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平成19年7月1日(日)
平成19年6月30日(土)

ゴムの木の枝の途中に、塗らした水苔をビニールでグルグル巻きにしておいたのに、気がついたら
乾いていた。
いけない、いけない、これでは、根が出ない。
もっと、直接的な方法でやらないとと、鋏を入れ、30センチくらいの枝を、水に挿す。
水が腐らないといい。
根が出るだろうか。
昨年は、3本挿して、結局1本しか生きられなかった。
最初の1ヶ月が肝心。
日陰に置くのがいいのか、太陽に当たらないといけないのか。
このゴムの木は、30歳以上も経過している。
その時は、にゃんぐさんの身長よりも小さい鉢植えの子だった。

昨年挿し木したゴムの子供は、それでも何度か赤い皮を破って成長してくれたので、神楽坂の庭へ
丁稚奉公させようかと思っている。寂しくないように、赤いゼラニウムも一緒だ。
数ヶ月先に行っているピンクのゼラニウム姉妹たちとも再会できる。
ところで、神楽坂の庭は、私が知らないうちに、高橋庭師が、小さな囲み庭を更に増やしていた。
そして、私に遠慮して、申しわけ程度に、好きなシダなんか1本だけ植えている。笑ってしまった。
そこは石が多いのと、といからの雨水が流れてくるので、ゼラニウムは、根腐れしてしまうだろう。
じめじめしていても平気で根を張るような、根性のあるのがいいと思っていたので、御曹司のゴムの木は
最適だと言える。
そこへ植えたら最後、私は二度と引き抜けない。
だから、ゴムは生涯そこに行き続けることになるのだ。
市谷台町に生まれ、終の棲家を筑土八幡に、このゴムは、生涯を牛込の空気の中でのみ過ごすのだ。
平成19年6月29日(金)

神様のお恵みの雨で、私の植物たちは救われた。
こういう雨は大歓迎で、1日おき又は、天気雨のように、1日1回ふいに適量だけ降ってほしいものだ。
そうすると、庭でもランが育てられる。
東南アジアは、四季もないし、こういう天気雨が多いからランが野生する。
ランが野生しなくていいから、四季があったほうがいいと、私は考える。
明日の雑誌撮影で使う赤いサンバに羽根をつける。
衣裳スタッフは、すぐにちょっかいを出してくる、「シベリア虎」と闘いながら作業をした。
裏表に長いオーストリッチをつけたから、見違えるほど良くなった。
考えてみれば、これを初めて使ったのは、昨年。
1本の羽根もついていないのに、イベントで使ってしまった。
写真を見ても安っぽい。
その昔あった、関根サーカスの衣裳みたいだ。
ムーランルージュがあれだけ高飛車な料金を取って、レビューの頂点に君臨し、世界中から観客を
集めているのは、ひとえにその質による。
フラメンコの克己さんが、スペインのなんとかという亡くなった闘牛士の形見の衣裳を着て本番をしたが、
本当にその闘牛士が乗り移っていた。
絢爛豪華な衣裳で、これをつくるのに、どれだけ手間隙がかかったのかと感動したのを思い出す。
一時期、勉強のためにモダン・ダンスをやっていたけれど、衣裳は、全身タイツを着てから、
まだらに染めたジョーゼットのスカートを腰に縫い付けてというものだった。
芸術だからと、スパンコールもビーズも、お光物が何もなかった。
これは、私は向かない、何度もそう思った。
ルイジのジャズ・ダンス・カンパニーが、同様に、お光物を何もつけず、技術だけで見せているのを見て、
そうか、そういうものなのかと、当時は納得していた。
しかし、今、私は、クリムトの絵画のように、これでもか、これでもかと、なんでもよりきれいに磨いて
いきたい。
カルタゴのローマ風呂のタイル床なんか見ると、もう、執念とも言えるように細かいモザイクをしている。
どういう気持ちでつくっていたのだろう。
今の私の赤いサンバと同じか。
結局、赤が一番良くなってしまった。
去年の今頃、赤のサンバは、本当に一番みじめな感じのする衣裳で、だからこそ、一番上手な
金髪外人に着せていた。
日本人がそんなものを着たら、みっともなくて見ていられないからだけれど、今は、赤が一番。
神楽坂でお寿司を食べた後、横道でお茶をしたけれど、やはり、歴史的建物がすごい。
和の文化に徹するということがいかに商品価値を高めるのかを教えてくれる。
平成19年6月28日(木)

「新日系人、10万人が父親の支援なく :
 日本政府の興行ビザ厳格化で日本に行ってホステスとして働く女性の数は激減したが、80年代から90年代に生まれた新日系人の子供は推定10万から20万人とされ、その多くが日本人の父親の支援を得られない状況だという。
  こうした女性らを支援するNGO「DAWN」の代表は、多くが日本人の父親からの支援はもとより連絡も取れず、国連が宣言した子供の権利が与えられているとは言えない状況だと話している。
  このため「DAWN」や「CJFCA」といった支援団体と東京の法律事務所が外務省や社会福祉開発省の協力を得て8月1日から9月30日まで新日系人の登録を全国的に実施するという。
  前述の代表は、戦前の在留日本人の子孫である日系人は国籍取得のため日本に行くことが認められ、就労も許されたと指摘し、新日系人も同様の待遇が得られないものかと話している。(Inquirer紙)」
日本人の男たちは本当にみっともない。
フィリピン・パブなど行くのは、所詮負け組。
お金で自由になる女しか相手にできない馬鹿な男たち。
やりっぱなし、無責任、こういう男たちこそ、日本のゴミだから、国外追放する法律をつくってほしい。
フィリピンへ行って、野垂れ死にでもなんでもすればいい。
野垂れ死にをした日本人男性の墓がフィリピンにあるそうだけれど、なんてカッコ悪いのだろう。
遺族でさえ遺体引取りを拒否するのももっとも。
しかし、第三世界の女性が父親のない子供をどうやって育てるのだろう。
ブラジル人ホステスもそういうの多いのだろう。
しかし、ブラジル人は、誰か落として結婚するまで、絶対に目的を達成するだろうから、
妊娠して泣く泣く帰国するような、そういう弱い行動はとらないのだろう。
フィリピンが入国できなくなって、問題が減り、よかった。

平成19年6月27日(水)

フランソワ・コッペと豊島園の温泉へ行く。
ドイツの真似をしているだけあり、ドイツの温泉みたいな感じの部分もあるけれど、プールが遊泳禁止で、
これではなんのためのプールなのだと言いたくなる。
ドイツでは、脚の悪い人も、浮力を利用して泳ぐことで、リハビリをしていたけれど、豊島園のプールでは、
脚で歩ける人しか対象としていないから、ドイツの懐の大きさとは違うなと感じた。
水着ゾーンに来ると、いくら喉が渇いても、水を飲む場所がまったくないので、わざわざ更衣室へ戻って
何かを購入しないといけない。
ドイツの温泉なら、ご自由にお飲み下さいというのが水着ゾーンにあるのに。
サウナをしたら、喉が渇くのが当然なのにどうして水のみ場ひとつつくらないのだろう。
まあ、和風の温泉だけ入って、それだけで帰ってもいいくらいなのだから、ドイツの温泉みたいな部分は
見なかったことにしよう。
本来なら、どどっと疲れが出て寝てしまいたいところなのだけれど、夕方7時、いつものように、エパタ教会の
聖書教室へ行く。
今夜も私一人のために開催して下さって、本当にもったいない。
これをどうやってお返ししたらよいのか。
だんだん答えが見つかってきた。
平成19年6月26日(火)

日本テレビで「ロンキューハイランド」4回目の撮影。
今日は、180度脚を振り上げる人を2名入れたから、レベルが高くなった。
楽屋へ行ったら、いきなり、この曲も踊って下さいと出された音もあり、結局、新しくつくったり、
今までの踊りももっと高度にしたので、かなり良くなったのではないかと思う。
所詮、バックダンサーだから、ところどころしか映らないのだけれど、「決まった踊りの振付をまじめに
踊っている」という姿勢を崩さないでやっていくことでしか、日本人ダンサーの生きる道はない。
外国人に許されることでも、日本人ダンサーには許されない。
技術で勝負するしかないのだから、自ずと次回の人選も決まってくる。
今回からせりふもあり、結構受けていたようで、よかった。
私は、品の良いサンバ隊を考えているので、今回は一人は白、もう一人は銀にして、金をやめた。
ビキニではなくスパンコールのレオタード、芸術作品と言えるくらいにこれでもかと羽根をつけた背負子、
お行儀の良いサンバ隊があっても良いのだと思う。
平成19年6月25日(月)

明日のリハーサルをする。
今回から、直近の本番及び、その次の撮影参加予定者も呼ぶことにした。
そうすれば、毎回リハーサルをしなくてもすむ。
今日はみんな猫が好きなので、よかった。
片付けようと思ったけれど、結局片付かなかった。
平成19年6月24日(日)

えぱた教会の西山牧師が、日本基督教教団から正式にえぱた教会の牧師として任命された。
牧師就任式など、50年前にあった以来のことだから、クレイマー会堂もびっくりしていることだろう。
新宿区内の他の教会関係者が集まったのだから、本当はこの日までに、水周りの工事を終了
したかった。
汚い状態に目が慣れてしまうと、きれいにしようという向上心がなくなるから、私は自分の目が決して
曇らないように、常に美しいものを見ていよう。
雪国か、離れ小島の教会を任されるのだろうと思っていたのに、東京のど真ん中の牛込の教会での牧師になり、
本当に嬉しいと西山牧師の顔が輝いていた。
大きくしていかないと。
方法はたくさんある。私はいくつも案がある。でも、聞かれたためしはない。
こんなに小さい教会でも意見が聞いてもらえないのだから、まして大きな教会へ行ったら、何を言っても、
まったく無視されるだけなのだろう。
消極的に関わるだけにすれば、ストレスがたまるだろう。
積極的に関わるには、私は新人すぎるから無視される。
でも、週に2回づつ来ている人は私しかいない。
平成19年6月23日(土)

サムさんがダンサーを募集しているのを知ったので、弟子に知らせ、早く申し込めと何度も言っても
なかなかやらない。
それで、「オーデションのこと、どうなったのですか。気になっています。
踊りでチャンスがあれば、どんなものにも、挑戦してみて下さい。
上手いかどうかより、チャンスを掴んだかどうかで、世の中は人を判断するのです。
ですから、上手くてチャンスを掴んだ人が一番なのです」と励ましたら、
「 うけるからには絶対かつっていう準備したいしというきもちもあります。
オーディションうけるなら自信もってうけたいなというところが正直なところでまだまよっています」
という消極的な返事が来る始末。
だから、こう言ってやった。
「受からないのなら受けないなど、結果に固執する必要はないと思います。
受かる受からないは、先方が決めること。
大介君は、自分が今できる最高のものをお見せしたらよいのではないですか。
受かるのでなければ受けないのは、非常に打算的だと思います。
受かっても受からなくてもいいではないですか。
その時点で自分ができる最高の踊りを踊ったら、それで、舞踊家として満足ではないですか。
万一受かったのなら、それは、神様が下さった贈り物、大切にお受けすべきです。
受からなかったのなら、それは、自分の踊りのどこかにまだ足りない何かがある証拠。
勉強をする良い機会を与えていただいたのだと謙虚に受け止め、実力を高める努力をする時なのだと思い、
汗を流せばよいのです。
挑戦してみて下さいね。
応援しています。マリカ」
そうしたら、「はい、了解しました◎とにかく受けてみます!ありがとうございました◎
また結果について連絡します。おやすみなさい」という返事が来たので一安心。
最初の一歩が踏み出せない人がいるのだ。
いい人なのにもったいない。
貪欲に挑戦して、オーデションというと、すぐ出向き、全国のテーマ・パーク・ジプシーになっている人もいる。
これも、根無し草になってしまい、考えものだけれど、全然なにも始めないより、何某かの経験を
積めるから、いいかも。
さて、錦糸町からここまで自転車でお稽古に来ている人は、以前、お稽古の後、そのまま
千葉の木更津まで自転車を漕いで行ったと言ったので、自転車を見せてもらう。
すごく高いからと大切にしているようだけれど、お買い物かごはなし、二人乗りもできず、別に、
エンジンがついているわけではない。
物は背中に背負わないといけなく、私のママチャリの方が数段、使えると思った。
値段は多分、私の自転車の10倍するかもしれない。
自転車で千葉、どうしてそんなことができるのか。
下流の川幅の広い橋を渡るのだと思うだけで、私は身震いする。
平成19年6月22日(金)

今日はビリーズブートキャンプの撮影で日本テレビに外国人軍団を連れて行く。
私はキャスティングと衣裳提供だけだと思ったのに、カメリハで、自分がビリーと書かれた札を首から
下げて、カメラの前でエクササイズをするとは思っていなかった。
本来、ダミーをするはずだった人がブートキャンプのエクササイズを知らなかったから仕方ない。
ビリーさん、テーブルのところに立ってと言われたら、はいと素直に返事をして、ちょんまげのかつらまで
つけてしまった。
普通のタレント事務所の社長ならやらないだろう。
ビリーという人は、天才だと思う。
商才もあり、びっくりさせられる。
やっているエクササイズの動き自体は、粗野だと思うけれど、万人に門戸を開いているところ、また、
ビリーが黒人であり、元軍隊で、連れ子との関係がよく、一緒に家族労働をしているのがほほえましい
などということが、多くの人をひきつける理由なのだと思う。
今日小耳にはさんだところによると、あの音楽も自分でやってしまったらしい。
ビートが効いた早い音楽だ。
我らのジャズの王様ルイジなら、旋律が乏しいそんなもの決して選ばないだろうけれど、世の中の
一般人はこれが欲しいのだ。
ルイジがやっていることは、白人の、しかも、バレエを基本としているユーロ・ジャズで、
技術的に洗練されて難しいし、やる人を選ぶから、ビリーの数百倍素晴らしいことを
していて、芸術的に価値があるのにもかかわらず、DVDの販売数は、ビリーの数千分の一かもしれない。
ここに、芸術家の悲しさがある。
ビリーのキックは、膝が伸びきっていなくても、爪先が曲がっていても、角度が多少変でも、それが
間違いではないのだけれど、舞踊の技術となると、正しい型になっていなかったら、それは間違い
なのであって、その動きは禁止事項なのである。
ルイジを知っている人より、ビリーを知っている人の方がはるかに多いだろう。
なんということだ。
DVDを最初から最後まで見ても、特に何をやっているわけではないけれど、この人の、カリスマ性と、
すごいテンションの高さに引き込まれるのだ。
ただし、今回は、お笑いタレントに指導するというかたちだったので、ビリーの技術をこれでもかと
見せる番組ではなかったのが残念だ。
でも、見せてしまったら、DVDが売れなくなるから、やはり、見せるのは、ほんのさわりでよいのかも
しれない。
そのビジネス感覚もすごい。
楽屋受付の横のガラス張りの部屋でちらっと見た時は、上下真っ赤なウェアを着て、囲まれていたのに、
13階の撮影スタジオに上がって来た時には、ピンクの柄入りの衣裳に変更していた。
金髪の娘には同じものを着せているのに、自分は、どんどん衣裳を変える、それも、この人でないと
恥ずかしくて着られないようなものを着て、自分を演出するするのがすごい。
私は思うのだけれど、人間自体が明るくないと、上達や、成功は手に入れられないのだと思う。
知っている人で、本当に暗い人がいるけれど、人生で何もやっていないし、成功もしていなく、引越しを
繰り返し、友人も少なく、ともかく暗いのだ。
つまり、人そのものが明るくないと、光を呼ばないから、スポットライトも当たらないのだろう。
平成19年6月21日(木)

神武天皇から14代の天皇は実際には存在していなく、15代目から本当に存在していて、応神天皇は
神武天皇と同じ人で、朝鮮半島から来た騎馬民族の王で、日本の九州の豪族の家に婿入りすることで
日本を支配していき、近畿に向かい大和朝廷をつくったというおもしろいことが書いてあるものを
読んでいる。
読みたい本は、とりあえず、全部買って、時間を見つけて読もうと準備した。
父が生きていた時に日本の古代に興味を持ったら、父はどんなに喜んだろう。
私があまりに外国かぶれで、日本の歴史をないがしろにしているのを見て、父は心を痛めたに
違いない。
父のお墓に行かなくても、古代史を読むことが父への供養だと思っている。
それは、小平霊園の日本キリスト教教団墓地へ行かなくても、週に2回えぱた教会へ行くことが
祖母への供養であることと同じ。
平成19年6月20日(水)

新宿都税事務所の中は本当に汚い。
剥げた塗料のドアが目立ち、一階エレベーター横のドアの汚さといったら、もう、形容のしようがない。
行く度に、下で座っているおじさんに言っているけれど、一向に変わらないから、今日は、思い切って
「お客様の声」に書いてきた。
白スポンジの激落ちくんで掃除してもぜんぜん効果がないところまで、きているから、どうにかしないと。
特にお金を集めるための建物は、きれいにしておかないと、集まったお金は有効に使われていないと
思う人が出てきてしまう。
職員の数がやたらと多いから、暇そうな人を一人減らして、その分で、プチ内装をしながら、よくして
いったらどうだろう。
最近自分が、こっちやあっちをプチ内装して少しづつきれいにしていっているから、そういうことは可能
なのだということがよく理解できる。
不思議なことに、内装は終わりがなくて、完成したと思っても、どんどん良くしていかれるから、おもしろい。
私は、壁の見えない家で育ち、自分でも壁をなくして生活しているから、原則的に壁はほんの少しでいい。
ルイ14世や、ルードヴィヒ2世は壁をすべて鏡にしたし、ロマノフは壁を琥珀にし、アウグスト2世は、壁を
陶器で埋め尽くし、父は壁を本でいっぱいにしていた。
私は鏡とバリの絵画及び植物で埋め尽くしているけれど、城北台も、壁を貼ってしまおうと、今密かに
計画を練っていて、早速鏡屋さんに見積もりを頼んでいる。
宮廷マンションは文字どおり現代の究極の鏡の間にしたから、もうこれ以上、1枚たりとも取り付け不可能
なまでになっているけれど、他の場所はまだ取り付けしている途中だから、おもしろい。
100平米くらいのものがあればいいのにと思うけれど、強度が保てないのかもしれない。
これで満足と思わず、次に手に入れる物を目指すことで人間は向上心が生まれる。
平成19年6月19日(火)

私は自然の生き物がいとおしくて仕方ないので、フィリピンの養殖バゴス(ミルクフィッシュ)の
大量死で、漁業水産資源局発表の、パンガシナン州のアンダ町とボリナオ町だけで被害は1,151トン、
3,200万ペソ相当に上るというニュースを読んでも、貧しい国の人がそれほどの損害額を出して気の毒に
とは思わず、それより前に、酸欠状態になるほど、劣悪な環境に詰め込まれて、魚たちはさぞかし
苦しかったことだろう、本当にかわいそうにとい気持ちが先に来る。
神様のお使いの魚たちは、人間の経済を豊かにしてくれるため、自分の犠牲にして、これまでその地域の
産業を支えてきてくれたのだから、魚たちの死を無駄にせず、そこから改善策を学ばなくては、
かわいそうな魚たちは浮かばれない。
この国の人口を3分の1に減らせば、この国のほとんどの問題は解決する。
同じことが地球にも言える。
一度、人口を10分の1に減らそうではないか。
星何某のショート・ショートのように、現在いる人々を公平に抽出して殺さなくてもいいから、自然死に
任せて、まず、10分の1に減らしてからまた、やりなおせばいいと思う。
もう、増やす必要などないのだ。
平成19年6月18日(月)

昨夜、ヒストリーチャンネルで、ザクセンのアウグスト2世が、これでもか、これでもかと、自分の城を
芸術作品で飾り立て、その結果、マイセン焼きという世界ブランドを創った、そして、それが、
この間の戦争で連合軍によりわずか1日で破壊されたという映像を見て愕然とした。
破壊された磁気のかけらをひとつづつ集めて貼り付けては、元の形を再現しようとしている
ドイツ人工芸家のプロフェッショナリズムに涙が出てきた。
アメリカというのは、世界どこへ行っても、文化や芸術作品を破壊する歴史上稀に見る犯罪者集団だ。
自分のところが本格的に襲撃されたことがない国民は、他人の痛みもわからないから、これからも
平気で他国を破壊するだろう。
ビルが二本倒れたなんて、破壊のうちに入らない。餓死した人も、被爆者もいないから、わからないのだ。
さて、今日は、鏡屋に、神楽坂と城北台に鏡をつけてもらうための採寸に。
その帰りに、低い場所にある神社に寄ってみる。
この神社には名前がない。
入り口も鍵がかけられている。
両側に茂っている木は、推定樹齢何百年といったところで、空襲を免れ、立派に育っている。
神社の縁側の下に、箒を見つけた。
誰が清掃しているのだろう。
私がしてもいい。
どこに頼めばいいのだろう。
狛犬や、キツネを置いて下さいなどというリクエストもできるのだろうか。
不可思議な神社である。
だいたい、こんな目立たない場所に、このようにしょぼくれた神社を建てること自体、無理だったのだ。
誰がここへお参りに来るというのか。
私だって知らなかった。
かわいそうすぎるから、私が流行らせてあげたい。
もとは何を祀っていたのだろう。
どんなに小さいとはいえ、誰かが何かの目的で建立したのだから、意味がある。
このまま風化させてしまうのは、忍びない。
人は表通りしか通らないから、こういうものが目に入らない。
この神社が低い場所にあると思ったのは、大久保通りの坂の上から来たからで、外苑東通りから
来れば、坂道を上がっていったところにあるから、まあ、坂の途中にある神社jなのだ。
傍に、「新撰組の試衛館」と書いてある碑がある。
土方や、沖田はここで訓練したようだ。
ここは、土地が傾斜で、平地がないから、どうやって、道場を建てたのだろう。
どうして、試衛館を再現しないのだろう。
新宿区は文化にたくさん支出しているようだから、碑を建てるだけではなく、資料館も建てれば良いのに。
ところで、きれいな外国人たちがみんな夏休みで国に帰ってしまい、番組の要求にかなり苦労している。
どうして美人はしょっちゅう休暇を取り、ブスばかり日本に残っているのだろう。
片っ端から声をかけているけれど、本番に間に合わなかったらどうしよう。
平成19年6月17日(日)

昨日ラリー・キングに出ていたアルパチーノは本当に素敵なヘア・スタイルをしていた。
カットが実にいい。上のほうがふわっとしていて、横の長さもちょうど良くて。
この人は何歳なんだかわからないけれど、素敵な男はいくつになっても素敵。
それと比べて、ムシャラクのヘアスタイルは一体何だ。
先日の騒ぎで、もうやめたかと思ったら、まだ大統領をやっている。
皮一枚で首がつながっているのに、このアライグマみたいな頭は何だ。
横だけ真っ白で、上は、それ、かつらなのか。浮いて見える。
染めるなら、上と横と同じに染めないと。
パキスタンの美容技術の質の低さなのか、まわりに、スタイリストのような役割をするイメージ担当
スタッフがいないからなのかわからない。
そう考えると、第三帝国のドイツは、すごい美学に貫かれていたと思う。
やっていた政治思想はともかくとしても、かたち、型、輪郭、振り、服装の細部に至るまで、最新の
注意が払われていた。
今朝、大変不思議なことがあった。
エパタ教会へ行く時、スクーターに乗り、爽やかな風を楽しんでいたら、自分がブラジャーをしていないことに
気がついた。
ニットのワンピースの下は、何もつけていない。
踊りのリハーサルならこのまま行ってしまう。踊りの顔ぶれなら、誰も気にしないし、何も言わないだろう。
しかし、私の行き先は、教会の日曜礼拝だ。
どうしよう、戻ると遅れてしまう。
しかし、抜け弁天から、戻る。
表の駐車場に停めると、ツバメを驚かせてしまうから、裏に停めて、そそくさとガラス扉を開けようとしたその時、
ツバメの片親がふいに私の頭をかすめて、巣へ飛んで入り、巣の中にいたもう片方の親が、
それと入れ違いに、外へ飛んで行った。
無事だった、よかった。
ツバメは、無事であることを私に知らせようとして、わざわざ、飛んで来たのだ。
しかし、建物の裏側から入って来たというのに、どうして私が帰って来たことがわかったのだろう。
思うに、私が今朝、ブラジャーをし忘れて出かけて、途中で気がつき、戻って来たのも、すべてこれ
神様のなさったこと。
昨夜から心配していた私に、ツバメが健在であることを、見せて下さったのだ。
さて、教会の庭では、極力プラスチックケースを空けて、燃えないゴミで捨て、植物を直植えにした。
プラスチックケースの中の植物は長雨だと、根が腐ってしまう。
直植えなら、そういうことがない。
教会は植物が豊富で、栄養がいいものだから、クチナシの木になんと6センチもある大きな緑色の
毛虫が歩いているのを発見。
しかし、殺虫剤を使わなかった。
毛虫を食べる鳥がいる。
この毛虫で私は雛を育てているのですと、私のツバメがテレパシーで伝えてきた。
虫を生かすことは、鳥を生かすこと。
自然の食物連鎖を人間が薬で断ち切ってはいけない。
不要な昆虫など、自然界にはいないのだ。
クチナシはたくさん蕾をつけている。
ひとつや、ふたつ、毛虫にあげても、なんら困らない。
鳥が来なくなることの方が、よほど困る。
さて、教会から帰って再び、建物の裏口にスクーターを停めて、建物の中に入ってくるなり、ツバメが
2羽で駐車場いっぱいに飛び回り、お帰りなさいと歌ってくれた。
なんという幸せ。
帰ると猫が迎えてくれる人はこの世にたくさんいるだろうけれど、ツバメが夫婦でお迎えしてくれる人など
新宿区に何人いるのだろう。
私はツバメに愛されている。
だから、私はこ愛をツバメや自然に返さなくてはならない。
レッスンの後、神楽坂の庭師に油粕肥料を届ける。
鶏糞にしようと思ったのだけれど、そういうものは、牛込柳町のスーパーでは売っていなかった。
玄関の左に小さな花壇をつくりたいと、昨日、庭師に希望を言っただけなのに、今日すでに小さな
花壇ができていて、60センチくらいのアロエが植わっている。
ご丁寧に、根元には、苔で被っている。
奴は植物のこととなると、本当に、仕事が速い。
好きでしかたないことだから、こんなにすぐにできるのだ。
ところがである。
私の大切な、ピンクのゼラニウムを全部抜いて、中央にかためて植えなおしている。
そんなこと、頼んでいない。
やっと、根がついたかどうかくらいのゼラニウムを、こんな炎天下に植え替えなんかしてどうするの。
しかも、お互いに邪魔しあわないように、間隔を置いて植えておいたのに、こんなに近くにつめて
植えて、根が十分に張れないではないか。
ったくもう、この庭師は、根はいい人なので、頼んだことは完璧にやってくれるのだけれど、頼まないことは
ピントがはずれている。
だいたいこの人は、昨年私の大切にしていた20年もののゴムを枯らした。
頼まないのに、真冬に植え替えばかりして、しかも、根を全部、のこぎりで切ってしまった。
この庭師が悪いのではなくて、私の指示の仕方が悪かったのだと思わなくてはいけない。
だから、この庭師には、定期的に指示書を玄関に置いてくるに限る。
そんな時、ほんの気持ちだけ、神楽坂のパン屋でかったおみやげや、ドリンク類を、ごんぎつねのように
置いておく。
どこの世界に、緑の仙人のように、私が言ったとおりに、植えたり、雑草を抜いたり、水をまいたり、
自分の手を汚して私の花壇のために時間を割いてくれる人がいるというのか。
この人は何者なのだろう。
平成19年6月16日(土)

こんなに大変ならOCNなんかではなく、簡単なyahooBBにしておけばよかった。
yahooBBは、送られた来たその日から、ただパソコンに差すけでインターネットができるのに、OCNは
設定をしないとつながらない。
光だと設定までしてくれるのに、ADSLは、設定をしてくれない。
この建物は、なぜか、KDDIが光を設置していて、NTT用の線の容量がないから、光はできないので
ADSLにするようにと言われた。
ともかく、5本契約していたプロバイダーKDDIのうち、2本をyahooBBに、2本をOCNにした。
残りはあと1本。これも時間の問題。急がず、どこにするか、ゆっくり考えたい。
ともかくKDDIはひどすぎるということが判明したのは、昨年のこと。
価格が安いからとYahooBBから乗り換えた私は本当に愚かだった。
しかし、間違いは是正するいことで解決する。
この1年余り、KDDIにより不自由な思いをさせてしまった人には本当に申しわけなかったから、
これからは、良い環境を享受してもらいたい。
私自身はずっとyahooBBですでに10年経過してしまったかもしれない。
KDDIは気の毒だけれど、未来のない会社だと思う。
国際電信電話を一身に引き受けて大儲けをしていた80年代とは違うから、プロバイダー業に手を
出したのだろうけれど、つながらない、切れやすい、安定しないでは、安くしても結局、みんなまた
よそへ乗り換えて行ってしまう。
今日は、OCNだ、NTTだと、朝から電話で何度もやり取りをしないといけなく、お陰で、マッサージにも
行かれず、レッスンも担当できず、人に任せてしまい、さんざんな目に遭った。
こういう面倒なことはもうしたくないから、これからは、新規で入れる場合は、簡単なYahooBBにする。
さて、開店真近に伊勢丹に靴を買いに行って思ったのだけれど、1階の女性販売員は、
黒の上下を着ているけれど、非常に姿勢が悪く、首が前に出ている人が多くて、職業柄、
私は非常に気になる。
1日中、固い床の上に、冷房の中、立っているのは、極めて健康に良くない。
しかも、ハイヒールの人もいる。これは、足にくる、腰にくる、捻挫をするかもしれないし、近い将来
椎間板ヘルニアになるかもしれない。
販売ノルマのストレスもあるだろうから、これほど不健康なことを若くてきれいな女の人がやっていて
いいのだろうかと思う。
なぜ、別の仕事をしないのだろう。
今日は、いつものツバメを夕方も夜も見ていない。
定位置に停まっていない。
子供たちと母親は巣の中にいるというのに。
私の友達のツバメがいなかった代わりに、ツバメの巣のすぐ真下に、例の黒猫が、駐車場にごろにゃんと
背中をすりつけていた。
私は一瞬、背中に冷たいものが走った。
ツバメは昨日、駐車場内で、かなり低空飛行をしていた。
ネコが飛びつけば、捕まってしまう高さだ。
今、夜中の11時。
心配だから、もう一度、階下の情勢を確認して来よう。
友達の命がかかっているのだから。
そして、その親の持って来る餌を待っている雛たちの生命がかかっているのだから。
 さて、階下の駐車場では、一台発車しようとしている車がうるさくエンジンをかけている。
ツバメの邪魔になるから、エンジンを切れと言いたいところをぐっと我慢して、車を見送り、
ツバメの巣を見上げる。
巣の中にはぎっしりとみんながいるけれど、部屋が狭くて、一人で照明灯とのころで、別に寝ていた
おとうさんは、今夜はどうしたのだろう。
2晩つづけて、私と話をしたというのに。
ポーランド人が言うには、ネコが襲ったのなら、ツバメの羽が飛び散っているはずだけれど、それが
ないということは、ネコは襲っていないと私を慰めるけれど、気の効く管理人が、落ちた羽など
とっくに始末しているかもしれない。
あの人は、暇さえあれば、箒で駐車場内を掃いているから。
ほとんどが私のベランダから落ちる枯葉なのが、本当に心苦しいところなのだが。
ツバメのことが気になって仕方ない。
平成19年6月15日(金)

この建物のうしろに、鳥の集会場になっている電信柱がある。
いろいろな種類の鳥たちがそこで、さえずっている。
気のせいか、私が小石川高校の方へ歩いて行くと、一緒に飛びながらついてきてくれる鳥がいる。
以前、尾長鳥がよく、そうしてくれて、私が歩いてお昼を食べに行く時、定食屋まで来てくれたものだ。
鳴き方からしてスズメではない。
ところで、神社は通常、どこからでも見える場所、高台に建立する。
谷底に造ったりはしないもの。
ところが、牛込柳町交差点あたりで、普段入らない路地に入り、ふと、右手を見ると、坂を下った一番
低いところに鳥居が見えるではないか。
どうしてこんなことが。
低い鳥居を見たことがないわけではない。
鹿児島の桜島噴火で、火山灰に埋もれてしまって低くなった鳥居を以前に見たことがあったが、それと
この牛込の鳥居とはわけが違う。
後ろからでも入れるのかなと、ぐるっと、回ったが、家などが建て込んで、結局、神社への通り道は
見つからずそのまま帰って来てしまったのが、二日前。
どうしても気になるから、本日神楽坂の帰り、是非とも寄ってみよう。
神社は、古事記が書かれた時点712年ですでに3千から5千あったというから驚きだ。
渡来したユダヤ人たちが、ある時期一気に建立したのか。

ブーさんとメゾン・ド・ブルゴーニュでとフランス料理を食べたら、神社探検するのも忘れてしまい、レッスンに直行
してしまった。
スフレは、ムール貝だったから良かったのに、カジキなんか入れたら、せっかくのスフレがぜんぜん、おいしくない。
なにが今日のスフレだ。
以前の方がメニューが良かった。
今夜またまた、昨日のツバメと話しこんでしまった。
その距離たるやわずかに2メートル。
昨日話したばかりなのに、1日でもうこんなに話すことがたまっている。
私がつばめと話しているのを見て、他の人もびっくりしていた。
ツバメがぜんぜん、警戒しないで、私を仲間と思っていてくれるのが、とても嬉しい。
駐車場を何度も旋回して、上手に飛べるところを見せてくれて、ちょこんと、自分の定位置に停まるから
かわいらしい。
胸が白くて、しっぽは、燕尾服、本当に優雅な姿だ。
低く飛んではいけないと、何度も言って聞かせた。
下には若い黒い猫が待ち構えている。向かいの家で生まれた猫だ。
私はこの子を生まれた時から知っている。
猫が飛び上がったら、ツバメはイチコロだ。
決して猫が届かないように、ある程度の高さを飛んでいないといけない。
ツバメの巣は今は、満室状態で、片親しか入れない。
だから、もう片方の親は、かわいそうに、一階の照明の上で立ったまま眠る。
ツバメの子供が巣立ちをする時、万一下の駐車場に落ちたら、猫が下で待ち受けている。
みんな、私のツバメに手を出さないでほしい。
成19年6月14日(木)

雨の中を、ツバメが飛んで戻って来て、雛に餌をやっている。
片方が戻ると、もう片方が、待っていましたとばかりに雨の中へ飛んで行く。
私が外から戻ると、私が戻るのを待っていたのか、私のすぐ近くまでツバメが来て、ついつい話こんで
しまった。
私が実際に声に出して、いろいろ話しかけると、向こうは、チーとかチルチルとか言って、私に話を
してくれるのだ。
はじめは、空耳かと思って、見回したけれど、私と目の前のツバメしかいない。
なぜ、逃げないのだろう、向こうが動かないものだから、私は悪くて、建物に入るガラス戸を開けられない。
ツバメが飛んで行くまで、私はツバメと話していようと思ったら、向こうもそのつもりで、私が中へ
入るまで話していようと思っているようだ。
そんなわけで、お互いに積もる話をしていた。
私は、ツバメに感謝の言葉を述べていた。
これほどたくさんの建物があるのに、わざわざここを選んでくれたことに対する感謝。
子育てがうまくいき、巣立ちができるようにというご挨拶。
これにこりず、来年また帰ってきてほしいというお願い。
ツバメは、私と話をするのが楽しいようで、いろいろな声で私に話をする。
聞き耳頭巾という話では、それをかぶると、鳥の話し声がわかるだけれど、私はそんなものかぶらなくても、鳥の
言っていることが、すべてわかる。何とも楽しいひとときなのだろう。
ところがである。
ふいに、ずさんに建物のガラス戸を開けた、ひっつめ髪の韓国人の女が出てきて、手にもった空のプラスチック・ケースを
ガシャーンと床に打ち付けたのである。
私と話していたツバメは驚いて雨の中へ逃げて行った。
巣の中にいたツバメもびっくりして、外へ飛んで行ってしまった。
「ツバメがいるのに、うるさいですよ。音を出さないで下さい」
そう言った私に謝るどころか、そのひっつめ髪は「わざとやったんじゃない」と口答えをする。
うるさいから「シー」と言ったら、「なに、えばってるんだ」と言い返す。
キムチを入れるであろうプラスチックのケースなんかうるさく床に落とす韓国人を相手に、私が態度が大きくなるのは、
ひとえに、私の大切なツバメを守りたいから。
ツバメは神様がここへ遣わして下さった大切なお客様。
この子達が来てくれてからというもの、私は以前のように、ふらふらと東急ハンズや、サクラヤで、
買いもしないのに、あの階この階くまなく、めぼしいものを捜して歩くようなことをしなくなった。
どこかへ行っても、ツバメが心配ですぐに戻って来てしまう。
夜は、管理人がいないので、私が駐車場を見回り、車のエンジンをうるさく吹かしている人や、
台車でガラガラと音を出している人、喋っている人、歩いている人、そこにいる人、ともかく、
目についた人には誰でも、ツバメがいるから、用事がないなら、すぐにここをどくようにと注意する。
私がしなかったら、こんな役目、誰がする。
私は、生き物の命を大切にする役目を、神様から任されているから、そのためなら、どんなに
みっともないこと、恥ずかしいこと、人が引いてしまうこと、やりたくないことでも、一見変なことでも、なんでも平気だ。
私は神様から任されたツバメのお世話を実行するのみ。
成19年6月13日(水)

ウルグアイ人とアジア料理の食べ放題に行く。
私は今後、夕食の食べ放題をやめて、昼にしかやらないように決心したけれど、こういうアジア料理は
これでやめる。
新宿三丁目の和食の食べ放題の店が、もう少しまともな料理を揃えていればいいのだけれど、内容が
あまりにもお粗末で、本当に、お昼を食べる場所に困る。
南米で、人口の90%以上がヨーロッパ人という国があるなど、知らなかった。
原住民のインディオは全員スペイン人が殺戮したのだと教えてくれた。
このウルグアイ人のおばあさんは、18歳の時に、たった一人でハンガリーからやって来たとのこと。
「マジャール語を教えて」と何度もおばあさんに頼んだのに、「そんな役に立たないもの学んでどうするの」
と、フランス語の学校に行かされたという。
自分は合気道が強いから、だから弱い相手には力を使わずに加減すると言っている。。
弱い人は、全部の力を使うけれど、強いと少しの力で同じことができる。
踊る時も同様で、シロウトは、すぐにハアハアするのに、プロは同じ動きをしても全然ハアハアしない。
それに、レッスンを受ける方は、たったの1時間なのに、すぐに疲れけれど、教える方は数時間
ずっとやっているのに、なぜか元気だ。
これは、最小限の力で同じこと、またはそれ以上のことができるような身体になっているからだ。
そうなるために、練習を積むのだ。
ところで、宝石の面を多くカットすると、面が増えれば増えるほど、ひとつひとつの面の面積は小さくなる。
面が多くなれば、面積を小さくするしかない。ただし、その面は、輝きを増す。
これは、誰が言ったのだろうか。
18世紀のドイツ人だったのかもしれないが、記憶が定かでない。
さて、何を言いたいかというと、多くの人と会い、人との接触をなるべく短くする。
不思議なことに、接触時間が短くなっても、友情は愛情は変わらない。
外出したら、用事をすぐに済ませて、一見無駄だと思われることに多く時間を割き、情報収集をする。
あれもこれもやるけれど、集中力があると、ひとつのことだけをやっている人より以上のことが
できる場合があり、相互作用で、もっと多くのことができるようになる。
そのためには、思いきり自分と向き合う時間が必要で、これを持たない人は、人生の中で、
自分の時間がなく、人の時間の中で生きることになる。
自分の時間は自分がつくる。
成19年6月12日(火)

今日はタレントさんが遅刻したかなにかで、撮影が始まらず、ずっと待たされ、結局帰りも遅くなって
しまった。
白のレオタードは大変清楚で、品があり、青い羽根とよく合っていたのが嬉しい。
カメリハから本番までの4時間たっぷり楽屋で1枚、また1枚と羽根を縫いつけていたので、第1回目
撮影の時と比べると、今回はなんとかふんわりしてきた。
今たくさん青い羽根があるので、もっと素敵にできる。
帰りのタクシーの運転手から、石原都知事が、海風を都内に入れて、樹木を増やし、皇居の温度を
あと2度下げるといったようなことを言っていた。
私もやるぞ、照り返しを少なくするために、どんどん木を提供したい。
空き地を私に任せてくれたら、無料奉仕で雑木林をつくってみせる。
木を提供したい人は私のまわりに結構いる。
大きくなりすぎたり、増えすぎて、収集がつかなくなっている人がいるものだ、昨日の鏡屋さんのように。
私も、薬王寺の屋上の樹木が増えすぎて、どうにかしたいと思っている。
神楽坂の狭い庭も、これ以上植えられない。
私は土地を買うしかないのかもしれない。
ベアトリス・ポッターが湖水地方でやったことを、私は新宿区でやるとなると、これは大ごとだ。
しかし、私には使命感がある。
地球の温度を下げるお手伝いをする。

地球はこういう人を待っている。
成19年6月11日(月)

昨年の9月にバリ島で買った鏡の木枠にはめる鏡を注文するためにネットで鏡屋を捜したら、なんだ、
ほんのさきほど通って来たあの道にあるようだ。
その道は富久町から余丁町へ行ったところで、私はそこの銭湯にたまに露天風呂に入りにいく。
その隣には、なんと、道、それも天下の公道上に畳4枚ほどの大きさで、とたん造りの掘っ立て小屋があり
焼き鳥などを食べさせる飲み屋がある。
どうして公道上に店屋などを出すことが可能なのだろう。
しかも、これは、数十年前からあるような雰囲気だ。
勝手に建てていいのなら、私だって建てたい。
誰もがみんな好き勝手に公道に家など建てたら、道路は狭くて大変なことになる。
その焼き鳥屋のために、急に道幅が1メートルになり、車輌は通行不可。
自転車と二輪がやっと。
どういうわけか、この焼き鳥屋だけが、法の規制を逃れているのはどうしてなのだろう。
ところで、その鏡屋は、メダカが好きでたまらなく、数百匹飼っている。
水槽の数も半端でなく、12個はあるかもしれない。
幸福の木に薄紫の花まで咲かせ、アロエも赤い花を咲かせた痕がある。
手入れが悪いので、常に持ち歩いている鋏で、枯れた葉を切る。
悪いねーなんて言われたけれど、好きでやっているのだから、悪いもなにもない。
手入れされていない植物のお助け人として、徳川のお殿様に終身雇用されているので、お国のため、
世界のために、日々鋏を振るうまでだ。
サンバの背負子を入れる袋にファスナーをつけると、羽根を痛めてしまうので、ファスナーをつけず、工夫して、
結構いい袋ができたので、明日から使いはじめよう。
成19年6月10日(日)

エパタ教会の帰り、弁天町へ寄り、乾ききったかわいそうな植物に神様の恵みの雨を存分に浴びせるため、
位置を動かす。
日本テレビのリハーサルをしたので、前回の撮影より振付や技術がより高度になるようにする。
毎回やっていることで、マンネリになり手を抜いていくのは他の人々。
私たちは、やるごとに高度になっていくようにしたい。
よそより、きれいで、上手でしかも価格が安い人が踊ることでしか、オフィス・マリカは生き延びられない。
オーストリア人とスキヤキの食べ放題へ行く。
これでもかと食べると、もう、食べることが嫌いになってしまう。
スキヤキもしゃぶしゃぶも、当分食べたくない。
ドイツ語のヤギと屋根瓦という単語は1字違いで、ここ数年使用していなかったため、今日久々に使ったら、
ヤギを屋根瓦と言ってしまい、笑われた。
もしかして、1986年頃に奄美大島より南の加計呂島にフェリーで渡った時、スクーターで走った道の端々を、野生のヤギが
風のように飛び交ったあの日以来、使っていなかったのかもしれない。
羊と違ってヤギは本当に使う時がなかったと思う。
日本はユダヤ国家である」なんていう題名のホームページは行き過ぎか。
まあ英語だから構わないだろう。
参考文献は日本語で紹介しておいた。
こんなにたくさん本が出ていると言いたいけれど、ほとんどすべて、同じ人が同じような内容で
書いているから、なるべく違う著者のものを読まないと正しい判断ができなくなる。
成19年6月9日(土)

私はなんと運が良いのだろう。
夜中にジュディー・ガーラントの「ジークフリート・フォーリーズ」を偶然見た。これで2回目。
朝はシアターチャンネルをひねったとたんに、ジャック・ドミー監督の「ロバと王女」が飛び出した。
カトリーヌ・ドヌーヴのなんと若いこと。
色彩が斬新で、ひとつひとつの衣裳、装置が実に細かく丁寧に造られている。
馬に至っては、衣裳の赤に合わせて、馬まで数等全部赤く塗って(?)ある。
動物愛護団体がまだうるさく言わない時代につくったからいいようなもの、今だったらこんなこと
不可能かもしれない。
どの部分をとっても、それはそれはきちんとつくられていて、独特の世界をつくっている。
これは時代劇だけれど、この手法は「ロッシュウォールの恋人たち」や「シュルブールの雨傘」のような
現代物になっても変わらなく、強烈な色彩の美しさで自分の世界を作り上げている。
フランス人は「目の人」なのだということを納得せずにいられない。
ツバメの雛たちは、大きな元気な声で餌をねだっている。
1階の天井の壁で騒いでいるから、開け放った2階のベランダからよく聞こえる。
成19年6月8日(金)

お昼を食べに来たスウェーデン人に、ジャガイモが新大陸から伝わる前、スウェーデン人は
どういう食生活をしていたのと聞いたら、スウェーデンには秘密の食べ物がると教えてくれた。
牛乳から作るヨーグルトのようなもので、それに、ハーブなどの栄養価のある草を入れて、良く混ぜて
飲むというか、食べるとのこと。
これがあれば、必要な栄養はあるので、死なないとのこと。
ジャガイモがなかった時代のヨーロッパ人は、本当に悲惨な食生活をしていたことと察する。
ジャガイモだけではなく、トマトも、トウモロコシもすべて新大陸からやってきた。
新大陸の食生活のなんと豊かなこと。
しかも金を産出した。
神から与えられた豊かな土地だったからこそ、後に代償を支払わなくてはいけなかったのだ。
しかも、現在もその代償を支払い続けている。
彼らは何という運命の下に生まれてしまったのだろう。
カリスマ的な民族主義者が現れて、もう一度、彼らに中米南米人であるという自覚を呼び起こさせることが
必要だ。
それもクーデターを起こすような政治家ではなくて、無抵抗の精神的指導者の女性が現れて、各国が
宗教的とも言える陶酔のもと、それに従ったら、あの大陸に自分たちの一大帝国を築けるだろう。
あそこは、資源的に、十分に独立してやっていかれる場所で、本来ならEUや北米に対抗できる
勢力と成り得る条件を持っているのだから、人々が自分の誇りとアイデンティティに目覚めることである。
これから倉庫へ行って、青いサンバ衣装を取ってこないとならない。
来週の日本テレビに使うのだけれど、羽根がぜんぜん足りないまま3度も使用して、心が痛むから、次回の撮影では
あっと驚くほど豪華にしてご披露したい。
そうやって、羽根を一枚一枚つける、地味な努力をしていかないと、良い場面はつくれない。
成19年6月7日(木)

絹の命の最後まで、一緒に付き合おうとすると、こちらが相当な妥協を強いられる。
かといって、これまで尽くしてきてくれた絹を無碍にもできない。
これが、化繊なら、いとも簡単に処分できるのだけれど、絹は生きているから、話が違う。
絹は次第に強度を失うから、だんだん、繕うことも不可能になる。
しかし、人目にはともかく、自分と絹との一種独特の心の繋がりみたいなものができてきて、
ほつれてきた絹を決して醜いと思えず、むしろ、長い間、ご苦労様でした、よくやってくれました
という気持ちになるから不思議だ。
今度こそ、いいかげん捨ててやるなどと決心しても、まあ、あと一回くらいはいいかと、また洗濯を
してしまう。
外に着て行かない物はそれでもいいけれど、外出する時に着るものは、そうはいかない。
だから、中で着ているしかないけれど、完璧に人に見られないで着ていられる時間などそうはないから
結局着る時間が十分に持てない。
というより、十分に一人でいる時間を持てないと言った方がいいのかもしれない。
人の出入りが多すぎる。
私はもっともっと一人でいる時間を多くしないと、私の仕事はできない。
人と接することで行う仕事は私の仕事のほんの一部で、それは職業と呼ばれるものだけれど、
私の人生を賭けた本当の仕事は自分で行わないといけない。
職業は収入をもたらすことが前提だけれど、人生を賭けた仕事というのは、持ち出しで行う。
それで収入を得ようなど、さもしいことは考えない。
それほど大切なことだから、それは完璧に一人の空間でないとできない。
ところで、アイヌが九州にまで居住していたのを、大陸からやって来たユダヤ人である神武天皇が指揮する
ユダヤ人集団が、アイヌを駆逐して、北へ追いやったというのを読んで、目から鱗であった。
旭川のアイヌ博物館で読んだ説明によると、アイヌは倭人に追いやられたことになっているが、本当は、
神武天皇率いるユダヤ人だったのか。
日本人のルーツがユダヤ人だというのは、かなり本当のことのようで、イスラエルではその研究が多くなされているようだけれど、
日本は、その一番大きな秘密の扉をまだ開こうとしていない。
誰もが知りたいことで、知ったら大きなショックを受けることだけれど、今は、戦前ではないから、たとえ歴代天皇が
ユダヤの血を引いていたという事実が証明されても、ショックのあまり切腹するような人はいないだろうから、
学識経験者による古代日本探求調査隊を組織すべきだと思う。
宮内庁がさまざまな嫌がらせをして阻止するだろうけれど、真実を追究しなくてはならない。
今のイスラエルのやっていることを見る限りでは、とても恥ずかしくて自分のルーツを誇れない。
成19年6月6日(水)

今日、北新宿の小さな公園の砂場でスズメが砂浴びをしていた。
10センチもあるキアゲハが飛んでいる。
都会のこんな小さな場所にも、かわいらしい生き物が生き生きした姿を私に見せてくれる。
私が外から戻って来たら、ツバメの両親が巣の前の電線の上にきちんと座り、交互に頭を下げた。
ありがとうと言っているように見えて、涙が出てきた。
2羽は、交互に餌を運んで来ては、雛に与えている。
ツバメが子育てをしている間は、駐車場に車を停めてほしくない。
夕方エパタ教会へ行ったら、体長12センチくらいのガマガエルが何匹も涼んでいた。
3センチくらいの子供のカエルもいて、かわいかった。
グレープフルーツの枝に鋏を入れて、少し枝をすっきりさせた。
奄美大島の植物が無残に刈り取られていて、唖然とした。
正常な精神を持っていたら、そのようなかわいそうな刈り方を決してしないはずなのに。
南の島からわざわざやってきて、厳しい東京の冬を何度も耐えたというのに、狂人の刃物にかかって
隣の家が透けて見えるほど刈られてしまい、南国の植物はどんなに辛かっただろう。
さわやかなスウェーデン人が引越して来ることになった。
これまで出会ったスカンジナヴィアの人は、たった一人の例外を除けば概して大人で、分別があり、友好的な人が多い。
これは、成熟した社会で行われる教育の賜物といったところか。
平成19年6月5日(火)

数日前に巣をつくりはじめたツバメの巣がかなり大きくなっている。
よく頑張ったこと。壁をお掃除しなくて、ありがとうと管理人さんにお礼を言う。
いつも気難しい顔をしているおじさんだけれど、ツバメの巣を大切にしてくれて、
けっこう優しいところがあるのだ。
プランターで4年経った夏みかんの木を、神楽坂の庭に直植えする。
この瞬間をどんなに待っていたことだろう。
10年ものの夏みかんは先日教会の庭に植えた。
やはり、木にとって、直植えすることは、非常に大切なことなのだ。
雨や地下水の恵みで、どんどん強くなっていかれる。
今日のような日は調整の日として本当に必要な日。
時間で動かなくていいのが嬉しい。
内装をどんどん進めている。
弁天町は、あと玄関の床のみ、北新宿の壁紙と洗面化粧台取替えは明日で完了。
それから、来週204号室の壁紙となる。
内装をすると、これもやりたい、あれもやりたいとどんどん希望が出てきてしまい、最終的には
すごい金額になる。
昔と違ってもう、数百万円単位の内装はできないから、少しづつ、必要なところに手をつけていく。
予算に上限がないのなら、もっと思い切り和様式に徹するのに。
今の自分の方がずっと好き。
少しは考えられるようになった。

神武天皇がイスラエル人だったかもしれないというこの説は本当に興味がある。
曽我氏が図書館を焼いたことで、日本人は自分のルーツを失ってしまったとのことだが、まだ、古墳という
歴史の宝庫が残されている。
発掘解禁になるためには、どんな法律が必要となるのだろう。
平成19年6月4日(月)

真夜中に弁天町のマンションの駐車場に置いた8つくらいの植木鉢が紛失していることに気づいた。
いつからなくなっていたのだろう。
先週の日曜日の夜中には確かにあった。
教会から借りてきたヤツデの実生や、ピンクのゼラニウム、クンシランなど、ずらりと並べて
私はとても嬉しかった。
隠居したどこかのおじいさんが、じょうろで水遣りをして下さることに感謝して、私はもっとたくさん
運んで、駐車場の一辺を緑のベルトにしようと計画していたくらいなのに。
警察へ行って、紛失届けを出す。
器物は損、盗難、窃盗なのか。
あんまりきれいだから、いただいていきましたというメモでも残っていればいいのだけれど、
ただなくなっているだけだった、しかも、私が持って来た植物だけ。
誰かさんの用意した、大人二人がかりでないと運べないような大きな植木鉢は、なくなっていない。
千代田区の仕事先に行くのに、千代田区役所にしようか、九段法務局にしようか、どちらの
駐輪場にスクーターを入れようか迷ったけれど、区役所が手前だから、そちらにした。
ここらへんは本当に美しい場所で、私は、市ヶ谷から帰って来る時、外濠のこのあたり、
四ツ谷、牛込はふるさとなのだと、つくづく感じる。
祖父が生きていたら、外濠でくちぼそや、ふなを釣ってきてくれるだろう。
2年くらいの間だったけれど、四ツ谷で祖父母と一緒にあの明治家屋に居住したことは
私の人生にとり大切なひとこまだったのだと実感する。
平成19年6月3日(日)

私は朝エパタ教会へ行く時間を間違えて、早く行ってしまったら、30分早くて、まだ石田牧師先生しか
いらしていなかったので、先週運んでおいた夏みかんの木の選定をしていた。
すると、二人連れの中年男性が私のはさみさばきを見て、「この枝はこうして切らないと」、「ここは
こうして全部先をつめる」など、指導して下さり、夏みかんの選定をして下さったので、もうすぐ礼拝が
始まりますからどうぞ、とご参加をおすすめした。
以前、モーゼの「十戒」の映画をご覧になり、感激したとのこと。
礼拝の後、その二人組みはスコップで深い穴を掘り、2メートル近くある夏みかんや、たくさんのアロエの
植え替えをして下さった。
本当にありがたい。
聞くと、以前は本職の植木屋さんだったとのこと。
わー、信じられない!
神様が私に必要な人材をご提供して下さったのだとしか思えない。
世の中にこれほどたくさん職業があるのに、どうして、よりにもよって植木屋さんがたまたま、その時間
そこを通りかかったのか。
神様ありがとうございます。
こういうことは、偶然なのではなく、神様が計画なさったことだと思う。
だから私は、神様のお庭番であるということを神様から任されているのだという強い使命感を持って
お庭を守っていかなければならない。
数週間前に毛虫の大群に襲われたグミの木が、今日は赤い実をつけていた。
さて、レッスンの後、夕方六本木のウクライナのダンサーのマンションへビデオを取りに行く。
大通りから一本中へ入ると、そこは、なかなかいい感じのお寺があり、こういうものは長く残して
おかないといけないと思った。
神社仏閣があることで、地域の雰囲気づくりにどれだけ貢献していることか。
それなのに、原宿の東郷神社のように、どんどん土地を売ったり貸したり、建物を建てたりしているのは、
愚かなこと。
自然を犠牲にして収入を増やすのは、宗教法人あるまじきこと。
平成19年6月2日(土)

ポーランド人がお稽古に来たけれど、外国人がこんなにまったくゼロから開始するケースは稀。
普通は、いくらか国ですでに基本くらいやっている。
しかし、20レッスン後にどのくらいできるようになっているか、それはマリカ・メソードの腕の見せ所。
フランス人のお稽古の後、一緒にてんぷらを食べに行く。
自転車で行ったから、帰りの坂道がきつかった。
神武天皇がユダヤ人であったことを思うにつけ、このことについて深く研究している日本人の団体など
あるのかと気になる。
イスラエルには、東方へと流れていった北イスラエル部族の末裔についての研究が盛んだとのこと。
祇園祭のお神輿に飾られるペルシャ絨毯が、景教の秦氏によって伝えられて今に至り、京都の街自体も
秦氏により、計画されたというのも興味深い。
3月の終わりにやった絨毯展示会でのアラビア・アンスー・ショーの会場で、祇園祭で披露される
ペルシア絨毯の写真を見たから、余計この問題が頭を離れない。
しかし、現代の歴史教育ではこれらは、異端とか、超古代オカルトとか呼ばれてしまうのだろう。
平成19年6月1日(金)

私は以下のような文書をつくり、署名捺印して、管理室へ持って行った。
「 ツバメの巣保全願い

管理人殿
駐車場入り口に現在、ツバメが巣を造ろうとしている。
親鳥が駐車場を飛び交い、白い壁にすでに、いくらかの土がついているから確認できる。
ツバメは益虫として、古来よりわが国はおろか、代界的に大切にされてきた鳥であり、
現代の自然保全のバロメーター的存在でもあり、その個体数を増やすことに協力することは、
全地球的視野で見て、大切なことと思われる。
せちがらい世の中で、よりにもよって、ここの建物を選んでくれたのは、大変ありがたいことである。
ツバメの巣を清掃してしまわないことをお願いする。
ツバメが安全に出産し、ツバメの子供がすくすく育つよう、あたたかく見守ってあげるよう
、つとに願う次第である。

平成19年6月1日 金曜日

丸子 睦美」
非常に不思議なことであるけれど、私がこれを書き始めたら、とたんに、私のベランダに多くの鳥たちが
集まって来て、ありがとう、ありがとうと、みんなで大声でさえずるのである。
普段なら、その鳥を捕まえようとして、網戸の内側を上の方まで登ってしまうロシアのアナスタシアも
今日は、見て見ぬふりをしている。
これほどの鳥がいっせいに集まってきたのは、後にも先にも初めてである。
どうしてなのだろう。
鳥は頭がいいから、人が自分のためになにかしていると、それを敏感に感知してお礼を言うのだ。
人のしてくれる良いことを鈍感にも感知できなくて、感謝しないのは人間だけなのだろう。
文書を書いていたとき、あれほど、さえずっていた多くの鳥たちは、今では、一斉に引き上げて行き、
何も声がしない。
私は、一瞬の白昼夢を見ていたのだろうか。
いや、違う。
私は確かに聞いた、無数の鳥たちの声を。
私は自分の耳で聞いたことを信じる。
平成19年5月31日(木)

神様は昨日あれほど雨を降らせたのに、今日は朝から良いお天気にして下さった。
私が大切な衣裳を運びやすいようにして下さったのだ。
衣裳スタッフさんは、出来上がったばかりのサンバ衣裳を神奈川県から、持って来て下さる。
雨が少しでもかかったら、せっかくの羽根が台無しになる。
今日は、たか&としさんのCM撮影だった。
この日に間に合わせるように、オレンジ・サンバ隊の衣裳を7名分揃えた。
振付は本当はいらなかったけれど、めちゃくちゃフリーダンスでは、プロ・ダンサーがかわいそうだから、
4x8の振付をして、みんなに覚えてもらう。
実は、昨夜、振り覚えの遅い人が急に出演不可能になり、替わりの外国人を用意した。
もし、もともとの役の人が来ていたら、覚えが遅いから、振付の水準7あ出来栄えの足を引っ張った
可能性がある。
次に頼んだ外国人は、踊りはだめな人だったけれど、都合で来られなかった。
夜中に急遽頼んだ3番目の人は快諾してくれた。
他のプロダンサーたちより多少劣るとはいえ、最初の二人よりはるかにレベルが上だったので、
良い結果が出せた。
神様は私に水準の高い踊りをつくらせたくて、最初の二人ではなく、三番目の人を来させてくれた
のだと思う。
撮影が終了し、衣裳もすべて倉庫に片付け、少し経つと、雨が降り出した。
神様は、雨を降らせるのを待っていて下さった。
良い踊りになったから、ご褒美を下さったのだと思う。
私は神様に守られている自分を感じる。


マンションの駐車場のところに、ツバメが巣を造ろうとしているのを見つけた。
私にそれを見つけさせるために、たまたま私が階下へ来た時に、姿を現した。
白い壁にすでに、いくらかの土がついている。
マンションの管理人が、それを清掃してしまわないことを願う。
ツバメが安全に出産し、ツバメの子供がすくすく育ちますように。
ことによったら、私は、管理人に、清掃と称して、ツバメの巣を決して除去しないようにあらかじめ
文書を出しておいた方がよいかもしれない。
除去しないことを願って祈るだけでは、あまりにも消極的で、それではツバメの命は守れない。
市谷には多くの建物があり、近所に抜け弁天もあるというのに、よりにもよって、
ここの建物に来てくれたのは、それは、私がここにいるから。
私を喜ばせようとしてくれたから。
だから、私には、このツバメたちを守る義務がある。
優しいことは強いこと。
自分が強くならないと、弱いものたちを救えない。
平成19年5月30日(水)

3年間に渡り頭痛の種だった中井の家とサヨナラできて、本当に気持ちがいい。
当時は、新宿区とはいっても、名ばかりの、ほとんど中野区のような場所は、価格の割に総面積が多くて
お得感があるなどと思って、よく、落合や、南長崎などを見に行った。
北新宿を買ったのも5年前。
しかし、神様は私がそのような場所とは決別しなさいというメッセージを下さったのだと思う。
私は、内藤新宿のお殿様と、徳川のお殿様に仕える良き現代市民として、将軍のお膝下、牛込の
街で人生の後半を生きよう。
いくら上に木を植えて体裁を整えていたとしても、屎尿処理場が近所にある場所は自分の価値観に
合わないから、今後は、誇りを持って踏みしめられる場所でしか不動産関係のことをするのを
やめよう。
そして、今、借りているところは別として、今後は、自分が不動産を借りる立場にならないようにしよう。
不動産は、貸す立場にしか立ってはいけない。
新たな気持ちで雨にけむる皇居の道を走った。
法務所の建物は本当に素晴らしい。
これと迎賓館、そして、昔の帝国ホテル、東京駅が私の好きな洋風建築。
私は古めかしい建築が好きだから、インテリジェンス・ビルを見ると薄っぺらでめまいがする。
さて、エパタ教会の聖書教室は、私一人だった。
雨の中、私のために教会を開けて下さった。それも一度や二度ではない。
なんて、もったいないこと。
石田牧師に、祖母がロイス・クレイマー先生と一緒に写っているセピア色の写真をいただく。
神様に愛されていたから、祖母もクレイマー先生もこんなに幸せそうに微笑んでいるのだ。
姿が消える外套を着て、そっとその時代に飛んで行き、そこに生きた人々の間を人知れず
さまよう浮遊散歩がしたいと何度思ったことだろう。
明日は撮影だけれど、まだ、衣裳ができていない。
ミシンをかけたり、手で直したりしているうちに朝の4時になってしまった。
6時に起きるというのに。
平成19年5月29日(火)

朝から気志團の結婚式のビデオ撮りで、晴海ふ頭へ。
今日のメンバーは10名、ドイツ、フランス、ポーランド、ウクライナ、ロシア、ウルグアイ、アメリカ。
やはり、女の人がきれいであるためには、ものすごい美意識が必要で、西側の女はロマノフ軍団に
完敗してしまう。
非常に興味深い現象である。
経済的独立と同時に、女は、フェミニンな部分を失ってしまうのだろうか。
晴海から天王洲アイルにロケ場所を移して撮影続行。
私は途中で帰り、レッスンをする。
平成19年5月28日(月)


日本テレビに「クリームなんとか」の衣裳を届けた途端、帽子がひとつ足りないことに気づき、倉庫へ
引き返す。
いつもなら、使わない衣裳もいろいろ持って行くというのに、今日は、必要最低着数しか持たずに
出かけてしまった。
そうしたら、必要な帽子がひとつ足りなかった。
なんということ。
常に多く用意しなさい、そうすれば、破損しても、紛失しても、何が起きても本番に差し障りがない。
そんな、当たり前のことで、いつもやっていることなのに、今日に限ってやらなかったのは、私のミス。
今日のことは、神様からの警告としてありがたく受けとめたい。
それにしても、市ヶ谷の昔の日本テレビの建物のつぎはぎでおもしろいところが大好きだった。
今のはテカテカ、ピカピカして、本当につまらない。
怪しい建物の精が住みつく場所もないような所では、人間的な感情が薄れてくる。
平成19年5月27日(日)

朝はエパタ教会の礼拝。
レッスンの後、先週の日曜日に引き続き、再びオーストリア人と晩御飯を食べる。
東大の仕事は大変なようだ。
日本人が良く働くから、それと同じように働かないといけないからと、まわりに相当気を使っているから
毎晩帰りが夜の11時になってしまうとのこと。
ゲニュートリッヒカイト、Gemuehtlichkeith自然体で和む、ゆるやかな時間感覚の生活スタイルを得意とする
お国柄の人には、日本の生き馬の目を抜くような競争社会は合わないかも。
まあ、頑張ってほしいけれど、ほどほどに。
平成19年5月25日(木)

外国人ダンサー何人かのオーデションをする。
こんなに上手な人がよく手つかずで、これまでいたものだ。
ひどいすれっからしもたくさん見たけれど、本当に上手な元バレリーナや体操選手にも数人出会った。
今日は久々にいい踊りを見た。
良い才能に出会ったら、それを自分の仕事の質を高めるために仕えるかどうかが私の手腕。
出会っても使えなかったら、それは私の力不足。

平成19年5月24日(水)

リカルドさんが、中井から各アパートへ家具を運んでくれた。
会社から直行してくれて、夕方6時から始めて、夜中の1時半終了。
自分の引越しでもないのに、一緒に住んでいる彼女をほったらかしにして、あちらの物をこちらに
こちらの物をあちらに運び、時間を使ってくれた。
大型冷蔵庫や、洋服ダンス、その他たくさんの品物。
しかも、いくらもらえますかなど一言も言わず、黙々と働いてくれた。
どうやって十分に感謝できるだろうか。
生半可なお礼ではすまされないほど、多くをしてもらった。
聞けば、アメリカ人社長の会社で、入社した直後からどんどん重要な地位を与えられ、自分より
10も20も歳上の人たちの上で仕事をしているとのこと。
帰国して大学に復帰したいと言っても、ずっと仕事をしてくれと社長から懇願されていると言っている。
わかる気がする。
こんなに人から慕われているこの人は、損得勘定なしで、人のために自分の力を惜しげもなく与えている。
人の問題も自分の問題として捉えて、一緒になって、一生懸命になってくれる。
そうか、そういうことだったのか、なんだか、わかってきた。
人の問題も自分の問題なのだ。
そうできる人だけが、リカルドさんと同じレベルになれるのだ。
自分には関係がないという態度をとる人のなんと魅力のないこと。
そうか、そこが分かれ道だったのだ。
それが今夜よくわかった。
リカルドさんから多くを学んだ。
そうやって、メキシコ人はピラミッドを造ったのだろうという気がした。
リカルドさんは、現在の国籍のカナダ人としてではなく、尊厳あるマヤ人として、アステカ人として、
話をし、行動するから、チチェンイツアのピラミッドもこのように、ともかく自分の問題として捉えた
多くの人々の心と力によってできたのだなとつくづく感じた。
平成19年5月23日(水)

夕方工事業者を予定していたため、3月から欠かさず通っていたエパタ教会の聖書教室をお休みする旨を
昨夜出しておいたのに、工事業者が思いがけなく朝来る。
こんなことなら、お休み届けを出すまでもなかったのに。
夕方気になって教会へ行ってみると、扉は固く閉ざされたままだった。
結局夜中まで北新宿、中井、神楽坂と市谷台町を何度も往復し、慌しい1日だった。
大好きな牛込の町を通り抜け、新しい小路を発見するのは、本当に楽しい。
こんなところ、道などないだろうと思うと、車なら気づかずに通りすぎてしまいそうな、隠れた
抜け道がちゃんと用意されて、新たな喜びをもたらしてくれる。
神楽坂の庭のお世話をしてくれる高橋さんという気持ちの良い方が隣の棟に住んでいらして、
私のために、クンシランその他の植え替えをして下さる。
夕方、チンチョウゲの葉が濡れていた。
高橋さんがお水をやって下さった証拠。
本当にありがたい。
世の中には平気で植物を枯らしてしまう人がいるのに、私の植物を親身になってお世話して下さる
方がある。自分の時間を割いて、垣根をつくったり、盛り土をしたり。ありがとうございます。
もしかして、私が教会の神様のお庭番をしているから、私の庭も、神様が高橋さんを通してお世話を
して下さるのではないかと思う。
だから、私が教会のお庭のために働くのは、結局自分の庭のために働いているのと同じこと。
平成19年5月22日(火)

フランス人とオーストラリア人と、和食の食べ放題へ行く。
しゃぶしゃぶの食べ放題と比べて、お腹はいっぱいになるけれど、たいしたものを食べていないと
感じる。
まあ、ベジタリアンがいる時は、こういう食べ放題もいい。
ところで、どうして、世界は中国に好き勝手をさせているのかいまいち理解できない。
フランソワ・コッペの見解は厳しい。
中国が毛沢東の下で鎖国をしていた時は、世界は本当に平和だったと言わなければならない。
パンドラの箱を開けてしまったら、こういうことになるのを、当時はわからなかったのだろうか。
薬王寺の屋上は大変なことになっていた。
放っておいたのに、ゼラニウムはけなげに花をつけて、しかも、花の色は、毎日水をもらっている
私のベランダのものよりずっと濃い。
水をもらうと薄くなるようだ。
アロエを弁天町に持って行こうかな。エパタ教会の庭に植えようかな。
神楽坂の小さな庭はすでに、アロエだらけになってしまったから。
ところで、いちいち衣裳を大久保の倉庫に取りに行くのは大変なので、できれば弁天町に倉庫を
持ちたいけれど今は空きがないのこと。
平成19年5月21日(月)

朝、法学部の先生が来て食事をしてから、ベランダの木製柵を針金で補修する。
かれこれ5年経過していて、万一、破損して、植木もろとも落ちてきたらどうしようと気になっていた。
どんどん小さな撮影が絶え間なく入り、タイへも行かれない。
洋服をつくらないと、この季節、昨年とまったく同じ格好をすることになる。
リズム音痴だったフランス人が、どんどん治ってきている。
違う音で踊ると、それに気づくようになっている。
以前は、間違えた音で踊っていても、まったく気づかない人だった。
私は20代の後半、自分はプロにしか教えたくないなどと、豪語していたけれど、なんという傲慢さ。
今、私は、マリカ・メソードで音痴を治すことを喜んでいる。
音痴は治るのだ。
治るのに時間がかかる人とそうでない人がいるだけの違い。
私は世の中にご恩返しをするためにも、こういうささやかなことでお役に立ちたい。
心静かに、弁天町の障子紙を貼った。
業者に頼むと、安っぽい紙を貼るので、東急ハンズで芸者割烹のような和紙模様入りの厚手。
神楽坂の家と違い、弁天町は貼る部屋が2部屋しかない。
それも、一部屋は、障子を貼ると半分しか窓の開放部分がなく、暗くなるのでいらないという人がいて
結局一部屋しか貼らなかった。
こういうおもしろいことは、自分でやるに限る。
平成19年5月20日(日)

エパタ教会でアジサイとクンシランをそれぞれ2本づつ、直植えをする。
今まで、恐らく何年もの間、プラスチックの植木鉢に入って、息もたえだえに生きてきたかわいそうな
植物たちで、よく今までもちこたえたと、その生命力に感激したのだけれど、神様のお庭の植物だから
特別に守られていたのだと思う。
アジサイは、すでにつぼみをつけている大きなアジサイのそばに、そして、クンシランは、私の大切な
連翹の近くに植えた。
神楽坂の庭に植えた植物がみんな1年半で大きく伸びたように、直植えにすると、いくらでも伸びていく。
やはり、限られた栄養しかない植木鉢とは大違い。
結局、赤や白のゼラニウムも3とも鉢から出して、ここかしこに分けて、直植えした。
ヤツデはすでに3本、3メートル以上になっているのがあるため、これ以上同じ種類が増えても
と思い、直植えを避けた。
結局、教会は、鉢植えの贈り物が多いから、このようにプラスチックの鉢に入った植物だらけに
なってしまっていたのだ。
私はかれこれ、プラスチックの鉢を40個は捨てたと思う。
今日も7つくらい、ゴミの袋に入れて、運んできて、家の分別ゴミのところに捨てた。
あと数個で終わる。
素焼きの鉢は、捨てずに、何かを植えて再利用した方がいい。
久しぶりにあった息子の姿をまぶしく思うような母親の気持ちだった。
来週には中井から神楽坂と教会の庭へ運んで、これも直植えしようかなと思っている。
ところで、ずっと放っておいた中井の夏みかんの木が、みごとな緑色になって、ぐんぐん伸びていたのには
驚いた。今日は昼ごはんを、アメリカ人とウルグアイ人、夕食をオーストリア人と食べた。
オーストリア人とドイツ語で話していると、オーストリア語ではこう言うのだといちいち説明してくれて嬉しい。
オーストリアの方が、歴史も文化も上なのに、ハプスブルクが崩壊したあの時から、状況が狂ってしまったのは
実に残念なことであったと私は思う。
ルドルフが自殺をしなかったら、続いていたのだろうか。
そうしたら、ドイツはナチスが台頭せず、今の欧州はまったく別のものになっていた。
歴史のイフは、実に面白い。
平成19年5月19日(土)

黄色のサンバの背負子をたくさんつくりたいから、4組スタッフにお願いし持って帰っていただく。
すでに1組できているから、これで5組、全部で7組にしたい。
31日の撮影に間に合わせないといけない。
以前使っていた黄色のサンバの背負子は一昨年の暮れにすべて手放し、昨年一年間は、よくも
それなしで、グリーンを中心に、えりまきとかげ型の4色などを加えてよく上演していたとびっくりする。
今年からは、ごめんなさい、羽根の少ないえりまき型です、腰飾りもついているから勘弁して下さい
ではなくて、これでもかと思い切りたくさん羽根がつけてある豪華なサンバの背負子を
惜しげもなくさらして勝負していきたい。
以前と違って、羽根はたっぷりあるのだから、どんどん使って理想に近づけていかないと。
肯定的な姿勢で衣裳を作り始めたら、神様は、それを使う機会をちゃんとご用意して下さった。
神様は、努力している姿を必ずご覧になっていて下さるのだと改めて確認した。
ところで、衣裳を作っている時は仕事でなく作業なので、ミステリー・チャンネルなどをつけていることが多い。
私は、コロンボも好きだけれど、でも、ベルギー人のポアロにはかなわない。
ヨーロッパの男は、文化のかたまりだから、もっと魅力的なのだ。
平成19年5月18日(金)

オフィス・マリカは営業マンがいないのに、次の仕事がある。
だからいろいろ回って、お仕事を下さいと頭を下げたことがない。
これはもう、神様が次々にいろいろな機会を私のためにご用意して下さっているとしか思えない。
様々な機会をお与え下さることで、私がより伸びていくための勉強をさせて下さっている。
だから、ありがたく受けなくてはならない。
私には選ぶ権利などないのだ。
与えられたものに対して、誠実に取り組むだけ。
そして、神様が下さったものに感謝するだけ。
平成19年5月17日(木)

新宿ルミネの吉本で、たかさんの出番の合間を縫って、衣裳のフィッティングをする。
後ろのひもを伸ばしたくらいではダメなのだと認識。
やはり、全面的に最初からつくりらないといけない。
大阪の制作会社は、わずかこの30分のフィッティングのためだけに、上京
衣裳倉庫へ行って模索。
使えそうなお宝を発見。
普段、これは要らない、邪魔だ捨てようと思っていたのに、今はこれがお宝。
どんなものでも、世の中のお役に立てるのだ。
要らないものなどひとつもなくて、すべて要るものなのだ。
要らないと思うのは、それが、人がその生かし方を知らないだけ。
平成19年5月15日(火)

日本テレビ「ロンキューハイランド」のグーチョキサンバ隊の撮影。
隊長がオレンジを着るので、バック・ダンサーは色を引き立てるために、ブルーとグリーンにする。
衣裳もビキニにしないで、スパンコール・レオタード。
露出度が少ないから、未成年者が見ても大丈夫。
クイック版の振付を面白くしたのに、結局ゲーム部分は、スロー版しか使用しなかったのが残念。
勝利の踊りは短いけれど、それなりにインパクトがあっていいと思う。
2週間分続けて収録するから、待ち時間が4時間近くになってしまう。
これまでたまっていた衣裳の補修作業をする。
平成19年5月13日(日)

教会の後、城北台マンションの管理組合総会に出席する。
この近さは、ただごとではない。本当に目と鼻の先。
神様のなさることは、実に素晴らしい。
さて、城北台マンションは、地主が、8年間も地代も、駐車場の分配金ももらっていないという
すごいドンブリ会計でびっくり。
私は、地主になったその日の分から地代をいただきたい、そして、固定資産税の支払いに充てたい。
カーサ第二新宿は地主が地代も駐車場分配金も両方もらえるから、城北台マンションより数段いい。
でも、そこに至るまでには、裁判をやったからそうなったのであって、やらなかったら、やはり、
もらえないままだったのだろう。
管理組合法人なのに、法人通帳がなくて、任意団体通帳しかないので、指摘すると、無視されて
しまった。
毎月集金している割には、なぜ、積立金がこんなに少ないのだろう。
不必要な庭木手入れに5名も職人をいれるからか。
宮廷22マンションと違って、何十戸もが出席していた。
一階のサロン的なホールはとても役に立つ。ガラス張りのこの開放感と、日本庭園がいい。
やっと入り口がまともなマンションに引越せてよかった。
東雪谷以来、実に銃数年ぶり。新宿区でそれを実現したからもっと嬉しい。

会議の途中で失礼して、日本テレビに行き、あさっての撮影の打ち合わせ。
平成19年5月8日(火)

NHKで撮影。衣裳をぎっしき積んだ2台のタクシーで現場へ。
使う衣裳だけではなく、いざという時のために、使わないサンバ衣裳も持って行くので、荷物が
多くなる。足りないより、多いほうがいい。
日本人ダンサーは現場で急に変えても、まったく問題なくやってくれるから安心だ。
その点外国人は、1度インプットされると、すぐには戻らないから、変えないで、慣れたカウントで
やってもらうしかない。
これが日本人なら、とうの昔にクビにしているけれど、外国人だからそれができない。
業界は外国人で成り立っている。
おぎやはぎさんが、左手にマイクを持ち変えて下さったのに、金髪ダンサーが気を利かしてその手を
すぐに持たなかったから、せっかくの歌詞の「彼女ができた・・・・」のところの振付が生きてこない。
あーあ、だから、こういう直せない本番はちょっと。
私は、踊りのことしか興味がないから、8 and 1で跳ぶところの振付ができないからダンサー二人も
おろしたのに、そこの場面が、踊りを映さず、パッキン2名の笑顔トどアップのみと聞いて辛い
気持ちになる。
私はパッキンのアップなんて見たくなく、引きのカメラで、踊りの全体像が見たいだけ。
平成19年5月8日(火)

「また、あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。
異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。
彼らのまねをしてはならない。あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ」
というマタイの一説は、芸術にも生活にも人生にも、すべてにあてはまる。
私の踊りの師、ルイジのスタイルも「シンプルさが美」であるとの哲学が基本にある。
ギリシアの古典が美しいのは、それが単純明快だからだ。
だから私は、これでもか、これでもかと来るキリスト以降の建築様式を好まないのかもしれない。
平成19年4月26日(木)

麻布のスタジオで、来月はじめのNHKでやる振付のためにダンサーを集める。
10名でよいのだけれど、11名呼んだ。
2分版をつくった。これまでいただいていた曲が2分半版だったので、一昨日、急遽、2分に
つくり直した。
今回は、日本人が8名、外国人を2名に抑えたから、普段より数段いいものができるはずだ。
これからは、どんどん日本人ダンサーが踊る場を私が確保してあげないといけないのだと感じる。
これまでは、外国人ダンサーをお願いしますと言われたら、はい、何人ですかと答えるだけだった。
でも、これからは、日本人を何人まで入れて構いませんかと、反対にこちらから聞く姿勢をとりたい。
上手な日本人ダンサーの雇用機会を増やすことが、私の任務だ。
日本人ダンサーはなんと気持ちのいい人たちなのだろう。
これまで私は常に外国人とばかり仕事をしてきたけれど、今後は質を理由に、日本人を入れていく。
平成19年4月23日()

「過密スケジュールをこなすために10代の頃からクスリを乱用し、結局これがMGMを解雇され、
あげくは死期を早める原因となる(1969年に睡眠薬の飲み過ぎで、47歳の若さで急逝)」。
という波乱の人生を送ったジュディガーラントの生涯は、なんと華やかで、短いものだったのだろう。
才能溢れるという言葉がぴったりな魅力的な人だったから、密度が濃かっただけに、短くても
普通の人の何倍もの人生を送ったのと同じだ。
努力して上演している人と、溢れ出る才能で自然にふるまっている人と、全然違う。
そういう意味では、この人と娘のライザミネリはどちらも後者で、私は前者の人の顔が覚えられない。
猫の顔と同じでどれを見ても同じ。
私は、才能と魅力のある人を、本能的に感知するから、一般人みたいな女優はすぐ忘れる。
平成19年4月22日(日)

朝はいつものように、エパタ教会へ。
神様のお恵みの雨で、すべての植物が生き生きしている。
連翹も先週の日曜日と違って、元気に緑の葉を伸ばしている。
数日後に再度、雨が降ってほしいものである。
さて、衛星のシネフィルでなく、シアター・チャンネルでミュージカル映画をやっていた。
ヴィンセント・ミネリ監督の「ジークフリート・フォーリーズ」は本当にそれこと、宝石のような名場面だらけ。
喜劇風のものは省いて、踊りだけにしていたらもっとよかった。
多少尻切れとんぼだとはいえ、私のようなおたくには、本当に嬉しい映画。
フレッド・アステアとジーン・ケリーが二人でタップ・ダンスを踊るその完璧なまでの技と表現力。
エステー・ウイリアアムズの水中バレエ。今やったら、もっとハイレッグ衣裳だろうけれど、
この究極の資本主義の生んだ芸術舞踊の美しいくしこと。
そして、なによりも、妻であるジュディー・ガーランドの輝くばかりの魅力。
オランダ人女性が発明した安全ピンが、「ハレルヤ」の歌と踊りになるなど、ヨーロッパ人では
決してできない発想である。
踊りは何を踊るかではなく、誰が踊るかなのだということを、しみじみ感じてしまう。
平成19年4月22日(日)

みゆきさんに来てもらって、10名のバック・ダンサーの振付フォーメイションを2分半版でつくる。
いつも思うのだけれど、フォーメイションがないのは昔の踊りだけではない。
個性が強すぎて、まとまりがつかない出演者の上演、つまり、出演者の上に立つ構成者や演出家が
いなくて、個々勝手に踊らせて、踊りを羅列して一晩の上演をもたせているアルゼンチン・タンゴや、
それから、個人技で成り立っているベリー・ダンスのようなものもしかり。
統率の取れた絶対的権力の下で、執拗なまでに細かいフォーメイションにこだわり、芸術の領域に
高めている動物(?)たちだっているというのに。
まあ、シュトラウスに合わせて、ワルツを刻むのは、馬の力量と言うよりは、乗り手の技術と言った方が
妥当かもしれないけれど。
今回は、踊れる人たちだけしか入れていないから、複雑なこともできるからおもしろくなりそう。
平成19年4月8日(日)

復活祭を心から祝うのは、はじめてのこと。
とても新鮮な気持ち。
昨年の復活祭にはドイツにいたので、朝ごはんに色つき玉子を食べるくらいにしか思わなかった自分が
別人のようである。
もっと早く神様のところへ定期的に通うようにしていたら、私の人生は違ったものになっていただろう。
玉川学園で10年間礼拝をしていたのに、長い空白の時期を経て、再び礼拝に参加することが
自分の日常となったことに感謝する。
平成19年4月4日(水)

今朝、どういうわけだか、イラク駐在の米兵からメールが来た。
「自分は今、イラクにいる。無事、横田基地に戻ったら、あなたの舞踊教室で踊りを習いたい。
一緒に踊るのを楽しみにしている」と書いてある。
だから、「ご無事でお帰り下さい。そして、踊りを通して世界平和を実現するために人生を捧げて下さい」
という返事をリンクと共に送った。
現場で戦っている米兵はどう反応するだろう。
これはかつて平和だった頃のバグダッド商店街で、私のようなシロウトがうろうろしても、平気で
買い物が楽しめるようなところだった。
今では、こんな商店街はほとんど爆破されてしまっているのではないかと思う。
それにつけても、商店街の歩道に、籠に入れて売られていた多くの鳥たちはどうなってしまったのだろう。
私はあれほどの多くの籠入りの鳥がずらっと並べられていたのを見たことがなかった。
そしてなによりも、何百羽という鳥の声がさえずるユーフラテス河のほとりのあの大木はどうなって
しまったのだろうと思う。
夜行バスでアンマンからバグダッドへ向かった時、バスが止まると、夜中なのに、ふいに闇の中から
無数の鳥の声が聞こえた。
朝まだ暗い砂漠にこんなにたくさん鳥がいるのだ、このような大木があるから、鳥がみんなここを住処にして、
悠久のユーフラテスの水があるから、木も鳥もヤギも人もみな生命を得ているのだという感動で
涙ぐんだあの瞬間を思い出してしまった。
平成19年4月1日(日)

まったく意味を考ええることなく、「ホサナ、ホサナ、ダビデの子」と、ただの歌としてこれまで歌っていた
この歌が実は重要な意味を持つのだと、自分の人生ではじめてかみしめながら歌ったら涙が出てきた。
そうか、どういうことだったのか。
今日から違う自分になった気持ちになる。
平成19年3月23日(金)

今朝も九段の法務局へ行くついでに、靖国神社のサクラを見る。
昨日に引き続き、今日も武道館でどこかの大学の卒業式をしていたので、その帰りの人々で
靖国神社は混み合っていた。
袴姿の女子卒業生に混じり、唯一人だけ、白い袴姿の男子生徒を見つけた。
公家の御曹司なのか、ものすごくかっこよかった。
お家がそれなりの用意をしたのだろう。
思い出すに、私の時は、四ツ谷の祖母が早々と私を三越へ連れて行き、卒業式前日に袴を借りる
手はずを整えてくれた。
当時の写真を見ると、やけにおばさん臭い頭に結ったものだと、あきれてしまう。
ともかく、他の卒業生たちがほとんど皆、就職先や、大学院進学先、留学先が決まっていたというのに、
私だけ身分がなかった。
日大文理大学院の入試は3月の最後の方で、私は、毎日家でドイツ文学の勉強をしていた。
家にいる時、電話は受話器をはずし毛布にくるみ、勉強は、信じられないことに、玉川大学までが
遠いので、なんと、地元四ツ谷のお濠の内側、上智大学の図書館へ行き、平気な顔で勉強し、そこの
学食でお昼を食べたり、売店で本を買ったりしていた。
いくら近場ですませるといっても、人の学校に入るなんて。
ずうずうしくも、上智の図書館で勉強に疲れて昼寝なんかもしていた。
本当に今思うと、若いということは恐ろしい。
常識はずれもいいところ。
あれで文理の修士に受かったからいいようなもの、落ちていたら、もう、どうなっていたことやら。
まったく違った人生を歩んでいたことだろう。
私のことだから、破滅的なそれだったろうと想像できる。
神様に守られていることを深く感謝する。
今日は、アメリカ人とスキヤキの食べ放題へ行ったけれど、最近、二人で頑張って食べてもお肉のお皿
5枚以上は、いったことがない。

踊ってカロリーをたくさん使ったら、レッスン後またお腹がすいた。
ダイエットはしないし、踊るだけ。なんて健康なのだろう。
平成19年3月22日(木)

九段の法務局へ行く時、靖国神社のサクラが1分咲きになっているのを発見。
千代田サクラまつりが23日からと看板に書いてある。
でもまだ10日くらい早いかも。
それにしても、靖国神社の植木は手入れされていない。
私は、背中に「緑のご奉仕隊」と染め抜いた若木色のはっぴを着て、はちまきを巻いて、靖国の半端な
枝の選定をやってもいいと本気で思っている。
ご奉仕だからむろん無料でやる。これは、牛込の教会のお庭と同じ。
神道だろうが日本キリスト教団だろうが関係ない。
私は以前、新宿御苑の右手奥の植物にも、持って行った鋏で、枯れ枝を落として、緑のご奉仕を
したことがある。
依頼されていないので、あえて右手奥を選んだ。
これが、左手方面だと、係員に注意されただろう。
枯れ枝がそのままになっていたり、枝が混み過ぎて、どれもが邪魔している不健全な状態に我慢が
ならない。
植物は健康に育つ権利があるから、私たち人間は、皆、自然に仕える僕と自覚して、植物のために
一番いいことをしないといけない。
所かまわず、バッグから鋏を取り出して、木々の選定を始める私の癖はずっと治らないし、治す必要もない。
平成19年3月21日(水)

夕方、エパタ教会の聖書勉強会に参加させていただく。
とても良いお話しなのに、他に常連の男性が1名だけだった。
なんともったいないこと。
普段は、この方だけだったのだろうか。
本当につつましやかで、地味になさっていらっしゃるから、先細りになってしまわれたのだろう。
良い教えは、人々に伝えてこそ意味があるもの。
心の美しい石田牧師だから、清貧に甘んじて今日のような教会の姿になったのだろう。
現実社会で、こすいまでに強く生きている私が微力ながら何かさせていただきたい。
そして、かつてライシャワー・クレーマー日本聾唖学校を開校した、全国的に注目を集めた、
誇りあるこの教会の在りし日々の栄光を取り戻すお手伝いをさせていただきたい。
平成19年3月20日(火)

アントンさんが晩御飯に来る。
こんなに日本が好きな人がいるとは、本当に嬉しい。
ニホンおたくのような人だ。
半世紀前のアメリカ人の30代の男がみんなこうだったら、誰も大好きなニホンに爆弾を
落とせなかっただろう。
日本を大好きな人が世界中に増えること、それがなによりも大切で、そのためには、文化の魅力を
武器として使うことしか日本にはできないのだと思う。
経済はもう、武器にならないかもしれない。
文化とそこに住んでいる日本人の人間性、これしか、私たちは本当の財産も武器もないのだ。
小松製作所に就職した、まわりは日本人だけで、自分だけがアメリカ人だとすごく喜んでいた。
以前、私が一時期大好きだった慶応ボーイも小松製作所に就職したと風の便りで聞いている。
20年も前のことだけれど、今でも胸がずきんとなるくらい好きだった。
きっと、もうおじさんになっているのだろうか。
平成19年3月19日(月)

いよいよ融資の契約をする。
来週手付けを入れて、来月はじめにローンが下り、引渡しとなる。
教会のすぐそばのマンションが本当に手に入るなんて、夢見たいだけれど、教会のそばだから、
マンションを先に決めたのではなくて、マンションを先に決めて、教会の場所がそこからわずかだと
あとで発見したのだ。
マンションを見つけた時には、まだ、エパタ教会を知らなかった。
私は知らなくても、神様は私のすることをすべてお決めになられていたのだ。

私が自分で決めることなど、ひとつもないのだ。
すべては、神様がお決めになられたことの軌道の上をあることのみ、それが私にできること。

契約のため、売主に指定された不動産会社へ行く時に道に迷い、JRの線路沿いに素晴らしいお店を発見。
ガーデニング用品がずらりと展示されている。
私がこういうお店に行きたかった。
東急ハンズでは物足りなかった。
たまたま山手通りから大久保通りへ左折した時、行き過ぎてしまったから、こういうことになった。
しかし、ガーデニングのこの店を私に教えて下さろうとして下さった神様のお陰。
今度改めてこのお店に来よう。
きっといろいろ買い込んでしまうだろう。
スクーターから目についたのは、なんといっても、竹のラティス。
木製より情緒がある。
これにしよう。でも、どこに。
神楽坂の庭の背景にしようと瞬間思った。
何枚並べられるか、測って来ないと。
植物のことをするのは、いつも無上の喜び。
平成19年3月18日(日)

本日の礼拝に、フランス人のミレンさんも一緒に来ることになった。
エパタ教会は福音協会だけれど、ミレンさんは、宗派も聞かず、よく参加する気になったと感心する。
合気道や舞踏、能など、日本のことに何でも興味を持っている人なので、日本人が行っている礼拝に
興味を持ったのかもしれない。
私は、他のどんな時間よりも、エパタ教会にいると自分が清められる気がする。
尊敬している祖母への足がかりでもある。
植物細密画家として素晴らしい業績を残したのに、作品が散逸してしまい、これでは、画家、大前静子が
生きた証拠が何もない。
私がなんとかして、作品を探り出さないといけない。
私が人並み以上に、きれいなもの、美しいものに異常な執着を見せるのは、ひとえに、母方の祖父母の
影響。
どちらも画家だったし、良い作品を生んだのに、戦争でほとんど消失してしまった。
この二人の芸術家が生きた証拠を私は探し出せるのか。
平成19年3月16日(金)

吉本のタレントの撮影のため朝から成城学園の撮影所へ。
今時、楽屋から寒い雨の中、傘をさして衣裳のままで、30メートルも庭を歩いてしかトイレに行かれない
なんていう撮影所があるとは驚き。
ダンサーは8名出して、珍しく、日本人外国人半々。
こういうことはまずないのだけれど、撮影が始まってみて、わけがわかった。
日本人は、サッカーや、テニス、野球や柔道などのスポーツの格好のみならず、かぼちゃのお面を
かぶったまま踊る場面があるのだ。
金髪の外国人にはやらせられない役だ。
新規につくった赤と黄色のサンバは評判が良くてよかった。
新曲発表の記者会見や色々な番組で使用したいから買取したいと言われて、嬉しいやら困ったやら。
いい衣裳は売りたくないわけ、自分のダンサーが使えなくなるから。
平成19年3月11日(日)

朝の8時半から汐留で撮影のため、10名集める。
国籍は、ドイツ、スウェーデン、ウクライナ、ロシア、カナダ、オーストラリア。
いつも思うことだけれど、多くの国の人が、目的を持って心をひとつにして一緒に働くのを見るのは本当に楽しい。
私がオフィス・マリカをやっていてよかったと思う瞬間。
9時半に風のように戻って来て、10時から、牛込のエパタ教会の礼拝に参加させていただく。
先週、教会のお庭番になると思った時から、私は自分の心がまったく今までと違うものになってきたのを
強く感じている。
これまでだったら、撮影の時間が延びようが、仕事だから問題ないと、終わるまで撮影に付き合った。
決めた時間は決めなかったのと同じことみたいに、すべて現場の進行次第、上の指示に
従う癖がついていた。
しかし、今回は、延びるのは困る、時間にタレントを帰す、私も帰る、教会の日曜礼拝に遅れるからと
プロデューサーに断固として言った。
神様に会いに行くためなら、こんなにも強くなれるのかとびっくりした。
夜、アシャがシベリアトラに会いに泊まりに来た。
平成19年3月10日(土)

アシャが、わずか6ヶ月の子猫を連れて来た。
しかし、それは多分シベリアトラの子供だ。
なぜなら、10歳のにゃんぐさんより大きいから。
2歳のアナスタシアや、3歳のイヌおちゃんをはるかにしのいでいる。
おやおや、これからどうなるの。
イヌおちゃんは、尻尾を太くしてシューなんて威嚇している。
シベリアトラはひきこもりのように、観葉植物が茂っている陰に隠れて出てこない。

カナダのステファンが久々に登場し、一緒にてんぷらを食べに行く。
私たちは、ピカソを見たり、みんなで山や万博へ行ったり、猫のお誕生会を開いたり、2年前によく遊んだ。
楽しかった思い出が蘇る。
明日の撮影も手伝ってくれることになった。
ちょうどその年齢、背格好の人が喉から手が出るほどほしかったのだ。
神様は、私が必要としている時に、必要な人を送って下さるのだと、改めて確認した。ありがとうございます。
平成19年3月4日(日)

モーリス・ベジャールの「椅子」を見て、老人問題をバレエにするとこうなるのかという感銘を受けた。
バレリーナとその相棒に、フランス語でせりふまで言わせている。
ただし、ロマノフの皇太子がこのような作品を見たら、「クチンスカヤ、貴女の足先はいったい、
どうなってしまったのですか」と言いかねない。
多分、王侯貴族はこのような作品を見ても、驚愕するだけで、感銘を受けることはないだろう。
古典を見せておけばいいのだ、あの手の観客には。


母方の祖母の教会へ行く。
祖母のお葬式をして下さった石田栄一牧師の先生がご健在で嬉しい。
持って行ったチューリップとヒヤシンスを植えるついでに、お庭の手入れをさせていただく。
ミミズを見た。感動!!!何年ぶりだろう。
10センチくらいある元気なもの。これなら、花の土はどんどん良いものになっていくだろう。
庭全体に、油粕の粉を撒く。
奄美大島のなんとかという植物は2メートル以上に生い茂り、冬でも枯れないとのこと。
枯れた葉や、樹木の選定を始める。
だんだん暗くなってきて、がまカエル(多分ここ数日の間に生まれたばかりなのだろう)が鳴いたので、帰路につく。
私は神様のお家の庭師になった。
平成19年3月3日(土)

普段はできる限り、地味に、おとなしく、目立たず、ひっそりとしているに限る。
人生は陰と陽で、今自分がどちらにいるかを見極めないといけない。
陽を行う時には、勤めて行動を陰にしておくことで、バランスを取る必要がある。
いつも、チャラチャラと「プチ陽」で生きている人には、本物の陽がない。
自分で意識して陰を作らないと、自然に任せていると、常に「プチ陽」の状態になってしまう。
CNNがアンナ・ニコル・スミスさんの葬儀の模様をさんざん流しているけれど、この人も、あまりに
人生が陽に満ちていたため、このような形で、こんなに早く、自分の受けた陽に対しての支払いを
しなければいけなくなったのだと思う。
クリストファー・リーブス、ジャクリーネ・ケネディ、ジョン・F・ケネディ ,ケネディ・ジュニア、ダイアナ妃、
マリリン・モンロー、そして、そして、数え上げればきりがない。
地道に陰の時間をできる限り多くとらないと、私は次の陽に進めない。
昨年は陽を享楽し過ぎた。
だから、怪我をするということで、支払いをする羽目になった。
あの事故は偶然に起きたのではない。
私に自重を促すために、神様がご用意下さった贈り物なのだ。
だから、私はかわいそうでも、気の毒でもなかった。
子供の頃にはこのようなことに気づかなかった。
誰も教えてくれなかった。
これは、誰もが自分で理解していくことなのだろう。
そして、わかった時に、人生が終わる。
平成19年3月2日(金)

弁天町の物件を見る。一目で気に入った。
これが、手に入りますように。
平成19年3月1日(木)

テレビ朝日「クリームなんとか」の撮影付き添いで、六本木に駐輪したら、ほんの少しの間だというのに
また駐車違反を貼られてしまった。
昔のテレビ朝日は良かった。敷地内にいくらでも駐輪できた。
非常にアバウトな敷地で、池あり、おどろおどろした倉庫あり、鳩小屋みたいなプレハブありで、
本当に楽しかった。
平成19年2月28日(水)

健康についてだけのメモを毎日残そうとして、1ヶ月半前から開始したのだけれど、なかなか
手がまわらなくて、記入を忘れてしまう。
なぜこういうことをしようとしたかといえば、一番根本的なことだから。
それなのに、いつも、一番どうでもいいことになってしまい、エクセルを開けると、びっくり仰天。
こんなに長く、書かなかったのか。
今年は、花粉症の医者に行かないで乗り切ろうとしているけれど、こういう記録が残っていれば、
どの年には、いつ医者にかかり、どういう症状だったのか一目瞭然。
父は、入院してから、克明に記録を残している。
だから、1日に何度激痛が襲ってきたのかも、残された私たちは知ることができる。
健康記録はお小遣い帳や日記よりもっと大切なものなのかもしれない。
平成19年2月27日(火)

なんだ、あいつには生きていたのか。
残念、と世界の多くの良識ある人々が溜息をついた。
ヤツは本当にしぶとい。
友達を鳥と間違えて撃った時点で、政治生命が終わったかと思ったら、また、しゃあしゃあと返り咲き、
悪友たちとやり放題。
アフガニスタンで、14人も亡くなって、ヤツはその中に含まれていなかった。
早く消えて欲しい人リストのトップ10にアメリカ人が7人も入っているのは、悪人が多い国だからなのだろう。

アメリカ人ラッパーとすきやき食べ放題へ行った後、恒例の物件探し。
さて、今日は、若松河田のささやかなマンションを見る。
回りは、多分、江戸時代の家で、庭の木は樹齢100年をゆうに超えるものがたくさんあった。
江戸の昔にそのあたりに、松をたくさん植えたから、若松なのだろう。
敷地内に蔵がある旧家もあった。
目の前には、珊瑚樹が茂り、尾長鳥がたくさん巣をつくっていた。
こんな平和な自然の営みが、目の前に見えるのは最高。
物件そのものは狭いけれど、江戸の記憶のと、緑の魅力に負けて、申込をした。
平成19年2月26日(月)

東京地裁の入り口外の警備員が着ているコートは、黒の皮で、膝まである。
警視庁の人が着ている、みすぼらしい太ももまでのコートと大違い、日本にしては上出来。
男は、足を見せるべきでない。
みっともないから隠せ。
やはり、ナチス・ドイツのコートはカッコよかった。
あのコートと黒ブーツを見ただけで、女は敵味方関係なく魅了される。
バチカンのスイス傭兵みたいな幼稚な衣裳ではなく、計算されたデザインなのがにくい。
平成19年2月25日(日)

行く人、来る人。
ボスニア人一家が去り、ラッパーが部屋を変わり、東南アジアが来る。
やはり、新宿アパートメントは、政府留学生を受け入れるべきではない。
政府留学生は、自分がなにか選ばれたすごい人のように考える癖ができているから、態度が大きい。
納税者のこちらとしては、自分のお金がこんなヤツに使われているなんて納得がいかない。
貧乏人は日本に来ないでほしい。
日本が必要なのは、自費で来日して、たくさん出費して、日本経済に貢献してくれる人なのだから。
政府留学生なら、夜の六本木でジャパゆきやって、お金稼ぐなと言いたい。
平成19年2月24日(土)

お達者クラブの管理組合年次総会に出席する。
あの猫ばばは、必ずお手盛りやっている。
修繕積立金が1億5千万円になったと喜んでいる。
理事を輪番制にしたらどうですかと言ったら、即座に、だめだめと言われた。
利権に胡坐をかいて、お手盛りしてるのだろうから、お達者クラブで温泉旅行なんて行ってるのだろうな。
500万円の領収書を見せて下さいと言ったら、婆猫が、500万円なんて言っていないと堂々と
言ってのけた。
お達者クラブの他の婆猫が、「いやあ、あんた、言ったよ」。

さて、目白の友人宅に押しかけ、夜は長し、映画は3本。
「日本以外全部沈没」は、笑える。
これは、ガイジン差別映画と抗議を受けそうだから、ガイジンには見せるべきではない。
まあ、心の広いガイジンなら、おもしろいこと考えたわねと、笑って済ませるだろうけれど、xx国と
xx国が見たら、民族の誇りを傷つけられただのなんだのと、さぞ、うるさいことだろう。
平成19年2月23日(金)

神楽坂の植物たちに、国粋ジュースのかすをたくさん与えているから、それらが、雨によって
土に混ざり、すごく栄養いっぱいの土壌になるだろう。
栄養を必要としているビワや、アロエなんかがあるから、ジュースのかすはいくらあってもいい。
チンチョウゲの甘い香りに顔をつけて、横目でみどりちゃんのお墓のあたりを目で追う。
私は最近、このあたりで、みどりちゃんのお仲間をたくさん見かける。
スズメと違って、尾が長いし、声が独特だから、からすぐわかる。
神楽坂の部屋に新しい鏡台を買ったのは正解。
人間は鏡があるとすごく嬉しいもの。
宮廷22や、マリカ・サロンくらい徹底的に鏡を張りまくると、もう芸術。
平成19年2月22日(木)

ハリー王子がイラクへ出兵するのはよくない。
これは、ダイアナ妃がヒューイットとの間につくったという事実を根に持ったチャールズが、自分の血を
引かない子供を戦場へ送ってしまおうという魂胆丸見え。
それに、王家の人間が戦地へ赴けば、イラク戦争へのお墨付きを得たも同様。
あんなに若くて純粋で、かわいい男の子を政治の道具にすべきではない。
イラクへ行かせるなら、チャールズを行かせればいい。
ろくなことをしてこなかったし、今後も、いても、あまり役に立たないし、人気がない。
この父親を飛び越えて、エリザベスおばあちゃんからウイリアムに王位を譲るべき。
私が英国国民ならそう主張する。
横浜の眼科へ。
平成19年2月20日(火)

私は最近、ピンからキリまでさまざまな物件を見ているが、今日の市谷本村町の物件は、胸がうずいた。
本塩町に一番近い場所で、朝、自衛隊のラッパで起床する、あの四ツ谷時代の日々がよみがえる。
よほど、これに決まりと言おうと思ったけれど、バルコニーも、ルーフもない物件、100鉢ある植物どうするの
ということになるから、とりあえず、涙ながらに諦める。
その後見たのは、180戸に2基のエレベーターしかない、荒れ放題の大型マンションで、スラムのような
激しさ。
バルコニーのコンクリートなんか、部分的に落下していて、これって、下を歩いている人の頭を直撃したら
即死。
これほど管理がずさんなマンションもすごい。管理は日本ハウジングと書いてある。
まるで、大久保マンション並。新宿1番の汚さを誇るいい勝負。
ところで、その後見てきた東新宿駅付近、明治通りのマンションは、時価相場より1千万円安く、
これはいいと、見に行くと、なんと、専有部分にトイレがなく、廊下にある、共同トイレを使用!!!!
しかも、現在、居住中!!
どうやって暮らしているの、その人たち。
伊勢丹パークシティからわずか10分のところに、そのような原始的なマンションがあるとは、
仏様でもご存じない。
平成19年2月19日(月)

やはり宮廷22マンションは、大変な事態になっている。
私は鉄腕アトムになるには、今、雑事を抱えすぎているけれど、人間、やるべき時には
やらないといけないことがある。
誰かがやりはじめるだろうでは、誰もやらない。
自分が常に言いだしっぺになることでしか、変えていかれないことがある。
ところで、最近モーツアルトの「魔笛」のアリアを歌詞を変えて、猫たちに歌い聞かせるようにしている。
驚くほど幼稚な歌詞なのだが、高音を出す良い訓練にもなるし、これを歌い始めると、熟睡している
猫までもが、みんな私の方を振り向く。
夜、神楽坂へ小型のポリバケツ一杯の肥料を持って行く。
果汁のかすで、内容は主にリンゴと柑橘類。
国粋ジュース」を1日2杯飲むと、嫌でもかすが貯まる。
そのまま生ゴミとして出せば、資源の無駄。
これを生かして、猫の額の神楽坂の庭を肥やして、木の成長を促進し、酸素を供給し、地球の温暖化に
完全と立ち向かう。
私には地球を救う使命があるから、これは地球人としての私の義務でもある。
リンゴの木から、小さな芽がたくさん出ている。
冬前に剪定をしておいたのに、こんなに伸びている。
寒いとはいえ、確実に春が訪れている。
一雨毎に春になっている。
平成19年2月18日(日)

美容院の後、雨の中、四ツ谷へまっしぐら。
動物の帰省本能というか、目をつぶっても、足が自然に四ツ谷へと向く。
外堀公園をよくよく見ると、私が遊んだ場所がかなり削られていて、どうしようもない、醜い大きな
建物が建っている。
旅館しょう平(字を忘れた、見れば思い出す)はとうの昔になくなっていて、そこら一体が洗練されている。
焼け残った3軒組の角の溝口さんというおばあさんの住んでいた明治家屋はすでに随分早く
建て替えられて、2年前にさら地になった実家は、案の定分筆登記されて、2軒の家が建っていた。
右側の方が大きい。
庭だったところだ。
今時このような場所を庭として使うなどという優雅なことはもうあり得ない。
なんという世知辛い世の中になってしまったことか。
売りに出ている問題の家は左側。
わずかの地面さえ残さずに、すべて被って、敷地一杯に建ててある。
祖父母が見たら泣くだろう。
私でさえ涙が出そうになる。
この際、本塩町、坂町、荒木町のこの界隈を徹底的に調査してやる。
乗用車が侵入できないくらい細い、秘密の道や、突如として現れる階段により、ここらあたりは
長年に渡り、外部から遮断され、外界の時の流れと別の時間の流れをはぐくんできた。
あった、あった、数々の私道の敷石、苔、え、これって何区と言いたくなる、どうしようもない庶民的な
佇まい。
今でも残っていたのだ。
しかし、庭があった家が皆、庭を売ってしまったから、家ばかりになって、しかも、荒木町の一角など、
ぴたり道路まで建ててしまったボロ屋が数軒連なるお化け屋敷地帯の出現。
この光景はまさに、今日の冒険のハイライト。
あるのだ、こんなところ、いまだに。
ぎぃー、ばたんと、扉がかすかに開いたままになっている廃屋もあり、思わず開けて中を見たい欲求に
かられる。
しかし、今日のところは理性が勝ち、ドアノブに手を触れることもなく退散する。
もし、好奇心に勝てず、その扉を開けて一歩中に入ろうものなら、そこはタイムマシンで、
私は即座に、昭和だか大正だかのある日に戻されてしまっただろう。
本塩町は、四ツ谷第三小学校と幼稚園が閉校、閉園になっていた。
ここらあたり、今時、もう、子供の人口などいないのだろう。
厚生省の宿舎は閉鎖され、広大な敷地が無人地帯と化している。
ふるさとは変わってしまった。
そして、これからも確実に変わっていく。
四ツ谷の求心力で私は、ここいらあたりを、そろそろ、ぐるぐると、走り回った。
スクーターだからできることで、この道幅、車なら到底不可能。
私のふるさとは、ここしかないのだから、私は折に触れて、今後もここへ繰り返し来るだろう。
そして、なつかしい道の1本1本をいつくしみながら、かつての日々を思い出すだろう。
見逃すまい、どんなに小さな変化も。
見届けよう、ふるさとに今、起きていることを。
平成19年2月17日(土)

レッスンの後、スウェーデン人たちが来て夕食。
アメリカに生まれなかっただけで、人はこんなにもさわやかに、正しい、きちんとした人間になるのだろうなという見本のような
人物だった。
小学生の頃、リンドグレーンの話を全部読んだ、しょうが入りビスケットというコンセプトが、子供だった私の理解を遠く超えていた
というようなことを言ったら、しょうが入りビスケットは、クリスマスに食べるとてもおいしいお菓子で、みんなそれを楽しみにしていると
言った。
ラップ・ランド人は日本のアイヌのように滅亡してしまうのではないかと言ったら、現在、トナカイの大規模飼育が行われていて、
ラップ人たちは、ヘリコプターでトナカイの群れを管理しているという。
そんな高い乗り物、買えるものか、そういうこすいことしている先住民は一握りなのではないかと思う。
さて、最近夜は、新宿区内の物件の研究に余念がない。
自分が決して買えないだろう1億円以上の物件も必ず目を通すことにしている。
手に入るであろうものだけを見ていると、自分の目がそれに慣れてしまう。
到底手に入らないようなものも見ることで、価値の勉強ができる。
すると、なんと、大変な発見をしてしまった。
む、む、これは、うちではないの。
絶対そうに決まっている。
新宿区本塩町、売値1億7千2百万円、111,33平米。
この倍以上あったから、きっと、文筆登記をして、せこく2軒に分けて、めいっぱいぎりぎりに場所を使って
上物を建てたに決まっている。
さら地になったばかりの時に、虫が知らせて行ったのは今から2年前。
二十年前に死んだはずの猫が、月光とスクーターのサーチライトの下で、身づくろいをしながら
シュールな雰囲気で私に四ツ谷の死体(丸子家実家の売却をそう呼ぶ)を見せてくれた。
玄関あたりにあった、あのどうしようもない古い昭和型ゴミ箱や垣根はともかくも、、ヒイラギや
シバ、柿やいちじくの木々は無残にも切り倒されてしまったのだろう。
明治に建ってから、大正に建て増しをし、奇跡的にB29の爆撃を免れ、激動の明治、大正、昭和を
見つめてきた四ツ谷の実家の庭の木々たち。
せめて植木屋さんに持って行ってもらい、どこかの造園屋さんの庭だか林だかで、
元気にしてくれていることを祈る。
もし生きているなら、私に知らせて欲しい。
どこかの家に買われて行ったのなら、場所が知りたい。
夏の日に幹にはしごを掛けて、やぶ蚊に刺されながら、もいだイチジクを手にしたザルに入れた。
「もっと右、ほらそこ」祖母がわくわくした声で叫ぶ。
「蚊に刺されて、もう、これ以上、ここにいられないから降りる」
「頑張って、あともう2つ3つ取りなさい」
四ツ谷の家の庭は、私にとっての大自然であり、祖母には汲めども尽きぬ愛すべき、自分の小宇宙だった。
もう、この大都会で、かつてのあの日々のような自然体験ができるなどということはないのだろう。
明日、この目で見てみよう、この売り物件。
2年前に建てて、越して、どうしてもう引越すのだろう。

それにしても、新宿区の一戸建てで、わずかながらも庭がついている物件はなかった。うーん。
庭付きマンションは、コンクリートで覆ってある。
ったく、余計なことをして。地面むき出しに戻せ!
これでは、地球温暖化対策として木が植えられない。
今や、趣味や楽しみで植木鉢に何か植えるなんていうことをしていてもだめなのだ。
地面に直接、なにかを、それも酸素を多く出すような大きな木を植えなくてはならない。
私が地球のためにできることは、それしかないのだから、この近所の庭付きボロ屋を、そのまま一軒、
また一軒と買いためて、ナショナル・トラストをつくるしかないのだろう。
冗談ではない。
ベアトリックス・ポッターがイギリスでしたことを、私は新宿区でできるのか。
平成19年2月9日(金)

レッスンの後、生徒さんと一緒に上野松坂屋の絨毯売り場へ。
すでに3回の上演が終わっていた。

4回目の上演を見る。
そして、楽屋でダメ出し。
私が見て変だと思うことでも、上演者たちは変だと思わずに、平気でやってしまうのだから、絶対に
監督を強化しないと、どんどん質が落ちてしまう。
私はうるさい社長だと思われても構わない。明日で落日。
仕込み会社の社長で、踊りの先生で、衣裳スタッフで、小道具調達スタイリストだから、こんなにうるさい。

最高の質を提供できるようにしたい。
平成19年2月8日(木)

バレエが上手だということは、必ずしもベリー・ダンスが上手ということにはならなく、むしろ弊害が
ある場合が多い。
今回はまさにその良い例。
全身をぴんとしていないといけないバレエや体操を長年やり、レビューのような踊りを踊っていると、
すべての部分をばらばらにして細かく常に動かしているベリー・ダンスのようなある意味緻密な踊りが
できなくなっている。
今までいつも上手だと誉められてきたダンサーに、あれこれダメ出しをするのは辛いのだけれど、
仕事としての踊りは、本人が何を踊りたいか、何が得意かなどどうでもいいことで、依頼主が何を見たいか
だけを至上目的としていないといけないのだということを、こんこんと言い聞かせた。
私もあれはまだ80年代だったかもしれないけれど、同じような注意を事務所からされたことがあった。
その時のことは今でも覚えている。
スイスの踊りを注文されたら、それだけをやりなさい。
それ以外のことは決してやってはいけない。
永谷音楽事務所の社長から言われた。
本当に恥ずかしかったし、ありがたかった。
あの時言われていなかったら、いつでも自分の好きな動きをどんどん入れてしまい、依頼された本来の
仕事の目的からずれて平気でいたかもしれない。
制約はきついけれど、その中で才能を発揮するのが仕事だから、今日は私がそれをバレリーナに
教える番。
1ステージ目の後、練習をしたので、2ステージ目から良くなった。
どんどん良くしていかないといけない。
今回は、言って直るレベルの人だからどんどん注意ができるからいい。
これが、わけのわからないジャパユキ・エキストラ軍団だと、言ってもわかるわけがないから、私は
やり捨ての仕事をしてしまい、実力のある日本人を数人入れてどうにか持たせる。
これからは、日本人を入れなくても、金髪だけで高いレベルの上演を維持できていかれれば、私は
この業界で一番になれる。
平成19年2月7日(水)

衣裳を作ったり、音楽を選曲して、編集して、その合間にレッスンをして、アメリカ人と夕食。
太鼓叩きの足の大きさが28センチだけれど、靴、多分そのサイズあるだろう、これから倉庫へ行かないと。
スーツケースも持って来ないと、布団袋に衣裳を入れて運ぶことになってしまう。
本番の日より、今日のほうが私は数段忙しい。
平成19年2月6日(火)

サクラヤへ行くのにもわざわざ西口へ行かないといけないので面倒この上ない。
私はどれだけ東口のサクラヤ本店にお世話になったことか。
一週間に2,3度必ず足を運び、ここ20年以上最新の家電を楽しませてもらった。
先日、閉店間際に行った時は、涙が出てきた。
サクラヤは良心的で、ポイントカードのシステムも顧客に優しく、意地の悪い東急ハンズや、貯まって
からしか使えないトーアと大違いで、片っ端から使用できて、不良品の時は、新品を下さったり、代用品を
貸して下さったり。
修理も無料でいらして下さったことも何度かある。
変に仕事仕事していなく、きさくなおやじがやっている街の電気屋みたいなところがあって、私は本当に
行きやすかった。
フィンランドとお昼を食べてから、布地を買いに。
近所にトーアがあることで、私のような仕事は本当に助かっている。
でも、近所にユザワヤがある大田区の人もそう言っているかもしれない。
平成19年2月5日(月)

外人ダンサーを集めてリハーサル。
今回は久々にいいメンバーが集まったから嬉しい。
こういうイメージでと私が内容を説明し、こんなふうに、こうやってとアウトラインを説明し、あとの
具体的な振付は自分たちでやらせた。
カウントがはっきりしていない長い踊りの場合はその方が正解。
言うときりがないから、見て見ないふりをしながら、鏡に写っているダンサーを横目にパソコンに向かう。
私は踊れない人が一人でも入っていると機嫌が悪くなるけれど、今回くらいのレベルばかりだと、ニコニコ。
以前は上手い男性ダンサーでフリーランスがいたけれど、今は、日本人配偶者の旦那のロシア人バレエ屋
ばかりだから、うーん、いまいち。
ラテンのダンサーにしても、日本人妻がしっかりにぎっているから、使いにくい。
一番いいのはおかまのフリーランス。
さて、演奏は今回太鼓だけ。
本当は弦楽器ウードやサズの専門家の先生を入れたいのだけれど、人数制限があってだめ。
踊り手減らすくらいなら、演奏を録音にして、旋律楽器を抜かした方がいい。
衣裳を人に頼んだけれど、それでも足りないので、仕方がないから自分でもやる。
目の具合が悪い時にこんなことやりたくないけれど、BBCや歴史チャンネルを見ながら、スパンコールを
つけていく。

平成19年2月4日(日)

最近、健康にたくさん気を使っているから非常に具合がいい。
1日にいろいろスケジュールを入れすぎないようにしているのも正解。
ここ15年以上神経性胃炎にもなっていない。
以前はどうして、そう簡単にそういうものになって救急車で運ばれたり、床をのたうちまわったのだろう。
馬車馬のように無理して生きていたからかもしれない。
今は心に余裕がある。
一人の時間を大切にしているからだろう。
毎日マッサージへ行く。誰とも話さず、植物や猫とだけ話す時間を取り、食事を3回
きちんとしていることも原因している。
何よりも大切なのは、「水の力を知る人は」ということを考え、実行するようになってから、
身体が健康になり、寒さを知らなくなったことが一番大きいかもしれない。
私は自分の中に燃やすものをもっているので、外の暖房に頼らなくてもよくなった。
平成19年2月3日(土)

来月のイベントで使う外人の男を数人スカウトしないといけないのだけれど、アントニオ・バンデラス
みたいな男は、そう簡単に巷にはいない。
当たり前のことだけれど、そんな人が、東京の街をフラフラと暇して歩いているわけはない。
手持ちのスペイン人に、モデル・ウォーキングをやらせたけれど、シロウトの男はいまいちだめ。
薄いし、弱いし、迫力感じない。
ダサく、寂しく、普通で、足りないわけよ。
つまり、商品価値がないということ。
おかまのダンサー、カルロスがなつかしい。
ギラギラ、ピカピカしていた。
今頃、リマのモデル学校で教えているのだろうか。
やはり、日本にいる外人の中には、おかまか、業界人でもない限り、私が見て魅力的な男はいない。

それでも、自分の仕事の本気になると、神様が思わぬ贈り物を下さる。
「ジャズ・ダンス・ブック」のモデルがそれ。
私が欲しかったその瞬間だけ、たまたまお台場のイベントで来日していた人が、私を訪ねてくれた。
だから、ニューヨークまで行かないですんだ。
絶対に質を落とさないぞと真剣になると、神様は助けて下さる。
平成19年2月2日(金)

再び朝横浜へ行ったが、伊太利屋の店に入らずにその前の通路を、そそくさと通り過ぎられた自分は偉い。
1日で成長したものだ。
レッスンの後、あらゆる雑用をこなす。
踊りは実に雑用が多い。
会社をしているからだ。
文学が好きで文学部へ行ったのに、文学をする時間がない。
シュリーマンみたいに、40歳まで思い切り働き、その後は、好きなことだけなんて言って、トロイの木馬を
発見した彼に憧れたけれど、私はそうなれなくて、少し人生が狂った。
会社の仕事は、雇われ人は楽だろうけれど、経営者には、終わりがあるわけないのだから、
だらだらといつまでも仕事をせずに、今日は仕事をしない日なんて決めないと、本も読めない。
一番まずいことは、踊りのために使う時間が、たとえそれが雑用のようであっても、無駄に思えず、
それどころか、やっていて嬉しいのだから目も当てられない。
平成19年2月2日(金)

久々に日本ナチス党の党首に会って、横浜で中華を食べる。
相変わらず、耳寄りな情報を提供してくれる。
ヒットラーの結婚記念日が、ヒロヒト天皇のお誕生日と同じというのはおもしろい。
同盟国の元首だからと、わざわざその日を選んだとも思えない。
死ぬ直前なのだから、単なる偶然なのだろう。
今日は、テレビのCMに衣裳を提供したので、スタッフ2名に行ってもらう。
ダンサーが自分のところからでなく、衣裳の提供だけなんていうのは、おもしろくないから
私は行かない。
私は踊りのためなら、いくらでも時間やエネルギーを割けるけれど、それ以外のことは、
ほどほどにしている。
日本にいるアフリカ系ブラジル人ははっきり言って、ブラジルパブの元ホステスしかいない
わけだから、踊り的に見るとすごくへた。
サンバができたところで、近所のおばさんたちが東京音頭を踊るのと同じレベル。
その点ロシアは、たとえ元お水でも、元体操選手とか、バレリーナとか、掘り出し物が盛りだくさん
だから、もっと使える。

ここ数年本当に西側のダンサーが流出してしまった。
だから、タップやストリート系の振付ができなくなってしまったのは、本当に残念。
アメリカ人がマリリン・モンローの衣裳を着て、口パクしながら、モンローの曲を踊ると、本当にそう見えるけれど、
ロシア人がやると、真似になるから、やらせない。
英語の歌詞も覚えられないだろうし。
貧乏に育って、貞操を売ることで本邦在住している人は、どうケバ化粧しても、根本的な悲壮感があるから、
あっけらかん、ぱっぱらぱーの役はできないのだと思う。
平成19年2月1日(木)

相撲部屋からいきなり現れたようなアフリカ系アメリカ人がやって来た。
ウエストは推定1メートル20センチはあるだろう。
胸囲も腰まわりもほぼ同じサイズの大きな男。
きっと、一般の日本人から、怖がられ、煙たがられたに違いない。
固い顔をしていた。
ラップをするのと聞いたら、少し顔がほころんだ。
私は、アフリカから来た舞踊が、どのようにタップやジャズやヒップホップの踊りになったのか、
研究している日本でも数少ない物好きだと言ったら、初めて笑顔が出た。
私はこの人に親切にしよう。
金髪白人や、六本木系遊び人黒人と違って、このタイプは、なかなかお友達ができないだろう。
日本で1ヶ月休暇をすごすために、観光目的で日本に来る外国人がいるというのは
なんと嬉しいことだろう。
ありがとう、ありがとう、わざわざ大枚はたいて、来日して下さってありがとう。
私は、以前、日本には観光目的の外国人は、物価が高いのであまり来ないのだと
思っていた。
しかし、そんなことはない。
見るべき、学ぶべきユニークな文化を持っていれば、価格に関係なく、人は来てくれるのだ。
歴史と文化はなによりも価値がある商品で、教養があり、経済的に余裕があれば、人は
日本に観光目的で来てくれるのだ。
ところで、近所の合気道に来ている外国人は、ほとんどがヨーロッパ人とのこと。
それにアメリカ少々で、中国人はいなく(話してくれたスペイン人によると)、韓国人はわずか1名
とのこと。
日本にお金儲けのためだけに来ている人々にとっては、日本の文化など、価値がない。
日本の最高の売りが文化になったら、すごい。
バリ島は、観光だけでやっている。
日本はもっと国をきれいに整備しないと。
行政の中にセンスのある人がいないのだろう。
この国は、もっと素敵に、もっときれいになれる。
まずは、私の家からはじめないと。

平成19年1月31日(水)

大好きなフィンランド人と神楽坂でお寿司を食べる。
年出会ってから、私たちはいい友人だ。
私の幸せは、この人と私の人生のこの時期に出会ったことだろう。
もし、20代の時に出会っていたら、私は真剣に、なりふりかまわず入れ込んで、
様々なものを犠牲にしかかもしれない。
でも、今だから、ただの素敵な友人でいられる。
男一人のために、勉強や、仕事を犠牲にして、人生を賭けるほど愚かなことはないと
悟るまで、かなりの年数を費やしたが、男は所詮、女が全人生を賭けるほどの価値はなく、
生きる余裕で、つまむものくらいに考えた方がいい。
夕方リハーサルの時に、ロシアのダンサーが、六本木のお水ロシア・ママを
連れて来た。
出勤前なので、ここの鏡を使って、ぴかぴかに磨くこと、余念がない。
この職業でなくて、この外見や雰囲気を保てる女がいたら、かっこいいと思うけれど、
シロウトの女のはどうしても、どこかひなびて、かっこ悪く、興ざめしてしまう。
やはり、人の視線に見られることで磨き上げられた人は、商品価値がある。
悪と、魅力と、性的な雰囲気と、オーラと一瞬の狂気は同じことなのかもしれない。
さて、夜やって来たのは、フランス人。
踊ってと言って私がラテンをかけたら、曲と全く関係ない、もさっとした動きをしている。
この音楽でどうやったら、そんな変な動きができるのか理解に苦しむと思ったら、日本で
能楽を勉強しているとのこと。
習ったばかりの動きをやりたくて仕方がないのだろう。
ラテンの音楽がかかったら、ラテンを踊ればいいの。
モデルの仕事やりたいと言っているけれど、お水のロシアを見た後だと、こういう
堅気のお嬢さんを見ると、いささか小便臭く思える。
チャレンジ精神旺盛な男は、お水のロシアになびき、うぶな男はこういうフランス人の
女をユニークでかわいいと思うのだろう。

平成19年1月30日(火)

目白御殿の城主に「地図の読めない女」の日本語版を借り、毎日マッサージに行って少しづつ読んでいる。
城主はロシア語版も印字して、ロシア人たちに配っている熱の入れよう。
「すごーく、おもしろい」という感想を送ったら、「むつみさんが男だというのはよく分かります。
本当に男を志向する一歩手前で止まったのは本当によかったと思います」という返事が来て、
さすが、私を20歳の時から知っている人というのは、よく見ているわと思う。
そう、私は、非常に男なので、飛行機の中でxx人の女たちが喋っていると気が散るので、「うるさい」と
言ってしまうし、電話がかかってくると、テレビを切り、作業でなく、仕事をする時は、音楽を止める。
方向感覚は非常に良く、東京の道はすべて(大袈裟か)知っていて、小さい頃から、地図を見ていると、
楽しくて、何十分でも見続けている。
だから18歳ではじめてヨーロッパへ行った時も、ひとりでユーレイルパスを使って、縦横無尽に
放浪できた。
マリカ先生が男だったらいいのに、結婚したいと、女の生徒に何度も言われたことがある。
男たちとは男同士の友情のような、さわやかないい関係を長く続けている。
女っぽい女はすぐキレたり、取り乱したり、どつぼったり、猫かぶりをして、気持ちが悪いから、
よほど知性のある女の人とでないと一緒にいられない。
平成19年1月29日(月)

新宿法務局は、階段が汚すぎる。激落ちくんなどの白いスポンジで拭くと違うのに。
以前、都税事務所の壁があまりに汚いので、受付の人に言ったことがあるが、法務局は
特に受付というのがいないから、誰にも言えない。
登記簿謄本の受付の人に言うのもなんだし。
公共の建物の清掃のひどさは、目に余るものがある。
清掃要員が不足しているのか。
余計なところに予算を使わずに、まず、清掃に使えと言いたい。
それにひきかえ、民間のビルはどうしてどこもそこそこにきれいなのだろう。
これは非常に興味深い現象だ。
私はこれまで、登記書類は司法書士に作成してもらうものだと思っていた。
何万円かの出費もしかたないものと思っていたけれど、今回は、申請指導の係りに人に教えてもらいながら
登記簿謄本を見ながら、自分で作った。
それに印紙を貼り、捺印して提出。
2時間くらいかかってしまったけれど、自分でやればできるのだと納得。
自分でやると、多くを学ぶ。用語や書式もわかって、いい勉強。
会社の経費節約のため、社長自ら書類を作成するのもいいもの。
平成19年1月28日(日)

どうしようもなく、すさんだマンションに足を踏み入れた。
そこは、お滝橋の元NTT近く。
1階に100円ショップみたいな雰囲気の泣く子も黙る新宿最低の店屋があるビル。
エレベーターに乗ってぎょっとする。
「このマンションには持ち主と住民以外は立ち入らないこと。立ち入った場合は、警察に
通報する」と日本語、中国語、韓国語で書いてある。英語表記はない。
ということは、そういう人々が、入れ替わり立ち代わりこの建物に入って来ては、様々な
問題を起こしているのだろうと想像する。
廊下に物を置かないことなどという貼り紙をすること自体、ちゃんとした所では、
考えられないことなのだけれど、案の定、その貼り紙から、ほんの数メートルのところに
山のように、古い傘(2LDKの間取りでどうして10数本もあるのか)だの、野菜のダンボール箱
がいくつも積みあがり、ビニールシートやら、わけのわからない物が、玄関脇にどさっと
置いてある区分所有者がいた。
私がこの建物の住民だったら、早速喧嘩をしているだろう、目障りだ、捨てろ、消えろ、
日本を汚すな、自分の国に帰れ。アブナイ、アブナイ。
ああ、この建物の住民でなくてよかった。
夜、また近所の露天風呂へ行き、リラックス。
韓国人のお水と思われる永住者が、普段、芝大門から、わざわざここの露天風呂に入りに来てから、
家路へつくと話してくれた。
港区には、露天風呂がないそうだ。お気の毒に。渋谷区はよく知らないけれど、目黒区にもあるようだ。
西や南へ行けば、いくらでもあるだろうけれど、東京の真ん中で、しかも、銭湯で露天に入るのが、ツウと
いうもの。
以前、銭湯リストをつくったのだけれど、どんどん銭湯が閉鎖してしまい、また、改装したりして、
記載事項が古くなってしまったので、没。
最近の温泉サイトは、英語版しかない。
平成19年1月27日(土)

ここへはじめて来た時に、78キロあった、ぷりんぷりんの、汗っかきおじさんが、なんと、今、
63キロになって、ぐっと締まって、格好良いおにいちゃんになった。
会社でも、あまりの変身に、人違いされるとのこと。
レッスンに来るのに、錦糸町から歩いて来る。
バックパックにフィギアスケート選手が大会で着るような派手なレオタードやタイツ、
スカートなどを入れ、両手に軽めのバーベルを持ち、腕を振りながら、ひたすら歩くとのこと。
外堀通りを通ってくると、錦糸町から歩けるとのこと。
いい根性している。
身体を使う人は、生き生きしている。
帰ってから、奥さんにごはんをつくるとのこと。
いろいろな家庭があるものだ。
平成19年1月26日(金)

ロシアのアイス・サーカスは本当に豪華絢爛。
技術とルックス、構成、衣裳、演目が非常に芸術的。
アラビアの王宮の美女たちの群舞や、ものすごいアクロバットが氷上で繰り広げられる。
地上でだって宙返りは難しいのに、どうやってスケート靴で着地をするのだろう。
その昔、「小さなイダ」が、氷上でタップを踊り、アクロバットまで入れたため、あまりに危険なので
その技を禁止されたというようなことを、「ニューヨーク・タップ・ストーリー」に書いたことがあったが、
ロシアの氷上アクロバットは、国家規模でここまでなったのだから感嘆する。
元オリンピックの選手だった人たちが、国外へ出たりもせずに、自国でスケート・ショーに出演している
姿を見て、その真面目さに本当に溜息が出る。
外国のアイス・ショーのスターになれば、いい収入になるのに、自国のアイス・サーカスのために
人生を捧げているのだ。
私は国際大サーカスや、カキヌマといったサーカスに関わってきたけれど、昔あった、関根サーカスに
しても、なにか、非常にしけたイメージがあった。
木下やキグレはどうなのだろう。
東洋人が平坦な顔で登場するだけで、演目全体が、暗いイメージになってしまうのだと思う。
上海雑技団など、はっきり言って、気分が悪かった。
やはり、白人のコーカソイドでないとサーカスはだめなのだろうという、差別的な発言をしてしまったが、
私は政治家でないから、別に構わない。
特に私のいる業界が、差別的な業界なのだし、それはある意味、正しいのだ。
白人何人、黒人何人注文します、はい、毎度、アジア系入れたらだめよ、はい、了解という仕事の運び。
人種にこだわることで、成り立つビジネスがエンターテイメント業界なのだ。
平成19年1月25日(木)

法務局へ行き、不動産登記の申請書作成指導を受ける。
他の国でも、こんなことをしているのだろうか。
こういう非常に煩雑な手続きを踏むからこそ、登記簿はありがたいものとなる
のだろう。
電子化したら、楽になる。
もうすぐなるとの噂も。

法務局でもクレジットカードで収入印紙が買えたらいいのに。
スイスの駅では、自動券売機で乗車券を買うのに、クレジットカードが使えたけれど、日本のJRは
まだみどりの窓口以外では無理だろう。
郵便局でも、税金でもなんでもカードが使用できれば、マイルの貯まり方も、飛躍的に
伸びるだろうに。
平成19年1月24日(水)

ここ5年間、ここはホットカーペットだけだったけれど、4枚を3枚にし、2枚にしたら、やはり、
ガスストーブをつけた方がいいかなと思い、取り付ける。
3枚が2枚になったのは、アナスタシアが花瓶をひっくり返し、それもあまり何度もなので、
電気の部分に水がかかり、使えなくなったためである。
私はエアコンのヒーターは原則的につけない。
空気が乾燥すると、自分の身体にも、植物にも良くないから。
ガスのヒーターは小さく、性能がいいので、すでに9台購入。
瞬間に熱くなり、非常に熱効率がいい。
でも私は熱いのが苦手なので、室温19度になると、スイッチを切る。
今日のニューオータニの仕事は、都合がつかない人が多く、1名しか参加しなかった。
レッスンの後、壁紙貼り。
夜、再び露天風呂へ。
平成19年1月23日(火)

ルイスにスペイン語を習い、ペルー人が、葦の舟を自由に操って、ハワイや、インドネシア、
そして、アフリカとも交流があったことを聞く。
自分の国の文化にものすごく誇りを持っているルイスは、ペルーのことを話す時、目が輝き、
態度が熱い。
こういう人に習えて私は幸せだけれど、この人は、仕事が忙しくて、定期的には無理だろう。
ともかく、たまに、本国人に習うことで、私のカメのようなスペイン語が少しづつ上達すればいい。
会計事務所が来る。
申告の相談。節税ばかりもしていられない。
平成19年1月22日(月)

私は常に法を遵守して正しく生きていようと思う。
この世は、正直で、法的に正しい人が最終的には勝つのだと思う。
平成19年1月21日(日)

はじめて東欧人が入居する。
スペインに居住していたポーランド人だ。
家の近所に温泉があると言っている。
平成19年1月20日(土)

目白御殿の城主のところで、ラム肉しゃぶしゃぶをする。
来日3週間目のオーストラリア人を連れて行ったのだけれど、はじめて見た日本人の
家が一人で百平米のところに住んで、14台のコンピューターがある家なものだから、
日本の家について、間違った認識を持ってしまったなと思う。
映画はシャーリー・マックレーンがおばあさん役をやっている映画。
元放浪娘の最後の詩の朗読が良かった。
その後、草木も眠る丑三つ時、神楽坂の庭を掘って、みどりちゃんを埋葬。
平成19年1月19日(金)

パステル・ピンクのロールスクリーンを、森の木の柄に変える。
家の中全体が、外のようになった。
スケルトン・ブルーの棚も、籐製に変える。
昨年は人の部屋の内装ばかり気を使って、自分のところのことを何もしなかった。
今年は、ここを、これでもか、これでもかと変えていこう。
平成19年1月18日(木)

朝、マッサージへ行こうとしたら、マンションの駐車場の前にうぐいすが落ちていた。
すでに死んでいる。
かわいい顔を写真に収めた。
人間の女の人に泣いてもらって、このうぐいすは幸せだった。
うぐいすに、みどりちゃんという名前をつけて葬ることにした

しかし、実際に埋めるのは、3日目になるとは、思いも寄らなかった。
平成19年1月17日(水)

フランス生まれの人が一体どうやって、モルモン教の教団で牧師なんかするように
なったのか、不思議だ。
ユタの人しかそういうカルトはやらないのだと思っていた。
ともかく、その男の写真を30枚ほど撮る。
誰かに似ていると思ったら、ミスター・ビーンか。
平成19年1月16日(火)

横浜へ行く。
西口ダイアモンドの地下に、伊太利屋の直営店があり、新宿のデパートよりよりいい品揃え。
早速、素敵なトップを1枚仕入れる。
バッグもいいのがある。
キャリーケースも豹柄でおしゃれだけれど、空港でぼんぼん投げられたら、一回で痛んでしまう
だろうから、絶対に機内に持ち込まないといけないなと思いながら、一体いくつキャリーケースあるのと
自分に言い聞かせて、あきらめる。
実際、倉庫の中は、スーツケースだらけで、次々新しいものを買うものだから、どんどん
たまってしまい、持て余している。
使用済みスーツケースなんて、1円オークションに出したって、買う人いないだろう。
オフィス・マリカのサンバ衣裳は、スーツケースに入るような、生易しいものではないので、結局、
いつも袋で運搬していて、スーツケースは小物用にしか使わない。
夜、近所のオスマン・トルコ風呂で思い切り身体を回復させる。
平成19年1月15日(月)

身体を回復させるための日。
一日中、オフで過ごす。
いつもオンだと、息が切れる。
こういう日も、必要。
平成19年1月14日(日)

皇居の回りを走っている人たちを見ると、50名中49人は、時計と反対方向に走っている。
つまり、半蔵門から、皇居を左手に、国立劇場を右手に見て、下り坂を走り、道なりに左カーブを切る。
これが、一番気持ちの良い、自然な走り方なのかもしれない。
ところが、たまに反対方向に走る人がいる。
それが、白髪の頑固そうな男性だったりすると、ふと、この人はどんな人生を歩んでいるのだろうと思う。
そんなことを考えながら、築地の本願寺へ行く。
叔父が亡くなってすでに1年が経過したなんて、早い。
昨年の冬、私は叔父の病院へお見舞いに行ったのに。
東芝に40年勤務した叔父は、「私は冷房が大好きだから」と、冷房の効いた冷蔵庫のような部屋で
休んでいたという。
機械が好きで仕方がなかった。
日曜大工も得意で、大工さんに分けてもらった廃材で、物置小屋を自分で作った愛すべき叔父だった。
今日のかおりちゃんは、数段きれいだった。
私は今日はじめておろした黒のロングドレスの胸が開きすぎていることに気づいたので、次回からは下に
同色の薄いものを着ないとと反省。
平成19年1月13日(土)

近所のサウナへ行く。
以上に不快。
なぜかというと、XXXク人が、やりたい放題をしているから。
浴室内で飲食をしないで下さいと書いてあるのに、平気でペットボトルを持ち込み、サウナ室内で
飲む、氷砂糖を食べる。
港区のXXXク大使館斜め前のサウナなど行こうものなら、中で爪を切ったり、漫画を読んだり。
みんなが裸でいる場所に刃物なんか持ち込む神経が理解できない。
野蛮な人はサウナに来るな。
足を大きく開いたまま座る(日本人はこういう格好はしない)、誘い合わせてつるんで来て、
洗い場の一体を自分たちの専有部分にする。
湯船では、浴槽内の踏み段のところに横に長く足を伸ばして座っているから、他の人が
その浴槽に入れない、
半身浴と称して、浴槽内でXXXク人たちが腿までだけ浸って、何人も総立ちになって、
大きな声でXXXク語を話している。
ここはソXルかと言いたい。
日本人は静かに、お湯の中に座っている本当に控えめな、お行儀のいい民族であると再確認する。
「だいたい、日本人はサウナには来ないから」と、仲良しの日本人のおばあさんと大きな声で
話しているけれど、私は日本人だけれど、職業上、関節を柔らかくする必要があるから、仕事でサウナに
来ているのだと、言い返したいけれど、黙っていた。
私が思うに、あの人たちはほとんど全員お水出身者なのだと思う。
そうでなかったら、なぜ、浴場内でもメイクをしているのか、なぜ日本にいるのか、
なぜあんなに身体を気にするのか、なぜ刃物で体毛を剃っているのか。
日本人なら、足の毛を刃物で剃ったらどんどん濃くなることを知っているから、永久脱毛とか、
ワックスとか、クリームとか、ナショナルのお肌に優しいなんとかシェーバーを使うなど、肌に対する
配慮があるのに、XXXク人は、いきなり全身を刃物で剃る。
デリカシーに欠けること甚だしい。
大久保一丁目のルビーなんか行ったら、きっと日本人は一人もいないのだろう。
コワイから行かない。
新宿区と港区のサウナはほとんど行きつくしてしまった。
職安通りと大使館があるから、このふたつの区にこの人たちは集中しているのだろう。
どこか穴場はないかなと捜す今日この頃。
平成19年1月7日(日)

レッスンのあと、植木の選定をする。
秋にやったのだけれど、この寒さの中、枝が多いと木に負担をかけるだろうから、少し減らさないといけない。

神楽坂の家の猫の額ほどの庭に直植えしたリンゴは、種から育てた8歳の子供。
すでに新しい芽が出始めて、この寒さの中、鮮やかな緑の葉が静かに挨拶をしながら
しかし、確実に伸びている。
すごい生命力。雪の中でも平気な北の植物だから、東京の寒さなんかなんでもないのだろう。
この庭は本当に限られた面積しかなく、リンゴの他、クンシラン、アロエ、同じく種から育てたビワ等が
所狭しと植わっている。
この10倍くらいの庭があったら、珊瑚樹や、チンチョウゲなんかも植えられるのに。
11階のマンションのベランダで5年目にして枯れてしまい、かわいそうなことをしたヒバなんかも
直植えだったら、植木鉢と違ってしっかりと根を下ろすから枯れることはないだろう。
平成19年1月6日(土)

こんな部屋、どうせ、美しくなるわけがないと思っていた、窓もないような小さな部屋が、なんとも
魅力的で居心地の良い雰囲気に生まれ変わったのは、色彩と光の魔術なのだろう。
光は物を美しく見せる。
今日は、中井でいい写真が撮れた。
平成19年1月5日(金)

暮れに掃除をする時間がなかったので、お正月にしようと思ったら、すでに数日経過してしまい、
また午後からレッスン。
これでは、いつ片付くのやら。
私は美しい物だけしか見たくなく、舞台のようにしたいのに、ここは楽屋のようになってしまい、まるで
正反対。
インテリア雑誌のやらせの部屋みたいにしたいものだ。

かつてはそういう時もあったということは、物がすくなかったのだろうか。
平成19年1月4日(木)

薬王寺町の屋上部屋を撮影する。
これまで2年にわたり、まったく撮影をしなかった。
どうせ、きれいに撮れるわけがないと思っていたからだ。
ところが、ここは、とてもきれいに撮れるということがわかった。
写ったものがきれいか、きれいではないかは、被写体そのものが、きれいかどうかということとは
無関係だということが言える。
写す人が、その被写体をきれいに撮りたいかどうかだけの問題なのだということがだんだん理解
できるようになってきた。
きれいでなければ、自分の手でなんとか最大限きれいにしてから撮ればいいのだ。
人間をきれいに撮れる変身魔術師が、部屋をきれいに撮れないわけはない。
人間の場合、最終的につくる表情は被写体のものだけれど、部屋の場合、表情まで、写す側が
操作できるのだから。
トルコだかどこかのキリム絨毯や植物を使って色彩的に美しく仕上げた。
平成19年1月3日(水)

本年のレッスン開始。
踊り始めの日は、いつも本当に楽しみ。
合気道の道場は二週間休みだそうだけれど、踊りは本当は休みはいらない。
走る人たちも、ほとんど休みは取らないのだろう。
ニーチェ研究のなんとかという先生は、お正月からもう勉強だけれど、ご自分は2日から開始だと
おっしゃっていた高橋健二先生がおなつかしい。
平成19年1月2日(火)

築地の本願寺へ自転車で出かける。ゆっくり漕いだから、35分くらいかかった。
半蔵門からの下り坂が心地よい。
新年から走っている人がいる。
ご苦労様。
毎年恒例の丸子家四ツ谷組の集まり。
昭和20年代後半から毎年欠かさず行っているようだけれど、ただの一度として同じ顔ぶれの時はない。
誰かが加わり、誰かが抜ける。
頭数が同じでも、人が変っていたり、知らないうちに人数が増えていたり。
私は旅行などで数回お休みしただけでほとんど参加。
四ツ谷は我々みんなのふるさとで、昔は、本願寺の後、四ツ谷へ集合したけれど、いつのまにか、
東銀座の日の出寿司で会食をするようになった。
そのうち、スエヒロでステーキを食べるようになり、今回も36名でスエヒロへ。
こんなに大勢をよく毎年受け入れてくれる。
食後、かおりちゃん一家と、松屋の着物展示会へ。
やはり、柄や色が美しくないとと改めて納得。
こと着るものに関しては、地味だけれど、落ち着いた装いとか、深い味わいなんていうものは私には
合わないと再確認。
デパートから出たら、私の自転車のかごに、ご丁寧にも、日章旗を2本放置していった人がいたので、
そのまま日の丸をはためかせながら銀座から皇居方面へ走る。
大手門の汚いこと。
ゴミだらけ。
天皇陛下に申しわけがないと、誰かこの寒空の下で飛び込んで、お濠の清掃をするようなきとくな
日本国民はいないのか。
同じ汚らしい水に、白鳥も浮いている。かわいそうに。
丸の内所から警備の警官が大勢、隊を組んで出てきた。
警備はいいから、一人二人こちらへまわして、掃除させろと私は言いたい。
日本で一番美しい場所でないといけないこの皇居のお濠、大手門が、ガンジス河のごみためのように
なっている。ニッポンの恥!
帰りは、飯田橋の方から帰って来たから、きつい登り坂を避けることができた。
平成1年1月1日(日)

母はおせち料理に来なかったけれど、5名でお正月のお食事開始。
外国人も意外とお雑煮が食べられ、お代わりもしたので、まずまず。
オーストリア人の昔の彼氏や、一番目の夫は、お正月の料理など、ロースハム以外、何も
食べられるものがなかったので、あの頃のお正月はひどかった。
余りに余ったおせち料理は私が結局一人で食べないといけなく、しかも、1月1日夜出発の
東海汽船で新島なんかへ出てしまった。
困っている人に食べ物をあげたいと思っても、実際どうしたらいいのか、わからないから、
数日後に帰宅した時には、ひどい状態に。
昔は、普段の保存食に塩や酢、醤油を用いていたのに、お正月の保存食だけ砂糖を使い、寒さを
乗り切るために、糖分を補給させたとは、よく考えたものだ。
トマト、レタス、キャベツなどが渡来する前の日本の食卓では本当に生野菜が少ない食事だったと
想像する。
たけのこや、つくし、ごぼうやれんこんなんかばかり食べていたから、腸が長くなったのだろう。
昨年靖国神社へ行ったから今年はお参りに行かない。
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