マリカ日記  関係ない方は読まないで下さい。  Listリスト  おてま
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平成16年10月1日(金)

ロシア人将校、アエロフロートで帰国。朝、リムジンバスに乗る時の顔は、私に出会う前の
傲慢で自分勝手で、威張り腐った優秀なロシア軍科学者の顔に戻っていた。

短い間でもこの男の顔を、天使の顔に変えたのは、私のお手柄。
武富士ページを増やす。照明効果入れない生明かりは、いくら踊りがよくても魅力半減。
やはり、色入れないと。

午後、ここ3ヶ月以来マリカ・グループの内装工事を頼んでいる中国人のりーさんが
事務所工事の打ち合わせのために来て言う。
「マリカさん、痩せた、すごく痩せた」。
太ったねと言われたら、それは、あなた、今、幸せでしょうという意味だれど、痩せたね
というのは、あなた、今、幸せじゃないということ。
私はその原因がわかるから、りーさんの言葉に泣けてきた。
以前、最初の夫、A.コレスニコフ男爵と離婚した時、私の体重は37キロまで落ちていたけれど
今はどのくらいかしら。リーさんは言葉が少ないけれど、核心をついている。
泣き止もうとしたら、左の目に激しい痛みを感じる。異物が入ったのか、レーシック手術をした角膜に
傷がついたのか。つぶっても、開いても、痛くてたまらない。
目薬をさしても、まったく効果がない。
そんなことしているうちに、レッスンがはじまり、左目から涙を流したまま踊った。
レッスン後、片目で運転して新宿2丁目の眼科へ行く。
片目だと、距離感がなくて、おお、コワ。
自分が棺おけに片足入れているような老女がぜいぜいあえぎながらやっている
気持ちの悪い眼科だったが、近所ではそれしかないようなので、仕方がない。
夜中までずっと痛みと涙が止まらず、私は、角膜に傷がついていたらどうしようという
心配に襲われる。
数年前レーシック手術をして以来、これまで、このような痛みは一度もなかった。
夜中近くに、マークさんや、シルクドソレイユとドンキで待ち合わせをしてドリンクなので、
眼帯をはずす。
はじめ焦点が定まらなかったけれど、しばらくして、新しい視野で見られるようになり、
眼帯をごみ箱に。嘘のように、痛みもない。ケース・イズ・オーバー。
一時的に目を痛くしてくれた神様に感謝。数時間にわたって流した涙は、目の
痛みのための涙だったと言える。心の痛みだったと言わなくてすむ。
全部涙を出し切ったから、もう、涙が残っていない。
また私の元気な生活に戻った。ブラボー。
マークさんは、ついに、最大手の出版社と英語の教科書執筆の契約を交わしたとのこと。
これまで日本の中学校の教科書はイギリス人によって執筆されてきて、内容が非常に古く、
現在の生活英語にマッチしていない。
自分は、アメリカ人として、もっと現実に即した英語の文章を提供することによって、
日本の教育に貢献したいとマークさんは抱負を語ってくれた。
輝いてるマークさん。早く、朝日新聞の翻訳仕上げないと。

夏中、琥珀の間に幽閉されていた私は、ロマノフの呪縛から解き放たれて、今、自由になった。
私は私を必要としている人みんなのマリカであり、一人の男のマリカではない。
平成16年9月30日(木)

広島からの飛行機が羽田に到着した時、私の夏が終わった。
今日までが私の夏休みだった。
イラク人が来日イラク人民族舞踊団の公演の情報を教えてくれる。
是非、見に行きたい。楽屋に差し入れ持って行きたい。
ところで、在日イラク人少年S君は、無事大検を合格した。
Aが3つもあって、Bはいくつで、Cはひとつしかなかった、本当に頭のいい息子だと、
イラク人のおとうさんが、喜んでいた。これで、来年、日本の大学の入学試験に挑戦できる。
嬉しい。その子のおばさんのような気持ちになった。

イラク人にズXX裁判のことを根掘り葉掘り聞かれた。
イラク人たちは、今でも渋谷駅前で、募金乞食たちがイラクを餌に、日本人から
募金を集め、中東博士一派を肥やしている事実が許せないのだ。
夏中ズXXサイト管理人の仕事をさぼっていた自分の良心を目覚めさせてくれてありがとう。
私はなにかをする時、芸術と恋しか動機はないから、あもしろくてためになる楽しい
ズXXサイトを閉じてしまってから、急激に興味をなくした。
また、おもしろーいサイトにして、楽しまないと。
登場人物一覧(順不同): 頭巾、中東博士、メガネ、妖怪爺、青春君、お水屋お菊、
傘張り浪人、巨海、団員1、シーラ、西のおじん、犬のおまわりさん、キツネ目、ウダイクサイ、
ホXイ、カヌーン弾き、短髪、嘘つき弁、テレホンおばん、国会議員、その他大勢
キーワード:ジャミーラ高橋 有機ヨード 魔法の水 イラク人道援助 日本のマザーテレサ
アフガン援助 大塚モスク 薬事法違反 家宅捜査 調停 裁判 通帳開示要求 詐欺 損害賠償
アラブイスラーム協会 イラクの子供を救う会 XX銀行高井戸支店 イスラム銀行 
海外逃亡 外為法違反 法廷欠席 その他たくさん
平成16年9月29日(水)

友人が国際会議場の科学学会の分子構造総合討論会で、伝導性磁性物質だか、
表面だか海面だか、日本語でもわけわからない内容を英語で発表している間、私は
平和記念博物館に行く。
20歳の時以来で、その時は、ユダヤ人のボーイフレンドと行ったものだから、そのあと
3日間くらい口をきかないくらいお互いに展示品や展示姿勢について激しい議論してしまい、
やはり家族をドイツ支配下の強制収容所で殺された人と原爆記念館に行ってはいけないという
結論に達したのをなつかしく思い出す。
ロシア人に言わせると、どうして、ひとつの町に原爆が落ちたくらいで大騒ぎするのか、
ドイツ人によりロシアのいくつの都市が殺戮され、ガス室送りになったのか、日本人は知ってるか、
世界は知ってるか、ロシアで殺された200万人の平和記念博物館が、徹底破壊された
それぞれの都市に存在するのに、日本人は、たったひとつの町、広島と長崎だけのことで、
いったいどうして、大げさに被害を世界に誇示するのか。
何人の日本人がロシアの平和記念博物館に来たというのかという、誠に変な論理になるから、
やはり一緒に行かなくて幸い。一緒に行っていたら、喧嘩になっていた。

広島発羽田行きの午後も、新幹線も、台風のためすべて欠航。
1晩足どめを食う。お豆腐料理で、思わぬ忘れえぬ思い出ができてかえって、台風の神様にありがとう。
平成16年9月28日(火)

宮島へ。20歳の時に何泊かした宮島の民宿の場所を思い出そうとする。
今回は明日の大切な会議があるから宮島は日帰りだけど、当時は、自然が気に入って
自転車で動きまわり、泳いだり、登山したりで、何泊もしていた記憶がある。
午後過ぎたあたりから、ものすごい暴風雨になってしまった。
広島焼きというのは、スパゲッティも入っているのかと友人が言うくらい盛りだくさん。
でも、こういう食べ物退屈で、私はだめ。いけて、4分の1かな。
決してお酒を口にしない私が、お誕生日のワインでものすごく酔って、ザッツ・エンターテイメントを
やりそうになるのを、必死でとめられる。
年に5ミリくらいしかアルコールを口にしない人が、一度に5センチ飲んだらもう大変。
平成16年9月27日(月)

バンコクで行った永久眉のジャパン・ダンス・アートメイクの薬害被害、特定薬品拒否反応の
症状が出てから、早、半年。
腫れたり、痛かったり、痒かったり、赤かったりする症状からここまで引くのにこんなに
時間がかかった。
人間の体は素晴らしい。意思を強く持つと、自然治癒力で、本当に回復する。
午後のレッスンをひとつ担当して、2時間後には羽田から機上の人。
この人に出会わなかったら私は、今宵、広島市内で川面に映る明かりを眺めてはいなかった。
平成16年9月26日(日)

ファビアンさんのこと書こうと思ったけれど、時間が経ってしまって。
平成16年9月25日(土)

私はソーシャルライフのために出かけていった男を家で待つのが本当に嫌い。
何時になるかわからないパーティーや会合に出かけていった男を待つくらい馬鹿げた
ことはない。
待つのがイヤ。待つくらいなら、別れてしまいたい。そんな気持ちにさせる二人の男とすでに離婚した。
今夜また、同じような気分を味会わなくてもすむように、私は自衛策を講じる。
会合だと言わないで出かける男はもっと最低かも。
言うだけ、救えるかも。
奴は5日後に帰国を控えていて、私が明日の午後から、帰国の成田エキスプレスまで
奴を独占しているから、実質、今夜しか自由時間がないので、多くの友人と別れを告げている。
勝手にやって。私は平気。一番大切だと思われているのを良く知っているから。
ジュリエット・グレコや越路吹雪が歌った「ラスト・ダンス」(デルニエール・ダンス)の
言葉はすごいところをついている。
だけど、最後のダンスだけは、私に残しておいてね。
私、ここで待ってるわ。
頼まれても送っていったりしないでね。
私は、絶対に自分がレスポス島のサフォーの二の舞にならないように気をつけている。
若くて精悍なファオンを人に見せびらかしたりしたら、巷にたむろすメリッタはファオンに魅せられ、
そして、第二、第三のメリッタがファオンを追うだろう。
だから、サフォーはひとりのファオンにおぼれたりしないで、時々ファオンを交換したり、
数人のファオンを交互にする必要がある。
「海の波、恋の波」のレスポス島のサフォーの不幸は、たったひとりのファオンを心から
愛したことからはじまった。
自分の人生を賭けた仕事の詩作より、男への愛が大切になった時、その女は人間として
社会から死ぬ。
一人の男に心を奪われて愛だ、恋だ、生きるの死ぬのと言っているのは、24歳まで。
それを過ぎたら、女は、自滅型にならないように、自分で自分の心に、
創造の喜びだけが本当の喜び、それ以外の喜びは泡のように消えていくと
言い聞かせていないと、そこで自分の才能を生かした人生を終えることになる。
恋をしたら、人生でたくさんある、いくつもの素敵な恋のうちのひとつくらいに、
気楽に考えるのが一番いい。
平成16年9月24日(金)

2メートル以上のドイツ巨人伝説アンドレアス、ファブちゃん(ファビアン)、ロシア将校の4人で
お昼にしゃぶしゃぶの食べ放題をする。
肉、薄いよね、この切り方って。いくらでも、食べられるよねと言いながら、何十皿もお肉食べたかも
しれない。お店の人をびびらせるのは楽しい。
さて、その後、職安どおりの倉庫から衣裳を積んで、幕張のホテルでダンス・ショー。
日本人ダンサーは偉い。
よく覚えるし、楽屋の後始末もきちんとやるし。
私は、オフィス・マリカで仕事をしたダンサーには、楽屋の使い方をすごく厳しく
指導している。帰る時に、スパンコールやビーズひとつぶでも、落としていない状態に
完璧にきれにしてから退出するように指示する。
外国人ばかりの時は、帰る時、楽屋がゴミためで、本当に恥ずかしいので、以降は必ず
日本人を入れるようにしている。けなげに片付けたり掃除をする姿を外国人に見せることで
根本的なマナーを教える。
経済的に貧しい国に限って、楽屋の使い方がひどいのはどうして。
ブスやへたくそに限って、上演が終わると元気になるのはどうして。
さて、私はこの世で最高に自分勝手な男に「マリカは自分勝手」だと言われて、本当にびびった。
この男のために私はこのうえなく自分を殺して、この男のためになることしかしない自分は
本当に、牙をなくしたトラのようなもので、自分ではないくらい、丸くなったと思ったのに。
「わがままなあなたは、美しい」とか、「強いあなたは、美しい」と言われたこともあったのに、

どうして、私の目の前にいる男は、自分
の方が数段わがまま度で私に勝っているというのに
私を自分勝手なんて呼べるわけ。

平成16年9月23日(木)

ロシア将校と回転寿司を食べたら、なんだかとてもあたたかい気持ちになって、「近くの
ロシア人より、隣のドイツ人」と数日前に言ったことばを取り消すことにるす。
言ってしまうとすべて泡になってしまうこともある、言わないで残しておくこともある、
たわいのないことしか交わされていない会話がある。
言われなかった言葉だけが真実で、喋られた言葉のなんと軽いこと。
言いたいのに言わなかった言葉の重みの中で、どうでもいい言葉が流れ、でも、
本当の言葉は、目が話している。
平成16年9月22日(水)

私はもう沈黙しない。
事実を公開することが使命だと感じた。
一度おろしたズXXサイトの管理人に復帰しないといけない。
そういう時期だと思う。
平成16年9月21日(火)

来週の調停に間に合わせるため。弁護士の先生のところへ行く。

父の代からずっとお世話になっていて、しかも、先生ご夫妻及び、現在ではお子さんも
弁護士の先生になられていて、文字通り親子弁護士一家の先生方によくしていただいて
いるので、ある意味、自分の親よりもずっと頼りになる。
親にはとても相談できないことでも、弁護士の先生だと、お話しできるのが嬉しい。
今までの人生で、どれだけ助けられたか。

一生お願いできる良い先生に20代の前半に出会ったことで、私はいつも安心して生きてきた。
私だけではなく、その先生にお世話になっている人はみな、そのように感じている
のだろうと、想像する。
素晴らしいご一家だと思う。
平成16年9月20日(月)

ドイツ人たちとロシア料理食べ放題に行く。伊勢丹会館の「ペチカ」。
身長2メートル以上のアンドレアを見て、レストランの支配人は、度肝を抜いたと思う。
一番来てほしくないタイプの客、いっぱい食べるに決まってる。早く帰れ。
伊勢丹の建物は、米軍の空襲を避けた唯一の新宿の建物で、米軍は伊勢丹を
統括本部として使用していましたと、おばたちから以前聞いた。
ところで、フランクフルトで唯一爆撃されなかった建物は、母校のヨハン・ボルフガング・フォン・
ゲーテ大学で他はすべて爆弾で破壊されたと、ファビアンが感慨深げに言いました。
朝と夜の2回に分けて、外苑東通りの家の入り口の階段を塗る。頼むとのろいし、文句が多いので、
私が自分でペンキの刷毛を持った。
ペンキ塗りは本当におもしろくて、数ヶ月ぶり。
りんごを人にあげてもいいから、やらせてもらいたいくらいの楽しさ。
無心に塗っていると、心が静まって、それで、ギリシアのミコノスを思い出す。
道路の端に置いてある、白いペンキがたっぷり入った、いくつもの大きなドラム缶。
そのペンキで、道も階段も、家も塀もすべて白く塗って、エーゲ海と青とコントラストをつくる白いから、
赤いゼラニウムが強烈に生える。
白いから、イエローとオレンジのタピスリーが美しい。
ミコノスもそうだし、チュニジアのチュニスの海際のカフェ。
こんなに美しい光景がこの世にあるのかと思わせるほどの強烈な色彩は、白があるから、存在感がある。
だから、私も、限りなく美しい色を追及するなら、すべて白くしないといけない。
階段、踊り場、ビルの表のてすり、隣の焼き肉屋の店先まで塗ろうとして、思わず刷毛を止める。
あぶない、あぶない。芸術は、バクハツ。
やろうとしたことを、止められない。
押さえると精神衛生に良くない。
屋上へ行って、思い切り塗ろう。
実は、私がいくら塗ろうが、描こうがかまわない壁が屋上にいくつかある。
思いきり描こうというときのために、とってある。真夏は炎天下でそれをすると大変なので、涼しくなってから。
サルバドール・ダリみたいに、思い切り美しく狂って、作品をつくりたい。
ただし、このビル、道路拡張計画で、いずれは、退去しないといけない。
だから、つくっても1年か2年の命になってしまう。
平成16年9月19日(日)

踊りのお稽古に来て、なにげなく踊っているかわいい女の子でも、実は、前、男だったという人も
いるわけで、身体いじっていないけれど気持ちは女からはじまって、ホルモン注射打ってる猫男系、
胸だけシリコン入れたけど、下の始末をしていない半女、両方やった完璧系など、いろいろな
段階があります。
性転換したおかまに共通していることは、日本語の文章がめちゃくちゃ変だということです。
「先生私はどうしても、私のお友達の前と自分の夢のために女性きれいな姿で、
踊りを成功させたい夢がありましてきれいに可愛いい姿になりたいのでエネルギーが
ありますが私の夢何でよろしくお願いしますとにかく可愛くなりたいです」
身長170センチのおかまがこれをメールで送ってくるところを想像すると、悲壮感が
あります。
彼というか、彼女、日に何度もメールをしてきて、女の子らしい発言をしていきます。
彼女達、ものすごく「女」なもので、自意識や嫉妬心が強く、本物の女に
対して持っている、すごい競争意識には、たびたび、びっくりさせられます。
ただ、興味の対象が「より女に、もっと女に」という一点に限られてしまうことが問題なのだと
思います。
女らしく可愛くなることより、もっと大切なことあるでしょと言いたい。
その点、ウィークデイはサラリーマンをして、週末だけおかま化する週末系おかまは、
きちんと男性社会人としての役割も果たし、家庭ではおとうさんなんかもこなしながら
週末は自分の趣味にはまって美しく狂いますので、非常に理想的な姿だと共感いたします。
平成16年9月18日(土)

身長210センチのアンドレアスがドイツから到着。頭をごんごんぶつけて、かわいそう。
ファビアンさんとは、誕生した病院のベッドが隣同士だったことから、お母さん同士が友人に
なり、同じ幼稚園へ通い、学校、大学と、生涯の友人だとのこと。
ペドロさん
のパーティーにみんなで行った。ドイツ人二人、南アフリカ人、アメリカ人の
4名のマリカ組の男を連れて中へ入ると、おやおや、すごい人数がよく集まったこと。
絵が1枚30万円でたくさん売れて、マドリッドに家を一軒買ったなんて言っていました。
どうやって食べてるんだろうと昨年は心配していたのですが、結構いい線いってて、尊敬。
さて、マリカ・ハウスは、今や、瞬間ドイツ人指数6名になりましたが、来週末お気に入りの
ファビアンさんが帰国します。フランクフルトでPhDのコースで頑張ってほしい。
平成16年9月17日(金)

東京で一番有名な5大観光名所、それは、皇居、浅草、明治院宮、大岳鍾乳洞、ひのはら村です」なんていう
発言を、鍾乳洞の女王宛の手紙の中でしてしまいましたが、私の子供の頃の5大名所とかなり変わってきたなと
実感します。
ちなみに、小学校の頃の、東京5大名所はこうでした。
上野公園側地区(東京文化会館、美術館、動物園を含む)、明治神宮、後楽園遊園地、交通博物館、高尾山。
補欠で、白金自然教育園と洗足池。
銀座で電通のイベントにサンバを入れる。
今日の運転スタッフは、ピョートルさんから急遽ファビアンさんに変更。
この二人は、同じ年齢で、修士を終わり、博士課程の準備をしていて、金髪でマリカと仲良しという点では
同じですが、西側と東側というまったく正反対の環境で育ったという点で、決定的に性格に大きな違いが
生じてしまったのだと、納得します。
衣裳搬入前に、スキヤキの食べ放題で打ち合わせ。
マリカは忙しそうにしているけれど、本、読んでるのと聞かれて、私は、本当に、あながあったら、入りたい
気分でした。
むろん、読んでいません。ファビアンさんの言う本とは、正統派ドイツ文学を刺すのであって、最近私が
シリーズ全部読んだ神田昌典とかのことではありません。
口が達者なので、、ドイツ語で会話はできても、根本的な語学力が落ちて、一般的な会話しかできないように
なってしまって、厚い本の文学とか、論文も読めません。
学生時代、どうやって、千年前のドイツ語の本や、ラテン語や古代ギリシアが読めたのか、不思議です。
人間は年を重ねると、知恵がつくと思われますが、実は、27歳までに蓄えた知識や学力をどんどん
減らしながら生きているのです。
ファビアンさんは、将来、大学で文学を講義する立場の人なので、私のような勉強の軌道からはずれた
生活をしている人を見ると、気が気でないのでしょう。
本読まないとだめだよと、叱る代わりに、本は、いいよ、是非、また、読んでごらん、トーマス・マンはどう、
シラーはなんて、私がもう、絶対に読めない本の名前を出すのです。
そういえば、シラーの「ドン・カルロス」、修士1年の時に、相良守峯先生に、講義していただいたな。
クリスマスにもみの木を持って、世田谷の先生のお宅へ伺ったなと思いだしました。
読めて、エーリッヒ・消すトナーどまり、それ以上の大作は、自分の能力を超えちゃってと、私が言うと、
ファビアンさんは、マリカさん、頑張りなさい、本は素晴らしいね、皇居に1冊持って行って、公園に寝転んで
読んでみようかな、なんて言いました。
私は、教授にお説教されたくらい恥ずかしく、同時にくすぐったかったです。
こういう人材を生み出せるドイツの教育は、素晴らしいです。
兵役の代わりに、幼稚園で、保父さんとして働いたなんて言っていて、ファビアンさんみたいな人が
幼稚園にいたら、かわいくで、誰が園児がわからず、保母さんにっこり、子供大喜び、おかさんたち嬉しい、
結局、みんな嬉しくなるでしょう。
とこrで、今夜のイベントのお客様はみんなノリがよくて、さすがいつも仕込みをする側の業界人。
こうすれば、ダンサーが喜んで踊るというトリックを知り尽くしているので、
非常にやりやすくて、ダンサーもにっこり。
平成16年9月16日(木)

今日は朝から、南アフリカの人が来て、興味深かったです。
どうして、南アフリカ産のロブスターが安く売られているのかもわかりました。
おかあさんが、ケープタウン最大の美容院の経営者だと言っていました。
男なのに、ものすごく長いまつげで私の3倍くらいありました。うらやましい。
スペイン舞踊習っていたとかで、披露してくれました。
ところで、私はアカペラが大好きなのですが、ルーマニア人のアカペラ・トリオの
グループが今日、うちに来てくれました。
余計な演奏がなくて、声に仕掛けもしなくて、純粋に、完璧な
リズム感と、音感のみで、ハーモニーを作り出すアカペラは、究極の音楽だと
思います。自分のためだけに、何曲もやってもらって、自分はなんて、幸せなのだろう
と感じます。趣味と仕事が同じで、好きなこと堂々とやっていられるからです。
トリオを脱がせて、スパンコールのドレスを着せて、コスプレ。

あなたは太いからロング、細い人は膨張色、おしり大きい人は濃い系で隠して、etc.
平成16年9月15日(水)

由美子さんお仕立ての着物ではじめて踊ったけれど、二部式の方が、従来の一部式より、
楽屋での処理が、着る時も、終わってたたむ時も、ずっと楽。
これからは衣裳全部そうしようかしら。
以前は、早く着替えられるように、仕立て屋さんに、おはしょりしたまま、その長さで、
振袖も、浴衣もあらかじめ、おはしょり分を縫いこんでおいてもらいましたが、これからは、
そんなことしなくても、2部式でいこうと思います。
ウエストに布が何重にもならなくてすむので、すごく軽いかんじ。
日本政府のやっている外国人政府関係者向きの特殊な大学院の卒業謝恩会でしたので、文部省の方も
多数いらした。
着物にハイヒールで、つま先を外またにするマリカ・スタイルで踊る私のスタイルを懸念する、日本人の
スタッフもいらしたと思う。
でも、私のスタイルは、動きがあり、テンポがあり、わかりやすいから、外国人に絶対に受けるのを
私は、経験から知っている。
このスタイルの新日本舞踊をつくりだすのに、何年もかかった。
もしかして、これまでの人生全部をかけたのかもしれない。
4歳から学んだ洋舞は、マリカ・スタイルの新日本舞踊をつくり出すための準備だった。
美空ひばりの「川の流れ」がかかると、外国人も教授の先生方もお喜び下さって、皆さん、お写真や
ビデオを撮って、上演後は、一緒に写真を撮りたいと、明日帰国する外国人たちに声をかけられた。
日本最後の夜の思い出の映像、画像を提供できたことを嬉しく思う。
舞踊家として、幸せな時間を過ごした。
私は、踊りをとおして、国際交流がきる幸せは、自分にとって、どんな幸せよりも大きいことを、
痛いほど知っている。
他の喜びは、泡のように消えていくけれど、踊りで得た喜びは、私の中に確実に残る。
平成16年9月14日(火)

幕張でやるショーのお話で、全員日本人ダンサーでもいいと言われ、自分の耳を疑って
しまいました。ニッポンのダンサーさん、おめでとう。
通常、日本人入れるなとか、金髪何人確保できるかとか、男は登場させるなとか、踊りの技より
今回はルックス重視で頼むとか、このおやじ、何言ってるわけと言いたくなるような、
お水感覚の注文をしてくるクライアント様が多いこの業界。
それなのに、今回は、武富士が是非見たいので、それを中心にやるようにとの指示。
ありがたいけれど、でも、武富士、どうやっても、1分45秒にしかならなくて、のばしに、のばして、
途中に何か余計なのを入れて、さわりを繰り返しても4分弱だから、武富士をメインにしての
ショーって、わりと無理があるのです。でも、嬉しいですね、ニッポンの女の子、上手なのに
いつも、かわいそうだから。
20名くらいのショーやっても、19名ガイジンで、日本人1名なんていうこともある。
そういう時、誰に仕事まわそうか、考えてしまう。みんな出たいのに、みんなには声かけられないから。
ガイジンは、へたっぴが多く、この配偶者ビザ元ホステスめ、と思っても、ルックスが抜群だから
元お水ビザの彼女達、たいていの仕事は、それだけでやってられる。
まあ、中には、XXX国の国立バレエ団出身なんていうのもいるけれど、それは、稀。配偶者ビザは同じ。
こんな甘い業界他にもあるのかなと思う。
女の子はまあ、いいとしても、男がこんな業界にいて、ギャル男、猫顔してたら、もう最低。
アメ人の高卒にこのタイプよくいたけれど、ビザどうしていたのだろう。
男は、こういう、ちゃらちゃらしたことやらずに、もっと、まともなことしてほしい、頭のある人は。
ルックスだけで食ってる男は、自分の国に帰れと言いたいけれど、
頭いい男に限ってイケメン
ルックスだけで生きようとしているフリーランスの男に限って、ちょっとこれ、かんべんという事実を、
私は新宿の中心で叫ぶ。
ところで、富士山へ行ったロシアクラブの面々は、ロシアの大きな国旗を持参していって、山頂に掲げたと、
今日、報告が入りました。
どうして、そういうことするわけ。
よりにもよって、星条旗が胸についたデザインの半そでのTシャツで富士山行ったロシア人将校が、
山頂で凍え死んで、そばに、ロシアの旗があったら、笑いものでしょ。
他に、服なかったの。お洗濯、間に合わなかったの。
こういう田舎っぽいところが、やっぱりロシア人の素朴なところなので、かわいくて、みっともないのよね。

金銭感覚なんか、スリランカ人並みだし。
平成16年9月13日(月)

近くのロシア人より隣のドイツ人。ドイツ人と一緒にごはんを食べながら、アメリカ人や
ロシア人の悪口を言うのは本当に気持ちのいいものです。
ドイツの回転寿司は、1皿5百円近くするようで、日本は安くていいとのこと。
そうですよね、誰がそんな値段で食べるでしょう。お寿司食べるために、この人毎年来日。
1日に180キロ以上原付で走ったのは、人生ではじめてかも。
ちょっとでも遠いと、だいたいは、お泊りしてきてしまうので。
行って帰るのは、退屈ですから、お泊りが一番ですけれど、今日は、20号線で行って、
大岳鍾乳洞、ひのはら村、多摩湖を通って、青梅街道で帰ってきました。
帰りは、トンネル、下くぐり、線路の上の橋渡り、もう、不得意なことばかりで、あの道嫌い。
やはり、20号線はちんたらしているけれど、安全で好き。

シベリアン・ハスキーと出かけるより、ドイツ人と出かける方が、ずっと楽。
シベリアン・ハスキーは、自分の嗅覚でどんどん行こうとする。漢字が読めない。
自分勝手。法定速度を無視して、私をおいて先に行き、読めないから迷う。
変な場所から、ねえ、マリカどこにいるのと、携帯にかけてくる。
食べに行ってもご馳走されるの当たり前。
ドイツ人は、私を先に走らせ、自分はあとから走る。私が苦手な橋や、トンネルの
時だけ私の前をゆっくり走って、励ましてくれる。
二人で1日走っても、決してお互いに見失わない。
漢字が読めるので、私が道を見失うと、こちらだよと、さりげなく言ってくれる。
お店に食べに入ると、自分が払おうとする。私に何かを買おうとする。
どこを、どうとっても、ドイツ人の勝ち。
シベリアン・ハスキーに勝ち目はない。
ドイツ人を夫に持ち、家にシベリアン・ハスキーを飼う生活が理想。
その反対は、あり得ない。
平成16年9月12日(日)
明日はいよいよ、鍾乳洞へ出かける計画。
前回、鍾乳洞を出たところで雨が降ってきたので、今回は、レインコートとレインパンツを準備。
それから、女王へのおみやげ。お煎茶にしようと思ったのですが、お茶殻を捨てたりするのが
大変でしょうから、それはやめて、お菓子。それから、化粧石鹸。
何度も気象庁天気予報で確認。

ところで今日やってきたアメリカ人建築家の兄が、国境なき政治家、グローバル慈善家
ジョージ・ソロスのプロジェクトで、マイケル・ムーア監督の「9月11日」の映画のビデオを
ホームパーティーに貸し出す運動を展開している。
選挙前までにひとりでも多くの人がその映画を見ることで、ブッシュ支持をやめさせるための
一大プロジェクト。
共和党大会後、支持率が一気に逆転して二ケタ台の差ができたというのも、眉唾で、
その建築家が言うには、自分のまわりのアメリカ人の誰ひとりとして、ブッシュ支持の人は
いないというのである。
私も毎日のようにいろいろな種類のアメリカ人に会うが、誰一人としてブッシュ支持というのがいない。
統計そのものが、現政府により数字を改ざんして公表されていて、公正さを欠き、信用できない。
ブッシュの所属しているカルト宗教は、80年代に力を持っていたそうだが、宗教を持ち出す時、
カルトの教祖を気取ろうとしているのが、キモいこと本人わかってるのか。
黒人で、女で、レズビアンの大統領が生まれたらいいと、建築家は言っていた。
平成16年9月11日(土)
昨夜熱病のように京都へ行こうとしたロシア人将校は、今日、また熱病のように、
富士山へ行きました。
最初の夫もそうでしたが、ロシア人は、長らく旅行を禁止されて、不自由な生活をしていたせいか、
旅行に対して、ものすごい期待感を持ち、情熱のすべてをかけて、旅行を達成しようとする
なにか、オソロシイようなエネルギーがあって、ちょっとそこまでと、菊の御紋のパスポートで
世界中行かれる日本人には、理解しがたいところがある。

行き先なんか、どうでもいいのだ、とりあえず、どこかへいくだけで、ものすごく嬉しい。
平成16年9月10日(金)
不思議な夕食でした。今、一番心にかけている二人の男と一緒の三人の夕食。
本当は、こんなことしたくなかったのに、成り行きでそのようになってしまって。
飛行機も夕食も、ダブルブッキングすると後始末が大変。
私は、ニーチェとルーと暮らしたルー・サロメを思い出す。
楽しい雰囲気の中に、笑い声と、緊張に満ちたことばが飛び交い、どちらかひとりの男とだけ
通じ合う暗号のようなことばが、それぞれの男と交わすことばに散りばめられる。
天真爛漫で自信に溢れた男、さまざまな悩みで自己逃避する男、私との未来がある男、
私と未来のない男、積極的に具体的な明日を語る男、過去や違った方向の楽しみを追う男、
私に提案する男、私の行動をなじる男。
こういうスリリングな経験が女を磨く。
一人を帰したあと、私はもう一人と夜の街に繰り出す。
私がもう一人のことを考えていることを知っていて、口に出さない沈黙が思い。
遅かれ早かれもう一人の男にとって代わられるこの役割を、男はよく理解している。
私は、こんなことで悩まない。
むしろ私は、素晴らしい幸福な自分を感じる。
「私には恋と芸術しか動機がない」と言ったイサドラ・ダンカンを私は今、地でいっている。
イサドラの夫、20歳年下のセルゲイ・イェセーニンをイサドラは「エンジェル」と呼んだ。
イサドラと別れた後の傷心のセルゲイ・イェセーニンがロシアの地でどうなってしまったのか
知りたい。
平成16年9月9日(木)

頭X裁判の特別報告ページ作成しようと思ったのですが、もっと大切なもろもろの
雑事に追われて、なかなかできない。
泥棒ばあさんに、1年付き合わされて、このうえまだ時間まで取られたら、もう最低。

「恋」、「芸術」、「お気に入り」に関係ないことは、やりたくないわけ。
平成16年9月8日(水)

デニッシュ・クッキーを買って裏を見たらアラブの文字。
デニッシュ・クッキーって、デンマークでつくっているのだと今日まで信じていた私。
シャンペンと同じで、産出国のロゴなのではないのですか。
エヴィアン・ウォーターがエヴィアンから来るように、産出国のロゴだと思っていたのに、
生産国はなんとオーマン。いいかげんにして。あの国って、牛とかいるのでしょうか。
砂漠で牧草地ないのでは。酪農なんかあるのでしょうか。
20歳の時、夏期講習に行っていたノースカロナイナ大学に、オーマンからすごい遊び人の
男が何人か来ていて、それがまた、石油相の息子とかで、本当に浮いていた。
学生寮の2人部屋を一人で借り切って、冷房とかも自前で設置し、クルマを買って、遊びまくり。
私は貸し自転車に乗って、質素な生活をしていたのに。
平成16年9月7日(火)

今日は、東京地裁で第二回公判でした。私たち原告は、被告の弁護士をずっと
見つめていましたが、被告の弁護士は、裁判の間中、ただの一度も原告側を見ず、
視線をそらせていました。そして、爆弾発言をしたのです。
内容をお知りになりたい方は、資料贈呈中。
ところで、世界最高のサーカス、シルく・ド・ソレイユのスタッフの人が夕方来て、外苑東通りの
マリカ・ガーデン・ハウスに引越して来ることになりました。
私はほんの数日前に、ヒストリーチャンネルで、木下サーカスのドキュメンタリーを見て
私は自分が振付をしていた国際サーカスのことを思い出していたところです。
それが、よりにもよって世界最高のサーカスの方がいらして、なにか偶然すぎます。
ラスベガスも、イギリスも、フィリピンも日本も動物もみんなが一緒に上演していた
国際サーカスは、私がこれまで手がけた中で一番おもしろかった。
団長さんとの衝撃的な出会いが、今でも新鮮に思い出せます。
当時そのサーカスのステージングを手がけていた方の紹介で、ショーを見終わったあと、
楽屋へ行き、団長さんに、「すごい空中ブランコでした。息子さん、素晴らしいですね。
かっこよかった」と言ったら、中年の団長さんが、「あれは、私ですよ」と言うのです。
もう、目が点になり、うっそーという感じです。
このおやじが、あのかっこいいブランコのおにいちゃん。
この差がすごい。
私は、いっぺんで大ファンになってしまい、それから、国際大サーカスとのおつきあいが
始まりました。

カキヌマ・サーカスにも多少タレントを出したりしましたが、やはり、経済格差のある
第三世界から人を集めて火のクルマだったようです。
現在、世界のサーカスが、バレエの基礎のある美人軍団をロシアから調達して、
どんどんレベルアップしているのは、本当に嬉しい。
おどろおどろした世界が、一気に白鳥の湖になるのは、喜ばしいことです。
平成16年9月6日(月)

朝、とても嬉しいお電話を受け取りました。
大好きな人からのお電話は心にいっぱいの幸せをもたらします。
さて、ブラピの「7年 in Tibet」を見て、ブラピは、ジョーブラックの時のただ笑顔が素敵な
イケメンから、人間的に大きく成長したと思いました。
私は、新作を見ないで、見逃した旧作ばかり見ている傾向にありますが、そうして、タイロン・
パワーや、トナルド・レーガンや、ボブ・ホープ、エリザベス・テイラーとかをしっかり固めて、
どんどん人別に徹底していくやりかたの方が、すべて網羅できます。
中国では、ブラピのチベットの映画が公開されているとは思えませんが、非常に政治的な
映画。ブラピ扮するオーストリア人のハインリッヒは、妻にも離縁され、チベット人の女性も友人に
取られ、実の息子からは父親として認めてもらえず、私生活には本当に恵まれていないのです。
でも、子供時代のダライラマに衝撃的な影響を与え、西欧の文化を紹介し、目を世界に開かせ、
後のノーベル平和賞級の宗教家にして文化の権化、国家指導者を一番大事な時期に育てた
のですから、家庭という小さな枠の中に閉じ込めてしまわないで、よかったのだと思います。
家庭のおとうちゃんになってしまっていたら、与えられる世界観も変わっていたことでしょう。
ところで、イサドラ・アンカンは、20歳年下のロシア人詩人セルゲイ・イェセーニンを愛し、
結婚しましたが、そういう感情は実在するのだと思います。
とても幸せだったのでしょうが、非常に勝手でコントロールできない若いロシア人の夫には
ほとほと手を焼いたと想像します。
私のロシアは今日は、かわいそうになるくらい意気消沈していますが、私は、決して、
うるさいおばさんとか奥さん風の発言はしません。例えば、誰と行ったの、どこへ行ったの、
何をしたのなどです。
男の中には、女にその3つを常に聞くタイプもありますが、絶対に聞かない男は新鮮です。
聞かない男には、こちらも聞かない。
平成16年9月5日(日)

ハリケーン、フランシスがのろのろと米国本土を襲撃しているようで、世界の多くの人々が、
もっとゆっくり、もっと激しく、もっとたくさんと願っていることでしょう。
自然による(つまりあいつの好きな「神」による)災害というか、懲罰というか、試練というか、
ハリケーンや台風では、テロとの闘いに結び付けられないからいい気味。
次は、イワンというのが、控えていて、朗報です。
こういう名前は誰がどうやってつけるのか、非常に興味があります。
どうして、ジョンと言わずにイワンとロシア式に呼ぶのか不思議です。
担当官が、そちら方面からの移民の子供なのでしょうか。
それで、思わずそういう名前つけてしまったとか。
ところで、プーチンに、チェチェン支配をやめれば、こういう事件は起こらないでしょ、
チェチェンを独立させてしまいなさい、あんたのものじゃないのだから、他民族支配を
続ける限り、こういう事件は何度でも起きますよ、とはっきり言う国があればいいのですが。
私が総理大臣だったら、言うのですけれど。
それでイギリスにもアイルランド問題でいちゃもんをつけ、中国にもチベット問題をずけっと言う。
嫌われるでしょうね、うるさいと思われるでしょうね。
私は、80年代の後半からユネスコの世界民族芸能際という国際イベントに何度か
参加しましたが、その参加団体は、国旗をかざした国としてではなく、それぞれの民族が、
自分たちの言語で歌い、演奏し、その民族の衣裳を着て、民族の踊りを踊るというものでした。
民族はあるけれど、国を持たない人々が、誇りを持って、自分達の文化である歌や踊りを
国際的な場で披露しているのを見て、本当に感動しました。
スイスのレトロマン語族の歌や、スペインのカタルーニャ人のサルダーニャ踊りや、スウェーデンの
ラップエスキモーのアザラシ骨製楽器演奏団や、その他、固有の言語と文化があるのに国が
ない人々の上演を見て、日本も私たちではなく、アイヌや沖縄の舞踊団が参加しないといけないと
痛切に感じました。その時はまだ革命前ですから、ユーゴも来ていましたが、その国旗のもとで
実際に上演していたのは、現在では別の共和国として独立している人たちだったのだと思います。
踊りがオスマントルコ風でしたから。
人は文化だけではなく、国家が必要なのです。
ダウンサイジングをすることでしか、国際平和は保たれません。
プーチンとサル面大統領と、ニンハオの3国がダウンサイジングするだけで、世界情勢は圧倒的に
変化することでしょう。
そうなったらおもしろい。
それを言うと、ロシア将校が、国土が減ると慌てるのですが、減ったっていいじゃないですか。

自分の中に問題を抱え込むよりは。
平成16年9月4日(土)

また馬鹿ブッシュがつまらない発言をして。いいかげん、やめてほしい。
落選することを世界中の良心が願っている。
チェチェンの学校占拠事件も、対テロリストの闘いをする自分の選挙に結び付けて。
本当に、こういう馬鹿がいなくならないと、本当の世界平和は実現しない。
私は、イラクで公演をした時、チェチェンの舞踊団の人たちと会いました。
一緒にバベルの塔やイシュタル門を見学して、お写真を撮り、踊りの話をしました。
温和で楽しい踊り大好きな、素敵な人たちでした。
こんなに愉快な人々が本気で怒るのは、ロシアがチェチェンを支配しているからです。
独立させないからです。支配されている側は、命を賭けてでも独立を勝ち取ろうとします。
彼らをテロリストと呼ぶこと自体、プーチンのずるさで、時代に逆行しています。
抑圧された人々は、必死で自由を欲します。学校で血を流している子どもたちのことを
話す前に、ことの原因を根本的に解決していかないとだめです。
メディアは表面しか見ていないから、建物の中にまだ何人いるとか、何人逃亡したとか、
100名の死体を見たとか、現象面での話ししかしないし、原因を発表すると上に叱られるのか
本当に必要なことは言わないので、私たちは、自分達で本質を見ていかないと。
友人のロシアの国防軍の将校は、自分が国防軍だから、とかく発言がロシア国家寄りで、
虐げられたチェチェンの側の人の気持ちに無頓着で、子供たちを拘束するなんて、
本当に許しがたいとか言っていますが、そうせざるを得ないところまで、もっていった
エリツィン、プーチンに責任があるのではないですか。
マリカ、そういうこと言うと、ロシアでは、すぐに消されるんだよ、最近殺されたメディアの
XXXみたいに、とロシア将校は忠告しますが、私は日本人だから、関係ない。
言いたいことを、言います。やりたいことを、やります。カラスの勝手でしょ。
ところで、私は動物の人権
平成16年9月3日(金)

湘南海岸の足にまとわりつく黒い砂を手でしつこくはらいながら、私は水平線を見ていました。
20歳の時以来、一度も湘南海岸へ海水浴に来ていませんでした。
ニューヨークから簡単に行かれるジョーンズ海岸へも23歳の時からご無沙汰です。
当時付き合っていた同い年の男が、僕たちはもう、湘南やジョーンズ海岸へは行かない。
そのかわり、もっとアップグレードしたホリデーを過ごさないといけない。
そのために僕は働くと言って、その男は、ストック・マーケットでどんどん稼いで、私たちの
休日は、マサチューセッツ、西海岸、カリブ海、エーゲ海とどんどんグレードアップしていきました。
その男と別れたあとも、私の休日は、コスタブラバ、東地中海、インド洋、南シナ海と広がり、
季節に関係なく休暇が取れる仕事をし、好きなことだけして生きるスタイルになりました。
好きな男と行く場所は、素敵な場所でないといけない。
たとえどんな場所だろうと、好きな男と一緒に行かれるなら、それで嬉しいのは20代前半まで。
その後は、好きな男と行く場所、いる場所を徹底的に選ばないと、好きな度合いが減ってくる。
そのかわり、素敵な場所を選ぶと好きな度合いがアップする。
当たり前のことだけれど、気づかないうちに、一緒にいる場所次第で恋の温度は上がり下がりする。
恋は「ハレ」の自分をますますきれいにする魔法の宝石。
日常の「ケ」の中でなりふりかまわず生きていたら、一般人と同じ。
自分が行く場所、すること、一緒にいる人、これら全部をセレクトして「ハレ」の瞬間を
過ごした時、人は今よりもっと美しくなる。
平成16年9月2日(木)

ロシアの国防軍の将校で科学者の友人が言ったことが心にひっかかり、私は今自分がはじめないと
いけないことがあると感じています。
将校は日本政府の国費留学生として日本の大学で科学研究と学会発表をしているのですが、将校の
友人のロシア人科学者が、日本の病院に子供を殺されたというのです。
大変かわいがっていた息子さんだそうで、昨年暮れに、日本を離れたとのことです。
日本政府がいくら海外の有能な人材に資金を提供して、教育の場を与え、親日派を世界中に
つくろうとしても、日本の医療があのようなことをしては、その人は、親日派どころか、決して日本を
許さないでしょう。
日本にいる外国人は、言いたいことがあっても、どこへ話を持っていっていいのかわからなに、誰に
相談したらいいかわからない。
それで、本当はとても大切なことなのに、日本人の耳に入らずに、そのまま泣き寝入りしていることが
多いのではないかと感じます。
このロシア人研究者のお子さんの件は、幸か不幸かたまたまマリカの耳に入りました。
私になにができるかわかりませんが、これをこのまま放っておいてはいけないと痛切に感じます。
今、私はなにをしなければいけないのか。社会人として、日本人として、人間として。
私は、戸籍上で本当にロシア名を名乗っていたことがあるにもかかわらず、ロシアに対して
なにも貢献しないままロシア人の家族としての自分の人生を無駄にしたことを、常に心の中で
悔いていました。
今からでも私の小さな行動が役に立てばと思います。
ところで、昨年、私は、友人のイラク人からある話を聞きました。イラク人道援助にまつわる話です。
私は、即座に小さな素朴な疑問を持ち、自分のホームページに3つの質問を書きました。
世間から絶賛されている高名な人物であるその人の応援サイトが800以上ある中、
世界でたったひとつしかない反対サイトである私のサイトに目をとめて、連絡してきてくれた人がいました。
その時から、ある奇跡が起こりました。
それから、1年が過ぎ、私は、来週、ある裁判を控えています。
自分は原告なのですが、被告と会ったこともなければ、話したこともありません。
原告は、調停にも第1回公判にも出頭しませんでしたから、第二回公判を迎える今でも、私は
会ったことがないのです。
この件は、もう、私の手を離れて、司法や警察の手にありますから、私は自分の役割を終えました。
気持ちが純粋であれば、それは必ず誰か適切な人物の心に届き、劇的な出会いとともに生じる
素晴らしいプラスのエネルギーで、物事が正しい方向へ進んでいくだという気がします。
平成16年9月1日(水)

女が男をダーリンと呼ぶのは、その男を愛しているからではありません。
ダーリンと呼ばれて舞い上がる男もいれば、困惑する男もいます。
女がというより、私が男をダーリンと呼ぶのは、些細なミスを避けるためです。
とっさの時に、思わず口にでる男の名前は、女が本当に心にかけている男の名前です。
今、目の前にいて、一緒にご飯食べている男や、週末に旅行に出かける男や、まして、一緒に
住んでいる男、婚姻関係にある男ではない場合もあるのです。
思わず口に出る男の名前は、長く一緒にいた男の時もあれば、つかの間の婚姻生活を共にした
男の場合もあるでしょう。
または、ほんの1日しか一緒にいなかった忘れえぬ人であることもあります。
心に秘めた男の名前は、ふとした時に、思わず出てくるのです。
微笑みと共に脳裏を通過する時もあれば、苦い思い出とともに涙ぐみたくなる時もあります。
普段の生活の中で、決して口に出さないようにしているので、思わずその名前がふと現れることが
あるのです。
とっさに出た名前が、「ジェイムズ、あれ、違った、えーと、ジェラルドじゃなかった、そう、ピエール
じゃなくて、あら、ゲルハルトじゃなくて、やだ、ハンネスでしたっけと思ったら、やっぱり、
ラジャ、いやん、カルロス」なんていうことになってしまったら、どうやって、収拾しますか。
男は違った名前で呼ばれたらどんなふうに態度を豹変させるかわかりません。
好きな男がキレるのを見るのは本当に辛いものでです。
男は、他の男の名前は一切聞きたくないものですから、他の固有名詞を出さないのが一番です。
男女の差がわからない英語のフレンドを使うのが良いやりかただと私は心得ています。
ドイツ人と話す時でも、男女差がわからないように、その文章だけ全部英語にしてしまったり。
ですから、ダーリンは実に便利な言葉です。

男だって私と同じ理由で、女をダーリンと呼ぶ人がいるのではないでしょうか。
呼ばれていて自然な時は、ダーリンを言いなれている人がそう呼んだ時です。
でも、日本人の男は女を呼ぶ言葉が乏しくて、それで、「ねえ」とか、「おい」とか「ちょっと」とか
呼びますが、ダーリンと呼ばれたことのない男、女をダーリンと呼んだことのない男、
女を呼ぶ固有名詞を間違えたりしないのかしらと思う、今日このごろ。

平成16年8月31日(火)

こんな台風の日には、誰も山へ行く人がいなく、鍾乳洞の女王はどうしているのでしょう。
雨の日も、風の日も、雪の日も、女王は鍾乳洞へ向かうのでしょう。
年中無休なんて書いたから、気持ちは年中無休でも、89歳の身体には大変なことだと
お察しいたします。
平成16年8月30日(月)

好きな女のためにけなげに料理をつくる男の姿を見るのは、女冥利に尽きます。
それも、普段ほとんどやらない男が、ここぞとばかり、一生懸命にやるから価値があるのです。
料理が好きで、それに慣れている男がやってもだめ。お金支払われた人が作った料理もだめ。
仕事ではなく行われた行為しか本当の価値はないのです。
どんな行為でも、それが、仕事になってしまった瞬間、価値を失います。
結局、料理は、何が料理されたかということよりも、誰が作ったか、どういう状況で作ったか、
それらの諸要素が総合された総合芸術作品ですから、その他の芸術と同様におもしろい。
「おいしい」とつぶやく女の顔を見るのが男は嬉しい。
男が嬉しそうな目をしているのを見るのが女は嬉しい。
平成16年8月29日(日)

雨の日曜日は、鍾乳洞に人が入っていないのではないか、女王が寂しく人々を待っているのではないかと
気になります。
ベトナム人がベトナム料理をつくりに来てくれて、とても楽しいひとときを過ごしました。
昨年は、シリア人がよくアラブ料理を作りに来てくれましたが、日本人と結婚して以来、さすがに連日うちに料理を
作りにきたりはしなくなりましたので、エスニック料理いつもウェルカムの私としては、嬉しかったです。
ベトナム選手はオリンピックで活躍していないので、競技にあまり興味がないと言っていました。
私が興味があるのは、好きな国が勝ったかどうかです。
イラクが銅メダルをとれなかったことをニュースで読んで、涙が出ました。
私は競技を今まで一度も見たことがない世界でたった一人の人でしたが、今日はじめて、
オリンピック競技をテレビで見ました。
新体操は、安心して見ていられます。ロシアやブルガリアなど、好きな国ばかりですから、
誰が勝っても嬉しいです。
結局、私は、アメリカや中国が勝つ姿を見るのが嫌だから、また、日本人がメダルを取ると、貧しい国に
もうしわけないので、今まで競技を見なかったのかもしれません。
それを言ったら、ベトナム人に、あなたはとても心が優しい人だ、他の日本人はみんな、メダルの数の話ばかり
していると言われました。
体操やシンクロの演技を見るだけならよいのですが、順位がついてしまうとなると、どうしても、人は変に熱くなって
しまうから、それを避けたいのかもしれません。
つまり、サッカーの熱狂的なサポーターの正反対の側の立場とでもいいましょうか。
ギリシアは、せっかく、ホスト国なのですから、もっと、お衣裳どうにかしないと。
色を使いすぎなのと、デザインがひどいので、これでは、いくら応援がすごくても、ロシア美人
たちには、かないません。
こういう競技は、上手以前に、きれいであることがすべてですから。
ところで、こん棒体操の振付を見て、玉川学園高等部で4ヶ月だけデンマーク体操部に入って
すごくつまらないこん棒体操をさせられたのを思い出しました。
あまりのつまらなさ、だささ、難易度の低さ、田舎っぽさ、先輩後輩の序列のうっとうしさに
ショックを受けて、夏の合宿で退会しましたが、本当に正解でした。
今のこん棒競技の振付は、バレエとアクロバットが散りばめられていて、衣裳もショー的要素が強く、
スパンコールきらきらで、本当に素敵です。

ところで、今日は、マリカ組に新しいドイツ人ヴィットさんが加わり、マリカ組がますますドイツ色を
強めてきました。
ひとりづつ、どんどんドイツ人が増えていくのを見るのは、本当に嬉しいことです。
以前、日立で研修をしていた人です。

ベッティーナがNHKドイツ語講座の講師で、ドイツラジオやゲーテ・インシュティトゥートもやっているので、
民間のドイツ人社会の隠れた女王のように、お友達が集まります。
昨日はベッティーナのお誕生会で、ベッティーナ部屋にドイツ人が30名くらい集まっていました。
よくそれだけの人数入ったと感心します。
ドイツ人が来てくれたら、もう、それですごく嬉しいので、よほどうるさくしない限り、乱ちきだろうが
ゲイ・パーティーだろうが、私はあたたかく見守るようにしています。
平成16年8月28日(土)

ロシア人は、本当に「シベリアの理髪師」を地でいくような、生き方の下手な人が多く、これでは
国際社会でやっていかれないと痛感。
一番大切なことを言わずに、4番目か、5番目でいいようなことから言ってくるような国民性は
どうにかしないと、非常に混乱と、誤解を招きます。
ロシア人以外には、とうてい受け入れられません。
「シベリアの理髪師」だって、本当は、刑務所へ入らなくてもよかったのですし、まして、
シベリアなどへ行く必要はなかったのです。
私のポチョムキンが、シベリアの理髪師にならなくていいように、エカテリーナ女王たる私は
なんでもしないとと思い知らされた1日。
平成16年8月27日(金)

スコットランドの舞踊を学んだマクドナルドさんと知り合えて本当に嬉しい。
スコットランド人がパディバーと呼んでいるフットワークは、バレエのパ・ド・ブレが
訛ったものに他ならないし、パディバー自体が、バランセ・ステップ。
アイルランドの足さばきダンスでは腕をぴったり身体の横につけているのに、スコットランドでは
腕も使い、やはり、フランスの影響を受けているのを知って、歴史を感じられてドキドキ。
これで、アイルランドの舞踊家と知り合えたら、完璧。

私は、アメリカ新大陸にヨーロッパ北部から渡った、木靴の踊りがアフリカの影響を
受けながら、徐々にタップダンスに発展していく過程に、ものすごく興味がある。

ライフワークとして、解明していかないといけない。
平成16年8月26日(木)

伊勢丹会館のロシア料理「ペチカ」で、食べ放題をした。今までロシア料理だと思っていたものが
ロシア人が食べると、これ、日本の料理だねということになってしまって、まあ、日本式に
アレンジしながら、雰囲気だけロシアを残すのはいいのではないのかな。
けんちゃんがミュージカルに出るので見に行く。
言ったことを確実に直す頭のいい子で、指先まで神経が行き届き、ポジションも真ん中で
私は本当に嬉しかった。
けんちゃんのおかあさんは、きっと涙ぐみながら見ているのではないかと思った。
ただ、才能ある多くの子供たちが、つまらない作品に出ているのがかわいそうだった。
私の恩師、故平多正於先生のところで4歳から最初の10年間お世話になり、始めた年から
毎年東京新聞の全国舞踊コンクールで賞を取るために、大特訓を受けた。
秋には、毎年芸術祭参加公演があり、プロの大人に混じって本格的な作品づくりに参加させて
いただいた。
スタッフも、美術の有賀先生、作曲の山下先生、脚本の吉永先生と、業界のトップの先生方が
平多先生を支え、テアトルエコーの熊倉氏、東京バレエ団の石田先生などがゲストで出演していた。
スリッパを履いたまま、喋りながら、リハーサルにほんの数回いらした熊倉氏が、舞台の上では、
人格が変わったようにまったくの別人になり、石田先生演じる黒人奴隷アンクルを売買する
奴隷商人になっている姿を目の前にした。
プロの演者のプロたる所以を子供心にも強烈に感じ、当時、言葉としては理解できなかったが、
「ハレ」と「け」の差が限りなく大きい人こそ素晴らしい芸術家であることを感じていた。
山下先生のハーモニーは素晴らしく、先生の作曲した音楽がCMに流れていると嬉しかったし、
先生の息子さんが、たまたま玉川学園にいて、その息子さんが学内の音楽コンクールで指揮をすると
そのクラスは優勝した。和音も素晴らしく、聞いてみると、山下先生が和音をつけたとのことだった。
平多先生のところを出たあとも、有賀先生が美術を担当した作品をいろいろ見たが、抽象的な
オブジェ装置をさまざまに配置する手法のみごとなまでの、簡潔さと美をいつも堪能した。
平多先生は、黒人問題、アウシュヴィッツ、日本の民話、アンデルセン、宮沢賢治、評価が確立された
西洋の文学作品、日本の詩など、文芸的にも価値の高いものを題材に選び、毎年、必ずといって
いいほど、芸術祭参加作品奨励賞や、厚生大臣なんとか賞や、かんとか賞や、ペンクラブ賞や、
その他ありとあらゆる賞を獲得していらっしゃいました。
優れた文学作品をベースにして、作品づくりの骨組みを押さえるブレインを持っていらしたので、
大勢の子供たちが出演しても、邪魔にならず、また、子供たちも、皆、文部大臣賞獲得レベルの
全国的にももっとも高い水準の子供たちに育てる厳しい訓練メソードがありました。
わたしたちは、一番小さい子供でさえ、誇りを持って、平多先生の歯車になって作品づくりをして、
それらの作品への参加は、一生の思い出、誇りでさえあります。
私はなんて、良い環境にいたのだろうと、本当に感謝します。
今日見た、ミュージカルにいた大勢子供たちが、やくざ、お水、ウイルス、殺人、テーマパークなどと
いったどうしようもない作品の一部で、子供ミュージカル・ビジネスの犠牲になるのではなく、平多
作品に触れていたら、どれだけ人生に誇りある素晴らしい1ページを飾れただろうと思いました。
舞台表現芸術における大切なことのほとんどを、平多先生から14歳までの間に学びました。
この大先生に出会わなかったら、今の私はありません。
故平多正於先生のご冥福を心からお祈りいたします。
平成16年8月25日(水)

アダム・スミスが「国富論」を書き、アメリカが実行し、日本が完成させたと、マークさんが言いました。
マークさんによると、欧米社会はキリスト教、中近東はイスラム教、インドはヒンズー教、
日本はイェン教(円教)だと言うのです。
マークさんは、元米軍海兵隊にして、科学者で、現在は、赤羽小学校で英語を教えていますが、
夜は、慶応大学医学部の教授や、ケンブリッジ大学で客員教授として科学を講義する日本人教授の
講義原稿づくりなどをしています。昼の仕事より、夜の方が、自分の専門を生かせるようですが、
朝日新聞に1週間毎日掲載されたので、小学校の先生としてのイメージが強くなってしまいました。
簡単なことを教えさせるのは、もったいなさすぎです。
ベートーベンにドレミを習うようなものですから。
こんな人がいてくれて、マリカ組はとても充実。
まだ1日半分しか英訳していないけれど、そのうち全部公開予定。
平成16年8月24日(火)

商品は期間限定だから価値がある。違った言い方をすれば、その商品は、その期間限定ゆえに
その期間だけでなく、期間終了後もその価値が継続する。
恋も、期間限定のものの方が、密度が高い。無期限だとテンションが維持できない。
だから、今宵限りの恋とか、雪の中、手に手を取って国境を越えた元女優とか、夜が明ければ
別れが待っている一夜の恋や、手袋やの娘とロシア皇帝の恋(会議は踊る)は、美しい。
いやでも退屈でもずっとつづく夫婦とはわけが違うのだ。
まず、時間の流れが違う。時間の密度が違う。空間が別空間である。
今、思い出すに、私がこれまで、自分の人生で通過した芸術的なまでの素敵な恋はすべて、
自分の帰国日程が決まっている海外でこそ可能になったような気がする。
今しかない恋は、激しく燃えるけれど、明日もあさってもあると思うと、まあ、とりあえず、
一旦冷凍庫に保存しておこうかくらいの気持ちになってしまう。
芸術はいろいろなジャンルがあるが、恋も、ものすごく洗練されたものは、芸術の一ジャンルで
ある場合でる。すべての恋が芸術というわけではない。
とりあえずとか、まあこのへんでてっとりばやくとか、お手軽だからちょっととか、
しかたないからとか、他に知らないからとか、面倒だからとか、なにか妥協じみたものは、
芸術としての恋に入らず、マクドナルドとか、100円ショップのレベル。
芸術家が芸術家である所以は、恋の仕方もぶっとんでいるからだと思う。
インスピレーションの源だから、とびきり刺激的なのがいい。悲しければ、尚いい。
平成16年8月23日(月)
朝、山登りをした後、立ち寄った大岳鍾乳洞
すごい感動的な至福の時間を過ごしました。鍾乳洞の女王
夕方新宿に帰って来る時、雨に降られましたが、そんなことぜんぜん気にならないくらい、すばらしい1日でした。

ところで今日は、日本ビンラディン同盟代表から残暑見舞いが届きました。
この人たちは、パロディ画の愛好会で、自分でつくったり、つくったものを人と交換して
喜んでいるだけで、アニメ・ファンなどと同じですので、まったく危なくありませんから、
あたたかく見守っていくのがよいでしょう。

テーマの選び方も,これまでは、映画のポスターや歴代の政治家とのクビのすげ替えのようなパロディものでしたが、
今回は宗教画、手法もだんだん洗練されてきたようで、すでに芸術の域に達してきました。
まだ、ルネサンスの巨匠のパロディくらいでうろうろしているかもしれませんが、これが、20世紀の絵画の
中に、例えば、ピカソの絵の中に登場するようになれば、もう、完璧に芸術作品として展覧会に登場するのも
近いでしょう。
平成16年8月22日(日)

東京は捨てたものではない、自然の宝庫
ふるさと東京、バンザイ!
平成16年8月21日(土)

母のお誕生日。胸の谷間が7センチも見える服を着て、母がお誕生会に現れたので、どうして
自分の年齢考えないでそういう派手な格好するわけ、恥ずかしくないわけ、プリンプリンの胸なら
ともかく、しわのある肌の女の人がそういう服着たら、みんな引いちゃうのわからないと言いました。
でも、母たちが帰ってから、アメリカ人のジョーが、自分なら、年に似合わずすごく派手な格好して
男の気を引こうとするような母の姿を反対にすごく嬉しく思うし、チャーミングだと思うと言いました。
一緒にいたドイツ人のファビアンも賛成するのを見て、私は涙が出ました。
そうか、息子達は女としての母親をそんなふうにあたたかい目で見ているのに、どうして、娘は
女としての母親を否定したくなってしまうのだろうと、自分を恥ずかしく思いました。
それは、結局、母親が女としての私を否定していたからではないかと思います。
母と娘は、お互いに相手が女を強調すると、目障りなのに、男の目には、女であることを
最後の最後まで楽しむ母親の姿はチャーミングなのです。
平成16年8月20日(金)

日本人の悪口を言いまくるロシア語のサイトがあるそうです。
「どうして、日本人の男はかっこ悪いかというと、電車の中など、人前で平気で鼻くそをほじって
いるからです。
ひどいのになると、鼻のあなに指をつっこんだまま、5分も10分も抜かないのがいて、背広着て、
ネクタイしめた、明らかに会社員であろうはずの男が一体なにやっているのだろうと思います。
日本人は羞恥心と言う意識が低く、われわれのように洗練されたヨーロッパ文化の中で育った
人間にとっては受け入れがたいものがあります。これが、証拠の写真です」
と、電車の中で鼻くそをほじっている日本人男性たちの写真がサイトで公開され、ロシア人の
間で笑いものになっているそうです。
でも、文章読めないから笑えないけれど。
平成16年8月19日(木)

インターネット・ニュースでオリンピックの結果を見ています。私は、テレビで実況中継を見ていない
ただ一人の日本人かもしれません。
一般テレビ番組の視聴率に貢献する必要なんてないですもの。
私は、日本の選手が頑張るのを見るのはもちろん感動的で素晴らしいと思うのですが、
誰が勝っただの負けただの、金がいくつかなどということに興味がないのです。
東京オリンピックの時ではあるまいし、日本が世界でメダルを3番目に多く取る国になることは
もう決してないのです。私は、貧しい国の選手がメダルを取ると本当に嬉しくて、涙がでるほどです。
経済大国は勝つためにいくらでもお金が使えるのですから、勝って当たり前です。
私なら、世界で一番裕福な国はオリンピックに参加できないとかの規定をつくります。
そうすると、あのサル面大統領の国は参加資格がない。ざまあみろ。
私のつくった規定では、オリンピックに参加したいのなら、一番お金持ちではいけないのです。
最富豪の国としてオリンピックを傍観しますか。
それとも、アラスカやハワイ、グアム、カリフォルニア、本来持つべきでなかった場所を手放して
身辺をさっぱりさせて、他の国と同じレベルになってオリンピックに参加しますか。
古代ギリシアであれだけ盛んに開催されていたオリンピックに、ローマ皇帝自身が参加するようになり、
勝つための策略をるるようになってから、古代オリンピックの高潔な精神はすたれてしまいました。
つまり、軍事力や経済力が優れた人や国が参加すると、フェア・プレイが不可能になるのです。
だからこそ、その日の食べ物にも事欠く人がいるような国の選手が、お金のかかる素晴らしい
トレーニングや環境が整っていない状態とったメダルは価値があります。
それは、神様のプレゼントです。
かつて、ソ連進行時に、工場できれいな手で武器をつくり、練習もろくにできなかったベラ・チャスラフスカが
取った金メダルはチャスラフスカを世界の体操の女王にしました。
連日国のあちらこちらで、人が死んでいく戦場の国、イラクが今回のオリンピックでサッカーで
勝ち進んだのは、世界の喜びです。
スロバキアのカヌーの優勝も嬉しかった。チェコから分かれて、あの国、どうしちゃうのかと
私は本気で心配していましたから、人事とは思えないのです。
モスクワからアエロフロートに乗り込んで最初のハズの待つ、スロバキアの首都ブラティスラバに
降り立った瞬間のことを思い出すと、スロバキアに頑張ってほしいです。
国ぐるみで、選手にドーピングさせているような国はだめ。
私は日本が勝てばもちろん嬉しいですけれど、貧乏な国の選手に負けると、悔しいとか、
残念とかより、むしろ反対に、嬉しくなります。
世界第二の経済大国を任せるのだという自信をその国の人々が持てたなんて、素晴らしいことです。
平成16年8月18日(水)

奥さんがいながら、女子大生とホワイトハウス内でやってしまうクリキントンみたいな男の方が
「私には政治しかない、女を断つ」と言って頑張っている日本の首相より、人間的に魅力があると思うのです。
歴史上でいままで、「やらないで、頑張った政治家」なんかいたのかどうか知りたい。
1年ぶりにファビアン君が戻って来ました。あまりのかわいさにファブちゃんと呼ばれていますが、
夏休みを日本で過ごすドイツ人の存在は本当に嬉しいです。
先日はダニエル君も到着し、マリカ組ますます充実。
平成16年8月17日(火)

曽我ひとみさんのハズが入院している病院の角まがったところに、日本で一番安い合鍵の店発見。
なんと390円。こんな料金でやって、固定資産税払えるのか心配。
その名も、東京堂金物店。昔からおじいさんがやってるかんじ。
東急ハンズ新宿なんか、駅にくっついているから、法外な料金(600円)でやっているけれど、
職安通り沿いの新宿食堂のあるビルの横の誰も知らない田中屋鍵屋は400円。
それよりもっと安いお店があったとは、本当に驚き。
でも、行かれないのよね、390円の店、普通の人にとっては遠いから。
自分が今、新宿駅にいて、ちょっと鍵つくりたい時、誰が、そのおじいさん助けようとして、そんな
遠くまで行きますか。
私は行きます。こだわります。鍵は、どこでつくったかが問題なのです。開けばいいのではありません。
その頑張っているおじいさんに「ありがとう」と言ってもらってつくってもらったそういう鍵でないと、
思いをこめてドアを開けられません。
どうでもいいものを持っていると自分の感性がだめになります。
思い入れのある、特別なものだけを自分のまわりに置いておかないと、感性が研ぎ澄まされません。
平成16年8月16日(月)

日本人はティッシュで鼻をかみますが、ドイツ人はハンカチでかみます。ロシア人は手でかんで
その手を洗います。私はタオルハンカチかしら。
ところで、今日はミスター茶髪のお誕生日です。おめでとにゃん。
この人も猫大好き人間です。お誕生日には会えなかったけれど、こんなメッセージきました。
「家の猫君の写真を送ります。名前は「しっぽちょん」です。阪神大震災のおきた95年の春、
神戸の避難所で拾ってきました。その時、足としっぽに怪我をしていて、
獣医さんに連れて行って、しっぽを切ってもらいました。
そこで、みんなから「しっぽちょん」って呼ばれていたので、
それがそのまま名前になっちゃいました。安易でしょう」
しっぽちょん君は、いい猫ですし、かわいい子で、今、とても幸せなのだとよくわかりました。
本当なら被災地で死んでしまっていたかもしれません。
東京で9時5時仕事をしている人が、被災地の救援活動に自発的に参加するのもすごいですが、
そこで、かわいそうな猫を連れ帰り、病院に連れて行き、自分の子供のように育てるのは
本当に素晴らしいことです。
別の友人のシーラさんという人も、沖縄の無人島で拾った猫を、飛行機で東京に連れ帰り、
お産の世話をして、一心同体で暮らしていますが、偉い人だと思います。
この子を一生面倒みようと決心する時の気持ちの美しさは、大袈裟ですが神の領域です。
全部自分が引き受け、その命に対して最後まで責任を果たそうとする行為は、相手が猫でも
高貴なことです。
世田谷猫クラブさんも、捨てられた猫さんを連れてきては、大切に育てています。
最近も、猫さんのお産に立会い、娘のお産の時のように忙しくしていました。
平成16年8月15日(日)

上野に横山大観の絵を見に行ったのですが、日本画のあるひとつの頂点を極めた巨匠であるという
既成概念をまったく持たないピョートルさんは、恐れ多くも、なんか、足りないよね、色が少ないからね、
これで完成した絵なのと聞いていました。
祖国のエルミタージュで世界最高の油絵をたくさん見て育つとそういう発言もしたくなるのでしょう。
挙句の果てに、かわいそうだね、これで美術館なの、日本はお金があるのに、どうして、こういう
建物を美術館と呼ぶの、エルミタージュは、どこひとつとっても、すべてが、宮殿なのにとのこと。
言いたいことはすごくわかります。
1番目の夫アレキサンドル・バツラフ・フランティシェヴィッチ・・コレスニコフ男爵も同じようなことを言っていました。
自分の文化が絶対的に世界一だと洗脳に近いかたちでたたきこまれてきた国だと、どうしてもすぐに比較して
しまうのだと思います。
そして、石原都知事にメールを出すと言うのです。
内容は、「もし、国の威厳、文化、芸術、誇りの象徴エルミタージュの近くに浮浪者がいたら、ロシアの
政府ならすぐに専用の施設に強制収容します。
どうして、日本は、日本最高の美術館、劇場、芸術大学が立ち並ぶこの文化的な場所に、これほど
多くの浮浪者のピクニック・ソーンがあるのですか。
日本の恥です。僕は、その人たちが座ったと思うだけで、公園のベンチにも座れません、どんな
伝染病にかかるかわからないからです」とのことで、もっともだと思います。
外国人の目には許せないくらい、衝撃的に写ることでも、私たち日本人は、上野はどうせ、乞食が多い、
目が合わなければ大丈夫、透明人間のように接しようと、決めてしまって、ずっと無視し続けてきた
のではないでしょうか。
つまり、日本人がそれを許してきてしまった、汚いものを汚いと思う感覚や、それを排除するための
行動を起こすような勇気がなくなってしまったのは、とても問題です。
上野がいつから本格的な「浮浪者のピクニック・ソーン」になってしまったのか知りたいです。
本来、上野の一帯が整備された時、文化や芸術に対する壮大な計画があったのだと思います。
もう一度そこに立ち返って、日本が世界に誇る文化的な場所、誰にでも胸を張って見せられる
場所にするように具体的な行動を起こすのが、今わたしたち日本人がやらなければいけないことです。
小学生の頃から私は上野に一目置いていました。オペラやバレエでも、渋谷公会堂で見るものと、
上野の文化会館で見るものでは、内容やスケールに明らかな差があることを子供心に知っていたからです。
日本人が見えなくなっているものをピョートルさんに指摘してもらい、石原都知事が新宿歌舞伎町の後は、
上野の森に着手してくれることを願います。
平成16年8月14日(土)

私がクマさんにせっかく、かわいいタオルの洋服を着せておいても、いつも、中国人が清掃して
帰った後見ると、洋服が脱がされているのです。
1度くらいなら、それほど気にならないのですが、毎回、クマさんが、なにも着ないでいると、あれ、
どうしてなのかしらと思うわけです。
私は、お裁縫が大好きで、クマさんが買った時からもともと着ていた洋服とは別に、気に入ったタオルで
お洗濯している時に、はだかになってしまわないように、洋服をつくってあげたのです。
今まで、フィリピン、スリランカ、中国、いろいろな人が清掃に来ましたが、クマの洋服を脱がせて
しまう人は、金さんがはじめてです。
家でも、リカちゃんとかの洋服を脱がせて遊んでいるのでしょうか。
でも、面と向かうと、私のような恥ずかしがり屋の場合、とても、クマさんの洋服を脱がせないで
いただけますかと直接言えないのが悩みです。
電子メールで、クマの洋服を脱がすことを厳禁しますと送るのも、日本人に誇りを傷つけられた、
誹謗されたと民族感情を刺激することになりそうで、それもできないのです。
こうなったら、金さんが来る前に、クマを隠すしかないでしょう。
それでも、戸棚から捜し出して、脱がせてあったら、怖いです。
お裁縫は、針が瞬間に通せるワンタッチ式になったことで、飛躍的に刺繍愛好者が増えているのでは
ないかと想像しますが、実際はどうなのでしょうか。
以前は、飛行機の中で、編み物や、お裁縫(刺繍)がゆっくりできて、本当に便利だったのですが、
テロ事件以来、それもできなくなってしまい、私は不便をしています。
飛行機の中は、大作ができるので、太平洋を飛ぶ時なんか、カギ針編みで、スカートに挑戦する
くらいのことができたのに、今では、それができず、残念です。
刺繍は、心が落ち着くので結構愛好者が多いのだと思います。
東京湾花火は行くのが遅すぎて、勝どき橋を渡る時点で、すでに、晴海ふ頭からもどって来る人々の
群れと出会い、まあ、しかたがなかったと納得。花火なんか今週見なくても、来週またどこかで
別の花火大会やっているから気にする必要なし。
平成16年8月13日(金)

屋上ガーデンをつくっている最中ですが、ビワの木を持って行きたいと思っています。
種から育てて、すでに8年経過しましたが、事務所のアロエと同じプランターに入れてあるので、
もう限界というところですから、植え替えをする良い機会です。
同じく7年前に種から育てたグレープフルーツは、何度もハサミを入れながら、現在ではなんとか
1メートル50センチくらいまで育ち、私はこれまで何度、毛虫を見つけては、排除して、この子を
守ってきたことでしょう。
最近私は、アニマル・プラネットの動物レスキュー隊の植物版を自負していて、「植物お助け隊
新宿本部」というのをはじめました。というより、勝手にやっています。そのうち名刺もつくろうかしら。
今朝は、行った美容院に、アドバイス。
水やりが足りない、冷房がんがんつけて、ただけさえ、空気が乾燥しているのに、水が足りなかったら
ポトスは生きられない、つるが伸びてきたのに、2メートル以上になっても放っておくものだから、
水が足りないところに、長さがあるから、完全に栄養失調状態で、葉が枯れかけてきて、ポトスの
先の方も、本来だったら、新しい芽は、水分のしずくをつけているくらいみずみずしいものなのに、
しずくどころか、新しい葉まで力がなく、落ちているのもある、人間のお世話より、まず、植物の
お世話をお願いします、植物はなにも言えなくてかわいそうだからね、それから、外の植物は、
直射日光による乾燥が激しいから、受け皿に水が溜まるくらいたっぷりあげて下さい、だめ、
そんなあげかたじゃ、ほら、ジョウロがからっぽ、もう1回、お水汲んできて。
なんて、うるさい客なのだろうと嫌がられるかも。
でも、私のアドバイスを嫌がるくらいの美容院は、生命に対する根本的なケアが不足しているわけ
ですから、人間の髪に対してのケアもそこそこしかできないのではないでしょうか。
昨日も、近所のおじいさんが植木の手入れをしているのをアドバイスして、そのおじさんとお友達に
なりました。
枯れた木の枝をそのままにして、回りの雑草に水なんかやっているのです。
もう、なにやってるわけ、枯れた部分を切るのが、まず先でしょう、それそのままにしておいたら、
木全体に負担がかかって、木そのものがだめになるから、まず、だめな部分を切って、健康な新しい枝に
神経を集中しないと。
人間から虐待を受けている、かわいそうな植物諸君、待っていなさい、マリカが行って助けます。
頼まれないのに、勝手にやっているというのは、実に楽しいもので、人間は、本来、頼まれないで
勝手にやっている時しか、その人の一番すぐれた能力は発揮できないのではないかと思います。
頼まれたからやっていること、義務でやっていること、そんなの全部やめちゃいなさい、
好きなことだけやりなさいと私は世界の中心で叫ぶ。
平成16年8月12日(木)

外苑東通り沿いに借りたビルを掃除していて、前の居住者が残したものを燃えないゴミをまとめて
捨てようとしたら、額縁がありました。
馬鹿みたいな雑誌のカラーグラビア頁の切抜きが入っていたので、おいおい、こんなもの、菊の御紋の
入った額縁に入れるか、何気なく額縁を開けてみて、唖然。
なんと、恐れ多くも天皇皇后両陛下のお写真が入っていたのです。
都内でこんなものを見たのは、まだ2回目です。
戦前だとか、地方であれば、こういうものが壁にかかっていてもびっくりしないのですが、まさか、
外苑東通りのビルで見るとは。
都内と言っても、実は、一回目は大島の役場関連施設で数年前に見ました。
3年続けて大島の福祉施設へ慰問公演にお呼びいただいた時、上演のための衣裳の着替えの
ためにあてがわれた場所に両陛下の(と言っても、昭和天皇皇后ですが)お写真が
掲げられていました。
井上ひさし先生の戯曲の舞台装置によくそのような場面がありますが、平成になってから、まさか、
自分でそのようなものを見たのがはじめてでしたので、びっくりした記憶があります。
しかし、大島町の役場関連施設は、普段あまり使用していない感じの、古い建物でしたので、
戦前から忘れ去られてずっとそのまま架かっていたと言ったほうがいいかもしれません。
ところが、外苑東通りは、今上天皇皇后両陛下ですから、ここ16年以内に飾ったわけですし、
今の時代、よほどの人でないと掲げないのではと思うわけです。
でもここは、大本営市ヶ谷自衛隊まで、わずか5分やそこらの距離ですから、こういうものがあっても
何も不思議はないのですが、このビルの持ち主は中国人で、私が入居する以前に居住していた人も
外国人と聞いていたので、びっくりしたわけです。
大学時代の友人で、日本ナチス党の党首がいますが、家には、アドルフとエバ・ブラウンのお写真が
掲げられていましたから(今でも飾ってあったらスゴイ)、自然な気持ちで敬愛する方のお写真を
飾るのは不思議なことではありません。
しかし、その写真がニコライとエレナ・チャウシェスクだったりした国もあったわけですから、非常に
政治的だと思うわけです。
私は、生写真の方を大切に保管して、菊の御紋の額縁には、橘天敬画伯の色紙絵を入れました。
天敬先生はすでにお亡くなりになられましたが、以前私が学生時代にドイツ語の家庭教師を
させていただいていたお嬢さんのお父様で、その絵は、芸術はバクハツで力強く、ホワイトハウスや
バチカンへも寄贈されていると聞いています。
天敬先生は、確か、皇族のなんとか宮様だか、熊沢天皇だか忘れましたが、どなたかと養子縁組を
なさったとのこと。
菊のご紋に先生の版画作品を入れるのは自然なことでしょう。
ちなみに、私の家でながく壁にかかっていたのは、母方の祖母、大前静の大和絵作品「連翹」
(レンギョウ)または、「桃の華」でした。
植物画家だったので、非常に精密で、アンリ・ルソーの想像の植物群とは大きな違いでした。
平成16年8月11日(水)

75年の歴史を誇る新宿三越が閉店してしまいます。一時は、三越別館まであって、私は
三越美術館で、ミロの絵画や、ミケランジェロを見た日を昨日のことのように思い出します。
あそこのビルが、感じの悪い家具屋になったのはともかくとしても、新宿通りから三越が
なくなったら、新宿の文化はどうなるのですか。
丸井みたいな割賦販売屋が天下の新宿通りにお店構えているというのに、ライオン(オオカミ?)像の
三越がなくなったら女の人はみんな困ります。まず、うちの母は、お買い物をする場所を失います。
絶対的な三越ファンというのは、存在するのです。祖父は、毎日、四ツ谷から老人定期で、
三越の地下食料品売り場へ通いつめ、お豆腐と鮭を買っていました。それが日課でした。
私が玉川大学の卒業式の時に、袴をはきたいと言ったら、当時まだ元気だった四ツ谷の祖母が、
さっそく三越に連れて行ってくれて、見立ててくれました。山の手線の輪の中の老人は、決して
西口の電鉄会社系のデパートには行かないし、日本橋の本店まで行くのがちょっとという場合には、
新宿三越は、最高の場でした。
大喪の礼の後、昭和の終わりの記念に、着物をつくろうと決心して私がい飛び込んだのもやはり、
三越でした。店員と、「昭和天皇様はおやさしい方でいらっしゃいましたから」などとお話しをして、
一枚しか買わないつもりが、気がつくと2枚買ってお仕立てを依頼していたのも、三越の雰囲気だからです。
古いものがなくなったら、街が平均化してしまうからだめです。田園都市線郊外の風景がみな同じで
退屈なのは、全部新しいからです。
強烈な個性を持った、古いもの、こだわったものがなければ、文化は死んでしまうのです。
つまらないファッション・ブランドのテナントビルがまた一軒増えて、なにがおもしろいの。
新宿通りにしがみついてでも、頑張れと私は三越に言いたい。
昨日今日、引越して着た来たような新参者は、いつでも撤退結構です。アンタの勝手。
でも、三越はだめ。紀伊国屋も、高野も中村屋も。三越横の包丁屋がなくなった時、心を痛めたのは
私だけではなかったはず。
古いものはモーレツに大切。考古学者の父から私はそう教えられて育った。
平成16年8月10日(火)

億万長者になるには、外出から帰ってきたら、領収書を項目別の封筒に入れるだけと
書かれた本を読んだのが2年前。それ以来、領収書を封筒に入れる作業を絶対に欠かさないけれど
まだ億万長者になっていません。しかし、領収書を1枚もらうたびに、これは、どの封筒に分類されるか
ということを考えるようになりました。
分類の習慣がつくまでは、1ヶ月分のいろいろな領収書をまとめて、大きな封筒になにもかも
一緒くたにがさっと入れて、はい、と渡していたので、会計会社はきっと困っていたのでは
ないかと想像します。私のお世話をするのがかったるかったわけでもないでしょうけれど、
担当の人が1年で3回も代わった時には、思わずびっくりして、アウトソーシングの
会社に聞きましたが、なんと、会社の名前まで変わってしまって、それも、6年で4回つぎつぎに、
後任の会社に吸収合併されてしまっているのです。
人の会社の会計業務アウトソーシングする暇あったら、自分の会社の会計もっと気にしてほしい。
新宿西口の高層ビルに大きな店舗構えるような派手なことするからうまくいかないのだと思います。
どうしてもっと地味に、北新宿とか、富久町とか、落合にしないのでしょうか。
やはり、都庁の目の前でないと、だめですか。私は、ひとつの会計会社と長くおつきあいしたいです。
幸い税理士の先生はずっと同じなので、ご指導いただいて助けていただいています。
ところで、先日の原付二段階右折違反の罰金は、交通運搬費(乗車運賃、運転手、宅配、ガソリン、車輌)
に含まれるのか、会社経費とは別の個人支出に含まれるのか。
以前なら、全部まとめてひとつの封筒で提出してたので、たくさんやった違反の罰金がどちらに
含まれていたのか、いまいち不明。
億万長者作戦をはじめてからは一度も違反がなかったので、分類経験がないわけです。
警視庁から請求書を渡されたわけですから、税金、印紙代などの国庫金に分類にすべきなのかも。
誰にも迷惑をかけていない程度の軽度の違反の罰金を払った人は、税金の還付があるとか、
なにか特典があるとよいのですが。こんなこと言って、おまわりさん、ごめんなさい。

ところで、ヌー太郎は、今夜も、新宿通りで、待ち伏せアタックをしているでしょうか。
平成16年8月9日(月)

北関係ニュースが大好きな(語弊があるから、大変興味があるくらいにしようかな)私は、朝鮮日報など4紙を
お気に入りに入れて、毎日チェックしています。
アテネ入りした北朝鮮選手団で気になるのは、選手が36名なのに、役員が33名いること。
多すぎ。試合が終わったら、帰国しないで、ヨーロッパで工作員として活動させるためだったりして。

日本でアジア大会やった時も、パキなんか選手以外にやたらたくさん役員送ってきて
結局毎日2,3人づつ蒸発して、関東北部へ行き、不法就労していたなんてこともあったけど。
ですから、期限内にちゃんと祖国へ帰るかどうかわからないあやしい人々は来させない方が
よいのですが。発言が、石原さんのようになってしまって、おやまあ。

ところで、新宿で、世にも安い食料品店を偶然見つけてしまった今夜の収穫。24時間営業で、
商品がすべて99円。スーパーですが、あまりにマイナーな通りにあるため、私も今日の今日まで
気がつきませんでした。
こんな安く売って、儲かるわけと心配してあげたくなるわけ。
新宿法務局の裏手にあたり、大久保通り沿い。デパ地下の半額くらいでびっくり。
夜の夜中に、大久保通りに食料品買いに来る人は、なにかアブナイんじゃないのかと思うわけ。
でも私は、航空会社提携ビザカードを使用することで、マイルをがんがん集めて無料旅行するのが
好きなので、安くてもカード使えない店はあんまり意味ないし。
マイシティデパ地下食料品フロア消滅日よりまだショックで立ち直れず、メインのお店を
決めかねている今日この頃。
買いだめしたものも少なくなってきたので、ここらへんで、決めないと。結局、三越デパ地下に
落ち着くのかも。小田急は反対側で面倒だし。パンだけは、伊勢丹、これはいつも変わらず。
職安通りのドンキっていうわけにはいかないし。あそこは、食べ物買ったらだめ。ドリンクまで。
平成16年8月8日(日)

叔父の1回忌のお集まりで、かおりちゃんもバンコクから戻ってきました。
父の妹のご主人、丸子三郎さんの目の前のお席になりました。太陽エネルギー研究の大家です。
私の祖父のおにいさんの遺体を広島で焼いた時に、若くて筋肉がついた身体だったため、
焼いた時に、筋肉の作用で、死体がウォーと大きく伸びをしたというお話をして下さいました。
隣の遺体は、焼かれながら立ち上がったそうなので、焼いていた人たちは、みんな腰を抜かして、
その場から動けなくなってしまったとのことです。
老化による衰えで亡くなった遺体と違い、若い肉体が瞬時に原爆で死体となった場合は、
死体が思いきり動くのだと説明を受けました。
三郎さんは、私たちに笑いながら話して下さいましたけれど、自分の叔父さんの遺体を
焼いているその時は、きっと泣きながらだったのだと想像します。
笑いながらこういうお話しができるようになるまでに、何度、辛い夏を泣きながらすごしたのだろうと思うと
泣けてきました。
祖父はその時、広島にいなくて本当によかったです。祖父もお兄さんと一緒に被爆していたら、父も、そして
今の私たち孫はみな、いないのですから。
平成16年8月7日(土)

すごく不思議に思うのは、帰国した拉致被害者の中で、曽我ひとみさんだけをどうして
曽我さんと結婚前の苗字で呼ぶのでしょう。ジェンキンスさんはご主人でしょう。北朝鮮では
ご主人の苗字を名乗らないのですか。他の拉致被害者の方たちもひとみさんのことを「曽我さん」と
呼んでいたりして。私以外にもこのことが気になっている方がいらっしゃるでしょうか。
私は最初の結婚の時に、すごく素敵な人だったので、嬉しくて、舞い上がっていたため、後に
離婚するとは思いもよらず、なんと会社登記簿の代表取締役の氏名変更までしてしまい、いざ、
離婚したときに、再度、代表取締役氏名変更を行い、まいってしまいました。
ですから、二度目の結婚の時には、そんなもの一切変更しないでおいたら、ほおら、やっぱり、
離婚しましたので、法務局関係の書類は丸子睦美のままにしておいてよかったなと思いました。
うちに前いた、インストラクターなどは、結婚した途端、銀行の通帳の名義まで変えてしまい、
おやおやと思いました。
そんなことして、別れたらまた再度変更しないといけないのですから、最初から、全然変更しない方が
よいのでしょう。
その代わり、外国式に、自分の名前の経歴を書くことが正直でいいと思います。例えば、ジャクリーヌ・
ブービエ・ケネディ・オナシスといったぐあいです。
日本式ですと、最後の名前しかわかりませんから、バツ一か、バツ二なのか、見えて来ないのです。
自分の生きてきた証拠ですから、隠すこともありませんから、堂々と長い名前を使って構わないと
思うわけです。
でも、みんな私のは長くて嫌がり、ぜんぜん覚えられませんから、ロシア式に父親の名前を
入れるところまででとどまり、睦美・ワタロヴナ・丸子にして、コレスニコヴォヴァやミヒリペンネは
通常は除いては入れません。
平成16年8月6日(金)

フェルナンド・シュヴァルの芸術作品を写した写真を見て、心を洗われました。
それをつくるのに、33年かかったとのこと。シュヴァルは郵便局員の仕事をしながら、仕事の後、
こつこつと仕上げたそうです。
人々から変人、気違い扱いされ、生存中は決して理解されなかったとのこと。
フランスへ行ったら、これを見たいです。
建築も、美術も学ばなかったシュヴァルが、自分の溢れる
感情の爆発だけでつくった作品で、こんなにも人を感動させるのです。
技巧が上手であることより、まず、作品に溢れるエネルギー、これが一番大切ですが、なにか
芸術は技術を学ばないとできないような風潮があります。フォルムが優先してしまっています。
私も4歳から踊りをはじめて、技術を習うために通っていました。ニューヨークへは、振付を習うために
通っていたようなものです。表現することとか、芸術なんていう意識ははじめはぜんぜんなかった。
楽器とかも、弾く技術を学びにみんな通っているのだと思いますが、技術を超える感性があったら
技術は色あせてしまうのだと感じますけれど、専門家にはシロウト臭いとか、基本がないとか、
ピロスマニように嫉妬され、叩かれ、人生をずたずたにされてしまうのでしょう。
だから、ディレッタント(それが好きでしかたない愛すべきシロウト)の力を絶賛したドイツはすごいと
思います。これまで、偉大なことは、ことごとく、ディレッタントによって成されてきたのです。
平成16年8月5日(木)

外苑東通りのビルの屋上で、今日、工事をしていた中国人のリーさんが、スズメ(?)バチに
刺されて、医者へ行き、注射を打ってもらったというのを聞き、びっくり。
その屋上はここ数週間、私はほとんど毎日のように出かけ、ビキニになって、寝ころがったり、
本を読んだり、ガーデニングをしている「屋上の庭」だったからです。
そんな、肌もあらわの私を一度も刺さないで、どうして、長ズボン、半そでシャツのリーさんの
腕を刺すわけ。
まあ、外国人の方がおいしいとは思います。特に中華料理食べてる人の血は。
りーさんの敵をとるため、ハチの巣を金さんにとってもらいました。
考えてみれば、かわいそうなことをしてしまったと思います。
そんな大きな巣になるためには、相当の年数がかかったのでしょうし、ハチたちは、私には
まったく危害を加えませんでした。
ほとんど裸みたいな格好で、連日、屋上をうろうろしていても、私を無視していました。
リーさんを刺したのは、工事をするために、ハチの巣を除去しようと最初から攻撃姿勢を
見せたので、自衛手段としてやむをえなく刺したのです。
うちの屋上ではなく、もう少し飛んで、自衛隊とか、外堀公園とかの林の中につくればよかったのに、
場所を間違えてしまったのですね。
先週末、東京地方裁判所へ行った時に、なんと、正面玄関のまん前にある柱、つまり、
守衛さんが立っているところよりもっと内側で、建物のところで、ミンミン鳴いているセミが
いました。
こんな居心地の悪い柱にとまってどうしたの、もう、一ブロック飛んで、日比谷公園へ行くか、お堀を
渡って皇居へ行けば、もっと足に心地よい木がたくさんあるでしょうから、あちらへ行きなさいと
何度も話しかけたのですが、無視して大声で泣いていましたが、裁判所の柱では、餌になる
ものもないでしょうから、この子、どうするつもりでしょうと、気になりました。
私が動物100番のレスキュ・メンバーだったら、網で捕獲して、皇居へ連れて行き、
長生きするのよ、かわいこちゃん、と放すのに。
どこで生きるかで、楽しくも、長くもなることを教えてあげたい。
平成16年8月4日(水)

北朝鮮系焼肉屋の横に打ち捨てられていたアロエの植木鉢を屋上に運び、土を取替え、枯れた葉を
全部とり、優しい言葉をかけながらお水をあげました。この子は本日より、マリカ家の子供です。数週間後に、きっと
元気な姿を私に見せてくれるだろうという確信を持ちました。
植物は、自分がしてもらったことを決して忘れないのです。私が病の床に伏したら、緑の背広の青年が突如現れて、
あの時マリカさんにお世話になったアロ太郎でございます、
お見舞いにまいりましたと、自分の指を1本切って、私に飲ませ、病気を治してくれるでしょう。
プロバイダ責任法ができたことで心強いかぎり。発信者情報の開示請求ができるから。
今日は、牛込警察刑事課で被害状況を伝えました。昨年初頭に人間の盾がはじまった時から、私のことを
言っている人がいるようだ。私は現在、自分が原告として裁判抗争中で、自分の主張を公式の場で堂々と
主張しているので、私に言いたいことがある人は、裏サイトへ行かず、直接私のところへ来て欲しい。
おかみみずから、お相手いたします。
平成16年8月3日(火)

グルジア映画「ピロスマニ」を見ると、どうして、この人、リッツ・ホテルを常宿としていたサルバドール・
ダリみたいにもっと上手に生きられなかったのだろうとと、もう、はがゆくなります。
才能がある人が、あのような人生を送ったことを残念に思います。でも、本人がもし、今、
映画「ピロスマニ」というのがあり、世界中の人がこの人の絵を鑑賞できることを知ったら仰天
するのではないでしょうか。亡くなってから、素晴らしい絵だと評価するより、ニコラ(?)・ピロスマニが
生きている時に評価してあげたかったです。
あなたの絵が大好きです、その輪郭、色づかい、動物に対する愛情溢れる表現、全部好きです、
あなたの絵は、酒代、食事代以上の価値があります、酒場で描くのはもったいない人です、
パリにご招待します、マエストロのために、モンマルトルにお部屋をご用意しますと言ってあげる人が
一人でもいたら、ピロスマニはもっと多くの作品を残したことでしょう。
無形世界遺産グルジアの男声合唱が響く、絵画的な風景の中で、天才画家ピロスマニは
その才能を認められないまま、極貧の生活を送っていたとは、本当に皮肉なことです。
ピョートルさんのお陰でいい映画に出会いました。
平成16年8月2日(月)

2年半にわたり、初めて無事故無違反を誇ってきたこの輝かしい記録が今夜破られたのは誠に遺憾で
あります。ここ15年というもの、これほどの長い期間、点数を切られなかったことはありませんでした。
しかし、無違反であったというわけではなく、あくまで、見つからなかったとか、見つかって叱られたけれど、
神妙に謝って許してもらい見逃していただいたということです。
おやじっぽいおまわりさんは、本当に親切で強い味方ですが、若造は始末に悪いです。
今日の男、ヌー太郎(ヌーブラの材料のシリコンでできたような爬虫類系の無表情顔)は、意地が悪く、
こういう女にモテないタイプの警察官が、女性の下着を盗んだり、ティーンエイジャーと援助交際したりするのだと
妙に納得しました。PF2XXのヌー太郎に夜道で胸を触られるなどの被害に遭った女性がいても
不思議ではないと思います。表情がない人はキモいですね。
シリコンだから表情までは無理かもしれません。
伊勢丹デパートのすぐそばの角に潜んで、原付二段階右折違反を取り締まるより、ほんの数ブロック
新宿駅寄りの一角、つまり、歌舞伎町で、蛇頭や、風俗、不法滞在、ヤクザ、客引き、暴力などを取り締まって
いただきたいと願う今日この頃。
さて、薬王寺町プロジェクトは、コンセプトを広い意味でアジアにしましたので、バリ島の絵画を
飾れます。2階から4階までの階段の壁いっぱいにバリ島にして、屋上は植物園みたいにするのが夢。
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