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平成23年1月1日より 
 12月31日 金曜

ネイルサロンへ行ったら、なんと1時間でできてしまった。
早い。やはり、絵柄を筆で描くのではなく、貼り付けて、上からジェルをかぶせるだけだと
すぐにできるけれど、私はこういうのは、手抜きだと思う。
バンコクへ行ったらまた、ちゃんとしたネイルをしよう。
日本では1万円以上するものが3分の1くらいでできるから、早くタイムズスクエアのあの店へ
行くのが楽しみ。
でも、この調子だと行くのがいつになることやら。
母は、極端に具合が悪く、年越しそばに来られなかった。
スイスのシルバさんとネパールのグルングさんとここで年越しそば。
やはり、ネパール人のボクシング・チャンピオンの、スレンダ氏は有名なようだ。
それはそうだろう。
ネパール人で、世界チャンピオンになったようなレベルの人はそうたくさんは、いないかも
しれないから。
氏が先月うちに忘れた名刺(100枚くらい入っていた)箱をカトマンズに持って
行って渡すように頼んだ。
 12月30日 木曜

今年最後のお稽古。
故郷」山田洋二監督。(1972年)。倍賞千恵子、とらさん、御前様、ひろしさん、みんな山田組。
出演者がみんな山田組だったりすると、本当に安心して見ていられる。
後半の方で、最後の石運搬をするところで、船に乗せていた石を一気に海へ落とす場面がある。
そのすざましいこと。スローモーション映像を使って、落ちていく石を写しているけれど、
その場面には泣かされる。山田監督が言いたかったことが、その画面に凝縮されている。
海に呑まれて消えて行ったのは、彼らの生活、そして、その島の船を使って生きている人々の
生活様式そのものだった。
便利な道路がたくさんできて、消えていった海の民の生活。
瀬戸内海は有史以来、思い切り海の民の生活の場だったということを思い知らされた。
山田監督は、弱いものの味方で、鋭い感覚と愛情でいつも素晴らしい映画を見せてくれる。
 12月29日 水曜

忘年マリカ会。
プログラム:サテン・ドール、スイス人合気道、カナダ人太極拳、イタリア人ギター、カナダ人ギター、
韓国人アリラン、シング・シング・シング、タップ、イヌおちゃん芸、八木節、等。観客:フランス人、
ドイツ人、スペイン人。
「犬神家の一族」リメイク版、市川昆監督、石坂浩二。2006年。
下町の太陽」(1963年)山田洋二監督。倍賞千恵子。
 12月28日火曜

「続男はつらいよ」(1969年)山田洋二監督。光男はまだ赤ちゃん。
 12月27日 月曜
男はつらいよ」2か3.
 12月26日 日曜

今年最後のルーテル教会。何を見たか忘れた。
 12月25日 土曜

ダスティンといよんちゃんは、湘南でサンタ最終日。
シルヴァさんがディナーに来る。
 12月24日 金曜

クラウディオといよんちゃんは湘南でサンタ。私はダスティンを連れて渋谷でサンタ。
夕食の後、ルーテル教会へ深夜ミサに。斉藤先生の時の深夜ミサは、実習生にやらせて
いたけれど、浅野先生は自ら行う。そこがすごい。
 12月23日 木曜

ダスティンといよんちゃんは、新浦安でサンタ。
カメでも1ミリづつ確実に進んで行くと、ある時、すでに山の中腹まで来ているのだと思える
あやちゃんが、今日、タイムステップを両足ともできるようになったことが嬉しい。
大抵のカメは負ける。最初から負け組だから。
歩こうともしないカメをたくさん見てきた。
歩いてすぐに挫折するカメも大勢いる。
でも、何匹かのカメは、カメなりのやり方で、一歩一歩進む。
歩みはのろいけれど、着実に進むから、ある時、他の動物を通り越している。
私はカメの味方で、カメを頂上まで導くことだってできると自負している。
 12月22日 水曜

昨日あまりにシリアスな内容だったため、今日はガラリと変えて、思い切り軽いものに。
「ドリフターズだよ、全員集合1」。仏像をなんどもぶつぞーなんていうことは許されるのだろうか。
なぜか、その仏像は、エジプトの王家の墓の中にあった。
志村が出てきてから、加藤茶の役側が軽くなったのが気の毒。
私は加藤茶の方が好き。
 12月21日 火曜

監督:伊藤大輔「王将」三國連太郎、淡島千景、三田佳子。
いつもおじいさんの姿のすーさんが、叫び、走り、転がり、吠え、闘い、海に入り、
太鼓を叩き、将棋を打つ。その迫力がすごい。
人が人生を賭けているものを真剣にやっている時の目はすごい。
坂田三吉という人は本物の天才だった。すーさんの役以前のもっと多くの作品を見ることで
もっと三國連太郎を知りたいと思った。
いよんちゃんなんか、感動して泣いていた。
 12月20日 月曜

釣りバカ日誌19」。
すーさん、すっかり年老いてしまって、大丈夫だろうか。
浅田美代子はぜんぜん変わっていない。
鯉太郎君の大きくなったこと。そうですよね、19ですから。
初期の山田洋二監督デビュー作品「二階の他人」を見ると、その後のこの監督の作品の
元になるようなものが見え隠れする。
韓国は、決して北朝鮮を刺激してはいけない。
演習なんて今どうしてこの時期にやるのか。やらなくてもいい。
 12月19日 日曜

青山一丁目のホンダ・ウェルカムプラザでサンタクロースイベント。
そうしたら、同じイベントの2ステージ目は、なんと、市ヶ谷ルーテル教会でお馴染みの
ハンドベルのグループ、「グレイス」のメンバーが来ていた。
こんなことは、神様でなければできないこと。
帰りに信濃町のナポリへ久しぶりに行った。
今年は多忙だったので、ナポリへ行く回数が昨年に比べてすごく少なかった。
  12月17日 金曜

山田洋二監督「バカヤロウが戦車でやってくる」(1964年)。
これは、ハナ肇と岩下志麻の「いいかげん馬鹿」(1964年)の続きものではない。設定が違う。
どうやって戦車をこんな小さな島に持ち込んだのか。
でも、伊豆七島の島々へ行った時に、なんとか根という地名がいつも地図にあって、それが
必ず海沿いだったけれど、そうか、そういうことだったのか。
そこに沈んだとか、落ちたとか、死んだとか、そこへ漂流したとか、そのような時にそこに根と
つけるのか。この映画を見るまではわからなかった。
 12月16日 木曜

築地でお寿司を食べた後、久しぶりに宝塚のマチネへ。
和風の踊りショー「花の踊り絵巻」は、最初の場面で度肝をぬかれた。
和服の男女が一人おきに横にずらりと並んで踊る、あのスタイルをやっている。
私が一番最初にやったのだと思ったのに。
ちなみに、私の初演は平成22年7月24日グアダラハラのデゴジャド劇場で、帰国後
youtubeで公開されたり、9月に新宿文化センターでやった。
うーん、宝塚がやるとああなるのか。
佐渡おけさの衣装が思い切り変だったことは別として、このような和にこだわった上演をどんどん
してゆくべき。
さて、「愛と青春のたびだち」、これがいただけない。
軍事産業から献金をもらい製作しているのだろう。
息子ブッシュの時の自作自演テロ以来米国の軍産複合体がますます顕著になり、その傘の下にいる
日本の演芸娯楽産業までが、その手の軍隊万歳ものを上演するのは、本当に嘆かわしい。
最悪は、米国国歌の場面。
どうして高い入場料を払った日本人がそのような最悪の歌を聞かされなくてはならないのだろうか。
あの時点で不快感を覚えた観客は多かっただろう。
宝塚の客筋はおとなしいから、ブーイングをしなかったけれど、あの場面は不要。
しかし、米軍関係者や、防衛庁、軍事産業関係者などを招待しているのなら、このような作品の
上演もやむを得ない。
私はふと、かつてのアーミーパール劇場(伊藤道夫が振付をした駐留米国人軍関係者向き
娯楽劇場をやった。無論日本人は入場禁止)と同じことを、日本人観客に悟られないように、
興行としての営業と同時進行しているのではないかと思ったら、背筋が寒くなった。
士官の制服がかっこいいから、軍隊にあこがれたり、入りたいなどと若者に思わせるために
米国のショービジネスは、戦争賛歌もの作品をどんどん世に送り出しているけれど、
日本は決してこの路線に惑わされてはいけない。
今回の宝塚には失望した。
普段のように、なにか無難な文学作品でもやっていてくれればよかった。
国際ユダヤの作戦遂行のための道具になってしまってはいけない。
果たして、本日宝塚を見に来ていた人たちの何人が私と同じ感想を持っただろう。
 12月15日 水曜

赤いすぐに壊れるPHSをようやくお払い箱にして、薄いピンクの機種に変更。
近鉄の特急券を阪急交通で。都内で近鉄の旅行代理店などあるのだろうか。
お稽古の後、両国の新しい温泉へ行く。
カナダ人2名、フランス人、韓国人と私。
フランス人はご丁寧に体中にバンコクで刺青を入れてきたから、何度も注意されて大変。
日本語が一言も話せないから、結局その後2時間もそこにいても大丈夫だった。
これがなまじか日本語が話せようものなら、すぐに放り出されたことだろう。
お風呂は良いのだけれど、食堂は従業員が足りないものだから、やたらと待たせて
もう食欲をなくしてしまう。
声を出して呼ばないといけないようなところが、いまどき、都内の温泉のお風呂であるのだろうか。
入口出口のつくりがあのようになっているため、売店へ行きそびれてしまった。
売店のうしろに、受付をつくればいいのに。
 12月14日 火曜日

釣りバカ日誌8」。
 12月10日 

釣りバカ日誌2」。
1と2では、雰囲気が随分違う。すーさんの奥さんが若造りになった。
まあ、すーさんの若いことといったら。
クリストファーが来た。
12月8日

釣りバカ日誌1」。
すーさんの奥さんは、白髪を紫に染めていたりして、とても高齢に見えて、いよんちゃんなど、
「あれ、すーさんのお母さん?」なんて言ってるくらい。
「男はつらいよ」の裏番組だから、あまり真剣につくっていなかったのかもしれない。
それにしても、看板映画を両方つくっていたなんて、山田監督はすごい。
 12月7日

「釣りバカ日誌4
12月4日 土曜

九ちゃんのでっかい夢」1967 山田洋二監督。坂本九がこのような映画を作っていたとは
知らなかった。何本もの映画に出ていたようだ。すごく才能がある。
めちゃくちゃ好感度がある。国民的大スターだった。
私はなによりもNHKの「歌のメリーゴーランド」とか。「歌はともだち」のあの時代の撮影が
忘れられない。
踊り捨ての振付だったけれど、あの楽屋でのドーナツのことは今でも忘れない。
九ちゃんが、私があげたドーナツをありがとうと言って、食べてくれた。
それにしても、どうして当時は、大スターとバックダンサーと子供群舞ダンサーが同じ場所で
メイクしていたのだろう。
12月3日 金曜

 湘南で、サンタクロース・イベント。 ダスティンといよん。
サンタガールのスカートを絶対に短くしないように、足を黒スパッツで確実に隠すようにと
代理店からさんざん注意された。
私は個人的に、女の子のスカートは短ければ短いほど、かわいいと思っている。
しかも、オフィス・マリカでは女の子に黒タイツなどぜったいに履かせないで、ベージュの
ストッキングにしている。
出演者の女の子がかわいく見えると嫌な気持ちのする人たちって、結局、主婦たちなのだ。
あの人たちは、自分たちがかっこ悪いから、魅力的な女の人がともかく嫌いで嫉妬深い。
 11月30日

サンバ衣裳を岡山へ7組送付。養老院のイベント。
 11月26日 金曜

アニタと神楽坂で待ち合わせ。
チリ人も来た。
神楽坂より、南榎が気に入ったようだ。
そうだろう、太陽がたくさん入るから。
神楽坂の造りだと、部屋が暗くなる。
台所の隣の部屋、どうして、2方面に最初に窓を造らなかったのかと思う。
天井に窓をつけても、やはり、壁面にあるのに越したことはない。
11月25日 木曜

 Claude Lelouch "Hasards ou coïncidences"日本語の題名は「しあわせ」というとんちんかんなもの。
音楽フランシス・レイなので、「男と女」や、「雨の訪問者」、「あの愛を再び」など、十代の頃
私が夢中で見た映画のスタッフ。
でも、この内容にはあまり感銘を受けなかった。
やはり、アヌーク・エーメや、チャールス・ブロンソンなど、私が夢中になれる出演者がいなかった
せいだろう。
私は、顔が好きでないと、その出演者を好きになれない。
 11月24日 水曜

Darren Glant "Make it happen" Mary Elisabeth Winsteadは、昔の、踊りの新人
オーデション映画「フラッシュ・ダンス」の頃と比べると、踊りがフェミニンになってきている。
三人で踊る傘の踊りがいい。手の使い方などボブ・フォッシーの影響がある。
ストーリー自体は他愛がない。
たまたま泊めてもらった家の女の子がキャバクラのダンサーだなんて、うまくできすぎている。
でも、このような映画は、踊りを見せるためのもので、ストーリーなんかはどうでもよい。
11月23日 火曜

夕方ダスティンのお誕生会。修君も来た。
Paris Hilton"National Lampoon's Pledge"学園天国、ったくもう、この人は本当になんていう、
なんというか、言葉もない。
こんな人が実在すること自体、コワイ。
「釣りバカ6」、変な映画を見た後なので、いつもの釣りバカでほっと一息。
11月22日 月曜

恒例の渋谷区長招待の能楽堂。「安達が原」他。
様式、衣装など素晴らしいけれど、長い。
これをもっと短くしたらいいのに。
現代人はそんなに時間がないから。
このような上演方法をとっていると、次第に見る人がいなくなってしまう。
歌舞伎のように、時代に応じて変化していってもよいのではないか。
 
 11月17日 水曜

"One Last Dance" (Dirty DancingのPatrick Swayze)。
ものすごい迫力。すごく上手で、もう言葉を失う。
非常に芸術的で、泣かせる。
そうか、この人、Dirty Dancingの人だったのか。
お母さんに小さいころから踊りを習っていたからこうなれた。
やはり、自然に学んだ人は違う。すでに亡くなっているのが惜しい。
11月14日 日曜

ルーテル教会バザー。またたくさん買ってしまった。羽根布団とか。
とても内容がいいので、毎年楽しみ。
 
 11月9日 火曜

熊本県菊池村から丸いお餅、竹酢が到着。
村本なるみさんがやっている、竹を植えることで、地球の砂漠化を防ぐ運動素晴らしい!
商品も最高。お米がおいしい。お餅は一気に食べてしまった。
 11月8日 月曜

イタリア人の女の子に城北台の部屋を見せる。
これまで早稲田の大学院に来た男性はみな、お金に余裕のある人たちなのに、女子は
どうしてこうもお金がないのだろう。
若すぎるからだろう。お金がぎりぎりの学生は最後に結局なにかしら問題を起こす。
だから、本当はあまり若い人を入れないようにしないとあとで困ることに。
 11月7日 日曜

名古屋のイオン・スタジアムのモールで、早くもサンタクロース・イベント。
1カ月も早くするとは。ロシア人サンタといよんちゃんが行く。
大きな代理店というのは、イマジネーションがないのだろうか。
サンタが早いというのは、わからないのか。
まあ、それしか知らない人が計画を立てているのだから仕方がない。
11月4日 木曜日

どさっと衣装小道具類が2台の車で到着した。
行くときは1台に全部押し込めたのに、どうして2台でしかも、4名の
職員がいらしたのだろうと思うと申しわけなくて。
荷物が急に2倍に増えたとも思えないのだけれど。
11月3日 水曜日

朝からぼうっとしていたかったのに、オーストラリア人が午前中に到着したので
自転車でどこかに遊びに行ってもらう。
午後はゆっくりしようと思ったのに、あかりさんが、昨日酔ってなくした荷物の追跡で
1日費やしてしまうとのことで、私がお稽古を担当。
茨城から父親と一緒にお稽古に来た小学生が泣いてしまい、夜母親から、
「今日は、難しくて泣いてしまったようでしたが、「やる気」のでる難しさが子供にちょうど良く、
家でも練習してました。
マリカ先生のお稽古は、子供に合わせて確実にレベルアップさせてくれるので、素晴らしいです。
次はどんな事が出来るようになるのかと楽しみになります」というお返事が来たのでほっとする。
心の強い子供に育てたこの家庭はすごいと思う。
弱い子供に育つ家庭の親だったら、「子供にあわないので、やめさせます」
と言うだろう。
ここが、勝ち組と負け組の分かれ道なのだと思う。
11月2日 火曜日

新橋の愛宕警察のあたりは、警察、消防署、福祉会館など、公共の施設が多い場所
なのだということを発見。
今回踊らせていただいた「はつらつ太陽」の知的障害者施設も、明治からあった小学校の敷地。
その頃の校舎の写真を見たら、これはすごい。本物の伝統建築。
廃校になった小学校の跡地で、この施設が始まった。
非常に自由な施設。
そのため、叫び続けていても、叱られることも、おとなしくさせられることもない。
以前、ダンス・セラピー(舞踊療法)を担当していた東京都の精神衛生研究所とは大きな違い。
それぞれに、その施設の特徴があるのだろうけれど、民間委託した施設はいわば、患者ではなく、
お客様だから、症状を治さなくても、快適に過ごしていることを
家族に見せて、そこに長く滞在してもらうことが一番の目的なのだろう。
そこが、税金で運営している東京都の施設との一番の違いなのだろうと思う。
ここでの本番は、「踊りで行く世界旅行」。
10カ国、16曲の踊りを、76着の衣装と18名の出演者で行った。
楽屋のまあ、忙しいことといったら。
久しぶりにあさかさんが千葉から駆けつけてくれて、同窓会のように楽しかった。
ダスティンが演奏してくれたことも大きな成果を上げた。
私が一番感動したのは、「アリラン」。涙が出てきた。
今後このような機会があったら、こんどは、12カ国の踊りをやりたい。
10月29日 金曜日

今朝モロッコがフランスへ帰った。
チュニジア人といい、モロッコ人といい、日本に来ているマグレブ人はインテリが多いのか。
南榎のゴムの木が倒れたのは、麻ひもに重さがかかりすぎて、ひもがそれに耐えられなかったから。
ということは、もう1本のゴムの方も、ひもをやり直さないとんでもないことになる。
大きくなり過ぎた。神楽坂と違い、南榎は日がたくさん当たるから、ゴムがすくすく大きくなる。
夜、ネパールの元世界チャンピオンが戻って来た。
この人は、日本地区を任されていると言っているから、そのうち、大使としてやって来るのではないか。
こういう国では、多分そうなるだろう。
10月28日 木曜日

お稽古の後、「釣りばか日誌16」をしながら柔軟をする。
あまりに笑い(涙ぐみ)すぎて、顔が腫れてしまったほど。
最高に明るいこの人格、こういう人がこの世界は必要なのだ。
浜ちゃんがソーリ大臣になって外遊したら、さぞかし世界中に日本ファンが溢れることだろう。
こういう人に国連事務局長になってほしい。
あのしかめつらの陰険なxxxxに代わって浜ちゃんがやったら、パレスチナ問題も、イラクも
アフガニスタンもなんでもかんでも円満解決するだろう。
浜ちゃん、あまりに馬鹿らしくて大好き。
特に米軍の船に乗って、魚釣りをして、見つかって魚を持って逃げるところなんて最高。
よくこんな筋書き考えた。
銃殺刑にされなくてよかった。
どう見ても、スパイやテロリストには見えない浜ちゃんだから、アロハシャツ着て帰されたのだろう。
ところで、アジズが亡くなったという記事は、ガセネタだったのか、急にウェブ上から消えていた。
ダウンロードしておけばよかった。
一体どこのメディアがそんなもの書いたのだろう。
モロッコ人と話していたら、2時くらいになってしまった。
私はドイツ語や英語と同じレベルまでフランス語を高めたい。
20代でやっておけばこんな苦労はないのに。
中途半端なやり方だったかこんなことになった。
10月27日 水曜日

お稽古の後、オーストラリア人も呼んでビデオの007の最新作「Quantum of Solace」を見たけれど、
前作を見ていない人には何がなんだかわからない。
これまでのボンドは、どれを見ても1回で話が完結しているから、それなりに楽しめたけれど、続きになっていると、
ちゃんと順番通りに見ていないと楽しむこともできないようになっている。
私は、冷戦時代のボンドの方がはるかに好きで、今のは、ちゃんとした敵がいないから、なにか
物足りない。
共産国家とかを仮想敵国にしてつくればいいのに、ロスチャイルドがチャイナを巨大に育てる企てに
反するから、ユダヤ資本がそういう映画つくりはさせないのだろう。
ところで、スミソニアン国立動物園(Smithsonian National Zoo)で、四つ子の赤ちゃんライオンが
水泳の特訓を受けている写真を見たら、園内のプールに入れられる赤ちゃんライオンが、
かわいそうに寒空の下、ずぶぬれで必死で泳がされている。
動物園のライオンの赤ちゃんがどうしてそのような特訓を受ける必要があるのだろう。
ライオンの赤ちゃんの育児は親ライオンに任せたらどうなのだろう。
動物愛護法の定める虐待に抵触しないのだろうか。
10月26日 火曜日

信じられないことに、ビザカードの売上表を切らせてしまった。
数日前に使ったのが最後だったようだ。
こんなこと、ここ20年間一度もなかったのに、なぜか、すぐに注文しなかったのは私のミス。
お陰で今日支払おうとしたフランス人のお客様は、横浜の友人のいる5つ★ホテルまで、
お金を借りにいかなければならなくなった。
でも、その友人というのは、お金持ちで、サッカーのトルシエ監督。
K君はおじさんと呼んでいるようだけれど、雨の中、横浜まで行かせてかわいそう。
私がビザカードの売上表を確保しておかなかったばかりに。
お稽古の後、久しぶりでツタヤへ行く。
どんどん観たくなってしまうから、心を鬼にして3本まででやめておいた。
あそこへ行くと、ついまた1本と、どんどん増えてしまう。
一度など10本くらい借りてしまったことがあるけれど、結局全部なんか見れなくて、延長料金は
取られるわで、おやおやということがあった。
衛生のシネフィル見れば、本当は事足りるのかもしれないけれど、まあ、
たまにはツタヤもいいかも。
ところで、アジズが裁判で有罪になったり、死刑になるのは、絶対に許せない。
あの頃は平気だったのに。
あの人は、シャバで自由にしていてほしい。
当時を知っている人を皆死刑にしてしまったら、当時のことをイラク側の目で伝える人がいなくなる。
今さら死刑にするなら、なぜ、あの頃は放っておいたのだろう。
サダムも、ワトバン・イブラヒムもみんな死刑になってしまった。今度はアジズなのか。

ううっ、ほんの少しニュースをグーグルしていたら、1社だけが本日アジズが
病死したことを伝えている。
涙がでそうになった。
殺害ではなかったのか。
しかし、病死をしたということは、死刑で殺されたのではないから、まだアジズの名誉を保てた。
どうして、1社しか死亡を伝えていないのだろう。
他のすべての20社くらいのニュースは死刑判決決定のニュースだけ。
病死したのは本当に気の毒だけれど、死刑よりは数段いい。
アジズは、アッシリア原始キリスト教徒だから、私の大先輩。
今頃は天国にいるはずだ。
10月25日 月曜日

お稽古後、衣装倉庫へハワイアンの衣装を取りに行く。
すると、いきなり、棚からぼた餅、ニューヨークのルイジ・ジャズ・ダンス・センターから1982年に
いただいたミルトン・オレアガ撮影のすごいルイジ写真のポジフィルムが何箱も、頭の上に落ちてきた。
好きなニーチェやショーペンハウアーの言葉をメモした何百枚のメモ紙と共に!
こんな幸せあるかしら。
これらの写真はルイジ側ではすべて散逸してしまっているので、世界にここしかない。
早速、ルイジに連絡しなくては。
もし、ハワイアンを踊りだけで済まそうと思ったら、倉庫の奥深く眠る歌手用ハワイ衣装を
捜そうなどと思わなかった。
ハワイアンに歌を入れようと思った時点ですでに ついていた。
ついでに、倉庫で10年前から眠っているスリランカ製のシタールをついに持ちだし、カナダ人音楽家の
卵に渡す。
隣の部屋のチュニジア人と、セッションでもするだろう。
ダマスカスで買ったタブラーも渡して、来週の本番までに練習してもらうことにした。
オーストラリア人が帰国を12日にしたから、それにスルタンをしてもらえば、カナダ人が打楽器に
専念できる。
10月24日 日曜日

チュニジア人と文化村へ中国民族楽器による演奏会に行く。
けいさんがプロデュースを担当していると聞いていたから、どんなものか期待が大きかった。
技術的にはすごい。
しかし、これは大変政治的な興行なのだと感じた。
演奏者に美人を使うに限る。
ブスではいくら演奏技術が上手でも演奏者として価値がない。
10月23日 土曜日

リハーサルもそこそこで、東銀座の東映で歌舞伎映画のゾンビを観る。
リビングデッド」はすごい。
例の5人組。日頃からあちこち行っては、他人の芸を観て研究している。
これはすごい。伝統芸の歌舞伎の中でゾンビたちがヒップホップ・ダンスを踊っている。
しかも、歌舞伎役者たちが。歌舞伎はここまでいっている。
日々進化している。化石になっていない。
モーレツに元気づけられた。
日本の伝統芸能は、おもしろい。
退屈だったら演目はだめなのだ。
観客が生あくびなんかしたら、もうそこでおしまいだから、どんどん展開しないといけない。
10月17日 日曜日

数年ぶりでやっと新しいバイオに買い替えた。
なんと長い月日だったのだろう。
田村さんがパソコンを設置しに来てくれた。
チュニジア人のライオン君が来て、チュニジアはスファックスのお菓子を持って来てくれた。
わー、なつかしい。この味、何年ぶりなのだろう。
黄金のように大切だから、1日1個しか食べないことにする。
ライオン丸は、アラビア語、フランス語、英語、日本語が全部自由自在だし、芸術家肌でしかも
東大ときているから、こういう人が大使になったらいい。
私の知っているアラブ人はみんな酒飲みだけれど、この人は飲もうとしない。
スイスから送られて来た蜂蜜酒を試飲することもしない。
これはまずいから、だめよねと、田村さんと結論に達した。
山田養蜂場のドイツの蜂蜜酒は、甘くしてあるから飲みやすい。
こうでないと日本では商品にならない。
9月16日 土曜日

新宿文化センターで新宿世界の踊りの祭典。
東京演舞隊として出演。
自分が運転して衣裳を運び、全体を仕切って出演もしてというのは、すごく疲れるから、これからは
もう本番の日に自分が運転するようなことはやめようと思う。

メキシコ疲れが出て、日記も途切れがち。
7月29日 木曜日

やっと成田到着。
よく猫たちや、植物が生きていたものだ。
ロクサナと母が世話をしていてくれた。
さあ、メキシコぼけしている暇はない。
多忙な現実の生活が再び始まる。
7月28日 水曜日

早めに空港へ行き、登場手続きをする。
これ以上足止めを食わされるのはたまらない。
思い切り映画を見たり、本を読んで、帰国後にはできない贅沢な時間の使い方をしておくに限る。
7月27日 火曜日

早朝に空港へ向かう。
乗り継ぎがあるのに、検査がのろくて、結局、乗り継ぎができなかったため、結局アトランタの空港近辺の
ホテルで1泊するはめに。
しかも、大きなスーツケースは受け取れず、小さなバッグしか手元にない。
デルタ航空がお泊まりセットと称するバッグをくれて、その中に入っている大きな寝巻用Tシャツや下着、
洗面道具で何とか過ごすことになった。
空港近辺には、50ドルで泊まれるホテルが乱立していて、これらのビジネスを救うために、わざと
検査時間を長くして、乗客が乗り遅れるようにしているのだろう。
本当に合衆国は嫌い。
以前何度も通ったあの頃の方がずっと良かった。私はいい時に通ったものだ。
7月26日 月曜日

なんのことはない、急いで朝11時に空港へ着いたら、飛行機はすでに朝の7時に出発して
しまったとのこと。え、信じられない。
忙しくて、帰りの便の時間をよく見なかった自分もスタッフも悪い。
ま、明日また同じ便に乗れば良いのだから問題はない。
まる1日グアダラハラの滞在が増えたから得したと思うのが勝ち。
7月25日 日曜日

グアダラハラのデゴジャド国立劇場でいよいよ本番。
私の「川の流れのように」はすごい歓声と拍手を取った。
踊ってくれた20名のみんな、ありがとう。
素晴らしい仲間とめぐりあったこの幸せ、東京のみんなに分けてあげたい。
7月9日

成田発、ソルトレイク経由グアダラハラ着。
信じられないほどきれいな場所で、本当にびっくり。
メキシコ第二の都市は、まるでヨーロッパ。
コリニヨン家はまるで御屋敷のよう。
庭も広く駐車スペースも広く、部屋数が多く、屋上もあり、日本なら家賃100万円は下らないだろう。
イタリア料理屋はおいしくて、安くて、こんなのが東京にあったら、毎日行くのに。
6月3日 木曜

いいかげんに片付かなくて困ると思っていた薬王寺の倉庫部屋に、大工さんを入れて、人が住めるようにして、
今日は朝から工事屋さんが、廃棄物処理のため、軽トラックで来ていた。
これもいらない、あれもいらないと、どんどん箱を出していたのだけれど、なぜか、ひとつの
箱を開いたら、なんと、ルイジ・オン・ステージの当時の写真がたくさん出て来た。
信じられない。このようなアルバムを捨てようとしていたなんて。
もっと信じられないのは、数年にもわたって、このような倉庫にそのような大切なものを
封印しておいたとは。
もし、工事屋さんに廃棄処理を任せていたら、すべて焼却されてしまっていたのだろう。
なぜかそれらを救って下さった、踊りの神様というのはいるのだと思う。
私が踊りのために一生懸命に自分の命を削って文章を書いているのを知って、素晴らしい写真を
救って下さった。
ありがとうございます。
昔のなつかしい顔がたくさんあった。
6月2日 水曜

明日の早朝ドイツ人たちが出発するので、今日はお別れ。
エリッヒ先生が、ピンクのバラを下さったので、子供のゴムの木と一緒に南榎の庭に植える。
アジサイと大きなゴムの間で、窮屈かもしれないけれど、地面に直に植わっていることの強みを
すぐに味わうだろう。
地面にある無限の栄養を吸収して強く大きくなるだろう、笹のように。
この笹は、たたらまつりの時に、埼玉の川口よりもっと遠くから買って来たけれど、
植木鉢の時は本当にかわいそうだった。
いくら鉢を取り替えてもだめ。
地面に植えたら、待っていましたとばかりに、どんどん芽を出している。
昨年よりも、今年の方がもっとすごい。
ミミズも頑張ってくれている。
榎の庭は、コケが表面にいっぱい生えているから、感想乾燥しないし、植物には天国だろう。
この10倍くらいあったら、どんなに楽しいだろうか。
6月1日 火曜

メキシコから航空券が届いた。
いよいよこのプロジェクト、具体的に開始。
5月31日 月曜

神様が、贈り物を下さった。
2カ月前から下宿しているあのドイツ人が
ルター家の末裔だったなんて。
職場は、石原さんの法律事務所のある同じ階のドイツ法律事務所。
合気道の訓練でいつも多忙なあの人が、へえ、信じられない。
87歳のおばあさんが、ルター家の直系の系図に載っているとのこと。
いるのですね、そういう人って。
でも、どうして、よりにもよって、うちに下宿しただろう。
多分、東京に数ある外国人用下宿屋の中で、オーナーが毎週ルーテル教会へ通っている人は
私だけだったのかもしれないから、それで神様がそうなさったのだろう。
だって、天文学的な確率だから。
こんなこと、神様だけができること。
5月9日 日曜
5月8日 土曜

浅野お稽古の後南榎にトマトを植える。
ステビア肥料をたっぷり与える。
曙橋のピンクのゼラニウムもたくさんつぼみをつけた。
土を交換しないと。
最近、早い時間にお寿司をしっかり食べるので、夜までお腹がすかない。これは大切。
お稽古の後、フランス大使館研修生と中華料理に行く。
5月7日 金曜

南榎にゴーヤとキュウリ、朝顔、モミジを植える。
モミジはまだ50センチくらいだけれど、これが大きくなって、隣家との良い境になるだろう。
隣に陽が当たらなくなってしまっても困るけれど。

「ミッション・インパッシブル」の音楽が1分ちょっとと短いけれど、変なアレンジのものを使うよりは
たとえ短くても、オリジナルの方がいい。
5月6日 木曜

今週今日だけがお稽古ない日なので、昼間から読書ができる。
5月5日 水曜

のお稽古の後、フランス大使館研修生と一緒に、住友ビル49階でお昼ごはん。
その後、南榎の庭で、5つほど新しく買った鉢物を植えたりして、急いで戻って午後のお稽古。
申しわけないことに、6分遅刻した。
やはり、庭へ行くと時間がわからなくなるから、次にお稽古が入っている時は禁物。
それから、神楽坂の高橋さんが、アロエとクンシランが南榎に届けて下さったので、それを鉢と直植えする。
根っこが切れてしまっているけれど、どうしてこんなことがあり得るの。
クンシランなど、これでもかというほど、たくさん根がついているはずなのに、1本もない。
この状態で果たして根がつくのだろうか。
毎日南榎へ行って、水遣りをしないといけなくなる。
今年は、ゴーヤ、キュウリ、赤朝顔、青朝顔、それから、なんとかというつる植物と、もみじまで植えた。
もじみは、隣家との境に植えたので、大きくなれば目隠しになる。
みみずがたくさんいて、本当に嬉しいこと。
それにしても、あの砂みたいな花壇にはまいってしまう。
はこべを放置した方が、表面に水分が保てて良いということがわかった。
それらを雑草として抜いてしまうと、表面が乾燥して、オーストラリア状態になってしまう。
山田養蜂所のお米は、れんげ畑を利用しているとのことだけれど、わかる気がする。
表面に水を含んだ状態にするためには、メインの植物以外の、他の無名のこまごました植物の助けを借りないといけない。
あえて雑草とは言わない。
雑草というのは、この世にない。
それもすべて、ひとしく大切な植物で、それぞれ理由があってそこに生きている。
すべて神様がそこに下さったから、いくらが摘んだら、それは別の植物の肥料になるようにして、循環させないといけない。
くれぐれも、ゴミ袋に入れてたりしてはいけない。
いらない枯れ草などないのだ。
すべては、次の生命のための準備のゆりかごだと思えばよい。
5月4日 火曜

お昼にお寿司をたくさん食べると、夜余計なものをあまり食べないので、これからはこのような
食事のしかたにしよう。
夜はアロエや、ヨーグルト、湯豆腐くらいでたくさん。
昼間、フランス人と伊勢丹の地下にアイスクリームを食べに行く。

原稿は進んでいると言えば進んでいるけれど、進んでいないと言えば進んでいない。
どんどん新しい項目を入れてしまうから、こんなことをしていると歴史のところが終らない。
大切だなと思える項目がどんどん現れるのは、前回の歴史のところが、いかに弱かったかを物語っている。
5月3日 月曜

お稽古の後、3時半に曙橋を出て、一路平塚へ向かう。
普段は人の公演など見に行かないのだけれど、今回は他でもない祐子さんの舞台なので、遠出することに決めた。
山の手先の輪の外へ出るのは、1月に成田エキスプレスに乗った時以来。
ゆうこさんには、こんな感想文を送っておいた:
「a To kjds1981lovelu.
詳細を表示 5月4日 (1日前)
ゆうこさん、
ひさびさに、いい音楽を聞かせていただきました。
なんていいメロディなのだろうと、聞き入っていましたら、あれは、「モンテローザのうた」だったのですね。
一代目は座間透さんで、2代目は三浦大紀君でした。
1982年の12チャンネルと時に、題名を「62丁目のあなたに」にして、後半の曲もバリー・マニローに変えて、
フランシスに入ってもらってやりましたね、楽しい思い出ですね。
1983年には再演で、三浦大紀君の変わりに、小池さんや直人君が入っていました。真理子さんも。
私が美しいと感じた音楽を、ゆうこさんも、同じように美しいと感じて下さった、その価値観を同じくすることを
とても嬉しく思います。
ゆうこさんの「シング・シング・シング」は自由に踊っていて、あれは、ジャズですから、よかったと思います。
ジャズとは本来そのようなものなのでしょう。
目をつぶってもできるくらい踊りこんだ踊りですから、余裕があるので、思い切り遊べるのですよね。
やっと覚えて舞台に出て来たシロウトとは違いますから、そのあそびの部分が出せるのがプロだと思います。
あの場面が一番よかったですよ、それから、最後のウォークと。
どうして、もっと、ルイジのものをやらなかったのですか。
ルイジの作品が踊られている限りは、人はルイジを知りますが、
作品を踊らないと、ルイジは準備運動の名前かと思う人が出て来てしまいます。
まりこさんとお会いできたのも、すごく嬉しかったです。
踊りをとおして出会ったお仲間は、一生のお友達ですね。
1980年から1983年、私が一番大変な時にお力を貸して下さって、本当にどうもありがとうございました。
それから昨年、私が怪我をして動けなかった時にいらして下さって、どれだけ力づけられたかわかりません。
これからも、どうぞ、ルイジの踊りをみなさんに広めて下さい。
マリカ
追伸:
レッグウォーマーのことなんか、全然気になりませんでした。
あの子は、よく踊っていました。上手でしたよ。
人は誰も足の下の方なんて見ていないのです。
見るのは、ルイジの言うところの、アッパーボディですから、他の人の顔の表情の方が気になりました。
おてもやんみたいに、頬を赤く塗って出て来た人もいましたから。
あとひとつ、一番気になったのは、シェネで回る時に、みんなのアームズが低くて、張っていなくて、
アンヴァンに入っていないことかしら。
うるさいことを言ってごめんなさい。
ゆうこさんは、女王様なのですから、ぴらぴらの衣裳にしないで、ぱしっとして、かたいジャケットにした方がいいと思います。
こういう商売ですから、ひとつ、おつくりになったら、いかがでしょう。
生徒さんはぴらぴらでいいの、でも、先生は、1回の使い捨ての衣裳ではなくて、いいものを着て登場した方がいいですね。
それは、透さんが、いつも言っていたことなの。
かなり前のことになりますが、透さんにギャラが5万円位のモデルの仕事をしてもらったのですが、
本人は自分の20万円の自前のスーツと誂えのシャツを持って来たのです。
さすがだなと思いました。
私は、ジーパンも、Tシャツもトレーナーもセーターもここ20年間、一切持っていなくて、10年ほど前からは、
絹しか着ませんと宣言しています。
セーターなくて、寒い時何を着るかって?
毛皮を着ればいいじゃない。
おいしいクッキーありがとう。
お休みなさい。マリカ」
5月2日 日曜

母は教会には来なかったけれど、母の日のご飯だということで、ここには来た。
母の日は本当は来週だけれど、2回やってもいい。
5月1日 土曜

イタリア人2人を神楽坂へ。
かわりにブラジル人5名が到着して、3部屋全部プライベート使用。
こんなにかわいい顔は初めて見た。
日系に白人が加わることで、ここまで男の子はきれいになる。
口がスマイルしていて、表情が本当にきれい。
明るさと美しさは同じものだ。
だから、暗い人できれいな人はいない。
4月30日 金曜

疲れたので休もうかと思っていたら、お稽古に来た人がいた。
どうして急に来るわけ。
寝込みを襲われた感じだけれど、来た人には丁寧に教える。
タイムステップをすると、どんどんリズムの感覚が良くなる。
4月29日 木曜

レッスンは人に任せて外へ行く。
プリンタの電源が入っていないのを故障と勘違いし、大騒ぎしてプリンタを西口のビッグカメラまで運び、
そこで、単に電源が入っていなかっただけという事実を知り愕然とする。
どうしてそんなことがあるのだろう。
最新の機械は、電源はコンセントからではなく、パソコンから取るのではなかったのか。
その証拠に、スキャナにはコンセントに差さないといけないような電源がないではないか。
4月28日 水曜

毎日原稿を書いては、読書。
4月27日 火曜

びっくりするようなメールをいただいた。
「いえ、実は私もダンサーで。。でした。これも何かの縁でしょうか。。
私の場合 クラッシックバレエを学び
イタリアに来てオーデションを受けながら の生活をし、それを 結婚を機にやめ、
今、skypeを使い日本語をおしえています という状態です。
イタリアには 日本語を学べる大学がヴェネチアとナポリだけなのです。
イタリア人は大学にいく人はいても、卒業できないのです。
それと社会のシステムが大学卒業者を日本ほど
喜んで受け入れてくれないようです」
人間、話してみるべきだ、絶対どこかでつながっている。
イタリアでクラシック・バレエで出演するとなると、ミラノのスカラ座だろうか。
以前、女性でアルビン・エイリーに在籍したことがある、増田孝子さんが、そこで踊っていたと聞いた。
それらを聞いた時が1983年だから、増田さんという日本人のすごいバレリーナがいたという
噂話も消えてしまっているころだろうか。
どれだけ苦労なさっただろうと、想像することもできない。
特にイタリアがユーロになってからは、物価が高くなり、日本人が生活していくにはとても大変だった
のではないだろうか。
ともかく現在は、イタリア人の素敵な旦那様がいらっしゃるから、安心。
それにしても、日本を飛び出すほどだから、きっと素晴らしいテクニックを持ったバレリーナだったのだろう。
そうか、語学を教えるのに、スカイプか。
私は、目の前に先生がいて、個人レッスンで、スペルを直してもらいながらでないと学べないので
スカイプより、実物の先生の方がいい。
古いタイプの人間なのだろう。
4月26日 月曜日

東急ハンズへ行ったり、ビッグカメラにコピー機を運んだり、スワロフスキーへ十字架の修理に出したり
雑事に追われ、結局、現行の原稿のことが何もできなかった。
スイスのはちみつビジネスの手伝いもしているため、自分のことをする時間がまったくない。
4月25日 日曜日

教会。アメリカ人のダニエルが正装で来たからびっくり。
音楽家だからか、訛りのない発音の日本語を話す。
残念ながら、食事まではいなかった。

戻って来てお稽古担当。
4月24日 土曜日

2メートル以上の高さの和弓を持ったドイツ人が登場。
本人の身長も198センチくらいある。
この人が、自転車に乗って、しかも、肩に弓を抱えて、大久保通りを神楽坂まで走って行った。
このご時世、よく、こんなものを持って、飛行機に乗れたものだと感心してしまう。
4月23日 金曜日

イタリア人のロックバンド4名と住友ビルの49階でお昼ごはん。
あまり食べない人たちだ。
眠くて食べられないのだろう。
ジャパン・ツアーといっても、自分たちでアパート代を払い、雨の日でも、電車で楽器を運んでいるから
大変なのだなと思う。
やはり、芸術はマネージャーがいないとできない。
芸術家が自分でマネージメントをしていると、どんどん芸術をする時間がなくなってしまう。
結局、手違いで、今日のフランス語のレッスンは来週に延びた。
よかった、準備する時間が稼げた。
4月22日 木曜日

急に飛行機が飛ぶようになったので、また乗れなくなったら大変とばかり、あたふたと出発した
フランス人たちのいた閑散としたアパートを掃除していたら、朝から別のフランス人が来た。
ここは、フランス人を惹きつけるなにかがあるのかもしれない。
内装を美しくしよう。稼いだお金をすべて、内装代の支払いに使ってしまっている。

オランダで建築を学んでいたベルギー人が来日。
神楽坂で久しぶりにお寿司を食べたら、レジの人がまた、X国人かX国人だった。
どうして、お寿司屋さんなのに、ここは日本人がいないのか。
味は悪くないけれど、そういうところが、なさけない。
4月21日 水曜日

結局、鍾乳洞へ遠出するかわりに、バーミヤンで朝ごはんご、近場のとげ抜き地蔵と、
染井温泉で済ませてしまった。ドイツ人は観光をしたので喜んでいた。
私は疲れ果てて、もう起きていられない。
4月20日 火曜日

ドイツ人合気道と、三人のフランス人と一緒に例の住友ビルの食べ放題でお昼ごはんを食べているうちに
明日、鍾乳洞へ行こうということになった。さっそく、山崎酒屋にお昼ごはんの予約:042-596-0407
今日はお稽古がないから、1日中、ずっと執筆できる。どのくらい進めるだろう。
早く歴史を終わらせてしまいたい。
4月19日 月曜日

郵便局、銀行、保健所、税務署、東急ハンズ、これらを全部まわる。
たまにこういうことをすべてやる日が必要。
案の定、電気の傘を間違えて買ってしまった。
黒と言う字を読まずに持って来てしまったから、大失敗。白を買うべきだったのに。
まあ、仕方がない。取り換えに行かないと。
歴史の記述がどんどん進んで嬉しい。
たくさん睡眠をとっているから、効率がいい。
4月18日 日曜日

ルーテル教会の後、南榎の家のベランダから、つたをからませるための、竿にひもを結びつけて下す。
さあ、今年も夏には、朝顔を何本か植えよう、そして、たくさん花を咲かせよう。
昨年は、紫と白の2本だけだったけれど、今年は竿を増やしたから、もっと植えても大丈夫。
それにしても、ブーゲンビリアは、もう枯れてしまったのだろうか。
その代わりに、あの、枯れたかもしれなかった、連翹から、どんどん黄色い花が咲いている。
連翹はいわば、私と祖母を繋ぐテレパシーの中継所のような存在なので、咲くと本当に嬉しい。
心が通じているのを感じる。
4月17日 土曜日

エパタ教会が気になるけれど、私にはどうしようもない。
4月16日 金曜日

お稽古しながら「天皇のロザリオ」の話をする。
4月15日 木曜日

ドイツ人合気道が到着。
信じられないことに、牛込柳町でタクシーを降りて、道順を聞いた相手が、うちの隣の人だった。
この広い東京で、たまたま
私の隣の人に出会って、助けられて一緒にイタリア・レストランで私を
待っていてくれるなんていうことが起きるのだと、その可能性に驚愕した。
これこそ、神様のなせる技だとつくづく感謝する。
私が教会のこと、神様のこと、クレーマー女史やプリシアさん方のことを、いつも心に抱いているから
みんなで私を守って下さるのだと思う。
4月14日 水曜日

リュドヴィックに「カッパドキア」の原稿を添削してもらう。
やはり、思ったとおり、バンジャマンにやってもらった原稿は、最終稿にもかかわらず、あまりにミスが多い。
自分で聞き取りと書き取りをしていて変だと思いながらやっていたけれど、なにぶん、フランス語の
根本的な文法知識に欠けるものだから、変だと思っても、どこかどう変なのか具体的にわからなかった。
今回、このような機会を得て、本当に良かった。
これも、リュドヴィックが、ある日来てくれたお陰。
神様は、私が自然とフランス語の実力を上げられるように、ご配慮下さったのだと感謝している。
とにもかくにも、書き取りは毎日やらないと。
4月13日 火曜日

イタリア人ロック・グループ3名と、そのうちの1名の母親、計4名のイタリア人たちを連れて、住友ビルに
お昼ごはんを食べに行く。
気持ちの良い人々。
もう一人のメンバー、ボーカリストは数日遅れの来日とのこと。
4月12日 月曜日

ケベックの人が入居。
さわやかな人で嬉しい。
喜んでくれる人がいるのに、どうして、喜ばないで文句ばかり言う人がいるのだろう。
文句を言う人は嫌いだと思わずに、文句を言われるような原因をつくったこの私が悪いのだから、
文句を言われないようにするには、どうしたらよいかを考えて直していきたいと思う。
もし5つ星のホテルへ行ったら、そういう人たちは文句を言わないはず。
ここは、1つ★だから、すごいことはできないけれど、それでも、前より進歩している。
昨年から今年にかけての設備の向上は素晴らしいものがあると自分でも思う。
最高のものを、最低の金額で提供できれば、何も文句はあるまい。
相手が何も文句を言えないくらい素晴らしかったら、私の勝ちだ。
4月11日 日曜日

ルーテル教会の後、神様のお庭の清掃をする。
イタリア人ロック・バンドの家に掃除機を届けに行ったら、みんなで大掃除をしていた。
いまだかつて、これほど徹底した掃除はこの家では行われたことがなかったから、本当に感動した。
いるのだ、こういう人たちが。
才能があり、ビジネス感覚にも優れて、日本で30回のコンサートをする契約を取っていて、大使館の文化担当官とも
時前に連絡をとっている。
神様、このような素晴らしいアーチストと出会えたことを感謝いたします。
4月10日 土曜日

真夜中にイタリア人ロック・バンドが到着した。
中国航空が10時間くらい遅れたとのこと。私は驚かない。
そんな国に質を期待するのが、間違っているのだから。
以前いたスェーデン人パンク・バンドと正反対。
教育を受け、インテリで、英語のスペリングも間違えず、先の尖った蛇やワニの革の靴を履いていなく、毛皮を着ないで、
下の洋服も赤や黄色オレンジやピエロ服みたいな配色のものではない。
そうか、いろいろなバンドがあるのだと思った。
4月9日 金曜日

ドイツ人とお昼住友ビルの食べ放題に行く。
久しぶりに一緒に食事をするが、甲殻類は顔ににきびができるから食べないというところは、ぜんぜん変わっていない。
イギリス人が朝1時間だけで投げた清掃を、ルーマニア人が丹念にやってくれた。
天使のような人だ。妹さんが聾唖者だという。
ふと、プリシアさんのイメージと重なった。
4月8日 木曜日
住友ビルの「ギャルソンパブ」へフランス人二人と母の4人で行く。
プログラム構成は前回よりいくらか良くなっているけれど、でも、まだ下品な場面が多すぎて
私は演出に知性や品格が感じられないから、ここの系列のものはちょっと。
どの人がニューハーフかわからず、これでは意味がない。
ニューハーフを中心にして、女性ダンサーをバック・ダンサーとして使えばいいのに。
紹介も女性ダンサーはひとりひとり名前を呼ぶ必要はなく、十把一絡げで、ギャルソンパブ・ガールズで
十分。男性ダンサーをその次に、ギャルソンパブ・ダンサーズとして固有名詞なしで、紹介し、
最後にニューハーフを固有名詞と共に紹介すべき。
この人たちこそが商品かちなのだから。
女性や男性ダンサーは取り換えがきくけれど、ニューハーフは絶対数が少ないから商品価値。
男性ダンサーはひとり、ちゃんとした二枚目を入れた方がいい。
背が高く足の長い、白人ダンサーが望ましく、カッコいい場面を全面的に担当してもらう。
今いる二人は、赤い金太郎や、ハイスクールや、鉄腕アトムなどの下品な場面を受け持ってもらい
区別をつけた方がいい。
普段服で登場する臭い場面はどうしても堪えられないので、カット。
フィナーレの後の喋りが長すぎる。
出演者をコケにしたような紹介の仕方は、ショーの品格を貶めるだけだから、わざと人を悪く言う必要など
ない。それから、一番大切な商品であるニューハーフが一人やめるなどということは、口が腐っても
言うべきではない。それは、大変なダメージであり、ショーの商品価値の低下なのだから。
ムーランルージュがいちいち出演者の紹介などするか。
なんで、ビザがおりないような、第三世界を当てにしているのか。
ちゃんとしたヨーロッパの国からニューハーフのダンサーを呼べばよいではないか。
ニューハーフのレベルを高くして、前面に押し出さないと、ここのショーはジャズ・ダンス教室の
公演っぽくていけない。
本日、連れて行ったイスラム教徒に豚肉の代わりに鶏肉を出した対応の良さには感謝する。
これで友人を怒らせなくてすんだ。
4月7日 水曜日

忙しいから、最近なるべく代稽古を頼むようにしているけれど、それでも、たまに自分でお稽古を担当するのは
とても大切なことだと、つくづく感じた。
4月6日 火曜日

さわやかな中国人の子供は、将来中国大使になって、中国のイメージを変えたらよいと思ったけれど、
子供に政治経済や法律などを学ばせてつまらない人間にしてしまうより、人の前で喋るのが好きなら
お芝居やミュージカル、アナウンサーにでもなればいい。
親は子供に理数系へ行けとか法学部へ行かせようとするけれど、面白いのは、文学をやった人、
考古学をやった人、あまりお金いにならない、世の中の政治経済ととんと縁のないような、
どうでもいい勉強を真剣にやった人。
縄文人を自負する父のおもしろかったこと。
理数化の父親を持ったら、今の私はないだろう。
4月5日 月曜日

最近は原稿がよく進んでいる。
勉強することが多すぎて日々の雑事ができない。
4月4日 日曜日

今日は朝のルーテル教会の復活祭、それから、はしごして、エパタ教会へ行った。
1日で教会をふたつ、はしごしたけれど、まあ、復活祭だからいいだろう。
「食の安全で閣僚級定期協議、日中が覚書締結へ」なんて見出しがニュースにあったけれど、
毒入り餃子や、寄生虫のタマゴ入りキムチ(韓国産も寄生虫のタマゴがあった)を考えると、
X国から食品を輸入する必要はないように思える。
日本の生産者から購入すればよいではないか。
安全を考えると、X国からの食品は、輸入するのをやめて、安全な食品をX国に輸入してもらう方が
よいのではないだろうか。
4月3日 土曜日

美容院の帰りに、久しぶりにツタヤへ行った。
ゆっくりいろいろ見ていたら、雨になってしまい、急いで戻る。
それから遅く来た人のお稽古。
明日の着物を揃える。
昭和天皇崩御の時に開いていた三越で買った反物だから、しっかり覚えている。
1度しか手を通していなかったので、二部に分けて切って直してもらったので、今度は着る回数が
増えるだろう。
4月2日 金曜日

ドイツからまた弁護士が到着したので、案内する。
自転車で行かれるような荷物の人は助かる。
あそこの庭は花を植えたので本当にきれいになり、今年は、早めに竹の棒を用意して、蔓ものを植えたい。
アロエをもう少し神楽坂から持ってきてもいい。
あそこでは、アロエはかなり邪魔者扱いされているようなので。
4月1日 木曜日

中国人の少年がお稽古に来て、あまりの好感度ぶりに、私は感銘を受けてしまった。
これまで、政治も、社会も、地理も、歴史も、食べ物も、性格も、製品も、オリンピックも、
なにもかも、中国と名がつくだけで一歩引いてしまっていた私だったが、この天使のような10歳の
子供と一緒に1時間お稽古しただけで、なんだか中国も悪くないと思うようになってしまった。
両親とも中国人でありながら、こんなに心の素直な、可愛い子供が育つのだ、もっとも、この子が
生まれたのは日本だけれど、この子は、私の認識を変えてしまった。
折しも、今日スウェーデン人と住友ビルの例の店で昼ごはんを食べて、一緒にさんざん中国を
批判してきたところだった。
そのスウェーデン人も思い切り中国が嫌いなので、中国のグーグル問題や、その他食べ物などの
ことについて話すだけで、お昼ごはんの時間中もってしまうくらいだったのに、その数時間後
もう私は、これほど、さわやかで、好感度の高い少年を育てた中国人の家庭とは、どのように
楽しい、明るい、素敵な家庭なのだろうと思った。
日本人の子供でも、あまりお話しをしない、おとなしい(というより暗い)子供にかなりたくさん出会った
けれど、この中国人の子供の、天真爛漫な態度はなんなのだろう。
こういう子供が大人になったら、どれほど中国は変わるのだろうと思ってしまう。
中国語、日本語、英語ができる子供で、反応が早く、どんどん吸収していく。
頭の回転の良い子だと、感心してしまった。
こういう子供が上達するのを見るのは本当に楽しいことだ。
3月31日 水曜日

フランス語を聞いて毎日少しづつ書いていたら、だんだん、綴りをあまり間違えなくなってきた。
はじめの頃は、まったく聞けなかった音も、少し聞き取れるようになり、意味がわかるようになってきた。
もっとも、ルーテル市ヶ谷に掲載された、自分のエッセイをフランス語に訳したものを、バンジャマンに読んで
もらって録音しているだけだから、理論的には、意味がわかって当然なのだ。
あれ、フランス語を書くって、昨年はもっと難しかったのに、今の方が簡単になっている、これはいい兆候だ。
私もまんざら捨てたものではない、今、まだ成長しているのだ。
昨日より、今日の方が少しは良くなっているのだ。
そして、明日はもっと良くなるために今日を一生懸命に生きているのだ。
これは続けよう。
最近、フランス語で来たメールにはフランス語で答えているけれど、これも、恐れずともかく使うようになったことが
幸いしている。
3月30日 火曜日

昨日も今日も、新宿法務局に会社の登記簿内容変更の手続きに行く。
一度でちゃんと直してくれればいいのに、本日行くと、前回言わなかったことまで直される。
どうして、最初から言わないのか。
そのたびに違う人が担当しているものだから、言うことが違う。
共通の見解とか、きまりというのはないのか。
お百度参りをさせるための、方策として、わざと、意地悪をしているのだろうか。
今、何時代だと思っているのか。
3月29日 月曜日

お稽古の後、高島屋10階のファイラーに小銭入れを買いに行く。
スロヴェニアでというよりは、すでに、イタリアのアヴァノの温泉で失くしたような気がするけれど、
小銭入れなしで、大きなお財布だけでやってきたけれど、やはり、専用の小銭入れがないと、
バラバラと全部こぼしてしまったり、ふくらみすぎると、閉まらなくなったりで不便だった。
失くしたのは赤だったけれど、今度は、黒地に花模様。
大袈裟すぎなくて、これで十分。
1月に買ったショルダーバッグは、失敗だったかもしれない。
大きさは使いやすいけれど、やはり、柄が地味だった気がする。
もっとどっと派手な花柄にすればよかった。
ショルダーはグレーもあるから、もういらない。
3月28日 日曜日

教会の後、帰って来て、夕方レッスン。
最初下手でも、回数来ている人が、結局は上達するのだと言うことをつくづく感じる。

どれだけ才能があっても、顔がきれいでも、続けられる状況にない人は、結局芸事はなにも
実を結ばないのだと思う。
3月27日 土曜日

九州にはウサギ男というひどい馬鹿男がいるようだ。
xxx嬢が言うのには、九州で男と知り合い、お誕生日にウサギをもらったが、その男と別れたので、
ウサギを男に返して、自分は東京の国立大学で学ぶため状況した。
ところが、うさぎ男は、逆上して、xxx嬢に、ウサギ代として、1万円を請求したというのだ。
それだけなら、単なる馬鹿ですまされるが、xxx嬢が無視していたら、ウサギ代1万円を支払わないと
1日1万円が加算されるという旨のメールが届き、あまりに常識を逸しているので、無視したとのこと。
ところが、すでに30日経過したために、現在合計30万円になっていて、その金額をメールで
1日ごとに1万円づつ加算して、しつこく請求してくるという。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、xxx嬢は牛込警察生活安全課に相談した。
ウサギ男は、xxx嬢が4月から行く某超有名国立大学のxxx嬢の行く学部の教授に、xxx嬢がどれほど
悪い人間であるかをメールしているというのだ。
信じられない。
九州男児で、そんな女々しいストーカーがいるなんて。
私は西郷さんのイメージが強くて、すがすがしいイメージを持っていたけれど、ウサギ男の存在でそれが
ぶち壊された。
九州の警察は、学校教育は、家庭は一体何をしているのだ。
どうやったら、このような極端な性格の男が育つのだろう。
オームのなんたらも九州だったけれど、もしかして、九州はまともな人間形成をするには、
かなりヤバイ所なのかもしれない。
3月26日 金曜日

後ろと前にリュックを背負って、太って、黒を着て、眼鏡をかけて、日本のテレビを見たいという
中国系のXXXX人が、男二人で到着した。
部屋に入るなり、畳、畳とおお喜びをした。
このような人種がいるということは、世界がまだ平和な証拠だろう。
神楽坂の庭は、どんどんきれいになっているけれど、前からあった、わけのわからない色々な植物を
取ってしまったことはよくないと思う。
和私は南榎の庭に、たとえどんなに正体不明のものが生えていても、決してとるまいと思う。
私が越す前からそこに生えていたのだから、そちらに先住権があり、繁る権利もある。
毒キノコだろうが、シダだろうが私は構わない。
原生林のようなところにコロポックルがいるから、そのような日陰で、ごちゃごちゃしているところは
むしろ大切なのだと思う。
3月25日 木曜日

たくさん寝たので、肌がすごくいい。
山田養蜂からは、何度か連絡が来た。
スイスの件、うまくいくといい。
私は手伝い気持ちはあるけれど、時間がなさすぎ。
3月24日 水曜日

お昼ごはんにフランス人と住友ビルのいつもの日本料理屋で食べ放題をする。
午後からはドイツ人、フランス人、トランシルヴェニア人(この人はルーマニア人と呼ばれることをひどく嫌う)と一緒に
巣鴨の温泉へ行く。
以前から行きたいと思っていて、なかなか機会がなく、やっと実現した。
ここは昔、とげ抜き地蔵の商店街を入ったところにある薬草温泉とは違うようだ。
スイミングスクールと経営母体が同じだ。
このような施設が失われないことを祈る。
現に住友ビルの地下のプールがなくなってしまっているわけだから。
サクラ温泉というか、染井温泉は、板橋区の温泉より庭はずっと狭いけれど、都心にあるから、
行くのにはこちらの方がいい。
湯あたりをしてしまい、一瞬、脳に血液が循環せず、手足に指令が行かなくなったのでびっくりした。
熱いサウナから冷たい水に入り、そこからまた、雹の降る中を露天の湯船に入ったからだろう。
どうにかして、岸へ近づこうと最後に力をふりしぼって、手の力だけで寄って行った。
足の意識はまったくなくなっていた。
どうにかこうにか岸へ辿り着き、雹のう降る中にほてる身体をさらして体温を下げたら、どうにかこうにか
立ちあがれるようになった。
誰もいない露天部分で倒れでもしたら、迷惑をかけるので、なんとか屋内へ入る。
脱衣所へ行っても、まだ全身に斑点ができていた。
血液の循環が止まった証拠だろう。
これからは、急激な温度の変化をやめよう。
ヨーロッパの温泉だと、温度が半端だから、このようなことは起きないのだけれど、日本だと、いわゆる
中間的な温度の半端な湯船がほとんどないため、この症状になったことが何度もある。
多分、私だけではないのだろう。
あまりの温泉疲れのため、帰り道はもう、アントワネットとフランス語で会話すらできず、すべて英語になっていて、
猫に缶詰を買いにドンキホーテへ行く気力もなく、死んだように眠ってしまった。
3月23日 火曜日

セネガル生まれの人を初めて見たけれど、かなりきれいだった。
多分、フランス人と何回か混血した結果の完成品なのだろう。
男が白人で女が黒人というカップルはうちにはほとんど来ないけれど、こういう例もあるのだと認識。
折しもその日のBBCで、セネガルの漁業が瀕死状態であることを放送していた。
この女の人も、もしフランスへ来なかったら、これらの漁民たちと一緒にわずかな干物を作って、極貧に
堪えていたかもしれないのだ。
3月22日 月曜日

原始キリスト教の人は、私以外にも日本にいるのだろうか。
知りたいので、こんなサイトを作った。
誰かが連絡をしてきてくれるとよいのだけれど。
アラム語の教会で洗礼を受けるなどという人は、私以外にもきっといるはず。
榎の家の庭に、ピンクの紫のペチュニアを植えて、鶏糞をまいた。
アルカリ性のひどい土になっている花壇は、連翹が2つしか黄色い花をつけないほど、ひどく汚染されているのだけれど、
ハコベのようなのは強いから、どんどん茂っている。
どんなに雑草みたいなものでもいいから、そこの土が正常に戻るように、ともかく茂っていてほしい。
水を含まず、砂のようになって表面が乾いてしまうひどい土と1年闘って、ここまでやってきた。
サボテンのように下等な種類には、あまり問題ないようだ。
3月21日 日曜日

信じいことだけれど、ルーテルの帰りに神楽坂へ寄り、榎の家へ行こうとして、エパタの前を通り過ぎたら、なんと
門が開いていて、黒い車が停まっていた。
中へ入ると3名の方が。
そのうち1名は女性牧師の方だった。
XXXさんから連絡は受けていたけれど、ついに、西山氏は辞めて、エパタはゼロ似戻ったようだ。
教会のお庭に植えた連翹が素晴らしい黄色い花をたくさんつけていた。
やはり、神様のお庭だから、そのように育つのだろう。
隣に植えたグレープフルーツは、2メートル近くになっていて、種から育てただけに、本当に嬉しい。
だけれど、西山氏が依頼した植木屋が、ひどい切り方をしたものだから、庭のすべての木々が、なんとも惨めな姿。
嘆かわしい。
私が庭番をしていた頃、あの庭は本当に美しかった。
私は神様のお庭番だったのだ。
3月20日 土曜日

チェックアウトは朝11時ですと書いたものを最初に見せよう。
そうしなかったばかりに、夜8時まで居座られてしまって、料金も請求できない。
これが中国人でなければ、そういう問題も起きなかったのだけれど、相手が中国人だと、一体
何が起きるかわからない。
常識が通用しないから、どんな嫌なことでも、次から次へと起きてしまう。
だから、彼らは世界で嫌われる。
3月19日 金曜日

ダブルの部屋を頼んで、3名で来るあたりが中国人だ。
うちは、ダブルに3名はお泊りいただけません。
お1人の方は、お1人部屋を別にお取り下さい。
それが言えるようになったことは、成長だ。
数か月前はそれが言えなくて、泣き寝入りした。
でも、クレジットカードでデポジットを取らなかったから、またそれが失敗の原因になった。
今後は、中国人と、未婚の女性英語教師からだけは、クレジットカードでデポジットを取るようにしよう。
そうすれば、ほとんどの問題は、解決するというもの。
3月18日 木曜日

オバマを操っているブレジンスキーは、「真理を追究するタイプの知識人」は退治しろと書いている。
サブプライム問題を作り出し、本当の狙いは、プライムローンを組んだ中間層、
すなわち知的階級の処理方法だったと書いているのは、「ロスチャイルドと共産中国が2010年
世界マネー覇権を共有する」(鬼塚英昭著)の中の、「ロスチャイルドに解体されてゆくアメリカ」の章
の中ごろの文章である。
失業者や、カードローン、住宅ローンに苦しむ人々をムダ飯食いと呼んでいるそうで、それらの人々の
氾濫を恐れているため、連邦緊急管理庁FEMAに無数の棺桶を作らせて政府管轄地に置いている。
いつ使用するのだろう。
ひとつひとつは、かなり大きく、私など3、4人くらい入ってしまいそう。
でもアメリカ人は肥満が多いから、このくらいのサイズに作っておかないと入らないのかも。
S,M,Lで3サイズ作る煩雑さを考えたら、ひとつのサイズに統一した方が、処理がはるかに楽だろう。
そこで、思ったことは、日本にもFEMAの棺桶のようなものはあるのだろうか。
どこか、過疎地の山中を政府が買い上げて、合衆国のように無数の棺桶を山積みしているということは
ないだろうか。
気になったので、その件を、都庁の「都民の声相談窓口」で聞いてみることにする。
また、地震兵器ハープが今後引き起こすであろう津波などに関して、伊豆七島を抱える東京都は
どのように国土を守ろうとしているのか、それについても質問してみようと思う。
どんなお返事か来るかとても楽しみ。
でも、無知で日和みな職員はきちんと答えるどころか、無視するかもしれない。
3月17日 水曜日

「もう新書調の「なぜうんたらかんたら」はやめていただきたい。
ずっと残るはずの名著が一過性のものと同じ扱いになってしまう」という評価が、「ハチはなぜ大量死したのか」
(ローワン・ジェイコブセン著)の本のところに出ていた。
非常におもしろい意見だと思う。
そう言えば、玉川学園中学部1年生の時の社会で、研究発表の時は、「なぜなんたらかんたら」というような題名に
しなさいと、指導されたことを思い出した。
そうか、新書というのは一過性なのか。
今日は昼間ずっとお稽古だったので、今夜中の3時半になっても、まだ肝心の執筆が開始できない。
今夜はもうだめだ。明日にしよう。
3月16日 火曜日

山田養蜂にスイスの養蜂産業とのタイアップを提案したけれど、お返事が来るかどうか。
山田養蜂の商品がすごい。イメージが素晴らしい。
スワロフスキーで赤いイヤリングを買った。
このシリーズは、小さめで地味化もしれない。でも、ここのお店のは、小さいか、ものすごく大きいかしかなく、
中途半端な大きなの物はないので、まあ、いたしかたない。なんで、こんなに変なデザインのものを販売しているのといいたくなるような商品も多々ある。それら変な物を作った人たちは、私はジュエリー・デザイナーですなんて、威張っているのだろうか。悪趣味のものが随分ある。革でしばるものは、私は買わない。安っぽいし、汗で臭くなるから。それに、切れることだってあり得る。これまでに、いくつもスワロフスキーを失くしたので、
今後は、保管場所に気をつけないと。
3月15日 月曜日

現在28人分の寝具を用意してある。
空いているのは一人分だけ。
母のところへ行って、1組借りてくる。
掛け布団が手に入って助かった。自分の手作りの布団カバーだった。
そうか、以前母が具合を悪くした時に、母のところへ持って行ったのだった。
必要な時に、欲しい物は案外近くに用意されているものだのだと感じた。
3月14日 日曜日

朝は教会、フランソワも来た。
先日の浴室工事の集金。335,685円というのは、安いのだか高いのだか。
3月13日 土曜日

お稽古のあと、修君が「剣岳」のDVDを持って来てくれた。
これは名作。
久しぶりに感動して泣ける映画を見た。
これはすごい。
日本のイルカ漁叩きが、オスカーを取ったようだけれど、日本のこのような良い映画を世界に広く
公開することによって、日本人の高貴な心意気を世界に知らしめたいものだ。
3月12日 金曜日

美容院。
帰りに東急ハンズでロールカーテン(薬王寺用)を注文。
3月11日 木曜日

イスタンブールの原始キリスト教教会のヤカン先生に復活祭のお祝いをお送りしようと思って、お手紙を書く。
99%がイスラム教の国で、ほんの1%のキリスト教系住民として、キリスト教徒はなんという肩身の狭い思いで
生活をしていることだろう。
それもこれも、オスマントルコがコンスタンチノープルを陥落させることを、ヨーロッパ社会が許してしまったからに
他ならない。
誰が多勢に無勢で戦えるだろうか。
ここのキリスト教徒は、アラム語を母国語とする原始キリスト教徒と、カトリック教徒、アルメニア人やギリシア人の
正教会の人々も含む。
細かく分けたりしないで、一丸となってキリスト教徒としてのアイデンティティをぶつけたほうがよいだろう。
新しくできたキリスト教の各派が、世界中で華々しく活動しているのに、どうして、2000年前からずっとひたすら
オリジナルの地でキリスト教をやってきたこの人たちが苦しまないといけないのはどうしてだろう。
そして、どうして世界のキリスト教徒はこの人々を助けないのだろう。
電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、みんなみんな、ロスチャイルド一族が原因なのだろうか。
3月10日 水曜日

1日に自分で4レッスンやると、他の仕事が何もできなくなってしまう。
アパート業務の作業はできても、執筆の仕事のように頭を使うことができない。
シーツ取り替えるくらいなら、あくびをしながらでもできるけれど、執筆は全神経を集中させていないとできないから、
最高のコンディションを自分で作りださないといけない。
だから、1日のうちに何度もあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしていてはだめだ。
出たらすべての用事はそこで済ませる。
余計なエネルギーは一切使わない。
近所にもっといいお店があればいいのに。
新鮮な野菜が手に入るようにすいるためには、やはり熊本県の菊池から野菜を送ってもらうようなことをしないといけない。
菊池の農家で取れたニンジンを細く刻んで食べてみて、野菜はなんて素敵なんだろうと再確認した。
でもこの感動は、近所でかった野菜では得られない。
3月9日 火曜日

夕方雪が降って、少し空気がきれいになって嬉しい。
アルゼンチンから合気道の人が到着して、榎ハウスに連れて行く。
ここはあまりにも暖房が非効率的。
さっそく工事を入れて、内扉を取り付けないことには、暖かい空気がすべて外へ流れてしまう。
それに、食堂の窓。障子を取り付けないと。
3月8日 月曜日

山田養蜂場のロイヤルゼリーを飲みだしてから、身体の調子がいい。
疲れないので、夜遅くまで執筆できる。
仕事がはかどって、どんどん先へ進むことができる。
そうか、そういうことだったのか。
女王蜂のように、良いものを身体に摂り入れている人がいる人が良い仕事を残すのだ。
ところで、フィリピン人が日本に来られなくなった理由は、フィリピンがアメリカ主導のイラク戦争に積極的に
参加しなかったため、アメリカが怒って、日本にフィリピン人にビザを出さないように要請したというのだ。
フィリピン人が来られないのは、普通の日本人にとっては別に困ることではない、フィリピン・パブが減ったからといって
どんなマイナスがあるというのか。
だいたい、戦いの場で、フィリピン人兵士が役に立つのだろうか。
いてもいなくても、戦局に大きな違いがないように思える。
戦争に拠出金を出すわけでもないだろうし、あまり役に立たない国だから、アメリカが懲らしめたのだという。
これでは、日本のオカマ・キャバレーは成り立たないけれど、日本人が頑張ればいい。
ただし、ロシア人が入って来ないのはとても困る。
常に新しい若いロシア人が必要だから、もう、全体的に歳をとってきてしまって、今後業界はどうなるのだろう。
3月7日 日曜日

教会へ行ったら、先週も来たルーマニア人の友人が大阪大学に留学しているルーマニア人の友人を連れて来ていた。
おかあさんがユダヤ人で、お父さんがキリスト教徒と言っていたけれど、ユダヤ教は母親経由で
伝承されていくから、この人は将来どうなるのだろうと思う。
ユダヤ教をやめて、キリスト教1本にできないのだろうか。

それにしても、中国系マレーシア人は、どうしてこうも、できない、わからない、誰も教えてくれない、
捜せなかったなどのネガティブな表現が多いのだろうか。
これまでに出会った中国系マレーシア人で、ちゃんとした人は一人もいなかった。
いくら英語が話せても、根本的な精神が腐っている土壌だから、まともな人間が育たないのだろう。
中年女性のマレーシア人など、うちのどのアパートに泊っても、他の住民からうさんくさがれて、
敬遠されていた。
国中全部がそういう人ばかりなものだから、いくら高いビルを二本建てたところで、世界から
まともに扱われないのだろう。
当分オリンピックも開催できないだろう。
3月6日 土曜日

バンコクの由美子さんから、二部式に作りなおした着物が届いた。
お花見にどうぞなんて書いてある。
新宿御苑で猫を失くして以来、私はお花見に罪悪感があり、行かないことにしている。
お花のそばを通り過ぎることはしても、みんなを集めて、ピクニック形式でというような大掛かりなことをしていない。
だからこの着物も、お花見というよりは、教会かな。
他の場所はそんな悠長な格好していられないから、洋装になってしまう。
3月5日金曜日

5歳の子供に、マリカ・メソードで、ドイツ語でカウントさせながら踊ったら、ちゃんとできた。
日本語や英語で数えてもできない大人には真似のできないこと。
頭の回転は、訓練しないと働かないから、この子供は本当にラッキーだと思う。
誰もがこのようにお稽古おする条件にいないから。
どうしようもない鈍い人たちというのは、本当はいないのだと思う。
これをするだけで錆が落ちて、どんどん頭の回転が良くなり、目から鼻へ抜けるようにいろいろできてしまうのだけれど、
それをする機会に恵まれていないだけなのだと思う。
信じられないくらい鈍い人が、どんどん動けるようになり、性格も変わり、社会での扱いも変わってきたのをさんざん
見てきたから、私はこれは私の社会に対するご奉仕だと思っている。
マニュアル化してフランチャイズする気もないし、そんなことできない、だって、カスタマイズされて行っているから。
3月4日 木曜日

先日帰国した三つ子のスウェーデン人と一緒にバンドをしているギターのスウェーデンを連れて、西口の住友ビルへ
食べ放題に行く。
田舎で育って、学校へ行っていない子は、本当に視野が狭く、知識も乏しく、将来どうするのだろうと心配になってしまう。
それに比べてベルリンやフランクフルトの大都会で育ち、最高の教育を受けたファビアンニコたちの何とおもしろいこと。
この世界には、多分、このスウェーデン人のような田舎っぽい人の方が多いのだろう。
私がたまたまそれらの人々とこれまであまり接する機会がなかっただけで、圧倒的多数の人々はこの部類に属するのだと思う。
これなら世界を人間牧場にして支配しようなどという間違った認識を、イルミナティに与えかねない。
だから、イルミナティを勇気づかせてしまわないためにも、人々が一丸となって知識を増やす、視野を広げるなどの
一大啓蒙運動をしなければならない。
3月3日 水曜日

踊りのお稽古を終了すると、リトアニア人が18名到着していた。
リトアニア人をこんなにたくさん一度に見たのは初めて。
純朴な感じで、気の毒なほどおどおどしていて、いい人なのだろうなということは感じる。
ソ連の元で教育を受けたから、飯のタネにもならないロシア語しか一般的な言語は話さず、あとはリトアニア語だけ。
これでは今の国際化社会に生きていけない。
イルミナティのいい餌食となるだけだから、自己防衛するためにも、国際語教育に力を入れないといけない。
本来イルミナティが共産ソ連を作った理由が、監獄国家造りだから、イルミナティの体制にとって不要だと思われる知識を
国民に与えないことにあった。
だからこそ、私たちは、国が義務教育として与えてくれる最低の知識以上のことを、自分で学ばないといけない。
そうしないと、集団農場で文句も言わず、もくもく働く人間家畜になってしまう。
18名のうち、英語の話せる人はわずか2,5名だろうか。
18名分の布団と敷布、布団カバー、バスタオルなどを用意したので、明け方5時までかかってしまい、それでも終わらなかったため
夕方どっと疲労が出てしまい、勉強どころではなくなってしまった。
3月2日 火曜日

マリカ・メソードはなぜ生まれたかといったら、私は複数の人に対する言葉を持たないからだと思う。
私の言葉は、個人に対するものであり、一人一人に対して語る違うメッセージだからだ。
非常に個人的なものというのは、普遍的にはならないし、その人一人にしか有効ではない。
しかし、これの強さを知っているから今日もマリカ・メソードでレッスンというか、治療をしているのだと思う。
たぶんこれは、治療と言うよりは、自然治癒の手助けと言った方が適切かもしれない。
だから、治ろうとする意欲のある人により効果的に効く。

ところで、地震兵器について教えた人からこんな返事が来た:
「動画見ました
ニュースにならない闇が人知れず 動いているのですね
大変興味深いお話でした
地震が作れる
行き過ぎた化学の進歩が後に人類を滅ぼす気がします
送信でかなかったこと追々検証してみます」
3月1日 月曜日
昼はスウェーデンの三つ子と住友ビルの49階で食べ放題。
エビのてんぷらを食べすぎてしまった。
揚げたてで、さくっとして、ああ、おいしかった。
都税事務所へ行ったら、固定資産税が思いのほかまだあって、分割で払わせて下さいと頼む。
そうか、昨年1月1日現在の所有者に請求が来るので、こうなるのか。
でも、今年の4月からは、金額がぐっと減る、良かったのか、なんなのか。
多分良かったのだと思う。
減るのは固定資産税だけではなく、住宅ローンがなくなったのだから、それだけでも大きな違い。
やっと罪悪感なしにスワロフスキーが買えるようになった。
でも、だめ、私は。どこかに置いたりなくしたりするから。
税務署へ分割願いをしに行くというのに、税務署へ行く前にスワロフスキーへ行って、クリスタルのイヤリングを買ってしまった。
こんな人相手にするわけだから、税務署の職員も大変だ。
自分への給料の一部を現物支給していると考えればいいわけだから、月にひとつスワロフスキーを買うのは許されると思う。

晩御飯は、別のスウェーデン人と中華料理。
ところで、熊本県の菊池村に、竹炭米と古代米を注文したら、
>古代米は黒米赤米青発芽玄米、4種類、あと8種類のとどつちでしょうか
なんていう質問が来た。
うわあ、そんなにいろいろあるのですか。
おもしろそうですね。
すべて、白いご飯に混ぜて炊くのですね。
おもしろそうなので、全部少しづつ入れていただくこと、可能ですか。
試してみたいです。
縄文時代の人の食事みたいですね。
珍しいものに興味がありますから、楽しみです。
というお返事を出した。
近所の店で買ったらこういうおもしろいことはできないから、これはやはり、熊本県菊池村の、
竹炭焼き米作農家へ直接注文している楽しさだろう。


地震兵器ハープは危ないから、みんなにその脅威を知ってもらわなくては。
  
2月28日 日曜日

チリで起きた地震もXXXXがHaapを使って人為的に起こしたのだろうか。
あの人たちならやりかねない。
なにしろ、貧乏国を地震被災地にしてしまえば、あの人たちの目的に早く到達するし、復興ビジネスは
米国の不況改善になる。
ハイチ地震は完全に、あの人たちのしわざであることが、世界的に公表されているので、生徒に教えたら返事が来た:
ニュースにならない闇が人知れず 動いているのですね
大変興味深いお話でした
地震が作れる行き過ぎた化学の進歩が後に人類を滅ぼす気がします」

教会へ行く時、東京マラソンをやっていた。
自転車で行って正解。
だれて、歩いている人もいた。
ちゃんと走れと言いたい。
ルーマニア人とドイツ人も一緒に教会へ行った。
お昼はちらし寿司をいただいて、お雛祭りの気分で嬉しかった。
あとで、オーストラリアが来たけれど、この人のさわやかさは、ルックスを超えている。この人の甥もすごい。
2月27日 土曜日

踊りの歴史のひとつひとつの項目を、本当の歴史の中で位置づけようとすると、うーん、いろいろ見えてくるものがあって
おもしろい。
それにしても、太田龍氏の業績は素晴らしい。
氏の著作がなかったら、私はどれほど重要な情報を逃していたところだろう。
時が経つのも忘れて自分の仕事に取り組めた。
2月26日 金曜日

ブルネイ人が来た。
こういう国籍の人は、うちのようなところへは来ないで、新宿西口にある大きなホテルに泊まるのだろうと思ったけれど、
ブルネイ人の中にもいろいろいるようだ。
石油で潤っていて、税金の徴収もないと聞いていたので、国民すべてが富豪だと思っていたけれど、多様だということが
わかっておもしろい。
でも、伊勢丹でいろいろ買い物をしたみたいで、日本経済に貢献してくれて、ありがとうございます。
伊勢丹で買い物をするような外国人観光客にどんどんいらしていただきたい、日本でございます。
2月25日 木曜日

朝から浅草へ行って、小道具や着物類を見て来た。
秘密でスクーターを駐輪できる場所を先月発見したので、こういう時にとても便利。
おどろおどろしていておもしろいのは、やはり、靴鞄製造者の卸店舗一帯。
でも、私はほとんど靴を使わず、ブーツはバンコクのアソークのブーツやで誂えるから、靴を買う必要がまったくない。
買っても履く時がない。
先月スロヴェニアでお散歩用に数日履いたショート・ブーツに、瞬間接着剤で量足総計200つぶくらいのクリスタルビーズを付けたら、
夏用のキャンパス地のサンダルと違って、こちらはうまくいかなかった。
ビーズの後ろが濁ってしまうのだ。
やはり、このデザインだと、密着していなく、空気が入るからだろうか。
ともかく1足だめにしてしまったから、歩くための靴を買うのはいいかもしれない。
でも、いつ歩くの。
歩くの一番嫌い。
エネルギーがもったいない。疲れる。

ところで、トヨタの社長を針のムシロの上に座らせて、みんなでいびろうなんていう、さもしい魂胆のアメリカ議会がなんだ。
トヨタの社長は日本株式会社の社長、日本の繁栄の誇り。
社長の名誉を傷つけたアメリカは、日本人の顔に泥を塗ったのと同じこと。私たちは許さない。
この借りはいつか返すことになる。
2月24日 水曜日

私は熟睡してしまい、朝起きられなかった。
動きはセンスだから、大人になったらもう身につかない。
順番はできるけれど、表現はできない。
そういうものなのだろう。
ものすごく気分にムラがあり、はきはきしていて、頭の回転が良い子と、反応がまったくなく、顔の表情も乏しく、生命力そのものが
少ない子の両方を見たけれど、大人になるとなんとなく平均化されてしまうのだろう。
前者も後者も社会の中で、それなりの役割を与えられる。
フランス人のアンソーと温泉に行こう行こうと言っているうちに、明日はすでに退出日になってしまったので、温泉は行かずじまい。
前回は、メキシコ人3名とアンソー、私の5名で、聖蹟桜ヶ丘の温泉に行ったけれど、そういう機会を私はもっと
積極的につくらないといけない。
私にとっては、ああ、またあの温泉かもしれなくても、この人たちにとっては、かけがえのない、唯一の温泉になるかもしれない。
たったひとつの思い出をつくってあげられるかもしれないのだから、私はぼうっと構えていられない。
ところで、フランス人の美術モデルでヌードをしていた子が、某大使館で勤務していると聞いて安堵した。
どんなアフリカの最貧国の大使館だって大使館には変わらないのだから、ヌードよりずっといい。
2月23日 火曜日  

朝、メキシコから電話があり、打ち合わせをする。
このような機会を私に与えて下さる人との出会いをご用意下さいました神様に心から感謝いたします。
夜は、ドイツ人と三丁目の魚や一丁へ行く。
茶碗蒸しが再開して嬉しい。
当時と同じ大きな器だ。
三人前くらいある。
一時期亡くなっていたのが信じられない。
ドイツ人は4日後に帰国するから、今夜が最後なので、クリストン・カフェへ行く。
最初に来た時の感動はもうないけれど、ほとんどすべてのお友達と来た気がする。
2月25日 月曜日

神楽坂にフランス人が二人入居。
ものすごく親切で、私におせんべの詰め合わせを持って来てくれた。
しかも、明日から京都へ行くというのに、今日から入居した。
普通、外国人旅行者は、東京を離れている間は、宿賃を払ったりしない。
二重払いになってしまうから。
だから、この二人は本当に天使のような人たちだ。
2月25日 日曜日

教会で、来月の最終日曜日に聖書朗読と言われる。
前回やったのが、昨年の最終礼拝だから、3カ月ぶり。
帰って来て、お稽古。
一度見て覚えられない人が多いのは、これは、ある細胞を数十年にわたって、使わないままにしておいたからだと思う。
その神経をしょっちゅう使っていたのなら、その能力があるはずだけれど、まったく使わないで、毎日のように
細胞が生まれては死んでいくままにしておくのは、なんというもったいないこと。
オーストラリア人に神楽坂の家を見せたら、いたく気に入った様子。
そうか、これは単なる古い汚い家ではなく、建築的に見れば、非常にキャラステリスティックな魅力的な家なのだ。
そのように考えればよいのだ。
その後オーストラリアと中華料理を食べたけれど、あそこのお店は割引クーポン券をくれなくなったからおもしろくない。
2月20日 土曜日

久しぶりにだいちゃんのお歌のお稽古をする。
夏の頃、5度まで出ていた声が、なんと、まったく音階を失ってしまっていた。
どうして数カ月でこんなになってしまったのだろう。
足を怪我しているので、今日は柔軟と歌を中心に行う。
ひとつの音しか出ないのを、なんとか2度にする。
そして、何度も何度も挑戦して、最終的には、3度出るようにする。
でも、毎回確実に出るというわけではなく、その時によって異なるから、一定しない。
ともかくまぐれでも、一回はできたのだから、それでいい。
まぐれでできたことが、自分の意思で何度でもできるようになったら、自分の技術として定着する。
ともかく、休まず受講すれば、絶対にできるようになる。
最近、お稽古のホームページの内容を増やしている。
書きたいことは、いろいろあったけれど、これまでやらなかった。
2月19日 金曜日

住友ビルのギャルソン・パブにショーを見に行った。多分15年ぶりくらい。
以前見た時、どうして、こんなに長いのだろう、どうでもいい繰り返しが多い、品がない、
安っぽい衣裳の場面が多い、音がうるさい、衣裳が違っても動きの種類が同じ、
出演者が日本人だから違和感があるなどの感じがしたのを覚えているが、本日行ったらやはり
基本的にはあまり変わっていなかった。内装は変わっていたけれど。
店長という男性ダンサーは本当に上手で、この人だけがプロという感じだった。
洋舞も上手いし、日舞もかっこよかった。
女性ダンサーがバレエ・スリッパで出て来るのに、店長はちゃんと足袋を履いて、重心もきちんとしていて
回る時など、膝の曲げる角度が非常にきれいだった。
きちんとお稽古した人はやはり、違うなと思った。
この人だけは良かったのだけれど、ここのショーがなぜ変かというと、構成に、文化とか心とか
洗練とか品位とかが見えないからだと思う。
しょっぱなから和風で始まっても、踊りそのものはジャズ・ダンスで、
ラテンの音楽で衣裳や小道具があっても、
アラビアだかオスマン・トルコだかの場面でも、踊りは結局ジャズ・ダンスで、
結局踊りのボキャブラリーの狭い人がこれもあれもつくるものだから、衣裳や音楽を変えても
結果的には同じものになってしまう。
だから、苦肉の策でお笑いをやろうとしても、下品なだけでお笑いにならない。
かといって、セクシーで迫るほどの女性の人材が2人しかいなく、あとの女性はいまいちで、
お面をしてもしなくても狐のような顔の人や、朝X半島系の顔や、
化粧が徹底していない人たちばかりだから、発表会のようになってしまい、パリのムーランルージュや
リドみたいなすごいプロフェッショナルなものにはならない。
これは、ダンサーに接客をさせているから、本物のダンサーを呼びづらいのかもしれない。
ヴァイオリンの生演奏は良かったから、こういうライブものを入れると良いだろう。
それこそニューハーフのリサに歌わせればいいのに。
この人の動きがもう少しへっぴり腰から女王のようになれば、この人を上手く使えるのにと思う。
せっかくこれほど背が高く、きれいで歌える人なのに、この人の良いところを出してあげていない
という気がした。
それにしても、きたない男の裸なんか見せるより、女性をもっとセクシーに使えないのだろうか。
天井が低く、奥行きがないから、気の毒だ。
横幅を狭くしてでも、奥行きをもっと取れればいいのに。
料理はというと、マカロニがトマトソース和えなのに、魚とエビの衣揚げにもケチャップがかかっている。
4種類しか食べ物がないうちのふたつがトマトケチャップだったら、多すぎるとは思わないのだろうか。
1つは、衣で揚げずに、ただオーブンで焼いて焦げ目をつけるだけで、タルタルソースがかかっていたらもっと
さっぱりいただけたのに。
全部衣をはがす手間がかかった。
私はステーキはいらないから、レタスとホタテのオードブルが倍出てきた方がもっと嬉しかった。
まあ、料理はそれほど期待していなかったから別にどうでもいいけれど、踊りはせっかくこういう
常設上演場所を持っているのだから、もっといい内容にすべきだと思う。
これでは、外国人のお客様を連れて来ても、恥ずかしくて見せられない。
パリのキャバレーまで行かなくても、昔あったクレイジーホースや、赤坂のミカドや、
透さんの出ていたなんとかというところみたいな品がいいショーをやっていた場所はあったのだから、
そういうものを見たいものだ。
2月18日 木曜日

フランシス・ローチは新しいルイジの本に実に重要な情報を記載した。
ルイジはこういうパートナーを持って、本当に幸せ者だ。
2月17日 水曜日

牛込柳町に行く手前の弁天町の郵便局には、ひどい腋臭の職員がいて、郵便物を出す時に息ができない。
雨の日などは、湿度が多いから、入口を入るだけでもうすでにの臭いが漂っている。
みんなこの臭いが嫌だからあまりこの郵便局へ行かないため、すいていてよいのだけれど、耐えられない悪臭。
この郵便局はパスしたいから、曙橋の郵便局へ行こうかな、でも、混んでいる。、
2月16日 火曜日

ロートシルトを英語ではロスチャイルドと読ませるのは無理がある。
レッドシルトでいいのではないだろうか。
内部告発をした人(フランス人)がいるのはおもしろい。
その人は遺産をもらえないようだけれど、こういう人が増えてくれば、世界は知らなかった情報を
もっと得られるようになる。
2月15日 月曜日

世界中の至る所に地震を起こせる装置、ハープは特許を取得していたということを日本国民は
知っているのだろうか。
このような武器に特許を与えるような国とはなんという悪魔の国なのだろう。
米国を解体すべきだろう。
一度ばらばらにしてしまえ。
ソ連が15に分かれたように、各州ごとに分けてしまえ。
そうしたら、弱小集団になって、もうなにもできないだろう。
2月14日 日曜日

フィンランド人のヘッキネン牧師の礼拝。
長くいたのだから、もう少し日本語が上手くなってもよかった。
やはり先生と呼ばれる立場にいたために、逐一直されなかったのかもしれない。
2月13日 土曜日

エンジンがかかり、本に取りかかり始められたことは、本当に驚愕に値する。
これまでの遅れを取り戻そう。
毎日行う、それの積み重ねしかない。
2月12日 金曜日

海のすぐ脇あたりの神奈川県から朝の9時にスコットランド人が来る。
英語の先生にしては美人なので目が覚めた。
英語圏でしかも英語の先生をやっている人に美人はいないと思っていたので、2度びっくり。
闇の政府に対する闇の敵対勢力がスコットランドに資金提供をして、同地をイギリスから独立させて
しまったらおもしろいのに。
ついでに北アイルランドもイギリスから離脱させる。
女王はコルセットをはずされた裸体のばあさんのようになってわめき、爬虫類に変身してしまうだろう。
ところで、アフナディネジャド大統領がモサドの工作員だなんていうことをイランの国民は知っているのだろうか。
わざとアメリカの神経を逆なでするような核開発を行い、アメリカに正統的な攻撃理由を与え、イランを攻撃させ、
イスラエルもイランを攻撃し、イランとイスラエルとの戦争を発端に第三次世界大戦へ持って行き、ハルマゲドンだと
信じ込ませる。
アメリカはどうやってモサドの工作員が大統領になれるようにしたのだろう。
パーレビ国王の国外脱出の時にすでに、この筋書きは作られていたのかもしれない。
やっと今日、昨年10月分の会計資料を会計会社に送った。
このように数日に1回送り、昨年の2月分までを送ってしまわないと。
本当に昨年は何もやる気がしなくなり、骨折で開始し、不動産を売却し、読書や語学の勉強にたくさん時間を使い、
1年間休暇をとってしまったような年だった。
ここ数年で初めてそのような時間の使い方をした。
これからは会計会社と密に連絡を取り合わないといけないと本当に肝に銘じた今日この頃。
2月11日 木曜日 

朝からドイツ人二人と待ち合わせをして、朝9時45分からすでに中華料理を食べ始める。
時間が早いから、これでもかというほどは食べられない。
その後、まだ電動自転車に乗ったことがないドイツ人弁護士に私の自転車を貸し、私ともう一人の
ドイツ人は走って坂を上り、お寺の角を曲がり、元東京監獄の塀の横をどんどん走って行った。
私は動悸が早くなり、途中で歩いてしまった。
走るのは本当に苦手だ。
それから作務衣を着た写真を撮る。
ぼうっと立っているだけより、いろいろポーズをした方が良い写真になる。
ところで、その写真にウェブ・デザイナーのドイツ人が芸者の写真をごく自然に付け足したので大笑い。
こんなこともできるのか、すごい。
2月10日 水曜日

パパ・ブッシュの父親プレストット・ブッシュはナチスに融資していた銀行家だったそうだ。
ヒトラーの秘書マルティン・ボルマンやアウシュヴィッツ強制収容所の医者ヨーゼフ・メンゲレなどと一緒に
写っている集合写真が掲載されている本を持っていたのに今まで読まなかった自分が嘘のよう。
それも、アリタリアの中で読もうと買っておいたのに、なぜか、鞄に入れ忘れてしまったからだ。
人の書いたものを読む暇があったら、自分でものを書けと自分に言いたいけれど、読めば読むほど
自分の視野が広くなるから、今の状態より、明日はもっと良いわけで、良くなってから書こうとすると
どんどん遅くなる。
2月9日 火曜日

ブッシュやブレアが最近カトリックに変更したというのは本当なのだろうか。
プロテスタント右派の最たるものではなかったのか。
カトリックといっても、どのカトリックのことなのだろう。
コテコテのイエズス会のことを言っているのだろうか。
2月8日 月曜日

五歳の子供がお稽古に来た。
今週の日曜日のミュージカルのオーデションに受かりたいから毎日受講するとのこと。
毎日といっても6回でオーデションを迎えてしまう。
ともかく基礎から始める。
なにか目先の目的のためではなく、長い目で見て4歳ころから音楽や舞踊教育を開始すればよかったのに。
業界に入ってしまい、現場でそれとなく習いながら、基礎もないままやっていくのは、子供劇団の
最大の欠点だろう。
基礎のない、頭でっかちの子供になってしまう。
それを思うと平多正於先生のところの子供たちはすごかった。
年に一度の全国コンクールと芸術祭参加公演を目指して、勝つために、実力アップのためにお稽古に
励んでいたから、劇団へ行っている子供たちとはわけが違う。
本物の実力が身について、小さい子供でもシャープな動きをする。
コワイ先生だったけれど、今も正於先生に叱られないように、身を引き締めることがたびたび。
2月7日 日曜日

教会の後、城北台に寄り、買い物。猫さんにはエビを買う。
ドイツ人が来て、お雑煮と焼き魚、おしるこの夕食。
ものすごく楽しいドイツ人で、この人は頭がいい。
休暇なしに兵役に相当するシビル・サービスを短期間でやってしまったあたり、この人のすごさを感じる。
家族そろってドイツやイタリアの色々の温泉に小さいころから行っているから、いいお家の人なのだと思う。
ドイツ人の大学生で馬鹿な人にはほとんど出会わないのは、やはり、国で20%に入る優秀な頭脳だからなのだろう。
日本に来るようなドイツ人は頭がいい人ばかりになるから、結局、馬鹿でも来れるアメリカやオーストラリア、
カナダなんかと比較すると、格段に差が表れるのだろうと思う。
2月6日 土曜日

2月5日 金曜日

スウェーデン二人連れて、自転車で外苑東通りをまっすぐ、途中でナポリのアイスを食べて休憩し、
吉本のライブのため、草月会館ホールへ行く。
オフィス・マリカの連れて行った外タレは最初は必死で覚えた日本語を言っていたが、
途中から日本語を言わなくなって、喋りが全部英語になってしまったけれど、
審査委員長役のもう中学生の通訳(全然違うことを言っていた)がおもしろく、
別に問題なかったようだ。
客席で見ていて感じたことは、パンツ一枚で登場した人の3人組の踊りが大変面白かった。
振付や構成は変だったとはいえ、喋りばかりのあのプログラム構成の中にあって、新鮮な印象。
また、浮浪者の方が幽霊になって下手で寝転がって新聞を読んでいたのも素晴らしかったです。
他のグループは、立ったまま喋っているだけだったが、浮浪者がいる三人組の寸劇では
下手の幽霊が最初から高低差をつくっていたために、舞台上の人物の配置に変化ができ、
また、仲間を叩いたり、どついたりという暴力行為を行わずに、ストーリー展開のおもしろさで展開し、
その点で他のグループを大きく引き離していた。
この作品に比べれば他の作品は台本が弱いようだ。
他のグループは怒鳴っているだけだったり、早口だったり、何度も同じことをしつこく繰り返していたりして、
退屈し、途中で寝てしまった時もあった。
2月4日 木曜日
2月3日 水曜日

先月1月分の会計書類を会計事務所へ送る。
昨年分はまだ処理していないというのに。
昨年は本当にまいった。
やろうとしても全然気持ちが乗らず、とうとう年を越してしまった。
そしてなんと、1月分はすでに送付済。
毎日きちんと領収書を分類しながら生活しているとなんと楽なことか。
通帳類をコピーするだけで済む。
どうやってでもここ数日の間に、これまでの分類をしてしまおう。
雑用で外出が多くなるとおのずとできなくなるから。
吉本は東京進出した後、赤坂に構えたのに、その後2度引越しをしたようだ。
やはりルミネでやっていると、新宿に会社を構えている方が便利なのだろう。
2月2日 火曜日

自転車で皇居の坂を下るのは気持ちがいい。
特に、雪が積もっている皇居を見ながらこの坂を下る幸せは東京にいるから可能なのだと思う。
走っている人たちも同じことを考えているだろう。
鴨がたくさん泳いでいる。
空高く飛んでいるのは、あれはトビだろうか。
鷹や鳩ということはあり得ないから、はやりトビなのだろうか。
2羽が戯れながら飛んでいるところを、3羽目がやって来てちょっかいを出す。
今日の宝塚は「カサブランカ」。
イングリット・バーグマンとハンフリー・ボガードの映画を見た時より、反ナチス色を感じるのは、
変な歌がたくさん挿入されているせいだろう。
ドイツ人が見たらまず、ひっくり返る。
ナチスの軍服はもっと忠実に再現してもよかったと思う。
特にズボンのデザインはナチス独特のものだから、それを怠るとナチスに見えなくなる。
アメリカへ行くことがそれほど地下組織援助のために大切だったのだろうか。
イルミナティはもともとヒットラーを台頭させ、崩壊させることをシナリオに書いていたわけだから、
あの二人がアメリカへ行ってどうなるというものでもなかったと思うのだけれど。
二人の証言でアメリカの参戦を早めたと言いたかったのだろうか。
2月1日 月曜日

都税税務署に行く。
昨年不動産を売却したから、今年からは固定資産税が安くなる。
肩の荷が下りた気持ち。今まではこれがきつかった。
1月31日 日曜日

犯罪的な韓国教会や、危険な仏教集団にそそのかされて、うかうかと乗ってしまっているは母を
ルーテル教会の礼拝に連れて来ることはもう不可能に思える。
どうしてこのようになってしまったのだろう。
前ならそれなりに呼べたのに。
教会の後、戻って来てレッスンを担当。
この子は2年半くらい前から通常月に2回しか来ないけれど、ものすごく見せ方の上手い子で、
これは神様からいただいた贈り物。
こういうものは習うものではなくて、もとから備わっているもの。
さて、夜は三つ子たちと中華料理に行く。
私がヨーロッパへ行っている間、この子たちが猫さんの世話をしてくれていたからそのお礼。
かわいそうに、日本に来たばかりだから、いろいろな困難に直面している。
どうしてピザを3枚注文しただけで、日本では8千円するのと聞かれて、私は唖然。
本当にそんなに高いのだろうか。
私はピザなど注文したことがないからわからない。
もし本当だとしたら、相当日本に対してネガティブな感想を持ってしまっているだろう。
注文なんかしないで、松屋や吉野家、てん屋へ行きなさい、おいしくなくていいのなら、
洋食ならサイゼリアがあるとしか言えない。
三つ子はまさに神様からの贈り物。
このような存在があるということ自体、すごいことだと思う。
私はアーチストには甘いから、この子たちが掃除をしない、ゴミを出さない、だらしがないということを
知っていても、知らないふりができる。
外へ行く時とステージの上で輝いていれば、楽屋や家が散らかっていてもそれでいい。
家まできちんとしている人で本当に素晴らしいアーチストや学者などいるのだろうか。
私のまわりにはいない。
1月30日 土曜日

見事に建物の外へ一歩も出ずに1日終ってしまった。
お稽古があって、食べ物があり、精神的な活動があると、出られないものだ。
スロヴェニアで右腿の肉離れをしてからというもの、気をつけているけれど、まずい症状が出ないのは
ひとえにお風呂の湯船に浸かっているお陰だと思う。
怪我をしたあの日、浮力に身を任せながら、ひたすら泳いで1日で治してしまったあの経験は貴重だ。
水を知る者が、ことを成すのだ。
ところで、非常におもしろいタイ人のビジネスマンに出会った。
日本の新宿や銀座に中古の宝飾品を買い付けにやって来て、バンコクで売るというのだ。
大阪まで足をのばして買い付けるという。
私の感覚だと、東南アジアへ行って宝石を買ってきて、日本で売るというのが一般的だと思っていた。
新品や原石はそうなのだろう。
しかし、日本の中古品にこだわるのは、やはり加工部分の質なのだろうか。
または、偽物の宝石を掴まされるということがないという安心感だからなのかもしれない。
日本で買い付けをした中古宝石を一体バンコクの誰が買うのだろう。
外国人観光客なのだろうか、それとも一部の金持ちの自国民を対象と考えているのだろうか。
この人の英語で外国人相手の商売が成り立つのか不思議だけれど、バンコクではほんのわずかの英語で
収入を得ている人を大勢見たから、これでもよいのだろう。
私はもう宝石はつけない。
あまりに紛失が多いから。
スワロフスキーで十分。
これなら失くしても惜しくない。
すでにいくつか失くしている。
クリスタルのイヤリングをどこかで、ゴールドのペンダントと再度こぶりのクリスタルのイヤリングをバンコクで、
クリスタルのイヤリングを箱根で。
宝石のような価格ではないからあきらめもつく。
これが宝石ならずっと心が痛むだろう、父が買ってくれたルビーのネックレスを失くした時のように。
考えてみれば、これまで失くしたアクセサリーは数え切れない。
ネックレスとお揃いだったルビーのイヤリング、ジェイドのイヤリングと指輪、イスタンブールで買った
金のブレスレット、いろいろあるけれどもう忘れてしまった。
でも、もういい。考えないようにしよう。
スワロフスキーで消耗品を買えばいいのだ。
安っぽいと言えば安っぽいけれど、一か所でしか買わないから、あちこちにアクセサリーを見に行く手間が省けていい。
同じことがブーツや服や着物や鞄にも言える。
私は自分が好きなもので手に入れられる範囲のものを知っているから、もううろうろ色々なお店を
歩き回ったりしない。
もっと大切なことに時間を使いたいから。
若くて愚かだったころ、買うための時間をたくさん使ったし、もったいないと思わなかった。
それが楽しかった。
今は買うために時間を取られたくない。
1月29日 金曜日

明け方の4時まで本を読んでしまった。
だから起きるのが遅くなるけれど、宅配便でお鍋が到着したから起きる。
伊勢丹の紹介してくれた新潟県の丸山ステンレスは本当に素晴らしい会社だ。
自分の儲けには全然ならなかったのに親切に手を尽くしてくれた伊勢丹しかり。
こんなに手間のかかることを、嫌な顔せずにやってくれた。
安い商品をひとつ売る手間をかけるくらいなら、売らない方が手間がかからないぶんだけ得だとは思わずに、
小さい商品のために大の男が何人も時間を使ってくれた。
あまりに価格が安いためにこれらの人々に十分儲けさせてあげられなかった。
申しわけなく思う。
それなのに、この人たちはありがとうと言ってくれた。
これが商売というものなのだろう。
私などここらへんができていないから、サンバの羽根背負子を1着だけ借りる人には、1着だと
面倒だから貸さない方がいいくらいだなどと、平気で言っていた。
深夜の小さな番組にエキストラを一人出すくらいなら、タレントを現地へ行かせたり、請求書を書く手間が
面倒だからやらない方がいいなどとも思っていた。
しかし、そうではないのだ。
私は自分の傲慢な態度が本当に恥ずかしく思った。
丸山ステンレスに本当に教えられた気がした。
神様は私にそれを教えたくて、私がそのお鍋を注文しないといけないようにしたのだとしか思えない。
それに、そもそも恵美子さんが、電子レンジ専用の器にわざわざおいしいお料理を作って持って来て
下さったからこそ、私は今回の教訓を得たのだ。
全部の出来事が、根性が悪い私のためにこのように仕組まれていたのだと感じる。
神様、ありがとうございます。
1月28日 木曜日

雨が降っているから、空気中の花粉が洗い流され、全然鼻をかまないですむことに気がついた。
こういう天気の日は体調がいい。
でも、野外での写真撮影には不向き。
無理に撮影してしまったけれど、まあ、どうにか写っている。
室内で写すことを考えたら、ずっと良い出来だろう。
本日から作務衣をレオタード王国weboutiqueMarikaの商品として扱うプロジェクトを開始する。

まあどういうことになるか楽しみ。
良いモデルにめぐり合えたことを神様に感謝する。
私が捜したのではなくて、ある日突然先方から来てくれたのだ。
しかも、約束もしていないのに、帰国したその日にいきなりやって来た。
どうして私はこれほど運が良いのだろう。
私は合気道にどれほど感謝してもし足りない。
神様は私に必要なものを常に与えて下さる。
1月27日 水曜日

昨日のオーストラリア人が契約をした。
一緒にバーミヤンでお昼をいただく。
信じられないことに、この人は旧ユーゴスラビアの全部の国をまわったようだ。
そんな人に初めて出会った。
人はみかけによらない。非常に頭の良い、感性の良い人だと思う。
こういう人と巡り合えたのも、これも神様のお陰。ありがとうございます。
やっと名刺屋に原稿を持って行く。
以前の方法と違うやり方で作るようで、半額以下なのには本当にびっくりさせられる、
上質の和紙を使用しているというのに。
この料金でやっていただいてもいいのか、悪くなってしまう。
他にもいろいろ注文を出さなくては。
本当に狭いところでやっている。さぞかし家賃が高いだろう。
新宿1丁目の交差点のすぐそば。昔ながらの印刷屋さんという感じ。
寅さんの映画に出てきそうな雰囲気。
1月26日 火曜日

東ヨーロッパのある国の大使館員、仮に
エスさんとしておこう、その男から電話があった。
通訳や翻訳をしたいのだけれどと、通り一片の会話をし、こちらから、モデルや俳優業なども
ご希望ですか、小さいテレビのエキストラなどがあるかもしれないですけれどと言うと、
小さいものはあまりやらない、アダルトなら妻がやっているとのこと。
私がその言葉を無視していると、アダルトというのはつまりヌードとかという意味だけれどと自分から言う。
妻のホームページもあるから見てほしいとのことなので、非常に興味深い事実だけれど、
わざと興味を示さず、ともかくメールでリンクを送るようにと伝える。


さて、日本政府が海外から招聘している博士課程修了者たちは、月額16万円くらいしかもらっていない。
以前は20万円だったと聞く。
どんどん金額を減らしているようだ。
しかし、減らすなら、この人たちの
航空券代を60万円と計上して日本政府から巻き上げ
実際には10万円程度のエコノミー航空券をポストドクに配布している日本の悪徳旅行会社をどうにかすべき。
以前、国費留学生の修士課程の人の航空券代金を見せてもらって、新宿の東急旅行会社が30万円を
計上しているのを見て、度肝を抜いたことがある。
どうしてモスクワ往復が30万円なのだ。
こんなところ、安いアエロフロートなら6万だって取れる、ところが、このたび、ポストドクの60万円の
領収書の件で私は開いた口がふさがらない。
この手でおいしく儲かるのがわかった旅行会社は今や正規運賃の60万円を請求しているのだ。
文部科学省の担当の方、どうか、そのお金を旅行会社に払わないで、その4分の1の料金で購入した
航空券そのものを留学生本人たちに配布してやって。
苦労して払っている税金だから、悪徳旅行会社を儲けさせたくない。
一般納税者はこのことを知っているのだろうか。
こういう税金の使われ方をしているのなら、払う気がしなくなる。
1月25日 月曜日

3時に久しぶりに薬王寺のスウェーデン・ハウスへ行ったら、中がタヌキの棲家のようになっていて唖然。
やはりという感じがしないでもない。来てすぐに畳の上を靴のまま歩き回っているあの子たちを見て、なんとなく
そんな予感がしなかったわけではない。
城北台へスウェーデン人一人を連れて行く。
気に行った様子だったが、友達を連れて来れない、きれいにしないといけない、楽器も弾けない、庭にたむろすのも禁止と、
釘を刺す。
夕方、オーストラリアが城北台を見に来て気に行ったようだ。
もう遅いので、今夜は母のところへは行かない。
1月24日 日曜日

久しぶりにルーテル教会へ行く。
1月なので和服で行った。
お太鼓の帯だと下がり気味なので、造り帯で行ったので、楽ちんだった。
黄色オレンジの着物は二部式に切っていないから自分で着られないし、白の小紋は、4月の声を聞かないと
だめだし(3月半ばに着てしまおうかな)、青は1月3日に教会へ着ていったけれど、帯がグレーしか
合わないから、さすがにもう許されないし、当分は着る着物がない。
オレンジの明るいのとかを今度行った時につくろうかな。
1月23日 土曜日

お稽古3レッスン担当した後、夕方ドイツ人と中華料理。
日本で修士をすることに決心したとのこと。
日本にほんの少しでも来ると、また来たくなり、ここで学んだり生活したりしたくなる。
それは、ここが地球最後のふるさとだからなのだろう。
果てにあったために、2400年前までは、部外者がやって来ないで、平和に縄文時代を謳歌していた。
その後、大陸から来た出雲勢や、食いっぱぐれ、ならず者、難民などが押し寄せてきたとしても、それでも
珊瑚礁が海の汚れを浄化してしまうかのように、この列島は大陸の垢を浄化してきたのだと思う。
だから、手つかずの原自然の精神的風景が残っているのはここしかないのかもしれない。
文化が多彩で美しいから人を魅了するのだ。
さあ、今日はコンスタンティノープルの本を読みながら眠ろうと思っていた矢先に、アメリカ人二人連れが
うるさいから神楽坂に部屋を替わりたいという人が現れ、夜なのに案内する。
本当に気の毒だった。
昨夜は眠れなかったそうだ。
3ベッドルームのうち2部屋を米軍基地から来ている人が占めたら、それはご免こうむりだいだろう。
私だって断固として部屋の変更を要求する。
米兵は文化程度が知れているから東京に来て、歴史的文化的な場所ではなく、
行きたい場所は六本木、原宿、歌舞伎町で、朝昼は寝ているかインターネットで、陽が沈むとまたぞろ
そわそわと外出する。
世界に毒をもたらしているだけだから、基地の米兵は即刻帰国すべきだ。
あの国の完全雇用とは殺しのプロを育てることでしか立ちいかないから、あのような国はそのうち
三流国に転落するだろう。
1月22日 金曜

帰って来て初めてレッスンを担当する。
久しぶりだから新鮮。
単純2拍子の動きの大切さをスロヴェニアのフィットネスでつくづく感じたから、これに徹してみた。
これは大切なことだと納得。
私は、2拍子の動きを単純だと馬鹿にしていたから、エンプティーカウントなんて呼んでいる誰かさんの
影響を受け過ぎて、常にコンセントレイト・カウントの頭脳を使う動きばかり追って来たから、
スロヴァニアでフィットネスのレッスンを2クラス受けたことはとても良かったと感じている。
もっとも、器具を使った方のは、肉離れを起こしてしまったけれど。
夜、セリヴィア人が来る。
すっかり話し込んでしまった。
そうか、あの人たちはまだユーゴスラヴィアという意識があるのだ。
同じ言葉同じ人間だから、分割させられる必要はなかったと言っている。
ミロセヴィッチやカラジッチなど人道に対する罪で裁かれるハーグの戦争戦犯の裁判を見るたびに、
どうして米国のブッシュはもっと悪いのに誰も裁かなかったのだろう、どうして、旧ユーゴ、セルヴィアの
人たちだけがこれほど目の敵にされなくてはいけないのだろう、不公平だなと日頃から感じていたから、
そのことを言ったら喜んでいた。
それで話が盛り上がってしまい、旧ユーゴの色々な話になり、丁度スロヴェニアから帰ってきたばかりで
まだ新鮮なものだから、時間を忘れて真夜中過ぎまで話がつきなかった。
自分が金髪ではなく、顔が少し東洋的なのは何代にもわたり、セルヴィアの女たちがトルコ人に強姦
されてきた結果よなんて言っていた。
なにかというとトルコにせいにしているのだと説明してくれた。
トルコは本当に悪い。
キリスト教世界がコンスタンチノープルを失ったのはトルコのせいだ。
これは日本に原爆を落とされたのと同様に、本当に許せない歴史的事実だ。
1月22日 金曜

一気に3部屋到着したけれど、だんだんコツがわかってきたからあまり心配ない。
どうしても301号室を早々に内装したい。
バルコニー側の二部屋の間の無駄な空間を有効利用するのと、浴室、トイレの改装だ。
どれくらい費用がかかるだろう、部屋の造作を変えるのに30万、浴室に30万だろうか。
もっと安いと助かる。
トイレをいじると大変だから、これは次回に回そう。
1月21日 木曜

夕方スウェーデン人と久しぶりにゆっくり中華料理。
善良を絵に描いたようなこういう人は、ヨーロッパ人だから可能なのだろう。
せちがらい米国から来ていたらこういうタイプはいないだろう。
1月20日 水曜
1月19日 火曜
1月18日 月曜

飛行機の中で映画を2本。

機内の映画。
"Post Grad"(監督: V.Jenson) と "La dur" verita the ugly truth (監督:.Luketic)。
帰って来ると、猫たちは無事で生きていた。
あの三つ子たちは一応世話をしたようだ。
靴のまま入ってきていたようだとの報告を受けているけれど、猫が死んでいないから靴はまあ大目に見よう。
猫を見に母も来ていたとは。おそば屋さんで夕食。
1/17 日曜
朝食はいい内容。
従業員の態度がひどいだけで、食事そのものが悪いのではない。
これがスロヴァニアのグランドホテルなら、従業員同士が喋っていて前を通り過ぎる顧客にありがとうや
今日も良い日でありますようにを言わないなどということはありえないこと。
イタリア人のホテル従業員は5つ☆だというのに、自分たち同士喋っていてお客に声をかけない。
ここから1時間くらいのところで、国際宝石展が開催されているのでそれに参加する宝石商が世界から集まって来て
ここいらに泊まっているから、通常の温泉宿泊客とはまったく客筋が違う。
ビジネスバッグを持ったまま、背広で席についている人がほとんど。
部屋へ荷物を取りに行く暇も惜しいのだろう。
私なら歯を磨いてトイレに行き、荷物を取って来るだろう。
数日前のアバノのユニバーサルの温泉客は、バスローブのまま朝食の席についていたから何たる差。
残念ながらこれが最後の食事。
ミラノのマポール空港はひどい。
汚いだけではなく、無料で提供してもいいカートに2ユーロ払わせる、チェックインの時の靴検査の際にスリッパを出さない、
飲料の自動販売機が故障していて3ユーロを入れたのに飲み物もお釣りも返金もないのに故障の貼り紙がしていないから
出発間際の乗客から最後の硬貨をむしりとる、、マフィアが経営する空港だという印象を受ける。
出国検査後免税店の領域で使用できる小型のカートもないから免罪品を買って重くなった荷物を運ばなくてはならない、
しかも国際空港だというのにインターネットカフェがない。
もし私がこのようなひどい空港から自国民として毎回出発しなければならないとしたらさぞかし恥ずかしい思いをすうだろけれど、
私はどんどん設備が良くなる成田を使って旅行をしている日本人だから、イタリア人のように自分の国の遅れた空港施設を
恥じる必要もないことを幸せに思う。
ノースウェスト便だと機内から数年前から電子メールが送れるのに、アリタリアはもちろんそういう設備はない。
以前ローマへ行った時に乗ったきりで、その後はスイスから陸路で入ったのでアリタリアろは縁が
なかったけえど、この程度の航空会社なら税金を使って無理に守るほどのことはない。
アリタリアはオレンジジュースが着色料入りの合成水で、りんごジュースがないため、飲むものがなにもないのが困る。
通常配られるおしぼりさえアリタリアでは配られず、アルコールの入った薄い袋が渡され、口を切ってみると、
アルコールそのものだけが入っていて、それを自分の手にかけて勝手に手をこすれというのだ。
かわいそうに、日本人の乗務員がけなげに働いているのが痛々しい。
もっといい航空会社で働けば、誇りが持てるだろうに。
飛行機はがら空きで、1人が3つの座席を使っても大丈夫なくらいで、乗客が少ないからさそかしサービスが行き届くだろうと思うと
そうではなく、食後のお替わりのお茶さえつぎに来ない。
そんな航空会社はアリタリアだけなのではないだろうか。
カップを持って、緑茶のお替わりを下さいともらいに行ったら、客室乗務員たちはみんなで座ってくつろいでいた。
お替わりの飲み物を持ってもう一回りなさらないのですかと聞いたら、いいえ、そういうことはしないのですという返事。
これではだめ。
イタリアの民意の低さをまじまじと見せつける。
よくよくだめな国なのだ。
1/16 土曜
朝食後、スロヴェニアの首都リュブリアナへ。
アドリア海沿岸は暖かいけれど、海抜が高くなるにしたがって雪が見える。
数十センチ積もっているあたりを通過して、目と鼻の先はオーストリア領というあたりにリュブリア
ナはあった。
共産政権時代の無味乾燥な建物が目立つ。
こんなものは取り壊して伝統的な様式の建物だけにしてしまえばよいのにと思う。
古い町並みはハプスブルク帝国のそれで、自分がオーストリアのどこかの町にいる錯覚を覚える
一般の生活者が、どのような物価で暮らしているのかは、ポルトローゼのような高級リゾートではわからない。
ピラノは季節に依存した観光地だから、市場があってもそれが住民向けなのか、観光客向けなのか
いまいち理解できなかったけれど、リュブリアナのような街ではそれがわかる。
土曜日なので市が開かれていて、近郊の農家から持ってきた農産物が売られている。
市場の建物内もしかり。
価格はフランスやスイスと同じだから、最低賃金500ユーロのこの国でどうやって人々が生活しているのか非常に疑問。
市場のチーズ屋の話によると、スロヴァニア人は公式の収入の他に、
二つ目の収入があるとのこと。
森の中で1本づつ摘んで集めた薬草や、花でブーケを作ったものを売っている老女たちが
何人かいて、思わず買ってしまいそうになったけれど、我慢して通り過ぎる。
誰かがあの老女たちから商品を買ってあげますように。
寒いこの広場の一番隅で、一番貧しい屋台で薬草を売っているの老女たちの生活を、
大手の薬品会社が脅かしませんように。
この人たち、共産政権下でも変わらず森へ行って薬草や、きのこ、木の実類、口に入るものは
すべて集めていたことだろう。
中央ヨーロッパの歴史の中で辛抱強く生きてきたこの人たちは、みなそれぞれ
小説が書けるような人生を送って来たに違いない。
気のきいた店でコーヒーを飲む。
スロヴァニア人もこの価格で飲むとは思えない。
私は日本では仕事でどうしても仕方がない時以外、喫茶店には入らないけれど、
外国へ来たら時間の使い方がまったく違うから別問題。
ともかく街全体がハプスブルクだから、スロヴェニアでもヴェネチアそのもののピラノとは大きな違い。
この多様性がこの国を豊かにしている。
ふと思う、この地域をオーストリアへ、そしてアドリア海沿岸をもともとのイタリアへ併合というより、
返還してしまったらどなるのだろう。
スロヴェニアというコンセプトや、民族意識はあるのだろうか。
モルドヴァもしかり、65%をルーマニア領に、35%はロシアかウクライナ領にしてしまったら
どうなのだろうか。
政治的な理由で中間的な国を成立させても、国という観念よりは民族の血の絆の方が強いから、
おなじ文化的背景の人を同じ国に住まわせることの方が意義があるように感じる。
教会。そばには必ず花屋がある。
鉢植えのシクラメンなんかをイエスとマリアに一鉢づつささげている人がいたけれど、
鉢植えの花は、水をやらないといけないし、だれがそれをするのか。
掃除の人の仕事が多くなる。
仮に幸運にも誰かが水を遣ったとしてもステンドグラスから来るわずかの光だけでは
長くは生きられないから、陽の当たる司教の部屋にでも置いて、春が来たら教会の庭に植えるのが一番いい。
花を捧げる人は自分のしているその行為にその時酔っているだけだから、
生き物である花の命のことは考えないのだろう。
しかし神様が宿っているのはまさにその花の中なのだ。
花の後ろに描かれたフレスコ画の中にではない。
ニュブリアナからまたどんどん坂を下ってアドリア海沿いに降りるにしたがって、雪が見えなくなり、
暖かい気温になる。
サウナでは思いっきり塩で身体をマッサージ。ブラシを使うより手のほうが効果的。
塩を流すと配水管が錆びるから禁止している公衆浴場が日本にはよくあるけれど、
塩の山地のここではどうしているのだろう。
水泳。なるべくたくさん泳いで筋肉を使うようにする。
夕食後はラウンジでライブ演奏を楽しむ。
隣のテーブルの年配の女性はミラノから来たと言っていたけれど、一人で温泉ホテルに来たのだろうか。
大体は夫婦連れが多いけれど、こういうケースもるのだろう。
毎晩一人でラウンジの音楽を楽しんでいる。
カンツォーネを一緒に口ざすんでいる。
イタリアの変な温泉へ行くより、少し足を伸ばしてスロヴェニアまで来たほうが、
どれほど良質のサービスに出会えることか。
アバノ温泉のホテル、今度は5つ星。
1階ロビーの応接セットがすごい。
ものすごい数ずらっと奥の奥まで並んでいる。
ところがなんのことはない、部屋でインターネットができないどころか、
ロビーでする場合は30分2ユーロを払わないといけない。
4つ星のユニバーサルだって無料で接続のパスワードをくれたというのに。
しかもパスワードの発行に旅券の複写を要求する。
新宿アパートメントなど1つ星だってインターネットにつなぎ放題。
しかも温泉施設がこれまたひどい。
泳いでいると帽子をかぶれと監視員が注意しに来る。
イタリア以外のいかなる国でもそんな注意はさえたことないから、
余計なお世話だと構えていたら帽子を二人分持って、屋外プールまでおいかけて来て、かぶせられた。
サウナに入るにはわざわざ水着の上にタオルガウンを羽織って、サウナ地帯へ入るための鍵を
頼みにいかなけらばならない。
人が受付に2名しかいなく、チェックインから地図で近辺紹介までやっているから、
なかなか鍵をもらえない。
掃除のおにいさんに頼んで言ってもらってやっと入ったのはいいけれど、なんだ、
乾サウナと蒸気サウナの2種類しかない。
そのいずれもアロマ効果がない昔式の型で、私が癖で一気に水着を脱いで裸にタオル1枚で
入ったらなんのことはない、他の人はみんな水着で入っている素人サウナで、脱いだ私が馬鹿みたい。
プロの本式サウナに慣れすぎてしまった自分がおかしい。
濡れた水着のままサウナに入るのは明らかに邪道。
イアリアも昔の栄光にしがみついていないで、現在の温泉先進国の仲間入りをしたかったら、
脱いでみろと言いたい。
こういコテコテのカトリックの国ではまず無理だろう、イタリアは所詮温泉先進国にはなれない運命。
屋外プールの気泡もいちいち客が自分でスイッチを入れないと、気泡が始まらない。
やっと始まったから楽しもうと思ってそこに張り付いて楽しんでいると、ものの3分で
自動的に切れてしまうから、わざわざその場所まで自分で行って再びスイッチを押さないといけない。
やはり、ユニバーサルでも思ったけれど、1軒の温泉ホテルが自分のところのためだけに
施設を造り運営するのは無理がある。
宿泊者の数以上の入浴者はいないわけだから、おのずと温泉施設に投資する金額に無理がある。
その点スロヴェニアの温泉施設は、5つ星のグランドホテルだけえはなく、
多分3つか4つ星のネプチューンホテルと、アポロホテルからも廊下がつながっていて行かれるようになっている他、
宿泊者以外の一般客も受け入れるから、ポルトローゼの高級別荘地や、ピラノ近くの
海水浴客用リゾートに宿泊している人たちでも、30ユーロを支払えば来られる。
サウナがそれにプラスして20ユーロ、マッサージしたり、何か飲んだり軽食をとったりすると
結局1日1万円は下らない出費になるから、なんのことはない、ドイツで温泉に入るのと同じ金額。
でもドイツで入るより、目の前にアドリア海が広がっているから、その分スロヴェニアへ来た方がいいのかも。
ともかく、客はイタリア人とドイツ人しかいなかった。
設備がいいと人は遠くまで来た甲斐があると思うもの。
しかしアバノは、各ホテルが自分のところでそれぞれちゃちな施設をいくつも造るから
結局どれも二流、三流になってしまう。
いくつかの隣接する温泉ホテルが協力し合ってすごいものを造ったら、ここはイアリアの
温泉のメッカになるかもしれないのに。
井の中の蛙で、本当に三流臭い場所だ。
夕食7時15分と書いてあるから時間ちょうどに食堂へ到着すると、まだビュッフェ料理が全部並べきっていない。
ごめんなさいでも、もうしわけないでもなく、7時半に来いと言う。
なんだ、この態度は。
7時半にしか用意ができないのであれば、最初からそう書いて貼り出せばいいのだ。
食事の内容そのものはスロヴェニアより良いのに、設備やシステム及び人の部分でこちらのホテルは
数段遅れをとっているけれど、経営者が馬鹿だから気づかない。

13:20 2010/01/15 金曜
昨夜早めに休んだため、なんのことはない、また朝4時に起き
てしまった。
溜まった洗濯物を一気に洗ったり、日記をつけたり、メールを
チェックするので、やることには困ら

ない。
イスタンブールの本も予め洗面所に用意してある。
朝食後 ヴィシー・マッサージ。
身体全体に上から水をかけ、その後、手でマッサージ。
先日のスクラブとは違ってスムーズだから、塩を使わないでオ
イル・マッサージなのだろう。
その後、ピラノヘ。
丘の上の教会へ行く。
ここも表の扉だけ開けて、すぐそこに鉄格子の扉を閉めて、音
楽を流して内部を見せてはいる

れど中へ入れないようにしている。
パリやイスタンブールにあったような観光教会と違って、地域
の住民のための実際の教会は、誰

でもいらして献金を下さいという一見さん相手の教会と違って
、特定の人しか相手にしないか

ら、むしろ部外者は来させない方がよいのだろう。
絵画や彫刻、蜀台やステンドグラス、十字架に家具類その他の
お宝が盗まれて骨董品屋に

持ち込まれたりするだろうから。
帰りも私だけ半行程無料バスを使う。
本当は昨日のように全行程バスにしたかったのに、間違って通
常の路線バスではなくて、来た

時に乗ったのと同じものになってしまった。
まあいい、歩くのは嫌いだから、これでも少しは助かった。
歩くほど時間や体力ががもったいない行動はない。
サウナでは思いっきり塩で身体をマッサージ。ブラシを使うよ
り手のほうが効果的。
塩を流すと配水管が錆びるから禁止している公衆浴場が日本に
はよくあるけれど、塩の山地

のここではどうしているのだろう。
水泳。なるべくたくさん泳いで筋肉を使うようにする。
夕食後はラウンジでライブ演奏を楽しむ。
隣のテーブルの年配の女性はミラノから来たと言っていたけれ
ど、一人で温泉ホテルに来たの

だろうか。
大体は夫婦連れが多いけれど、こういうケースもあるのだろう

毎晩一人でラウンジの音楽を楽しんでいる。
カンツォーネを一緒に口ざすんでいる。
一緒に撮った写真を指定の電子メールアドレスに送る約束をし
た。
イタリアの変な温泉へ行くより、少し足を伸ばしてスロヴェニ
アまで来たほうがどれほど良質のサ

ービスに出会えることか。


15:49 2010/01/14
昨日プールサイドでついうとうとと1時間昼寝をしてしまたけ
れど、水泳とサウナで疲労困憊して

いたので朝までぐっすりかと思ったのに、やはり4時半には起
きてしまった。
1階のロビーへ行かなくても、浴室内でインターネットにつな
げることがわかたので、
タオルを敷いて座布団にしてパソコンをする。
やはり5つ星。わざわざ下へ行かなくてすむから助かる。
アバノは4つ星でも部屋がワイyレスになっていなかった。
5つ星にいるとなぜ5つ星なのか理由がわかってくる。
これを自分の仕事に生かさないといけない。
朝食後すぐにジェットバス・マッサージのプラグラム、そして
次はプライベート・インストラクターによ

る器械を取り入れたフィットネス。
スロヴェニアくんだりまで来て、エアロビクスをするなど考え
もしなかったことだけれど、最高に簡単

な2拍子の動きとはこういうパターンがあるのだというひとつ
の参考になる。
器械は私は苦手で、無理な力が一気に一箇所にかかるものだか
ら、右足の腿の後ろの筋を

違えてしまった。
自然な動きで踊る場合のウォームアップ・プロセスを踏んでい
ると決して起こりえないことなのに


この歳にして初めて起きたアクシデント。
そのままなんとか最後までやり続けたけれど、痛みと疲れで油
汗が出てきた。
シャワーの後休みたかったけれど、ピラノに散歩に行こうとい
う友人に付き合い、途中まで歩い

たけれど、肉離れをしているから一歩ごとの痛みがはしる。
途中からピラノ行きの無料シャトルバスに乗って徒歩の友人よ
り早く目的地に到着。
まさにサン・マルコ広場の縮小版で、錯覚を覚えてしまう。
広場に椅子を並べたカフェに座って飲み物を楽しんでいると、
時代錯誤に陥ってしまう。
目の前にあるのはなにを隠そうヴェネチア商館で、すべての建
物は元の姿をうまく残しながら巧妙に補修を重ねながら今日に至っている。
こんなに素晴らしい場所をチトーのユーゴスラヴィアに取られ
てイタリアはさぞかし無念であった

だろう。
第二次世界大戦で占領した領土はすべて元の持ち主に返還しな
ければならないとでもいうよ

うな国連決議が採択されたら(されるわけない)おもしろい。
そうしたら、北方四島どころか樺太も日本の領土になる。
ピラノの古い町並をそぞろ歩きしていると、よくもまあこの状
態で数百年にわたり生活してきたも

のだと感心してしまう。
貿易で栄えた古の町だが、今は観光で栄えてほしいものだ。
日本人が簡単に行かれる同じ場所ばかり行かずに、行くのが大
変な場所に足をのばすように

なればと思うけれど、普通の人は情報元が少ないから無理だろ
う。
シャトル・バスではなく、通常の路線バスで、徒歩で帰る友人
を尻目に私だけポルトローゼの

ホテルの前まで戻る。
ピラノには中学校、その途中には高校があるようだ。
共産政権下の生活を知らないこの十代の子供たちは、アイポッ
トをイヤホンで聴きながら楽しく

通学しているけれど、人生の早い時期に機械から流れる音を耳
の奥で聴くことにより、聴覚が

損なわれ、自分の住んでいる環境の音、波、かもめの声、アド
リア海を渡ってくる風、船の汽

笛、教会の鐘、松ぼっくりが落ちる音などを感知しなくなって
しまうのではないだろうか。
友人がマッサージやマシン・トレーニングへ行っている間、私
はひたすら肉離れを治すため、泳い

だり、ジェット気泡に浸かったりしていた。
湿布を貼って安静にしているより、心地よい温度の塩水の中で
ゆったりと泳ぐというより漂ってい

ると、塩の効果でだんだん楽になってくるのを実感できる。
温度の違うプールやジャグージに浸かることかれこれ2時間半
、痛みはほとんど感じなくなった。
人間の身体は治ろうとする意思がある限り、自分で治せるもの
だ。
傷ついた魚は、治ろうとしながらこうして潮の流れに身を任せ
ながら、海に治してもらっているの

だろう。
5時からは、明らかにゲイだと思われるような男性インストラ
クターによる水中エアロビクス。
50名くらいがプールに浸かって始まるのを今か今かと待って
いる。
こちらは水中で跳ねるだけだからほとんど疲れないけれど、プ
ールサイドでずっと跳ね続けている

この人はかなり疲れるはず。
単純な動きを楽しく見せていて勉強になる。
何をやるかより、どうやるかなのだなあと感じる。
顔を見ていると、最初から最後までずっと唇を横に引っ張った
まま、わずかに歯を見せている。
見られることのプロの表情だ。
年齢は40歳以下のはずはない。
きっと体操選手だったのだろう。
小柄で均整のとれた体型をしている。
イタリア人のおばあさんたちが熱狂的なファンになっているの
がわかる。
かわいい。
でも絶対にゲイだろう。
この手の男は男からも女からも愛されるタイプだ。
世の中には、ものすごくかっこ悪くて、どうしようもない男や
女もいるけれど、美を求める意識に

欠ける人たちの表情のなんというブルドッグまたは埴輪顔のこ
と。
夕食のメニューは一見華やかだけれど、どれもなにか酸っぱ過
ぎて、味付けが下手なのと、皿

数は多くても品数が少ないのと、バナナなどが切っていなく、
そのままぼんと1本づつ置いてある

のと、ケーキがひどいのとで、5つ星という気がしない。
スリランカやタイのケーキ屋を思い出してしまった。
あまりにも疲労が激しいため、今夜はラウンジでライブ演奏を
楽しむのをやめて早く休む。

------------------------------------------------

1月14日 曜日

昨日プールサイドでついうとうとと1時間昼寝をしてしまたけ
れど、水泳とサウナで疲労困憊して

いたので朝までぐっすりかと思ったのに、やはり4時半には起
きてしまった。
1階のロビーへ行かなくても、浴室内でインターネットにつな
げることがわかたので、
タオルを敷いて座布団にしてパソコンをする。
やはり5つ星。わざわざ下へ行かなくてすむから助かる。
アバノは4つ星でも部屋がワイyレスになっていなかった。
5つ星にいるとなぜ5つ星なのか理由がわかってくる。
これを自分の仕事に生かさないといけない。
朝食後すぐにジェットバス・マッサージのプラグラム、そして
次はプライベート・インストラクターによ

る器械を取り入れたフィットネス。
スロヴェニアくんだりまで来て、エアロビクスをするなど考え
もしなかったことだけれど、最高に簡単

な2拍子の動きとはこういうパターンがあるのだというひとつ
の参考になる。
器械は私は苦手で、無理な力が一気に一箇所にかかるものだか
ら、右足の腿の後ろの筋を

違えてしまった。
自然な動きで踊る場合のウォームアップ・プロセスを踏んでい
ると決して起こりえないことなのに


この歳にして初めて起きたアクシデント。
そのままなんとか最後までやり続けたけれど、痛みと疲れで油
汗が出てきた。
シャワーの後休みたかったけれど、ピラノに散歩に行こうとい
う友人に付き合い、途中まで歩い

たけれど、肉離れをしているから一歩ごとの痛みがはしる。
途中からピラノ行きの無料シャトルバスに乗って徒歩の友人よ
り早く目的地に到着。
まさにサン・マルコ広場の縮小版で、錯覚を覚えてしまう。
広場に椅子を並べたカフェに座って飲み物を楽しんでいると、
時代錯誤に陥ってしまう。
目の前にあるのはなにを隠そうヴェネチア商館で、すべての建
物は元の姿をうまく残しながら巧妙に補修を重ねながら今日に至っている。
こんなに素晴らしい場所をチトーのユーゴスラヴィアに取られ
てイタリアはさぞかし無念であった

だろう。
第二次世界大戦で占領した領土はすべて元の持ち主に返還しな
ければならないとでもいうよ

うな国連決議が採択されたら(されるわけない)おもしろい。
そうしたら、北方四島どころか樺太も日本の領土になる。
ピラノの古い町並をそぞろ歩きしていると、よくもまあこの状
態で数百年にわたり生活してきたも

のだと感心してしまう。
貿易で栄えた古の町だが、今は観光で栄えてほしいものだ。
日本人が簡単に行かれる同じ場所ばかり行かずに、行くのが大
変な場所に足をのばすように

なればと思うけれど、普通の人は情報元が少ないから無理だろ
う。
シャトル・バスではなく、通常の路線バスで、徒歩で帰る友人
を尻目に私だけポルトローゼの

ホテルの前まで戻る。
ピラノには中学校、その途中には高校があるようだ。
共産政権下の生活を知らないこの十代の子供たちは、アイポッ
トをイヤホンで聴きながら楽しく

通学しているけれど、人生の早い時期に機械から流れる音を耳
の奥で聴くことにより、聴覚が

損なわれ、自分の住んでいる環境の音、波、かもめの声、アド
リア海を渡ってくる風、船の汽

笛、教会の鐘、松ぼっくりが落ちる音などを感知しなくなって
しまうのではないだろうか。
友人がマッサージやマシン・トレーニングへ行っている間、私
はひたすら肉離れを治すため、泳い

だり、ジェット気泡に浸かったりしていた。
湿布を貼って安静にしているより、心地よい温度の塩水の中で
ゆったりと泳ぐというより漂ってい

ると、塩の効果でだんだん楽になってくるのを実感できる。
温度の違うプールやジャグージに浸かることかれこれ2時間半
、痛みはほとんど感じなくなった。
人間の身体は治ろうとする意思がある限り、自分で治せるもの
だ。
傷ついた魚は、治ろうとしながらこうして潮の流れに身を任せ
ながら、海に治してもらっているの

だろう。
5時からは、明らかにゲイだと思われるような男性インストラ
クターによる水中エアロビクス。
50名くらいがプールに浸かって始まるのを今か今かと待って
いる。
こちらは水中で跳ねるだけだからほとんど疲れないけれど、プ
ールサイドでずっと跳ね続けている

この人はかなり疲れるはず。
単純な動きを楽しく見せていて勉強になる。
何をやるかより、どうやるかなのだなあと感じる。
顔を見ていると、最初から最後までずっと唇を横に引っ張った
まま、わずかに歯を見せている。
見られることのプロの表情だ。
年齢は40歳以下のはずはない。
きっと体操選手だったのだろう。
小柄で均整のとれた体型をしている。
イタリア人のおばあさんたちが熱狂的なファンになっているの
がわかる。
かわいい。
でも絶対にゲイだろう。
この手の男は男からも女からも愛されるタイプだ。
世の中には、ものすごくかっこ悪くて、どうしようもない男や
女もいるけれど、美を求める意識に

欠ける人たちの表情のなんというブルドッグまたは埴輪顔のこ
と。
夕食のメニューは一見華やかだけれど、どれもなにか酸っぱ過
ぎて、味付けが下手なのと、皿

数は多くても品数が少ないのと、バナナなどが切っていなく、
そのままぼんと1本づつ置いてある

のと、ケーキがひどいのとで、5つ星という気がしない。
スリランカやタイのケーキ屋を思い出してしまった。
あまりにも疲労が激しいため、今夜はラウンジでライブ演奏を
楽しむのをやめて早く休む。

------------------------------------------------
1月13日 水曜日
昨日昼寝をしないで頑張ったのに、結局また3時に起きてしま
った。
同じ文章なのでコピーペーストをしている。
睡眠時間が足りていないはずなのに、どうしても起きてしまう

しかたがないから、ロビーへ降りて行って、インターネットを
する。
ホテルのパソコンを使うと無料なのに、自分のパソコンを接続
するには20ユーロの券を買わな

いとだめとのことなので、ホテルのパソコンでメールチェック
をする。
スロヴェニア語のパソコンは本当に使いにくい。
英語でよく使うYがZと反対の場所にあるし、余計な文字のキ
ーがある分、必要な他のキーの

場所が見当たらなかったりするから、ちょとした文を書くのに
も必要以上の時間がかかる。
朝早すぎて外は真っ暗闇だから散歩に出かけるわけにもいかず
、パソコンか読書しかない。
この旅行に持ってこようと思い用意しておいたイルミナティ関
係のカナダ人のなんとかフィールド

の本2冊を、どういうわけだか出発前のどさくさに紛れて入れ
ていなかったことに気づいた。
幸いエドウィン・ライシャワーの著述集を入れておいたから、
帰りの飛行機で読むものには困ら

ない。
塩谷七生の「イスタンブールの陥落」もある。
これは3部作で、ボルジア家とあとなにかとこれをまとめて買
っておいたのに、整理整頓されてい

ない私の場所で出発前にあと2捜すのは至難の技というもの。
結局イスタンブールしか持って来られなかった。
母親が渋谷図書館の副官庁をしていたというのに、私の本の管
理の悪さは天下一品。
捜している本が見当たらないから捜すより買う方が楽と、2冊
になる本もある。
表紙と中身がべつべつのところにあるから、片付かず、収集が
つかない。
でもまたアマゾンで次の本を買ってしまう。
教養費は自分のためになるから決して無駄づかいではないので
、着もしない洋服を買うより有

効的な使い方だ。
朝食後、マッサージに行く。
宿泊、食事、温泉施設、マッサージが一緒になった健康パック
を申し込んでおいてくれたようで

、これも含まれている。
塩の産地だけあり、アドリア海の地元の塩に触れるのは嬉しい

塩、ハーブ、オリーブ油を混ぜたもので全身をこすってくれる

同じことをタイのエステでやってもあまり嬉しくないのは、や
はり、何をするかではなくて、どこで、

どういう状況で誰の資金でするのかということが大きく関わっ
てくるからだろう。
油だから終わったあと、シャワーを浴びてもなかなか落ちない

でも石鹸を使わないほうがいいとのこと。
そのままずっと泳いだり、水中体操レッスンに参加したり、サ
ウナをしている間に、油はいつのま

のかなくなってしまった。
ここのサウナはどのサウナも香りがいい。
こういうことだったのか。
人間の嗅覚に訴えるこの演出は素晴らしい。
私も真似をしたい。
一昨日46キロ半を記録して私を狼狽させ他体重はなんと44
キロ半まで落ちていた。
こんなにたくさん食べたり飲んだりてもだ。
ということは、水泳とサウナがよほどきいたと言える。
これはいける。
イブニングドレスの上にタイシルクで仕立てた花柄の羽織を着
てディナーに行く。
柄のないなんでもないドレスがこういう時に役にたつ。
私は最近なんでもかんでも柄入りのシルクで作ってしまう傾向
にあるので、
たまには無地のものを作ることも大切だと実感する。
柄ばかりだと、お正月の時のように、うるさすぎてしまう。
でも羽織は1枚しかないからそれを着るしかない。
こんなことなら黒の無地のイブニングを持ってきてもよかった。
光っていない布地だと落ち着いているし、安っぽくならないから変にはならない。
食後ラウンジでお茶を飲んでピアノ演奏を聴いて、というよりカラオケ代わりに一緒に歌ってから休む。
ものすごく身体が疲労しているのを感じる。
こういう1日が持てたことに感謝する。
1月12日 火曜日

昨日昼寝をしないで頑張ったのに、結局また3時に起きてしまった。
たくさんミネラル・ウォーターを飲むようになってからお腹の調子がいい。
私は家で常にお茶を飲んで水分補給をしているので、その慣習を1日でも絶つと、
身体が水分不足になって立ち行かない。
ところで、椿のヘアムースを持ってくればよかった。
こちらで変なものを買うより、帰国まで我慢して椿を使おう。
正午にアバノを出発して、イタリアの最東都市トリエステを通過して、スロヴェニアに入る。
カルスト台地が目に入る。
かわいそうに、こんなすかすかの土地だから、十分に土がなく、大きな木が育たない。
農業ができないから、やっと生える牧草地で馬を育てるしかなかったのだろう。
土が乏しいカッパドキアでは、鳩を飛ばして、鳩の糞でどうにか場所を作ってだんだんにブドウや
くるみを植えながら、気の遠くなるような時間をかけて農業をしてきているけれど、
ここスロヴェニアでは、カルスト台地が放置されていて、活用されていないのを感じる。
共産党政権は、土壌改良のような気のきいたことをしなかっただろうから、20年経った今でもこのありさまだ。
こういう貧弱な土地を見ると、日本の竹を植えることで土がだんだん良くなるのではと思ってしまうけれど
、別の土地のものを持ってきて植えるのは在来種を駆逐してしまうから、なるべくこの土地に
もとからある植物を、鳩や鶏、家畜の糞をもとに作った土の上に植えるのが効果的なのではないだろうか。
ポルトロゼはアドリア海に面した風光明媚な場所で、温泉高級リゾート。
素晴らしいホテルや瀟洒な別荘、ブティックなどが建ち並ぶ。
グランドホテルは5つ星で、人のご招待でもない限り自分では、こんなところへは到底来られない。
5つ星に泊まったのは一昨年のイスタンブール以来。
よくよく私は良い友人を持っていることに感謝する。
部屋のバルコニーからアドリア海が見渡せ、浴室の造りも素晴らしい。
部屋の面積的にはアバノのホテルの方が広いけれど、やはり、
高級内装仕立てであるということはなににも増して価値がある。
私も真似したい。
岬の先端の古い町まで海岸線を歩いて行く。
片道4キロはある。
ものすごく楽な靴を浅草で買っておいて本当によかった。
スロヴェニアの国旗を掲げているとはいえ、市庁舎前は、まるでヴェネチアのサンマルコ広場と
見間違えるような光景。
中世さながらの路地を歩くと、さらにわき道があり、迷路のようになっている。
消防車も救急車も入れないし、家の前までタクシーで帰って来ることもできないから、
不便といえば居住環境としてこれほど不便な場所はないけれど、住居というよりは
巣のようになっているここに住むと居心地がよくて、別の場所へは動けないのだろう。
観光客相手の商売だから物価はイタリアやスイスより高いけれど、収入はイタリアの半分くらいだろう。
気温は15度くらいといったところか。
南国の植物や松のような常緑樹をたくさん見かける。
多くのホテルが閉鎖しているけれど、夏にはさぞかし込み合うか想像できる。
でも、暑すぎだろう。
この町には翌日再び来るとして、ホテルに戻り、温泉で泳ぐ。
塩の生産地だから、お湯が塩辛い。
ドイツのバーデンバーデンやオランダのテルマエ2000にはもちろん及ばないとしても、
ドイツのアーヘンや、スイスのラヴィレバンに続くくらいのすごい施設で、スロヴェニアというところが
ここまで観光産業に力を入れていることを知って感動してしまう。
これがつい最近まで共産圏であった場所なのだ。
ここはアバノ温泉の10倍はいいので、少し足を伸ばしてでもこちらへ来る方がいい。
老人や治療目的で来る宿泊客だけを入浴対象としているアバノと客筋が違うのをはっきり感じる。
年齢層が若いのは、3つのホテルが共同でやっている温泉施設だから、
5つ星の宿泊客以外の人が出入りするし、フィットネスクラブもマシンが充実していて活気がみなぎっている。
スロヴェニアへ来るまでは、どうせ遅れた感じの貧しい場所なのだろうくらいにしか
思っていなかったけれど、どうしてどうして、ここはすごい。
場所が東に寄りすぎて多少辺鄙ということはあっても、来る価値がある。
イタリアはおちおちしていられないのに、そのことに気づいていないから、この業界でどんどん落ちぶれていく。
イタリアの温泉がなぜきな臭いかというと、やれ水泳帽をかぶれだの、飛び込みするななど、
うるさく注意するドン臭い監視員が常に見張っていて文句をつけてくる。
誰もいない広いプールに飛び込んだ男の人が注意されていて気の毒だった。
貸切状態なのだから好きにさせてあげればいいのに。
ナポリから船で行ったイスキア島でのポセイドン温泉もうるさいところだった。
体重、身長、血圧を測ってからでないと、泳がせないのだ。
楽しみのためにちょっと泳ぎに来ただけなのに、なんでそんな医者まがいのことを要求するのだと
私の友人は係りの人と喧嘩になってしまったけれど、そう、余計なお世話なのだ。
うるさく管理してがんじがらめにする風土ができあがているから、結局温泉産業で
大きく差をつけられてしまっているのだと感じる。
まだ一流国になっていというのは、喫煙人口が多く、犬の糞を始末するモラルも法律も
まだ制定されていないということに垣間見える。
下を注意して歩いていないと踏んでしまう。
こんなことは、きちんとした先進国ではありえないこと。
清掃する人の姿も見かけなかった。
たくさんたまったら行政がやるのだろうか。
夕食はすべてビュッフェだからメインの注文を聞いて回っていたアバノのとはことなるけれど、
すべてビュッフェにすると保温時間が長くなり、本当においしい熱い料理を食べられなくなる。
スロヴェニア料理はイタリア料理とオーストリア料理が混ざっているのだろう。
デザートのケーキがたいしたことなかった。
私は食後に必ず熱いお茶を飲まないとだめなので、ピアノのライブ演奏をしているラウンジで、
ジャスミン茶を頼んでもらう。
ポットに入って出てきたお茶は3ユーロだから日本と同じくらい。
1月11日 月曜日

また3時に起きてしまった。
時差ぼけなので寝ていられない。
今日はヴェネチアへ行くのをやめて、泳いだり、インタ-ネットをして過ごそう。
本当は19歳以来行っていないから、行ったらノスタルジックでいいかもしれないけれど、
一人で公共交通機関を使って行くと思うと場所が場所だけに億劫になってしまう。
友人が今日は1日仕事だから私は自分の仕事をしよう。
7時半朝食。こんなにおいしいバゲットには日本ではお目にかかれない。
外がぱりっで、中がしっとり。
朝焼いたばかりのパンだからこういうことが可能なのだろ思う。
湿気の多い日本の気候の中で、昨日買ってきたパンを翌日の朝食に食べてもこうはならないし、
伊勢丹の地下で売っている帝国ホテルのバゲットなんか最低で、ビニールの中でパンが湿気を吸って、
噛み切れないような代物になてしまっているからそのまま食べられず、火で炙るしかない。
8時半から泳ぎはじめる前に体重計を見たら、なんと46キロになっている。
昨日泳ぐ前に計っ時は45キロだった。
バンコクの病院で3週間前に計った時も45キロだったから、2日で1キロ増えたことになる。
自分の人生で46キロになったのは、新宿御苑の前の7階に住んでいた時、
料理の上手な男が毎日のようにおいしい手料理を作ってくれたからで、
男と別れたら体重も元に戻り、それ以来44から45を維持している。
ここの滞在は3食付だし、昼と夜はビュッフェの他にメインをとるから食べる量が圧倒的に多い。
25メートルプールを真剣に5往復して、ストレッチ、また5往復。
こんなに泳いだのは、13才の時に玉川学園で連れて行ってもらった伊豆の土肥臨海学校で
3千メートル遠泳をした時以来。
その前の年に千5百をやっていたから、2年生の夏休みには当然その上の組に入れられるわけ
だけれど、その後は反動でもうたくさん泳ぐことは嫌いになってしまっていたので、
どこかへ行っても、ほんの少し、疲れない程度にしか泳がなかった。
今日はお昼を抜いて、ミネラルウオーターだけにして、一度着替えてインターネット。
2時から再度泳ぎ始める。
広いプールに一人しかいないから真剣に泳げていい。
私はプール内に子供がいたりすると、気が散って全然泳げない。
3時からサウナに入る。
これも貸切状態。この面積があるのだから、乾サウナ、蒸気サウナ、温度違い、アロマサウナと
いろいろ工夫ができそうなものなのに、古典的なフィンランド式がひとつあるだけ。
しかも水風呂もない。
ここのオーナーはドイツに温泉留学でもして少し学ぶべき。
それなのにここはドイツ人客も来る。
本当に気の毒なこと。
そんなに遠征して来なくても、自国の温泉設備の方がはるかに上なのに。
昼寝をしたい欲求を跳ね除けながら、部屋でシャンプーをしてイブニング・ドレスに着替えて、
イヤリングもお光物をつけて、そのままロビーで6時頃からインターネットをしていたら
7時頃友人が戻って来たので、半時間ほど食前の散歩をする。
半数以上のホテルが閉鎖している。
倒産したのか、今だけ閉まっているのかわからないけれど、これでは温泉客を見込んで開店した
無数の店舗がさぞかし困ることだろう。
日本の温泉地で売っているものと違い、こちらはその土地に関連した名産品の店が全然なく、
売っているものの種類は洗練された鞄、靴、洋服、絵画、宝飾品ばかりだから、
温泉客はドイツだろうが、オランダ、スイスイタリアの温泉地でも同じような
ショッピングをすることになる。
結局、温泉地に出入りする人々はお金持ちばかりだから、庶民的な風情とか、
庶民が買えるような安い商品は売っていない。
日本の温泉地だと、温泉まんじゅう1個から買えるし、その日の朝取れたばかりの葉付大根なんて売っているし、
その土地で取れる木や竹や、織物、焼き物など、相対的に売られている商品単価が低く、
土地と密着している。
1軒の店で扱う商品の数が圧倒的に多く、価格が安いから客はあれやこれやと数を買う。
それも買うのはほとんど人のために買うのであって、自分のためではない。
それに比べてヨーロッパの温泉に来る客たちは、自分の身を飾る高級な品々を買うのだ。
もし日本の温泉でそのようなものを売っても売れるわけがなく、
安い多くの商品をこれでもかとたくさん店先に並べないことには、人は店内に入って来ない。
これは明らかに別の種類の人々が温泉に来ている結果といえよう。
だから、ヨーロッパ人で温泉へ行ったことのない人の多いこと。
日本人が1万円でできることを、ヨーロッパ人は10万円かけてやっているから、
温泉に行くこと自体がすごく特別なことになっているのだろう。
東京都あきるの市にある瀬音の湯(入場料8百円)と、入浴後そこのおみやげ売り場を見せたら
ヨーロッパ人は日本の温泉文化の懐の深さを知るだろう。
日本では温泉はみんなのものであり、庶民でもお金持ちでも、
みんながそれぞれに温泉を楽しむ歴史をはぐくんできたのだ。
神様の下さった自然の贈り物をみんなで分かち合うその風土はすごい。
夕食にはまたスープと魚料理を頼む。
私は本当はメインなんかいらないのだ。
サラダや温野菜、デザートビュッフェだけで十分。
でも私はソーシャル・イーターだから、メインを食べる。
こういう時にソーシャル・イーターでない人は、私はいりません、結構です、欲しくない、
それがどれほど人間関係を傷つけるか理解せずに連発する人を見ているから、
自分では絶対にソーシャル・イーターであるようにする。
おいしそうに物を食べる自分の姿を人に見せ、人がおいしそうに食べるのを一緒に喜び、
食べる時間と場を共有する喜びを一緒に神様に感謝できない人は、
その社会生活も知れている。
おいしそうに食べ、そして、運動をして身体を保つ、こういう
積極的、健康的、社会的行動こそが平和な世界をつくるうえで最高のことだと思う。
1月10日 日曜

案の定夜中の2時に起きてしまった。
洗面所の中にあるコンセントの差込口がなんとベッド脇の照明用の差込口と違い、
私の手持ちの海外用のコンセントで使用できることが判明したために、
急遽椅子を洗面所内に設えて緊急の書斎とすることができた。
ただし今はこの時間なのでインターネットの接続のパスワードなどは聞きに行かれないから 
それは陽が昇ってからにしよう。
ともかく、手持ちのコンセントが使用可能と判明しただけでも上出来。
それにしても どうして同じホテルの部屋の中で居室と洗面所が違う差込口を持つのだろうか。
朝食後泳ぐ。
ドイツやスイスの近代的設備の温泉に入ったせいか、ここのホテルの温泉施設ぜんぜん
たいしたことない。
これだけの面積があるのだからもっとどうにかなるだろうに、
それをしないところがやはりイタリアが温泉の伝統保持者であるにも関わらず、
新興勢力に負けてしまう原因なのだろう。
屋外プールのある庭の植物が葉も落とさず、緑豊かに生い茂っているのは、
ひとえにここの気温の高さだろう。
聞こえてくるのはほとんどイタリア語だから、イタリア人の客が大部分なのだろうけれど、
フランスやドイツなどからも来るのだという。
アバーノの町は温泉客のための高級ブティックが立ち並び、道を歩いている人々も、
身なりのきちんとした西洋人しかいない。
私はそこで唯一のアジア人。
良いものを着ていないとひんしゅくを買う。
そういうものなのだと思う。
ここに、もしみすぼらしい身なりの有色人種がいたりしたら、
白人はただちに不快感を示すだろう。
人に不快感を与えない、むしろ着ているもので他の人を幸せにできる良いものを
身に着けることはとても大切。
それなのに、趣味の悪い服装で現れ、私に不快感を与える人がいるのには困る。
母は常に素敵な服装で周りの人を幸せにしたけれど、言葉を武器として家族に使うから
父も私もつらい思いをしたのだと思う。
友人の母親も口から出る言葉はすべて文句ばかりだとのこと。
しかしその母親であった祖母の使った言葉は美しかった。
ひとことひとことに言霊が宿っていた。
言葉は言霊で、神様への意識を持つことで美しくなるのだろう。
泳いだあとは散歩に出て、10時半の礼拝に出席。
昼食後は昼寝とインターネット。
再び町をそぞろ歩きする散歩から戻ると夕食。
朝計ったら45キロだったけれど、この食事で体重を減らすに
は、泳ぐしかない。
1月9日 土曜

終わらせないといけない様々な雑事に忙殺されて、結局寝たの
は4時で、5時に目覚ましをかけtものの、7時まで起きられなかった。
お風呂に入り目を覚まし、いざ出陣。
今日はみゆきさんが教えに来る、お稽古ができるように清掃、
猫さんのお世話、年賀状を25枚ばかり書く。
それでもまだ40枚くらい書いていない。どうして昨年中にやらなかったのか悔やまれる。
タクシーで新宿駅に、そして成田エキスプレスで空港到着。
先月のアムステルダム発航空機の爆破未遂を受けて、出国審査に時間がかかるようになり、異様に長い列が目に入る。
その事件より1週間前にバンコクへ出た時には、時間もほぼ同じくらいだったのにそんな場所はがら空きだった。
米国が世界から嫌われているから狙われるのであって、嫌われる原因をつくったことに問題があるのだ。
まず、それを直せと言いたい。
日本発ヨーロッパ便を使う私がなぜそのとばっちりを受けないといけないのか。
米国が自分で解決すればよいのだと思う。
ミラノ行きは満席。
貯まったマイルを使用しての無料旅行だから、どんな便でも問題ない。
隣の席の日本人夫妻は、イタリアにスキーをしに行くとのこと。
12時間飛行なので、読書時間はたっぷりある。
半分読みかけだった「ライシャワー自伝」を読みきる。
聾唖者の妹プリシアさんのことが出てくるたびに、祖母の姿が浮かんできて胸が熱くなる。
祖母はプリシアさんを天使だと考えていた。
日本に口話法をもたらしたプリシアさんは、日本聾唖学校関係者にとっては天使だったのだ。
この自伝はライシャワーの大使としての部分がメインになっているから、聾唖学校のことにはあまり触れていないけれど、
私はいつか必ず天使プリシア嬢と私の祖母、日本画家大前静の心温まる交流を書きたいと思っている。
ライシャワー大使がクリスマスに聾唖学校の生徒たちを全員大使館に招いた箇所を読むと、
氏のプリシアさんへの深い愛情が感じられて思わず泣いてしまった。
この自伝はライシャワー研究や、日米交流史関係の人が読むのと、私のように家族に聾唖がいて、
直接にライシャワー一家と関わった人が読むのとでは読みかたが全然違う。
私はただの一言でも妹さんが登場するところは、赤線を引きながら真剣に読んだ。
読んでいる私のすぐ傍らに祖母の優しい姿があった。
祖母はまだ私が小学生のころに亡くなったから、温泉へ連れて行くなどの孝行はまったくできなったから、
私に残されている孝行は、画家大前静の生きた証、プリシア嬢の日本への貢献を世に紹介することだ。
何度もニューヨークへ行っていたのだから、プリシア嬢のことを知っていれば、
カリフォルニアにお訪ねすることだって可能だっだのだ。
ものごころつくころから聞いていた「ライシャワー大使の聾唖者の妹」というのが、プリシア嬢だったという
具体的名前を伴って判明したのは、クレイマーさんの追悼書簡と出会ってからだったし、
祖母がプリシアさんについて書いていたのを知ったのは、東北から突如やってきたあの聾唖者の女性のお陰だ。
しかもあの頃私は日本聾唖学校が最初に開校した場所えぱた教会へ行っていた。
偶然のようにいろいろ起きた出来事は実はすべて意味があって繋がっている。
神様以外、誰がそのような偶然を作り出せようというのか。
私にこの二人の絵画をとおした美しい関係を書かせるために、すべては神様がご用意くださったのだと
理解できるための時間を下さったのが、昨年の骨折休暇だ。
あれがあったから、どこへも行かず、余計な活動が制限されたので、このことについて書く構想ができた。
私にしかできないことであり、踊り以外の本を書くよいきっかけだから、私は心してこのことをやり遂げなければいけない。
そして、そのためには、昨年から棚上げになっている踊りの本を早く仕上げないと。
ミラノへ着くと、空港は暑く、私は半袖のワンピースを着てきたことに感謝した。
外も9度とあまり寒くない。
空港から車で2時間半、温泉地アバノに到着。
4星ホテルのユニバース。
瀟洒な温泉ホテルが並ぶ通りにある。
ここは各ホテルがそれぞれに温泉を持っていて、公共の温泉はないとのこと。
ドイツのような公共の温泉が発展しているところとは違うようだ。
私にこのような旅行を贈ってくれる友人に感謝する。
1月8日 金

スウェーデンの三つ子とエリックが七草粥に来る。
私は何を勘違いしていたのか、本当は昨日だったのに、今日い
設定してしまった。
まあ、いいだろう。
お餅もあるだけ放出したから、これで熊本県菊池の朝市の丸餅
は全部なくなった。
来年もお餅を頼もうと思うけれど、防腐剤を使っていないから
、早めに水に漬けようと思う。
西日本から来るお餅だから、かたちも丸くて、東日本の四角い
お餅とは違うから、もっとおいしく

感じてしまう。
しかも半分に切ってから焼くので、歯ざわりのよいカリカリ部分が増して、大きいまま食べるお餅が退屈に思えるほど。
スウェーデン勢に山へ連れて行くことと引き換えに、留守中の猫の世話を頼む。
家に高級猫がいて、大会で優勝していたから世話は任せてとのことなので、信用するしかない。
先月のバンコク旅行の時には母が毎日猫の世話に来てくれたのに、なぜか年末から急に体調を崩してしまい、猫どころではない。
猫を理由に、退出させたかったのに。
家の中、というより、巣にこもってしまったりすると精神的によくない。
体力もさぞかし衰えることだろう。
なにしろ筋肉を使う時がない。
なんとかして母を外に出さないといけない。
あれほど活動的だった人がこんなになってしまうとは、思いもしなかった。
1月7日 木曜日

エリック到着。
三つ子と比べると、顔がアジア系。
北方から来たというから、ユーラシア大陸に広がる北方系民族の最果てだということがわかる。
太陽が半年なくなってしまう地域だから、色素が薄くなり、骨格にはアジア系を残したまま、
髪の色が金髪になるという一見ミスマッチングな風貌ができあがる。
なんとことはない、私の姿と同じだ。
薬王寺の屋上部屋に入居してもらう。
これで薬王寺の家は、完璧にスウェーデンハウスになった。
1軒が全員同じ国籍になることはあまりない。
一時期北新宿がアメリカ・ハウスになったことはあるけれど、
アメリカくらいではおもしろくない。
これがスウェーデンだから価値がある。
家族を入れて、全員フィンランドやフランスになったことはあるけれど、
別々の他人を入れて同じ国籍になるのは、それなりに価値がある。
1月6日 水曜

フィンランドのヴィリの弟が友人と到着する。
顔がそっくり。
美形の兄弟だとつくづく感心する。
遠い昔にアジア系がかすかに入ったことがわかる。
きつさが緩和されるから良いと思う。
軽トラックを借り、三つ子のうちの一人に手伝ってもらい、木製の柵を薬王寺から神楽坂の庭へ運ぶ。
そんなことをしているうちに、不注意からハンドバッグを失くしてしまった。
出発前のこんな時にすべて失くしてしまったから、本当にパニックになった。
しかし、神様のお陰で神楽坂の交番に、落とした直後に無事、届けられた。
ありがとうございます。
これからは、もっと注意します。
私はなんて神様に守られているのだろう。
それは、神楽坂の庭の植物のために行動を起こしたからだと思う。
1月5日 火曜

スウェーデンの三つ子のモデルが到着。

本当に来るのかどうか来てみないと信じられなかったけれど、現実のものとなった。
神様は私に素晴らしい出会いをご用意して下さる。
これを生かさなかったら神様がご用意して下さった贈り物を捨てたことになってしまう。
私は神様からいただいたものを最大限に生かして、その結果を神様にお返しする義務がある。
1月4日 月曜

フランソワ、ビジンさんのお稽古後、ピンキーさん、修君が来
て、お雑煮をいただく。
「釣りバカ日記18」と「マルタイの女」。
1月3日 日曜

今年初めての日曜礼拝。
一昨日すでに元旦礼拝に参加し、お雑煮を食べているから、なんだか毎日来ているみたいな気分。
今日は青い着物にしたけれど、ねずみ色のお太鼓帯が下がっていると人から指摘され、これからは
赤と金の帯のように、飾り結びの造り帯にしてもらうことに由美子さんにお願いしよう。
1月2日 土曜

築地の本願寺。
1月1日 金曜

元旦礼拝にピンクの着物で出かける。
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