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平成17年6月30日(木

ロシア人は本当にすごい。
サイズの合わない衣裳でも、ここ切って、ここ合わせて、ここ足して、
ここリボンつけて隠してなんて、スカート2着合わせて1着にして、
ああやり、こうやりしているうちに、どうにかこうにか、
それなりのものができてしまう。
「母はよく、ちょっと工夫すれば、糞をお砂糖に変えることだってできるのよ」
と言っていたと言いながら、ミシンを踏んでいるロシア人を見て、どんな苦境にも
負けないで生きている人の強さを感じる。
日本の動物病院が出す、高価な猫用目薬ではなく、綿にお茶つけて、子供も猫も
目を拭くのよと教えられたのが、昨年の12月。
動物病院や、ブリーダーに、そんな邪道やるなと叱られながらも、
恐る恐るロシア流を試したら、どんどん猫が元気になっていったのを思い出す。
それ以来、ロシア人には、本当にいろいろなことを教わった。
今日、自分のワンピースが長いので、裾切って、かがり縫いしてと頼んだら、
切らなくても、こうして、ダーツにすると、きれいなデザインになるでしょと言って、
どんどんやってしまう。
いやいや、頼もしいのなんのって。
ところで、東京にいるロシア人の弁護士の仕事の大部分は、
横暴な日本人男性配偶者を持つ不幸なロシア人妻を法的に救うことのようだ。
実際、日本人の夫たちはよくない。
外国国籍の妻は、日本では銀行口座が開設できないのだなどと、嘘を言って、
2年もの間、妻のモデルの仕事のお金を自分の口座に振り込ませたり、
日本では固定電話を開設するのは、多額の費用と時間がかかるからと、
家に電話を引かないで携帯で済ませたり、結婚後も妻にお水をさせて、
自分の倍の給料を稼がせたり、そのお金で海外旅行に行ったり、
とんでもない男が多い。
平成17年6月29日(水

衣裳倉庫の中をいくら捜しても、フラダンスの衣裳が4着して
出てこない。
絶対6着あるはずなのに。
今日のリハーサルで6人用の振付にしてしまったから、今さら
4名に減らすことできないし、群舞は多い方が絶対映える。
ロシア人に時給払って作らせよう。
行く度に衣裳倉庫は、どんどんひどくなってきている。
スリランカがペンキを塗り、シリアがたなを作り、別スリランカが
整理箱を作ったけれど、整理しないで、どんどん重ねているから、
肝心なものが出てこない。
着物の間から、急に、サンタクロースや、ハワイアンのブラなんかが
出てきてしまい、まるで、整理されていない。
捜すの面倒だから、つくった方が早いと、同じような衣裳を作るから似たような
ものが複数できてしまう。
まるで誰かのホームページみたい。
スリランカ製の太鼓が冬の乾燥時期にひどいひびが入ってしまった。
やはり、湿気の多い年中夏の国で買ってきた楽器は、日本の
冬の乾燥期を生き延びられない。
太鼓として使えないから捨てようとしたら、弟子が、小道具として
持っていた方がいいと止めたので、捨てるのをやめる。
本当は、買ってきた楽器を、冬の乾燥機に何度も霧を吹いたり、
濡れた布で表面を拭いたりしていれば、亀裂を免れるのだろう。
でも、そんな面倒なことするの大変。太鼓さん、ごめんなさい。
平成17年6月28日(火

おかまのサックスフォン奏者のバック・ダンサーズをおかま4人組にして
衣裳をいろいろ試してみたけれど、サイズが大きくて、用意したものは
どれも入らない。
それも、そのはず、冬にサンタクロースをやったような人が混じっているのだから
仕方がない。
サイズが、上から、107,105,100 センチで、靴が29だと、ドレスが
ぱつぱつどころか、太ももも入らない。
それで、唯一の方法は、着物かフラメンコを着せてしまうこと。
お正月なら、ともかく、着物は場違いで、きついものがあるかも。
ところで、フランス人の女の子たちは、男がいても、平気で衣裳に
着替えるし、いちいち、あっち向いててとか、見ないでとか
うるさいこと言わないから仕事がはかどる。
これがロシア人の女の子だと、奥へ入って一人でこそこそ着替えて
いたりして、いまいちオープンでないし、おなかが出ている衣裳ではないことを
条件に出演承諾をする人が多いのには恐れ入るけれど、本人たちが
というよりは、日本人の元ロシアクラブ通いのさえない亭主が、
うるさいことを言うのだろう。
それでも、スリランカとかに比べたら、数段上。
スリランカの元モデルというような女の人でも、Tバックどころか、足は出さないし、
レオタードもだめで、ださださの格好しかしたがらなくて、絶対スリランカは
勘弁と思ったことがあった。
20名くらいの一番うしろにスパンコール・ドレス着せて立たせたから、
全然画面には映らなくて、問題なかったのだけれど、見えたら困るとか、
恥ずかしいだなんだと、うるさいことを言うスリやパキや、アラなんかは、
女が体操競技や水泳競技に登場して来ないではないか。
ナイス・バディに対しての意識とその国の経済力は、相関関係にある。
平成17年6月27日(月

朝から、ダンサーが入れ替わり立ち代わりやってきて、リハーサルをする。
私は、多めにキャスティングして、だめな人、ブス、嫌いなタイプを抜かしていく。
ぎりぎりの人数だと、土壇場になって、こちらからお願いしないとならなく
それを避けるために、多めに採る。
今は、時代が変わって、西側のフリーランスが豊富にいた数年前と違うから、
踊りの振付難度や種類も当然異なってくる。
今日の掘り出しものは、ベラルーシの美人バレリーナ。
来週日本人男性と結婚すると言う。
結婚して、店をやめ、夕方、夜にかけてのオフィス・マリカの仕事もできるように
なってほしい。
お店が丸抱えで連れてきたダンサーは、時間の制約があるから、本当に
使いにくい。
それに、どんなに純粋な芸術家でも、お水色になってしまうし、訓練する環境から
遠ざかるため、技術が落ち、心も汚れる。
先ほど、ブスという言葉を使ったけれど、この業界では、きれいかどうかが
商品価値の一番の目安で、価格もそれに応じて決定されるから、その言葉が
特別に悪い言葉ではなく、日常茶飯事に使われているように感じるけれど、
いわゆる一般社会では、その言葉はご法度なようだ。
知っている社長さんは、女子社員にそれを言って、訴えられ、15万円の罰金を
支払う羽目になったようだ。
ところで、夜、近所の別の社長さんから、大切な話があるから来てくれと言われて、
行ってみると、「今、人権が大変な問題になっている」とのこと。
私は、一週間前に知人から受け取ったメール内容を思い出しはっとした。
その時は、日比谷公会堂がマニラへの出発日と重なっていたため、まったく
気にとめなかったけれど、大変なことになっていると知り、唖然とする。
平成17年6月26日(日

これまで、花瓶にシャクヤクを欠かさなかった。
女の人が、毅然と頭を持ち上げているような雰囲気が好き。
けれど、今日は、ヒマワリを買った。
15本ないと、ゴッホの「ヒマワリ」にならない。
中井にすごく安いお花屋さんを発見。
胡蝶蘭を千円で売っている。
2週間前に、曙橋駅前の花屋さんで、もう、今年の朝顔の苗は全部
売り切れたなんて言われて、がっかりしていたのに、なんと、朝顔の苗も
売っている。
青、白、紫、赤の4種を買う。
夜までレッスンをして植える時間がなかったので、明日、決行。
ツタとうまく絡むといい。
昨年の朝顔はずいぶん長く咲いてくれて、私を楽しませてくれた。
同時に、女の人の素敵な魅力を教えてもらった。
今年はどういう風に咲いてくれるか楽しみ。
ところで、インド組アパートに、今日、日本人の女の人が入居した。
ずいぶん、勇気がある人がいるものだ。
平成17年6月25日(土

レッスンを4つ担当する。普通の日々に戻った。
ベトナム銀行が、かぼちゃのケーキを焼いてくれた。
おいしい。
この人はいろいろな料理が作れる。
スウェーデンのおかまが、風のように朝、去って行った。
あの人は何者だったのだろう。
やはりセルゲイちゃんだったのではないかと思う。
私が留守の間、植物や猫さんたちのお世話をするために、人間の姿になって
来てくれたのだろう。
そういえば、ヴァンパイア(人間が動物になる)の反対のウェコ(動物が
人間のふりをする)のようなところがあった。
極度に人見知りをして、言葉もおぼつかなかく、言っていることが不明確で、
消え入りそうな声で、赤毛の巻き毛の下に、ぬけるような白い顔があった。
弱々しく、でも心がきれいで、おとなしくお裁縫をしていれば、嬉しそうだった。
平成17年6月24日(金

フィリピンから帰って来て、どっと疲れが出たから横になろうとしたら、
家の中がひっちゃかめっちゃかになっている。
スウェーデンのおかまが、真ん中に座ってお裁縫をしていた。
「お洋服を仕上げるのに2日かかってしまって」と言っていた。
私のパソコンのドライブが変わっている。どうして!
一番びっくりしたのは、壁紙まで変わっていて、おかまが、自分で勝手に好きな
デザインの壁紙にカスタマイズしている。
でも、50鉢ある植物に毎日2回お水をあげるだけではなく、猫係のベトナム銀行の
補佐役として、猫さん当番までしたのだから、なにも文句は言わない。
絶対この人は、セルゲイちゃんが乗り移っているだけだと思う。
新宿界隈の回転寿司はすべて行きつくしたので、最近発見した大久保通りの回転に
植物係、猫係と出かける。
この回転寿司屋の韓国人店員に、換気扇を掃除するように指示した。
今日はメロンがすでに終了していたので残念。
お寿司のあとに、メロンを2切れ食べる日もあるのに。
お寿司屋さんは、茶碗蒸しやメロンがないと、お魚だけでは、私は退屈してしまう。
平成17年6月23日(木)

銀行の後、弁護士さんの事務所へ行く。
ひとつ番狂わせがあり、まいってしまった。
社長さんはセブ行きの飛行機に乗るために、急いで空港へ。
私は、弁護士さんに連れられ、はじめて、海を見る。
潮の香りが心地よい。
空の雲の色がグラデーションで美しい。
太陽が消える瞬間にカクテル・アワー(お酒抜きの)をする幸福に感謝する。
ウェスティン・ホテルのガーデンで、軽くデザートというかスナックしただけなのに、
2人で3千円。これって、日本と同じ価格。
一ヶ月2万もらっていない人たちの国では、ここは別世界。
その後私は、運転手に頼んで、どしゃぶりの雨の中、ケソン・シティへ行く。
花市場は24時間開いているとのこと。信じられない。
でも、怖かった。何人もが寄ってたかって、物を売りつけようとする。
ケソン・シティで用事を済ませ、マニラに戻り、その足で、マカティの事務所に書類を届ける。
10時半。お腹がすいた。
晩御飯を食べる暇もなかったのでリトル・トウキョウの居酒屋へ入る。
赤い鳥居が不思議な空間。フィリピンへ来てはじめて、猫を見た。
ホテルへ帰ると12時近く。
かくして私のフィリピンでの日々は終わろうとしている。
平成17年6月22日(水

ジェトロへ行く。
そんなことは、しない方がいい。
それはやめた方がいい。
そういう仕事は一番危険。
その手のことは、失敗するに決まっている。
ご計画していることは実現不可能でしょう。
こんなマイナス思考な人はさっさと首にして、頑張りなさい、一緒に夢を
実現させましょうと言ってくれる人と代わった方がいい。
東京三菱銀行へ行ったら、2千万円以下の会社には口座は開設させません
と言われて、会社口座を開設しようとしていた社長さんは本当に気の毒だった。
態度が傲慢で、こういう日系商社マンが、横柄な態度でアジアを闊歩するから
日本は憎まれるのだと思う。
マニラには、貧困と、犯罪と、汚職しかないと、偉そうに言っていたけれど、
大統領の弁護団をしている私どものフィリピン人の弁護士の先生の方が、
日本人の威張り腐ったフィリピン駐在員より、人間的にも、学力も、社会的にも
上だと思う。
地元の銀行へ行ったら、たとえ15万円でもとても喜んで個人口座を
開設してくれたので、社長さんも喜んでいた。
息子を早稲田に留学させていた別の弁護士とお会いしたけれど、
私たちの弁護士の先生とは格が雲泥の差だと思った。
サラブレットと一般の馬との違いというか。
晩御飯は、シャングリアの中華へ、弁護士の先生をご招待。
マニラ以外の場所で法廷があったそうで、急いで駆けつけてくれた。
なにか、モンチッチみたいな雰囲気。
この若さで大学で講義しているのはすごい。
平成17年6月21日(火

プロジェクトの関係の人何人かと会ったあと、久しぶりに、リタちゃんに会う。
大学院に行って、もっと勉強したいからと、一生懸命に仕事をしていた。
しかも、お水はやっていない。
妹は大学生になっていた。
本当に嬉しい。数年前にマニラで妹に会った時は、高校を中退していた。
それが、今では大学生になっていて、それも、リタちゃんの良い影響だと思う。
テレビ・ダンサーはあまりにも疲労が激しいからもうやめて、今は、日系の
ホテルで働いて、進学の準備をしているとのこと。
ともかく、リタちゃんは、踊りで仕事ができたのだから、ダンス留学で来日したことが、
なにがしかの役に立っていたように思えたことは、本当に嬉しい
リタちゃんは、当時、特に可愛がっていて、一緒にいろいろな思い出をつくった。
お花見や、川遊びは本当に楽しかった。
今日は弁護士の先生に会わなかった。
平成17年6月20日(月

弁護士の先生の声は、とてもさわやかな印象だった。
お会いしてみると、もっとさわやか。
紹介者のブーさんが高感度ナンバーワンだから、お友達もそうなのだろう。
なんでもおんぶに抱っこでお願いしてしまいたくなるタイプ。
こういうすごい頭脳が育つ国なのに、大多数がだめすぎるのが疑問。
大統領のご主人の建物というだけあって、格調高い。
プロジェクトがスタートした。
日本料理屋「初花」で、弁護士の先生を囲んで晩ごはん。
「初花」の前には、リトル・トウキョウ。
マニラの日本人は、こういうところで、ごはん食べているのだ。
フィリピン人賄さん全員に着物を着せているのは、ほほえましい。
平成17年6月19日(日

レッスンのあと、スーツケースを持って慌てて出かけようとしたら、たまたま、次の上演の
クライアントの社長さんが、車でいらした。
さあ、成田エキスプレスのところまでお乗りなさいとのお言葉に甘えて、新宿までお送りいただく。
急いで行ったわりに、ゲートは変わるわ、出発時間は遅れるわで、マニラに着いたら夜中。
空港からホテルまで230ペソ(460円)を払って、意を決して、通常のタクシーに乗る。
バンコクでは当たり前にできることでも、マニラだと、なにかコワイ。
さあ、明日からプロジェクトがはじまる。
平成17年6月17日(金

私はルイジ先生にはどれほどお礼を言っていいかわからないほど感謝している。
「ルイジの本」で多くの人々との出会いがあった。
「ジャズ・ダンス・ブック」には使命がある。
虐げられた人々によりつくられた踊り3部作、ヒップ・ホップ、フラメンコ、
そしてジャズ&タップの正しい歴史認識を広めること。
この本のお陰でいい弟子に出会えた
私は自分が本で言いたかったことを確実に掴んでくれる人との出会いが
何よりも嬉しい。
歴史理解を共有するこれ喜びは、他の喜びに勝る。
平成17年6月16日(木

ストックホルムに行ってしまったピョートルに会いたいと思っていた。
お花見で見失ったロシア・ノルウェー混血猫が見つかるように祈っていた。
そんな時、ストックホルムからペーターという男がやって来て、すでに2週間。
性格はセルゲイちゃんそのもので、ゆっくりで、口数少なく、おとなしく、
いつも微かに笑っていて、非常に女性的で、弱々しい感じで、
なにをするでもなく家にいる。
頼むと嬉しそうにミシンをかけている。
自分でデザインしたドレス類をたくさん持ってきて見せてくれた。
その感性、デリカシー、天才的なものがある。
思うに、ロシア人のピョートルとロシア猫のセルゲイが、ペーターという
人の肉体を借りて、ストックホルムから日本に来たのだと思う。
そういうことは、実際的にあり得るのだと確信する。
平成17年6月15日(水

年商80億の社長さんとお会いしたが、パソコンもメールも使わないで
電話とファックスだけでご商売をしているという。
信じられない。
坂本九さんが、バンドで歌っている時をご存知だとおっしゃっていた。
先日お会いした、道楽で数千万円の買い物をする社長さんは、英語が
できないという。
コンピューターや英語ができればエグゼクティブなんて思っている人はやはり
そこそこにしかなれない人なのかもしれない。
なんとか大使館が、バイリングアルの日本人秘書を募集しているけれど、
フルタイム勤務で、月収がなんと23万円。
なんだ、これはという感じ。
本当に上に行く人は、コンピューターや英語なんか人にやらせてしまうのだ。
平成17年6月14日(火

足の下に、テンピュールの枕をおくと、かかとがすごく楽で、眠りの質がいい。
もっと早く発見すべきだった。
アナスタシアちゃん、帰ってきてくれたのは、おかあさん、すごく嬉しいから
明け方に運動会しないでね。
平成17年6月13日(月

朝、打ち合わせ、その後レッスン。
7時間に1回シャワーを浴びると、身体も心もリフレッシュするので、時間が許す時はそうする。
ウディ・アレンの映画ではっきりと7時間という言葉を言っているので、私はそれに従う。
なにをしても、落ち着かない。
アナスタシアちゃんが、いないから。
近所の軒下や、庭に向かって、猫の鳴き声をしながら、道を歩く。
イヌおちゃんも、悲しがって、ニャー、ニャーと鳴いてというか、泣いている。
3匹いたロシア猫が1匹もいなくなり、オリジナルの、日本猫2匹だけになってしまった。
みんな、あんなにかわいかったのに。
こんなことになるのなら、けんちゃんに、バツラフちゃんをあげなければ、よかった。
今さら、返してとは言えない。
さあ、困った。
牛込警察に連絡すべきか。

スウェーデンのおかまが、またお裁縫をしに来たので、 枕カバーなど、
いくつあっても困らない物を作ってもらう。
しゃべると、英語が訛っていて、イングリーシュと発音する。
弱々しく、はにかんで、自信がなさそうに、ひどい訛りを話す、金髪のおかまは、なにか、
いなくなったセルゲイちゃんを思い起こさせる。
スウェーデンが、お裁縫の合間に、一服しに、外へ出ようとした時に、1階のロビーから、地下室へ
駆け降りる、ねずみ色の動物を発見したと、あわてて、私を呼びに来る。
ベトナム銀行も一緒に、地下へ続く階段を降りてみる。
箱が何十個も積み重ねてある倉庫につづく踊り場だ。
ベトナム銀行が、箱をひとつづつどけると、なんと、奥に、じっとひそんでいるアナスタシアがいた。
ハーと言って、ベトナム銀行を威嚇する。
ありがとうという意味なのだろう。
足が汚れているので、お風呂場でよく洗う。
昨日からずっと、ここの地下室へ来てしまい、行き場を失い、建物の外へは行っていなかったようだ。
イヌおちゃんなら、数分で2階に戻って来るのに、どうして、アナスタシアは、24時間以上も、
帰って来られなかったのだろう。
帰る気なんかなかったのかもしれない。
なんて子でしょう。
でも、一安心。
やはり、スウェーデンのおかまは、セルゲイちゃんなのだろう。
偶然といえば、偶然すぎる。
なぜ、たまたま、スウェーデンが1階へ行ったその瞬間に、24時間以上もいなくなっていた
アナスタシアが、その足元を通り過ぎたのだろう。
1分でも違ったら、会わなかったのだ。
セルゲイちゃんが、北欧人に乗り移って、アナスタシアを助けたのだと思う。
この子たちのお父さんのノルウェージアン・フォレスト猫は、わずか2歳だったと聞いている。
北欧のおかまの髪の毛は、ほぼ、ノルウェー猫と同じもじゃもじゃだ。
やはり、このおかまは、セルゲイちゃんなのだ。
平成17年6月12日(日

ベトナム料理の食べ放題でブランチ。
新宿のスターホテルの後ろの道なんて、まず人が行かない場所だから、
ちょっと通りすがりにというお客はいない。
知っているから来たという人ばかり。

昨日のブランケット・カバーに味を占めた私は、再度、布を買ってきた。
今度は10メートル。
再びスウェーデンに縫ってもらう。
前作より腕が上達しているのには、びっくり。
こういう家庭用ミシンは使いにくい。
自分はもっと大きなミシンでドレスを縫っていたと言う。

インド人たちが、私のドアを開けっ放しにしたため、数えると
家の中に猫が1匹しかいなかった。
イヌおちゃんは、なんとか廊下で見つけて連れ戻したが、案の定、1名足りない。
アナスタシアちゃん。
やっぱり。
ビルの上から下まで、そして、外まわり、全部見たが見つからない。
平成17年6月11日(土

明日、シリコン・バレーの同僚があと2名来日するので、ミシンを出して、
鮮やかな初夏の緑のブランケット・カバーを縫おうとしたその瞬間、呼んでないのに、
スウェーデンのおかまが入って来た。
「わー、ミシンだ!」
「それがどうしたの」
「大好きなの、ミシン」
「そう、ファッション関係のお仕事ですものね」
「いいわね、マリカ、縫い物するの」
「そう」
「私、すごく上手なんだから」
「でしょうね、プロですから」
「ねえ、少し縫わして」
「だって、今始めたところだし」
「こんな縫い方じゃ、だめなのよ」
「どうして」
「だって、ここちゃんと縫ってないから、空いちゃってるじゃない」
「あら、そうだったの」
「私なら、もっと、上手にできるんだけど」
「じゃあ、もう、あなたがやって」
「わあ、嬉しい」
「その間、私、ホットサンドイッチつくるから」
「いいわ、ティーム・ワークね」
それで、結局、スウェーデンに全部縫ってもらった。
あまりに悪いから、明日、食べ放題のお昼ご馳走する約束をした。
アメリカの大統領もおかまを選べば、世界が平和になる。
平成17年6月10日(金

さわやかな雨によって、植物が生き生きして嬉しい。
自分ところのベランダだけだって、1日に2度やらないといけないくらいなのに
外苑東通りや、落合の遠隔地の植物の世話はなかなかままならないから、
雨は本当に大きな救い。
母のマンションに食べ物を届けたら、いない。
電話は、自宅も携帯も通じない。
でも、マンション入り口の管理人のおじさんが、おかあさんは、先ほど、お元気そうに
お出かけになりましたから大丈夫ですよと言っていたので、まあ、いいや、置いて帰ろう。
ごんぎつねだって、戸口に、栗やあけびの実を置いて黙って帰って行ったではないか。
持って行くからと電話をするより、黙ってごんぎつねをした方が、私に合っている。
お嬢さんは、おかあさんにそっくりですねと言われた。
本当に似ているようだ。
似ているのが、顔だけであることを願いたい。
平成17年6月9日(木

外苑東通りの家の屋上に屋根を取り付ける。
明日の雨に間に合わせるためだ。
これ昨年の台風で屋根が飛んで以来、屋上に屋根がない。
飛んでどこへ行ってしまったのだろう。
外苑東通りを通る車に激突したりしなかったのだろうか。
そういう日は、傘やその他多くの物が空中を舞っているだろうから、うちの屋根が
飛んでいても不思議はなかったのだろう。
今回は、ベトナム銀行に頼んで、丁寧に釘を打ってもらった。
将来ベトナム銀行の頭取になるような国の誇るエリートなのに、うちでは、
壁紙貼り、ペンキ塗りから、大工仕事一般をやってもらっている。
それも、これも、出入りの中国人大工さんが、帰国して(させられて?)しまったから。
福建省は腕のいい大工さんがたくさんいるのに、どうして日本の高い職人に
頼まないといけないわけ。
福建省がどっと来て、半分の価格でやったら、日本の大工さんは職を失う。
さあ、 日本人どうする。
平成17年6月8日(水

先日うちに引っ越して来たスウェーデンのおかまは、
既製品の服をそのまま着たりしない。
買ったままにしないで、なにか付加価値をつけることで、完璧に
自分だけの洋服にしている。
タグにしても、付け替えて、自分のタグを楽しんでいる。
ノースリーブのロングTシャツの縁取りに、トリコロール・カラーを使ったり、
他の洋服から気に入った部分を切り取ってきて、それを、うまく縁処理をして
別の洋服に、これまた、すごい技術で抜いてつけている。
そのまま着ている既製服は、デザインがものすごく抜群な、まるで
ヨーロッパのファッション雑誌から抜け出したようなもので、
廊下で会うたびに、私の目を楽しませる。
こんな人がいるのだ。
着ることで、人を幸せにしているこの人は、やはり、神様が私のもとへ
遣わした天使なのだと思う。
最近お誂えをしていない私に、早く夏のノースリーブ・スーツを
作りなさいとメッセージを送って下さっているに違いない。
人間着ることを粗末にすると、まわりの人がシラけるから、極力いいものを
身につけていないといけない。
素敵な物を身につけている人から出るオーラは、素敵な物を身につけて
いる人から出る自信の表れ。
だから私は、革の上下を着ている男が好きなのだと思う。
平成17年6月7日(火

ヒルトン・ホテルの地下の中華料理で食べ放題のお昼。
今日は、ベトナム銀行と、マニラ君。
この若さでフィリピン大学で講師もしていたそうなので、すごく優秀なのだろう。
観光ビザで自費で来れる欧米人と比べ、自費で来れない国の、自費で来ていない
人たちのIQはすごいなと、日ごろから感じている。
航空券買えばそのまま来日できる人々と違って、ものすごく選らばれた人たちだから。
平成17年6月5日(日

先日花屋さんで、イタリアン・ハーブとパセリを買って、お料理の時にいつも、
イタリアン・ハーブをいくつかつまんで、生ハムや時には、おそうめんに散らして使っていた。
どういうわけだか、パセリは一度も使わなかった。
そのうち、いつか使えばいいと思っていた。
そうしたら、今日、パセリが枯れた。
両方ともゴムの木の根元に置いて、日の当たり方も、水の量も同じだった。
でも、違ったのは、私は今、あなたに必要とされているかという気持ち。
あなたにとって、私は無用だと
知った時、私は、自分の存在意義を失いました。
だから、私は、おいとまいたします。さようなら。
そう言ってパセリは死んだ。
背中が凍るような思いがした。
私の役に立ちたいとずっと願い続けていたのに、ついにその機会を与えられなくて、
イタリアン・ハーブばかりが、いつも、食事の席を飾っていた。
世界各地からいらしたお客様と楽しくお食事をする時、いつも、イタリアン・ハーブがいた。
この子、うちのベランダからとってきたの、そうですか、ここで育てているのですか、
いいですね、ベランダ園芸ですか、はい、植物が大好きで、、、、、
イタリアン・ハーブが、人々の話題に上っている間、パセリは、寂しい思いをしながら、
楽しそうな会食風景をガラス越しに見ていた。
私は何なのだ。
ここのお家でかわいがってもらいながら、お役に立ちたいと思っていたけれど、
私はいつも無視される。
私はこのパセリに本当に悪いことをしてしまった。
サラダに使ってあげなくて、ごめんなさいと謝った。
そして、曙橋の駅前の花屋さんで、再度パセリの鉢植えを買ってきた。
今度こそ、このパセリに活躍してもらおう。
植物は、言葉は話さないけれど、気持ちは人間や動物と同じだから、いつも
心をかけて、一緒に生きていかないと。
平成17年6月4日(土

5レッスン担当したら、足が辛くなったので、床材にコルクを貼ろうかと思った。
でも、猫がひどく爪とぎをするだろうなという予感。
、スウェーデン人がうちへ引っ越して来た。
絶対おかま。ここは2丁目まで徒歩距離だから、うちを選んだのだろう。
私のところは、これまでおかまが多い。
清潔で、きちんとして、おしゃれで、繊細で、お友達が多く、楽しい性格なので、
おかまや準おかまが退出して、むくつけき男どもがたくさん入居してきたので
なにか違うと感じていたところだったので、丁度いい。
私はおかまでも、おかまでなくても、いいデザインの衣類を身につけている
男が好きだけれど、そういう人は、自然に、自分自身にも気を配り、かっこいい。

ローズ色の財布を持っている男はまず、間違いないだろう。
平成17年6月3日(金

仲良しのイタリア人がランチに来た。
ここへ来ると「時間が飛び去る」と英語で言った。
20分くらいしかお話ししていなかったのに、3時間経っていた。
だから、「パラッツォ・アクア」(竜宮城)の話をした。
浦島太郎は、別の天体から来たロケットに乗ったのだとオカルト宇宙作家は
解説するだろうけれど、タイムマシンを持ち出さなくても、実際にあっという間に
時が過ぎ去ることは可能で、それは、ひとえに主観の問題。
私たちは話すことが山ほどある。
話すことがもう何もなくなった関係をいくつも経験したけれど、
話すことがある間の時間は、なんて素敵なのだろう。
私は大勢のソーシャル・ディナーより、誰かと二人だけのインティメイトランチの方が好き。
午後は普通にダンスをして、その合間に、タイル・モザイクの続きをした。
タイル・モザイクは終わりがないからおもしろい。
どんどん展開していく。
平成17年6月2日(木

日系会計士がアメリカへ帰るので、外濠のカナル・カフェに招待してくれた。
すごく素敵な雰囲気。水があると、すごくリゾート。
近くにこんないい場所があるなんて、今まで、門の前を通り過ぎていただけで、
気づかなかった。
外濠は私にとって、四ツ谷の実家付近の、土が踏めて、木に登れる大自然だった。
祖父母や父の兄妹にとっては、戦時中トマトを植えた、生死を賭けた農地だった。
大学生の頃、よく、祖父が外濠で、クチボソやフナを釣ってきてくれた。
魚を庭の池(?)に入れて、泳ぎを見ていて、よく藪蚊に刺された。
それは池というより、明治時代の石づくりの流しに水を張って、祖母が「お池」と呼んでいた
底の浅いものだったので、よく、猫が魚を襲った。
さて、カナル・カフェは、サラダ・バーとドリンク・バーがついたランチのセットだけれど、
あまりに雰囲気がいいので、食べ物のまずさや、メニューの乏しさがあまり気にならない。
タイ式グリーンカレーや、ハンバーガーなんか食べてどうするの。
これで、料理がおいしかったら、混んでしようがないから、この程度で仕方がないのかも。
朝ごはん抜きでまた来よう。
平成17年6月1日(水

ここ20年くらい前から知っているインド人が、久々に日本を訪問し、仕事の合間に
寄ってくれた。
インド製のお菓子や石鹸など低価格の諸品を扱っていた人が、どのようにして
石油タンカーを売買できるようになったのか、知りたかった。
現在は、バングラディッシュから海老を輸出している。
ただ同然の労働力で捕獲された海老が大量に取引されて、高級品として珍重される
のだから、途中の人が御殿を建てられるのも理解できる。
ボンベイ出身のイスラム教徒で、1年の半分はバングラディッシュで過ごすとのこと。
バングラ映画にも何本か出たと言っていた。
日本でできなかったことを、バングラディッシュで実現させた。
私はかつてこの人を、ムガール帝国の王子様と呼んでいた。
インド洋の国々の人は、東北弁のような英語を話すから、言葉としては、最高に
格好悪いけれど、その言語で富を築けるのだ。
言葉がきれいでも、困窮している人はいるわけだから、言葉が訛ったところで
大筋には関係ないようだ。
この人とたくさんお話がしたかったけれど、晩御飯にモスクワ大学医学部に
入学する音楽家の琢磨君やランボーも来ていたので、機会を逃した。
平成17年5月31日(火

寝たのが5時過ぎていたので、起きてもあまり寝た気がしない。
今、自分の書いたイタリア語をどんどんフランス語にしている。
ほとんど同じだから、はかどる。
その訳文を、フランス人に添削してもらう。
常にこういうことをしていないと、語学力は低下することはあっても、向上することはない。
実際には、気のきいたイタリア人、フランス人は、英語ができない人はいないので
英語で用事は事足りるけれど、やはり、思い切り英語を排除する生活をしていないと、
日本人のアメリカ化に歯止めがかけられない。
使えるけれど使わないという姿勢を強く打ち出すことが必要だと思う。
私は、かける音楽にしても、その他ほとんどすべての嗜好にして、生活の中で
英語を使うのは仕事だけにするようにしている。
共通語が英語しかない相手は別として、不要な部分で英語を極力排除することで
豊かな文化的な生活を楽しんでいたい。
勉強は遊びや趣味みたいなものだということを教えてくれたのは、考古学者だった父。
仕事というより、それが大好きで、楽しくてやっているという姿を見て育った。
楽しみながら語学の勉強をして、慌てて着替えて、ダンスのレッスンをする。
1日にいくつもやらないから、疲労困憊することもなく、体と精神の健康に良いので、
今の生活は、自分に合っている。
平成17年5月30日(月

マルシアさんの歌のバック・ダンサーのために、1名多めに外人ダンサーをフジテレビに呼んだ。
激しい雨降りで、しかも朝が早いと、万が一ということがあるので。
日本人ならどんなことをしてでも、自分の責任をまっとうするために台風でも来るのだが、
外人は、みんながそうとは限らない。
特に、自分のお父さんが46歳で、自分の日本人の配偶者の男が50歳で、
援助交際の勝利者としてお水からモデル業界に駆け上がったパッ金などは、
勤労意識に乏しいため、バック・ダンサーのように頭数の仕事は
所詮ギャラが知れてるからなんて、来ない可能性があるから、こちらも先手を打つ。
ところが、今日は、幸か不幸か、必要人数より1名多くなってしまった。
ざっと見渡し、一番のブスを目ざとく見つけ、万札を握らせすみやかに帰す。
今日は、波風立たずに無事帰せたけれど、いつもこうなるとは限らない。
なんで自分が帰されるのかとか、他の人と代わりたいとか、
1日分の収入をあてにしてきたから全額払ってとか、自分の方が踊りがうまいとか、
ごちゃごちゃ言うのに限ってブスが多い。
現場での事務所の仕事は、全員を集めて、実際の踊りの仕事をするまでに、
まず、このプロセスを通過する。
以前は、この時点で、不幸な言い合い、喧嘩、相当消耗したが、今では、慣れたもので
3分でしかも、局の人に気づかれないうちに、処理できる。
大竹しのぶさんは、本当に、素晴らしい声をしている。
言葉のひとつひとつが、きれいな方だと改めて実感。
西條秀樹さんも、長くこの業界で人気を保てるのは、声そのものの魅力だと思う。
そういえは、吉永小百合さんの声も美しい。
声や、言葉の形式が美しいということは、それだけで、価値を持つ。
こういう業界ではない、実社会だと、これに、言葉の内容が加味される。
言葉の形式と内容の両者が美しい人が勝利者なのだ。
踊りはそれなりにつくって無事終わる。
マルシアさんは、ラテンの素晴らしい文化の中で育ったから、あのようなノリがある。
赤い衣裳が素敵だった。
公開番組の座席を埋めているのは、一体どういう人たちなのだろう。
暇すぎ。曙橋の時ならいざ知らず、お台場くんだり来る気が知れない。
服装を見ると、やはり、見る側の人たちなのだろうなと納得する。
見られる側の人は、そういうものは、着ない。
さて、帰りに、衣裳運搬の車輌が、大雨の中、ひどい傾斜の坂道でエンコしてしまった。
大量の水で、車輪がするする空回りして、バックがきかない。
夜中の12時半にもかかわらず、通りがかりの背広姿のサラリーマン、近所の住民、
ピザ配達のおにいちゃんなど、7名が雨の中、みんなで、車を力いっぱい押して、
坂の上まで押し上げてた。
信じられない。運搬用のかなり大きな車は、7名の人の力で、無事、坂の上に戻された。
私はみなさまに、何度もお礼を言った。
神様は、天使7名を私に派遣して下さったのだと思う。
成17年5月29日(日

昨日より今日、今日より明日と、ますます人がきれいになっていくのなら、
自分の場所も同じ。
掃除というより、芸術的装飾清掃の段階に入っているので、パートの
中国人やスリランカ人にはもうできない。
「イタリア的完璧さ」を念頭に置き、緻密に行っているので、たとえ1つでも
民芸家具の飾りガラスがとれたら、念入りにアロンアルファで、そのひとつぶを
即座に接着する。
切花や鉢植えの手入れや植え替えも含まれるので、すでに清掃の領域を
はるかに超えてしまっている。
これをどんどん極めていって、フィゲレスのサルバドール・ダリの家みたいに
できる日がくるように、私は頑張らないといけない。
平成17年5月28日(土

東急ハンズとサクラヤへ行く前に、新宿御苑の家に寄った。
ギルさんがパスタにハーブを使いたいと言うので、イタリアン・ハーブなら、
普通のパセリと一緒に私のベランダに植えてあるから、どうぞと言った。
植えてある葉を取るたびに、君は、サンキューと言っているだろうねと、ギルさんに
念を押された。
ギルさんはすごく植物が好きで、取る時はいつも、植物にお礼を言うそうだ。
ありがとうという言葉に反応して、植物は育ってくれるのだ。

神様がギルさんの姿を借りて、私に大切なことを教えて下さった。
素晴らしい午後だった。
平成17年5月27日(金

マルタ大使がマルタの音楽をたくさん持って晩ごはんに来た。
2週間前に作り過ぎて冷凍しておいたマルタ料理を解凍して大使が一人で食べた。
私は今日の夕方、今年になってから出会った中で、ベスト3に入るいい男と
六本木でケーキを食べて、おなかがすいていなかったので、サラダだけおつきあい。
さわやかな男の条件は、清潔さ、健康、知性、運動能力なのだと思う。
お金、出身国、学歴は、私は問題にしない。
社会ではこの3つが問題だけれど。
ところで、マルタの音楽は、言語が多分にアラビア語の単語なのに、
旋律は完璧にヨーロッパなのでおもしろい。
明らかにナポリ民謡のぱくりみたいなものから、これはフレンチ・シャンソン
かしらというのとか、フリオ・イグラシアスなら歌うなというのから、ドイツ・リート風、
すごいのになると、ウエスタン調、何を血迷ったか下世話な地声の
ポップスみたいのもあり、おもしろい。
最高に興味深かったのは、スローのワルツやウインナ・ワルツもあったこと。
音階も完璧に西洋音楽の音階であるため、なんら違和感を持たない。
言語の単語がそれほどまでにアラビア語化してしまったというのに、
音楽の旋律に関しては、決してアラビア音楽にならずに、
あくまでヨーロッパ音楽に徹しているのはすごい。
イタリアとすぐ目と鼻の先にあるのに、国語がラテン語ではなく
アラビア語に感化されてしまっていることに、この国の特異性を見る。
キリスト教世界をイスラムの来襲から救うために、マルタ騎士団が
活躍したので、キリスト教世界のどの国よりも、直接的に
アラブ人と接することが多かったマルタ騎士団がアラビア語を取り入れた
原因がいくつかあると思う。
騎士団が相手にしたアラブ女性たちから生まれた子供たちが
母親からアラビア語を自然に学び、その子供たちがまた騎士団になりということを
繰り返していったのではないか。
アラブ女性から生まれた子供はアラブ語に違和感をもだないから
どんどん国語がアラビア語化していったのではないか。
同時に、人種的にも、どんどんアラブ化していったのだと想像する。
または、騎士団は、アラブ人たちを労働力として連れてきて、
要塞建築や港湾整備などの土木作業をさせたのではないか。
その際に、接触があった。でも、これでは、国語全体に影響を及ぼすほどには
ならない。
やはり、前者の、アラブ人おかあさん説が正しいかもしれない。
あくまで、私の想像。
違ってたりして。
平成17年5月26日(木

イタリア人天使が来たけれど、レッスンの合間だったので、
一緒にケーキを食べるくらいの時間しかなかった。
小説の改訂版の英語版を渡す。
後半は、フェリーニが監督したイタリア式芸術ポルノグラフィみたいなのだけれど
と言うのを忘れなかった。
ところで、私のベランダは、植物が生い茂って、身動きが取れないため、ベトナム銀行の、
ベランダで、晩御飯の時、七輪でバーベキューをする。
多摩川の川原まで行かなくても、新宿でこんなことして、本当に楽しい。
これは、ひとえに、永谷音楽事務所の社長さんの真似。
後半、急いで食べないと、どんどん焼けてしまって、二人だと間に合わない。
ラム・チョップがおいしい。
ギリシア本土の最南端だったか、500円で10本くらい買った記憶がある。
日本では同じ金額で2本。
リビアあたりだとどうなのだろう。
次回は、帆立貝や、海老、生しゃけ、はまぐりなんかも入れて、やってみよう。
平成17年5月25日(水)

カルタゴのローマ浴場の床には、見事なタイル・モザイクがほどこされていた。
カルタゴから遠く離れたサハラ砂漠のサボテン林の一角の、忘れられたような
小さな遺跡のローマ浴場の底にも、同様の素晴らしいモザイクがあった。
なぜ、お風呂場はどこもタイル・モザイクなのだろう。
それで、私もカルタゴの・ローマ浴場にしてしまおうと決心。
東急ハンズで材料をそろえてきて、タイルを1枚づつ、コンクリート壁用の
接着剤で貼りつけていく。
トイレ、お風呂場、どんどんアートしていく。
こういうことは、本当に楽しいから、限りなくやってしまいたくなる。
ローマ浴場をつくっていた人も、きっと楽しみながら1つ、1つタイルを
貼り付けていたのだろう。
2千年以上の時を経て、それでも、タイル・モザイクをつくる喜びは同じだ。
私は、玉川学園の中学部1年の時に、タイル・モザイクで、新築豚小屋の壁面を
飾り、無事、入豚(ニュートン)式で、走る豚たちに拍手を送ったことがある。
お弁当の残飯で、子豚を育てて、大きくして売って、花の種を買って、育てて、
父兄会で花を大量に売って、とても楽しい経済のしくみを学んだ。
そんなに楽しい学校は、玉川以外にもあるのだろうか。
平成17年5月24日(火

イタリア系アメリカ人のXXXXさんがローマ騎士団の騎士になった。
騎士の正装とイタリアの国旗が玄関に架けてある。
ローマ出身のイタリア人に言わせると、マルタ騎士団ならともかく、ローマ騎士団なんて
そんなの聞いたことないとのこと。
それに、本物のイタリア人は、玄関に歴史的装束や国旗を掲げたり、地位に固執したり
しない。
アメリカのイタリア移民の子孫相手の商売なのではないかと思う。
新大陸に住んで、世界に嫌われ、自分のルーツがあやふやになって、そうしたら、
頼れるのは、祖先の母国イタリアの伝統、誇り、名誉ある地位なのだろう。
それで、大枚はたいてその名称を手に入れたのだろう。
騎士の称号がいくらで取引されているのか不明だけれど、単に、商売のカモに
されてしまっただけなのではないだろうか。
なにか、XXX宮様名誉会長を売り物にしている日本文化協会がやっている
なんとか賞とか、博士号と似ている気がする。
平成17年5月23日(月

ペディキュアを完璧にしてから、素足にサンダル。
メイクをしてから、人と会う。
香水なしでは、角のコンビにだって行かない。
1階にゴミを捨てに行く時にも、シルクのジャケット。
猫さんと植物の世話を、自分がごはんを食べる前に。
語学の勉強はメイクを落とす前に。そうすると決して欠かさない。
いくつか、きまりがあり、それからはずれないことで、自分らしさが保てる。
平成17年5月22日(日)

数日前にベトナム銀行が朝ベトナム料理を持ってくれたので、数日後に、
日本風のお料理をつくって、同じ階のベトナム人に持って行ったら、
一緒に住んでいる南アフリカ人も一緒に食べてくれて、今度は、
南アフリカ魚カレー煮を持って来てくれた。
それで、今日は、ランボーが来て、何食べようかなと思った時に、
フリーズしておいた、マルタ大使の地中海料理を溶かしてレンジでチンして、
パンと一緒に食べた。
パンが日本製でいまいちだけれど、大使が2日かけて作った料理はやはり手が
こんでいて、さすが。
日本はどうして、地中海やメソポタミアでつくっているような、おいしいパンができないのか。
この技術力や経済力を持ってしてもできないもの、それは、素朴なかまどで焼く、手作りのパン。
私はサハラ砂漠で泣きながら食べたチュニジアのパンを超える食べ物など、この世に存在しないと思っている。
ともかく私は、自分であれこれ、いろいろなものを作ろうとしないで、自分は、自分のできるものを
しっかり作って、みんなに喜んでもらえればいいと思う。
自分にできない料理は、まわりの本国人に任せて、自分は今できるものを、もっと上達させていく。
とんでもないジャンルにいきなり飛び込んだり、料理でリスクを冒す必要はない。
平成17年5月21日(土)

フランス人の若い女性が引越してくることになり、ベトナム銀行は、数日前から
掃除に余念がない。
今日は、新宿駅までお出迎えに行った。
他の男たちは、自分でここまで歩いて来させるくせに、フランス人金髪が来る!と
舞い上がってしまい、至れり尽くせり。
このマドモアゼルは音楽上演のリハーサルために数ヶ月来日したのだが、偶然にも、
バレエを習っていた人で、すっかり嬉しくなって二人で踊ってしまった。
夏のハワイアン・ダンス・ショーのメンバーを募っているところだったので、チームに
入ってもらう。
しかも、サンバでもフラメンコでもOKだと言う。
神様はまたもや、私が一番必要としている人を、目の前に送って下さった。
リハーサルを始めるのが楽しみとマドモアゼルは言った。
神様の目に耐えられるものをつくるのが、私たちの使命なのだと実感。
いつも、上演の時、神様のことを考えなかった。
目の前のお客様から拍手が来たら、それで、本来の目的は果たした気持ちになっていた。
けれど、当面の目の前のお客様だけではなく、これからは、
神様にお見せするために上演しようと思う。
4歳で踊りを始め、最初の10年はコンクールで賞を取るためだけに踊っていた。
それから大事故をするまでは、自分のために踊った。
回復してからは、人のため、社会や世界のために踊った。
でも、これからは、神様のために踊ろう。
神様は私にこれを決心させるために、今夜フランス人の天使を私にお送り下さった。
平成17年5月20日(金)

ふと思う。
誰と見たかというより、何を見たのか、どこで見たのかの方が大切なのではないかと。
この人と見るなら何を見ても嬉しいというのは、幼稚な人の言う言葉。
あんなつまらないもの見ている暇があったら、あれを見るのだった、あそこへ
行くのだった、後から思ってももう遅いから、見る機会のある時に見ないと。
あの人と行こうと、とっておいても、あの人と行かれない可能性があるのだから、
この人とだっていい、ともかく、そこへ行くとことの方が大切。
あの人じゃないとだめなことなんて、世の中にひとつもない。
あの人でだめなことは、この人ができるのだから。
平成17年5月19日(木)

最近マリカの書くものは僕が書いた文章のようになってきたと、
男が嬉しそうに言ったので、こう言ってやった。
「男は女の中にどんなささいな自分の影響を見つけても喜んで、自分の勝利だと
思いがちだけれど、本当に勝ったのは、私たち女のほう。
それを、手に入れたのだから」
エーゲ海のアマゾネスも多分そう言うはず。
平成17年5月18日(水)

犬は、泳ぐときに、絶対に海の中や、砂浜に排便をするから、ものすごく不衛生。
私は、犬や牛やその他の大勢の人間と一緒に海に入らない。
岡山は桃太郎だから、犬猿キジに親近感を覚えるから、そうするのだろう。
「岡山にドッグ専用ビーチ:
岡山県玉野市の出崎海水浴場近くに今夏、ペット犬専用ビーチができる。犬を同伴する人が増えるにつれ、
「うるさい」などの苦情があったため、開設を思い付いたという。
(時事通信社)20時13分更新」
犬が好きな人は、猫好きと比べて、大騒ぎしたり、動物と派手につるんだり、
慕われて舞い上がったり、性格がいまいち幼稚なため、そのような発想になるのだろう。
猫好きは、そういう愚かなことはしない。
平成17年5月17日(火)

ただでさえ鏡で部屋が倍く見えるのに、合わせ鏡を広くしたら、錯覚して
もっと広く見えるようになった。
悪魔が来るから、決してやってはいけないと言われているけれど、合わせ鏡に
すると、不思議な気持ちになって、精神を集中できる。
猫さんたちは、鏡をどのように考えているのだろう。
セルゲイちゃんは、来たばかりの当時、鏡の中の自分と追いかけっこをして走って
いたけれど、他の子たちは、興味を示さない。
いいかげん、「さまよえるオランダ人」や「タンホイザー」、「マイスタージンガー」で
ごはんを食べるのをやめようかと思い、「リエンツィ」もかけてみるけれど、
やはり、まだまだ甘くて、到底、前者に及ばない。
ドリーブやショパンをかけて食べてみたけれど、はっきりしなくて、食欲がでない。
グスタフ・マーラーでも試してみる。
とりとめがなくて、ごはんがまずくなる。
シュトラウスの「こうもり」では、いきなりジャンジャンジャンと始まるので、ごはんにならない。
ひとつ言えるのは、音楽は、楽器の数が増えれば増えるほど、説得力を増してくるということ。
それは、多くの人の心がひとつになって現れているから。
ギターひとつで演奏するなと言っているわけではないけれど、やはり、音楽は演奏者の
数とそれを率いる人の精神次第。

ところで、夜、ドンキホーテに猫缶を買いに行ったら、普段のラテン・バージョンの
テーマ・ソングではなく、ひどい音楽がかかっていた。
ラテン・バージョンも相当笑えるのに、今日のは、もう苦痛だった。
使用楽器が手抜きで、旋律とコードが一致していない。
だから、そこだけが不協和音になる。
どういう人が録音して、誰がオーケイのサインを出したのか。
このくらいの出来の音でも、店舗で流してしまい、従業員も誰も、文句を言わないのは
どういうレベルの人々が集まっている集団なのだろう。
私が従業員なら、1分と聞いていられなく、即、放送室へ行って、バツンと音を止める。
そして、とりあえず、優先のボサノヴァでも流すだろう。
経営者が馬鹿だったら、私は即日首だろう。
でも、客だから、そこまでやらない。
そんないいこと教えてやったら、損する。
音が汚いと、おちおち、買い物をしていられない。
抜群に美しい音を聴いていないと、耳の感覚が鈍るから、職業柄、
気持ちの悪い和音は聞いていられないため、そそくさと店を出る。
平成17年5月16日(月)

恋をするだけなら一般人。
芸術家は、ひとつひとつの恋を作品に昇華させる。
だから、楽しい時が長いと作品がつくれない。
楽しい時と、悲しい時の差が大きいほど、おもしろいものになる。
恋をしないと、思い切り幸せだったり、辛かったり、悔しかったり、後悔したり、
うらめしかったりする機会が少なくなるから、感情の起伏が平坦になり、表情が
乏しくなる。
恋をたくさんした人は、それだけで、魅力的になり、また、次の恋が待っている。
これはつまり、今、恋をしていないと、次の恋もないということになる。
ただ、恋をするだけで、しっぱなしだとだめ。
ゲーテがなぜすごかったかというと、10代から80代まで恋をした女性すべてを
作品に封じ込めて、永遠の価値を与えた。

平成17年5月15日(日)

プリントアウトしている最中に紙が足りなくなった。
ああ、困っちゃうな、あと6枚なのに。
ところが、一晩寝て朝、起きて気がついた。
そうだ、あそこの文章をこう直そう、ああいうふうに書こう、書き足したいことが
どんどん頭のなかに溢れてきた。
そうか、全部プリントアウトしてしまっていたら、新しいアイデアが浮かばなかったかも
しれない。
神様は、わざと、私がA4の紙を切らすようにしていたのだ。
そして、新しい文章を印刷させたかったのだ。
私が紙を切らすなどということは、ここ数年間で一度もなかった。
メールで注文すると、どさっと、幾束も納品してくる業者がいるから、足りなくなったことなど
なかったのだ。
それが、偶然起きたのは、やはり、神様が私の一挙一動をご覧になっている証拠。
平成17年5月14日(土)

音楽をかけて踊るのと、自分でアカペラで歌いながら踊るのとでは、養われる
リズム感がまったく違うので、レッスンの時は、なるべく歌ってもらうようにしている。
たいていは、「ハロードーリー」とか「二人でお茶を」とか一般的なスタンダード・
ジャズを歌うのに、今日の人は、いきなり「羊を守る・・・・・グローリア・・・」と
賛美歌を歌ったので、そんな曲でタップをしている人を見て、キリスト様も
苦笑なさったことだろう。
賛美歌はちょっとと言うと、今日のおまつりで歌うなんとか音頭を歌いだした。
今度は、チャルメラのメロディーで踊ろうとしたので、チャルメラは拍子が無理だけれど、
カステラ一番、電話は二番、三時のおやつなら、このタイム・ステップは可能なのでやってもらう。
まあ、どんな曲でも8ビートであれば、そのフット・ワークは踊れるので、
選択は個人の自由。
ワーグナーの「マイスタージンガー」の音の洪水に浸っていると、もう、いかなる
ニュース放送もかけられなくなる。
耳がそのメロディに慣れてしまうから、雑音が受け入れられなくなる。

ニュース聞かなくても命に別状ないけれど、ワーグナーの力強い旋律を聴くか聴かないかで、
精神が変わってくるし、人生も違ってくる
平成17年5月13日(金)

朝、イタリア人が来た。初対面なのに、意気投合してしまった。
英語、日本語、イタリア語でもお話しできたが、ドイツ語という共通語を発見して、
余計に盛り上がってしまった。
ふと思う。最初の夫との間に、共通語が4つもあったら、離婚しなかったかもしれない。
共通語は1つしかなかった。それも、非常に不完全な共通語だった。
夫は私にドイツ語の手紙を書くとき、他の人に頼んで書いてもらっていた。
それは、あとからわかったことだ。
二番目の夫とはたったひとつだけ共通語があった。それは英語。
多くの共通語を持つ相手と話すと、文章ごとに言語を変え、気分次第で、好きな言語の
単語を網羅できる。
だから、とても安心して話せる。
神様は、どうして、このように素晴らしい人を私のもとへ今朝寄こして下さったのですか。
天使が来てくれたお陰で、私は心が清められた。
さて、レッスンの後、ショーへ行く。
今日のメンバーは2名チェンジでアップグレードされている。
スペイン語、ポルトガル語、日本語、英語の曲に混じって、カンツォーネが流れた。
心が洗われる清楚なメロディーで、それでいて情熱的なナポリの伝統的な歌い方だと
先月、ナポリの人が教えてくれた。
私が一番好きなカンツォーネがナポリの歌だったとは、そして、それを教えてくれた人が
ナポリの出身だったとは、偶然すぎる。
イタリアには何百という都市があるのに、どうして、よりにもよって、ナポリなのか。
風のように私の目の前を通り過ぎたそのナポリの男は、本当に人間だったのか。
神々しいまでのナポリの海と空が見えるバレエを見て、私は、なんて
幸福なのだろうと感じた。
好きなことが、仕事で、大好きだからやっているから、働いているという感覚がない。
楽しくて仕方がないから、もっと、一生懸命にやってしまう。
平成17年5月12日(木)

ショーから帰って来て、すごく疲れて、洋服のままどっと横になって、起きられなかった。
この疲れは身体というよりは、ショーの出来具合だ。
そうか、高級イタリア・レストランで上演したのに、イタリアの曲を1曲も入れていなかった。
ここ1ヵ月半、毎日必ずイタリアに関わっていた私としたことが、なんということを
してしまったのだろう。
驚くべきことに、最近は、ドイツ語を書いたり話さない日はあっても、イタリア語を
使わない日は1日もない。
そのくらいイタリア漬けになっていた自分がどうして、仕事の部分でイタリアを大切に
しなかったのだろう。
シチリアから引き上げられたサテュロス像が非難に満ちた目つきで見つめていた。
その刺すような視線は私に深い反省と羞恥心と後悔の念をもたらした。
私はぱっと起き上がり、迷わず、私の一番のお気に入りのカンツォーネ、これまで、
数百回となく繰り返し聞いた、あの私のナポリ民謡を録音した。
これで、ソロのバレエを入れればいい。
バレエはイタリアで生まれた。
それが、メディチ家のカトリーナの仏王家へのお輿入れで以後、フランスで根付いた。
イタリアを語る時、バレエを抜かして、なにがダンス・ショーだ、高尚な場面を入れよう。
幸い明日のチームはMちゃんがいる。
彼女なら、その日にいきなり指示しても、「はい」と言ってなんでもやれる能力がある。
ヘタクソ外人と違って、日本人は全部の種類が踊れるマルチだから、それが可能だ。
私はサテュロス像に助けられた。
愛知万博へ行かなかったら、サテュロス像には出会えなかった。
メンバーにイタリア系がいたから、最初に訪れたパビリオンがイタリアだった。
神様は私がサテュロス像と出会うことで、良い作品づくりをするように仕向けて下さった。
本当は1日目の上演ですでにやるべきだったのに、私はそのナポリ民謡を
毎日聞いているのにも関わらず、その価値に気づかなかった。
今からでも遅くない。
明日こそ、お客様も、依頼主様も、私も満足できるような良い上演をしよう。
やはり、イタリアは素晴らしい。
この国の歴史、芸術、言語、人間を大切にしよう。ビバ、イタリア!
平成17年5月11日(水)

私は自分の世界に浸って、ミシンをかけていた。
BGMは「さまよえるオランダ人」。
このような高尚な旋律に漂ってミシンをかけるのは、最高の幸福。
生徒が遅れてくると連絡があったので、いくらか長くワーグナー漬けになれて嬉しい。
もう、CNNやBBCを見なくなって久しい。
見なくても、私の日常に影響はない。
明日になれば、変わってしまう内容のニュースより、数百年の時を超えて価値を保ち
続けるであろうワーグナーの方がよほど精神に良い栄養となる。
こういう旋律を創り出せたドイツ人はやはり、ただものではない。
アラブ人や東南アジア人もこういう音楽が理解できるのだろうか。
平成17年5月10日(火)

おとうさんみたいなイタリア人に出会った。
私を娘と呼んだ。
一緒にエスプレッソを飲んでお話ししたけれど、ベルリン工科大学を卒業した人だったので、
数十年眠っていたドイツ語が突如目を覚ましたと言って喜んでいた。
私の「神様の形跡」の詩を気に入ってくれた。
こういう人に出会えたのも、みんな神様がご用意して下さったから。


東急ハンズで、好気性微生物協生体でお部屋の空気をきれいにするという
バイオカルチャーなる植物を買ってきた。
一鉢100円くらいの小さな観葉植物だが、付加価値をつけて2000円で販売している。
日本の園芸農家のビジネスは今後、こうなるのだろう。
いい例を見た。
大切にテーブルに、他の6鉢の植物と一緒に置いて、洗面所へ入り、出てきたら、
他の植物にはまったく手をつけず、バイオカルチャーの植物だけが、テーブルの下に落とされて
好気性微生物協生体が付着したパーライトや小石が床に散乱していた。
素早く逃げ去ったグレーの胴体の犯人を確認する。
奴はどうして、私の特別に大切なものだけに手を出すのか。
今朝もサンバの羽根衣装にもさんざんちょっかいを出していた。
どうしてアナスタシアが残って、セルゲイちゃんがいなくなったのか、本当にもう。
でも、それもすべて神様がお決めになられたこと。猫日記
平成17年5月9日(月)

衣装倉庫からサンバ衣装を持って来る。
花が咲いたようで、シュールな空間。
これを、一般人は、「散らかってる」と称するのだろうけれど、私はアーチストだから、
「きれい」とか「素敵」とか言う。
今夜、ここはサンバ工房。折れた羽や、取れたスパンコールの修理をする。
イタリアのなんとか工房で、職人技をもって、シチリアから引き上げたサテュロス像を
蘇らせた修復チームとまではいかないけれど、私は、愛情をもって、羽衣装を修理する。
よく働いてくれた。あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、ぱっ金や、おかま、タレントや
飛び入り客など、多くの人の頭や背中を飾ってくれた。
サンバの季節が始まる。
九州のテレビCMにいくつか送り、残りを今週のショーでお台場で使い、これをあちらに、
あれをこちらに、JRダイヤのごとく綿密にアレンジする。
単線でなく、40着あるから、衝突はまず起こらない。
美しい人が、美しい踊りをするために、美しい衣装がいる。
ブスやシロウトに限って、ヘタクソな踊りを、変なもの着て踊るのをさんざん見てきた。
だから、私は、思いきり、美しい衣装に固執する。
スパンコールがひとつぶ取れていても、鬼のように直す。
小さなスパンコールがひとつ取れていても、撮影や上演には、一向に影響しない。
しかし、少しでも欠けているものを美として決して受け入れない精神的潔癖さが、
アーチストの素敵なところなのだと思う。
完璧をつきつめていくと、芸術になる。
完璧をつきつめていこうとする気持ちが、人を芸術家にする。
平成17年5月8日(日)

フラメンコと朝早く待ち合わせて、ずっと行きたいと思っていたゴッホ展に、
開場と同時に入った。
古代の大叙事詩や聖書など、宗教的要素を入れずに、まわりにある、風景や静物や、普通人を描くように
なってから、画家は貧しくなったのだ。
それなりの題材を描いていた時は、職業として成り立っていたのだと、フラメンコが言った。
もっともな意見だ。
天才画家たちが、一様に貧困の中で、生涯を終えたのは本当に心が痛む。
レッスンのあと、蚕糸公園でピクニックをしてから、小平のテルメ温泉に行く。
京王永山温泉のように、男女一緒にパジャマでくつろげる施設が出現すると、そうした場が一切ない旧来の
施設は、今後どんどん苦戦を強いられるだろうなと感じる。
一緒に行ったのに、帰りまで一言も喋れなかったら、一緒に行く意味がないわけだから、これからは、
いかに一緒に行ったなりの楽しみ方を提供できるかが、成功の分かれ道だ。
ところで、バーミヤンが中華料理でやったことを、サイゼリアはイタリア料理でやっている。
こういう価格帯の店が増えてくると、フランス料理やスペイン料理も、うかうかしていられないだろう。

ただ、安かろう悪かろうにならないように気をつけないと。
例えば、内装に、「ビーナスの誕生」を入れたのなら、もっと思い切りルネッサンスしないと。
天井壁画の迫力が足りない。
平成17年5月7日(土)

レッスンが終わるなり、マルタ大使が来て、最後の仕上げの買い物に出かける。
マルタ大使は昨日から買い物を開始して、今日の晴れの日のために、地中海料理を作った。
フラメンコが松本から到着し、みんなでにゃんぐさんのお誕生会をする。

ベトナム銀行とランボーが、ツタヤで「ラッシュアワー」のビデオを借りてきて、見始めたのが
すでに12時。数年前に一度見たけれど、このメンバーで見ると、すごくおもしろい。
クリス・タッカーの喋りはいつも笑える。
エディ・マフィーと並んで好き。
見終わったら2時。
どうやって、明日の朝一番で、東京国立近代博物館に入場できるのか。
平成17年5月6日(金)

体中刺青で、ふんどし一丁のアボリジン人の大男にほっぺたにキスをしてもらっている
写真を楽しみにしていたのに、フラメンコの奴、そういうおいしい写真は送らないで、
普通のツーショット写真を何枚か送ってきた。
なに考えているの、こんなの、おもしろくもなんともないのよ。
私が見たいのは、キスの写真。
フラメンコはラテンの血がみなぎっていて、結構嫉妬深い男だから、わざと私に送らなかったと
想像する。
明日、にゃんぐさん8歳のお誕生会で東京に来るから、その時、絶対もらう。
だから、大切な場面は、人のデジカメなんか頼ってはいけない。
メモリ・スティックをたくさん持っていかなかった私が悪い。
イタリアギリシア、リビアですべて使い切ってしまった。
それから12時間後:結局、問題の写真はバレリーナが持っていた。
平成17年5月5日(木)

私はこの5日間、不規則な食生活をとっていた。
しかも、身体がくたくたに疲れていた。
ベトナム銀行が、2日がかりでつくった、日本のにくじゃがと、シチューの中間みたいな料理を、持ってきて
くれたので、それを朝ごはんにする。
レッスンのあと、ランボーが、英文監修をしてくれた。
5時にいきなり電話が鳴って、これから、バーベキューをするからすぐ来て、露天風呂も
用意してあるからという永谷音楽事務所の永谷社長の電話。
永谷さんは、極めつけのアーチストで、その領域は、音楽にとどまらない。
私は氏の3人の奥さんのうちの最後の二人を知っていて、氏とは18年前からの友人だ。
ランボーと目黒の永谷ゾーン(家というよりは、地域という感じ)へ行くと、アメリカ人の
モルモン教の人につくらせたとかの、この世のものとは思えない、すごい空間が広がっていた。
山手通りからほんの少し入ったばかりなのに、こんなところに露天風呂つくって、菖蒲湯なんて
しているのは、この人くらいだろう。
庭とか敷地という概念にはあてはまらない。
音楽のお友達という方々も2名ほど来たけれど、この空間、本当に天国というか、なんと言うか、
居心地が良くて、最高に笑える。
外からは絶対にわからないようになっている。
夜、音楽のリハーサルをしても大丈夫なリハーサル部屋を備えて、しかも、露天風呂と
別に、石づくりのお風呂をつくってしまって、温泉の内風呂といった感じ。
ランボーもびっくりしていて、このアウトドアー感覚はカナダ人に近いものがあると感動。
私は自分の場所がかなり芸術的だと思ったけれど、永谷さんには負ける。
ビルの中だと、制限がありすぎる。
永谷さんのすごさは、作品を美術館に展示して人に見せるのではなくて、
自分の作品の中に文字通り人を招きいれて、裸にして露天風呂に入れてしまうのを、
都心の目黒で行っているということだ。
平成17年5月4日(水)

本当はダンス・レッスンに間に合うように明日の朝帰ることだってできたけれど、
追い出されたのしかたなく東京へ帰ってくる。
一人になりたかったのに、ドアを開けると、マルタ大使が猫たちの世話をしていた。
アナスタシアがベランダから逃亡したので、パニックになって、何時間もかけて、
なんとか連れ戻したとのこと。
休みを返上して、連日、猫の世話に明け暮れていたようだ。
ご苦労様。
神様はよく、こういう適材を私のところにおつかわし下さいました。
ありがとうございます。
私は言いたいことが山ほどたまっているけれど、それを人に話すとエネルギーが抜けて
しまうから、言いたいことは文章にする。
人に言わなかったことだけが、自分の心の財産だ。
平成17年5月3日(火)

朝、イタリア村へ。
万博のイタリア館のイタリア人たちが、名古屋港のイタリア村はあれは、嘘っぱちね、
万博で見せているのが、本物のイタリアと胸を張って言っていたけれど、本当に、これは
ひどい。
来なかった方がいいくらい。
行く必要はなかったのだけれど、話のたねに寄っただけ。
なぜ、私がイタリア村が嫌いかというと、常軌を逸した商売だから。
午後、松坂屋の「ミュシャ展」へ行く。
最初の夫、アレキサンドルがボヘミアのブルーノ生まれだったので、一緒によく
ミュシャをあちこちに見てまわったのを覚えている。
数年ぶりにミュシャを見て、くすぐったい感じがした。
エミール・ガレのアールヌーボーのガラス展もよかった。
こんな繊細なものうちにあったら、アナスタシアが5分後には破壊しているだろう。
松坂屋で万博イタリア館主催のイタリア物産展をやっていたので、青いイヤリングを買う。
売り子が私のしている指輪を見て、
「これ、イタリア製ですよね」 「え?」 「前回のイタリア物産展で、売っていたから、よく覚えて
いますよ、同じデザインですから」 「え、イタリア製として売っていたのですか」 「そうですよ」
「おいくらくらいでしたか」 「かなり良いお値段だ気がします」 「そうなのですか」
「きれいだから、評判が良くってね」 「本当にイタリアの名前で売っていたのですか」
「もちろんですよ。どうかしましたか」 「だって、この指輪、バンコクで200円で買ったのですよ」
「え!」 「お安いからたくさん買って、惜しげなくみなさんに差し上げるのにちょうどいいから、
こういうの重宝しているんですよ」と私が言ったら、 店員、無言。 
「上司に聞いてごらんなさい。いくらで仕入れたか」と、私。
ペットボトルのイタリアの炭酸水を飲みながら、ロフトで買い物。
名古屋に来て、はじめて味わう時間の余裕。
そんなこんなで、新幹線の最終に間に合いそうもないので、翌朝帰りに決定。
もともと帰る気なんかなかった。
平成17年5月2日(月)

朝から夜まで愛知万博。
日本人として、恥ずかしいと思うこといっぱいの万博。
エコノミック・アニマルと悪口言われているのだろうな、きっと。
足が痛すぎ。
こんなに歩いたのは、昨年ひのはら村の山道を歩いて以来。
結局、日本、トヨタ、ガス、ドイツ、オーストリア、スイスなど、見たいと思っていたものが見られなかった。
道もなにもかも、すべてが人工物だから、余計に疲れるのかも。
平成17年5月1日(日)

愛知万博
私だけお寝坊して、1時間遅れでみんなに合流。
バレリーナとフラメンコは、夕方、それぞれ東京と長野に帰って行ったけれど、私は、
夜中までしつこく万博会場にいて、憑かれたようにアジアのパビリオンをひとつづつ制覇していた。
ブータンの国王が王子の時代から私はファンだったけれど、今日、改めてブータン国王の素晴らしさを
確認した。
雨が降って、すごく寒い。
ノースリーブのミニ・ワンピース、サンダル履きで来てしまったけれど、ブーツにすべきだった。

留守中の猫係りは、ベトナム銀行と、マルタ大使。
平成17年4月30日(土)

レッスンの後、バレリーナと名古屋へ。
長野から来たフラメンコと落ち合って、久しぶりのご対面。
みんなで、大名古屋温泉へ。
名前負けして、大したことない温泉でがっかり。
安かろう、悪かろう。
もっと研究しないと。
名古屋は、住居表示がひどすぎて、なにも捜せない。
新宿区なら、電信柱ごとに、何丁目何番地が記してあるのに、名古屋は、それがない。
明日は愛知万博。
平成17年4月29日(金)

食生活を変えて、体重を落としたために、ウエストががばがばになって、着られる洋服が
なくなってしまった。
シルクものは、ほとんどすべて45、6キロだった時に作ったものが多く、41キロの今、どれも
寸法が合わなくなって役立たず。
だから、コットンのニットが重宝する。
身体が軽くなったのと引き換えに、スタミナがなくなった。
体重が軽くなると、ジャンプのような技にはいいかもしれないけれど、すぐに疲れてしまい、
最近は、夕方7時頃、一度30分くらい寝ないと、どうしてもその後、もたなくなる。
ロイヤルゼリーを摂らなくなったせいもあるかもしれない。
やはり、女王蜂の食べ物を毎日摂っていないとだめかも。
ずっと冷蔵庫で眠っていたロイヤルゼリーを久々に開けてみようか。
でもこれは、中近東の王族向け輸出商品だから、強すぎて、ダンス・レッスンの生徒に
マリカ先生は元気すぎてコワイ、その体力について行かれないと恐れられた経験がある。
今日は、特に名前のついたものを食べなかったように記憶している。
昨日買った、生クジラのステーキ、明日でも大丈夫かな。
これを人生最後のクジラにしたい。
それ以外のものを食べているだけでも、十分生きていられる。
平成17年4月28日(木)

カサンドラの予言は正しいけれど、決して聞いてもらえない。
私は自分がカサンドラだと時たま思う。
しばしば私は無限の宇宙との対話を通して、自分の予知能力を確認する。
自分の精神を清く、鋭く保つため、自分を人や、様々な雑事から遠ざける。
そのため、私はいつも純粋無垢な精神を持つ存在でいられる。
私はいつの頃からか、日常生活の中のここかしこに、偶然の産物を目にするように
なった。
このことを意識し出してからというもの、加速度的に、あらゆる偶然が次々と
私を襲った。
どうして、こんなことが、この瞬間に起きたのだろう。
いつも答えがあった。
神様がそう望まれたから。
精神を明晰に保つためには、一人で考える時間を多く持たないと。
必要以上に人と話したり、社会と交わると、ざるから水がこぼれるように、
精神が浪費されてしまう。
ざるの小さな目をひとつひとつふさぐことで、水はこぼれる速度が遅くなる。
全部ふさいた時、限りなく自分になるけれど、わずかの窓もふさいだために、
自分の声は誰にも届かない代わりに、神様の声も自分に届かない。

週間「文春」にこんな言葉が載っていた。
「痛める貝にのみ、真珠がやどる」アサヒビール社長:樋口廣太郎
「少数にしたら先鋭になる」坪内寿夫
「 大切なのは捨てる勇気」イトーヨーカ堂:鈴木敏文
でも、捨てることを、果たして勇気と呼べるのか。
私なら、「大切なのは、維持していく勇気と決断」とでもする。
私は言葉の価値、言葉の強さ、そして美しさ知っているから、言葉を無駄にしない。
平成17年4月27日(水)

今日は、ラテン女の心意気を聞いて、すごく感動した。
「不動産の契約をする時は、女の名前でしないとだめ。そうすれば、出て行けと
言われても、ここは私の家だから、気に入らないのなら、あなたが出ていけばいい、
扉は開いてるわと言える。
自転車も、バイクも、コンピューターも、電話も、銀行口座も、なんでもかんでも、
女の名前で契約するのに限る。それから、愛していると言われても、
絶対に自分からは愛してると言わないこと。
言わない限り、あなたの勝ち。弱い女は魅力がない。
ラテンの男は、強い女に魅かれる。男をコントロールできることが、ラテンの女の喜び」
聞いていて、ごもっともでございますと、非常に納得し、涙が出そうになった。
そうか、私は弱すぎる。
まだまだ、修行が足りない。
なにか、心が晴れる午後だった。
平成17年4月26日(火)

数日前に、東急ハンズでタイルを50枚買ってきた。
今日は夜中に薄いピンクのタイルを、部屋や玄関の壁に貼った。
1枚1枚、丁寧に貼っていると、心が静まる。
安珍清姫が蛇になって鐘に巻きついた時、そしてサロメが「あの男(ヨハネ)の首をご褒美に
下さい」と言った時、もし、私が、今、その場に飛んで行かれるのだったら、私は、
彼女たちに言うだろう、心静かに私と一緒にタイルを貼ってみませんかと。
単純作業は炎を鎮める。
大切なものをいっそのこと破壊してしまいたい時、心静かにタイルを貼るのは正しい。
平成17年4月25日(月)

この世のものとは思えないほどまずいイタリア料理の食べ放題で食事をする。
せめてもの幸いは、一緒に食べた相手がイタリア人ではなく、イギリス人だったということ。
最高のものしか受け入れないイタリア人なら座っただけで逃げ出す店だったけれど、
料理文化のないイギリス人は何度もおかわりまでしていた。
味に関する感覚、その他、すべてのことに関する感覚は、相対的なもの。
生まれ親しんだ環境によって育まれる。
イタリア人といると、どこからどこまでも、すべてピカピカに磨き上げたイタリア的完璧さの
最高の質を要求するから、こちらまで身が引き締まり、研ぎ澄まされてくるけれど、
長くいると身がもたない。
平成17年4月24日(日)

マルタ大使が朝ごはんに来る。
髪の毛をベリー・ショートにしたので、かなり良くなった。
レッスンの後、ランボーとロシア猫9ヶ月目のお誕生日用ケーキを食べる。
アナスタシアは、今日は、狐の大きな襟巻きを、口にくわえて、あちらこちらへ、運んでいる。
他の男の猫たちは、そのようなことは、一度もしたことがない。
先日までは、ちいさな、ミンクのしっぽをくわえていたのだが、今日から、狐の襟巻きになった
ということは、力も増え、毛皮への憧憬がより大きくなったということか。
六本木ヒルズの美術館はあれは、なんなのか。
もっと、まともな展示ができないのだろうか。
本当に嘆かわしい。
見ていて情けなくなるようなものもある。
料金をとって見せるような価値のあるものは、ひとつもなかった。
ただし、森都市未来研究所の、東京とニューヨークの模型はすごかった。
航空写真を使用してつくってあり、よくできていた。
また、航空映像でつくった、東京をスキャンするという映画の発想もよく、大変な資金を
つぎ込んでつくった短編映画だと思う。
これは、森ビルのオーナーが、自分へのご褒美につくったのだろうと、ランボーと
話していた。
平成17年4月23日(土)

バレリーナが韓国ヨン様ツアーから帰ってきて、冬ソナの思い出シーンの撮影場所
詣での模様を話してくれた。
それは、それは、どうもお疲れ様でした。
40代、50代がやることだと思っていたら、20代後半でもそういうきとくな人がいると
知って、改めて、ヨン様のすごさを納得。
こういう幸せな、無邪気な日本女性たちのお陰で、どれだけ政治的に助かっていることか。
ヨン様と叫びながら、お金をたくさん落としていく日本女性が大挙して韓国に押し寄せる
ことで、この人たちは、緊張した国際政治の中で、どんな政治家もできないへの貢献をしている。
ランボーに言わせると、茶髪に染めたヨン様のわざとらしい笑顔は、気持ち悪くて大嫌いとのこと。
西洋人の男には受けないかも。
平成17年4月22日(金)

ずっと開けなかった引き出しを整理していたら、予期しなかった宝物が出てきた。
それは、緑色のA6版数十枚に渡って書かれたゲーテの言葉
「手に入れるのも結構だが、もっといいのものは、持ちこたえることだ」(10340)
「私はしきりに賛美され、そしられもしましたヘレナです」(8490)
22歳の時にそれらをしきりに「ファウスト」の本から写していた時には、今ほど
それらの言葉の重みがわからなかった。
今「ファウスト」を読み直したら、最初から最後まで私は泣いているかもしれない。


恩師、高橋健二先生が、ナチス政権化で銀行口座を封鎖されたエーリッヒ・ケストナーの
ために、日本で「二人のロッテ」を松竹から映画化し、その版権料を、ドイツのケストナー(多分
愛人ルイーゼロッテの口座)に送り、窮乏しているケストナーを助けたことを、高橋先生の
生前よく、うかがっていた。
そのことを、高橋先生は、ご本の中にもお書きになっていらっしゃる。
「二人のロッテ」の英語版は、ディズニーがやったのを、私は偶然最近目にした。
今日、レッスンの時、ジュリエット姫が、どうしてウィーン少年合唱団は、全部ドイツ語で
歌っているのに、オーストリアが舞台の映画主題歌の「エーデルヴァイス」と「ドレミの歌」だけ
英語で歌っているのかという話になったところから、英語版「二人のロッテ」、さらに話は飛び、
美空ひばりが双子役を演じた「二人のロッテ」の日本版「ひばりの子守唄」を見たいという
話になった。
そうしたら、偶然にも、こんなことが起きた。
「マリカ先生
こんばんわ!
今日おっしゃっていた二人のロッテの日本版「ひばりの子守唄」のDVDは、
角川エンタテインメントから明日発売なのですね。
定価は4725円で、amazon.comだと割引価格3780円で受け付けていました。
TSUTAYAでも販売するようですので、早くレンタルで見れるといいなと思います」
以上、ジュリエット姫からの情報。見たいと言った翌日に発売されるというのは、
話ができすぎている。
これまで、数年間、この映画の話をしたことがないのに、たまたましたその翌日にというのは
やはり、神様がそのようにして下さったのだと感じる。


私はよく神様のことを口にするけれど、それは、どの宗教の神様ということではない。
もの心ついた頃から教会に通っていたから、プロテスタントのそれが、一番自然なのだけれど、
本当の神様は、
「地球指数」を司る私の神様だ。
この宗教(?)は、私が10歳の時、夕日の中を歩いていた時、突如、天から計算機の
カシャカシャという音が聞こえてきて、ひらめいたものだった。
丘の上に立った私は、一人だった。
眼下に水と緑が広がっていた。
この広い地球で、真っ赤な夕日を浴びて、私は生涯で一番清められた瞬間を持った。

善行をした時に、地球指数なるものの数字が上がり、悪行をした時に下がる。
今、この瞬間の数値を見ることが可能なのは、神様だけ。
そこで、私は、自分の人生は、「地球指数」をアップさせるためにあるのですと、
小学校の時、作文で力説したのだけれど、クラス全員に布教させるに至らなかった。
その後も、ことあるごとに、犯罪のニュースを聞くと、今、地球指数が下がっただの、
道に落ちていたぬいぐるみを交番に届けたことで、私は今日、地球指数アップに
貢献しただの、あ、自分の子供にそんなものの言い方をすると、地球指数が
下がるからだめとか、ことごとく、地球指数という言葉を出しては、両親から
怪訝な顔をされた。
母方の祖母がプロテスタント、父方は浄土真宗なので、どう頑張っても、家庭内で
「地球指数」教を布教するのは、難しかった。
その後も、玉川学園の中学部や高等部の友人に説明することもあったけれど、
わかってもらえなかったようだった。
それどころか私は、左翼思想を持つ危険な生徒ということで、父親が学校に呼び出されたりした。
人に説明するのが、面倒だった。
その点、踊りはよかった。しゃべらなくてすむ。黙って踊っているだけでよいから。
踊ることで私は、多くの煩わしさから解放されていた。
そんなこんなで、この宗教は私だけのものになった。
どんな人のどの行いでも、その行為の地球全体に対する貢献度に応じた数が
瞬時に現在の地球指数にプラスされたり、マイナスされたりする。
地球上にあまりに人口が多いため、また、戦争などの大量虐殺で、一挙に
指数が下がるため、こつこつと、小さな善行を大勢がやっても、なかなか失った指数を
とりもどせない。
白い杖を持った方を道で見かけたので、行き先を訊ね、駅のホームで、その人が
電車に乗るまで、腕を組んでお連れしたとする。1点くらいの指数である。
車に轢かれそうになった子供がいたので、自分が身代わりになって、車にぶつかって
重症を負った。この場合で、100点くらい。
寒い夜、11時過ぎまでお店を開けている、ひなびたおだんご屋のおじいさんから、
大福を買うために、はるばる1時間バイクを飛ばして残っている商品を全部買って、
1点。買ったおだんごや、おいなりさんを、近所の一人暮らしのおじいさん、おばあさんに、
2個づつサランラップで包んだのを、配り歩いてまた1点。
新宿伊勢丹前交差点で、信号を待ちながらタバコの吸殻を歩道に捨てたおにいさんに、
「タバコ、拾いなさい」と言って1点。
「うるせえ」と怒鳴られて、「あなたが落としたのだから、拾いなさい」と、
なりふり構わず怒鳴り返して1点。
「バカヤロー、このブス」と捨てぜりふとともに去った男の吸った吸殻を拾って、自分の
バッグのティッシュに包んで、コンビニ前のゴミ箱に捨てて1点。
そうやって、こつこつと、地味に数字を稼ぐ。
多くの人々の行動は、普通の常識と勇気を持っていれば、日々、指数を上げることに
貢献する。
現在の数字が変化するのは、あまりに早くて私たち人間には見えないけれど、見ることが可能なのが
神様なのだと、10歳の私は考えた。というより、現在も考えている。
世界指数を落とさないように気をつけながら生活するだけでは、神様は満足しない。
指数が上がっていかない。
具体的に指数を上げていくためには、今、自分は何をしなければいけないのか。
そこに、生きる使命感を理解することになる。
数字を現状維持するだけでも大変だけれど、上昇させるのは並大抵ではない。
この瞬間にも、人為的な戦争で、どんどん数字が下がっているのだから。
なんとかして、たくさん指数を上げよう、これが、世界指数だ。
こういうことを言うと、あの人は、ただけさえ変わり者なのに、今度は、あやしい
カルトめいたことを始めたのか、アブナイ奴だと思われてしまうといけないから、
言っておかないとならない。
これは、私が10歳の時に、思いついたことで、以降、私のすべての行動は、この
考えに基づいて行われている。
これが、原点なのだ。
気味悪がられるから、地球指数教などとは言わない。
しかし、地球指数を語るのに、なんらやましいことはない。
私は自分が死ぬ時は、地球指数に最後の貢献をするために、献体をしたい。
日頃鍛えているから、使ってもらえるはずだ。これで、100点加算できる。
平成17年4月21日(木)

ずっと開けなかった引き出しを整理していたら、予期しなかった宝物が出てきた。
それは、緑色のA6版数十枚に渡って書かれたゲーテの言葉
「手に入れるのも結構だが、もっといいのものは、持ちこたえることだ」(10340)
「私はしきりに賛美され、そしられもしましたヘレナです」(8490)
22歳の時にそれらをしきりに「ファウスト」の本から写していた時には、今ほど
それらの言葉の重みがわからなかった。
今「ファウスト」を読み直したら、最初から最後まで私は泣いているかもしれない。


恩師、高橋健二先生が、ナチス政権化で銀行口座を封鎖されたエーリッヒ・ケストナーの
ために、日本で「二人のロッテ」を松竹から映画化し、その版権料を、ドイツのケストナー(多分
愛人ルイーゼロッテの口座)に送り、窮乏しているケストナーを助けたことを、高橋先生の
生前よく、うかがっていた。
そのことを、高橋先生は、ご本の中にもお書きになっていらっしゃる。
「二人のロッテ」の英語版は、ディズニーがやったのを、私は偶然最近目にした。
今日、レッスンの時、ジュリエット姫が、どうしてウィーン少年合唱団は、全部ドイツ語で
歌っているのに、オーストリアが舞台の映画主題歌の「エーデルヴァイス」と「ドレミの歌」だけ
英語で歌っているのかという話になったところから、英語版「二人のロッテ」、さらに話は飛び、
美空ひばりが双子役を演じた「二人のロッテ」の日本版「ひばりの子守唄」を見たいという
話になった。
そうしたら、偶然にも、こんなことが起きた。
「マリカ先生
こんばんわ!
今日おっしゃっていた二人のロッテの日本版「ひばりの子守唄」のDVDは、
角川エンタテインメントから明日発売なのですね。
定価は4725円で、amazon.comだと割引価格3780円で受け付けていました。
TSUTAYAでも販売するようですので、早くレンタルで見れるといいなと思います」
以上、ジュリエット姫からの情報。見たいと言った翌日に発売されるというのは、
話ができすぎている。
これまで、数年間、この映画の話をしたことがないのに、たまたましたその翌日にというのは
やはり、神様がそのようにして下さったのだと感じる。
平成17年4月20日(水)

ずっと開けなかった引き出しを整理していたら、予期しなかった宝物が出てきた。
それは、緑色のA6版数十枚に渡って書かれたゲーテの言葉
「手に入れるのも結構だが、もっといいのものは、持ちこたえることだ」(10340)
「私はしきりに賛美され、そしられもしましたヘレナです」(8490)
22歳の時にそれらをしきりに「ファウスト」の本から写していた時には、今ほど
それらの言葉の重みがわからなかった。
今「ファウスト」を読み直したら、最初から最後まで私は泣いているかもしれない。
平成17年4月19日(火)

日本語では「踊るトスカーナ」と訳されている”Il ciclone”を見た。
「エーゲ海の天使」""Mediterraneo"とともに、こんなに内気なイタリアの男がいるのかと
驚かされた。
ドン・ジョヴァンニや、カサノヴァのような激しいタイプ、また、フェリーニ、ヴィスコンティ、
アントニオーニなどに登場する強烈な男たちがイタリア男のイメージだったのに、トスカーナや
エーゲ海に登場する男は、本当に見ていて情けないほど内気だ。
こんなことで、どうすると、しっかりしなさいと励ましたくなるようなタイプで、それがまた
母性本能を刺激する。
この映画を私に推薦したナポリ男は、これまた映画の登場人物に勝るとも劣らない、
デリケートな文学研究家。
セルゲイちゃんへの追悼メッセージに、「セルゲイちゃんは、小さくかよわいサクラの花だった、
季節風がセルゲイちゃんを 僕らの手から奪い去った」というメッセージを送ってくれたけれど
自分と似ているタイプの主人公が登場する映画を私に見せたかったのだと思う。
ナポリ男がこの映画を通して私に伝えたかったことを思うと背中がくすぐったい。
毎年めぐってくるこの美しい季節を謳歌するために私たちは人生を生きているのかもしれない。
平成17年4月18日(月)

クレオパトラはジュリアス・シーザーがローマへ帰ったあと、アレキサンドリアで
どのように過ごしていたのだろうかと、ふと思う。
ポチョムキンを辺境地へ送り出したあとのエカテリーナ2世は。
私はセルゲイちゃんがいなくなってから、勉強時間がたくさんできた。
百科事典を読む時間があり、今の生活が信じられない。
数年前までは、図書館で本を借りたが、今はもう、借りない。
期限が決まっているのは、せわしなくていけない。
私は色鉛筆で線を引きながらでないと、何も読めない性質のため、借りた本は
原則的に読めない。
いろいろ書き込んだり、自分流に好きなように本を使っているので、人様の本は
危なくて触れない。
セルゲイちゃんは、私に勉強をさせるために、自分から身を隠したのだと思う。
涙の目や、鼻水を1日に何度も温めたお茶で拭くことで、私は膨大な時間を使っていた。
しかも、私にとって、それが、ちっとも大変でも、嫌でもなかった。
掃除はスタッフに頼めても、セルゲイちゃんのお世話は、私がやっていた。
お世話をする時間は、私にとって、極めて幸福な時間だった。
猫に勉強の機会を与えられたのだから、私はしっかりしなくては。

上落合のクンシランが、やっとつぼみをつけた。
今年は多分遅いのではないかと思う。サクラも遅かったから他の花も遅いのだろう。
四ツ谷の祖母が言っていたけれど、クンシランは、葉が8枚にならないと咲かないのだそうだ。
どういう科学的根拠でそう言っていたのかは不明だ。
外苑東通りのルーフガーデンは、動物病院がお水をあげてくれているようなので、一安心。
私は植物がカラカラの土で苦しんでいると思うといても立ってもいられなく、昨年の夏は
水遣りのために、新宿内をあちこち回って大変だった。
北新宿の鉢植えはすべて持って来てしまったので、今は、3箇所、総数150くらいの鉢たちが
私の庇護の元にある。
平成17年4月17日(日)

一生のうちで、最も思い出に残る、素晴らしいいくつかの朝のうちのひとつだと私は確信する。
私はこの幸せを神様に感謝する。

レッスンのあと、マルタ大使と木下サーカスを見に行く。
この人は、セルゲイちゃん並に、行動がゆっくり。
日本で唯一残った最後のサーカス団だから、頑張って欲しい。
世界の例に漏れず、ロシア人出演者が目立った。
今、世界は、ほとんどミュージカルのような演出のサーカスに目が慣れてきているから、
「羅列」をしていると、危ないと思った。
オープニングは、私が国際大サーカスでやっていたオープニングの方が、ずっと上かもしれない。
金髪ダンサーズをコロスとしてうまく使って、場面を展開していたのを覚えているが、
木下は、まるで、今ではなくなってしまったカキヌマサーカスのエンディングに近いものが
ある、非常に時代錯誤的なところがあると思った。
これは、世襲制で行っていることからくる、一種のマイナス要素かもしれない。
日本のサーカスだから、「一本綱」とか「葛の葉きつね」とか、「水芸」とか、世界に誇れる
日本の演目を強化することで、世界に日本のサーカスをアピールしていかないと、
中途半端なものになってしまう。
日本人の空中ブランコ、もちろん、技術的にすごく良いのだけれど、シルク・ド・ソレイユで、
ロシア人元体操選手たちによるあの強烈な場面を見てしまうと、東アジアの顔をした
出演者たちがショッキングピンクの全身タイツで素晴らしい技術を見せるよりも、そういう
技は、むしろ、ロシア人に任せて、日本人は日本人が継承して、世界に披露していかないと
いけない演目に集中していくことが大切なのではないか。
国際大サーカスで、「一本綱」や「日本綱」をする時には、ハッピに身を包んだダンサーたちが、
竜童組「八木節」に合わせて前座を40秒ほど踊って、本演目に入りという、スピーディーな
場面転換をしたものだったが、木下は、コロスの使い方が下手で、すべて、途中を二人の
ピエロでもたせるから、たるさが漂うのだろう。
私は、ピエロで寝て、演目で起きて集中して鑑賞するために、体力を蓄えていた。


こんな便利なページがあるとは、今日の今日まで知らなかった。
平成17年4月16日(土)

アマゾネスが年に一度、月の夜に男狩りをして、逆レイプを行い、子供を身ごもり、
出産する年間プログラムを組んでいたのが、理解できる気がする。
アマゾネスたちが相手にしていたのは、地中海の男だ。
地中海の男は強烈だから、1回で1年分くらいに匹敵する。
シバの女王も、クレオパトラも、好きな男とだらだら長く一緒にいたりしないで、本当に
限られた一時期を最高に素晴らしい密度で過ごした。
男との関係は、時間の長さではなく、密度の濃さだから、歴史上のいい女というのは、
みんな、一生の間に複数の、かけがえのない男たちとの素晴らしい時間を持っていて、
それをインスピレーションにして、類まれな業績を残しているのがわかる。
私は今日、ここ数年で一番素晴らしい時間を持った。
19歳の時から夢に描いていたものを、今日手に入れた。
神様は、私に、喜びと悲しみを代わる代わるご用意下さる。
この喜びを忘れないように、私は自分にしかできないやり方で、神様に感謝の気持ちを
表す使命がある。
平成17年4月15日(金)

3日続けて、昼ごはん食べ放題に通っているけれど、夜、夏ミカンだけとか、豆ごはんを
軽く一杯とかにしているので、さほど、胃にもたれない。今日は和風。
私は悲しいとどんどん痩せるので、お昼はたくさん食べた方がいい。
1度目の離婚で40キロを切ったので、悲しい時は食べ放題が最適。
新宿御苑で猫を捜した後、桜の下でお昼寝。
ソメイヨシノは散ってしまったけれど、八重が見頃で、在日台湾人寄贈の建物から見る
桜のグラデーションはまだまだいける。
お昼寝後、、信濃町の「ナポリ」でアイスクリームを食べに行く時、宮廷22マンション
理事長と御苑の前で遭遇。
今日は朝からとても楽しい日だから、このくらいないとバランスがとれない。
ナポリ出身のイタリア人と食べる「ナポリ」のアイスクリームは格別。
四ツ谷三丁目の消防博物館へ行く。
江戸の火消しの人形浄瑠璃は、ものすごくお金がかかっているのがよくわかった。
人形浄瑠璃と、映画と、人間俳優の実演の3つの画面を組み合わせて、江戸の火事の
模様を上演している。すごい。もっと長くてもいいくらい。
これだけ見るためでも、ここに来た価値がある。
しかも無料。多くの人に見せたい。
こういうものつくるのに、区民税が使われていたのだ。
どうせ、バブルで、新宿区が潤っていた時だから、途方もない額だろう。
新宿区の税金は、業務をどんどん民間委託してしまうため、正しく使われていないから、
最終的には、区がやる仕事がほとんどなくなってしまうのかもしれない。


ところで、13日の夜のランボーの暴言に対して、良識ある市民からご意見が来ている:(以下コピー)
ランボーが言った「神のできることなら自分の方がよくできる」
という発言を読んで思うのは、個々の人々の悲しさや寂しさを想像して、
いっしょに痛むには天才性が必要なのではなくて、
凡才であっても具体的な人生をつみかさねる年齢が必要だということでしょうか。
若い直感的な天才、かならずしも世界を理解できない、と。
神発言は今回の事件とは関係ありませんが、若さと悲しさみたいなことを
考えた時に、ふと思ってしまいました」
まさに同感。
おごり高ぶったランボーが、最後には、涙しながら大地に接吻する日が来るかもしれない。
平成17年4月14日(木)

2日連続で中華食べ放題のお昼ごはんで、打ち合わせ。
昨日はドイツ人、今日はイタリア人。
こんなことをしていても太らないのは、夜8時過ぎたら絶対に食べ物を口にしないから。
帰ってみると、冷蔵庫の上に置いてあった、9個入りのたまごを床に落とした人がいて
全部割れて、あたり一面ひどい状態。
犯人はわかっているけれど、もう、怒らないことにした。
冷蔵庫の上にプラスチックケース入りのたまごを置いた私が悪い。
1つ出して9個だったから、ケースが開いていたけれど、これが10個でケースが閉じて
いたら、割れなかったかもしれない。
買ってきてすぐに、定位置にしまわない私の悪い癖を直すために、神様が
アナスタシアちゃんが使って教えて下さったと思う。
ナポリ民謡を聴きながら、ダンテにイタリア語の作文を直してもらう。
今、名古屋にイタリア村ができたから、やっと在日のイタリア人たちに、良い職場ができた。
月収40万円。悪くない。
英語圏から来た軟禁英語教師たちの23万円よりよほどましというもの。
イタリア村は、このレベルのペイをして、ハウステンボスや、スペイン村みたいに
ならないことを願う。
ドイツ村とかもあるようだし、ハワイアン・センターや、ロシア村、ウエスタン村もあるけれど、
その他にもあるのかしら。
中華街はある意味、実生活の中に根づいた、ひとつのテーマパークのようなものだけど、
これが絶対に倒産しないのは、どの建物ひとつとっても、すべて商業施設というか、
飲食店だからだ。
そういう意味で、やたら広いところに、なんとか村みたいなものをつくるとどうなのだろうか。
床面積当たりの収益が減るから、結局、採算とれなくなる。
だいたい、なんとか村っていうのは必要なのか
いらない。
以前スペイン村に日本テレビの番組の撮影で、フラメンコの仕込みで行ったけれど、
なにか殺伐として、胸が痛くなった。
どういう程度の低い客を対象として商売してるのか。
全部見るのに、10分とかからない。
だから、現地に行った方がいい。
私は、まがい物が嫌いだ。
本物にしか興味がない。
イタリア映画「エーゲ海の女神」は、本当に心を打つ。
平成17年4月13日(水)

猫のことで、用事が多い
でも、セルゲイちゃんが私に望んでいることは、私がこの件で、やぶ蚊のように
忙しく飛び回ることではない。
私は私の使命に没頭しないといけない。

私にしかできないことを、今、私はやっているか。
「私の著作の空気を呼吸する力のある者なら、それが高山の空気、強烈な空気で
あることを知っている。人はこれに適するように造られていなければならない。
そうしないと、その強烈な空気の中で、風邪をひく」とニーチェは言っている。

ニーチェが44歳の時の「この人を見よ」に出てくる言葉。24歳で大学教授になった天才。
時代が違うとはいえ、私は一体何をしているのか。
セルゲイちゃんが、いかに多くの人に愛されていたかわかる。
これほど、多くの国籍の人間から追悼メッセージをもらう猫が、この世にいるのだろうか。

夜、ランボーが来て、自分は神を信じない、神ができるくらいのことは、自分の方がよくできるなどと、
とんでもないことを言っていたので、思わず十字架をきった。
お酒も入っていなく、いちごとチーズケーキだけなのに、どうしてそんなことが言えるのか。
本気で言っているのか、単に、ニーチェを気取って言っているのか、わからないけれど、
自分の言っていることがクールだなんて思ったら、大きな間違いだ。
神様がいずれ、どんな天罰をランボーに下すか、私は本当に怖いくらいだ。
平成17年4月12日(火)

セルゲイちゃんを失って悲しんでいる私は、泣いたり、絶食したりすべきでない。
そういう悲しみ方はしない。
セルゲイちゃんを喜ばせる私流の悲しみ方がある。
英語の詩でセルゲイちゃんの無事を祈る
「神様の形跡」の英語も完成した。
平成17年4月11日(月)

昨夜、四ツ谷警察に電話をすると、まだ、セルゲイちゃんに関する連絡はないという。
牛込警察にも電話をしたけれど、猫は届いていないそうだ。
「セルゲイちゃんは6歳半、鼻水となみだ目なので、外では生きられない。
一夜明けて、朝から雨が降っている。
セルゲイちゃんを捕獲して下さった方がいらっしゃったら、どうか、
ご連絡いただけませんでしょうか。
悪いのは私です。
そんなに大切な猫ちゃんなら、おうちに置いておけばよかったのです。
かわいい、優しい心の子供です。
お身体が弱いぶん、神様は、よりたくさんの素直な美しい心を下さいました。
お願いします、セルゲイちゃんの消息をご存知の方、教え下さい。
新宿在住  マリカ」
こういう告知を、迷い猫サイトに朝送ったのに、午後4時43分現在、まだ、掲載されていない。
セルゲイちゃんが、寒い雨の中、泣きながらおかあさんを捜しているかもしれないのにだ。
東京版を見ると、他の迷い猫の情報はすでに掲載されている。なぜ!!
どうしたら、いいのだろう。
捜す手だては、ないものか。
ポスターをつくって、新宿御苑界隈の電信柱に張るとか。
でも、あそこらへんは、電信柱がない地域だ。
どこに張ればいいのだろう。
貼ってもすぐにはがされるだろう。
セルゲイちゃんのことを考えると、甘ったるい音楽なんか聞いていられない。
普段聞いているボサノヴァやフラメンコ、サンレモ系もパス。
唯一、神経に触らないのが、ワーグナー。
「さまよえるオランダ人」のオーケストレーションの音の洪水の中で、新宿1,2丁目界隈を
さまようセルゲイちゃんを想い、涙する。
ダンスのレッスンだけ必死でやった。

セルゲイちゃんは、本当は、現実の猫ではなかったのかもしれない。
天使が、猫の姿を借りて、私のもとに来てくれたとしか思えない。
セルゲイちゃんが生まれたのは、ロシア将校が帰国した頃。
私は日々ロシア語のCDをかけて、ロシア語の勉強に明け暮れた。
ロシア将校がストックホルム大学の研究室に配属になり、
日本との距離がもっと遠くなった時、
セルゲイちゃんが突如、私のところへ里子に来てくれた。
死にそうな病気をして、医者から見離されたり、片目が盲目になると宣言されたり、
あらゆる困難がセルゲイちゃんを襲った。
セルゲイちゃん兄妹を下さったブリーダーもその友人のブリーダーもセルゲイちゃんは
長く生きられないと言った。
けれど、私は、ロシア民間療法で、根気良く、日に何度もお茶でセルゲイちゃんの
膿の溜まった目を拭き続けた。
医者もブリーダーもお茶は使うな、民間医療は危険だと言った。
私は、紅茶消毒に賭けた。中国茶も日本茶もいろいろ試した。
ハルトマン・フォン・アウエの「あわれなハインリッヒ」に登場する女のようにセルゲイちゃんの
回復を絶対的に信じて、看病した。
セルゲイちゃんは、私の情熱を察し、目を拭く時に嫌がらず、ぐるぐる言ってくれる日も
あった。
ありがとう、セルゲイちゃん、偉いのね。
ありがとうを言うのは、僕の方だよ、おかあさん。
私たちは、絶対的な信頼関係で結ばれていた。
それは、命をすべて預ける側と、預けられた側にのみ生まれる特別な信頼関係だった。
セルゲイちゃんは、日増しに元気になり、目もぱっちり開き、
マリカ邸猫オリンピックに参加できるほどに回復した。
パソコンのモニターが好きで、いつもパソコンテーブルの上か、椅子に座っている私の肩の上に
座って、画面を見ていた、というより、画面の文字を読んでいた。
セルゲイちゃんは、誰からもライオンのように敬遠されていた、孤高の人にゃんぐさんに近づき、
その心を開き、にゃんぐさんを枕にして寝ることで、にゃんぐさんを猫家族に招き入れた
また、私の胸の上や首のところで寝ることで、私にある時は、ひっかき傷を、ある時は
安眠を与えてくれた。
昨年12月にアナスタシアと一緒に、新宿動物病院へワクチンの注射に行った時、
セルゲイちゃんは、風邪でぐしゅぐしゅだから、お注射をしてもらえなかった。
なかなか風邪が治らなかったけれど、今年1度、無理に1回目のワクチンをしてもらった。
鼻水が垂れるので、2回目のワクチンのきっかけをつかめないままだった。
アナスタシアが去勢に行った時も、セルゲイちゃんは、そのような大変な手術に
体力がもたないといけないとの配慮から、まだ去勢をしていない。
7ヶ月目を過ぎると、雄猫は、マーキングを始めるからと世田谷動物病院で言われたけれど、
あと2週間で7ヶ月目のお誕生日を迎えるというのに、私の前から忽然と姿を消してしまった。
ちょうどその日、ロシア将校が、マリカに会いたいとスェーデンから連絡をしてきたのだった。
今の私には、ロシア将校より、セルゲイちゃんの方がはるかに大切で、すぐに会いたい。
セルゲイちゃんは病弱な猫で、全人生は私の手にかかっているから、
私が幸せにしてあげるしかない。
それに引き換え、ロシア将校なら、高度な教育を受けた科学者でロシア軍の将校だから、
私がいなくても、世界のどこへ行っても、十分良い人生をつかんでいかれる。
昨年の私だったら、私は間違いなくロシア将校の元へ飛んで行くだろうけれど、
弱いセルゲイちゃんの存在が私を強くした。
今は、私を必要としているもっとも弱い猫さんの生命を大切にすることの方が
はるかに自分のすべきことと理解している。
平成17年4月10日(日)

昨日の夕方の予定のイタリア語のレッスンが、本日の朝のダンスのレッスン前に変更された。
時間があったので、私は、ダンテに直してもらおうと思って、イタリア語で詩を書いた
稚拙な詩だ。
自分で書いたくせに、この詩に書かれた意味を本当に理解していなかった私に対して、神様は、
数時間後、私に厳しい現実を与える。

血相を変えて四ツ谷警察に行く。
今日は、マンションのことではない。
セルゲイちゃんのことで、行方不明動物届出をした。
かわいい写真も数枚持参する。
私が悪かった。猫をお花見に連れて行ったから。
この瞬間、生きているのかどうか、気になる。
生きていて、また、私の腕の中にもどってほしい。

夕方、ホセ柴崎先生のお宅へ伺う。
先生の書斎から50年目の桜を見ながら、ご馳走になる。
お嬢さんも執筆かでペンクラブの会員。
ホセ・柴崎先生が1947年にジャパン・タイムズに掲載した素晴らしい詩
書き写させていただく。
外国語で詩を書くときはね、富士山や桜の話をしたってだめなんだよ、
神様の話をしないと。
ホセ・柴崎先生の詩は本当に格調高い。
イギリスでナイト、アメリカでグランド・ナイトの称号を受けた日本の文学者が
何人いるのだろう。
語学はね、その言語に触れていないとどんどん失われていくからと、また、例の
聖書の写経(?)を拝見する。
数十年にわたり、英文毎日毎日聖書を模写なさる。
電話をすると、すぐにスクーターで駆けつけてくれる女性ファンがいるんだよと、
お医者様に自慢げにお話ししていたと、お嬢様から後に伺う。
私の存在が先生のお気持ちを明るくするなんて、くすぐったい。
91歳の先生が、来年も窓から桜がご覧になれるように、お元気でいられるよう、
私は精神的な支えでありたい。
先生の精神力に心を洗われて帰ろうとしたら、気分が高揚して、間違えて
練馬区まで行ってしまった。
平成17年4月9日(土)

法王のお葬式のことで世界中が悲しみに沈んでいるというのに、イギリスの無神経な
皇太子が、地味なブスと堂々と結婚式を挙げたのには唖然。
日本なら、起こりえない。自粛しようとか、時期をずらそうとい配慮はないのか。
30年待ったのだから、あと3ヶ月待ったところでたいした違いはないだろう。
羽を帽子をずっと左手で押さえていないといけないくらいなのなら、そんなもの
かぶるなと言いたい。何をかぶろうが、似合わない。
この世にはブスにかぶせる帽子も、着せるドレスもない。
みっともないから、人前に出ないでほしい。イギリスの恥。
ねずみ色の汚らしい色のドレスで、すそを引きずりながら歩かないで欲しい。
女王の白ドレスの方が、ずっと清楚に見えた。
ダイアナ妃がいなくなったので、あの王室は魅力がなくなり、そして、こんな
破廉恥な結婚式が行われて、世界のいい笑いものだ。もう、王室やめたほうがいい。

さて、今夜は、モハメットが久しぶりにやって来て、料理の腕を披露。
ランボー、フラメンコ、マルタ大使と、普段の顔ぶれも揃った。
みんなでアラブ料理を楽しんだけれど、モハメットだけは、お酒を飲まなかった。
平気で飲むアラブ人が多いのに、感心。
明日からフラメンコが3ヶ月長野県へ行くので、最後の晩餐。
ランボーが「温泉の犯罪」をリライトしてくれた。
平成17年4月8日(金)

法王のお葬式の模様をCNNで見ていると、伝票を整理できないので、
オペラ・カラオケCDに切り替える。
モーツアルトの「魔笛」を歌いながらだと、気持ちよく、どんどんはかどる。
こういう時に、プッチーニの「蝶々夫人」なんかかけると、ぜんぜんはかどらないから
1曲目は絶対にパスして、特にCDの12曲目だけを繰り返しかける。
項目別に封筒に入れてアウトソーシングへ送るだけの簡単な作業なのに、毎日帰宅後
すぐにやらなかった日々が3週間続いたため、3月の領収書と一緒になってしまった。
以前は、帰ってくるなり、すぐに10の項目に分けた封筒に入れていたので、その習慣を
また取り戻さないと。
CNNは法王の特集をしているけれど、生前法王が、
「イラク戦争をしてはいけない。平和的に解決しなさい」
とおっしゃったにもかかわらず、それを無視して戦争を始めた
知恵遅れが支配するキリスト教カルト原理主義の悪の帝国なのに、
亡くなってからは、ずっと時間を割いて法王特集をしている。
法王の生きていらした時に、そのお言葉を無視して戦勝に突入した人々が、
法王が亡くなってから、何十時間も特集を組んでいることを、神様はどう思われるのか。
私と同じ問いをしているアメリカ人もいるのかもしれない。

ロシアから帰って来たイゴールが連絡してきた。数学の本を出版するほどの秀才なので
この人の領域の話はできないけれど、日本で出会ったロシア人の男の中で、1,2を
競うまともな常識を持った人。
他のロシア人の男で日本人女性と結婚した人は、どういうわけか、みんなすごい
アル中で、性格が極端で、誇り高く、わがままで、西欧人なら通常持ち合わせる
コモンセンスに欠け、男として、人間として幼稚だという共通点を感じる。
どうして、そうなってしまうのだろう。
だからイゴールは格別だ。
オフィス・マリカでは、この人に、ロシア・マフィアやサンタクロースをしてもらった。
それから、数ヶ月ぶりに、モハメットが明日行くよなんていう連絡をしてきた。
明日の夜は、みんなが来るから、アラブ料理をつくってもらおう。
この人には本当に感謝している。
1昨年、私が、頭巾サイトを開始し、試行錯誤で孤軍奮闘している時、イラク人でも
ないのに、イラクのことは、我々アラブ人みんなの問題と言って、この人が連日
応援に駆けつけ、アラブ料理を作って、私を励ましてくれた。
9月に神様が私に日本人の大天使を送ってくれるまで、私の陣営には情報をくれる
数名のアラブ人しかいなかった。
逮捕にもっていくのが、どんなに大変か身をもって体験したから、数日前の多摩警察の
即日逮捕(竹の湯男性更衣室暴力事件)は、前者がぬるい桑の葉茶だとしたら、
後者は後列に冷やした清涼飲料水。
その心地よさは、ランボーの正義感に追うところが多い。
人々がみな、現実を見据え、目をつぶらないで正義感の命じるままに行動すれば、
世の中の悪のほとんどは消滅する。宇宙の意思は、正義に味方する。
平成17年4月7日(木)

ダンスのレッスンに歌を使うことで、リズム感をよくするマリカ・メソードというのを
しているが、今日、レッスンの時に、ご父兄が「ドレミの歌」をイタリア語で教えて下さった。
意味も非常におもしろく、深い文化を感じた。

夕方ダンテが来て、私は数年ぶりにイタリア語のレッスンを再開した。
本当に楽しい。
ロシア語の熱病にかかるまでは、普段イタリア語のCDをBGMにしたり、イタリア人に
手紙を書いたりしていたので、以前、レッスンをしていた時より今の方が
状態がいい。
前回はなぜやめたかというと、前の先生、ジャンピエールがレッスン中に、
すきあらば、すぐに私の腕や首にキスをしたり、抱きついたりしたからだ。
レッスンの間、会社のスタッフになるべく近くで清掃などの作業をしてもらうことで
難を乗り越えながらのレッスンだったので、我ながらあまり成果を確認できなかった。
今回は、どんどん進めよう。
語学をやっていないと、記憶力が訓練されないから、いい機会を得てとても嬉しい。
平成17年4月6日(水)

マダム川田先生のお嬢様がサントリーホールで演奏するという。
フランスのオーケストラで演奏活動をして日本での公演。
親子で日本とフランスの文化の架け橋。さすがマダム川田ご一家。
今日、91歳の詩人の先生からお電話があり、私に日本語と英語でラブレターを
書いたけれど、恥ずかしいから送るのを躊躇しているとのこと。
ゲーテだって、60歳、70歳になってからでも、ベッティーナや、ウルリケなど
孫娘みたいな女の人を恋することで、詩作を行っていたのだから、詩人が恋するのは
当たり前。
恋がなかったら、詩や芸術は生まれない。
年齢差は関係ない。
だから、早くそのお手紙を送って下さいと、先生にお願いした。
誰かのミューズでいられるのは、幸福なこと。
老齢の詩人が、命の最後の日まで精力的に詩作ができるようにするのがミューズの仕事。
先生、早くよくなられて、ご一緒に地中海へまいりましょう、そう私は言った。
詩人はきっと地中海をイメージしながら、今宵眠りにつくだろう。

私は今日は1日、マーサ・スチュアート並に、インテリアや料理に明け暮れた。
恒例の夜桜を見に、靖国神社から、千鳥が淵へと行く。
今年はランボーと。昨年は、ロシア人将校。
カナダ人婚約者や、イラク代理大使、だれ君、かれ君、いろいろな人と、
春の宵にこのコースを楽しんだが、どういうわけだか、二人の夫と行った記憶がない。
どうしても思い出せない。
どうしてだろう。
やはり、美しく、素敵であるための条件は、非日常であるということなのだろう。
次回がない、ただ今回限りかもしれないことだから、価値があるのだ。
平成17年4月5日(火)

毎日伊勢丹の地下にパンを買いに行ってしまうけれど、やはり、そこが一番
近いから、どうしても伊勢丹になってしまう。
京王デパートの地下の食料品も結構よくて、パンは、おいしいドイツパンがある。
小田急もおいしいドイツパンがあるから、西口は結構、食べ物充実している。
南口は、高島屋の地下のパン屋もいい。
マイシティの地下があんな変な状態になったとはいえ、新宿は、デパートがしっかりしているから、
おいしいパンに不自由しない。
三越は地下をもう少しどうにかしないと。でも、面積が狭いから、あそこは、あそこで
仕方がないのかも。
ところで、最近、毎日、いたるところに、神様の形跡を見る。
これも、あれも、神様があらかじめアレンジして下さったのだなと思えることがたくさんある。
信じられない確率で、偶然が起きる毎日。
子供の頃も、神様はいろいろご用意して下さっていたのだと思うけれど、
教会へ行って賛美歌を歌うだけで、本当に神様を感じていなかったから、
私はきっと神様のしるしを、生活の中で、何も気づかなかったのだ。
心を宇宙に通わせるように静かにしていると、奇跡がたくさん起きているのに気づく。
大勢の人と長い時間いたり、話したりすると、それらが見えなくなるから、極力、
自分だけの時間をたくさんつくることだ。
そして、大好きな人とは、第三者を入れないで、なるべく短い時間に凝縮して会い、
会うのと同じくらい大切な、会っていない時間をしっかりとることが条件。
誰とも会わない時間をたくさんつくらないと、自分が失われていってしまう。
平成17年4月4日(月)

朝の10時の開店と同時に伊勢丹に足を踏み入れる時の、なんともさわやかな気分。
これこそが、日本が世界に誇れるお行儀の良さ。
男女を問わず、店員が深々とおじきをする様を見たら、申しわけなくて、買わずには
あの建物を出られない。
そういう思いにさせるおじぎだ。外国人には奇異に写るかもしれない。
アメリカやロシアの航空会社の従業員は、伊勢丹で研修でもした方がいい。
今日は、ひどく寒かったけれど、母が電話をしてきて、松涛美術館の中で足が痛くなって
しまって、動けなかったとのことなので、食料を買って駆けつける。
母は、昔からハイヒールが好きで、カネマツや、ダイアナや、ヨシノヤで、どんどん買っていた。
しかも、決まって、ヒールが細くて高く、底が薄い、お上品な感じのハイヒール。
こんなもの履いていたら、将来、足や腰にくるのではと私はかねがね思っていた。
そうしたら、やはり、足にきている。
だいたいからして、平家の落人の山の中の隠れ温泉に行くのに、ひとりだけハイヒールを
履いて来る人がいるかっていうの。
他のみんなは、スニーカーでパンツ・ルックで来た。
それなのに、一人、街中で着るようなドレスとハイヒールで、まあ、まったく、この人は。
いつも、「あら、素敵なお召し物ですわね」と人から言われないと気がすまない母は、
服装を人から誉められることに最大の注意を払いながら、ここ数十年を生きてきた。
私は、職業柄、足を大切にしているので、今はさすがに履かないけれど、一時期、
完璧にスニーカーで過ごしていたような時期もある。
そんな時、母は言ったものだ、「まあ、そんなもの履いて、よく歩けるわね」。
私は数年前に左足を、骨折したため、完治後も、非常に注意して、気温が少しでも低いと
季節に関係なくブーツにしたり、クッション性のまったくない、底のあまり薄い靴は、
避けるようにしたり、オーダーする時に、中に、ボアを入れてもらうなど、衝撃から足を
守れるようにしている。
それなのに、母は、外見のデザインだけで、靴を買うものだから、足が痛くて大変に
なったのだ。
数年前からこんなに痛いのに、どうして、母の玄関は、不健康そうなハイヒールの
オンパレードなのだろう。
そんな靴、全部まとめて、ヤフオクで私が1円オークションで手放してしまいたい。
靴を見ているだけで、母は嬉しいのだろう。
私もそうだから。
でも、私は、もう以前のように、身体に悪い靴を買わないし、既製品の靴に、無理に
足を合わせようとも思わない。
怪我をしたら、そちら側をかばうから、どうしても、左右にかかる力が多少変わってくる。
足に靴を合わせないといけないから、京王デパートの1階へ行って、衝動買いするのは
もうやめてと言わないといけない。
でも、新宿で一番靴があるのは、そこだから、どうしても母やそこへ向かってしまうのだろう。
老女の足元に魅了される男なんかいるわけないのだから、爺さんたちに受けようなどとせず、
ハイヒールをやめて、楽な靴にだんだん変えてほしい。
おしゃれのために、健康を犠牲にする母の価値観を、根本的に変えたい。
平成17年4月3日(日)

木下サーカスに行くつもりで家を出たのに、入場券を別のハンドバッグに入れていたことを
思い出し、急遽行き先を、永山温泉健康ランド「竹の湯」にしたのが運のつき。
男性更衣室で暴力事件が起き、よりにもよって、たまたまその時に温泉から出て、すぐ横で
着替えていたランボーは、一部始終を見てしまった。
暴力事件の現行犯逮捕の唯一の目撃者として、警察に目撃証言調書を出すことになり
そのままパトカーに。
英語の調書を訳すため、私も警察に真夜中まで缶詰。
その後、パトカーで家まで送ってもらった時にはすでに夜中の1時過ぎ。
事件が起きた時、男性更衣室には、何人も人がいたようなのに、誰も止めず、みんな、
そそくさと引き上げて行ったのに、外国人であるランボーだけが、一人で自分から
警察官に、目撃証言を買って出たので、感激した。
不正を見ると、どうしても許せなくて、自分の正義感がそうさせると言っていた。
私とよくよく似たところがある。
ただし、ランボーの方が私より数段頭脳が上。
ランボーは、言葉が研ぎ澄まされたナイフのようで、ウェルテルや、ラスコーリニコフを
彷彿させる。
80年代に神様がつくった最高傑作のひとつなのかもしれない。
平成17年4月2日(土)

蝶になる前に一番見せたくない姿を静かに横たえているさなぎのごとく、マリカ・サロンは、
美しく変身する前の新装開店前の混乱。
プチ整形でなく、一番どうしようもないところにメスを入れることでしか、本当の美は手に
入れられない。
ベトナム銀行が、マリカ・グループの物件内装を一手に引き受けるようになってから、
グループ内のすべての物件価値が数段上がった。
しかも、中国人が担当していた時より、数段、早く、安く、こまめにできて、しかも、猫の
砂の始末まで、一緒に頼めるので、頼もしいこと、このうえない。
平成17年4月1日(金)

原宿でサンバ・ショーの仕込をした後、ランボーとクリストン・カフェに行く。
キリスト教国の人が見ると、クリストン・カフェは、キリスト教のテーマ・パークで、
すごく笑えるジョークだとのこと。
仏教版も連れて行かないと。
これでもかと、めいっぱい非日常的な空間をつくるのは、本当に素敵なことだと思う。
日常でないことが、素敵である重要な要素のひとつだから。
当たり前のことは、退屈で、次に何が起こるかわからない未知のことを追求する
ことだけが新鮮で、生きる喜びだ。
変わっていくことに価値があり、めくってみないとわからないカードをめくる
スリリングな感動が人生の醍醐味。
         10 11 最新ここ.