昔のお稽古(1981年頃) 偶然に当時の写真を見つけ、なつかしさのあまりアップしてしまいました。
当時は、私たち、新宿3丁目のゴールドビルの
3階、スタジオ門でお稽古していました。
私の母が渋谷区の教育委員会努めを
やめて、貸しスタジオを始めたのでそれを
借りていたのです。
ここは、2階が焼肉屋だったため、窓を開けると
なんとも臭いがすごいこと。
今思うと、床が硬くて、こんな床で跳んだり跳ねたり
なんてことしていたのだろうと思います。
当時の写真で極めつけは、
なんといっても、当時のファッション。
こういう格好で踊るのが自然だったのですね。
今では、タイツ履いている人あまり見かけない
のですけれど、当時は脚は全員タイツ。
1981年はまだ、エアロビクスが登場する前
でしたので、あのすごいハイレグ・
レオタードもまだありません。
足はというと、言わずと知れた、レッグウォーマー。
それでもみんな、ルイジノファースト・ストレッチを
やっています。
そのまま電車に乗れるような格好でお稽古している
現在と比べ、当時は、ちゃんとお稽古のための
格好を用意してきていたので、すごいと思います。
それにしても、狭いところでよく、みんなで一緒に
一生懸命にやっていました。
今思うと楽しかったのですが、お稽古の質で
言えば、当時より、今の方がよほど良いことを
やっていると思います。
現在は、個人レッスンでカスタマイズされて
いますから、誰もが自分のレベルのお稽古。
当時は、ともかくルイジの踊りをみんなに早く
覚えてもらおうとばかり.。
上手い下手は関係なく、ともかく、ルイジを
踊りましょうといった具合。
名称もジャパン・ダンス・アートではなくコンパニア・
マリカと称していました。
今、レオタード着なさいと言ったら、みんな
引いてしまうのではないでしょうか。
私もレオタードを着なくなってから久しいです。
当時私は、全身パンタロンでした。
スパンコールのレオタードを
衣裳にすることはあっても、お稽古ではね。
なぜか、フランシスを囲む、このような写真も
出てきました。顔ぶれを見ると、全員、「ルイジ・
オン・ステージ」の出演者だったりっするのです。
ということは、来日してすぐ、または、全公演が
終了してから、フランシスが一人でひょっこり
現れたとしか考えられません。
なにぶん、1982年の3月のことですから、もう
遠いかなたですが、みんなの嬉しそうな顔といったら。
それにしても、フランシスは顔が細かったのですね。
ルイジがいないところを見ると、その日は別行動
だったのかもしれません。
なつかしい場面です。
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