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平成18年12月31日(日)

フランス人2名と母と一緒に年越しソバを食べる予定だったが、母は恒例のヒステリックどたキャンで来なかった。
フランス人はおそばを食べる時でも、フランス料理を食べるのと同じように最初から最後までただの一度も
音を立てず、きれいに食べた。
これが中国人なら、ものすごく大きな音を立てて私の神経は持たなかっただろう。
オリヴィエは、夜の11時から道場で越年稽古があると言っていた。
年が変るその瞬間、大好きな合気道をしているなんて、一緒の思い出に残る素晴らしい年の越し方だろう。
私は明日、みんなが来るので、早く寝て早く起きて、お雑煮の用意をしないと。
平成18年12月30日(土)

今日サダムが処刑された。
ミロセヴィッチがハーグで大演説できたのは、ヨーロッパの白人だったから。
サダムがこんなに早く消されたのは、ブッxxの人気が低迷し、米軍の戦死者が今月一番多くなったことも
原因している。
友人が電話をかけてきて、サダムが裁判であれこれ喋ると、いろいろバレて都合が悪い人が多いから、
早めに殺したのだと解釈していた。
イランイラク戦争に従軍したイラク生まれの友人は、普段サダムを悪く言っていたのに、その扱いに関しては、
かねてから、サダムを殺すととんでもないことになるから、島流しにするか、どこかに軟禁して、おとなしく
自叙伝でも書かせろと言っていた。
他のイラク生まれの人は、あの悪者のウダイ、クサイが残虐な殺され方をした時でさえ怒っていて、
さんざん、苦しめられたのにどうして、怒る必要があるのかとも思えるけれど、たとえ悪者でも自分の国の
人が外国政府の介入で殺されたら、不快に思うのは当然なのだと思う。
サダムが処刑されるなら、ブッxxだって同じかそれ以上の虐殺者なのだから、サダムと同じに処刑されるべきだと
思っている人が世界には多いだろう。

今日は、事故以来はじめて、そろりそろりとスクーターに乗る。
とんでもない時間に、とんでもない場所に行かれる自由を再び手に入れたけれど、これからは
本当に慎重にしないといけないと思い、すべて法廷制限速度で走った。
車線を変える時もいちいち方向指示器を出した。
牛込警察の交通課の人が、警官は運転する時、安全確認のため、3回見てからしか発進しないという
話を聞いたことを思い出した。
平成18年12月29日(金)

朝から日系3世のペルー人が来て、マチュピチュ遺跡の話に花が咲く。
ペルーには1000種類のジャガイモとサツマイモがあるなどということをはじめて知る。
ジャガイモも、トマトもとうもろこしも、すべてペルー原産でヨーロッパに伝わったことを実に
誇りにしている。
戦後日本が本当に貧しかった頃は、海外へ出稼ぎに行った日本人たちが働いたわずかな
お金を日本に送金して、日本の近代化を促進したから、今の日本がある、自分のおじいさんたちも
随分日本に送金していたと言った。
私が以前メキシコで100ドルで買った絨毯を見て、こんなもの20ドルの値打ちもない、キミは
騙されたのだと言われた。
海外、まして貧しい国で物を買うのは、購入というよりは、献金なのだから価格はいくらでもいいのだと思う。
自分が100ドルだと思ったら、その商品の価値は100ドルなのであり、本当は何ドルというものではない。
南米人が馬を知らなかったのは本当に不覚だった。
ユーラシアには、馬以外にも、ロバ、ラクダ、像など、人が乗るための動物がたくさんいたのに、
どうして新大陸にはそのようなものがいなかったのだろう。
平成18年12月28日(木)

フィジー人が来て、フィジーの踊りを見せてくれる。
ハワイアンとの違いを説明してくれて、興味深い。
太平洋の島の踊りにも、こうして微妙な差が生まれるのはどうしてなのだろう。
私はさまざまな国の人と出会える幸せに感謝する。
平成18年12月27日(水)

永谷音楽事務所のパーティーの後、猫姫が猫旅館にお泊まりに来た。
平成18年12月25日(月)

「猫さん3名とおかあさんが、お迎えする本格派猫旅館にゃん
番頭:にゃんぐさん
女将:おかあさん
板前:イヌおちゃん
芸者:アナスタシアちゃん」
というお誘いをしたので、猫姫が来るかもしれない。
今日、猫姫からお花とお菓子が届いた。
やっと元の猫姫になった。
イラク戦争が勃発してから、長かったけれど、これでよかったのだと思う。
きっと、悪の権化の頭巾を征伐するために、神様がたくさんの偶然をご用意下さったのだと思う。
平成18年12月22日(金)

静岡で上演。今回は、ボルフガングさんにアコーデオンでつないでいただく。

「次踊る時はさらに上手くなるよう努力します♪踊りが大好きで本番がなにより楽しいので、色んな場が勉強に
こやしになっています」という日本人ダンサーのけなげな感想を読んで、感動する。
日本人のダンサーを入れて本当に良かったと思う瞬間。
すれっからしの外国人ダンサーだと、スパンコールドレスの衣裳を着ると嬉しくて、写真を撮りまくり、
出番のため舞台袖に待機という時になってまだ、みかんを食べていたり、ストッキングもはいていなかったり、
フィナーレで出てくるべき時に出てこなかったり、着替えなくていい時に一人で着替えに行ったり、
ピンスポットライトの明りを平気で無視して、舞台の暗い部分で踊ったりしていて、注意しても
ごめんなさいも言わないし、このへたくそと、こちらはつい使い捨てをしてしまう。
もとがじゃぱゆきだから、志やマナー、モラルが日本人ダンサーよりはるかに低いのは仕方ないと
思うから、教えようとも思わないし、育てもしないで、使うだけ。
だから日本人との人間関係のように弟子と師匠の芸を通した絆もなくて、あるのは仕事のつきあいだけ。
平成18年12月16日(土)

マンションのエレベーターに乗ろうとしたら、開いた扉から、火のついたタバコを手にした女が降りて来た。
扉から煙が出ている。
「危ないですね、エレベーター内では、タバコを吸わないで下さい」私は女に言った。
「うるさいね、何しようと私の勝手」答えた女の発音から、半島系であることが明白。
「日本では規則を守っていただきます」私が言うが早いか、
「日本人はそんなに偉いのか」と女が怒鳴ったので、
「規則が守れないなら、ご自分のお国へお帰り下さい」と私。
ああ、胸がすっきりした。
私は自分の主張をはっきり言ったまで。
女は私に悪態をつきながら、駐車場で待っている車に乗っていった。
こんな時間に、あの格好で出かけるのだから、お水に決まっている。
私だけではなく、他の住民も、こういう人を見かけたら、どんどん注意すべき。
誰も言わないと、この手の女は判断力を全く持たないため、自分の行動を直さない。
私は、黙っていればいいのに、いちいち、人の行動を正そうと口をはさむから、次々と新しい問題や
敵を自分でつくってしまう。

伊勢丹の地下が新しくなり、前以上に人が増えた。
人が腕にぶつかるといやだから、人ごみの中に行かれなくなってしまった。
平成18年12月15日(金)

プロテスタントのフランス人と和食の食べ放題でお昼。
わずか20%以下の少数派であることを自負しているこの人は、心がきれいで、目が澄んでいる。
こういう人だから合気道をやっているのだと思う。。
この人にとってフランスの偉大な王様とは、プロテスタントに寛大な政策をとったルイ16世のことで、
一般的な意味での「偉大な」14世は、プロテスタントに圧力をかけた暴君でしかない。
ある人物が偉大かどうかは、相対的なものであり、自分の利害関係により、その評価は異なる。
そこで、私は、はるか昔、玉川学園高等部1年生の世界史の授業のことを思い出した。
教師が私に、「ルイ14世はどうして偉大だったのか」と質問した。
私は即座に「バレエをやったから」と答えた。
教師は私の答えが聞こえなかったのかのごとく無視して、「ルイ14世がやったことは」と私に聞いた。
「王様自ら踊った」と私が言うと、教師は、「他に誰かわかる人」と、クラス全体に聞いた。
誰かが「絶対君主」と言うと、嬉しそうに「正解」と言った。
「丸子、もっと歴史をよく勉強しとけよ」、教師が言った時、私は涙が出そうだった。
踊りを侮辱された悔しさだった。
4歳から踊ってきた私にとって、この世で一番大切なものは踊りで、その基本であるバレエは、
ルイ14世の后によりイタリアからもたらされ、王自身により踊られることで、芸術として評価され体系化され、
世界に広がった、だから、私たちがバーにつかまって足を上げたり、背中を反らせたり、
飛んだり跳ねたり、回ったり、今、地球の反対側の日本で練習できるのも、この王様のお陰
と思っていたから、私にとってこの王が偉大なのは、ひとえに踊りによってであり、
他のことはどうでもよかった。
政治や、戦争や宗教、そんなものより、踊りの方が断然大切だった。
あの教師は、小さい頃からオペラやバレエの劇場に足を運ぶ文化的教養のある家庭生活を
送ってこなかったに違いない。
だから、王が踊ったことや、その後の踊りの歴史など、知らなかったのかもしれない。
私は大人になったら、踊りを中心とした歴史を書いて、このへぼ教師に読ませてやると、固い決心をした。
その後私が、タップや、ヒップホップ、フラメンコやジャズ・ダンスの歴史を書くまでには15年以上の
準備が必要だった。
私はその時、世界史の授業が嫌いになった。
学校も休みがちになり、1,2年合わせて、人の半分しか登校していないかもしれない。
連日、踊りや演劇などの習い事や執筆、観劇、映画鑑賞などに明け暮れていた。
今ではもう、その教師の名前を覚えていないが、私が思うに、世界史などというものは、
人に教えたり、人から習ったりするものではない。
どういうふうに世界の歴史を理解するかは、自分が置かれた人生の中で、自分が決めることで
人から習うものではない。
平成18年12月14日(木)

新宿三丁目の病院で足の裏のうおのめを両足一度に液体窒素で焼いてもらってもらったものだから、
痛くて歩けない。
1歩踏み出すごとに、尻尾を足にした人魚姫が感じたであろうナイフの上を歩くような痛みがある。
幸い今日は踊らない日だから踊り手の足をよく休めないと。
しかし、もし踊れと言われたら、痛くなく踊れる。
現に、病院の先生に踊って見せた。
日常生活に支障があるほどでも、非日常空間では痛みを感じないというのが踊りに人生を捧げた人の魔力。
これは、宗教的陶酔にある人が、身体に火を浴びても熱さを感じないのと似ている。
千駄ヶ谷の美容院へ「ハプスブルク恋物語」という本を携えて行く。
これは、ハプスブルクから、または、ハプスブルクへ婚姻関係を結んだ人びとの解説であるけれど、
ルイ16世を高く評価していて私は涙が出るほど嬉しかった。
私が知っている歴史上の人の中で、うちの父に一番似ているのがこの人だと思うから。
ハプスブルクをなにがなんでも擁護したい私は長らく、この人が愚鈍だから革命が起こったなどと
思っていたけれど、今はそうは思わない。
もし今、ヨーロッパにこういう君主がいたら素敵なことだ。
EUのまとめ役になってほしい。
ロマノフのニコライ2世が処刑されたことも本当に悔やまれる。
プーチンでなく、元首がニコライ2世なら、ロシアはこんなに嫌われなくてすむのに。
平成18年12月13日(水)

アメリカ人と上野に「大エルミタージュ美術館展」を見に行く。
なんのことはない、作品は80点しかない。これで、「大」というのは、大袈裟。
絵画は地味で、ほとんどフランスのものだからだから、こういうことになってしまうのかな。
2,3年前に、江戸博物館でやっていたロマノフ王朝の家具調度品、馬車などを並べた展示があったけれど
そちらの方が展示品が立体的で、そのものずばりロマノフのものだから、ああ、ロシアを見たという
気になったけれど、今日のは、ロシアを期待していくとだめ。
アメリカ人は「こんなものは、プロパガンダだ」と言って、すごくがっかりしていたけれど、まあ、私は
こんなものかなとあきらめた。
「大」という場合、100点以上の展示品がないと、誇大広告になり、商法違反となるなどの法的基準を
しっかりしておけば、人が期待しすぎることがない。
江戸博物館のコンクリートむき出しの、監獄風壁も勘弁だけれど、それに引けをとらないくらい、
東京都美術館はお粗末。都民として恥ずかしい。
入り口の入場券売り場も、軽々しくてちゃちだけれど、中はもっとひどい。
安い壁紙が貼られた階段部分も気持ちが悪かったけれど、壁にいきなりペンキ塗装がされている通路は
本当に恥ずかしかった。
まず、箱にお金をかけた方がいい。
どこの部分ひとつとっても、すべて芸術というような箱にしろと言いたい。
そうか、目黒雅叙園を設計した人に頼めばいいのだ。
平成18年12月12日(火)

目黒雅叙園でサンバのイベント。
今回は男性5名。メイク、着付けからすべて。
背広にネクタイ、メガネで現れた男たちが、メイクをしてサンバを着ると、どんどんサンバになっていく。
その過程が美しい。
男たちはお互いに魔法をかけ合って、どんどんエスカレートしていく。
ステージの上の一瞬のカタルシスの後、現実の世界に戻る。
ところで、目黒雅叙園は、東京のどこの5つ星ホテルより、上なのではないかと思う。
多くのホテルが、西洋の真似をしているなか、雅叙園は、あくまで「和」の心を全面に押し出して、
それも、さりげなくというのではなく、これでもか、これでもかという積極的な態度で迫る。
1階のトイレは、世界トイレコンクールでも優勝できるのではないか。
崩壊するまでニューヨークに建っていた世界貿易センタービル最上階のレストランのトイレが、世界で
一番すごいトイレだと言われていたけれど、それでも、雅叙園にはかなわない。
雅叙園以上のトイレがあるのなら知りたい。
平成18年12月11日(月)

朝、読書、お風呂、マッサージ、アメリカ人と昼ごはん。
韓国は、ロシア女性の不法滞在者が多いとのこと。
ということは、まだ、配偶者ビザ保持者が少ないということなのだろう。
日本では、ロシア人の訃報滞在者というのに、お目にかかったことがない。
私は4歳の時から同じ業界にいるけれど、肉体はもちろんのこと、どれほど精神的に強く鍛えられたか
計り知れない。
傷つくことが多いけれど、いちいち傷ついていたら、やっていかれない。
「ブスだから雇わない」、「デブだから首」、「目が糸のようだから、キャンセル」、「鼻が上向いているから
別の人を捜せ」、「髪が短いからいらない」、「茶髪だからパス」、「髭は邪魔だから剃れ」、「メガネ
してるからだめ」、仕事を与えない理由はいくらでもある。
そのほとんどが外見で決まる。
雇用均等法の届かないところにある特殊な場所なのだと思う。
場末のラーメン屋や、機械の解体工場なら、いちいちうるさいことを言われなくてすむことでも、
この業界は、とことん文句を言われる。
私はダンス以外のブッキング、たとえばモデルやホテル・イベント・スタッフで、大変勉強させられている。
どんなにだらしのない女でも、一度その仕事をさせると、俄然、自分のルックスに目覚めてくる。
しかし、大抵の場合は、それに選ばれるところにまで至らない。
時給がいいのは、つくった自分で働くから。
地のままの自分で働く人は、安い時給で当たり前。
頭脳労働ではないのに、本人の自覚と人の手によって造られた人が、一般人の何倍もの時給を
取るのは、いわば当然のこと。
生のシロウトさんを商品に仕立て上げるのが事務所の仕事。
個性の強すぎる人は、扱えない。いらない。
何色にでも染まる人しか、必要ではないのだ。
何色にでも染まる自分をつくるのに、時間を費やした人とする仕事はうまくいく。

ところで、マヤ・プリセツカヤのバレエ「カトレアをする、または情熱のメタファ」、「ベルマ」、「花咲く乙女たち、
または魅了されたバカンス」、「アルベルチーヌとアンドレ」、「とらわれの女、または、眠る女を見つめて」、
「プルーストの地獄のイメージで」、「見知らぬ者との偶然の出会い」、「天使たちのたたかい、モレルと
サン・ルー」、「この世の概念」。
食い入るように見ていたら、あっという間に
時間が過ぎて、今日はフランス語の翻訳ができなくなった。
本当は毎日2頁やる予定だったのに。
平成18年12月10日(日)

なんの風の吹き回しか母がケーキを持ってやって来た。
言葉を武器にすると、敏感なロシア猫アナスタシアに好かれないとわかったのか、先日来た時は
「色が汚い」、「かわいくなくなった」、「しっぽが変」と言って、アナスタシアに嫌われたのが
よほどこたえたのか、今回は、「かわいいわね」と言ってごまをすり、アナスタシアの隣に座る
喜びをかみしめていた。
猫にも人間にも、相手が喜ぶ言葉で話しかければ好かれることを、母はこの年齢になって、はじめて
学んだかのようだ。
私が飛行機の切符をプレゼントすると何度も言ったのに、先日、いつ行くとも言わず、
いきなり列車に飛び乗り九州へ行き、今か今かと待つ大分のさよこさんには連絡せず、
待たせるだけ待たせて、自分は一人で小倉のホテルに泊まり、大分に着いて、一晩さよこさん宅に
泊まったと思ったら翌日は、用事があるからと、もう東京へ向かったと聞いて、びっくり。
さよこさんは、一緒に別府の温泉へ行こうと楽しみにしていたというのに。
91歳の人を残念がらせるようなことして、なんということ。
私は、さよこさんと一緒に食べてもらおうと思って、蟹を送っておいたのに、いつ母が大分に
着くのかわからないものだから、目安で送ったら、明日到着すると、水産業者から本日連絡が入った。
もう、母は昨日東京へ帰って来ているというのに。
きちんとした情報をあらかじめ知らせないから、まわりが迷惑するでしょと言うと、一人で九州へ
行きたかったからと、平気な顔をしている。
自分がしたいことは、まわり言わずにどんどんやって、プー太郎やヒッピーではあるまいし、この態度は
一体なんなのかと、あきれてものが言えない。
しかし、そこではたと気がついた。
そうか、ベルト・ブレヒトの作品にあった、そのような好き勝手をする老婆の話が。
慎ましく生きてきた老婆が、人生の最後で思い切り非常識で、楽しい、好きなことをする。
母はブレヒトの作品の老婆と化してしまったのか。
成18年12月9日(土)

シャリー・マクレーンの映画を続けて3本見る。
最初に見たのは昔、「スイート・チャリティ」。
全然美人でない人がどうして、有名な女優なのだろうと、子供心に思ったものだ。
3人で踊って首を横に向いて跳ぶあの場面を何度も真似したのを思い出す。
ボブ・フォッシーがいたからミュージカルになった。フォッシーはすごい天才。
以前「80日間世界一周」を見た時、しっくりいかなかったのは、マクレーンがミス・キャストだった
からだろう。
「アパートの鍵貨します」は適役で、まさにこの人の役。
こういう清楚なアメリカ娘は価値があったのだろう。
シナトラと組んだ「あなただけ今晩は」は、ストーリーが変過ぎて、もうノー・コメント。
これほどの人材を使って、全然感動させないのは、すごいこと。
「イルマ・ラドゥース」」は日本ではもしかして、宮城まり子が博品館で中村先生の演出で20年前に
やったかもしれない。
平成18年12月8日(金)

ビング・クロスビーの方がフレッド・アステアの名前より前に記載されている白黒映画を見る。
イースター・パレードのテーマもそこにあり、うーん、楽しかった。
バック・ステージもので、筋は変だけれど、アステアが爆竹と一緒に踊る場面は、誰も超えられない。
こんな危険なアイデアは誰が考え出したのだろう。
今では、撮影所が怖がって、絶対に撮らせないような迫力ダンスだ。
ビング・クロスビーは、日本ではフレッド・アステアほど評価されていないのは、ひとえにB級作品に
多く出演したり、B級の最たるものの珍道中シリーズなんかに出ていたからだと察する。
ルックスも実力も素晴らしいのに残念。
芸術性の低いものをやりすぎた。
その点、アステアやジーン・ケリーは、自分が芸術家であることを常に意識して、
ハリウッドの制約の中だとは言え、芸術や、社会性のある作品をやろうとしていたから、
作品に恵まれたのだと思う。
私は、ジーン・ケリーの舞踊劇アルトゥール・シュニッツラーの「輪舞」(腕輪のロンド)を決して忘れない。
ギブスは取ったけれど、腕が腫れているので、湿布を貼ると、数時間で乾いてしまう。
力がなくて、お箸や筆記用具が持てない。
これでは腕立て伏せをするのは、いつのことやら。
フランス人女性と、お昼を食べた後、変身魔術師。こんな具合に仕上がる。
フランスで温泉に入ったのは、人生でまだ1度とのこと。
友人のほとんどは、入ったことがない人ばかりだという。
これは、日本と価格が違うし、温泉所在地が地域的に偏っているから無理もない。
平成18年12月7日(木)

ロシア人ダンサーが来る。ここ1年仕事をしていなかったという。
日本人配偶者が家にいろと、うるさいらしい。
¥の力にまかせて、人身売買まがいの結婚をした日本人男性を婦女虐待罪で全員逮捕すべし。
自分に自身があるなら、西側の女を落としてみろと言いたい。
モスクビッチはダンサーだった時のきれいで、華やかな写真を見せてくれた。
いつも肌身離さず持っている、とっておきの写真の数々だ。
現在の姿と雲泥の開きがある。
20世紀初頭のヨーロッパで一世を風靡し、世紀の舞姫と持ち上げられたオランダ人、マタハリだって、
最盛期の女王の姿から、銃殺される前の日々の雑巾のようなボロ布の姿になったのだから、
踊る人は常に人に見られていないと、その風貌は地に落ちるもの。
私がこの人を、再度輝かせると約束。
ああ、これでまた、私を憎む日本人男性配偶者が一人増える。
自分のお宝の東欧人妻を私のショーに出したくないために、断固妻の行動を阻止する肝っ玉の小さい
日本人の夫たち。
みっともないから、おやめ。
自分の美と、労働して金銭を得る快感を知ったら最後、金髪妻は、自立しようという夢を持つ。
自立した女は、愛を選ぶのは自分。
平成18年12月6日(水)

待望の日。ギブスとさよならする日。
この日をどれだけ待ったことだろう。
しかし、いざ、ギブスをとってみると、生身の腕は、防御を失くし、少しでも何かに触れると痛い。
ギブスをはめていた時の方が、ぶつかっても平気で、安心できた。
ゆっくりゆっくり動かしながら、群馬県産のキウイを剥いて、いちごやミカンと共に、国粋ジュースに入れた。
これからは、人に頼まなくても、自分のジュースが作れる。
こわくて手首が動かせないから、いまだに、左で字を書いてしまう。
ギブスが取れたら、スクーターに乗ろうなんて考えていた自分が甘かった。
今のほうが数段痛いから、これからが大変なのだと自覚した。

レッスンの前に、ロシアの元新体操選手と、マリアンナの友人で、13年前にロシアから
日本にやって来た、馬の皮のコートを着たド派手なおばさんが来る。
このおばさんは、60代に見えるけれど、本当は30代後半なのだろう。
そうでなければ、なぜ二番目の子供が保育園へ行っているのだ。
肌がしわしわだから、歳が倍に見える。
顔を見ないで、ボディ・ラインだけだと、十分見るに耐える。お面かぶせて出演させるか。
踊ると、昔踊ったバレエのかたちになるから、すずめ百まで組だと感心する。
裏布もなにもなしに、しかも自分で手縫いした馬の毛皮のコートを着てくるのは、かっこいいけれど、
この人、一歩間違ったら、ぶっ飛び過ぎて、危ない人だ。
バリー・マニローをかけたら、気持ちよさそうに、いつまでも踊っていた。
私は、奇人、変人、天才、おたく、変態、おかま、芸術家が大好きだから、いい人に巡りあったと
感謝している。
平成18年12月5日(火)

ロシア人歌手が来て、何曲か歌ってくれた。
ポップ歌手だから、オペラ歌手のアレキサンドラみたいに上手いわけではないけれど、
一生懸命に感情を込めて歌う金髪の姿が美しかったから、暮れのパーティーで、ロシアの
民謡を歌ったらいいかもしれない。
今日は、日本テレビの撮影があり、ベートーヴェンのおとうさん役をオフィス・マリカから出した。
こういう番組のつくり方をベートーヴェンが知ったらさぞかし嘆くだろう。
再現ドラマをすると、芝居のように稽古を重ねることもなく、その日に急に集めたエキストラだけで
番組ができてしまうから、ものすごく軽い、内容の薄いものになる。
演技力を要求されるわけでもなく、ルックスだけで番組が成り立つから、結果は知れている。
再現ドラマ・エキストラ・ヒッピーなんていう一団もできてしまい、どの番組を見ても、
いつも同じ人たちが、違う衣裳で出ているだけ。
これも、ゴルちゃんがペレストロイカをしたせいだと私は思っている。
ペレストロイカ以前に、日本の業界は、外人をふんだんに使った再現ドラマは、コストがかかりすぎて
できなかったが、その後ジャパゆきが大量に日本に来たため、業界の番組のつくりかたが
こうなってきたと思う。
出演者をダンサーとか、アクター・アクトレスと呼んでいたあの時代がなつかしい。
平成18年12月4日(月)

「女王の愛は男を腐らせます」と言ったエリザベス1世の愛人ロバートの言葉を複雑な思いで
聞き、理解した女が歴史上にたくさんいる。
エカテリーナ2世の愛人でさえ、女帝に愛されているのに侍女と関係し、レスポス島の女性詩人
サフォの愛人ファオンは、小娘メリッタと愛し合うようになった。
男は女王から受ける愛を既得権として感じるから、自分で手に入れるうきうきするような小さい恋に
走るのだ。
女王の女王たる所以は、複数の男たちとの愛が公然と持てることだから、腐った男は、痛んだミカンを
捨てる如く、排除しないといけない。
ただし、愛した男を遠方へ送ってしまったエカテリーナと違い、エリザベスは、別れた後も、
自分を戒める意味でもっとも身近に置いたということは、大変興味深い。
平成18年12月2日(土)

モーツアルトのオペラ「魔笛」をサーカスでやるなどという奇抜なアイデアはどこから出たのだろうか。
物語の運びのせりふは全部フランス語。
歌はオリジナルどおりドイツ語。
空中ブランコやジャグラーも必然的表現として登場し、芸を見せているから、唐突にいろいろ無関係なものを
無理にごっちゃまぜにした上海雑技団の「白鳥の湖」と大違い。
やはり、ヨーロッパと中国の差が出る。
パパゲーノが、奈良時代以前の日本の衣裳風なものを着て登場し、オーケストラの位置も実によく計算されている。
観客席には、子供連れの家族も多く目にする。
このような総芸術を真近に見て育つ子供たちの芸術感覚や、文化に対する意識は、将来のヨーロッパの大きな
原動力になるだろう。
日本の子供の芸術鑑賞に、親たちは十分な出費をしているのだろうか。
自分が芸術作品を見ないで育つと、芸術の価値がわからず、子供にも見せないだろうから、
平成18年11月27日( )

「クロアチアのドブロブニクで開かれていた大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT、本部マドリード)の年次会合は26日、地中海を含めた東大西洋での2007年のクロマグロの漁獲枠を減らすことで大筋合意」という記事を読み、これは大変と焦る私とイヌおちゃん。
生徒さんの父兄から、「イヌおちゃん、1週間で丸くなりましたね」と言われ、毎日食べさせたマグロのおさしみの効果が1週間で出ていることに気を良くした私は、猫のイヌおちゃんを太らせることに余念がない。
マグロのおさしみを毎日食べると、体内のダイオキシンの含有量が多くなるからいけないと言われているけれど、私はステビアを飲んでいるので、体内のダイオキシンが解毒されているから毎日食べても問題ない。
知っているボディビルダーなんか、晩御飯の主食がマグロのお刺身だ。
小さい猫の体内にダイオキシンが貯まるといけないから、猫にもステビアを飲ませないといけない。
どうやって与えよう。
細かく砕いておさしみにふりかけるしかない。


今日は、モダン・ダンスをしていた美しいアイルランドが来た。
私はタップの歴史を書いた時に、アイルランドに思い入れをして歴史を記述したから、
北アイルランドの問題は今でも許せないと話しているうちに、涙がでてしまった。
燃やす薪がないから、冬でも煙突から煙が出ない家のアイルランド人たちが新大陸へ渡り、
開放黒人奴隷の踊りと融合させて、タップ・ダンスをつくったという事実は、非常に重い歴史。
その状況からよく永世中立国を成立させた。
アメリカが日本に沖縄を返したのだから、イギリスも北アイルランドを返還すべきだなんて私たちは
話し込んだ。
平成18年11月23日(木)

ロシアのオペラ映画はすごい。
ロケとスタジオ撮影を一緒にしているから、本物の馬も湖もお城の中も可能で、西側のつくる
スタジオ撮影作品と比べるとスケールが違う。
これも、人件費やロケ費用がタダみたいな国だから当時はできたのだろう。
今でも、国産オペラの映画なんかつくっているのだろうか。
ところでシュバイクマイエルの短編を見たけれど、粘土をうまく使って、良いアイデアだと思う。
その昔、ラテルナ・マギカで15歳の私を熱狂させた国だから、工夫を凝らした表現方法が卓越しているけれど、
せりふがなく、粘土の動きに語らせる手法は、もの言えなかったチェコ人の悲しみと苦肉の策なのだろう。
関連があるかどうかわからないけれど、20年くらい前にニューヨークでやっていたブロードウェイの作品、
「マンメンシャンツ」でも、粘土を使って表現していた。
非常に斬新だと思ったけれど、これは、シュバイクマイエルとなにか関連があるのだろうか。
平成18年11月22日(水)

いろいろな資格があるのだと唖然。
語学だけでこんなにある。
知らないうちに、いろいろなものができたものだ。
私は、そのいずれも取ろうとしたり、取ったことはないけれど、中には、こういうものに受かるために、必死で
勉強している人がいるのだろう。
勉強の意味を取り違えているし、随分無駄なことをしていると、私の目には映る。
私は人生で多くのことをしたいから、資格をとるなどという面倒なことは忘れて、浮気な蝶のように
次の花の蜜を求めて飛んで行かないと、やりたいことが終わらない。
だから持っているのは高校1級の教員免許だけ。
持っていても、一度も使ったことがなく、何の役にもたたない。

ヴィスコンティの初期の頃の白黒映画「揺れる大地」を見た。
最高に貧しい人を演じる出演者たちの美しいこと。
頭に月桂樹の冠をつけ、白い中ニックを着せたらそのまま古代ギリシアの神々を演じられるような
俳優たちが、最下層の人々に扮している。
これがどんどん作風が変っていって、最終的に、狂気と紙一重の美の極地を追求するようになって
いくから、おもしろい。
結局、観客というのは、美しい人の行っていることにしか共鳴しないのだと思う。
そして、最高に美しいアラン・ドロンや、ジュリアーノ・ジェンマや、ディカプリオが、貧しかったり、
犯罪者だったり、社会の最下層にいて、必死で生きている姿を見ると感動するのだ。
美形でない男が同じことをしても、共鳴しないし、興味も示さない。
しかし、本当に美しい人々が貧しかったり、犯罪者だったり、社会の最下層にいることは、
現実として、まずあり得ない。
平成18年11月21日(火)

「私は、5年前や10年前の方が良かったと思わない。
今の自分が一番いい。私は、右手のギブスが邪魔して、リンゴを切って芯を取り出すことができあにため、来る人事にお願いしている。
それでひとつ、発見したのは、アメリカ人、カナダ人、フランス人、メキシコ人、そのいずれも、日本人のように、リンゴの中央の
包丁を入れるということが日常でないこと、芯を除こうとすると、ものすごく大きく切るか、ごそごそ、ぼそぼそに種を取るかになり、
リンゴの表面2センチくらいのところで、平気で切ってしまう。
切ったカスも、三角でなく、いろいろな形になり、切ったりんごそのものの表面もぼそぼそになり、どうやって切るとこんな風に
なってしまうのかと思う。
芯を取る時に、刃物を手前に向けず、反対にするので、そばにいると危ないことこのうえない。
しかも、さんざん苦労して芯を取った割には、ところどころについたまま。
先日、生徒のお母さんにお願いして切っていただいたリンゴのまあ、なんときれいなこと。
リンゴは、まるのままか、小さく切って、デザートやソースに煮てしまうので、日本的なりんごの食べ方はないのだろう。

若いということと、きれいなことは、同義語ではない。
非日常の喜びだけが、ときめきを与え、私の顔を変える。」
1年前に、こんな気のきいたことを言っていたのだと、自分の顔サイトで発見。
睡眠している時にしか、健康は回復せず、肌も美しくならないから、今夜はもう、おやすみなさい。
平成18年11月20日(月)

今日訊ねてきた労災の特別加入事業所の人が言うには、堅気の仕事になる前は、
三波春夫の舞台で殺陣をやっていたとのこと。
私は昔、市ヶ谷自衛隊まつりで、三波春夫の歌う「自衛隊音頭」で、三波春夫という文字が
これでもかというほど書いてある「三波春夫ゆかた」を着て踊った記憶がある。
戦車に乗せてもらったり、自衛隊の食事をいただいたり、レインジャー部隊の実演などを見て
小学生の私は、とても楽しい一日を過ごした。
労災のおじさんは、三波春夫ゆかたを、楽屋用のガウンとして着用していたとのこと。

今日のローラン・プティは、「青い天使」。
これが映画なら、本邦では「嘆きの天使」と訳され(?)して、マレーネ・ディートリッヒが
演じたわけだけれど、バレエでやると短くていい。
タンゴが変だけれど、バレエとして見ればいいのか。
しかし、演出が斬新で照明や美術が視覚的に面白い。
ロシアの古典バレエは、情報がなかったからあのような完成に至ったのだと想像する。
様々な表現様式の情報が豊富に流れていなかったから、技術を追求していくことだけしか
残された道はないといった悲壮感で、あそこまでもくもくと技を磨いたのだと思う。

信じられないことだけれど、元イラク情報省のクルド人から突然メールが来た。
私はこの人が殺されたりすることがないように、数年前のあの頃、何度祈ったことだろう。
特に生物兵器の女性専門家が逮捕された時、この人と名字が同じだったので、どれほど
心を痛めたことか。
自分でイラクに電話が出来ないので、シリア人やイラク人数人の手を借りて、電話をかけて
もらったのに、家の人たちによると、いつもシリアへ行っているという答えだった。
当時、ヨルダンからではなく、シリア国境から志願兵や兵器が入って来ていたから、それらの
調達に行かされていたのかなと想像していた。
フランス文学専攻だったその人と、ポール・ヴァレリーヌの詩を暗誦したりして、バグダッドから
北部のクルド人地域での公演場所まで、楽しい夜汽車の旅をしたことがはじまりで、私たちは
翌年ヨルダンで再会し、ペトラ観光へ行った。2度目の結婚の前だった。
結婚した相手とは素敵な思い出が記憶から一切消えているのに、結婚しなかった人とつくった
思い出のなんという素晴らしいこと。
生きていてくれて本当に嬉しい。

手首を骨折してからというもの、次々に素敵なことが起きる。
幸せはそれ相応の代償を支払わないと得られないといことが納得できる。
平成18年11月19日(日)

昼ごはんにフランス人と神楽坂でお寿司を食べたら、ぜんぜんお醤油をつけないで、平気ではまちや、
まぐろを食べている。
魚本来の足がそこなわれないようにそのようにしているなどと、理屈を言う。
見ていて気持ちが悪いので、赤貝の時には、無理にお醤油をつけさせた。
そう言えば、リカルドもお寿司にお醤油をつけないで、美味しいといいながら食べていた。
なにが、美味しいものか。

ローラン・プティのジジ・ジャンメールをやっていて、もう釘付け。
バレリーナなのにひっつめしていない世界でたった一人の得意な存在だし、ミュージカルのように
シャンソンを歌っている。
こういう芸当は、ロシア人にはできないだろう。
演出がすごくて、美術も抜群。
床が鏡のようになっていて、ひきずるショールが鮮やかに映る。
一体何の素材を使っているのか。
バレエ・オペラ・チャンネルを入れたから、もうきりがなく見てしまう。
ところで、アメリカ人の住人の一人は、30過ぎの独身男だけれど、1週間に、剣道、弓道、日本語、
日本料理、及び日本人形作成を習っていて、日本人形は、伝統様式のとおり、海草の糊で
着物や髪の毛などを貼り付けている。
1年間ずっとお稽古事だけやって、仕事はしない、日本文化への出費を惜しまないこういう
文化おたくの存在は、日本にとって本当に嬉しい。
こういう人はリッチな国からやってくる。
この手の人には、ビザを延長してあげていいと思う。
その代わり、じゃぱゆきや、最近目につく、じゃぱゆき君は、お帰り願いたい。
平成18年11月18日(土)

買い物に行かれなくても、リンゴは青森、みかんは和歌山、お米は新潟からインターネット注文で
取り寄せられるから少し助かる。
一人で1日にりんごを6個とみかんを20個づつ消費する国粋ジュースを推敲するライフ・スタイルには、
ネット注文は欠かせない。
ここのところご飯を炊く機会がなかったので、こしひかりの無洗米を久しぶりに焚いたところ、
お水を入れるのを忘れてしまい、お米だけ焚いてしまった。
というか、水分がなかったので、ぜんぜん焚けていなかった。
ところで、アマゾンのマーケットプレイスで、自分の昔の本、新品未使用の定価1800円「ニューヨーク・
タップ・ストーリー
」を売ろうとしたら、なんと700円で古本として出ているのを見て大笑い。
マーケットプレイスで新品を売ろうとすると、定価より高く設定されてしまうので、ほぼ新品同様
として、出品しないと、割引できないことを発見。
マーケットプレイスというサイトはすごい。
神田神保町がそのままサイトになったようなもので、私はよく利用している。
しかし、押し落ち間違えて、関係ないものも買ってしまったり(しかも10巻セットだった!)という
ミスもするけれど、それはそれで、また出品して販売してしまえばいいから、大変便利。
平成18年11月16日(木)

「ヤマンドゥ・コスタ。彼のギターは本物を選び抜く耳をも魅了し、曲に新しい命を吹き込む。
演奏するのはショーロ、ボサノヴァ、ミロンガ、タンゴ、サンバ、チャマメ等」というのを読んで、
是非聴きたくなる。
切に願ってアンテナを研ぎ澄ましておくと、願いは必ずかなうから、実行しよう。
ところで、今日から英語版アルジャジーラが放送される。
アメリカは報道統制で視聴できない。
報道の自由を制限したことで、ブッシュはジョンイル並になった。
どんなに規制しても、人は知りたい情報をどんな方法を使ってでも、手に入れようとすることは、
歴史が証明している。
これまで日本の各放送局でアルジャジーラを訳すことで生活の糧を得ていた本邦在住のアラビア人たちは
いったいどうなるのだろう。
アルジャジーラの放送内容を一切公言しないことを条件に、法外な報酬を受けていた彼らの
商品価値は、今日から消えてしまった。英語版ライブドア日本語版NHKが資金援助
ドイツ人弁護士がラムズフェルトを訴えるのも頼もしい限り。
訴えるのがドイツ人というところに、私は大きな感動を覚える。
平成18年11月15日(水)

鼻にピアスのアメリカ人としゃぶしゃぶの食べ放題をしたあと、オカダヤでファスナーを買う。
日本でこれを仕入れて行かないと、バンコクで変なファスナー付の洋服をつくることになる。
あちらは、ファスナーの持つ部分につける装飾つきのシャレたものがまったくなく、まして、
60センチ以上のファスナーもない。
両側から開閉する私の好きなタイプはもちろんないから、こちらで90センチのを買って、
向こうへ送り、コートを仕上げてもらう。
時間はかかるけれど、それも楽しみのうち。
どんな小さな部分も決して妥協しないようにしないと、後で後悔するから、とことんこだわるのは
服飾が芸術だから。
着るものがないから買うのではなく、デザインして作るのが楽しいからやっている絹の誂え。
こだわると、少しづつ改良しながら似たものを注文するので、類似品が増えてしまう。
1年手を通さないものは、惜しいけれど、所詮ご縁がなかったと割り切り、ヤフオク行き。

大切な時のためにとっておこうなんて思ってはだめ。
ここぞという時なんか将来来ないから、今が、ここぞという時。
今、一番好きなものを身につけず、後、いつ着る時が来るというのか。
良いもの持っているくせに、普段ボロ着て我慢して、何が人生。
好きなものは今、身につけ、おいしいものは今、食べる。
好きな人に言いたいことは、今言う。

後で言おうと思って、言う機会を失った言葉が空しく宙を漂う経験をした人にはわかること。
平成18年11月14日(火)

なぜかフランス人が集まってくる。パリとトゥールーズの学生二人が神楽坂に入居することになった。
これは、私が最近、腕のことにかこつけて、ずっとフランス語の翻訳から遠ざかっているため、
語学の神様が私にフランス語に触れさせようというご配慮からだとしか思えない。
フランス語は、読み書きはともかく、話すのは不得意だったのに、そこそこに会話が成り立つように
なったのは、この夏以来の突如として降ってきた、フランス村のお陰。
この勉強の機会を逃したら私はただのバカ。
せっかく環境が整っているのに、お宝を使わない私に神様はこんなにも励まして下さる。
それにしても、読みかけの本が複数冊あると、楽しいけれど、こんなに効率が悪いとは。

ダヴィンチコード(コードは英語で魚のタラ)に似た名前の変なパロディ推理小説やめてしまおうかな。
クアラルンプールの空港で買って読み始めて以来、バカらしいのに最後まで読まないと、誰が
男の口にタラを入れて窒素死させたかわからない。
平成18年11月13日(月)

かわいいフランス人が短期で来る。
こんなフランス人形が合気道をしているということがすごい。
お陰で204号室は3名全員が合気道の門下生となった。
平成18年11月12日(日)

本日帰国。
涼しくて素敵な季節。
スイスの夏のようで快適と言いたいところだけれど、
タイより気温が低いので傷が痛い。
けいさんが、王さんという友達を連れて来る。
けいさんは、中国でレーシックを受けたとのこと。
なんと日本の10分の1の価格。
バンコクより安い。
でも、危なさそうなため、日本人は来ていないそうな。
平成18年11月11日(土)

せっかく裏が総ラパンの冬のコートを注文したのに、仮縫いに来てみると、なんと、裏の毛皮なしでもぴちぴち。
やむを得なく、通常の裏地付コートにする。
そんなもの頼みに来たわけではないのに。
裏地用毛皮には男物ロングのラパンコート一着を数ヶ月前から準備。
表には、絹市場で何千種類を見て、1種類を選ぶ。それも、必要とされる3メートルではなしに、
多目の9,5メートルを購入。
用意周到にすべてを行ったつもりなのに、ぱつぱつに裁断され、下が夏服なのに、着られないほど。
一体何を考えているのだろう。
だめになった絹を弁償するのだろうか。
いくらでも、後から直せるという甘えのなかでやっているから、こういうことになる。
今、この時しかないから大切にしようという感覚はないのだろうか。
布を裁つのは、それこそ研ぎ澄まされた美学であるはずなのに、ここの人は、本当にだめ。
数年お世話になったあのマダムがいなくなってからというものは、もうここの絹屋で仕立てたくない。
荷物を送ろうとしたら、今回は軽いからたくさん買わないとと思って思わず買いすぎて、42キロで
いいところを、58キロにまで膨張。
なんとか、50キロに減らすという無駄をする。
グランド・ダイヤモンドの中華飲茶でお昼。
420バーツ。日本でこの内容の飲茶したら、3000円はするだろう。1200円相当だからお得感。
バンコクの空港は新しくなり、広くて大変。
クアラで乗り継ぎの際、おもしろい本を買ったりして、2時間遅れの便で、成田へ一路。
平成18年11月10日(金)

朝、ナコンラチャシマを出て、バスでバンコクへ。
エステ、ネイルの後、タイスキ。
そしてアジア・ホテルで「カリプソ」。
数年前と比べると段違い。
最後に見た、今年の1月よりも上手くなっている。
男の子たちの実力が上がっている。
アリランと、中国歌謡曲がなくなって、その代わり、フランス語のナンバーの数々や、スペイン語の
ジプシーものが入っているのには、恐れ入った。
ここまでできるとは、思ってもいなかった。
この人たち、練習したのだなと思う。
上に立つ人が、視野を広く持った証拠だ。
技術は相変わらず下手だけれど、全体として前進している。
私は、この人たちがアジアホテルで上演する前の実験劇場みたいな小さいところでやっている頃から
ここ10年くらいずっと見続けている。
同じ人たちがやめないで続けているのも、レベルが上がる条件。
技術の練習をして、良い振付家に巡りあったら、飛躍的に上達するだろう。
平成18年11月9日(木)

朝、絹市場で、目を肥やし、数種類の素敵な絹を調達してから、バンコク北駅から北部の古都ナコンラチャシマへ。
ピュマイ遺跡に行ったところ、年に一度の歴史大スペクタクル祝祭歌舞劇が上演されると知る。
神様ありがとうございます。
今回の旅行は、10月に行こうとしたら、どうしても航空券が取れなかった。
11月すぐもだめで、一番早くて6日、しかも、クアラ経由で一泊しなくてはならなかった。
やっと翌日バンコク入りし、一番はやくナコンラチャシマへ来られて今日だった。
完全に偶然だった。
しかも、私たちは、ピュマイ遺跡の祝祭歌舞劇の上演のことを知らなかった。
遺跡見物に来たら、音響や照明装置が設置され、上演者たちが、衣裳で遺跡内を歩いていた。
すぐさま上演のことを訊ねると、2時間後だという。
良い席を調達し、料理屋で早い夕食をとりながら、上演を待つ。
音と光のなかから、儀式の行列が登場し、総勢100名くらいの出演者による歴史スペクタクルが
上演された。
自分の国の伝統文化に誇りを持って、これだけ多くの出演者と、観客が一体になって、年に一度の
1週間だけ、アユタヤより数年古いという、民族の誇りであるピュマイ遺跡で上演を繰り返す。
こういう素晴らしい瞬間に偶然居合わせることができた自分はなんという幸せ者なのだろう。
このような喜びを与えていただくためなら、腕の一本骨折するくらいなんでもないという気持ちになる。
本当に踊りが好きで好きでたまらないという気持ちを常に持っていれば、神様は、このように
素晴らしい上演をプレゼントしてくださるのだ。
伝統的様式にのっとり過ぎているから、のろく、動きが緩慢だけれど、これをスピーディーに処理できれば
世界の人々に堂々と見せられると思う。
今はまだ、その段階でないかもしれないけれど、伝統は時代の流れと共に変っていっていい。
8回繰り返さなくても、言いたいことは十分通じるから、アップテンポにしたら良いだろう。
日本人の私たちが到底できないことを、ここの人たちはやっている。
しかも、プロでないのにやっている。
民族の誇りがそれを支えている。
これを私たちに見せて下さるために、神様は私たちの希望便を数週間にわたり満席にして、
この上演日までわざと航空券を取らせなかったのだ。
確かに神様は存在なさると強く感じた幸福な時間を持った。
素晴らしい晩だった。

平成18年11月8日(木)

あかりさんが水上市場や、ワニ園、ローズガーデンで、像のショーを見ている間、私は朝から
精力的にちこちへと動く。
ブーツ屋は、注文品のサイズが違っていて、やり直しをさせる。
うーん、前回は一発でうまくできたのに。
絹仕立て屋では、以前のスタッフが数人辞めて、新しいインド人マネージャーが入っていた。
前のインド人は洋服のことがわからなくて、使い走り専門だったけれど、今度の人は、ファッションが
わかる。しかし、マダムが辞めてしまったのは、困る。
これから私は誰のアドバイスで、自分のファッションをデザインしていったらいいのか。
私がこうやりたい、ああやりたいと意見を言うと、それを、快くデザイン画に起こして、商品に
仕立て上げてくれたマダム。
この人なしには、私の洋服ダンスは空っぽになってしまう。
ホテルでの夕食後、おかまダンスの劇場「マンボ」に数年ぶりに足を運ぶ。
もしかしたら、5年ぶりかもしれない。
相変わらず、下手。
でも、アリランのナンバーや着物着たデブの、「狸ばやし」がなくなっている。
都はるみは、「カリプソ」の人が上手いせいか、ただ太っていることだけを売り物にしているマンボ版は
少し弱いか。
でも、こちらを先に見て正解。
部屋に足マッサージを呼んでやってもらう。
ここもだめ、あそこもだめ、ここは痛いからパス、これは絶対に触らないで、ここ痣、私の足は、
触れない場所が多すぎる。
平成18年11月7日(火)

ハイビスカス園、ランの園、蝶の園で足を棒にしながら、人間の手が加わった自然の美に感銘を受ける。
ランの園はここクアラより、バリ島のウブドゥの方が私は上だと思う。
上手く自然に溶け込ませているから。
ここはその点、つくりすぎて、日陰もないし、面積が広すぎて、とりとめがないようにも思える。
販売でしっかり商売しているあたりが、バリより商魂たくましいけれど。
その後、イスラム美術館へ。
イスラム国家としての国の威厳をかけて建造したであろうすごい規模。
国立民族博物館よりずっと経費がかかっているのがわかる。
昼は、博物館の中で、アラブ料理の食べ放題。
私はもしかしたら、95年の中東公演以来かもしれない。
六本木のアラブ料理はこんなに洗練されていなく、新宿西口のアラブ料理は、量が少ないことで有名。
久しぶりに思い切りアラブ料理が食べられて嬉しい。
デザートのワクラバも、存分にいただく。
そういえば、アンマンの高級菓子屋で、アラブ菓子の詰め合わせを、大きな箱で買うために、
ハルドゥーンがアッシー君をしたななど思い出す。
ホテルにスーツケースを取りに行き、そのまま飛行場へ。
昔と違って、空港から市内への直行列車ができたから、タクシーを使わないでもいいから便利になった。
バンコクは新しい空港になっている。
前回7月に来た時は、まだこうではなかったのに。
どこもかしこも、ぴかぴかで、大規模になっている。
びっくりした。
プラットナームはいつ来てもがさつだけれど、大好きな椰子の実やオレンジ・ジュースが数十メートル
おきに飲めるから、まったく文句はない。
今回バイヨケが取れなかったから、テン・スター・インに泊まる。
1月以来だけれど、何か、内装が良くなったように感じる。
使いにくいと思っていた洗面所も改造されている。
平成18年11月6日(月)

朝、6時半に家を出ようと思っていたのに、起きたら6時41分。
見事に7時7分発の成田エキスプレスに乗り遅れる。
慌てて西口のリムジンバス乗り場へ。
どうにか7時20分発に乗車。
成田発でクアラ経由バンコク行き。
腕が片方しか使えないので、荷物は最小限。
今夜はクアラに一泊する。
中華街にとった変な宿スイス・イン。
日本人はとくと見かけない。
お坊様が召し上がるための精進料理屋へ入ってしまったので、隣のテーブルは僧侶。
この界隈で他に入れるような場所はなかった。
味はおいしい。
クアラ式足マッサージはやたらと、ローションを塗るけれど、快感で寝てしまう。
平成18年11月5日(日)

衣裳倉庫からサンバ衣裳を15セット出す。
11セットは現地生産だからいいけれど、あとの4セットはメイドインレオタード王国weboutiqueMarika。
リカルドが結局4セットとも作った。
お肉をたくさん食べないと回復しないとリカルドに言われて、すきやきの食べ放題に行く。
草食主義者は、怪我の回復が遅いとのこと。
なんとなく納得できる。
ごはんの後、クリストン・カフェへ。
1月以来かも。

平成18年11月4日(土)

ギブスをすると動かないから痛くない。
初日からくすればよかった。
あの日に折れてないと誤診されたために、相当動かしてしまった。
無理に筆記用具を握り、名前を書いたりしたけれど、あんなことをしなければよかったと後悔。
自転車を二人乗りして、お寿司を食べに行く。
こういう楽しいことを禁止すべきではない。

サンバ衣裳作り開始。
もっと早くやり始めるべきだったけれど、不慮の事故があり、すっかり予定が狂ってしまった。
平成18年11月3日(金)

あまりの腕の痛さに眠れなかった。
昨日は骨折していないと言われたけれど、信用できない。
タクシーで朝一番で病院へ行き、救急でなく、整形の専門家に再度、レントゲンを撮っていただくと
案の定、骨折と判明。
ギブスをはめられる。
熱を持っているせいで、ぱんぱんに膨れている。
3日後に海外へ行く旨をお医者様にお話ししたら、バンコクならいざという時、大きな病院が
完備しているからOKと言われる。よかった。

私は、一般人と違うのだから、自分流のやりかたで、早く回復しよう。
痛み止めととんぷくはひとつも飲まないで、全部紙くず籠へ。
私がそういうものには頼らないところは、母親譲り。
病院のくれる薬なんか役にたたないから、捨ててしまいなさいと母は私が扁桃腺で入院している
病院に見舞いに来て、薬を全て処分して、プロポリスを置いていったのを思い出した。
かれこれ16年も前のこと。
字が書けない、パソコンは片手、ペットボトルが開けられない、不便が多いけれど、ここ数週間は
このギブスに付き合わないといけない。
平成18年11月2日(木)

信じられないことに、家から2分のところで交通事故に遭った。
救急車が来て、運ばれた。
国立国際医療センターと、柔道治療家協会三輪治療院をはしごしたものだから、警察の
現場検証もしていない。
地球の裏側にいても元気でいられるのに、こんな近くでなぜという感じだけれど、地球の裏にいて
元気でいられるための支払いを今しているのだと思わなくてはいけない。
何もできない私に代わり、リカルドが車輌を取りに行ったり、衣裳倉庫から物を運んだり、はたまた
湿布の包帯巻きまでしてくれる。
この天使は突如として私の目の前に現れ、尽くしてくれ、来週の留守番も快く引き受けてくれた。
初日から猫たちの心もがっちり掴んでいる。
私は相応の代償をしはらわないといけないのだと理解する。
平成18年10月30日(月)

リカルドとマダム川田女王の館を訪問。
お約束まで多少時間があったため、竹やぶの山に突如、現れた神社や、幼稚園を見る。
竹やぶから下に通じる100段の階段の景色は素晴らしい。
女郎蜘蛛が、何匹も自分の作品を競っていた。
子供たちが椎の実を集めていて、私にくれた。
フライパンで炒って、食べると、クリのような味がするとのこと。
いい時間を過ごした。
マダム川田御殿は、山の傾斜にあり、この一体を支配している領主の城館といったかんじ。
数年前に伺った以来で、感激を新たにする。
このような素晴らしいお庭があったら、絶対に都心のマンションにはお住まいになれないだろう。
どの空間ひとつとっても美しいのは、住んでいるのが芸術家だから。
リカルドが女流画家としての女王の作品をカメラに収めている間、私は、実物を撮る。
お召し物を何度も変えていただき、素敵な表情の瞬間をいくつもカメラに収めたから、大成功。
植物画で、ひとつのスタイルを確立していらして素晴らしいから、画集を出して、ミュージアムショップで
関連商品を販売すべきだと私は思う。
色使いが斬新で、私は布地にすべきだと提案したい。
平成18年10月29日(日)

変身魔術師が、またひとつ仕事をした。
リカルドは神々しいほどに変身した。
平成18年10月28日(土)

レッスンの後、ジェニファー・ロペスの映画をラテン男と観たことは、文化的に正しい。
観る内容によって、パートナーが違って当然だと以前から思っていた。
英語や仏語が出来ない最初の夫とはロシア映画を観た。
私は字幕を読んでいた。
英語しかできない次の夫とは、英語の映画しか観られなかった。
あまりのつまらなさに、だんだん一緒に映画を見なくなった。
文化的欲求不満になり、友人たちと、フランスやイタリア、ドイツ、そして、寅さんや釣り馬鹿などの
日本映画を見た思い切り笑った。
昔のユダヤ人の恋人とは、ナチスドイツが出てくる映画は一切見ないで、伊丹や、三船など、日本の
ものばかり見ていた。
私が見たいものを相手が見たいとは限らない。
その反対に、私はスリラーや、残虐場面、実験的前衛映画など、避けるので、作品が限られる。
洋画は出演者が美男美女でないとやりきれないので、性格派なんてのが出ていても興味がない。
アメリカの視点でつくった戦争映画は、歴史が正しく語られていないから見ない。
ジャック・ドミー監督のような手法で現在映画をつくる人がいるのなら、是非見てみたい。
平成18年10月27日(金)

韓国へヨン様ツアーに昨年出かけた弟子と、新宿コマでやっているヨン様ミュージカルへ。
とても他の人とは、こういう場所へは行かれない。
どうして、ぼうっと立ったまま歌っているのだろう。
劇団「四季」の人が見たら、大笑いするかも。でも、まず、見にこないだろう。
雪の精ところの衣裳と振付が本当に変で、かっこ悪かった。
死神たちも、どうにかならないのか。
せっかくの甘ったるいメロディも、言葉があれだから、いまいち気の毒。
これが、場所設定も変えて、全員白人が登場し、フランス語やイタリア語やドイツ語、ロシア語や、
又は英語であったら、どんなに素敵な感じになるだろう。
この出演者たちは、終わったら、職安通りに直行して、親戚とかがやっている焼肉屋でごはん
するのだろう。
ヨン様物語は、話が変だから、最後がすっきりしないのだろう。
タップをやりそうで、似たようなすごく変な簡単なことだけやって、結局、タップの振付にしなかった
ところが気持ちが悪い。
そこまでやったら、タップやれっていうの。
動きのボキャブラリーが少ないから学芸会っぽい。
ところで、コマ劇場は、座席の背もたれが、肩までしかなく、頭をもたせかける部分がないから、すごく
疲れる。
でも、渋谷公会堂の板の背もたれとどちらがいいかと聞かれたら、返事に窮する。
どっちも嫌い。
宝塚劇場のように頭ふんわりがいい。
平成18年10月25日(木)

久しぶりに伊勢丹の地下へ行ったら、なんと、アイスクリーム屋やチョコレート屋、お茶する場所がなくなって、
食品売り場だけになっている。
早い時間なら、信濃町のナポリに行くのだけれど、こんな夕方はそこまで行かれない。
歌舞伎町のハーゲンダッツへ行くしかないのか。
どうして、日本はこうもアイスクリーム屋がないのだろう。
ドイツのトリアなら、10メートルに1軒あった。
種類も多く、本当に楽しい。
おいしいアイスクリームを求めて、あちこち足を運ぶ人が少ないのだろうか。
本当に情けない。
和菓子屋が一致団結して、アイス屋に進出させないようにしているのだろうか。
本日の目白映画館での出し物は、「13歳から30歳」という楽しい映画。
平成18年10月25日(水)

昨日に引き続き、目白映画館でドイツのアクション映画「ワイルド・エンジェル」を観る。
昨日のナチス映画と打って変わり、軽い娯楽映画。
こういうのもたまには必要。
ドイツのこういう映画に頑張って欲しい。
超古代オカルトものの本を50冊読んだとのことで、神道とユダヤ教の類似性、及び、顔面岩や
火星人の地下帝国などの説明を受ける。
平成18年10月24日(火)

アナスタシアが、2度目の大恋愛を体験する。
メキシカンのリカルドが入ってきた瞬間、勝気で誇り高いアナスタシアが、どこのぬいぐるみかと
思うような、ふにゃっとした態度に激変した。
ラテンの熱い眼差しに完全にやられてしまい、自分から近寄って、ぴたっと寄り添い、なんと
されるがままになり、人格が完全に代わってしまったから驚き。
他の男には決して見せない態度。
トニーさんなんかには、「ビッチ」とさえ呼ばれていた、あの態度の大きい、攻撃的で、
人見知りをする、手に負えないあのはねっかえり娘が、かわいく純粋無垢な少女になるなんて。
男次第で、女はかくも魅力的に変身できるのだということを、まざまざと見せつけられた。
さて、目白の友人宅で、日本未公開ドイツ映画、ナチス・ドイツの幹部候補生学校「ナポラ」を
見る。
ディカプリオや、カルキンなどの、アメリカ人の美しく若い業界男とは全く違う、透明感のある、
汚れなき美しさを持つ、最高の人種集団による、狂気の芸術というか、非日常の世界を
垣間見た。
ルードヴィヒ2世なら、自分のまわりに侍らせるであろう、禁断の美学。
体操の父ヤーン、優越人種、肉体賛美、芸術にまで高められた生活様式、そして、
戦力として使われていった現実など、事実であっただけに、衝撃は大きい。
アメリカでは公開されないだろう。
批判的である前に、感銘し、追従してしまう若者が多く排出することだろうから。
平成18年10月23(月)

久しぶりに、電脳マンから電話が入り、駅前で再開する。
見本市に行くのに、電車の乗車券をキセルするほどお金のなかった男が、なんと、日本で
5本の指に入る大会社の外国人副社長に納まっていたので、びっくり。
ビジネスは顧客ターゲットを完全に絞り込めば、こうまで成功するのだという良い例を
見せてもらった。
この男、何度離婚しているか知れないけれど、男が仕事で新たな境地に立つ時、身の回りを
すべて一新したいから、そのたびに離婚しているのだと納得する。
オフィス家具やカーテン、住居を新しくするのと同じレベルのこと。
日本語ができなくても、国籍がG7でなくても、容姿が平均以下でも、頭脳と運があれば、
外国人でも、ここまでできる、というより、外国人だから、ここまでできるという現実を見た。
私は勝ち組も負け組も見ているけれど、この人は完全に前者で、両者を分けるものは、その
精神の力、生命力なのだと感心する。
神は電気のワット数が多い人にしか、手を差し伸べないのだということを実感する。
9時から1時間くらい話すつもりが、気がついたら1時になっていた。
学ぶことが多かったので、無駄な時間ではなかった。
平成18年10月22日(日)

朝、美しく晴れて、ベランダ園芸。
ステビア肥料を全部のプランターに捲く。
化学肥料はやりすぎると、植物を枯らせてしまうけれど、ステビアの茎の粉なら、植物だから
やりすぎても安全。
私はこれで、来年の春には、ゴムの木の先30センチほどを切って、ゴムを増やそうと計画している。
地球温暖化で、冬でも外に出しておけるので、ゴムの栽培が本当に楽になった。
80年代に冬のベランダでゴムを枯らせたことを考えると、当時は寒かったのだと想像する。
11階に住んでいたことも、寒い風に当たる原因だったのかもしれない。
最近、ぜんぜん水遣りをしていない市ヶ谷薬王寺町の屋上の植物に水をやったり、ステビアの
肥料をやりにいかないとと思っていたけれど、人の出入りが続いているうちに、出そびれてしまった。
ああ、かわいそうに。
アフリカの干ばつの模様をBBCだか、ナショ・ジオチャンネルで見ながら、同じくらいの苦しみだろうと
植物たちのことに心を痛めながら、オーストラリア人やフランス人たちと、炊き込みご飯を食べる。
みんなが帰りしばらくすると、恵みの雨が。
どれほどこの雨を待っていたことか。
世の中には、自然現象に感謝をせずに、まったくこんな時に雨が降って本当に困るとこぼすような人もいるのだろう。
なんとか庵という名前のつつましやかな小屋にこもって、自然と共に生きた人々に少しでもあやかるため、
私は、原則として、暑かろうが寒かろうが、何が降ろうが、自然現象はすべてありがたく受け入れることにしている。
自然といっても、都心のど真ん中だから、津波や、がけ崩れ、森林火災、なだれなどのダイナミックな自然災害とは
無縁でいられるのだから、意識して自然に感謝して、それらを受け入れないといけない。
平成18年10月21日(土)

11時からレッスンがあるから朝、起きるようなもの、なかったら、午後まで寝ているだろう。
整体にも行きそびれてしまった。
8時半から開いているのだから、その時間に行けば理論的には受けられたのだけれど、1日くらい
休んでも大丈夫。
今日は、リヨンから、中世の城壁都市の外側の農園に住んで、大自然の中で、のんびりと
家畜の世話いるような人が来日した。
もし、この人が、クロサワや北野監督の映画を見たとか、池田理代子の「ベルバラ」の仏語版の
存在を知っていると言わなければ、決して今世紀の人とは思えない。
昨年滞在していたリヨンの人は、日仏やフランス大使館で働いて、しゃきしゃきと、何でも
行動的にこなしていたので、出身地に関係ないのだなと思う。
私は、フランス語に訳している本があと、196頁あり、フランス人で文学を学んだ人がちょうど
欲しかったので、万々歳!
まだというか、すでに21頁終わり、自分でも、おや、ペースが少し速くなったなと驚いている。
不思議なことに、以前、英語の踊りの本「ルイジのジャズダンステクニック」を訳した時より、
数段面白い。
どうしてだろうと思うと、内容が、フランス文化の玉手箱のようなもので、言葉を訳すというより
歴史文化芸術のびっしり詰まった宝石のかたまりを、ひとつづつほぐしながら、楽しんでいるから
だということに気がついた。
こういう時間の過ごし方は心が浄化されるようで素敵なこと。
平成18年10月20日(金)

パソコン屋のしげさんが、直しに来る。
さすがプロ。OAがスペイン語に設定されていたとのこと。
誰がそんなことしたのだろう。私かも。
今後、誰にも触らせないようにと、かたく約束させられる。
業者が二組来て、配線だの修理だのして行ったので、午前中に整体に行きそびれた。
1日1回クリックと骨を鳴らしてもらうと本当にすっきり。
これをやらないと身体が起きた気がしない。
例の場所で、スウェーデン人とお昼。
今日はアンコールワット写真展に行こうと思っていたけれど、本物を見たのだから、写真展なんかやめよう
との意見もあり、取りやめに。
今日は今週唯一レッスンがない日なので、こういう日は、フランス語が進むと思っていたら、
なんのことはない、すでに夜中の1時半で、昨日より開始が遅くなってしまった。
ところで、日本人でも大変なのに、40代も後半になった外国人で、日本人配偶者と離婚して
数校の大学で非常勤をしている人は、もっと大変だろうと察する。
3ヶ月の休暇に本国に帰ってどうのこうのと言っているけれど、3ヶ月間収入がないということなのだから
本当に気の毒にと思ったら、その間に、手持ちの不動産で賃貸業をやっているとのこと。
日本滞在中は家族が切り盛りしてくれているのだろう。
西側旅券で13年住んでいるのにどうして永住権がもらえないのだろう。
お水のロシア人妻だって4−5年でもらえているというのに。
東やアジアには、永住権は簡単に出さなくていいと思う。
もらったらすぐに、どうせ離婚してしまうのだから。
毎年更新させることで、当局が状況を把握し、本邦滞在価値なしと判断したら、すぐにお帰り
いただくくらい、入管行政を厳しくしないと、じゃぱゆきに甘く見られる。
平成18年10月19日(木)

先月バリ島へ行って留守にしていた間に、フランス人やドイツ人が勝手に私のパソコンの設定を
いろいろ変えたため、パソコンのラジオ・ステーションがなぜかスペイン語しか表示されないように
なってしまっている。
前、気に入ってよく聞いていたイタリアのソレント・ラジオのリンクがなくなってしまったので、
仕方がないから別のチャンネルを聞くようになった。
ラッキーセンブン・ラジオ・ドットコムという局で、こういうのは、一体どうやって運営しているのだろうと思う。
まさかボランティアのはずはないし。
フージョンのいいのをやっている。
作業の最中はなにか聞いていた方がやりやすい。
しかし、仕事は音楽を聴くとできない。
気が散ってことばが浮かばない。
だから労働歌は単純なものが多いし、2拍子で、ファースト・ビートだ。
1で力を入れて働き、2は抜く。
こうして考えると、ワルツは本当に生産労働に従事しなかった階級の音楽だということがよく理解できる。
ましてウィーンの、ハプスブルクのホフブルクの中に作られたスペイン乗馬学校の馬たちの、シュトラウスの音楽に合わせて踊るそれ見事なギャロップによるフォーメイション・ダンス。
踊りを披露するための美貌の白馬たちは、上演馬として、皇帝や帰属の拍手を浴び、そこまで美貌に
恵まれなかった一般の馬たちは、軍馬として戦場へ行かされ、ボナパルト相手に戦わされ、
北イタリアあたりの荒野で、屍となったことだろう。
馬の命運を分けたのが、美貌とリズム感だったのだと思うと、浮ついた気持ちでワルツを聞いていられない。
ところで、バッハの3拍子のメヌエットが、4ビートになり、ロックやクラブ音楽として演奏され、世界中で
本来の3拍子より、アレンジされた4拍子版の方がはるかに普及している。
ものを知らない若い子が、もともとこういう音楽があると思っていたというようなことがあり、バッハが聞いたら気絶してしまう。
「美しき青きドナウ」を4拍子で歌ってみると、さほど違和感がなくできてしまうのは、ウインナ・ワルツだから。
どんなワルツを4拍子にして歌ったら、バッハの「メヌエット」くらいおもしろくなるかななんて
考えている今日この頃。
平成18年10月18日(水)

レッスン前のわずかな時間に久しぶりに神楽坂の猫の額のような庭を訪れる。
ステビア栽培にしようと思い、農家から買ったステビア肥料を土に混ぜた。
隣の家の64歳の鰻屋さんが、この10ヶ月間、この庭を守っていてくれた。
私は選定をするのは好きでも、切った枝や葉を下に落としたまま。
草を抜いても抜いたまま。
それらをきれいに掃き清めて、花壇の片隅に堆肥を作るためにひとまとめにして隠しておいてくれる。
鰻屋さんがいなかったら、この庭はメチャメチャになっていただろう。
私は本当に態度が良くなかったと、深く反省している。
この鉢の植え替えやっておいて、この植木鉢を抜いて、土に直植えしておいて、何でも頼んでいた。
一体何様だと思ってるの。
天皇陛下の田植えじゃないの。
しかし、鰻屋さんは、「はい、はい」と、いつも喜んでやってくれた。
鰻屋さんのように心の美しい人をまじまじと見て、私は深く心を打たれた。
植物にいつも接しているから、心が澄んでいて、その感受性は花のように繊細。
私の回りには、お金持ち、見識者、成功者がたくさんいるけれど、鰻屋さんは、その誰よりも、
ささやかな借家に住み、わがままいっぱいの私の庭を自分の庭として毎日手入れし、
そこに喜びを見出している。
私は、夏の暑いさかり、一体何度神楽坂の気の毒な植物たちのために、時間を割いただろうか。
ベランダの植物は毎日猫かわいがりしているくせに、薬王寺や、中井、まして、
庭が欲しくて、大騒ぎして借りたはずの神楽坂の家の庭を何度訪れて、世話をしただろうか。
目白の友人の殺風景な庭の心配をする暇があったら、自分のかけがえのない、
小さな庭になぜもっと心をかけなかったのだろう。
それなのに夏の太陽の恵みを全身いっぱいに浴びて、ビワは1,5メートル、りんごは80センチくらい、
随分幹も太くなり、いっぱしのリンゴらしくなってきた。
私が毎日手をかけなくても、一度しっかり根を張ったら、木々たちは、親の過保護な世話を受けなくても
自分で育つのだ。
偉かったわね、お母さんは嬉しいわ、声に出して言ってあげた。
植物は頭がいいから、人間の言った言葉を理解する。
アムステルダムで買った球根を植えて、春に夢を託す。
わずか1時間だったけれど、心を洗われた時間だった。
平成18年10月17日(火)

マリカアンナ推薦のDVD、ホアキン・コルテスの演技に釘づけ。
言語を全く使わず、しかも、引き立て役の群舞や相手役さえなしに、自分のソロの踊りと生演奏だけで見せる。
しかも、衣裳はただのひとつぶのビーズやスパンコールも使用していない。
お光り物と笑顔だけで見せている安易な商業上演が横行する中、これほどまでに、ムダを省き、自分の存在だけで見せる
コルテスを見て、身が引き締まる。
コルテスは、着ていた長いコートを脱いでしまい、最後には、上半身裸になる。
この人の踊りはそれこそ、神の領域。
だから、人と合わせることもないし、二度と同じ上演内容をすることもないだろう。
動きそのものは、オリジナリティに富んでいるとはいえ、フラメンコの人なら誰でもしているパターンもたくさん
出てくるのだけれど、踊りは、何を踊るかなんて全然関係なく、誰が踊るか、ただそれだけで、まったく違うものになる。
だからこそこの人は神様と呼ばれるのだ。
踊り終わった時のなんといい顔。
女はこういう男に近寄ったり、まして、恋してはいけない。
女によってこの人の芸術が破壊されてしまうくらいなら、こういう人たちは、
一般人から深く遠ざかって、同性愛者でいてくれた方がずっといい。
コルテスの神性と似たものを前に見たことがある。
ミゲル・ゴッドローだ。
あの官能性はラテンの血がなせる技なのかもしれない。
日本人が踊っても知れているから、では、私たちはやっても仕方ないからやらないかというと、そうわけではなく、
知れているからこそ、常に、最高の人々を見ながら自分を高めていかないといけないのだ。
日本人にはやらなければいけないことがたくさんある。
ラテンの血の流れた男の踊りと比べて、東アジアの男の洋舞はルックスで限界があるから、激しい系はパスして、
和物をやっていれば、変には見えないのだろう。
だから、訓練としての洋物は良いとしても、日本人が実際に海外の観客に見せる時は、和物にアレンジして持って行くに限る。
私は日本人の女性舞踊家がエジンバラなどに出かけて、目の化粧を濃くして、上半身むき出しで
スパンコール・パンティひとつで踊るのにすごく反対だ。
みっともないからそんなものやるなと言いたい。衣裳を着ろ。
ホアキン・コルテスは、上半身裸で、これでもかと踊る。
この人なら、格好はなんでもいい。
何色を着ていても、着ていなくても構わない。
ルイジ・ジャス・ダンス・カンパニーの衣裳も、ビーズ、スパンコールがひとつもついていなかった。
私たちもルイジやフランシスとやった82年や83年はそうだったのに、いつのまにか、踊りが職業になってしまい、
お光ものがついた衣裳だらけになった。
踊りが腐ってきたからで、原点に立ち返るために、常に技術の向上にまじめに向き合うしかない。
そんな時、コルテスを見て、胸が張り裂けそうになる。
こんな踊りは絶対に1日1回が限度。マチネと夜なんでできない。
連日公演も無理。
準備と、急速の時間を十分与えないと、いいものができない。
ニューヨークのラジオ・シティが最盛期に1日7回公演をしたというのは、反対に言えば、
大したことをしていなかったから、そんな回数ができたのだとも言える。
コルテスは自分ひとり。
誰もいなくて、この人だけでも、それで十分なのだ。
バラはバラ1本でバラ。
ぺんぺん草や、ドクダミ、ブタ草や便所草と一緒にいる必要はない。
邪魔だ、消えろ。
バラが光るために、バラは1人でいないといけない。
平成18年10月16日(月)

外為法の外側でのアクションは、現在、どのように管理されているのだろう。
取るに足りない自分の小さな経済活動を見ても、昨年を思い出すと、銀行経由の海外送金や
受け取りのたび、銀行に多額の手数料を支払っていた。
今年は、銀行経由もあると同時に、銀行を通さないペイパル電子送金を後半から使用し、瞬時に
地球の裏側とも決済できるようになってきている。
来年は最初から恐らくその割合がどんどん増えるだろう。
そうすると、政府はどのように介入するのだろう。
海外との電子決済など課税や口座凍結など可能なのだろうか。
贅沢品の輸出を禁止したところで、ジョンイルがペイパルで宝石やブランドものを買っていたら
どうするのだろう。
まあ、でもそんなもの表の取引と比べたらまだ微々たるものだろうから、さほど気にする必要は
ないのかもしれない。
しかし、ペイパル使用者は日々増えていくだろう。
国内での送金でさえこれが使用でき、銀行口座を人に教える必要もなく、メールアドレスだけで
お金が動いてしまうということが第一にすごい。
実際にはお金は動いていないのかもしれない。
現金輸送車が争奪される危険もない。
しかし、ペイパルで大損をしたことのあるオランダ人から、ペイパルは危険だ、事故が多発している、
リスクが大きすぎる、自分の会社はこれで何度も痛い目に遭ったと、15分以上にわたり説教された。
そうか、新しいものにすぐに飛びつかず、状況を見ながらというのがいいのかも。
といっても、私のまわりの日本人でこれを使っている人は誰も知らない。
え、それ何と言われ、説明するのが面倒なので、話題にも乗せない。
私はこれを外国人としか使用しない。
ペイパルの会社はどうやって利益を出しているのだろう。
まさかボランティアのはずもない。
平成18年10月15日(日)

朝の皇居はさわやかで、人々がジョギングやサイクリングを楽しんでいる。
皇居の緑やお堀の石垣は、本当に涙がでるほど美しいから、私はこれを見るために、地上を行く。
地下鉄利用者は、東京の美しさの見逃している。
宝塚の「愛するには短すぎる」と「男のダンディズム」は、内容は軽いけれど、前者は、舞台装置が
非常に立体的なのと、回り舞台を効果的に使用していたので、観てよかった。
やはり、借り小屋でやるより、自分の本拠地でやった公演だから、それだけのことができるのだ。
ライン・ダンスは普段があまりに変なので、今回、衣裳が違う人が3名入っていて、それに多少
違和感があったとしても、いつもよりまともに見えた。
やはり、あまり色々な変なフォーメイションで、奇をてらったことをやろうとするより、オーソドックスな
パターンに徹した方が、観ていて安心できる。
今回は80名ほど出演していたけれど、人件費がタダみたいな集団だからこれだけ人数を使って
上演できるのだろうと思う。
朝の11時から演じるのは、並大抵のことではないだろう。
三井住友ビザカードは毎回宝塚の1回公演をいくらくらいで買っているのだろう。
客席千席として、300万円くらいかな。
平成18年10月14日(土)

お稽古の時、ベートーヴェンの「第九」を歌いながらやる。
音をかけずに、自分の声で歌いながら踊ることで、生徒は数倍上手くなる。
以前は、お稽古の時に使う曲をあれこれ捜したけれど、名曲喫茶ではないのだから、曲を
聞いたところで踊りは上手くならず、基礎の段階では、徹底的に自分で能動的に歌を歌うことでしか
本当のリズム感は身につかないのだということを深く感じる。
長くお稽古をしていても、驚くほど今聞いた旋律の音程が取れなかったり、再現できないのは、常に
受身で聞いていたから。
かっこいい音楽で踊れる人になるために、私はあえて受動的な音楽の聞き方をやめている。
ルイジが、曲と共にではなく、曲の中にではなく、曲の内部に入り込んで踊りなさいと言った言葉を
理解するためには、完璧なリズム感が要求されるから、歌うことで身につけるしかないと思う。
小学生の時に、平多舞踊に素晴らしい指導者がいた。
平多正於先生の若手の一番弟子だったけれど、音大に行っていた。
子供でも教師たちの音感の良さは、敏感に感知できた。
金子まさみ先生といったけれど、女性ではこの方、男性で上手だと思ったのは、一人しかいなかった。
他に上手な人はいなかった。
だから、たまにいらっしゃったゲストの石田種夫氏の踊りにひどく感動した。
練習でオフなのに、舞台では表情がすごく、ものすごくオンで、こういうのを、プロの踊り手というのだと
実感した。
あまりに実在感があるので、私は、石田氏扮するアンクル・トムが、テアトルエコーの熊倉一雄の
むごく冷酷な奴隷商人に売られて行く場面で、舞台の上にいるのに、子供奴隷の衣裳とメイクのまま
本当に泣いてしまった。
黒人メイクは泣くとぐちゃぐちゃになり、私は再度メイクを直してもらわないといけなかった。
綿畑の場面で、一番足を高く振り上げ、正確な跳躍をしていた、たった一人の上手な群舞の男性は、
後にモーリス・ベジャール舞踊団に入って活躍した。
光を放っている人は、子供が見てもわかる。
しかし、ベジャール舞踊団から帰国した日本人ダンサーは、私が知る限りでは、二人が二人とも
不幸な結果に終わったように思う。
やはり、世界で最高の場所で踊っていたりすると、日本の現実はどうしても受け入れがたいのだろう。
才能があればあるほど、実力があればあるほど、日本の踊りの現場は、耐えられないのだと思う。
社会性と芸術性は、往々にして正反対であり、社会性と芸術性を上手く調和させられる精神力を
持った人しか、生きられない世界なのだと思う。
元ベジャール・ダンサーにしてマダム・スカラ座と呼ばれたマスダミチコさんのご冥福をお祈りする。
平成18年10月13日(金)

昨日到着したベルリンで合気道を教えているドイツ系スウェーデン人とお昼を食べる。
最初に合気道を習ったのは、フランス人の教師からだとのこと。
うちの近所の本部道場に合気道留学しているフランス人の数は半端ではない。
日本の伝統的武術文化を普及させるための仕事に従事しているヨーロッパ人がたくさんいるのだと
思うだけで嬉しくなる。
どんどん広げて欲しい、日本の文化。
第三世界人は日本に機械や化学、地震学は農業技術を学びに来るけれど、先進国の人は、文化を
求めてやって来る。
文化はやはり、差し迫ったごはんの後に来るものだから、先立つものがないと文化に触れられない。
驚くべきことに、日本人の中で文化のない人々がいる。
なぜ文化がないかというと、貧乏なわけでもないのに、親が文化を与えていなかった。
衣食住と学校だけでは、人は育たないのに。
バレエもオペラもミュージカル、サーカス、新劇、美術館でさえ足を踏み入れず、20年も経ってしまい、
大人になって急にヨガやヒップ・ホップ・ダンスなんてしようとするOLがいるから、次第に社会が
おかしくなる。
テーマパークはくまなく連れて行ってもらっているくせに、児童演劇や児童舞踊を劇場で観たことがない子供。
私が小学校の頃は、芸術の秋は、週に2本は何か観に行っていた。
マイヤ・プリセツカヤや、イベット・ジロー、マルセル・マルソーなど世界一の人々を小学生の時に
観ていた私は、当時すでに、質に対する厳しい判断力を持っていた。
だから、少しでもつまらないと、すぐに寝てしまい、無駄なエネルギーを消耗しないで、本当に大切な
ことのために蓄えておく鑑賞客席術(?)も学んだ。
最初につまらない作品(「キャッツ」やハワイの歌やウェスタンや「ジジ」やチェコの小説など)がだんだん
おもしろくなるはずはなく、最初がだめだと最後までだめで、作品は最初が勝負だという業界の鉄則を、
小学生の時から知っていた。
ワーグナーや、ジャック・ドミーや、ボブ・フォッシーや、トワイラ・サープやマイケル・ジャクソンがすごいのは
最初から釘づけにさせるからだ。
最初に退屈なものは、最後までそのままだから、なんでも最初が肝心なのだ。
だから、人間、変なもの着て出歩いてはいけない。
ところで、日本キリスト教大学へ留学してるフランス人学生が、日本の社会についての研究をしているので、
日本の女性の生活や仕事について統計をとるので質問に答えてくれというので、
質問に答えた。
1)貴女は仕事をしていますか。
はい。
2)貴女は何時に起きますか。
決めていないが、猫が私にじゃれ始めた時。
3)何時に家を出ますか。
好きな時間。その日の用事による。
4)仕事は何時に始まりますか。
私が始めたいと思った時間。
5)仕事は何時に終わりますか。
私が、今日はこのくらいと思った時。
6)何時に家に帰りますか。
好きな時。
7)夕食は誰が用意しますか。
神楽坂芸者仕出し屋で仕入れるか、デパ地下購入か、外食。
8)何時に就寝しますか。
好きな時間。決めていない。
9)結婚していますか。
2回。離婚2回。
10)子供がいますか。
3人。にゃんぐ、イヌお、アナスタシア。
11)家事をしますか。
する時としない時がある。
12)日本では男女の待遇に格差があると思いますか。
思わない。
13)日本では女性でいることは大変なことですか。
全然。その反対。
14)フランス女性の生活についてどう思いますか。
フランス女性は、インテリで、勝気、傲慢で虚栄心が強いから、フランスの男が心休まる日本人女性に
惹かれるのを見ているだけで、決して取り戻せない。
だから余計に理論武装して強くなるから、社会的に成功する。おめでとう。
たった一人抽出した人が、統計を取るのに最もふさわしくない人でお気の毒様。
かわいそうなベンジャミンは、一体どんなレポートを書くのだろう。
平成18年10月12日(木)

ベルリンからマックス、マルセイユからイヴァンが今朝到着。
マリカ・ハウスがますますヨーロッパになる今日この頃。
フランス人二人と近所の定食屋でお昼をしてから、先週に引き続き玉川学園へ。
世田谷通りを下って行くと、いつしか、空気が違う。
マダム川田の講義が好きで、2,3,4年次に3年連続で受講したというマダムの大ファンに対面する。
同じ講座を受講しても、単位にならないのに、仏語科でもない人が実行したということは、
ファンとしてかなりの重症だったことを意味する。
さすがマダム川田。40代の時、多くの若い男の心を狂わせたのだろう。
サラ・ベルナールやエディット・ピアフもそうだった。
今日は濃紺で、カラーコーディネイトされ、ヨーロッパで会う日本人団体客の、みすぼらしい格好に
辟易すると、上品に溜息をついていた。
中国人はジャージ、スウェット、Tシャツなど、もっと安っぽいものを着ています、日本人は、趣味が
悪いだけで、値段が安いものを着ているわけではないのではと私。
日本人が地味な貧乏臭い趣味の悪いものを着ていたら、国のイメージを著しく低下させる国家的損害。
どうして、団体旅行の中年は伊太利屋とかで、センスのいいものを買わないのか。
ユニクロや無印で25歳過ぎて服買ったら、おしまい。
完璧に負け組みの店。
驚くことに、100円ショップでも、Tシャツとか売っているけれど、誰が買うの。
玉川学園に以前7軒あった本屋が今は2軒とのこと。
本屋、おもちゃ屋がなくなったら、生活圏としての町はおしまい。
ところで、フィリピン人がダイナマイト漁をするものだから、イルカが身体に、ダイナマイトによるものと
見られる傷跡を残して8頭が死亡しているという記事を読んで心を痛める。
これは、たまたま見つかったケースで、これ以外にもダイナマイト漁で殺されたイルカがたくさん
いるのだろうと、想像する。
北朝鮮、ミャンマー、フィリピンなどというのは、世界にとって必要な国だろうか。
有害で、破壊したいから、神はいつもフィリピンに最初に台風を送りこむのだろう。
そうでないと、死んだイルカが浮かばれない。
宇宙の意思・自然の摂理・神は、この国を破壊し続けて、永遠に高度な文明を築けないように
しているのだと思わずにはいられない。
フィリピンが永遠に第三世界でもいいから、イルカが無事な方が私は嬉しい。

私は常に、無力な動物の味方でありたい。
平成18年10月11日(水)

今朝来た人は、クロアチア生まれで、当然母国語もクロアチア語。戦争のため、ドイツで教育を受け、
その際、英語を学ぶ。
ボスニアにも住んでボスニア語で生活、その後カナダに移民して、今は日本で英語を教えているという。
ドイツ人は、定冠詞をきちんと正しく使用していないじゃないの、なんて言えるのも、スラブ系の伝統言語を
母国語としている人ならではの発言。
こういう人から英語を習う機会を得るノヴァの生徒は幸せだと思う。
ノヴァには、米語圏から一歩も出たことがない、英語しいか理解できない言語的田舎物が多いけれど
そのような生粋の米語圏人より、ヨーロッパ出身のこのカナダ人(現在の旅券は)のような人の方が、はるかに
言語感覚が優れ、人生経験も豊富で、教師としても、人間としてもおもしろい人物だ。
テキサスの田舎に生まれ、日本に来る前日までそこを出ないで暮らしていた人から英語を習って
なにになると思うけれど、ノヴァに行くくらいの日本の生徒はそんなこと気にしないで、ネイティブに習って
嬉しいくらいにしか、思わないのだろう。
平成18年10月10日(火)

真昼間から、日生劇場へ宝塚の「オクラホマ」を見に行く。
一幕はほとんど寝てしまい、踊りのところだけ目が覚めた。
昔のミュージカルだから内容がいまいちで、私が主人公の男なら、一時の感情で小作人を解雇した恋人に
こう言うだろう:
あのかわいそうな男を解雇してはいけない、あの男は、恋と仕事の両方を失う。
社会の一番最下層の人間から、収入源を奪ってあなたは罪悪感を感じないのか。
あなたが、あの男を再度雇用するまで、僕は、あたなとの結婚を見合わせる。
私が愛するのは、社会の最もみじめな人々にも愛情を注ぎ、哀れみではなく、仕事の機会、収入の場を確保しようと
することで、ひいてはこの国を豊かにできる広い心を持った女性だけ。
その意味であなたは子供だし、視野が狭い。
あの小作人を失うことは、つまりは、僕を失うこと。
そこで、主人公が、農場の馬鹿娘を後にして、旅に出るようにしたら、もっと、感動的なのに。

アルメニア系シリア人の父とレバノン人の母を持つカナダ人がやって来た。
背景がおもしろいけれど、アラビア語は話せないけれど、アルメニアの踊りが踊れるとのこと。
それと一緒に登場したカナダ人は、バレエとジャズとモダン・ダンスをやったという。
こんな小太りになにができるのだろうと思って、踊ってと言うと、いきなり、床の上をのたうちまわりながら、
本格的コンテンポラリーをやって見せてくれた。
舞台公演ではないのだから、そんなに真剣にやらなくていいのよ、ちょっとさわりを見せてくれるだけでいいのよと
思ったけれど、本人一生懸命だから、今さら止められない。
何かが乗り移ったように動く人は、人間を超えたところにあるから、自由に躍らせておくに限る。
私はなぜか自然と、おもしろい人々とめぐり合えて本当に幸せだ。
平成18年10月9日(月)

ジョンイルが目と鼻の先で核実験をしているというのに、私は、千駄ヶ谷の美容院でショート・カットにする。
1982年以来のこと。あの時と、少しニュアンスが違うけれど、すっきりしていい。
中近東や西アジア、太平洋、まあ、言ってしまえば第三世界や、江戸時代にショートカットの
女性を見た記憶がいないのはどうしてか。
ジョンイルの娘は、腰まであるストレートの黒髪。
切ろう、前世紀の遺物。
ところで、中国英語を話す変なおばさんがやって来た。
こんな変な英語話す人が自分が出版した英語の教科書持って来ても、日本の出版社は
アポも取らないだろう。
見ると内容がいい。
これなら、子供どころか、基礎学力のない高大生に読ませてもいい。
いとこの子供に、中学の英語ができない短大生がいるから、それにあげて勉強させたい。
5分で読めるこの薄い本を、2時間くらいかかって辞書引いて自力で読ませたら効果的。
久しぶりにフレデリックが放蕩から戻ったようだ。
フランス語を直してもらうのだけれど、この人、変に気を入れて何度も推敲を重ねてやるものだから、
フランス語ではこう言った方がいいだの、どんどん自分で付け加えるものだから、原作から
離れてしまわないか、こちらは、ただハラハラ。
勝手に順番変えたり、文章削除するんじゃないと、あらかじめ釘を刺しておく。
自由に料理なんかされたら、たまったものでない。
平成18年10月8日(日)

オーストラリアの元体操女子選手が来る。
どうりで、肩や胸の筋肉が張っている。
私が原付で走っているのに、自転車で同じ速度でついて来る驚異的な筋肉を持った足には驚嘆させられる。
男でも、とろく、のろくしか自転車をこげない人を多く見たけれど、そういう男は、仕事もだめ。
目白の友人宅へプランターに根分けしたアロエとクンシランを届ける。
出張が多くて植物を枯らしてしまいそうな人だから、サボテンが合っている。
クンシランはもう少し高度だけれど、冬でも枯れない強い種類だから、多分大丈夫だろう。
今、思うと、四ツ谷の祖母は、クンシランを冬、家の中に入れて育てていた。
当時の冬が寒かったせいか、クンシランが環境に適応して、強くなったせいか、私は15年も前から
外で一年中育てている。
神楽坂のクンシランは、猫の額のような庭に直に植えてある。
私が何よりもしたいことは、直植えして、とりとめのない雑木林をつくること。
リスを放し飼いにして、鳥の巣箱もたくさん据えて、到来を待つ。
湧き水のある池の傍に植えた藤が無秩序に伸びたら、他の木にからみつかせよう。
藤棚なんていう人工的なものはいらない。
不思議の国のアリスではあるまいし、私は洗練されたヨーロッパの庭が嫌いだから、舌切り雀の
老夫婦が住んでいたような家の裏手にある、竹林に囲まれた変だけれど自由な庭を新宿区に持ちたい。
平成18年10月7日(土)

レッスンの後、一路玉川学園へ。
マダム川田にお目にかかるのだと思うと、この道のりも遠くない。
距離というのは、相対的なもの。
以前、踊りを習いにニューヨークへ行っていた頃も、N.Y.は遠くなかった。
男と別れた途端、N.Y.は遠くなった。
マダム川田は、最新のパリコレ・ファッションで、決まっていた。
赤い珊瑚の首飾りがかっこいい。
「私はパリの老人病院実習生」の特別講座で、女王様のように君臨しているお姿が神々しい。
それに引き換え、受講生は、生き生きしているマダム川田より数倍老け、地味。
テーマが老人病院だからって、自分が老人病院風のもの着てくることないのよ。
マダム川田は、以前、イザベラ女王のような襟の服や、「パリのアメリカ人」の回想バレエ場面とかに
登場するような衣裳で講義をしていたけれど、あの派手なファッション感覚が健在なのが
なんとも嬉しい。
きれいなものが好き、素敵なものを身につけたいというのは、生命力のバロメーター。
それが失われた時、人は老ける。
マダム川田は、頭の中が普通の人と違うから、決して老けないどころか、もっと先へ行こうと
心がパリに向いているのが、頼もしさの根源。
文章だけではなく、ラ・フォンテーヌや、ラシーヌ、モリエール、ルイ14世なんかの肖像画も
たくさん入れて本をつくりましょうなどと、楽しい提言を。
どんどん頁が増えて費用がかかってしまうけれど、どうしようもない内容の本だって、挿絵や写真
たくさん使って出版されているのだから、マダム川田のご本が地味ではだめ。
さて、つかの間の楽しい時間を過ごした後、鎌倉街道を、府中へ向かう。
府中の森芸術劇場で、宝塚の「あかねさす紫の花」を見る。
大化の改新の中大兄皇子って、弟から額田女王を奪って、それで、最後、結局、本当は
どうなったのだろう。
ハプスブルクのフランツ・ヨーゼフは、弟からエリザベートを奪ったけれど、今の時代でも、弟から
女を奪う兄がいるのだろうか。知りたいものだ。
レビューの「レ・ビジュー・ブリアン」は、宝塚劇場の時のように、大掛かりな装置は使えないけれど、
まあ、それなりにやっていた。
相変わらず、ピルエットとフェッテ、技術を要するジャンプはない。
だから、振付がマンネリなのだ。
いつ観てもライン・ダンスのところが、どうしようもなくカッコ悪いのは、衣裳のせい。
N.Y.のラジオ・シティがやれば、同じ人数、同じ曲で数倍いいものやるだろう。
帰りが大変ので、もう、こんな遠出をして観に来ない。
宝塚は、銀座でマチネを観るに限る。
平成18年10月6日(金)

大雨の中、いつもの定食屋へ。
台風で誰も来ないと思って、11時半だというのに、魚の用意がしていなく、昨日作ったようなカレーを出される。
それがまた、おいしく、それ以外に何種類もおかずが出て、しかも650円だから、
特に文句はない。
こんな台風の中、ここに食べに来る物好きの常連が何人もいて、みんな、一様にカレーを
食べさせられている。
この店では、店主である老夫婦、特におばあちゃんの意向に客は従う。
怖いから誰も文句を言わない。
もう来るなと言われたら、食べる場所がなくなるから、どんなに店が散らかっていようとも、
準備が遅くとも、12時半に行ったのにすでに魚がなくなり、代わりにカレーを食べさせられても
みんなおばあちゃんの言われたとおりに行動する。
住宅街の真ん中にあるこんな店は、誰も知らないから、このおばあちゃんは、自分はいわば、
富久町の女王様だくらいに思っているのだろう。
それでもいい。
ここでは、四ツ谷の祖母が作っていたような料理のみを出す。
しかも、量は普通の新宿駅付近の定食屋の2−3倍で、価格は半分。
これを新宿の奇跡と私は呼ぼう。
こんな所は他にあり得ないから、どんなことがあっても、私も、他の客も毎日黙々と通う。
平成18年10月5日(木)

スウェーデン人とお昼にしゃぶしゃぶの食べ放題へ。
最近こういうことしていなかったから、胃にもたれる。
もう、こういう、単品をどさっと食べるような食生活はやめよう。
国粋ジュースや、お豆やヨーグルトの健康生活になったから、改めないと。
マリー・アントワネットが愛したフェルゼンは、スウェーデンでも大変尊敬されている人物との
ことで、これは、ベルバラの中の話ではなく、実際の史実なのだと、感心する。
しかし、よくもまあ、バスチーユ牢獄のアントワネットに会いに、スウェーデンくんだりから、馬車を
飛ばして来たものだ。ご苦労様。
フェルゼンがもっと賢かったら、アントワネットに経済観念を植え付けるなどして、
フランス革命が起きないようにできたのではなかったか。
しかし、ハプスブルクは、ナポレオンの時には、ボナパルトの意に反して、妻子をウィーンに
連れ去るような強い姿勢で臨んだのに、アントワネットの時には、とかげのしっぽのように見捨てた。
幽閉される前に、奪還できなかったのかと、今思っても、口惜しい。
オーストリアの皇女がフランス人民により処刑されたのは、なんとも許しがたい。
当時のウィーンの人々も、そのように思っていたのだろうか。
平成18年10月4日(水)

両国を超えると、途端に、どじょう屋や鰻屋の看板が登場し、洋物が消失し、江戸文化圏に入ったと実感。
ついでに立ち寄った、千葉美術館では、閑古鳥の鳴くような展示を開催している。
上野がこれだけ換算としていることは決してないけれど、千葉のこれは一体なんだ。
人口が少ないのか、文化や芸術に興味のある人口がいないのか、場所が悪いから誰も来れないのか。
バルビゾン派の人々は、羊を多く描いたけれど、やはり、ミレーの羊がいちばん、ふんわり、優しく、、
動物の身体の愛らしさを表現しているような気がする。
ボートをアトリエ船にして、セーヌ川やオワーズ川を自由に往来して、景色を描いたシャルル・フランソワ・ドービニー
という人もいて、なんという自由奔放な芸術家ライフを送っていたのだろうと、感銘を受ける。
フォンタネージという人は、メチャメチャ汚い、暗い絵と称されるだけあって、ひどかった。
オーギュスト・ラヴィエ、テオドール・ルソー(アンリの方なら好きなのに!)、シャルル・エミール・ジャック、ナルシス・
ヴィルジール、ジュール・デュプレ、ディアス・ド・ラ・ペーニャ、コローもグスタヴ・クールベも、バルビゾンは、嫌い。
使う色が極端に限られるこういう陰惨な絵と比べて、クリムトやアンリ・ルソーや、ミュシャ(ムハ)やエルテのなんて、粋で
オシャレで、素敵なこと。
それでも、まあ、千葉くんだりまで行った甲斐がある。
千葉みなとモノレールはそれにしても、東京お台場を走るゆりかもめと比べて、あまりに景色が悪かった。
平成18年10月1日(日)

「行列のできる法律事務所」のロケは、アメリカ人を使ったので、驚くほど早くスムーズに終わった。
だから、渋谷公会堂へ行く前に、イタリアンの早い夕食を食べる時間ができてよかった。
フランス人シェフの役を本物のフランス人がやったりしたら、あの台本では、撮影中に取っ組み合いの
喧嘩になっていたことだろう。
フランス人のシェフは、客の文句に決して頭を下げて英語でソーリーと謝ったり、まして、
客に自分の頭を何度もぶたれて、痛いと悲鳴を上げたりすることはありえないと、フレデリックは、
興奮気味に言った。
「俺なら、そんな客は張り倒してやる!」
誰があんな変な台本書くのだろう。
フランス料理を食べに行ったことがあるのだろうか。
フランス人と話をしたことがあるのだろうか。
知らないというのは、恐ろしい。
ところで、渋谷公会堂が、CCレモンになって愕然。
区長が、8千万円の税収になるのでと、スポンサーの宣伝をしていた。
行政が一企業にこんな風に卑屈になるのは、危険だ。
さて、「レビュー狂時代」だけれど、女性はいつまでもきれいなのに、男性はいとも簡単に早く
老けてしまうものだなと納得。
和風と宝塚の場面を抜いて、全体に変なのは、踊りがへただからというよりは、振付が変なのだ。
跳躍はまったくない。息が切れるのかな。
ピルエットやスピン・ターンさえもないから、踊りが単調になる。
簡単なステップ・ターンはシングルで行われているから、首を切らずに、ぼうっとゆるくシロウト
回りしているダンサーたちもたくさんいた。
生演奏でない、録音楽曲の楽器編成がおかしい、歌い手の声が心持ち音が下がっているように聞こえる、
歌い手が高齢のため、歌詞を忘れるのではないかと気が気でない、何語で歌っているのか
わからなく、たまに、英語らしき歌詞になるものの、言語の種類の判別がつかないなどの点は
まあ、目をつぶり、生演奏をしたジプシー・フラメンコの場面は評価できる。
その前の前座のジャス・ダンス・フラメンコはひどかった。
ボブ・フォッシーの真似をした場面さえ変に見えるということは、もう、びっくり。
ダンサーはそれなりに華のある人々なのだから、良く見えないのは、もったいない。
ルイジや、トワイラ・サープならああはしないだろう。
歌は本当につまらない。
歌は踊りがなければ、歌だけだと、動きが足りなくて、私は退屈で見られない。
予算不足で、装置が使えず、布と光しかなかったので、安っぽく見えたけれど、踊りや歌の
内容がよければ、それもカバーできただろう。
しかし、レビューは生演奏なしで上演するものではないことを、つくづく感じた。
録音も非常に悪かったし。
35年前のテープやレコードから録音したのかもしれない。かわいそう。
渋谷公会堂の改装こけら落としとのことだけれど、座席の頭の部分が板で、つまらなくても眠るに
眠れないつくりになっている。
どうして、クッションをもっと頭のところまであと数センチ大きくしなかったのか、その出来の不手際に
驚愕した。
こんな座り心地の悪い劇場は、他にもあるのだろうか。
税金でこのようなひどいものを作ってしまい、渋谷区民にどのように謝罪するのだろう。
しかし、この年齢の人たちが、こういうものを上演するということに意義があるのだから、
公演を買い上げて、どんどん場を提供してあげるべきだろう。
西川純代先生が昨日お声をかけて下さらなかったら、見られない公演だったから、先生には
感謝している。
先生の数十年前の「G線上のアリア」は、レビューというより、芸術だった。
平成18年9月30日(土)

先進国から来ている人で、負け組みになっている人々を多く見た。
そのかわり、第三世界から来ている人でそのような人は見かけない。
おもしろい現象だ。
第三世界から来ている人は、ビザがあるなしにかかわらず、ともかく自分の全ての時間を
労働に変えて、お金を稼ぐ。
それなのに、先進国の人は、一生懸命に働かず、平気で負け組に転じる。
その心は?と聞きたくなる。
ニュージーランド人、カナダ人、フランス人、アメリカ人、ドイツ人さえいるのは、信じがたい。
日本に合法的に滞在しているのに、お金を稼がないでプー太郎をしているなんて、もったいないと、
第三世界人は思うだろう。
しかし、私がもっと嫌いなのは、自分の全ての時間を切り売りして、労働している彼らだ。
平成18年9月29日(金)

歴史的に多言語を操ってきたスイス人でさえ、若い人の言語学習離れが進み、安易に英語を
使い、同国人同士が英語で話すという現象は嘆かわしい。
7千もの島があるフィリピン人や多言語のインドが、英語を共通語にしているのは、第三世界の常だから
仕方がないとして、個々の確立した固有の言語を持つヨーロッパ人がそんなことすべきではない。
英語は文法が簡単すぎるから、つい安易に使ってしまう。
しかし、それをすると、本当の言語が使えなくなり、ひいては、それらが地上から徐々に
失われるという結果を招く。
だから、ヨーロッパ人と話す時は、何人でも英語で通じるのだけれど、それをしてはいけない。
大変でも本物を大切にしようとする心が、言語文化を豊かにする。
さて、私は、1ヶ月、床の上に放っておいたスペイン語の最後のレッスンを取り出して、
清書している。
週に1度か2度定期的にあった時は、毎レッスン後、直ちに添削箇所を打ち直し、そこで、
自分の間違いの原因を学んだ。
ところが、9月は1日からバリへ行って遊んでしまい、予定していた南米人のレッスンもとうとう
一度も受けずじまいだったため、ついに1ヶ月のブランクをつくってしまった。
私としたことが、なんということ。
でも、その分、Tintinを読んだり、マダム川田の文章と取っ組み合っているので、まあ、フランス語は
最低勉強しているから、まったくさぼっているわけではない。
そんなことを言ったら、最近、ずっとご無沙汰してしまっているイタリア語はどうなんだということに
なるけれど、イタリア語は心から好きな言葉で、スペイン語よりずっと楽に出てくるから、
少しくらい間が空いても大丈夫。
定着していない言語はすぐに飛んでしまう。
ロシア語がそう。
今日、ロシア語文字で書かれたプリントを紙の山から何枚か見つけた。
確かに自分で打って書いたというのに、今ではもう、どの文字がキーボードのどこにあるかどころか、
ひとつひとつの読み方さえ忘れてしまった。
半年くらいすごく打ち込んだのに、学ぶ目的をなくしてしまうと、いとも簡単にポイできるのがおもしろい。
だから、何かを習う理由を惚れた晴れたにしてはいけない。
そういう軽薄な気持ち抜きに、純粋に教養として勉強している言葉だけが、
自分の本当の言語財産になる。
平成18年9月28日(木)

大分の臼杵から、遺族会の参拝旅行で上京したサヨ子さんに会いに九段会館へ。
来年90歳で、こんなにお元気なのは、やはり、ルイジ・スタイルのダンス・レッスンの賜物。
大久保時代、何度も泊まりでお稽古に来て、色々料理を作って下さった楽しい思い出の数々。
九州から1回上京するだけで旅費や受講料、食費その他で10万円かかるのに、休みの度に
何度もいらして下さったサヨ子さんに頭が下がる。
サヨ子さんをご紹介して下さった渡辺みささんには、本当に感謝。
九州で講習会をした時、みささんも、サヨ子さんもお宅に泊めて下さった。
サヨこさんは、従軍看護婦で大陸から引き上げ、病院舟氷川丸で、横浜に帰国した。
九段会館の新館入り口に、日本軍が玉砕した場所と、年月日が記された地図があった。
こういう地図を、もっといろいろな場所に掲示すべきだと思う。
日本軍はありとあらゆる太平洋の島々へ行って、すべて玉砕した。
計画はすべて、机上でつくられたから、距離感を無視して現実離れしている。
あれだけの人材を建設的なことに使えば、日本はもっと違っていた。
サヨ子さんは、今回の遺族会40名の参加者の中で最高齢とのこと。
週に一度、個人レッスンでパソコンを習っているというサヨ子さんは、生き生きしている。
九段からタクシーで、市ヶ谷台町にお連れして、新顔のイヌおちゃんや、アナスタシアをご紹介し
再び、九段会館に。
いい時間を過ごした。
平成18年9月27日(水)

マダム川田からお電話。
女史の「私はパリの老人病院実習生」についての私の稚拙なフランス語感想文を、
先日パリのブルトノー病院の院長さんらにお見せしたとのこと。
そのように使っていただいて本当に良かった。
一生懸命に書いた甲斐があった。
先生の御本1冊フランス語に訳しますなんて、思わず大きなことを言ってしまったけれど、
ドイツ語や英語と違い、フランス語は、数段実力が落ちるのを忘れていた。
けれど、210ページの本を訳したら、フランス語が完璧になること間違いなし。
1日1ページやれば、210日後には仕上がっている。
2ページだったら105日後。やってみるのも、悪くない。
自分の人生の中で最もフレンチな日々を送ってみようかな。
この本の翻訳に合わせて偶然かどうかわからないけれど、曙橋の3ベッドルームのマンションの住民が、
3名ともフランス人になった。
こんなことは、いまだかつてなかった。
しかも、これでもかというように、あと2週間後に、もう一人フランス人が到着する。
通常なら、どこかに空き部屋があるので、そちらをご紹介するのに、2ヶ月前から新宿アパートメントは、満員御礼状態。
3ベッドルームに4名のフランス人を入れてしまう。
神様は、私が20年前から企画しては、ぜんぜん行動に移さないフランス語圏での、語学研修をしないために、
わざわざ、このような機会をご用意して、私に勉強をさせようとして下さったのだと、
感謝の気持ちで受け止めないといけないのだと思う。
平成18年9月26日(火)

雨の中をダニエルと四ツ谷三丁目の回転寿司へ。
新宿駅近辺の寿司屋と違い、ミャンマーや、バングラディッシュや、中国や韓国がいなく、
従業員は全員日本人のおじさんたちばかり。
茶碗蒸しはないし、ネタも神楽坂と比べると落ちるので、もう行かない。
このドイツ人は、たまごとか、かっぱ、そんなものばかり、頼んでいて、食べられる魚は、
マグロとサバだけ。
貝も、海老も、イカ、タコ、それにお味噌汁もだめだから、本来、寿司屋向きではないけれど、
二日後にドイツに帰国するから、記念に行くのはいいかも。
二年半もうちでよく頑張ってくれた。
この人のいた部屋はいつも、新宿アパートメント全体で、光熱費が一番安かった。
そのくらい、冷房も暖房も、照明さえ、ろくにつけず、衣類乾燥機も使わず、ひたすら、光熱費を
安くする記録に挑んだのは、まさにマニアックと言える。
平成18年9月25日(月)

横浜くんだりまで、眼科に行く。
眼科くらい、新宿にもいくらでもあるのに、わざわざ横浜まで行くにはそれなりの理由がある。
そこは、全国から来ているらしい。
カリスマ眼科医というのがあるとは知らなかった。
一番乗りだと、9時受付開始のところ、8時半に行ったのに、すでに10人くらい、私の前に
待っていた。
近いから行くのではだめ。
どんなに遠くてもその価値のために行く、私は常にそういう人生を送ってきたから、横浜の眼科は
句にならない。
平成18年9月22日(金)

朝、江東区の国際郵便局、それからマッサージの先生へ。
夕方、電通の先のあたりで、出光のラジオCM