マリカ日記  関係ない方は読まないで下さい。  Listリスト  おてま
         10 11 12 13 14 ここが最新 総合案内       
マリカ・サイト地図    ドイツの温泉       人権擁護擁護法案反対サイト
平成18年7月17日(月)

「フィリピンは、主に中東、米国、欧州などに10万人以上の看護師を派遣している。国内には460の看護師学校があり、このうち40校は合格率0%で、23校が最低合格率8%にも達していないという」マニラ・タイムズの
記事を読んで、こんな国から派遣されて来る看護師は、みんなお水で働くことが目当ての、ろくでもない人たちだから、日本は受け入れるべきではない。
フィリピン・パブではビザが下りなくなったからといって、同じ人たちが白衣を着たところで中身は変わらないのだから
役に立たない。
人の国の患者の世話をするくらいなら、自分の国の医療をどうにかしろ。

さて、今日は久しぶりにスペイン語のレッスン。
マリアナの第一外国語がスペイン語なので、私は俄然、やる気が出てきた。
大好きなマリアナにスペイン語でメールを出す楽しみが増えた。
スペイン語の先生のバルセロナから来た博士課程のマルセラ先生が来月末に帰国してしまったら
私のスペイン語はどうなるのだろう。
ある程度のレベルにしておかないと、ロシア語と同様、ゼロに戻ってしまう。
私は本当に幸せ者。
神様はマルセラという天使を、私に遣わして下さった。
素敵な金髪女性で、海洋学の博士課程なんていう人がどうして、3ヶ月に渡ってうちに下宿することに
なったのだろう。
東京には、いくらでもアパートなどあるのに。
それだけだって、すごいこと。
この機会を有効に使わなかったら、神様は私に失望なさるに違いない。
平成18年7月16日(日)

明け方3時半から生番組の撮影をして、4時に終了、送りのタクシーで、衣裳類を倉庫に入れてから汐留から戻って
来たら朝5時、お風呂入って寝たのが5時半。
それなのに、朝の8時半に電話をかけてきた人がいて、許せない。
家の電話と、携帯の両方。
なんと、母親。朝、かけるなっていうの、自分が早く起きているからといって人も起きているとは限らないと毎回
言っているのに、いつも朝早くかけてくる。
自分の母親でなければ、その番号、着信拒否登録をするところ。

ラファエロは天才なのに、自分勝手でも、奇人変人でもなく、きちんとした一般常識を持った社会人であったということを
読んで感動。
私は、奇人変人の天才をたくさん知っているけれど、常識のある天才には出会ったことがない。
構成を重視して、細かいところは、弟子にやらせる。
才能のある人々を雇って芸術の仕事をさせてあげることも、芸術家のリーダーとして大切なこと。
だから、仕事は一切断らないというその姿勢には頭が下がる。
ラファエロから学ぶことは、たくさんある。
午後から2レッスンほどして、アマゾン・ドット・コムで本の買い物。
これをするようになってから、紀伊国屋でほとんど買っていない。
紀伊国屋、サクラヤ、東急ハンズの3つが、私が新宿で一番好きなお店だったというのに。
平成18年7月15日(土)

3レッスンやった後、水のシャワーとパウダー。
塗るだけで寒くなるこのパウダーのお陰で、いたって快適。
東南アジアの人がこういうものを使っていると、以前から聞いてはいたけれど、使うのは初めて。
そうか、こういうことだったのか。
あの人たち、こうやって、暑さを凌いでいたのだ。
身体全体が冷えてくるこの感じがたまらないけれど、赤ちゃんには刺激が強すぎるから
やはり汗しらずがいいかも。
フランス人女性弁護士と神楽坂のブルゴーニュで晩御飯。
夜だと同じものが3倍くらいの値段になるから、やはり昼にコースを食べに来るのが一番。
でも、たまにはいい。エスカルゴがおいしい。
店の中ではなく、夜風に吹かれながら、外のテラスで食べるのは最高。
一週間前に運命的な出会いをしたという女性弁護士のノロケ話をさんざん聞き、30代前半の高学歴の
女性が自由に恋愛をしている様を見て、嬉しく思う。
私はきれいな男が好きなの、弁護士が言った。
彼女の先月付き合っていたスイス人建築家も、とびきりきれいだった。
でも、年下の男はもう嫌、男は大人の方がいいわ、それにロマンチックだし。
さっき迎えに行った時に見せられたクンシランがプレゼントとか。
日本人の男は興味ないわ、きれいじゃないし、ロマンチックでもないから、そう言った彼女の目は
キラキラしていた。
恋をし始めた時の女はこんなにきれいになる。

大久保の倉庫で衣裳を積んで、夜11時に日本テレビへ。
今回はサンバの羽根の代わりに、ラスヴェガスっぽいフィナーレ衣裳に使える背負子
番組がサンバでなく、リンボーダンスの盛り上げだから、この方がいいかも。
ブラジルに関係ない時にやたらとサンバを使うと、ブラジル人の心象を害するかもとの私の判断。
局の担当者は、そういうこと全然考えていなくて、派手ならなんでもいいみたい。
この衣裳はきれいな人が着れば、それなりにきれいだから、色々な色、作ろうかな。
平成18年7月14日(金)

レッスンの後、マリアンナとブルゴーニュにフランス料理のお昼。
心が美しい人といる時間は楽しい。
この人はアレキサンドラに紹介されて、昨年は2度しか会う機会がなかったけれど、
今年はなんのきっかけか、何度も会い、一緒に練習もできて、嬉しい。
次回は私に奢らせてと言う。
自分の耳を疑った。
ロシア人というのは、人のお財布でしか食事をしないのだと思っていたので、びっくり。
彼女の気持ちだけありがたく受け取る。
何を喋っても、発想が飛びぬけている。
多分、日本人配偶者を持つロシア人ではないからかも。
それから、お水のビザで来た人ではないということも、大きな原因。
西側のヨーロッパの男とだけ付き合ってきたこの人は、日本人の夫に縛られている元ホステスの
ロシア人女性と比べて、なんと生き生きしていることだろう。
神楽坂の護国寺へ入った時、お賽銭箱の前でさっとお財布から十円玉をふたつ取り出し
私にひとつ握らせて、お賽銭させた。
ロシア人でこういう気のききかた、すごい。
私が男だったらこういう女の人を愛するだろう。
平成18年7月13日(木)

レッスンの後、竹芝桟橋へ直行し、四季劇場でピーター・シェーファーの「ブラックコメディ」を見る。
四季のチラシを見て、作者スタッフはみんな固有名詞が掲載されているのに、出演者名が
一切書かれていのを見て、これでこそ作品で売る四季の商法と今更ながら感心。
出演者の固有名詞で売る上演と違い、スタッフ名だけで売る上演は、はっきり言えば、
出演者は誰でもいい。
その作品を上演する歯車のひとつになっていれば、固有名詞は構わない。
作品とスタッフが一流であれば、それで商品。
しかし、出演者の固有名詞で売る場合は、まわりが、出演者に引っ張りまわされる。
ビッグ・ネームは集客効果もあるけれど、この人でないと上演不可能なビッグ・ネーム故に
問題が起きる素地をつくっている。
私のような弱小事務所が行っているのは、もちろん、固有名詞なしの上演。
内容さえしっかりしていれば、あとは、白人何人、日本人何人の頭数でつくる。
金髪が栗毛色に変わっても、日本人にならなければ、期待されたレベルを保っていれば
問題は起こらない。
以前、この人でないとできないというレベルのものをつくってきて、上演1日前に急にその人が
入管に捕まって、急遽代役を立てるなど、最悪の事態を経験したことがあった。
出演者個人の力量に頼るのは、極めて危険なこと。
素晴らしい人物を口説く暇があったら、作品をつくることに神経を注ぐべき。
作品が良ければ、この人でなくても、上演は可能なのだという姿勢で臨んでいないと、
私のいる業界では生きられないと、つくづく感じた。
芝居の内容はともかく、日ごろから考えていたことに、回答が得られたような晴れ晴れした
気分になったのはよかった。
帰りに、外苑東通り信濃町で、ナポリに寄って、イタリアのアイスクリーム休憩。
小学生の頃から私はどれほど、このアイスクリームを愛したことだろう。
甘ったるいねっとりしたアイスクリームではなく、さっぱりしたイタリアのジェラートを早期に
生活の中に取り入れてくれた母に感謝したい。
紙に包んだ2色アイスのおいしさは格別で、日本のさえないメーカーのカップ・アイスと比べて、
イタリア人はなんて素敵な食生活をしているのだろうと子供心にも感じていた。
来月、久々にイタリアで本場のジェラートが食べられる。
イタリア料理はフランス料理と同時に洗練された文化の究極の味。
私は中華料理は、おいしくても、グロテスクだと感じる。
中華街などで、店の窓に下がっている、頭がついた、そのままの姿のあひるなどを直視できない。
鳥の足先や、豚の耳や足など、おそよ洗練からかけ離れた邪道だと思う。
人と一緒に大皿の料理をつまむこと自体、神経に障る。
日本料理のように、凝った器に入れて、一人分づつ持って来いと言いたい。
チンギスハンの制覇したユーラシアの土地では、みんな大皿になってしまった。
だから、一人分づつか確立されている日本とヨーロッパの料理の食事方法が私にはより、
洗練されているように感じる。
急いで帰って来て、夕方のレッスンに間に合わせた。
平成18年7月12日(水)

レッスンの後、成田の貨物地区に別送品税関手続きをしに行く。
今回、帰国が土曜日で、安い飛行機での貨物の到着が日曜日だったから、通関手続き
帰国時にできなかった。
再度成田に行くのは面だけれど、まあ仕方がない。
ロジスティックみたいな通関業者に任せて2万円払うより、自分でやった方がいい。
あそこへ行くとなにかと勉強になる。
行く度に、建物が良くなっていく。
しかし、道路は本当に汚い。
築地の魚市場の前の歩道並み。
つまり、ガムの噛みカスが道路に無数に落ちているということ。
どうやったら、そんなにたくさんのガムがこびりつくのか。
どんな人々が出入りしているのかと言いたくなる。
魚の人たちと同じなのだろう。
いつもは、数時間の飛行の後で、疲労の極地のため、貨物地区での通関手続きを終えると
そそくさとリムジンバスで帰っていたのだけれど、今日は、手ぶらで、エネルギーもあるから
千葉特産の野菜や米菓などの商品を見る心のゆとりもある。
千葉県のなんとか酪農場産のアイスクリームを食べる。
玉川大学農学部産の、世界一おいしいアイスクリームを食べ慣れてしまったから、
千葉のアイスはどうも、普通過ぎて。
この価格をつけたいなら、ハーゲンダッツくらいのこくを出さないと。
この味だと、銅考えても100円アイスクリームで、260円は無理。
千葉さんの南京豆とか使って、思い切り、オリジナリティ溢れる商品開発すればいいのに。

ところで、数日前にマレーシアの空港で、飛行機の行き先が表示された一覧表に、「ナリタ」
というのがあった。
他の便の行き先には「パリ」とか「ロンドン」と書いてある。
シャルルドゴールとか、ヒースローとかは書いていない。
それなのに、日本だけは、東京と書かないで「ナリタ」になっているのは、甚だおかしい。
ナリタでは、わからない。東京だっていうの。
マレーシア人が無知なのか、単なるミスなのか、わからないけれど、そんなものを何時間も表示していること自体が、
マレーシアがクアラルンプール空港のトイレと同じくらいのレベルであるいい証拠。
平成18年7月11日(火)

レッスンの後、撮影をする。
本当はヤシの木が欲しかったけれど、まあ、こんな感じでいいかな。
ダンサーたちが大変クリエイティブで、インテリだから、どんどんアイデアを出してくれる。
今回、本当にいいメンバーに恵まれた。
マリカアンネは昨年から、ヴァレリーは今年からだけれど、この人たち、日本人配偶者のいる
白人奴隷のじゃぱゆきたちとは大違いだから、話していてもおもしろい。
やはり、自由な女は魅力がある。
ハプスブルクの皇后エリザベートがこれほど世界で愛されるのも、自由を体現していたからで
人々は、自由な精神の持ち主に自分のよりどころを見出す。

リハーサルのあと、ミヒャエルさんと、神楽坂の玄関、台所、居室壁などに、ピンクの
生のり壁紙を貼る。
なんと早いこと。
1枚貼るごとに、どんどん上達していく。
最後の1枚を貼った頃には、二人とも壁紙貼りの名人になっていた。

昨年は、全部トニーさんにやってもらっていて、私は何も手伝わなかったから
こうやるのだというのがわからなかった。
自分でやってみて本当によかった。
こんなに簡単にできてしまうものなのだ。
今後はもう、プロに頼まない。
平成18年7月10日(月)

フランス人科学者2名が到着。
1ヶ月の夏休みを東京で過ごす。
合気道道場へのアクセスがいいからという理由で、うちに滞在。
ありがとうございます。
合気道のフランス人がここによく滞在するけれど、以前来た誰かが、口コミしているのだろうか。
世界で一番物価の高い東京で休暇を過ごすために来日して下さる外国人こそ、
日本経済が今、一番必要としているお客様。
何十万円だかを持って来て、一気に使って、ああ、楽しかった、日本がますます好きになったと
帰って行かれるお客様は神様です。
日本に稼ぎに来て、日本のお金を持ち出す人々とは大きな違い。
文化を買いに来る方に、文化を売ることほど素晴らしいビジネスはない。
物ではなく、知識や文化を売ってこそ、一流国。
オージーと神楽坂でお寿司をしてから、ダンスのレッスン。
才能ある人を教えるのは、楽しい。
きれいで才能がある人は、バラエティで、サンバ隊なんかやらせるの絶対にやめよう。
さて、ハワイアンの新しい衣裳でモデル撮影をする。
衣裳は、何を着るかではなく、誰が着るか。それだけなのだと思う。
平成18年7月9日(日)

レッスンの後、スイカやメロン、トマト、葡萄、ニンジンなど、国粋ジュースの材料を調達。
バンコクだと、ココナツやオレンジのジュースを街頭で20バーツで簡単に購入できたけれど、
日本では、栽培した農家の方々を思いながら私がつくる。
食生活がいつの頃からか、神楽坂の芸者割烹料理とお寿司だけになってしまったので、
ジュースくらい自分で作らないとなにも作るものがない。
久々に、ソレント・ラジオをつけっぱなしで、カンツォーネ・イタリアーナの旋律に浸る。
嬉しい!!!こういうのが聞きたかった。
タイで変な旋律と、言語の歌をさんざん聞いた後のイタリア語の歌は本当に胸にしみる。
マンボ・イタリアーノの時に丁度、ドイツ人が入って来て、いいねえ、こういうのと言った。
その後、知っているカンツォーネが軒並み続き、ラジオと一緒に気持ちよく歌ったものだから
夕食の時間を過ぎてしまった。
夜8時過ぎたら決してものを口にしてはいけない、厳しい掟で暮らしているのに、うう、30分過ぎた。
モデルのダニエルなら、自分に厳しく、決して食べないけれど、私は自分に厳しくないから、
1時間以内は許容範囲と理解して、食事をしてしまう。
私はきれいにならないといけない理由があるから、それなりに意識を持とう。
意識を持たない、どんどんブスになっていく人々を多く知っている。
ところで、ブスは決して植物を育てられないということを今日、改めて思い知った。
ブスが数年物の万年青を枯らしたのだ。
2年前の夏、ドイツのヨー・クラインさんが、毎日のように心をかけて水やりをしてくれたお陰で、
元気だったあの、かわいい万年青がなんとカラカラ。ああ、なんということを。
ここに持って帰ってくればよかった。
以前、別のブスにゴムとゼラニウムの世話を頼んでいたことがあったけれど、ゴムは葉が小さく
黄色くひどい状態になり、ゼラニウムはいつまでも枯れた花をつけておくものだから、次の花が
みじめったらしくなり、そこの庭がみるみるうちに色あせてきた。
思うに、ブスは、自分の姿や性格も手をかけ、心をかけることのできない人なので、まして
植物の世話などできないのだ。
ブスの共通点として、変なものを着ている、洋服から友人に至るまで持ち物のすべてが変、
格好悪いものをそのままの状態に放置して平気な神経を持つ。
だから、植物のように、本来、本能的に美を目指している存在や他人がうざったいのだと思う。
植物の世話が好きな人は、きれいなものが好きで、自分もきれいにしようと心がけていて、
部屋がかっこいいし、素敵な友人が多く、仕事でも成功している。
これはどういうことなのだろう。
ブスと植物の法則があるのだとしか思えない。
平成18年7月8日(土)

本当に疲れる帰路。
出された朝ごはんは、昨夜の最悪の夕食に輪をかけてすごいものだった。
だいたい、朝食がまずくて、一口しか食べられない航空会社が世界のどこにあるのか。
マレーだからありえるこのぱさぱさの、味のないシャケ。
半口でお終い。
私はおいしものしか、受け付けないけれど、隣の日本人の男を見たら、容器の底が見えるほど
食べている。
気の毒に、普段どういう食生活をしているのだろう。
新作は2本しかなくて、古い映画しかやっていないどうしようもない最低航空会社。
今頃「ピンク・パンサー」見るとは思わなかった。この映画は、フランス人と一緒に見たい。
帰ると、レッスン中だったので、神楽坂へ食べ物を買いに行く。
マレー航空でまずいものを出されたお陰で、お腹がすいたので、ふらふらとお寿司屋さんへ
入ってしまう。
ここのお寿司は週に2回は来る。清水の寿司博物館の10箇所のお寿司屋さんを見た後では
もう、東京では食べられないだろうと当時は思っていたけれど、そんなことはない。
これは、バイカル湖のキャビアではなく、とりあえず、ボーデン湖のうそキャビアをパンに
ぬって、なにくわぬ顔で朝ごはんをするのと似ている。
私がしつこく通う、神楽坂のフランス料理しかり。
フランス文化圏に行かなくても、とりあえず、近所でフランスしてしまうのは、悪いことではない。
でも、これがドイツとなると話は別。
半端に都内でドイツ料理を食べたりしない。
来月ドイツで食べるから、それまで、決して口にしない。フライド・ポテトさえ。
最初のヴィンナー・シュニッツェルには感動するだろう。
そうした新鮮な喜びを感じるためには、とりあえずとか、ともかくといったような中途半端な
獲得は、本当の喜びを半減させるだけ。
本当の喜びだけを味わうようにするこどでしか、人間は感性を磨けない。
本物を感じる感覚が鈍るようなすべての行動は害でしかない。
平成18年7月7日(金)

朝、航空貨物取扱所の秤で体重を測ったら、45キロあった。
2日前に42キロだったのに、たった2日のおいしい食事で3キロ増えたのだ。
1日1,5キロ。信じられない。長く滞在して、この調子で食べていたら、何キロになるのだろう。
私は1年に4回タイへ行っていた頃、49キロにまでなってしまったことがあったのを思い出す。
もう絶対に、死ぬまで42キロを維持する。
帰ったらトレーニングを開始。
マレー便は、朝うだうだ、ぐずぐずしていられるからいい。
ふらふらと午後2時まで、マッサージや買い物もできる。
ノースだと、朝の3時に起きて、3時半チェックアウト、4時に空港に着いて、6時に出発という強行スケジュールを
こなさないといけないので、病気になってしまうこともある。

さて、なぜ私はマレーシアが嫌いかというのがよくわかった。
国の威信を賭けてつくった国際空港のトイレがあの程度。
ヨルダンのアンマン空港のトイレとどっこいどっこい、勝負つけがたい悲惨さ。
スララム・ドレスの裾たくしあげて、サンダル履きで、ああいうドボン式のトイレに入っている。
見得張って二本の高層建物建てるくらいなら、その前に空港のトイレどうにかしろと言いたい。
一般民衆がどの程度のトイレに入っているか、想像できる。
そういう最悪の衛生状態で育つ人々が清潔になるわけはなく、汚い身なり、散らかっていても無関心、
清掃概念の欠如、良識ある人々を驚愕させる不潔で趣味の悪い服装、油だらけの頭髪、
手入れされたことのない醜い皮膚、常識を逸脱した低レベルの人間関係となり、テロリストが
会議を開く時に使うくらいしか役に立たない、永遠の三流国であるのだろう。
行きはノースウェストで、その食事のひどさたるや、私はさんざん、文句を言っていたが
それは、気の利いたエール・フランスやKLMなどの欧州航空会社との比較したから。
帰りのマレーシア航空の食事(と奴らは呼んでいるが)を見たら、ノースでさえ良く見えるから
これ相当のレベル。
まずくて、何一つ、口に入れられない。
ノースはまずくても、文句言いながら最後まで(3口で終わる量しか配給しない)食べられるが、
マレーは、一口目でお終いになる。
味付けがへたで、日本では決してお目にかからないマレー米を真ん中にどさっとのさばる。
両側のおかずのまずいこと。
デザートでお口直しをしようとしても、デザートがなんと、葡萄パンだったりするから、デザートにならない。
私は、高島屋の地下のベルンでジョリクールの夏版を一箱仕入れてきたから、どうにか、
空腹をしのげたけれど、食べ物を持参して来なかった人はどうなるのか。

ノースウェストが満杯だったから、クアラルンプール経由。
今回のはマイレッジの無料旅行だから、文句は言わないけれど、どうせ経由するなら、
この国だけは避けたい。
平成18年7月6日(木)

起きたい時間に起きて、ごはんの後、エステへ。
ネイルやマッサージ、その他いろいろやったから、9時から4時までかかってしまい、
いやあまいった。
プラットナムからモノレールの駅、なんとかロムへ行くのは少しある。
プラットナム一帯は、どんどん発展しているから、ここにも将来、モノレールの駅ができるかな。
というのは、甘い考えだろうか。
以前はタクシーばかりだったので、モノレールには乗ったことがなかった。
でも、前回くらいから、1回の滞在で1回は乗るようになっただけでも、進歩。
東京ならこのくらいの距離のところに、3つくらい駅をつくってしまうのに。
新宿駅から四ツ谷三丁目くらいまであるのではないか。
タイムズスクエアの1階で、石鹸類をたくさん仕入れた。
私は、バスジェルとか、洗っても洗っても石鹸分が落ちないような感じで気持ちが悪くて使えないので、
石鹸が欠かせない。
新しい石鹸のパッケージを開ける時が好き。
最後まで使うのは飽きるから、まとめてくっつけて、ヌーブラを洗うのに使う。
タイムズスクエアの地下のタイスキで、バンコク・シティ・バレエのプリマや、インストラクター、
スタッフのみなさんと、ごはん。
すごいなあ、こちらにいる日本人は、タイ語を話してしまう。
私なら、こういう言葉は、学習意欲が起きないから、絶対に学べないだろう。
タイスキの後、フットマッサージ。
今日はマッサージ、2回目だけれど、こういう日があってもいい。
日本だったらこんなこと、とてもできない。
経済格差というのは素晴らしい。
でも、安い国にいかなくても、思い切り贅沢ができるようになることの方が、もっと
素晴らしいのだけれど。
お買い物の袋をたくさん抱えて、綿のように疲れて、タクシーでホテルへ。
こういう時は、もう、モノレールは使わない。
平成18年7月5日(水)

朝、体重を測ったら42キロ。あっちへ行って、こっちへ行って、様々な用事をすませる。
今回、絹の卸市場で、きれいなデザインのものをいくつか選んだ。
シルクローズは無地の同じ物しか販売していないから、退屈。
やはり、柄があったほうが、衣類が映える。
昨年のブーツが気に入ったから、同じで、ほんの少しだけ変えて、再度注文する。
中敷にクッション性の材質を敷いてもらうとか、ブーツの丈を、3センチだけ長くするとか、
足をすべらせて履いていたブーツの横にファスナーをつけてもらうとか、材質を変更するとか、
ほんの少しの変化。
でも、どんどん自分の最終的な好みに近づいていくのは、素敵なことだと思う。
靴は、気に入ったら、何度でも同じものを注文して、そのたびに、極限まで自分の足に
カスタマイズしていくのがいい。
足は一番大切なものだから、もっと早く全ての靴をオーダーにしていればよかった。
かおりちゃんに教えてもらわなかったら、いまだに、ダイアナとか、カネマツのブーツなんか
我慢しながら履いていただろう。
ビッグシーで雅子さんと待ち合わせをして、MKでタイスキを食べる。
おいしい!私はこれ半年振り。今回、こんなに間が空いてしまった。
日本のシャブシャブやすきやきは、定番すぎて、遊びがないから、退屈。
タイスキは、これでもかというほど、次々に色々なアイデアが出てきておもしろい。
こんな風に楽しめるのかと、そのたびに感心させられる。
もうこれ以上一口も食べられない状態になって、さらにアイスクリームを食べてから、
王様が経営する伝統文化総合ビルの地下のマッサージに行く。
このコース、昨年暮れに、クリストファーとやったけれど、クリがひどい病気だったので、
あの時は、ハチャメチャだった。
今回、雅子さんと話しながらマッサージを受けていたのに、いつのまにか、二人ともぐっすり
寝てしまって、終わってやっと起きた。
すごく気持ちが良かった証拠。
ワールドトレードの前からホテルまでタクシーで帰るとワン・メーター、35バーツ。
今日は本当に長い一日だった。
平成18年7月4日(火)

「雪の女王」の、男の子の目の中に、雪の女王の鏡の破片が入ってしまってから、
男の子人格が冷淡に豹変してしまい、それをもとにもどそうとした少女ゲルタは、辛抱強く
あらゆる努力をする。
少年カイは、絶対に元の心優しい子にもどる、そう信じていたからできた驚くべき困難な行動。
2年半の歳月を失った不肖の弟子が、ここ2週間ほどかかって、人間に戻って私に連絡を
とってくれたので、「雪の女王」の話を、考えずにはいられない。
長い時間がかかったけれど、弟子は、かわいい性格に戻った。
まだ判断力を持たない若い人の人生をぼろぼろにしてしまうカルトを許さない。
私が頭巾と闘ったのも、元は「雪の女王」の話が原因。
頭巾は結局、薬事法違反で逮捕されたけれど、私にはそんなものは本当はどうでもよかった。
2年前に少女ゲルタを真剣にやっていた自分が、今思うと、遠い昔の自分のよう。
あの日々は一体なんだったのだろう。
私は、頭巾サイト管理人として、本業をほったらかしにしてまで、頭巾サイトを拡張させていた。
あのエネルギー、あれも、自分の人生のひとこまだった。
人間は、身体に自然治癒力があるのと同じように、精神にも、より良き人間になろうとする自然の力が働き、
無意識に悪を排除し、善に近づこうとするのだ。
それを人は「良心」とか、「こころ」と呼ぶ。


バンコクに着くと夜中の12時。
バイヨケ・ホテルの赤い制服のお兄さんたちや、受付のおじさんが、私を覚えていてくれた。
毎日たくさんの人を見ているのに、よく、前回1月以来ご無沙汰していたのに、いい記憶力。
バイヨケは、昨年12月のはじめはもちろん、今年の1月の半ばもまだ、エレベーターの工事が
終わらなくて、本当に苦労した。
待ち時間があまりに長いので、途中で最後の2泊、近所のホテルに替えたくらいなのに、それが
見事に完成して、移動が本当にスムースになった。
マッサージ夜中の2時までと書いてあるのに、1時半に電話をしたら、今日は12時終わったと言う。
書いてあるとおりに営業しろ。
昨夜寝ていないのに、ノースウェストの中で映画なんか見ていたから、疲労困憊。
今夜はこれで休む。
平成18年7月3日(月)

ロベルトと神楽坂でフランス料理の昼ごはん。
「フレンチ・ダイニング」と「ブルゴーニュ」は月曜休みだから、「ラ・テラス」へ行った。
この地域はフランス料理の競争激戦区だから、どこも、非常に質が高い。
店構えは、芸者のお稽古場の前の「ブルゴーニュ」が断然いいのだけれど、
味は、どこも引けをとらない。

さて、こんな記事を読んだ:
「<ドイツ>W杯開催で新たなナショナリズム台頭か
 サッカー・ワールドカップ(W杯)が開かれているドイツで、これまでにないほど
ドイツ国旗や国歌が応援に使われ、「新たなナショナリズムの台頭か」と話題を呼んでいる。
ドイツ国民はナチスの歴史から国威発揚には慎重だったが、
欧州統合も進み「ドイツも『普通の国』になった」との見方も出ている。
(毎日新聞) - 7月3日18時50分更新」
サッカーのどさくさに紛れて、ドイツが国威発揚することは、大変良いこと。
こういう機会でもない限り、こんなことは、これまでできなかった。
本当に気の毒だと思っていた。
よく今まで我慢した。
もう、遠慮することはない。

思いきり国旗を振ってほしい。
私はいつだって、ドイツの味方だ。
平成18年7月2日(日)

お稽古の後、神楽坂にお寿司を食べに行くのに、自衛隊のところから、裏道を通った。
そして、理解した。
そうか、ここの道で日本国の紙幣が印刷されているのだ。
だから、紙幣の博物館があり、紙幣だか、原紙や材料運搬用の大型車両の駐車場がこんなに
たくさんあるのだ。
そして、紙幣印刷工場で勤務する人々は、こんな場所にまとめて住んでいるのだ。
しかも、こういう非現実的な道を通って。
この道1本しかないから、ここを封鎖したら、完全に軟禁状態に置ける。
ヴェネツィアのムラーノ島に、ガラス職人たちを家族ごと閉じ込めて、ガラス器を製造させた
あの発想といささか似ていないだろうか。
広い武家屋敷がたくさんあり、おもしろい地域。
不思議なことに、武家屋敷には、表札がない。
どこのどなたが住んでいるのだろう。
名前を隠さないといけない人たちが、所有しているのだろう。
平成18年7月1日(土)

ソレント・ラジオを聴くようになって久しいけれど、サン・レモ音楽祭のカンツォーネ・ナンバーを、
サンバにアレンジして、ダーンダ・ダ・ダーンダ・ダでやっていた。
わー、なんというフュージョン、こんな音楽の楽しみをしている日本人が何人いるのだろう。
私は、18歳の時にどういうわけだか、サン・レモの優勝曲を数十年分全部、BGMで
聞きながら勉強をしていたから、優勝曲の旋律をほとんど全部知っている。
イタリアの音楽の旋律が好き。
イタリア語は美しく、料理はおいしく、人は魅力的で、芸術と温泉を愛し、素晴らしい
伝統文化があるのに、どうして、アリタリアは財政的にうまくいかないのだろう。
平成18年6月30日(金)

マリアンナがナターシャを連れて来た。
マリアンナは非常に才能がある。
この人は宝石の原石だ。ただ、磨いてないだけ。
私なら磨ける。
日ごろ、石ころもたくさん見ているから、本物の宝石の原石に出会うとどきどきする。
人の才能ほど興奮させるものはない。
石ころは退屈だけれど、宝石は興味の泉。
平成18年6月29日(木)

ここ数ヶ月、片付けずにいたものを順番に少しづつ片付け始める。
あれほど大切だと思った物が、数ヶ月経過するとゴミになっている。
なくてもまったく関係ない無価値なものになっている。
人間も同じ。
涙が出るほど大好きだった人のことを、まったく考えないで何ヶ月も、何年も平気で
過ごせるようになるなど、当時の自分は知るすべもない。
時だけが、傷を癒せる。
15年以上も会わなかった人が、ひょんなことから、「睦美さん、元気」なんて、連絡をくれた。
本名で私を呼ぶ人など、地球上に何人もいないのに。
その人は、ロシアの天然ガスの専門家になっていた。
私にはまったく理解できないくらい難しい仕事をしている。
その人の結婚式に行った日がいまだに思い出される。
そこは南国の美しい海岸で、引き潮の岩の上を、猫が歩いていた。
平成18年6月28日(水)

私は以前、頭巾サイトの管理人をしていて、裁判などうざったるい雑事に追われていた日々もあった。
最近、なにを思ったのか、すでに時効みたいな内容について、サイト内のどこどこを削除しろとか、
自分に関係した部分を消せとか、うるさく連絡してくる人がいるため、そういうやぶ蚊を
退治するために、いっそのこと、頭巾サイトをフランス語版にしてしまえばいいのだと気づいた。
頭巾サイトは一級の資料だから、そう簡単に消せないのよ、残念ながら。
やましいところがある人に限って、消してほしい箇所があるわけなので、今後は徐々に、
フランス語にするけれど、内容は変えない。
内容に価値があれば、書かれた言葉なんて何語でも同じ。
平成18年6月27日(火)

「なぜ、フィリピンは、XXXX何世と言うのでしょう。
日本の三郎、四郎、五郎などと同じなのですか。
王様でもないのに、何世というのは、変ですよね。
それとも、誇りを感じているのでしょうか。
うちの、マイクロソフトのフィリピン人も4世と名前についています。
古い家柄であることを示したいのでしょうか。
でも、フィリピンは、母親が15,6歳だったりすることも多いのですから、
代が多くても、期間的には、短いのではないでしょうか。
変な偏見があって、ごめんなさい」
という問いをフィリピン在住の日本人に送りましたら、
「名前の何世ですが、やはりスペインの統治が長かったせいで、
欧風の名前の付け方も真似ているのでは・・・。
これはこれでよろしいのではないでしょうか。
後、親と同じ名前で最後にジュニアってつけることも多いですよね」というお返事が返ってきた。
現在、フィリピンでは労働者が賃上げでもめているけれど、その金額たるやわずか25ペソという
そういう数字。数十円の問題でこんなに大きな騒ぎになっている。
国民のほとんどが歴代大統領とそのお取り巻きの奴隷状態。
スペインが一度でも統治すると、その国は最後まで貧乏でいるといういい例。
しかも、その時代を国民が誇りに思っているから、始末に悪い。
日本は長崎出島に外国人を閉じ込めておいて本当に良かった。
平成18年6月27日(火)

カナダの友人がおもしろすぎるビデオを送ってきて、大笑い、そして、沈黙、うーん。
ジョンイルの国では、幼児に一体どのような音楽、舞踊教育をしているのだろう。
顔面に笑みをいっぱい浮かべたこの子たち、これ、すごすぎ。
真ん中の子供は、才能があり過ぎ。
この年齢にしては、非常に素晴らしいリズム感をしている。
このような才能のある子どもに、こんな歌ばかり歌わせてはかわいそう。
また、振付が変で、幼稚すぎるので、この子は、才能を持て余している。
気の毒だから、こういう子供は日本が引き取って、私の恩師、平多舞踊に入門させ、それなりの環境の中で
育てたい。
または、サンクト・ペテルスブルク・バレエ団に入れるべき。
そうしないと、ジョンイル運動会のマスゲームに他の5万人の出演者と一緒に、空中回転をする群舞のコマとして
使われるだけだろう。
きっと、生まれた時から音楽的環境に恵まれた生活ができる階級の家庭の子供なのだろう。
ジョンイルが白馬にまたがって走り去る場面は、何だったのだろう。
歌詞が面白くて、大笑い。
「ブッシュの歌」ではブッシュの顔がサルに変化するので、写真よりビデオがやはりおもしろい。
国民名誉芸術家の称号でも持つ人が、こんな音楽を作曲するのだろうか。
こんなもの見たり聞いたりするの1回だけにしようと思っても、あまりのおもしろさに、何度もそのサイトに
行ってしまうだけではなく、友人にも教えてしまう。
北朝鮮だけではなく、世界中で密かなブームを呼んでいたら笑える。
アフガニスタンや中東でも、みんな聞いていたりして、は、は、は。
こういうビデオ・サイトに投稿されるビデオは誰がどうやって持って来るのだろう。
平成18年6月26日(月)

今週末にアラブへ旅立つイラク人がタイ料理屋へ招待してくれた。
バグダッド空港へ続く道は、両側と真ん中に美しい緑の並木道のある、まるで
スイスかと思うような自慢の道だったのに、アメリカ軍が全部木を伐採してしまったと
いう話を聞いてショックを受けた。
アメリカだったら、そういうこともやるだろうなと思う。
切るのなら、自分の国の木を切れ、人の国を砂漠にするな。
イラク人が言えないことを、代わりに言ってあげるおせっかいが必要なのだ。
バグダッドは昔、人口も少なく、ビルもあまりなく、交通量も少なく、緑が多く、回りは
農場に囲まれ、気温が低かったのに、それらがすべて反対になってしまったため、
本当に暑い都市になってしまったと、そのイラク人は嘆いていた。
この人のお陰で、10年前からどれだけ、イラクの音楽や舞踊に触れる機会をいただき、
家族ぐるみの楽しいお付き合いができたかと思うと、私は幸せだ。
しかし、また、なんだって、日本政府は、日本で生まれた子供が3人、しかも、子供の
母親は日本人で、子供もすでに上は20歳を越しているというイラク人の父親に、
3年に1回ビザの申請をさせるのだろう。
これを一生続けさせるのは、日本国民として私は恥ずかしい。
5年とか、10年とか、長いものをあげられないのだろうか。
子供がいないロシア・クラブのホステスに永住ビザを出しているというのに、子供がいる
イラク人の父親に出せない理由がわからない。
東ヨーロッパから来た契約結婚のホステスたちは、実質的な結婚の実態がないから、
子供がいない人が多い。
それでなんで、永住ビザがもらえるのか。
平成18年6月25日(日)

鍾乳洞の女王からお電話がかかる。
本当に嬉しい。
「女王のサイトを見て、鍾乳洞に来たよ」、「女王なんだってね」と、いう人たちが
たくさんいるそうで、よかった。
様々な外国人を鍾乳洞へ連れて行ったのもよかったと言って下さったけれど、私は本当は
もっともっとお手伝いさせていただかないといけないのに、自分の雑事にかまけて、
ここのところ、とんと、鍾乳洞から遠ざかっていた。
最後に行ったのは、新宿アパートメントの昨年秋の遠足で、ジョーさんが運転、ヨン様や
イタ公、ダンス・インストラクターなんかがいて、楽しかった。
7月中旬にでもバイクで行こうかな。
平成18年6月24日(土)

本番で静岡へ。
朝お城を見て、清水の寿司博物館へ行き、おいしいお寿司を食べる。
そのあと、硫黄、ナトリウム、炭酸温泉に入り、現場入り。
今回は、5名チームのうち4名を日本人のプロにしたので、踊りのレベルがある程度
保てた。
本当はもっと練習の時間がほしかった。
こういうものは、かなり早く発注を受けないと、キャスティングや、構成振付、準備の時間が
なくなってしまう。
最近は、あまり、多くのダンス・ナンバーをやらずに、同じ衣裳で3曲くらいメドレーにした
構成にしているため、着替えがさほど煩わしくない。
結構広い舞台だったので、8名編成くらいでやりたかった。
でも新幹線の料金もかかるから、5名でめいっぱいなのかな。
平成18年6月23日(金)

サッカーはブラジルに負けて当然だったから、残念だと思わない。
万一、奇跡が起きて勝ったら、私はさぞ気持ちが悪かっただろう。
本来手にすべきでないものを手にした時の、居心地の悪さを私は喜びとは呼ばない。
実力のある人が勝つのが当然で、世界が認める実力をつけるのが練習。
勝つことを考えるより、強くなる基本を身につけることが、日本が本来すべきこと。
早期教育の欠如の結果なのだと思う。
ニンテンドウやセガ、ソニーがある国は、少年たちが身体を使わないで家に閉じこもる不健康文化と
なっているのだろう。
世界に先駆けた技術の進歩と引き換えに、私たちが失っているものは、身体を使っての運動のある生活だ。
幼稚園児にサッカーでも、なんでもいいから本格的なスポーツの訓練をやらせろと言いたい。
機械のある生活と、身体を使う運動のある生活は、両極にある。
大抵の家庭の子供は前者なのだろう。
後者は親がそういう高い意識を持っていないと成りたたない。
ゲームを買いまくる馬鹿親の家庭に限って、日本勝てなんて、サッカーの応援をしているのだろう。
そんな暇があったら、お前が筋トレでもして、日本国民レベルの体力上昇に貢献しろと言いたい。
スポーツは人がやっているのを、涼しい部屋でテレビで見るものではなくて、自分がやる側にならないと。
私は踊りをやっているから、そのことを強く感じる。
生徒で、オーデションや受験に受かるために来る人たちがいるけれど、受かるためにする練習より、
実力をつけるために来る人の方が教えがいがある。
なにかに受かるのは、実力の結果であって、受かることが目的になっては踊りが腐る。
踊りは宇宙と対話ができる神様の領域のものだから、あくまで自分の踊りを高めるために踊らないといけない。
何かに受かるのは小さな目標。
踊りを高めるのは、人生を賭けた一生の目標。


こんなに官能的な旋律はやはりイタリアの文化だから。
ソレント・ラジオの甘い調べに、連日酔いしれている。
こぶしをきかせた歌い方の時はボリュームを下げて聞こえないようにする。
日本の演歌のようなタイプも稀にあるようで、それはのどを潰して発声しているため、
私の美学に合わないから。
イタリア人には、私の嫌いな演歌みたいなことをしてほしくない。
あくまで澄んだ歌声が潮風にのっていてほしい。
そうか、今度、これらを録音してしまえばいい。
でも、次に出てくるのが何かわからないわくわくが、ラジオのおもしろいところ。
今日は予定していたフランス語が先生の風邪で延期になったから、色々雑事ができてよかった。
語学のレッスンがあると、予習、レッスン、復習とすごく時間がかかる。
こういうレッスンをもし20歳の頃やっていたら、今、もっとずっと違うレベルになっていたことだろう。
信濃町にあった上智の明泉会というところで、私は20歳の頃1年クレディフに通っていた。
植民地の現地人に教える教授法のすごさには驚嘆したけれど、あれは、あれ。
やはり私には、断然個人レッスンが合っている。
私は人と一緒にものが学べない。
自分のペースでないと学べない。
自分の学び方を身につけてきたから、このやり方が合っている。
平成18年6月22日(木)

不肖の弟子から贈られたカステラ持参で、朝から美容院。
この時間はすいていていい。
紅茶をいれてもらい、カステラで朝食。
顔のうぶ毛、糸でとるのも美容院でやったらいかがですかと提案。
採用されるといいのだけれど。

数日前から、イタリアのソッレント・ラジオをずっとかけっぱなしにして、ナポリ風の
カンツオーネをノン・ストップで聞いている。
耳に馴染みのアルサン・レモ音楽祭優勝曲や、スタンダードなカンツオーネ、そして
アラブ風のメロディの歌、極めつけはイタリア語のラップで、すごくいい感じに仕上がっていて
踊りのイメージがどんどん広がる。
母音が美しいイタリア語でラップをしたら、もう、英語のラップ聞けなくなる。
いつ、このチャンネルをどうやって見つけたのか全然わからないけれど、ともかく今は
ずっと聞いていたい。
タヒチ放送を聞いていた頃だってあるのだから、ナポリターナでもいいと思う。
ただ、タヒチ音楽の単調さに比べ、イタリアの音楽の方が、様々なルーツを持つタイプがあり、
文化的におもしろい。
最近、ロベルト先生、日本語の試験で忙しく、イタリア語のレッスン受けてく、生のイタリア語を耳にしていないので、
ソッレント・ラジオは最高。
平成18年6月21日(水)

ドイツのヨン様から、こんなお便り届いた:
「ドイツを応援してくれてありがとう。
今日ドイツは最終試合に勝って、確実上位8位以内にいる。
ドイツはワールド・サッカー(Fussballweltmeisterschaft )が始まって以来、すごい
いい雰囲気に包まれている。
ここシュトゥットゥガルトゥは試合観戦に来た何千人もの人々で賑わっていて、その後
パーティーで盛り上がっている。
韓国が8位以内に入れるかどうか、まだ心配だ。
日本はこれまでの試合ともなんだかさえなかったね。
だけど、次の試合では、多分うまくいくだろうね。
元気でね。
ヨン様」
原文はドイツ語なのだけれど、ヨン様知っているのかな、日本の次に試合って
誰が相手なのか。あの、ブラジルなんデツけど。
ヨン様はドイツ生まれだけれど、純韓国式に育ったから、応援する祖国はふたつなのだなと
思った。
ヨン様がうちに下宿していた頃がなつかしい。
なにも文句を言わない人だった。
暑いも寒いも言わず、いつもありがとうと言ってくれる人だから、つい私は甘えてしまった。
ヨン様は、みんなに愛された。
フランスの大学に留学していたから、日本語も含めて5ヶ国語できる。
それもすごいレベルで。
ヨン様は西洋と東洋の英知の申し子のような人。
こういう人物を育んだシュトゥットゥガルトゥは素晴らしいところに違いない。
平成18年6月20日(火)

スカンジナヴィア人と神楽坂でお昼をする。
行こうと思っていたフランス料理屋が閉まっていたので、和食にする。
いつ行っても、あの階段の路地は魅力的。
芸者さんが昼間楽器などの練習をする場所が、きつねのお稲荷さんのの左隣にあると発見。
そういえば、みなさん、ゆかた姿でお稽古に集まって来る。
神楽坂上のおかず屋さんが閉店したので、坂下の家族営業のお店へ行く。
鯵の南蛮漬けが復活していて嬉しい限り。
これで毎日朝から、頭からお魚を食べることで健康を維持できる。

スイス人の友人の息子が高校の卒業制作の課題で、日本の割烹料亭の美的センスを取り上げるとのこと。
日本人が安易に洋食に走る時に、外国人のティーンエイジャーが日本食の美に注目してくれて嬉しい。

夕方来たフランス人が言うには、今でこそ、ヨーロッパでは当たり前にじゃがいもを
食べているけれど、これは新大陸からもたらされたとのこと。
ではヨーロッパでは、その前は小麦の不作の時には何を食べていたのだろう。
北の方の人は、どうやって長い冬をしのいでいたのだろう。
じゃがいもが広がるまでは、さぞかし餓死者が続出したことだろう。
酢漬けニシンやきのこ、ライ麦や乳製品で暮らしていかれただろうか。
日本も、青木昆陽先生がさつまいもを導入するまでは、餓死者が多く出たと聞く。
うーん、お芋は偉い!
平成18年6月19日(月)

HPの意見頁を作成するにあたり、仏語、伊語、西語でするのが妥当という結論に達する。
英語だとすぐに人に読まれるから、つくらないにこしたことないし、
ドイツ人は仏語がわかるからドイツ語はいらない。
自分の不得意な言語で書いたほうが勉強になるから、これでいい。
日本語訳は、気が向いた時につければいいけれど、面倒だから、そのままにしているのが
ほとんど。
何語で書いてあるかは問題ではない。
何が書いてあるかだ。
ショーペンハウアーがそう言っている。
平成18年6月18日(日)

日曜返上でみんなリハーサルに集まってくれた。
急に決まったショーだから、スケジュール上、今日3名、3日後に3名が分かれて
リハーサルをするしかない。
5名編成のチームだから、両方に出られるのは一人しかいないことになる。
でも、毎回出ているメンバーで、すっかり勝手がわかっているからこういうことも
可能になる。
今回、外国人1名、日本人4名にしたから、こういうちゃんとしたものがつくれる。
外国人だけだと、非常に流動的な人材だから、1回ごとに積み重ねられない。
在日業界ガイジンたちは、日本の夏の暑さが始まる前に、一人、また一人と日本を
去って、しのぎやすいヨーロッパに帰り、8月の終わりか、9月の始めまで、戻って来ない。
これから、ガイジン・キャスティングが非常に難しくなる。
今回、非常にまとまりがあるのは、日本人が4名いるから。
プロの日本人が4名いると、残りの外国人1名は、借りてきた猫さんくらいいい性格になる。
ガイジンばかり多いと、言いたい放題。
下手な人や、太目やブスに限り文句が多く、性格が悪い。
私は何度、派手な喧嘩をやらかして、切ったり、ポイしたりしたことだろう。
きれいで、上手で、お金に困っていないダンサーは文句なんか言わない。
だから、私生活でもブス、貧乏、ネクラと関わってはいけないのだ。
あれらの発するマイナスのエネルギーたるやすごいもので、嫉妬心と復讐心のみを
糧に生きている。
そして、往々にして歴史の流れさえ変えてしまう。

娘道成寺も王女メディアも、嫉妬のパワーの凄さがそのまま文学作品。
嫉妬から行う行為はもちろん非常識極まり、非道徳的であり、自暴自棄で非常に醜いのみならず
往々にして、それらは犯罪的であるのが特徴。
だから、嫉妬によりブスはますます醜さに拍車がかかり、自己破壊して消滅する運命にある。
世の中をクリーンにするために、ブスが消えるのは必要なのだ。
ブスは顔の問題ではなく、心の問題なのだ。
平成18年6月17日(土)

神楽坂のおかずやさんが、今日限りでお店を閉める。
レッスンの後、最後の買出しに行く。
感無量。これからは、どうすればいいの。
神楽坂には実際には、料亭への仕出し屋が2軒あるから、ここがなくなっても、もう一軒へ
行けばいいのだけれど、鰯の南蛮漬けがあるのは、ここだけ。
もう一軒は、鯵のがあったにもかかわらず、南蛮漬け自体をやめてしまった。
南蛮漬けを毎日数匹規則的に食べるようになってからというもの、身体の調子がよく、
爪が割れるようなことは一切なくなった。
以前は、よく割れて困っていた。
結び昆布なんかも、お正月でもなくても、毎日食べている。
私は、非常に古典的な食生活を送っていると思う。
家では、神楽坂料亭そのもの。
よくも飽きもせずにと思うけれど、半端に、スパゲッティや、カレーを食べたりしない。
スパゲッティは、イタリアへ行ったら、とびきりおいしいアルデンテを食べようと思っているから
自分でそんなものを作って食べたりしない。
とりあえずなんていうものを食べてしまったら、本当に味わうべき時に味わえなくなる。
だから、私はいわゆる中途半端な洋食なんていらない。
本物しかほしくないから、家では神楽坂芸者ハウスで徹する。
ライフ・スタイルこそ、究極の芸術だから、私はライフのアーチストでありたい。
平成18年6月16日(金)

昨日の夜見たヴォルフガングさんの「南ドイツの音楽」のサイトをつくる。
もともとファンだったけれど、ますますファンになってしまった。
こういう素晴らしい芸術家だけだといいのだけれど、私がいる業界なんか、パフォーミング・アートを
飯の種にしか考えていない経済難民ガイジンが多くいるのは、考えもの。
今日は、外国人ダンサーのわがままに困ってしまった。
絶対数が少ないからそういうことになる。
しかも、以前いた西側の上手な人たちがみんないなくなったから、余計そうなる。
入管法と外人芸能界は密接な関係にある。
人々は気付いているのだろうか、その実態に。
平成18年6月15日(木)

フランクフルトのファビアンさんが、今日は、仕事をしないで、ドルトムントまで
車を飛ばして、ドイツ、ポーランドの試合を観戦すると言っていた。
地元民は、そういうことができるからいい。
私はいつもドイツの味方だと伝えた。
この組み合わせは政治色が強すぎるから、まずいなと私は最初からピンときた。
こういう時は、差しさわりのない相手と対戦させるに限る。
あと4時間起きていられないから、ファビアンさん私の分まで、見て来てほしい。
フランクフルトは、外国人観光客が一杯で、すごい雰囲気だろう。
日本でも開催したいものだ。今度は、一国で。
日本は共同開催する必要がない。

ところで、今日のフィリピン・ニュースに、「昨年は51件の脱獄事件が起き、141人の囚人が
脱走している。
  フィリピンの刑務所は、粗末な施設、看守の買収、劣悪な状況からしばしば脱獄事件が起き、
世界で最も脱走しやすい刑務所と言われている」と書いてあり、こんなすごい国に住んでいる人たちが
いるということに愕然とする。
それと比較したら、図書館つきの日本の外国人も収容する府中刑務所はホテル並だ。
それでも、国全体が刑務所のキタチョーより数段まし。
平成18年6月14日(水)

バンコクのかおりちゃんからメールが来て、
「タイはどんどん買ってどんどん捨てる暮らし、ごみの分別収集もなくて、
使い終わった乾電池も一緒に捨てます。
一番びっくりするのは、食べ終わったラーメンの汁をビニールの袋に入れてゴミ箱に
捨てるのです。
タイ人いわく、下水管が詰まって汚いからというのですが、そうなのでしょうか?」
と書いてあった。
ゴミに対する意識が、先進国の先進国たるゆえんだなとつくづく感じる。
いくら高層ビルをたくさん建てても、ゴミ行政もまともにできない東南アジアの国は、
決して日本にはなれない。
だから、中国があと何年でドイツに追いつき、その後日本に追いつくなどと言っても、
国の程度は経済だけで見るわけではないから、中国は日本にも、ましてドイツの道徳や
文化程度にはなれない。
スカンジナビア人が、京都のおみやげの、いちご生八ツ橋を持って来てくれた。
いつ頃から、そんなものができたのだろう。
いちご大福より先なのか、後なのか、それが知りたい。
平成18年6月13日(火)

2つあったエアコンをはずして、破棄して、新しいのをひとつだけ設置する。
その分、出外機の設置面積が減ったので、植物を置ける。
今の計画としては、ゴムの枝を40センチほど切って、増やそうかと思う。
ゴムは、育てる人によって、全然違うものになる。
私は、ゴムの木を直接植える場所を手に入れるまで、頑張らないといけない。
神楽坂の庭は、1本木を枯らしたので、怖くてなかなか植えられない。
今の季節なら、多分問題はないのだろうけれど。
根が張りすぎると後々困るかもしれないから、鉢に植えたまま植えようかな。
スペイン語の先生が、門前仲町で、いろいろおもしろいおかずを買ってきてくれたので
レッスンの後、しいたけご飯と一緒にいただく。
ごはんは、マッシュルームと一緒に焚いた数日前の方がおいしかった。
204号室の浴室にタイルを貼り始めた。
なぜと聞かれたら、ローマ帝国では水回りにモザイク・タイルが貼ってあったと答えるしかない。
浴室タイル・シリーズ弟三作目となる。
平成18年6月12日(月)

インストラクターが風邪をひいたので私がレッスンを担当。
日本人のプーが、上京して、一泊千円のゲストハウスに、10名くらい一緒に
ひとつの部屋で住むなんていうことがあるなど、想像もしなかった。
昔は、お金を貯めてからでないと、引越しなんかしなかったのに、今では、そういう
行き当たりばったりな生活スタイルでも、全然平気で会社勤めなんかしてしまうのだと
いうことを、今日初めて知った。

平成18年6月11日(日)

昼前からレッスン。
これがなかったら、起きないだろう。
けじめのある生活をするためにも、ダンスのレッスンの予約を11時に入れるのは
非常に良いこと。
雨降りで嬉しい。
他の家の植物に水をやらなくて済むのが一番助かる。
ここの植物は、雨の日でも、ベランダのラティス柵のため、雨がほとんどかからないから
水遣りをする。
蔓植物が、柵を覆ってきて、おもしろくなってきた。
平成18年6月10日(土)

神楽坂の食べ物を用意して、ドイツの温泉旅行会議をする。
今度行きたいところは、ヨード硫黄温泉、塩湯、7世紀から愛されている療養治癒の湯、
そして125年前から行われている泥土浴。
一般的なところはつまらない。
日本人がまだ行ったことのないところしか、興味がない。
最初の日本人になるのでないと、行く意味がない。
旅行ガイドに載っていない場所だけ価値がある。
平成18年6月9日(金)

ベルヒテスガーデンの山頂に建つヒットラーの山荘「鷹の巣」は、英語版で言っていることを、
ドイツ語版で、自国民ドイツ人に知らせていない。
これは非常におもしろい現象だ。
完全な情報操作が行われている。
口にするのも恐ろしいその名前を記載していない。
幸いなことにドイツ人はみんな英語を理解するから、英語版を読めば、その山荘内で
ヒットラーがお茶を楽しんだみたいなことがわかるわけだけれど、通常、母国語のサイトが
あれば、わざわざ外国語版にまで、目を通さない。
外国人でも、本当に正しく説明されているか、眉につばをつけて、ご丁寧にも比べて
読んでいる人は少ないと思うから、通常は、このこと自体問題にはならないのだろう。
それほどまで神経質に自国民の目に情報を触れさせず、しかも、英語とドイツ語の
説明文の分量自体は同じにしてウェブサイトの体裁を保っているのはあっぱれ。
ドイツ人にとっては、まだよほどのタブーなのだと思うけれど、直接被害をあびていない
外国人は気にせず、観光スポットのひとつくらいに考えて気楽に山歩きをして訪れるのだと思う。
これこそ、すごい観光スポットだということを、ドイツ観光局は気づいているのだろうか。
多分気づいているのだろうけれど、手も足も出ないというのが、本音か。
私たち外国人が、草の根で、宣伝してあげるしかないのかも。
平成18年6月8日(木)

英国はいつから国旗を変えたのか。
変えたはずはない。
外務省のホームページではいつものあれ
なぜ、イギリスだけ自分の国旗でないものを使用するのか。
北アイルランドを放棄して、規模を縮小したとはとんと聞いていない。
理由が知りたい。
マイナーが国がたくさん出場しているため、国旗を見ただけでは、どこの国か
わからないのがいくつもあった。
終わるまでに国旗を首都を覚えるようにしたい。
小学校の時からそうだったけれど、アフリカの国旗は覚えられない。
せっかく覚えても、数年経てば、なくなっているような国なら、覚えても無駄だと
子供心にも思ったのかもしれない。
サッカーは貧乏人のスポーツと聞いていたのに、どうして、ヨーロッパは強いのだろう。
中国が入っていないのがせめてもの救い。
平成18年6月7日(水)

朝有楽町で日本テレビ「らじカルッ」でサンバ・ダンサーを入れる。
チーム名「ボンジーヤ」。
踊りの場面が少なくて、実際は「ドイツ大食いW杯」なんていう番組で唖然。
ダンサーにドイツ・ソ−セージを食べさせたから、もううちでは仕事しないと怒るのでは
ないかとヒヤヒヤ。
ダンサーには踊り以外のことをやらせると、あとでフォローが大変だから、上手な
ダンサーには純粋に踊りのことだけをやらせるのがベスト。
反対に、下手なダンサーやブス、太目は、バラエティでも平気でやり、業界ズレしていて
練習しないから、踊りがどんどん下手になる。
スペイン語のレッスンで、二人称敬称の動詞変化が、三人称をとるというのを今日始めて
発見し、その発想に唖然。
イタリアやフランスで女性名詞、ドイツで中性名詞の自動車がスペインへ行くとどうして
男性名詞になるのか、非常に疑問。
歴史的に見て、どの時点で、そうなったのか興味がある。
まあ、でも、ドイツ語でも、ワーゲンという男性名詞を使っていたのに、最近はほとんどアウトとしか
言わなくなって中性ということがあるわけだから、スペイン語でも変遷があったはず。
毎日語学のレッスンがあると、予習、復習の時間がまったくなくなるから、予定を詰めて
しまうと、消化不良で大変なことになる。
ほどほどにしないと、仕事をする時間もない。
私はお稽古事だけする人生を送りたい。
成18年6月6日(火)

韓国人がルードヴィッヒ2世のお城の見えるマリア橋の欄干にマジックインキでハングル語の
いたずら書きをした、あの許しがたい野蛮な行為を全世界に知らせるため、今日は、それを
フランス語にした。
ルードヴィッヒ2世及び、ドイツを誹謗する者は私が許さない。
韓国政府に正式謝罪を要求する運動にまで持って行く。
成18年6月5日(月)

大正明治の美術史が専門の博士課程終了のオーストラリア人が引越して来た。
私はこういう人物を非常に尊敬する。
現在、なにかというとすぐに、理系や経済など、お金儲けになることしか勉強しない
傾向にある中で、こういった、なんの飯のたねにもならないようなことに、自分の人生を
賭けている人を見ると嬉しくなる。
「うーん、この縄目は・・・・」などという、普通の人からしたら、どうでもいいことに、日々
真剣に取り組んでいた父の姿は美しかったら、私がこの美術史研究家が気に入った。
神楽坂の料亭風のお店にお昼を食べに行ったら、飾ってある陶器を見て、「これとこれは、
中国の陶器。5つの色を用いて色付けをしてある、ほら、見てごらん、1,2,3,4,5色
あるよ」と嬉しそうに説明してくれる。
ニューヨークのグッゲンハイム美術館で、日本美術のこの時代の専門家を捜しているようで、
そこからもお声がかかっているとのこと。
是非、日本美術のすごさを、世界の人々に紹介するために、活躍してほしい。

もうけるための勉強をするように勧められなかったということは、きっと、お坊ちゃんで
育ったのだろう。物腰が静かだ。
神楽坂に最適の住民。
帰りに神楽坂で、いつものようにおかずを買って帰った。
行く度に、好きになるのが神楽坂。
平成18年6月4日(日)

なにぬねちゃんが、久しぶりに来て、薬王寺町のお掃除をしてくれる。
今時の大学1年生で、こんなにさわやかで、すっぴんで、生き生きしていて、明るく、素直で
かわいい女の子が、この子以外、どこにいるというのだ。
なにぬねちゃんの一言一言は、天使の話す言葉のようで、空気を浄化させる。
美しさというのは、人間性から滲み出ているもの。
醜さも同様。
中間の人というのはいなくて、人はどちらかの人にしかならないというのが、最近つとにわかったきたこと。
ところで、いつか、鼠女について書こうと思うけれど、鼠女がが姿を消したとたん、鼠も姿を消した。
つまり、その女は、鼠が人間の姿をして人間のふりをして暮らしていた「ウェコ」だったのだ。
普通なら、必死になって鼠を捕獲しようとやっきになるのに、その女は、決してそうならなかった。
それどころか、わざとドジをして、鼠を逃がしたり、鼠用の毒薬も、使用せずに、保管しているだけで、
後にそっと破棄したりしていた。
着ている物は、ねずみ色のタートルネックのセーターで、いつ洗っているのか、誰も知らないが、常に
それを身につけていた。
そのタートルネックのセーター自体が鼠女の身体の一部だから、それを脱げなかったのだ。
一度、鼠女の洋服ダンスを一瞬見る機会があった。
濃いネズミ色、薄いネズミ色、黒、茶色の衣類しかなかった。
その時は、おや、ずいぶん、地味な趣味の洋服だことと思ったけれど、今、思い返すと、それらは、
女の洋服なのではなくて、鼠女の毛皮だったのだろうと思う。
そういけば、クマネズミ色、イエネズミ色、ノネズミ色など、いずれも、鼠女の正体にふさわしい色だったから。
私はその時、とっさに、あーら、いやだ、どうして、こんなにお地味なの、もっと、パーッと、赤とか、黄色とか
ブルーとかそういう原色着ないのと言ったのだが、その時、鼠女の眼に、一瞬、敵意のようなものが、
光ったのを私は覚えている。
鼠女は、現在、下水のところに、他の鼠の仲間と一緒に住んでいる。
暗いところに長年居住していたために、極度の近視になって、今どき流行らない牛乳瓶の底のような
分厚いメガネをかけている。
コンタクトレンズにすればと、勧めたが、頑固として聞かず、メガネに固執していた。
アイロンパーマで無理に伸ばしたくしゃくしゃの黒い毛は、シャンプーを頻繁に行わないため、油でてかてか
していた。
鼠女が通り過ぎるだけで、廊下や階段にうっすらと、黒い汚れがついた。
それを落とすには、白いスポンジ激落ち君で、何度もこするしかなかった。
鼠女は、人間の男を求めたが、人間の男は、本能的に鼠女を避けるため、鼠女は常に孤独であった。
成18年6月3日(土)

スペイン語の3回目のレッスン。
ローマから距離が離れているせいか、ラテン語文法のきまりが、これでもかというほど
失われているので、簡単だ。
イタリア語はお膝元だから、それでも精一杯守っているものが多くあるけれど、
イベリア半島まで行ってしまうと、複数は全部Sだし、定冠詞や人称代名詞も、
非常に単純化されて、これなら、植民地で原住民がすぐに馴染むだろうなと想像する。
ロシアに植民地にされるのと、スペインに植民地にされるのと、どちらを選ぶかと
いったら、私は、言語の単純さからスペインを選ぶ。

フランソワ・コッペが中国揚子江の水質汚染について、おもしろい発言をしてきた。
中国人にその水を飲ませるというのは、良い考えなので、熱烈歓迎。
危なくて自分が口にできないような川がある国でオリンピックをするのは、どうかと思う。
オリンピックは常に運動、健康、平和が一体になっているから、そのコンセプトに薄い国で
開催すると、オリンピックの格そのものにかかわってくる。
今まで開催した中で一番最低だったのは1987年だかのソXX大会で、それと同等レベルの
ところで行うよりは、ある一定の水準が保てる国々で持ち回りにしたいところ。
北京で行うくらいなら、アルバニアのチラナとか、マダガスカルのタナナリブの方がいい。
ろうちゃんのお墓に久しぶりにお参りする。
新宿1丁目で近いから、心の中ではしょっちゅうお参りしていた。
ろうちゃんは、10年前にイラク人実業家に紹介された。
自分の世界を確立するというのはこういう人のことを言うのだろう。
胃癌だと知っていたら、あんなに色々な場所に食べ放題をしに行かなかったのに。
私たちは、アラブ料理や、アジア・エスニック料理の食べ放題に散々出かけた。
本当に知らなかった。
ろうちゃんが、「マリカさん、パソコン買いましょう、パンフレット持って来ました、
一緒にサクラヤへ行きましょう、セッティングしますよ」と、うるさいほど、パソコンのことを
言わなかったら、当時私はパソコンを導入していなかったかもしれない。
うちの業界で一番早く入れたのは、モデルのクレイグ・フレーザーだった。
テクノロジーに目覚めたクレイグは、4畳半を真ん中で仕切ってスタートした東京ライフを
原宿の二階建て一軒家をまるまる借り切るところまで、ほんの3年でやってみせた。
一度、ろうちゃん、クレイグと一緒に、原宿で食べ放題をしてから、クレイグの家を
訪ねたことがあった。
この二人が私のパソコンの先生。


成18年6月1日(木)

鶴見から叔母の家まで始めて運転するので、皆目わからないなと思ったら、なんと
叔父が入院していた病院が目の前にあるではないか。
全然予定していなかったのに、気がついたら、なぜか、そこに来ていた。
そして、叔父が「むっちゃん、よく新宿から原付で来たね、北寺尾のお家まで、連れてって
あげようね」と横を一緒に飛んでいる。
声まで聞こえたのは、私が叔父のことを考え、涙を流したからだろう。
死者は、私たちが考えた時に、反応して私たちを助けてくれる。
そんなわけで、無事到着し、叔母やかおりちゃんのおねえさんのようこちゃんとお寿司の
お昼をいただく。楽しいひととき。
横浜まで原付を走らせ、同じくかなり早く到着したダンサーと、ギャラクシー
という乗り物に乗ってしまう。
みなとみらいの乗り物なんでどうせ、ちゃっちいのではという考えは瞬時に
吹っ飛んだ。
「キャー、こわーい、キャリーちゃーん、海に落ちる、落ちる!!!」
思いっきりこんな叫び声を上げながら、ショーの前に思いっきり、発散してしまう。
こんな事務所あるのかという楽しいはじまり。パンパシフィックで、ハワイアンと
サンバのショー。
今回は、はじめてケアリー・レイシェルの曲で「小船の踊り」をオープニングで
やったので、いつものハワイアンに新しい味が加わった。
上演後、ハイル・ヒットラー君と、馬車道で台湾料理を食べる。
おいしい。フカヒレのスープは絶品。
耳寄りな情報を入手する。
ヒットラー君に言わせると、ベルリンの日本大使館の建物は、ヒットラーから贈られたもので、
建築家の丹下氏が、外装をいじろうとしたら、「これは、歴史的な第三帝国様式ですので
改装は認めない」とドイツ政府から言われたそうな。
歴史的な「第三帝国様式」は、そのうち、建築美術史に記載されるようになるかもしれない。
ルードヴィッヒだってその時代の人々にしてみれば、国家財政を省みず、無謀な建築に
より国家を財政難に導いた指導力のない王だったが、今では、英雄で、カリスマで、
王の手がけた建築は一番の観光資源ではないか。
アドルフだってそのような評価をされる時が来ないとは限らない。
成18年5月31日(水)

朝から読売ガーデニングがベランダを撮影する。
最近、多忙を極めているため、ここ数ヶ月全然ガーデニングなることをしていなかったから、
状態はいまいちかも。
ゴムを1本ベランダから持ち出してしまったし、以前のベランダの写真のように、オシロイバナが
咲いているわけではない。
これが黄色の花をつけ始めると、かなりボリュームがつく。
今回は、この季節なので、こんなものだけれど、まあ、いいかしら。
これでも、この辺では、一番きれいなベランダ。
私のは道を行く人に見せるためのベランダだから、内側はまさに楽屋。
それでいい。
見せるためのもののために、とことん心をかける。
これは、見せるためのもの、これは人に見せないものと、きちんと分けているからこそ、美は美で
ありえる。
見せるものも見せないものも、全部いっしょくたにして、すべてを半端なかたちで見せている人のなんと
魅力のないこと。
見せないものは徹底的に見せないようにしていることで、美は際立って見えるのだ。
それは、舞台の袖幕の内側で、照明の当たっている舞台での上演にじっと、目を凝らしていた
幼稚園、小学校の時に徹底的に叩き込まれた。

「ルードヴィッヒ2世」の中でヴァーグナーの「タンホイザー」みたいな場面があると
思っていた部分が、実は、ベートーヴェンの「第九」のパロディだと気がついた。
メロディ・ラインのほとんどが、「第九」241小節で、249小節も上手くアレンジして
ちゃんと使っている。
これは、あっぱれというしかない。
ベートーヴェンが万一、耳が聞こえて、「ルードヴィッヒ2世」のこの部分を聞いたら、
何と言うだろう。
苦笑するに違いない。
ヴァーグナーなら大声を上げて笑い出すだろう。
こういう想像をするのは、本当に楽しい。
明日は本番だから、録音しないと。
成18年5月30日(火)

本当に素晴らしいサーバー会社、たくさん迷惑メールが来ると文句を言ったら、なにを
どうやったのか知らないけれど、ほとんど迷惑メールが来なくなった。
これはすごい。
1月頃は1日百通以上迷惑メールで、用件のメールを捜すのに苦労したけれど、今は
まったく問題ない。
当時は、中国語、ハングル、ドイツ語、イタリア語、もちろん英語と日本語のメールが
どっさり来ていた。
これもたくさん迷惑メールが来て、困ったからこそで、迷惑メールに感謝したい。
どんな嫌なことが起きても、私の場合、それは、なぜかすべて次に来る素敵なことへの
準備にやきっかけになる。
だから、変なこと、嫌なことは大歓迎。
そういうことがなにもないと、退屈するから、平穏だと自分で闘いの材料を見つけてしまうくらい。
さて、私はあまりにもルードヴィッヒ2世の音楽のテーマが好きなため、原付バイクに
乗る時に、この歌の練習をしながら乗っている。
家で雑文を書いている時は、そのCDに合わせて歌っているけれど、ヤン・アマンの声量が
あまりにすごく、肺活量が根本的に違うため、のばしていられなくて、私はズルして
途中でブレスなんか入れながら歌っている。
そういうシロウトくさいことをする楽しみは本当に素敵な時間。
こういう素晴らしい音楽のジャンルがあるというのに、やれ英語の歌や、へたくそな日本の
歌だなんだを聴いている人たちは、さぞかし、耳の機能が低下しているに違いない。
ドイツ語の美しさは歌で証明される。
特に四部合唱で合唱で天国を再現できる。
インドシナなんかのアジアのへんな言語でも、四部合唱なんかできるのだろうか。
気の毒にも音が抜けてしまうような言語を日頃使用していたら、決してヴァーグナー風の
音楽で歌う喜びはないだろう。
私はヨーロッパ言語でない国に生まれたことをひどく悔いていたが、アジア大陸言語でなかった
だけでも、十分に感謝しないといけないということを理解した。
響きから言うと、気の毒なアジア言語と比較して日本語はいい方ではないか。
日本語を国語として生まれ育ったことは、かえって良かったと思う。
中の人より、違う言語体系を持つ外から見たほうがインドゲルマン語が見えるのではと
思う今日この頃。
成18年5月29日(月)

神様は今日の夕方のスペイン語のレッスンに合わせて、マチネの宝塚の演目を
スペイン戦争にして下さった。
私はこれを、偶然とは呼ばない。神様の御心だと思う。
勉強のため月一回宝塚に足を運ぶ私は、このチケット自体は2ヶ月ほど前から
内容を知らずに予約していた。
ベルリンでオリンピック「民族の祭典」が開催された同じ年に、バルセロナでオリンピックが
予定されていたとは知らなかった。
私は多くのドイツ愛好者の例に漏れず、レニ・リーフェンシュタールの大ファンで、政治的な
意図を抜きに、「民族の祭典」がこれでもかと見せる健康美が大好きだ。
意識を持って鍛えられた人間の身体は、無意識に放置されている崩れた身体と比較すると
天と地の差があり、前者は、まさに、ゲルマンの神々や、英雄ジークフリートの再来なのだ。
バルセロナで当時開催されるはずだったオリンピックに参加するためにやって来た、外国の
競技選手たちが、オリンピアーデという一団を結成して、帰国せずにバルセロナ市民の
ために、銃を手にして闘ったという事実を知り、少なからずショックを受けた。
そして、なぜ、1992年のあの時、バルセロナがあれほどまでに、オリンピック色一色に
塗られ、カタルーニャの旗だけが街中になびき、て一種異様な興奮に包まれていたのか
今、理解できた。
そうか、彼らにとって、あのオリンピックは、失われたバルセロナ・オリンピックの再来だったのだ。
義勇兵となったオリンピアーデの元選手たちは、なぜ、それほどまでに、バルセロナの
市民と共に自分の運命を共にしようとしたのだろう。
結局は、ファシズムのフランコに敗北している。
現在のオリンピックなら、外国人選手たちが、帰国せず、市民と一緒に銃を手にその国の
政治運動、市民戦争に参加するなどということはありえないと思う。
オリンピアーデ義勇軍は、それほど昔のことではなく、わずか90年前のことなのだ。
午後の時間をスペインに捧げられた大変有意義な一日を過ごした。
今週のハワイ・ショーのレイも調達し、準備万端。
オフィス・マリカの場合は、混乱極まる衣裳倉庫から捜すより、新たに買った方が、早い。
今年初物のスイカを食べた。
まだ、5月だから、しゃりしゃりして瓜のようなのかと思っていたら、けっこう甘くていける。
成18年5月28日(日)

今日は、リハーサルの後、東京プリンスホテルで、サンバを仕込む。
ウェディングのこういうイベントは、ともかく若くて活きのいい金髪をブッキングするに限る。
ブラジルにこんな人いるわけないのだけれど、クリーンで品が良くてという企業イメージに
ぴったりするから、これでいい。
プリンスのタワーの地下になんとボーリングがあり、びっくり。
そんなところにあるの、誰か知っている人いるのだろうか。
私はボーリングは、伊豆七島の利島で10年も前にやった時以来、一度も触っていない。

ところで、フランソワ・コッペが中国について書いてきた。おもしろい。
この人は実に文章が上手い。

いずれ大作家になるだろう。才能に溢れている人の文章を読むのはスリリングだ。
平成18年5月27日(土)

朝の9時からスペイン語のレッスン。
時間が早すぎ。
わお、でも、楽しい。これは、いける。
スペイン語で書いたものはほとんど意味がわかるけれど、自分でゼロから
スペイン語を書くと、スペリングと文法のミスばかり。
でも、イタリア語とフランス語をうまく組み合わせると、なんとか文章になるから
それをマルセラ先生から、細かく解説して直してもらう。
この時期、バルセロナから博士過程の人がうちに滞在してくれていることを本当に
嬉しく思い、神様に感謝する。
神様はいつも私が必要としている人を私の元に遣わして、私を喜ばせて下さる。
神様に感謝を表すには、一生懸命に勉強して成果を見せることだけだ。
嬉しいことは夕方も起こり、スウェーデンの天使が、お団子を持って訪ねて来てくれた。
スウェーデンのサウナとフィンランドのサウナの違いを講義してくれて、本当に
勉強になった。
本当は神楽坂へ食べに行く約束をしていたのだけれど、雨が降っているから、
神楽坂で買った芸者の割烹へ仕出しする店から調達した物をここで食べた。
素晴らしい時間を過ごせた。
私はひとつ誇れるものがあるとすれば、世界から来た、美しく素敵な人々に常に
囲まれているということだろう。
わざわざ捜したりしているわけではないのに、どういうわけか、そういう人々が私のところへ
来るのが不思議。
そして、長いお友達づきあいをしてくれる。
私は心の醜い人からは心底嫌われているけれど、美しい人たちから愛されている。
世の中には美しい人の方が多いから、私が幸せな毎日を送れることをことあるごとに、
神様に感謝している。
平成18年5月26日(金)

朝から弁護士の先生のところへ行き、いろいろお叱りを受け、帰ってくるなり、
タイ政府派遣の東大生が来た。
日本での研究を終了後、本国の大学で教鞭をとるのだという。
さて、私は昨日のドイツの温泉で、ここ数ヶ月のポジティブなエネルギーを全部
使い切ってしまった。
3階のドイツ君はドイツ君で、ここ12日間滞在していた彼女が昨日ドイツへ帰国してしまい、
お互いに抜け殻のようになって夕方再会した。
抜け殻でもドイツのチョコレートをたくさん持ってきてくれる心の余裕があり、私を喜ばせた。
ここ数日間、というより、準備期間を入れると数ヶ月の疾風怒濤時期については、
一緒に計画をしたことも多く、お互いに身体が疲れてしまっていたけれど、それが、
非常に心地良い疲れなものだから、実にいい表情をしている。
私は今度は、執筆に専念して、どんどんドイツの温泉をつきつめていきたい。
「水の力を知っていた人が医者だった」ということは、メソポタミアの温泉を調べた時に
出てきた言葉だけれど、私は、水の力を知っていることで、どれだけ、自分の生活が
快適であるかここ数年、実感している。
まず、自分の思うように、ストレッチができ、どんどん関節の柔軟性が増している。
肌が水分を含んでみずみずしくなった。
寝不足でも、水お湯の力で、身体が「蘇生」して、新品に戻す。
数日前から始めた水温20度のシャワーを湯船の温浴の間に数度に渡り、また仕上げに
行うことで、すでに20度が冷たいと思わない身体に変身している。
冬に一度も風邪をしかなかったのは、昨年数ヶ月にわたり、この方法をしたからだと
十分実感しているから、今年も、秋の声を聞いて、寒さが感じられるようになるまで
ずっと続けようと思う。
明日は第一回目のスペイン語のレッスン。
予習をしようと思ったけれど、これを最初の3行だけ、フランス語からスペイン語にして、
あとは、眠くてやめてしまった。
先生と一緒にやってもらおう。ねまけものの私。
でも、今回だけは許してもらおう。
これから、ほとんど毎日1回、フランス語か、イタリア語か、スペイン語のレッスンが
入るように、スケジュールを組んでいる。
今まで、温泉の勉強が忙しくて、ここ数日ラテン系の語学をしていないから、本当に楽しみ。
ドイツ語は執筆の資料だから、勉強とか仕事や生活の言語だけれど、ラテン系の言語は、
趣味だから楽しくていい。
平成18年5月25日(木)

今日はこんなことをしてきた。
「ドイツの温泉」
平成18年5月24日(水)

メソポタミアから、ドイツの現代まで、温泉の歴史の講義原稿を何度も読み返す。
画像のCDを作ったり、BGMに「ルードヴィッヒ2」を録音したり。
ここ数ヶ月私が心をかけてきたことが明日本番を迎える。

「ドイツの温泉」に直接関係しないことは、おまけのような生活だった。
平成18年5月23日(火)

ヴァーグナーの「タインホイザー」のテーマは何度聴いても心を酔わせるけれど、
明らかにヴァーグナーを意識して作曲された「ルードヴィヒ2」の中のナンバーにも
そのようなものがある。
これでもか、これでもかと、音のシャワーが降り注ぎ、悲しみや憂い、すべてを
洗い流し、精神を清めてくれる神様の音楽。
フルオーケストラにして、四分合唱の迫力。
多くの人々の才能と技量がその瞬間に一丸となってつくり出す世界の素晴らしさは
なにものにも替えがく、麻薬のように人を酔わせる。
あまりのことに、私はたびたび音楽を止めないとならない。
精神が高揚して、勉強に身が入らなくなる。
イタリア人と一緒にこれを聴いた時など、イタリア人は、「わあ、いかにもドイツ的な
ドイツの音楽だ、イタリア人はこんなものは到底つくらない!」と叫び声を上げていた。
彼の耳には、あくまでイタリア・オペラのアリア風の旋律や演奏方法が心地よいとのこと。
私は、それはそれ、これはこれで、両方いける。
私は普段いいものを聴いているから、アコースティックは邪道に聞こえるし、下等な
音楽に耐えられない。
世の中に下らない音楽が氾濫しているのは、ひとえに本物の芸術作品に出会ったことがない人々が
多いからだと推測する。
哀れな人々よ、彼らは濁流の中に飲まれていく。

ヴァーグナー風の音楽を聴くと、ツァラツストラのような気持ちになってくる。
ドイツが好きで本当によかった。
多くの幸福がドイツを通して私に訪れる。
ドイツと出会わなかったら、私の人生はどれだけ違ったものになっていたことか。
平成18年5月22日(月)

フランス人のオリヴィアちゃんがまた来てくれた。
昨年より10キロやせて、すごくかっこよくなっている。
今の男がスポーツ系で、顔も身体もすごくきれいなのだという。
昨年の男は、日本人の女に取られたから、別の男にした。
なんでも、ハイハイ言うことを聞く弱い日本人の女になびくくらいの男なんかに未練はない。
今度の男は、自分の意見をはっきり述べる意思の強い私が好きなのだから、今、自分は
最高に幸せ。
オリヴィアちゃんの気持ち、すごくよくわかる。
馬鹿女と一緒にいて心地よいくらいの馬鹿男なんか、さっさとポイしても、私は平気、
他の女じゃ飽き足らない、強い私と一緒にいたいというレベルの男なのよ、彼はと
オリヴィアちゃん。
好きだなあ、オリヴィアちゃん。
こういうタイプの女の人、すごく魅力的。
去年の彼女より数段素敵になったのは、いい男を選んだせい。
変な男と一緒にいる女は、ブスでかっこ悪く、相乗効果でどんどんみっともなくなる。
変な女は変な男がつくる。
変な男には、じゃぱゆきが最適。
自分を高めてくれるいい男に出会った女が勝ち。
そういう女だけがどんどんきれいになる。
平成18年5月21日(日)

神楽坂に食べ物を買いに行かない日を1日くらいつくろう。
私は食べ物が必要だから買いに行くのではなく、神楽坂で買うのが
好きだから行くだけで、食べ物がどんどん増えてしまい、数日前のものが
まだたくさん冷蔵庫に入っている。
物を貯め過ぎないように、少し小ぶりの冷蔵庫にしたのに、それでも、いつから
あるのか不明な食べ物が増えてくる。
だから、入れ替わり立ち代りやって来る人に、食べてもらう。
この癖は食べ物にとどまらない。
私は自分の行動を改めないとならないのかもしれない。
洋服も、自分のデザインの服をシルクの店でオーダーメイドするのが好きなだけで
着るのは本当にわずか。
一度も手を通していないドレスとか、本当に邪魔臭いのもある。
それでも、お店に行って作るのが好きなため、また、なにか注文してしまう。
絵の具箱をひっくりかえしたように、色々な色の洋服があるけれど、きれいな色の
中でまだ持っていない色はなんだろうと、次の洋服の色を考えてしまう。
今度は何色にしよう、ブルーなら、ターコイスも、ダークも、エメラルドもあるから、
今度はスカイ・ブルーにしようといった具合で、隙間の色を求めて、色彩の
魔術を楽しみたいから、自然と増えていく。
増えたら、ごそっと、1円オークションに出す。
自分用にカスタマイズされたものしか手を通さないようになってから、ふらっと
街に出て、洋服を見るようなことがなくなった。
非常に無駄な時間の使い方だと思うけれど、昔はそういうことよくやった。
万人向けにつくられた粗悪品には興味がない。
自分にふさわしい物と人とだけ見ていたい。
平成18年5月20日(土)

レッスンの後、神楽坂へ食べ物の買出しに。
ドイツのパン屋は、朝7時半から夜8時半までやっていると判明。
神楽坂に引越したい。
そして、毎朝出来立てのパンを買いに行きたい。
ペーターさんが、シュトゥットゥガルト産のドイツ・ワインを下さった。
開けるのは、今月末までお預け。
私は変身魔術師をやっているわけだけれど、最近「ブス論」というテーマについて
深く考えている。
ブス(男も含めて)の法則というのを発見した。
ブスには法則があるのだ。
ブスがこちら側に来ることは一切なく、ブスは永遠にあちら側で生きる。
なぜかというと、ブスには、こちら側へ来るアクセスがないからだ。
ブスは人並み異常の嫉妬心を持っているから、自分以上の存在がとかく目障りだ。
それで、自分と同等かそれ以下の人とだけいるから、自分のレベルが上がることは
一切なく、その水準たるや、どこまでも奈落の果てへ落ちて行く。
ブスはブスといると気が休まるけれど、こちら側が羨ましくて仕方ないから、常に
こちら側が気になり、チェックを怠らない。
反対に、こちら側に生きている人は、ブスが何をしようと一切興味がない。
存在さえ考えたことがない。
ブスはたまに、間違ってこちら側の人と接触でもしようものなら、舞い上がって喜ぶけれど、
こちら側にとっては、単にうっとうしくて仕方がないだけなのに、それを理解していない。
ブスについては、ドイツの温泉が終わったら、ゆっくりやってみようかな。
ドイツの温泉は、ブスと反対に、美の追求の最も洗練された方法のひとつなのだと
理解している。
美を追求するために要求されるものは、単にお金ではなくて、文化と人格だから、
ドイツの温泉はモーレツにおもしろいということになるのだけれど、夏、もう一回ドイツへ
行って来ようかな。見ないといけないものがあるから。
平成18年5月19日(金)

今日は勉強が忙しく、古代ギリシアにドップリ浸かっていた。
私は22歳の時に、古代ギリシア語をわずか3ヶ月坊主であきらめてしまった。
せめて1年続けていたら、今もっと助かっていただろう。
一見とうてい役に立ちそうもないような言語であっても、心の財産になったのだ。
ギリシア語起源の単語は、ドイツ語でも英語でも私は一目置くことにしている。
ギリシア語は美しい。
クレオパトラがアレキサンドリアの宮廷で話した言葉なのだ。
それにひきかえ、世界には、音も汚く、その存在もうさんくさく、その地方以外では
さして重要でない言語がなんとたくさんあることか。
本当に気の毒なことだと思うが、そういう言語の国に生まれなかったことを
感謝している。
インドシナとかのみじめったらしい響きを聞いたら、永遠の貧乏人でも無理はないと
納得する。
フレデリックというフランス人が引越して来た。
文化的先進国の人はいつでも歓迎。
平成18年5月18日(木)

朝から温泉の勉強をしていると、イラク人が電話をかけてきて、今夜四ツ谷で上演される
ベリーダンスのショーに招待するとのこと。気分転換に踊りを見に出かける。
最近は、来週の温泉講座の準備で、ドイツから帰って以来、映画や公演ひとつ見ていない。
そこのお店はパキスタン人がやっていて、小錦を宣伝に起用しハワイ料理なんかもまぜたり、
韓国、インド、タイの料理も混ざっている商売上手で、必ずしもイスラム圏の料理というわけではない。
種類が多いから、誰でも行かれるし、場所は麹町で一等地だから、パキもなかなかやるわい。
このパキの関連店舗が都内で数軒あるとのこと。
お決まりの定番たいくつメニューの日本人も見習うといい。
ここで出されるミネラル・ウォーターはアラブ首長国連邦産ので、マサフィ・ブランドで、日本がアラブから
水を輸入しているとは、知らなかった。(輸入販売元に確かめたら、330ミリリットルで100円、かなり高い)
ただ、ラムのリブステーキのマッシュポテトが手抜きで、インスタントであることは一目瞭然。
私はまずいものは食べられないから、残した。
これが、神楽坂のフランス料理屋ならじゃがいもからつくり、たっぷりのバターを入れる。
パキとフランスの違い。
普段まずいものに慣れた舌が料理すると、そこそこのものしかできない。
ベリーダンスは、個人の表現力と技量をこれでもか、これでもかと見せるので、もう
いいかげんにしろと言いたくなるジャンルの踊りだと思う。
恍惚となって踊るから、自己満足のフラメンコと相通じるところがあり、人と合わせない、
理性の片鱗もないということが、観客を退屈させる原因なのかもしれない。
それから、このジャンルの踊りは、男性の目を楽しませるために女性が媚びるような
目つきで踊っているのも、時代錯誤で、まともな女のやる行為ではない。
それなら男も踊れと言いたい。
その点、他のダンス・ジャンルの方が、フェアである。
男が自分の肢体をさらけ出して男や女の観客の前で踊って、拍手を得るという行為が
行われていないあの社会は、国際基準から逸脱している。
異常な文化環境であると言わざるを得ない。
だから、まともな女はベリーダンスなどやるべきではない。
あのようなヘタうまダンスは、男に相手にされないもてない女のやることで、
あのダンスが育った環境も、尋常を逸していて、現在の社会環境にそぐわない。
失われてもいいジャンルだと思う。
群舞や、作品構成が行われた時に初めて芸術舞踊として残れるのであり、現在の
ままでは、ただの出し物で、私は退屈で仕方ない。
ただ、このイラク人の友人から、家族のアップデートされた情報などいろいろ聞きたかったから
会ったので、踊りはおまけ。
息子たち、きちんと学校に通うようになっていると聞いて一安心。
馬鹿な母親の影響でロックなどアメリカの音楽一辺倒だった息子が、イラクの弦楽器と
日本の琴に興味を持ち、大学の勉強の傍ら、著名な演奏家について特訓しはじめた、
自分の文化に目覚めて嬉しいと語る友人の誇らしげな笑顔が嬉しかった。
平成18年5月17日(水)

20歳のスウェーデン人の男の子が来て、ここで踊ってくれた。
小学生から8年間、おかあさんにすすめられてバレエやジャズを習ったとここと。
そういう話を聞くと本当に嬉しくなる。
半年雪に埋もれたストックホルムの小学生が、バレエを習いに行く。
昼でも暗い、雪の道を、踊るために歩いて行く。
私はこいうの、たまらなく感動する。
日本人の生徒は雪が降ろうものなら、休む口実にするけれど、北欧の子供が
お稽古事に通うのは本当に大変なこのなのだと想像する。
友人は、そのまま踊りを続けて、現在、モダン・バレエの男性舞踊手として有名な
振付家の元で踊っているとのこと。
文化は素晴らし。そういう話、いくらでも聞きたい。
いい人に出会った。
平成18年5月16日(火)

初代玉川学園の学長、小原邦芳先生が礼拝堂でおっしゃったことを今朝、急に
思い出した。私は12歳だった。
「字引」を引いたら、その前と後の項目も同時に読みなさい、私たちは毎週礼拝で
英語の聖書朗読があったから、語学の勉強に関しておっしゃったのだと思う。
私は百科事典と大の仲良しで、20年くらい平凡社の世界大百事典の世話に
なっていたけれど、5年くらい前に処分してしまった。
その頃からウェブの世界大百科とかに乗り換えたわけだけれど、どうしても未だに
馴染めない。
線を引きながら項目を読む癖のある私は、自分がなにも記入できないと、読んだ気がしない。
小原先生のおっしゃったところの「前と後ろの項目」というものが存在しないから、
今開いている項目の関連事項しか読み進められない。
私が百科事典の大親友だった頃、1日に3項目くらい読んで、項目のメモを毎日とっていた。
数年続いた。
関連する事項をどんどん読み進むこともあれば、前や後ろの全然関係ない、
たまたまその時生まれてはじめて目にする項目も、ついでに同時に読んだ。
そうすることで、新しい世界を発見し、勉強の楽しみを満喫した。
父が何種類も百科事典を揃えていた人だったので、疑問があればいつでも
百科事典で調べて、回答を得るように教えられた。
ウェブで調べれば日々更新される最新情報に接することができるのだろうけれど、
調べる楽しみが減ったような気がする。
それは私が紙の本がすごく好きだからなのかもしれない。
平成18年5月15日(月)

面倒なのでずっと放っておいた外貨を見たら、昨年11月より1ドル18円も
ニュージーランドドルが下がっている。
試しに少ししか買わなかったからいいようなもの、こんなものたくさん買ったら
とんでもないことになっていた。
当時上がりすぎていたのが、かえって不自然だったのだ。
こんなことを毎日やっている人もいるのだろう。
当時たくさんユーロを買っておいた人はさぞかし喜んでいることか。

昨日オーデションに来た新顔のダンサーをチームに入れて、今日は昼から
リハーサル。
非常に覚えが早く、他のダンサーにもいい刺激になる。
2つの仕事のメンバーにしたので、すでにキャスティングしているダンサーを2人
降ろした。
踊りは決して質を妥協できないから、へたくそはどんどん降ろすに限る。
上演のたびに、1回限りの契約をするからこれができる。
カンパニーにすると甘えが出るから、非常なまでにも質の向上に忠実であることで
良いステージをプロデュースしていかないといけないと、改めて再確認。
今日は夕方2時間昼寝をして、夜、勉強。
平成18年5月14日(日)

ペーターさんが来週ドイツへ帰るので、送別会を兼ねて、母の日のお祝い会食をする。
ドイツ人2名、フランス人1名、母、そして私。
ここの家はいつも人が大勢いて、落ち着かないから来るのが嫌、他の人がいるなら
来ないとだだをこねていた母だが、日本語が通じる相手だと別に問題ないようだ。
飲み物は、日本が世界に誇る炭酸飲料ラムネにした。
これは、将軍の時代からすでに日本にあり、コカコーラ・ボトラーズがそれを
真似してスプライトを造ったために、日本は厳重に抗議をしていると冗談を言ったら
本気にして、ペーターさんはおみやげにと開封前のラムネを持って帰る。
あの瓶の構造は、飛行機の中に入れて、気圧が変わっても爆発しないのだろうか。
まさか。ペットボトルや免税品の飲料の瓶が平気なら、ラムネも平気なはず。
みんなが帰った後、倉庫へ行って、衣裳を運ぶ。
邪魔なサンバが減ってせいせいしている。
ハワイアンの衣裳がなんなく見つかった。
早い着替えの作戦を考えている。
ハワイの時にすでにサンバのビキニを下に着て、首からレイを何重にも下げていたら、
これでもいけるかもしれない。
踊るより、着替える方が大変なわけだから、なるべく着替えのストレスを軽減して
ダンサーを踊りに集中させたい。
次の場面、着替え間に合うかばかり気にすると、前の場面、そこそこで引っ込んで
着替えはじめてしまうから、これまでのオフィス・マリカのショーは、衣裳が多いだけに
着替えでのミスが気になった。
ゴムをとめる暇がなかったため帽子が落ちる、ウエストをきちんと閉めずに来たから
ハワイワンのスカートがずり落ちる、ブラの紐の長さを調整していないので、ブラが
上がってしまい胸が見える、ビキニのパンティを履かずにアンダーだけで登場してしまった、
靴の留め金をしていないため、靴が脱げて途中から裸足で踊ったなど、数え上げれば
きりがない。
今回は曲数を少なくしているから上手くいくだろう。
平成18年5月13日(土)

家の中に花園を造ってしまおうとして、9軒幅の鏡の前にずらっと花瓶や鉢を並べる。
カーネーション、ボタン、マーガレット、百合、ガーベラ、トポス、名前のわからないなんとか
という観葉植物。けっこういける。
スケルトン・ブルーのグラスに挿したり、ちょっとおしゃれな感じで、明日の母の日の
お祝いの用意はこれでOK。
あとは、神楽坂に料理を買いに行くだけ。
最近、芸者のいる料亭に出す仕出し屋さんから食品を買っているので、食事が本当に
伝統的。
こんな古風な食事をしている人は珍しいのではないか。
「細雪」のピーナッツ豆腐のお通しでごはんを食べ始め、高野豆腐、鯵の南蛮漬け、
フキやたけのこの煮物、しいたけこんぶ、揚げ茄子の味噌仕込みなどで、ごはんを
1杯もしくは1杯半食べる。
ビタミンは、生野菜はサラダを買うか、得意の元祖国粋ジュースですませる。
どこの家より伝統文化が根付いていている食生活もいい。
ただし、ドイツ人が来ると、とたんにドイツ・パンとハム、ソーセージ、チーズの
典型的ドイツの食卓になる。
混ぜると半端になり、透明度が落ちるから、極端に徹している方が美しいものになる。
ツァラトゥストラがあの純粋な人格を保てたのは、山奥深く入っていたからで、
都会の喧騒の中にいては、そうはならないから、ひたすら人を避けることが大切だ。
そうしないと、自分の仕事は完成しない。

ところで、 スケルトン・ブルーの素敵なワイングラスが割れていた。
若干一名、花にいたずらした人が倒して割ったようだ。
犯人の見当はついている。

私よりきれいなものが私は嫌いなの、だから、倒しただけ。
何か文句ありますかと言いたげな涼しい目で遠くを見ているきれいな女の子が
木彫りの象の上にきちんと前足を揃えて座っていたい。
私はあの子は叱れない。
平成18年5月12日(金)

プラスのエネルギーを持つ人と交流している人は、相乗効果で、エネルギー指数が
倍増されるから、素敵な人というのは、益々素敵になる。
ところが、マイナスのエネルギーも同様に相乗効果により倍増されるから、心の汚れた人は
加速度的に人格が崩れてくる。
だからこそ、自分のまわりにいる人は、絶対にプラスのエネルギーの人だけにすべきで
そうしていないと、自分を高められないどころか、自分を奈落の底に落とすことになる。
私は驚くべきことに最初から素晴らしい人々の中にいることができた。
そして、神様がご用意して下さった様々な場所で、更に新しい方たちと出会うことが
できた。
ところが、自分の幸福に気がつかず、時として、自分の人生の中で何度か、何を血迷ったか
マイナスのエネルギーを持つ人と関わったことで煮え湯を飲んだ。
人の存在自体から発するエネルギーを瞬時に察知してそれに反応することを学ぶこと
それが人生なのかもしれない。
地球の発展を考える時、その国があるだけで地球全体に悪影響を及ぼす、または、何の
プラスにもならない国があるわけで、旧約聖書の時代だと、大洪水でいい具合に
滅びたりしたものだ。
アフリカのエイズもある意味、その国全体を滅ぼすために神様がご用意されたのかもしれない。
だから、国民の2割が感染したら、諸外国はもう放置して神の御手に委ねた方がいい。
モヘンジョダロも、ミノスも完璧に消滅してしまい、その後、悠久の時を経て
新たに次の文明が起こったわけだから、半島やアフリカは援助をしないで、放置したらどうだろう。
平成18年5月11日(木)

久しぶりに山手通りを走り、どんどん道が拡張されているのを目の当たりにした。
拡張された道路は、店舗がなくて住宅だらけで、とてもつまらない。
そんなに広い幹線道路の際にマンションなんか建てて、騒音や、廃棄ガス被害が出るでしょうと言いたい。

音楽家xxxx氏のマネージャーと会い、xxxx氏は全然練習をしないと聞いた。
それでいいのだと思う。
xxxx氏は今、自分の中にすでに蓄えている音楽を醸造しながら、ここぞという時に
演奏というかたちで、全開にしているから、演奏が本当に素晴らしいのだと思う。
ここまでに至るのに、xxxx氏は、血のにじむような練習を早い段階で積んできたのだ。
練習をし過ぎると、本番の感動が薄くなる。
だから、私たちは、本番で使用する曲をかけすぎたりはしない。
聞きたくてしかたがない状況にもっていって、その曲をかけた時に本当に気持ちよく
踊れるようにするために、
リハーサルをやりすぎると、感動が鈍る
でも、リハーサルを何度もしないと間違えるくらいのレベルの人の場合は、当然
リハーサルが必要。
でも、あるレベルに達した表現者の場合、同じ曲を30回練習するより、しないでイメージ・
トレーニングと、身体の基本訓練だけにして、本番のただ1回に賭けた方がいいものになる。
ハレとケの差をはっきりさせたライフ・スタイルが芸術家の表現をシャープにする

フランス人の弁護士に通算12回習ったフランス語も今日が最後。
ドイツの温泉講座の準備と、先生の一時帰国で半月中断。
今月末からは、パリから来たオリヴィエ先生のレッスンを受けることになっている。
語学は、ともかく続けていないとだめ。
最近、資料がドイツ語だから、ドイツ語はよく使うとしても、あれほど夢中になっていた
イタリア語を1ヶ月もレッスンしていない。
けれど、激しく忘れているとは思えない。
フランス語をする時に、イタリア語ならこうなるだろうなと、語尾などいつも
自分で考えながらやっているから、さほど低下していないはず。
言語は文化で、その民族の思考回路を理解する手がかりになるから、モーレツに
おもしろい。
今日なんか、フランス人の弁護士がシャルマーニュを何度もフランスの王だとか言って、
首都の場所もフランスの領土内みたいな口調だったけれど、私なんか、やはり、
カール大帝は西ローマ帝国皇帝で、首都のアーヘンは現在のドイツだから、この王の
言語は、フランス語よりモーレツにドイツ語に近い中間言語だったと察する。
名詞の性などは、どちらを取っていたのだろう、興味深い問題。
フランス人は水を女性だと思っているのに、ドイツ人は中性だと思っているけれど、
カール大帝は、水を指す時、ラテン系か、ゲルマン系かどちらの言語だったのか、
知りたいことが山とある。
フランス人の弁護士のお陰で、私は、簡潔なフランス語の表現を多く学んだ。
これまでの私の書き方は、単語の数が多いだけで、的確性を欠いていたと反省。
何度も同じことを繰り返すのは、頭の悪い証拠と、どんどん切り捨て、簡単明瞭に
すると、行き着くところ、日本の短歌のような文になる。
弁護士の書く文章とは、そういうものなのかもしれない。
昨年、さんざん、弁護士に書いてもらった人権擁護法案についてのサイトがシャープ
なように、私は今後自分の文章を研ぎ澄ましていきたい。

私は、スリ人による日本人被害者の会のサイトをやっているが、スリ人から何度も
抗議のメールをもらった。
今日も1通来て、「謝罪を要求する」とか書いてあり、大笑い。
半島と発想が似ている。第三世界は、嫉妬深くて、すぐキレるいという共通点がある。
もし、私が嘘を書いているのなら、謝るが、書いてあることで、真実でないことがあるなら
具体的にその箇所を指摘するがいい。
私は、「頭巾サイト」というのをやっていて、モスリxや、泥棒団体からさんざん、謝罪を要求するとか、
サイトをおろせとか、いやがらせメールとか、迷惑電話とか来たから、
そういう、とんちんかんな要求や嫌がらせには慣れている。
それらの嫌がらせがかえって私のエネルギーとなって、頭巾を告訴し、頭巾は最終的に逮捕された。
正しいことを公に言うと、真実なだけに、必ず憤慨する人が出てくるけれど、言った私を非難するより、
言われるようなことをしたスリの側が大人になれば、もう日本人被害者は生まれないはず。
ヨーロッパ人と比べて、第三世界人は非常に幼稚で、不必要に憤慨するけれど、そういう
メンタリティーがますます国力を弱めて、一流国から相手にされず、永遠の第三世界に、甘んじているのだろう。
人がもっと、クールにならないと。
人が変われば、国もまともになるだろう。
なってくれなくて、私はぜんぜん構わない。
平成18年5月10日(水)

神楽坂の「ブルゴーニュ」でジョーとフランス料理のお昼。
スフレもパテも、素晴らしく、こんなにおいしいものがあるのに、今までしょっちゅう
新宿で食べ放題していた自分たちが信じられないわよねなんていう話をする。
ジョーも、神楽坂の異文化共存の魅力にどっぷり浸かってしまっていて、
私よりたくさん飲食店や素敵なお店を知っている。
昨日に引き続き私は、神楽坂からの帰り、ドイツパン屋で買ったオレンジの皮入り
くるみパンをかじりながら、原付を運転した。
信号で止まるごとに、一口づつ噛み切って、次の信号までに食べるのだ。
神楽坂から市谷台町までの距離で、20センチくらいの細身のドイツパンを1本
食べ終わる。こんな楽しいことができるのもスクーターだから。
神楽坂の親父と娘がやっている食料品店でおかずを買う。
「高野豆腐、おいしかったわよ、また下さい」、「はり、ありがとうございます」、この会話が
楽しいから私はそこへ足を運ぶ。
伊勢丹のデパ地下を離れて久しいけれど、時給いくらで雇われている人たちが販売している
デパ地下では決して味わえない素晴らしい交流が神楽坂の店にはある。
おいしいと言われたその嬉しさを心の栄養に、この親父さんは、明日も早起きして、
お惣菜づくりをするのだ。
この親父さんを嬉しがらせて、どんどんおいしいものを作ってもらおう。
お陰で私は、最近料理を作ったことがない。
神楽坂で食べるか、神楽坂で買ってくるかどちらかしかない。
極端だけれど、ファンというものはみんな極端。
好きとは、そういうことなのだ。
それに関わっていたくてたまらない気持ちを好きという。
さあ、今日も、ドイツ温泉の資料づくり頑張ろう。
今日は雑用が多かったから、夕食後からしか開始できない。
平成18年5月9日(火)

温かい塩の水が溢れ出る美しいドイツの街が、戦時中野戦病院になったり、
建築様式の素晴らしい多くの邸宅を戦後アメリカに撤収された悲しい町の歴史を読んでいて
伊勢丹デパートの建物がアメリカ軍に撤収されたという話を祖母から聞いたことを
思い出した。
ドイツの悲しみは自分の悲しみと、私は朝の5時まで涙して読んでいた。
ドイツのことは、人事と思えず、自分の問題として捉えてしまい、そんなこんなで
なかなか感情を殺して資料が読めない。
私は最も研究者から遠い種類の人間。
研究対象を愛しているから、とんでもない発言をしてしまう。

私はお稽古の時、ウド・ユルゲンスなんかかけて、なつかしのメロディで踊っている。
この人は、フランク・シナトラのようになりたかったのだと思うけれど、やはり、顔や
ヘアスタイルに問題があるのだと思う。
それから、奇をてらった表現、若者に受けようとするあまり、安易に流される
選曲。
レッスンする時はそれでも、そういうのでもまあ、大丈夫だけれど、勉強しようとする時に
ウド・ユルゲンスなんかかけると、歌詞があまりに北島三郎で、集中力がなくなるので、
格調高く「ルーヴィヒ2世」をかけている。
それも、自分の好きな曲だけをカスタマイズして並べて録音しているので、出だしは
王の弟オットーが、普仏戦争で負傷して、「戦争と平和、お前は僕の弟」と二人で抱き合って
悲痛な表情で歌うナンバーになっている。
家庭教師が歌ううるさい歌などはもちろん削除している。
私は、地声から裏声に何度も変わりながら歌っている歌には、洋の東西を問わず
我慢がならず、どっちかいいかげんにしろと言いたくなる。
これは、歌っている本人の問題ではなく、変な音程に設定して書いた人の責任。
変調すれば聞けると思う。
平成18年5月8日(月)

ヴィタミーネ・ボンベとドイツ人が冗談で呼ぶ私の「国粋ジュース」のせいもあり、私は身体がものすごく
調子いいから、今、トレーニングが非常にはかどる。
この季節、どんどん筋が伸びていくのを感じながらレッスンする時の快感。
お風呂に朝からバスクリンを大量に入れて入っている。
シャワーは、なるべく水にして、6月1日から4ヶ月、昨年と同様、水だけにしようと思う。
だから私はこの冬、ただの一度も風邪をひかなかった。
水のシャワーとお湯のお風呂、これが私の健康に欠かせない。
レッスンに来ている20代の男の体力のないこと、甚だしい。
腹筋は弱いし、身体は硬く、背筋もなく、これは末恐ろしい。
食べてまずいような筋肉質の身体にしようと決心しないと、人間の身体はどんどんお豆腐になる。
最高に充実して私が人生の日々を送っている時に、風邪なんてひいている人を見ると、本当に
気の毒になる。
分けてあげたい、この生命力。
平成18年5月7日(日

ヨーロッパの温泉の歴史を調べていておもしろいことにつきあたる。
古代ローマでやっていたことを、千年以上経ったヨーロッパがまだその水準に
達していなくて、人の生活の衛生水準が原始時代時代波に戻ったのは興味深い。
古代ローマの水準に達するのに2千年かけている。
インド・バングラディッシュのモヘンジョダロに達するのに、あそこは何年
かけた(まだかけている?)のだろう。
文明は常に進んでいくのではなく、急激にあるいはゆるく戻りながら場所を変え、
人を変え、暦だけ進んでいく。
今日はレッスンもリハーサルもなく、掃除も、神楽坂でのお食事も、ドイツ音楽の
パーティーに行くのもとりやめたから、すごくはかどった。
かけがえのない1日だった。
平成18年5月6日(土

ドイツの写真をアップしていて、私は、自分がなんて幸福なのだろうとつくづく感じた。
これらの写真があるのも、私のわがままを聞いてしかも、それを楽しいと感じてくれる
かけがえのないお友達のお陰。
私は一人では何もできないのに、素晴らしいお友達がいてくれたからこれらの写真がある。
ベートーヴェン・ハウスに予約もなしに泊まれたなんて、神様に愛されているとしか
思えない。だから、思いきり、辛い経験をしないといけない。
嵐よ、来い、災いよふりかかれ、私にはそういうものが必要なのだ。
そうでないと、私は幸せ過ぎる。
苦しい思いを今たくさんしておきたい、そうすることで幸せとのバランスを取るのだ。
私はヨーロッパでバイオ・スイスのビタミンを仕入れ、再び摂り出したから、
身体が思い切り調子いい。
今日は4レッスンあったのに、全然疲れないで、神楽坂へ食べ物を買いに行き、
夜中の3時過ぎまでドイツの写真の整理なんかしている。
今年のはじめから、ドイツへ行く前までは、昨年秋に仕入れたすでにバイオ・スイスが切れていたから、
2レッスンでいっぱいで、3レッスンやったら、やりすぎ、4つやったら、もう、疲れて
その後は何もできなかった。
でも、今は、体力が違う。
寝ようと思わなければ、朝までだって、平気で仕事をするだろう。
私はいつだってやることが山ほどあるから、強い身体を持つことは必須。
この絶好調の体力と気力を維持していこう。
神様に常にお礼を言うことで、神様は私にとびきりの偶然を用意しておいて下さる。
一昨日カナダの長年の友人が送ってくれたアインシュタインの言葉が今の私の
心境に合っている:
「人生を生きるにはふたつの方法がある。なにも偶然などないというのがひとつ。
もうひとつは、すべてが偶然であるというもの」
私の場合は、神様が用意周到に私のために準備して下さったことを、行うだけ。
今、私は自分の人生の一番大切で美しい時間を生きているのだと確信している。
平成18年5月5日(金

フランス人と神楽坂へフランス料理のお昼を食べに行ったら、早く行き過ぎて、
あと20分待てと言われたので、その間に、神楽坂の秘密の階段小道を散策し、
気がついた時には、とても素敵な和風の料理屋の暖簾をくぐっていた。
こんな場所にこのようなものがあったとは。
値段が安い。あと300円高くしてもいいから、もう1品つけてほしい。
それでも人は来るはず。
和食で、お運びは着物の日本人だけ。
そこがすごくいい。
新宿、大久保の寿司屋なんて、日本の食文化を運ぶ人が韓国人と中国人と
ミャンマー人だから、程度の低い食文化になるので、日本食屋は日本人しか
雇わないというと条例を制定すべき。
ミャンマー人は、ミャンマー料理屋で働けばいい。
衛生状態が悪いのではないか、未開文化の変な食べ物が出てくるのではないかとの懸念から
まだ行ったことはない。行くつもりもない。
軍事政権が解体しない限り、あの国の経済には貢献しない。
大久保にあるのを見たことがあるけれど、神楽坂文化に浸ってしまうと、大久保は
怖くて、汚くて、気持ちが悪くて、2分といられない。
帰る時、すごい数の人が並んでいるのを見て、早くこの料亭に来て本当によかったと
胸を撫でおろす。だから、フランス料理はまた、今度。
夜、フランス文学の昔の恩師からお電話があり、汚い格好の中国人がヨーロッパを
荒らしていていやだという話題になる。
日本の老人ツアーもみっともない格好をしているから問題という結論に達する。
貧乏臭い格好をしていないと、スリにやられてしまうからというのが理由だそうだが、
もともと格好悪い日本人が、変なものを身につけたら、余計みっともなくなるだけだから、
つとめて、小奇麗に、センス良く、素敵にしていないと中国人と同じになる。
平成18年5月4日(木

北欧人と神楽坂でイタリア人がやっている店でお昼を食べた後、レッスン。
レッスン後、当局に無断で6年前に埋めたウサギの墓を見るため新宿御苑の
木立に入る。
どの木の根元に埋めたか定かでないため、すでに、わからなくなっている。
本当にかわいそうなことをした。土にもどっていったことだろう。
ぴぱんちゃんをはじめ、3匹とも、日本剥製協会で剥製にして数年間いたが、
多分、にゃんぐさんの繊細な感情に考慮して行った行動であるため、情状酌量の
余地があると判断される。
御苑に埋める人は他にもいるのだろうか。
シロウトさんは、みんな芝生のあたりでのどかにお弁当なんか開いているから、こういう
ことは考えも及ばないだろう。
なんと、新宿御苑は右側のあたり、再び工事に入っていた。
私は野外舞台や水遊び場所があった、おどろおどろした昔の新宿御苑が好きなのに、
余計な建造物を建てて、どんどん御苑の面積が狭くなり、整然としてきているのが、
気に入らない。
これでは、ウサギもおちおち寝ていられない。
その後、テールの高橋さんのところで、髪の毛をする。
一緒に行った北欧人を豹変させたので、今日は変身魔術の収穫があり、良い日だった。
平成18年5月3日(水

神楽坂を歩く。どんどん神楽坂が好きになる。
行き止まりかなと思って、もっと歩いて行くと、いきなり階段になる。
原付や自転車では決して行かれない。
徒歩でしか発見できない秘密の道がある。
思わぬ料理屋を発見したり、階段を降りきったところに銭湯があり、おやまあ。
黒塗りの料亭や、ここは絶対に神楽坂芸者がお座敷を持つだろうと思われる所など
わくわくするところは、いろいろあるけれど、回転寿司が、いい感じだったのに感動。
新宿や大久保の回転寿司の、まあ、すさんでいることといったら甚だしいけれど、
神楽坂なら、回転寿司を楽しくいただける。
これは、ひとえに、日本人の店員しか置かないことからきているかもしれない。
韓国人は焼肉屋、中国人は中華で働けばいいので、寿司屋では日本人を
雇用すべきなのに、新宿や大久保は、日本の食文化をそこから崩しているから
雰囲気がすさんでしまうのだ。
これからは、回転寿司は神楽坂に行こう。
それから、神楽坂には、おとうさんが娘と頑張ってやっていたり、
一家全員で煮物に追われているようなお惣菜屋さんがあり、私は大ファン。
かぼちゃ煮、くらげときゅうり鶏合え、鯖の唐揚、たけのこ煮、煮豆、数え切れないほどの
おいしいおかずがいっぱいで、ご飯を炊くだけでもう食事ができる。
私は長年に渡りデパ地下派だったけれど、もう、伊勢丹地下にはカステラなどお菓子を
買う以外の目的で、行くまいと決心をした。
伊勢丹ができることは、神楽坂ができる。
しかも大資本や会社ではなくて、家族経営の小さな個人。
この人たちの生活を私たちが支えなくて誰が支える。
ひとつ売ってわずか数百円の商売をしているこの人たちから私たちは物を
買わないといけない。
本当は、お菓子だって神楽坂で買えばいいのだけれど、発送のことを考えると
どうしてもデパートになってしまう。
茶碗など売る瀬戸物屋で、金魚も売っている。
昔の瀬戸物屋はそういえば、よく、金魚やめだか、タナゴなどを売っていた。
神楽坂では、の茶碗のすぐ横に金魚がいる。
ペットショップとか、サーモスタットとか、そういった文明の利器はいっさいなく、
常温で金魚が泳いでいる。
よほどかって帰ろうかと思ったけれど、最後の理性でどうにか思い留まった。
平成18年5月2日(火

ルードヴィッヒ2世が「バイエルンを平和と美術の殿堂にしよう」と決心して
戴冠式に臨む姿が、白鳥の騎士のような姿だったというくだりを読んで、涙ぐんでしまった。
ここの場面の音楽は、3拍子3回の後、2拍子が1回入る11拍子の変則的な
ものだけれど、私の心を捉えて離さない。
ドイツの温泉の執筆をしても、常に心はバイエルンの城の上を舞ってしまい、
この音楽を聴かないとなにもできなくなってしまっている。
今日の午後は、みんなが集まって、ハワイアン・ショーの練習をしていたから、
いやというほどハワイアンとタヒチアンの音楽を聞き、その旋律とリズムの単純さに
いい加減飽き飽きし、早く、自分の感性を興奮させてくれるこの変則リズムの11拍子に
触れたくて、うずうずしていた。
これは魔法の拍子で、一度でもこれを聴いたら最後、この拍子の虜になり、繰り返し
11拍子を聴いてしまう。
舞台上でこの旋律で歌っていた人たちは、どれだけ心を躍らせて歌っていることか。
始めの頃は聴くだけだったのに、今は、この曲に合わせて指揮を振らないと気がすまない
ところまで病状が悪化している。
ゲーテの「若きヴェルテルの悩み」を読んで、感銘を受けて自殺する人が後を絶たなかった
わけだが、「ルードヴィッヒ2世」もまさにリヒャルト・ヴァーグナーの音楽と同じ、ドイツの
怒涛のように押し寄せる、音の波の魔力により人を酔わせる。
私はもしこの曲が原因で精神に異常をきたすようなことがあった場合、東京を去り、
鞄の中に、ルードヴィッヒ関係の本をたくさんとドイツ語の辞書と「ルードヴィッヒ2世」の
DVDを持って、バイエルンへ行き、ヒュッセンの旅籠屋に部屋を借りて、ルードヴィッヒへの
追憶と共に余生を生きたいと思う。
多分、世界には、こういう人が多くいるのではないかと思う。
感受性の強い人間は、ドイツ的陶酔には決して抵抗できないから、素直にその興奮の中に
身を置くのが一番良い生き方だと思う。
平成18年5月1日(月

ショーのリハーサルの後、レッスンをしてから、街へ出る。
こんなに温度が上がり残念だ。
私は冬がもう少し長くても良かったと思っている。
自然に足が神楽坂へ向かい、食べ物を買う。
本当においしもののオンパレード。
神楽坂でお買い物をしたら、料理はしない。
神楽坂のフランス、イタリア・レストランを征服しようかな。
フランス料理のレストランのランチはそれぞれ、コース料理になっているのに、
驚くほど安い。全部のフランス・レストランのランチを1日ひとつづつ廻ったらどうだろう。
実際には、毎回同じ店で食べてしまうから、なかなか征服なんかできない。
新宿では味わえない楽しさがいっぱい。

マウイ・ラジオなるものを発見したので、いいかげん、毎日、「ルードヴィッヒ2世」の
ミュージカル音楽をしつこく聴くのを今日はやめた。
ドイツ音楽のあの高級さに溺れていたところ、急に単純サウンドに耳をさらしたので
耳の奥が笑っていてこういうのもたまにいいかも。
南太平洋のタヒチのラジオ放送で、フランス語なのだけれど、曲のメロディーが
すごく南洋で、そのミスマッチがすごくおもしろい。
こういう音楽の世界があるのだ。
外国人も、Jポップとか聞いて、こういうミスマッチがいいのよねなんて言っているかも。
ピジョン・イングリッシュならぬ、植民地仏語は、かえって、はっきり発音しているので、
私にはフランス人が話すより聞き取りやすい。
平成18年4月30日(日

朝五時に寝て、午後2時に起きる。
こういう生活は、今の私には丁度いい。
日本のドイツに住んでいるから、今日はツタヤの店員と話した以外、まだ日本語を
使っていない。
ルードヴィッヒ2世がヴィルヘルム・テルの芝居を見に、わざわざスイスへ旅行した時の本
あると知り、この本を手に入れないといけないと思った。
美しいものを求めていたから、王は美しかったのだ。
王に愛された俳優の写真を見てみたい。
王の恋人たちの写真は残っているのか。
王が愛したもののすべてを、見たい。

王を演じる男も美しい。
美は美を呼び、醜は醜を呼ぶ。
だから、私たちは常に美に目を向けていないといけない。
平成18年4月29日(土

中国人がトリアのカール・マルクスの生家参りをしているという新聞記事を読んで、
やっと納得。
そうか、ドイツのトリアには、中国人が多すぎた。
平成18年4月28日(金

変な時間に寝たり起きたりしている。
夜中は目が冴えているけれど、東の空が白む頃、眠りにつく。
ドイツの写真を見ては、ため息をついている。
だめだめ、もっとクールにならなくては。
もし、玉川学園の高等部でドイツ語を始めていなかったら、私は、ドイツと無関係な人生を
送っていたかもしれないし、ドイツの温泉には行かなかったかもしれない。
今は、明けても暮れても、ドイツの温泉のことしか考えていない。
人生の非常に早い時期にすでに、ドイツの温泉の講演会の準備をしていたなんて。
恩師、高橋健二先生にお会いしてお話しを伺いたい。
先生なら、ゲーテが温泉でどのようにしていたのか、いろいろお話し下さるだろう。
本日はゲーテが伯爵と池で全裸で水浴して、ひどいスキャンダルになり、街を早々に去らねばならなかった
という意外な事実を知り、天下のゲーテ様が、そんなことになろうとはと、びっくりした。
平成18年4月27日(木

この気温、この天気なのに、素足でサンダル履きなんていう女が何人も新宿の街を
歩いている。
家へ帰って、ブーツ履いて出直して来いと言いたい。
私は足の専門家だからわかる。
この季節に決して足やくるぶしを冷やしてはいけない。
小雨の中で、つっかけサンダルでこけて、足首を痛めたりしたら、到底直らない。
どうして、足首へのサポート性が高いブーツを履かないのか、このもの知らず。
伊達や酔狂でブーツを履くのではない。
足を保護するという大変重要な目的があるからブーツを履くのだ。
内側にボアがついていれば尚よし。
転んでも、気温が低くても守ってくれる。
顔はどんなに冷たくても大丈夫だけれど、足は、温かくしないといけない。
一番いいのは、自慢のブーツを惜しげもなくロングスカートで隠すこと。
これで、足は完璧。
平成18年4月26日(水

1日に2回、国粋ジュースを作って飲んだ。
通常、朝1回なのに、たまに、特別2回作る。
旅行をしていると、これができないから、帰ってこれを飲めて本当に嬉しい。
飲むことそのものが目的なのではない。
もっと大きな目的がある。
国粋ジュースは、1)すべての材料を国産の果物及び野菜を使用すること、2)1杯の
ジュースに必ず6種類の材料を使用すること、この規則さえ守っていれば、どんな
組み合わせでも許される。
日本の農家を救う、これが、国粋ジュースの一番大きな目的。
1杯つくるのに、通常、りんご、みかん類なんでも、キウイ、トマト、にんじん、あとは、
時によりいちごだったり、メロンだったり、別のみかん類だったり、なんでもいいから
入れると、丁度二杯分のジュースができる。
それを、一気に飲み干す。
きゅうりは入れるとまずくなるから、半分だけにして、そういう日は、キウイを2個にする。
レモンは、すっぱくなり過ぎるといけないから、半分にする。
もちろん、レモンやみかん類の皮は剥いて、中だけ使う。
皮も入れると苦くなる。
サンキストのレモンなんか絶対に使わず、広島産の国産レモンを使う。
たとえ値段が二倍でも、国産を使う。
百円ショップは中国産だらけだから、行かない。
日本の農民を救うため、百円ショップを閉鎖してほしいくらいだ。
バナナも入れない。
フィリピンの農民より、私は日本の農家を救う方が先だと思う。
カリフォルニアから入ってくるくだものをすべてボイコットしている。
イスラエルからはるばる柑橘類輸入する意味があるのか。
私は国粋ジュースの会を主宰してもいないし、ましてや、国粋ジュースの運動に
人を誘ったりもしない。
真剣に農業問題を考えている人は、私がやる前にすでに、似たような行動をとって
いるだろう。
中国産の安物を買うことで日本の農家をつぶしても平気な人は百円ショップの
農産物を求める。
そういう売国奴がいるから、中国経済が潤う。
囚人労働やっている国の製品は安いに決まっているのだから、決して買ってはいけない。
私たち消費者は、買うものを選ぶことでしか、日本の経済を救えない。
平成18年4月25日(火

新宿三丁目の交差点で、タイガーマスクとすれ違った。
「タイガーマスク、かっこいい!」とすかさず声をかけた。
タイガーマスクは嬉しそうに微笑んでいた。
今日は、金の扇を胸から垂らし、腰には、桜や藤など、季節感のある造花を
巻いていた。
全身に赤のピエロ服。本当にいつ見ても、個性的な井出達。
母が昔、新宿三丁目の事務所でタイガーマスクから新聞の配達を受けていた。
ということは、タイガーマスクの職場は、日本経済新聞販売所なのか。
私はいつからタイガーマスクを知っているのだろう。
かれこれ20年になるかもしれない。
いつからこの人は、このスタイルを確立したのだろう。
舟木和夫の「高校三年生」をさんざん流していたから、この人の中では、これ以降の
音楽は存在しなかったのかもしれない。
タイガーマスクの服装の方向性はともかくとしても、この人は、自分のスタイルを
決して崩さない。
長いものに巻かれない。
あくまで自分を貫いている。
洋服の青山で買ったペラペラの背広着ているサラリーマンより、タイガーマスクの
ピエロ服の方が私のハートに訴えかける。
流行に関係なく、時代を超えて、新宿の街中で、人に見られるために新聞を
配達しているタイガーマスクは、ある意味、非常に美しい。
常識で考えられない行動を、堂々とするその勇気と純粋な表現性、
世の中の人はすべて、自分を見るための観客なのだ、見られるのは自分、
主役だからと思い込んでいるからこそ、そういう行動がとれるのだ。
タイガーマスク、いつまでも元気で新聞を配って欲しい。
素晴らしい人生を送っている人を見て、涙ぐみたくなった。
平成18年4月24日(月

時の壁を超えたから、ほとんど寝ていないのに、今日の朝、成田についた。
心は、バイエルンの奥深く、ルードヴィッヒ2世のお城のあたりを漂っている。
あっという間のドイツ。ますますドイツが好きになった。
涙が出るほど好きな国は、世界中にあまりない。
私はドイツのためなら、どんな苦労でもしたい。
エカテリーナ2世の馬鹿夫もプロイセンのフリードリッヒにそんな風な憧れの感情を
抱いていたのだろう。
私は一市民だから何を思おうがカラスの勝手だけれど、一大帝国の皇帝になるべき
皇太子がそんなこと思ったのは笑える。
ドイツの何が好きかというと、食べ物以外すべて好き。
ドイツ料理も朝のブレトゥヒェンはおいしいし、シュニッツェルも別に悪くはないのだけれど、
この世には、フランス料理とか、イタリア料理といった、もっと気の利いたものがある。
この12日間、私はただの一度も英語圏の人と話しをしなかった。
アメリカが存在しなくても、世界は廻る。
ドイツがあれば、世界は安泰だ。
平成18年4月23日(日

ドライアイヒの朝が明ける。
ドイツの温泉の数々が脳裏を走る。
やっとのことで起きて、ファビアンさん宅の食堂で最後の朝ごはんをいただく。
もう帰るのだ。がっかり。
ファビアンさんに空港へ送っていただき、KLMでアムステルダム経由で東京へ向かう。
日本人中年の団体客がいて、本当にまいった。
コートが必要なほど寒い季節にヨーロッパへ行くのに、安物のチノパンなんか履いた
初老の男が何人もいて、本当に情けなくなった。
連れを見ると、たれたお尻にパンツルック。
短い足の日本人はそういう格好しないで、ミモレ丈の伊太利屋のスカートやワンピース
でも着てろと言いたい。
日本人が安物着てたら、中国人団体客と間違えられるから、私たちは、
国の威厳にかけてでもいいものを身につけていたい。
行きの機内でもいたけれど、スナックで出されるカップヌードルを、ズルズル音をさせて
食べているみっともない日本人が何人もいた。
「音立てないで食べられないの、この田舎者!」と叫びたいのを必死でこらえ、日本人の
マナーを国際水準まで高めようという努力を怠った私は、祖国愛が足りないのではないかと
自分を責めながら読書に励んでいた。
この年齢でこういう食べ方してたら、死ぬまで直らないだろうし、その家の子供も同じで
一家で麺類をズルズル四重奏のように、貧乏臭く食べるのだろうな。
ああ、付き合いたくない、こういう人種。
恥ずかしいから、お前たちは日本から出るな。
私が外務大臣なら、こういう輩には旅券を発行しない。
旅券申請の際に、外務省の担当職員の前で麺類を音を立てずに食べる実技試験を
実施する。
合格者にしか欧米行きの旅券は発行しない。
不合格者は、行き先アジア限定の一次旅券のみの発行しかしない。
中国や朝鮮文化圏だと、音を出して食べても誰もとがめないから、自分と似た文化の
所へ旅行をすればいい。
インドやスリやフィリ人は、まがりなりにも西洋文化の影響を受けたから、音をさせないで
食べる。
平成18年4月22日(金

ベートーヴェン・ハウスの朝食は、今度の旅行で一番いい。
各種野菜、マッシュルームまで登場。
帰路ひたすら、ヴィースバーデンへ。
昼、友人は仕事でフランスへ。
夕方6時までの5時間余りを一人で過ごす。
今回の旅は、どの瞬間も人といたから、今はじめて一人になってみて、
いろいろな瞬間の思い出が波のように押し寄せる。
ヴィースバーデンのデパートで買い物をしたり、そぞろ歩きをしていたら、アラビアの
スークのようなとんでもない場所に来てしまった。
そうか、こんなに洗練された街にもこういう所があるのか。
はじめてインターネットカフェに入る。
6時にファビアンが迎えに来て、フリードリッヒ皇帝温泉に行く。
これを今回のハイライトに取っておいてよかった。
終わりよければすべて良し。
バート・ホンブルクのヴィルヘルム皇帝温泉と比べると、奇をてらった新装置は
ないけれど、ローマ風呂の基本を押さえているから、私はこちらの方が好き。
とはいえ、バーデン・バーデンにはかなわないけれど。
バーデン・バーデンを凌ぐ温泉施設は、現在地球上にないのだと思う。
行き帰りの日を除くと間9日しかなかったけれど、16の温泉に入ることができたのは、
私の目的に賛同してくれて、ひたすら目的地を捜しながら車を走らせてくれた友人たちのお陰。
私は、運転手に気を使うどころか、温泉疲れで平気で眠ったりしている
役に立たない助手だった。
計画が強行過ぎたと反省。
そんなに急いでどこへ行く。
ヘッセンの郷土料理の店で食事をして、今夜はドライアイヒのグライスナー宅にお世話になる。
平成18年4月21日(木

アーヘンでカール大帝の足跡を辿る。
街の至るところで等身大の馬の模型を見た。
広告に使われているのだが、やはり、カール大帝ゆかりの地だからか。
ここの温泉は、皇帝の名に恥じない、大変立派なものだった。
カール大帝は大変温泉好きで知られていたから、この温泉をご覧になったら、きっと
誉めて下さるに違いない。
ローマと、ゲルマンと、高級、清潔、洗練、機能性を全部たして新築で造ったような場所。

オランダのヘールレンに午後のコーヒーをしに行く。
ドイツと違って、古いものを後生大事に直して使わず、まだ使える建物でもどんどん壊して
新しいのを建ててしまうから、街がなにか薄っぺらくて、アメリカみたい。
あ、でも、そんなに汚くないから、やはりオランダ。
その後、一路、バート・ナウエナールへ。
知らずに泊まった宿屋が、ベートーヴェンが滞在していた
家だと知ってびっくり。
この階段、この手すり、この部屋にベートーヴェン様がいらっしゃったのだ!
そして、温泉に入りながら、曲を書いたり、音楽会で演奏したりしたなんて。
私はなんという幸せ者なのだろう。
ここの温泉は夜12時までやっているから10時過ぎまで入っていた。
カジノへ行ったら、その質の低さにがくっときた。
やはり、服装規定を猛烈に厳しくしないと、場所の質が落ちる。
バーデン・バーデンのカジノなら、女性は正装、男はネクタイとジャケットない人は
入れてもらえないのに、ここではノーネクタイや、コットン服でも出入り可能。
私たちは正装していたから、ここで食べるのをやめて、夜の2時まで食事を出す
街の料理屋へ行き、羊を食べた。
平成18年4月20日(木

地図にほとんど載っていないような山の中の温泉町、バート・ベルトリッヒを
捜し当てること1時間強。
トリアの選帝侯はどうやって、この地に温泉が出ていることを知り、どのように
資材を運び温泉施設を造ったのだろう。
選帝侯の温泉だったことの誇りが溢れている町で、どの建物にも、選帝侯ホテルとか、
選帝侯宿屋とか、選帝侯クリニックとか選帝侯邸とか、名前を使っている。
道が一本しかないこの地の、しかし、なんと洗練されていること。
ドイツの「ブリガドーン」。
ケルト時代の水の精の水浴像が温泉の前にあった。

ルクセンブルクにお昼ご飯を食べに行く。
こんなに小さな国で、洗練されて、非常に高い水準の生活をしていて、
どこもかしこも、ピカピカにして、でも伝統があり、これはすごい。
行く先々で私は、素直にヨーロッパの優位性を認め、謙虚な姿勢になる。
学ぶことが多くある素晴らしい場所、ヨーロッパ。
私の感性と精神を高めてくれる。
バンコクやマニラへ足しげく通う格好悪いおやじたちよ、聞くが良い、
今後はヨーロッパ一本に進路を変更しろ、そうすることで人格が磨かれるだろう。
これは、実は私自身に言っている。
第三世界へ頻繁に行っていると、自分が向上できないから、バンコクへ行ったら
次はヨーロッパへ行ってからしか、次のアジアは行かないくらいの厳しい規則を
つくろうかな。
ヨーロッパは言語、文化、歴史など、準備して勉強してから行くから、身も心も凛として
いられるけれど、アジアはちょっとそこまで感覚でサンダル履きで行ってしまうから、
自分に甘くなる。
ルクセンブルクのあと、ドイツに戻り、中世都市ミュンスターエイフェルに到着。
ローテンブルクは非常に有名だけれど、こちらは、誰も知らない秘境。
規模的に言って、ずっと小さいけれど、城壁に囲まれた中世都市であることは同じ。
温泉は、今回の旅でワースト1か2を争うレベル。
1階が料理屋の旅籠屋に泊まる。
こういうのが行き当たりばったりで、最高に楽しい。
それぞれの部屋には、部屋番号ではなくグリム童話の題名がついていて、
「長靴を履いた猫」や「空飛ぶ旅行鞄」だの楽しい。
日本からインターネットでホテ
を予約したら、こんなに楽しい旅には
ならない。
平成18年4月19日(水

ドイツ最古の都市トリアへ行き、ローマ人の遺跡を見たり、街をそぞろ歩き。
中国人団体観光客の多いこと。
私はみすぼらしい格好をしている人を見るのがなによりも嫌いだから、目のやり場に困る。
温泉に入いる。
まあ、こんなものなのかな。ローマ人が見たら泣くけれど、ローマ人の原型の温泉施設は、
現在発掘だか、工事だかで、クレーン車が入っていた。
まずい中華を食べ、いやあ、まいった。
中国人観光客は、こんな味でも納得するのだろうか。
塩が多すぎる。
革命バレエ「白毛女」じゃあるまいし、お塩そんなに入れなくてもいい。
作り直してと言おうと思ったけれど、まあ、この値段だから仕方がないと思い、ひたすら残す。
カール・マルクスの生家の近くの通りのホテルに泊まる。
こういう、行き当たりばったりの旅の場合は、予約は行動を限定してしまい、かえって面倒。
足の向くまま、気の向くまま、好きな町の好きな場所に泊まればいい。
私は、パック旅行なんて、到底できない。
平成18年4月18日(火

あっという間に前半終了。
金髪の天使はトリア近くまで運転していって、ライン航空でストックホルムへ。
私は、スイスから車を飛ばして来てくれたお友達と旅の後半を開始。
バート・バルラッハで炭酸温泉水をたくさん飲む。
療養施設だから、客筋が違う。
温泉町の中世都市バート・クロイツナッハに宿泊。
こんな素敵なところがあったなんて。
歴史の流れと関係なく、中世都市のまま歴史と共存している。
私が必要としていた休養がここにある。
平成18年4月17日(月

朝7時半から、バート・ハーレンバッハの温泉とサウナ。
町の公共温泉歯は6年前に姿を消したとのことで、ホテル内の温泉施設で。
ここユーロ・パーク・ホテルがここでは一番大きいみたい。
さて、ルードヴィッヒ2世のノインシュヴァンシュタイン城を訪問。
馬に乗らずにバスで山道を行く。
ここに築城の材料を運び上げるのは、並大抵のことではない。
お金があるだけではできることではなく、すごい技術者たちがいないと到底無理。
中国人、恐れ多くも王が散歩を楽しんだマリア橋の上で、タバコを吸うんじゃない。
注意してやった。木造の橋の上でタバコを吸うあの行為が、中国人の性格を物語っている。
お前たちは田舎者だから、来るな。
王の温泉クリスタルは、なんだこれというくらい、こけてしまう。
白鳥に小船を引かせて、白テンの毛皮を羽織った、思い切りおじん顔のルードヴィッヒ2世が
描かれている。あまりに下手。王に失礼でしょ。
塩湯なので、ちくちくして痛痒く、入っていられない。
フェリーニの映画のごとき、ごちゃごちゃ。
バート・ホンブルクが月なら、ここはスッポン。
帰りは、ロマンチック街道を通らないで、アウトバーンでフランクフルトへ。
バート・ソデムでカラスの水浴び温泉。
1日に3回も入ってどうするの、一人で行ってこいと言われてしまった。
やつは1回しか入っていない、まあ、いい、私は自分のペースを崩さない。
ヨハン・ボルフガング・フォン・ゲーテ大学の研究所でファブちゃんと落ち合い、みんなで
ザクセン・ハウゼンで食事。
慰労の極限。
平成18年4月16日(日

ローテンブルク見物。郷土博物館、犯罪博物館。
ロバの背中に前後ろ逆に座らされて、町を引き回されたり、豚のお面を
つけられたり。
当時、恥ずかしい思いをさせるために考えついた刑罰は、現在の精神文化では
すでに罰としての役割を果たさないのは興味深い。
現在なら、ロバに乗りたい人が多くて、お金を払ってでも乗せてほしいと言うだろう。
豚や鳥のお面も、ファッション感覚でかぶってそのままパーティーへ行ってしまうかも。
なんとか、南のフュッセンに到着。
ホテルは町中でなく、バート・ハーレンバッハだった。
バートとつけば温泉だから、私は嬉しい。
旅籠屋でいいのに、なにを間違えたのか、予約した部屋はスイート・ルームのホテル。
まあいいか、たまには贅沢。
今夜は正装して、劇場だし。
「ルードヴィヒ2世」のミュージカルは、王への追悼。劇場が新しいすぎ。
客席1300席が埋まらないので、うしろの方の席なのに、一番高い席のチケットと
交換された。こういう価格では連日埋めようなんて無理だろう。
多くの赤字を出したそうだけれど、ドイツ人の意地で継続してほしい。
昼は家族向きのバイエルン民族芸能の上演でも2回くらいやって、劇場を活用したら
どうなのだろう。
上演前に、劇場前方に大きな虹がかかっていた。
ルードヴィッヒ2世が白鳥を連れて、その虹を渡ってきたような錯覚に陥った。
王はそうやって、ミュージカルを見に来る私たちを喜ばせて下さるのだ。
私は完全にルードヴィッヒの魔法にかかった。
DVDやCDを買った。
せっかくだから、ルードヴィッヒ2世Tシャツも買えばよかったけれど、Tシャツほど
使えないものはないからやめた。
男色場面がまったくないのは、不自然。
モーリス・ベジャールのところの美しい身体の男性舞踊手たちにバレエをさせればよかったのに。
上演後、ミミズが文字通り百万匹くらい劇場前の濡れた歩道に繰り出していた。

平成18年4月15日(土

昨日お休みだった皇帝ヴィルヘルム2世の温泉へ。
源泉を飲むと鉄臭い。わおー、本物の温泉だ、嬉しい。
入り口が立派で、貧乏人を寄せ付けないスノッブな雰囲気がたのもしい。
これでもかと、趣を凝らしているけれど、思い切り熱くしたサウナがないと
入った気がしない人もいるんじゃないの。
カップルで来て、低温サウナの中でずっとだべっているには、ちょうどいい。
蒸気サウナはキノコの臭いがしたけれど、もっとアロマとかしないのかな。
ここでしかない干草サウナはおもしろかった。
牧歌調と技術の水位のハイライト。
熱した石をじゅっと水につけて蒸気を発する電気しかけ、これを昔は、三助が
手でやったのだ。やけどもしただろう。
そのあと、ロマンチック街道を下る。
本当は、数日かけて、ゆっくりそれぞれの町を見るのが筋だけれど、今回は
そんな暇はない。
バート・メレンゲンで、どうしようもない温泉に遭遇。
特に皇帝温泉の後だと、ギャップが激しくて、適応できない。
子連れが多い、水泳用の大きな浴槽がある所はできれば避けたいけれど、
まあ、世の中には美人もブスもいるのと同様に、温泉もピンからキリまであると
思えばいい。
ローテンブルクに到着。18歳で来た時は、どこへ泊まったのだろう。
よくもバスでふらっとこんなところへ当時一人で来たと唖然。
天使は2度の温泉と運転で消耗しているため、私に当たり散らす。
市場通り沿いの昔の旅籠に泊まる。
扉は数百年前のまま。エレベーターはない。
中はびっくり内装してあり清潔そのもの。
こんな美しい中世都市を破壊した野蛮なアメリカを私は許さない。
美しいものを自分の国に持っていない人は、人の持っている宝を破壊したがる。
平成18年4月14日(金

朝食後、夢のようなドイツ温泉めぐりドライブが始まる。
この興奮をどれほど待っていたことか。
これを計画した2ヶ月前のその日から、この瞬間の喜びを考えない日はなかった。
この2ヶ月は、ドイツの温泉のことがすべてだった。
小雨のバートホンブルクから、ケーニッヒシュタインへ。
ドイツとは思えない趣味の悪い配色に塗られた建物が温泉。
私は絶望しない。ショックも受けない。
最初に最悪を体験した方が、後が楽しいと思う心の余裕。
ドイツのやることは、たとえどんなことでも全部好きだと受け入れられる。
バートハウエンハイムには、中世の伝統式温泉の建物がまだそのまま
残っていた。
塩の壁が健康な空気を運ぶ町。
私以外は全員白人だから、人目を引いてしまうかもしれないけれど、人の裸を
じろじろ見たりしない習慣が自然と養われている社会だから、目に入っても
見ようとしなかったものは、見なかったのと同じ。
大人の文化が根づいている社会だから成り立つ。
夕食は、フランクフルトのザクセンハウゼンへ3人で繰り出す。
ドライアイヒのグライスナー家にお泊りさせていただく。
昨年の秋は一家全員勢ぞろいだったけれど、今年はファブちゃん兄弟だけ。
初日に2箇所温泉に入ったから、疲労困憊。
平成18年4月13日(木

雑用をしていたら、結局一睡もできないまま、成田へ出発。
それなのに、たくさんやり残してきたことがあり、もうまいった。
KLMでオランダ経由でフランクフルトへ行くのは、ベトナム航空の二倍かかるけれど、
私は第三世界の飛行機には乗らない主義だからこれでいい。
スカイグループの航空会社ならマイルが貯まるから、損した気持ちにはならない。
スーツケースは28,5キロで8,5キロのオーバーだけれど、多めに見てもらった。
着るか着ないかわからなくても、ロングドレスやスーツやコートをいっぱい詰め込み、
行く先々でお友達に差し上げるおみやげも入れたからこんな荷物になった。
手ぶらで旅行するような、そんな難民だかヒッピーみたいな旅行は私はしない。
フランクフルトに降り立つと、金髪の天使が待っていてくれた。
朝の2時半にスウェーデンの家を出て、朝一番の飛行機でフランクフルトに着いたとのこと。
真夜中に着いた私を車に乗せて、バート・ホンブルクへ。
とっても疲れたけれど、気分は最高にオン。
「ケ」の生活の東京から、「ハレ」の旅のドイツへ来た。
これから毎日が楽しい。
平成18年4月10日(月

東京フォーラムで、東京フィルハーモニー交響楽団とハワイ音楽のケアリイ・レイシェルの
音楽界を楽しむ。
ハワイの音楽がこういうかたちで上演されるのは、興味深い。
しかしながら、ハワイの踊りは単調でつまらない。
あのように動きが制約されているジャンルは、技術より表現力が勝利するから
狭い場所でしかアピールしないものだと改めて納得。
ところで、二日前からミヒャエルさんのパソコンがクラッシュしてしまった。
そして今日、JRの中で携帯電話をなくしてしまった。
ミヒャエルさんはこれを「グラウンド・ゼロ」と呼んだ。
こうしてこの男は、完全に世界から孤立した。
「ヨブ記」のように、これでもか、これでもかと試練が課される時、これは、神様が
自分に何を伝えようとして下さっているのか考えないといけない。
馬鹿なお取り巻から、ヨブを救って下さろうとしたのではないかしらと言ったら、
自分もそう思うとのこと。
平成18年3月30日(木

小菅村は、まったくの静寂だった。
深い山の中には私たち以外誰もいなかった。
熊注意と書かれた看板の先の滝まで行くと、粉雪が舞っていた。
ここは本当に別世界。
ミヒャエルさんが、腕に刺青をしていたため、今回は温泉を避けて、
山歩きだけにする。
イタリア語の木曜日と金曜日という単語を私が間違えたため、ロベルトさんが来られなかった。
なんということを!真剣に勉強しないと。
次回は、大菩薩峠まで行きたい。
平成18年3月28日(火

フィリピンでは昨年、狂犬病で270人が死亡したそうだ。
飼い犬に狂犬病予防接種を受けさせるよう国民に要請したところで、誰も聞かない。
フィリピンは02年の狂犬病発生率に関する世界保健機関(WHO)リストでワースト5位に
ランクされていて、犬の予防接種により狂犬病発生率を抑制すればフィリピンのイメージが
改善されるというフィリピン・ニュースを読んで大いに笑った。
犬、猫、猿、豚に噛まれて死亡する人が多くいる国の大統領を取り替えない限り、あの国は
毎年どんどん悪くなるだけ。
こういう急降下をたどる国があるのもいい。
中国もアロヨくらい性質の悪いトップがいれば、後退していくのに。
本当に目障り。
沖縄が中国領にならないように、中国の無国籍児大量受け入れには、絶対に
反対していかないといけない。
日本人が沖縄を守らなくて、誰が守る。
平成18年3月27日(月

何語であれ、優れた精神を一度通過した言語は素晴らしい表現になる。
だから私が今やっている、前世紀のドイツ語を一度不得意なフランス語を
通過させてから、美しい日本語にしようとしているのは正しいのだと思った。
英語を用いたらもっと簡単だけど、敢えてあえて、不得意な仏語を通すことで
非常に勉強になっている。
踊りも同じ。
不得意なジャンルの踊りの振付もいとわずやると、今まで自分が使わなかった能力が
知らないうちに芽生えてきたりして。
そして、ジャンルの壁なんかどこかへ飛んでいってしまう。
ジャンルがどうのこうのと言うのは、しろうとさんの言う言葉。
私は、ジャンルを超えた表現者であるようにしよう。
平成18年3月26日(日

靖国通りの焼肉屋「東海苑」は、なんと、揚げ物の油を靖国通りの歩道に
直接流している。
その油が、下水道に流れて、河川が汚染されている。
その焼肉屋の前の歩道は、廃油でヌルヌルで、つるっとすべってしまいそうになる。
誂えの白いブーツの底が台無し。
違法投棄、公害防止条例河川汚染はなはだしい。
なぜ、この焼肉屋はこんなことを平気でできるのだろうか。
常識や、公衆道徳、良心の呵責はないのだろうか。
外国人にも日本の法律が適応されるのか、それとも、焼肉屋は特別な外国人だから
こういうどうしようもないことをしても、みんな目をつぶるのかと疑問に思う。
白いスポンジ激落ちくんを手に、従業員全員で、靖国通りの歩道を清掃させる
罰を与え、環境を悪化させたことへの賠償金を支払わせるべき。
あのヌルヌルべとべとは、まさに焼肉屋の持ち主の人間性そのもの。
焼肉追い出して、フランス、イタリア、スペイン料理の入った、おしゃれでヘルシー、
女性が足を踏み入れられるビルに新装開店して欲しい。
非常識な焼肉屋に行ってはいけない。
良識ある人々が区役所の保健所と、東京都と、警察に苦情を提言すべき。
私たちは地元新宿安国通りの歩道が清潔になるまで闘うしかない。
平成18年3月25日(土

ドイツ人とヨーロッパのお風呂の歴史を読んでいて、非常におもしろいことを
見つけた。
古代ギリシア、ローマの時代にあった水泳場が閉鎖され、中世暗黒時代には
水泳が行われず、近代になって、どのように水泳場が開始されたのかという
興味深い部分を検証した。
最近泳いでいない。
1月にタイ、ホアヒンのホテルのプールで泳いだきり。
ああ、河童になりたい。
プールの壁をピョーンと蹴って、平泳ぎしたい。
来月思い切り楽しみたいから、今月はわざと、泳がない。
フンパーディングのオペレッタ「ヘンゼルとグレーテル」が言うのように、空腹が
最高の料理人なように、楽しむ前はそれを絶たないといけない。
平成18年3月24日(金

18世紀にセーヌ川に浮かべた「風呂船」について書かれたドイツ語があったので
今日のフランス語の時に、それをやった。
最近、語学のレッスンの時にわざわざ一から文章を作るのが面倒なので、
他の言語で書かれたものをそのまま別の言語に訳すことにしている。
大学時代より、今の方がよく勉強しているように感じる。
1日のうちに辞書を引く回数は、もしかしたら、今の方が多いかも。
フランス人の弁護士でさえ、「風呂船」の存在は知らなかった。
「風呂船」はドナウ川にもあったようだ。
日本の隅田川には屋形船はあっても、さすがに「風呂船」はなかったようだ。
だいたいからして、同時に33の個室に入浴客を入れてどうするのだと言いたい。
日本的な感覚だと、個室より、大きな湯船にどっと浸かりたいというのが本音。
ヨーロッパ人は実に変なことを考えるものだ。最高におもしろい。
平成18年3月23日(木

1 サファイア、2 コロンビアエメラルド、3 ファイヤーオパール、4 ガーネット
5 シトリン、6 ブルートパーズ、7 ペリドット、8 アメジスト、9 ヒスイ、10 オパール
11 エメラルド、12 ルビー、13 クリソキャッツ、14 赤サンゴ、15 ムーンストーン
16 ブルートパーズ、、17 アクアマリン、18 ターコイズ!!WGトルコ石、19 パライバトルマリン
20 ピンクトルマリン、21 イエローサファイア、22 ブルースピネル、
23 アレキサンドライトキャッツアイ、24 クリソプレーズ25 タンザ、26 ファイヤーオパール
27 オパール、28 ブラックオパール、29 ロードライトガーネット、30 コンクパール
31 コハク、32 タンザナイト、33 サンゴ、34 レッドスピネル、35 ウォーターメロン
の中で
一番きれいなのは何だろう。
アクアマリンだろうか。琥珀も珊瑚も、乱獲は禁物だから、そのうち象牙のように
採取禁止になるかもしれない。琥珀を野放しに採取させるのは、犯罪的。
平成18年3月22日(水

「Sexy、Fetish、エレクトロパンク、Drag Queen、SM、ロリータ、Hard Gay、
コスプレ、Gothic、水着、Colorfull、ヤマンバ、ロカビリー、etc...ドレスコードは
特にないけど、」パーティーにお越し下さいなんていう誘いにホイホイ参加する人が
いるのは本当に情けない。
人々は他にやることがないのだろうか。
私は自分がなんて健康な人間なのだろうとつくづく感じる。
以上のいかなる格好もゴミ。
私はエレガンス&ソフィスティケイションまたはスポルティヴ以外のファッションはいらない。
平成18年3月21日(火

友人がまたイラクのクルド人地区へ行くという。
先月1週間行ったばかりだというのに。
できることなら行ってほしくないけれど、バグダッドを通過しないから
別の国のように安全だとのこと。
私はその友人と来月会う約束をしているから、絶対に無事でいてほしい。
平成18年3月20日(月

わー、やっと歯の抜糸が取れた。
この二週間のつらかったこと。
なにかやろうとしても、食べても、いつも、気になっていた。
これで、思いきりなんでも食べられる。

私は今まで歯のことを後回しにしすぎていた。
反省。
これからは、美しくなることなら、整形手術以外なんでもしよう。

真昼間から勤務時間中にダンスのレッスンに来るサラリーマンが何人もいる。
本当に平和な世の中で嬉しい。

アフガニスタンやタンザニアに生まれていたら、この人たち、こんな
楽しい午後なんか過ごせるはずはない。
平成18年3月19日(日

ドイツ人とベトナム料理の食べ放題へ行って、妖精に出会った。
28歳くらいに見えるけれど、54歳だと本人は言う。
なんて、きれいな人なのだろう。
もとはボートピープルで、本国から避難して来たそうだ。
天下の歌舞伎町にお店を出して、ママさんをやっているのだから
それはすごい。
しかも、お酒ではなくて、ごはんのお店であるところがいい。
もっとすごいと思ったのは、日本人の旦那にお店を出してもらったのではなく
ご主人はベトナム人だとのこと。
ところで、このドイツ人は、業界の人らしからぬ人で、業界より、禅寺の方が
似合う。
平成18年3月18日(土

最近、スイスのロイヤルゼリーのカプセルが終わってしまい、すごく疲れが激しい。
来月まで入手できないけれど、その間、他のメーカーのを飲むのがいやだから
我慢しよう。
とりあえずということをすると、本当に欲しいもののありがたみが薄れるから
一時期我慢すること、これが大切なのだと思う。
ダンスのレッスンを連続すると、ぼうっとしてきてしまう。
以前は、土曜日に何クラスも大勢を教えていたけれど、その時は自分の
人生のそういうステージだったのだのだろうと思う。
今のマイペースの時間割で私は十分。
平成18年3月17日(金

神楽坂の家の内装工事をした。
玄関の内側にもうひとつドアを付けるだけで、中の温度が全然違う。
他の家もそうしてしまいたいくらいだけれど、絶対面積が狭いから
そうもいかない。
本当に神楽坂の家は、今までの中で一番いい。
行くたびに、どんどん好きになる芸者のような街。
平成18年3月16日(木

歯医者に先日縫ったところを見せに行く。
今回は、糸が取れたりしていなく、ちゃんとくっついているとのこと。
このまま月曜日までなんとか口をあまり動かさずに、大人しく過ごそう。
そうすれば、この状態にさよならできる。
平成18年3月15日(水

フランス人の弁護士が引っ越して来た。
週2回のフランス語のレッスンをしてもらうことにした。
私はなんて恵まれているのだろう。
ヨーロッパが私のところへ来てくれる。
この機会を生かすも殺すも私次第。
機会に恵まれて、それを生かさなかったら私は単なる馬鹿者。
さあ、頑張ろう。
そして、神様にその成果をお見せしないといけない。
平成18年3月14日(火

神楽坂でいろいろ食べ物を買うのは、本当に楽しい。
今の東京で、こんなに素晴らしい食品のお買い物ができる場所が他にあるのか。
もっと、安く買えるところや、無国籍に洗練されたは場所はいくらでもある。
しかし、文化に裏付けられた雰囲気で、しかも、ドイツパンの店では
ドイツ人が販売し、フランス料理の店へ入れば、フランス人が調理や給仕を
している完璧に文化に徹した場所は日本中ここしかないかもしれない。
伊勢丹の地下のフランスパンやでも、フランス人が白い調理帽子を
かぶって売っているけれど、所詮デパート。
昔ながらの個人商店が、思いっきりの個性でずらりと並んで売っている様は
本当に美しい。
だから、ついつい、たくさん買ってしまう。
こういう所でお買い物をする癖がついてから、ドンキホーテとかに絶対
入れなくなってしまった。
神楽坂に家を借りて本当によかった。
新宿御苑にいた時は、.そこが日本で一番良い住居環境だと思っていたけれど、
文化的な消費生活をするのに、一番いい場所が神楽坂なのだと思う。
文化的でない消費生活をする場所はいくらでもあるけれど、神楽坂は、
素敵な女の人と同じで、そこへいくたびに新しい発見をして、どんどん
その魅力にはまり、嬉しくなって足しげく通ってしまい、あ、そうか、
神楽坂は芸者の街なのだ。
今でも芸者の気質が街にたちこめているから、こんなに魅力的なのだ。
平成18年3月13日(月

ジョンイルがエルビス・プレスリーの衣裳を着ているおいしい写真が
手に入った。
これだから、朝鮮日報をたまに読むとおもしろい。
雪松という娘が昨年フランスに留学生の身分で滞在したということも
書いてあり、一体何をたくらんでいたのだろう。
どこに泊まって、何をしていたのか。
マサオもスイスに留学させていたわけで、ジョンイルはフランス語圏が
好きなのか。
平成18年3月12日(日

私はミロシェヴィッチは、獄中で「自然死」してよかったと思う。
裁判終結前に死ぬことでこの男は、最後の誇りを保ったのだと思う。
死刑を宣告され、世界中の人の前で恥をかくくらいなら、病死(?)で
しかも、一人で独房で死んだことで、ハーグに勝利したのだと思う。
これは、アドルフ・ヒットラーが、総統を捕らえるという名誉を誰にも
与えないで自殺したり、クレオパトラがオクタビアヌスにローマ中を
戦利品として引き回される前に毒蛇に胸を噛ませて死んだことと
共通しているように思える。
命に固執しては、伝説にはならない。
威厳ある死は、恥を忍びながら生きる人生に勝る。
敵の手に落ちる前に自分で終了するから、伝説になるのだ。

それはひとつの美学であり、帝王学が教える真理なのだと思う。
平成18年3月11日(土

私はハレとケをはっきりする生活をしているから、ケを演出するのも
精一杯気を使う。
ハレの服装はたくさんあるけれど、ケの時の服装が少ないから、
思いっきり究極のケを味わうために、男物の絹のワイシャツに刺し子を
している。
以前は、木綿の布を使用していたけれど、縁の三つ折り縫いが面倒なので、
ここのところ、フエルトを使用している。
作務衣を着て作業をすると効率がいいのと同様、私も、自分が名づけた
「能率ヤッケ」を着て執筆をするとはかどる。
私の場合、能率ヤッケを着用するのは、執筆の時だけ。
そして、その姿は誰にも見せない。
つうが与ひょうに見られたくなかったのは、作業をしている姿だけというよりは、
作業をしている時に来ていた作務衣だったのではないかと思う。
私も自分の与ひょうには、作務衣は見せたくない。
これを見せてしまったら、もう、終わりだと思う。
与ひょうは、つうが、きれいな白い着物を着ている姿だけを見ていれば
いいのであって、作務衣姿は禁断の姿だから、見てはいけないのだ。
絹のワイシャツは日々、状況が変わってくる。
どんどん、あちこち、裂けてくるから、それがまた面白い。
毎日フエルトを縫ったりしたら、それだけで、他の仕事が何もできなくなって
しまうから、1週間に1度だけと決めておいた。
そうしたら、1週間に破けてくる量が、フエルトを貼り付ける補修よりも
速度が速くなってきているので、仕方がないから、今週は2回やることにする。
フエルトの重みが加わるから、この絹のワイシャツは次第に重くなってきている。
それがまた、心地よい。
1着そういうものを日々作りながら、持っていることで、ハレの時の自分を
きちんとつくっていかれるのだと思う。
世の中には、その装いがハレなのだかケなのだか、わからない、
中途半端な装いが多すぎる。
平成18年3月10日(金

ドイツ人と一緒にドイツの民宿を捜して予約を入れている。
ホテルは高いから泊まらない。民宿で十分。
それも、部屋数が10部屋にも満たないようなところは、家族営業だから
日本の民宿と似ていておもしろい。
日本人の観光客は、旅行業者を通すから、決してそういうところへは
来ないだろう。
ドイツのように極端に衛生状態が良い国では、ホテルだろうが民宿
だろうが、設備の差はまったくなく、むしろ、民宿の方が、優れている
くらいだと、私は感じる。
平成18年3月9日(木

イタリア語のレッスンで、ケルト時代からドイツにあった温泉の年表を
ドイツ語からイタリア語に訳している。
ゲルマンが来て、ローマが来て、ケルトはどうなってしまったのだろうと
私は不思議に思う。
駆逐されたのではなく、うまく、溶け込んだのだと想像する。
ドイツの地名で時々、完全にドイツ語でないものを目にする。
多分、ケルトの古い地名なのだろうなと想像するけれど、確証はない。
北米の西海岸の地名でも、明らかに先住民族の地名があり、「ナナイモ」の
名前に感動して宿泊した記憶がある。
日本のオシャマンベやサッポロがアイヌ語なのと同様である。
一説には、日暮里もアイヌ語だと言われるが、そうかもしれない。
平成18年3月8日(水

月曜日に抜いた歯のあとが、あまりに痛くて、眠れなかったので、
銀座の歯医者さんへ飛んで行く。
昔、行っていた原宿の竹下通りの歯医者さんが、「美人は痛いことを
されたことがないものだから、痛いことも、たまにはいいものですよ」
と言いながら治療していたことを、なつかしく思い出す。
竹下通りはいつも非常に混んでいて、原付バイクで、なかなか
歯医者さんへ行き着けなかった。
今でもあるのだろうか、あの歯医者さん。
銀座の歯医者さんは、VIPご用達みたいなところで、中曽根氏も
通っていると聞く。完全予約制だから会ったことはない。

眠ることで回復を早めるしかない。
身体を動かすだけで熱が出て、ずっきんずっきん痛む。
喋ることも笑うことも禁物。
こんな状態でどうやって、ダンスのレッスンをするのかというと、
不思議とその60分間だけは、痛さがなくなり、笑顔になり、
説明をしながら、踊れる。
その短い時間は、完全に神様からいただいた時間。
人間が人生を賭けてやっていることに対して、神様は、そのような特別な時間を
下さる。その時間は、通常の時間の流れと違う次元のものなの。
神様が完璧に守って下さるから、自分の通常の能力が100%発揮できる。
その「神の時間」の存在に感謝の心を忘れないで、そして、人生で大切なことに
命を賭けている人にだけ、その奇跡は起きる。
その後、どっと、倒れこんで眠る。
平成18年3月7日(火

世田谷猫クラブ会長からこんなメールが届いた:

マリカさん、どんな親かは知りませんが、どうしてこんな子供にしか育てられなかっ
たのでしょうか?
「ウサギをサッカーボール代わり、少年3人がけり殺す

東京都江東区の小学校で飼育されていたウサギを、サッカーボールに見立ててけり
殺すなどしたとして、警視庁少年事件課と深川署は15日、
同区の無職少年(18)を動物愛護法違反や建造物侵入などの疑いで逮捕、別の事件
で逮捕されていた無職少年2人(いずれも18歳)を
同容疑で追送検したと発表した。
調べによると、3人は昨年5月8日午前5時ごろ、同区辰巳1の区立辰巳小学校に
無断で侵入し、飼育小屋からウサギ1匹を勝手に持ち出した。
その後、同区潮見1の公園でウサギを何回もけって殺し、同7時ごろ、近くの運河へ
捨てた疑い。3人のうち2人は同小の卒業生だった。
3人は、公園内で、すり鉢状になったローラースケート場にウサギを放し、駆け上
がってきたところを、けっては突き落とす行為を繰り返したという。
3人は、「サッカーボールのようにけっているうちに死んだので、見つからないよ
うに捨てた」と容疑を認めているという。
別のバイク窃盗容疑で逮捕された仲間の無職少年(17)もその場にいたが、同小
でウサギの飼育係だったため、涙ながらに仲間の行為を
止めようとしたことから、動物愛護法違反での立件は見送られた。
同課によると、ウサギは4歳くらいの雄で、「ゆきのすけ」と名前が付けられてい
たといい、同小の児童たちが行方を探していた。
(読売新聞) - 2月15日12時48分更新」

ローラースケート場にこの3人及び両親を入れて、
駆け上がってきたところを、蹴るなどの体罰を加え、
ウサギの苦しみを体験させるに限る。
こういう子供は言葉で言ってもわからないがら、また親が馬鹿に
決まっているので、ウサギの苦しみを体験させるべき。
私は、残酷な犯罪をした人には、自分のしたことがどういうことか
体験させるのが一番良い薬になると思う。
今回はウサギですがそういう馬鹿は生かしておくと次回はイヌ、そして
最後には人間で試すので、早いうちに始末するのが、将来の犯罪を
予防できる。
死刑を含む厳しい刑罰のある動物愛護法を制定すべき。
私はウサギをかわいがっていたことがあるから、そういう馬鹿が許せない。
生涯に渡る旅券の発行禁止、移動の制約、還付税及び年金授与権なしなど、
一生反省するような刑罰が必要。
平成18年3月6日(月

ドイツ人とポーランド分割の話をしながら、中華の食べ放題をした。
ドイツでこんな話題をしながらレストランで食事をしたら、
警察に連行されるのだろうか。
ヒルトン・ホテルの地下の中華は、従業員が全員中国人だから、
客のドイツ語の会話内容に耳を澄ませているはずはない。
私が来月ドイツへ行ったら、カール大帝温泉に入った後、国境越えて
ベルギー側でおいしもの食べる予定と行ったら、国境越えてもそこは
まだドイツ文化圏だよなんて言っている。
独仏国境なんか、完全にドイツ文化圏だからね、旅券がフランスだって、
話しているのはドイツ語だから、そんなことを二十代の人が言うということは
それより上の世代はどう思っているのだろう。
アルザスがドイツ文化圏なのは、歴史的に正しいし、ゲーテが学んだ場所を
我々はドイツと位置づけるべきなのだろう。
しかし、武力で土地を奪還するより、言語を自発的に話させることで
文化的にこちらに組み入れる方が、より賢明なのだろう。
つまり、その言語を話したら、文化的にそちらに組み入れられてしまうという
ことだから、日本人は、まして、行政は安易に横文字を使うべきではない。
横文字は知識として理解すればいいのであり、横文字を使うことで
その概念に該当する母国語の言葉が失われてしまうのは、はなはだ
馬鹿げた現象だ。
ヤギみたいなおじいさんの先生がフランス語の授業で、クレームを美顔化粧品と
強調していたのをなつかしく思い出す。
ヤギのおじさんは、正しかった。
美容塗り液、美顔塗り剤、美肌軟膏、美肌栄養剤、いろいろ考えるのもおもしろい。
平成18年3月5日(日

春らしいチューリップや、さまざまなくだものを買って母のマンションに
届ける。
チャイムを押して、母がいないと、少し残念なのと同時に、かえってほっとする。
顔を合わさないで気持ちだけ伝える愛もある。
喋ると崩れる愛もある。
ごんぎつねが栗や柿をそっと置いたように、私も毎度、そっと廊下に
置いて帰る。
帰る時に、階下の管理人に、何時に母が出かけたかを確かめる。
今日はおでかけになっていらっしゃいませんなんて言われてたら、
中でどうにかなっている可能性もあるから。
ところで、曙橋の駅を降りて、駅のうしろに、ものすごくセンスのいい
花屋がある。
なにがすごいと、一言で言えないくらい、すごいセンスの良さで、思わず
中に引き込まれてしまい、欲しくないものまで、あれこれ買ってしまいたくなる
魔法にかけられる。
お陰で、昨日も来たのに、また今日来てしまった。
しかも、切り花に、生き生き水をサービスでつけてくれる。
そういう心づかいが嬉しい。
こういうお花屋さんに足を踏み入れて、手ぶらで帰って来る無骨物は
いないだろう。
曙橋は本当にお花屋さんが多い。
女子医大病院があるからかも。
平成18年3月4日(土

中世ドイツの温泉について読んでいるとおもしろい。
修道院の湯になって、絢爛豪華、華美な温泉文化が廃れる。
月に1回しか入浴してはいけないという「温泉条例」が出される。
不潔な社会となる。
そのうち、年に2回しか入浴してはいけない「温泉条例」が出る。
人々はどんどん汚くなってきて、社会の衛生状態の悪化が極限に達し、
疫病で次々に倒れ、十字軍から帰って来た人々が、性病やライ病を
もたらし、中世ヨーロッパは地獄と化す。
そのドイツ語の原文をイタリア語に訳してイタリア語のレッスンを
受けている。
さらに、そのイタリア語をロベルト先生が一生懸命に日本語にして、
日本語の勉強も同時に30分間する交換授業をしている。
その後一緒にごはん。
こうすると楽しいから長くできる。
語学は継続が大切だから、この方法は理想的。
フランス語でもこの方式でやりたい。

勉強したいと思って、日頃から辞書を引くくせをつけていると
自然と神様が適材を送って下さるから、「タンタンの冒険」を
頑張って読むのが一番。
平成18年3月3日(金

子供の頃、一年で一番楽しみだったのがおひなまつり。
おひなまつりの1ヶ月くらい前から、宝物のようなおひなさまを
並べて、楽しみに待ったことを記憶している。
菱形のひし餅、人工着色料いっぱいで、しかも、ひなあられ同様、あまりおいしく
ないのに、その時だけの食べ物のため、非常に特別なおやつだった。
母方の祖母が画家だったので、季節感のある絵を描いていた。
桃の色紙絵は、今でも脳裏に強く焼きついている。
私のおひなまさは、それほど大きくなかったけれど、顔がかわいく、
センスがあった。
デパートで天井まで届く、豪華なおひなさまを見かけても、顔が
かわいくないと、全然価値がないように思えた。
お人形の顔がかわいいということは、すごく大切だ。
祖母が仕事で製作していたこけし人形の顔のかわいらしさを物心つく頃から、
そばでじっと見つめていたから、どうやるとかわいい顔がつくり出せるのかという
魔法を日々目のあたりにした。
だから、温泉地のおみやげ屋で売っている商業こけしの顔を見ても、
かわいくないどころか、怖かったり、気持ちが悪かったりした。
心の美しい人がつくったお人形の顔が一番美しい。
それ以来、表情(顔そのものではなく)の美しくない人とは、会うのも
苦痛になった。
平成18年3月2日(木

東京宝塚劇場は危機管理がなっていない、非常事態になれば
上手2階壁際に近い観客はみな、逃げ遅れて死ぬ、一緒に行った友人が
開演前にそう指摘した。
今までこの劇場に何度も足を運んでいるのに、そんなこと考えたことも
なかった。
言われてみれば、そのとおりで、1席でも客席を増やして営業収入を
多くしようとするあまり、壁までぴったり客席を設置してしまい、壁際の
観客は、数人の観客が中の通路から出ない限り、脱出はできない。
壁際に通路があれば、観客は、両側から脱出が可能なのである。
「ベルサイユのバラ」を見に行って、そのことが上演前後の話題になったのも
それも私たちが、宝塚ファンでないから。
内容はというと、宝塚の上演は余計なものが多い。
ベルバラに徹して、余分なマンボの踊りなど入れなければいい。
せっかくベルバラの最後でアントワネットが断頭台の露と消えたのに、
その後に来るレビューでガクっときてしまう。
おのぼりさん相手の昔の浅草国際劇場ではないのだから、スマートに
終了した方がかっこいいのに。
でも、関西の人がつくるから、ああいうゴテゴテの演出になるのかな。
平成18年3月1日(水

チャイコフスキーの「くるみ割り人形」を踊るのですというだけで、
人は魔法にかけられて、目が輝き、上手に踊れるものだ。
ロシア語が堪能で、ロマノフの華麗な宮殿や、貴族の館を想像でき、
チャイコフスキーがそこでピアノを弾きながら作曲している姿が
目の前に浮かべられる生徒さんだとなおさらのこと。
チャイコフスキーが誰なのかもわからない人は、状況を想像する能力や
知識に欠けるから、したがって、魔法にかからない。
人は知識が広がれば広がるほど、想像力が豊かになり、空想の世界に
自分を置くことが可能になるから、魔法にかかりやすくなるのだろう。
平成18年2月28日(火

最近毎日ドイツ語の論文を読んでいる。
仕事でどうしても必要で、他に資料がないから仕方がない。
信じられないくらい語彙が記憶から消えているので、いちいち辞書を
使わないと読めない。
木村相良辞典は大きすぎる。
ウェブ辞書など使おうものなら、全然役に立たないので、これまで、
1年に数回見るかどうかの岩波独和を使っている。
お墓の中の奥津、佐藤先生、再びお世話になります。
ありがとうございます。
私は幸運にもこのお二人から指導された。
どちらも、ハルトマン・フォン・アウエの「あわれなハインリッヒ」で、
相良守峰先生のゲーテの「ファウスト」くらい難しかった。
中世ドイツ語は2格支配の動詞ばかりなので、質問されると必ず
「2格」と答えて、「よくできました」なんて誉められて喜んだのが
22歳とか23歳の頃。
岩波は2冊目で、私は奥津彦重先生からいただいた。先生は、中表紙に
「丸子睦美様  奥津彦重」とご署名までして下さった。
私はゲーテから直接魔法の本をいただいたくらいに舞い上がってしまった。
奥津辞書には苦い思い出がある。
1冊目は言うもの恥ずかしいようなことをしてしまった。18歳の時である。
玉川大学時代に、教科書や辞書を鞄に入れず、バラ持ちしていたら、
構内の溝を飛び越える時に、落としてしまった。
しかも、その時は、父が学部長先生との面談で来た日で、私は父の
目の前で、ドイツ語の辞書を溝に落としたのだ。
「やーん、どうしよう、きったなーい」と言う馬鹿娘を尻目に、父は、
溝に手を入れ、奥津独和辞書を拾い上げるなり、ハンカチで拭き始めた。
「お勉強のための大切な本や辞書をバラで持ち歩くからそんなことに
なったのです。これからは、必ず鞄に入れて持ち歩きなさい」
そう言って、父は、「むっちゃん、この辞書を捨てたら絶対にだめですよ」と
念を押した。
数日後、乾いた奥津独和辞書は、水を含んだため、膨れ上がり、みすぼらしかった。
私は触るのも嫌だったため、極力それを使用しないで、家では相良独和、
学校へは小さなポケット版オックスフォードの独英、英独が一緒になったものを
持って行った。
当時の私の英語力なんて、独英で引いたものを、さらに英和で引かないと
だめなくらいで、ひとつの単語を調べるのに二度作業が必要だった。
奥津独和を使えば一度で済むのに、私は、エンガチョだと思って、
それには指を触れられなかったから、結局、ひとつの言葉を調べるために
独英両方勉強になったが、それが、将来本当に役にたったので、ありがたい。
私は高校の時に英語がよくできず、嫌いで、やる気がなかったので、
科学や物理、数学と同時に英語まで免除してもらって、その代わりに、
ドイツ語、文芸、舞踊、映画鑑賞をすることで、理数帳消しの特別な契約をしていた。
今でも玉川学園はそんな自由な教育をしているのだろうか。
今自分がやっている仕事は、当時十代の時にやっていたことの延長。
好きなことだけやっていると、それが結局、後に自分の一生の仕事に
なるのだと確信する。
平成18年2月27日(月

フィリピンが今、おもしろいことになっている。
私はアキノという名前を聞くだけで涙ぐんでしまいそうなアキノ・ファンなので、
アキノが反アロヨの先頭に立って、象徴的存在になることは素晴らしいと思う。
願わくば、スーチーさんのように、長いドレスの民族衣装を着て、頭に南国の
花など飾って、民主化運動のアイコンになってしまえばいいのに。
政治も平和もイメージがとても大切だから。
私は、もうすぐニノイ・アキノ国際空港に到着しますというアナウンスを聞くだけで、
着陸前から、機内の座席で涙がぐむほどアキノ夫妻が大好きだから、
アキノさん、大変だとは思うけれど、暫定大統領になるべきだと思う。
アロヨが2010年までやるなどもってのほか。そんなことしたら、フィリピンは
アフリカの最貧国以下になるだろう。
昨年フィリピンへ行ってからというもの、毎日欠かさずフィリピン・ニュース
読んでいる数少ない日本人の中の一人として、日増しにアロヨは悪い、こいつを
やめさせろという気持ちに確信が持てるようになってきた。
北チョー・ニュースやヤフー・ニュースを読まない日があっても、
フィリピン・ニュース(編集の日本人を尊敬します!この人はすごい!)だけは
絶対に読むようにしているのは、ひとつの悪徳政権が、どのように終焉を迎えるか
この目で毎日確かめたいからが最初の理由。
ふたつめの理由は、この政権を支える弁護士団の演説草稿原稿を
執筆しているのが日本で教育を受けた友人のXXXXだから。
そんな仕事やめて、政権崩壊する前に、どこかへ逃亡して、そのいい頭を
もっと別のまともなことに使えと言いたいけれど、まだ言えないでいる私。
平成18年2月26日(日

今日はすごく仕事がはかどった。
家事を完全にやらないとこんなにもはかどるものなのだ。
あうんの呼吸のなにぬねちゃんがお掃除に来てくれるようになってからと
いうもの、私は、踊りと、勉強だけに没頭できる。ありがたい。
古代ギリシアのお風呂がどうなっていたかを見ると、紀元前なのに、
部屋全体を壁や柱に通した管を通る熱湯で暖めて、湯船に浸かっている。
外と温度が同じ寒い浴室を昭和に使っていた、実家の四ツ谷の家より
設備的には上をいっていると発見し、思わず苦笑。
平成18年2月25日(土

「風刺画掲載紙に報道賞 表現の自由守ったと評価」という共同のニュースを読んで、
デンマークに新たな敬意を払いたい。
「 【ロンドン24日共同】コペンハーゲンからの報道によると、イスラム教預言者ムハンマドの
風刺漫画を昨年9月に最初に掲載したデンマークの日刊紙ユランズ・ポステンが23日、
「脅威にさらされた表現の自由を数カ月にわたり守った」との理由で、
同国内の報道機関に与えられる「ビクトル賞」を受賞した。」

平成18年2月23日(金

ジョーさんが、来週ジュネーブの国連に行くことになった。
部落開放同盟の人の通訳で行くと言っている。
そうか、鳥取のことがあんなふうになってしまったから、国連に直訴するのか。
最近、ニュースの更新やっていないサイトだけれど、記録として役には立つ。
平成18年2月23日(木

ランボーがカナダからハイドンのCDを送って来た。CDのジャケットの中には
未払いのボーダフォン払っておいてと日本円1万7千円も同封。
非常にスマートな人だと思う。料金は4ドル95セントしかかかっていない。
銀行から海外送金手続きをして、4千円払うよりずっといい。
ハイドンの少し古めかしいメロディを楽しんだ夕べ。
平成18年2月22日(水

「四十くらいの年恰好の得体の知れぬ女を すべたとか、
かわいいひとと呼んでいた」という、セルゲイ・イェセーニンの
詩の一節に、明らかにイサドラ・ダンカンだと思われる部分を見つけて
ほっとする。
私は、イェセーニンが本当にイサドラを愛していたのかどうか、疑わしい。
イサドラは紛れもなくイェセーニンを愛していたけれど、この愛は、とても
不均衡なものだっと思う。
二十代の男が、二十歳近く年上の女に抱く感情は、男女の愛というより、
母親に甘えてみたい気持ちと類似しているのだろう。
イサドラはイェセーニンに世界を見せた。
イェセーニンは礼も言わずにイサドラからすべてを取り上げた。
イサドラは黙って差し出した。
実に自虐的な愛で、私は、ルー・サロメとリルケの愛の方が安心できる。
ゲーテにシュタイン夫人が必要だったように、男には世界を見る窓のような女が
必要なのだと思う。
イサドラもゲーテの子供も幼くして亡くなったため、そこで天才の血は
断ち切られた。
どこかにイェセーニンがつくった子供はいなかったのだろうか。
次に時代に世代を伝えなかった天才の一覧表をそのうちつくりたい。
舞踊:アルビン・エイリー、モーリス・ベジャール、ルドルフ・ヌレエフ、ルイジ・ファチュート
イサドラ・ダンカン
文学:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
捜せばたくさん出てくるのだろう。
平成18年2月21日(火

朝からお葬式。告別式。繰上げ厄払い精進。
こういう時しか会えない親族に会い、お話しをするのが私は好きだ。
煩わしいという人も世の中にはいるかもしれないけれど、
私は、肉親と離れて生活してきたから、血縁関係にある方々と会うのが嬉しい。
系図がないと、わからなくなってくる。
いとこの結婚相手の名前まで覚えられないし、知ろうと思わない。。
再婚した相手の名前など、ましてわかるわけはない。
繋がっている人の存在は大切だと認識を新たにする。
これからどんどんお葬式が増えていく。
叔父叔母たちの年齢を見るとわかる。
シルクで別の喪服もつくっておこう。
タートルネックのロング・ドレスにしよう。
平成18年2月20日(月

叔父のお通夜。
ご一緒したカンボジアがなつかしい。
あの時はとてもお元気で遺跡の中をさんざん歩いていらした。
叔父は多くの姪、甥がいたけれど、私は特別に近い姪だったと思う。
父と同い年で、父より19年長生きなさった。
今頃、父と、山下の叔父と四ツ谷の祖父母とみんな一緒に四ツ谷一族の宴会を
しているはず。
だんだん、四ツ谷組のあの世組(今は5人)が増えていくのだろう。
この世組が繁栄いくためには、この世組の帰属意識が不可欠。
私は故郷、四ツ谷市谷近辺を離れられない本物の牛込文化圏人でありたい。
平成18年2月19日(日

多くの人がなぜ魅力的でなくなるかというと、誰かと出会った(結婚した)途端、
他の異性を射止めようという努力をしなくなるからで、安心することで、
そのレベルたるや、どんどん低くなる。
常に現役の男や女でないといけないから、JRの時刻表並みに緻密な
予定表を作成し、ニアミスがないように、様々な恋(またはそれに近いもの)を
複数同時進行させる必要がある。
違う相手とだと、自分も違う人格になれるから、いくつもの人生を生きられる。
これが恋の素敵なところで、故に恋は芸術なのだ。
100円ショップのコップで100円のジュースを飲んでいる人もいれば、
ボヘミヤ・クリスタル・グラスでいまジューサーでつくったばかりの、新鮮くだもの
6種「国粋ジュース」を飲んでいる人もいるわけで、どちらもジュースを飲むという
目的は果たしている。
簡単に手に入るものだけで生活していると、その人が色褪せるから、あえて、
簡単に手に入らないものばかり追い求めるような姿勢で人生を生きている人が
たまらなく魅力的なのだ。
だから、簡単に会える相手は一番つまらない。
All of you なんて見たくないから、best of you だけ見せてくれればそれでいい。
私もbest of meだけを見せるから。
平成18年2月18日(土

最初の夫と一緒だった頃は、聞く音楽はいつもスメタナとドゥヴォジャーク(ドヴォルァーク)
ばかりだったので、広い世界には、これ以外の音楽だっていいものいっぱいあるのに、
どうして同じものばかりと私はいい加減あきあきしていた。
ノリの軽い、さわやかで透明な世界観が足りない民族の血を感じて、怖かった。
離婚後、「我が祖国」や「新世界」を1年に1度くらいづつ聞いていた。
その恒例の行事が今日だった。
しかし、重い。
これでもか、これでもかとフルオーケストラで迫ってくる。
同じ楽器編成使って、ヨハン・シュトラウスはあのよう華麗な旋律をもたらして
くれるのに、チェコ軍団のこの暗さと、生真面目さはなんだ。
あの国に生まれなかったことを、神様に感謝しないといけない。
人間生まれた場所が場所だっただけに、とんでもない運命が待ち受けているのだ。
現在、収容所に入っている、ワールド・サッカーの時の美人応援団21名にしても、
アメリカにでも生まれていれば、あれだけのルックスがあるのだから、
ファッション・ショーや銀幕の世界で活躍して、ビバリーヒルズに家を買ったかも
しれない。
あんなにきれいな人たちが、この冬の寒い最中に北朝鮮の収容所で一体どういう
生活をさせられているのか、気になる。
世界独身男性連合(というものがあるのか知らないが)が、政府関係者を通じて
即刻救い出すべきだろう。

韓国人はつまらないメロドラマをつくる暇があったら、隣の国の美女たちを救えと言いたい。
平成18年2月17日(金

最近CDの破損がひどく、音が飛ぶようになったものがいくつもあるため、
クラシックのCDはすべて、パソコンに保存することにした。
1年経てば評価が変わるような音楽はいいとしても、クラシックは一生の財産だから
きちんと整理しておかないと。もっと早く着手すべきだった。
CDのチャイコフスキーのケースを開けたら、ワーグナーが入っていた。
それで、ワーグナーを開けたら、ベートーヴェンが入っていて、久しぶりに
「第九」の「歓喜に寄せて」を聞きながら一緒に歌った。
玉川学園の時は、「第九」は当たり前の曲で、「ハレルヤ・コーラス」と同様、
毎日のように歌っていたのに、あそこを出ると、もう、普段
この歌を歌う機会はまったくない。当たり前か。
あの学校は、いつも歌っていて今思えばおもしろかった。
ショパン、アダン、スメタナ、シュトラウス、片っ端から保存していく。
やり方をマルタ大使に教えてもらっておいてよかった。
なんだ、こんなに簡単にできる。

流行歌を知らなくてもぜんぜん恥ずかしくないけれど、クラシック音楽と、ミュージカルの
サウンドトラックが流れて、それが何の曲だか題名を言えないなど、全然考えられないように
母が私を育てた。
母は大切にしていた多くのレコードをどうしてしまったのだろう。
私は自分に娘がいたら、クラシックとジャズ・スタンダードはどんな曲が流れても曲名を言えるように育てたかった。
アナスタシアは、チャイコフスキーの「ピアノ協奏曲」が好きな皇女に育っていると思う。
平成18年2月15日(水

ドイツ人が、ドイツの文学を読んでいない。
ドイツの温泉に入っていない。そのくせ日本の温泉には入っている。
ドイツの映画をほとんど見たことなくて、アメリカ映画ばかり見ている。
ドイツ人がドイツの民族衣装を着たことがない。浴衣着て喜んでいるくせに。
ドイツ人がドイツ国内を旅行していない。
だから、自分の国の各地のことをほとんど知らない。
自分の名前をペーターとミヒャエルとか紹介する代わりに、平気で英語風に、
ピーターとかマイケルなんて言ったりする。
フリードリッヒ皇帝が聞いたら、情けなくて泣くだろう。
ドイツ人がドイツ人でなくなってきているのは、ドイツが好きな私としては
嘆かわしい。
ドイツ人には思いきり、ドイツ人でいてほしい。
まわりに国に配慮しすぎるのはよくない。
ドイツ人が天才でなかったら、どうして、ゲーテやシラーや、ベートーヴェンやヴァーグナーや
カントやショーペンハウアーやニーチェなどのきら星がドイツの地から生まれたのか。
ドイツに青春を投じる人生を送ったから、ドイツは私にとって、一生特別な国。
平成18年2月15日(水

私は日本がメダルを取れなくても、さほど残念ではない。
ドイツがたくさん取っているから、それで十分嬉しい。
昨日の中国フィギアのカップルは、女性選手に一瞬神様が乗り移ったのだと思う。
絶対に演技をしたいというその気持ちが極度に高まった時、神経は痛みを脳に
伝えず、身体は神様に一瞬預けたのだと思う。
普通にしていても痛いのに、どうしてあんなことができるのか。
本当に鍛えた人の身体のすごさを見せつけられた。
CNNで試合を見ているせいか、全然日本選手が出て来ない。
日本も参加しているのだと思うけれど。

この中国選手に起きたことと同じことが、東京オリンピックの時に、
体操の小野喬(この字かどうか不明)選手にも起きた。
痛くてタオルで顔を拭くこともできないくらいの痛みがあるのに、鉄棒で大車輪をして
体操日本が金メダルを取った。
人間の積極的な意志が正しい目的のために極限まで燃えた時、神様は手を貸して
下さるのだろうと思う。
凡人は、そこまで意識を極限まで持って行かれないから、神様の奇跡に出会う機会が
少ないというか、ないのだろう。
平成18年2月14日(火

レズビアンの娘がいる副大統領チェイニーが弁護士を撃ったことについて、
ホワイトハウスが24時間以上事実を隠していたことを、今日、CNNがおもしろく
取り上げていた。
「副大統領はなぜ、撃ったのか」という質問に対し、「鳥インフルエンザを
撃退したかったから」という答えが来ていたのを聞いて笑ってしまった。
撃たれた弁護士のおじいちゃんには、本当にお気の毒だけれど、
このニュースは世界を喜ばせたに違いない。
あの嫌われ者の悪人チェイニーがドジをした。
こんなに胸がすかっとするいいニュースは久しぶり。

最近、迷惑メールが本当に多く、今日なんかは、コンドリーサ・ライスから
添付ファイル付のメールまで来ていた。
あの人からメールが来るわけないから、もちろんすぐに捨てたけれど、
名前が名前だから、開ける人もいるかも。
平成18年2月13日(月

イギリス軍が、イラク人未成年者に暴行を働いた事実が明るみに出て
内心大喜びをしているのが、アメリカだと思う。
それまでは、皆様、毎度おなじみの人間ピラミッドでございの連中が世界中から
容赦ない批判を一手に引き受けてきたけれど、これからは、イギリス兵が
全面的に注目を浴びるから、人間ピラミッドや、人間飼い犬ごっこの印象が
薄れる、万歳と、喜んでいる連中がアメリカに大勢いると思うと、本当に情けない。
英米の性的異常者両方を今後とも世界が非難していかないと、奴らは
欲求不満が限界まできているから、ますますエスカレートうするだろう。
現れたのは、ほんの氷山の一角だと思う。
たまたまビデオに撮っていたなんていうのは、偶然すぎる。
ビデオに残っていない数え切れないくらいの虐待を英米は現在進行形で
行っていると見るのが正しいだろう。

スカイプは楽し過ぎ。音もすごくクリアで、すごいテクノロジー。
これは、日本国内でもできるのだろうか。
もしそうなら、IP電話にしていない電話にかける時は、スカイプした方がいいということになる。
でも、相手がパソコンにスカイプ立ち上げていないといけないから、面倒かも。
平成18年2月12日(日

スカイプが使えるように、ヘッドフォンを用意した。
スウェーデンの携帯にかけたら2分で66円。
まあ、こんなものかという感じ。
パソコンのスカイプは、無料だから、私が20歳くらいだったら、
もう病みつきになってしまっていただろう。
幸か不幸か私は20歳ではないから、抑制できる。
どちらかが心を鬼にして切らないと、ずっと話してしまう。

ところで、BBCだか、CNNだかで、フィリピンの子供刑務所の様子を
見て愕然とした。
そんな小さな子供を収監してどうするの。
刑務所というより、動物を入れる檻といった劣悪な場所。
そんな小さな子供がお店から食べ物を盗まなくては生きていかれない
社会をつくった政治が悪いのに、根本的なところを直さないから
あの国は永遠の第三世界なのだと思う。
それにしても、通常は撮影を許されないそのような場所で、隠しカメラを
使って、撮影したこのジャーナリストの勇気に深い感銘を受けた。
この番組がきっかけになって、世界的な規模で、フィリピン経済に透明性を
要求する圧力をかけるべきだと思う。
ますますフィリピンが嫌いになった。
あのような国は一度、外部圧力で大統領を追放するしかないのだろう。
平成18年2月11日(土

今日は、ドイツ人と、ドイツ・パン(ミュンヒナーハオス・ブロートと、ベルリーナーランド・ブロート)と
ウインナー・ソーセージ(ヴィンナーヴルストゥ)の晩御飯にした。
そこへおかまの
赤毛教授が、日本の桜餅をたくさん持って登場。
そうしたら、別のドイツ人が、鍵を忘れて家に入れないから貸してと登場。
結局どんどん増えて5名になった。
ヴェルディの「椿姫」の家も、毎晩人がたくさん出入りしては、みんなで
夜食を食べて楽しかったのだとうと想像する。
出入りしているのは客という点では同じだけれど、椿姫は娼婦で、私は大家だから、
そこが違うななんて思いながら、楽しいおしゃべりに花が咲く。
結局、みんなで近いうちに大菩薩峠に温泉入りに行こうというところでお開き。
平成18年2月10日(金

玉川学園の高等部で仲良くしていただいた青島広志さんがテレビでベートーヴェンの
話をしているから、すぐにテレビをつけなさいと母から電話があり、つける。
相変わらずの個性的な話し方で、とても素晴らしい説明をしていた。
「エリーゼのために」はそうやって鑑賞すればよいのかと納得。
押しも押されぬ音楽の大家になって、本当に嬉しい。
青島さんは当時から天才だった。
「家畜人ヤプー」や「火の鳥」などのおもしろい漫画を紹介してくれたり、
駒込付近のなんとかまつりでへび女の見世物を見たり(入り口にニワトリの
トサカがいくつも並べてあったのがオエーだった)、豚足を食べたり、
いろいろな所へ遊びに行ったことをなつかしく思い出す。
「マザーグースのうた」は様々な手法で作曲されていた。
青島さんと高校時代に演劇部でミュージカルを一緒に創ったことが、その後の
活動に生きているのだと思う。

ところで、デンマークの新聞が掲載したの風刺漫画はどこに行けば見られるのだろう。
見てみたい。
これについておもしろい意見を述べている人がいた。
平成18年2月9日(木

信じられない。
あんなアナスタシアを初めて見た。
誰にも慣れず、決して身体を触らせないアナスタシア、無理に触ろうと
しようものなら、ハー!と思いきり威嚇されてしまう。
それなのに、今日、お寿司パーティーをしていた時、いきなりアナスタシアが
ある男のところへしおらしく寄って来て、座るなり、身体を触らせたのだ。
その男は、金髪長身、青い目のオランダ人で、アナスタシアは、気持ちよさそうに
目を閉じて、されるがままにしていた。
そんなアナスタシアを見たことがないロベルトは驚きの叫びを上げた。
今日は、オランダ、ドイツ、イタリアが集まって、お寿司を食べていた。
アナスタシアは母親のロシア猫から、いつも聞かされていたのかもしれない、
まだ見ぬ、父親のノルウェージアンフォレスト猫のことを。
ブリーダーの家で、清掃時の不注意から、ノルウェージアンフォレスト猫が
ロシア猫の部屋に入り、アナスタシアの母親と一夜の情事を持った。
アナスタシアの母親は、100パーセント純血種のロシア猫を出産するのが
仕事だったから、近親交配で、いささか頭の弱い軟弱なロシアの雄と定期的に
交配させられている人生(猫生)だったから、スカンジナビアの荒々しい
バイキングの男を見て、一目ぼれをしてしまった。
決められた相手とではなく、運命のいたずらで出会った相手との情事はなんて
情熱的で官能的なのだろう。
アナスタシアの母親は、バイキングの男の子供を身ごもり、それが、ブリーダーには
商品価値の一切ない、ロシアとノルウェージアンフォレスト猫の半分づつの
掛け合わせ、アナスタシアたち、兄妹となったわけである。
アナスタシアは母親から、人生一度きりの相手が現れたら、全力で愛するのです、
たとえそれが、許されない恋だとしても一向に構わないのです、
恋は最初の1秒が決める運命的なもの、時間をかけてつくっていくのではなくて、
瞬間的に燃えるもの、そう何度も聞かされて育った。
だから、まだ見ぬ父と親父タイプの男が登場したら、アナスタシアは母親と
同じ行動をとる。
私が会いたかった男、心待ちにしていた男が目の前にいる。
さあ、私を自由にしていいのよ、私はあなたのもの。
金髪のバイキングはアナスタシアを撫で続けていた。
アナスタシアは気持ちよさそうに、目を細めて、横たわっている。
私は猫も人間も自分の運命の人を目の前にしたら、同じ行動をとるのだと確信した。
平成18年2月8日(水

久々に派手で美しい男に出会った。
北の男は、金髪碧眼で大柄。
私は30分遅れて行ったのに、文句も言わずに、本を読みながら待っていた。
ドイツ語を話すのは4年ぶりだと言う。
あえて英語を使わせないことで、男のペースにならないようにバランスを取る。
母国語は別として、一番得意な外国語を使わないことで、人間関係の独特な
位置関係を構築できる。
平成18年2月7日(火
朝、ミヒャエルが来て、朝ごはんのパンケーキを食べた。
最近、朝食会議の時は、パンケーキに決まっている。
ロシア人がパンケーキに森で採取したきのこを入れると聞き、私も最近は
いろいろなものを入れるようにしている。
あまり具が多いと、ほとんどお好み焼きとか韓国チジミといったところだが
あくまでホットケーキミックスを使い、はちみつをかけたり、マヨネーズと
混ぜたりする。
海老を入れたこともある。結構いける。
甘いプラムのみじん切りとよく合う。
私は、生地にゴマをたくさん入れる。
ヒマワリの種でもいいかもしれない。
発想が柔軟でなかった時にはタブーと思っていたことが、今では
自由にできるようになった。
思いきり楽しめる。
料理は教わったり人に教えるものではなくて、自分で楽しむもの。
創意工夫で、最高においしい名前のないものができあがる。
食べてなくなってしまうところが、また美なのだと思う。
平成18年2月6日(月

神楽坂の家が少しづつ良くなっている。
電気関係の工事をしてもらい、インターネットも届いた。
ヤフーBBより安いKDDIが月額2千円安く同じサービスを提供しているので、
KDDIにしたのは正解。
この家は庭もあり、空間も広く、今までで一番素敵な家になるだろう。
建築がいい。
安普請ではない。
やはり、ちゃんとつくったものは、時を経ても素晴らしい。
あとは、入り口の二重扉の工事だ。
平成18年2月5日(日

レッスンの後、スコット・フィッツジェラルドの晩年を描いた宝塚のミュージカルに
行ってきた。
フル・オーケストラではなくて、ピアノとシンセだけ、出演者も15名
だけだった。
日本青年館で、花道もないし、レビューもない。
前半一幕寝ていて、2幕目から気を入れて見始めた。
ものを書くということは、経済的、時間的余裕がないとできないということを
よく納得した。
44歳で亡くなったとは。
平成18年2月4日(土

作務衣を着て作業に励む人がいるけれど、私の作務衣は「ケ」の状態を
保つために着る。
ランボーの着ていた絹の青いシャツなのだけれど、信じられないくらい
破損が激しかったのを、手直しした。
絹のジャケットなら洋服ダンスを開ければきれいなのがあるのに、わざと
朽ちて行く最後のプロセスを見届けたいばかりに、無理にそれを着る。
手直しなんかしたら、それにかける自分の人件費の方が高いだろうに、
アイヌの伝統刺繍や、どこかの地方のこぎん刺繍なんかと同じように、
一針一針縫うことで、生命力が縫いこまれていくとしか思えないような
パワーが蓄積されるのだろう。
それを着ると不思議と落ち着いて、作業がはかどる。
そのかわり、その姿を誰にも見せない。
いきなり訪問客があると、待っていただき、着替えてから応対する。
「ハレ」と「ケ」ははっきり分けないといけない。
「ハレ」を着るのは、人様のため、「ケ」は自分のために着る。
レッスンが終わってみんながいなくなると、私だけの時間。
思い切り自分に集中した時、思わぬ成果が生まれる。
平成18年2月3日(金

美容院へ行ったら、ぐっすり眠ってしまった。
カットをして下さる高橋さんに悪いことをしてしまった。
夜更かしだから、午後の時間は睡魔が襲ってくる。
お陰で、フランス語の勉強をしようと思って持って行った「タンタン」が
ほとんど進まなかった。
平成18年2月2日(木

西口のパークタワービルの最上階から見る夕日は美しい。
晴れた日には、富士山が見えるとのこと。
このくらい和に徹して、芸術的センスが溢れているビルはすごい。
センスの悪いビルは是非、真似するべきだ。
平成18年2月1日(水

イタリア語のレッスンの時に、日本とヨーロッパの比較温泉文化論を書き始めたら、
難しくなりすぎて、困った。
先週までは、ドイツ旅行の日記をたらたらやっていたので、さほど難しいことはなかった。
あまり難し過ぎず、文法を理解しながら、進める方法はないだろうか。
私は、教科書を使うのが嫌いなので、自分の文章でないと勉強できない。
人が書いた例文は、状況設定がすごくわざとらしくて、全然興味が持てない。
語学の勉強の教材には、自分の書いた文章を使うに限る
平成18年1月31日(火

最近ドイツ人とドイツの温泉について話をする機会がある。
うちにドイツ人3名、それぞれ20代後半。
いずれも、日本のドイツ企業で働いている。教育もある。
しかし、その誰も、ドイツの温泉に行ったことのある人がいない。
ドイツの温泉どうだったと、反対に私に聞くのだ。
日本人で20代後半で、生まれてから一度も温泉に行ったことがない人など
いるのだろうか。
これは、完全に温泉文化の違いを提示している。
ドイツ人Lxxは、日本に来てから数箇所温泉に入った。すごく嬉しい、楽しい。
日本はドイツより温泉がたくさんある。
雪が降っている場所の露天風呂は最高なんて言っていた。
ドイツでは、温泉は、温泉プール式のところで遊ぶ家族連れか、医師から
処方箋を書いてもらって、湯治治療に来ている大人、年配者たち。
若い人はほとんど行かないというのが興味深い。
僕のおかあさんは、シュトゥットゥガルト付近の温泉に行ったけれど、僕は
同行しなかったから、知らない。
僕は、北に住んでいたし、南のように温泉がたくさんないから、ぜんぜん
行く機会がなかった。
日本人は、ものごころついた頃から、親に連れられて、ここかしこの温泉に
行っている。
中学や、高校の修学旅行も温泉旅館に泊まるし、学生時代も、友人と誘い合わせて
温泉に行く機会がある。
家でも温泉の真似事みたいなことをするけれど、ドイツでは週に一回日曜日に
大きな浴槽にお湯をたくさん張って、家族全員が家でお風呂に入り、
むろん公衆浴場なるものはないから、お風呂は家でというのが僕の家の
やりかただよと言っているいるドイツ人もいる。
ドイツの温泉について薀蓄を言ってみた。
平成18年1月30日(月

友人が久しぶりに海外から帰って来たので、近状を報告すると、1月24日の
牛込警察を名乗る松本という男の不法侵入現行犯は、明らかに怪しいとのこと。
名刺を出さなかったのも、警察官ではなく空き巣だった証拠。
2階まで上がって来たのは、中を見たかったからではないのかと、友人が言う。
そうかもしれない。
中に住んでいる人と話すだけなら、玄関先で、名前を呼ぶなり、叫ぶなりすれば
いいことだから。
なにも、2階のダイニングキッチンまで上がって来る必要はない。
無言でこそこそ階段を上がる牛込署の空き巣はなぜ、階段を上がりながらでも、
「どなたか、いらっしゃいますか、ご在宅ですか」と言えなかったのか。
階段を上がったすぐのところにいるのだから、階段で喋れば、全部聞こえる。
その時、私と工事の人が3階にいたら、その空き巣は、2階の部屋をひとつづつ
物色するのだろうか。
犯罪の色が濃厚なため、友人が警視庁の担当の人に明日電話を入れてくれることになった。
持つべきものは友達だ。この事件の全容が早く明らかになることを願う。
平成18年1月29日(日

やはり本当だったのだ、犬を食べるというのは。
新宿裏情報というサイトで偶然見つけて、改めてびっくり。
「新宿・大久保地区には犬鍋を食せる店がいくつかある。
犬鍋とはいわずポシンタンというのだが、十年くらい前までは日本ではタブー視されていたものなので
かつては「裏メニュー」だった。
日本で食べようと思ったら、三河島のだるまやあたりまで食べに行っていたものだ。
しかし、韓国食文化としては赤犬は食材だから文句はいえない。
どんなに愛護団体が訴えようと、国を挙げて食べているのだからしょうがない
(注:現在は近代化のため、食しないという人も結構な数(半数以上?)居るので
古き習慣を持っての誤解なきよう)。
韓国では滋養強壮として夏の特定の日に、日本のうなぎのように食べる習慣がある。
大久保地区にコリアタウンがある以上、当然以前から食べられるとされるお店はあった。
報じられることがなかったというだけである」
そんな野蛮なことをするのは中国人だけだと思っていたら、なんと、韓国人もするのだと知り
ショックを隠せない。
ヨン様はまさか、そういうものを召し上がらないと思うけれど。

ところで、今日見たフェリーには黒沢の映像に酷似していた。
天才映画監督同士、影響を与え合っているのがわかる。
天才は他の天才の作品の価値をただちに知覚できるから天才なので、
凡人は、天才の作品を見てもどうしてそれが価値があるのか理解できないから、
凡人なのだ。
平成18年1月28日(土

ハープ演奏家、毛利沙織先生のCD「ハープ・クラシカル・ポップ」をここのところ
毎日聞いている。
黒のビロードの長いスカートと白いブラウスではなく、男物のシャツを素肌に羽織り、
ももぎりぎりから生足を出しているジャケットなので、あまりの斬新さに私は嬉しくなる。
私は、毛利先生が作曲した音楽を、ストレッチに使用させていただいておりましたが、
だんだん、ストレッチだけではなく、ステップ練習にも使うようになってきた。
ユーロビートやヒップホップなどの、単純で規則的な繰り返しリズムに慣れてしまっている生徒さんは
旋律の流れの呼吸で動くことができなくて、音楽が思い切り気持ちよく伸びているところでも、
十分に間を取れずに、どんどん先走って、曲より早く踊ってしまったりする。
どうして、こんなにきれいな旋律のところで、どんどんずれて踊ってしまうのだろうと
思うけれど、間の取り方など考えなくて良い、単純なリズムのものだと
振付を順番どおりに踊れる。
メトロノームや、リズムボックスは本当の意味でのリズム教育にはならないから、
毛利先生の「ためをきかせた大人の間やのびのある」旋律で踊ることは
非常に良いレッスン内容になり、助かっている。

平成18年1月27日(金

女11人と住んでいる変なおやじが逮捕されたけれど、時代と身分が
違ったら、別になんてことなかったのだろう。
今の時代に、無職の平民がそんなことしたからまずかったのだと思う。
今の時代だとしても、お金たくさんあって、複数の女性と住んでいる男なんて
ざらにいるだろう。
その反対に、複数の男たちと住んでいる女もいるはずだ。
無職ということと、タコ入道のような容貌が反感を買った。
催眠術の本くらい誰だって持っているだろう。私は持っていないけれど。
非常に特殊な本だとも思えない。
そういう変な環境で育った子供はどうなるのだろう。
浅原の子供を思い出す。
新宿区の施設にいたそうだ。
目立つと問題になるから、過疎の村の施設にでも入れて、自然の中で
のびのびと育てるのだいいだろう。
ドイツの温泉リンク・サイトをつくった。
平成18年1月26日(木

宝塚の「洛陽のパレルモ」を見てきた。
本編の方はシチリア開放の歴史的な事実でおもしろかった。
レビューは、多分、韓国公演で上演したものなのだろうけれど、
日本人がこれだけお金をかけて、向こうの文化をこのような形で
上演しているその姿勢を韓国の人々に見せることが、
政治家よりももっと大きな成果をもたらせるのだと実感した。
向こうが日本の国旗を燃やしたら、こちらは、向こうの文化を
お金と時間をかけて、上演することで、精神性の差を見せるのがいい。
タイのおかまショーでは、韓国というとすぐアリラン1曲で片付けるけて、
それを何年もずっとやっているけれど、宝塚は、数倍長いものを、
もっとお金と人数とセットと振付や音楽構成を使ってやっているから
そこが日本のすごさだと思う。
しかし、ライン・ダンスのところが、いつもかわいそう。
ニューヨークのラジオ・シティと比べるのも酷だけれど、毎回のひどい衣裳と
振付の変なのは、これは、もう、レビュー後進国というより、これで精一杯
というか、仕方がないのだと思う。
お金はかけているし、練習時間もかけているのは、わかるけれど、
ライン・ダンスそのものの振付が毎回変なのだ。
衣裳は、男性衣裳以外、本当に情けないけれど、最近は、男性衣裳を
すごく格好よく見せるために、わざと、ライン・ダンスなど女性だけの場面を
変な風につくっているのだろうと思えるようになってきた。
こうやれば、足が最高に太く、短く、格好悪く見えますよという、それのみを
目指して衣裳や踊りを作っているのだろう。
女性の場面がかっこよく、セクシーだったら、女性の観客は嫌なのだろう。
女性観客は、男性出演者の場面だけが、よく見えたらそれで満足だから、
わざと、女性場面の質を下げて作っているのだと私は勝手に想像する。
平成18年1月25日(水

ガスの調理器具がない生活をしばらく送っているけれど、ぜんぜん
困らないからおもしろい。
今日も、電気調理器具で友人と寄せ鍋をする。
洗濯機や、掃除機、冷蔵庫やテレビがない時もあった。
たまに、そういうものがないと、それなりにどうにかしていて愉快だ。
新しい家に持って行ってしまい、次のを入れるまでの間、ないことがある。
私は長い間、家具の中でベッドが一番好きだった。
これがないと生活できないくらい、すべてベッドにやっていた。
読書も、執筆も、お裁縫も、考えられることすべてみんな。
それも、ものごころついた時からずっと。
でも、ベッドをなくして、かえってせいせいしている。
一番大事だと思ったものでも、なくすと、それなりにどうにかするものだ。
同じ景色で生きないで、たまに、なくしてみるのも新鮮でいい。
平成18年1月24日(火

神楽坂の家の2階の台所で、壁にピンクのタイルを貼っていたら、いきなり
見知らぬ男が、台所に現れた。
どうして、そういうことありえるわけ。
玄関のチャイムが鳴ったわけでもない。
「ごめんくださーい」という掛け声が聞こえたわけでもない。
中年の人相の悪い男が、いきなりぬーと現れたのだ。
「誰ですか、あなた」私はびっくりして叫んだ。
幸い、電気屋さんが照明器具取り付け工事に来てくれていたので、
一人ではなかった。
「質問があります」
「何が質問ですか。
警察呼びますよ。家宅侵入罪の現行犯です」
私がその警察です、牛込警察の者です
出した警察手帳に松本XX樹と書いてある。
「番号もよく見せて」という私の目の前でそのおやじは手帳を閉じた。
「これは個人情報ですから」
「冗談じゃない。あんた、裁判所の礼状とってあるの。なかったら、
家宅侵入罪でしょ」
「すみません、ドアが開いていたから」
「開いてたら勝手に入って、しかも、2階まで上がっていいんですか。
なんで、呼び鈴押さないの」
「呼び鈴あること、知りませんでした」
「なんで、ごめんくださいと声かけないの」
「はあ、すみませんでした」
「すみませんじゃないでしょ、現行犯でしょ」
「オレオレ詐欺の予防のために来たのですが」
空き巣か泥棒の現行犯が何言ってるの
見張り役のもう一人の男が「私、有賀といいます」
と言った。その男も怪しい。
空き巣二人組みにお引取り願ったが、やりとりを聞いていた電気工事の人が、
「あの男は怪し過ぎる。どうして、ごめん下さいも言わずに、
いきなり
2階に上がってくるのか
。警察がそんなことするわけない。そういう人物が本当に
牛込警察にいるかどうか、聞いた方がいい。警察を名乗っているだけだ」
「どうせ、手帳だって偽造でしょうし」私は答えた。
1)
警察官を名乗る空き巣犯人、2)本物の警察官だが空き巣に入った犯人
3)私の知らない間に、
裁判所の礼状なしに居住者の意思を無視して家宅侵入していい法律ができた
4)地方から送られてきた
ダメ警官が無知で行った違法行為
このどれかに相当する。
牛込警察に連絡すると、もみ消すだろうから、警視庁へ連絡して被害届を出そう。
3)は考えにくいから、1)か2)か4)に決まっている。
せっかくの楽しい趣味のタイル貼りが思わぬ闖入者により中断された。
平成18年1月15日(日

3時半起きで、3時45分チェックアウト、暗い中空港へ向かう。
今回は頭がぼうっとして、免税店で購入した税金還付の書類を出すのも忘れて
出国手続きをしてしまったから、還付は受けられない。
時間には、ハレの時間とケの時間があり、私はここ数日、ハレの時間を
過ごしていた。
今は完璧にケの時間。
ケの時間とはっきり意識して、自分のやるべきことにまい進していれば、
必ずハレの時間が自分でつくれる。
ハレの時間がやって来るのではなくて、それは自分がつくるものなのだ。
飛行機の中では、行きも帰りも映画を見ずに、ひたすら「タンタンの冒険」で
フランス語の勉強をした。
こういう時しかフランス語やる時間がない。
帰ってきてしまった。
さあ、また東京で頑張って生きよう。
平成18年1月14日(土

お昼にタイスキを食べたいから、朝食をあまり食べないようにする。
朝食後、ワット・ポーへタクシーで。混雑に巻き込まれる前に出ればよかったと後悔。
それでも、お寺を見た後、マッサージ。ここは、街中のマッサージと違って本物の
先生たちが行うから、本当に上手。
さっきまでマニュキュア塗ってたお姉さんが、にわか仕立てで行うのと違うから
ここまで来る価値がある。
ワット・ポーは、2年ぶり。普段は、時間がぎりぎりで、忙しいから、ここまで遠出しないで
近場で済ませる。
エアコンなしで、自然の空気の中で行うから、身体に心地よい。
たいていは、エアコンが効きすぎているから、私がいつも、頼んで止めてもらう。
その後、ビッグシCの3階、KMでタイスキを食べて、友人と別れる。
友人は、シンガポール経由でヨーロッパへ帰る。
楽しいタイ旅行だった。
これまでで一番楽しかったかもしれない。
これ以上のタイ旅行はもう、不可能なのではないか。
密度の高い時間を満喫した。はるばる遠くから来てくれた友人に感謝。
用事を済ませ、由美子さんから、注文した帯を受け取り、イスラム料理の
店で夕食をとる。
何か味が変で、由美子さんと苦笑い。
やはりかおりちゃんがいないと、どこで食べたらいいかわからない。
もう遅いから、ホテルの中でマッサージをする。
真夜中に就寝。あと3時間半後にチェックアウト。
平成18年1月13日(金

朝ごはんの時、ざっと見渡すと、私がこのホテルで唯一の非白人だということに
気がついた。
タイでこういう経験をするのもいい。
日本人相手の旅行会社は、日本人をこういうスカンジナビア人ばかりのホテルに
日本人を送らないのだろう。
食後、浜辺へ行き、ジェットスキーをする。
すごいスピードでホアヒンの海をお寺寄りからヒルトンホテル方面へ走る。
叫び声を上げながら、振り落とされないように、しっかりとしがみつく。
それから、大きくターンを描いて、お寺の半島の向こう側へぐるりとまわる。
昨日、歩いて半島の上まで登った時にはわからなかったけれど、半島の
反対側にも海水浴場が広がっているようだ。
海から見ると、ホアヒンの地形がよくわかる。
心地よい海風を頬に受けて、最高に幸せだと思った時、日よけ帽子が飛んだ。
まあ、いい、そんなことになるだろうと、いくつか用意したから。
でも、この太陽の下で、無防備に顔をさらしたくない。
わずか3日前にレーザーでほくろ取ったばかりなのだから。
その時、突如、ジェットスキーのエンジンが止まった。
いくらふかしても、ヒュルヒュルとなさけない音をたてて、エンジンがかからない。
海の上で、どうするわけ。
こんな時、津波が来たら、まっさきに死ぬのはこういう観光客なのだろう。
あのタイ人のおやじ、ガソリンをケチして、満杯にしなかったか、機械の故障だ。
整備してないジェットスキーなんか、客に出すな。
でも、ここはタイなのだから、文句は言えない。
エンジンが止まると、どんどん機体が沖へ流されて行く。
こんな風に流されていると、暖流で沖縄まで行ってしまうかもしれない。
これは、まずい。

必死の思いでバンコクに帰り、アジア・ホテルの「カリプソ」でおかまショーを見る。
都はるみをやったおかまと写真を撮る。
この人のキャラはすごすぎ。
平成18年1月12日(木

朝暗いうちから起きて、最上階レストランの東側に陣取る。
日の出を見ながら朝食を楽しむ。
トランクふたつを、明日宿泊する小規模なホテルに預けて、バイヨケ・スイートを
チェックアウトする。
南駅からバスに乗り、ホアヒンへ出発。
3時間後に到着してから、旅行会社でホテルを依頼。
何も準備していない、こんな旅もいい。
シティ・ビーチ・リゾート・ホテル。
2名で5700円で朝食付きだから、文句はない。
チェックイン後、浜辺に出発。
オートバイを借りようとしたけれど、借りないでよかった。
浜辺を歩いた方が楽しいから。
半島のお寺まで行くのに、私だけ馬に乗る。
相棒は、波打ち際の感触を楽しみながら歩く。
さて、半島のお寺は、階段が多く、上に行くのに一苦労。
ここで初めて日本人の夫婦を見る。
後にも先にも、ホアヒンで他の日本人をまったく見なかった。
帰りは、相乗りタクシーで戻って来る。
ホテルのプールで少し泳いだ後、町に出て夕食。
上演を見ながら食事ができる。舞台と、その下の芝生が結構広い。
今日は、おかまショーの日ではなく、民族音楽の演奏の日だった。
よかった。明日、バンコクで「カリプソ」へ行くから、今日もおかまショーだったら、
どうしようと思っていたところだから。
気温は少し肌寒いくらいで、私は長袖のブラウスを羽織っていた。
ナイト・マーケットをそぞろ歩きしているのは、白人のみ。
スウェーデン語、フィンランド語、ドイツ語しか聞こえない。
いわゆる、バンコクやパタヤによくいるようや、アメリカ人のシングルの男が
現地で女の子を調達して一緒に歩いているといった光景はほとんど見なかった。
その代わり、夫婦づれや、子供も含む一家全員とか、なにか、道徳的に
ちゃんとした人たちで、北欧系白人で塗りつぶされているのが興味深い。
オイル・マッサージでとろとろになり、ぐっすり眠る。
平成18年1月11日(水

朝11時にヨーロッパから来た友人とバイヨケ・スイートで待ち合わせ。
13ヶ月ぶりで会うのに、昨日別れたような感じ。
まだ爪を噛んでいるのと言ったら、それって、他の男のことだよね、
僕は爪を噛まないからと言われてしまった。
あれ、別れた二番目の夫と記憶が混ざってしまったのだろうか。
男の特徴は克明に記録しておかないと、思わぬ時に失言をしてしまう。
まず、フット・マッサージへ行き、話に花が咲く。
プライベート・ツアーの車が迎えに来たので、一路アユタヤへ
私たち二人に、運転手とガイドがつくから、なんて贅沢な旅。
でも、短い時間で楽しくするには、これしかない。
10年前に生徒と一緒にアユタヤへ行った時は、まだ夜のライト・アップが
なかったから、昼の観光だけで、船で帰って来たのを覚えている。
今回は、山田長政日本人町跡、アユタヤ遺跡、像に乗り、地元の料理屋で夕食、
そしてライト・アップのプログラム。
帰りはパッポンで降ろしてもらい、その後、スクブミットのスーパーで買い物、
マッサージ。
スイートのリビングルームの方にベッドルームからベッドのマットを運んで来てしまい、
映画2本を見てから、寝た。
2本目は、パブロ・ピカソの伝記映画だった。
父親として、なんて失格な男。
芸術家だから、女性を変えるのは、仕方がないこと。
平成18年1月10日(火

11月の時は、寝過ごして1時間遅れてしまったので、
今回はモーニングコールで気を入れて起きる。
朝食に一番乗りというのは気分がいい。
3時間しか寝ていないけれど、朝早く、病院へ。
気休めで歯のレーザーホワイトニングをする。
施術後、鏡を見るけれど、永久脱毛と違って、目だって違わないので、
本当に効果があったのか疑問。でも、まあ、いい。
ものは試し。なんでもやってしまおう。
さて、いくつか用事を済ませ、由美子さんと伊勢丹で待ち合わせ。
帯を注文する。
ワールドトレードのタイ料理「バナナ」がなくなってしまい、行くレストランが
ないため、前回から苦労している。
タイ料理のチェーン店で食べたけれど、あまりおいしいと言えない。
安いから、まあ、いいか。
プラトナムのあやしいビルの3階にある、マッサージ屋へ寄ってから
ホテルへ帰る。
平成18年1月9日(月

新宿の道路が混んでいたため、タクシーが渋滞し、成田エキスプレスに
乗り遅れたけれど、次のに乗って無事成田へ。
混んでいなくて本当に良かった。
以前、悲惨なことがあったから。
このあと45分来ませんなんて言われて、仕方がないからリムジンバスへ行くと、
これまた、あと30分ないと言われた。
そこで、重いスーツケースを持ってJRに乗り、階段で人様の手を煩わせて、
苦労しながら、京成で成田へ。こんなことだけは、二度としたくない。
夜中にバンコクへ着き、バイヨケ・スイート・ホテルはいっぱいですというメールが
来たにもかかわらず、ハイヨケのフロントへ。
前回の12月1日から1ヶ月しか経っていないからドアマンが私を覚えていた。
こんな大きなホテル、満杯のはずありえないから、1泊3900円の特別価格で宿泊手続き。
前回の代理店を通した3300円とまではいかないけれど、2部屋続きのスイートで
この価格なんて、バンコク中捜したってないだろう。
今、エレベーターが工事中で待つのがかったるい。
11月末に来た時、1月には完成すると言っていたのに、進んでない。
この顧客数を2台のエレベーターではさばききれない。
平成18年1月3日(火)

上野東照宮のぼたん園はほぼ毎冬行っているいるけれど、
寒い中、わらの風除けに守られて、きれいな女の人が、しっかりと
自分の足で立って、美しい花を人に見せている姿に魅せられる。
北風が容赦なく吹きつけるけれど、私は寒いのはぜんぜん平気、
どんな温度でも最高に美しいものを世界に見せられるのと言っている
ぼたんが、たまらなく素敵。
ここの甘酒の方が、靖国神社のより、数段おいしい。
平成18年1月2日(月

築地本願寺で丸子家毎年恒例の集まりがあった。
よく継続している。
私が生まれた頃から毎年欠かさずやっているようだ。
こういう伝統は大切にした方がいい。
親族の集まりは、続けることに意義がある。
そういう習慣を持たない一族は、精神的に結束していないから、
さまざまなことで損をしているのだろうな。
平成18年1月1日(日

楽しく生きる。
ためになることをする。
ためにならないこともする。
嬉しい時間のための準備時間を思い切りたくさん取るから、嬉しい時間がもっと嬉しい。
準備時間が実は人生の基礎をつくっている。
楽しい時間はおまけのようなもの。
         10 11 12 13 14    最新ここ.