この時は、和製アクロバティック・ダンサーズ「忍者」と一緒だからすごく楽しかったのです。
海外公演はいつもユネスコとか政府レベルなのに、この時だけは、JALが主催のイベントでした。
私たちはこの公演後帰国したのですが、忍者はその後、リゾート・ホテルのショーで2ヶ月くらいいたみたいです。
すごくおかしいのは、オフ・ステージです。
私は当時、「イラクの子供にペンを」という運動をやっていたので(今こそ本当は再開しないといけないのですが2003.4.17)、たくさん集めた筆記用具を訪問先した国のイラク大使館の大使に持って行っていました。そうすれば、イラクへ行かなくても、イラクへの物資を大使館経由で渡せるからです。
在マレーシアのイラク大使館へは左下のイラクをクリックすると行かれます。
すると、バグダッドから東京へ帰ってくる当時の私の親友のイラク領事とマレーシアのイラク大使館で遭遇してしまったのです。
なんという天文学的な確率でしょう。
いつ帰るとも知れず1ヶ月くらいの休暇でバグダッドへ戻った領事がその日、たまたまクアラルンプール経由(他の経由だってたくさんあります。ちなみに私はアムステルダム経由とか、モスクワ経由とかイスタンブール経由とかしましたからクアラ経由は全然考えもしませんでした)で寄り、私は、3週間前に急に降ってわいた公演のため、その日1日のためにクアラに来て、たまたまリハーサルの空き時間にイラク大使館を訪れたわけです。
そうやってもっとも親しい友人に会えるなんて、信じられない偶然です。
やはり私はよくよくイラクに縁があると思いました。