子供たちが大挙してロシアへ帰国し、投票なり、立候補して
全千島列島を先住民に返還することが決定したとする。
ロシア人人口は先細りになり、その代り、日本人の血が入ったロシア人で人口を占めることになる。
ということは非現実的すぎるから一考の余地もないかもしれないけれど、理論的には可能だ。
だから、じゃぱゆきが日本人と結婚し、子供を産み、それを日本人として育てるということは
地政学的に大切なのではないか。
全世界の大陸の人口分布で本当は一番多かったのが先住民で、地中海までの全アジア、
太平洋、オセアニア、北部地域を含む全北米と中南米すべてはパンゲア大陸人というと
オカルトじみるから、まあ縄文先住民というか、その前のカタカムナ人で占めていた。
爬虫類地球外星人に無縁の善良な人々だったため、見事に爬虫類系統人に略奪されて
しまったけれど、国際資本を儲けさせないようにすれば、爬虫類系に勝つことだって可能だ。
だから、私は絶対に輸入食品を買わないと誓ったのに、朝一番で飲むコーヒー自体がすでに
輸入であることに気づいた。
これからは、国産のお茶にする。
コーヒーを飲めば、奴隷労働で成り立つコーヒー業界を牛耳る国際資本に依存してしまう。
すでに買ってしまった分は仕方がないとしても、これから一生コーヒーは買わない。
日本人が全員国産食物しか口にしなくなったら、日本の農業は飛躍的に伸びる。
日本円が国外に流出しない。
もしこれを1億2千万人がやったらどうなるだろう。
休耕している田や畑を使って、国産の食べ物を生産しよう。
チャイナの食べ物は今後一切輸入禁止。
関税をかけて国が阻止するのではなく、国民が自主的に食べないことで無視するのが得策。
4月20日 水曜

原発の汚染水処理施設を設置するためにフランスの大手原子力企業の女社長が来日したが、
ボランティアでやってくれるわけではなく、ビジネスチャンスとして来たわけだ。
日本の悲劇はフランスの儲けの機会。
大手原子力企業は、国際XXX資本と密接に結びついているから、この女社長は多分
傀儡か、大物の愛人かなにかかもしれない。
女性をトップにすげた方が、批判をかわせるから、こういう業界はそういう手を使うに限るかも。

久しぶりに榎木の庭の手入れをする。
外装業者に無残に抜かれ廃棄された植物の悲しみの霊が漂っていた。
地面ぎりぎりまでひどく切られた竹はそれでも根があるから、死んでいない。
人間がいくら抜こうとしても竹は深く複雑に根を張っているから抜けないのだ。
竹は大地と一体だから、誰も大地から竹を離せない。
根がある限り竹は育つから、たくさん愛情と肥料をやり、もとの竹藪(?)まで育てよう。
竹が根を張った場所では地滑りなど起きない。
液状化現象が起きた場所は、柔らかな地面をコンクリートで固めたからで、
竹を植えておけば起きないことだった。
縄文東国人は竹と共に1万数千年以上生きてきたから、竹に対して宗教に近い感覚がある。
二年かけてやっとここまでにした私の大切な植物が味わったあの辛い体験を
決して無駄にしない。
無断伐採廃棄処分した業者を窃盗の容疑で事件扱いにしてもらうこともできると
牛込警察から指導してもらったのが先週だから、私は木々の味わったあの無念さを
プラスのエネルギーに変えて仇を取らないといけない。
ところで、お店に行ったら、安いオランダ産のあじのひものを数枚買っている男性客がいた。
よほど、そんなもの買わずに、この長崎産のあじのひものをお買いになられたらいかがですか、
運送距離を考えて下さい、こんなもの地球の反対側からわざわざ運んでくるようなものですか、
たとえ190円高くても、長崎産の方がいいではないですか、大きさが二倍、
冷凍していないからぺったんこになっていない、運送時間が短いから塩も強くない、
日本円が国外に流出しない、それを百円で帰るからとオランダ産を買うのは大きな間違い、
あなたのような人がいるから日本の漁業はだめになると説明しようと思ったけれど、
喧嘩になるといけないからやめた。
でも、納得できない。
あのような馬鹿親父が日本をダメにしている。
安くても買ってはいけないという消費者教育、国際経済観念を植え付けなければいけない。
 4月19日 火曜日

税務署へ行った。
テレビの仕事もダンス・ショーもありません、外国人の下宿人はみな帰国してしまい、
予約もキャンセルされ、返金を求められています、新たな予約もありません、
東電は半径20キロ圏内の人しか補償しないので、東京新宿の私は泣き寝入りです、
どこへ文句を言って補償していただけばいいのでしょうかと説明し、
固定資産税の支払いが遅れます、今はこれしかありませんと言って少しだけ払ってきた。
他の人もそうしているのだろうか。

井上ひさしの「四千万歩の男」の第二巻を終え、いよいよ千島列島がアイヌのものであることが
はっきりした。
アイヌは国際社会で発言できるしっかりした理論武装をしなければならない。
日本国はアイヌ支配地域をアイヌ自治区として、事実上の独立地域として対処すべきだ。
カナダのケベックのように、そこの中で自由に古きフランス式生活をしている人に一切
口出しをしないのと同様、日本国もこれまでのアイヌへの支配を正式に詫び、補償をし
「手から口」への自然生活様式をしてもらったらいいのではないか。
シベリアの先住民も同じアジア人だから、民族分布で国境線を引くべきで、本来なら、
汎アイヌ王国が可能なのだ。
地球の動植物をこれ以上減らさないためにも、自然崇拝の民が地域を守らないといけない。
けものを焼き尽くすような宗教はあきらかに地球外星人によりもたらされたものだ。
火の神様をはじめ、万物に神が宿るアイヌの宗教観は正しい。
ところで、火を神とするアイヌと、ゾロアスター教は、つながっているのではないかと
直感で思う。
地域的に離れているとは思わない。
離れているのではなくて、むしろ、つながっている場所なのだと考えた方が妥当だろう。
ところで、けものを焼き尽くす宗教の供え物だが、私にはその羊や鳩の苦しさが
自分のことのようによくわかるから、早く教会へ行って聖書をめくり、たまたま旧約の
そのような頁に出会ってしまうと、あわてて、他の頁に飛ぶ。
ちなみに、旧約は血圧が高い人が書いた怒れる文章の連続で、新約の手紙はみな日本語が
こなれていなくて読みにくいから、結局ちゃんとした文のところはあの4つの福音書しかない。
あの人の手紙はどうしてあのような変な日本語なのだろう。
元の文章がへたなのか、訳した人がへたなのかわからないけれど、聖書翻訳者が訳したものを
プロのもの書きに渡して、リライトしてもらったほうがいい。
全部「あの人」が書いたのかどうか。
理論が飛躍して変なところがたくさんあるから、やはりあの人なのだろう。
亡くなったホセ柴崎先生は、新約聖書の福音書を英語とスペイン語で写経のように
毎日写し書いていらしたから、英語で詩作なさるとまるで聖書の言葉のようだった。
 4月18日 月曜日

ヒラ・クリが日本に来たけれど、檄を飛ばすためだけに顔を出し、一泊することもなしに、
放射能怖さにあたふたと出国した。
わずか5時間の日本滞在だという。
馬鹿にしている。
皇居の前のホテルに滞在し、浴衣で夕食のお刺身を食べているところなんかを
報道陣に撮影させ、
「ジャパニーズ・サシミ、デリシャス、日本は安全だから、観光にいらっしゃい」
とでも言えないのか。
その10秒のせりふがどれほどの経済効果をもたらすかわからないのだろうか。
いくら法学部を優秀な成績で卒業した弁護士でも、人間の心がわからないから
爬虫類の目をしていると言われるのだろう。
日本の外気に触れるのが怖くて防空頭巾か防災服でも着ていたのか、
頭がぺっちゃんこで、今、まさに帽子(防災ヘルメット?)をはずしましたというほど
てっぺんが平たくなっていた。
この人はいつも、頭の上をカールでふっくらさせてボリュームをつけているから、
こんな変な頭のまま報道陣の前に現れたヒラ・クリははじめて見た。
所詮この程度の人なのだと思う。 
 4月17日 日曜日

朝教会で手にしたルーテル市ヶ谷教会月報の終わりの方にいい言葉が載っていた。
たとえ明日が世界の終わりの日であっても、今日リンゴの木を植える

フジテレビの番組にオフィス・マリカから推薦する韓国人G子さんが素晴らしいメッセージをくれた。
「私は韓国の釜山で生れたGです。
韓国で日本韓国通訳専門大学を卒業しました。
韓国で日本担当のガイドとして韓国のお客様を日本にお連れして、東北、関東、関西、九州などを
ご案内し、日本の歴史や文化を紹介しました。
来日したお客様が楽しんで笑顔で帰国するのを見て嬉しかったです。
私の仕事はお客様を喜ばせること。
日本は今、大変な時ですが、こういう時こそ、たくさんの韓国人の観光客を連れて来たいと
思います。
日本が元気になれるように、私に任せて下さい!」 
私は思わず涙ぐんで、G子さんと抱き合ってしまった。
なんてきれいな心の人がいるのだろう。
ジャパン・ダンス・アートのYちゃんのお友達。さすが。
このビデオを来週末のオーデションの前資料としてフジテレビに送る。

お稽古の後、パソコン屋のTさんにファックスを取り付けるお願いをしたら、ソニーのバイオの
この型には、電話線を受け入れる機能がついていないとのこと。
もうファックスなど想定していないのだ。
しかし、世のなかには、メール送付ができない化石のような機関や相手がいつまでたってもいるので
とりあえずファックスをつけないとうまくない。
ここ1年くらいファックスなど使わずに来たのだけれど、やはりとりあえずはつけておかないと。
80歳以上の人に連絡する時はファックスがいいようだ。

仏教書の編集者が家族ともども山野へ入り、炭焼き生活はじめたいきさつを記した興味深い
本を美谷克己の「農行を生きる」を読み始めた。宗教者だから書き方の切り口が実にうまい。
「わずか一本の草花といえども<世界>の運航に直にかかわっている。いわば、ヒトによって
意味付与される以前の<世界>の一部である
」という表現は素晴らしい。
これは、デスクで、パソコンのところに置いて読む本にする。
寝っころがって読むのは、2,3,4,5揃えた「四十万歩の男」。
量が多いから、夜中に読まないと進まない。
井上ひさし先生は大変な労作をなさった。
東北をこよなく愛していらしたから、これが書けたのだろう。
地震津波被害の地名とこの本に出てくる地名や地域が重複している。
先生が美しい東北しかご存じないまま永眠なさったことがせめてもの幸いだったという趣旨のことが
先月のこまつ座の公演会場に書かれていたが、まさにそのとおり。
2巻目は、アイヌの話で、これが実にまた壮絶だ。
和人は悪い。西国倭人政府は、アイヌにどのように補償をしているのだろう。
しているわけがない。その証拠に先住民のコタン(村)がなくなってしまった。
歴代の政府はいつも最悪の蝦夷政策をとっていた。明治政府しかり。
現在の政府はどのような政策をとっているのだろう。
やはりロシア南下の防波堤と思っているのだろうか。
地図で見るとどう考えても、樺太、北海道全土、アリューシャン列島のすべてはアイヌのものだ。
北方四島とは言わず、上記全部がアイヌのところに返るのが妥当だと思う。
そういう主張を日本全国でどんどんしていっていいのではないか。
遠慮することはない。日本のために行っているのではなく、アイヌのためだ。
和人のために領土を失くしたアイヌに和人は責任を持って、罪滅ぼしをすべきだ。
白老のアイヌ民族博物館へ行った日のことを昨日のことのように思い出す。
どの展示物の前でも私は大泣きしていた。機会があれば再度行ってみたい。
当時の私は縄文東国文化圏人という意識がまだなかったのだけれど、血の中でそれを感じて
いたのだろう。
 4月16日 土曜日

 「【ジャカルタ時事】インドネシアのジャワ島東部などで、触れると皮膚炎を引き起こす可能性がある複数の種類の毛虫が
大量発生
し、問題となっている------------
 州当局者によれば、毛虫にマンゴーやバナナなどの果樹の葉が食われる被害が出ており、
樹木1本当たり数百匹から千匹も
繁殖
しているケースがある。バリ州のパスティカ知事は観光への悪影響を避けるため、駆除などの迅速な対応を指示。
州都デンパサールを含む7地区で
殺虫剤散布などが実施されている。
 大量発生の理由として、毛虫を餌とする鳥類の減少や、雨期から乾期への季節の変わり目などが指摘されているが、
原因は分かっていない」

というニュースを知り、「殺虫剤を使用してはいけない。よけいに鳥が減ってしまう。殺虫剤は
毛虫だけでなく鳥や小動物も殺してしまうから、絶対ダメ!毛虫を好物にする鳥を連れてくればいい」
という抗議と提案のメールをインドネシア大使館に送る。
ちゃんと読んでくれるだろうか。
鳥が減るようなことは一切許さない。
私は縄文東国人だから、人間より自然に近い。人間の文明がいかなるかたちでも自然に害を
与えることを許さない。
 4月15日 金曜日

「四千万歩の男」第二巻が届いたので、待ちきれなく、午前の時間を読書に充てる。
井上ひさしは、日本の食糧危機についての懸念を蝦夷地に置き換えて同じ言葉で強調する。
「この土地は天然物が豊富で、食物を得るには苦労のいらないところだった。------
和人がやって来て.---------アイヌたちは周囲の天然物をとり過ぎた。天然物は乱獲され-----
ガラクタやお米なぞに夢中になったのは、アイヌの落ち度だった。
とくに、お米をありがたがったのはまずい。
異国の食べ物をありがたがり、それを常食する癖をつけると、なにもかも異国まかせ
なってしまう。自分の土地で食べる食べ物で満足すること、それが大切

と、和人に強姦された蝦夷人を母に持つ娼婦に言わせているのは立派。

熊本の菊池村より竹炭水栽培のクレソンンが届く。
厚手のビニールの袋に入ってクール宅急便で送られてきたから、そのまま栽培しながらクレソンを
必要なだけ折って食べられる。
さっそく炊き立てご飯にヨモギご飯を作る要領で、細かく刻んだクレソンを入れてかき混ぜたら
いい具合の色になった。
トマトを食べる時のタルタルソースにも入れてみよう。
色もいいし、抗菌性の物質が含まれているので健康にいい。
とりあえずお任せで週に一回農家から直接商品を送ってもらうのはいいアイデアだ。
お蔭で良きしないものが食べられる。
山芋はもう終わりなのですよと言われると、そうか、そういうものにも季節があるのかと新鮮な
驚きがあるのでよい。
新宿三丁目の角のビルのとろろご飯&焼肉屋へ行くと、どの季節でもとろろを出されるから、
特に季節を意識したことがなかったけれど、そういうお店で出している山芋は冷凍して長期間
保存したものを解凍して使っているのだということが推測される。
菊池村から食材を取り寄せるようになってから、旬の食材の価値が理解できるようになった。
大地の恵みのお命をいただいて生きることで、そのお命無駄にはいたしませんという意識が
生れて、今までと違った人生観が持てるようになった。
冷凍食品を食べている人にはこの感じはわからないだろう。
 4月14日 木曜日

お天気が良かったので、朝は植物に水遣り。
カランコエががどんどん赤い花を咲かし始めた。
「カランコエは一日の日の長さが短くなると花芽を付ける短日植物です。
夜にも照明が当たる場所では、植物自身が日長が長いと判断して花芽が付きにくくなります」
と「植物の育て方図鑑」サイトにはあるけれど、日が長くなっているのにどうして花をつけるのだろう。
ベランダのアロエも今年あたりそろそろ花を咲かせたいところ。

さて、朝からみんなにこのような「花のお江戸の「猫旅館」人名帳 最新版」を送った。
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春は晴れたり、花曇り、
今日もお元気に御城下でお過ごし下さい!

「猫旅館」女将:マリカ
番頭:イヌお
隠居:にゃんぐ
芸者:アナスタシア
仲居:イヨン
板前:ダスティン
飯盛女:あい
着物着付:あかり
謡曲奏者:みゆき
茶屋姐:えつこ
町奉行:きよ
参勤交代殿:ビジン
飛脚:ナディア
露西亜国女帝:アーシャ
座敷童:かれん
蜆売娘:あやら
大奥総取締:あやら母
儒学者:あやの父
花魁:ピンキー
神社狛犬:ピンキー猫
江戸火消:フランソワ
寺子屋勤:テンコ
機織娘:のぞみ
三井呉服屋女房:あやの母
南部鋳物匠:タップおじさん
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普通なら、かわいそうに、この人、最近の地震原発騒ぎでついに頭がいかれてしまったのでは
ないだろうかと思われるかもしれないけれど、アーチストだと頭がいかれているのと紙一重だから
また禄でもないもの書いてるなくらいで、すまされる。 

類は友を呼ぶで、憐れむどころか、ポジティブに反応してくる奇人・変人・変態・天才・お調子者が
いるから、この世は楽しい。
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日付 2011年4月14日14:41

こんな旅館があれば、楽しいでしょうねー(^o^)/
おもしろいですっ(^3^)/
Cawaii!ですっ(^o^)/ (Pxxxx)
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日付 2011年4月14日11:42
件名 Re: 花のお江戸の「猫旅館」人名帳 最新版

マリカ先生
ピッタリ!
想像できてしまいますね。
飯盛女は本人に教えられないですね(笑)。
ロシアの女帝にちょっかい出して、外交問題になる
アホな殿になりたいです。
こういうの好き。(Bxxx)
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日付 2011年4月15日16:26

ぷぅ… (Nxxx)
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日付 2011年4月14日4:49

うわ~!
めちゃ増えてる~!
よくもこんなに、肩書きおもいつきましたね
しかも大体イメージ合ってるし
特にアーシャ(笑)(Ixxx)

午後から明治座で早乙女太一の「天一坊騒動」と舞踊ショーを見る。
この人だけすごい。本物の天才。天然の表現者。子供は下手だから出さないで。着物で行く。
 4月13日 水曜日

猫でさえ着物を着ているのだから、明日の外出は雨が降らなければ、着物にしようかな。
地震以来、着物の人をほとんど見かけたことがない。
みゆきさんも地震が怖いからジャージのまま眠ると言っていたし、石原都知事もいつも防災服。
東京の人がそんな恰好していてどうするの。
非常時に消えていくのは、文化と伝統と芸術だから、本当はこういう時こそ首都に住む人たちは
意識して伝統文化に徹した方が東北や海外に住む日本人への励みになる。

 ワット・システムというものは数年前からあったようだが、私はそのようなシステムは外国でしか
存在しないと思っていた。
これを上手く活用したら、現金を支出することなしにものやサービスをお互いに手に入れられるから
どんどん広くやるべきだ。
それも小さな金額のものではなく、大きな金額にならないと社会が活性化しない。
現在は花の種など、価格が非常に安いもので、リスクを回避したいのだろうけれど、それだと
あまり変化が起きない。
基本は手物にワット券をしまっておいてはいけないということ。
使うことで活性化される。
例えばこれは架空の話だが、佐藤さんのお家が老朽化したので、瓦の修理、外壁塗装、
水回りの工事を鈴木工務店に200万円のワット券と50万円の現金で依頼したとする。
ワット券で支払われた200万円は、使わなければゴミ屑、使えば紙幣だから、鈴木工務店の
社員旅行に鬼怒川温泉へ出かけて、100万円をワット券で旅館、コンパニオン派遣会社、
みやげもの屋、地元タクシーに支払う。
残りの100万円は工務店社長のできの悪い二人の子供の家庭教師代金に充てる。
1年数か月間、週に2回有名大学の学生家庭教師を呼んで勉強を見てもらう。
ゴミ屑を引き出しの中にため込むのは誰でも嫌だから、すぐにそれを使ってどんどん人の商品を
買うようにする。
そうしていくことにより、活動が循環して、活性化する。
だから、100円に満たないような花の種を売ってもあまり効果はないから、もう少し大きな金額で
回すようにする。
ワット券は自分で発行する。または、自分の商品を買った人から受け取ったものを使う。
どちらでも良いようだ。
自分で発行すると、世間に存在するワット券の量を増やすことになる。
実際には、電鉄会社などはワット券での支払いを認めないだろうし、こちこち頭の老舗旅館も
無理だろう。
可能なのは、社会に対する問題意識を持ったような人が経営する民宿など。
そこで食材費など実費にあたるもの、一人頭2千円くらいは日本円で支払い、残りをワット券で
お支払い下さいということになるだろう。
ワット・システム事務局から、
「公序良俗(固い言い方でもうしわけないですが、)であれば制限はないので、いろいろな
アイデアのものを登録いただけると思います。
無理のない割合でお試しください」とのことです。
そこで私が、
「 多くの人が魅力的な商品をどんどん出すことによって、 貨幣でないバーター取引が増えれば
縄文時代みたいでおもしろいですよね。
私は魚をあげるから、あなたの採った木の実を下さいとかと同じですね」と書くと、
「厳密に見るとワットシステムの証書はバーターよりも貨幣(紙幣)の類いです。
メディアと思っていただければ良いと思います。
バーター取引の仲介になることでより人と人との交換(コミュニケーション)の機会を増やすことが
できるようになります。
紙幣も基本的には国の借用証書みたいなものです。
普段意識することなく使っているものを意識することで世界が変わって見えることもあります」
という答えが返ってきた。
商品を掲載したけれど、はたしてどのくらいの効果があるものなのか。
ワットで炭も買えるようなのだが、ワット券が使える割合は2割とのこと。残りの8割と送料は
日本円での支払い。それはそうだろう。なかなか100%全部ということにはならないだろう。
このようなシステムが浸透すると政府は税金を徴収できないから、最終的には過去のオーストリアの
例のように国際金融の黒幕により支配されている政府により潰されてしまうのだろう。
だからこそ、XXXXにお金を回したくない人たちが草の根運動としてちまちまワットをするのは
大きな意義があると思える。
 4月12日 火曜日

ものすごくいい文章を読んで涙ぐんでしまった
日本航空エアバスA300-600R型機の萩原機長が書いた。
機長というよりプロのもの書き。
自分の仕事を愛して誇りを持ってやっている人の文章はすごい。
いやあ、感動した。
今、夜中の1時。
寝ると夜中に地震があるのではないかと思って寝に行かれないのではなく、やることが山のように
たまっているだけ。

3時に寝て朝早く目が覚めた。良いお天気。また地震。
竹酢に浸した竹炭を枕元に置くようになってから、良い睡眠がとれるので、短くても疲れが残らない。
以前は、起きた後も寝る前と同じくらい疲れていたのと比べると、大きな違い。

昨日、「ルイジ・エクササイズ」と「アフロ・ジャズ」の校正をして、今日また、新たな校正が届くという。
 自分が何年もかけて、ひたむきに、しつこく、ずっと続けてきたことが、今、陽の目を見る
最後の段階に入っているので、嬉しい。
5月に完成するようだ。
これを見せれば、ぼけてきた母の頭も冴えるだろう。
4歳の時に母が当時日本一と言われた平多正於先生のところへ踊りを習いに連れて行って
くれたので、今の私がある。
もしその時連れて行ったのが、どこかの幼稚園が放課後や週末おまけでやっているような
趣味のお遊戯教室だったら今の私はない。
最高の人に最初の10年間つながっていられたことの幸せを感じる。

あんなに具合が良くて、鼻がすっきり通り、ぜんぜんかまなくてもよかったのに、なぜか、また
症状が前のようになってきて、鼻をかみ、くしゃみをし、唇が渇き、喉もからから、目が異様に
疲れ、しかも痒く、う、いけない、どうしてだろうと思い、竹酢に漬けた竹炭を見たら、なんと、
竹酢が全部蒸発してしまっていた。
そうか、どうりで。効果が切れてしまったのだ。
これはいけない。補充しないと。
そんなわけで、竹酢はどぼどぼと、惜しげもなく使わないと意味がないことを知った。
大丈夫、すでに菊池村に注文してあるから。
  4月11日 月曜日

自動販売機なんてやめちまえ。コンビニで買って家で冷やせばいいじゃない」
「パチンコはジャラジャラと音を立てるために電気を煌々(こうこう)とつけるのは、
世界中で日本だけだ」
大賛成。
こういう発言した石原氏が都知事になった。
東京都はこのくらい強い人がやっていないとだめだと思う。
シロウトくさいタレントなんかに勤まる仕事ではないから、東京都をなめないように。
ロスはオーストリア生まれのシュワがやっていたけれど、東京都はまさかヨーロッパ生まれの人では
立候補できないのではないか。
パチンコは売り上げがほとんどすべて北XXへ流れるので、電力節約のために都内のパチンコ店を
閉店してほしいと都庁のご意見箱に送った私のメールを読んで、以上の公約をつくったのかなと
自分で勝手に喜んでいる。
ゲームセンターやパチンコに入り浸ったら、頭が悪くなり、都民の痴呆化を招くので、断然廃止
すべき。
でもオフィス・マリカはパチンコ屋のイベントでも何度かショーをしたことがある。
客筋悪いから踊りたくないと仕事をえり好みするダンサーを説き伏せ踊らせるようなことは、もう
したくない。
私は都庁、県庁、新聞社、その他関係各組織へ、いろいろな意見メールを送っている。
大概は削除されているかもしれないけれど、それでも正しいと思ったことを性懲りもなく、しつこく
送り続けることに意義があると思う。

今日は朝から晩まで何度も地震があった。
地震兵器ハープを操作しているXXXさん、もう、やけになっているようだ。
この人、自分の生まれた場所や、自分が住んでいる所に震度9とかの地震を間違えて起こしたら、
すごく笑える。
それで、地震兵器ハープの装置そのものが揺れているものだから、どんどん間違ったスイッチ
なんか押してしまって、あれ、まずい、DCやっちゃったよ、これは、しまった、首都なくなっちゃった、
えーと、こっちのスイッチ、おや、今度はロスだった、おかしいな、ここすごく揺れてるから、
はっきり言って、正しいスイッチなかなか押せないんだよね。
ソーリー、ミスター・プレジデントなんて言いながら、どんどん違うスイッチ押していって、
この人の国土、何分の一かになってしまったら、もうジョークでは済まされない。
でも嫌われている国の場合、外国からぜんぜん救援隊や援助物資が来ないだろう。
それで、残った国土は無法状態。
その人、当然、軍法会議にかけられるのだけれど、みんな自宅の周りの瓦礫の撤去の方が
大切だから、出席者がいない寂しい軍法会議。
国家が消滅したので、とりあえず国連常任理事国から名前を削除。
代わりにドイツを入れるといい。
 4月10日 日曜日

 竹酢が生活を一新した。
昨夜1時に寝たというのに、今朝は4時にすっきり目が覚め、読書、朝食、執筆、それから、教会へ
余裕を持って出かけた。
竹炭と竹酢のお蔭で鼻が通っているので、頭が働き朝仕事ができたのが嬉しい。
ほんの3日前から始めたのに、洗顔後、普通の化粧水のあと、竹酢を1滴つけるだけで、しみが
とれたので嬉しい。
先月タイへ行き、つくってきてしまったのが気になっていたのに、今はない。

ところで、日本円と関係なしに、取引する、地域通貨ワットシステムのことを知り、あべよしひろの
「ボクらの街のボクらのお金」を読んで、こんなことができるのだと感心。
信頼できる人しか住んでいないこの国なら可能なのだと思う。
会員に登録したので一度試してみたい。
 4月9日 土曜日

ここの「結界、竹酢の間」の効果が著しいことが日々確認される。
4月6日に竹炭竹酢により、数十年の花粉症から見事に解放された私は、いつになく頭が冴え、
執筆や読書がはかどる。
受講生やインストラクターのみゆきさんも鼻をかまなくなった。
ところが、誰かさんが洗面所の窓を開けた途端に、外の空気が入って、せっかくここでためた
竹酢の空気が外へ出てしまったので、鼻をかむ人が出始めた。
生命を最高の健康状態で保てるのだということが、毎日のように実例を持って確認されるから、
これはすごいことだと思う。
これほどわずかな竹炭と竹酢の量で大きな効果が出せるのだから、莫大な量を使えば、福島
問題は意外と速く早く解決するかもしれない。
福島が解決しないと、日本は世界に顔向けができないし、外国人も訪れない。
これまでに花粉症のために病院で打った注射、処方箋を書いてもらって調合してもらった薬・目薬、
薬局で購入したマスク、鼻をしゅっしゅとやるボトル、薬、目薬、鼻をかんだ莫大な時間、なんという
大きな浪費だったのだろう。
こんなに簡単なことで、イヤシロチの空気に変え、精神まで清めてくれる。
竹は本当に縄文の要だったのだと深く納得できる。

今朝、フランシスとルイジから「睦美、元気でやっているか」というメールが来ていたから、返事を
書こう。
今日は、ルイジ・エクササイズの抜けていた部分を仕上げて編集者に送った。
その元原稿を昨日、なぜか手違いで削除してしまい、パソコン中捜したら、2006年に書いた、
身障者のドイツ人青年に、松葉杖を使わないで歩かせた時の日記が出てきた。
なんてラッキーなのだろう。
原稿を失くさなかったら、パソコン中、捜すこともなかった。
原稿は出版社から送ってもらったので問題なく作業ができたから、「カール、自分で歩く」日記が
出てきただけ得した。
これを手直しして、ルイジ・ブックに入れてしまおう。
松葉杖2本をついてドイツからうちへ下宿したカールが、杖なしで帰国していく記録だ。
小説ではないから、全部事実。
ルイジを知っていてよかった。
ルイジの回復過程を説明し、一緒にエクササイズのリハビリをした日々がなつかしい。
私がルイジを知らなければ、カールは帰る時も松葉杖だっただろう。
 4月8日 金曜日

日テレニュースで「露外相 日本大使館で地震の犠牲者に花束:
 ロシア・ラブロフ外相は14日、在モスクワ日本大使館を訪れ、東日本大地震で犠牲になった
人々に対して哀悼の花束をささげた」とあったが、それを読んで、ロシアの外相はいい人なんて
思ったら甘い。
こちらが返してほしいのは北方領土。
これを返さないうちは、花束持って来ようが、熊を連れたサーカス団が来日公演しようが、
すべてのことは無意味。
個人的には樺太も日本の領土だと思う。
その根拠は間宮海峡にある。
小学校の時、間宮林蔵の伝記を読んで感動したことを新鮮に覚えている。

ところで、昨日また地震が起きたから、ますます原油価格が上がった
金も高値をつけている。
今回の日本の不幸で、石油関連会社と金の業界、つまりあの人たちがしこたま儲けている。
やはり、仕組まれているとしか思えない。 
縄文時代に生まれて来ればよかった。
あの人たちに関係なくこの島国は安泰だった。
蝦夷地は金、銀、銅があったけれど、蝦夷人は地下鉱物資源などに興味がなかった。
あっても掘らなかった。だから武器もなかった。
農業もしなかったけれど、自然の神様の恵みで日々を暮せていかれた。
蝦夷人は最近までそのような暮らしをしていた。
明治が最悪の道へと歩むターニング・ポイントだった。
ここらへんで修正した方がいい。
まずは、原発のまわりに竹を植えることからしたいけれど、誰がどうやってそれをあの人たちに
やらせるのだろう。
行政のトップの人々は倭人西国人だから、無垢で善良な東国縄文人の言う竹炭で放射能を
除去しようなんていうことを聞いてくれるわけがない。
伝えるにはどうしたらよいのか。
  4月7日 木曜日

早くお稽古を終え、渋谷文化村にヤン・リーピン「クラナゾ」の公演を見に行く。
以前の孔雀の踊りや、男女ペアの輪廻転生で続いていく前回の方がよかったかな。
今回はタップ(というよりステップ・ダンス)や、ヤク牛の踊りや鬼面の踊りがあり、エンターテイメント
として面白かったけれど、ポタラ宮の修理の踊りのように、棒を振り回して、直しているのか、
壊しているのか(あんなに叩いたら壊れそう)わからないような繰り返しを見せられたので、
思わず寝てしまった。
私は、あまりにつまらない場面になるとエネルギー消耗を避けるために、どんなに音がうるさくても
自動的に睡眠モードになってしまう。
どうしてもチベット式の歌い方が好きではなく、演歌と同じくらい神経に触るので、その歌を
聞きたくないから耳を守るために寝たのだと思う。
ヤン・リーピンは前回もそうだったけれど、自分の様式を確立してしまった人だから、それを
どんどん研ぎ澄ましていけばいいと思う。
これを一生懸命に模倣したのが、昨年いた台湾のなんとかちゃんなのだろう。
ヤン・リーピンは、最初にアカデミックな稽古をしなかったから、感性で作れるのだろうと思う。
ただし、位置の移動をするとバレルので、同じ位置でだけ、しかも、意外性を取り入れる
くことによって、踊りを成り立たせている。
伊藤道郎も二十世紀初頭のアメリカ人の目から見てそんな感じだったのだろう。
踊りの基本は回る、跳ぶ、脚を上げるだけれど、ヤン・リーピンはそのどれもやらないで、
ちまちまと細かいことに最新の注意を払って、自分の様式を追及する。
恵まれた肢体と、衣装の美しさで総合芸術として十分成り立つから、なまじか不得意なことは
しないほうがいい。
パがなにもないから、こういうのは本当の踊りと言うのだろうか。
フット・ワークなにもなしで、手やアイソレーションの細かい部分の動きだけで見せようとするから
私は繰り返しを見ていられない。5分の踊りを2分に縮めてもいい。
それから、「クラナゾ」だが、老婆は見たくない。子供もへた。
もう少しましな子はいないのだろうか。
平多先生のところになら、上手でかわいい子供はいくらでもいるだろうに。
ヤク牛飼いの男は華がある。毛沢東が見たらぶっとんでしまうだろう。
チャイナ大使館後援で、チベット民族舞踊公演をするのは、非常に政治的である。
アナウンスもチャイナ語でして、まるで、チベットはチャイナ国の中の一地方であるなんていう
でたらめを世界に向けてアピールするためにやっているような公演で、こういうやりかたで
単純な頭の観客に、チベット支配を正当化するすりこみを試みているのが見え見え。
チベットは独自の言語と伝統と歴史と宗教と芸術・芸能を持つ、一独立国なのだから、このような
チャイナがらみでの上演はしない方がいい。
チベットから地下帝国に続く通路があるので、行ってみたい。
ダライ・ラマなんか、こういう公演についてどう思っているのか、意見が聞きたい。

夜はブラジル人夫妻が来て夕食。
信じられないほどたくさんタルタル・ソース作ってしまった。
本日菊池村から野菜が届いて嬉しかったから。
タイに行って一週抜けたから、菊池村の野菜ずっと食べていなかった。
曲がったキュウリ、おいしい。
近所で売っているのはきちんとまっすぐに伸びた、人工的なキュウリばかりだから、自然に
曲がったものがおいしい。
自分でキュウリを作った時(第22宮廷マンション11階のベランダでつくり、2本収穫した!)も、
キュウリは曲がっていた。
自然とはそういうものなのだと思う。

ところで、そのものずばり反赤い盾というサイトを見つけた。
お勧め書籍はなんのことはない、ここ数年でほとんど読んだ本ばかりだった。
そのサイトの管理人、97歳の爺の手下に殺されたりしないのかなと思う。
だって、ドメイン名がそのものずばりだから。
せめて、白い盾とか、赤い槍とかにできなかったのかと思う。
こういう正義感に溢れた人がいるのは嬉しい。
 4月6日 水曜日

 激動の福島で鉄道復旧工事に日々従事している我らのフランソワからこんなメールが届いた。
励まそうとしたのがかえって励まされてしまった。
----------------------------------
日付: 2011年4月6日21:04

お元気そうでなによりです
普通に食事しております
日本にいるかぎり何処にいても一緒です
マスクもしてません
過剰に気にしすぎるとかえってストレスになりますよ
フランソワ
-----------------------------------
ところで、私は昨夜から花粉症を克服してしまった
今までは1日百回くらい鼻をかんでいたのが、それがぴたりと止まった。
いつの頃からか花粉症になり、その季節が始まる少し前に新宿通りのヒロオカ医院で注射を
打つか、薬と目薬をもらうか、はたまた柔道治療の三輪治療院で頭蓋骨をマッサージしてもらうか
して、常に鼻をかみ続け、くしゃみを連発していた。
なぜ、症状がぴたりと止まったのか
昨夜寝る前に、枕にあるものを置いた。
それはなにか。
竹炭を素焼きの容器にぎっしりと詰め込み、竹酢をどぼどぼと入れたもの
寝る時も、起きてからもまったく鼻をかまない。
同じものを4個つくり、部屋の四隅に置き、結界をつくった
その中にいる限り、鼻をかまないことにびっくりした。
お稽古の父兄が入ってきた。いつもは、ひっきりなしにティッシュで鼻をかんでいるのに、ここへ
入って来てから出るまで、一度も鼻をかまなかった。
私はちゅっとそこまで買い物に出たのだが、外気に触れた途端に鼻をかんでしまった。
ところがここへ戻って来て、この結界内に入ると、嘘のように鼻がよくとおり、呼吸が楽になった。
夕方来た人たちも誰も鼻をかまない。いつもと違う空気にみんな気づいたようだ。
こんなに効果があるのなら、もっと早くやっていればよかった。
私は昨年の夏に大量に竹酢を買ったのはいいけれど、何に使うか、使い道がよくわからず、
お風呂にキャップ一杯だけ入れて使っていたので、なかなか減らなかった。
しかし、1日(実際にはわずか数時間)で数年間悩んだ花粉症の症状が消えてしまったので、
これは絶対にすごいということがよくわかった。
縄文人はすごい。
竹の秘密を知っていたから1万5千年間なにごともなく暮らしていられた。
その間に世界では、四大文明が起こり、滅びていったけれど、縄文人はそれに関係なく、竹炭と
共に生きていた。
これははっきり言って驚異的なこと。
福島の原発のまわりに、大量の竹酢を撒くことはできないのだろうか
海の汚れもきっと竹酢と竹炭で救われる
東電の人が私のホームページを読むわけないけれど、誰か心ある人が縄文1万5千年の知恵を
あの能無しどもに教えてほしい。


それにしても吉永小百合の「花の恋人たち」(1968年)は、事件がほとんどなにも起きないから
C級作品。イラン人のオマー・シャリフと出た映画や「母べえ」なんか、事件続きですごかったのに。
やはり起承転結がはっきりしていないと。
 4月5日 火曜日

それにしても原発奴隷というのが最初から福島原発を支えていたということを知ってびっくりした。
そういうからくりがあったのか。
せめてもの幸いはその人たちが日本人であるということ。
3K仕事を海外労働者に頼るようになっているが、原発だけは日本人が自分たちでやるべき。
他の国の人を巻き込むべきではない。
不思議なことに、慌てて日本から脱出した外国人は大半が西洋人で、コンビニの店員などは
XX人のままで以前と変わりない。
コンビニや中華屋より時給がいいからと(東電の七つ目の下請けなど時給はひどく悪い)、原発
業界に来始めたらよくないから、車の解体屋でも、鶏の処理場でも行きなさい、ここはだめだと
断った方がいい。

どうしても納得がいかないことは、イスラエル人が3月11日の地震のことを前日すでに知っていて、
「大丈夫か」なんていうとんちんかんなメールを日本の友人に送ってきていること。
クウェートに侵略したイラクが国際的に糾弾されたのだから、地震兵器を使って遠いところから
日本を攻撃したXX国は完全な戦争犯罪国。
しかし自分ところの領土であるルイジアナなんかにもハリケーンを起こしているから、普通一般の
神経だとどうして自分の国の人に対してそんなことをするのかという素朴な疑問が起きるわけだが、
あの兵器は例えばワシントンDCに向かっては使用されなくて、黒人人口の多いルイジアナだから
使用されたと考えれば納得がいく。
所詮ナポレオンから手に入れた領土だから、惜しくない。
それより地球人口を減らしたい、それがあの人たちの究極の課題だから、有色人種は注意して
鋭い観察力を研ぎ澄ましていなければそのうちみんな消されてしまう。
こういう時こそ、C級超駄作映画「日本以外全部沈没」の映画を見て、日本人はつかのまの
大笑いをして欲しい。
まわりの人でこの映画を見た人は一人もいない。
4月4日 月曜日

「ビジネスで、収益を出し、お金をたくさん使う事。
そしてたくさん税金を払う事が何よりの復興支援になるのではないでしょうか」
そんなメルマガを読んだけれど、今、儲かっているのは土建屋とミネラルウォーター屋くらい。
あとはちょっとね。
江戸時代には、経済に活を入れるために、幕府が秘密裏に故意に吉原に火事を起こして、
材木屋やとび職、土建屋関係を儲けさせたという。
そのような火事には吉原の番頭や江戸の火消衆もあらかじめ知っていて、撒くのは水ではなく
余計に燃えるようになたね油を撒いて、火の上がりを良くしたとのこと。
まさか、福島の原発、故意にやっているのではないだろうね。
わざとドジやって、失敗しているとか。
それで儲けている人がいるとしたらやはり石油関係が怪しいわけで、結局これはユダヤが裏にいる。
日本の原発政策の中心に、石油利権の日本人代理人がいて、原発にわざと事故を起こさせたのだ。
第六便発送。
吉永さゆりの「青い山脈」(1963年)はすがすがしくていいけれど、途中の待ち伏せして
暴力沙汰を起こして怪我をさせる場面、これなどは、明らかに傷害事件だから、泣き寝入り
しないで、刑事事件として警察に被害届を出すべきだった。
そうしたらあの議員も大きな顔をできなくなり、手下ともども留置場行だった。
それにしてもあの女子高はさゆりをかわいく見せるために、さゆり以外みんなブスだった。

竹炭で福島原発を解決しようとしている人がいて嬉しい。
田中優さんという。
4月3日 日曜日 

いつもはバンコクで教会の昼食のデザート用のおみやげを買って来るのに、今回バンコクで
買った御菓子類はすべて箱に詰めて送ったから、教会へは熊本の菊池村から取り寄せた
梅干しだけ。それで充分。
今日の教会には、このたびの被災者を救済するための事務統括者として、インドから
スタッフが派遣されて来ていた。
教会で集まった援助金をどんな目的のために、どこへどのように分配して送るかの詳細を
決めるために、一か月間滞在して行うとのこと。
そんなこと、日本に住んでいる人がやればいいのに。
インド人いらない。
日本語もぜんぜんできなく、英語もひどいイン・パキ・スリ訛りだから、あまり役に立たないのでは。
すでに3週間経っているのにどうして、昨日来日?
この人がインドから往復する旅費と、東京滞在費1カ月分はこの人が自分で払うの?(わけがない)
それとも援助金から捻出されるの(国連や赤十字のように)?
この人はボランティアではなくて、職業としてやっているのだろうから、東京滞在中のお給料は
誰が支給するの?
この教会も、衣類は持って来るなとか、食品もお菓子はだめ、お米とラーメンならOKなどと
規制しながら集めていた。
組織が大きいとどうしてもこのように効率の悪いことをするのだなあと、残念に思う。
災害援助のシロウトでも、個人がすぐに行動して送れば、翌日には先方の手に届くのだから
ある意味、大きい組織は小さな組織や個人の柔軟さを学ばなければいけない。
事態は急ぐのだ。
踊りと同じで、ノロくて巨大な恐竜より、ミンク・リス系の方がずっと使える。
巨大恐竜はローマ帝国やモンゴル帝国、ソ連のように滅びるだけ。
合衆国やチャイナも滅びてほしい。
日本赤十字がマッカーサーとの密約のなかで、どのように成立し、裕仁天皇の良子皇后名義で
いかなる方法で、日本国民全員が飢えている時に日本から多額の国庫金をスイスへ
運び出したかを知れば、人々は怖くて献金できなくなるはず。
その他の義援金集金組織も大同小異のはず。
義援金は途中で消えてしまう
株主と会社の関係と違うから、集金者は経理明細や会計報告を義務付けられていないから、
詐欺がまかりとおる。
こんな時こそ、鬼塚英昭の「天皇のロザリオ」上下巻を読むべし。
長いから日本赤十字までなかなか至らないけれど、そこまでに述べられていることが大切だから
いきなり下巻に飛んではいけない。
4月2日 土曜日 

万歳、みなさんがいろいろお持ち下さったから、第6便ができあがり。
月曜に発送できる。
発送記録サイトもつくった。
「放蕩一代息子」(1978年)せっかく山田洋次と渥美清がつくっているにもかかわらず、あまりにも短いため
尻切れトンボで、残念な結果に。
やはり、テレビの放映時間内に収めようとするとろくなものができない。
放蕩息子のキャラはすごくおもしろいし、江戸時代に本当にそのような人がいたのではないかと
思わせるような場面が多く、また、渥美清の役づくりの素晴らしさ、卓越した演技力に感銘を
受けるだけに、この中途半端なできが実にもったいない。
4月1日 金曜日

 米国務長官、くりきんとんの奥さんが、パリのG8で、「東日本大震災で日本に必要な、
いかなる援助も惜しまない」との米の立場を再確認したというが、これはいわば、百姓は
生かさず殺さずの江戸時代の領主と同じ。
生かしておいて米国軍の雇用安定、やくざもどきの押し売り輸出確保、英語難民になるしか
能のない馬鹿な新卒者や、大学の卒業証書を持っていないために就労ビザが取れず六本木で
お水をするしかない人の出稼ぎ先として、経済力のある日本は必須。
そのお金をなによりも必要としているのが米国で、日本のお金をあてにして国家予算を組んでいる。
だから、日本はクリ夫人に対してはっきりと、「援助を惜しまないのであれば、貴国の兵士、
ALT英語教師、じゃぱゆき風俗嬢を引き上げて下さい。援助金を下さるのであれば、それは
貴国の国連への未払い金支払いに充てなさい。米国産の毛布や衣類などは受け付けます。
自国で生産したものであれば米国経済活性化になります」と言うべきだろう。
英語難民ごろつきALTのお蔭で日本の英語教育は惨憺たる状態だ。
英語難民は自国に職がなくて、日本はフリーセックスだと聞いて、いそいそと来日するのだ。
その証拠にどんな不細工な男や女でもそこそこにカノジョやカレシができる。
ところでクリ夫人の目が爬虫類だというyoutubeが以前あったけれど、今でもあるのだろうか。
クリのところは非嫡出子ではあるけれど、ロスチャイルドとつながっているから、爬虫類人の仲間。
体温も感情もない存在を相手にすると、こちらが損をするから、こちらの武器を使って闘わないと
いけない。
その武器とは、四季折々の自然を愛で、伝統文化を大切にすること。
そのためには竹を植えて竹と共に生きるに限る。
四季の美しさを日々楽しむことが、我が国民の生きる目的なのです、それで、お宅の国の
目的はなんですかなどと言ったら、やつら、悔しがるに違いない。
だから昨日のデザートは桜餅だった。
今日も茶わん蒸しと鳥そぼろ、切り干し大根と、ひじきにしてデザートはええと、曙橋で
春の三食団子でも買って来よう。桜とヨモギを象徴する三食は本当に素敵。
以前チュニジア人からもらった同国の伝統菓子の中にこの三色で菱餅同じ形のものが
あったから実に面白い。
ともかく、米国産のものを何も使わなくても食事くらいできるということを見せることが大切。
この作戦を四季作戦と名付ける。
ひとりまた、ひとりとこれを遂行する人が出て一億人以上になれば、私たちは勝てるし、
世界を変えることだってできる。
伊豆の踊子」(1954年)美空ひばり、石濱朗。百恵友和版の方がはるかにいい。
踊子が生き生き溌剌と描かれている。ひばりの踊子は実際に踊っている時はいいけれど、
役作りとしてやたら恥ずかしがったり、目を伏せたり、かなり消極的。
百恵なんか全裸になったからもっとあっけらかんとした役づくりで、印象が強かった。
今度は吉永小百合版を見てみたい。
3月31日 木曜日

午前中ずっと「四千万歩の男」を読んでいた。
まるで骨折して予期せぬ休暇を過ごしていた時のよう。

ところで、このような時だからこそできることがある。
アメリカにはっきり言える。
わが国には帰国から柑橘類や牛肉を買う余裕はありません。
思いやり予算もひねり出せない状況です、お引き取り下さい。
この機会を逃すと言えなくなるから、今言えば良い。 
3月30日 水曜日

仙台に仕事で行っている弟からこんな連絡が来た:
「日付 2011年3月30日13:33

睦美さん

お久しぶりです。

実は、今回の震災で、3/17から会社の支援部隊第一陣として東北支店(仙台)に来ています。
うちの会社は建設業なので、まずはお客さんの工場などの建物の被害状況を確認する必要があり、
そのためのガソリンが不足していたので、緊急車両の申請をして、ガソリン・物資を積んで、
まだ一般車は通行規制中だった東北道を通って仙台入りしました。
実際に被災した現場に状況確認と復旧工事に行くのは、技術系の社員で、私は
その後方支援として、IT関連や支援物資の管理などをしています。
幸い、支店のある地域は建物・道路の被害はそれ程ひどくはなく、電気・水道も
復旧しているので、不便なのはガスがきていないので風呂に入れないことぐらいですが、
現場の状況はかなりひどいところもあるようです。(添付画像参照)

物資は大阪・名古屋・九州の各支店から送られたものが大量にあり、現地でも
徐々に手に入るようになってきていますが、甘いもの系があまりなく、調達してきたお菓子を
棚に置くと、あっという間にはけていきます。

とりあえず、今日・明日で支援部隊第二陣に引継ぎ、第一陣は東京に戻る
予定です」
とある。
そうか、奴は頑張っている。
家族の誇り、帰る途中に、どこかの温泉にでも入っていらっしゃいという返事を送っておいた。
壊れた建物などの添付写真を送ってきていて、それを見ると本当にすごい。
プロが撮った写真はわざとセンセーショナルに見えるように技巧が加えられているのではないかと
眉唾ものだが、弟の撮った写真は信頼できる。
だんだん、大手メディアや大本営発表が信じられなく、個人の情報しか信用できなくなってくる。
でも、その方がいい。
縄文時代は前者がなく、後者だけで成り立っていて、平和に1万5千年ほど暮らしていられたから
名前がはっきりしている個人の情報の方がどれだけ情報価値が高いか理解できる。
今日の映画は山田洋次の初期の作品「吹けばとぶような男だか」(1968年、なべおさみ)。
昔の映画は怒鳴ってばかりできちんとせりふを言っていないから嫌い。
なべおさみの顔はだめ。一秒後にはどういう顔だったか思い出せないくらいの埴輪顔。
 3月29日 火曜日

お稽古の後、久々に見る渥美清は本当に素晴らしいのひとこと。
放蕩かっぽれ節」(1979年)。
江戸時代の言語芸術を再現させてくれるあのせりふまわしに、ただただ感動。
立て板に水のように流れる言葉の数々、どうやってあのようなながいせりふを覚えて、
よどみなく話せるのだろう、本当に天才。
その記憶力のすごさたるや、神業。
頭の中はどうなっているのだろう。
艶っぽい役柄を演じていて、最初から笑い転げた。
実力のある役者にしかできない役で、こうした役をできる人は日本にそうはいないのではないか。
大好きな渥美清の作品を全部見たい。
結局、井上ひさしと渥美清の接点はあの浅草フランス座にある。
「私、生まれも育ちも葛飾柴又、帝釈天で産湯を使い、
姓は車、名は寅次郎、
人呼んで、フーテンの寅と発します」というせりふを覚えてしまおう。
ところでサンバ隊のテレビの話、実現するといい。
フジテレビでは18名、日本テレビでも12名、かつては多くのメンバーでサンバができたのに、
だんだん2名とかに少なくなっていき、きになっていたけれど、それでもないよりいい。
被災者を励ましにサンバ隊が来ましたなんてやったら、喜んでいただけるか、または、
ひんしゅくを買うかも。
まだ、サンバどころじゃないだろうって。
でも、アカペラで避難所のなかで10名でミニコンサートやっている人の記事を読んだ。
その人たちはその町の人だからできたのだろう。
わざわざ東京から出かけて行くにはまだ時期ではないのだろう。
湾岸戦争後のイラクで公演ができたのに、日本国内に行って踊れないとははがゆい。
3月28日 月曜

朝方というか、まだ夜中の2時にモーニングコールで起きてチェックアウト。
闇夜の中を空港へ。
早すぎると思ったらそんなことはない。
すでに多くの人が来ていた。
早朝5時40分発の成田行きに乗る人がおんなに多くいるとは驚いた。
もっともこの人たちは東京で降りるのではなく、そのまま乗り継ぎでアメリカの西海岸かなにかに
飛ぶのだろう。
デルタ航空のチェックインで靴を脱がされたので、
「スリッパはどこにあるの」と言うと、
「スリッパはない」とぶっきらぼうに言われたので、
「東京成田空港では靴検査の時に、ちゃんとスリッパをくれる。
なぜ、ここではくれないの」と一応言うべきことは言ってみる。
「個々の床は汚いでしょ。
あなたの靴は、公衆便所に入ったでしょ、黴菌がいっぱいだわ。
乗客にマラリアやらい病に感染するわ。
私は汚い空港が嫌いなの」
ヨーロッパの航空会社は靴など脱がせないのに、デルタは軍産複合体国家の主幹産業だから
こうなるのだ。
世界支配者に対しての私のささやかなる抵抗である。
パンナム、ノースウェストがなくなったから、デルタもそのうちつぶれてしまえ。 
バンコクの空港免税店にはたくさんの液体化粧品が溢れているが、これらをすべて販売者に
返すか、焼却処分すべきである。
理由はこうだ。
チェックインの前に空港関係者から、免税店で液体化粧品を買わないように言われた。
それならなぜ売っているのか。
撤去すればいいではないか。
ここにからくりがある。
免税店の前を通ると、自動的に化粧品を買ってしまうのは私だけではない。
登場する時に空港スタッフは、これは液体だからと言ってその商品を没収できる。
つまり空港係員は自分では決して変えないそれらの高級ブランド商品を手に入れることができる。
もうまさに搭乗する直前だから、今更どうしようもなくて、そのまま泣き寝入りするのが関の山。
こんなことをいちいち文句言う客もいないのだろう。

昨年のことだけれど、例によって空港の免税店でいろいろな化粧品を買い込み、搭乗しようと
したら、購入した免税品を見せろと言う。
液体ではない、これは石鹸、こちらはアイシャドウとチークと言ったのに、なんと勝手にセロファンを
切り、外箱を開けて、商品を出した。
そして中身だけ返してくれて、外箱をくれないから、外箱が欲しいと言ったら、中身だけ持って行け
とくる。
私は外箱も必要なのだと言うと、だめだ、もうないと言う。
これは犯罪ではないのか。
アイシャドーと書いてあったら中身は粉であり、液体ではないに決まっているから、「国空会社の
規則により開封させていただきます」などの規則は通用するはずはない。
この人たちは外箱が欲しかったのだ。
ブランドもの化粧品が買えないから、外箱が欲しいのではなく、これらの外箱はバンコクの
伊勢丹の前の通りで、ブランドものの化粧品(少なくとも箱だけは)をアスファルトの上に
並べて売っている人の手に渡るのは目に見えている。
道端に座って売っているひとを見かけるたびに、どこでどうやってこのような正真正銘の外箱を
手にいれたのだろうといつもいぶかしく思っていたけれど、自分が被害者になってみて、
納得がいく。
昨年までは取っても外箱だけだったけれど、今年からは中身そのものも取ってしまおうという
ことになったようだ。
米国の姿そのものを感じる。
もし他のすべての航空会社も免税店で買った液体化粧品の機内持ち込みを禁じているのなら
免税店の店舗からそれらの商品はとうの昔に姿を消してしまっていることになる。
いまだに店頭にならんでいるということは、免税店で購入した液体化粧品が機内に持ち込める
ということなのではないだろうか。
搭乗客を脅かして搭乗直前にブランド化粧品の外箱だけではなく、中身も一緒にせしめる
というのは、さぞかしおいしいボーナスだろう。
安月給で前夜から空港に詰めて勤務しているのだろうから、ちゃらちゃらした観光客をカモに
組織ぐるみでうさばらしをしたい気持ちはわからないでもない。
だからこの国はいつまでたっても第三世界。
第三世界と米国資本が結び付くと悪が何乗もさせられて、この国の現状のようになる。
この話はおまけがついている。
免税店で買い物をするなと脅したり、搭乗直前に客が購入した商品を奪って、乗客に機内の
スカイショップで免税品を買わせる。
乗客は、たった今、没収されたのと同じブランドの商品を今度は機内販売で安心して買う。
ブランドはそのくらい人の心に訴えかける力がある。
航空会社の副収入はそうやって支えられる。
結局、空港係員は商品を手に入れ、航空会社は商品を販売でき、二重に儲かるしくみ。
だから私は機内で売っていないものを空港で買った。
タイから帰る時に必ず買うのが蘭の花の箱詰め。
お前の飛行機の中ではこんなにいいもの売っていないだろ、ざまあ見ろ。
私はピンクや白の蘭の詰まった大きな箱を堂々と機内に持ち込む。
なるべく花が見えるように大切そうに表向きに抱え、乗務員に、
「あの、このお花お預かりしていただめますか」と丁寧に言うのも作戦のうち。

機内でB級映画”Flipped”(2010年)を見て井上ひさし「四千万歩の男」を読む。
江戸時代の勉強はためになる。
それにしても機内食がひどい。
一食に原価60円くらいしかかけていないのではないか。
回数も一食になっている。
以前は乗ってすぐ夕食、着陸直前に朝食が出た。
マイル数4万5千も取って、以前の2万マイルで往復できた時よりサービスが落ちている。
すごい犯罪的だ。
他の航空会社もそうなのだろうか。
かくして無事到着し、天ぷらを食べに行った。
タケノコや、ぷちさやえんどうなどの季節限定の天ぷらはおいしい。
季節感がある国に住み、その季節を楽しむ。
季節を楽しむことが分化の基本になっている。
こんなに素晴らしい国に住んでいる私は幸せだ。
だから、思い切り季節にこだわった生活をしなければならない。
これこそがこの国の伝統文化を未来永劫伝えていくこと。
世界支配者に対抗する手立てはこれしかない。
3月27日 日曜

結局今日も早起きをするはめになったけれど、まあいい。
午後は被災地への買い物に奔走。
プラトナムのWeboutiqueMarikaのものを作ってくれるお店へ注文品を取りに行ったら、店主が
日本の被災者の方へと義援金千バーツを下さった。
寄付を集めている機関がいろいろあるけれど、大きくて有名なところへしても、現地にいつ
届くかわからないのは嫌だから、あなたにすると言ってくれた。
あなたのこの千バーツでお買い物をして、それを責任を持って現地へ直接送りますと約束した。
手を握り締めて泣いてしまった。
自分は日本が大好きだから復興に協力したいと言ってくれた。本当に嬉しい。
この店主のことは二十年前から知っている。
店先で泣いていた赤ちゃんが、今や新調185センチの大男だという。
それにしても、店は当時の方がまだよかった。
ディスプレイが悪いのと、商品のデザイン開発をしないのとで、昔のままだ。
こちらがデザインを提供すればそのまま作るから、仕立て屋と考えればいい。
今日は日曜日で、学校が休みだからなのか、街の中に子供の乞食が目立つ。
妊婦の乞食や、乳呑児を抱えた母乞食、両腕のない乞食などもいて、みんな道路は歩道橋に
陣取って缶を前に置いている。
疲れ果てて、缶の後ろで寝てしまっている子供もいる。
日本の心配をしてくれるのはありがたいけれど、自分の国の首都の乞食を心配する方が先
なのではないかと思う。
しかし、自分のお膝元の乞食の悲惨さは見えなくて、遠い日本の被災者の悲惨さの方が目に
つくのだろう。
高架鉄道に乗ると、車内に「日本に募金しよう」という文字が英語で現れた。
日本が復興しないと、タイの経済に直接的に関わってくる運命共同体だから、日本の危機は
タイの危機でもあるのだ。
今夜の食事にKは、ソイ39にあるタイシャブ屋コカを指定してきた。
ホテルからそこへタクシーで行く道はまるでヨーロッパのよう。
洗練され、優雅な雰囲気で、バンコクとは思えない。
ほとんどが日本人の住居だと聞く。
麻布十番と御徒町より、もっと差がある。
タイシャブ屋コカの中はほとんどが日本人。
蟹入りの二人用鍋セットで5千円近くだからなんのことはない、新宿三丁目のタイ料理屋と
あまり変わらない。
それで、アラカルトで頼む。
Kは汁が汚れると気持ちが悪いので肉を入れるなと言って、野菜しか入れさせてくれない。
汁が汚くなっても構わない最後に入れると頑張って野菜ばかり口にする。
日本人同士だと灰汁を取りながら、適度に進めるのに、この人はもう神経質なんだから。
聞くところによると、Kのバンコクでの交友関係はすべて日本人在住者で、弁護士や商社マン
ばかりだと言う。
日本人しか来ないスナック・バーでのカラオケはしょっちゅうとのこと。
被災者救済チャリティーテニスにも二回行ったそうだ。
テニス場への入場料が義援金としてまわされるとのこと。
私は日本赤十字が「裕仁の隠し資金」として時の皇后の氏名を使い、マッカーサーに交渉し
特別に配慮してもらい、なんとかかんとかスイスの銀行へ送られたいきさつを読んだから
(「天皇のロザリオ」鬼塚英昭)どうしても、日本赤十字を信用できない。
まるで非営利団体のように考えている人が多いけれど、あれが会社法人で社長や副社長が
いて、営利法人であり、長年にわたり日本全国から集金して、それを国際ユXヤ資本家へ
上納している事実が怖いのだ。
だから、本当に必要な人のところへお金が行くわけがなく、災害が起こるたびに日本赤十字の
収入は飛躍的に上がるから、これは、地震兵器を使用して、世界各地に地震災害を起こして
いるFIMAと国際赤十字社そして、日本赤十字はつながっているのかもしれないと素朴な
疑問を抱くようになる。
もっとも一般の日本人は、日本赤十字をなんの迷いもなく全面的に信用して献金しているけれど
これをやめなければ、国際ユXヤ資本家たちが膨れ上がるばかり。
日本赤十字の総裁や役員を皇室で固めているのも怪しく、これはパフォーマンスをしながら
巷のお金を吸い上げてお上への上納金にするという国際ヤクザのからくりとしては、あっぱれ。
だから人々が鬼塚氏の力作を読んで、このトリックに目覚め、東北の被災者に直接送るのが
一番だと思う。
  3月26日 土曜

プラトナムのインディラは四つ星で、立地は最低、客筋も最低(インド人の家族連れが多い)
だったけれど、信じられないほど朝昼晩と食事はなんでもおいしかった。
部屋は古く大したことないし、二階の生演奏がうるさくて、一階のロビーで話もできないくらい
だったため、あの一回だけにした。
バンコクでこれまでに10のホテルに泊まったけれど、インディラより食事がおいしいところは
他になかった。
アドミラルがなぜ大したことないかというと、お茶の種類がないとか、ふよっとした、タイのさえない
パンが置いてあってちゃんとしたバゲットがないとか、おかゆがないとかということもあるけれど、
一番ひどいのは、人。
今、木から降りてきた猿をそのまま雇ったようなのは困る。
受付だけではなく、レストラン・スタッフも国際語が話せる人いれないとね。
または猿を決して前面に出さずに、皿洗いをさせるなりして客の目につかないところに置くべき。
さて、よくもまあ、朝の9時半から夕方5時半までアマリンにいたと思うけれど、なにしろあそこは
やることが多い。
今回はネイルもマッサージも美容院も仕立ても全部一カ所でやったため、チットロムに泊まれば
よかったと思ったくらい。
ブーツを新調しなかったから、考えてみればスクムヴィットに泊まる理由もなかった。
タイムズスクエアは行かなければ行かないで済まされるものなのだと納得。
夕方Kが迎えに来て、スクムヴィット通りをチットロムと反対方向へタクシーで行ったところにある
大きな庭園式レストランに連れて行ってくれた。
こんな大きな場所があるのだと感動。
演奏がうるさいので、なるべくステージから離れたところに座る。
タイのポップスはやたらと音がうるさいだけで、全然音楽という感じがしないので、ワールド・
トレードのライブ・ショーもなるべく避けていた。
どうしてこのような強烈な雑音が受け入れられるのだろうか。
それとも70年代のレッド・ツェッペリンの時代にまだいるのだろうか。
 3月25日 金曜 

到着してみて気がついたことは、アドミラル・プルミエール・ホテルは四星とは言いながら、
大通から二回曲がらないと辿り着けない高級住宅地にある。
前回の素敵な四星、今はCitrus Sukhumvit 22 Hotel Bangkokという名前になっているホテルも
これまた退屈な道を長く歩かなくてはならない。
だからどんなに内装が気に入っても今回これを避けたのはひとえに大通りからの距離。
私はアスファルトやコンクリートの上を歩くのがなによりも嫌い。
固い床を踏んでいると骨に響き、踊りが下手になるからダンサーは畳や木の床や、土しか
踏んではいけない。 
今回のアドミラルはどこか大味。同じ四星でもイスタンブール空港付近のは、これより面積は
狭くても、だんぜん正真正銘の四星だった。 
これでもかというほど手をかけていないとだめなのだということを実感し、大変勉強になった。
まだ手をかけられる余地を残してはだめ。 
ピカピカに磨いた完成品にしないと商品にはならない。 
由美子さんを朝食会議(?)にお呼びたてし、バンコク在住の日本人の意見を聞いて、いろいろ
ためになった。
舞台ですぐに使えるように帯をお直しに出し、紋を入れた反物を持参して喪服を注文する。
本来ならもっと早く注文して、父のお葬式に間に合わせるべきだったのだ。
しかし、あの頃は着物など考えもしなかった。
カタカナを使わず和語を使うのと同じ理由で、洋装ではなく和装をしたいけれど、自転車や
スクーターに乗れないし、ブーツを履けないから、不便極まる。
足をつっかえ棒にしなくても横に倒れない簡単な乗り物ができれば、日本の伝統的服飾文化は
すたれることがないだろう。
自動車会社の人は一体この点をどう考えているのだろうか。

チットロム駅前のモール「アマリン」の一階にどんと構えていたインド人経営の絹の仕立て屋が
撤退したので、代わりに二階にある小さな二軒の店で注文する。 
以前絹市場で買いそのままになっていた青い布があったのでスーツを注文。
それからピンクのスーツを昨年作った余りでノースリーブのトップ。ちなみにそのピンクの
スーツはメキシコの国立劇場で着替えた時に、楽屋へ忘れてきた。 
店にいいかんじの綿があったので、ピンクの裏なしのブラウスを作る。
最近はアマリンの中の店でもかなりいい柄を用意するようになったから、もうわざわざ
パフラットくんだりの絹市場まで行かなくてもいい。 
もっとも価格が違うだろうけれど、あそこまで行く労力と時間を考えたら納得がいく。 
プラトナムの衣裳屋には、かぶりやすい羽根頭5個とショールをぼけた色ばかり五色注文。
あの衣装屋の息子が日本の福島への出稼ぎから数か月前にタイへ戻って来たと知り、びっくり。
何年も帰らず、ずっと日本にいたらしい。
いい時に帰って来た。
母親も喜んでいるだろう。

戯曲「ムサシ」は本当におもしろい。
四幕で柳生新隠流の密かに伝授される奥義の中の奥義、「兵法の争いごと、無用、
兵法は能なき者のわざなり」、そして、「「争いごと無用」は、将軍家の、徳川の御代のご方針」
というせりふがでてきたところで、そうか、これはムサシを題材にして、憲法第九条のことを
言っている、だから、「井上ひさしの遺志を伝える最高傑作」なのかと納得する。
沢庵和尚に「おぬしたちに、人を切る資格はない」とか、「わしは仏法者として、人はみな仏である、
したがって、仏が仏を殺すことはならぬ
と固くしんじておる」
と言わせている五幕はたいしたものである。
この作品はわかりやすく翻案して是非、海外で上演するべきである。

Kと行ったスクミヴィット通り手前の広い敷地にある結構高級な料理屋は、庭が広いので
藪蚊の生産地。
建物の中にも蚊がたくさんいて、しかも冷房の中でも強く生き抜いてきたDNAを保持しているため
私の足は20カ所くらい刺されて腫れあがってしまった。
痒くて味もわからないくらい。
私は鳥の揚げたのは食べたくない。
鳥は脂っこいから、焼くのならいいけれど、揚げるのはよくない。
Kが笹に包んで蒸した鳥も注文するものだから、鳥ばかり種も食べて、しかも次に来た料理が
辛くて私は閉口した。
Kはタイに数年住んでいるから、すっかり辛さにも慣れてしまってなんてことないようだ。
 3月24日 木曜

昨日の午前中、都庁の後ろにある母のところで少し親孝行をして今日の出発を伝えたので
空港でかける最後の電話の際にいつものように「どうして行くの」「いつ帰るの」「行くのやめなさい」
「まだその時期じゃない」など渡航に否定的な言葉が出発直前に10も20も飛び出すのだけは
避けられそうだ。
甲州街道を右折して新宿日口のリムジンバス乗り場の様子を見たら、みんな普通にバスに乗って
いるようだったから、予約のせずに今日これから行って当日券を買う。
多分大丈夫のはず。
最悪は京成になるけれど、荒川区日暮里に行かなければならなく、それだけは避けたい。
どうせ来週月曜に戻るからたいした旅ではない。
東京だと雑事が多くてすぐに中断されるから、ゆっくり執筆してこよう。
猫さん係がお世話をしてくれるからあの子たちのことは大丈夫だけれど、さすがに鳥の世話
までは頼めないから、今日はお別れに普段より多めにパン粉をあげたら、来るわ来るわ、
雀やオナガドリがみんな集まった。
震度3があったけれど、その時だけはいなくなる。
平気な時は食べている。
これは地震関知計のようなものだから、窓から鳥の姿が見えている限り地震はなく、みんなが
どこか梢に隠れてしまっていたりすると、問題。
あの子たちは敏感だから、地震の時に食べたりなどしない。
私など揺れていても食べていることが多々あるけれど、なんて鈍感なのだろう。
以前騒いでいた東海沖地震の話はどうなってしまったのだろう。
今回のは相手が自然現象ではなく、地震兵器ハープだからことは複雑だ。
この件についてどのメディアも表立って取り上げないけれど、youtubeなどの裏サイトでは
その話でもちきりになっていることを政府は認識しているのだろうか。
見ないのだろう、そんなところは。
霞が関だけ安全なら地方はどうなってもいいくらいに考えている番町小学校、麹町中学、
日比谷高校、東大出のこてこての官僚は視野が狭く、アメリカの兵器会社からお金渡されているか
手術で内臓を取られて72時間分の溶液の入った袋をつけているから(パッチド・パーソン)、
言いたくても何も言えないのが実情かもしれない。
内閣に何人もパッチド・パーソンがいるのだろうか、それともそれは、米国内だけのことなのか。

道路事情が悪くてなかなか到着しないだろうと思い、四時間前にタクシーで新宿へ、そして
リムジンバスで成田第一ターミナルへ行く。
なんてことはない、通常の九十分しかかからなかった。空港はがら空き。
混んでいたのは先週までとのこと。
パニックであたふたと日本脱出をはかる外国人でごったがえしていたようだ。
チェックインを済ませてから気がついたのは携帯を二つともトランクへ入れてしまったということ。
だからいつもの出発の時のように母や仕事の関係の電話を最後の瞬間まであたふたと
かけまくる必要がない。
そんなわけで、「四ッ谷外濠産トマト」を書いてしまった。
これはいつかかたちにしたいと思っていた題材だったので、予期せぬ執筆時間が得られて幸運。
そういう時にすぐに「ラッキー」と英語を使う馬鹿が大勢いるけれど、使うべきではない。
日本語ではその感情を表す言葉があるから日本語で十分に言える。
外来語は日本語で表現できない内容に限るべき。
玉川大学文学部外国語学科仏語課主任の吉川先生は、明治生まれの誇り高い仏文学者
だったから、クレームなどと言わずに「美顔化粧品」と訳していたくらいだ。
当時の私は、変なおじいさんだと笑っていたけれど、今は尊敬している。
すごいことだと感心している。
そのことを先生がお亡くなりになる前に悟らなかった私のなんと愚かなこと。

それにしてもチェックインした後の待合室は暑い。あさぎ色の薄手のシルクコートを脱ぐ。
次に伊太利屋のオーバーブラウスを取りる。これは小さく畳めて軽いから飛行機の中で便利。
何を隠そう、1985年に買ったけれど今も健在。年に数回しか手を通さないし、すぐに
ドライクリーニングに出すから痛まない。
この人口的な暑さに対抗するためにはもう一枚剥ぐ必要がある。
おもむろにトイレへ立ち、ワンピースのロングドレスの背中のファスナーをはずす。
下に着ていた黒シルクニットのタートルネックのセーターを脱ぐと、なんと私は、
ノースリーブのロングドレスだけになった。これは夏の格好。
外では冬の防寒着で行き交う人々がいるというのに、私のいでたちは夏そのもの 
そのまま案内デスクへ向かった。
「ここは、暑過ぎますね、北ウィングの方ではみんな文句を言ってますよ」
「そうですか」案内嬢がびっくりして答えた。
「このご時世にこれはなんですか。天皇陛下でさえ皇居で自主停電をして下さっている
というのに、このうだるような温度は一体何ですか。すぐに下げて下さい。
私はすでに三枚脱いだのに、鼻の頭にこれだけ汗をかいています。設定温度を変えるように
担当部署に連絡していただけませんでしょうか」
「ご忠告ありがとうございます。伝えておきます」
「今この場ですぐにご連絡していただけますか」
他の客がこちらを見ている。
「このうるさい女が文句を言うのもわずか数十分の辛抱、出発までなんて考えて、
担当にきちんと連絡して下さらないといけないので、今、私の目の前でかけていただけませんか。
この空港、暇でしょう。本来、東京国際空港成田が暇だったらだめなのです。
混んでいなかったら成田じゃない。外国人が誰も到着しないから、この空港は閑散としています。
恥ずかしいことじゃありませんか。それには、あの原発問題をどうにかしましょうよ。
それに私たちが協力できるのは、無駄なエネルギーを使わないこと。東京の電力を少しでも
あちらへまわすこと」
そうしたら、案内状は私の目の前で担当に電話をかけて温度設定を低くするように指示した。
あー、よかった。
お役目を果たした。これでやっと出発できる。

機内で観た映画は「英国王のスピーチ」。
これがアカデミー賞を受賞したこと自体、この業界をユダヤ人が仕切っている証拠。
こんな映画ドイツでは誰も見ないだろう。
対独戦の開戦スピーチを成功に導くまでの努力などという内容は、ドイツ側から見たらジョーク
のようなもの。
なにしろ、演説の魔術的演出で熱狂的支持を受けている(ように見える)人物が支配する国なの
だから、喋りが下手な男の映画なのだ。
ユダヤ人が牛じっているこの業界では、シンドラーでも英国王のなんたらでも、いつだって
ドイツが悪者になっていればアカデミー賞を取れるのだ。

バンコクに到着したら真夜中の12時半。
スクムヴィットのホテルに着いたらもう1時半。疲れた。 
  3月23日 水曜

文化村シアターコクーンで、井上ひさし「日本人のへそ」を見た。
こまつ座は3回目だけれど、前回の「化粧」が地味でつまらなかったから、昔のテアトルエコーで
「11匹のネコ」をやっていた頃の方がずっと楽しい舞台だとおもっていたけれど、今日のを観て
演出でいくらでもおもしろくなると実感。
「キネマの天地」がおもしろかったのも、山田洋次だからで、「父と暮らせば」の映画がいささか
舞台劇みたいで地味だったのは、演出が文芸的で立体的ではなかったからだ。
やはり、人と衣装と場面を多く使わないとおもしろくならない。
喜劇芸人の中に白鳥の衣装の人がいたけれど、これを渥美清が当時やっていたのだと感動。
つくづく、連日井上ひさしを読んでいていろいろ予備知識がついてよかったと思う。
これを機会に昔読んで忘れたひさし作品も全部集めないと。
うちに泊まって、まいにち朝5時に家を出て、新幹線で京都や大阪、広島、岡山、長崎、福岡など
夕方まで観光して、夜東京へ戻り、家で寝てまた翌朝観光へでかけている人がいる。
こんなやり方があるとはびっくり。
まあ、道中寝ていられるから早起きしても大丈夫なのだろう。
日本にいると危ないから早くイタリアへ戻れという両親を説得して、めいっぱい日本に3か月
滞在しているのだけれど、こういう積極的な外国人がいるのは嬉しい限り。
今日フランス人が書いてきたメールなんか、東京へは行かない、食品・電力不足だと
聞いているという。
皇居からわずか15分のこの距離にいて、どこが食料と電力が不足しているというの。
いったいどこの馬鹿がそういうデマを垂れ流すの、BBCやCNNだろう。
NHKが仙台のと言っているのを、東京のことだと勘違いしているのかもしれない。
ここ新宿区の市谷牛込地区で食料と電力が不足している場所が本当にあるのなら証拠を
示せと言ってやった。
ったくもう、嘘のニュースに惑わされて、困ったものだ。

ところで近所の自転車屋に修理に出した自転車のことを思い出して取りに行ったら、保管料
1日5百円と言われた。
抜け弁天の通りの道に出して雨ざらしで、どうして保管料取れるの。
私有地に置いたのならいざ知らず、公道に置いたら、道路交通法の範疇だから、保管料は
取れないと思う。
その証拠に駐車・駐輪料金が派生する場合は、それが私有地や指定駐車駐輪場所であるからで、
通行を目的につくられている公道は、物品販売や物品の設置は絶対に違法行為だと思う。
そういうふうに言ったら、もう直してやらないから来ないでくれ、店にはお客を選ぶ権利があると
言われた。
おやおや、そんなおやじがいるとは。
私は違う色の自転車10台持っているので、いつもどれかを修理しないといけない。
こういうお客を逃すなんて愚かなこと。
気取ったクラブなら、ドレスコードに合わない客を入れないなど、客を選ぶところがあるけれど、
たかがママちゃり専門の自転車屋がなにをぬかす。
 3月22日 火曜

東京にいると危ないからと子供の健康を考えて成田から飛び立つ外国人の記事を読んで、
なんと失礼な人たちなのだろうと思う。
東京の放射能の量など、レントゲン写真より少ないのだから、うるさく騒ぐ必要などないのだ。
「ものを知らないうるさ型の人はこの世で一番扱いにくい」とショーペンハウアーは言っていた。
ロシア政府が日曜日に自国民のために無料の帰国便を出したそうだけれど、それを聞いていた
さとさんなんか、「あら、その飛行機無事モスクワに飛べるんでしょうかね」と言っていた。
東京の放射能よりロシア製の飛行機の方がずっと危険だから、みんなで大笑いしたっけ。
うちの母など、都庁の建物のすぐそばで、平気で毎日暮らしている。
近所の人と一緒に西新宿の足湯へ行ってお喋りするのが楽しいそうだ。
そういう、しっかり普段の生活をしている暇人こそ、この時期宝物だと思う。
ところで、私はうちのかわいいイヌおちゃんを「うさぎさん」と呼んでいたけれど、毎日あまりに
かわいくなっていくので、「うちゃにちゃん」と呼ぶようになってしまった。
   3月21日 月曜

パソコンのキーボードの上に乗る子がいて、毛だらけになってしまう。
寅さんがいたら、「結構、毛だらけ、猫灰だらけ」と言うだろう。
明日も雨とのことなので、神楽坂の36インチのテレビを道に出すのは粗大ごみ屋に頼んで
明後日にしてもらう。
休日のため、普段なら朝からこのビルの駐車場に停まっている宅配業者のトラックが全然来ない。
うーん、困った。郵便局も休みだし。でも、どっちにしろ、この重さだから、持って行かれないから
宅配を待つしかない。
箱を雨に濡らしたくないから、角のコンビニへ持って行くこともできない。
さて、XXXX国の政府の人と名乗る男が電話をかけてきて、「お宅に滞在しているxxxさんいるか」
というので、「いる。明日、ここへ踊りの稽古に来ることになっている」と言うと、
「電話番号を教えろ、住所を言え、旅券番号を教えてくれ」などと立て続けにたたみかける。
だれが電話一本で人の個人情報を与えるか。
その男が本当に政府の人なのかどうやってわかるのか。
「あなたが本当に政府の人であるなら、旅券番号は当然すでにご存じのはず。なぜ、私に
聞くのか」と言ってやった。ここまでが昨夜のこと。
今日、該当の外国人がここへ来たので、このことを伝えた。
そして、住所を教えたところで、徳川将軍様のお膝元であった牛込地区、特に神楽坂の旧住居
表示なんか教えたところで、誰がグーグルマップで見つけられるのよねと言ってひとしきり笑った。
そう、一度この界隈に入ったら最後、忍者や敵が簡単に逃げられないように造ったあの一帯は
行き止まりばかりで、入り組んでいるし、道同士がつながっていないから、誰かが特に外国人が、
グーグルマップしようとしても全然無駄。
江戸時代からそこに実際に生活している人しかわからないようになってるわけだから。
実際築土八幡一体は神楽坂通り界隈同様に今だに江戸時代だから私はとても落ち着く。

さて、計画停電をしないという発表。
どんどんして頂戴、そして福島に電力を回して欲しい。
都内のパチンコ屋やゲームセンターなどは強制的に休業させるべき。
売り上げはどうせ金正日のところへ行くだけだから、開業していても何の役にも立たない。
計画停電をするかどうか決定する人の中に、北の工作員が忍び込んでパチンコ屋の売り上げが
下がらないように動いているのだろうか。
正日は今、日本の原発の模様をどのように見ているのだろう。
いい気味だ位に思っているかもしれないけれど、日本の経済力が弱くなったら、正日への
上納金だって当然減るのだから、国家収入の最大の部分が日本から来ることを考えたら
本当は喜んでなんていられないはずだ。
悪いけれど、あそこはここと運命共同体なのだ、あの人わかっていると思うけれど。

今日の映画は美空ひばりの「ひばり姫初夢道中」(1952年)でこの年ひばりは何本も映画に
主演している。
何役やったからわからないほど衣装を取り替え引き替え、群舞をみごとに使い、ワンマンショーを
繰り広げてしまう。
今見たって度肝を抜かれるのだから、敗戦後すぐの人がこんなものを見たら、みんなひばりの
信奉者になってしまう。
この生き生きした存在と、どの作品にも貫かれているひばりがやる役の持つ正義感に
どれほど力づけられることだろうか。
  3月20日 日曜

教会から帰り、神楽坂の家へ寄ると、沈丁花(じんちょうげ)の花が満開でお玄関へ至る小路は
素晴らしい天然の香水が出迎えてくれる。
マヨネーズを買いにお店に寄ったら日曜の午後だというのに人が少なくてびっくり。
自転車置き場にも私の原付を入れて2台しかない。いつもならずらーっと並んでいるのに。
お花見にでも行っているのだろうか。
多分そうかもしれない、これだけお天気がいいから。
私も昔は行った、いつも新宿御苑に猫と一緒に、または靖国神社に。
でもお花見でロシア猫のセルゲイちゃんを失って以来、お花見を罪悪と考え、もう行ってない。
東北の方のことを考えると、靖国神社や千鳥ヶ淵でライトアップした夜桜祭りなんて論外。
そんな電気があったら福島へ回せ!そして放射能の件早く解決するのが先。
と私は思うけれど、馬鹿都民が楽しみのために電力を消費していたら私は許さない。
日曜だというのに、埼玉くんだりから夫と娘二人を放って習いに来る人のお稽古が始まるので
今日はここまで。
 3月19日 土曜

昨夜の「天城超え」の朝市後の場面が目に焼き付いてしまい、
朝から涙ぐみそうになってしまう。
言えなかったんだなあ、あの人、言ってもよかったのに。
まさに、辛いお勤めご苦労様でしたの世界。
あの小さな男の子に守ってあげると言われてその通りにしてもらったこと、
仇を打ってもらったこと、つまりそこまで本気で自分に対しての淡い恋心を稚拙ではあるけれど
本気で現してくれたことは、まさに女にとっては勲章、それを心の片隅に誇りとして持ち、
生きる原動力にしてきた人生の女の人だった。
そして最後の日々を過ごしている北の果ての地での生活。
その細い肩を抱きしめてあげるべきだった。
何も言わなくてもわかりあう二人。
そうすると、それをじっと片隅から見つめている鋭い視線があり、
それは、あの退官する刑事のものであったなんていう結末にするのに、私なら。

今日お稽古に来た皆さんのおかげで、箱はすでにいっぱいになり、明日、神楽坂の食べ物を
入れたもう一箱を作ったら、月曜日に郵便局へ行く。
日本郵便はなにか、特別な方法(たとえばヘリコプターとか)を使っているのか、民間の
宅配業者の車輛が来ない場所にも郵便物を配達しているようだ。
80円などの普通郵便物などをヘリコプターを使って運んだら赤字になるだろうが、多分、
日本郵便の面子にかけてやっているのだろう。
反対に、民間の宅配業者は、車輛を使う以上のことは経費倒れになるからやらないだろう。
まあ、道ができればまたすぐに届けられるようになるのだし、今日はじめて運所物資を積んだ
列車が迂回しながら盛岡に入ったというニュースがあったから、だんだんによくなっているはず。
それにしても、たくさん菓子パンを買い込んだ都内の人が、正味期限が切れたからといって、
ゴミとして捨てているのは許せない話。
だから私は今日はなにひとつ買い物をしなかった。
しなくても、なんとかなる。
明日一日買わなくても本当はぜんぜん構わない。
タルタルソースをつくってトマトにかけて、玄米と黒豆入りごはんをたいて、山芋をおろして
とろろ芋にして、ここまではたまご以外すべて熊本県の菊池村直送、それから、冷蔵庫にある
数日前に買ったかつおと茄子のお漬物を夜、食べればいい。
人が来ても大丈夫なだけある。
朝ご飯用のおにぎりはすでに今日作ったから、コーヒーとお茶を用意するだけでいい。
お昼は教会でいただくから、また一日お買い物をしなくてもどうにかなる。
「絵が売れて、お金が入ったら、お米を買いましょう、お米なら長く食べられるわ」と言ったのは
アヌーク・エーメ演じるモディリアーニの妻が映画「モンパルナスの灯」の中で言っていた。
ところで私は数年前、今から12年くらい前になるかもしれないが、当時、ジェラール・フィリップ
を見るために、毎日のように「ジェラール・フィリップ映画祭」の連日上演に通って、全部見た。
たしか観客は全員年配の女性だったと記憶しているが、誰が平日の朝から映画館へ足を
運べるというのか、しかもその映画館たるや、ここいらへんではなく、大田区あたりであった
ように思う。
好きというのはたいへんなエネルギーを生み出す。
原発に将来がないから、人間が本来持っているエネルギーで電気をつけたりすればいいのだ。
ジェラール・フィリップ「花咲ける騎士道」は52年作というから、なんと最近私が見ている
ひばりの渡米直後の多くの作品群と同じ時期に作られたことになる。
美しい男はその美しさとひきかえに36歳で人生を終えた。
この人の美しさは薄くて軽いから、私はアラン・ドロンの方が深みがあっていい男だと思う。
  3月18日 金曜

なんだ、トイレットペーパー売ってるじゃない。
牛込柳町のお店。
東京の店先から次々にトイレットペーパーが消えていっているなどという報道をすべきではない。
だから私は声を大きくして言う。
たくさん売っていた。
一袋買って、ブラジル人の空手の先生にあげる。
売ってないお店へ行って、キッチンペーパーを買ってしまったので、半分に切ってトイレで
使っているとのこと。そんなもの流して詰まったりしたら、その方が困るでしょ。

朝、東京都震災対策本部に電話をして、ラーメンやビスケット、おせんべ、インスタント食品などの
食品を詰めた段ボールを被災地域の方にお渡ししたいので、都庁の震災対策本部へ持って
行ってもいいかと聞いたら、持って来ないようにと言う。
持って来ていいのは、水とお茶のペットボトル、お年寄り用のおしめだけ。
食べ物は運送手段がないため運べないとのこと。
それでは、どうやって飲み物やおしめを運ぶのですか。
その時に一緒にカップラーメンなどを運べないのですかと、私は思わず平静を失いかけた。
すると、食べ物を送りたいという多くの都民から連絡を受けているが、運送手段がないため
送らないようにと、全部断っているとの返事。
信じられない!
食べ物が溢れている新宿に住んでいても、東北の方々のことを考えると、気になって
食事をしても気もそぞろ、計画停電の除外地域の都心にいて電気のスイッチひとつつけるにしても、
あの方たちは今、寒い中暖房もなく震えていると思うだけで私は暖房をつけずに電力を
必要地域へ回すようにしている。
東京都の職員があんなに馬鹿で薄情だとは知らなかった。
誰のお蔭で給料もらっているのか。
ちゃんと仕事しないと、都民は税金を滞納することで対抗するしかない。

メールボックスを開くと、2月19日の日記に登場したルイジ・ダンスを知っている方から
お便りが来ていた。

「盛岡のXXです。先日差し上げたメイルが先生の日記に引用されていて 少し驚きました。
先生の日記を拝見いたしますと、お元気なご様子でうれしいです。
先生の日記は、地震被害にあったわたくしの励ましです。
ご自分の安全の許す限り続けてください。

ところで、日本が沈没しそうな今だからこそ『ルイジ・ブック』は重要だと思います。
ルイジの姿勢のつくり方は、多くの病気を払いのけるのではないでしょうか。
わたくし自身は、タップを6年ほど前から学び始めた58才のおやじです。
狭心症の入退院の繰り返しで、身についていませんが、少しずつ学んでいます。
先生にも神のご加護がありますように」

とこんなことが書いてあった。

>地震被害にあったわたくしの

というのは、聞き捨てならない言葉。
ワイングラスがいくつか割れた程度の私のところの状況とはぜんぜん違うレベルのはず。
さぞかしご不便をなさっていることだろう。
そこで、「ご迷惑でなければ、お宅のご住所を教えていただけませんか。
たいしたものではありませんが、そちらへお送りさせていただいてもよろしいですか。
郵便物は届いていますか。
ゆうぱっくさせて下さい」
というメールを送った。ご住所教えて下さるかな。
なんという絶妙なタイミング。
ルイジ・ジャズ・ダンスを知っている方に送りなさいという神様からのメッセージと受け取る。
東京都庁などというあてにならないところを経過して、どこかの倉庫に天井まで高く積み上げ
られてしまうなかのひと箱になるより、具体的などなたかに送る方がずっといい。
しかも、この方は他ならず我らの師匠ルイジ先生のことをご存知で「ルイジ・ブック」の出版を
待っていて下さっている。
神様は本当に必要な時に必要な方に巡り合せて下さる。
このタップおじさんがどこか西日本の方ではなく、他ならぬ東北の方だというのは、偶然ではない。
松本清張「天城越え」(TBS版1998年)。これは田中裕子や大谷直子など他の版もあるようだ)。
 3月17日 木曜 

美容院、ナポリのアイスクリーム、アンパンマン・ショップ、ショッピング、料理などをして、
お稽古をして、そのあとダスティン一家が来て着物コスプレをしたので、執筆をする暇も
映画を見る時間もなかった。
どこへも出かけず、お稽古と執筆と読書、映画鑑賞だけするような生活が好き。
美容院で井上ひさしの「箱根強羅ホテル」をほとんど読み終えた。
これはおもしろい。
ところで、中年の態度が大きいおばさんがいろいろな作品に出てくるけれど、言葉づかいが
同じで、これはきっと、井上ひさしの中での母親像なのではないだろうか。
芝居の「化粧」の女座長ともと割烹の女将で強羅ホテルの管理人とは同一人物だと思えるほど。

ところで、発電をもっと太陽熱を使ってやれないのだろうか。
今日も本当に良いお天気でこのような太陽熱を洗濯物を干すことくらいしか使わなかったら
なんという無駄。
高層ビルの屋上に太陽発電装置を設置できないのだろうか。
初期費用はかかるかもしれないけれど、石炭を使うよりいいだろう。
原発はもうこりごりと日本人全員というより世界中が思っているだろうから。

ところで、大手英語教材会社が毎年企画している英語ミュージカル・ショーのレギュラー
出演者になっているロシア人のA子が明日ロシアへ帰ると言う。
地震勃発後から本国の母親がしつこく電話をかけてきて出国を促していたのは知って
いたけれど、明日出発とは。
ミュージカルのプロデュースを担当している企画会社からは、ここ数日の間何度も連絡が
入って、どうにか出演者を説得するようにと言われてきて、そのようにしていたけれど、
明日出発の人にはどうしようもない。
それに、あわてて出国する外国人が万一再入国ビザを取得していなかったら、理論的には
もう現行の滞在資格は切れてしまうから、再入国できないことになる。
このタレントがいないと、フラメンコ・ダンサーの役ができる外国人女性ダンサーなんか
日本ではキャスティングできないから、このミュージカルは流れてしまう可能性がある。
まあ、日本人配偶者がいる人は簡単に出国しないだろうから、その人たち(でも、みんな
金髪)にその役を回せないこともないかもしれないけれど、このご時世、真剣に台本を
読んでセリフを覚えて振付を練習するかな。
 3月16日 水曜 

明け方に井上ひさしの「わが蒸発始末記」終える。
最近早く寝るようにしているから、起きて読み始めるのも早い。
」(せがれ)山田洋次作、渥美清。最後がなんだか尻切れトンボ。
以前見た「あにいもうと」もそうだったが、なにか最期までじっくり言い切っていない話は
後味がどうも変な感じ。
やはり日曜映画劇場用のものは、本当の映画と比べて制作費も安づくりだし、時間の制約が
あるので、こうするしかないのか。
でも、寅さん出ているものであれば、何でも見たいのでこういうものまで見てしまうわけ。
最期がよかったのは、「つむじ風」。
これは最後の場面が一番良かったくらいで、渥美清が結婚式の場面で幸せそうにしている
姿を見て本当に嬉しかった。
ブラジルの空手の先生がご飯を食べに来た。
今日もまたアマゾンで本を注文したので、数日で届くはず。
今までにどんどん頼んだ本でまだ読んでいないのがあるけれど構わない。
読む本が全然なくなってしまうことの方が怖いから、次から次へと注文した方がいい。
ベンジャミン・フルフォードがデヴィット・アイクはロックフェラー家の孫だなんて言っているけれど
本当なのだろうか。
頭のいい人が言うことだから、嘘ではないのだろう。
  3月15日 火曜

外国人の友人向け頁を更新するためには、外出して天下の様子を見てこないといけない。
今日ツタヤに電話をしたらやっているとのことで、休んだのは昨日だけだったようだ。
明日朝一番で美容院に電話をして、やっていたら行こうかな。
地震の日からガスが止まってシャワーが浴びられないと騒いでいた榎ハウスの原因が判明。
単純に、水道の蛇口を閉めているままだったらしい。
ガスが来ていなかったわけではなかったのだ。
こんなことでわざわざ多忙中の東京ガスを呼んで、本当に悪かった。
普段のようにお稽古して、自分のトレーニングとしては、「エポールマン」をする。
これは人に教えるためにというよりは、自分のためにやっている。
よくこんな難しいものを踊ったものだと感心する。
1983年以来踊っていない。
もう踊れないと思っていたものを少しづつやってみるのも悪くない。
こんなにいい踊り、お蔵に入れておいたらもったいない。
日の出とともに起きたいから、もう寝ないと。
こうすることで、節電に協力できる。
 3月14日 月曜

井上ひさしの作品を読んでいると繰り返し登場する日本で一番、というより氏にとっては
おそらく世界で一番美し場所である故郷が、今回の地震津波で壊滅した。
氏の作品をしらみつぶしに読んでいるから、出てくる地名を聞くと、これは、「新遠野物語」の
狐のおじいさんが働いていたことのある地域だなとか、氏の母親が働いていたことのある
港町だなとか、想像がつき、それらの文学作品と混ざり、そこに描かれている情景の美しさと
比較するから悲惨さが実感される。
もし、氏の作品を読んでいない人がこれらの地名を聞いても私がしたような感じ方はしない
のではないかと思われる。
昨日ツタヤにDVDを返しに行き、閉店していたため借りられなかったことを残念に思う。
映画を見ないと、繰り返し放映される同じ映像を洗脳されるまで見続けることになるから、 
かえって危険だろう。
これまでにも、9月11日に飛行機が例のビルに突っ込む瞬間とか、プーケットの海水浴場に
津波が押し寄せるところとか、チュニジア・エジプト・リビアの動乱とか、 1回でいいところを
何百回となく見せ、サブリミナル効果で人々は、それが脳に叩き込まれてしまうけれど、これは
大変危険なことだ。
地震の最初の頃は情報を得るためにニュースを見ていたけれど、もう、なるべく見ないように
した方がいいのではないかと思う。
今回のことで一番得をするのが国際的石油会社であることを考えるにつけ、これは明らかに
彼らの画策したことであることが明白になる。
しかし、こんな日でも踊りのお稽古をしている自分を大変嬉しく思う。
Farewell My Love」はほとんど完成したから、これを「炎のランナー」に当てはめれば、この
長い間幻の作品となっていた踊りが再現される。
思うに、これは、荘厳な感じだから、教会のような場所でやるのがよいのではないかと思う。
ショー・ダンスなら断然「Farewell My Love」だけれど、時と場所によって曲を選ばないと。
外国人の友人向けにメッセージをアップロードした。
  3月13日 日曜

教会へ行き礼拝が始まる3分前に余震があったけれど、天井の十字架は落ちることなく
そのままとどまっていた。
しかし、揺れていると気になるので、あれは、デザインとしては良いのだろうが、安全性を
考えるとはずした方がよいかもしれない。
美空ひばり「牛若丸」(1952年)はなんとオブライエンとの共演作と同じ年につくられている。
ひばりは、「二人のロッテ」の時と同じように、一人二役をやって、少年と少女を演じ分けている。
すごい演技力。
コンビニや牛込柳町のスーパーヨシヤでパンが売り切れてしまっていても、心配な要らない。
神楽坂のKayser de Parisでは、いつものようにたくさんの大一級品のパンが並び、出来立ての
バゲットと、明日の朝食べるレーズン入りのとチョコ入りのを買ってきた。
どうして変な店のパンは売り切れて、こんなにおいしい(多分東京で一番)パン屋では商品が
溢れているのだろう。
シロウトさんは多分ここの存在を知らないのだろう。
ちなみにここは大久保通りを外苑東通りから神楽坂方面へ向かった右手にある。
神楽坂通りよりかなり手前だから、神楽坂通りだけを歩いている人にはわからない。
海外放送が被害の様子を誇張してこれでもかと放送するものだから、世界中から大丈夫かと
メールが来る。私を心配してくれて、ありがとうございます。
ご丁寧に電話をかけてくれる人もいるけれど、朝6時にかけられても嬉しいというよりは困るから
メールだけにしてほしい。一斉メールで返事をしている。
 3月12日 土曜

あの人たちは、日本に石油を買わせ、日本が石油に頼ることで主導権を握ろうとしたけれど、
日本があの人たちからの独立を求め石油を買わない方向を模索し、原発にエネルギー源を
変えて行こうとしたことが気に入らなかったのだろう。
見事に原発を爆発されてくれた。
あれは事故に見えるだけで事故ではない。もちろんあの人たちが画策してやったこと。
この事故の後、どうなるかというと、原発はやはり危ないから、やはり、今まで通り、石油を
買っていこうという方向になるだろうから、あの人たちはほくほく顔。
一時下がった石油価格はあの人たちが中東を混乱に陥れたことで高値を記録した。
今回のことでで、日本が今以上に購入するようになるだろうから、もっと価格が上がる。
あの人たちの思うとおりのシナリオを歩いては危険だ。
空気からエネルギーを抽出させる方法がすでに見つかっているのだから、それを利用すれば
いいのだけれど、その発明者はあの人たちに消されてしまったとベンジャミン・
フルフォードの本に書いてあった。
日本人は、地震の表面的な部分で騒いでいるけれど、この地震計画を企画したFimaの
地震兵器 Haarpのことをもっと大々的にみんなで議論すべきではないのか。
この話題を極度に避けること自体、非常に怪しいこと極まりない。
 やなせたかしの「やさしいライオン」は泣かされる。
  3月11日 金曜

すごい地震で、マグネチュード8,8、宮城沖震源地。
戸棚を開けたら、割れたワイングラスが落ちてきて、危なくて歩けない。
鏡付の戸棚の扉が開いて重みでぶら下がり、それが鏡と共にどーんと下に落ちた。
神楽坂の家、今頃ぺっちゃんこになっているのではないか。
BBCはリビアのニュースばかりなのに、CNNは地震関係のニュースを全面的に流しているので
とりあえず、テレビをつけっぱなしにして様子を見る。
動物は頭がいいから、地震になる数時間前からすでに地震のことを知っていて、恐がって
鳴いたり走ったり、押し入れに隠れたりしていたけれど、人間は地震が起こるまでわからなかった。
お向かいの家の黒猫嬢は、地震前には暴れて走り回って予知していたとのこと。
本当に動物はすごい。
今日は、誰もお稽古に来られないだろうから、読書したり執筆したりしよう。
まだ余震でシャンデリアが揺れている。
設置電話も携帯電話も通じないし、ガスも通じていないから、料理もできない。
そうか、電気で調理すればいいのだ。
電気蒸し器を手に入れてよかった。
今回の地震は本物の地震だったのか、それとも地震兵器ハープによる管総理の政策に
対しての脅しなのだろうか。
  3月10日 木曜

山田洋次監督の「武士の一分」は途中までしか見ていない。
女性が自分の身を犠牲にしてまで盲目になった夫を救おうとしているのに、夫はありがとうと
言うどころか、即刻妻に離縁を言い渡す。
なんなのこれ。だから江戸時代は嫌い。
やなせたかしの「チリンの鈴」は子供向けのスタイルを取りながら、実はすごいメッセージを
込めている。
復讐はなんと空しいものなのか。
復讐を乗り越えて、共に助け合いながら、技術を伝え合い、その中でつくりあげていく
人間関係の大切さ、心のふれあいや、そのなかでつくっていった共に楽しんだ時間に
価値があったのに、復讐を持ち出したためにすべてを失ってしまった。
復讐などということは考えてはいけないのだ。
ところでこの本は外国語に翻訳されているのだろうか。すべきだ。
 3月9日 水曜

 渥美清と中村勘九郎の「友情」(松竹80周年記念作品)はなかなかいい。
やはり松竹で一番大切にしている寅さんを主演にしたのだ。
瀬戸内海でだんだん魚が捕れなくなってしまい、漁民が出稼ぎに行かなければならないような
状況になったということがこの作品の根底にある。
本来自分の生まれた土地で仕事をして生きていかれるのなら、日本各地を転々と出稼ぎを
して歩き回らなくてもよいのだ。
ところで、「サマー42」は何度踊っても成功したためしがない。
他の踊りなら何度踊っても失敗したためしがないのに。
倉庫からサンバ衣裳を持って来る。今夜送ろう。
昼間の混んでいる時にこういうもの持ち込むとコンビニの人嫌がるから、すいている
夜中に限る。
  3月8日 火曜

稚拙だけれど、とりあえず、こんなページを作って、ルイジ先生の昔の写真を掲載した。
最近ルイジの「Farewell my love」を朝な夜な自主練している。
これはスローだけれど、「炎のランナー」より洗練されていて、めくるめく次々に出てくる
これでもかこれでもかという振付は本当に圧巻。
「炎のランナー」は大袈裟でちょっと恥ずかしくて上演できないけれど、「Farewell my love」は
いつか機会があればやってみたい。
久しぶりにいよんちゃんと映画を見る。
美空ひばりの「二人の瞳」1952年(Girls Hand in Hand)で、ひばりが渡米した時に「若草物語」の
天才少女と対面させて契約し、日本で撮影した。
マーガレット・オブライエンはものすごくカリスマ性のある子役女優で、さすがひばりの相手役。
それはそうだろう、「若草物語」では、エリザベス・テイラーやピーター・ローフォードと出演
していた。
 3月7日 月曜

雨が雪に変わり、寒かった。
数日前のあの暖かさは一体なんだったのだろう。
こうして暖かくなったり寒くなったりしながら、春を迎えるのだ。
「12人の手紙」の何がすごいかというと、最期の章で全員登場していて、それらの人たちの
その後の生活がわかることだ。
しかも、なんら手を下さないで完全な殺人まで遂行した。
この全員登場という手法は、アルトゥール・シュニッツラーの「輪舞」を思い出す。
ジーン・ケリーが行った「腕輪のロンド」もそれと同様素晴らしかった。
踊りだからせりふがなくてもすごくよくわかり、本当に天才的なつくりかただった。
そして井上ひさしのこの大団円。この人はともかくすごい。
久しぶりにいよんちゃんが来たので、昨日ダスティンのご両親にいただいたカナダの鮭を
いただく。
これは燻製というより、汁漬なので、そう、日本にあるからふとますの缶詰の大きいものと
いった感じだ。
菊池村のたまねぎを入れたタルタルソースを作り、鮭にかけて食べた。
それからシュガー・バターもいただいて、トーストにつけるとすごく美味しい。
日本はバターにお砂糖を入れるという発想なないかもしれない。
井上ひさしの「ボローニャ紀行」を読み始めた。
ボローニャに到着するなり、ひと財産を泥棒されてしまったようで、おやおや。
何も失わずに無事行って帰って来られた私は幸せ者だと思わないといけないのだろう。
 3月6日 日曜

今日は日曜日なのでお稽古が3時に終わり、早めに夕食を食べて、お風呂に入り、
お風呂から出て真っ裸で、部屋の真ん中に座り、にねんざ用の湿布を貼っていた。
ばさばさ髪で、パンツも履いていない。
すると、いきなり、内扉が開き、ダスティンが入ってきた。
バスタオルとか隠すものも何もなく、あたふたとしたが、どういうわけか、この人はすぐに
扉を閉めたりもせず、不思議な人だ。
しかも、一昨日到着した両親と一緒だった。
三人には玄関で待っていていただき、私は慌ててなにか着て、髪の毛をしばって
すっぴんのままお通しした。
どうしてなの、この人は。
来るなら来ると言ってほしい。
そうしたら、裸ではなく、服を着て迎えられたのに。
お風呂なんてこんな時間に入らないし。
食べ物とかなにか用意しておいたのに。
しかし、よくよく考えたら、どこの誰が鍵開けっ放しで、お風呂なんか入るか。
そして、どこの誰が、呼びリンも押さず、ノックもしないで人の家に入って来るのか。
でも、ここだとそういうこともあり得る。
多分日本の普通の家では、起こりえないことかも。

ともかく、先ほどこの一家は帰って行った。
両親はごく普通の常識的な人だったので、ダスティンが11月になってもまだ裸足に
草履だったり、普段パンツを履かずにいきなりズボンを履いていて、ショーの衣装に
着替える時など、女の人が二十人いる楽屋に男一人でも平気でズボンを脱いで、つまり
スッポンポンになって、アラビアの衣装に着替えたり、今日のこともしかりだけれど、なぜ
こんなにずぶとくというか、無神経というか、おおらかに育ってしまったのかわからない。
このことを生徒とインストラクターに言ったら、生徒は、
「おかしー!!
よりによってご両親と!
あ~笑っちゃいました
しかし、焦りますよね
ダスティンも前もって、連絡すればよかったのに
想像しただけで、笑いが…(笑)」なんて書いてきた。
それで、インストラクターは、
「 ひぇ~~!!
マジですか?ショックというか、なんというか、アンビリーバボーです。
普通、先生が裸だったら、あわてて、ドアを閉めたり、見ないようにしたりしますよね?
その辺がトロいというか、ズレてますよね( ´θ`)
でも、先生宅はいろいろな方が訪れるから、次回はバスタオルと共に
お風呂を出て下さいね」と言っていた。
ダスティンのおかあさんから、カナダの食べ物をいただいたので嬉しい。
明日食べようっと。
 3月5日 土曜

ブラジルからカストロが到着。
空手の人だけれど、最近合気道を始めたとのこと。
本部道場へ連れて行ったりお守をした。
ブラジルの経済を考えると2か月間東京で合気道を練習するために来日するというのは
大変なことなのではないか。
でも、格差社会だから、いろいろな人がいるのだろう。
髪を短く刈り込んだ演歌歌手みたいな感じのおじさんだった。
12人の手紙」にはまっている。
最期のオチが非常に気がきいていて、よくもまあ、これだけたくさん考えたと、井上ひさしの
執筆力につくづく感動する。
私など、昨日も今日も、読むだけで書いていない。
毎日書こうと思ったけれど、今日は疲れているからとか、明日書こうとか、もう遅いからとか、
いろいろな理屈をつけて書かない日があるのは本当に我ながら許せない。
ショーペンハウアーが言っていたけれど、「おお、そんなにたくさん読めたというのは、考える
ことがまったくなかった証拠だ」。
 3月4日 金曜

井上ひさしの「12人の手紙」はすごい。
「赤い手」は、公文書だけで綴られて、それだけで、この悲劇的な誕生をした少女が成長し
そして死亡するまでの人生を語る。
しかも、最後の最期に、しかも、主人公が亡くなってから読まれる手紙は、これこそ唯一の
人間の言葉で書いた手紙なのだ。
そこに至るまでの延々と続く公文書の役所的表現と打って変わってなんと柔らかく温かいこと。
これを朝読んでから一日を始めたものだから、現実の一日を生きていてもなにか、虚構の
中にいるようだ。
ところで、2月28日にオナガドリは高いところにしかいないと書いたが、ところがどっこい、
低いところにも来る。
昨日電線にとまっているのをいるのを見たので、おやおや、こんなに低いところまで来たのか
と思ったら、今日はなんと、うちのベランダにいた。
雀の3、4倍はありそうな身体だが、雀と一緒にいるところを見ると危害は加えないのだろう。
これがハトやカラスだと、雀は逃げてしまう。
ということで、新宿区で見られる鳥は、カラス、ハト、オナガドリ、メジロ、雀を確認した。
前半二種はともかくとしても、後半三種がいて、しかも、非常に身近にいるのはとても嬉しい。
久しぶりに神楽坂の芸者割烹仕出し屋のおかずを買ったら、本当においしいこと。
最近菊池村の素材ばかりだったから、たまにはできたものがいい。
素材は、作る時間がないと、せっかく取り寄せても手に余る。
3月3日 木曜 

カダフィはよくわかっているようだ、「我が国の石油資源を狙う外国人勢力が問題を引き
起こしている」と記者会見で言っていたけれど、まさにその通り。
石油は石炭と同様、そのうち使われなくなる地下資源だから、そうなった時には商品価値が
なくなるので、今のうちに思い切り価格を吊りあげて売り切ってしまうには、リビアをイラクで
したように乗っ取ってしまおうと考えているあの人たちが日々、虎視眈々とカダフィのこけるのを
待っている。
あの人たちに世界で大きな顔をさせないためには、あそこの国以外のすべての人々がもっと
その犯罪に気づいて、協力して行動を起こさないといけない。
たとえばあそこの国の国債を一気に売るとか、資金を引き出すとか、何も輸入しないとか、
観光くらいのことであの国に行かないとか、小さな一市民であってもできることはいくらでもある。
それにしても、カダフィのとこのウクライナ人の看護婦がカダフィを「パパ」と呼んでいるのには
笑える。
子供がいるようだけれど、その子の父親は誰なのだろう。
だいたい、どのようにしてそのウクライナ人看護婦はカダフィの元へ来るようになったのだろう。
3月2日 水曜

「今、明かされるジャズ・ダンス」のルイジ編の中に、 「伊藤道郎の系譜」を入れた。
伊藤道郎芸術を守り伝えている島崎さとるさんのことも書いてやっとほっとした。
この人がやっていることは大変に文化的な意義のあることだから、陰ながら応援したい。
というより、消極的な応援ではなくて、積極的に、伊藤道郎の型はこうですというやり方での
行動が必要なのではないかと思う。
私はなぜかそれをやって来なかった。
まあ、いいや、今度にしようと先延ばしにしているうちに、私から習ったのに、ルイジは知らない、
伊藤道郎のリトミックの型は知らないという人を多く輩出してしまったのだ。
昨夜から読み始めた「反米大陸」-中南米がアメリカにつきつけるNO-を昨年読んでおけば
よかった。
本当はそうしようと思って出発前に買ったのに、どういうわけかいつも超古代オカルト歴史もの
ばかり読んでいたから、今頃になってしまった。
メキシコはアメリカに国土の半分以上を騙し取られ、そのままいつまでも貧乏状態を続け
なければいけないのだろうか。
3月1日 火曜

わー、やった!
ジョン・ガリアーノが遂に クリスチャン・ディオールから停職処分を食らった。
いい気味。
これで積年の恨みをはらした。
思い出すのもはばかられるあの日のこと、今を去ること数年前。
あの日、オフィス・マリカは、クリスチャン・ディオールのショーのイベントのために、サルサ・
カップル及び、他のサルサ・カップルのドレスを提供していた。
オフィス・マリカがキャスティングしたのは、その当時、ラテンものとくれば、テレビでも
イベントでも、この人を措いて他にいないというブラジル人のダンサー、ヴァレリアと、
かつてコルドンブルー(その前は赤坂見附にあった、あの高級クラブ、名前をなんといった
かしら、白人トップレス8名と日本人の透さんでもっていたあの店)で踊っていた透さん。
人種差別主義者のジョン・ガリアーノは、ヴァレリアの黒い肌を見るなり、
「エスニックすぎる、俺のショーに出るな」と言った。
ディオール側は、踊ったのと同じだけの請求をして構わないから、ジョン・ガリアーノの
気分を害さないように帰るようにと命じた。
これが工場労働者かなんかなら、働かないのに同じ金額をもらうなんて得したと思うだろう
けれど、芸術家というのは違う。
踊れなかったことが残念なのだ。
ラテンの踊りにかけては、本邦で自分が一番だと思っている外国人ダンサーにとって、
帰れと言われることの屈辱感はさぞかし耐えられなかっただろう。
それに、透さんは、日本のレビュー・ショー業界でがりなりにもトップを築いたダンサーだ。
その人がイベントに出られないなど、考えられないことだ。
その日私たちはともかくそそくさと会場から退散した。
こういう業界で仕事をする以上、どんなことが起きても対処して次に進んでいかなければ
ならないのだけれど、神経が弱い人なら途端に参ってしまうだろう。
あの男、なんという傲慢な奴なのだろう、ブッキングした二人のダンサーは、私の長い友人で
あっただけに、本当に申しわけなかった。
こんな仕事取ってこなければよかったのだ。
後に知ったことだが、ジョン・ガリアーノは、「アジア人め、殺すぞ」、「ユダヤ人め、死んで
しまえ」など、いろいろと物議を醸しだす発言をしたようだ。
だから、あの日、黒人ダンサーに「エスニック」と言ったことなどは、あの男にとっては、
当たり前のことだったのだろう。
この人は、ドイツにでも言って、ネオナチのグループに加われば重宝される。
まさに適材適所だから。
井上ひさし「わが蒸発始末記」を読みはじめる。
 2月28日 月曜 

雨が降り、昨日と打って変わり気温が低い。
この雨が上がればまた暖かくなる。
雨が気温を運び一雨ごとに春に近づく。
このような雨の日、雀たちはどこで過ごしているのだろう。
ここら一帯は雀だけではなく、オナガドリが多い。
声を聞くだけですぐにわかる。
あの種類は、恐がりなものだから、かなり高いところにしかいない。
人間が嫌いだから低いところに降りてこないで、上の方から大声で鳴いている。
メジロも結構いるように近所の人は言うし、私も死骸を見たけれど、飛んでいる姿は
まだ拝んだことがない。
オナガドリのように大きくないから飛んでいても見えないのだろう。
  2月27日 日曜

今日は何の日かわかっていたから、一昨年のように恐怖に襲われることもなかった。
あの時は本当にびっくりしたなどという生易しい言葉では言い表せない。
原付バイクで靖国通りと外濠通りを通っていつもの日曜日のように教会へ行こうとしたら
大変な人数の警察官に道々で止められ、結局、靖国通りを防衛庁前の道まで行かれなかった。
しかたがないから、外苑東通りへ出たけれど、なぜか警官が多い。
市谷加賀町までほんのわずかな距離なのに、普段見たことがない多くの警官が
立ち塞がっていたため、進むこともできなかった。
仕方がなかったので、紙幣を印刷している大日本印刷の横の道から行こうとしたら、普段なら
なんなく入れるその道にも行かれない。
そうか、考えることは、ただひとつ。
ついに来たのだ、このような時が。
日本国の一応の首都は千代田区の皇居だけれど、本当の首都は市ヶ谷にある。
父たちが大本営と呼んで、私が市ヶ谷自衛隊という名称で親しみ、現在は防衛庁である
ここの建物とその隣の大日本印刷、つまり武力とお金が隣り合わせになっている市ヶ谷こそ
日本国の事実上の首都である。
皇居はいわば、表面的な首都。
観光客に見せるためのものであり、本当の首都機能は武力とお金のあるここ市ヶ谷。
皇居や国会議事堂などは、それをカムフラージュするためのものに過ぎない。
有事には戦闘機が離着陸できるように靖国通りはあらかじめ幅を広くとってあるし、
空軍の行動を邪魔立てする道路真ん中の植え込みなどもない。
鷹匠町を抜ければ、すぐに砂防町などと思った私は甘かった。
外濠方面へ曲がろうとすると、どの道にも警官の姿があり、厳重に交通規制をしていた。
いつかはこのような時代になるのだろうと予想はしていた。
しかし、これほど早く来るとは正直言ってびっくりした。
両親の世代が経験分もした辛い時代を自分も今、経験しなければならない時が来たのだ。
新聞の号外などもない。
拡声器による通告もない。
ただ無数の警官によって外濠通りが封鎖されていて、今頃はきっと、
戦闘機が離陸しているのだろう。
平和な日々よ、さらば。
あの日の私は心底意気消沈していた。
なんとか、礼拝の途中から教会にたどり着いたとはいえ、賛美歌を歌っても気もそぞろだった。
どうして、ここにいる人たちは平気なのだろう。
このような有事にどうして呑気にしていられるのだろう。
亡国を思い、市ヶ谷自衛隊で切腹自殺を遂げた三島の悲しさがわかるような気がした。
昼ごはんの時間になり、年配のご婦人に「大変なことになりましたね、今日はあんなにたくさん
警官が出動して」と言うと、
「そうですね、毎年東京マラソンの時はこうだから」と答えた。
私の杞憂は一体なんだったのだろう。

だから昨年から教会へは東京マラソンの時は自転車で行くことにしている。
そうすれば迂回することもなく、普段通り、靖国通りと外濠通りを通って行かれるから。
 2月26日 土曜

夜になると足が重くなるから、今夜は神楽坂へ行かなかった。
明日教会の後に行けばよいだろう。
ベージュと黄色の自転車を修理に持って行った。
オレンジはブレイキが故障している。
ローズと紫はどうなっているのだろう。
フル回転で使っていた時は問題なかったけれど、ここのところ使っていないのからダメになった。
多分駐車場で夜中に壊されているのかもしれない。
井上ひさしの「ふふふ」を読み始めて、国際連盟脱退後に設立された日本ペンクラブが当時の
事態を収拾できたかもしれない可能性を知り、もし、あの時ということを考えざるを得ない。
ことによったら、原爆など落とされる必要はなかったのだ。
文学、文化、芸術がモーレツに活躍しないといけないことを人々が認識すべきだ。
お稽古の後、母のところへ行き、菜の花を茹でたり、菊池汁を作ったりした。
石油がどんどん上がっているのと、アメリカの国防相が大きな受注を取ったので、軍事関連の
多くの雇用が確保される。
つまり税金がそのまま軍事産業へ流れる。
軍産複合体はますますその姿を顕著にし、誰があの国を動かしているのかよくわかる。
世のなかの人が困れば困るほど、反対に儲かっていくのが石油と軍事産業だが、これを
誰がどのように変えていくのだろう。
私には武器がある、それは踊りとペンだ。
これで世界を変える小さな、しかし、地道な行動をとろう。
 2月25日 金曜

捻挫も大分良くなってきたけれど、まだ左は完全にはポイントしたり、跳んだりできない。
夜になると左足が重くなってきて、その足がエレファントマンになっている感じはまだ
なくならない。
あと3日くらいか。
今朝方から目じりが痒くて仕方がない。
始まったようだ、今年の花粉症の最初の兆候。
昨年からは薬も飲まなくなった。
三輪接骨院で目の周りや、鼻の周りを押していただくことで、鼻が通り、目の痒みも
和らぐということがわかったから、薬をやめている。
その方が眠くならないし、なによりも、余分な薬を摂取しないということが一番いい。
製薬会社を儲けさせていないと思うだけで気分がいい。
204号室の洗面所、パイプの具合が悪いかもしれない。
クラシアン東京へ連絡。いつからだったのだろう。
夜到着するのがわかっている人がいる場合、可能であれば着物で迎えるのは印象がいいから
やってみることにする。
普段はバイクで夜買い物に行ったりするから、そうもいかないけれど、ここでの作業だけの
日はなるべくそうした方がいいかも。
普段、なんでもなく着られるようなもの作ろうかな。
帯を買って、作り帯を準備したい。
さしずめ、青い着物には白かな。
紫のウサギの柄には黄色がいいかも。
結び方は緑の帯と同じでもいい。
本が出来上がらないと、着物や帯を注文しにバンコクへ行くこともできない。
 2月24日 木曜

小林一茶」の描き方がおもしろいのと、「そういったもの(文化)に興味を持ち、銭を投じよう
という物好きがこの江戸には多い。江戸は芸の木の植えどころ
」という江戸と上方との比較。
(諸歌は)「みんな生まれは上方ですが、江戸へ下って来て隆盛をみました。江戸のはそれらを
専とする芸人をちゃんと養う力がある。上方にはそれはない
」というのは興味深い。
西国倭人文化は、つまるところケチなのだろう。
それに比べて東国縄文人文化は懐が深いのだろう。
根本的な人間の差だという気がする。
ダスティンが菊池村の野菜を持って行く。
みんなで買えば、菊池村も作り甲斐があるだろう。
 2月23日 水曜

 カダフィがあのようになってしまって、B氏はリビアでの仕事がなくなってしまうのではないか。
これまで長年にわたってリビアとうまく仕事をしてきたのは、明らかにカダフィ家と良い関係を
持っていたからで、これからはどうするのだろう。
まあ、リビアひとつなくなってもB氏の顧客は他の国にたくさんいるだろうけれど、でも、
アラブ首長国連邦の王室のメンバーに王家ご用達で売っているわけだから、湾岸の
王室なくなったら、この人のビジネスまずくなる。
まあ、国連相手にやっている限り、大丈夫だとは思うけれど。
それにしても、どうして独裁者というのは、尻尾を巻いてこっそり亡命するということが
こんなにも苦手なのだろう。
変なヒロイズムがあるのだろう。
名も知れぬどこかの国の田舎で、静かに手記でも書いて余生を送った方がいいと思う。
そういう人の書いたもの読みたい人多いはず。
倉庫へ行ってサンバの衣装を持って来たけれど、サンバ袋もっと縫わないと。
ふとんカバーはだめ、すぐ破けるから。少し大きめにしないと緑の羽根背負子が入らない。
昨夜から読み始めた井上ひさしの「小林一茶」の途中で「新釈遠野物語」の狐憑きの娘の
話なんかも読んでしまってもう井上ひさし三昧。
  2月22日 火曜

真夜中に井上ひさしの「人間合格」を読み終わったけれど、そうか、亭主失格、退院失格、
健康人失格、息子失格、弟失格、津軽人失格だけれど、太宰治は人間合格なのだ。
これはおもしろい。
ここのところ少々遠ざかっていた「新釈遠野物語」に戻ろう。
途中で「頭痛肩こり樋口一葉」や「イソップ株式会社」が入ってしまったので、中断してしまった。
毎日必ず「サマー42」を踊ることを義務付けたらなんだか生活にリズムが出てきた。
紙類を整理していたら、ホセしばさき先生からいただいた"Poems on the New Year"が
出てきた。在りし日の先生の署名もある。
そこの1990年のページに、"It's enough as you are: Keep today's fragrance forever!"
(このままで結構です、今日のあなたを何時までも)というのがあり、じーんとくる。
こうして毎年元旦に詩をつくり、人々に送る。それをなんと東京オリンピックの年から
やっていらした。継続して行うことの強さを先生は示して下さった。
あのノート、聖書を英語とスペイン語で写していらしたあのノートの束。生きた証拠。
私など、ノート一冊も終えられなかった。
どうしても続けられなかった。ホセ柴崎先生の執念ともいえる継続する力はすごかった。
  2月21日 月曜

最近のリビアの暴動で石油価格が上がっているそうだけれど、石油が上がって得をするのは
なにを隠そう、そう、あの人たち。
「シオンの議定書」でも言っているけれど、「これまでに起きたすべての革命は我々が用意した」
そうなので、今回の一連のこともあの人たちがまた後ろで糸を引いているのだろう。
あの人たちにとっては、どんどん石油離れになっていくこの世界情勢の中で、石油による
最後の荒稼ぎをしようというところか。
アラブ世界を分裂させ混乱に陥れればアラブの共通の敵であるイスラエルに対しての結託力が
薄れるから、とりあえず、当分の間はイスラエルは安泰でいられる、そういうことなのではないか。
アラブの国々がアメリカの犬のような国家元首を排除して、内乱を終わらせ国を安定させ、
一致団結してイスラエルに立ち向かうというのが、イスラエルにとっての最悪の図だから、
その日が来るのをなるべく遅らせるように、あちこちの国に火をつけ、内乱を煽り、
最重要問題であるイスラエル問題に目を向けさせないようにしているのだろう。
多分これは、さほど間違っていないはずだ。
 2月20日 日曜

ここのところ日曜日の朝、時間的余裕がなく、着物を着る暇がない。
そのようなわけで、毎週着物で教会へ行こうとした計画は簡単に崩れてしまった。
原付だと今日のように、帰りに神楽坂へ行き、洗濯物を持ち帰ったり、途中の
カイゼルドバリでおいしいバゲットを買ったり、牛込柳町のスーパーへ寄ったりもできるけれど、
着物だと、そのまま帰って来ることしかできないから、非常に効率が悪い。
男はつらいよ、私の寅さん」(1973年)岸恵子 はきれいだけれど、41歳のマドンナは
歳が上すぎるのではないだろうか。それにしてもこの2年後に岸はフランス人の夫と離婚。
日本には何人もいない国際的な女優なのだろう。他にもこのようは人はいるのか。
  2月19日 土曜

倉庫へ行くのを嫌がっていたら今朝になってしまった。
衣裳をどかせたので、やっと玄関に少し空間ができた。
さて、数年ぶりに筆記試験をいうのをやったのだが、ジャパン・ダンス・アートの専門学院を
やっていた頃はダンス史の授業なんかがあったから、バレエとはなんですかと聞こうものなら
イタリアのフィレンツェや、フランスのルイ王朝の頃から説明したり、タップといえば、
アイルランドとアフリカがちゃんと出て来たのだけれど、今は、普段の技能レッスンだけだし、
読むものもないから、みんな本当に知らない。
同じような内容の筆記試験で、昔はみんな80点から90点取れた。
早く「今、明かされるジャズダンス」を出版しないと。
渥美清「つむじ風」(1963年)、これは非常におもしろかった。
作品としては多分B級作品に分類されてしまうのだろうけれど、スマートでオシャレで、
こきみよかった。
怒鳴ってばかりいるハナ肇の「馬鹿まるだし」とは大違い。
思うにハナ肇の演技は感情に任せて極端なのではないか。
寅さん以外の役をやっている渥美清を見るのは楽しい。
特に教会で結婚式を挙げて幸せそうなこの人を見るのは嬉しい。
ところでこんな嬉しいメッセージが届いた:
----------------------------------------
日付 2011年2月19日21:56
件名 ルイジ・ブック

マリカ先生、
岩手県盛岡市に住むXXXXと申します。
『ジャズ・ダンス・ブック』と『ニューヨーク・タップ・ストーリー』のフアンです。
先生のサイトの日記も時折拝見しています。
『ルイジ・ブック』執筆中とのこと、大変うれしいです。
完成をお待ちいたしています。
では失礼いたします。
------------------------------------
この方のためにも、早く仕上げないと。
ちなみに、アマゾンでは、「ジャズ・ダンス・ブック」が5900円、「ルイジのジャズダンス・
テクニック」が11999円で現在売りに出されていてびっくりした。
 2月18日 金曜

ルイジの「サマー42」を日々踊っていよう。太極拳をやるように、でも祈るような気持ちで。
もっと早くこれを踊り始めればよかったのだけれど、自分には当分こういう踊りはまだだという
先入観があったから、やろうとも思わなかった。
ダンサーの写経といったところか。
 2月17日 木曜 

モスラ」(1961年)ザ・ピーナッツ、ジェリー伊藤。これはおもしろい。
モスラがかわいい。ネルソン悪い。そんな役をタメキチがやっていたのだ。
それにしても、日本語が下手。だから笑える。
「サマー42」を練習しはじめようと思い、昨夜から楽譜を起こしている。
  2月16日 水曜

 「鞍馬天狗」天狗廻状(1951年)
イソップ株式会社」の最後のところで、井上ひさしは、自分が一番言いたかったことを
魔法使いのおばあさんに言わせている。
この本はかなり若い世代が読んでもいい。むろん大人が読んでも十分に楽しめる。
「しかしゼロではない。六十億分の二も数のうち ---- 全部で六人になります ------
これで十億分の一になったね、これはもうりっぱな数だよ」
この部分を読むだけで元気が出る。
そして、日本人が何かをする時には、二人でするなら六千万分の一、四人でするなら、
三千万分の一と数えればよい。
そうすると、さほど大変なことでもないように思えるようになるから不思議。
  2月15日 火曜

渥美清の「拝啓、総理大臣殿」(1964年)
11人到着。最後の人など夜中の2時過ぎ。本当に疲れる1日だった。
執筆などなにもできなかった。
まだ足が重いから、いろいろできない。
  2月14日 月曜

違う美容院へ行ったら、頼まないのに、井上ひさしの「イソップ株式会社」を読んでいる間に、
ストレートになっていた。まあ、いいか。
伊藤道郎の息子ジェリー・伊藤が出ている映画を見た。
なんのことはない、ジェラルド・タメキチ・伊藤という、思い切り古風な名前の人だわかった。
伊藤道郎は米国で自分の子供には日本人としての夢も託してこのような命名をしたのだろう。
ルイジを追っていくことで、伊藤道郎がいて、その息子の出演映画をすべて見ることで
伊藤道郎の家系の素晴らしい天才的芸術家の血を感じたい。
ニッポン無責任野郎」(1962年)クレイジーキャッツ。
歌の歌詞はすべて青島幸雄元都知事なのがおもしろい。
  2月13日 日曜

最近買ったばかりのエプソンのプリンタ、以前のと比べて格段に印字状態が良いので
気にいっていたのだが、数日前から突如として印字不可能になり、大騒ぎしてパソコン師匠
田村さんに来ていただく。
すると、なんのことはない、本体からパソコン側へのケーブルがはずれていただけとのこと。
それを入れたら、問題なく動くようになった。信じられない。
以前も壊れたと大騒ぎして、わざわざビッグカメラまで持って行ったら、電源を入れれば
使えますよと言われたことがあったので、今回は、ちゃんと電源を入れたのを確かめたのに。
電源だけではなく、別のケーブルもあるようだ。そこまでは考えなかった。 
なんとも、お恥ずかしい限り。
毎週日曜日は着物を着ていたのに、今朝は時間がなくて、着付けができなかった。
早く起きたのだからやろうと思えばやれたのだけれど、読書をしていたらぎりぎりになって
しまったので、あきらめて、洋装で教会へ行った。
でも、まだ足がこれだから、腫れていて足袋が履けないだろうから、着物は足が完全に
治ってからにしよう。
足を下にしていると、血液がたまるのか、重くなってしまう。
それでもかなり腫れは引いてきた。でもまだくるぶしからつま先の方まで一面に内出血
しているのがわかる。
睡眠をとっている時に身体は治るからもう寝よう。
といっても、これから読書が始まるのだけれど。
あてになる国のつくり方」はすごくおもしろい。
井上ひさしが長生きして総理大臣になっていたらよかったのに。
 2月12日 土曜 

絶対に輸入品の農作物を食べないということを実行し、それを他の人と一緒に輪を広げていき
日本の農業を救わないといけないので、夜中の1時くらいだったけれど、熊本県の菊池村
注文を送る。
本当は金曜日の夜までにと言われていたけれど、遅くても日曜日の朝市までに間に合えば
よいのだから。
日本の農業は私が守る、このくらいの意思がないとできない。
やはり長い時間左足に体重を乗せていると足がむくんでしまう。
まだ6日しか経っていないからだろう。
ほんの2曲しか踊らなかったのに、ぱんぱんになってしまったようなかんじ。
左足はかかとをつけて踊ったのに。
よく冷やして寝ることにする。
明日、晴れて、足の腫れも引けていたら、足袋を履いて着物を着て教会へ行こう。
渥美清の古い映画「爬虫類」(1968年)で、当時の元気な姿を見て嬉しく思う。
参考書の販売をして全国を回っていると子供に言って興行をして回っていたのは、ひばりの
「悲しき小鳩」と同じ。もっとも爬虫類の方には子供の姿は出て来ないけれど、渥美清が
父親の姿を演じて息子の自慢話をするところを見ると、本当にそういう父親だったのだろうと
思い、本物の渥美清の姿とダブって涙が出てきてしまう。
  2月11日 金曜

今年の冬はじめての雪。
美空ひばり「鞍馬天狗 鞍馬の火祭」では、弟分の小さな男の子が上手に歌ったり、
演技をしてひばりより活躍。きっとひばりは多忙だったのだろう。
今まで見たひばり映画の中で、筋書きに対してもっとも何もしていない作品。
伊藤道郎の箇所、原稿加筆しないといけない。
東京オリンピックの時の開会式では、それではどのような演出で誰がやったのだろう。
絹の道のアイデアはどうなったのだろう。
今度一度市川監督の映画を見てたしかめなければいけないだろう。
でも今は、山田作品を精力的に見て、その後は日本文学の代表作と決まっているため、
それ以外のものにはなかなか行きつけないだろう。
時間が限られているから、新しい作品でB、C級ものはなかなか見る暇がない。
  2月10日 木曜

憲法第九条についての岩波の冊子は素晴らしいの一言。
かなり多くの人が意見を寄せていることが判明。
中には黒柳徹子さんのものもあるようだ。
いつか捜して読んでみたい。
頭痛肩こり樋口一葉」は、樋口一葉の話として読むとなんだか変だ。
読んでいる時はさほど思わなかったが、終わってからよく考えてみると、あの家族は
非常に比喩的に登場しているだけで、日本国そのものなのではないかとも思える。
一世を風靡した女流文学者の妹がなぜ家の借金をそんなにまでして背負っていかなければ
ならないのか。
繁栄を極めた日本の莫大な借金をこれからの日本人が背負っていくことを考えると、
井上しさしは、この作品でもっと別のことを言いたかったのかもしれないと感じる。
字面だけ読んでもダメなのだと思う。
「一葉文学の核心、晴らせぬこの世の無念を筆で晴らす、を明らかにしていく」のが本来の
テーマなようだ。
イソップ株式会社」は一見子供向けの童話集のように書かれているが、実は、温暖化
への警告など、地球規模のことを見て書いているのがわかる。
今日は「あてになる国のつくり方」が到着したので、これを読み始める。
 2月9日 水曜

翻訳直訳調で困ったなと思っていた文章を思い切って「ですます」体から「である」体にしてみた。
しかも、人称代名詞や主語も全部はずした。
修飾語も省くと、「ルイジ・ブック」がなんともすっきりした。
私は大学の時からすでに、変な訳語体が身体にしみ込んでいるから、余計な語をどんどん
省いていく必要がある。
一昨日から大量の文の洗濯をしたけれど、昨夜から今日にかけてが一番正念場だった。
峠を越えた。
あとは、ウェルテル現象を書くべきかどうか。
明日考えよう。
山田洋次監督「あにいもうと」TBS。室生犀星原作。なんだか最後が尻切れトンボで。
もっとこうなにか、完結したかたちにはならないのだろうか。寅さんもさくらさんも本当に
上手い役者さんで、もう寅さんのように立て板に水でせりふが言える人はいない
のではないだろうか。
その人の中に浸み込んで血肉になった言葉しか出て来ないわけだから、やっと覚えた
セリフを言っている人とはわけが違う。
2月8日 火曜
 
朝起きたら、驚くほど足の具合がいい。
もう、ほとんどびっこをひかなくても歩けるようになっている。
この調子でいけば、あと1,2日で踊れるようになる。
睡眠とは最高の治療だとつくづく感じる。
相羽源之助君が電話をくれた。中学校の時からぜんぜん変わっていない。
お母様はお父さまが亡くなられた翌年、他界なされたとのこと。
夢のある舞台を演出していらした相羽源次郎先生は、視覚的にきれいなことが
お好きだったのだと思う。
今度三越劇場に足を運んでみたい。もう随分前に、金子さんと一緒に見に行ったのを覚えている。
「ごんぎつね」だった。すごく感動的で、たくさん泣いてしまった。
昼間も少しうだうだしながら横になり「日本語観察ノート」を終え、ついに「頭痛肩こり樋口一葉」
に入る。
井上戯曲は、「化粧」や「父と暮らせば」でも感じたのだが、数名、多人数でできるところを
あえて一人とか二人、少人数で演じてしまうが、現実的な事情からそうしてしまうより、
戯曲なのだから、自由に大人数を使えばよい。平多正於先生なら、井上戯曲をやっても
大人数を登場させるだろうけれど。すかすかで殺風景よりは、私は視覚に頼り、人数を
多く出演させる舞台が好きだ。
美空ひばり「鞍馬天狗、角兵衛獅子」(1951年)。鞍馬天狗は、ロビン・フッドや、月光仮面であり、
権力の批判者であることを貫いていることが人々の共感を得る所以。ひばりは少年役。
  2月7日 月曜

レントゲンを撮ったら骨折はしていないとのこと。靭帯を痛めたので安静にしていれば治る。
余計な外出をせず、原稿を書くにはちょうどよい。お稽古は任せればいいし。
山田洋二監督「一発大冒険」(1968年)。これまで見たハナ肇の「いいかげん野郎」、「馬鹿が
戦車でやって来る」よりずっといい。設定が狭い島の中ではなく、日本全国を縦断するのと
きれいな格好の倍賞千恵子が出ていたから。一発シリーズはあと2つくらい見ないと。
 2月6日 日曜

朝、清掃中転倒し、捻挫。すごく腫れている。骨折でなければいい。
明日、やおいた先生のところでレントゲンを撮ってこよう。
やっと前の怪我が治ったというのに。
山田洋二「たそがれ清兵衛」(2002年)。良い話だが、決闘場面にはまいる。
サムライが出てくる映画はいつも斬った張ったが多いので、私は敬遠しているが、
山田作品をすべて見る決心をした以上、避けて通れない。
江戸時代の者は嫌いだから、一番最後にしたのに、これのあともう1本あるというからまいる。
喜怒哀楽を極力抑えている場面が多いから、じれったくなってしまう。
たくさんの賞を受賞して、山田監督、おめでとうございます。
今日から井上ひさしの「日本語観察ノート」に入る。
 2月5日 土曜

7時頃起きて再び井上ひさしの「自家製文章読本」を読んでまたうとうととする。
これは氏の他の日本語関係著作と一緒に読むと一気に理解が高まる。
本当に勉強になる。今の私には、井上ひさししか国語の先生がいない。
10時からのお稽古はインストラクターに任せてあるので、私は13時に間に合えばよい。
食事も4号室。だんだんこうして別宅で暮らそうか。
ところで、ひばりの「二人のロッテ」のいきさつ、高橋健二先生の名誉のために、
どうしても山田監督に伝えなくてはいけない気がする。
黒柳徹子さんが高橋先生の著作をすべてお読みだろうから多分ご存じだと思うけれど、
「かあべえ」をご覧になっただろうか、日和見のドイツ文学者の姿が先生とだぶって
ひどいショックを受けなかっただろうか。
私はあの日以来、高橋健二先生が私に名誉を回復してくれと言っているように感じて
仕方がない。
着物を着る回数が年間何回あるのか数えるためこんな頁を作った。
 2月4日 金曜

母に晩御飯を持って行く。
朝から特に何も食べていないという。
冷蔵庫にたくさん入っているというのに。
昨夜たくさん煮物をつくっておいてよかった。
お餅を焼いている間、母に山芋をおろしておいてもらう。
山芋は火を通さなくていいし、身体に良いから、菊池村からたくさん買った。
もう少し頻繁に訪ねないと。
最近は執筆が忙しくて全然行っていなかったのがよくなかった。
帰ってきてから頑張って、とりあえず「ドミニカ共和国編」を終わらせて送る。
明け方4時に終わり、寝るのは4号室。その方が休まる。
5時まで井上ひさしを読んでから休む。
2月3日 木曜 

南榎の庭に竹竿を二本買ったが、二階のベランダに設置するのは、もっと暖かくなってからに
しよう。
シルバさんがいなくなったから、これからは自分で庭の手入れをしないといけない。
美空ひばり「悲しき瞳」(1953年)。サーカスの少女の時から1年しか経っていないのに、
数段と大人びてきていてビックリ。子供たちの中に入って歌っていても、胆が据わって、
度胸があり、群を抜いている。
  2月2日 水曜

井上ひさしの「自家製文章読本」が届く。
私家版日本語文法」や「「井上ひさしの作文教室」と同様、良き先生になってくれるだろう。
なにしろ、文学を学ぶにあたり師がいないから、井上ひさしに師事するよりない。
山田洋二監督「15歳学校」(2000年)はみつおのような子供が出てくる。
この子はあの「ズッコケ三人組」に出ていたようで、とすると、あの日撮影の時にいたわけだ。
ロケ地の箱根芦ノ湖に雨が降り、撮影をせずお弁当だけ食べて帰って来て、再度数日後
行って撮影をしたことを今でも思い出す。
とても楽しい原作の映画だったが、あの時の子が少し大きくなって、山田作品の主役に
なっていたとはすごいこと。
人々の姿に触れて多くを学び、成長して帰って来た主人公に拍手を送りたい。
アイヌ神話集」が届く。
この中の話のどれかが、北米先住民の話と共通しているのだろうか。興味深い。
いくつかを英語に訳してみよう。ダスティンが長野へスノボー旅行に行く前日とのころで
ここへ寄ってくれた。
 2月1日 火曜

あっという間に1月が終わってしまった。
熊本県菊池村より黒いも、菊いも、南関揚げが届く。
珍しいものはなんでも熱烈歓迎なので、嬉しい。
菊芋は、絶対に縄文時代の食べ物だ。
剥くのが面倒だから、敬遠され、あまり誰も作っていないため、東京にまで流通していない
のだろう。
縄文鍋をすると身体が芯からポカポカする。
今日の映画劇場は在日朝鮮学校を描いた「パッチギ」(2005年)井筒和幸監督。
在日アリラン統一戦線なんていうのが本当に存在していたとは思えない。
運転手さん(笹野高史)のせりふがよかった。知らないことを教えてくれた。
 1月31日 月曜

朝の4時まで執筆、5時まで読書、それから寝るので、午後の時間しかない。
疲れてもう書けない。今日はもう書かずに休もう。
美空ひばり「悲しき小鳩」1952年。ひばりがサーカスで歌っている。すごい才能。
岸恵子が母親役。「東京キッド」の時より、さらに磨きがかかっている。
ただただまぶしい限り。
シルバさんが最後の食事に。りんごのケーキを作ってきて下さり、さらに先日の衣裳の入った
スーツケースまで持って来て下さった。申しわけない。私は昼間まったく時間がなく、近場へも
ほとんど行かれない。といっても、映画選びにツタヤだけは行くのだが。
1月30日 日曜

 今朝は着物を着る時間がなく、今年教会に初めて洋装にバイクで行く。
ダスティンがギターで賛美歌を弾く機会にやっと恵まれてよかった。
父と暮らせば」井上ひさし作、黒木和雄監督(2004年)。
原作が非常におもしろいのに、映画が緩慢になってしまったのは、監督の
イマジネーションのなさゆえだろう。
山田監督が脚本を手掛ければ場面転換もあり、登場人物も多くして、単調さを免れたかも
しれない。
井上ひさしが不憫である。
この作品は素晴らしいから、他の監督の手で、いずれ陽の目を浴びさせてあげたいと願う。
 1月29日 土曜

通常のお稽古が終わり、リハーサルをして、ここでお雑煮を食べ、女性着物衣装だけここで
着付けをして恵比寿へ向かう。
現場は階段が楽屋なため、僅かな踊り場面積では全員が着替えられないから。
男性衣装も着付けをしたかったけれど、裃袴で山手線に乗ったら、それこそちんどん屋で
上にジャケットを羽織れないから、それは現地で着つけることにした。
ノートブックパソコンを持って行くのを忘れてしまい、永谷さんがご手配下さった。
かたじけない。コピーした音楽は別のパソコンでは音が出ないので、2曲ほどダウンロードして
アイフォンから音を出すという信じられない事態が起きたけれど、メカに強いいよんちゃんの
活躍で何とか乗り切る。
シルバさんも着物で加わり、南京玉すだれの、エッフェル塔や、オリンピックを担当した。
みゆきさんがいたので楽しくできて、自転車夫妻も頑張り、実に良いチームワークだった。
シルバさんの来た着物は、大前の明生さんのおかあさん、たえ子おばさまが縫製して下さった
黄色い絣。天国のたえ子おばさまありがとうございます。
スイス人シルバさんの存在は、永谷音楽事務所のパーティーにはうってつけ。
「ミッション・インポッシブル」はダウンロードしたバージョンが自分が練習していたダニー・
エルフマンの短縮版と違い、なんとかこなしたけれど、自分的には、何かの機会にもう一度
ちゃんと踊らないとという気持ち。
昨年ルーテルでやった時より、振付の内容は良くなっているし、オリジナルの動きにル・
リトミック・アームズもつけているから、濃くなっているので、これを踊っていこう。
 1月28日 金曜

明日本番なので、何度も「ミッション・インポッシブル」を練習する。
何回やっても、どこか気に入らないところがあり、あと1回、もう1回だけするか、いや、これが
最後でもう一度やろう、でも、間違えたからまたやり直しなんてやっていると、何度やっても
終わらない。
これが生徒の踊りだと、はい、よくできましたと終わりにしてしまうのだけれど、自分が
踊るとなると、どうしてもできましたにならず、何回やっても終わらないから結局12時過ぎに
なってしまった。
早く休もうと思ったのに全然終わらない。
やっと踊れるようになったところで、今度は衣装を着て練習し始め、それが終わると、靴を
履いて踊るから、きりがない。
これは、自分が原稿を書くときに似ている。
一度書いても、翌日読むと直すところがあり、数時間置くだけでさらに直しが出てきて、
終わらないから、何度も書き直してしまう。
外国人の書いた日本語を直す時は、一度に直せるのに、自分の書いたものはなかなか
直せないから、踊りも書くことも同じだなとつくづく思う。
 1月27日 木曜

美空ひばり「東京キッド」(1950年)。
こんないい映画をこれまで見なかったことが信じられない。
遅かったけれど、見てよかった。
天才の仕事を見つめることで魂が浄化される。
昨日から読み始めた井上ひさしの「宮澤賢治に聞く」も、先日読み終えた「私家版日本語
文法
」と「井上ひさしの作文教室」と同様、日本語について今まで意識しなかったことを
気づかせてくれる。
「珍道中」スイス編はまだ途中だけれど、主語の人称代名詞を徹底的に省いたから
スイス編やイラク編より良くなっているかもしれない。
 1月26日 水曜

明け方まで執筆、それから読書をするから起きるのはいつも昼くらい。
4時にお稽古が始まるまでの間にいろいろなことを素早く行わないといけない。
だから今日のような雨が降りそうな日は困る。
真上の部屋の人がベランダから棒を振り回して、スズメを追っ払っているようだ。
なんて心の貧しい人なのだろう。
亡くなった人たちや天使たちが鳥に姿をやつして訪れていることを知らない人がいるのだ。
「ミッション・インパッシブル」の踊りはショート・バージョンだから、繰り返しを使えない。
前回と違い今回は、純粋にこの踊りに登場する振りだけでやろうとしているから、途中以降
全部作り変えてしまった。
シングシングとか入れると簡単なのだけれど、入れないでやることに意義がある。
といっても、この踊りを知っている人以外誰にもわからないのだけれど。
ナチス政権下で苦労していたエーリッヒ・ケストナーの窮乏を救うため、高橋健二先生が
二人のロッテ」を日本の映画会社大映に持ち込み、「ひばりの子守唄」(1951年)として
映画化に成功した。
原作者への版権の支払いはナチスに口座を凍結されていたケストナーへの大きな援助となった。
当時大政側で大政翼賛会として執筆していた高橋健二先生がそのようにしてケストナーを
助けていたことに本当に感動する。
大政翼賛会の本を神田でたまたま見つけたので、いつだったか高橋先生に持って行ったら、
非常にびっくりなさって、「おやあなた、そのようなものをどこで見つけましたか」とおっしゃった。
先生のすべての本にそうしていただくように、その本にも私はご署名をお願いした。
先生は嫌がりもせずに、多分苦笑いをなさっていただろうけれど、書いて下さったことを
昨日のことのように思い出す。
今日「ひばりの子守唄」を見ている時には、高橋先生とケストナーも一緒だったと思う。
ケストナーは、「よくこんなにおもしろく日本風の演出にしたね」褒めてくれただろう。
はたしてドイツ国民は日本版「二人のロッテ」を見ているのだろうか。
もしまだだったら、是非ご紹介したいものだ。
ディズニーの英語版を見たけれど、他の言葉にもなっているのだろうか。
まったく文化の違う国版になり、上演した例があれが見てみたいものだ。
ところで父親を演じた山村聡は東京帝国大学独文科を卒業しているから、高橋先生の
後輩にあたる。
ゲルマイストのたまごだった人がケストナー作品に出ていて嬉しかった。
翻訳:高橋健二というのが映画のテロップに出て来なかったけれど、恩師のお名前を
拝見したかった。
 1月25日 火曜

「珍道中」のスイス編を書いているから、一歩も外へ行かれなかった。
熊本県菊池から野菜が届く。
縄文野菜ヤーコンに感動したので、炭ざるファン・サイトをつくる。
思うに、これまでの人生の中で、今ほど健康的な食生活をしたことは一度もなかった。
マイケル・ムーア監督「キャピタリズム」(2008年)。これでこの監督作品はすべて
見たことになる。
  1月24日 月曜

フランス人の舞踏ダンサーが来る。
小さいころせっかくバレエをしたのに、舞踏をやったため、型が崩れてしまい、もったいない。
それにしても、よく読書をしているすごい20歳。私が20歳の時よりよく読んでいる。
井上ひさしの「作文教室」は勉強になる。
ひばりとちえみの弥次喜多三度笠」(1952年)。江利チエミが45歳で亡くならなければ、
昭和の芸能事情はもっと違うものになっていただろう。
健さんとの子供を流産してしまったことも悔やまれる。
才能のある人の演技を見ることは本当に刺激になる。
 1月23日 日曜

いつものように着物で教会へ行く。
この距離を帰りに歩くことに慣れてしまったから、行も徒歩で行こうかな。
これまでは着物で教会へ行く時はタクシーだったけれど、本当に成長したと思う。
履いていて痛くない草履が引き出しから見つかったことも大きな原因。
タスマニア物語」監督:降旗康男。オーストラリアはそのスタートから人間ゴミ捨て場として
やってきたから、このような環境破壊を繰り返してきたのだ。
今更どうしようというのだろう。
生活様式を変更することと、移民を禁止すること、そして、なによりも畜産をやめることだろう。
韓国に口蹄疫が広がり、オーストラリアは輸出が増えるので喜んでいるそうだ。
しかも、口蹄疫の国際基準に適合した薬は英国及びオランダ製のみという。
国連事務総長を出したからと自信をつけてきたアジアの国に釘を刺すため、またもや
国際ユダヤが仕組んだ猿芝居だろう。
私たちもう畜産はやめましたから、ワクチンは購入しませんと言ったら、購入を見込んで
増産した製薬会社や輸入を増やせるとぬか喜びしたオーストラリアは泡を食うだろう。
言った方がいい。
  1月22日 土曜

「蒲田行進曲」監督:深作欣二。松坂慶子、風間杜夫。
うーん、山田監督、井上ひさし脚本の「キネマの天地」の方が数段良い。
実生活の臭いがし、時代の背景も出演者も筋書きも、全部良かった。
蒲田行進曲」を見ていると、労働基準法とか、労災とかはどうなっていたのだろうと
心配せずにはいられない。
  1月21日 金曜

午後一番で浅草に紋入りの反物を取りに行く。
いろいろ歩いて捜してしまったけれど、なんのことはない、仲見世の通りにすごく近かった。
多分2軒目くらい。浅草へ行くと、着物のいい感じのご婦人方なんかがいていいけれど、
今日はじめて、スクーターに警告の紙が貼ってあった。
これでやっと喪服の注文ができる。
二部式より、おはしょり上げたまま、立体縫製した方がはるかに着ていて楽だから
今度はそうしてもらおう。
でも、次にバンコクへ行くのはいつになるだろう。
三井のリパークはそれ専用の黄色い紙を用意していて、見つけ次第貼っているようだ。
そんなことするための紙を印刷するよりは、駐車場内にバイクが1,2台置けるような
駐輪施設をつくればいい。
新宿西口なんかにはすでにある。
取り締まるより、置かせる工夫をしないと。
行政も遅れているけれど、民間もそれに輪をかけて心がすさんでいる。
心が汚い人が書くとこんな文章になるのだろうという参考までに写しておく:
「警告:
ここは四輪自動車専用の時間貸し駐車場です。
この式日内では、自転車・バイク等は駐輪できません。至急移動して下さい。
警告日 平成 年 月 日
再度発見した場合には、警察に通報したのち、不法占拠として損害賠償金を請求する
法的措置を執り行い、それに掛かる費用を車輛の所有者に請求する場合がありますので
ここに警告いたします。三井リパーク」
わずか30分やそこらのうちにこんなもの貼りに来るとは、本当に情けない仕事をしている
人がいるものだ。
ところで、浅草のそこの駐車場に、いつも老女の乞食がいて、寒空の下、たくさんの
ビニール袋に全財産を入れて車の横に陣取っている。
日本国内でどうしてその年齢の女の人が、乞食などやらなければいけなくなったのだろう。
理解に苦しむ。行政はどうなっているのだろう。
どこかの家に賄い付きで住み込み家政婦でもしたらどうなのだろう。

英国のブレアが針の筵に座って、イラク戦争参戦について答弁させられている。
気苦労が多いせいか、すっかり白髪になってしまった。
ジョージに頼まれても知らぬ存ぜずでのらりくらりとしていたら、こんな恥ずかしい目に
遭わなくてもすんだだろうに。組んだ仲間が悪かった。
 1月20日 木曜

お稽古までの時間、一歩も外へ出ないで、1日中、執筆をしてしまった。
スイス編がほとんど上がった。
私は読み直せば読み直すほど、手をいれたくなってしまうから、なかなか完成を見ない。
川端氏のやった土蜘蛛の写真、どこかになったはずなのに、見当たらない。
確かにスキャンして入れておいたはずなのに。
やはり、隈をして登場することで表現の格が数段上がる。
山田洋二監督「学校Ⅱ」。浜ちゃんや、みつお、運転手さんたちなど知っている顔があるから
安心する。みつお、自然な演技ですごい。ものごころついた時から子役で育ったから、
天然の演技ができるのだ。眠そうで、くにゃっとしたところも好感が持てる。
ギラギラ、むんむんしていないところがいい。
機会があったら学校の15歳編見ないと。
明け方までかかり海外公演スイス編第一稿上がる。
まだすきすきだから、詳細を埋めていかなければならない。
それにしてもよく細かいことをたくさん覚えていること。
それは、何度も人の前でその話をしたからだ。
自分が話してその声を聴き、自分の脳裏の中に再体験させたから忘れないのだろう。
一度自分の言葉にしていない行動はその瞬間ごとに失われていく。
  1月19日 水曜

鳥が戻ってきてくれた。
しかし、少しでも障子を開けると、アナスタシア王女の姿が恐くて飛び去ってしまう。
鳥の姿をガラス越しに虎視眈々と狙うアナスタシアはまさに野生の王女。
降旗康男監督「ホタル」高倉健主演。
こんなに重い映画だとは知らずに見てしまった。
祐天寺に半島出身従軍者の遺骨があるという。
このような映画をつくった降旗監督は正義感のある人だと思う。
しかもその主演に健さんを起用したことで、この事実を人々に広く知らしめる大きな役目を
果たしている。立派な行動だと尊敬する。
信じられないことだけれど、ツタヤで4本映画借りて、帰ろうとしたところ、美空ひばりの
「ひばりの子守歌」、まさに高橋健二先生が、ナチス政権下で経済的に苦しむエーリッヒ・
ケストナーのために奔走して「二人のロッテ」を日本で映画化したというあの、まぼろしの
作品が見つかった。
是非週末に見たいものだ。
こんなものは誰も借りないだろうから、大丈夫だろう。
借りるとしたら、ゲルマニストでもかなりの変人だ。
高橋健二先生とケストナーの友情の賜物が楽しみ。
  1月18日 火曜

井上ひさし「私家版 日本語文法」は、本当に素晴らしいところをついている。
そうか、和語で訓読みしはじめた時点から、漢字は支那からの借り物ではなくて
日本語になった
というところがすごくいい。
山田洋二監督「母べえ」(2008年)、吉永小百合。
山田監督が手がけた中で、大きなテーマの作品。
この家族の大黒柱、そしてドイツ文学の若手弟子を殺したのは日本政府だから。
死ななくて良い人々がみんな死んでしまった。
日大の大学院で、70代、80代の先生方が何人もいらしたが、運よく行かずにすんだか
行っても帰って来られた方々だったのだと想像する。
大政翼賛会に組み入れられて数年我慢した人たちもいた。
喜んでやった人などいないだろう。苦しみながらやっていたはずだ。
私はそこで少しの間耐えても、長く生きて多くの仕事を残すことの方が大切だと思う。
思想犯として特高に連れて行かれたドイツ文学者がいらしたとは、知らなかった。
ゲルマニストのはしくれだった者としては、本当に心痛む話だ。
この怒り、どこへぶつければよいのか。
本来は帝国政府なのだが、戦後、天皇陛下が人間宣言をした瞬間に、それが無罪放免に
なって、罪がどこかへ消えてしまったかのような錯覚をしたのだ、日本国民は。
 1月17日 月曜

新宿都税事務所へ行く。
地価が下がったから、地代収入もかつての半分以下になっている。
しかし、固定資産税は、それほど下がっていないようだ。
つまり、地代収入は減っても、その分、固定資産税が減るわけではないので、結局税金が
持ち出しになっている。
地代収入だけで生活している人はさぞかし大変だろう。
あそこのマンションは、以前は、大型車なども受け入れていたのに、今では、3,4台分の
駐車スペースをなくして、自転車置き場にしている。
自転車では料金が取れないだろうから(信川ハイツは無料、城北台は1台5百円)、当然
地主の駐車場からの売り上げが減る。
しかし、自転車の路上駐輪がなかなかできなくなっているから、敷地内に駐輪場を設置しないと
いけないのだろう。
そのうち、自転車の路上駐輪でさえ、単なる撤去に止まらず、罰金制度になったら怖い。
2人組の違法駐輪監視員は、街の平和を乱す。
この制度ができたお蔭で、私は行動が著しく制限されてきた。
以前、思い切り海外公演などのぶっとんだプルデュースやその他様々なが可能だったのも、
ひとえに自由に駐輪できたことによる。
当時から今のような規制があったら、私は自分の業績の半分もつくれなかったかもしれない。
今は、まあ、電動自転車とうまく折り合いをつけながらやっているからどうにかしている。
倉庫から29日に使う衣装を持って来る。
直すものは早く直しておいた方がいい。
今村洋平監督「女衒」(1987年)。江戸時代の女奴隷と違い、明治のからゆきは、
日本人により行われていたことに動揺を覚える。
やはりあの替え玉の明治天皇になりすました大室寅之助が諸悪の源だろう。
それにしても、倍賞千恵子が清純イメージなのに、姉さんはまったくすれっからし。
 1月16日 日曜

教会へ着物で行く。
昨夜、お正月以来ずっと捜していた新しくて履きやすい草履が、なんと、青いプラスチックの
引き出しから出てきた。
本などが入口を邪魔していて、気がつかなかった。
嬉しい。これが早く見つかっていたら、お正月に足が痛くならずに済んだのに。
ともかく、日本の伝統的な格好をするように日々心がけよう。
裾がはだけてバイクに乗れないということさえ、クリアできれば、もっと着物を着る機会が増える。
私が前から考えていたのは、ファスナー式の足が自由に動くAラインのロングスカート。
これを着物の上から履いていれば、着崩れしない。
今度、バンコクへ行ったら、絹でつくってこよう。
オールシーズン型にすれば、浴衣の上でも大丈夫になる。
ただし、ウエスト部分には、おはしょりがあるから、かなり太くつくらないといけない。
しかし、それは、一番上までファスナーを上げないことで解決がつくだろう。
それから、冬の着物用コートももう1枚つくろうかな、青紫系で。
ピンク系しかないから、派手になってしまって。
シルヴァさんが早い夕食の時間に綿の木を持ってきて下さる。
りんごのお菓子を焼いて下さったのだから、もう十分過ぎるほどで、もうしわけなくて。
合気道とおれとどちらを選ぶかとご主人に聞かれて合気道と言って離婚したという話を
聞いて、すごい人だと思った。
私も別れた2人の亭主や男たちより、だんぜん踊りが大切。これは一生のものだから、
その時だけの付き合いの男とは違う。
ずっと消えて困っていたロータスをパソコン屋の田村さんがなんとか手に入れて下さって
失われた会計データを見られるようになった。
これからは、古いソフトを使わず、一番新しいものを使わないといけない。
2か月苦労したから本当に嬉しい。
 1月15日 土曜

井上ひさし作品がどんどん到着する。
いよいよ読み始める。
わー、嬉しい。井上作品読むのは何年ぶりだろう。
昔の作品と違って、井上先生が日々お勉強なさった成果だから、情報量が多くてすごい。
エンプティー・ラインの多かった当時とは比べ物にならない。
まずは「私家版日本語文法」から始める。
わっはっは、おもしろくてためになる。
 1月14日 金曜

お稽古の後、縄文温泉へ行った。
ものすごく広い敷地があるのだから、蒸気サウナだけではなくて、乾燥サウナと水風呂も
つくればよい。
水風呂がなくて、手桶で冷水をかけるだけだと物足りない。
男性側にはその日あったとのことなので、日替わりにしているのだろうけれど、銭湯では
ないから、やはり両側に設置すべきであろう。
敷地が限られているのならともかく、広大な面積を有している。
浴場部分のつくりが変なせいか、長い廊下を歩かないと、湯船のところから
露天風呂へ出られない。
洗い場が大きくて寒い。
温泉棟と食堂棟がつながっていないので、寒いところを、裸足でわらじで、隣まで歩かないと
いけない。
外気に触れずに、食堂へ行かれるような方法は取れなかったのだろうか。
つくりが変なことに目をつぶれば、お湯自体は良いので、まあこんなものかと思えないことも
ないけれど、このくらいだったら、板橋のさやの湯の方がずっといい。
田舎の人は、土地が安いから、有効利用の方法を知らないのだろう。
温泉頁を更新しないと。
遠くて疲れた。
地下鉄に乗りなれていないため、渋谷から東新宿へ帰ろうとしたら、間違えて急行に乗り
池袋まで行ってしまい、二重に疲れた。
 1月13日 木曜

浅草で草履の鼻緒をさらにゆるめてもらう。これで痛さが和らぐことだろう。
あの白い草履が出て来ないばかりに、2度も足を運ぶことになった。
でも、浅草は楽しいから構わない。
紋入りの喪服用反物を注文。
何軒も歩いてやっと決めた。浅草中の呉服屋に足を踏み入れたようだ。
どの店でも喪服をやっているわけではないということが判明。
吊るしであるわけでもなく、価格もぴんからきりのようだが、私は絹でそれなりのものを
注文したと思う。
すごく安いポリエステルなどもあったけれど、そのようなものに手を通したら、着ている間中
気持ちが優れないだろう。
悲しい時に着る物だけに、着ることで心の安らぎを得られるような良いものでないといけないと
つくづく感じた。
インターネットなどで、ベトナム人縫製による安いベトナム絹喪服など買わなくてよかった。
まともな店でまずまずの商品だから、着ていることで誇りが持てる。
それなりのものを着ると、それが態度に現れるから、服装は大切。
今度、半纏みたいなもの買おうかな。
ずっと来ていない黄色いかすりの着物を倉庫から持って来て、普段着ようかな。
でも、バイクに乗れないと仕事にならない。

熊本県菊池村の炭ざるさんから、お米とお野菜が届いた。嬉しい!
菊池村に食料を注文するようになってから、外食がめっきり減った。

さて、お稽古の後、今日の映画は山田洋二監督の「ダウンタウンヒーローズ」(1988年)。
倍賞千恵子も寅さんもいて、寅さん演じるジプシーのおばあさん役は、実にいい味を
出していた。上手い。すごい役者さん、寅さん大好き。
 1月12日 水曜

朝やっと電動自転車の充電用電池を手に入れたので、遠出も問題なくなる。
これで以前のように、浅草までだって往復できる。
まだ充電が残っているのに、最後まで使わずにまた充電するようなことを繰り返していたので
寿命が短くなったのだとお店の人に言われた。
これからは、出かける時には2つ持って行こう。
お稽古の後、紀伊国屋ホールで、こまつ座井上ひさしの「化粧」を見る。
本当に早すぎる死であった。
私は高校、大学の時は井上作品を全部読んだり見たりしていたのに、その後ご無沙汰
してしまった。
当時私は、井上作品は、踊りで言えば、エンプティーカウントにあたる、意味のない
無駄な文字が多いと感じていた。
本物の文学という気がしなく、娯楽本という感じがしていたので、大学院時代は、
ドイツ文学ばかり読んでいた。
しかし、井上作品はその間にどんどん高尚な文学まで変貌を遂げて、氏の国語力は
江戸時代の人が乗り移ったかのように、飛躍的に高められていたのだ。
ものすごい勉強家だったのだと思う。
思えば、今の私があるのは、高校1年生の時に井上ひさし先生にお手紙をお送りしたら、
なんと、私にお返事を下さった。
「ひさしは、ほとんどお返事など出さないのに、あなたには、なぜか出したのですよ」と
後に井上夫人に言われて、私は涙が出た。
その時の感動があったので、私はもともと好きだった文学の道に進むことにした。
大学も芸術学科の演劇専攻ではなく、外国語学科のドイツ語専攻を選んだ。
私は正しかったと思う。
最初の予定どおり芸術学科に入っていたら、今の私はなかったと思う。
玉川大学の芸術学科では私は受け入れられなかっただろうし、
踊りと文学という二足の草鞋を履くこともできなかったと思う。
紀伊国屋ホールには、井上芝居・文学の信奉者たちが大勢集まっていた。
ひさし先生の大きなお写真の前でいよんちゃんに写真を撮ってもらったが、
涙が出そうになった。
芝居の内容自体は、私が高校の時からこれまでに見てきた井上作品のどれよりも
つまらなかったが、ひさし先生の研ぎ澄まされた言語感覚が感じられた。
帰って来て、私は自分が読まずにきてしまった井上本のうちこれらの10作品を急いで
アマゾンで注文した。
「宮澤賢治に聞く」、「私家版 日本語文法」、「イソップ株式会社」、「人間合格」、「ふふふ」、
「十二人の手紙」、「新釈 遠野物語」、「頭痛 肩こり 樋口一葉」、「一週間」、
「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」。
読み忘れた作品も手に入れ、すべて読んでしまおう。
私は凝り性だから、一人の作家の作品は全部見る。
 1月11日 火曜

やっと年賀状を投函。信じられない遅さ。
電動自転車の充電器をビッグカメラに取に行く時間がなかった。
明日の朝行かないと。曙橋から新宿駅付近まで往復するだけで、電池残量が1になってしまう。
かつては、王子や浅草まで往復できたというのに。
キネマの天地」1986年。山田洋二監督、井上ひさし脚本。
寅さんがお父さんで、隣の一家はさくらさん、ひろしさん、みつお君。
牢屋の主はハナ肇。松本幸四郎や堺正章まで出ている。
松竹が本当におもしろいものを作った。50周年記念とのこと。
 1月10日 月曜

昼ごはん時に小田急で母、叔母と会う。
静かな生活」1995年。大江健三郎原作。伊丹十三監督。大江光音楽。
そうか、この映画は、家族でつくった作品だったのか。
イヴァンの友人、アルゼンチン・イタリアに会う。
夜ダスティンがプラチナ・ブロンドを連れてごはんを食べに来る。
喫煙者と同じ部屋にいるだけで、その人の吐く息で私はむせてしまい、咳が止まらなくなる。
「珍道中」のスイス編加筆した。
 1月9日 日曜

着物で教会へ行く。
先週行った時からすごく時が経ってしまったように感じるが、実はまだ1週間しか
経過していないなんて信じられない。
先週は急いで築地本願寺へ行かなければならなかったので、最後までいられなかったけれど
今日は会食にも参加できてよかった。
普段はバイクなので、外濠の釣り堀に足を止めることもなかったのだけれど、今日、
さとみさんと一緒に地下鉄に乗ろうとして、植物が売られているのを発見し、スミレを買う。
南榎の庭に植えよう。
高倉健「冬の華」(降旗康男監督)1978年。
だめ、こういう世界。
もう、健さんのヤクザがらみの映画見ない。
道徳や判断基準が違うから。
健さんは、かたぎの人ばかりが出ている映画に出た方が安心して見ていられる。

さとみさんのお父さんは、アイヌの人の家で、出されたお茶を抵抗なく飲んで、アイヌの
人の信頼を得て、一緒に仕事をしたとのこと。
お姉さんもアイヌの経営する釣り堀で住み込みで手伝いをして、アイヌの家のお風呂にも
入ったという。
アイヌは汚いからと、アイヌの出すお茶を飲んだり、ましてその家のお風呂に入るなど
しない和人の中で、さとみさんの一家はアイヌにたいして心を大きく開いていることを
聞かされ、良い方においでいただいたものだと、神様のお蔭で知り合ったことに感謝。
北海道のじゃがいもをいただく。さっそく、お粥に入れてみた。おいしい。
エレナが来て、その後ダスティンが来る。
西日本渡来人倭人天皇家と、東国縄文王国のふたつが対立していた事実に
ダスティンは大きな興味を示している。
この人の日本古代史に関しての知識はかなり多い。
1月8日 土曜

ルイジ・エッセイ編に「危機一髪」という章を加えることにした。
午後、突如として書きあがった。
ルイジに払おうとしたお金の入ったバッグを、黒人二人組に盗まれそうになった
あの日の出来事は絶対に残しておかなければならない。
伊勢へ行っていたダスティンが久々に登場。
昨日の代わりに今夜みんなで春の七草粥をした。
七草のセット2パックに加え、大根はともかく、カイワレ、人参、干しシイタケといった、
直接七草に関係ないものも入れた。
お粥は食べても食べても減らないもので、どこかのお寺で、減らないお粥の伝承が
あるのが納得できる。
シルヴァさんが、りんごのクランブルをまた作ってきて下さった。
前回にも増して、表面がカリカリしておいしい。
高倉健の「鉄道員ぽっぽや」(降旗康男監督)1999年。
泣き過ぎて、目が腫れてしまった。
健さんの黄色いハンカチやシェーンに勝るとも劣らない。
直木賞受賞(浅田次郎原作)の素晴らしい文学作品だから、このような出来になる。
したがって、そこまで文学していない寅さんシリーズなどが甘いのは、それがシリーズに
なっている所以なのだろう。
本当に優れているものは、単品なのかもしれない。
そこにすべて出し尽くしてしまって、言い忘れていることがなにもないような。
 1月7日 金曜

やっと念願の障子が入った。
204と207。猫さんがおいたをしないことを祈るばかり。
お昼、カナダ人、スペイン人、チリ人が来る。
チリ人は、動物性のものを一切食べないので、用意が大変。
かつおだしさえ受け付けないので、お雑煮も食べられない。おしるこは大丈夫。
今日の映画は、民子三部作の「家族」。
信じられないことにまだ、年賀状を書き始めていない。
今夜から始めないと。
 1月6日 木曜

ホセ柴崎先生がお亡くなりになった。享年94歳。
先生のところへ、昨年の桜の季節にお伺いしていればよかった。
3方の窓から外の景色が見える先生の書斎へ何度もお伺いさせていただいたのは
本当に素晴らしい思い出。
先生の宅へ、お伺いして、先生のなつかしい書斎を拝見させていただいて、
賛美歌を歌って来よう。
先生は毎日、英語のそしてスペイン語の聖書を書き写しておられた。
私も真似しようとして、何度も挑戦したけれど、どうしても続かなかった。
ひとつのことを、毎日続ける、絶対続けるという先生の信念がすごかった。
聖書の言葉を毎日書いていらしたから、先生の詩は簡潔で美しい。
しかも、その詩を、日本語英語スペイン語で書いていらした。
聖書の文体をご自分のものにしてしまわれたのだ。
よい文体に触れていないとよい文章は書けない。

浅草へ行き、草履の鼻緒を挿げ替える。
本当に痛かった。新しい方の草履がどこからか出て来ないから、このようなことになった。
多分昨年の復活祭の後からだと思う。
時間の制約のない時に再度浅草へ行って、思い切り買い物をしたい。
お稽古の後、「遙かなる山の呼び声」(1980年、山田監督)を見る。
ものすごく感動的。「黄色いハンカチ」に勝るとも劣らない内容。
高倉健、倍賞千恵子、吉岡秀隆、ハナ肇、渥美清、ムツゴロウさんというように、好きな人ばかり
出てきて安心して見ていられる。
高倉健が出てくると、場面に質感がぐっと増す。
人工授精師役の、髭を生やした渥美清には笑ってしまった。
獣医役のムツゴロウは、全然演技していなくて、本人そのものだった。
昨年の左足指骨折の保険会社への書類やっと出す。
早くやらなければならないことが、いろいろ後回しになってしまうのに、なぜか、
映画だけはとどこおりなく、毎日見られるのは本当に不思議なこと。
 1月5日 水曜

シルヴァさんのお蔭で、南榎の清掃が本当に簡単にでき、感謝している。
こんなに素晴らしい住民はまずいない。
大地の妖精のような人。
オペレッタ狸御殿」(鈴木清順監督:2004年)は、リメイク。
ともかくひどかった。日本語が話せないChina人を主人公にしているからだろう。
日本人にすればよかった。安っぽい感じがして残念だった。
1958年版「大当たり狸御殿」では、なんと美空ひばりが主演を務めたようだ。
今度、ひばりの映画をいろいろ見たい、例えば、「二人のロッテ」本邦版「ひばりの子守歌」とか。
 1月4日 火曜

寅さんの「望郷編」。テレビ版「男はつらいよ」のさくら役がマドンナ。
「愛の讃歌」(1967年)で倍賞千恵子の相手役は中山仁。ブラジル移民。
重い内容。山田監督の作品の中では「故郷」より好き。
どうしても年賀状が書けない。
元旦に出せば消印が1日だからと思っているうちに、すでに4日。どうしよう。
 1月3日 月曜

お昼ご飯の時間に母のところへ行ってお雑煮を作る。
昨日より調子が良いようで、玄関の鍵もあらかじめ開けてあり、すでに食堂にいた。
もしかしたら、一昨日私が退出した時からずっと開けっ放しだったらこわい。
テーブルの上に新聞やら、昨年の年賀状やらがたくさん載っているため、実質4分の1の
面積しか使えない。
ともかく、お雑煮、とろろ、おせち、昨日つくったおしるこも一杯分だけあったので、
それで食事をしてもらう。
それにしても、母は日がな一日民間放送を見ているから、こんなものは見ない方がいい。
頭がぼけるだけ。
どうして、漫才というのはあんなに品がないのだろう。関西だから仕方がないのか。
衛星放送にしておくと、漫才のようなものは一切登場しないから、そうするに限る。
今日からお稽古開始。最初の日なので、あかりさんに頼む。
お稽古後シルバさんがお雑煮食べに来る。
ダニエルも入れて、南京玉すだれなどもやってしまった。
 1月2日 日曜

着物に着替え、ルーテル教会へ一番乗り。
11時15分に後ろ髪ひかれる思いで早引きして、築地本願寺へ。
お参りをすませ、例年の集合写真。
今年は参加者が少ないけれどそれでも30人くらいはいる。
この集まりは多分、50年くらい前からやっているのだろうと思う。
一つの家族が、半世紀にわたり、毎年1月2日に全員集合するという伝統を守り続けている
ということは、大変ユニークだから、これからもずっと続けていきたい。
縄文人が食べていたような、伝統的な根菜は本当においしい。
毎年すこしづつ顔ぶれが変わる。
これまでは増えるだけだったけれど、祖父、祖母、亘さん、山下さん、貞作さん、
美枝子さんという具合に、だんだん減ってきている。
毎年の参加者のリストをホームページに写真入りで掲載したらおもしろいのではないか。
ところで、浅草へ行って、草履の鼻緒を挿げ替えてもらおう。
痛くない方の新しい草履が見あたらず、痛い方の古い草履を履いてきてしまった。
昨年の復活祭の後、どこへ片付けたかわからないから、こういうことになった。
倉庫の中だったら、出てくる可能性はない。
戻って来て、お風呂に入ったら、どっと疲れが出て、3時間くらい昼寝をしてしまう。
縄文人について読むどころではなかった。
 1月1日 土曜

ごろんとしながら、朝風呂入ったり、縄文人についての本をゆっくり読もうと思っていたら、
母がどうしても歩けないからここへお雑煮食べに来られないと言うので、トリを一羽煮て取った
出汁を瓶に入れ、お餅、三つ葉、鶏肉、ゆず、かまぼこ、野菜、おしるこ、デザートなどを持って、
母のところへ。
原付で10分の距離だからなんでもない。遠くに親がいる人はさぞかし大変だろう。
母は、玄関の扉を開けに来るだけで難儀なようで、1メートル歩くにも数分かかっていた。
これが、日本中どこへでも舞台を見に行っていたあの同じ人とは思えない。
新幹線に乗ってでも、見たいものを見ていたあの人が、もう、どこへも行かれない。
先週までは確かに渋谷区長の選挙再出馬の集いに行っていたというのに、昨日から急に
体調を崩してしまった。
沖縄へ行こうとか、バンコクへ行こうと言っても上の空で、何度も同じことを質問する。
今日、これから帰ったら何をするのかと3回聞かれたけれど、そのたびに、縄文の本を読むのだと
答えた。
私の前だから、こんなにボケるのか、他の人の前でも同じような態度なのかわからない。
しかし、外面がものすごく良い人だから、自分がどう見えるか、かっこいいか、素敵か、
きれいと言ってもらえるか、それがなくなったら、この人はもうおしまいだと思う。
先月、能の会へ行った時は、きれいな格好をしてきた。
でも、足が寒そうに見えた。
綺麗に見せるために、足に無理を重ねてきたから、膝が痛くて動けなくなるのだと思う。
とりあえず、母のところで作って、一緒に食べて、帰って来たけれど、明日からのことが
心配だ。
こうすれば治るということを言っても、頑として聞かないから、私は治せない。
せめて、毎日2回熱いお湯に浸かってくれれば、治りも違うのに。
一年の計は元旦にありだから、帰って来て、フランス語の書き取りをしようと思ったら、明日着る
着物にアイロンを当てたり、読書をしているうちに、やらないですましてしまった。
なんたること。
明日から始めよう。
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