バビロンはバベルの塔があったところです。
私たちが踊った時、一番前で優しく見守ってくれていた観客が、アジズ外相(当時)でした。
ニュースで見るのと同じ、白い髪の毛で眼鏡でしたからすぐにわかりました。
もうこの世にいないのでしょうか。
この人大統領でもよかったくらいの人だと思います。そうしたら、戦争なかったかもしれません。

表紙 バグダッド商店街 ヨルダン バビロン シアトル イラク民族舞踊団
サダム切手 病院
アラブ大好き

イラク民族舞踊団

あの人たち、今、どうしているかなと思うといてもたってもいられない。
イラクの民族舞踊団
イラクの民族舞踊団
右手の人、絶対新宿2丁目にいるタイプ。
目つきがアヤシイ。
どうしてイラクにこんな人いるわけ?
2丁目に来てほしい。
今でも生きていますか。
新宿まつりでメソポタミアの踊りやりませんか。
今度も、最後の場面で、竜が火を吹くときに、間違って竜の衣裳が燃えて、中の人があわてて走り回り、客席が大爆笑になったりしてほしい。
悲劇の叙事詩が急に喜劇になり、お客さんは大喜びしていた。
やはり、難しい悲劇より今は、軽いものの方が、客受けいいのよね。
本当に楽しかった、ありがとう。
また、一緒に舞台やりたいですね。
生きていてくれさえしたら、必ず会えます。
また、忘れがたい舞台見せて下さい。
古代メソポタミアの叙事詩を上演
古代メソポタミアの叙事詩を上演
楽屋でみんなで出番を待っていた。
そういう時って、なんか最高楽しい。
イラク人で顔が東アジアっぽい人って、
モンゴル人襲来の際の落とし子だと思う。
チグリス川が血で赤く染まったなんて、その殺戮ぶりはすごいけど、
バグダッドを陥落して、そのまま全員がすぐにモンゴルの草原へ帰っていったわけではなく、
やはりいろいろあったからこういう顔が今でもいるのだと想像します。
衣裳デザインが興味深い
衣裳デザインが興味深い
バベルの塔、イスタル門、空中吊り庭園、世界の七不思議のうちの3つがイラクにあるなんて本当にすごい。
そのバベルの塔のあるバビロン野外劇場で踊るなんて、すごく舞い上がってしまいました。
この日は、チェチェン人の舞踊団の人たちと一緒に博物館など楽しい見物をしました。
秘密警察なのか知らないけれど、英語話さない(話さないふりをしているだけ?)ロバみたいな監視役の人が私にぴたりついていて、うざったるかったです。
アヤシイと思われたのでしょうか。
1メートルくらいの間隔でずっとついていました。
巻いたつもりで、ぐるぐる歩いたのですが、はっと、気が付くと隣にいるんですよね。
それで、コーラとか買って「どうぞ」と言うと、それは飲むのです。
ホテルに入っても、入り口の前でずっと立って私を待っていて、誰が入ったの出たのと使い古したお帳面に書き込んでいました。
女王役登場
女王役登場
女王役の人は本物の女王みたいな人でした。
踊りが好きで仕方がない人たちが、
こうして、イラクの歴史を誇りを持って上演しているのを見て嬉しかったです。
日本の20代の人たちに、ヤマトタケルとオオクニヌシとヒミコやるから、みんな集まってと言ったら、
「おれ、そういうのちょっと勘弁」とか
「音楽ってヒップホップっぽいのすか」とか
「そんなのダサくてやってられねえす」とか言うだろうなと思う。
イラクの人たちは、サダムに命令されたから
義務として上演しているようには見えなかったけれど。
上演後のひととき
上演後のひととき
笑顔が素敵、日本の官庁でそんな笑顔の人、いない。
ちえりちゃん、情報省の人、うしろはひで君。乃木猫姫が写っていないところを見ると乃木猫姫が撮ったとしか思えない。
イラクの上級役人や子供は、どの人も生き生きとした素晴らしい笑顔だということに気がついた。
日本のお役所の人みたいに、地味な不機嫌な人がいないのは素敵だと当時は思っていたのですが、もしかしたら、上級役人は、物質的にも、社会的にも、経済的にも本当に人生を楽しんでいたのかもしれません。
それがこんなことになってしまって、情報省の人たちというのは、どこへ行ってしまったのでしょう。
イラクはやたらと情報省が重要な機関だったようですが、当時私は、文化庁とか交際交流基金みたいな感じのところという印象がありました。
もし、日本の霞ヶ関の文部科学省の隣が刑務所だったら、やはり、なんか変ですよね。
日本だったら、刑務所はもっと辺鄙なところにつくりますよね、府中とか網走とか。
ところで、府中刑務所のアラブ人はもう刑期を終えたのでしょうか。
以前、ボランティアでアラブ語や英語の本の差し入れしていました。
 
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楽屋で着物コスプレ軍団と乃木猫姫

Last updated: 2003/4/23

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