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マリカ・メソードで上達   ひとこと            フランシス


文責:マリカ  頭を使うと人生変わる  落ちこぼれ
のろい、とろい、誰のせい?
これはお子さんのせいではありません。
「うちの子、何をするのにも遅いんですよ。だから、学校でもクラブでも、とろくてだめ。
どうにかなりませんか、治して下さい」
そういうお母さんからのご連絡を受け、いろいろなお子さんを拝見してまいりました。
理解がのろかったり、人より時間がかかるのは、そのお子さんが悪いのではありません。
どんな人でも、今の状態より良くなる性質を持って生れてきています。
万が一、上達しない方がいらしたら、それは、学ぶ機会が週に1回以上ない場合です。
1回でしたら、ゆっくりですけれど、確実に上達します。
それ以上の回数ですと、上達の速度が非常に速くなります。
風邪をひいた、学校のテストがあるから、親が風邪をひいて連れて行かれないから等、お稽古に
おいでになれない理由がいろいろあるでしょう。
しかし、決してキャンセルなさらないで下さい。
キャンセルではなく、変更にして、替わりの日においで下さい。
その時にできてしまったはずのことは、なるべくその週のうちにできてしまっていて下さい。
これが変更ではなくて、単純なキャンセルの場合はどうなるかといいますと、間があいてしまいます。
結局2週間ぶりに登場しますから、以前に習ったことは記憶の彼方にありますから、久しぶりに
お稽古をすると、身体が勘を取り戻すだけでお稽古時間を半分または、全部使ってしまいます。
これでは、のろい、とろいは治りません。
これは、集中的にやることによってでしか治せないのです。
ですから私は、12歳以下のお子さんのビジターは受け付けません。
1回やっても、あとやらないのなら、やらなかったことと同じですから、1回やっても意味がありません。
のろい、とろいを治したいのでしたら、最低10回おいでになれないのでしたら、最初からお申し込みに
ならないで下さい。
5回で十分でしょうかなどと質問なさる方があります。
症状がわからない時点で何回などということはお答えできないのです。
実際にお稽古においでになるのは、お子さんの場合、お家の方に連れられてですから、上手に
なるのもならないのも、そのお子さんのせいではなく、お家の方のせいです。
もし、長く所属だけしているにもかかわらず、上達しない方がいらっしゃいましたら、それは多分、
お稽古を変更ではなく、キャンセルしているからに他なりません。
リズム感が優れていると、頭の回転が良く、勉強もできるようになります。
小学生でも、複雑なステップをしながら、日本語、英語、フランス語でカウントさせたりしています。
BGMのように曲を流すだけのお稽古よりはるかに主体的に自分の脳を使いますから、頭の働きが
良くなるのです。
お子さんを利発/積極的/抜群の運動神経やリズム感にするのも、落ちこぼれ/のろい/無関心/怠惰に
するものすべてお家の方の意思ひとつなのです。
単品ダンサー:

今でもいるのだろうか、単品ダンサーって。
以前はよくいた。今でも多分、まだ、たくさんいるだろう。
現代舞踊協会の偉いおじいさんが振付をした公演を見に行ったら、「椿姫」の舞踏会の場面で、
笑ってしまうような踊りが出て来た。
男女が足をつっぱらかして、懸命にペア・ダンスを踊っているのだけれど、足を踏んでしまうといけないので
ある程度の距離を保ちながら踊っているのだけれど、それがなんとも格好悪かった。
こんな変な踊りをやらされて、それでもちゃんとそれに従っているということは、振りつけたおじいさんも、
踊っているダンサーも、社交ダンスなんて習ったことがなかったので、これが変だということも
わからないのだと思う。
現代舞踊の人たちだから仕方がないのだろう、とかく貧乏が多いし、暗くて、陰湿だから。
華やかなことや芸能界やお金に、とんと縁がないものだから、みじめったらしく、嫉妬深くなってくる。
それから、ニューヨークのタップ・スタジオに来ていた猫背で長髪の東アジア風の顔のおにいちゃん。
ひどい姿勢で、擦り切れたタイツで、もくもくとタップをやっていた。
ひじは落ち、顎は出て、肩が上がり、首なし人間なのだけれど、足だけはものすごく早く鳴らせる。
この人って、もしかして日本人だったらやだな、なんのために、ニューヨークくんだりまで来て
お稽古しているのだろう、もっと日本でやるべきことがたくさんあるはずなのに。
まともにまっすぐ立てない人が、足だけできてどうするの、
これだから、単品ダンサーって、私は嫌いなの。
新宿西口の住友ビル「ギャルソンパブ」のショータイムを見ても同じことを思った。
15曲くらいあるけれど、全部がジャズ・ダンスで、ラテンや、アラビアン、和風、レビューなど、
色々場面があるのに、曲と衣裳が変わるだけで、踊りは全部ジャズ・ダンス、信じられない。
せっかくニューハーフ使って上演しているのだから、もっとおもしろく、多彩にできるのに。
つくっている人が、ジャズ・ダンスしか習ったことがない人なのだろう、だからこんなに一本調子に
なってしまう。
まあ、観に来ているのは、酔っ払いだらか、この程度でいいと思ってつくるのだろうけれど、
私は単品ダンサーって、気持ちが悪いから見たくない。
アマゾンで、「大規模集約型農業(大面積単一品目生産農業)は地球を滅ぼす」という一節を読んで、
これは、踊りで言えば、単品ダンサーのことを言っているなと思った。
踊る人は、たくさん勉強しないといけない。
ひとつのジャンルの中に自分を閉じ込めてはだめ。
ルイジがあのスタイルを生み出すのに、一体どれだけ多彩なお稽古をしたことか。
バレエやモダンをやっている人たちの、まあ、なんてリズム感の悪いこと、エアロビクスなんて
やっていると、かたちがめちゃくちゃになってしまって、いい年こいた女性なのに、みっともない動き、
ベリーダンスだけ習っている人のひどく動きのセンスがないこと、ラテンをやったことのない
ジャズ・ダンサーのなんて臭い動きをすること、言えばきりがない。
そうならないためにも、好き嫌い関係なく、いろいろな種類に挑戦してみて、経験を積む、
新しい動きのパターンを学ぶ、広い視野を持つことがとても大切。
マルチ・ダンサーにならないと。
ハンバーガーしか食べたことがない人と口をききたくないのと同じくらい、ひとつの踊りしか
やったことのない人の踊りなんか見たくない。(マリカ)
ドイツ語で数えて踊る:

昨日のお稽古のことですが、5歳の生徒さん(受講9回目)に、ドイツ語で数えるように指示しました。
英語数えるのは当たり前、目をつぶってもできることです。
これをドイツ語にした途端に、できる踊りの難度は下がりますが、言葉が自然に出て来るようになると、
難度も増します。
結局、ドイツ語で1から8まで数えながら、普段やっているような、マリカ・メソードのステップ訓練が
できるようになりました。
本人もすごく嬉しかったようで、今度はフランス語で数えたいなんて言っています。
それはドイツ語で100まで完全に数えられたらやりましょうね、とお約束しました。
見ていたおばあちゃんもすごく嬉しそうで、孫の天才ぶりに微笑んでいました。
だから、その子に言いました、5歳で、英語と日本語とドイツ語で数えてこういうステップが踊れる人は
日本中であなただけなのよ。
英語と日本語とドイツ語で数えられる5歳は結構いるでしょう、片親にドイツ人がいて、
日本に住んで英語幼稚園に通ってる場合は苦労しなくてもそうなります。
しかし、踊れるとなると話は別です。
このくらいのステップが踊れるだけの子なら、数は多くないでしょうが、あるいは、数人はいるかも
しれません。
しかし、ドイツ語で数えて、このステップが踊れるかといったら、多分、他にはいないでしょう。
私もこの生徒さんが自慢です。
誰でもこうなるかというと、そうではなく、限られた人しかそうならない、なれないのです。
1カ月で9回受講できる条件が揃っていないといけませんから。
この5歳の幼稚園生ですが、すでに、数えられる英語や日本語で数えたところで、
数えるということに関してはなんの勉強にもならないのです。
できることを何度もやったところで、ためにならないばかりか、時間とお金の無駄、有害でさえあります。
ドイツ語で数える時には、英語で数えていた時には使われなかった脳の細胞が使われます。
使わなければ、消えていった細胞です。
使わないで毎日消えてゆく、脳細胞のどんなに多いことでしょうか。
使いましょう、もったいないから。
人間は、できないことをできるように挑戦した時に内からエネルギーが放出され、
その輝きが外へときらめきます。
挑戦している人が美しいのは、できないことをできるようにするために努力しているからなのです。
できることを、当たり前に、手抜きで、心をこめないでやっている人が美しくないのは、その人が今
努力していないからです。
簡単なことを繰り返ししていると、細胞が老化して、退化を招くことはあっても、生命体として
向上していきません。
ですから、早い時期に、何語で数えてもそれに連動して身体を動かせる訓練を施しておくと、
後の人生でどれだけ人より先を行かれるか、人生を楽しめるようになるか想像できます。
後記:大人のお稽古でも、ドイツ語やフランス語で数を数えながら踊るレッスンをしましたが、
もともとできる言語でもできない言語でも、好きな言語ならあまり関係なく踊れるようです。
語学力も増して一石二鳥。
そのうち、スペイン語やイタリア語でもやってみようかな。
何語で数えるかなんて、全然問題ではないのですよね、本当にリズム感があれば。(マリカ)
日付 2010年5月20日11:22

マリカ先生
いつもお世話になります。
生活者・労働者が芸術をするのは本当に大変でございます。
タップの稽古をした後は、リズム感がすごくよくなるのを発見しました。
ありがたいことですが、やはり、人前でするほどのレベルではありませんし、
明日のテレビの稽古するよ

まだ私が6歳くらいだったでしょうか。
恩師の平多正於先生が、「むっちゃん、稽古にいらっしゃい、明日のテレビの振付するよ」とおっしゃいました。
お稽古場へ行って振付をして、翌日はテレビの本番でした。
当時はNHKや日本テレビの子供向け番組の中で踊る踊りも、今のような単純なピップホップやエアロビクスが
混ざったお遊戯ようなものではなくて、全国舞踊コンクールで賞を取った子供たちが踊る、
本格的な振付で、大御所の平多正於先生のような方がやっておられました。
短い踊りならすぐに覚えられますから、そのうちに正於先生は、時前の稽古をしないで、撮影当日に
直接NHKとかに来るように指示なさいました。
私は母が仕事をしていたので、小学生でも一人で渋谷のNHKや市ヶ谷の日本テレビに行き、受け付けて
おはようございますとご挨拶をして、撮影スタジオへ行ったものです。
ゲネプロ前に振付されて、その場で何度も練習して、できるようになると、お弁当。
メイクして、衣裳着て、ゲネプロ、そして本番。
本番まで時間がある時は、廊下でお稽古をしたり、楽屋で宿題をしたり。
どんな場所で振付されても、その場で覚えてすぐに踊れる子供たちを連れて先生はいろいろな番組の
踊りの場面を担当なさっていました。
私は4歳から賞を取るために踊っていましたから、当時の自分のやっていたことを思うにつけ、どうして、
今の子供はこんなに大きく、しかも、のろい、とろい子供になってから私のところへ来るのだろうと、
残念な気持ちになります。
もっと早く連れて来れば、見てすぐに覚えられる、目から鼻に抜けるような勘のいい子供に育てられるのにと
残念に思うことがあります。
同じことを5歳でできるのと、10歳でできるのと、そして、40歳になってから習い始めるのとではぜんぜん
違うのです。
音の感覚は6歳前にやらないと、鈍ってしまいます。
大人になってから始めて、努力の末、上手になる人もいます。
しかし、ネイティブで育った子供が自由に外国語を話すのと同じように、ものごころつく前からすでに
踊っていた人の動きは、自然で、天真爛漫で、説得力がありますから、努力して大人になってから
一生懸命に手に入れた人の動きと異なるのです。
小さいころから踊りをさせて下さい。
そうすると、様々な技術も苦労しないで自然に身につきます。
遊び感覚でどんどんいろいろなことができるようになります。
そういえば、以前教えていたSxxxちゃんはそういう子供でした。
明日テレ朝だから、今日学校終わったら振付にいらっしゃい。
練習して、翌日さんまさんの番組で踊って。
しかも、リハーサルで音の編集の都合で、尺を合わせるために少し振付を変えても
それでも「うん、わかった、大丈夫」と言って、本番何事もなかったかのように完璧に踊りました。
Sxxxちゃん、大きくなって、今頃はドラマで活躍して。
指示したことが、現場で一度で完璧に伝わります。
子供でもプロなのです。
ミスがなくて当たり前の世界で私は踊っていたから、そういうレベルになっていただけるよう指導しています。
踊りをすると人格が変わる:

私は両親、祖母、叔母、お手伝いの人の中で、6歳までたった一人の子供として育ったため、甘えん坊だった。
大人がいつもまわりにいて、優しくしてくれるため、自分からなにもできないお人形のような子供だった。
それで、幼稚園の入園試験に行くと、自分の名前も言えないほど恥ずかしくて、ついに、名前を言えず、
涙が出てきてしまい、面接もできずに帰って来た。
それでもどうにか私を幼稚園へ行かせようとする両親が園長先生に頼んで、裏口入園のようにやっと
入れていただいた。
知らない人と話すのが、本当に苦痛だった。
親戚の家へ泊まりに行っても、お家へ帰りたいとだだをこねて連れて帰ってきてもらう、どうしようもない
内向的な私は、聾唖者の祖母に抱っこされるのがなにより好きだった。
そのような子供だったが、4歳で踊りを始めて、その年にはすでに全国舞踊コンクールの幼児部に
出て、予選の目黒公会堂や、決選の日比谷公会堂でソロを踊って賞を取っていた。
小学校の低学年の時に、音楽の時間にオルガンを弾いていた担当の先生に、「すみませんが、
そのこぎつねコンコンは、マイナーではなくて、メイジャーで弾いていただけませんか。
それから、曲のテンポはそんなに遅くしないで、こぎつねコンコン、このくらいの感じでお願いいたします」
生意気にも、授業中に先生にそんな指示を出していたのだ。
しかも、この曲で踊ると例えばこんな風になりますと、先生にオルガンを弾いていただき、その横で
即興で踊りを踊ってみんなに見せた。
「むっちゃん踊ると、パンツが見える」なんて文化程度の低いことを言いながら、他の子供たちは
私の踊りを見ていた。
信じられないくらい高飛車な態度だったことを考えると、申しわけなくて顔から火が出そう。
先生は私を叱ったりせず、私を家に呼び、ごはんをご馳走して下さったり、
冬には私に毛糸の帽子を編んで下さった。
40人も生徒がいたのに、私だけにそうして下さった。
学芸会の時には、主演の他、振付、舞踊指導を担当し、学年を仕切っていたけれど、誰も文句は
言わなかった。
そして今に至る。
踊りを始めていなかったら、一体どんな人間に育っていたのだろう。
思い出すと笑ってしまう。
多分、いつも涙目の、弱い心の大人になって、友人も恋人もできず、ひっそりと暮らしていたに違いない。
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