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今でもよく覚えている。どうやってジャパン・ダンス・アートの全身コンパニア・マリカを開始したのかを。
独文科の博士後期課程1年の時だった。通学は週に2回。多くても3回だったので、ダンス・スクールをはじめようと思った。
団地の集会場を週に1回だけ借りて、わずか90分だけのレッスンをはじめた。
これがスタートだった。
その後、何回場所を変えたかわからない。
思い出すだけでも、将棋クラブ、新宿区、渋谷区のすべての区民会館の集会場、青年館合計10カ所くらい、世田谷区や港区の施設、元オリンピック選手村施設、チャンバラ劇団の稽古場、新劇団の稽古場、貸しスタジオ、地下、地上、間借り、そして自宅。
ダンス禁止と書いてある公共の施設で演劇の台本読み合わせ練習と言って借りて、実際には、一輪車や竹馬や玉乗り用の玉まで持ち込んで練習した時には、我ながらすごい心臓だと思った。
海外公演の練習は大勢で玉すだれをしだれ柳にしたままマテリアル・タンツしたり、やれ拍子木だ太鼓だとうるさかったので、新宿御苑でやった。
クラブの金髪外人ショーの仕込みなんかも新宿御苑を使ったのは、青い空や木々や芝生があるとピクニックみたいで楽しかったからだが、雨の時はまいった。
月に30万円のスタジオ家賃を支払いながらどうして、新宿御苑で練習するのかと思われるかもしれないが、自然の中で踊る感じは壁や天井に囲まれた空間では決して味わえない開放感があって、本当に自由になれたからだった。
それに、事務所の場所の目の前が新宿御苑だったということは大きい。
 
 

私は引っ越す先々で、騒音問題で階下の住人、同じ階の住人、管理人、警察の訪問を受けた。被告として東京地裁に登場したことも2度ある。弁護士の先生が優秀だったから結果的には私が勝ってお金をもらうようなかたちになったが、本当はかなりヤバイ事態にも陥った。
今だから笑って話せるけれど、東京地裁に被告人として登場するのは、かっこいいことではない。でも、そういう時だからこそ、ミンクの毛皮に、ベルサーチのブーツ、ブランドの服で、舞台メイクみたいに派手な顔で登場した。被告席にみすぼらしい身なりのスッピンの女がいたら、本当にみじめったらしくなる。
なんで家で踊ってしまうのかと言われるかもしれない。
芸術はバクハツだから、時や場所を選ばない。
理性が働いたら、もう芸術ではない。
真夜中でもいつでも思いついた時に、いきなりグリッサード・パッセ・シャッセ・パドブレ・バットマン・ピルエットなんかやりたくなる。
新しいCDを買った日は、好きな1曲を100回くらいリピートして何時間でも聞きながら踊ってしまう。
それが、昼間、スタジオへ行って生徒の顔なんか見るとなんだかあのバクハツした感覚が萎えてしまって、ダンスのお稽古教える先生になってしまう。
スペインで公演した時、帰りにフィゲレスでサルバトーレ・ダリのぶっとんだ館を見たけれど、これが芸術家の居住空間だと思った。
モーレツに常識を逸して、極端で、これでもかと迫ってきて、やぱり芸術は素晴らしいと元気づけられた。
芸術するということと、ダンス・スクールして生徒さん教えるということはまったく別のこと。
一番いいのは、都内の一等地にジャングルみたいな場所を確保し、庭に動物が放し飼いで、花が咲き乱れ、音をがんがんかけたり、大勢で楽器を鳴らしたり、歌ったり、叫んでもぜんぜん平気な場所が自分の所有物だったらいいと思う。
つまり、新宿御苑の一部が自分の所有物だったら私のほとんどの問題は解決できる。
マイケル・ジャクソンは偉い。自分の王国を確立している。私もそうならないと。
溝呂木ビルの時
溝呂木ビルの時
フジテレビの今はもうない番組の撮影収録後。

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日高第一ビルの時


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