神様のお庭番      教会メモ marika
母から電話があり、石田牧師が教会をお辞めに
なるからご挨拶に行きたいけれどとのこと。
石田牧師は、祖母、大前静子のお葬式をして
下さった牧師様だが、私は、小学校1年生の
時からご無沙汰していた。
母は私を礼拝のある玉川学園へ入学させたが、
石田牧師の牛込のエパタ教会へは連れて行って
くれなかった。
したがって私は、キリスト教徒の祖母を持つのに、
無宗教の母の元、半端な宗教観を持った人間に
なっていた。
母からエパタ教会の住所を聞くと、なんと、牛込の
弁天町。
ここからすぐではないか。
私はずっと新宿区に住んでいたのに、どうして、
今まで、この教会のことを言わなかったのだろう、
私は正直言って驚いた。
祖母のお葬式は、時の駐日米国
ライシャワー大使によって行われたことを
子供心に覚えている。
また、ライシャワー大使がご帰国なさる際に、
母が大使館へ伺い、奥様にご挨拶をして
帰りに、大使館製のケーキをおみやげに
持って帰って来た。
そのあまりのおいしさに、米国大使館の
人々はなんてすごいケーキを食べている
のだろうと、胃が鮮明に覚えている。
その時は、6歳だったから、どうして祖母が
大使館と関係があるのか、よくわからなかった。
ただ、祖母のお友達の外国人の女の人が、
家によく遊びにいらしたのを覚えている。
私はまだ、幼稚園へ入ったかどうかくらいだった
はずだ。
しかし、丸顔で、楽しい外国人の女の人が、
クレーマーさんというお名前だと言うことだけは
祖母から聞いて、良く知っていた。
幼児と、難聴の祖母と、外国人のクレーマーさん、
一見、何語でどんな話をしていたのだろうと
思うかもしれないが、私たちは、三人で楽しく
一緒に話ができた。
祖母は、聾唖者だったが、私に「むっこはいい子だ、
ねんねしな」などと、歌を歌ってくれ、私の言うことは
すべて理解し、私と完全に会話をしていた。
聾唖者は、話すことや、人の言っていることが
わからないということは、後になってから
初めて知った。
祖母は、音楽などが聞こえないだけで、誰とでも
話すことができたからだ。
しかし、それは、聞こえて話せていたのではなかった。
話す人の口の動きを見て理解していただけだった。
手話を使わず、口の動きだけで、会話ができるこの
素晴らしい方法が、実は、ライシャワー大使の
聾唖者である妹さん、フェリシア女史が日本に
もたらし、そして、祖母もその恩恵を受けた一人だったのだ。
クレーマーさんという、白髪の楽しいおばさんが
実は、日本の聾唖学校史にとり、そして、キリスト教
宣教師の歴史にとり、大変、偉い人であると
いうことが、次第にわかってきた。
祖母を訪ねて、私どものところへ遊びにいらして
下さっていた当時のクレーマーさんは、とても
おばあさんに見えなかった。
エネルギーに溢れた、元気なおばさんという印象が
強い。
しかし、米国に帰国された時期を考えるとすでに
70歳を超えていたことになる。
神様から授かった使命に燃えている人は、
2,30歳くらい下に見えるのだろう。
私はスクーターに飛び乗った。
はやる心を抑えながら、弁天町の教会を捜した。
まず、私がびっくりしたのは、その所在地が、今回私が
購入するマンションのすぐそばであることだった。
私は1ヶ月かけて、購入マンションを見て歩いていた。
新宿区で山手線の内側という条件のため、物件は限られ
10くらい見た中の最後の物を購入することになった。
神様のところから、スクーターでわずか2分であった。
なんという偶然。
神様がそのうようにして下さったのだと思うと、身体が
震えた。
エパタ教会は、そこだけ時が止まったようだった。
3/11
はじめて礼拝に参加させていただく。
聖書の勉強で残らせていただき、その時に、
祖母とクレーマーさんが一緒に写っている写真を
何枚も拝見させていただく。
玉川大学の礼拝を最後に、礼拝らしいものに
参加していない。
知らない賛美歌ばかりだったので、とまどってしまった。
家で賛美歌の練習をしないと。
雨が降っていたのに、お庭の手入れをしようとしたら
きれいに晴れた。
神様がそうして下さったのだと私は信じる。
3/18
フランス人のミレンさんと一緒に礼拝に参加させていただく。
先週から開始した、昨年の古い葉がまだついている
かえでの木の選定で、上の届かなかった部分を
ミレンさんに切ってもらう。
言葉について書かれた、非常に興味のある聖書の
勉強会に出席させていただき、有意義な時間を
過ごせたことを神様に感謝する。
つつじの下の方の枯れた枝を落とす。
堆肥をつくるために、大きな穴を掘らないといけない。
枯れ草を積み上げておくだけでは、堆肥にならない。
土がミミズと一緒にやってくれる仕事なのだから。
3/21
聖書のつどいに初めて参加させていただく。
「私に繋がる者は、私の父により守られる」という
くだりはじーんとくる。
「あなたがたが私を選んだのではない。
私があなたがたを選んだのだ」はすごいの一言。
エパタ教会は、空襲で全焼したので、建て直す時、
クレーマー先生が、日本で働いて貯めた貯金
50万円をすべて差し出して下さったと聞き、
泣きそうになった。
クレイマー記念会堂を、これからもっと発展させて
いかなければならない。
  私ができることはなんなのだろう。
お庭の木の選定をするなどという小さなことではなく、
この教会に、たくさん人が足を運び、お金が動き、
建物を修復できるようにしないといけない。
牧師館の扉を新調して、内側にガラス入りの扉をつけて、
寒い外気が入らないようにして差し上げたい。
天井のしみの原因の破損した屋根の場所を
修復したい。
窓をサッシに交換したい。
4/27
友人のドイツ人にこの頁の写真を見せたら、
「とてもきれいで、ドイツを思い出させえる。
あなたが、教会に喜びを見出していることを
嬉しく思います」というお返事が来た。
そうだ、この教会は、とてもきれいなのだ。


日付 2007/04/27 11:25
件名 Re: Kirche

Liebe Marika-san,

Wirklich schoen. Erinnert mich an Deutschland.
Freud mich dass sie daran viel Spass haben.
Gruesse

XXael
4/29
礼拝の前にもみじと、その横のヒメリンゴ(?)の重なり
合っているいるところに鋏を入れていた時には
気づかなかったのに、礼拝後、ヒメリンゴの葉を良く見ると、
一瞬、背中がぞくっとして、硬直状態になった。
1枚の葉になんと10匹づつくらいの体調1,2
ミリくらいの青虫と毛虫(身体に毛はない)とゲジゲジを
合わせたような黄緑色の多足昆虫発見。
こんなに何百匹も葉に群がっていて、しかも、
お庭の中央だというのに、どうして、私も誰も、気がつかなかったのだろうか。
それとも、急に今、木に登ってきたのだろうか。
不意義なことである。
そういえば、礼拝の最中にも、体調2,5センチくらいの
灰色の多足昆虫が這っていたが、私は知らなかった。
気がついたルツ子さんが、すぐに紙に包んで処理して下さった。
美しい春だけれど、それは、虫の季節だから、お庭の
お手入れを手抜きしないようにという、神様のメッセージと
受け取りたいと思う。
ボケも、大分、虫にやられているので、次回伺った時に
徹底駆除しないと。
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