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平成20年7月14日(月)

巣の中に頭と尻尾を逆に入れているので、下から見上げると、4羽のしっぽしか見えない格好で寝ていることになる。
明け方4時頃、親つばめが呼びに来たので、見ていると、私のすぐそばを何度も通過していく。
昼ごろまでに飛び立たないと、もう、会えなくなってしまう。
平成20年7月13日(日)

教会のあと、美容院へ行く。
夜会髪に結ってもらう。
着物を着た時にどうなるか見たかった。
あと2か月は、長さを切らないでおかないと、結えない。

ツバメが気になって仕方ない。
いつ飛んでいくのだろう。
暗い時は目が見えないだろうから、陽が昇ってからだろう。
私はその瞬間を逃したくない。
平成20年7月12日(土)

ふと、思ったのだけれど、一昨日のいとこへのメッセージの返事が特になくて、お墓参りの集合時間などだけ
書いてきたところをみると、私が宇宙人の言葉で話しているように感じるのだろう。
命を賭けて隠れキリシタンが苦肉の策でやっていたことが、数百年経過して堂々と、全国津々浦々、
海外に於いても、多くの善良な老若男女により、ティーセレモニーとして執り行われている。
しかも、実際にやっている本人たちどころか、それを指導している人々も、もともとの成立の過程を知らずに
自分で意識しないで、キリスト教の儀式をやっている。
すごいことだ。
隠れキリシタンは、見事に勝利したのだと思う。
これほどに、あからさまに、しかも、全世界の異教徒にも、キリスト教の儀式を執り行わせていることなど
茶道をおいて他にないかもしれない。
隠れキリシタン、そして、キリスト教の信仰ゆえに命を落とした世界中の多くの人々は、このことを
大変喜んでいるはずだ。
知らずに行わせている、しかも、本人たちは、強制されていると感じていなく、むしろ喜んでやっているのだから
これほどすごいことはない。
茶道を通して、キリスト教は象徴と精神を継承し、これからも広がっていくのだから、これはある意味、
神様のご意思なのだと思う。
平成20年7月11日(金)

ツバメたちは、以前の灰色の赤ちゃん毛から、胸は白、背中と頭は黒に、くっきりと2色になってきた。
弱そうだなと思った子も、立派に色分けされている。
しかも、今までは、巣から顔を外に出していたのに、昨日くらいから、後ろ向きになって、巣から尾羽根を
出して巣のふちにとまっている。
足を滑らせて落ちたら大変と、私は気が気ではない。
尾羽根がどんどん伸びてきて、痒いのだろうか。
時折、羽根をぐっと広げて、こんなにたくさん羽根ができてきたと、私に見せてくれる。
羽根と羽根の間に空気を入れることで、羽根を整えているのだろう。
4羽があまりにも大きくなったため、巣がいっぱいで、親ツバメは一緒に巣で眠ることができなくなり、
どこか別の場所で寝ているに違いない。
見ていると、4羽のツバメが一斉に外から飛んできて、駐車場の中をぐるぐる飛び回って、巣の中の
子供たちに飛び方を見せている。
子どもたちは、餌を持ってきてもらったのだろうと、声をあげて、ねだっているのだが、飛んできた4羽は、
誰も餌をあげないで、ただ、ぐるぐると飛び、飛び方、カーブのつけかた、低空飛行、距離感の意識、
外から入って来た時の、明かりの違いによる視覚の調整、いつはばたくか、またははばたかないのは、
どういう時かなど、ことこまかに、説明しながら実演をしている。
僕たちは去年この巣で生まれたから、君たちのお兄さんとお姉さんにあたる。
これまでは、君たち、赤ちゃんだったから、餌を持ってきてもらいました、でも、これからは、
餌が欲しかったら、僕たちのように自分の羽で飛んで行って、昆虫をつかまえるのですよ、
そして、遠い空へはばたくんだよと、教えている。
やだよ、怖いよ、飛ぶのは難しいよ、餌を持ってきてよ、子どもたちは叫んでいる。
兄姉ツバメたちは、子どもたちの要求にお構いなしに、飛び続けている。
私のすぐ際をびゅんびゅん飛ぶものだから、私は飛行するつばめたちの真ん中に佇んでしまった。
こんなことがあり得るのだろうか、しかも、ここは新宿区市谷台町であって、あきる野市ではない。
私を信頼してくれているから、私がいても平気で飛行訓練をしたのだろう。
ツバメたちは、私に見せたかったのだろう。
5月のはじめからこれまでの2ヶ月間、よく心をかけてくれてありがとうと言っているようだった。
ツバメの心の優しさが私を襲い、私は涙ぐんでしまった。
平成20年7月10日(木)

お茶をやっているいとこにこんな文面を送ってしまった。
怒ってしまっただろうか。
「お茶は隠れキリシタンの礼拝のカムフラージュ儀式ですから、ひとつひとつのお作法に
宗教的な意味があります。
マリア観音灯篭や、三位一体などは、いい例です。
公式礼拝を禁止され、お茶をすることでしか、信仰を共有する喜びを分かち合える場がなかったキリスト教徒の、将軍時代の
究極の儀式、それも、発覚したら殺されることを覚悟で、命を賭けて信仰を守る人々の必死の知恵の結果ですから、
現代に於いて信仰なしに形式を習うのは、キリストへの冒瀆であり、本末転倒のように思えますがいかがでしょうか。
宗教の自由が憲法で保証されている現代において行うのは、いささかアナクロニズムな気がするため、私はどうかと思うのです。
お茶とお菓子ではなく、魚とお酒で行う地方もあるそうです。
芸術や宗教は形式と内容で成り立っていますから、内容を欠いて形式だけが残ると、
形骸化して本質を欠くと思われますが、実際にお茶をなさっていて、そこのところを
どのようにご自分の中で処理しているのかなと、知りたいと思います。
お茶は、キリスト教が日本の文化の中に根付いた良い成功例です。
よく数百年にわたり、秘密を守り通せたと畏敬の念を感ぜずにはいられません」
平成20年7月9日(水)

六本木ヒルズの隣グランド・ハイアットで撮影。
このシリーズこれで3回目、前2回は結構安い感じのところで写したのに、今回は奮発して一体
どうしたのだろう。
モデルは出来上がっている人などいなくて、プロだと思っても、事務所側がどんどん指導していかないと
その質的、精神的レベルは上がらない。
だから現場に付き添って事務所があれこれ言うタレントの方が、放任で自分で勝手に現場へ行く人より
質的に磨かれる。
コーチなしでサッカーをしないのと同様、タレントの仕事も本来はコーチなしで行うなど不可能なのに、
野放しの事務所も多い。
私も昔は手を抜くために、付き添いをせず、野放しにして自分で現場に行かせた。
今はそれをしていない。どんなに小さな本番でも付添い、状況を把握し、適切な助言を行う。
これをしないと、オフィス・マリカとしてのレベルも向上しない。
平成20年7月7日(火)

「ロンキューハイランド」の撮影で、朝から日本テレビへ。
早く楽屋入りしたと思ったけれど、局が言った時間に入ったら、カメリハに間に合わなかっただろう。
私たちは、ウォームアップ代わりに振付の練習を何度もするから、時間がかかる。
帽子ひとつかぶるのにも髪の毛をあれこれ工夫しないといけないので、早すぎるくらいに楽屋入りしても
結局丁度いい。
平成20年7月6日(日)

朝レッスンをひとつ担当してから、ルーテル教会へ。
やはりあまりにも、時間がぎりぎりなので、これからは、こういう無理な時間割は組まない。
午後のレッスンはあかりさんに任せて、NHKへアラビア語番組の講師候補のオーデションに3名
連れて行く。
私は今まで意識していなかったけれど、アラビア語とエジプト語は違うのだそうだ。
だから、独立行政法人国際協力機構は、アラビア語の講師と、エジプト語の講師を両方用意して、
日本人の指導に当たっているとのこと。
エジプトでは、インテリ階級しかアラビア語を理解しないので、エジプト語なるものを教える必要があるそうな。
NHKへ行く時、久々にシリア人のモハメットに会い、説明してもらったからわかったことで、今回の
ことがなければ知らないことだった。
モハとお茶した後、一人で自転車をこぎながら考えてみたら、エジプトは、独自の言語を持っていたわけで、
クレオパトラのプトレマイオス王朝ではギリシア語、ローマ帝国の植民地になってからは
ラテン語が指導層の言語だったろうし、現地人はヌビア語なんか使っていたわけで、
アラム語・アラビア語できたアラブ諸国とは、言語の歴史が決定的に違うのだということに、気がついた。
今夜は鰻を食べた。本当に目に良いのだろうか。
レーシックでせっかく良くした目なのに、だんだん視力が下がってきたように感じる。
5月に運転免許試験場で、裸眼で合格しているということは、それほど悪くないのかもしれないけれど、自分的には
もっと見えてもいい。
さて、人類は、アダムが楽園を出てから7千年で終了するとのことで、21世紀を全部終えることが
できないそうだ。
それは、「ヨハネの黙示録」に書いてあるので、ほぼ決定事項とのこと。
ということは、あと数十年。
そのことを真剣に考えたり、話題にしたり、焦ったり、準備したりする人もいるのだろうか。
平成20年7月5日(土)

1日3回水のシャワーを浴びていて、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けたり、日本の滝で禊ぎを
しているようなものなので、気持ちがしゃきっとして、冷たさをまったく感じない。
それどころか、途中くらいから、水を温かく感じてしまう。
冷たいかどうかは、かなり相対的なものなのだろう。
レッスンのあと、とんかつを食べに行く。
夜に揚げたものを食べることを、今後の人生で一切しないと心に決めた。
神楽坂の家まで2回往復して、月曜日に到着のスイス人たちの用意をする。
清掃スタッフが来てくれるようになったから、本当に楽。
それも、ミレンさんの紹介のお陰。
私は片づけることが本当に苦手だから、助かっている。
原始キリスト教は、日本ではどうなっているのだろう。
自分は原始キリスト教徒ですなんていう人はいるのだろうか。
いたら、お会いしてみたいものだ。
平成20年7月4日(金)

ツバメの中で一羽弱い子がいる。
他の3羽が大きな口を開けて餌をねだるのに、その子だけは、口をあまり開けない。
一番端にいて、存在感がなく、心なしか、くちばしの色も薄く、頭も小さい。
こんなことで生きて行かれるのか私は心配している。
親は、強い子しか育てないから、この子は、一緒に旅に連れて行ってもらえないのではないか。
置いて行かれたら、捕食能力もないこんな子は、カラスのいい餌食になってしまう。
どうしたものだろう。
ところで、アブラハムからダビデまでが十四代、ダビデからバビロンへの移住まで十四代、バビロンへ
移されてからキリストまでが十四代。
このようなことは偶然で済まされることではなく、すべて神様がお決めになられたこと。
エフェソス、スミルナ、ベルガモン、ティアティラ、サルディス、フィラデルフィア、ラオディキアの7つの
教会があったアナトリア、つまりトルコへ行くことは正しいと確信した。
どうして、そういうことになったのだろう。
これはもう、神様がそのようにお決めになられたのだと思う。
原始キリスト教の地で、白い着物を着て洗礼を受けよう。
平成20年7月3日(木)

ノルウェーの女の子二人組としゃぶしゃぶ食べ放題のお昼をした後、寸分を惜しむ間もなく
カッバーラについての読書に勤しむ。
今日のところは最高におもしろい。
「ノアが息子のセムに委譲した神権は、アブラハム、イサク、ヤコブ、そしてエジプトに売られたヨセフへと
継承され、モーセからイザヤ以降、代々の預言者が継承していった。
しかし、十二使徒の殉教により、ユーラシア大陸では神権は消滅した。
つまり、預言者の親権は、ユーラシア大陸から断絶したのである。
カトリックの総本山であるバチカンは、ペドロから神権を継承したと明言しているが、それはあり得ない。
なぜなら、カトリック教会は神権と一対になっているカッバーラを継承していないからだ。
もしそこにカッパーラがあるなら、三位三体が基本となり、人の考えを基本とする三位一体思想は
絶対に出て来ない。
さらにいえば、「天動説」を宣言するような愚行も犯さないし、魔女をでっち上げて財産を没収するような
犯罪行為もおかさない。
バチカンは神権もカッバーラも、そして、預言者も存在しないのだ。
当然、カトリックから枝分かれしたプロテスタントも同様である」
これは、私がかねがね疑問に思っていた部分だ。
そうか、そういうことだったのか。
今まで雲がかかっていたけれど、きれいに晴れた気がした。夜のお稽古の後、再び勉強する。
9月に原始キリスト教の洗礼を受けるまでに、ほとんどのことを犠牲にして、勉強に没頭したい。
平成20年7月2日(水)

朝ミレンさんのお稽古をしてから、倉庫に衣裳をしまったり、動きまわる。
ノルウェーのかわいい二人組が、予想より早く沖縄から戻ってきた。
広島と長崎の原爆記念館及び、沖縄の防空壕を見て、これまでの日本に対する意識がまったく変わった、学校では
まったくそのようなことを習っていなかったことを知ってショックを受けたと言っていた。
世界の若い人々が日本に来て、このような旅行をしてくれることを願う。
CNNだかBBCのニュースで、イラクはこんなに平和になりました、人々が公園で楽しそうにくつろいで、
子どもたちは元気いっぱいに遊んでいます、以前ではこんなことは考えられませんでしたという場面を
流していた。
もし、本当に平和になったのなら、どうして、サダム政権崩壊後、イラクにある、原始キリスト教の教会が
90%破壊されるなどいうことがあるのか。
なぜ、イラク人原始キリスト教徒がトルコへ難民として逃げているのか。
それは、サダム政権下で保護されていた宗教の自由がイスラム教徒によって迫害されているからだ。
キリスト教徒の教会は爆破され、無残な姿になっている。
私は原始キリスト教徒の教会で洗礼を受けようと思った半年前から、力が湧いてきた。
キリスト教徒がこのような迫害を受けていることを、世界のキリスト教徒たちは知っているのだろうか。
しかし、キリスト教徒は、右の頬を打たれたら左も差しだすわけで、目には目を歯には歯の
あの人たちとはわけが違うから、やられっぱなしなのだ。
アメリカが戦争を始める前には130万人いたイラク人のキリスト教徒はすでに70万人に減っている。
改宗するはずはないから、殺されたか、国外に出てしまったということだ。
もし、イスラム国家で、人口が半減したら、大騒ぎになるだろう。
どうして、被害者が無抵抗な原始キリスト教徒だと、大々的にニュースにもならないのか。

そういうようなことを、ルーテル教会の水曜聖書教室で斎藤牧師にお話しした。
私ひとりのために、大切なお時間を使っていただき、大変申しわけない気持になったが、来て良かったと実感した。
成20年7月1日(火)

両国で撮影だから、みんなでちゃんこ鍋を食べてから、江戸東京博物館でNHKの撮影に臨む。
お相撲さんならこれでは、量が少ないだろうと思ったけれど、きっと、お相撲さん用は違う入れ物で出てくるだろうし、
、最後にご飯を入れておじやにしたりするのだ。
私たちは外人軍団なので、やらなかった。
外国人はご飯を煮る時、牛乳と砂糖を入れて、ライスプディングにしてしまうけれど、私はこれは勘弁。
帰ってきて、晩は手打ちのおそば屋さんへ。
ところで、アメリカの黒人の多くが、「日本が奢るヨーロッパ人や、アメリカ人の命令に従うことを拒んだ、
最初の有色人種であることを、大いに誇りにしていた」と、ノース・カロライナ大学のジェラルド・ホーン教授が
言っていたことを知り、大変興味深く思った。
そんなことを考えていた黒人がアメリカにいたのだ。
似たようなことをアラブ人も感じていたようで、アメリカに歯向かった日本は本当に勇気があると、
アラブの国々でよく褒められたことを思い出した。
日本は、ユダヤ人や黒人が差別を感じないで生きていかれる世界で数少ない国のひとつなのだろう。
もしかしたら、そういう国は先進国では日本しかないのかもしれない。
それにしても、日本国憲法は、憲法についてまったくのシロウト集団の25名がわずか7日間で作成したため、
驚くような大きな誤りが多くあるとのことを、ユダヤ人ラビ・トケイヤーの本で知った。
22歳の女性も含まれていたようで、後に回想録を書いたようだ。
「日本の専門家を招いて、相談すべきだ」と提案したエスマンが即座に憲法作成チームからはずされた
エピソードもあり、日本人として日本国憲法の問題に目を向けないといけないと実感する。
外国人から指摘される方がストレートだからよくわかる。
日本人が憲法を説明すると、わかりにくくなる。
平成20年6月30日(月)

最後のスペイン語のレッスン。
これでクリストバルは、富士山と京都旅行の後、帰国する。
スペイン語のこんなウェブサイトを作れたのも、半年、面倒を見てもらったお陰。
とはいえ、先月のように、1か月で1回くらいしかやらない時もあり、継続的に勉強しなかったことを
後悔している。
6月は7回やったわけだけれど、もし、毎月このくらいやっていたら、どれだけ実力がアップしたことだろう。
これでずっとやらなくなってしまうと、また、元に戻ってしまう。
フランス語、イタリア語、スペイン語は、こんなことを繰り返しているから、数年前からやっていても、
やっていないのと同じくらいになってしまう。
だから、フランス語はやっておこう。
語学をやらなかったために、後で後悔するのは本当に残念なことだから。
平成20年6月29日(日)

教会から帰ってきたら、つばめの子供たちが親つばめから餌をもらっていた。
かわいい、ふわふわの頭をのぞかせていた。
本当に偉かった、よくやった、御苦労さま。
ここ2日くらい前からつがいが一緒に狭い巣に覆いかぶさるようにしていたから、やはり、そうだったのか。
つばめさんの苦労を思うと思わず涙が出た。
殺虫剤を使用している庭が多いから、昆虫を捜すのも容易なことではないだろう。
低空飛行などしていたら、猫に野良猫に飛びつかれてしまうだろう。
駐車場に頻繁に車が出入りするから、さぞかし安眠を妨げられることだろう。
排気ガスで殺されかねない。
5月に来て産卵したけれど、だめだった。かわいそうに、たぶん無性卵か何かだったのだろう。
つばめの夫婦が寂しそうに巣を去った時、私はそのつばめくらい悲しかった。
いなくなってからも、何度もつばめのことを考えていた。
だから、6月に入ってふいに、つばめが戻って来てくれた日、私は本当に嬉しかった。
駐車場に私が一人きりになり、つばめさんと、話しかけると、私の声を知っているのか、低空飛行して、
グルグル飛びながら話し相手をしてくれる。
私がただの傍観者でなく、つばめさんの積極的な見方であることを良く知っているのだろう。
今日、駐車場で野球をやっていた親子に、即刻野球をやめるように言った。
田舎ではつばめと共存していたから、つばめのために、人間の生活を制限されることはなかったと
反論される。
それなら田舎に住んだらよいでしょう。
都会には都会の、マナーがあるのです、共同住宅に住むのは、田舎で暮らすのと違いますと言うと、
雨降りだから、公園で野球ができないとさらに反論してくる。
子供の城へでも連れて行きなさいと、私。
でも、遠くて電車賃もかかるとその馬鹿親父。
電車賃なら私が払ってあげるから、行きなさい。
この駐車場であなたたち親子が野球をしないのなら、なんでもしてあげると私。
びっくりする親父。
私は神様から、動物や植物、自然界のお世話を仰せつかっているので、このつばめたちが巣立ちするまで
なにがなんでも守らないといけないのです。
つばめが巣を作っている場所で野球をしてはいけないと息子さんに教えるのが父親の役目なのでは
ないですか、それをなんだって、自分も一緒になって野球をしているのですかと、私は強気だ。
私は本気で神様からつばめのお世話のお役目を引き受けていると思っているから、その親子が
あきらめて、エレベーターに乗るまで説教を続けた。
つべこべ理屈をいる親父と反対に、子供は結構素直で、ごめんなさい、ありがとうと言っていた。
こういう馬鹿親父からよく、こんな聞き分けのよい子供が生まれたものだ。
きっと、他の男の子供に決まっている。

つばめが巣立つまで、私の仕事は多い。
昨年も、何人の住民に大声で喋るな、喫煙するな、遊ぶな、立ち止まるななど、様々なお願いをした。
私はつばめの声と雀の声を聞き分けて、つばめが私になにか言いたい時には、すぐに察知して、
階下へ飛んで行った。
今でも覚えている、昨年の巣立ちの日のこと。
つばめたちが私のベランダに来て、お礼を言ってくれた。
私たちを守ってくれてありがとうと言ってくれた。
旅立つ前に、私のところへ寄ってくれたのだ。
私はつばめの言っていることがすべてわかった。
みんなが旅立ったあと、巣だけが残った。
もしや一羽くらいいないだろうとかと捜したが、みんないなくなっていた。
あの日私は、一気に体の力が抜けておいおい泣いたものだった。
あの涙はなんだったのだろうと思うけれど、あの日のことを思い出すだけで、もう泣けてくる。
今年も、その日を迎えなければいけないのだ。
それまで、私は精一杯つばめを守ろう。
守ろうとするこの心をつばめは、敏感に超能力で察知してくれるから、私の姿を識別するのだ。
つばめは神様が姿を変えて、ここにしばらく留まっていて下さるのだと私は思う。
多分、そういうことなのだろうと思う。
平成20年6月25日(水)

早朝出発。今回の遠乗りメンバーは、フランス人、オランダ人、アメリカ人。
甲州街道から、一路、大岳鍾乳洞へ向かう。
舗装していない道を走るのは初めてだったから、非常に緊張したけれど、なんとか到着。
鍾乳洞の女王は、92歳を迎えていたけれど、80歳にしか見えない。
現役で毎日仕事をしている。
美しい大自然の中で、最愛の亡き夫の掘った鍾乳洞で働いているから、心身ともにいたって健康。
幸せな人生だと思う。
できれば、東京都がこれを都の歴史文化施設として認め、固定資産税を免除してくれることを願うばかりだ。
願っていてもはじまらない。
私は積極的にその旨を、関係各庁に提案、依頼しないといけない。
そうしないと、女王、田中ゆきさんのただ1ファンになってしまう。
私はファンクラブの会長として、一般人とは違う行動にでないといけない。
このような牧歌的で美しい緑の山の中まで焼夷弾を落とすというのは、どこの国の悪魔だろう。
鍾乳洞の女王は、焼夷弾を落とされたことを、昨日のことのように語ってくれた。
機織りが盛んなこの村一帯は、多分、秦氏が多くすみついたのだろう。
払沢の滝を見たあと、瀬音の湯へ。ここは初めて。
今まで、前を通りすぎて過ぎて、気になっていたばしょなので、訪問の機会を得て嬉しい
これを入れて、こらへん5か所(日の出町つるつる温泉、ひのはら村数馬の湯、小菅の湯、丹波山めのこい湯)
すべて制覇したことになるけれど、瀬音の湯がダントツだ。
やはり、後から造ったということもあり、他の温泉ができなかったことをやっている。
ミストサウナがなかったりで、なんとなくもの足りない気もしないではないけれど、それでも、この露天風呂の
景色と開放感を味わうと、それ以外のことはどうでもよくなってしまう。

夜8時までに車を返却しそびれて、仕方がないから、メキシコ人を誘って、夜中までごはんをして、
それでも、まだ朝の8時までに時間がある。
レンタカーにも困ったものだ。
平成20年6月23日(月)

昼からレッスンだったので、朝、築地にお寿司を食べにいくのを控えて、マッサージにいくだけにした。

現在イスラエルに住んでいるのは、アシュケナージュたちであり、血統的イスラエル人ではないから
本当はイスラエル国家成立自体に問題がある。
そこに目をつぶり、他のどうでもいいことだけを議論しても、何もはじまらない。
ところで、CNNでとんでもないことを言っていた。
マケインが大統領になった時の、副大統領の可能性は、チェイニーよりライスだろうと。
何言っているんだこのキャスターはと思ったけれど、そのような悪夢の構図が可能になるのも、
アメリカが軍産複合体の所以である。
兵器を消耗しない国家になったらアメリカは、どうやって経済を維持していくのだろう。
もうあの国は、普通の国のような経済にはなれないのではないのか。
平成20年6月22日(日)

礼拝後の昼食時に、私がトルコの東方教会で洗礼を受けることを斎藤牧師にお話ししたら、ローマ帝国が
西と東に分かれたことを先生がいろいろお話しなさった。
ローマが分かれたようなそんな後の時代のことではなく、私が洗礼を受けようとしているトルコは、
1世紀の前半にそこにいた原始キリスト教徒の流れを汲む教会のことなのだ。
イエス様の処刑後、聖母マリアとヨハネが逃れたエフェソスは現在のトルコにある。
それにしても、原始キリスト教徒がいた領域がことごとく、剣によりイスラム化してしまったことを、
神様はどのように思っていらっしゃることだろう。
しかし、キリスト教とも世界7不思議のアルテミスの美しい神殿を破壊して、その材料で教会を
建てたようだから、自分がほかの人にしたことが、自分にふりかかってきただけなのかもしれない。
平成20年6月21日(土)

「アメリカは日露戦争の6年前に、ハワイに海兵隊を奇襲上陸させて、当時、独立国であったハワイ王国を
占領して滅ぼし、アメリカの領土としていた」という記述が、ラビ・トケイヤーの「ユダヤ製国家日本」にある。
クルド人や、チベット人のことは話題にするのに、ハワイ人のことについては、なぜ、誰も言わないのか。
それは、占領者がアメリカだからだ。

レッスンの後、美容院へは20日に1回行き、まとまった読書をする。
私は通勤電車に乗っているわけではないので、日々の生活では読む時間が、飛び飛びになる。
平成20年6月20日(金)

朝、築地に寄ってお寿司を食べてから、お台場へ行こうと思っていたけれど、とんでもない。
疲れて起きられなく、慌てて、飛び出し、タクシーで現場へ直行する。
国際展示場の2日目。
出番のぎりぎりまで、舞台裏でダンサーにリハーサルをさせる。
踊りの先生としては、結果に満足していないけれど、お客様は喜んで下さったので、本来の目的は果たした。
しかし、仕事をするにあたり、私はふたつの方法しかない。
ダンサーをよく訓練して良い質を引き出すか、良いダンサーを使うかだ。
時間がある時は前者に限る。
後者は、往々にしてダンサーが傲慢なため、良くない結果を引き起こすから、極力避けるべきだ。

4ステージ終了し、疲労して帰って来たところに、長髪を青く染めたプー太郎の二人組が、
エレキギターを手に米国から到着した。
フェリーニの映画からやってきたような人で、現実感がない。
平成20年6月19日(木)

朝から倉庫へ行き、衣裳をタクシーに積み込んで、お台場へ出発。
国際展示場東館5の会場は、ソニー、パナソニック、KDDI、衛星放送、各TV局などが展示しているけれど、
私ははっきり言って、自分の見ている衛星放送しかよくわからなかった。
昔の晴海ふ頭エレクトロニクスショーや、モーターショーならそれでも、なんとかわかった気がしたものだけれど
今回のような展示は、本当に私の理解を超える。
ともかく、自分の踊りをきちんと上演すること。
カメラ小僧が多すぎて、私は、撮影するところではなかった。
このビデオも翌日、撮った。
私はダンサーがひとつでも振付を間違えると、自分の身体を針で刺されたほど痛い。
それにしても、このカメラ小僧たちは、本当に幼稚な人々だと思う。
パリのムーランルージュやリドならトップレスで上演しているのに、ケーブルTV展では、ブラはしているし、
振付も、キャバレーというよりは、ジャズダンス公演のよう。
こんなもので、喜ぶのは、幼稚な証拠。
外国人がTバックの衣裳で登場するのが、そんなに嬉しいのだろう。
おたくだから仕方ないかも。
思ったより早く終わり、帰りがけにマッサージに寄る時間もあった。
こういう日は、早く休み明日に備えないと。
平成20年6月18日(水)

スペイン語のレッスン。
皇祖皇大神宮と竹内文書のことを書いた。
神武天皇以前に天皇がいたという記述は実にダイナミックだ。
こういうおもしろいものは、是非、外国人にも知っていただくべきだと思う。
それにしても、皇祖皇太神宮のホームページは本当に地味で、伊勢神宮のと比べるとかわいそう。
最新の技術で、お金をかけて作成している伊勢神宮と違い、おじいさんが片手間でつくったようで、
情報も非常に少ない。
一度行ってみたいものだ。
まずは、その前に、竹内文書をとっくりと研究しないといけない。
雄略天皇の頃には、ヒヒイロカネを使い尽くしてしまったので、もうなくなったというのは、おもしろい。
地球上の金属ではないとくことも、非常に興味を惹かれる。
平成20年6月11日(水)

フランス語のレッスンの後、フランス人、二人のフィンランド人を乗せて、高尾東京霊園経由で、桧原村へ。
父は、日本の超古代史がこんなに好きになった私を、とても嬉しく誇りに思ってくれているに違いない。
私にはそれがよくわかる。
どうして、父が生きていた時に、一緒に日本の歴史の話をしなかったのだろう。
外国かぶれの娘を、父はどんなに悲しく思っていたことだろう。
桧原村はいつもながら、東京の別世界で、みんな喜んでいた。
数馬の湯の温泉は、露天風呂が、臭い薬草を入れているため、大したことなかったのは、残念だ。
どうして、臭い薬草にプラスして、柑橘類など、一般受けする香りを入れないのだろう。
800円だと、このくらいしかできないのだろうか。
板橋区のさやの湯は同じ800円でももっと質が上だ。
営業努力が見える。
桧原村は、都内のいろいろな温泉を調査して、もっと頑張らないと。
ともかく、免許取得後2回目の運転。
前回は5月29日。
思うに、私は月に2回くらいしか、運転しないのだろうと思う。
遠出をする時間がないし、近場はスクーターや電動自転車で事足りる。
仕事は、タクシーを出してもらえるから、運転をする機会がない。
ともかく、無事帰って来られたことを感謝する。
父が守ってくれたと確信している。
平成20年6月3日(火)

「エイリアンは地球を征服しようとはしなかった。強力な力を持ちながらにして、平和主義者。
崇高な理想主義者で、かつ道徳的規範がしっかりした人々。無益な戦いをよしとしない、
まさに絶対平和主義者なのだ......中略.........アメリカにはエイリアンの行動は理解できない。
圧倒的な軍事力を持っていながら、決して戦争をしない。攻撃によって圧倒的に弱い国を屈服させ、
己の支配下に置こうとしない。弱肉強食の世界において、エイリアンはお人よしでしかない。
というよりも、よほどのバカか、成人君子でしかない。
デルタUFOを作り上げるほどの社会をエイリアンは築いている。バカではこうしたことはなしえない。
答えはひとつ、エイリアンは聖人君子なのだ。これまで人類が築くことができなかった絶対平和社会を
実現しているのだ。恐らく、彼らの社会システムは、われわれ地球人の感覚では理解できないほど
完成されているに違いない」というようなことが、「エイリアンの謎とデルタUFO](飛鳥昭雄と三神たける著)に
書いてあった。
エイリアンが実は、地球内部プラズマ亜空間に住んでいて、解剖の結果、日本人と同じ遺伝子を持つ人々だということは
興味深い。
愚かな地球人が、武器を携えて、北極から入って地球内部探索などをしないことを願うばかりだ。
もしかしたら、ソ連時代にすでにやられているのかもしれないが、何度も失敗しているのだろうし、
それをもみ消しているに違いない。
アメリカ人飛行士が間違って紛れ込んでしまい、写真を撮ってきたのは、非常にまずかった。
月と同様、自分たちの領土にしようとしているのだろう。
そこに住むモンゴロイドたちは、中近東から北アジアを通って来たようだが、言語はなんなのだろう。
私は彼らと是非会ってみたい。
話を聞いてみたい。
日本政府が、何人かご招待して、世界に先駆けて講演会を開催するのは大変良いことだと思う。
アメリカ政府の反応を見るのが楽しみだ。
ノアの箱船前に話されていた言語もアラミア語の古いものだったのだろうか。

会いたいと思っていると会えるのだろうか。
平成20年6月2日(月)

六本木ミッドタウンで撮影。
久しぶりにアンナさんと1年ぶりに会った。
この1年間、もしアンナさんと一緒に仕事をしていれば、もっと、色々面白い成果が出たのにと思う。
私の仕事の質は、出演者のレベルで決まるから、アンナ級の人がずらりといないとだめなのに、
この世にアンナは一人しかいない。
みんなアンナより、弱く、かすんでしまうから、集団で勝負しても一人のアンナにかなわない。
私はアンナがなぜ好きかというと、仕事をするのに、十分な準備をしていることにある。
お金をかけて登場してくる。
完璧なまでにネイルをして、肌にゴールドを貼ってくる。
着てくるものも、私が恥ずかしい思いをしなくてよいものを着てくる。
先にお金を投資する。これがプロなのだ。
これが、シロウトだと、着てくるものは安っぽくダサく、何も用意してこない。
用意しようにも、持っていないし、どうしたらかっこよく見えるかノウハウも知らない。
ところで、ミットタウンは、浮いている場所だと思う。
下町に住んでいる人がこんなところへ紛れ込んだら、ぶっ飛んでしまうだろう。
ともかく、電動自転車は本当に使える。
こういう場所でも平気で駐輪できる。
大きな荷物を運ばない限り、都心はこれに限る。
スクーターが駐輪できない不便な世の中になったものだ。
平成20年6月1日(日)

ツバメのたまごがかえった。
両親ツバメは忙しそうに餌を持ってきては与えている。
この広い世界、一体何億羽のツバメがいるのだろう。
その中のひと組のつがいのツバメが、昨年初めてここで雛を孵し、巣立っていき、この場所をちゃんと
覚えていて、今年また戻ってきて、子育てをしてくれている。
私にとって特別なツバメであり、私もこのツバメにとって特別な人間なのだろう。
私はツバメとのテレパシーで交流している。
ツバメは頭がいいから、私がどれほどこのツバメ一家を大切に思っているかよく知っている。
ツバメたちの声が聞こえることで、私の生活はどれほど美しく輝いていることか。
巣立つまでの短い期間、私は毎日、この声を聞く喜びを神様に感謝する。
昨年、ツバメが巣だって行った日、私は途方に暮れて、虚無感に襲われ、涙を流した。
自分の存在のために、泣いてくれる人間がいる、ツバメはそのことを知っている。
だから、私を喜ばせるために戻ってきてくれた。
鳥は神様の霊を運ぶから、鳥を大切に思うことは、神様を敬うことなる。
鳥の一羽一羽が光輝く精霊なのだから。
平成20年5月31日(土)

本日の産経ネットニュースにこんなことが書いてあった:
「調査会は、新たな人権侵害の例として、学校裏サイトへの書き込みによるいじめ自殺などのケースを
挙げている。
とはいえ、いじめは文部科学省の下で教育委員会が指導すべき問題であり、人権委員会が教育委員会を差し置いて
調査に乗り出すべきではない。
その他の人権侵害も、それぞれの省庁で解決できる問題が多い。
人権侵害は、警察や検察庁、刑務所など、見えにくいところで行われるケースもある。
そうした公権力による人権侵害を防ぐことには、だれも異存はなかろう。
しかし、民主主義社会で民間の言論・表現活動をしばりかねない法律をあえてつくる必要があるのか、
極めて疑問である」
その通りである。
あえて、人権委員会などつくる必要はまったくない。
必要だったことなど一度もないのだ。
ところで、私は最近とても疲労が激しく、午後5時くらいになると、一度横になりたいくらいの日もあった。
しかし、今日は、思い出したように、粉末朝鮮人参を朝、ミネラルウォーターで飲んだところ、ダンスの
レッスンをしてもいたって元気で、エネルギーが長続きする。
効果がこんなに早く見えるとは。
やはり、効くのだろう。
大地から6年にわたって栄養を吸い取るとのことで、こんなものを植えたら土はさぞかし、ぱさぱさに
なってしまうことだろう。
平成20年5月30日(金)

シャロン・ストーンの発言は正しい。
美しいだけではなく、大変に洞察力があり、勇気のある人だと思う。
中国がシャロン・ストーンの映画を禁止したのは、本質から目をそらせる問題のすり替えであり、
中国政府の邪悪な態度をより浮き彫りにした。
神様がなさることは、すべて正しいから、今回の中国の地震も、理由があって起きたのである。
理由がなく、今、この時期に、この国に地震が起きるはずがない。
悪を行うと、それが倍になって自分にふりかかる。
中国政府が今回の地震の本当の原因を読み取れないとしたら、神様は、もっと別の天災も起こすだろう。
人は謙虚になり、神様がこの事実をもって我々に何をお伝えになろうとしているかを、知るべきである。
そのためには、人は心を研ぎ澄まして、神様、そして、地球(ガイア)の言わんとしていることを瞬時に
感知する能力を磨かないといけない。
人生とは結局、神様と対話ができるようになるための修業の期間なのだろう。
平成20年5月29日(木)

3日前に免許を取ったばかりのこの私によくレンタカー屋は車を貸してくれたものだ。
免許取りたての方はご勘弁です、最低3カ月くらい経過してからおいで下さいくらい言われるのかと
覚悟していたのに、なんなく借りられて拍子ぬけ。
マルコとアレッサンドロが付き添ってくれて、出発。
僕たち帰って来られるんだよねと言うから、当たり前でしょと言い返したとはいえ、大丈夫かなという
気持も少々。
この白い車の後に入れ、この車線でずっと行け、今は曲がるな、そこに留まれ、ここは一回信号を待て、
青なんだからどんどん前進しろなど、自動車教習所の教官が2名同乗しているようなもので、
このイタリア人たちから教えられることは多い。
甲州街道は、下へ下がったり上へ上がったりで、本当に怖い。
立川でなぜか、間違えてしまい、睦橋方面へ行かれず、立川街道なるところへ出てしまった。
ドライブインの焼肉屋に入る。
日頃、築地で買ってくる最高のお肉を食べているので、こういうシロウトさん向きのお店のお肉は、
まずくて、しかも、噛み切れない。
こんなもの出して商売しているのか、本当に唖然としてしまう。
一般人はこんなものを食べて、焼肉だ嬉しいなんてはしゃいでいるのだ。
立川の郊外だからこういう商売ができるのだろう。
一度でも築地の肉屋で買って食べたら、もう変なものは受け付けなくなる。
さて、帰り道は、五日市街道から青梅街道へ出た。
古い街道そのままを残して、緑も多く、川沿いをのどかに走れて、立体交差の上下もなく、
道幅も狭く、大きな車輌がいないから、初心者の私でも安心できる。
道路の一番左端を走れた原付時代と違い、これからは道路の内側を走らないといけないので、怖い思いを
したくないから、これからは、甲州街道をやめて、青梅街道から行こうと決心する。
平成20年5月27日(火)

韓国人の国連事務総長は弱気でだめだ。
どうしてビルマの軍事政権にもっと強気で臨まないのだろう。
天災があったから、外国人の支援団体がこの国に入国した。
スーチーさんの自宅軟禁期限が本日で切れた。
これは、この国に民主化をもたらすためには、外国の支援が必要であり、人道援助という大義名分で
多くの外国人が入国する機会を神様がこの時期、ご用意下さったのだということがわからないと、ことは
上手く運ばない。
アブラハムもモーゼもノアも、神様のご意向を理解したからこそ、人類が今に至る。
神様がしるしを示して下さった時、カッバーラを理解した人なら、それがどういう意味をもっているのか
瞬時に悟るだろうけれど、愚かな人は、しるしを見てもしるしと思わず、結局、大水に飲まれて消えて
しまったのだ。
こんな凡人を事務総長などにしてしまって、一体どうするつもりか。
先日、BBCで韓国で犬を食べる番組があり、気持ち悪くて見ていられなかったけれど、事務総長も
家へ帰れば犬を食べているのだろう。
ビルマにこの時期、災害が起きた。
それは、世界がこの国に注目して、スーチーさんを自宅軟禁から解くために、神様がご用意して下さった
機会なのだ。
これがわからなかったら、世界が読めない。歴史が読めない。
義捐金を集めて送ったところで、軍事政権を太らせるだけだから、本当の救いにはならない。
世界は、政治家より、神様のしるしや言葉を読み取る神官の方が必要なのだと思う。
神様が私たちにこの国に対して何をするように願っていらっしゃるかを理解して、実践すべきだ。
平成20年5月25日(日)

ルーテル教会から帰ってきて、家具を受け取るなどして、部屋を片付ける。
平静を取り戻した私の生活。
竜巻が去ったような気持ち。
今思えば、どうしてもっといろいろやってあげられなかったのだろうと後悔している。
私は何度も朝から自動車教習所へ出かけて、かわいそうなM君を一人で秋葉原や渋谷、上野へ 行かせてしまった。
朝から身体訓練をしてあげればよかったのに、そういうこともせずに、築地だ、浅草だと、疲れる場所へ
連れ出したものだから、M君は足が疲労して、帰ってからでは、訓練どころではなくなっていた。
一番大切なことは、正しく立てるようにするバランス訓練と筋肉トレーニングではなかったのか。
私は自分がニューヨークでお稽古を受けていた時のことを思い出すべきだ。
ぐっすり寝て、目覚めて一番身体がいい時に、お稽古へ行っていた。
それ以外のことは、その後でやった。
あまりにお稽古が疲れて、劇場やレストランで居眠りをしてしまうようなこともあった。
どうでもいいことに使うエネルギーを極力減らして、すべてのエネルギーを練習に費やしていた。
だからこそ効果的な練習となった。
身体が疲労したら、もう、練習にはならないから、身体が疲労した時点で、その日はお終い。
M君を楽しませようといろいろおもしろい行先を考えたけれど、一番必要なこととは、訓練をすることではなかったのだろうか。
神様はそのために、M君を私の元へ送って下さったのに、私ときたら、表面的に楽しませることばかり考えて、本当に愚かだった。
M君は普通の旅行者ではないのだ。
知的障害と重度の内臓疾患を持つ身体障害者などだ。
つとめて普通の人のように扱おうとした私はなんと愚かだったのだろう。
いったい何のために生涯かけてこの仕事をやってきたのだろう。
人を救うためではなかったのだろうか。
博物館や公園、お台場も温泉も、みんな泡のようなもの。
行ってもても行かなくてもいいところ。
やらなくてもいいこと。
私は、今、M君がスイスへ帰ってから、改めて自分の犯した過ちの大きさを実感している。
平成20年5月24日(土)
平成20年5月23日(金)
平成20年5月22日(木)

代々木公園に「マッスルシアター」を見に行く。
噂には聞いていたけれど、こんなすごいものなら、もっと早く行けばよかった。
日本人がこのようなことをしていることが嬉しい。
国立のサーカス学校がないこの日本で、民間の養成機関で訓練を受け、運動選手として頂点を
極めた人々の醸し出す舞台は圧巻だ。
これが、上海雑技団だと、京劇の訓練機関のイメージが強くて反発を感じるのだけれど、日本人が
やっているということを大きく評価したい。
だから、出演者の中にだんだん中国人名が多くなってきたら、シルクドソレイユの「ドラリオン」になってしまい、
もう勘弁だけれど、現在のこのチームは素晴らしい。
運動選手の男の子たちによくもまあ、ここまで踊りをやらせたと感心する。
健康な人が正しい技術を披露する。
非常に高感度が高い舞台だ。
それにしても、諸星君、よく頑張っていた。
さすがに見せ方を知っているから、存在感があった。
最後のストンプは圧巻だった。
平成20年5月21日(水)

朝5時、まだ私が寝ている時に、M君が迎えに来た。
ちょっと待って、今、準備をするからと言って、部屋に返す。
もし、私がばっちり起きて、M君を起こして、準備をさせるようなおかあさん系だったら、この子はこれほど
主体的に行動しなかっただろう。
今日だけではなく、常磐ハワイアンセンターへ行った時も、私は朝、M君に起こしに来てもらった。
このことが、どれだけM君の役に立っているかわからない。
この子は、常に至れり尽くせりで20年間育ってきたから、朝早い電車や飛行機に乗るために、
自分で起きたり、まして、ねぼうの人を自分が起こしに行って世話をするなどということは、したことがなかった。
してもらうだけの人生だったから、自分が人の世話をしたり、人のために役に立っているなどということは
前代未聞、いささか、照れも混じった気持でやっているのかもしれない。
ともかく、こんなだらしのない人、信じられない、僕がしっかりしないと、この人と一緒だと僕は飛行機に
乗り遅れてしまう、本当に手がかかるどうしようもないヤツと、思われたのだったら、成功だ。
といっても、私は作戦としてねぼうしたのではなく、天然に自然に、いつものとおり生活しているため
起きられなかったので、別になんの労力も使っていない。
成田へ行くと、スイス航空の客が列をつくっていて、ああ、バンコクやマニラ行きの客筋と全然違うなと
納得する。
スイス航空はスカイチームに入っていないから、私は使わない。
欧州系航空会社で入っているのは、KLMとエールフランスだから、どうしても、そちらまわりになってしまう。
出国審査へ行く前に通るチェックのところで、M君は、帽子をかぶっている理由を係員に自分の頭の
傷を隠すためだとあらかじめ説明しているのが、こちらから見えた。
帽子を被っていることで、武器を隠しているのではないかとあらぬ疑いをかけられ、乗るたびに嫌な思いを
してきたのだろうなと想像する。
機内ではゆっくり眠ってほしい。
ともかく、これで、私の2週間にわたるベビーシッティングが終了した。
普通の子供だって育てたことがないこの私が、肢体不自由にして、先天性XXXの男の子を半月にわたり
よく世話したものだと感心した。
といっても、特にいわゆる世話をしたわけではなく、手をかけずに心をかけていただけなのだけれど。
今日はゆっくり休もう。
明日からはまた、自分のための時間が持てる。
平成20年5月20日(火)

赤坂見附で打ち合わせ。
踊りを知らないクライアントさんとお話をするのは、本当に疲れる。
3分踊るのにも、そこに至るまでにかける時間がどれくらいかわかっていないから、値切ろうとする
発想になる。
なにはともあれ、早くゴーサインをいただかないと、私はダンサーを準備できない。
完璧な発注になってからしか、ダンサーには声をかけないことにしている。
現在、交渉している段階です、ことによっては企画がなくなる可能性がありますなんていうのは、末端の
ダンサーには理解できないから、話した時点で、期待してしまうから、確実な情報しか出せない。
その後、渋谷へ。電動自転車は、疲れないし、駐輪が自由で本当に便利。
こういう近場は、もうこれが離せない。
M君が渋谷でお寿司を食べたいというから、どんなおいしいものなのかと思ったら、なんのことはない、
109の前にある、普通の回転寿司。
築地で舌がこえた私には、こういうシロウトさん相手の店が、非常に辛い。
見ただけで、古いのがわかるし、味もいまいち。
築地を知ったら、他では食べられないのだ。
結局、茶碗蒸しを食べてどうやら場をつなぎ、結局私は4枚。
築地なら、おいしいから、次々に注文して、9枚食べられるのに。
M君はカラオケに行きたがったけれど、お寿司家を出た時点ですでに11時だったので、まっすぐ新宿に
帰ることにする。
平成20年5月16日(金)

お台場の大江戸温泉へ行く。
バイエルンから来ているドイツ学校職員の家族が大勢いて、また、英語圏の人もかなりいて、客筋が
非常に国際的であることを感じた。
国内の温泉でこうまで、外国人客が多く来ている場所ははじめて。
完全なキャッシュレスで、牛乳1本でもバーコードが使用できるから、本当にリラックスできる。
このレベルの施設がどんどんできるようになると、小規模施設は生き残れなくなるかもしれない。
釜めしは注文してから炊くので、とてもおいしい。
アイスクリームの種類が極端に少なくて、それが残念。
ドクターフィッシュは、15分1500円。
京王永山温泉のドクターフィッシュの5倍、常磐ハワイアンの2倍の大きさがあり、いかに、たくさん
人の垢を食べているかということが伺える。
こういう魚を自宅で飼えないものだろうか。
来た人に楽しんでいっていただけるのに。
平成20年5月14日(水)

常磐ハワイアンセンターは、スパリゾートハワイアンになったけれど、内容はひどい。
腕輪のバーコードでキャッシュレスにしないものだから、食べたり飲んだり、物を買ったりするたびに
現金を出さなければならず、本当に面倒臭い。
有料ロッカーの煩わしさにも泣かされる。
そういうところが田舎っぽいから、もう行きたくない。
やっぱり福島といった感じ。
日本一大きな露天風呂と言っているけれど、循環湯でしかも、洗い場がないから、温まって
毛穴から出てくる老廃物や垢を、石鹸できれいさっぱり洗い流せないから、そのまままた、汚れが全部
お湯に溶けて、お湯の汚さは半端でないはず。
洗おうと思うと、洋服を着て、別の建物まで長い距離を歩いて移動しなければならない。
やっと洗い場があるところで洗い、湯船に浸かると、趣味の悪いピンクのペンキが剥げ落ちた古くて
汚れた壁が眼の前に立ちはだかり、大変に景観が悪い。
どうして、こういうところに気を配らないのだろうと思うけれど、ハワイアンリゾート内の、むき出しの
赤錆びた鉄骨や、パイプ類を嫌というほど見せつけられているから、工場とか炭鉱とか、なにか、
どかちん現場にいるのかなんなのかわからなくなる。
スイスやドイツの温泉を知っている外国人のお客様を連れて行くのは、大変恥ずかしい。
まだ、はるか彼方のレベルなのに、台湾や韓国など、外国人の客を当て込んでいる。
たとえ、そちら方面からだとしても、これではあまりに失礼なのではないか。
なぜ、自慢の露天風呂に数個分だけでも洗い場を設置しようと考えなかったのだろう。
やはり、ヨーロッパの高級温泉を視察して勉強すべきだろう。
ショーは、見せるためのものなのだから、オープニングで、セットの上から手を振る時、下手の人が
半ズボンのジーンズなど履いていたりすると、がっかりしてしまう。
どうして、きちんと衣裳に着替えさせないのか。
女性ダンサーたちはあのままでいいから、男2名だけでも、現地の褐色の出演者に変更できないものか。
日本人の色白の男性が、半裸で登場し、叫びながら火のついた棒なんか振り回していると、本当に
哀れに思えてくる。
南洋人がやるなら別になんでもないが、日本人の男性にだけは、やってほしくない職業だ。
この二人の男の子たちには、早くこういう業界から足を洗って、もっとまともな職業に就いて
もらいたいものだ。
平成20年5月13日(火)

日本テレビで「ロンキューハイランド」の撮影を終了後、日本テレビにサンバの衣裳を置いたまま、
宝塚へ白洲次郎を描いたミュージカルに行く。
長いものに巻かれない、誇り高い姿勢を持って占領米軍マッカーサーに堂々と自分の意見を言った、
こういう人のお陰で今、私たちはこの日本で幸せに生きていることができるのだと感じた。
「すべての責任は私にある。国民は悪くない」という昭和天皇のせりふをマッカーサーが言った時、多くの人が泣いていた。
ところで、米軍は、未確認飛行物体の搭乗者のDNA(YAP-)のモンゴロイドと、皇室の関係を探っているらしい。
どのようにして恐れ多くも日本の皇室のDNAを採取しているのだろう。
最近多忙で書く暇がない。
平成20年5月5日(月)

朝5時起きして、成田へ向かう。
スイス航空で友人の息子M君が無事到着した。
M君がいくら私に電話をしても通じなかったのは、お父さんからもらったという電話番号が携帯ではなく、
設置電話番号だったため。
M君には曙橋に2週間滞在してもらう。
荷物を置いて、早速、築地へ行き、お寿司を食べる。
本人とても感動して、これがスイスだったらあなたにキスをするのにと言ったので、ここは日本だけど
キスをしてと言ってほっぺたを出したら、してくれた。
平成20年5月2日(金)

最近、撮影やら、教習所やらで、早起きをしているのと、スイスのビタミンを飲んでいないのがたたり、
あまりに疲れすぎて、マッサージの順番を待つわずかな時間に、眠ってしまい、読んでいた本を
床に2度も落して目が覚める。
フィンランドから旧友のヴィリさんが来日して嬉しい。
この人のお陰で一体どれだけ多くの才能ある人々と出会えたことか。
直接間接にこの人の紹介でオフィス・マリカの仕事に参加し、楽しい思い出をつくってくれて、さらに
もっといろいろお友達を連れてきてくれた。
思うに、人の真ん中にいる人のところにしか、人は集まらないし、それがどんどん加速度的に密度を
増していく。
成功している人のところにだけ、人が集まる。
だから友人がいない人が集まってもそこにすかすかな空間が生じて、寒い風が吹くだけなのだ。
私はこの業界に向く人を、動物的な感覚で瞬時に察してオーデションしてキャスティングをする。

ところで、イスラエル人の宝、金でできたマナの壺は本当に日本にあるのだろうか。
たぶんあるのだろうけれど、それを世界にお披露目する必要はないと思う。
世界に披露したら最後、余計な争いを招くだけ。
学校で嘘の歴史教育をして、一般には知らせないでいいから、本当の日本史の秘密を有志だけが
学べばよい。
イスラエルとの関係をどうしても隠さないといけないと、聖徳太子が指示したのだろうか。
厩で生まれ、大工の祖だった聖徳太子はイエス・キリストの生まれ変わりだったのだろうか。
平成20年5月1日(木)

卒業検定を受けようと思っていた日にちょうど、友人がスイスから来日することになったため、
検定日を変更するために教習所へ。
ついでに、原付で路上コースを走って景色を確認してみる。
思うに、すべてのコースが来たから南へ降りてきているということは、ひとえに帰りが楽だからという理由に
他ならないと思う。
汚げな船宿平井ではなく、もっときれいで洗練された船清があり、そちらは観光バスも停まっていると
教習中に先日情報を得たので、行ってみると、屋形船で芸者を眼の前に食事をするコースもあり、
これはお得。
もんじゃ食べ放題船に以前一度乗船したけれど、あれは一度で勘弁。
船清はもんじゃとは客筋が違うだろう。
平成20年4月20日(日)

朝ルーテル教会へ行ったあと、神楽坂で出演者と待ち合わせて、ロケ先の田原町までサイクリング。
思ったより早く着いたので、浅草雷門をチラ見してから、天婦羅のお昼ごはん。
テレビ朝日「大胆マップ」のロケ場所はかっぱ橋通りの蠟製(?)食品見本屋。
本当に実によくできている。
そういえば、玉川学園の隣の組に、そういう稼業の人がいた。
岩崎クンといって、私たちはゲバと呼んでいた。
世界に輸出しているはずだから、もしかして、ゲバの工場で作っているのかもしれない。
ヨーロッパではビジュアルな見本がなくて、紙のメニューだけで食事を選ばせるから、食文化をよく理解
していないと、とんでもないものが来てしまう。
日本の食品見本は、ほとんど本物と見分けがつかない。
唖然の一言。
わずか30分で撮影が終わり、9年前に何度もお世話になった「ぱふぉぱふぉ」のADさんが
偶然この番組を担当していて、お目にかかれて嬉しかった。
帰りは文京区を通り、ベゴニア、ペチュニア、しその鉢植えを買う。
ところで、夜のヒストリー・チャンネルの恐竜番組でとんでもない嘘情報を流していた。
恐竜が6500年前に滅びたなどといまだに言っている。
しかも、とんでもない前世紀の進化論の風化した理論に基づいて番組を作っている。
ギャグのような場面もあり、これは、明らかに視聴者を本当の情報から意識的に遠ざけ、無知の状態に
放置するだけではなく、間違った情報を洗脳しようという魂胆に他ならない。
どこの国でも放送されているだろうから、こんなアホ番組を見て、ころりと騙され、納得してしまう人が
地球上に何億人といるだろう。
このような偽情報番組は有害でこそあれ、ためにはならないから、有料放送で放送すべきではない。
私はヒストリー・チャンネルに断固として抗議するつもりだ。
平成20年4月19日(土)

朝5時に起きて、片付けを開始し、マッサージに行き、昼前から六本木のつけ麺屋とお寿司屋さんで、
テレビ朝日の「タモリ倶楽部」のロケ。
戻ってから、ダンスのレッスン。土曜はいつも人任せだったから、後半だけでも自分でやると、なにか新鮮。
午後になってから明日の朝のロケのキャスティングを急に頼まれる。
翌日というのは本当に難しい。
大抵の人は、日曜日の予定を入れてしまっている。
いろいろ手を尽くし、どうにかキャスティングが決まって先方に報告した時にはすでに10時。
美男美女でまとめられて、やれやれ。
平成20年4月17日(木)

「かわいいからと言ってぬいぐるみのように扱っていると、「わがまま息子・わがまま娘」になってしまいます」
と、ペットおたくのようなページに書いてあった。
わがままになっても構わない、だから、思い切りかわいがる、みんながそう思ってペットの子育てを
しているに違いない、私だけではないはず。
どうしようもない、わがままちゃんが、これがまた、なんともかわいい。
このページは、かわいい犬や猫の写真だらけで、それらを見ながら、これなら、うちの子の方が上だ、
おや、こんなのがいるのか、でも、うちの子と比べたらたいしたことはないなど、親ばか飼い主が、
自分のペットと比べながら見ているどうしようもないサイトだ。
平成20年4月17日(木)

越後屋の2階で英語落語のロケの2回目。
行きはよいよい、帰りは、右手に傘をさし、片手運転しながら、雨の中を、どうしようもなく混んでいる池袋駅前を通って、明治通りを
戻ってきた。その部分が一番疲れた。
撮影の間、私は読書をしながら、力を蓄えておいてよかった。
電動自転車になってから、駐輪場所を気にせず、原付バイク感覚でどこへでも行かれるようになり、かえってよかった。
平成20年4月16日(水)

今のチベット情勢を見ると、非常に興味深いので、日本ナチス党の党首に昨日のベルリンでのチベット人
僧侶の死体の件について連絡してみると、こんなお返事が来た:

「この話はSF作家のチャーチワード氏が書いていて黒沼健という日本人作家が
紹介していたもので、昔から流布されていたのです。でもその後、その話を裏付
ける話は何も出てこなかったので、ナチスをめぐるオカルト伝説のひとつとみて
います。
僕はこのアジア人の死体が武装親衛隊の軍服を着ていたと伝えられることから、
武装親衛隊義勇フランス人師団「シャルマーニュ」にあったといわれる秘密の日
本人部隊の隊員のものではないかと見ています。
このシャルマーニュ師団はフランス人部隊であったにもかかわらず、最後まで
ベルリンの総統官邸を守って戦った部隊です。
当時、パリには画家を夢見てパリに渡ったものの、画家にもなれず、戦争で日
本にも帰れずビザも無くなった不法滞在日本人が何万人もいて、そのうちの何百
人かがドイツの武装親衛隊に志願したとしても不思議はないと思うのです。
ただ、ソ連と日本は中立条約があったので、日本政府はこれらの日本人義勇兵
の存在を極秘扱いにしていたらしいのです。
戦後、渋谷のドイツ軍装品店に自分はドイツの武装親衛隊だったと称するお爺
さんが現れたという話があり、その生き残りではと思っています」
平成20年4月15日(火)

「この事件を皮切りとして、ベルリンの至る所で、数百体にものぼるチベット人の死体が続々と発見された。
それらの死体は、いずれも認識票もなければ、身分証明書も所持していなかった。
いったいチベット人たちは第2次大戦下のベルリンで何をしていたのか? 
ナチス・ドイツとチベットの間には、どのようなつながりがあったのか?
謎は深まるばかりであった。そして、この謎の鍵を握っているはずの最大の人物アドルフ・ヒトラーは、4月30日に
ベルリンの首相官邸地下壕でピストル自殺を遂げてしまったのである。翌々日、ベルリンはついに陥落する。
だが、チベット人の死体の謎を解く手掛かりは何もなかった。

戦後、ナチスの影の部分についての研究が進むにつれ、意外な事実が明らかになる。
それは、ナチスの行動はチベットの神秘思想から多大な影響を受けていたということだった。
とりわけ「アガルタ伝説」は、ナチスのイデオロギーを決定する上で、このうえなく重要な位置を占めていたのである。
だが、オカルト帝国ナチスの解読に入る前に、我々は「アガルタ伝説」とナチスとを結び付けるうえで重要な役割を果たした
1冊の書物について触れないわけにはいかない。その書物の名を『来たるべき民族』という」
というおもしろい本を読み、ヒットラーがチベットの地下帝国シャングリアを理想郷としていたと知る。

イエス・キリスト様も公人生を送る前の修行期間に東へ行った際、シャングリアを訪れたようだ。
囲いの外にいる羊たちとは、失われたイスラエル10部族で、シャングリアに住んでいる人々も指すようだ。
平成20年3月26日(水)

恵比寿の日本キリスト教教団関係の建物JELAで、バンコクのルーテル教会の杉浦牧師の奥様の
「聖書人形個展」を拝見。
起承転結があり、素晴らしいお仕事。
感動して、泣きながら拝見させていただく。
旧約聖書のスペクタクル場面などにも挑戦していただき、世界中で「聖書人形展」を開催するとよいと思う。
戻って、スクーターを城北台の駐輪場へ置き、あたふたと、バンコクへ。
今回はインディラを隔てた側のPJホテルに泊まる。
中庭が広くて、リゾート・ホテルみたいで、しかも、3階までしかないのがよかった。
こんなことして、やっていかれるのだろうかと心配になってしまう。
飛行機が遅れたので、到着したのは、夜中の2時。
平成20年3月21日(金)

追突されて以来、首がまだおかしい。
グルっと回せない。
マッサージの後、築地へ。
本願寺でざっと拝んで、場外市場へ買出しに、そしてお寿司を食べる。

これを週に2度もやるものだから、
本願寺で何度も拝むことになる。
父や叔父達が皆、私が来るのを待っているように思える。
お寿司や買出しにかこつけて、しばしば父と対話できるのがいい。
今までは高尾へ行かないといけなかったけれど、近場で築地でできるのだから、それにこしたことはない。
アシスト付の自転車がやっと届いた。
こんなに楽なのなら、もっと早く乗っていればよかった。
自転車と原付の中間くらいというところか。
早速これに乗って青山一丁目の草月ホールへ行き、ベリーダンスの公演を見る。
トルコの人がものすごく上手できれいだった。
つるさん、素敵でした。

本当は、ルーテル教会でイエス様の十字架を偲んで、過ぎ越しの食事に参加したかったけれど、教会は
日曜日の復活日礼拝行くから神様に許していただくことにする。
チベットを救うための署名をした。
現在すでに、537,036名になっているけれど、100万人が声を上げないといけない。
以前うちにいた、アンソニーが送ってくれた。
この人は世界を歩いて、常に問題意識を持っていろいろ送ってくれる。
退出した後もこうして数年にわたり、常に連絡をとって来てくれる。
今日の私のチベットの小さな1票の署名も、この人とつながっていたからこそできたこと。
こういう出会いを神様に感謝する。
平成20年3月20日(木)

六本木のインボイス劇場で「ブルーマン」を見る。
観客の平均年齢が非常に低かったことにびっくりした。
子供を連れて来ている人が多い。
非常に感心なことだと思う。
小学生の頃からこのような作品にたくさん触れさせておくことで、感受性の豊かな大人になる。
いろいろ観て育った人と、何も観ないで育った人は後に大きく異なる。
ニューヨークのルイジ・スタジオのフランシスから連絡が来て、今日は、ルイジのお誕生日だからお祝いの
メッセージを送れと言ってきた。
そうか、そうだったのか、もう、そんな時期になっていた。
私はこの先生からどれだけ多くのものを受けただろう。
この先生とめぐり合わなかったら、私の人生はどんなに味気ないものになっていただろう。
フランシスはしょっちゅう、おもしろい踊りのビデオ・リンクを送ってくれる。
以前はパソコン大の苦手だったのに。
フランシスがパソコンの前に座ると、きっと、ルイジは退屈して寝ているのだろうなと思う。
平成20年3月10日(月)

足立区の地域教育センターで、ヴォルフガングさんのドイツ語講座のおまけで、「ドイツの温泉」について
お話しさせていただく。
このような機会をいただき、本当に嬉しい。
ドイツの温泉のことになると、不思議と一生懸命になってしまう。
ギリシア、ローマ、ビザンチン、中世、近世、そして、ドイツ各地の温泉について、足早にお話しした。
ドイツの温泉と関わってからというもの、本当にいろいろ勉強する機会が増えた。
目的を持った読書もでき、この問題について考えなかった頃と今では全然違う。
これも、あの時、たまたまラマダンで、チュニジア旅行がドイツ旅行になり、バーデンバーデンへ
連れて行ってもらったから。
まったくもって、人生は何が起こるかわからない。
ラマダンでなかったら、サハラ砂漠でラクダに乗って休暇を終えるだけだったかもしれない。
平成20年3月1日(土)

お雛祭りを間近に控え、娘を持つ母親としてこんなことをした。
伝統行事のある日には着物を着せたい。
平成20年2月20日(月)

何かを観る時は、近場ならこれに限る。
「ドラリオン」は、上海雑技団になっている。自転車で原宿へ行く。
シルク・ド・ソレイユは、もっと、思い切りロシアだったのに残念。
すごいを通り越して、グロテスク、キワモノ、そこまでやるか、お前正気か、なんのために、もうやめてに
なってしまい、感動ではなく不快感に変わってしまったら、上演の意味がない。
私は基本的に、人間の身体にとり不健康であるすべてのことに反対という姿勢を崩さない。
神様は人間の身体を不健康にすることを望まないから。
「ドラリオン」で一番よかったのは、男女二人で行った空中リボン技で、叙情的ににしてドラマチックで、
起承転結があり、唯一芸術的だった。
シルク・ド・ソレイユはこの線でやってほしいと思う。
いっそのこと、中国人を全員解雇して、やり直したらどうだろうか。
平成20年2月12日(月)

「わすれたしまいました!
「鍵を持っているときに私の部屋でいっしょう持ってくれませんか」 
「いったらっっしゃいませ」
「ヴぁたし  pasokon no chyoshi varukata 」
「ima chyoto shegota desu」
このような日本語の人がまわりにたくさんいるけれど、それで仕事は事足りている。
飛鳥時代の日本における言語生活はこのようなものだったのだと想像する。
人口の70%が渡来人という土地なら、それはあり得る。
アラミア語、ペルシャ語、ヘブライ語、くまそ語(?)、中国語、朝鮮語が混じり、そこに大和の言葉がある。
用件が通じればそれでよいのだから、私のまわりの状況は、飛鳥の渡来人居住区とさほど変わらない。
平成20年2月11日(月)

ニューヨークのルイジ・スタジオのフランシスは頻繁にいろいろな踊りのYou Tubeを送ってくれるが、
今日は、本当に信じられないようなビデオを送ってきた。
どうしてこんなことが可能なのだろうと目を疑った。
私もその年齢になってそんなことができるだろうか。
西多摩霊園で貞作おじさまの法事をすませ、昨日に引き続き、再び美しい山を見る。
高尾の東京都霊園の父ところへそろそろ行きたい。
帰って来て、スペイン語のレッスン。
今日は、だいうす町が実は、デウスからきた名前で、キリスト教徒が多く居住していたというあたりを
書いたものを直してもらった。
仏教寺院は葬式に料金を課したのに、キリスト教の教会は、無料で葬式をしたために、
どんどん信者を増やし仏教寺院が廃寺に追い込まれたあたりは痛快だ。
仏教は常に権力と結びついてきたけれど、キリスト教は、日本では原始基督教、景教ともに、
政治権力と無縁でだったから、人々の間に爆発的に広まった。
今でもだいうす町という名前が残っていること自体がすごい。
私は今日、あきるの本願寺で法事の最中、浄土真宗の仏教徒は、親鸞がマタイの福音書である
キリスト教の経典を読んで学んだものを、仏教としてありがたがっているのだという現実を目にして
仏教徒は、経典のルーツとなっている聖書を読むべきだと思った。
マルチン・ルターと浄土真宗の親鸞の相似性にフランシスコ・ザヴィエルが驚いたという話は大変興味深い。
食後に、アボカド、たまねぎ、トマト、レモン、そしてラ・コステナのラハスを入れたグアカモレのディップを
作ってもらう。
市販のディップや、マヨネーズをつけて普段食べていたものだから、こんなに本格的なディップに感激。
ラハスは、天井まで飛び上がりそうな辛さだけれど、こういうものを普段から食べつけ、テキーラを
飲んでもまったくなんでもないという強い味覚と胃を持った人にとり、日本の食物は実に味気ないのでは
ないかと思う。
天使が来てから私は毎日が楽しくて仕方がない。
平成20年2月7日(木)

はじまって3分経過後から、最後まで泣きながら観ていた。
こんなに感動的な舞台は久しぶり。
「タンゲーラ」がなぜこんなにも涙を誘うのかというと、本物だから。
飾りごとではないから。
そこにアルゼンチンが生きているから。
これと比べると、ムーランルージュなどは、きれいだけれど、それがフェイクだから薄っぺらい。
外見的にきれいな人をロシアから集めて舞台に乗せて、たわいのないことをしている。
パリのキャバレーは、振付も無難なレビュー・ダンス、そんなアベレージのものもの誰でもできる。
「タンゲーラ」はしかし、アルゼンチン・タンゴというジャンル。
これを学んだ人しか踊れない。
だから本物の人生がある。
この舞台を見に行くことを数日前にアルゼンチン人のディエゴに言ったら、
「これはタンゴの歴史を如実に物語る。
世界中からやってきた様々な移民たち、情熱と愛、復讐など、当時のライフ・スタイルがある」と
熱く推薦してくれた。
ムーランルージュのように、身長185センチの脚の長い美青年を集めたわけではない。
イタリア人などと移民だから、ジークフリート系は一人もいない。
そこらへんのおじさんみたいな人や、お腹の出たオヤジもいるけれど、それが、ひとたび踊ると
もう、言葉で言えないような鋭いキレ味を出して、女性をリードする。
アルゼンチンの男は、年を経てもこんなにセクシーで、ますます魅力的になる。
こんな官能的なダンスを踊っていたら、いつまでも現役の男なのだ。
以前来日した、アルゼンチン・タンゴの公演を観た時、5組くらいのカップルがいて、
順番に出て来て踊り、単なる羅列で、決して総合にならなく、このジャンルは、はじめの3分はいいけれど、
時間もののショーは無理だなと思っていた。
私は少しでもたるいと退屈してしまう。
だから、誰でもできる芝居なんか最高につまらないと思っている。
高い技術がないものは、見ても無駄だから。
だから、アルゼンチン人は、自分達の一番得意なこのジャンルで素晴らしい芸術作品をつくった。
アイルランドのリバー・ダンス、オーストラリアのタップ・ドッグ、ソ連のアイス・バレエ叙事詩。
すごいエネルギーで頂点に、神の領域と言ってもいいかもしれない、に達してしまう踊りがあるのだ。
今回の「タンゲーラ」は、バレエ・フラメンコの「カルメン」に匹敵する芸術作品だった。
フラメンコも断片で、羅列で退屈だと、私はなんとバルセロナのタブラオの一番前の席で寝ていた記憶がある。
しかし、バレエ・フラメンコの「カルメン」を観て、フラメンコはここまでできるのかと感心したことがある。
舞台芸術作品には、強烈な文学的背景が必要だと私は確信している。
「タンゲーラ」は、アルゼンチンの歴史の日々の生活の中で起こった本物の出来事を綴っている。
これは一作目だからこれで十分価値がある。
全世界に向けてアルゼンチンがその素晴らしい独自の芸術を見せる時なのだ。
もし私がアルゼンチン人なら、さあ、世界よ、これを見ろ、アルゼンチン魂を見せてやると
叫びたいくらい。
しかし、「タンゲーラ」は文学作品ではない。
この後、アルゼンチン・タンゴで綴る「エ・ヴィータ物語」なんているのをやってもいい。
あの人たちはできると思う。
テーマが大きすぎるから、最初は初期の移民の惚れた、晴れたでいいと思う。
アルゼンチン人としての誇りを世界に向けて見せている姿は涙なしには見られない。
私は、母国愛に溢れた民族性の強いものこそ、芸術作品の大きな要素だと思う。
それは排他的にならない限り、多くの場合、大変美しいもので、人を感動させられるものだと確信する。
素晴らしい芸術に感動したひとときを過ごせたことを神様に感謝する。
まだ20代だったら、私は見境もなく、アルゼンチンへ飛んで行くところだろう。
平成20年2月6日(水

イギリス人とスキヤキの食べ放題へ行く。
最初のお肉の4枚さえも終われなかった。
一緒に行く人によっては、次に2枚とか、4枚とか頼む場合もあるというのに。
ところで、伊勢丹の地下で売っているものは、あまりにおいしいものが多いけれど、私は原則的に
料理は温度だと思う。
できたての熱々しか受けつけない。
こんなもの再加熱して、どうやって食べるのだろうというものも売っている。
パンは三越の地下で買ってしまった。
三越に地下2階があって、そこでパンを買うために並ぶなどということを外国人は知らないから、日本の
パンはおいしくないなどの発言をするのだ。
思い切り食べたお肉を、レッスンで燃やさないと。
平成20年2月5日(火)

クリストバルを呼んで、おでん。
平成20年2月3日(日)

教会の昼食時に、バンコクのルーテル教会についてお話しさせていただいた。
杉岡先生のお父様の牧師先生をご存知の方が何人もいらした。
親子で牧師。聖職者はレビ族で別格だから、世襲制が良いと思う。
ヨハネもレビ族だったけれど、日本ではレビ族は、関西に多く住んでいるのだと思う。
平成20年2月2日(土)

朝、台湾人が来て、中国人になくて、台湾人にあるもの、それが文化と気品だと一発文化論を披露
してくれた。
思い切り文化の自慢をする人を見ると、嬉しくて涙が出そうになる。
まったく文化の臭いのしない人といると、時間がもったいなくて泣きたくなるとの対照的。
来週のテレビの踊りの面接に来たダンサー2名と、アフガニスタン人の医師2名という、滅多に
起こらない組み合わせで夕食を召し上がっていただく。
山本リンダのバック・ダンサーをしていたら、ムジャヒディン、タリバン、ビン・ラディン、コーランだを
話題にするアフガニスタン人と同じ食卓につくことは通常ないから、両者にとって、良い体験になっただろう。
世界でこういう究極に生きる人たちが自然に知り合うのも、新宿国連ならではのこと。
一人の医師がイスラム教は女性にもっとも公平な宗教だからと、一大演説を始めたので、ダンサーたちは
食傷気味。
東京にはモスクはないのかと聞かれたので、サウジアラビア大使館のモスクへ行くといいと勧めた。
アフガン支援金を着服した大塚モスクには行くなとも忠告。
ニューヨーク帰りのダンサー相手に、やれユニバーサル・スタジオがどうの、ディズニーランドがどうの、
グランドキャニオンがどうのとアメリカの話をしている姿は、フツーのおやじ。
多分、国で有数の頭脳なのだろう、世界の病院視察なんかしているのだから。
それなのに、どうして飯田橋から曙橋まで1時間半かかったの。
鍋物が冷めるでしょ。
イタリア人なら初来日でも15分で来る。
カブールに中華料理屋と、ナイトクラブができたのがすごく嬉しいらしく、自慢していてかわいいところがある。
平成20年2月1日(金)

天使に手伝ってもらい、神楽坂の家の大掃除をする。
ギジェさんに来てもらい、鍵も取り付けてもらった。
私が必要とする時に、すぐに集まって必要な仕事をしてくれるこれらの人たちに感謝する。
私は素晴らし人たちに守られていることをつくづく感じた。
ところで、早稲田大学は経費削減のために、外国人教員を非常勤で採用し、就労ビザ取得も
しないのだと知って驚いた。
最高学府の教育機関なのだし、それなりに優秀な人材を確保しないといけないわけだから、
ビザの手配をするべきだと思う。
そういえば、大東文化大学は、観光ビザで入国した非常勤講師を、出国させることなく、就労ビザに
変更手続きをしていた。
私ならビザをくれない高飛車な一流大学より、ビザの世話をしてくれる手ごろな大学を選ぶ。
日本人配偶者を持ち、いくつもの大学をかけもちで非常勤している外国人を見ると、気の毒に思う。
夏休みなどどうやって生活をするのだろう。
平成20年1月31日(木)

朝3時半にホテルを出て、4時に空港着。
6時発の便は疲れるけれど、帰ってからいろいろなことができていい。
部屋の中が信じられないほど片付いている。
ここ数年で一番整っている。
クリストバル、ありがとう。
私はなんという幸せ者なのだろう。
必要とする時に、天使が来てくれる。
クリストバルとフランシスコと中華で晩ご飯。
平成20年1月30日(水)

朝から全身エステや、ネイル。
その後、出来上がった衣裳を国際貨物便で送る手続きをして、すでに5時。
バンコクのルーテル教会は8つもあるという。
私は、神様のお導きでそのうちのひとつ、杉岡先生の教会へ伺う。
お花を持って行きたかったのに、かなり寂れた路地に入ってしまい、到底花屋など、望めない。
どうしよう、手ぶらで日本人がタイの教会へ行くわけにはいかない。
伊勢丹で昼間買っておくべきだったか。
困った、お花が欲しいと思ったその瞬間、リヤカーに花を盛った花売りが3メートル先の角から現れる。
天使が花屋になって来て下さったに決まっている。
神様のために何かをしたいと思った時、神様は必ず天使を送って下さることを、私は経験から知っている。
ランを2束買う。
しかも、その料金が本当に安い。
東京だったらそんな贅沢はしない。
杉岡先生は、刑務所で服役者に福音を伝え、タイでは昨年1年で300名以上が洗礼を受けたとのこと。
仏教が救えない人々をキリスト教が救っている。

杉岡先生の奥様は、聖書人形をつくっていらっしゃる。
文化服装学院とルーテル神学校がつくりだした素晴らしい宗教芸術家。
自分の一番得意な分野を、神様のために役に立てていらっしゃる素晴らしい人生。
平成20年1月29日(火)

パフラットで白と若草色の絹を買い、シルク・ローズへ行く。
プラトナムを歩いていたら、3年前くらいまで3年間くらい行っていた以前の美容院のマダムに挨拶される。
よく覚えているものだ。
行ってみると、目と目の間が離れた娘が本当になつかしそうに気持ちよく迎えてくれる。
双子の姉妹で、顔、声、話し方がまったく同じだから、ヘアスタイルの違いで区別するしかない。
この3年間くらいご無沙汰していたのは、ブルー・スパ美容室へ行っていたから。
そこのマダムは、行く度に顧客が少なくなり、最後には店がなくなってしまった。
スウェーデン人の夫を持つマダムは、英語が達者で、欧米人がいつもたくさん来ていたのに、やはり、
マダムが店に顔を出さず、英語のまったくわからない女の子たちばかりにやらせると、客足は遠のいて
しまう。
その点、双子のいる美容室は、娘をアメリカの美容院へ武者修行に行かせ、最新技術と抜群の
語学力を持って帰ってきたから、欧米人の客が絶えない。
それ以外のスタッフは全員英語ができなくても、姉妹が片方づつの時間帯を担当して、顧客との
やりとりをすべて引き受けているから、外国人観光客は安心する。
技術より、多分、言語の方が外国の美容院の場合、大切なのだと思う。
毎日朝と晩の2回マッサージをするという贅沢ができるのはこういう場所だけだから、活用したい。
それから、ヤシの実ジュースを日に何度も飲むから、身体の中を浄化しているので、内臓がきれいに
なった気がする。
予約をしていなかったのにヤンヒー病院へ行ったら、いつもの先生が担当して下さった。
仲良くして下さっている看護婦さんに赤ちゃんが生まれた。
8年前から知っているけれど、まったく歳をとらないで、いつも美しい。
アソークのブーツ屋へ行く。
楽しみにしていたのに、サイズを全面的に間違えて作ってしまっているので、ファスナーが上がらない。
これでは持って帰れないので、作り直し。
よって、引き取りは次回の訪タイ時。
サマー・ブーツなので、特に急がないから構わない。、

平成20年1月28日(月)

朝ごはんにおにぎりが置いてあるようなこれは一体なんなのだろう。
私は趣向がヨーロッパ人だから、そんなものより、チーズやハムやジャムの種類を多くしてくれた方が
嬉しい。
それら一切がなくて、麺類やお粥、おにぎりがあって嬉しい人などいるのか、全部、でんぷんではないぁ。
他の日本人はみんな喜んでいるようで、信じられない。
ここの良くないところは、あらかじめ、4種のフルーツを切って、セットにして容器に入れていること。
サラダしかり。
スターフルーツなんて、まずくて5ミリ以上食べられないのに、パイナップルを食べようとしてフルーツの
容器を取ると、必ずスターフルーツもついてくる。
残すと悪いから、我慢してまず、スターフルーツを食べてから、パイナップルも食べる。
スイカがしなっとしているから、こんなものいらないのに、それも毎回ついてくる。
どうして、好きなものだけを自由に取らせないのだ。
たまねぎの薄切りなんか、こんなに5ミリに厚く切ったら、臭くて残るでしょうと言いたい。
そんな変なものいらないから、キャベツの千切りとキュウリだけ食べたいのに、余計なピーマンが
ついてくるから、サラダもおちおち食べていられない。
これは誰がそのような方式にしたのか。
好きなものをご自由におとり下さいとしたくないから、そうしているに違いない。
絹屋に行ったら、以前、辞めてしまっていたデザイナーが戻ってきていた。
よかった。
私は、下手なデザイナーに頼みたくないから、前回はお店を変えて、インディラの中の店に何点か
依頼したけれど、本当にどれひとつとっても満足のいく出来ではなかったから、たくさん注文したことを
心から後悔した。
今回は、馴染みのデザイナーが戻ってきたから、もうインディラへは行く必要がない。
以前のとおり、シルク・ローズでコートや、スーツ、トップやジャケットなどの注文の他に、ボタンの
付け替えや、トート・バッグにマジック・テープをつけたり、ズボンの裾にビーズを縫い付けるなど、
こまごましたことも全部まとめて頼む。
私が自分で針を持ったり、ミシンに向かいつくるのは、衣裳だけ。
自分が身につけるものは、絶対に自分で手を下さない。
衣裳と普段服は大違い。
平成20年1月27日(日)

バンコクへ着いたら夜中の12時半。
ホテルにチェックインしてすでに2時。
バイヨケ・ホテルの新館「ブティック」に初めて泊まったけれど、 バイヨケ・スイートより数段悪い。
日本人向きに手を抜いて作ったとしか思えない。
こんなものを昨年建てたらしい。
仕方がないけれど今回はここに泊まるけれど、次回はバイヨケ・スイートにする。
バイヨケ・スカイはもっと高いから、特別な時にとっておく。
夜汽車が警笛を鳴らして走るので、うるさい。
唯一許せるのは、丁寧なスタッフが揃っていて、そこは変な人が多いファースト・ハウスや
人が一人しかいないなんとかフォーシーズンや、入り口がごちゃごちゃのテン・スターより
ずっといいこと。
スタッフの良さと騒音とどちらを選ぶか。

ぶっきらぼうなスタッフでもいいから、静かな方を選ぶかも。
平成20年1月26日(土)

衣裳につける鳥の羽根を買いに行ったら、信じられないことに、新宿トーアが閉店
している。
そんなこと知らなかった。
最近、オカダヤで買っていたから、近くのトーアがそんなことになっていたとは、
気がつかなかった。
新宿トーアのお陰で、これまでいかにたくさんのステージ・シーンが生まれたことだろう。
愚作も秀作も、布にまつわるいろいろな思い出がある。
でもここは、いかんせん、品揃えが中途半端だったのだろう。
私もデザインのいいファスナーやバックルを買う時は、断然オカダヤへ行ってしまう。
機能性だけでは不足で、かっこいいものを求めたらやはり、売り場面積が狭いため、
トーアでは、必要なものが全て揃わないのだ。
でも、新宿3丁目という便利な場所にあり、私は本当に重宝していた。
以前、この場所が洋食屋だった頃はもしかして、80年代の中頃だったかもしれない。

レッスンの後、フランス語とスペイン語のレッスンを受ける。
続けて受けたので、早く全文を書き直さないと、混ざってしまう。
今やっておかないと間があいてしまうから、こうするしかなかった。
スペイン語はアクセントが後ろから3番目にあるもの、2番目にあるもの、そして
最後にあるものの分類を小学校2年生で習うと聞いて、こんな複雑なことを学ぶのかと
びっくり。
これまでスペイン人とペルー人、二人の先生についたけれど、音節のアクセントについて
説明を受けたことがなかったので、このような法則があると知ってよかった。
やはり、今度のスペイン語の先生は只者ではない。
非常に頭脳明晰であることがビシバシ伝わってくる。
今夜はやることが多いから寝ない。
スペイン語の後、神楽坂にお寿司を食べに行く。
ここのところ馬鹿のひとつ覚えだから、今度は、以前行った地鶏のお店にも行ってみたい。
予約がいっぱいで断られた鉄板焼きも捨てがたい。
色々楽しまないと、ひとつでは退屈してしまう。
他を知らないと、これで自分は十分幸せだと思ってしまう。
私は何につけても、小型の女ファウストでいたい。
平成20年1月25日(金)

成田エキスプレスの乗車券を買いに新宿へ行ったのに、東急ハンズで土瓶の取っ手、高島屋の地下で
食料品を買い、母にあれこれ届けたら、肝心のチケットを買い忘れた。
明日行けばいい。
アルゼンチンのギジェルモさんと2ヶ月ぶりに再会する。
山に家を建てたという。
3階までの吹き抜けで、床下に60度のお湯を通して床暖房にして、壁の厚さは50センチ。
凝り性だから、どこまでもカスタマイズしたものを造っている。
自分が大工だとそういうことができるから便利だ。
来月私のところを、より和風に、もっと和風にしてもらうことにした。
和風は下は民宿から、上は金閣寺まで様々な段階があるけれど、公家文化の丁度品の勉強でも
しておかないと、田舎の民家になってしまう危険がある。
ペンションはどこまでいっても、旅館より格が下がり、それはひとえに、文化的後ろ盾のない洋風で
勝負しようとしているところに、その弱さがある。
平成20年1月24日(木)

久々にスペイン語のレッスンを受けた。
前回やった時からすでに1年半経過している。
信じられない。
当時いたバルセロナから来ている博士課程の人が帰国してからというもの、スペイン語を母国語と
する人とは多く出合ったけれど、言葉を習う先生になってほしいという人に出会わなかった。
言葉を習うということは、その人の国語力、知識や文化、精神も習うから、相手が薄っぺらいと、
学べる内容も知れている。
だから、こうして理想的な新しい先生に出会えたのは本当に幸福だと思う。
言語は、たくさん読書をしていて、表現力が豊かな、頭の回転のいい人から習わないとこちらも
上達しないということを、15の時からの語学学習の経験からよくわかっている。
ところで、公立学校の生徒の英語力が上達しないのは、ろくでもないALTと呼ばれる永遠の負け組みたいな
外国人たちが、これまた生徒とほとんど同じくらいの語学力しか持たない日本人とコンビを組んで
教えているからだと思う。
私はフランス語で昨年暮れに作った自分のHPをスペイン語に訳す添削をしてもらっている。
フランス語をスペイン語に訳すというのは、本質的にほとんど同じ語源の単語に並び替えているだけだから
なにかすごく楽にできてしまう。
細かい動詞の変化がよくわかっていない割には、読んで意味のわかる文になっているから、フランスから
スペイン宮廷へ、そして、その反対の政略結婚をした王家の姫や王子たちは、こんな感じで、
割とファジーに話していたのではないかと思う。
動詞の変化まできちんと書いたりできなくても、ちゃんと意味が通じて、日常生活を送っていたのだ。
しかし、一般人とインテリの違いは、書いたものが正しくかつ美しいかを意識しているか、いないかの
違いだと思う。
何年日本にいても、日本語をローマ字やひらがなで書き送ってくる、フィリピンやブラジル・ジャパゆきと
同じになってしまわないように、単語ひとつひとつのアクセント・マークの有無まで、しっかり叩きこんでこそ
私の語学の練習。
ドイツ語でできたことは、他の言語でもできるはず。
暮れからイタリア人たちと毎日話していたから、どうしても出てくる単語がすぐにイタリア語になってしまうから
これらを全面的にスペイン語に変えないといけない。
英語をイタリア語にするには苦労しないのに、イタリア語をスペイン語にするのは非常に大変な作業。
秋田弁を福島弁にするようなもの。
どちらがどうだか、区別がつけにくい時がある。

ところで、夜、関口教会の聖書教室に再び参加した。
パウロとペトロのところだった。
これは洗礼を受ける人たちの勉強会のようだけれど、そうとも知らずに私は先週から参加した。
夜、このような集まりがあるのは、真昼間よりずっと行きやすい。
エパタもこのくらい内容のある水曜聖書教室をしていればよかったのに。
でも、それがなくなったから、こういう場に登場できたのだから、かえってよかった。
エパタもルーテルも人が集まるとすぐに、お茶やお菓子が配られるけれど、関口はそういう気配はない。
プロテスタントと違い、カトリックはむやみにものを口にしないのだろうか。
平成20年1月23日(水)

勝手にどこかの国に住み着いて、地下帝国を造営し、その国の行政に関係なく生活できるそうだ。
そんな馬鹿なことがこの21世紀に許されるのかと思ったけれど、SFではなく、本当に地下帝国を他国に
造って、そこに住み着き、方々に道路を張り巡らし、蟻のような生活が可能なようだ。
メキシコ政府はこの問題に毅然と立ち向かうべき。
もしかして、日本にもそんなところがあったら怖い。
日本海側は特に気をつけた方がいい。
すでにあったりして。


ところで、ポルトガル、ブラジル、スペインの人は、1枚の国旗を描くために、数時間を要さないとならず、
効率が悪いことこのうえない。
だから経済が滞ったと言える。
平成20年1月22日(火)

日本テレビ「ロンQハイランド」の撮影。
今日は2本撮りのため荷物が多く、私は赤羽根の背負子をはじめとする大切な2袋をどこかで
失くしてしまった。
2袋失くしても、それでも問題なく2週分の撮影ができるほどたくさんの種類を持ってきていたから
問題ないといえばないのだけれど、私は真っ青。
乗ってきたグリーンカブのタクシー会社の紛失係に問い合わせたり、日本テレビの楽屋口の窓口の
所へ見てきたり。
なしのつぶてで、とりあえず、3名いるダンサーには他の衣裳を着せて、そのままカメリハに臨んだ。
突如、神様が語りかけて下さり、私はスタジオからすぐに駐車場に降りた。
楽屋口の窓口ではなく、降車した側の壁際に問題の2袋がそのままの状態で置いてあった。
信じられない!
10個くらいあったため、私は最後の2個まで気が回らずそのまま通行証申請なんかしていたのだ。
人から素敵ね、綺麗ねと思われるものだけをつくるため、常に質の向上を真剣に取り組んできた私に
神様が憐れみを下さったのだと理解した。
もっともっとこの道を真剣に進まないといけない。
より良い衣裳と踊りと出演者にするためのいかなる努力も惜しんではいけない。
私はこの番組がダンサーのせりふをギャグのネタにして、関連の写真と説明をつけているなどとは
知らなかった。そうか、そんなことしているのか。
少しは青少年に日本の伝統文化紹介に貢献しているのかもしれない。
平成20年1月20日(日)

合気道の稽古の帰りだといってミレンさんが来たので、近くのオスマン風呂へ行く。
パリでヴェルサイユへ行って以来の再会。
女性が露天風呂ではなかったけれど、私はオスマン風呂はフィンランド式サウナより好ましいと思う。
しかし、オスマン式だと、ローマ風呂に比べて水を節約できるという利点はあるとしても、決してこれで
満足という地点には到達しない。
フィンランド式だと、アウフグースがあり、劇場効果でクライマックスを迎えるけれど、オスマン式の
アウフグースなどあるのだろうか。
ただのんべんだらりとそこに何時間もということであれば、宮廷の女たちにはいいかもしれなくても、
現代の生活レベルにはそぐわない。
はじめがあって、終わりが必要なので、そこにはなにかアウフグース的な演出が必要だと感じる。
平成20年1月20日(日)

ルーテル教会の礼拝の後、昼食会は遠慮して帰って来て、おかゆを食べて少し横になる。
休んだので、4時からのレッスンはなんとかできた。
「人生は短い。規則を破れ、すぐに許せ、キスはゆっくり、本気で愛せ。
どうにもならないほど笑え、気が狂ったように踊れ、そして、かつてあなたを微笑ませたことはなにも後悔するな。
人生はわたしたちが思い描いていたような祝宴ではないかもしれないけれど、ここに生きている間、
私たちは踊らないと!」
そんな言葉をフランシスが今日のメッセージとして送って来たので、これって、どこかから引用したの、
それとも、自分で書いたの、もし、自分で書いたとしたらあなた文才あるから、たくさん集めて、後に
本にしなさい、色々な有名人からも原稿集めて出版したら、世界中のルイジの弟子が買いますからと
返事を出したら、たまたま思いついて書いたんだ、それはいいアイデアだね、考えもしなかったよと
返事が来た。
もう一人のルイジになろうとしたロニー・ド・マーコと違って、あくまでセカンド・ルイジの地位に甘んじた
からこそ、その座をすでに20年保持しているフランシス。
ルイジがすでに80歳という年齢だから、真剣に伝記を書く心の準備をすべきだと思う。
最近雑事に忙殺され、HPに費やす時間がない。
先月の旅行のマーストリヒトところだけやっと数枚アップしたけれど、残りをするのはいつになるやら。
平成20年1月19日(土)

本当は身体が睡眠を欲しているのに、朝鮮人参がそれをさせないため、朝まで仕事をする晩が
幾夜も続き、ついに身体がバランスを崩した。
しばらく朝鮮人参はやめておこう。
やっとのことで、レッスンを終える。危ないところだった。
お風呂に3回入ることで、どうにか悪寒を抑えた。
私はお風呂療法がなければ、到底この健康を維持していられないだろう。
平成20年1月18日(金)

スウェーデン人が来て昼ごはんを食べていく。
世界で一番こわいのはロシアだけれど、間にフィンランドがいるから大丈夫なんて言っていた。
この点をフィンランド人だったらどう答えるだろうか。
私のところには数年前から常にひとりもしくは、複数のフィンランド人がいる。
すごい時には5名もいたりする。
5百万人しかいないこの国の人口から考えると、これはすごい比率となる。
日系ペルー人の5名が到着した。
年代からいって、多分3世だろう。
だれも日本語がわからない。顔は完璧日本人。
言葉の点で苦労した1世は、2世を現地に溶け込ませるため、徹底的に現地語で教育を受けさせ、
その結果その2世から育った3世は見事に日本語を喪失してしまったのだろう。
北米や南米に移住した人たちは、極端に現地言語になってしまい、使える言語がひとつしかない。
もっと、余裕を持って、言語は複数使える方がいいと、ヨーロッパ並に複数言語を教育できないものなのか。
日本にジャパゆき花嫁としてやってきたフィリピンやロシア、ブラジル人の子供が日本語しかできないのと
似た現象。
単一言語で生活していると、文化の許容度が極端に低くなるから、楽しみも少なく、多様な人々との
交流も減る。
他文化に非寛容になるから、敵対心が芽生え、好戦的になる。
他文化人に心を許さず、自己防衛にばかり努め、常に同質人同士とつるみ、非常に扱いにくい。
アメリカの現大統領も含めて、かつて独裁者と言われた好戦的な人物は、単一言語人ではなかったか。
平成20年1月17日(木)

イタリア人とお寿司のブランチを食べに行ってのんびりと1日を始めたが、イラク生まれの原始キリスト教徒の
友人からの連絡で驚いた。
今、イラクのキリスト教徒が大変な迫害を受けている。
この2千年間で最大の迫害だという。
2千年の長きにわたり、キリストと同じアラミア語を話し、信仰してきたというのに、
イスラム教徒に迫害され、殺され、追い出されているという。
サダムはキリスト教徒に寛大で、片腕の外相もキリスト教徒だった。
サダムの後、イラクは変わり、アメリカはキリスト教徒を保護していない。
油田は警護するけれど、教会は守らない。
友人の叔父さんが生前バチカンの枢機卿だったので、イラクへ赴き、同地のキリスト教徒に
礼拝を行っていたことを、友人は、ことあるごとに、大変誇らしげに語ってくれた。
なによりも、自分たちは原始キリスト教徒なのだという自負があり、アラミア語を母国語とすることに
この人たちは大変な誇りを持っている。
ネストリウス派は、15世紀にカトリックと合流してしまったけれど、西洋カトリックと違い、イラクの
キリスト教徒は、ネストリウス派だから、日本人にとって、景教で大きく関わっている。
フランシスコ・ザヴィエルが来る以前から私たちは、ネストリウスを通して、キリスト教を知っていた。
私は今夜、カトリックの教会へ行き、迫害されているイラクのキリスト教徒のために祈ってこよう。

東京カテドラル聖マリア大聖堂の敷地にある関口教会へ向かった。
日本でカトリックの教会へ足を踏み入れるのは、カトリックの白百合幼稚園以来。
何年も前のクリスマスにふと四ツ谷のイグナシオ教会にふらっと入ったことを別として
自分の意思でカトリックの教会を訪れる日が来るとは、考えたこともなかった。
新教から旧教に改宗した恩師に、カルヴァンのようにカトリックからプロテスタントになるのなら
わかりますが、どうしてその反対があり得るのですかと、質問したのが、ほんの数ヶ月前。
それはずっとプロテスタントの飾らない素朴で質素な礼拝堂に慣れた私には、時代に逆流
しているように写った。
私はカトリックの教会へ行ったのではなく、迫害されているネストリウス派の原始キリスト教との
末裔が苦しんでいるので祈るために、ネストリウス派の教会へ行ったのだと言い聞かせた。
それはつまり、5百年も前にカトリックと統一してしまったので、カトリックの範疇になってしまうのだが。
ネストリウス派は、ほとんど新教的な集団だった。
だから、私はマリア像が飾ってあると、がくっときてしまう。
しかし、1886年に常陸国茨城郡宍所の藩主、松平大炊頭頼徳の屋敷跡4,800坪を見つけ、
購入し教会の敷地にしたというのには恐れ入った。
敵国人として国外退去を命じられたクレイマー女史が、戦時中の日本に留まり、終戦を迎えたのは
ここ関口教会だったのではないか。
焼け野原の目白をずっと歩いて辿り着いたあの日のクレイマー女史を思いながら東京カテドラルを
目指した。
そこは、教会というより、要塞とか、独立した国のようなイメージだった。
早く言えば、小さなヴァチカンなのだろう。
そこの中に世界があった。
奥にはルルドの泉の原寸大模型。
ヴェルナディッタの話は、聖人好きのジェラルドさんから耳にタコができるほど聞いていた。
最初に聞いたのはフランス側からピレネーを越えてスペイン側に入る時だった。
聖書の入門講座は私を含め11名。
木曜日の夕方にこのように人が集まり講座をしている。
この敷地、設備、この組織、これは多くの人間の労作の集大成だ。
えぱた教会になかったのは、こういうもの。
かたちにこだわったり装飾を重んじるなどの点で、とかくカトリックを目の敵にする発言が
多かったのを覚えているし、私も新教の土壌でそだったから過剰装飾は生理的に
受け入れられないけれど、ともかく、活動して、大きくしていき、歴史の中で脈脈々と
行き続けていかないといけない、決してなくなることはないという自信がここにはあった。
ルーテル市ヶ谷も非常に素晴らしい。
新教、旧教を問わず、やはり自助努力をして経済的基盤があり、神様のために時間を使える人がいる
ところは伸びる。
エパタはかたくなで理屈が多いから人が寄りつかず、滅んでいく運命なのだろう。
同じ聖書と賛美歌を使って同じ神様に礼拝しても、誰がするかでこんなに違いが出てしまう。
だから、発展はひとえに司祭次第。
自己紹介の時、一番最後になった私は、イラクで迫害されているキリスト教徒のために祈りに来た旨を
述べた。
不思議な1日だった。

平成20年1月16日(水)

第三世界の銀行の東京支店は東京にあっても、その国の文化で営業しているから、日本人には
信じがたいことが起きているようだけれど、誰も直せないからそのまま放置。
お客様から手数料を間違えて徴収しているようですから、お返しした方がいいのではないですかと
提案しても、10万円送金している人にとって60円の違いくらいなんでもないから、黙っていなさいと
言われる始末。
でも、システムの不手際で、自動的に60円多く課金されてしまうので、システムを根本的に
直した方がいいと思うのですけれどと言うと、首になりたいのなら、文句を言っても構わないけれど、
この仕事を続けたかったら、黙って仕事をしなさいと言われて、ぶっちぎれてXX銀行を辞めた人が
言うのだから本当だろう。
第三世界から来て、日本語の読み書きができないから、すでに数ヶ月職にありついていない。
なまじ、銀行なんかで勤務していたから、プライドがあって、飲食店勤務はできない。
多分そういう営業の仕方は、その銀行だけではなくて、日本に支店を置き、本国への送金を一手に
引き受けている第三世界の銀行は多かれ少なかれ同じようなことをしているのかもしれない。
ごまかしているのが小さい金額だから、顧客は誰も気づかないのだろうし、内部告発も握り潰されて
しまうから、そのままのらりくらりと、アバウトな数字で営業を続けている。
本国送金の件数はたくさんあるだろうから、相当な不正収入になっているだろうけれど、その銀行が
日本資本ではないと、罰則の対象にならないのだろうか。
大きな金額が盗まれたのとはわけが違うから、問題にならないのだろう。
そういう銀行から本国へ送金するために、朝から工場で汗を流している外国人労働者が気の毒だ。
朝鮮人参の粉を朝お茶に入れただけで、何レッスンしてもまだもっと、エネルギーが残っていて、これから、
牛込郵便局の夜間窓口に行く。
1日を1,5日分くらいに使えるから、便利だ。
平成20年1月15日(火)

中華料理屋に行くと、毒入り料理を食べるのではないか、中国人が怨念料理を出すのではないかと
いまいち気が乗らず、パリの中華街でミレンさんと先月食べたのを別として、数ヶ月間後無沙汰していた。
「当店は、中国からの輸入食品は使用しておりません!!」(ハ、ハ、ハ、これは笑える!)と
大きくホームページに書いてある
中華屋を見つけたのでイタリア人と行ってみる。
給仕は全員中国人。厨房も中国人なのだろうけれど、日本の材料で作るなら問題ない。
住友ビルという場所柄、サラリーマンで混むだろうから、こちらは11時半の開店と同時に到着。
いまいち料理が粗雑で、夜もこんなの出してたらアブナイ、これは昼の食べ放題用なのだろうと
良く解釈する。
そういえば、永田町に以前、本当においしい中華料理の食べ放題があった。
夜と同じ物を昼も出して、しかも食べ放題。
大食いの外国人出演者軍団を連れて、随分活用させてもらったけれど、結局つぶれてしまった。
おいしいもの、良い物を出したら食べ放題屋は破局を迎えるのだろう。
つぶれないのは、しゃぶしゃぶ屋だけで、あれは、調理の手間がないからやっていかれるのだと思う。
さて、1ヶ月前に高島屋の前で撤去された自転車と、久々に再会する。
置く場所と時間が悪かった。自分でも反省している。
買ってまだ数回しか乗っていない自転車だったから嬉しい。
27インチだから、26インチより楽に乗れ、疲れない。

ところで、衛星でカフカの「城」の映画をやっていた。勉強のために見ようと思ったけれど、重すぎて見ていられない。
ブスな女優が出ていたのも観たくない原因のひとつだ。
最低な娼婦役でも、美人が演じるべきだと思う。
リアリズムなど青臭いこと言わずに、美しいものを提供するのがエンターテイメントなのだと思う。
私も昔は一時期その方面の劇団に入って、リアリズムだなんだと屁理屈を捏ねていた。
そんなもの、若くて貧乏で田舎から来たにいちゃんたちに任せておけ。
私は思い切り美しいものをつくり続けないといけないと、カフカを見て思いを新たにした。
平成20年1月14日(月)

朝鮮人参の粉末をほうじ茶にほんの少しふりかけたせいだろう、昨夜、家具を動かしたり、書類を
整理しはじめたりして、あっと、気がつくと今朝の5時。
疲れたり、眠くなったりしなかったどころか、身体が熱くなり、暖房を消してしまって、上着も脱いで、まったく
寒さを感じなかった。
この粉末は名前は悪いけれど、すごいパワー。
ほんの4時間寝て、踊ったり、外国人軍団を呼んでリハーサルをして、全然疲れない。
もっと多くの量を食べ物に混ぜて、競技会に出たら、完璧なドーピングだろう。
普段、少し使うのなら時間が有効に使えてこれは便利。
もっとも、振付指導は人にやらせて、私はみんなに出すお雑煮を作っていた。
私は踊りを創る時は楽しいけれど、それを後日人に教えたりするのは、退屈でできないから、お雑煮を
作る方が向いている。
出汁を鶏と豚で取り、こんぶだしの素を入れたうえに、さらにお味噌を加える。
2匙お味噌を入れただけで、こんなにおいしくなるとは。
2台目のパソコンがお払い箱になった日から、小さな方のパソコン・デスクの空間が無駄だと思って
いたけれど、それを思い切って、真横に置いたら、便利がいいこと。
辞書を置いたり、植物を飾ったり。
こんなことなら、もっと早くやっておけばよかった。
平成20年1月13日(日)

教会のあと、レッスンが明日に変更になったので、昨年からの光熱費領収書を整理する。
7軒分だから結構ある。毎月やっておけばよかった。
小さい方のパソコン・デスクをどかして、オフィス空間の再編成をする。
明日はみんな集まってリハーサルをするから片付けておかないと。
平成20年1月12日(土)

フランス人が引越して来た。
一歩外へ行くと、もう戻って来られなく、「マリカ、助けれくれ」と7回も電話をかけてくる。
レッスンだったので、放っておくと、今度は夕方交番からおまわりさんがかけてきて、
お宅のフランス人が迷子になって保護していると連絡が入る。
勘弁して頂戴。
なんで30代半ばにもなって、こうなのか。
英語もできなく、フランス語だけで、日本でよくこれまで生きてこられた。
ところで、梅原猛の「古事記」は本当に読みやすい。
こんなにすらすら読めてよいのだろうかというくらい。
現代語でいいから、高校生には多くの作品に触れて欲しいと思う。
無理に古典を強いると、本そのものが嫌いになって、読書をしない人になってしまう。
踊りの人たちは、驚くほど本を読んでいない。
でも、だからこそ踊りをやっていられるのかもしれない。
色々読んだら、踊りなどやっていないで、他のことをやっているだろう。
だから、踊りの人には本は薦めない。
平成20年1月11日(金)

フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの「バークレイ夫妻」はすごい映画。
舞踊靴修理店の場面のみをとっても、独立したひとつの偉大な舞踊作品として通用する。
ここひとつ観ても、もう、十分満足できる。
笑える場面はスコットランドの場面。
こういう「R」を強調した歌い方はすごく面白いし、振りもまあ、冗談の多いこと。
こんなものをやっているから、法務局へ行くのが遅くなってしまった。

九段の法務局へ行った後新宿税務署で申告。
これでやっとすっきりした。
lこういうお役所がらみのことをいかにできるかで、違いが出る。
ダンサーをやっている人たちはこれができないから、いつまでたっても、何の保証もない1ダンサーなのだ。

私は早いうちから法人にして、税理士や弁護士など、良いブレインがまわりにいてくれてよかった。
そうでなかったら、今の私はない。
平成20年1月10日(木)

宝塚の「エル・アルコン」は、スペインをとびきりかっこよく、そして、英国女王の宮廷を滑稽に描いているから、
どうして、あのかっこいいスペインが、かるーい感じの英国海軍に敗れたのか、あのミュージカルでは
いまいち理解しがたいけれど、頭が固く、古い構造の船舶に頼っていたスペインが、新しい技術を持った
イギリスに敗れたのは歴史の必然。
レビュー「オルキス」は、ラテンもので、タンゴ場面も、アルゼンチン・タンゴ風のジャズ・ダンスではなく、
アルゼンチン・タンゴの専門家に振付指導してもらったものを踊っていたので、良く頑張ったと言いたい。
ただし、うしろの黒レオタードの生徒さんたちの衣裳が本当に情けないほど安っぽいので、もっと、
どうにかしてあげないと、というのが正直な感想。
縦社会だから仕方ないのか。
その後、急いで東京駅大丸へ行き、「アド街ック天国」の撮影現場へ。
大丸が新しくなり、古い建物があのままだけれど、どうするのだろう。
大丸美術館へは父がよく入場券をくれたので、頻繁に通った記憶がある。
大丸は、日本中のおのぼりさんが下り電車に乗る駅だから、普通のデパートのように
1階を化粧品にしたりしないで、手ごろなおみやげの菓子折りを販売している。
そんなもの、他ではデパ地下に隠すもの。
でも、こうしてみると、デパ地下1階に化粧品を置いたら、誰が買うだろうか。
菓子折りは地下でもわざわざ降りて行って買うけれど、化粧品が地下なら、わざわざ行かないかもしれない。
結局、化粧品売り場はいらないのではないだろうかという気がしてくる。
私はデパートで化粧品を買った記憶が1生のうちで片手の回数もないかもしれない。
みんな、そんなにデパートで化粧品を買うのだろうか。
免税店や通販なのではないだろうか。
ところで、今日の出演者が素晴らしいのは、ものすごいプロフェッショナルだから。
以前、別の撮影の時に私はCに出会った。
新橋の撮影場所まで来るのに、自転車を走らせていたら、車と衝突してしまい、Cは怪我を負った。
本来なら、被害者だから、その場で交番へ事故届けをして処理をしないといけないのに、血を流して
怪我を負ったままCは自転車を現場へ走らせた。
走れるくらいだから、撮影ができないほどの大怪我ではないのにCは所属事務所へ事故連絡を入れた。
その事務所は、さて大変とばかり、代わりの男性出演者を新橋の現場へ送った。
私は外国人サンバ・チームを仕込んでいたから、その現場にいたわけだけれど、Cの代わりに
カメラの前に座っていたのは、どうしようもないシロウト面のもやしだった。
撮影2時間前に急に連絡が入って、現場に急行できるというのは、どんなに暇人でプーかというのを
物語っている。
まともな30代の男が、真昼間にどうして暇していられるのか。
スポーツの国際大会を記念した番組だったから、鍛えた肉体のCがいいに決まっている。
私ならCにやらせた。
足に少し怪我をしていたって、そんなこと問題ではない。
座ってニュースキャスターのように喋る番組だから、顔しか写らない。
Cは、血が出ているのに、自転車を漕いで現場へ来たのだ。
清潔で、健康、明るく、この役にふさわしい。
あのもやしとは大違い。
しかし、その事務所は、結局もやしにその仕事をやらせた。
電話だけで人を売り買いしているから、そういう変なキャスティングをするのだ。
Cは怪我をしてまでそこへ来たのに、何の保証もないまま、仕事にあぶれて、その日は帰った。
私はその日のCの無念さがよくわかった。
Cは痛む足で再び、あの事故現場へ戻って行ったことだろう、その日の収入は棒に振ってしまった。
どんなに辛かっただろう。
正直さがその日の仕事を失う原因をつくったとは、なんという皮肉だろう。
私はその日のことを今でもよく覚えている。
いつかCをキャスティングしたいと思っていたから、今回大変嬉しい。
ファッション・モデルの役をやってくれた。
テレビ局から至急されたズボンがのももはパツパツだったので、ズボン丈が短く感じられた。
それほどCは、毎日自転車で撮影現場へ直行して、身体を鍛えているのだ。
今年最初の撮影をCとできたことを嬉しく思う。
平成20年1月9日(水)

出張所へ行ってあれやこれやを取り、法務局で登記簿謄本を取る。
こういう一連のことがいかに大切かということを私は良く知っている。
大きな行動はこれらなしにはあり得ないからだ。
レッスンは2つとも自分でやった。

夕方、一人で8人の顔を持つ男がやって来た。
1日ですべての写真を撮ったとのこと。
最初に髭の写真、剃ってから次の写真を撮ったとのこと。
ショーン・ペン、ニコール・キッドマン主演映画"The Interpreter"で国連大使役をやった人。
私はなんて幸福者なのだろう。
どうしてこういう人が来てくれるのだろう。
探さなくても向こうからやってくる。
これは絶対に神様が私に人々を送って下さっているとしか思えない。
平成20年1月7日(月)

今年は書類のことを面倒臭がらないようにしよう。
アーチストはこれが一番苦手。
だから、私はこれをしないといけない。
平成20年1月6日(日)

ルーテル教会の後、渋谷文化村へ行って、「シャングリラ」の前売り券を買う。
こんなになんでも観るものがあるのは東京の素晴らしいところ。
これがバンコクやマニラだと、観るものがない。
ひとえに、観られる余裕のある人の層が厚い日本社会に感謝する。
東京とニューヨーク以外にも、これほどたくさんのものが見られる場所が地球上にあるのだろうか。
パリは絶対的な数がとても少ないと思った。
フランクフルトに至っては、あまりに少なくて、「え」という感じだった。
ベルリンはもっとあるのだろうか。
今度行って観てみたいものだ。
今年は行かれる機会があるだろうか。
平成20年1月5日(土)

本日は踊り始め。
1日2回熱いお風呂に入っているので、身体が固くなっていない。
水の力を知っている人が生き方を知るのだと思う。
平成20年1月4日(金)

イタリア人4人を連れて、高井戸温泉なるものに行ってみる。
美に対しての意識が低いから、ここは一流にはならないだろうなと感じる。
食堂でいちいち現金で食券を買わせるのもだめ。
キャッシュレスにしないと。
せっかく露天風呂があっても、これでは銭湯の延長くらいのところ止まりだろう。
一流の都心温泉になるには、何が足りないのか研究してみるといい。
でも、しないだろうな。
一流になるための要因は、全体の床面積でも、露天があるかないかでも、入り口の構えでもない。
舞台でいう演出家にあたる人の強烈な美意識が出ていないと。
私は外国の温泉でも、ここは1流、ここは2流、ここは狭いけれどそれなりに1流、ここは広くてもでも3流と
いろいろ見てきたので、国内の温泉ももっとここをこうすればいいのにということろが、なにかと
目についてしまう。
平成20年1月2日(水)

昨日、靖国とルーテル教会、本日は浄土真宗の築地本願寺。
自転車で行くと、行きは皇居の坂道を半蔵門から気持ちよく下って行くから快感。
半世紀以上前から、お正月の1月2日は、丸子一族、決まってここへ集まる。
毎回似たような顔ぶれだけれど、毎年誰かが変わる。加わる顔があり、失われる顔もある。
同じ時と場所を共有すること尊さを感じることは、若い頃にはわからなかった。
いつでもまた会えるのだと思ってしまっていた。
そうではないのだ、会えるのは、今、このひと時だけ。
これを逃したらもう二度と巡ってはこない。
だからこそ、このひと時が限りなく大切なのだ。
帰りは、半蔵門の坂道を避けるため、平川門から行くと、靖国通りの坂道が待ち構えている。
この坂なら、降りて押さなくても、どうにか乗り切れるから、このルートが一番いいのかも。
以前、外濠通りで帰って来たけれど、あちらの方が距離が長い。
なんとか、母親を説得して、夕ご飯に来させる。
ここは、いつも外国人がたくさんいて来るのが嫌だとか、知らない人たちと食べると落ち着かないと
文句を言うので、今日は誰も呼ばないで、母だけのためのおせちとお雑煮にした。
猫を孫のように思っているのだろう。
平成20年1月1日(火)

母親は私が二十歳になるまで、明治神宮と東郷神社へしか連れて行かなかったけれど、二十代の後半から
私は自分の意思で神社を選んでいる。
鶴岡八幡へ行くなどの観光客染みたこともしたことはあるけれど、旅行先で手近なところへ行った以外は
常に靖国神社へ行っている。
法務局へ行く時にいつも見る昼間の神社の姿と違って、真夜中の靖国神社こそその威光を示す。
後で知ったことだが、いつも靖国神社の後、宮中参賀をする極右翼の友人が暮れのうちに靖国へ
アメリカ在住の元武装親衛隊将校の友人と参拝し、元旦には、横須賀の戦艦三笠の艦内神社へ初詣を
するという念の入れよう。
この人の場合、とる行動がすべて緻密で、存在自体が歩く総合芸術だ。
ちなみに、武装親衛隊は元ナチス党の親衛隊の中の戦闘部隊で、戦時中は一般の国防軍戦闘部隊と
同じ指揮系統に入って戦い、戦後、所謂ニュルンベルク裁判で親衛隊が犯罪者組織と認定されたため、
軍人恩給が支給されず、辛苦を舐めたそうだ。
親衛隊ではあったが、彼らの多くは別に残虐行為の先頭に立っていなく、さらに彼らは勇敢で
優秀だったのでことさら激戦の地に投入され苦労したとんこと。
戦後、永きに渡って武装親衛隊戦友会(HIAG)が軍人恩給獲得運動を行いやっと先年、
支給されるようになったことで、おめでとうと言いたい。
ドイツはお金持ちなのだから、戦争で苦労した年老いた親衛隊員を手厚く保護すべき。
元旦礼拝に、ルーテル教会へ行き、お雑煮をいただく。
午後、おせちとお雑煮を食べにドイツ人、トルコ人、カナダ人が来るが、相変わらずドイツ人はお持ちが食べられない。
私はドイツ、オーストリア、チェコ生まれの人でお餅を食べられる人を知らない。
あれらの国にクネーデルの方が私にはよっぽど勘弁なのだけれど。
平成19年12月31日(月)

年越しソバのあと、靖国神社へ。